作家でごはん!鍛練場
滝田洋一

殺人者

 たった今、人を殺した。アンタは経験あるか? 無いだろうな。刑務所ん中でこれを読んでる奴なんて居るわけ無いからな。
 いや、娑婆になら居るかも知れない。人を殺していながら、死体が発見されていないために事件になっていないとか。事件にはなっていても、間抜けな警察のお陰で犯人が特定されなかったとか、疑われはしたが証拠も有力な証言も無いため、証拠不十分で逮捕されなかったとか。まあ、推測だが、一桁では効かない数の殺人者がこの国で生きていると思う。世界と言う範囲で見たら、恐らくとんでもない数の殺人者が日常生活を送ってるんだろうな。そんなもんだぜ。

 TVドラマなんか見ていたら、結局はみんな捕まってしまうように思うだろうが、世の中そうきっちり行くものでも無いさ。事件になっていない殺人がどのくらい有るかなんて誰にも分からない。行方不明者って相当数居るんだろ。その中の何パーセントかは殺されているかも知れない。単に、事件にはなっていないと言うだけの事に過ぎない。安全な国と信じ込んでいる日本国民は、そんな事が有ると言う可能性すら考えようともしない。
 例えば、身寄りの居ない独り者で、人付き合いが悪く、存在感も無く、周りの人間からむしろ鬱陶しがられている奴が居たとする。
 その上いい加減で、例えば仕事で、無断欠勤が度々だったとしたら、そいつが居なくなったとしても、誰も気にしないだろう。『借金で首が回らなくなって夜逃げしたんだろう』と思うくらいのもんだ。行方不明者届けなんか出す奴は誰も居ない。
 居ない事に最初に気付くのは大家だろうな。未納家賃を督促しようとしても連絡が取れない。公共料金や携帯料金の督促状で郵便受けがいっぱいになるのを待つまでも無く、合鍵を使って、大家は部屋に入るだろう。大家は『直ぐに連絡するように』とでも書いたメモを残すのかな。身内でもなく親しくも無かった上に、感じも良くなかった入居者を心配する訳も無い。大家の頭に有るのは、家賃を踏み倒して失踪したと言うことを確認し、手順を踏んで如何に早くこの部屋を空き部屋として、新しい入居者を募集するかだ。リフォームに必要な費用をはじき出しているかも知れない。
 そんな訳で、死体や血痕を残さない。誰にも見られない。この二つの事さえ完璧に出来れば、事件にはならない。恐らく、この部屋に俺の痕跡を完全に残さないなんてことは不可能だろう。どんなに指紋を拭き取っても、髪の毛一本残さないようにしてみても、疑われて鑑識が入れば、何かしら見付けられてしまう。要は、この死体の男が事件に巻き込まれたのではないかと言う疑いを持たれないようにする事に尽きる。死体も無くそれらしい痕跡も無ければ、大家が綺麗にリフォームして別の入居者を入れてくれる。そうなって死体さえ出なければ、永久に事件にはならない。
 刃物を使って殺した訳では無いから、血は飛び散っていない。こいつの部屋を訪ねて来る奴なんかいない。セールスが来ても留守だと思うだろう。冷蔵庫が稼働しているだけで、電気のメーターもほとんど回っていない筈だから。

 動機、目撃証言、物証。犯罪を立証する為の要素だ。
 動機を教えよう。極簡単に言えば『人を殺してみたかった』。それだけの事だ。普段誰かに話したりしていれば、その証言から疑いを持たれる事は有り得る。だが、俺はそれほどの間抜けでは無い。人と話していてそれらしい事を匂わせたことすら無い。
 この死体の男に恨みも無いし、殺して盗るほどの価値の有る物を持っている奴でも無い。俺が疑われる事は無いし、捕まって自白しない限り立証出来ない殺人だ。

 俺は、幼い頃からゴキブリを怖がるような事は無かった。這い出して来たゴキブリに母親が騒ぎ、そこに有った週刊誌で父親が見事叩き潰したことが有った。グシャっと潰れて粘液のはみ出したゴキブリの死体を見た時、俺は何とも言えない快感を感じた。それから、めしを食っている時など、またゴキブリが出て来ないかと期待するようになった。
 這い出して来たのを見付けて父親に教えたのに、逃げられた事が有った。その時『この役立たずのクソ親父が』と思った。始めて自分でゴキブリを潰した時の快感は、父親が潰すのを見た時以上だった。俺の家が清潔では無かったとは言え、ゴキブリなんてそんなにしょっちゅう出て来る訳も無い。そのうち飽きた。
 少し大きくなって、俺は猫をいじめる事に興味を持ち出した。そして、猫の通り道を見付けた。それは、隣の家とウチの間にある路地で、塀から飛び降りた猫が通りに出るのに何時も通る路だった。そして、飛び降りる位置もほぼ決まっている事に気付いた。俺は板一面に五寸釘を打ち付け、剣山のように釘が突き出している面を上に向けて草に隠し、猫が飛び降りる辺りに置いた。しかし、残念ながらこれは失敗した。猫も剣山の上に飛び降りるほど馬鹿ではなかった。ゴムぱちんこで狙ってみたが、当たらないので余り面白くない。餌で釣って捕まえて振り回した時引っ掻かれたので腹が立ち、地面に叩き付けて殺した。コンクリートに思い切り叩き付けたので、口から血反吐を履いて死んだ。なんかスッキリした。
 家の裏で遊び仲間の健太と遊んでいた時、ムカついた事が有った。理由は覚えていない。俺は、誰も考え付かないような名案を思い付いた。小石を拾って自分の家の窓目掛けて投げたのだ。大きな音がしてガラスが割れた。母は留守だったので、音を聞いて近所の人が飛び出して来た。俺は泣きながら「健太くんがやった」とそのおばさんに訴えた。誰も、自分の家の窓ガラスを俺がわざと割ったとは思わない。
「健太ちゃん駄目でしょう。謝んなさい」
と言われ、「違うよ」と言っただけで奴は逃げて行ってしまった。余りの事になんと言っていいのか分からなくなってしまったのだろうが、それで奴の負けが決まった。言い訳してみても自分が決定的に不利になるという事が分かっただけ、あいつは馬鹿ではなかった。しかし、逃げた事により、やったのは健太と言う事がおばさんの中で認知された。後から色々言ってみても言い訳にしか聞こえないし、この頃は、親でさえ、俺の本性に気付いていなかった。

