作家でごはん!鍛練場
でんでんむし

雨の街(その2)

【その1のあらすじ】
2000年、九月。ベトナム・ホーチミン市。サイゴン川の岸辺で女性の殺害死体が発見される。日本人学校の日本人教師、真由美と判明する。ベトナム人の公安ニャムが調査すると、殺された女性は、同じ日本人学校の英語教師榊原と不倫の関係にあったことがわかる。榊原の奥さんが嫉妬のあまり手を下したのではないか、と考えて、公安は任意で公安署に引っ張って行くが、奥さんは意味不明なことをいうばかりで、捜査に進展はない。
死んだ真由美の代わりに、渡辺玲子が新しい担任になる。玲子のクラスに、ベトナム人の女子生徒が二人いる。ランとヒエンだ。二人の手助けで、玲子は事件の解決に向かうことになる。

                4
 ニャムが、榊原を公安署の面会室に案内した。面会室にはテーブルとパイプ椅子がいくつか置かれ、見張りの公安は部屋の外にいて、窓越しにときおり中をのぞくだけである。
 腰を降ろしたテーブルの一つ向こうの長テーブルに、髪を赤く染めた若い男と母親らしい女が向かい合って座っていた。息子は、母親の持参した弁当に箸をつけているが、うつむく頬に涙が垂れて、食事も満足に喉を通らない様子だった。母親はビニール袋から取りだした煙草を、息子の痩せた手に押しこんだ。それから見張りの公安を手招きし、入ってきた中年の公安に別に用意しておいた紙袋を差し出した。公安はにやにや顔で受け取る。
 扇風機の風がかすめるだけの、蒸し暑い部屋。
 ニャムが和代を連れてもどって来た。和代は緊張したように榊原の前の椅子に座った。いかにも他人行儀な座り方だ。
 榊原が口を開くより先に、ニャムが酒のにおいをさせながらいった。
「残念ながら、奥さんはお帰しできない。もう少し話を聞きたい。奥さんのいうことが支離滅裂で、よくわからないのでね。最初奥さんは否認していたが、やがて自分が殺したと自供した。あなたと八巻との関係に嫉妬しての殺人だということだが、筋道が曖昧すぎる。それで追求すると、今度は殺したのは白い服の娘だという」
 榊原の顔から色が消えて、息がせわしくなる。しっかりしろ、と妻を叱りつけたい気持ちが湧いた。声を殺して、日本語でうなるようにいう。
「和代、おまえは八巻先生の死には関係ないだろう? 変なことをいうと、公安も困る。事実を正直に話した方がよい。おれへの当てつけで嘘をつくと、あとでおまえが抜き差しならない立場になるんだぞ。わかっているのか」
「じゃあ、あんたが殺したの?」
 目が冷ややかに笑っている。
「バカなことをいうな」
「そうね。かわいい愛人を殺すわけないものね。それとも愛人の控えがたくさんあるのかな」
「おまえは何をいいたいのだ」
 力強く榊原を見つめる。
「私、考えたの。ここを出たら、飛行機の切符が取れ次第、日本に帰ろうかって。当然離婚してもらうわよ」
「急に何をいいだすんだ。それは今、関係ないだろう。今大事なのは、おまえの潔白を証明することだ。わかるか」
「わかってるわよ。私はあんな女、殺してなんかいません。殺したのは、白い服の娘」
「その白い服の娘とは、いったいどういうことなんだ。どこからそんな突拍子もない娘が出てきたのだ」
「見たのよ」
「部屋にいたんじゃなかったのか」
「いたわよ。でも同時にサイゴン川にもいたの。私の魂の半分は、勝手に八巻を殺しに出かけたってわけね。でも、残念ながら殺す機会がなかった。白い服を着た娘に、先手を打たれてしまったのよ」
「何をいっているのかわからない。だいじょうぶか」
「あたりまえじゃない。ただね、私の中にも白い服の娘が住みはじめたような気がして、ちょっと嫌なの」
 榊原は、もつれるような視線をニャムに向けた。ニャムがたずねる。
「奥さんは何といっているのだ」
 英文科を出て、榊原よりも英会話に巧みな和代に神経を使いながら、だいたいのことを伝えた。ニャムが眉をひそめる。
「同じことばかり奥さんはいっている。白い服の娘のことは、私も聞いた。奥さんは疲れているようだが、今夜は泊まっていただくことにする。もちろんこれも任意だ。わかっていると思うが、ベトナムでは強制と任意に意味のちがいはない。心配しなくても、奥さんの泊まる所は狭くて汚い獄房というわけではない。今夜安楽な眠りを得てから、明日の朝もう一度きいてみたいと考えている。白い服の娘のことは、私たちも強い関心を持っているものでね」
 ニャムは立ちあがって和代をうながした。和代は力なく身を起こすと、榊原を尖った目で見据えた。その目の奥に暗い光がひそんでいる。
「麻里の面倒はしっかり見てよ。あんたはこんな所にいて、今、麻里は何をしているの? 麻里を放っといてだいじょうぶなの?」
「心配ない。教頭先生の奥さんに頼んできた」
「教頭先生の奥さんって、信じられる?」
「これまでにも何度も世話になっているだろう。親切でやさしい人だ」
 和代は、榊原の饒舌を叩き切るように唐突に背中を向けた。そしてニャムの先に立って部屋を出て行った。ドアが締まり、投げ捨てられたように面会室に取り残された榊原は、愕然と突っ立っていた。
 向こうのテーブルでは、髪をそめた息子が目を潤ませて煙草を吸っている。母親が息子の長い赤毛を指で撫でていた。
 やがてもどってきたニャムが、榊原を玄関まで案内し、前庭のマンゴーの木陰で煙草に火をつけた。
「日本人学校には家庭訪問週間というのがあるらしいな。生徒の家を見ることにどのような意味があるか理解できないし、ベトナムで、そんなことをやる学校があるなど、聞いたこともない。私には奇妙な習慣に思えるが……」
「生育環境を知ることによって、より深く生徒を理解するためのもので、場合によっては、親に勉強や躾けのアドバイスをすることもある」
 ニャムは苦笑した。
「日本人というのは、おせっかいなことを考えるものだ。家庭のことは家庭に任せておけばよいではないか。わざわざ顔を覗かせて、公安のように隅々までかぎまわることもなかろう。生徒が萎縮するだけのことだ。しかし、まあ、それは私には関係ない。不思議なのは、あの日、八巻がどこに家庭訪問に出かけたのか、今もってわからないことだ。校長には家庭訪問に行くと届けて、早く学校を出ている。朝、代わりの先生にクラスできいてもらったが、どの家にも出向いた様子がないということだ」
 あの日、真由美は確かに家庭訪問に行くといって、授業が終わるとすぐに引けた。普通は外勤簿に行き先を書いてから出かけるものだが、届けずに行ったのだろうか。急いでいるときは、榊原ももどってから記録することがあるから、そんな状態だったのかもしれない。
ニャムが舌打ちして続ける。
「昨日、八巻の部屋を捜索した。あなたの部屋のように立派な部屋だった」
 その部屋のベッドで真由美を抱いた記憶が、夜の波のように揺れた。
「日本では、みな、あのような部屋に住んでいるのか」
 榊原はうなずく。
「日本人の家はウサギ小屋に似ていると、学校で習ったことがある。しかし八巻やあなたの部屋がウサギ小屋なら、ベトナム人の多くの家屋はネズミ小屋にもあたらない。ネズミ捕り器の中で大家族が暮らしているようなものだな。バカにした話だ。ところで、奥さんが今度の事件に深い関わりがあるかどうか、まだはっきりしないが、どちらにしても、あの状態で長く居残ってもらっても意味はない。明日には帰そうと考えている」
 ほっとしたとたん、榊原に麻里の顔が浮かんだ。麻里は二歳になっていたが、まだ言葉が出なかった。ぶつぶつとわけのわからない喃語を口にいっぱい溜めこんでいるだけで、理解できることはいわない。言葉の面でかなり遅れているように思われた。和代が明日もどって来れば麻里はよろこぶだろうか、そんな思いがふと頭の中央を走った。

 榊原はそのまま八月革命通りのマンションに帰宅した。
 七階の教頭の部屋から麻里を受け取り、がらんと人けのないリビングに入った。夕刻なのに、部屋はむっと真昼の熱気がこもっていた。エアコンを二十度に設定し、床に座りこむ。麻里は腕からすり抜けて、わけのわからないことをつぶやきながら、積木の箱の方にタイル床を這って行った。そして中の積木を勢いよくひっくり返すと、榊原の存在を忘れたみたいに笑顔で積木遊びをはじめた。最近の麻里のお気に入りである。
 麻里を榊原に手渡すとき、教頭の奥さんが笑顔でいったものだ。
「本当に麻里ちゃんは、おとなしくて手のかからないお子さんですね。麻里ちゃんなら、いつでも遠慮なく預けていただいて、結構ですよ」
 夢中になって積木で遊ぶ麻里を見つめながら、榊原に索漠とした想いが募ってきた。榊原は教員免許を取る必要から、大学時代に発達心理学を勉強したことがある。そのときの記憶の端に、麻里そっくりな子供の姿があった。おとなしくて手がかからず、同じことを飽きもせずに執拗に繰り返し、言葉の発達が遅い。そのため他の子供たちとのコミュニケーションに難が生じる。
榊原の目の前で、教科書に記述されたそれらの症状の生きた見本が、今積木遊びをしているように思われるのだ。
 麻里をすぐにも病院に連れて行き、手遅れにならないうちに丁寧な病状の説明を受ける必要があった。しかしベトナムではどう対応すればよいのだろう。ここに発達遅滞を扱う信頼できる小児科があるだろうか。それにそのような病院で英語が通じるものか。それとも単に無知なあまり、傲慢にもベトナムの医療施設を蔑んでいるだけなのか。
 海外の日本人学校を志願したのはまちがいだったのではないか、と榊原は悔やんだ。それともベトナムに配属されたのが災難だったのか。榊原の心に、水面を浮遊する泡に似た思いがまたも動く。
一緒に赴任した若い教師の多くが、最初の歓迎会の挨拶で、冗談のように同じことをいう。ある日突然校長室に呼ばれて、派遣先がホーチミン市に決まった、といわれたとき、地理的な位置が正確に把握できなくて、頭の中が真っ白になった、と。校長のうれしそうな言葉を聞き終えてあわてて職員室にもどり、地図帳にホーチミン市を探そうとするが、脳味噌が揺らぐような頭ではそれがどことも知れず、ヨーロッパ地図を広げて東欧の端っこの小さな国の都市を必死で追っていた、と笑う者までいた。無知といえば無知かもしれないが、派遣教師の多くにとって、居を構えて住むには、ホーチミン市は魅力ある都市の上位には置かれていなかったのである。
 せめてアメリカやヨーロッパの近代的な都市に派遣されていたら、と榊原は思う。そこでも和代を裏切るような事態が、同じように生じたであろうか。もちろん島根県からきた真由美その人に会うことはないが、別の真由美がそのような場所にもいただろうか。榊原は首をふった。真由美は、他のどこでもない、ホーチミン市という熱い海にいたからこそ、魚のように孤独をかかえてあえいでいたのである。
 降り続く雨、雨の谷間の喉を焼くような熱気、湿気で部屋の壁に広がる真っ黒いカビ……。真由美を包みこむ孤独は、男という男に冷えた体を投げ出すほど底深かったのである。おそらく榊原でなくてもよかったのだ。
 真由美も多くの女性教師のように、アメリカ、フランス、スペインなどの日本人学校で働くことを夢見て応募した。応募用紙を提出し三度の面接を受けたときには、中国大陸の外れの都市はありうると考えたが、ベトナムはただの一度も頭をかすめたことがなかったという。そして派遣先は想像もしない熱帯。英語も満足にできない真由美は、言葉が通じず、パソコン事情も悪く、最新の情報さえ届かない暑くて騒々しいホーチミン市、そこにいて、日に日に縮こまっていったのだろう。唯一気がまぎれるのは、生徒たちと騒いでいるときだけだった。皮肉なことに、心を蝕む孤独は、真由美を教育熱心な教師にかえていったのである。
そこにこの春、榊原が赴任して、隣の席に座った。内部の強い渇きを榊原が癒してくれると、真由美は錯覚したのだった。
 初めて真由美を抱いたのは、ホーチミン市の南に位置するリゾート地、ブンタウに出かけた夜のことだった。エメラルドグリーンの海で遊び、帰りのタクシーに乗ったとたん、雨季はじめの獰猛な雨の襲撃を受けたのだ。見る見る国道は冠水し、路上が波うった。川になった国道のあちこちで、たくさんの車が濁流に浸かり立ち往生していた。運転手はちっと舌打ちして、二人の許可も得ずそのままブンタウ市内に引き返したのである。
 夕暮れには間があったが、空も町も薄暗く、どんより沈んでいた。豪雨の中を無理に帰る必要はなく、榊原は子供のように胸を高鳴らせて、一泊しよう、と真由美に指先を伸ばしたのである。真由美はその手を取った。
しかし二人とも日帰りの予定でいたからパスポートを所持していなかった。パスポートがなくては宿泊できないし、同じ部屋で寝るには、結婚証明書が必要だった。それは外国人でも同じだった。数軒まわった高級ホテルでの宿泊は、どこも拒否された。
海水浴客を泊めるための、民宿の主人だけが、渋い顔をしながらも一般ホテル並みの値段で了承したのである。公安に知られたら過大な罰金を要求されるだろう、そういう不満が表情にあらわになっていた。
 トタン屋根を雨がバチバチと打っていた。ベッドには砂粒がざらざら落ち、その砂にまみれた白い体が薄闇の中にぼんやり浮かんだ。榊原はその柔らかい肉をまさぐった。体を重ねると、砂粒がざりざりと榊原の腹の皮膚を痛めた。そのとき真由美は両手をまわして榊原の首にすがりつき、突然号泣したのである。しかし恐ろしいほどの雨や風の音にかき消されて、真由美が泣いていると気づくのに、わずかの時間を要した。
真由美はうめくような声を出したのだ。
「私、帰りたい。教員なんかやめて、明日にも帰りたい。通りすがりのベトナム人の誰も彼もが、黒くて、卑しくて、だらしなくニタついている。みじめな気持ちで、こんな街に明日も、明後日も住み続けるなんて、もう堪えられないの。ベトナムなんて、国も人も、ぜんぶ嫌いになったのよ」
 どしゃ降りの中、あちこちホテルを探しまわった屈辱がいわせたものだろう。そう考えたが、嗚咽の後の異常なほどの求めように榊原は驚愕し、真由美の内部に沈殿する澱の深さを理解したのだった。
 あとできいても、買い物での値段のふっかけ、通り過がりに受ける揶揄、好奇心でふくらんだ視線など、誰でも経験する日常の不快感以外に、特に何があったわけでもない。真由美の神経は、ベトナムに住むにはあまりに繊細すぎた、というだけのことのように思える。ひょっとしたら、真由美は他のどこに派遣されても、孤独の底に沈んで溺れていたかもしれないのだった。
とはいえ、マンションの真下の大通りから、夜ごと聞こえる酔っぱらいの怒鳴り合う声や頻繁に鳴らすバイクの警笛などが、まるで借金取りがドアを叩くように真由美を威圧してきたのはまちがいなかった。真由美はベトナムに関する一切を、もはや素直に受け入れることができなくなっていたのだ。ベトナム人の無邪気でやさしい笑顔の奥にさえ、奇怪な化け物の顔が透かし見えたのだろう。
 真由美ほど激しくないにしても、榊原にも同様の思いがないとはいえない。熱帯に住む者特有の限度のない騒々しさ、自己主張の強さ、みなぎる活力、それにやむことのない長雨。せめて西欧の都市に派遣されていれば、心に陰鬱な雨が降り落ちることはなかったのではないか、そんな悔しい気持ちになることを否定はできなかった。
 それは和代も同じだったろう。解放されたらすぐに離婚という。本気でいったのか混乱した神経がいわせたものかわからないが、いずれにせよ和代の神経は今ばらばらになろうとしている。一度無惨にほどけた神経が、また一つにまとまることはあるのだろうか。それもまた熱帯の絶え間ない雨がもたらした地獄の様態なのか。
 麻里は、ぶつぶつつぶやきながらのんきに積木を高く積んで、両手で払ってばらばらに崩している。それからまた腰を浮かすようにして、一つ一つ積木を積みあげていく。徒労としか思えない遊びに麻里は熱中して飽きない。その真理の動きに、榊原は真由美のぎこちない姿を見るような気がした。
 脈絡もなくのたうち回る陰気な思いの中で、真由美の白い肉体のみが闇の光のように浮遊した。それでいて、その顔の輪郭が徐々に薄れていく自分に驚き、腹を立てていた。すると急に頭の芯に激しい痛みが走り、榊原は手を伸ばして薬を探した。

            5
 毎月賄賂を取って見逃していたカラオケ・カフェに手入れが入り、カフェの女が二人連行された。昼間、店の主人から公安署のニャムに電話が来たのだ。
踏みこんだのは、共産党幹部の父親の世話でハノイから転勤してきたばかりの、同じ所轄の若い男。売春容疑だと目を怒らせる。笑わせるな、とニャムは思う。容疑どころか、実際にその店は売春の巣窟だった。新入り公安がそこを生真面目に取り締まったのだ。その男にしぶしぶ同行した中年の公安が、困惑した表情でニャムに照れ笑いした。
 ニャムは釈放するように説得したが、謹厳実直の看板を首からぶらさげた若者は、ニャムの胸に細い指を突き出して、逆に悪態ついた。
「人々が腐敗するのは、公安が賄賂ですべてを片付けようとする姿勢があるからです。権力が腐敗すれば民心も乱れます。あなたのその姿勢が、ベトナム南部を堕落させていると思いませんか。あの女たちは不法にメコン地方から出て来ています。移動登録書(転出証明書)を所持していません。強制退去させるべきです」
 二人の娘はよく知っていた。カフェで稼いだ金を、メコン地方の貧しい両親に月々仕送りしているのだ。売春をやめさせて故郷に連れもどしても、別の場所でまた同じことをするだけのことである。
移動登録書を持参していないのは、その娘たちだけではない。多くの若者たちが本籍地の公安の許可を得ずに不法にホーチミン市に流れこみ、この街は人であふれかえっているのだ。貧しい地方に住む者たちの敏感な鼻は、ホーチミン市が再び放ちはじめた腐敗臭に似た芳香を嗅ぎつけていたのである。
 三十分ばかりごねたあとで、ハノイから来た若者はしぶしぶ娘たちを釈放した。今夜あたり、若者はハノイの父親に電話して、ホーチミン市公安署の堕落と腐敗を訴えるにちがいないが、父親はどのような顔でその訴えを聞くのだろうか。
 そのカラオケ・カフェの主人が、先ほど、感謝のしるしといって持って来た値の張るウイスキーを飲みながら、ニャムは「魔都」と口に出してみた。魔都には食べ物が積まれ、札束が飛びかっている。女たちの化粧も厚く、熟れて腐った肉のにおいが漂っている。解放後、サイゴンは飢餓と貧困のホーチミン市に変貌したが、魔都は今また芳しいにおいを発して、周辺から元気な蟻たちを呼び寄せているのだ。何のための革命だったのか。サイゴン時代の魔都と現在の魔都の間に、夥しい戦死者と凄惨な貧困、それに飢餓を置いたのはどのような理由によるものなのか。北からきた支配者たちの尊大な威圧と飢えの中で、多くの南部人が別の魔都を求めて難民ボートで南シナ海に飛び出したのだ。
 アメリカ軍の空軍基地で親しくなったタンは、執拗にニャムをボートに誘った。タンはアメリカに逃げることを夢見ていたのだ。すでに公安の職についていたニャムに逃亡の考えはなかったが、こっそり公安署のジープを借りて、真っ暗な道をブンタウの浜までタンを運んだ。タンは二度失敗していたが、さいわい二度とも沿岸警備隊に捕まることなく、蒼白な顔の中に、今度こそ、と強い決意を見せていた。
タンはブンタウの浜で小さなボートに乗りこんだ。沖合で中規模のジャンク船に移る手はずになっていた。
夜の静かな海を手こぎボートが動きだしたとき、背中を屈めたままタンは血走った目でニャムを見つめて、声を殺して叫んだのだ。
「ニャム、死ぬな。生きていれば、また会える。堕落してもいい。ずるくてもかまわん。人を殺したって気にするんじゃない。いいか、絶対死ぬなよ。生き抜け! 生きてまた会おう!」
 ニャムは、暗い島陰にボートが見えなくなるまで浜辺に立って見送っていた。
タンがその後、どうなったか知らない。ホーチミン市の貧民街の実家にときおり顔を出して、腰の曲がった老母にたずねても、消息は聞こえてこなかった。
難民ボートで国を捨てた者たちは、外貨獲得を求める政府の奨励があって、ぞろぞろ帰国をはじめている。外地で成功した難民たちは、今のベトナムの経済的な繁栄に大きな役割を果たしている。しかしその中にタンの姿はなかった。難民ボートは嵐による沈没、インドネシア人などの海賊の危険に常に直面していた。タンは青い海にそっと溶けてしまったのかもしれない。タンが国を棄てて、すでに二十五年が経過した。
ニャムは、タンが願ったように生きている。堕落した姿ではあっても、とにかく生きている。いつかタンに会うことがあるかもしれないという、小さな炎を心に灯して、今日まで生きてきたのだ。この国で清潔な手をしたまま生き抜くことは、できやしないのだ。それができるのは、ハノイから来た若い公安のように、政府の揺らす安楽な揺りかごで快適な眠りを貪った若者たちだけだろう。
突然、小路のあちこちから悲鳴のような叫び声があがって、ニャムの思いは断ち切られた。ニャムは頭をふり払って、テレビをつける。ベトナムとマレーシアのサッカーの試合だった。繰り返される再生画面を見ると、マレーシアのキーパーが蹴ったボールが一直線にベトナム側のゴールに飛びこんだのだった。ボールの先には広々とした柴が広がり、キーパーすらボールに立ちふさがることはなかった。ベトナムは一点を失ったが、ニャムはウイスキーをなめながら苦笑するしかない。これでは、自分の目が黒いうちにワールドカップ出場などありうるものではなかろう。日本人学校の教師たちがこの試合を見ていれば、何というだろう。そんなことを考えて、急に不愉快になった。ニャムはグラスに残るウイスキーを一気に飲み干した。
また歓声が小路に満ちる。ベトナムが見る間に一点追加したのである。ニャムはテレビを消して、白く煙る空間にタンの顔を探した。タンは煙草の煙のように力なく揺らいで消えた。
二十五年。意味のない二十五年だった。ニャムは砂地に乾いた風が吹くような思いに捉えられていた。

