作家でごはん!鍛練場
ライオンの夢

ライオンの夢

「ライオンの夢」

 
処刑日
   私は淑女と言うのには不便な身であるけれど、高級な女であることは間違いないのです。けれども、今、私、脇胎に脂を溜めた半裸体の汚い女たちとコロッセオの中で隊列を組んで並んでいます。幾百千のとっても低俗な彼女たちや、だけれども3日もすれば獄門台の上、私の首もアブラ虫やら狼犬どもやらにたかられるという訳なのです。ああとっても背中が痒くって、皮膚はお着物の雪華紋みたいに爛れ陥ち、骨はぼこぼこ、ケモノの鉤爪のように突き出しているらしいのです。あの忌わしい黒光りの断頭装置を中心にして私とこの女たちはぐるぐると螺旋状に廻っております。今は夜中なのに、それに空は曇っているのに、あの断頭台は異様にギラギラと光っているのでした。もしかしたら、そのものが光の源なのかもしれない。それから所々に、私たちが良くない企みをせぬように三つ編みの背広をだらだらと着こなした鼻頂の白い看守様がおられます。彼らは夜な夜な火を焚いて私らを見張っている訳だけど、その火が女にはまた、たまらなく熱くって全身の孔という孔からさらなる汗っ玉が噴き出てしまうものなのです。その汗みずが身体中のケロイドに染み込んでは、あまりの痛さに身を攀じらせて喘いでしまうの、途端、看守の男らはだるだるの眼をパチリと開け、ピストルを構えれば金縁のバレルを、炎の向こうの小さな橙闇の中からきまぐれに覗かせるのでした。だけれど彼らはそれを脅しのための道具として使っているだけで、彼らには女殺しの権利はない。そんな脅しを受けたってちっとも驚きはしないけれど、とにかく私たちは行進し続けているだけなのです。凪風がたち雲が途切れてきた。その隙間から蒼い月光りが落ちてきて足下が照らされれば、数歩先は真赭桜の花道になっていることに気が付きました。ああ恐ろし、恐ろし、どうやら私、後六人もすれば恐怖の斬首刑の目前に跪くことになってしまうらしい。かの火星人が落として下すったこの真っ赤な花弁を誰の為に拾えばいいのだというのか。いっそのこと、舌を噛み切って死んでやろうとしたけれども、しかし、それはなんの意味もなさないことなのです。歩くたんびに何かの肉片がくちゃくちゃと音を立てて、裸足がとても冷たくって、それを観て看守さんは煙をふかふかさせながら笑い立てています。一人が恐怖の悲鳴を上げて、暗錆を噛みながら死んでいくなかで、私の番は迫って来ているの。ああ、こんなことになるなんて。あの紫猫を追ったのがそもそもの運の尽きだったんだ。死ぬ前にせめてこの人達に人間の色気を見せなくてはならないと思い、べろべろに垂れた顔面皮膚を手で抑えて、露出した赤く染まった骸骨を隠しました。私は身体を平たく地面に落としてはあの白い皇帝席の人間に必死に生を懇願するの、私は他の女とは違って死ぬのが怖い。私は高貴な女であるからか、とっても恥ずかしくて、だけれどもこうするより他に方法がないのです。その人は非常に驚いて、後退りしました。彼が狼狽えている間に私の身体は徐々に重たく影を落とし始め、コロッセウムの壁面に陽の光が焚き付けた時ついに私は今夜の生け贄にはならずに済んだのでした。
  
2日目
   それから私は牢獄に戻されました。牢獄は地下深くの赤い洞窟の中にあります。身体を清めている内、あれから一日が経って不思議な夜はやってきました。格子窓から静かに滴る月燈は湿気虫が群がるほどの残酷な私を小ベットの前の青寂しい冷鏡ごしにありありと映し出しました。青鏡を見ていると祭りの終わりを知らせる煙突の白いあの粋な構えの帝劇場から発せられた真っ赤な花火が咲いていました。同時、チンドン屋の微かなクラリネットの音は消えて、空中に掲げられたカラフルな広告旗は降ろされました。小さな粒雨が降って来たので褌を履いた若力士らは急いでさっきまで担いでいた黄金の山車を持って神社への峠道を渡るのです。あの蒸気風呂のような熱気は冷め、小さな雨に打ちひしがれた祭り臭は石畳の上に浸されました。そのなんとも言えない微かな零れ香が私のところにもやってきて私の境遇を思い出させるのです。明日、バーバリライオンを殺せれば私、後3日は生き延びれるのです。ああ、とっても悲しいけれど多くの女は死ぬのでしょう。ではおやすみ。