 飲んだくれで博打好きの親父だった訳では無い。優秀で出世したと言う訳でも無いが、その辺にゴロゴロ居るごく普通の父親だった。母も家事はちゃんとやっていたし、浪費する訳でも無かった。まして、男を作ってどうのこうのなんてことは全く無かったと思う。要は特殊な生育環境で育った訳では無い。つまり、もし捕まって裁判になったとしても『被告人の生い立ちは劣悪であり、情状酌量の余地が有る』なんて事には絶対にならないのだ。だから、バレて捕まって裁判に掛けられるような事は絶対に避けなければならないと俺は思っていた。

 俺は、単に人を殺したかったのだ。捕まるのは嫌だからバレない殺しをやろうと思った。普段から仲が悪かったり、身近の人間や何らかの因縁の有る人間を殺れば直ぐに疑われる。何の関係も無い人間で、居なくなっても騒がれない人間を探した。これはなかなか骨の折れる事で、相手や周りの人間に気付かれずにターゲットを選ぶのには苦労した。しかし、何年掛かっても良いと考えて、急がず気付かれないように注意して進めた。そして、獲物は向こうからやって来たのだ。

 ある日帰宅した時、俺のマンションの敷地に接した道路に、バンボディーのウイングを高く開けたロングボディーのトラックが止まっているのに気付いた。建物に近付くと、各戸のドアポケットから突き出している物が見える。パンフレット様の冊子だ。『リフォーム屋か』と分かった。以前にも何度か来ている。築十二年ほどになるので、ユニットバスやシステムキッチンの入れ替え、フローリング、壁紙の張替えを勧めるマンションリフォームの訪問販売業者だ。以前覗いたことがあるのだが、トラックの荷台にはシステムキッチンが展示されている。この展示用トラックと数台の車に分譲した営業マン達は、朝、乗り付けると一斉に散ってパンフレットを、玄関に有る集合ポストではなく各戸のドアポケットに入れて回り、午後少し遅い時間から戸別訪問を始める。効率的に回る為に、ドアポストからはみ出したパンフレットが無くなっている部屋を優先する。前日に撒いて置いて、翌朝回る事も有る。色々な時間帯に回り、生活時間帯の違うターゲットをも逃さないようにしているのだろう。勿論、セキュリティの厳しい高級マンションではそんなことは出来ないから、郊外の庶民的なマンション群や団地をターゲットにしている。