            九月十五日(木曜日)
                1
 午後、熱気のこもったタンソンニャット空港の到着口から、キャリーバッグを引きずって真由美の両親が現れた。父親は太り気味の体を持てあますように、ネクタイを締めた首の汗をしきりにハンカチで拭っていた。横に立つ細面の母親は、真由美の面影をそのまま写していた。
 柿本校長が近寄り名前を告げた。父親は気ぜわしく挨拶して、背広の胸ポケットから大きな札入れを取り出し、中から名刺を一枚抜いた。暑さにあえぐように口をぱくぱくさせて校長に手渡す。八巻建材代表取締役・八巻昭三とあった。母親はそばで静かに校長と榊原に頭をさげた。
 ベンツに乗りこみ、よく効いた冷房を受けて、ようやく父親の昭三が落ちついた息を吐いた。
「ふつつかな娘がお世話になっておりましたが、サイゴンくんだりまで来て、こんなみっともないことになってしもうて、親として本当に恥ずかしう思うちょります」
 昭三は後部座席に腰を沈めたまま、深く頭をさげた。隣に座る校長も恐縮して、もそもそ似たようなことをいってから、ことさら深刻な表情を作った。
「娘さんのご遺体は病院の方にあります。このような形でご対面いただくのは、誠に心苦しいことと思っております。領事もすでに病院で待機されているはずです」
「娘はどのようにして亡くなったのでしょうか」
 昭三は、涙がすっかり涸れてしまったように、意外にしっかりして面持ちで尋ねた。
 校長は、知る限りの事故現場の様子を、注意深く言葉を選びながら伝えた。
 大通りのバイクの狂騒に視線を置いて話を聞いていた昭三は、やがてひと通りの経過を知ると首をひねった。
「やはりこちらでは、まだ調べがついとらんようですな。実は娘は亡くなる前に、うちに電話を寄越しちょるんです。それも誘拐されたという電話でしてな」
「この前、おうかがいしたことですね」
 と、校長が相づちを打つ。
「はあ。最初に娘本人が出て誘拐されたといい、それから電話が誘拐犯に代わって、三百万円出せといいましたな。男の声でした。断ると娘の命はない、ともいい添えました」
 三百万とは小さな要求である。アジアで営利目的に外国人を誘拐するグループは、たいてい億の単位を要求する。
 助手席の榊原が体をうしろにねじって、おずおず質問した。
「その犯人は、日本語で話したのですか」
「英語なら最初からわしにはわかりません。日本語で金の要求をしました」
 榊原は当惑した。真由美が誰かとつるんで誘拐事件を偽装したという考えが浮かんだ。しかしそうだとして、目的が曖昧である。そのうえ狂言誘拐を実行するのなら、相棒に榊原を選ぶはずではないか。選ばないまでも、相談は受けたはずだ。真由美にとって、榊原が一番親しい日本人のはずだからである。
 榊原は真剣な視線を向けた。
「その犯人の日本語はどうでしたか? 変な訛り、外国人訛りのようなものはありませんでしたか」
 昭三は、ネクタイに指をあてながらゆっくり考えて、
「いや。普通の日本人のように喋っとりましたな。わしはベトナム人の日本語はよう知りませんが、ガイジンが話す風じゃなかったですな。あまりにもこなれた日本語でしたから、わしは娘がこっそり日本に帰って、誰かといたずら電話しちょるんじゃないかと疑ったほどでした」
「先生はその電話で、怯えていましたか」
 昭三が、今度は同じ指で首筋を掻きながらしばらく頭を傾げて思案した。それから隣に座る妻を見やった。やがて情けなく吐息した。
「電話を受けたときは、わし一人が家にいましてな。家内は習い事で街に出ちょりまして、その二次会で遅かったのですわ。夜の十一時前の電話でしてな。娘は怖がっているというよりも、怒っているような口ぶりでしたな。怒鳴るような声で、誘拐された、身代金が三百万円とはバカにしている、そんな感じのことをいったように思います。犯人が電話に出ても、わしはまだ半分は冗談と考えていたほどでしたよ」
 夜の十一時前といえば、時差が二時間あるベトナムでは九時前になる。殺された夜、真由美はいったいどこから電話をかけたのだろう。
 榊原は、真由美に電話をさせた誘拐犯は誰かと考えた。その男が真由美の殺害にからんでいることは、充分にあり得たからだ。そこを特定できれば、おそらく妻和代の容疑は晴れるはずである。
榊原が口を開いた。
「その男は、電話で他に何かいいませんでしたか」
 昭三はこめかみに親指を押しあてて、
「別にかわったことは、いうちょりませんでしたな。最初にわしの父の名前を出しましたから、どうも父に身代金を要求しようとしたらしいですな」
 昭三の父? 榊原は耳をそばだてた。
「娘の祖父のことですがね。十年前に七十三歳で亡くなっとります。で、わしがその死を告げると、犯人は、そうか、というて、金額などの事務的なことを少し話しました。理由もなく、急に誘拐の熱意が消えたように思えましたが、相手はやがて翌日また電話すると一方的に告げて、そのまま切ってしまいました。どうにも真剣味が感じられんような電話でしたもんでしてな、警察に届けるべきかどうか、わしも迷っちょりましたが、その翌日娘の死亡の電話をいただいて、すぐにも警察に行くべきだったと後悔したものでした。もっとも日本の警察に届け出ても、どれほどの役にたったかはわかりませんがのう」
 母親がハンカチで目尻を押さえる。昭三は乾いた目をして、窓外を見つめていた。
「その後は犯人から電話はありませんでしたか」
 重ねてきく榊原に、もうその件には触れたくないとでもいうように、昭三は首を横にふって押し黙った。
 フロントガラスに向き直った榊原は、事件の夕方、真由美はどの生徒の家に家庭訪問に向かったのだろう、と考えた。そこに行く途中で事件に巻きこまれたのだろうか。それとも、電話した時刻が時刻だから、家庭訪問のあとの事件だろうか。
 日本語を正確に話す誘拐犯人は、当然日本人である可能性が高いだろう。ベトナム人の中にも長年日本語を勉強し、難しい本を読む者はいるが、どれほどの達人でも発音の点で微妙なシコリが残るものだ。いくら発音が簡単だといっても、外国語として日本語を学んだ者には、母語が刻みこんだ独特な抑揚が邪魔するはずである。それが耳障りに聞こえるのだ。犯人がベトナム人であると想定した場合、一番難渋するのが「つ」の発音だろう。何げない長音も面倒だ。それにアクセントも難しい。母語の影響から自由になるには、天才的な言語力を備えているか、幼い頃から日本人に交じって暮らし、日本語を第二の母語として成長するしかないだろう。
それでも実際は難しい、と榊原は思う。日本語圏で暮らしながらも、終生訛りを削ぎ落とせない地方出身の日本人が少なくないからだ。
ベンツが市内の病院に着いた。根本総領事と同じほど肉づきのよい中年の領事が、病院から転がるように駆け寄って来た。玄関に足を置いた瞬間、昭三の顔に初めて緊張が走った。母親は瞼にハンカチを押しあてたままである。
 榊原は、真由美の顔は見たくなかった。一度見れば充分である。それに二日経過している。自分の指が撫でた赤い唇は、腐臭を漂わせているにちがいなかった。
訴えるような視線を向けると、校長は榊原の思いを把握して玄関に残した。両親は、校長と領事と共に、病院の係官に連れられて長い廊下の奥に消えた。
 前庭に出る。何本もの樹木が伸びて、榊原は葉陰の一つにしゃがみこんで、携帯で公安署のニャムを呼び出した。誘拐犯に関しての情報を伝えようと考えたのだ。誘拐犯が特定できれば、和代の嫌疑はすぐにも晴れるはずだった。
 電話に出たニャムは、榊原の意向を無視して勝手に喋った。
「奥さんも困ったものだな。急に家に帰りたくないといいだした。あなたと一緒にいたくないらしいな。公安署はホテルじゃないというのだが、奥さんはもう一晩泊めてくれと懇願する始末だ。泊めてくれたら白い服の娘のことを話すという。それで私も奥さんの希望を受け入れることにした。公安署の宿泊設備はもう少し汚くして、辟易するような部屋に作り直す必要があるな、と痛感しているよ」
 榊原は苦笑するしかなかったが、ふと、和代は真由美を殺したという白い服の娘を知っているのではないか、という疑惑が心の底に杭のように刺さった。和代はその犯人をかばっている、というさらなる疑惑も打ちつけられた。しかしどちらも確証あることではないからニャムには内密にした。いっても笑われるだけのことだ。
 榊原は、昭三が首を傾げながらいった内容をニャムに伝えた。ニャムは驚きの声を出す。
「誘拐とは初めて聞いた。しかも誘拐犯が日本語に習熟しているという事実は、まさに興味津々だな。確認するが、殺される前に八巻は日本の実家に電話を入れて、そのとき誘拐犯も電話に出ているのだな」
「父親はそう話している」
「とすれば、国際電話の通話記録を調べれば、誘拐犯のいた場所、つまり八巻が捕らえられていた場所は簡単に割り出せるはずだ。そして、そこに日本語のうまい男が、おそらく今もいる。それでいいのだな」
 榊原が同意すると、ニャムは一方的に電話を切った。ゆっくり携帯を閉じると、目の前を黒い蝶が飛び抜けた。まるで自由になった真由美の魂が、楽しそうにゆらゆら飛翔しているみたいだった。
 しばらくして両親が玄関に現れた。今にも崩れそうな母親の肩に手をあてて、領事が懸命に慰めている。父親の昭三も先ほどとは打ってかわって、がっくり幅広い肩を落としていた。目が真っ赤である。
 両親は総領事館の黒い公用車に乗った。ホテルに落ちついてから遺体を引き取って、今日のうちにも荼毘に付すという。その手配を領事が行うというのだ。公安関係の渉外も領事があたることになった。
 黒い車が門を抜けて行くと、校長は背広を脱いで胸の汗を拭った。
「こういう役目はこりごりだな。お母さんが気の毒だったよ。お父さんも最初は強気だったが、先生の潰された顔を見たとたん、自分を支えきれなくなったようだな。こちらでは遺体の保存に関心がないのかね。日本や西洋では司法解剖のあと、遺体はきれいに化粧されるものだが、ここではドライアイスの入った安物の柩に納められているだけだった。八巻先生はこの前見たときよりも顔が黒くなり、腐敗も進んでいたよ。他人の私でさえ胃がきゅっと痛くなるほどだった」
 校長は苦い思いを飲みこむように言葉を切って、うつむき加減に続けた。
「先生のご両親にはこれからいろいろはじまるのかもしれないが、学校の方はもう後任が決まったよ。赴任はまだ先になるが、香川県から来るようだ。教育機関にとっては、八巻先生の死は事務的な手続きの一つに過ぎないのだろうな」
 榊原は何もいわない。目の前がぼんやりして、足元が崩れてゆくように頼りない心地がした。

                2
 放課後、生徒たちが送迎バスで市内にもどされてから、渡辺玲子はクラス生徒の家庭調書を取り出し、赤ペンを弄びながらページをめくっていた。
 真由美が家庭訪問を終えていないのは三人の生徒だけだった。木下大和、門司幸枝、それにレー・ヒエン。
 大和の父親の木下伸二は、タントアン輸出加工区に工場を持つ、日本屈指の繊維会社の所長だ。四十五歳で、これまでにマニラ、バンコクと外地異動を続け、今年ホーチミン市に赴任したばかりである。
 門司幸枝の父親はフランス資本の保険会社に現地採用されている。奥さんはベトナム人のようだから、日本にもどる考えはないのかもしれない。幸枝には、小学部の三年にやんちゃな弟がいて、いつも担任の先生を困らせていた。
 それにヒエン。本来は保護者が書くべき家庭調書なのに、いかにも女の子らしいヒエンの筆跡だ。父親の職業欄を見て、玲子は目を丸くした。家の門構えから裕福なのは承知していたが、貿易会社社長とあった。その晴れ晴れとした会社名は、歓迎会の席で商工会議所役員の口から聞いたことがある。外国商社、特に日系商社と関係が深い、ホーチミン市では五指に入る会社だった。
 家族欄をのぞくと、ヒエンは一人娘である。母親はいないらしくて、父親と祖父の名前が書かれていた。隅っこにベトナム人のお手伝いさんの小さな名前がある。さらに小さな文字でいたずら書きのように「アンダオ」というカタカナ文字が見えた。そのカタカナに耳のようなものが付けられている。女子のよくやる絵文字だ。アンダオがどういう意味かわからないが、なにかペットのようなものだろうと想像して、玲子は目もとを緩めた。
 家庭調書を閉じて頬杖つく。朝の打ち合わせのあとで、校長室に呼ばれたことを思い出した。殺された日に、真由美がどこに家庭訪問に出かけたのか、もう一度調べてくれと頼まれたのだ。ホームルームで再度生徒に確認したが、三人とも自分の家には来なかったという。おまけに、先生もしつこいな、と男子生徒に嫌味までいわれた。べそをかいた顔でそう告げると、校長は一瞬落胆の表情をみせたがすぐに笑顔にもどって、何かわかればすぐに伝えてほしいと念を押した。
 真由美はあの日、この三軒のどれかを訪問するつもりで学校を出たはずだ。それだけははっきりしている。席が近いせいでよく話をしたが、真由美にベトナム人の友だちはいそうにないし、何かのサークルに入会しているわけでもない。家庭訪問と偽って秘密裏に行くような場所は思いあたらなかった。途中で何かとんでもない事故に巻きこまれたのでなければ、真由美は必ずこの三軒のどこかに顔を出したはずである。誰かが嘘をついているにちがいない。しかし、なぜこのようなことで隠し事をしなければならないのか。
 勤務時間が終わったら、すぐにもこの三軒を訪問してみようと考えた。真由美の足取りを確認するだけなら電話でかまわなかったが、玲子は子供たちの家も見たかった。昨日、ヒエンとランの協力で赤マルをつけた地図を示せば、タクシー運転手は玲子を門口まで軽々と運んでくれるはずだ。
 そのとき、榊原が力のない様子で隣の席に腰をおろした。校長室から来たのか、職員室のドアを開けて入ってきたのか、玲子が気づかないほど虚ろな影に思えた。真由美の両親を案内して帰って来たのだ、とようやく理解した。。
 玲子が小声で、
「お疲れさまでした。八巻先生のご両親はさぞ気を落とされていたことでしょうね。お気の毒です」
 というと、榊原はちらりと玲子を見た。そしてつぶやくような声を出した。
「八巻先生の顔は、また一段と腐敗していたみたいです。ぼくはその顔を見る勇気がなかった。ご両親は、当然ながらがっくりされていましたよ。ぼくの娘はまだ小さいですが、いつか事故に巻きこまれてあのようになったら、と考えると、頭ががんがんしてきます。親になど、なるものじゃないですね。心配と気苦労ばかりだ」
 榊原の傷心が痛いほどわかったから、玲子は何もいえなかった。真由美と榊原が噂どおり不倫関係にあったかどうかわからないが、同僚という立場を超えて親密だったのは、二人の机に挟まれた玲子には明らかなことに思えた。榊原は、馴染んだ女の変容を見て、肌をえぐられるような痛みを感じているのだった。
しかし玲子には、そんな榊原を笑う気持ちはなかった。人が人を好きになるのをとめることなどできないのだ。たとえそれが、世間の常識から大きく軌道を外していたとしても。
陰気な熱帯の雨に打たれ、同時にうだるような熱さに浸れば、精神の関節がいつ外れてもおかしくない、と玲子は思う。せめて夜の間だけでも、誰かの胸で安眠を貪りたいと思ったことは、これまで何度もあった。異国での夜は、その片隅に見知らぬ者さえ呼び寄せたくなるほど心を狂おしくさせるのだ。
 榊原がふいに机に顔を伏せた。そのとき窓を激しく揺らして凶暴な勢いでスコールが襲いかかった。
 
 玲子が地図を見せたタクシー運転手は、にやけた若い男だった。運転手は口の中で何かもごもごいいながら、地図をしっかり頭に叩きこんで、まず最初に木下大和の高級マンションの前庭に、タクシーを突っこんだ。
 暴風雨のように雨が激しく叩きつける広い庭におりて、傘を小さく広げ、ライトブルーの外壁の、空を射貫くようなマンションを見あげた。三千ドルの家賃ではすまないだろう。月に四千ドル近く支払っているにちがいない。外資系企業に勤める高級取りのベトナム人でさえ、年収をはたいても、ひと月この部屋に住むことはできないのだ。
翻って前の通りを見ると、雨に打たれて走るバイクや車がいかにも貧相に映る。通りに並ぶ日本料理店さえみすぼらしい。玲子は脚がすくむようだった。
 不審そうな目つきでやってきた青い雨ガッパを着た警備員に、来訪の意図を告げた。警備員が中に入るようにうながすと、玲子は吹き飛びそうな傘をしっかりつかんで、大理石の石段をのぼり、マンションの玄関口に足を踏み入れた。五つ星ホテルと見紛うようなフロントが、入口に設置されている。にこやかに笑いかける、コンセルジュのアオザイ娘に、傘をすぼめた玲子は、たどたどしい英語で木下伸二への面会を求めた。アオザイ娘が電話を入れている間、玲子は濡れた髪に手をあてて、一階の広いロビーを見まわした。
 中央には噴水つきの小さな池があり、螺旋状の鉄の階段が片隅にあった。気持ちよさそうな緑のソファがいくつも設置されている。反対側の廊下の外れにはコンビニまで隣接していて、看板によると、醤油などの日本食品が売られているらしかった。
 ロビーの壁に作られた掲示板には、プールやテニスコートの使用規則が日本語と英語で書かれていた。丁寧にパステル描きされたお茶や生け花講習会の案内もある。このマンションの敷地内だけで、日本式の生活に必要なほとんどがまかなえるにちがいなかった。地階にお洒落な、日本風のスナックがあってもおかしくない。
 玲子は溜め息ついた。大和の父親が勤める繊維会社が家賃のすべてを持っているのだろうが、このような空間で子供時代を過ごした大和が、世界をどのように認識するか、不安になるほどだった。おそらく部屋にはメイドもいるだろう。生意気盛りの大和はメイドを顎で使っているにちがいなかった。そのメイドの給料は月に五十ドル程度と聞いたことがある。玲子は久々に苦い物を胃に覚えた。
 アオザイ娘が木下伸二の部屋番号を教えてくれた。五階の五〇八号室。エレベーターでのぼり、インターフォンを押すと、すぐにドアが開いて大柄の大和の母親が現れた。三十代後半なのに、地味な色合いのタンクトップを着て、なぜか牛のような印象を受けた。母親は学校の役員をしているので、何度か顔を会わせたことがある。大きな体に言葉があふれるほど詰まっていて、一度口を開くとお腹が空っぽになるまで話しやまない類の女だった。口数の少ない玲子が一番苦手とするタイプである。
「わざわざいらしていただいて、すみませんね。本当に汚い所でお恥ずかしいわ。電話をいただいてから、これでも大急ぎでお片付けしたのよ。肝心な大和は同じフロアのお友だちの部屋に逃げてしまって、きっとゲームでもをしているのでしょうね。どんな躾けをしているんだかと、自分でもがっかりです。どうぞお楽にしてくださいね」
 にぎやかに笑ってから、別の部屋にいるメイドに英語で声をかけた。
「マイ、コーヒーを二つね」
 返事はなかった。
 玲子が長椅子に座ると、母親は茶棚から茶菓子の入った飾り作りの籠を取り出して、ガラストップのテーブルに置いた。
「メイドは気がきかない子でしてね。毎日腹を立てています。本当はメイドなんか置かなきゃいいのですけどね。でも、いろいろおつきあいや習い事に忙しくて、私もばたばたなのね。自分で全部やるわけにもいかないでしょ。それでもこの子はよい子ですよ。この子だけでしたね。テーブルのお金を盗まなかったのは」
 メイドがコーヒーを二つ運んで来た。まだ十代の娘である。地方出身の娘のように、色が黒くて垢抜けない。
「マイ、洗濯は終わったの?」
「はい」
 と怯えたような声で答えて、別の部屋に消えた。
「主人はね、メイドを雇うときにいつも試験するんですよ。試験たって、英語や算数のテストじゃないのよ。テーブルに五万ドン札(四百円弱)を見え見えにはさんだ本を置いて、面接のあとしばらくメイドを一人にするのね。ちょっと下のロビーに煙草を買いに行ったりするんだけど、それで帰ってきたときに、そのお金があるかどうか確認するわけね。先生、本当にびっくりしますよ。まずたいてい消えますね。それがわかると、主人は面接にきたメイドを激しく叱って追い返します。泣いてわびても、主人は絶対許しません。ほとんどのベトナム人メイドは、お金を見ると盗みますね。マニラよりはちょっとマシってとこかな。どういう教育を受けて大きくなったものかって、不思議で仕方ないんですけどね。この子だけですよ、お金に関してまじめだったのは。でも頭が悪くて。ちっとも気がきかない。いつもいらいらしっぱなしなの」
 母親の愚痴とも自慢ともいえない繰り言は、いつまでも終わりそうになかった。玲子は気押される思いをふり切って、ようやく言葉を差し入れた。
「お母さん、今日、おうかがいしたのは、八巻先生のことですが……」
 母親は急激に顔を曇らせた。しかし瞬時でその雲の底に明るい光を走らせた。
「八巻先生は本当にお気の毒でしたね。よい先生でした。息子が卒業するまで、面倒を見ていただきたいと願っていたんですけどね。突然お亡くなりになって。人間、一寸先は本当に何も見えないものですね。私はよく生徒のお母さんたちと電話でお話したり、レストランでご一緒することがあるんですけどね。みな、八巻先生を褒めてましたよ。日本人学校にあんな熱心な先生は、他にいないだろうって」
 玲子は頭の芯がぼうっとしてきた。母親の話はどこまで続くのだろうか。生徒の母親たちは頻繁に電話をかけあって、レストランで会食するという。それで大和の母親も忙しいのだろう。おそらくロビーに張られている習い事にも率先して参加し、自分をさらに忙しくさせているにちがいなかった。
 父親は朝会社に出かける。子供もいなくなる。マンションのがらんとした部屋にいて、母親たちはさびしさをかかえてしまうのか。だから井戸端会議に精をだし、こうやってたまに訪問客があると、口が腐るほどしゃべりまくるのだろうか。そうでもしなければ、言葉もわからない異国での一日は、気が遠くなるほど長いのだ。仕事がある分だけ自分の方がまだましかもしれない、と玲子は思う。
 母親は必死で話し続けたが、玲子は聞いていなかった。ちょっとしてから、急に覚醒したようにたずねた。
「お母さん。八巻先生が亡くなられた日の夕方、先生は家庭訪問でお宅を訪ねませんでしたか」
 母親は連なる言葉の糸を唐突に切られて、憤然とした顔を向けた。目が狂おしいほど冷たく収斂し、顔は腐敗をはじめた死体のようにむくんだ気がした。
「八巻先生のことは、どうでもいいじゃありませんか。亡くなった人は、もう関係ないでしょ。今の大和の担任は渡辺先生です。先生のことをお話しましょうよ」
「ちがうんです。私は、八巻先生が最後にどこのご家庭を訪問されたか、それが知りたくてやって来たのです。ここには見えられなかったのでしょうか」
「来ませんよ。来るもんですか。あの日は誰も来ませんでしたよ。私の家に来てたら、あの先生もサイゴン川で殺されることなど、なかったのよ。誰が殺したのか、はっきりしたんですか」
 玲子は口をとざして母親を見つめた。
「隠さなくてもいいのよ。学校の先生方は、仲間うちのことは何でも隠す癖がありますよね。よくない傾向ね。この部屋のテレビはNHK国際が入ります。テレビニュースでは殺人事件だといっていますよ。本当ですか」
 昨日から新聞記者が散発的に学校に顔を出していたが、すでに日本のテレビで報道されていたとは知らなかった。
「まだ隠すのね。校長も校長で狸のようなものだから、生徒には嘘しかいわない。そうなら、せめて先生がクラスのみんなに説明すべきですよ。それに私たち父母もきちんとしたことを知りたいじゃないですか。死んだ八巻先生と榊原先生が不道徳な関係だったって、本当?」
 玲子は不愉快になって、突然立ちあがった。
「私、失礼します。急におうかがいして申し訳ありませんでした」
 玲子を見あげる母親の顔が歪んだように見えた。