2日目の夢
   夜中、鉄格子の外の馬酔木の若木からぽたぽたと落ちる雨粒によって不眠症を発症しました。私は近頃、白馬に乗った王子様は涼しい風をまとって私を迎えにおいでくださる、そう言った夢見心地を見るのです。今夜もそんな夢でした。しかし、夢が破れた今中々寝入ることができず、朦朧と牢獄内を漂っていました。自分がまるで南オホーツクの海をプカプカと漂うクリオネであると錯覚するように、ただただ訳もなくあちらこちらを行ったり来たりと彷徨っているだけなのです。こうしているとやがて眠れてきたりする訳なのですが今夜はそうもいかないのです。しばらくするとそれが何故かを理解しました。どうも何者かが私を呼んでいるような気がするのです。名前を呼んでいる訳では無いのですが、確かに私に呼びかけているのです。その淡い上聲は水の泡がねじけ飛ぶように、波が爆けるように、徐々にはっきりと、私の鼓膜にこだまするのでした。段々と声の正体が分かって来ました。「やあ、メイデン、我等の皇帝の美しいメイデンよ」外の若木の陰からそうやって呼び掛ける全身に黒を装った男の人の姿を認めました。彼はまた、白い小さなマントを携えて襟章には皇帝親衛隊を表す青い花瓶が描かれていました。彼はサーベルを収めた腰に提げられた鞘を取り出すとおもむろに牢獄の壁を叩きはじめました。朽ちた壁は何度も叩きつけるとゆっくりと破れ始めました。「さあ、馬に乗りたまえ。ナポレオン将軍様が貴方を迎えにやって来たのですから、さあ。」ああ、ついに私は解放されるのかしら、巨大なローマ帝国を撃ち破る英雄は私が死ぬ前に救済しにやって来たのです。藁にもすがる思いで目の前の男の人が言うように馬尻に潜り込みました。馬は地下牢獄を駆け抜けます。看守さんを蹴散らし、生け贄になった女悪罪人の霊をよそ目にとにかく馬は入り組んだ回廊の中で働き続けました。地下牢獄から地上アリーナに這い出るには非常に苦心しましたが、模擬海戦用の地下排水所から上手く抜け出せました。油断はならない、馬は広大なアリーナを闇の中走り続けます。彼の息遣いが荒い、こんなに上手く行くはずがないと私は思ってしまうのです。馬がアリーナの真ん中まで行ったぐらいのときに脱走者を止めるべく、大きなサイレンが鳴らされました。十秒も経たぬうちに調教師達がバーバリライオンを出働させました。ああ私はあのライオン共に食いつくされてしまうのだろうか。私の身体は荒波の如く揺らぎはじめました。「安心しなさい、ライオンでは馬には勝てないよ、君はただナポレオン軍の正義の名の下に祈るだけでいいのです。ほら、見えるだろう、地平線の野原辺りから上る立派な太陽旗を掲げた騎兵隊の行列のあるのが。さあ祈りなさい。正義はすぐそこまでやってきております。」彼は言うのでした。しかし、奴らを見くびってはならないのです。馬はもう疲憊した脚を抱えていて更に奴らライオンは非常に飢えているのですから。ジリジリと馬とライオンとの距離が狭まって来ました。私は彼の言う通り祈るより他にありませんの、だから彼の腰に当ててた両手を外して天に向かって手を合わせ、目を瞑りました。しかし、見なくても聴こえるのです、馬の優雅な足音と違った野心的な足音が徐々に大きくなって来ているのです。ああ情けない、見っともない、さあ祈らなければなりません。バーバリライオン共を打ち破る英雄にそして偉大なるナポレオン将軍に。彼は目と鼻の先まで来ているライオンを突き放すために速力を上げました。革を編んだ赤い一本鞭を腰から取り出せば馬が唸るまで叩きつけるのです。目を瞑っていても彼の震える手の振動が馬を通して伝わりました。ああ、ライオンは早い。奴らは馬を呑み込まんばかりに迫って来ております。