 俺は、ドアポケットからパンフレットを取り出し、それを持って部屋に入った。テーブルの上にポンと置くと、着替えを済ませてから開いてみた。上質紙を使ったパンフレットで、十数ページに渡ってリフォーム前後の写真や顧客のインタビュー記事が掲載されている。当然顧客は喜んでおり、仕上がりの満足度や業者への信頼感、丁寧な対応だったなどの感想を笑顔で並べ立てている。ペラペラとめくっただけで、俺はそれをテーブルの上に放り投げた。
 冷蔵庫から缶ビールとパックのキムチを出して来てソファーに腰を降ろし飲み始める。ノートPCを開き、トピックスを検索する。相変わらず、どうでも良い事やくだらない話題が並んでいる。たばこに火を点け、ほとんど意味の無い事なのだが、キッチンの換気扇を回す為、一旦立ち上がった。その時、インターフォンの呼び出し音が鳴った。映像機能は無く、声だけのインターフォンだ。
「はい」と出る。
「恐れ入ります。パンフレットを入れさせて頂いた、マイティーリフォームと申します。御覧頂けましたでしょうか?」
 声を張ってはいるが、好印象を与えようと声音を作っている訳では無い。つまり、何としても成績を上げようとする意気込みの感じられる言い方では無かった。恐らく、どうせ断られるだろうとどこかで思いながら、何百件も同じアプローチを繰り返しているのだ。早く今日の仕事を終わらせたい。そんな意識で面白くも無い仕事を毎日繰り返している。たまに契約が上がるのは努力では無く、単なる運であり偶然である。それを意識さえしていない。声だけでそんな男だと分かった。
 俺は黙ってドアを開けた。つまらなそうな顔が、作り笑顔に変わる。
「あ、有難う御座います。今、こちらのマンションさんを回らせて頂いておりまして、無料点検をさせて頂いております」
 中に入れるかどうかの正念場だ。流石に表情から必死さが見て取れる。
「何の点検?」
「水回りとかですね」
「ふーん。今日は暑かったでしょう。すごい汗かいてるね」
「あ、はい」
「どうぞ。入ったら」
 喜ぶより先に、一瞬、本当か? と言う表情が浮かんだ。自分のトークによってドアを開けさせ、中に入れてもらう事が出来たと言う自信と満足感の裏付けを持っている表情では無い。運を喜んでいるだけだ。
「あ、どうも有難う御座います。お邪魔させて頂きます。失礼します」
 そう言いながら靴を脱いで入って来た。貧相な男だ。中肉でやや痩せ気味。見たところ、自分の能力の無さを運に置き換えて現実逃避している典型的な男のように思えた。汚れた物こそ着ていないが、服装に気を使っていると言う印象は全く感じられない。成績も良くないだろう。恐らく、基本給が安く、歩合が多くの割合を占める訪問販売では、収入も少ないに違い無い。
「座ったら」
 そう言ってソファーを勧める。
「有難う御座います」
 俺は、冷蔵庫から氷とペットボトル入りの微糖タイプのコーヒーを取り出して来て、テーブルの上で、氷をコップに入れてコーヒーを上から注いで出してやった。
「どうぞ。喉乾いてるでしょ。遠慮無く飲んで下さい」
 作り笑顔でそう言ってやる。
「あーっ。すいませーん。助かります」
「大変だよね。外回りの飛び込みは。どう、成績上がってる?」
「いえ、なかなか……」
と弱みを簡単に曝け出す。そこは嘘でも、『はい、お陰様で』と答えるべきだろうと思う。
「アーッ。冷たくて美味しかったです」
 アイスコーヒーを飲み干して、男は満足げな笑顔を見せた。
「良かった。じゃ、あと頑張ってな」
「え?」
「リフォームする気、全く無いんだ。アンタが大変そうだから、冷たい飲み物の一杯でも飲ませてあげようと思っただけだ」
 自分の間抜けさに気が付いたのか、
「あの、今日は工事部長が来てるので、お話だけでも聞いて頂けませんでしょうか?」
 男は慌ててお願いを始めた。クローザーを入らせる為のアポ取りが仕事なのだろう。そんな単純な仕事さえまともに出来ない馬鹿な奴だ。本来なら、言葉を交わした最初からが真剣勝負で、部屋に入れてもらえた瞬間から、如何にして自分のペースに巻き込むかに全神経を集中しなければならない筈だ。それが、飛び込み営業と言うものだ。
 それをこの男は、何と無く入って来て出されたアイスコーヒーをただ喜んで飲んだだけだ。聞く気が無いと言われて驚いた時点で終わっていると言う事すら認識出来ないでいる。成績が上がっている訳は無い。
「お願いしますよ。やるやらないは別として、お話だけでも聞いてみて頂けませんか」
 情けない表情でそう訴える。クローザーを部屋に入れる事が出来さえすれば、後は何とかして貰える。契約が上がれば、アポに対する僅かなインセンティブが付くのだろう。全くの他力本願だ。
「アンタ、成績上がって無いでしょう」
とズバリと言ってやる。
「えっ」と一瞬不快そうな表情を見せたが、気を取り直したように、「だから、お願いしたいんです」と、最早物乞い同然の態度を見せる。
「それは出来ません」
 そう言い切ると、がっかりしたと言うよりは、明らかに不快そうな表情を見せて、「そうですか」とだけ言った。
「気を悪くしましたか?」
「いえ、とんでもないです。ごちそうさまでした。外に展示車も持って来ていますので、気が向いたらご覧になってみて下さい」
 クローザーを入れるのが無理なら引っ張り出すだけ出して、後は展示車付の他の人間に任せ口説いて貰おうと言うことか。何れにしろ、他人任せの事しか考えない。男は頭を下げ、玄関の方に歩き出した。
「仕事変えるつもり有りませんか?」
と、俺はキーワードを投げ込む。
 男は「エッ」と言って立ち止まる。
「成績上がって無いんでしょう。失礼ながら、収入も多くは無いですよね。馬鹿にしている訳では無いですよ。もっとやりがいの有る仕事に変われば、やる気も出、収入もアップする。そう言ってるんです」
 ムッとした筈だが、ズバリ現状を突かれたと言う事か。
「世の中、そんなに都合良くは行きませんよ」
と投げやりに答えた。そんな甘い話は今までに何度も聞かされ職を変わったが、その度に状況は悪くなって行く一方たった。そう思っているのだろう。
「馬鹿にされたと思ったかも知れませんが、あんまり気が進まない仕事を仕方無くやっていると、意欲も出ないし、工夫もしないから成績は上がらない。それが見て取れたんですよ。やりがいの有る仕事を与えられれば、貴方は力を発揮出来る人だと思ったんです。こう見えても、会社ではそこそこの人数を管理する立場にあるので、人を見る目は持っているつもりです、ま、座って下さい」
 そう言って俺は、ソファーに向けて掌を伸ばして、男に座るよう促した。半信半疑な表情を見せながらも、男はソファーにもう一度腰を降ろした。
「近々、私、独立して事業を始めようと準備しているところなんですよ」
 下を向いていた男が顔を上げ、俺を見た。
「その立ち上げメンバーを今探してましてね。その一人として貴方をどうかと今考えた訳です。今の仕事に満足している人は、仕事を辞めて来てくれと言っても無理でしよ。だから、ちょっと失礼な言い方になったが、今の仕事に満足していない事を確認したんですよ」
 男は少し黙っていたが、やがて口を開いた。
「どんな仕事ですか。経験無くても出来るんですか」
 食いついて来た。
「大丈夫。経験は無くても出来ます。私がしっかり研修するから大丈夫です。経験者を集める事は出来るが、やれ引き抜いたのなんのと、今居る会社と揉めたくは無いんですよ。だから、スッキリと新しいメンバーを集める事にした」
「で、仕事の内容は?」
 男は重ねてせっついて来た。完全に嵌っている。今の生活に本当にうんざりしているに違いない。
「仕事の内容、それから一番大事なのは給料。全部説明するから、それをもとにじっくり考えてから決めてもらっていい。ただ、今は仕事中でしょう。売上にもならないのに、ここであんまり時間潰していられないでしょう。名前と携帯番号とメアド。これに書いて。後で連絡しますよ」
 俺は、そう言ってレポート用紙一枚とボールペンをテーブルに置いた。赤外線のデータ交換では、こちらの情報も渡さないと不自然になる。だから避けた。
 書き終わって男は俺の顔を見た。
「表札を見たと思うけど、岡田です。こちらから連絡しますから、待っててください。一緒に仕事をする事が出来たらいいですね。じゃ、またその時」
 そう言って、今度は男に部屋から出る事を促すように、俺はドアを開けた。
 まだ何か聞きたそうだったが、仕方無く男は玄関を出た。
「宜しくお願いします」
 そう言って頭を下げた。
「あ、分かってると思うけど、絶対誰にも喋らないで下さいよ。こう言う計画は事前に漏れると潰される可能性があります。そうなったら、私も困るし、貴方に仕事をしてもらう事も出来なくなる」
「ええ、もちろん誰にも言いません」
「じゃ、また」
 俺は、そう言ってドアを締めた。