                3
 ヒエンの家に向かうタクシーの中で、玲子は激しい疲労を覚えていた。このまま帰宅したいと願うほどの心の疲労だった。日本人学校の母親たちは、みな似たような鬱屈をかかえているのだろうか。異国にいて母親がひたすら心を砕くのは、日に日に厚さを増していく鬱屈の克服だけなのだろうか。駐在員の妻という立場を初めて知って、玲子は衝撃を受けていた。そうであれば榊原の妻は、夫の不倫という事実の前で二重に心に重石を置かれていたことになる。玲子が同じ状況にあれば、精神が不安定に揺れはじめておかしくないのだった。
 雨あがりの入り組んだ小路をいくつか抜けて、運転手は、見覚えのあるヒエンの家の前でタクシーを停めた。そして自分の腕前を誇示するかのように、にやついた。
タクシーを降りると、帯状の太い雲が赤くそまって、オーロラのように屋根の上に伸びていた。涼しい風がどこからか渡って来る。
 頑丈にとざされた門の向こうにシルバーのカムリが停められていた。父親の車だろうか。さすがに貿易会社の社長宅である。
 玲子がインターフォンを押すと、中からベトナム語の返事がきた。玲子は英語で訪問の意図を述べた。英語が通じたのかどうか、やがて三階建ての建物の玄関ドアが開いて、ヒエンが顔を出した。いつもうしろで束ねている髪を、今日は肩に垂らしていた。鉄門に近づく一歩一歩に長い髪が揺れて、白い首筋をさらさら撫でた。ヒエンは紫色を基調にした袖のないベトナム風パジャマを着て、大人っぽく見えた。
 鉄格子の大きな門にかけられた錠を外しながら、ヒエンが屈託ない声を出す。
「先生、遅かったね」
 玲子はなぜかほっとした。
「大和君のお家で長引いたの」
 ヒエンはさもおかしそうに笑って、力をこめて門を開けた。
「おばさんに捕まったんだね。大和のお母さんは、かしましいので有名だよ。一度おしゃべりがはじまったら、そう簡単にはとまらないよ」
「そのこと、早めに聞いておけばよかったな」
 玲子が玄関に向かう敷石を歩いていると、赤い花の向こうで犬が激しく吠えた。びくっと体を震わせて声の方角に目をやると、黒いシェパードが犬小屋から身を乗り出して吠えていた。黒く濡れた瞳が、怒ったような光を放っている。
 ヒエンが大声で叱った。
「アンダウ! 静かにしなさい」
 ヒエンは日本語を使った。犬は不満そうな顔をしながら、低い唸り声に変えた。口からよだれが垂れている。
 玲子は家族調書を思い出した。
「そうか。アンダウって犬の名前なんだ。家族欄にアンダウって書いてあったから、何かなと思ってたのよ」
「一応家族みたいなものだから、書いておいたの。ダメだった?」
「ううん。楽しかった。アンダウってどういう意味?」
「『桜』のこと。『桜』だけど、もう老木かな。アンダウはすっかりお爺ちゃんなの。私が生まれる前から住んでいるんだって」
「そうなの」
 玄関ドアを開けて中に入ると、玲子は目を見張った。内部は想像以上に広く、豪華だった。玄関に掛けられた五十号ほどの絵には、農民たちの稲の刈り取りの様子が描かれている。山岳地帯の農村風景だ、と玲子は何げなく思った。
 応接間に通される。大きなシャンデリアが、蟹が足を広げたように天井を這っていた。横壁には立派な茶箪笥が置かれ、マホガニーの書棚が奥に見えた。
 目を見張っていると、ヒエンの祖父と思われる骨太の老人が茶器を盆に乗せて現れ、ソファに座る玲子の真ん前のテーブルに置いた。お茶をついでから、老人は向かい合って腰を降ろし、やさしい眼差しで玲子を見つめた。
一呼吸置いて、ベトナム語で何かいった。老人に、甘えるように体を寄せて座るヒエンが通訳する。
「父は会社から帰るのが遅いので、お会いできなくてごめんなさい、といってます。また昨日は私をタクシーに乗せてくれてありがとう、ともいってます」
「とんでもない、って伝えて。いろいろヒエンに手伝ってもらったから、こちらこそありがとうよ」
 ヒエンがそう伝えると、老人は口の中で飴玉を転がすように、
「トンデモナイ、トンデモナイ」
 と、日本語で二度ほどいった。
 その発音がおかしくて、玲子はもう少しで吹き出すところだった。
「お爺ちゃんはね、もうすぐ八二歳の誕生日が来るのよ」
「そんな歳には、とても見えないわね」
 ヒエンが通訳すると、老人は精悍な顔に皺を寄せてよろこんだ。
「お翁ちゃんは物理や化学が好きでね、今でも難しい本を読んでいるの。だから理科でわからないことがあれば、私、いつもきいてるよ。それにね、家の電気が故障してもすぐに直してくれるんだ。ベトナム人は手先が器用だからね」
「すごいな」
 と感心しながら、そういえば道路で修理工がバイクを解体していのを、たくさんのベトナム人がのぞきこんでいるのを見たことがある。今度はいつか自分流に組み立てようと考えているのだろうか。理論はどうでも、技術的な実践には確かに長けていると思えた。
「母は私が小さい時に亡くなったから、お爺ちゃんには長生きしてもらわないとね。さびしくなっちゃうよ」
 と、ヒエンが続ける。自慢の祖父のようである。
 玲子は座り直して、改めてヒエンに向き直った。
「ヒエン、お爺ちゃんにきいてね。この前、八巻先生が亡くなった日に、先生が訪ねて来なかったかどうか」
 ヒエンがベトナム語に直すと、老人は首を横にふって何かいった。
「その日に先生から電話があって、一時間ほどあとに家庭訪問に来るというので、お爺ちゃんはお手伝いさんと二人で、一生懸命この部屋のお掃除をして待っていたんだって。でも、先生は来られなかった。だからお爺ちゃんはがっかりしてたみたいよ」
「それじゃあ、八巻先生はヒエンを訪問する予定でいたんだ。先生からは電話も何もなかったの?」
「何もなかったみたい。いつまで待っても先生が現れないから、日本人は約束を守るはずじゃないかって、お爺ちゃんはちょっと怒ってた」
「ヒエンは、そのときいなかったの?」
「だって、まだスクールバスに乗ってたもの」
「そうか、そうだね。八巻先生は放課後になると、すぐに出かけたからヒエンより早く着いてるはずよね」
 じゃあ、どこに行ったのか、と玲子が思案していると、老人がヒエンに何か催促した。今の話を教えてくれ、といったみたいで、ヒエンがベトナム語で解説をはじめた。
 そのとき、パジャマ姿のメイドがプリンを持って現れ、その一つを玲子に渡しながら、
「どうぞ」
 ときれいな笑顔でいった。
「日本語、わかるの?」
 ときくと、メイドは浅黒い顔の前でにこやかに手をふって、居間を出て行った。
「あの人は『どうぞ』と『ありがとう』しかわからないの。でも、ベトナム人には、『どうぞ』はとても発音が難しいのよ。たいてい『どうよ』とか『ようよ』になっちゃう。あの人もだいぶ練習して、やっといえるようになったんだよ」
 ヒエンは楽しそうにプリンにスプーンを入れた。老人も笑顔で、
「どうよ、ありがとう、さよなら、とんでもない」
 そういって首を傾げてから、また二つ日本語を添えた。それは「おはよう」と「ゾウいたしまして」だったが、そのどれも発音や抑揚が奇妙でおかしい。
 玲子が笑うと、白い頭を掻き掻き老人も笑う。
「お爺ちゃん、日本語上手ね」
 ヒエンにいうと、老人は首をふって否定した。
「お爺ちゃん、日本語わかるの?」
「たまにわかるみたい。特にお爺ちゃんの悪口をいってると、すぐに気づくみたいね」
 ヒエンはまた快活に笑い、プリンを口に入れた。ヒエンがさわやかに体を動かす度に、背中まである髪が春先の海のように揺れる。いつものヒエンのようではなかった。昨日、タクシーの中で、ランはわかりやすい子だがヒエンには奥がある、といったが、その言葉を訂正したくなるほど、今日のヒエンは晴れやかでさっぱりしていた。まるでランと入れ代わったみたいだ。玲子は、ヒエンに歓迎されている自分がうれしかった。
「ねえ、ヒエン。前からきいてみたかったのだけど、どうしてヒエンは日本語がそんなに上手なの? お爺ちゃんは日本語ができないから、ヒエンもお家では日本語を使うことないでしょう?」
 ヒエンはくすっと笑って、肩をすくめた。
「父が日本語を話すの。私と話すときはいつも日本語」
「でも、お父さんはベトナム人でしょう」
 ヒエンはうなずいてから、
「でも、父は若いときから自分で勉強していたし、それに仕事の関係でいつも日本語を使っているからぺらぺらなのよ。父は、これからは英語でも日本語でも何でもいいから、外国の言葉を一つ知っておくべきだといって、子供の頃から私に日本語で話しかけてくれたの。お爺ちゃんや他の人とはベトナム語だけどね」
「そうなの。きっとお父さんの日本語は素晴らしいのでしょうね」
 ヒエンはこくりともう一度うなずいて、跳ねるようにスプーンを動かした。
 老人は口をはさむことなく、終始にこやかにソファに座って二人の会話を聞いていた。それだけだったが、ときおり二人の話を理解しているのではないか、と思われる瞬間があった。それに玲子の品定めでもするように、老人の目に鋭い光が走ることもあった。
 ヒエンと快い話をしていたら、時間はあっという間に過ぎた。玲子はあわてて辞去を伝えた。ヒエンと老人がすっかり日の落ちた門の外まで見送ってくれた。タクシー運転手があくびをしながら、玲子を待っていた。
 最後の門司幸枝の家でも、何の収穫もなかった。真由美は立ち寄っていないという。
帰りのタクシーの窓から、仲秋月餅を売るきらびやかな店先を眺めながら、三軒のどこにも真由美は寄らなかった、と結論した。ヒエンの家に行く予定が、何かの都合で一方的に取りやめになったのだ。では真由美はどこに行ったのか。あるいは、誰に会ったのか。
 玲子は温厚そうなヒエンの祖父の顔を思い浮かべた。真由美から電話を受けてあわてて応接間の掃除をしたというのが、どこか滑稽でおかしくて、湧いて来る笑いを抑えることができなかった。しかしその笑いが突然停滞した。いつ真由美はヒエンの家に電話を入れたのだろう、と考えたからだ。その日、学校でか、行く途中か。しかしヒエンの口ぶりでは、行く一時間ほど前に連絡があったように聞こえた。だから老人は急いで部屋を片づけたのだ。もしそうなら、いったい誰がその電話を受けたのか。
平日の午後、家にいたと思われるのは、老人とお手伝いの二人。しかし二人に日本語は無理なのだ。では英語ができるかといえば、こちらははっきりしないが、たとえできたとしても、真由美の方に家庭訪問の用を足すほどの英語力が備わっているとは決していえなかった。
 ヒエンは父親が日本語を話すといったが、玲子の中に小さな疑問が湧く。ヒエンは、声だけ聞いていると、誰でも日本娘が喋っていると思うはずである。ということは、ヒエンに日本語を教えた父親も同様にベトナム語訛りのない日本語が使えるということだ。では父親は誰から学んだのか。独学だとヒエンはいうが、読み書きは可能としても、きちんとした発音はそもそも独学で習得できるものだろうか。
 ヒエンに癖のない日本語を教えたのが父親でないとすれば、他に誰がいるのだろう。思いつくのは老人しかいないが、老人はベトナム語の干渉を受けて「ゾウいたしまして」と珍妙な発音したりする。ありえない、と唇に微笑を飛ばして否定したが、突然真顔になった。ヒエンがときどき「韜晦」のような廃語じみた言葉を使うのは、ひょっとして老人の影響ということはないのか。それとも、それは五十代の父親が日常的に使う言葉で、廃語と思うのは自分の無知のせいなのか。
 玲子はうつむいて唇を噛んだ。教員仲間に五十代の男はたくさんいたが、誰の口からもこれまで「韜晦」が洩れたことはない。毎年出る生徒会機関紙に寄せるその年代の書くものにも、もちろん「韜晦」はない。ヒエンが「韜晦」を使うとすれば、それは父親の影響というより、今世紀初頭に生まれた老人のせいではないだろうか。つまり、老人は古臭い日本語をきちんとこなせる。そう考えれば、話がすっきり落ちるような気がするのだ。
むろん確信ある話ではない。しかし仮にそうなら、真由美がヒエンの家を訪問して老人と日本語で懇談したとしても、ちっともおかしくないのだ。それから、どこかで何かがあって殺された。しかしそれが正しいとして、日本語を知らないふりをしてまで真由美との懇談を隠さねばならない理由が、どうして老人にあるのだろう。
 わずかに顔を火照らせて自分のマンションにもどった。八時を過ぎている。着がえをすませて台所に立ち、収まらない気持ちで簡単な夕食を作った。
一人で食べるとき、決まって北海道の積丹半島にある漁師町の中学校が頭に浮かぶ。広い野原のようなグランドで、ソフトボール部の女子生徒たちとくたくたになるまで汗を流し、学校の横の小さな箱に似た公務員宿舎にもどって、大急ぎでシャワーを浴び、それからゆっくり夕食を作った。それをなつかしく思い出すのが最近の習慣のようになっていたが、今日の玲子の頭の中にはヒエン一家へのさまざまな憶測が渦巻いていた。


             九月十六日(金曜日)
                 1
 痩せて神経質そうな教頭の公民の授業だった。この授業はいつも教頭が勝手に喋るだけだから、ランたちは黙って聞いているだけでよかった。
 教頭の声を聞き流し、日本人学校の校庭に降り注ぐ激しい雨をぼんやり見つめながら、ランは半年前までいた静岡の中学校のことを考えていた。たまになつかしく思い出すことはあっても、嫌な思い出の方が多かった。生徒たちは、ベトナム人というだけで最初は好奇の目を向けるが、やがて異物を扱うように態度を変える。何度もいじめられそうになった。しかしランは必死で立ち向かって、一度などは教室のモップをぶんぶんふりまわして窓ガラスを割り、担任の年配教師に大目玉を食らったことがある。負けるということを認めたくないカラ元気なところは、遺伝子レベルで自分は生粋のベトナム人なんだ、と冷静になってから納得した。
社会の時間、教材に東南アジアが出て、ベトナムの話になったとき、若い担当教師でさえどこか小バカにした質問を飛ばしてランを困らせた。タロ芋を食べているというが味はどうなのか、田舎ではやはりニッパヤシでふいた粗末な家で寝ているのか、ホーチミン市を走るバイクの多くは日本やアジア各国の払いさげのようだが、そんなポンコツバイクで走行中に事故は起きないのか、街に車は走っていないのか、などなど。
 ランが習っていたその教師は、内容がアメリカ、ヨーロッパになるとがぜん張り切って、重箱の隅を爪楊枝でつつくように、どうでもよいことをこと細かに説明し、さらにアメリカのポップスなどもCDで聞かせてくれた。ある意味熱心な教師といえたが、アジアにはまるで関心がなかった。中国やインドさえ簡単に切り捨てたほどだから、ベトナムが相手にされなくても仕方ないことだった。
 テレビで取りあげられるベトナムといえば、食べ物やアオザイなどのファッション、それにいかにも貧相な水上生活者やシクロ運転手ばかりで、普通の生活者が画面を占めることはなかった。そのせいで、ベトナム女性はいつでもどこでもアオザイを着ている、そう思いこんでいる近所のおばさんたちも多かったし、年配の男性にいたっては、ジャングルの奥地に今もベトコンが潜伏しているのか、と笑って尋ねる者までいた。
 唯一ベトナムを心から気に入ってくれたのは、二軒隣の本屋の老人だけである。本屋といっても、週刊誌や雑誌、それにわずかな文庫を置いただけの小さなもので、文房具や雑貨も売っている、いわゆる何でも屋だ。老人は退職後の暇つぶしに店を開いているのだった。
 そこにランが顔を出すと、待ってました、とばかりに、いつも話し相手にさせられた。老人は本やテレビで見知ったことをいろいろたずねてくるが、ベトナムに行ったことのないランには、答えようのないものばかりだ。それでも老人は笑顔でランに質問を繰り返し、甘いお菓子をくれた。
老人は太平洋戦争中に、日本兵としてハノイ近郊の町に配属された過去があり、ベトナムはそのまま老人の青春だったのである。死ぬまでに一度ハノイを訪ねたい、と口癖のようにいっていたが、長時間の飛行機に堪えるにはすでに歳を取り過ぎていた。ランがベトナムに行くと決まったとき、老人はランの手を取って涙を流して悲しんだ。その老人がなつかしかった。絵葉書を送ってあげよう、そう決めた。
 ランは、父や母の故郷が見たくて、中学三年生になる直前にホーチミン市の叔母の家にやって来た。難民ボートで祖国を離れてから一度も帰国したことのない両親は強く反対したが、ランは生まれて初めて親の意志に逆らった。むりやり突っぱれたのは、下宿先を提供してくれた母方の叔母のあと押しがあったからである。
しかしホーチミン市に来て、日本人学校に通いはじめたランの目に、ここでもやはりベトナムは遠いと感じられた。この学校も、ただの日本人コミュニティーの一区画にすぎなかったのだ。ホーチミン市に派遣された教師たちは、ベトナムが大好きで、ベトナムで働きたくて志願したと考えていたが、実際はそうではなかった。強制収容されるようにホーチミン市日本人学校に送りこまれた、そう思えるような不満顔の教師が何人もいたのだ。担任の八巻真由美もその一人だった。
 真由美はよい先生だった。ランの悩みにもていねいに対応してくれたし、一緒に遊んでもくれた。しかし先生の心の奥底を探っていけば、ベトナムへの嫌悪が汚い色でこびりついているのが、ありありとわかった。授業の最中に撒き散らす言葉の端々にも、ベトナム人への蔑視が薄黒い汚れを作っていた。そしてその汚れは日に日に濃さを増していくように、ランには思えたのだ。
 真由美はよく、ベトナム人はルーズだ、雨が降ったら学校を休む、と在留日本人がよくいう苦情を受け売りをしていた。それを聞くと、ランはいつも自分がバカにされているように思えて、胸が痛んだ。ランの住むビンタン区は低地にあるせいで、激しいスコールが来ると水量が排水口の許容量を越してしまう。だから、ひと雨で道路はいつも洪水状態になるのだ。路面が水に浸かるばかりでなく、家屋にも濁流が流れこむ。そんな地域から、どしゃぶりの中を通学するのは並大抵のことではない。
珍しく朝の通学時間帯に大雨に降られたことがあった。ランの家の前の狭い道路にいつものように濁り水があふれ、腰まで水に浸からなければ大通りに辿り着くことができなかった。それでも真由美の言葉があったから、着がえのジーンズを持って、汚い水の中を泳ぐように大通りに出たのだ。それがなければ、雨あがりを待って遅刻したはずである。あちこちの薄黒い水の中に立ち往生し豪雨に打たれているバイクの姿が、悲しく目に残っている。
 クラスの日本人生徒が住む高級マンションは、どれも街の中心部の第一区にある。少し小高いのか、それとも排水設備がしっかりしているのか、どれほど雨が激しくても洪水になることはない。いや、洪水だけではない。ベトナムは電力不足で週に何度も予告なしの停電になるが、第一区から電気が落ちることは年に数えるほどしかないのだ。
先生たちのマンションは、当然その第一区にある。だから真由美にとって、ベトナム人の生活風景は舞台の背景に描かれたの安っぽい絵と同じで、注目に値しなかったのだろう。
 ランは渡辺玲子が好きになっていた。真由美よりのんびりしているが、実際は手際が悪くてそう見えるだけのことかもしれない。けれど玲子はベトナムの悪口をいったことがない。逆に教室でそのような発言をする生徒がいれば、即座にたしなめる。では、ベトナムが好きかというと、きっとちがうだろう。玲子もアメリカやヨーロッパでの駐在を期待して海外派遣に応募し、ベトナムと決まって落胆した一人にちがいなかろう。それでもベトナムに配属された以上は、国に慣れて、ぜひ好きになろう、と不器用に努力しているのが、ランにもわかった。玲子は、ランやヒエンにいろいろベトナムのことをきいて、謙虚にその答えにうなずくのである。
 ランはわかりやすい子だ、と玲子は笑っていった。それはちがうと思う。ランは玲子が好きだから、自然にわかりやすい子になってしまうのだ。真由美なら、決してランのことをわかりやすいとはいわないだろう。
 そんなことをとりとめなく考えていた。考えながら、同時に真由美を悪くいう自分を責めていた。亡くなってみると、その笑顔しか瞼の裏にもどって来ない。
 教頭の高い声が雨音に混じって、砂の中の針のように耳に届いた。今日は学校の裏でヒエンとお昼を食べよう、そんなことを考えた。