そして、奴らのたてがみが馬の尻尾に触れたのです。それで馬は全身を武者震いさせ後ろ足を大きく蹴り上げ、さらに加速しました。さあ、その時私は空に拝んでいたのですが、馬の慣性に耐えきれずについつい落馬してしまいました。暗黒砂漠の真ん中、私は親衛隊の彼が被っていた黒いケピ帽と一緒に放り出されてしまいました。ライオンは馬から私に標的を変えました。すぐに足跡に囲まれました。私はもう終わりなのですか。ああ、残酷だ、残酷だ、生きた人間を食うなんて、なんともむごたらしい。さあ私を喰ってみろ。貴様らはもうじき殺される運命なのです。私と同じです。私は悲しいことに威嚇を続けてしまいます。それは死にたくはないからなのです。しかし、そんなことを気にもせず奴等は緑の汚衣を剥ぐらかすこともせずに私の左胸のあたりにかぶり付くのでした。ああ、残酷だ。知能を持たない奴等が女の胸に本能的に吸い付くなんて。さあ、私は終わったのです。しかし、愚かなことに神経が破れて遂に痛みがなくなると何とも彼等が可愛く見えてしょうがなくなってしまいました。彼らの赤髪が、そして、八重歯がぎらりと光るのが夜中なのによく見えました。一途に小さな心臓を丁寧に残さず食べているのです。まるで人間の男がするように彼らも同じことをしているだけなのです。そうなのです、私は気付きました。彼らは調教師の命令よりも寧ろ彼ら自身の野心的な本能に従って私を殺そうとしているのです。だから私、嬉しくなって彼等の下顎を一生懸命に撫でてやるのです。すると、彼らも私に悲しい憐れみの目を向けたかと思えば人間殺しの活動を再開させるのでありました。視界もだんだん散々になって来ました。最期の涙を流しますとまたもや彼等は丁寧に舐めてくれるのです。そして再び、今度は先程よりももっと悲しき虚ろな目をすると、やっと私の怨念は晴れました。彼らの優しい目は私の兄のお言葉を思い出させました。「ローマの土地を食む悪烈な野獣どもでさえも当てもなくローマに戦わされているのだという。豹やライオンは人の夢を食うというが、人間のする様な餮幻に比べたらまだましだな。」あの人が楽しそうに私の友達に語っていたあのお言葉を今、思い出しました。ああ、可哀想に。この世界から彼らを解放することこそが最大のわたしのし得る善なのではないか。そうなのです。私は彼らのやるせない気持ちをどうにかする方法を思いつきました。親衛隊の彼が下さったこの冷めたピストルを名もなき哀れなライオンたちに突き付けるのです。奴らを木っ端微塵にしてやる。ほら殺してやる!ピストルを彼らの頭部に定めました。引き金を引こうとしたその刹那、彼らの血の通った暖かい心臓がぐったりと私の胸に覆い被さりました。遥か彼方から飛んできた赤い蓬矢が彼らの腹部を見事射抜いたのでした。さあ偉大なる半神ナポレオン軍が凱旋門のアーチを抜けてやって来たのです。ナポレオン将軍は最早抜け殻の女の体を回収しました。「なんて美しい死顔。これは私への最高の奉仕ではないだろうか」彼はそう言うと私の心臓の抜け落ちた空っぽの身体を天に掲げました。一人の兵隊がコロッセオに火をつけるとその火は次々と燃え広がりコロッセオは一つのトーチのように火炎を上げました。ローマの遺構はナポレオン将軍の手に落ちました。コロッセオトーチが更に夜空にまで燃え広がると、暗闇の中の空の上のまるい球体に点火しました。私は今夜アポロン神の生け贄になったのです。それはそれは私に相応しい綺麗な皆既月食でした。ライオン達は美しき朱月を見ると、夢が破れたかのように安らかに死んで行きました。私らの美しい星は太陽より更に明るい恒星となって宇宙の底へ転げ落ちました。その瞬間、落下体験が私の身にも起こり、ついに目の前の壁が崩れ去りました。