 数日後、残させたメモを元に、星野と言うその男の携帯に電話した。午後七時頃だ。五時に終わる仕事では無いと思って七時にした。。九コールほど呼ぶと、
「誰?」と不機嫌そうに出た。騒音が凄い。パチンコをやっているらしい。
「岡田です」
 俺が誰か認識するのに一秒ほど掛かった。
「あ、どうも、この間は…… 。直ぐに折り返しますんで、一旦切って待って貰えますか?」
 どうやら、俺からの連絡を心待ちにしていたものとみえる。三分ほどして折り返しが有った。背景の騒音は無い。
「あ、すいません。星野です」
「忙しいところ、突然すいません。今、大丈夫ですか?」 
「ええ、大丈夫です」
「外でもないんですが、仕事の事、お時間頂いて詳しくお話したいと思いましてね。勿論、聞いた上で合わないと思ったら、遠慮なく断って貰って構いません。お時間頂けます?」
「ええ、勿論、何時でも結構です。言って頂ければ、その時間に伺います」
「話は貴方のお宅でしましょう」
「え?」
「このマンション、大勢で回っていたんだから誰かが何本かは、契約を上げているでしょう」
「ええ、それは……」
「つまり、管理事務所への工事許可申請から始まって、顧客との打ち合わせ、近所への工事挨拶。色々有るでしょ。つまり、お宅の会社の人が、これからしょっちゅうこのマンションに出入りする訳です。契約もしていない私の部屋に貴方が出入りしていたら変でしょ」
「あ、ああそうですね」
「まさか、喋っていないでしょうね、誰かに」
「もちろんです」 
「喋ったらこの話は無くなりますから、それだけは忘れないで下さい」
「分かってます。大丈夫です」
 合わせるまでも無く、この魚はガッツリと針ごと餌を飲み込んでいる。後は、糸を切らないように引き上げるだけだ。そう思った。
「平日、会社休めますか」
「え? 大丈夫です。ぜんぜん」
 休日や、平日でも夕方以降は人目が多い。平日の昼過ぎから午後早い時間がベストだと俺は思っている。
「外じゃ駄目ですか? ファミレスとか」
「いや、貴方のお宅にしましょう」
「ウチは狭いし汚いし…… つまり古いアパートだから」
「全然問題無いですよ。汚いとか気にしないし、二人座れるスペースが有ればそれで十分です。それに、もし貴方が気に入ってくれて一緒にやることになれば、社宅として借り上げマンションを用意します。もちろん、家賃は会社で出します」
「え? 本当ですか。まだ、会社も立ち上げていないのに、そんな約束出来るんですか?」
 鈍感な男でも流石に、話がうま過ぎると思っているのか。ならば、不安を払拭しなければならないと俺は思った。
「そうですよね。私が豪邸に住んでいる訳でもないのに、なんでと思うでしょうね」
「いえ、そう言う意味じゃ……」
「自慢に聞こえると嫌だと思って敢えて言わなかったんですが、自分で言うのもなんですが、私、かなり仕事が出来るんです。今居る会社の売上は、ほとんど私が支えているようなものなんですよ。ところが、会社はそれほど評価していない。大分前から、そんな不満は持ってました。何時か独立しようとは思っていたんですが、かなりの資金を準備しなければ独立は出来ない。しかし、世の中、見ている人は見ているものなんですね。丁度、取引先の社長からヘッドハンティングの話を持ち掛けられたんですよ。その時私は逆提案をしたんです。私の独立を支援して頂いて関連会社とすれば、グループ会社となる訳だから今の会社と取引するより利益は上がる。私の能力を買って頂けるなら、お互いその方が得でしょうと提案したんです。その条件で受けてくれました。だから、資金面の心配は有りません。ただ、今の会社は大きなダメージを受ける事になる。だから、絶対にバレたらまずいんですよ。何としても潰しに掛かって来るでしょうからね」 
「ああ、なるほど。で、何時休んだらいいんですか?」
「早い方がいいけど、今日の明日では無理だと思うから、明後日でどうですか」
「分かりました」
「じゃ明後日昼の十一時頃で」
「分かりました」 
「出るといいね」
「え?」
「パチンコ。音聞こえてましたよ」
「あ、ああ」
と星野は少し歪んだ笑いを浮かべた。

 星野の残した住所メモを元に、グーグル・アースで検索する。路地を入ったところに有る古びた二階建ての木造アパートだ。部屋は一階の一番奥なので、映像で確認する事は難しかった。突き当りはビルの側面の壁になる。映像では確認しづらいが、目立たない。条件的には最高だ。通りから見えずに車を止められる場所は近くにないかと探した。かと言って狭い道や個人所有の土地に止めたら、どんなトラブルが起こるかも分からない。それは絶対に避けなければならない。近くにコインパーキングを見付けた。防犯カメラが有るので好ましくは無いか、止むを得ない。事件にならなければ調べられる事は無いのだから。

 約束の日、約束の時刻に星野のアパートを訪れた。外廊下の壁沿いには、ゴミの入ったビニール袋が三つほど置いてあるのが、道路から見えた。慌てて掃除したに違いない。ドアの前で声を掛けたりチャイムを押して待っていたら、人目に付く。俺は、星野の携帯に電話した。
「はい」と如何にも待ち兼ねていたと言う様子で出た。
「岡田です。アパートの側まで来ています。鍵だけ開けておいて下さい。二分後に勝手に入りますから」
「えっ?」
「ドアの前で待っていると目立つでしょ。速やかにさっと入ります」
「ああ、そうですね。分かりました」

 古いアパートの外廊下に人影は無い。読んだ通り、独り者が多く昼間は不在なのだろう。ノブを回して部屋に入ると黴臭い、六畳一間ガランとして殺風景だった。恐らく、散らかし放題の物を片っ端から押入れに放り込み、ゴミは袋に詰め込み掃除機を掛けたに違い無い。安物の机と椅子が窓際の隅に有り、部屋の中央には炬燵の枠に天板だけを乗せたものが置いてある。テーブル代わりに使っているのだろう。
 左手には簡易なキッチン、奥がトイレとユニットバスだ。テレビ、電子レンジの他には目立った電化製品は無い。洗濯機と自転車が外廊下に有ったなと俺は思う。炬燵のテーブルの上にはノートPCが一台。普段掃除をしていないせいか、畳は色は拔け黒い汚れがあちこちに点在している。
 壁際には小さな本棚。入っている本の多くは漫画と週刊誌だ。HOW TO本も何冊か有る。背表紙を見ると『億万長者になる法』だの『これで君はトップセールスマンに成れる』だの、絶対にそう成れない奴らが好んで読みたがる本だ。結局、著者の儲けになるだけで、読者には何の役にも立たない。むしろ、グラビアやエロ本の方が奴の心のバランスを整える為には余程役に立つのだろうが、それらは見当たらない。恐らく、ガラクタと一緒に押入れに放り込んだのだろう。
 壁にはアイドルのポスターが貼ってある。こんなものを眺めながら、毎夜妄想に耽っているのかと思った。