 わずかに鈍くなった雨脚を眺めながら、ランとヒエンは、台北学校の正門に面した校舎裏の軒下に座って、弁当を広げていた。台北学校はまだ授業中のようで、前庭に生徒の姿はなかった。
広げた弁当には似たような肉料理が入っていたが、ヒエンのおかずにはゴーヤが添えられていた。日本育ちのランには珍しく、今はそんな季節なのか、と考えた。
 食べながら、ヒエンがつぶやいた。
「玲子先生が昨日来たよ」
「家庭訪問?」
「ちがうみたい。先生は急に探偵になって、真由美先生の亡くなった日の足取りを調べているみたいだった」
 ランは、生春巻きを呑みこんで思わず笑ってしまった。
「ほんと? 玲子先生の探偵って考えられないね。だって先生なら、自分が探偵なんだか、犯人なんだか、自分でもこんがらかってしまいそうじゃない?」
「犯人も玲子先生の探偵なら、よろこんでしまうかもしれないね」
 ヒエンがくすんだように笑う。
「で、真由美先生の足取りはわかったの?」
 ヒエンは首を横にふる。
「ダメ。先生はあの日、私の家を訪ねようとして学校を出たらしいの。そこまでは玲子先生もつかんだみたい」
 それは初めて聞くことだった。
「それじゃあ、真由美先生はヒエンの家に行く途中に事故にあったの? でも、それってまだ早い時刻だよね。殺されたのは夜遅くって聞いたよ。その間、何してたんだろう」
 ヒエンが玉子焼きを箸で口に運んだ瞬間、急にうっと声を詰めて、片手を口にあてた。激しい嘔吐に襲われたようにみえたが、すぐに顔をあげた。
「ごめん」
「吐きたいの?」
 ヒエンは首をふって否定し、弁当箱にふたをした。そしてジャスミン茶を取り出し、ペットボトルから口づけに飲んだ。雨の小さな粒が白い額を濡らす。
 ようやく落ち着いたのか、大きく息を吐いてヒエンがぽつりという。
「本当のこと、いっちゃおうか」
「何、何?」
 ランが真ん丸い目を向ける。
 ヒエンは手を口にあてたまま、声をひそめた。
「本当いうとね、真由美先生は、亡くなった日に私の家に来たの。私はいなかったから細かいことはわからないけど、結構長い時間いたらしいよ。昨日、お爺ちゃんからそのことを聞いて、びっくりしちゃった」
 ランの目が生き生きと動いた。
「それって、最後の目撃者はヒエン一家になるよ。一番最初に疑われる立場じゃない。アブナイ、アブナイ」
「だからお爺ちゃんも、昨日までいわなかったのだと思う。どうすればいいか、私、わからないの。玲子先生に教えた方がいいかな」
 ランは困惑した。こういう相談をされても、本当に困ってしまうのだ。きっと告白された玲子も、困惑するにちがいないだろう。
「今度何かの機会にきかれたら、そのとき、いえばいいよ。自分からいいだすことないと思うけどな」
 そんな適当なことを口にしながら、ランはやはり内心では判断がつかなかった。遠足のおやつに何を買うかという問題ではない。人の命に関する相談だったから、心臓が雨音のように激しく動悸を打った。
 ヒエンはうつむいて同じことを口にする。
「本当にいわなくていいかな?」
「うん。きっといいと思う」
 ランは自信なさそうに答える。
 ヒエンは急に何かを思い出したように、険しい顔をあげた。
「でも、うちのお爺ちゃん、真由美先生のことが気にいらなかったみたい」
「どうして?」
「いろいろベトナムの悪口をいったらしいの」
「先生にはそれがあるね。私も前から感じてた」
 と同意しながら、どうして家庭訪問の席で悪口なんかいうのだろう、とランは不思議に感じた。
ヒエンがうつむいて力なく続ける。
「ランの国籍は日本だけど、でも私たちって、やっぱりベトナム人じゃない。だからベトナムのこと悪くいわれると、それが正しくても何となく嫌だよね。クラスのみんなは日本人だから、教室の中は日本にいるのと同じ。だから真由美先生も日本の中学にいるノリで、いろいろ気楽に話すんだろうけどね、私、悲しくなったときが何度もあったよ」
 おそらく真由美は思ったことをそのまま口にする素直な性格なのだろう。悪気はなかったはずだ。
 実際に自分もいろいろベトナムの悪口をいう。来た当初は、何もかもがカルチャーショックだった。狭い家で叔母が何かいうと、その声の大きさに雷に打たれたような衝撃を受けて、どうしてベトナム人って、こんなに騒々しいのだろう、と耳をふさぎたくなるときもあった。しかしそれが文化じゃないのか。
 静岡の中学校の英語の先生が教えてくれたことがある。文明には進んでいるとか遅れているとか、そのような評価はできるが、文化には遅れも前進もないのだ、と。それゆえにベトナムのにぎやかさは野蛮ではなく、またもちろん洗練の表れでもなく、ただそういうものとしてあるだけだ。それを日本の価値基準で、どうのこうのいってもはじまらない、と。
 そう無理に考えて、ランはベトナム人との違和感を納得している。しかし教室の中にある判断基準は、明らかに日本のものだった。
 ヒエンはもう一度お茶を飲んでから、雨に揺れるピンクのブーゲンビリアに、もの悲しそうな視線を落とした。
「ラン、私ね、人や物に対してのつきあい方は二通りあると思うの。一つは最初から好きになろうという気持ちで接すること。もう一つは距離を置いて接すること。私、これからは人を好きになろうと考えて、いろいろな人とつきあいたいな。裏切られて悲しくなることも多いだろうけどね。ラン、高校を卒業したら、私ね、日本の大学に行こうと考えている。父がそれを勧めるの」
「ほんと? 私も高校まではこちらにいるけど、大学は日本って決めてるよ。帰国子女枠で入るつもりなの。一緒に同じ大学に行こうか」
「帰国子女って、何?」
 ヒエンがぼんやりした顔を向ける。
「海外にいる日本人のための入試方法だよ。試験は英語ができれば、だいたいだいじょうぶなの。私は高校はここのインターに入るから、英語は何とかなると思うの。それに私、ベトナム語までできるから、きっとうまくいくよ」
「そうなの。私はまだ細かいこと決めてないけど、でも日本の大学に留学したら、日本や日本人を絶対好きになりたいと思うの。日本人が私をどう見るか、本当はちょっと怖い気もするけどね。みんな真由美先生みたいな目をしているのかな」
「そんなことないよ。それにヒエンはだいじょうぶだよ。日本語は上手だし、それにかわいいじゃない。日本でもどこでも、かわいい女の子はみんなからやさしくされる」
「ランだってかわいいよ」
「かわいくてもわかりやすい子は、結局男子から相手にされないのね。つまんないよ。私も、ヒエンみたいにわかり難い子になりたかったな」
 ヒエンは目だけで怒ったふりをしたが、すぐに表情をゆるめて、
「ランはたまにおバカさんになるね。ランは今のままが一番かわいいのに」
「ヒエンはお姉さんみたいだよ。ねえ、一緒に同じ大学に入ろうよ」
 ヒエンは何もいわず、小さくうなずいた。
「一緒にお部屋を借りて住もうか」
 ヒエンは萎んだ花のようにほほ笑んだ。
 ランは、本当にそうなればいいな、と思った。

 弁当を食べ終えて廊下を歩いていると、渡辺玲子に呼びとめられた。
「ラン、ちょっといい?」
「はい」 
 玲子はランを、すっかり雨のあがったグランド横の小さな木の下に連れて行き、濡れた長椅子をハンカチで拭いて座らせた。玲子も座る。
「ちょっとききたいのだけど、ランはヒエンのお家に遊びに行ったことあるよね」
 どきっと心が揺れた。先生は何を知りたいのだろう。ランはわざと大きく首肯した。
 玲子はにっこり笑い、それから急に真剣な表情でランを見つめた。
「ヒエンのお爺ちゃんにも会ったことあるでしょ。お爺ちゃんと話すときって、どの言葉を使うの?」
「変な質問。だって、お爺ちゃんはベトナム語しかできないから、ベトナム語に決まっているじゃないですか」
 玲子は眉間に失望の皴を寄せた。
「そうよね。私、ひょっとして、お爺ちゃんは日本語ができるのじゃないかと思ったの。やっぱり勘ちがいね。で、お爺ちゃんのベトナム語はどういう感じ?」
「どういう感じっていわれても。そうですね。地方の感じといえばいいのかな。とっても強い地方のにおいがします。サイゴン弁からすると、発音がかなりおかしいです。メコンのような南部の発音は、サイゴンにいると何となく慣れてしまうからわかるんですけど、お爺ちゃんのはもっと奥まった場所、たとえば、カンボジア国境に近い感じかな。あるいは山岳地方の発音。そんな印象ですね」
「どうちがうの?」
 と、玲子が好奇心をあらわにした。
「南部の人は、ベトナム語に多いGやDの音を、柔らかく崩れたように発音します。だから、ゴイがヨイに、デュンがユンになったりします。メコンの人にかかれば、『ベトナム』も『ジェットナム』になったりして、おかしいですよ。お爺ちゃんの発音は、それがもっと崩れた感じかな。私が子供の頃から聞いていた発音は、母のサイゴン弁と父の中部弁だけだったから、最初はお爺ちゃんのいってることがよくわからなくて、あわててしまいました。お爺ちゃんの発音は、どちらともちがっていたから」
「じゃあ、ヒエンのお父さんはどうなの?」
「どうなの、って。日本語ですか」
「そう」
「お父さんの日本語はとても上手ですよ。本当に日本人と同じ。だって毎日、仕事で日本人とつきあっているから、上手であたり前です」
「発音が変だと思ったこと、ない?」
「それはベトナム人だから、ほんのときたま変な癖がでます。でも本当にときたまですよ」
 玲子がなぜそのような質問をするのか、ランにはわからなかった。ヒエンの祖父が日本語を話せると疑う根拠は何だろう。そしてそれがどうして重要なのか。
目の前の玲子は真剣な眼差しでグランドの水溜まりを見つめていた。
「先生はどうして、ヒエンのお爺ちゃんが日本語ができると考えたのですか」
 玲子は曖昧に首を揺らした。
「私がそそっかしかっただけね。昨日ヒエンのお家にうかがったとき、お爺ちゃんが私とヒエンの話を理解しているような気がしたの。私たち日本語で話していたのにね。それで……」
 そういえば似たようなことあったな、とランも思い出した。雨季前の暑い時期に、エアコンの効いた居間でヒエンとにぎやかに話していた。老人は隅っこの椅子に座って、新聞を読んでいた。すると突然、老人が「バカな!」と日本語でいって大笑いしたのだ。ヒエンは一瞬はっとして、何も聞こえなかったみたいに話題を変えた。ランの中に、あのときの老人の笑い声が力強く蘇ってきた。バカな、に似たベトナム語は思いつかない。あれは老人が無意識に洩らした日本語だったのだろうか。それともそのような基本的な日本語はいくつか知っているのか。日本語が日常的に使われる家庭環境にいるのだから、そうであっても不思議はない。というか、むしろ当然である。体育の先生がおかしな発音で「チョイ・オーイ(ああ、神よ)」と、たった一つ覚えたベトナム語を頻繁に使うが、そのようなものかもしれないのだ。ただそのときのヒエンの狼狽は妙だった。
 真っ黒い空の西の端に、青空がぽっかり小さな穴を開けた。始業のチャイムが鳴り、ランは立ちあがった。玲子もゆっくり立つ。
「ありがとう。また何かあったら教えてね」
 玲子は力の抜けた声でいった。
 次は玲子の数学の授業だから、ランは焦ることはなかったが、心のどこかがせわしく動いていた。
 プールのそばを通って廊下にもどるとき、ランが何気なく顔をあげると、二階の吹きさらしの廊下の手すりに体を預けて、ヒエンが穏やかにランを見おろしていた。
ランはもう少しで声をあげるところだった。水色のシャツに包まれたヒエンの体が急速に溶けて流れて、脱け殻になった衣類の横で、もう一人のヒエンが燃える紙のようにめらめらと体を起こすのが見えたのだ。ほんの一瞬のことだった。急いで瞬きしてもう一度視線を向けると、ヒエンは何事もなかったように手すりにもたれてランを見おろしていた。その口もとには、いつものヒエンの笑みが揺れていた。
 それでもランの背筋は大雨に打たれたように急速に冷えた。

                 2
 八巻昭三が、飲み干したコーヒーカップをテーブルに置くと、柿本校長は榊原をうながした。
「お父さんに校舎内を案内してあげてください」
 榊原はうなずいて腰をあげた。
「小さな学校ですから、案内というほどのものではありませんが、ご一緒しましょう」
 昭三は大きな体を持ちあげた。寝不足なのか目が赤い。
「お忙しいところ、申し訳ありませんな」
 昭三をともなって校長室を出ると、青い底の見えるプールの表面が風で美しく波立っていた。グランドには熱帯の光が豊かに落ちて、あちこちの水溜まりを白く光らせている。
「ここに娘は一年半勤めていたわけですな。あと半年で日本に帰れると、つい先日の電話で、よろこんでいたものでしたが……」
 昭三は精一杯明るくいった。
 榊原は顔をあげて、目の前の幻を追うように視線を泳がせた。
「こうやっていると、私の目には先生がそこのプールで、今でも子供たちと水遊びしている姿が見えます。先生は中学部の担任でしたが、小学部の子供たちの面倒もよく見ていました。本当に学校にいるのが、楽しそうでしたね」
 少し歩くだけで、昭三の首筋に汗の球が浮かぶ。昭三はハンカチでていねいに拭った。
 一階の端まで行き、そこからプールとグランドの間に作られた、すべり台や鉄棒のある遊び場に出た。雨あがりの強い風が、グランドを越えて走って来る。
「写真を撮ってもかまいませんかの?」
「どうぞ、何枚でも」
「家内は昨日からすっかり沈みこんで、挨拶にも来られませんでな。せめて娘のいた学校の写真でも見せてやろうと考えちょります」
 そういうと昭三は校舎の写真を数枚撮った。それからグランドに背中を向けて、シャッターを切った。
 榊原はすべり台の支柱に背中をもたせかけて、そんな昭三を見つめていた。
「娘から何度も遊びに来るようにいわれておったのですが、仕事がばたばた忙しいのを理由に、夏だの冬だのと伸ばしているうちにこのザマですわ。娘の案内でこの学校を見学して、それから娘の話に一緒に笑いたかったですな」
 写真を撮り終えて、昭三は顔にハンカチをあてた。汗を拭いたのか涙を拭いたのか、榊原にはわからなかった。
「先生はこちらに長いのですか」
「いえ。今年の春、秋田から来たばかりで、半年ほどです」
「秋田ですか。いつも世話になっていると娘がいっておったのは、先生でしたか。相談相手になっていただいたそうで、申し訳ないことでしたな」
 榊原はふいに息がつまる気がした。真由美はどこまで父親に話していたのだろう。父親は二人のひっそりした関係を知っているのだろうか。すでに身のまわり品の整理は終えたというが、その中に自分に関わる物は出てこなかったのだろうか。
「しかし、娘がベトナムに派遣されたのも運命でしてな。娘はベトナムという国に縛られていたのでしょうな。だからこんなことになってしもうた」
 昭三はゴマ塩の頭を掻きながら、大きな体を揺らして、水溜まりの残るグランドに入った。グランドから逆に見る薄緑色の校舎は、南の海にぽっかり浮かぶ楽園の島のようだった。
 写真を撮る昭三のシャツを、風がまた一段と大きく揺らした。
「娘が送ってくれた秋の運動会の写真を思い出しました。娘はピストルを撃つ係をしていましてな。ピストル片手に、別の手で小学生の背中をよいしょと押していました。あの笑い顔が忘れられません」
 昭三はハンカチで目頭を拭った。もう涙を隠してはいなかった。
「これで充分です。いろいろお世話になりました」
 昭三は校舎に足を向け、体育館横の水道で顔を洗った。体育館では、小学部の児童たちが甲高い声をあげて一輪車の練習をしているようだった。
 何度も水で顔を浸してから、昭三は濡れたままの目を榊原に向けた。
「そういえば、ひとつ、いい忘れておりました」
 何事か、と知らず身構えた。
 昭三はハンカチで顔の水を拭ってから、照れたように首をふった。
「いや、なに。ボケはじめの年寄りのいうようなことで、本当はいってもいわんでもよいことでしょうが、領事さんには一応は伝えておきました。しかし、まじめに取りあげてくれるとは思うちょりません。前にも申しましたように娘から誘拐されたという電話がありまして、それから犯人が電話口に出たのですが、そのとき犯人が自分の名前を名乗ったのです」
 昭三は一度言葉を切ってから、苦笑して言葉を継ぐ。
「いや、本当かどうかわかりません。誰がどう考えても、誘拐犯が自分の名前を名乗るというのはおかしな話ですな。おそらく誘拐という言葉に気が動転していて、聞きまちがえたのだろうと、今は思うちょりますがの。まあ、そんなこともあったということを、一応はお知らせしたかったのです。昨日はすっかり頭から抜けとりました」
 榊原は、昭三のいうことが呑みこめなかった。もしその通りなら、よほど間の抜けた誘拐犯といえる。
「本当にあやふやなことをいうとりますんでの。気にせんでもらいたい。こうやってあなたにお知らせするだけでも、恥ずかしうて冷や汗が出ます。いうべきではなかったのかもしれませんが、ちょっと気にかかったものでしてな。一瞬のことでしたので、明らかに年寄りの耳が錯覚しただけのことでしょうが、わしの耳には、その男がアンドウといったように聞こえました」
「アンドウですか」
「はい。アンドウだったように思います」
「その名前に心あたりがありますか」
「心あたりですか? ありふれた名前ですから、そんな名前の友だちや、仕事関係で知り合った日本人は何人かいます。しかし娘も出た電話ですから、日本からかかったとは思えません。そうなるとベトナムに在住か、ちょうどそのとき、こちらに旅行か何かで来ていたアンドウということになりましょうな。残念ながら、そのような名前に心覚えはありません。娘からのメールや絵葉書にも、アンドウはありませんでした。しかしそもそも本当にその誘拐犯がアンドウと名乗ったのかどうか、今となってはちっとも確信が持てないものでしてな。ただすっかり忘れる前に誰かの耳に入れておきたかっただけのことで、お笑いください」
 そういって、顔をしかめた。
 昭三はもう一度校長室にもどって、柿本校長に丁寧な挨拶をした。昨夕荼毘に付した遺骨を持って、今夜の最終便で帰国するということだった。部屋の電化製品などは中古品屋が明日引き取りに来て、大家があとの面倒を見る手はずになっている、ともいった。学校からはわざわざ空港に来ていただくことはない、と念を押した。
 タクシーが南サイゴンの原野を勢いよく走り去るのを見送りながら、榊原の中に麻里の顔がふくらんできた。親であることのつらさが身を貫いた。

                3
 夕方、公安署に出向いた。ニャムは小さな部屋に榊原を招き、椅子に座るなり、
「あなたの学校に、ヒエンという名の女子生徒がいるか」
 と、きいてきた。 
訝しい思いで、中学三年生にいる、と告げると、ニャムは火のついていない煙草を指先でいじりながら重い声を出した。
「奥さんの話では、八巻が殺された件では、そのヒエンが疑わしいという」 
 榊原は、驚きのあまり血管が逆流するような気がした。
「考えられない。どうしてヒエンが八巻先生を殺さなければならない?」
 榊原の取り乱しようを見て、ニャムはあきれ顔をした。
「奥さんは、ヒエンが殺したとまではいっていない。八巻を尾けていたら、どこからか白い服の娘がサイゴン川に現れて、死体が発見された方角に二人で歩いて行ったという」
「それがヒエンか。夜も遅かったから、和代がその娘の顔を見まちがえることだって、充分にあろう」
「可能性としては否定しないが、川沿いには街路灯もあるし、川に浮かぶ船上レストランなどの光の反射もあって、夜でもそこそこ明るい。暗いのは八巻が殺された北の端くらいのものだ。奥さんが正常な視力を持っていれば、見まちがうことはあるまい」
「しかし、理由がない。ヒエンが八巻先生を殺す理由など、何もない」
 榊原の口から洩れた声は、悲鳴のように聞こえた。
 ニャムは鼻で笑って煙草に火をつけた。そして哀れむような眼差しを榊原に向けて、つまらなさそうに煙を吐き出した。
「あの夜、あなたが外泊するという電話を受けて、奥さんはてっきり八巻と一緒だと妄想し、リバーサイドホテルに向かったようだ。なぜリバーサイドなのか知らないが、そこに見当をつけて、奥さんはホテルの前で張りこむことにしたらしい。夜の九時をまわった頃だ。半時間ばかりホテルの前をうろついていると、川沿いの遊歩道を歩く八巻を発見した。何やら怒ったような顔をしていたので、あなたと喧嘩でもしたのだろうと考え、尾けて行ったという。しかしすぐに白い服の娘が現れ、二人はしばらく言い争いをしながら歩を進め、それから川岸の現場方向に向かったというのだ。奥さんは不意の闖入者に八巻襲撃を諦めて、悔しい思いで部屋に帰り、あなたの書斎にあった学校通信や全校写真を見て、白い服の娘をヒエンと断定したのだ」
 榊原はいい逃れるように口走った。
「それはちがう。妻は精神に変調をきたして、現実と妄想を混同しているにちがいない。いや、妻のいう通り、仮にヒエンと八巻先生が会ったとしよう。それでも二人はすぐに物別れして、そのあとで興奮している先生を物取りが襲ったにちがいないのだ。きっとそうだ。ヒエンはそんな恐ろしいことができる子ではない」
 ニャムは苦笑した。
「あなたは奥さんを狂人にしてまで、白い服の娘をヒエンと認めたくない様子だな。それでは、白い服を着ていたのはいったい誰なのだ。あなたの学校にそのような生徒は他にいないか」
 白い服の娘という言葉が、ランを連想させた。ランはたいてい真っ白いシャツを着ている。しかしランにもまた、真由美を殺す理由などありえない。
榊原は強く否定した。
「いない。そんな大れたことを行う生徒も先生もいない」
「しかし、誰かが確実にその大それたことをしでかしたのだ」
「誰であっても、私の知っている人たちではない。私には、通りすがりの物取りの犯行としか思えないのだ」
 ニャムは諦めたように大きく煙を吐いた。
「あなたと話をしていても、何も生まれてこないようだな。あなたは何の証拠もなく、ただ想像を並べるだけだ。英語教師ということだが、もっと別の何かを学ぶべきだったのではないか。上手な英語も内実を伴わないと、ただ空虚に響くだけだ」
 ニャムは身を屈めて、急に子供にいい聞かせる口調になった。
「あなたの想像がありえないとはいわない。しかしすでに伝えたように、八巻の財布から金が抜き取られた形跡はない。それに、一般的に泥棒はあのような執拗な殺し方はしない。白状しよう。私たちも当然ヒエンを調べてみた。それで今は白い服の娘とヒエンは関係ないという考えに落ちついている」
 今度は榊原が戸惑いをあらわにして、ニャムをまじまじと見つめた。
 ニャムがにこやかに煙を吐く。
「ついさっきヒエンという娘に会ってきた。家を訪ねるとヒエンも学校からもどって来たばかりで、いろいろきくことができた。素直な感じの娘で、私の目にも人を殺すようには見えない。父親はまだ帰宅していなかったが、ヒエンの祖父に当たる老人がいて、こちらにもいろいろ質問した。結論をいうと、ヒエンにはアリバイがあった。もちろん家族の証言ではない。殺害のあった夕方、老人と大喧嘩して、怒ったヒエンは友人の家に泊まりに行っているの。小学校時代の友人で、これまでも何度かその家に泊まっている。友人の両親のウラも取れた。おかしなことだが、その父親というのが、同じ公安署で事務をしている男で、私の知り合いでもあった。その知り合いのアリバイ証言を、私は信じることにした」
 ニャムは身をそらして白い煙を吐いた。混乱した榊原はその煙にむせそうになった。
「私を試したのか」
「そこまでの意図はない。何か出ないかとちょっと期待しただけのことだ」
「卑劣じゃないか」
「よその国にきて、犯罪の種をまきちらす方が卑劣だ。あなたはこの事件の中心にいて、意識的、無意識的に、おそらくいろいろなことを知っているはずだ。事件の当初から何でも話してきたが、それはあなたに物を隠す能力が不足していると考えたからだ。白い服の娘がヒエンといったときの激しい反応には興味を覚えた」
 榊原は噛みつくようにいう。
「何がいいたいのだ」
「結局、こういうことだ。奥さんのいった白い服の娘が、実際にいたかどうかわからない。しかし実在したと仮定しても、それはヒエンという娘ではない。別の誰かだろう。あのようにめった打ちする殺し方は嫉妬で狂った奥さんに一番ふさわしいが、それほどの狂気を内部に溜めていれば、あなたが気づかないわけはない。気づけばあなたの口から確実に洩れる。だから奥さんが犯人かどうか、それさえ私には疑わしいと思うのだ。さらに八巻の死に誘拐犯が関わっていて、奥さんが主犯だとすれば、奥さんは男の共犯者を必要とする。そのような男はあなた以外にいないが、それは、あなたがこなすには大きすぎる役割だ。つまり、まだ事件のことは何もわかっていないということだ。それで奥さんをお返しするが、明日にでも病院に連れて行った方がよいというのが、私たちの一応の考えだ。ただ帰国されては困る。奥さんの潔白がはっきりするまでホーチミン市にいてほしい」
 ニャムの淡々とした説明が、逆に榊原の心臓を屈辱でぎゅっと縮ませた。
「それは約束する。このまま公安署にいれば、妻の状態はますます悪化するように思えて、実は心配していたのだ」
 ニャムは煙草を床に落として靴で踏み潰すと、部屋から出て行こうとした。その足をとめて、ふり返った。
「いい忘れていたが、真由美がどこから日本に電話したか、電話をもらってからすぐに調べてみた。総領事館から真由美の実家の番号を聞いて、モバイル・フォーンという電話会社に調査を依頼したが、発信されたのは国際電話が可能な真由美の携帯電話からだった。携帯電話では、誘拐されていた場所を手繰り寄せることはできない。便利な機械というものは、案外役にたたないものだな」
 にんまり笑って、今度こそニャムは出て行った。
 取り残されて、重い息を吐く。自分には嘘を貫き通す能力が乏しい、とニャムは嘲笑した。それほど心が堅牢でないということか。小学校の頃も、嘘をつけない正義屋として通っていた。仲間と一緒にした小さな悪さを担任に告げ口して、罰の軽減を求めたことがあった。それは正義を貫徹する姿勢に秀でていたのではなく、ただ単に嘘をつき通す能力に欠けていただけのことだったのか。嘘で固めるには、心はいつも怯えていた。何に怯えていたのかわからない。その怯えをかかえたまま教師になって、秋田県の中学校にいたときには厳しい教師で通っていた。神経質なまでに生徒の嘘を嫌った。それが今は嘘で身を固めようとしている。それもおどおどと。
 和代の乱れた神経を落ちつかせる自信は、まるでなかった。ニャムのいったように、明日は病院に連れて行こうと考えた。そしてそのあと麻里の病院を探す必要もある。頭の芯に痛みが走った。ポケットから鎮痛剤を取り出し、自棄をおこしたように水を使わずに飲みこんだ。
 やがてダークブルーのブラウスを腰に垂らした和代が、ニャムと現れた。和代の目の焦点は、あいかわらず曖昧である。榊原を正確にとらえているかどうか、それすら判然としない。
 立ちあがって手を差し伸べる。
「一緒に帰ろう」
 和代は意味がつかめないように首を傾げた。結婚前によくしていた癖だったが、やつれた体の中で首だけ動くと、榊原の内部を焦燥の炎が焼いた。
 和代が首を傾げたままいう。
「どこに帰るの?」
「マンションだよ。麻里が待っている」
「また教頭先生の部屋に棄ててきたの?」
「棄てたのじゃない。預けてきただけだ」
「私を棄てて、今度は麻里まで棄てるのね。私は麻里のいる部屋に帰るつもりだけど、あんたはどこに帰るの?」
「同じ部屋に帰るのじゃないか。ぼくたちは夫婦だよ」
 和代は、首を元にもどして冷たく笑った。
「夫婦だったのは覚えているわ。でも、今のあなたは死んだ八巻の夫じゃないの? 八巻は怒らない?」
「バカなことをいうな。それはもう終わったことだ」
 ふいに和代はニャムを凝視した。乾いた目で長い時間じっと見つめてから、英語でふわふわ宙に浮いたようにいった。
「愚かなことね。ニャムさんもあんたも。二人とも私の言葉を信じることができない。八巻を殺したのは白い服の娘だといってるじゃない。ヒエンという名の生徒よ。この目ではっきり見たのよ。私の目が幻しか見ないというのなら、こんな目なんか、針でつぶしたほうがいいのかしらね」
 ニャムは無言で和代を見つめる。
「わかったよ。さあ、帰ろう」
 そういってつかんだ和代の手が、はっとするほど熱かった。和代の体は炎のように焼けていた。