新たなる夢
   アムール・リオンは産婦人科の第13病棟の赤十字ベットの上に目覚めた。助産師の白衣の若女が告げた。リオンはちいさな黄色い坊やを産み落としたとのことだった。彼女は七日後、産褥熱により息絶えた。
Guten Abend, gut' Nacht,
mit Rosen bedacht,
mit Näglein besteckt,
schlupf unter die Deck'!
Morgen früh, wenn Gott will,
wirst du wieder geweckt.
Guten Abend, gut' Nacht,
von Englein bewacht,
die zeigen im Traum
dir Christkindleins Baum.
Schlaf nun selig und süß,
schau im Traum 's Paradise.
母親の腕の中、黄色い坊やは、オルゴールの音に合わせて子守唄を歌うきまぐれな紫色の猫と目があった。

おわり

ライオンの夢

執筆の狙い

作者 ライオンの夢
softbank060095172183.bbtec.net

一度でいいので読んでください。つまらないかもしれないけれど、一度でいいので

コメント

フン
pw126236002089.12.panda-world.ne.jp

意外とセンスありますね

お節介
sp49-98-217-208.msd.spmode.ne.jp

こんばんは、おやすみなさい、 バラで覆われ、 ナグラインと デッキの下に滑り込む! 明日の朝、神が意志を持つなら、 あなたは再び目を覚ますでしょう。 こんばんは、おやすみなさい、 エングリーンに守られ、 夢の中で見せる あなたはクリストキンドレインズツリー。 今至福と甘い睡眠、 夢の楽園を見てください。

hir
f98-pc101.cty-net.ne.jp

 切羽詰まった状況で落ち着き払っている一人称が不思議でした。
 夢を見ていたということなのでしょうけど、猫には前頭葉がないときいています。
 だからこそタイトルをライオンにしたのかな

今晩屋
133-32-232-18.west.xps.vectant.ne.jp

 1話はいりませんね、2話から始めて、1話を差し込む。
 カレーが辛いって事の程度は人それぞれで、作者の程度を文字に起こしてるだけ。こういった文面がたくさんあるけど、読みやすくしないと、なぜなら出来るから。
 淑女である事が不便で、高級な女であるならば、自身がライオンでなく、ライオンのような生き様を示さないと、文面から文章にはならないと思うよ。

上松煌
111.85.0.110.ap.yournet.ne.jp

 犬畜生は大バカですが、猫さんは非常に高い知能と情緒性を持っています。
そのため、その脳は人間と相似形といわれています。
ちょっと忘れましたが、「天才の20の要件」だかなんだかの中に、天才や頭のいい人は猫さんを好むと明記されています。

 人間でも発達障害児は、生まれながらの前頭葉欠損で社会性に欠け、善悪を理解せず、犬畜生のように自己の欲望のみに邁進するヒトモドキです。
そして、なぜか犬畜生を偏愛するとか・・・・・・・。
アメリカの犯罪白書には30年以上も前から、犬畜生の偏愛者は猟奇殺人者に移行しやすいと報告されていて、日本でも同じ見解です。
さぁ、あなたやわたし、周りのみんなはどうでしょう????
天才的人間でしょうか?
それともヒトモドキ?
面白い判じ物ですね。

お節介
sp1-75-155-70.msc.spmode.ne.jp

 まず以て、何故ドイツ語の詩をのせているのか分かりません。次に、そこには全く触れずにコメントを残している方が何人も居るのが不思議です。英語版なら読める方も多いと想いますが、ドイツ語を読める方がそんなに何人もいるとはおえないんですね。
 それぞれ調べて自分なりに解釈してコメントつけているんですか。それとも、その部分は見えない振りをしてむししてるんでしょうか?
 作者の意図も、コメンテイターのかんがえも分からない珍しい作品ですね。

そうげん
58-191-92-2f1.shg1.eonet.ne.jp

ブラームスの「子守歌」だというのは、ちょっと検索すればわかる話ですよ。

お節介
sp49-98-224-43.msd.spmode.ne.jp

では、言語で書かなければならない意味は?

お節介
sp49-98-224-43.msd.spmode.ne.jp

失礼しました。
>では、言語で書かなければならない意味は?
        ↓

では、原語で書かなければならない意味は?

今晩屋
133-32-233-18.west.xps.vectant.ne.jp

 お節介さん。

 私はそんなのどうでもいいんです。完成度を求めるなら、図書館に行けばいい。
 重要なのは、作者の意図が読者に伝わるか、って事で、そこにあるアラビア語は関係ないんですよ。興味湧けば勝手に調べるから。メタファーでもある訳です。
 アマチュア作家に、プロ読者の感覚では、サイトの意味を成さない。
 

ライオンの夢
softbank060095172183.bbtec.net

今晩屋さん
もしよろしければ、ご感想お願いします

ご利用のブラウザの言語モードを「日本語(ja, ja-JP)」に設定して頂くことで書き込みが可能です。

テクニカルサポート

3,000字以内