「こちらへどうぞ」
 炬燵テーブルの両脇に薄汚れた座布団が置いてあり、星野が奥の一つに俺を招いた。

 星野と向かい合って座る。比較的整った顔立ちをしているのだか、自信の無さと卑しさが見て取れる。 
「失礼ですが、今までついていなかったのではないですか?」
「ええ、まあ、勤めていた会社が倒産してしまったり、可愛がってくれた上司が退職したとたんパワハラを受けたりと色々有りました」
「その後はより良い仕事を求めて転職を繰り返すようになったんじゃありませんか」
「良く分かりますね」
 ズバリその通りだったらしい。転職する度に、逆に条件は悪くなって行った筈だ。 
「良い仕事に巡り会えなかったことで、貴方はやる気を起こす機会を得られなかった。やる気さえ起こせば、貴方は有能な人だと私は踏んだんですが、どうです? 間違ってはいないでしょう」
 星野の表情が満足げに変わった。駄目な奴を喜ばせる必殺トークだ。
「固定給三十万円保証します。後は成績次第でインセンティブを付けます。ノルマと言うか目標設定は有りますけど、チームプレイです。いくつかのチームを作って競って貰いますが、お互い助け合って、協力する仲間が居て成績を上げられます。今、固定給いくらですか?」
「十万です。売れれば百万稼げると言う広告につられて入社したんですが、百万なんて稼いだ事は無いです。たまたま売れた時六十万貰った事は一度だけ有りますが、平均すると十五万行って無いです」
「そりゃ厳しいですね。三十万円保証しますから、その分やる気出して頑張ってもらわなければなりませんよ」
「そりゃ勿論です。会社に損はさせられませんからね。貴方の様な方の下で働くならやり甲斐も有るし、やる気も湧いて来ます」
「そうですか。そう言って貰えて私も嬉しいです。仕事は出張販売で、さっきも言ったようにチームプレーです。細かい事は徐々に研修で教えて行きますので安心して下さい」
「物はなんですか?」
「売ると言う事は変わり無いです。優秀なセールスマンは何を売っても売れます。責任を持って、そういうセールスマンに貴方を育てます。私に任せて下さい」
「宜しくお願いします」
 俺はにっこり笑って、
「じゃ、決まりと言うことでいいですね」
「はい」
「準備期間中でもちゃんと給料は払います。但し、準備期間中は半額になります。用が有る時は休んでもらいますが、今の会社に辞めると言うのは、準備が整ってからでいいです。先走って辞めたりしないで下さいね」
「今の会社から給料貰いながら、半分の十五万も貰えると言う事ですか?」
「そうです。オープンまでメンバーをキープしとかなければなりませんからね。半額で申し訳無いんだけれど」
「いえ、とんでも無い。十分です」
 半額と言ったのは、喜ばせその気にさせながらも、尤もらしく思わせる為だ。
「きっと、こう言う成り行きになると思って、実は、入社の前祝いと言うか、プレゼントを用意して来ているんですよ」
 俺はそう言って、バッグからネクタイの入った箱を取り出した。
「ネクタイです。気に入って貰えるといいんだが……」
「うわっ。ディオールじゃないですか。俺、これに合うスーツなんて持ってませんよ」
 奴は喜びの感情を露骨に表している。
「スーツは直に買えると思いますよ。そのくらいは稼げるように貴方を育てるつもりです。つまり、そうなって貰わないと私自身も儲からない訳ですから」
「はい。頑張ります」
「似合うかどうか、ちょっと締めてみません?」
 そう言って、ネクタイを箱から取り出し、タグのビニール紐をライターの火で切ってから星野の方に差し出した。星野は、嬉しそうにそれを受け取って首に回し、締め始めた。
「あっ、ちょっと待って、その回し方じゃ綺麗に結べない。ちょっといいですか」
 俺はそう言って星野に近づき、結び掛けたものを一旦解いて、改めて一回クロスさせる。
「女の子に締めて貰うなら気分いいでしょうが、男で申し訳ない」
「いえ」
「じゃ、奇麗な締め方を教えますから、ちゃんと覚えて下さいよ」
「は、はい。大丈夫です。覚えます」
 その間の抜けた表情を見ながら『この馬鹿が』と俺は腹の中で思った。そして、ネクタイの両端を素早く拳に一周り回すと、渾身の力で左右に引いた。ほんの一瞬、星野の顔に戸惑いの表情が浮かんだが、目を向いて苦悶の表情に変わる。俺の腕を振り解こうと両手を上げようとする。しかし、最早その力は無い。声も無く口を開き、顔は見る見る紅潮して行く。長い時間と感じた。俺は渾身の力で締め続ける。
 やがて、星野の体の力が拔け、ガクンと首を項垂れた。ここで力を緩めたら、再び息を吹き返す可能性が有る。そんな考えが浮かんだ。俺は限界まで締め続けるつもりで、締めたまま引き倒した星野の体に馬乗になって更に締め続ける。首の後ろに有るネクタイの繋目は念の為補強してあるので、締め続けても切れる心配は無い。何とも言えない満足感に俺は満たされて行った。『遂に人を殺した』と思った。

 両腕の筋肉か限界を迎えるまで、俺は締め続けた。ネクタイを放して星野の死体の横にゴロリと転がった時には、俺の両腕は完全に動かなくなっていた。荒い呼吸。痙攣。天井のシミをおれは見詰めていた。恐怖心は無い。
 どのぐらいの時間が経ったのだろう。俺は起き上り、背負って来たリュックから寝袋を取り出して苦労して死体を収めた。

 ドアを細めに空けて外を確認する。人通りは無い。素早く抜け出しコインパーキングに向かう。アパートの入り口に車を止めてエンジンを掛けたままハッチバックの後部ドアも空けて置く。素早く部屋に戻り、死体の入った寝袋を引き摺って車に向かう。こんな時の為にジムに通って体力は付けてあるが、こんな姿を誰かに見られたら決定的に拙い。俺は急いで車に戻り、死体を荷台に乗せ、キャンプで使う物をその上に乗せてからシートを掛けた。誰にも見られてはいない。俺は急いで車を発進させてアパートを離れた。

 そのまま県境に向かい、県境を越えて山に向かう。
 俺は暫く前からひとりキャンプを始めていた。特にそんなことが好きな訳では無いのだか、好きな振りをして続けている。そして、自撮り写真を時々Twitterで投稿する。山に死体を遺棄する為に人里離れた山間部に向かう際、車が防犯カメラに捉えられた時の言い訳として、一人キャンプが使えると思ってのことだ。それも、疑われさえしなければ気にする必要は無いのだが、たまたま他の事件の捜査に関連して、防犯カメラに写っているクルマが洗われる事は考えられる。そんな時不審を持たれない為に必要な事と思った。一人キャンプが趣味なら山に向かう車が写っていても何の不思議も無い訳だ。

 死体を埋める場所は、何度か一人キャンプを張って確認してある。真っ直ぐにそこに向かい予め決めて置いた場所にテントを設営する。死体を埋める予定の穴は一度掘ってある。その上で埋め戻してあるので土は柔らかく手間は余り掛からない筈だ。晴れているのは幸いだ。
 辺りが暗くなるまでは、普通の一人キャンパーのように過ごしていれば良い。たまたま人が来たとしても何の問題も無い。