 ニャムは、椅子に座って新しい煙草に火をつけた。気だるげに天井の扇風機が送る風に、白くて濃い煙が揺れる。ニャムは底深い空虚さに襲われていた。
 真由美はあの日、家庭訪問という奇妙な習慣を実施するために日本人学校を四時前に出た。それからまだ訪問していない三人の生徒の誰かを訪ねたと思われるが、どの家庭もそれを否定している。しかし、ともかくどこかに行って、その帰りに誘拐された。もちろん誘拐が本当にあったとしての話だが。
その誘拐現場から、真由美は自分の携帯電話で日本の実家に電話を入れている。九時前のことだ。その電話に誘拐犯も出て、三万ドルほどの大金を要求した。
榊原の妻の言葉を信用すれば、そののち真由美は誘拐犯から解放されて、九時半頃サイゴン川の川岸を歩いていたことになる。真由美のマンションは川沿いの一画にあるから、帰宅の途中と考えてもよい。
しかし誘拐された女が、夜も遅い時刻にのんきに川沿いを歩く気になるものだろうか。にぎやかとはいえ、物騒な河畔だ。冷静な心を持っていれば、一刻も早く家に帰ろうと乗り物を拾うはずではないか。なのに、歩いた。
想定できるのは二つだ。一つは、解放されてこれからタクシーなどの乗り物を拾うつもりだった、というもの。それはつまり、誘拐犯の家から川は近いという計算になる。もっともそれが正しいとして、第一区にある家屋をしらみつぶしに探せるわけもない。
もう一つは、誘拐犯の家を出て何かに乗ってサイゴン川まで来た、そして川岸で降りた、というもの。その想定が正しければ、真由美は夜遅くそこで誰かに会う予定があった、と推測できる。その誰かこそが、真由美を滅多打ちした犯人ということになろう。それこそが白い服の娘なのか。
所見の結果、煉瓦の細かい粒子が髪に付着していたから、凶器は煉瓦と考えてまちがいない。煉瓦なら川岸にいくらでも落ちている。最初煉瓦で顎がうち砕かれたようだが、血の噴出はあっても命にかかわるものではない、と監察医はいった。致命傷になったのは、頭蓋骨の三箇所の陥没。うずくまる真由美の頭に、煉瓦が三度、容赦なくふりおろされたのだ。殴打の力は、ひ弱な女では無理と思えるほど強いものだった。犯人は相当の返り血を浴びたと思われる。真由美が着ていたはずの女用の紺のジャケットが発見されていないことから、返り血を隠すために犯人が着用して逃げたという考えも成立する。
バッグの指紋はきれいに拭い取られ、日本に電話した携帯電話はどこにもなかった。サイゴン川に投げ捨てられたら、探しようもない。残された血痕は、すべて真由美と同じA型ばかりだった。
 領事や榊原の妻などの証言をつなぎあわせ、それに鑑定所見を加えれば、こういうことになろう。
 しかしわからないのが、その動機である。単にベトナム人による物取りとしても、外国人への犯罪の量刑は倍掛けになり、殺人であれば公開処刑もありうるだろう。それほど、外国人の安全は政府によって保護されているから、よほどの激情家でない限り真由美を襲うことはない。真由美は、その服装から、夜目にもベトナム人にまちがえられることはありえない。
 犯人からベトナム人を除外すれば、唯一動機を持っているのは榊原の妻になる。しかし犯人と特定するには不確かな部分があまりに多い。白い服の娘が実際にいるものかどうか、それすら明確ではないのだ。
 結局、どのような新しい一歩もない。目隠しされた鼠のように、同じ場所をくるくるまわっているだけのことだ。それも本来、親の仇である日本人のために。
 おそらく真由美の頭を粉砕した煉瓦は、狂気に似た憎悪にそまっていたことだろう。しかし憎悪という激しい感情は、どれほどの期間継続するものなのか。人の頭蓋骨を砕くには、黒い憎しみがどれほど堆積すれば可能なのか。
 ニャムは記憶にない父のことを思う。父は、世界大戦のあと再度侵略してきたフランス軍を撃退するために志願して銃を取り、中部地方のジャングルに立て籠もった。そのとき一緒に戦っていた日本兵に殺されたのである。父はまだ二十代の若者で、生まれたばかりの自分の顔を見ることはなかった。
父の記憶が不在のせいか、これまで会いたいと願ったことはない。しかしときどき考える。父を殺したその日本兵が目の前に現れたら、自分はどのような行動を取るだろうか、と。突然の怒りに我を忘れて、凶暴な手をふりあげるのか。それとも鼻先でせせら笑って唾を吐きかけるだけなのか。
ニャムには、自分の心に積まれた憎しみの層を計ることができなかった。日本人に感情的な嫌悪を抱くのは、子守唄代わりに聞かされた老母の怨み言によるものとわかっていたからだ。
ニャムは、また煙草を一本くわえる。目の前で単調に白い煙が踊る。喉が渇き、ウイスキーを思い切りあおりたかった。

               4
「ラン、ラン」
 遠くで自分の名前を呼ぶ声がした。二階の部屋の窓を開けると、狭い路地に薄緑のジャケットにジーンズのヒエンがいて、手をふっていた。月明かりに浮かぶヒエンを、水溜まりの葉っぱみたいだ、と思いながら、ランは階段を駆け降りた。時計を見ると、夜の十一時を過ぎている。
 叔母が厳重に施錠した門を開けると、ヒエンが舌を出して頭をさげた。
「ラン、ごめん、こんな遅くに。寝てた?」
「寝てないけど、どうしたの?」
「ちょっとあって、また家で喧嘩しちゃったの。明日の朝まで泊めてくれない?」
 返事をするかわりに、ヒエンの背中を押して中に入れた。大きな南京錠をかけ、ヒエンの手を引いて二階にあがる。叔母が起きてくる気配はなかった。
 部屋に入ると、小型の冷蔵庫からアイスティーの小瓶を取り出して、ヒエンに放り投げた。
「ビールの方がいい?」
 ヒエンは苦笑して首をふる。
「ビールなんか、ないくせに」
「下の叔母さんの冷蔵庫にあるよ。ベトナムは子供でもビール、いいんだよね」
「よくないよ。法律で禁止されてないだけよ」
 ランは自分用にサムライという名前の清涼飲料水をコップに入れて、壁にもたれて座った。
「どうやって来たの?」
「バイク・タクシー」
 ランは大きな目をもっと大きくして驚いた。
「危ないよ。こんな夜遅くバイク・タクシーなんて。ビンタン区は、ヒエンのいる一区とはちがうんだよ」
 ヒエンは、ペットボトルから口づけにアイスティーを飲んで肩をすくめて謝った。
「わかってるけど、夜遅いので他に行く所がなかったの。ごめんね」
「かまわないけどさ、ちょっと心配しただけ。明日は土曜日だから、今夜はゆっくりしていいよ。狭くて汚い部屋だけど」
 ランは、サムライを一口飲んで膝をかかえた。何度飲んでも、これはオロナミンCの味だな、と自分で納得する。
 ヒエンがジャケットを脱ぐ。白いシャツが、ヒエンの細い首を頼りないほど清楚に見せた。
「私がここに泊まるのは……」
 とヒエンが小首を傾げて考える。
「今夜で四回目だよ。もうヒエンの部屋みたいだから、ご遠慮なく」
「そうか。もう四回もお邪魔しちゃったのか。私も結構図々しいね。いつも家でお爺ちゃんやお父さんに叱られると、あちこち友だちの家に迷惑かけているからね」
「これからは、ここに来ればいいよ。でも、もう少し早い時間に喧嘩してね。夜遅くなるとこの地区は危険だって、いつも叔母さんがいってるよ」
 ヒエンは笑顔を見せたが、その笑顔の底に何か暗いものが凍りついている気がした。父親と老人に叱られて気持ちが沈んでいるのだろう、とランは推測した。
 家の斜め前で犬が吠え立てた。夜になるとなぜかやたら元気になる変な犬だった。月の夜に特に凶暴に吠えるから、正体は狼ではないか、とランは疑っている。
 ヒエンが心細い声を出す。
「ランは霊感があるって、いつかいってたよね」
「うん。ときどきいないものが見えたりする」
「今の私、何か変じゃない?」
 壁にもたれて座る消沈したヒエンを、上半身を乗り出して、占い師のように厳めしい顔で見つめた。昼間、学校の吹きさらしの二階廊下で見たヒエンを思い出して、ランは緊張した。あのときのヒエンは、今にも溶けてしまいそうなくらい、不安定でもろかった。しかし今目にするヒエンに、不安な兆候は何もない。
「だいじょうぶだよ。ヒエンには変な物、憑いてないからさ」
「本当? それなら安心だね」
「私ね、これまで三回予知したことがあるんだよ。その人たちの背中から、別の誰かが抜けて行くのが見えて、びっくりしていたら、三人とも数日中に事故や病気で亡くなったの。最初の人は近所のお姉さんだった。道で出会って挨拶したら、そのお姉さんが自然に二つに枝分かれしたのね。一人は挨拶した場所にそのままいて、私を悲しそうにじっと見つめていた。もう一人はさっさと歩いて行ったの。そのお姉さんはそれからすぐに、車に跳ねられて亡くなったよ」
 ヒエンはボトルを両手で包むように持ちながら、興味深い顔で他の二人の話を聞いた。一人は病院に見舞いに行った夜に亡くなったのだから、たとえ病人が二つに分裂して見えても、それはたいして不思議ではない。残りの一人はヒエンを怯えさせた。
「近所のお婆ちゃんなんだけどね、夜中に泥棒が入って殺されたの。私がその日の夕方会ったときに、やはりお婆ちゃんが二つに分かれて、残った一人が何かをふりおろす真似をしながら、暗い目でじっと私を見つめていたの。何のことかそのときはわからなかったけど、あとで、泥棒が鉄パイプでお婆ちゃんを殺したのを知って、私はしばらく震えがとまらなかったよ。小学生だったから怖くて怖くて、毛布をかぶって昼間からぶるぶるしてた」
「ランは不思議な子だね」
 ヒエンは体を縮こめて小さくつぶやく。
 ランはコップのサムライをまた一口飲んで、
「玲子先生はこういう超常現象を信じない方だけど、今の話、どう説明するかな」
「先生なら、信じない癖に本気で怖がりそうだよね」
 ヒエンがさびしそうにいうから、ランも、確かにそうだ、と明るい笑い声をあげた。
 部屋の隅で軋む扇風機の音を耳に流しながら、ヒエンがふいに思いつめたように眉をひそめる。
「あのね、ラン。最近、私、誰かにあとを尾けられているような気がするの。学校から帰って近所に買い物に行くときにも、誰かの目が私を見張っているように思うの。だからちょっと怖い」
 ランは驚き、両手を膝から解いて座り直した。
「気のせいじゃないの?」
「そうかもしれないけど、真由美先生が亡くなる前は特にひどかった」
 ランは顔を突き出し、もう一度ヒエンをじっくり観察して、首をひねった。
「やっぱり心配しなくていいよ。ヒエンはまだ二つに分裂していないもの」
 そういいながらも、ランは自分に霊感があるのか、ただの夢見がちな少女なのか、よくわからなかった。人間が二つに分かれる現象も一瞬の錯覚なのかもしれないし、たとえ錯覚でないとしても、それが死とつながるのはただの偶然のような気がした。世の中に偶然の一致は想像以上に多いと聞いたことがある。昼間、ヒエンが紙のように燃えたことは忘れようと、ランは決めた。
 ヒエンはそれでも浮かない顔をして、アイスティーを飲む。
「ヒエン、何か食べる?」
「いらない」
「台所に中秋月餅の残りがあるよ。甘い物を食べると、人間、楽しくなるんだって」
「もうっ! ランのバカ。こんな夜中に月餅を食べたら、どうなるかわかってるでしょ。甘い物に目のない私を誘惑して、アオザイ、着れなくさせたいのでしょう」
 ヒエンがわざと頬をふくらますから、ランは勢いづいてからかった。
「図星。私たちはアオザイ美人系ではライバルだからね。ヒエンを中秋月餅で釣って、私がアオザイ・ナンバーワンになりたいの。どう? こういう作戦は?」
「もう、人がせっかく悩み相談しているのに、ランは本当に子供なんだからね」
 ランは、首筋をくすぐられたみたいに肩をすくめた。ヒエンに「子供みたい」といわれて、なぜか無性にうれしい。
「ねえ、ヒエン。明日、ダムセン公園に行って一緒にボートに乗ろうか。喧嘩して家出をしてるんだから、夜帰ればいいよね」
 ヒエンは束ねたうしろ髪に手をやって、髪留めを外して首をふった。長くて豊かな黒髪がふわふわ白いシャツに流れる。
「ダメ。明日の朝は早く帰らなくちゃ。七時に約束があるんだ」
「せっかく家出したのに、つまんないよ。そんなのすっぽかしちゃいなよ。ねえ、ダムセン公園に行こうよ。ウォーター・パークでもいいよ」
「ダメなの。明日の朝六時に帰る」
「約束って、何よ。朝からデートなんかしないよね」
「さあね……」
 と、じらすように笑った。
「ヒエンって、抜け駆けするんだ。ずるいな」
「ずるくないよ。私だっていろいろあるよ。だから明日の朝は、雨が降っても槍が降っても六時に帰る」
「何さ、槍が降るって。この路地裏には雨や血は降るけど、槍は降らないよ」
 ランは、ヒエンのおかしないいまわしを茶化した。
 路地でまた狼のような犬が吠えた。単調で執拗な吠え方。いつまでも吠え続ける犬のせわしない声を聞きながら、本当に明日の朝は槍が降るかもしれないな、とランは心配になった。


           第二章  レー・ヒエンの死

             九月十七日(土曜日)
                1
 翌朝、槍のような鋭い雨が来た。トタン屋根を騒々しく叩く雨音を子守歌に、ランはほっとした気分で眠りを貪っていた。今日は学校がないから、こんな雨の朝はいつまでも寝ていたいのだ。
 ふと目を開けると、臙脂色のカーテンを背に、ヒエンが薄暗い中に立っていた。
「ラン、私、帰るよ」
 ランは再び目を閉じる。ヒエンがランの肩を揺する。
「ねえ、ラン。私、帰る。叔母さんはまだ寝ているから、出られないよ。起きて錠前を開けてよ」
「ダムセン公園に行こうよ」
 ランが寝ぼけ声を洩らす。
「ラン、起きて。私、帰れないじゃない」
 ヒエンは仕方なく背中からランの腋の下に両手をあてて、よいしょっ、と抱き起こした。ランはふらつく足で立ちあがったが、頭はそれでもまだ半分眠りに沈んでいた。
「本当に寝起きが悪いんだから、ランは」
「はい。起きます、起きます」
 ようやくランは、壁に手をあてて階段をふらふら降りていった。居間から叔母さんの大きないびきが聞こえてくる。
「私、低血圧気味なの。だから朝は本当に苦手」
 言い訳しながら南京錠を開けた。陰鬱な空から激しい雨が吹きつけ、さっと顔を濡らす。それで本当に目が覚めた。
覚めた目で見ると、排水の悪い路地はすでに氾濫状態だった。
「もう少し待った方がいいよ。これじゃあ、大通りに出るまでに腰までずぶ濡れになっちゃうよ。ねえ、ヒエン、あと一時間待ったら?」
「約束があるの。だから、帰る。ラン、悪いけど、傘貸してくれる?」
 ランは仕方なく傘を取って来た。
 ヒエンはジーンズをしっかりまくりあげて、赤い傘を開き、路地の濁流の中に細い足を入れた。上から流れてきた紙屑がすばやく膝にからむ。
「ラン、夜遅く来てごめんね。今度は夕方来るよ。ランはいつも私にやさしかったね。いつも心の中で、ありがとう、っていってたよ」
 そういい終えると、ヒエンは背中を向けた。大きな傘に、体が隠れる。濁流に流されそうによろよろと狭い路地を歩いて、やがて光の薄い角を曲がって消えた。
 ランはヒエンの言葉に心細い思いを向けたまま、雨水のせりあがる門口に立ちつくしていた。大きな目が見開かれている。

               2
 前半の八十分の授業が終わって、二十分の休憩時間だった。渡辺玲子は中学二年の教室の前に立って、グランドをぼんやり眺めていた。吹きさらしの二階の廊下から見るグランドは、朝の光がまぶしくはじけている。第一区は今朝大雨が降ったが、市内から十キロ離れた南サイゴンに雨はなかった。グランドが濡れた形跡はない。
最近になってようやく熱帯のあふれる光に慣れて、玲子はほっとしていた。ふり返れば、最初の二ヵ月は最悪だった。西日の入る部屋でエアコンをつけても、机に置いた腕の下に自然に汗がにじんで、日がすっぽり暮れるまでほとんど役に立たなかった。雨季前の四月・五月が一年で一番暑い時期と知ったのは、連日の暗い雨に打たれ始めてからである。
 熱気に体がなじんできた玲子は、土曜日も日本人学校にやって来て、その校舎を使ったホーチミン市補習授業校で、中学二年生と三年生に数学を教えていた。
 海外の大都市には、日本人子女のための日本人学校がある。しかし街の規模、
あるいは日本人子女の数によっては、派遣教師による日本人学校を開設することなく、小規模な補習授業校を設置してすます場合がある。日本人学校と同様に、補習授業校も小学部から中学部までの九学年、九クラスで構成されている。父母の要請でホーチミン市に補習授業校が開校されたのは、日本人学校より三年早かった。
 生徒たちは、平日はインターナショナル・スクールなどに通学し、週に一回、土曜日の午前中だけ国語と算数・数学を習いに、遠い南サイゴンの原野に通ってくる。補習授業校も総領事館や商工会の支援を受け、教科書も日本の義務教育用のものを使っているが、日本人学校のように教師が派遣されるわけではない。現地調達なのだ。といって現地で調達できる正式に免許を持つ日本人には限りがあり、実際に教えているのは、ほとんどがホーチミン市に住む無資格の若者たちだった。
九人いる教師の中で教員免許を持っているのは、玲子ともう一人、日本の小学校を退職し、夫の仕事の関係でベトナムにやって来た主婦だけである。他は、大学を出ているというのが唯一の資格といえた。半日で六十ドルの高額な手当てになる。とはいっても、それだけで暮らしていくのは難しく、平日は日本語学校でベトナム人に日本語を教えたり、ホテルの受付でアルバイトをしたり、ツアー添乗の真似事をしたりと、さまざまな仕事に就いている。若い教師たちは普通の家に下宿して長期滞在していることが多いから、ベトナム人でにぎわう安い食堂や飲み屋をたくさん知っている。それにたいていの教師がベトナム語を上手に話すのは、玲子には驚きだった。日本人学校の同僚たちが手入れの行き届いた庭園に咲く花だとすれば、補習授業校の教師たちは荒れ野にはびこる雑草のようなものといってよい。玲子が憧れに似た思いを持つこともしばしばだった。
廊下の手すりに体を預けて暑い空気にさらされながら、いつか補習授業校の教師を誘って、ベトナム人に人気の裏町の食堂で、普通のベトナム人のように、地元料理を食べてみたい、玲子はひそかにそう考えていた。
 時計を見ると、あと五分で後半の授業がはじまる。週に一回だから、名前と顔が一致しない生徒もいたが、後半は中学二年生六人に一次関数を教える。生徒たちの嫌がる顔が浮かんで、玲子は思わずほほ笑んでいた。
 そのとき、ひときわ強い風がグランドを走った。グランドの左手向こうの木の下で、緑色の何かが翻ったように見えた。玲子は目を凝らす。緑の下に白い何かがあって、それがまたも風で動いた。何だろう、と首を伸ばす。遠く、しかも木陰になっているから、はっきりしない。
 玲子はふと胸騒ぎがして、廊下を歩く中学三年生をつかまえた。
「ねえ、グランドの隅っこに、何か見えない?」
 東南アジアで生まれてそのままこちらで暮らしをしている男子生徒は、手すりから上半身を乗り出して、玲子の指先の向こうに視線を向けた。
「よくわからないけど、人間のように見えるよ」
「人間!」
 玲子は声をあげた。急に禍々しい光景が、ドアが観音開きで開くように目の前に広がった。まさか、と唇を噛む。
「本当に人間?」
「まちがっているかもしれないけど、何か、木の下で人間が昼寝しているように見えるな」
「ちょっと来て」
 玲子はそう命じると、足をもつれさせながら階段を駆け降りた。男子生徒も続く。
 陽射しの強いグランドを突き抜けた。足は早い方ではないが、それでも玲子は中学生を置き去りにして、どっと吹き出る汗を感じながら身がばらけるように走った。玲子の中に何があったかわからない。しかし、何かがまたはじまる、という強い思いが突きあげてきた。
 グランドの外れに近づくと、足をゆるめる。もう走る必要はなかった。木陰に倒れている者の姿が、はっきり見えてきたのだ。ヒエンだった。ヒエンは、白いシャツに薄緑のジャケットを着て、清潔なジーンズに包まれた長い足を真っ直ぐ伸ばして、仰向けに倒れているのだ。
 玲子はヒエンのそばに身を屈めて、震える手で、色を失って紙のようになった頬を触った。頬は陽射しに焼かれてほんのり暖かかったが、じっと手を置いていると、やがて掌が冷たい氷をにぎるように冷えてきた。
 玲子はふり返って、歩いてくる中学生に大声で叫んだ。
「来ないで! 近寄らないで! すぐに先生を呼んで来て!」
 玲子の気迫に、中学生は一瞬怯えた表情を見せてから、踵を返し、絶海の孤島のようにたたずむ校舎に向かって走りだした。
 玲子はしゃがんで、ヒエンの冷たい頬を撫でた。死後硬直はまだはじまっていないのか、それともすでに終わったのか、瞼を閉じた顔はいじらしいほど安らかで、まるで眠っているようにみえた。
「先生、よく寝たよ」
といいながら、今にもゆらりと柔らかい体を起こしそうだった。
 こんなに若いヒエンが死ぬはずはない。そうでなければ、いくら何でも悲し過ぎるだろう。
 玲子の胸に悲痛な思いが猛烈な勢いでこみあげてきた。嗚咽が喉からどっとあふれ出た。補習授業校の教師がやって来たとき、玲子はヒエンの冷たい体に手をあてたまま慟哭していた。
 長身の若い教師が玲子のそばに呆然と立ち、小声でつぶやいた。
「レー・ヒエンがどうしてこんな所に……」
 