 何故、人を殺してはいけないのか? 個人的に言えば、自分も誰かに殺されたくは無いのだから、誰かを殺してはいけないと言うことだろう。社会的に言えば、殺人、窃盗、強姦を否定しなければ、社会が成り立たないと言う事だろう。過去の社会に於いても、ほぼ全ての社会で、これらは禁じられ犯せば罰せられた。但し、身分社会に於いては、権力者に寄る殺人や収奪、更に形を変えた強姦も屡々行われて来た事も事実だ。
 つまり、これら禁止事項は生きる為の絶対条件では無く、社会的合意と契約に寄って成り立っていると考えられる。俺は、この合意と契約を拒否する。それだけの事だ。

 一度きりでやめるつもりだった。ところが、あの瞬間の快感というものは脳に深く焼き付けられてしまっていたらしい。あの快感をもう一度味わいたいと言う欲求が俺を支配し、何も手が付かなくなってしまった。気が付くと俺は、既に次の犯行に向かって走り始めていた。二度目も問題無くやり遂げた。
 ほとぼりが覚めると、またやりたいと言う衝動が俺を捉えて話さなくなる。
 四度目の犯行で俺は遂に失態を演じた。慣れと共に犯行を急ぐあまり、細かい段取りの手を抜くようになり、運悪く山に向かう途中で検問を受け、死体が発見されてしまったのだ。
 警察から検察に移送される時、上着を頭から掛けようとするのを拒否して、俺は顔を上げ、マスコミのカメラの砲列を睨んでやった。連続殺人鬼の顔写真を撮れたマスコミ共は大喜びだったに違い無い。

 俺はやった事を認め、判決では、まず主文が読み上げられ死刑を宣告された。『謝罪の言葉も反省の態度も示さない被告人の態度は、人間として到底許され得るべきものでは無く、改悛の見込みも無いとあれば、極刑を以てするより他に無い』との判決理由が後に続く。『権利だから』と促す弁護人の勧めを断って俺は控訴はせず、死刑が確定した。

 人は誰も死刑囚だと俺は思う。執行日を告げない事により恐怖心を抱かせ、せめて執行前に悔い改めさせ後悔させる事が、被害者に対するせめてもの手向けになるとでも思っているのだろうか。しかし、娑婆にいたからと言って、何時病死するか事故に遭うか誰にも分からない。そして、永遠に生きると言う事は決して無いのだから、誰も彼も結局は皆、死刑囚なのだ。
『でも、私達は極悪人のお前とは違って恐ろしい罪は犯していない』 
 口を揃えて皆、そう言うのだろうな。
 日本の死刑執行施設の映像をTV番組で見たことが有る。何も無いガランとした部屋。床には落とし込みの区切りが見える。床を開くボタンは複数有り複数の執行官が同時に複数のボタンを押す。床が二つに割れ、ピンと張った太さ三センチのロープが、最後のあがきを伝えるように小刻みに揺れる。
 何分後かに死の確認をして、死刑の執行は終わる。複数の執行官が同時にボタンを押し、その中のどのボタンが、実際に床を開かせたのかを特定出来ない配慮がされているのだと言う。執行官に自分が殺したと言う心的負担を掛けない為だと言う。『グリーン・マイル』と言う映画が有った。アメリカでは死刑は電気椅子で執行される。その際、頭頂部を剃って水に濡らしたスポンジを乗せ、その上から電極を取り付ける。スポンジを濡らすのは通電をスムーズにする為だ。死刑囚が長く苦しむ姿を見たいが為に。態とスポンジを濡らさずにセットする看守が描かれていた。そいつは、自分で執行のボタンを押したいと兼兼望んでいたが、その機会が無い為にそんな事をやったのだ。正に俺と同じ種類の人間として描かれていた。イラクの元大統領が首に太いロープを無理矢理掛けられる映像が放映された事があった。何かを話している表情を見せた次の瞬間には、元大統領の姿は消え、揺れるロープのみが映されていた。

 看守が俺を迎えに来るのは、明日か、それとも十年後なのか。こんな人間は、やはり国家権力が殺すべきだと、俺自身でさえ思う。

殺人者

執筆の狙い

作者 滝田洋一
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次の二つが、今回のポイントとなります。

●全く経験していない事を書く。
●このサイトで話題のメタファーとやらを敢えて無視する。

コメント

滝田洋一
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訂正

>と星野は少し歪んだ笑いを浮かべた。 誤
⇛と星野は気まずそうに応じた。    正

* すいません。電話なのに表情が見えるわけありません。推敲不足でした。

滝田洋一
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申し訳有りません。訂正2

>ほとぼりが覚めると、またやりたいと言う衝動が俺を捉えて"話"さなくなる。 誤

⇛ほとぼりが覚めると、またやりたいと言う衝動が俺を捉えて"放"さなくなる。 正

softbank060137241141.bbtec.net

むやみやたらに長い上に、書いてることはたいして面白くないです。

滝田洋一
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炭様。貴重なご意見、有難う御座いました。

アン・カルネ
219-100-29-140.osa.wi-gate.net

そこそこ面白く読めました。
とはいえ、「たった今、人を殺した」から始まる物語。
なので、できればその状況を続けて欲しいような? そんな気がしました。
「たった今、人を殺した」から突然、こちらを向いて、「アンタは経験あるか?」と問われましても、というのが私の素朴な気持ちです。
そんなことより私としては、「たった今、人を殺した」と言われれば、そこはどこで、誰をどうやって殺したのー、それをまずは語ってくれー、なのでした。
「恐らく、この部屋に俺の痕跡を完全に残さないなんてことは不可能だろう」ここに至ってどうやら殺人者君は、殺した相手の部屋にいる模様で、先の語りはこの部屋の住人ってことなのかな? と察する事になるのですが…。
「動機を教えよう」
いえ、その前に、「たった今」の状況を教えてくれー。だって、その後に「この死体の男に恨みも無いし」と語っているんだから、「この死体」は足元にあるのー? と気になるし。
なので構成は要工夫じゃないのかなあ? と思います。

星野と殺人犯岡田とのやり取り。
ここが最初のポイントになるんでしょうけど、どうでしょうかね。現実にはこうまんまと主人公の話に食いつくものかな、と思わなくもないのですが、今の世の中、詐欺の受け子とか組む相手も分からないままスマホで連絡を取りあって、犯罪決行日に現地初覆面顔合わせとかって、もう君たちの頭の中身はどうなっちゃってんのな方々が現実に実在しているという事実を思うと、この作品内のリアリティはこの作品内においてのリアルとしてギリ成立してしまっているような気がしないでもないので、アリとして良いのかと悩むところ(笑)。もう一声、殺される星野の方に岡田の誘いに食いつく事情を語らせると良かったのかなあ、と思わなくもないけど…。

「今の会社から給料貰いながら、半分の十五万も貰えると言う事ですか?」
ダブルワークもありなんですが、一応、ここは岡田の方から、星野の会社がダブルワークを認めているかどうかちゃんと確認を取るようにするとよりリアルな感じになるかなあと思いました。企業によっては社会保険の手続きの煩雑さを嫌って認めてないところもあるので。
で、星野絞殺。失禁の事は書かれてありませんでしたが、その処置とかどうしたんでしょうか。そこも気になるところ。
また「じゃ明後日昼の十一時頃で」とのことでしたので、実際の犯行は何時頃だったのでしょうか。昼間に「死体の入った寝袋を引き摺って車に向かう。」というのは危険じゃなかったのかしら。それともそこにスリルがあった? のであればそこは描写が欲しいところ。
またゴキブリや猫は叩き潰す類がお気に入りのようだったのに、なぜ絞殺手段? 単に一番、片付けやすそうと判断したから? そこらあたりも詳しく語って欲しいような。

「何故、人を殺してはいけないのか?」から「俺は、この合意と契約を拒否する。それだけの事だ。」というのが物足りないかなあ、というか余計かな(笑)。
もうね、現実にも愛知県豊川市主婦殺人事件、佐世保女子高生殺害事件、名古屋女子学生殺人事件、茨城一家殺傷事件と「人を殺してみたかった」という動機の元、殺人事件が起きている事を思うと、そしてどうやらルポも書かれているようなので、「なぜ、人を殺してはいけないのか」という問いをこのノワール小説に持ち出すのは無粋な気がするんですよ。
ここはもうやっぱり開き直って“ノワール小説”ならではの殺人者の心理と言うのを作って欲しかったような気がします。心の闇の類じゃなくて、もっとかっ飛んだ何か。もうここまできたら「これこそ悪である」を貫いて欲しいよね(笑)。それでこそ「黒い文学」。その末席にそっと座れるってものではないでしょうか。そう思いました。
同様の理由でラストの「俺自身でさえ思う。」というのもいらないような。
「こんな人間は、やはり国家権力が殺すべきだと、あんたは思うんだろうな」の方が良いような、そんな気がしました。「俺自身でさえ思う。」はどうしても作者の常識がちょこっと顔出してきたなあ、と、そう受け取れてしまうんですよ…。
でもノワール小説の真骨頂はやはり「常識を打ち砕け」だろうと思うので。

滝田洋一
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アン・カルネ様、有難う御座います。

 まず何よりも、ちゃんと読んで頂いてご感想を頂けた事に深く感謝し、御礼申し上げます。

 まず、現状をちゃんと描写し、その後で他の記述に移るべきと言うご指摘。なるほどと思いました。所謂つかみをしなければ、読者の興味を繋げないと言う事なのでしょうね。考えるべき第一の点かと思います。

 言い訳をさせて頂くと、私の想いとしては、ドラマの構成みたいなものをイメージしていました。
 まず、殺人現場が写り、視聴者には、人が殺されていることのみが提示され、パーンしてそこに至るまでの経緯が語られる。そして、最後に「そう言うことだつたのか」と腑に落ちると言う構成ですね。その手法が上手く使えなかったのかも知れませんが、割と気に入っている手法だったので使いました。

>現実にはこうまんまと主人公の話に食いつくものかな、と思わなくもないのですが

 長い間物色していて、遂にそう言う男を見付けたと言うことです。
 岡田は自分で言っているだけでは無く、それなりにやり手の営業マンと思って頂ければと思います。

 アプローチを見て、やる気の無さを見抜いた。
 アイスコーヒーコーヒーを飲ませた直後リフォームをやる気は無いと突然告げて、その反応を見ています。
 少し、ムッとさせた上で、仕事が合わないからやる気が起きないのだ。自分に合った仕事であれば、やる気も起きる。やる気を起こせば出来る人間だと見拔いた。新しく始める仕事を一緒にやらないかと順を踏んで誘っているんです。
 仮に、この段階で疑ったり誘いに乗って来ないようだったら、岡田は星野をターゲットとする事を止め、また別のターゲットを探した筈です。

 また、この段階で星野が身の上話を始めたら逆に不自然ではないかと私は思うのです。
 星野の家に行くと告げた段階で、家族が同居していれば、家族が居るから家で話すのは拙いと言う申し出が有る筈です。星野が躊躇ったのは、狭い、汚いと言う理由だけです。それを、そんな事は気にしないと言ってやると、星野は納得しました。つまり、障害となる理由はそれだけと言う事になります。

>星野の会社がダブルワークを認めているかどうかちゃんと確認を取るようにするとよりリアルな感じになるかなあと思いました。

 訪問販売会社でそれを認める会社はまず無いでしょう。『金が欲しけりゃ…、もっと働け』と言う、言葉は悪いがブラックに近い会社が多い訳です。『百万稼げる』と募集して、現実には十五万も稼げない訳ですからね。会社がいい加減なら社員の方も、無断欠勤が多かったり、途中で嫌になって現場からトンズラしてしまう者も居る訳です。本文でも書いているように、高収入を求めて転職を繰り返しながら、結局稼げない人間の吹き溜まりのようなものです。ただ、たまには要領良く稼いで中で出世すると者も居るので、根も葉も無い嘘を書いて求人している訳では無く、たまに稼げる人も居ると言う程度の事を、誰でも稼げるかのように書いているだけです。 

>昼間に「死体の入った寝袋を引き摺って車に向かう。」というのは危険じゃなかったのかしら。 

 逆に昼間の人の居ない時間帯を選んでいる訳です。見られなければ良い訳ですから、独り者が多い古いアパートと踏んでの事です。寝袋と言うのはちょっとまずかったですね。

>またゴキブリや猫は叩き潰す類がお気に入りのようだったのに、なぜ絞殺手段?
 