 補習授業校の後半の授業は中止され、すぐに日本人学校の校長や関係職員、公安などに連絡が取られた。今日、和代と麻里を病院に連れて行こうと考えていた榊原は、マンションの二人に気持ちを残しながら、通訳として狩り出されたのだ。
榊原はジープでやって来たニャムたちと、グランドに向かって進む。雲一つない真っ青な空をにらみながら、ニャムが悪態つくようにいう。
「せめて朝のうちにこちらも雨でも降ってくれればよかったのだ。こんな強い陽射しにあたれば、死体の腐敗も早く進み、遺体を検分しても正確な死亡時刻を割り出すのが難しくなる」
 急ぎ足でニャムは歩く。榊原は、ヒエンを見るのに、気が進まなかった。むしろ怖かった。真由美の遺体だけで十分である。一週間に二体も、親しい者の亡骸を見ることはないのだ。焼けつくような光とは裏腹に、体の芯が冷たく冷えていくようだった。
 グランドの隅の木陰で、玲子はヒエンのそばにしゃがみこんでいた。発見して三十分は経過している。振り向いた目が真っ赤に爛れて、急激にやつれたように見える。玲子は力なく立ちあがった。
 ニャムは玲子を無視して、ヒエンに濃密な視線を落とした。長い髪を払って、前頭部の陥没を見る。ジャケットを広げて、白いシャツの襟もとを確認する。それから草がまばらに生えた地面をしばらく注視し、肩の辺りの土を手に取る。ひと呼吸置いて、指の間から乾いた土をこぼし、両手を払い、草色の制服の胸ポケットから煙草を取り出して火をつけた。
 ニャムが玲子に視線を移す。
「あなたが発見したのか」
 戸惑う玲子の代わりに、榊原が答えた。
「そのようです。渡辺玲子先生といいます」
 榊原が小声で紹介したとたん、ぐらりと体が揺らぎ、頭痛が激しくなった。
 玲子は恨めしそうにニャムを見つめている。
一緒に来た公安の部下たちが写真を撮ったり、指紋や血痕の採取をはじめた。校舎を抜けて、病院関係者と思われる白衣の男たちがタンカーを持って走って来る。二階の廊下では、補習授業校の教師たちが、公安を取り囲むようにして事情を説明していた。
 ニャムは顎をふって校舎の方向を示した。風で乱れる髪を掻きあげながら、玲子は小さくうなずいた。
 白衣の男たちとすれちがいながら、
「校長室を貸してほしい」
 ニャムが、動揺を隠せない榊原にいって、煙草をグランドに投げ捨てた。
 校長室では、痩せた柿本校長が頭をかかえていた。教頭も蒼ざめた顔で椅子に座っている。榊原たちが入ると、校長が力なく長椅子を勧めた。
 ニャムは長椅子に座ると帽子を取って、汗に濡れた半白の髪を指で撫であげた。そして玲子に、ヒエンを発見した状況を話すように求めた。榊原が通訳する。
 タクシーを相乗りして、補習授業校の教師たちが集まるのがだいたい八時。十五分に朝の打ち合わせ。前半の授業は九時から十時二十分までの八十分で、それから二十分の休憩時間。その休憩時間に発見した、と玲子は説明した。
 ニャムは軽くうなずいて聞いていたが、玲子の話には特別関心を払わなかった。すぐに校長に顔を向ける。
「ここの夜間のセキュリティーはどうなっている」
 校長に促されて、教頭が頭をせわしなく動かしながら次のように答えた。警備は日系の警備会社に依頼していて、正門横の警備所に警備員が二十四時間常駐している。警備員の仕事は、不審者が校舎内に入りこまないように警戒することが主眼であり、ヒエンの発見されたグランドは主な警備対象になっていない。夜間の巡回時には当然目を向けるが、注意が充分に行き届いているとはいい難く、四周の塀は大人の背丈より少し高い程度だから、ヒエンを連れこむことは簡単にできよう。現場と警備所とは校舎をはさんで反対側にあるから、たとえグランドの隅で殺害があっても、警備員に気づかれる可能性はない、と思われる。
 榊原は、教頭の言葉をそのまま通訳したが、軽率に口にされた「殺害」という言葉に強い抵抗を覚えた。なぜヒエンが殺されなければならないのか。ヒエンが殺される理由など何もないのだ。
 ニャムが難しい顔を作る。
「まだあの娘が殺されたという結論は出ていない。頭を強く打っているようだが、解剖所見を見るまでは何ともいえない」
 ニャムの言葉に、榊原は通訳を忘れた。
「じゃあ、ヒエンは事故死ということもあるのか」
「その可能性は拭えないが、いずれにしろ人の手が加わっているのはまちがいない。地面に血の痕跡がないし、白いシャツにも血の付着がない。そのうえ前頭部の傷口も、きれいに拭われている。あの娘はどこかで死んで、誰かがシャツを着がえさせて、故意に日本人学校の敷地内に棄てたというのが正しかろう。こちらは、死体遺棄という犯罪を構成している」
「じゃあ、いつ運ばれたのか」
 榊原の勢いに、ニャムは苦笑する。
「死亡時刻がわからないから、当然運ばれた時刻もわからない。もし南サイゴンに大雨が降っていれば、地面の濡れ具合から少しは犯行時を狭めることができようが、今のところその特定は無理だろう。これから解剖して調べることになるが、この暑さだから推定時刻は大きな幅を取ることになろうな」
 校長が榊原をせかす。
「何の話をしているのだね。教えてくれないか」
 榊原が説明すると、校長はふいに立ちあがって、校長室をうろうろ歩いた。それから疲労困憊したように席に着いた。
 教頭が鼠の鳴くような声をあげる。
「犯人は日本人学校に恨みでも持っているのかね。ここで死んだのじゃないなら、何も学校の敷地内に遺体を運ぶことはないじゃないか」
 榊原も確かにその通りだと思ったが、通訳はしなかった。
 ニャムが、険しい目つきで玲子を見つめる。
「ところで、あの娘が殺されたと仮定した場合、先生は何か心当たりはないだろうか」
 ニャムの問いかけに、玲子は訴えるようにいった。
「ヒエンはとてもやさしい子です。人に恨まれて殺されるなんて、私には考えられません」
 榊原の通訳をきいて、ニャムは鼻で笑った。
「いつでも誰でも、同じことしかいわない。まるでその常套句を単語登録して、キーを叩いたみたいだな。恨まれて殺されたのかどうか知らないが、はっきりしているのはあの子が死んで、その死体がグランドに棄てられていたという事実だ。これには何かある。何もない立派な娘が、こんな所で朝早く死体で発見されることはない」
 榊原は差しさわりのない言葉に直して玲子に伝えた。しかし玲子はニャムの侮蔑を強く感じ取ったようで、唇を噛んで榊原の通訳に不信の目を向けた。
 それからニャムはヒエンの日常や家庭のことをきいた。担任になったばかりの玲子には答えに窮する質問も多かったが、むしろ投げやりに見えるほど一つ一つ冷静に、ぶっきらぼうに答えた。自分から質問することはなかった。
 急に正門ににぎやかなエンジン音がした。玲子がちらりと視線を向けると、旧式のホンダカブに乗ったランが見えた。玲子ははじかれたように身を起こし、あわてて校長室を飛び出した。
 バイクを停めてランが玄関に走りこんで来たのと、玲子が玄関に辿り着いたのは、ほとんど同時だった。ランはそのまま玲子の胸の中に飛びこんで、顔を埋めて声を殺して泣いた。
 ラン、ラン、と名前を繰り返しながら、玲子はランの背中を撫でるしかなかた。
「先生、ヒエンは死んじゃったの?」
 ランが涙にむせぶようにきく。
 玲子はむしろ自分にいいきかすように、しっかりうなずいて、
「ヒエンは、きれいで、とても安らかな顔をしてたよ」
 といって、肩を強く抱き寄せた。ランはもがくように体を動かして泣く。
 いつまでも泣きやまないランの手を取って、玲子はグランドに出た。光あふれるグランドの遠い片隅で、公安がヒエンの体に屈みこんでいた。検視はまだ終わっていないのだ。そばに病院関係者が突っ立っているのが見える。
 ランの足が地面に根づきそうなのを引きずって、現場に向かった。ランは見なければならない、ランは自分の目で確認しなければならない、玲子はそう考えていた。同時に、ランの取り乱した様子を見て、玲子の中に落ちつきがもどってきた。
玲子が歩きながら静かにたずねる。
「ヒエンが亡くなったこと、どうしてわかったの?」
 ランは鼻声で途切れ途切れに答えた。
「誰でも知っています。補習授業校の生徒に、六年生の岩崎君の妹がいます。妹を迎えに来たお母さんが、ヒエンが亡くなったことを知って、車の中から連絡網で流したのです」
 岩崎荘太の母親も知りたがり屋の一人だった。知ったことをあちこち放送して歩くのが仕事のような、迷惑な母親だった。
「電話をもらってから、私、いても立ってもいられなくなったんです」
 グランドの外れに辿り着くと、ランは公安の肩越しに恐る恐る首を伸ばした。玲子も顔を向ける。ヒエンの白い頬に紫色の斑点がひとつあった。熱い光にさらされて、死斑が浮き出てきたのだろうか。
 ランは玲子の胸に顔を埋めて、再び身を震わせ、しゃくりあげるように泣いた。そして不明瞭な声でつぶやいたのだ。
「今朝はあんなに元気だったのに。ヒエンは、赤い傘さして、笑っていたのに」
 玲子はランの肩を両手でぐいっと押しもどす。そしてびしょ濡れの子犬のようなランの瞳をのぞきこんだ。
「どういうこと、ラン。もう少しきちんと説明して」
 ランは怯えたように玲子を見あげた。
「ヒエンは昨日の夜遅く私の家にやって来て、泊まっていったんです。そして、七時に約束があるといって、今朝六時に雨の中を帰って行きました」
 玲子は吃驚した。ヒエンは今朝六時には生きていた。それから八時までの二時間で亡くなったのだ。
「ラン、六時に帰ったのはまちがいないの?」
「まちがいないです。時計もそうだったし、それに空も明るくなりはじめたところだった」
「ちょっとおいで」
 玲子は手を取り、よろめくようなランを引きずって校舎に向かった。ランが、叱られた子供のように聞き取り難い声でいう。
「でも、ちがう。あのヒエンはどこかおかしいよ」
 あわてて校長室に飛びこんだ。戸口に立つ玲子の緊迫した表情を見て、ニャムが腰をあげた。
 玲子は横に立つランを一瞥してから、
「ヒエンは今朝六時まで、ランの家にいました。六時までは生きていました」
 ニャムが榊原を見る。あわてて通訳すると、ニャムの目に光が射した。ニャムは、怯えているランにベトナム語で何かいった。ランもベトナム語で答える。
 ニャムは部屋の隅に立てかけてあるパイプ椅子を自分で取りに行き、開いて、ランを座らせ、腰を屈めて、真剣な表情で質問を浴びせかけた。
 ベトナム語の質問も答えも、四人の日本人にはわからない。しかしニャムは英語にもどそうとしなかった。
 当惑している四人にニャムが顔を向けたのは、十分ほど経過してからのことだった。
「この子は信頼できる証人だ。いろいろ重要な情報があった」
 ニャムは立ちあがって帽子をかぶると、また何かあれば署の方に呼び出すことになろう、と補足して出て行った。
 ドアが閉まると、玲子はランの肩に両手を置いた。
「ニャムさんにどのような話をしたのか、教えて。ヒエンが亡くなったことが、私は悔しくて仕方ないの。どうしてヒエンのようなよい子が、しかもあんなに若くして死ななければならないのよ」
 玲子は心の整理がつかないまま、こぶりの赤い唇をぎゅっと噛んだ。目に涙が薄く広がる。見あげるランの目も濡れている。
 そのとき救急車のサイレンが聞こえてきた。窓に顔を向けると、救急車が赤色灯を回転させながら、ちょうど正門を抜けて行くところだった。ヒエンが解剖のために病院に運ばれるのだ。
 正門の前で、やってきたシルバーのカムリが急ブレーキかけて方向転換し、救急車を追いかけた。スモークがかかっていて中は見えないが、家庭訪問に行った際に庭で見た車もシルバーのカムリだった。
 玲子の瞳にまた涙がほとばしる。運ばれた病院で、ヒエンの体が冷たいメスで切り開かれるのだ。二重の屈辱に思えた。
    
               3
昼食を食べ終えたら、すでに三時をまわっていた。カーテンを小さく開けて外を見ると、黄色い太陽が中空でじりじり焼けていた。エアコンは最低の十七度に設定していたが、直接冷風の届かない部屋の隅では、空気が熱い層をなしていた。
 玲子はシンクに投げこんだ食器や鍋をそのままに、かしこまって椅子に座るランに冷えたお茶を運んだ。
「先生、本当に食器洗わなくていいですか。家でいつもやってますから、だいじょうぶですよ」
「いいの。今日のランはお客さまなの。気にしなくていいよ」
 玲子も、冷えたお茶を手にテーブルに向かい合って座った。
玲子は、すっかり動転しているランをタクシーで自分のマンションに連れて来たのだ。そのままバイクで帰すのは危険過ぎると判断したからである。ランのカブは、警備員に頼んで日本人学校の前庭に預けてある。
 玲子はランと近くのコープマートに出かけて、ノルウェー産の冷凍サバを買って来た。脂の乗った大きなサバである。ヌックマム(魚醤)でサバを煮るのは抵抗があったから、小さく輪切りにして油で炒めた。ランがマンゴーを小さく切って、人参との和物を作った。マンゴーのにおいがきつく、玲子には珍妙な味だったが、これがベトナム風かと考えた。他に小さな惣菜を二つ作った。いろいろ作ったくせに食欲がないというランを叱りつけて、無理に食べさせた。玲子も胃がチクチク痛んだが、少しずつ口に押しこんだ。
 お茶を飲みながら、ランが沈んだ声できく。
「先生は、いつもこうやって料理を作っているんですか」
「たいていね。でもたまには外食するわよ。だって誰も遊びに来ないから、一人で食べてもおいしくないじゃない」
「一緒に食事する人はいないんですか」
「痛い質問をズバリとするのね。いませんよ」
「日本にもいないんですか」
 玲子は困ったような微笑を浮かべた。
「日本にはいます。でも、せっかく料理を作っても、日本まで運ぶわけにはいかないじゃない」
「遠距離恋愛か。カッコいいですね」
「カッコよくないわよ。バカな私が勝手に遠距離にしているだけ。こちらに来るまで、自分がさびしがり屋さんだなんて、ちっとも考えてなくてね、二年や三年ならだいじょうぶと思っていたの。でも、たった六カ月なのに、これで結構さびしがってるのよ」
 玲子は自嘲気味に笑う。
 ランがうつむく。
「私も似たようなものかな。私はベトナム人だけど、日本で生まれて日本で育っているから、やっぱり日本がなつかしい。おまけに仲のよいヒエンまで、あんなことになってしまったから、明後日から学校に行くのがつらいです」
 玲子は極力ヒエンの話はしないようにしていたが、ランはすぐに話の端々をヒエンと結びつける。そしてすぐに目を潤ませるのだ。
「ヒエンは今朝別れるときに、まるで自分が死ぬのがわかっていたみたいに、大雨の中、赤い傘をさして、悲しそうな顔で、私にいろいろありがとう、っていったの。これまでの親切に感謝している、ともいったよ。雨の中のヒエンは、なんだかとてもさびしそうだった。私が貸してあげた傘は、亡くなった場所にまだ置いてあるのかもしれないですね。急にあの傘がヒエンの形見のように思えてきました」
 玲子はお茶をゆっくり飲む。
「ランはいつか自分には霊感があるといったよね。それじゃあ、今朝はその霊感がヒエンに移ったみたいじゃない」
 ランはぎこちなく二度うなずいてから、
「昨日、先生とグランドでお話しましたよね。あのあと、校舎に帰るときに、ヒエンが二階の廊下の手すりにもたれて、じっと私を見おろしていたのが見えたんです。そのとき、ほんの一瞬だったけど、ヒエンが紙切れのように炎に包まれて、燃えたように見えたんです。だから何かよくないことが起きると、昨日はとても心配だったんです。でも何もなくて、おまけに夜中に泊まりにきたヒエンにも、そんな兆候はちっともなかったから、すっかり安心していました。だから私はどうしていいかわからないんです。ヒエンは七時に約束があるといって帰ったけど、誰に会いに行ったんだろう。無理してでも引きとめればよかったって、自分に腹がたつんです」
「引きとめても、自分の意志で行こうとするときはとまらないものよ」
 と玲子は、海外日本人学校に応募したときの自分を思い出しながらいった。誰も、あのときの自分をとめることはできなかったのだ。
「それにたとえ一時的に引きとめることができても、ヒエンはきっと隠れて出かけたと思うわよ。だって土曜朝の七時の約束なんて、どう考えても変だもの」
 ランは冷たいお茶を飲み干した。
「もう一杯飲む?」
 軽く首をふって断る。
「先生、ヒエンはどうやって死んだのかな。もうわかったのかな。ヒエンの死が事故であってもそうでなくても、きっと今朝会った人が、ヒエンを大急ぎで学校に運んだんだよね。でも、最大で二時間しかない。
私の家を出たのが六時、補習授業校の先生方が集まるのが八時すぎ。その二時間で実行するのは大変だったと思う。だって、私の家と学校まで十五キロ離れているよね。ヒエンが死んだことを連絡網で聞いて、暴走バイクのように信号を無視して突っ走っても、二十分かかったもの。通学する送迎バスでは、たいてい四十分かかる。だから、移動には最低でも三十分見ておかないといけないですよね。だから、ヒエンが誰かと会ったのが市内なら、実際は三十分しかないことになる。
その三十分で、ヒエンを白いシャツに着がえさせて、学校に運び、肩にかついであの塀をよじのぼって、誰にも気づかれないように木陰の下に寝かす。そんなの絶対無理だし、ヒエンと誰かが私の家を出てすぐに会ったとしても、浮いた一時間半ではぎりぎりだと思うの。補習授業校の先生がもし早めに来ていたら、どうするつもりだったんだろう」
「ラン、そのことは私も引っかかっているの。ヒエンが朝の六時まで生きていたのなら、これには神業的な手ぎわのよさが求められるよね。でも、そんな無理してまで、学校の敷地に運ぶ必要なんかないんじゃないの、普通。八巻先生のようにサイゴン川でもいいし、どこか人目につかない所に置いてくればいいはずよね」
「じゃあ、ヒエンはどうしてあんな所に・・・・・・」
 と、いいかけて、ランは途中で言葉を切った。
 玲子の頭の中でかちんと何かがはじけた。
「ラン、今の言葉、もう一度いって」
 ランはきょとんとして、
「ヒエンはどうしてあんな所に……ですか?」
 この言葉、どこかで聞いたことがある。頭に片手を当てて考えた。誰だろう。誰かが今日同じことをいった。多くの人が同じことをあちこちでいうから、ランの口にした言葉自体、特別変わった内容ではない。しかしその言葉がなぜか、頭の芯に埋めこまれているのだ。ヒエンに関することだから学校の誰かにちがいない。榊原先生だろうか、校長だろうか。いや、ちがう。もっと前だ。
「レー・ヒエンがどうしてこんな所に……」
 突然思い出した。ヒエンを発見して身をよじって泣いていたとき、補習授業校の若い教師がやって来て、そんな言葉をぼそりとつぶやいたのだ。そしてそれが慟哭する玲子の心に棘のように突き刺さったのだった。
 しかしなぜ、補習授業校の教師がヒエンを知っているのだろう。あの教師は皆川といって、顔に卑しい笑いを隠し持つ二十代の男だった。あちこちの日本語学校で教えていると聞いたことがあるが、ヒエンは日本語学校に通う必要はない。むしろヒエンが皆川の日本語教師というのなら、何となく納得してしまいそうなほどできの悪い男だった。その皆川がなぜ関係のない日本人学校の生徒の名前を知っているのか。ヒエンといっただけではない。レー、と苗字まできちんと口にしたのだ。来週の土曜日、皆川にきいてみなければならない、そう強く心に刻んだ。
「先生はヒエンのお通夜に行きますよね」
 ランの質問に、玲子は我に返ったように答えた。
「もちろんよ。今日の夕方にでも顔を出そうと考えている」
「夕方までに、ヒエン、家に帰ってきてるかな」
「わからないけど、きっとだいじょうぶ。でも、それがどっちであっても、今日のうちに顔出そうと思っているよ」
「じゃあ、そのとき、私も一緒に行っていいですか」
 玲子は顔に薄膜のような笑顔を乗せた。
「実はね、私もお通夜って苦手なの。教師だから、担任の生徒の家族が亡くなったときに、お通夜とかお葬式に行くじゃない。息がつまるようで、正直いうと居心地悪いの。でも、これまで生徒が亡くなったことはなかったから、それでもまだ余裕があったけど、今度はヒエンでしょう。一人で行ったら取り乱さないという自信がないの。私もランに一緒に来てほしい。ヒエンのお爺ちゃんが悲しそうにしているのを見るのは、つらいの」
「だったら、あと二時間ほど、ここにいていいですか。そして六時に出かけましょう。その間、先生はお仕事していてください。昨日の夜、ヒエンと遅くまで話していてあまり寝てないので、私、ちょっと休みたいです。図々しいかな」
「かまわないわよ。別に仕事はないけど、ランは昼寝した方がいいわ。私は日本人だから昼寝の習慣はないけど、最近午後の暑さに昼寝の必要性を感じているのよ」
「私だって日本人です。国籍だけじゃなく、考え方も、昼寝しないのも。でも、今は少し休ませてください」
 ランは、薄い水色の毛布を腹にかけてタイル床に横になった。
玲子はぼんやりお茶を飲む。日本ではコーヒー党で、お茶を飲むのを何となく年寄りくさいと考えていたが、ベトナムにきて色々なお茶を試しているうちに、すっかりお茶党になってしまった。ゴーヤ(苦瓜)茶には閉口したが、アティソー(百合花)茶は好みである。玲子は、大きなペットボトルに多種類のお茶を入れて冷蔵庫で冷やしているが、お茶を飲む自分が何だかお婆ちゃんみたいだな、と思っておかしい。
 ランはすぐに軽い寝息をかきはじめた。どこでもいつでも昼寝できるのはベトナム人の特徴だ、と何かで読んだことがある。ランの寝息を聞きながら、この子はやっぱりベトナムの子だ、勝手にそう判断した。

 夕方、サイゴン川に日の落ちた頃、玲子とランはタクシーでヒエンの家に向かった。家の前には立派な車がたくさん停まっていた。中に入ると、白い頭巾で頭をおおい、葬礼用の白い麻服を着た老人が、打ちひしがれた顔で二人を迎えた。
すでにヒエンの遺体はもどっていたが、僧の姿はないし、日本で見るような祭壇もない。その代わりにトランペットやトロンボーンを手にした十人ほどの楽団がいて、それぞれが調律していた。
人々が忙しそうに動きまわる広間で戸惑っている二人を、老人が案内して奥の部屋に導いた。中央にニスで光沢を浮かばせた立派な柩があり、蓋が外されていた。老人は、ヒエンに別れを告げるように指示した。
 柩に手をあててのぞきこむと、米殻の敷かれた中に、ドライアイスに囲まれて白い衣裳のヒエンが横たわっていた。ヒエンは両手を組み、その手は紐で固く縛られている。両足首も紐で巻かれているが、表情が安らかで、玲子にはやはり眠っているようにしか見えない。艶のある黒髪が頬と首筋を伝って、胸もとまで垂れ、監察医によって解剖されたとしても、縫い目は髪に隠されてどことも知れなかった。
 薄化粧で死斑を隠した頬に、玲子はそっと指を伸ばす。指先に氷の感触があった。ランが、玲子の手をにぎって嗚咽する。そばに立つ老人も目頭を拭う。
 やがてランは、最後の別れを告げて立ちあがる。老人が手を軽く動かして、居間にもどるようにうながした。
部屋を出るとき、玲子はこれを最後とふり返った。柩だけが見える。もう会うことはない。ヒエンは、玲子の知らない場所に永遠に消えてしまうのだ。
 居間で、老人がヒエンの父親を紹介した。肩幅ががっしりと広く、物腰に上品なにおいのする男だった。
 ヒエンの父は赤い目を細めて、日本語で玲子に謝辞を述べた。
「これまで娘をかわいがっていただき、心より感謝しております。このようなことになってしまいましたが、学校でよい先生やよい生徒さんに巡り会えて、短いながらも幸せな人生だったと確信しています。わざわざお別れに来ていただいて、本人もさぞよろこんでいることでしょう」
 上手な日本語だった。発音にも抑揚にも、ベトナム人特有の癖がない。独学でここまで話せるとしたら、そうとうな才能である。
 玲子は、父親の丁重な言葉に恐縮して、深く頭をさげてお悔やみを述べた。
「ヒエンはとてもやさしくて、さわやかな子でした。どうしてこんなよい子が死に急ぐのか、そう考えると悲しくて仕方ありません」
 そばに立っていた老人は、玲子の言葉をうなずきながら聞いていた。ヒエンはよい子だといったとき、老人の目から涙がこぼれた。まるで玲子の日本語を理解しているかのようだった。
 突然広間からトランペットの軽快な音が聞こえてきた。他の金管楽器も従い、太鼓の乱打まで広い家で爆発した。楽しく笑って送り出そうということだろうが、玲子には違和感があった。二人は、音楽を背中にヒエンの家を辞去した。
 門を出たとき、柿本校長のベンツがやって来て薄暗い中に停まった。校長と教頭が車を降りて、玲子を呼び寄せる。二人は玲子同様に、奥から届くけたたましい演奏に戸惑いを見せていた。
問われるまま中の様子を伝えてから、話の終わりに逆にきいた。
「検視の結果、わかりましたか」
 汗かきの校長は、しきりに額の汗を払いながら、
「榊原先生に電話できいてもらったよ。ニャムさんのいうには、やはり事故死か事件かの判定は難しいらしいね。頭を強く打って前頭部に陥没はあるが、直接の死因は首の骨がねじれたせいみたいだった。しかし遺体が日本人学校に遺棄されていたのだから、一応は事件という方向で捜査を進める方針らしいよ。ただ一つ、死亡推定時刻は、監察医の判定では、どう甘く考えても、昨夜九時から午前四時頃までだろう、ということだった。ランの証言のように、朝の六時まで生きていた人間の、遺体の状態ではないらしいんだ。それでも遺体の置かれた環境によってはありうるかもしれない、という線で監察医もしぶしぶ同意したようだがね」
 教頭は校長の話にしきりに首を動かしていた。それから二人は自信なさそうに、にぎやかな門の中に入って行った。
 二人のうしろ姿を見送りながら、ランがぽつりという。
「先生、やはりヒエンのお爺ちゃんは日本語がわかると思う。先生のいった『さわやか』を『かわいい(コー・ユン)』って訳したら、お爺ちゃんは小さく首をふったの。人柄が『さわやか』って意味のベトナム語を思いつかなかったので、無理にそう訳したんだけどね」
 玲子は何もいわず口を固く結んだ。

              4
 昼過ぎに学校から帰り、和代と麻里を病院に連れて行こうとしたら、和代が激しく抵抗した。神経は逆立っているが狂ってはいない、薬局から安定剤を買ってすでに飲んでいる、と訴えたのだ。和代が目を尖らせて、今日の深夜便で帰国するといいだしたのは、日がすっかり沈んでからであった。
 あまりにも急なことに、榊原は混乱した。
「だめだ。ニャムさんとの約束だ。帰ってはいけない。犯人があがるまでは、ベトナムにいなければならないんだ」
 榊原の叫びをばかにするように、和代は唇に冷笑を載せた。
「あなたは、麻里がどうなってもかまわないの。私がいうのもおかしいけれど、麻里は明らかに変よ。すぐに日本に連れて帰って医者に見せる必要があると、私、ずっと前から思ってた。死んだ者たちのために、明日がある麻里がここで腐ってよい理由なんてないじゃない。それともあんたが麻里と帰る?」
「そんなこと、できるわけない」
 力なく反対すると、和代は勝ち誇ったように笑った。
「じゃあ、私が帰るしかないわね。あんたはここでニャムさんなり他の女の先生なりと仲よくやればいいのよ。今夜の切符は朝のうちに取ってるから、明朝は関空で久しぶりに清々しい息をしているはずよ」
「しかし、公安から解放されてすぐに帰国したら疑われるだろう。もう少し待てないか」
「待つ必要なんてないわよ。それにね、ニャムさんが私を疑う理由はもうないはずよ」
 それは榊原も同意見だった。真由美とヒエンを殺した犯人が同じであれば、和代は真っ先に容疑者リストから外されるだろう。和代には、いくら何でもヒエンの死体をかついで学校の塀を乗り越える力はない。それに、親族の証言であてにならないにしても、ヒエンの死亡推定時刻には確実に寝室で寝ていたのだ。
 その和代が、ふいに真剣な表情を作って宣告した。
「公安署でもいったけどね、今度という今度は離婚してもらうわね。麻里は私が責任を持って育てるつもり。あなたといると、麻里のきれいな心まで汚れてしまいそうな気がして、私、嫌なの」
 榊原は唇を噛んで、麻里を見つめた。麻里は何を考えているのだろう。積木に心を奪われたその頭には、どのような壮大な塔が築かれているのか。
 和代は、黙する榊原をせせら笑うようにいう。
「正直いうとね。あの夜、私は確かにリバーサイドホテルに向かったの。ニャムさんにはとっくに話しているわ。だから、ずっと家にいたわけじゃない。そこで偶然川沿いを歩く八巻を発見したのよ。その八巻を追っていたのは、本当は白い服の娘だけじゃなかった。黒いシャツもいたのよ。黒いシャツ。心当たりない?」
 榊原は混乱した。真由美が殺された夜に、自分は確かに黒いシャツを着ていた。
「おれを疑っているのか」
「嫉妬のあまり意味もなく疑うようなことを私がすると思う? その値打ちすらないわよ。八巻やヒエンが誰に殺されようと、今の私にはまったく関心ないわ。私が関心を持ち責任を感じるのは、麻里だけ」
 それから和代は急にふんわり笑った。
「そうそう、もう少し待ってなさい。今に血に濡れて赤黒くなった服で、ヒエンの亡霊が現れるから。あんたはヒエンとも仲よしだったから、楽しみだと思うわよ」
 和代は何をいいたいのだろう。ヒエンの亡霊とはいったい何なのか。
 和代は榊原の当惑した顔を無視して、荷物を作りはじめた。箪笥から麻里の子供着や自分の衣服を取り出して、大きなバッグに乱暴につめこんだ。麻里が一時熱中していた百ピースのジグソーパズルはばらばらにしてビニール袋に放りこみ、バッグの隅に押しこんだ。
 和代が黙したまま荷物を作るのを不満げに見ながら、ニャムに問いつめられたら適当にいい逃れしよう、いい逃れできなくてもかまわない、と考えていた。
「わかった。もう引き止めはしない。帰るというのなら帰るがいい。でも、心配だから、君のお父さんに空港に迎えにくるように連絡しておく」
「必要ないわ。あんたが学校に行っている間にとっくに伝えてあるわ。私だって、大きな荷物を転がして、麻里と二人で岡山まで帰るのは大変だって、くらい、わかっているわよ。これからは実家にいると思うけど、あんたが逮捕されたとか、そんな緊急事態でも起こらない限り、今後一切電話しないでよ。あなたの猫撫で声なんか、もう聞きたくないもの。私がいなくなったら、その偽りの声を他の女先生たちに向けるといいわね。私や八巻のようにだまされやすいバカな女もいるはずよ。大人が相手してくれなければ、生徒でもかまわないわよ。ヒエンは死んじゃったけど、ちょっと待てば白い服の若い娘が現れるはずよ。そうそう、あの渡辺玲子とかいう先生、あれもあんたのタイプじゃなかったっけ。それともあんたにタイプなんて、最初からあったのかな」
 榊原はうんざりして沈黙した。
 積木遊びに飽きたのか、麻里が膝に乗ってきた。大きな黒目で榊原の顔を見あげて、目鏡に手を伸ばす。顔をそらすと麻里は、けたけた笑った。口の中に米粒のような歯が見えた。
「そうそう大事なことを忘れてたわ」
 和代が突然、荷詰めの手を休めて妙に明るい声をあげた。
「黒いシャツは、マンションの一階のクリーニング屋に出してあるから、忘れずに取りに行ってね。水洗いしてから持って行ったから、においはついていないと思うわよ」
 頭の中で濁流が勢いよく流れるようだった。別に血に濡れたわけでもないのに、なぜシャツをクリーニングに出す必要があるのか。和代はあの夜、いったい何を見たのか。
 準備を終えると、和代は厚手のスーツに着がえた。日本はもう秋である。ベトナムで着る薄いブラウスでは、関西空港に降り立ったときに寒いと考えたのだろう。和代は麻里にも着がえをさせて、それから片手で抱いた。
「荷物をエレベーターで下におろしてね。空港まで見送りに来ることはないけど、荷物をタクシーに積む程度は、手伝ってくれてもいいと思うわ」
「何も手伝わないといってないよ」
 榊原は腰をあげた。ドアを閉めて、三人でエレベーターに乗りこむと、急に寂寥感に襲われた。和代を抱きしめて部屋に連れもどしたいと考えたが、その衝動にじっと堪えた。

            九月十八日(日曜日)
                1
 電話で起こされた。すでに和代たちは関西空港に着いているはずだから、二人に何かあったのか、とあわてて受話器を取ると、教頭からだった。
「榊原先生。せっかくの日曜日なのに朝早くに電話してすみません。今朝先生宛に八巻先生のお父さんからファックスが入りましてね。六枚のファックスで、申し訳ないですが、最初のページだけ、ちょっと眺めさせていただきました。すると、どうも緊急を要する物のように思えましたので、一応連絡しておこうと、朝早くに電話しました。まだお休みになっていたら、申し訳ありませんでした」
 朝早くといっても、もう十時をまわっている。怪訝な思いで礼をいって、受話器を置いた。真由美の父親がどのようなファックスを送ってきたのだろう。半分眠った頭を叩いても、何も浮かんでこない。部屋には和代の猛毒に似た感情が濃密に漂って、不快だった。ファックスを見に行くのは気晴らしになる、そう考えた。
 マンション前の路上に広げられた露店で、フォー(ベトナム風うどん)を食べてから、タクシーを拾って南サイゴンに向かった。こんな気分の沈んだときこそバイクを飛ばせば快適だろうと考えたが、日本人学校の教師には、安全上の理由でバイク使用は禁止されていた。
 学校前でタクシーを降りると、真夏の光がかっと榊原の背中を焼いた。見あげる空には、雲ひとつなかった。夕方近くに、また猛烈な雨が地面を叩くのだろうか。
 職員室に入ると、日曜日なのに数人の教師が集まっていた。玲子も席について、ボールペンをいじりながら考え事をしている。
 榊原を認めると、教頭が鼠の鳴くような声で遠くから呼びかけた。
「朝早く、ごくろうさまです。ファックスは机上に置いておきました」
 榊原は玲子に軽く挨拶して、疲れたように椅子に座り、ファックスを手に取った。

 榊原岳人様。
 先日はいろいろご案内いただき恐縮に存じます。そちらで荼毘に付しました真由美の遺骨を、今朝、檀那寺に納めたところです。
 家内はまだ真由美の死を受け入れることができず、毎日泣き暮らしておりますが、それで真由美が生き返るものでもございません。真由美も最後にベトナムで暮らすことができて、これも何かの縁と考えております。
 真由美の祖父も、つまり私の父親ですが、やはり若い時期にベトナムにいたことがございます。太平洋戦争の末期でした。父のいたサイゴンは、現在ホーチミン市と名前を変えておりますが、時代は別々であっても、二人が同じ場所で暮らしたことに感無量のものがございます。
 あの時もお話しましたように、真由美を誘拐してお金の要求をした犯人がアンドウと名乗ったことが、やはり気になりました。それで半分は自分の耳を疑いながらも、真由美の通夜のあとで、ダンボールにしまわれた父の遺品を取り出してみたのです。手がかりがあるとすれば、この中だろうと適当に見当つけてのことでした。たいした物は入っておりませんでしたが、その中に古びた大学ノートが一冊ありました。
 私がまだ中学校に通っていた時のことでしたが、ある日、父が勢いこんで帰宅し、サイゴン時代のことを書いてみる、そういって大学ノートに向かったのです。そのノートは残念ながら五ページほどで中断されていましたが、父は二日ほど真剣な顔でノートに向かっていたのを記憶しています。三日坊主にもならない、と母にからかわれながらも、年の割には白くなった頭を掻き掻き、いろいろ思いだしてつらいことだ、父はそんなことをいいました。それきりノートが開かれることはありませんでした。
 私は父の言葉を思い出して苦笑しながら、ノートを読み進むうちに、突然アンドウという名前に出くわしたのです。直観的にそのアンドウこそが、私に電話を寄越したアンドウだと確信しました。正確には安東修一といいます。何かのお役にたつかどうか心もとないのですが、安東修一に関する記述の部分を抜粋して、ファックスで送付します。本来はファックスなどではなくきちんと郵送すべきでしょうが、なにしろ遠い異国のこと、早い方がよろしかろうと考えて失礼させて頂きました。
 榊原様におかれましては、いつまでもお元気で、ご家族様ともども、お幸せにお過ごし下さいますようお祈り申しあげます。このたびはいろいろありがとうございました。真由美ともども厚く御礼申しあげます。              
八巻 昭三

 榊原はファックスのページを、ゆっくりめくった。真由美の祖父、八巻八州男が書いたという万年筆書きの文面は、日記形式を取っていた。ノートに描かれた文字は小さく、インクも薄れ、ファックスでは読み取り難い部分も少なくなかった。そのうえ用語や表現が恐ろしいほど古めかしい。榊原は埃の堆積した歴史の奥をのぞきこむ気分で、目を走らせた。

  昭和三十五年春。
 私の青春は、支那事変から始まる長い戦争の中に埋没していた。不幸な青春だった。
 最初は支那に配属されていたが、やがて終戦間近い頃、仏印のサイゴン総司令部への勤務を拝命した。
 サイゴンは連日の猛暑で、軍帽の下にも汗の球が浮かび軍靴の底にも汗が滲んだ。時々下士官たちと褌一つになってサイゴン川で遊ぶ時は、何物にも変えがたい爽やかなひと時であった。
 そのサイゴン時代のことを書いてみようと思う。目をつむれば、今でも走馬灯のようにサイゴンの日々が浮かぶ。その一つ一つを記憶の底から引きずりだして、文字に記していこうと考えるが、今となっては細かい記憶に不備があるやも知れぬ。故に某日と記す。日記の中ではいかなる粉飾も加えていないし、弁明する何物もない。それを意図するものでも、勿論ない。
 もう十五年になる。しかし今でも私の心の中には、プチ・パリと呼ばれたサイゴンの街路樹の赤い花が、爛漫と咲き誇っている。サイゴンは、私にとって永遠に懐かしい場所である。

 それを前ふりとして、一挙に八巻八州男の記憶は「昭和二十年七月末」まで飛ぶ。日本軍の敗北直前のことである。

 サイゴンに雪は降らない。しかし、街路樹のタマリンドの葉が舞い散るのを目にすると、まるで黄色い雪の中にいるような錯覚を覚える。
 私はジープで市内を回っていた。同行した安東修一曹長は雪国の男である。いかさま北の生まれらしく、寡黙で沈着な男であった。その安東が、吹雪のように黄色い葉が舞うのを目にして、懐かしそうにいった。
「自分の故郷は、今はリラの季節でしょう。大局有利に転じて、早くリラの花散る故郷にもどりたいものです」

 すぐに安東がでてくるが、八巻の部下にあたる若い曹長のようである。
 戦局の混沌とした行方は、サイゴンにいる八巻にも明白に映っていたようで、アメリカ軍が沖縄に上陸した事実も記載されている。しかし八巻は同時にこうも書く。

 私の中には敗戦という言葉はない。沖縄にアメリカ軍を引き入れたのは戦略の一つに過ぎないと確信していた。兵員の中に日本の敗戦をものする声もあるが、私はそのような臆病な予測には一切組しなかった。それは安東曹長も同様である。
 もし帝国本土がアメリカの攻撃で焦土と化せば、この地球上から敷島の大和の国は永劫に消えてしまうのだ。私たちは南洋の国で自決することはあっても、降伏する考えは微塵もなかった。

「昭和二十年八月某日」の日付の部分で、広島に新型爆弾が投下され、瞬時にして広島が灰塵に帰した事実が記されていた。新型爆弾の件は総司令部の機密事項であったが、八巻は安東曹長を呼ぶ。安東は帝国大学の理学部出身、と別の部分で記述されている。
その安東は次のように解説する。

「通常の火器を越える物とすれば、可能性としては核を利用した爆弾が思い浮かびます。原子核が分裂を起こす際には、甚大なエネルギーが生じます。同胞であったナチスドイツがこの研究を企てていましたが、残念ながら敗戦のために中止のやむなきに至りました。核分裂の考え自体は別に目新しいものではありません。ただし実用化には莫大な経費もかかり、何度も実験に処さない限り難しいと考えます」

 さらに安東は、敵軍であるアメリカがそれを作った可能性があることを示唆する。長崎に同様な新型爆弾が使用された事実も数日後の記述にある。
 その爆弾への怯えの中で、八巻はまるで自分にいい聞かせるように執拗に続ける。

 司令部の連中は浮き足だっている。敗戦を口にする腰抜けもいる。アジア解放の御旗を掲げてここまで戦ってきて、突然それを白旗に変える浅ましい行動を私は取らない。万に一つ日本が敗北することはあっても、私の部隊だけは投降することは決してない。
 そのような無様な姿を晒せば、靖国の英霊たちにいかように顔向けできようぞ。

 やがて八月十五日を迎える。そのとき八巻は思いがけない行動にでる。

 終戦の連絡が入った。司令部の指揮系統は麻のように乱れ、混沌としていた。私は小隊を集めてトラックに乗せ、北のクチに進路を取った。サイゴンを去って、戦略的にジャングルに潜るのだ。これから密林に潜んで、やがてやって来る英米連合軍の鬼畜を待ち受けることにする。最後の一兵まで我が軍は戦う。揺れるトラックの中でぶつくさ敗戦の噂を流す輩もいたが、安東曹長が一喝した。兵士たちは口を固く結んだ。曹長は常に私の意向を兵士に伝えてくれた。
 その曹長が、クチの森で私に反逆の銃を向けることになるが、それは神国の兵としてはあるまじき行為である。軍法会議ではまさに銃殺刑に値する。安東曹長は新型爆弾の情報に怖じ気づいたのか。

 それがノートの最後のページのようである。そのあとに空白が続いていた。真由美の祖父に何かがあって、突然筆を折ったのである。
ここまで読む分には安東は忠実な部下にみえる。それがどのような経緯で上官に牙を剥くことになるのか。安東の反逆とは何なのか。それにそもそもこの安東曹長と誘拐犯のアンドウは同一人物なのか。榊原は読み終えて、とりとめのない気分に陥った。
 玲子が首を伸ばしたので、ファックスを渡した。
「何かわかるかもしれない」
 玲子は目で感謝して、すぐに読みはじめた。玲子は顔を高揚させ、文面に吸いこまれるように、ページをもどかしくめくった。
 読み終えて、玲子がうわ言のようにいった。
「私一人では自信がありません。先生、一緒に来てください」
「どこに?」
「ヒエンの家です。やはり八巻先生はあの日、ヒエンの家に家庭訪問に行かれています。そして、そこで何かいさかいがあったにちがいありません。私は、この安東曹長という人物に心当たりがあります」
 榊原は面食らった顔を向けた。(2週間後の、その3に続きます)