 良く、同じ犯人なら同じ手口と言うドラマとかの描写が多いところから来る疑問かと思いますが、ゴキブリは潰すのが普通ですし、猫は振り回そうとして引っ掻かれたからそのまま叩き付けたと言う設定で、だから、人も叩き殺すと言う事にはならないと思います。岡田は殺し方に拘っている訳ではありませんから。

 最後に、主人公は猟奇的かも知れないが、周りの人にはそれと気付かれる事無く、それ以外の事については、普通の人と同じ行動が取れる人間です。理論的には善悪の区別もちゃんと付くので、話していてコイツ何かおかしいと思われるような事は言いません。

 ちょっと違うかも知れませんが、パチンコで儲けられると思って嵌まる人間も居ますが、パチンコ屋は儲からなければ、電気代も家賃も給料も払えない訳だから、必ず儲ける。裏返せば客は必ず損する。個人的には、十人に一人とかニ十人に一人は儲かるが、後は全部損する。その、儲かる数人の中の一人にたまになるからやめられなくなる。そう言う事が分かっている人間でも、脳が爆発的に出た快感を忘れられない為に嵌ってしまう。

 理屈としては悪と分かっていても主人公の岡田は罪悪感に慄くような人間では有りません。罪悪感は感じないが、理屈では悪は裁かれるべきと思える人間なのです。ちょっと意味不明ですかね。
 その辺を書きたかったのですが、仰る通り蛇足なのかも知れませんね。考えてみます。

 色々ご指摘頂き有難うございました。

滝田洋一
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すいません。一つ忘れました。絞殺すると失禁、脱糞するのではないかと言う疑問かと思います。
 一応調べて見ましたが、脱糞は希だと言うことです。失禁は有ると思いますが、膀胱が満タンで無ければ、ビショビショになるほど漏れることはないし、仮に、トイレに行って間がなければ失禁はしない。そう云うことですね。ズボンが濡る程度の失禁はあり得ますが、畳や床が大きく濡れるほどの失禁は、飲み物を大量に飲んで二時間ほども経っていてトイレに行って無いと言う条件下で無ければ有り得ないと解釈しました。

たまゆら
p1817002-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

読ませて頂きました。
 
せっかく丁寧な感想を頂いたのですが、一読した印象は、力作であるのに主人公に共感できなかった。これにつきるような気がします。
ゴキブリを殺したことによる快感から始まって、猫への虐待、殺戮、その行動原理に狂気を感じるだけで少しも歩み寄れるところを見出せなかった。平然と友だちに罪をかぶせたところも、共感ではなく嫌悪感を抱いた理由だったかもしれません。
 
小説だから、虚構の世界だから、犯罪者が主人公でもかまわないと思うんですよ。でも読み手に見放されるような主人公ではどうかと思います。
もちろん逆に考えれば、何の魅力も感じられない主人公よりいいのかもしれません。でも、このような嫌悪感しか感じとれないキャラを主人公にして、どうしたかったのも読み取れませんでした。たとえラストに大どんでん返しがあったとしても、おそらく普通の読み手は、そこへ行きつく前に放り投げてしまうでしょう。
 
そして大人になって人を殺す。殺された星野はあっさり主人公を信用するが、ここらに読み手を置いてきぼりにする要素がふんだんに隠されている気がします。
説得や侵入方法、殺害方法とか、信じられないぐらい主人公の思いつきで行動しています。多少でもミステリーを読んだ人間なら引くかもしれません。
で結局はネクタイによる絞殺、土の中に埋める死体遺棄、主人公が豪語する完全犯罪とは、ほど遠い一般的な方法。第二、第三、第四の殺害は書かれていないのでわかりませんが、絶対にばれないという殺害方法を行ったのでしょうか。
人を殺すことと、その殺人がばれないことが物語の核であるなら、綿密な計画と斬新なトリックが必要だったかもしれません。そこらに結果オーライ的な不十分さを感じました。
 
言いたい放題すみません。
またいつか、読む機会があれば幸いです。

滝田洋一
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たまゆら様、お読み頂いた上ご丁寧なコメント頂きまして有難うございます。仰る事頷ける部分も多く、参考にさせて頂きます。

 言い訳になるかも知れませんが、一応、私の立場での考えも述べさせて頂きます。

>主人公に共感できなかった。

 そうですね。今回書いたのは、悪人ではあるが、置かれた環境に同情出来るとか、心情的に訴え掛けるものが有ると言う種類の人間では無く、『ただ、人を殺してみたかった』と言う、一般的には理解不能な人間です。
 理屈として論じれば、理論整然とその区別が出来るが、殺したいと言う衝動を押さえられない人間です。共感を覚えるような部分は持ち合わせていません。
 快樂殺人犯ですから、共感を覚えるような人物像では無く、嫌悪感を覚えるよえな人間を書きました。そして、一般的には理解不能なこうした犯人には、屡々、動物虐待と言う傾向が見られるので、それらのエピソードを背景として入れました。

>でも読み手に見放されるような主人公ではどうかと思います。

 この辺難しいところですね。仰るように不快な人間を書いても、不快だから読む気がしないと言う事になったら、確かに読み物としては成立しないと言う事になりますからね。

 多分、犯人側の一人称で語るとそうなるのでしょうね。それを避ける為には、警察や探偵を設定して、そちらの立場から描く事で、どんな残虐な犯人でも、読者は他人事として正義の立場に立てるから不快さが無くなるんでしょうね。
>星野はあっさり主人公を信用するが、ここらに読み手を置いてきぼりにする要素がふんだんに隠されている気がします。

>星野はあっさり主人公を信用するが、ここらに読み手を置いてきぼりにする要素がふんだんに隠されている気がします。

 本文でも書いていますが、仕事に嫌気が指していることを見抜かれています。そして、あっさりと信用したからこそ犠牲になった訳です。疑い深ければ被害者にはなっていません。実際に起きた事件でも、何故、あっさりと犯人を信用したのかと言うケースは多々あります。

>>主人公が豪語する完全犯罪とは、ほど遠い一般的な方法。

 豪語は勿論犯人の思い込みです。そして、実際の殺人は大抵一般的な方法で行われます。奇想天外な殺し方はサスペンスや推理小説の中にあります。

 そして、本作は推理小説版でもサスペンスでもありません。単に、快樂殺人犯を空想して描いたに過ぎません。

 ご指摘のような短所を避ける為には、刑事か探偵を主人公に据えて、その立場から書くのが良いと思います。しかし、残念ながら私は、その手法に詳しくありません。

滝田洋一
sp49-97-25-69.msc.spmode.ne.jp

追伸:読み物として読ませる為には、計画の障害となる事態が起きてはらはらするとかが無いといけないのかもしれないし、思わぬ心の揺れも描かないといけないんでしょうね。

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