                2
 玲子は、タクシーに揺られながら、渦に巻かれたような激しい思いの中にいた。
 安東曹長は、どことは明記されていないが、北国のリラの花咲く街の生まれとある。北海道の、おそらく札幌周辺出身の可能性は否定できない。
 ヒエンは「しゃっこい(冷たい)」といったことがある。「あずましくない(落ちつかない)」という言葉も聞いた。北海道生まれの玲子でも、最近はあまり使わない方言である。それを何気なく口にしたのだ。そのような方言を誰が教えたのか。
 ヒエンの祖父は物理、化学が得意で、電気系統の修理が上手だと聞いた。そうであれば理学部出身の安東とつながってこないか。
 玲子は荒い息を吐きながら、ふと怖くなった。ヒエンの祖父のやさしい目差しの奥に、何か強い光が兆してくるように思えたのだ。
ヒエンの祖父は安東曹長でまちがいない。誘拐の内実がどのようなものかはっきりしないが、安東曹長が確かに真由美を誘拐したのである。
 ヒエンの家に近づくにつれ、その確信は玲子の中でますます重厚になっていった。

 二人が顔を出した広間は、一日たっても弔問客で混雑していた。日本人学校の小学部の若い教師が二人、神妙な顔で直立していた。
ヒエンの父親と祖父が弔問客に懸命に応対していたが、二人の姿を見ると老人が訝しげな顔を作って近づいて来た。玲子が挨拶し、榊原が英語で自己紹介した。老人は榊原にしばらく視線を据えたあと、何もいわずに、柩の中のヒエンの写真、中国風に装飾したダンジリに似た霊柩車の写真などを見せた。ヒエンはすでに荼毘に付された模様である。
玲子の目にまた涙がにじむ。指先で涙を拭って、玲子は老人に日本語で声をかけた。
「お忙しいとは思いますが、もしよろしければ、どこか場所を替えてお話をおうかがいしたいのですが」
 老人は眉をひそめて、不安な表情を浮かべた。
「私のいっていることが、わかりますよね。私は八巻先生の死の事実をはっきりさせたくて、いろいろおききしたいのです。あの日先生はここを訪問されています。そしてあなたと日本語で昔の話をされたはずです。それからサイゴン川で亡くなられました。その間に何があったのでしょう」
 老人は視線を泳がせて、ヒエンの父親を探す素振りを見せた。
 玲子は、その視線を立ち切るようにきっぱりいった。
「お父さんはお忙しいと思います。私たちだけで十分です。あなたは私のいっていることを理解してくださっているはずです。そして、あなたは日本人だと、私は確信しています」
 玲子の強い口調に、老人は息をのむ。
 榊原は横に立って、事の成り行きに言葉を失っていた。
 玲子がとどめを刺すようにいった。
「あなたは昔、安東修一曹長と呼ばれたことがあるはずです。ちがいますか」
 老人はしかめた眉を解き、突然顔にうっすらと笑みを乗せた。その笑みの底を暗澹たる影が走る。老人ははっきりした日本語でいった。
「承知しました。二階のお部屋にご案内しましょう」
 白い葬服の老人は親戚に何かをいい置いてから、玲子に背中を向けて、黙って奥の階段をのぼった。重い気落ちで二人は続く。
 通されたのは八畳ほどの立派な部屋である。豪華な茶箪笥に、大きな茶色のソファがある。エアコンが壁で唸っている。
「おかけなさい」
 そういってソファを示した。
 老人は、膝の上で両手を組むようにして座り、テーブル越しに二人を見つめた。柔和な表情の中で、視線はいつものように鋭かった。
「今はレー・バン・アンといいますが、確かに私は昔、安東修一という名前でした。どうして私の名前をお知りになったのか聞かせてほしい」
 老人の日本語は流れるようで、滞りはなかった。ヒエンの父親同様に正当な発音である。ヒエンはこの老人と、老人の日本語を受け継いだ父親、その二人の日本語を聞いて育ったのだ。だからあれほど癖のない言葉を話すことができたのだろう。
 玲子は、安東に向き直って背筋を伸ばした。
「今朝、学校にファックスが届きました。八巻先生の祖父にあたる八巻八州男さんが書かれた日記風の手記です。そこにあなたに関する記述がありました」
 安東は。ほおっと感心したような声を洩らした。
「八巻少尉が何と書かれているか、ぜひ読んでみたいものですな」
「持参しています」
 安東の顔に一瞬複雑な色がにじんだ。
 バッグから取り出したファックスに、手を伸ばし、
「かまいませんかな」
 と確認した。
 玲子はうなずく。安東は目を細めてファックスを読みはじめた。
 この前と同じさわやかな笑顔の手伝いの娘が、紅茶を運んできた。玲子と榊原は紅茶に砂糖を入れながら、安東の顔色をうかがった。何の変化もない。安東は淡々と読んで、やがてファックスをていねいにテーブルにもどした。
「戦争から十五年経過して書きはじめられたようだが、八巻少尉の細部の記憶はさすがだと思う。確かに原子爆弾に関して、私はこのようにお話した覚えがある。で、この続きはどうなっているのかな」
 玲子はカップを置いて、安東を凝視した。
「ありません。理由はわかりませんが、八巻さんはそこまで書かれて、思い出すのがつらくなって、筆を折られたようです」
 安東は、ふふっと底意地の悪い笑みを浮かべた。
「それもそうだ。これから起こることを、少尉もどう書いてよいかわからなかったのだろう」
「先ほども申しましたように、私は八巻先生がここに立ち寄られたときの様子をお聞きしたいだけです。このファックスの続きは、私には関係ありませんし、私たちが首を差しはさむことではないと思います。あの日のことを教えてください。八巻先生はここに来ていますね」
 安東は逡巡なくうなずいて、一呼吸置いてからいった。
「あの日、八巻先生は予定通り五時過ぎにいらっしゃった。一時間前に電話を受けて、私は一階の応接間の片づけなどを、あわててやったものです。いつもはあのように片づいてはいません。ヒエンがいても、甘やかして育てたせいか、あれも掃除など滅多にやらない。男所帯のようなものだから、たいてい散らかっています。八巻先生がやって来られて、私が応対しました。ヒエンは、まだ帰宅していませんでした。
自分が日本人であることは秘密にしておきたかったので、最初はカタコト英語で通そうとしましたが、事がどうにも面倒くさい。諦めて、途中から日本語に切り換えました。先生が驚きの顔をされたのを、はっきり覚えています。
先生は最初、学校でのヒエンの様子を教えてくれました。何の問題もなく、楽しく学校生活を送っているようで、私はよろこんで聞きました。その日は他に訪問の予定がないらしくて、それからのんびり雑談になりました。日も暮れて遅くなったので、先生に夕食をご一緒するように勧めました。食事など勧めるべきではなかった、と後に先生の事故をきいて後悔しましたがね。粗末な食事でしたが、食べ終えると、先生もすっかりくつろがれて、ビールになりました。ビールを飲んでいるときに、私は気になっていたことをたずねてみたのです」
 安東がきいたのは、真由美の祖父のことだった。真由美は突然の話題に驚きながらも、祖父は八巻八州男といい、島根県出身で、太平洋戦争中にはサイゴンの南方軍総司令部に勤務していた、と告げた。真由美にベトナム派遣が決まったとき、祖父ゆかりの地に娘が行くことを、父の昭三がよろこんだ、とも話したらしい。八巻という名前は珍しいから、八州男との血のつながりを薄々勘繰っていた安東だったが、それを孫娘の口から直接聞かされて、嫌な記憶がひしめくように満ちてきたというのだ。
「ここに書かれているように、私はやがて少尉に反旗を翻すことになります。ですから少尉のことを快く思ってはいなかった。大人げない話ですが、私は少尉の悪口をつい口からこぼしてしまったのです。強い語調ではなかった。しかし酔った勢いもあって、先生は熱湯をかけられたみたいに激しく反応されました。おそらく先生は、腹立たしい思いで帰られたと思いますよ」
「八巻先生はそのまま帰られたのですか」
 玲子が確認すると、安東は玲子と目が会う寸前に視線を泳がせた。そしてうなずく。
「帰られたのは、何時頃ですか」
「九時を少し過ぎていたように思います。長居させてしまった」
 榊原が、力のない声で横から口をはさんだ。
「先生はここから日本に電話をかけませんでしたか」
「記憶にありません」
「先生のお父さんは、九時前にベトナムからの国際電話を受けています。九時まで先生が滞在されたのなら、日本に電話をされたのはここのはずです。ちがいますか」
 安東は急に思い出したように、ぽんと膝を叩いた。
「そういえば、おっしゃるとおり電話された。少しの間だったが楽しそうに話されていた」
 榊原はもどかし気にいった。
「それはちがいます。八巻先生は自分が誘拐されたと怒っていたはずです」
「誘拐?」
 安東の顔にゆがみが出る。
「そのうえ、あなたも電話にでて、安東と名乗られた」
 安東は、逆に榊原を問いつめるような目つきで、しばらく注視した。それから突然顔にいつもの柔和な皺を作った。
「そこまでご存じなら、嘘で塗りこめても仕方ありませんな。確かに先生は日本に電話をされました。私たちが口汚く罵り合っている最中のことです。
そのとき、私は腹立ちのあまり、今夜は先生を帰さない、日本に電話して八巻八州男に文句のひとつもいわなければ気がおさまらない、と子供じみたことを口走っていたのです。それを先生は皮肉に笑って、じゃあ自分は誘拐されたようなものじゃないかといわれた。そうだ、私は先生を誘拐した、と大人げない売り言葉に買い言葉でした。思い出してもお恥ずかしい。誘拐に深い意味はありませんでした。先生も酔っていらしたのかもしれない。それから、じゃあ、私を誘拐したとしたら身代金はいくらに見積もるのか、と突っかかるようにいわれた。私は笑って、相場は知らないがきっと三百万円だろう、そういうと、先生は傷つかれたようでした。三百万はベトナムでは充分に高額で、誘拐に見合う金額ですが、先生はそれを侮辱と受け取られたようです。そしてすぐに携帯電話を取り出して、家に電話をかけられた。
私は驚き混乱しました。もし八巻少尉の声が電話の向こうに聞こえたら、どう対応をしたらよいのか。震えるほども自分の感情がつかめなかったのです。先生は電話がつながると、誘拐されている、三百万とはバカにした話だ、などといわれて、携帯電話を私に投げて寄越されました。私は受け取って、恐る恐る耳に当てました。聞こえてきた声は、昔なじんだ少尉の声でした。私は最敬礼する思いで、自分の名前を名乗りました。自分は安東です、と。それだけいうのが精一杯でした。すると向こうは理解できずに、いかにも当惑している様子でした。それで少尉のことを再度問うと、十年前に亡くなられたという答えが返ってきました。あまりにも二人の声質が似ていたので、私は息子さんと少尉を混同したのですな。恥ずかしくなって、誘拐犯を装ったまま二言三言いって、電話を切りました。
そんな私を先生は哀れむような目で見て、冷笑を浮かべていわれた。学校でヒエンの面倒は見る、あの子はよい子だ、だが、もう二度とあなたには会いたくない、そうおっしゃると手提げ鞄を手に、怒ったまま出て行かれたのです。手伝いの娘が先生を門まで送りました。それから一時間しないうちに事故に会われて亡くなられたと聞きました。それは、まったく予想もしない痛ましいことでした」
 安東の言葉がどこまで真実か、靄の中にいるようで、はっきりしなかった。しかし玲子は聞き終えて、溜め息ついた。あまりにも呆気ない誘拐事件の顛末である。おまけにまたも真由美の足取りは途絶えてしまった。真由美はヒエンの家を出て、それからやはり誰かに会っているのだ。その誰かとは、いったい誰なのか。
 榊原が紅茶を口に入れてから、好奇心に満ちた声を出す。
「その八巻八州男さんが、手記に書けなかったその後の出来事というのは、いったいどういうことでしょうか」
 安東は榊原をちらっと見た。目もとには強い光がもどっている。
「それはいつかお聞かせするときがくるでしょう。八巻先生とは関係のないことで、私と少尉との些細な行き違いです」
 玲子は二人の話を無視し、納得いかない顔で姿勢を正した。
「もう一度おうかがいしますが、八巻先生が家庭訪問にこられた日には、お家にはあなたしかいらっしゃらなかったのですね」
「いたのは、私と手伝いの娘だけでした」
「八巻先生がいる間、ヒエンは帰って来なかったのですか」
 老人は小首を傾げて、
「学校からそのままどこかに遊びに行ったようでしたな。まだ子供だから、先生がいらして、きっと恥づかしかったのじゃないでしょうか。あの子は、私と喧嘩したと偽ってはあちこち泊まり歩く子だから、どこにいようと、私たちもそれほど気にはかけなかったのです。
息子はフエに出張でした。あれはいつも朝早くから夜遅くまで、会社会社と、まるで狂ったような生活をしています。ベトナム人は普通シャカリキに働くことはないが、息子には日本人である私の血が、強く混じっているのでしょうな。弔問客の接待をしながら、おそらく今も会社のことを考えているはずです。ホーチミン市に出て来て九年で築いた貿易会社ですから、なおさら身が入るのだと思います。おかげで不甲斐ない私も、ヒエンと一緒に田舎から呼び出されて、このような家に住むことができました。ヒエンも、生前は何不自由のない生活を送っていたはずです」
 安東がなぜ敗戦後もそのままベトナムにいるのか、八巻八州男とのいさかいの内実はどのようなことか、むろん玲子にも関心はあったが、それは自分が分け入るべきことでないと感じていた。
「わずかの間であったが、孫娘にいろいろやさしくしていただいて、心から感謝しております。短い命でしたが、おかげでヒエンは楽しい日々を過ごすことができました。本来は学校にお伺いして、他の先生方にもご挨拶すべきでしょうが、これで失礼させていただきます」
 安東は、上面を撫でるようにそういって立ちあがった。

               3
 玲子と別れたあと、携帯に電話が来て、ニャムが、時間があれば一緒に昼食でもどうだ、と誘ってきた。驚いたが断るわけにはいかない。
タクシーで向かいながら、榊原は誘拐事件の顛末やヒエンの祖父安東修一について伝えるべきか判断に迷っていた。和代の無断帰国で負い目を感じていたから、問われたら、伝えるべきだろう、と結論づけたが、問われもしないのに自分からいうつもりはなかった。
公安署に顔を出すと、ニャムが指に煙草をはさんで笑顔で現れた。その笑顔に遠い炎のような悪意が見えて、一瞬臆した。
 ニャムが若い公安に命じてジープを出させる。榊原は後部座席に一緒に座り、吹きつける湿気混じりの風に髪を乱していた。ニャムが黙しているから、榊原も口を開かない。
 大通りには、きらびやかな赤色で飾りたてた、仲秋の名月の月餅を売る店が並んでいた。祭りが近くなったせいか、店舗の数はいくぶん増えている。教会堂と中央郵便局の間の広場には、あいかわらずたくさんの観光客がいて、笑顔でシャッターを切っていた。
 日本人観光客が目立つレロイ公園を抜けて、ジープはサイゴン川沿いのマジェスティック・ホテルの前で停まった。ニャムは身軽にジープから飛び降りて、榊原を目でうながした。榊原が降りると、ジープはあっという間にバイクの群れに溶けこんだ。
「以前から五階のレストランに来てみたかった。この前あなたの部屋に行ってから、その思いはいよいよ強くなった」
 そういうと、ニャムはロビーに足を入れた。ドアボーイやフロントの顔にひび割れたような緊張が走った。制服の公安が来たのだから、何ごとかと身構えたのだ。榊原は硬い表情でニャムに従う。
 エレベーターを出て、中国様式のレストランのドアを開けると、ここでも黒服が顔をこわばらせた。一人が不安そうな様子でニャムに近づいて来た。ニャムが何かいうと、ほっとしたように表情をゆるめて、腋にはさんでいたメニューを差し出した。
 窓辺の椅子に座ったニャムは帽子を取って、渡されたメニューを眺め、ベトナム語で何か注文した。榊原は居心地の悪いまま、目についたサンドイッチ・セットを頼んだ。
 ニャムは、灼熱で焼けた制服のポケットから煙草を一本抜き出して、長い紫煙を吐き、思いに耽るようにサイゴン川を見おろした。川向こうの上空で一つ二つ動いている黒雲が、ニャムの瞳を翳らせる。
「このホテルは、実に多くの戦争を知っている。ベトナム戦争中には西洋のジャーナリストがたくさん宿泊して、戦況を海外に報告していたものだ。高級なウイスキーに舌鼓を打ちながら、このような高みから戦争を見物していたわけだな。死体に食らいつくハイエナのように、プロやアマチュアのカメラマンが世界中から集まって来たが、連中は、戦闘がますます凄惨さを増し、多くの死体が積みあげられることを願っていたはずだ。
この前話したように、川向こうは、当時水田だった。その水田に身を隠して、このホテルの、このレストランに砲弾を打ちこんだことがある。見事に命中して喝采したものだ。西洋のジャーナリストたちは、さぞやあわてふためいたことだろうな。その水田地帯は今や民家が密集し、工場もたくさんできた。ずっと向こうの南サイゴンの新都心には、日本人学校がある。解放後の三十年間は濃密な時間だったのだろうが、その時間の濃さに気づくのが私は遅かったわけだ。おかげでうだつのあがらない公安稼業を続けている。南部人は戦争でも金持ち競争でも、目先の利くハノイの人間にいつも負けているよ」
「そんな話に興味はない。なぜ私と一緒に昼食を取ろうとしたのか教えてほしい」
 榊原が問うと、腰を折られたニャムは、虚ろとも取れる暗い眼差しを向けた。しかしオンザロックが来ると、味わうように口の中で転がし、感嘆の声をあげた。
「さすがに高級ホテルのウイスキーだ。いつも飲んでいる安物とはわけがちがうな。喉を擦るような感触がなく、すっと胃に落ちて、溶けるようだ。ハノイの人間は日常的にこういうウイスキーを飲んでいるのかと思えば、革命とは何か少し考えてみたくなる」
「私はベトナムの過去など興味も関心もないといったはずだ。どうして私をこのような場所に連れて来たのか、それが知りたい」
「自分が暮らしている国だから少しは興味を持ってほしかったが、そうもいかないものかね。どうせあなたは、あと数年で自分の国に帰って行く。そしてすぐに忘れてしまう。帰る場所のある人には、ここはただ暑いだけのつまらない国なのかもしれないが、あ、いい。このレストランに連れて来たのは、別にたいした理由ではない。私たちもあれからあちこち調べてみた。それをお聞かせしたいと考えただけだ。あなたは遠山恵一という男を知っているか」
 榊原はニャムを見つめた。
「あたり前だ。八巻先生が亡くなった夜に遊びに行って、遠山の部屋に泊めてもらっている。あなたには最初に話しているはずだ」
「どれほどの仲か知りたい」
「大学時代からの友人で、私がホーチミン市に派遣されて一番よろこんだ男だ。あの男はこちらに十年前に来て、それなりの会社を作ってがんばっている」
「どんな会社だ」
 ニャムはまたグラスを口に運ぶ。
「ボタンを作る会社だという。私は詳しく知らないが、ベトナムの貝殻は洋服のボタンを作るのに適しているらしい。中部のニャチャンの貝殻を買って来て、こちらの工場でボタンに作り直し、中国やタイの日系企業に輸出している。そう聞いたことがある」
「信頼できる人物だな」
「もちろんだ。しかしその遠山がどうかしたのだ」
「別にどうということもない。どんな男か知りたかっただけだ」
 そこに料理が運ばれた。ニャムが注文したのはソーセージの盛り合わせだった。しかし飲む方が主眼のようである。
「公安が昼間から酒を飲んでいいのか」
「今日は本来は非番だ。まあ、非番でなくても、飲んでいけないということはない」
 ニャムは薄笑いを浮かべて、満足そうにソーセージにフォークを刺した。
 榊原はコーヒーを一口啜ってから、サンドイッチを口にした。一体何をたくらんでいるのか。榊原は炭火で炙られる気がした。
 ソーセージを一切れ口に入れて、ニャムはウイスキーで唇を浸した。
「あの男は今日、ニャチャンに買いつけに出かけている。行く前に署でいろいろ話をきいた。日曜日にわざわざ署にいたのは、そういうわけだ」
 榊原は眉根をぴくんと持ち上げて、ニャムを見つめた。ニャムはにんまり笑って窓の向こうに視線を移す。視線の先には色褪せた屋根が連なり、さらにその向こうの工場の煙突から綿のような煙が漂い出ていた。
「解放後はロシア人や東欧の人間しかいなかったが、今はさまざまな国から外国人がやって来て、この街はにぎわっている。そんな外国人たちは、あえぐように仕事をしている。あなたの友だちのようにボタンを作ったり、旅行会社を経営したり、レストランを開いたり。しかしヤマハやアジノモトのような大企業は別にして、中小企業は青息吐息といったところだろうな。政府は税金面や他の様々な方法で、小さな会社から売りあげをかすめ取ろうと手ぐすねひいている。私のような公安も、当然それら企業が蓄える甘い蜜に群がる。儲けを国外に持ち出されたり、この国で一旗あげられるのを、実のところ政府は歓迎していないのだ。だから人民委員会は日常的に外国人に圧力をかけている。
企業ライセンスの取り消しなどたやすいことだ。ベトナムは、つまらない理由でホンダの工場のいくつかを閉鎖させたことがある。表向きは、交通渋滞を考えて、これ以上のバイクの増加を憂えての処置だというが、中国バイクや台湾バイクには何の規制も加えなかった。事実上はいいがかりだな。おそらく賄賂があまねく行き渡っていなかっただけのことだろう。ここでは表面上の理由と本当の理由は、常に別の場所にある。
あなたの友人の会社に同じことをするのは、この国の体制ではシラミをつぶすよりもたやすいことだ。私は遠山という日本人に、今朝そのことを伝えてみた。別に脅したわけではない。親切な友人の忠告としてだ。すると遠山はあなたよりも自分のボタン会社を選んで、あの夜、あなたが一度、どこかに一時間ばかり抜け出した事実を教えてくれた。以前は、そのことに口をつぐんで、夜通し部屋にいたと証言していたものだ。あなたをかばってのものだろうな。八巻の死はあなたに関係ない、と信じていたからだ。確かに関係ないことに波風立てることはない」
肌の上を虫が動くような怯えがきた。自分は疑われているのか。
ニャムはウイスキーを口に含んで続ける。
「部下に先ほど確認させると、一日中アパートの前で将棋をさしている管理人もあなたの外出を証言した。となれば、遠山の言葉は信じるに足るだろう。怯えた遠山はさらに別の情報も隠さなかった。それは、外出直前にあなたの携帯電話に連絡が入った、という事実だ。これは、とても興味深い情報だと思うが、いかがだろう。そこで聞きたい。その電話は誰からのものだ」
 榊原は、野菜サンドをかじりながら縮めた体を小さく震わせた。なぜ今頃になってそのようなことをほじくり返すのか。真由美の携帯のチェックは、誘拐犯人の身代金要求の際に終えていたのではなかったのか。そのとき何もいいださないから、安心していたのである。今日まで自分を泳がせて何の意味があったのだろう。
「いいたくないか」
 ニャムは煙を吐きながら語調を強める。
 榊原は覚悟して、乾いた唇を舐めた。
「隠しても仕方ないだろう。モバイル・フォーンの会社に問い合わせれば、すぐにわかることだし、それにチェックはとっくにすんでいると考えていた。あの夜、八巻先生から電話をもらった。夜の九時過ぎだ。それでサイゴン川で会うことにした。私が出かけたのはそのためだ。しかし会うことはできなかった。すでに殺されていたからだ」
 ニャムは、いかにも苦々しくウイスキーを飲みほし、緊張した顔のボーイに二杯目を注文した。ニャムは白いテーブルクロスに両肘をつき、身を乗り出すようにして、ねばっこい目で榊原をにらんだ。
「それが正直な告白というものか。何もいっていないのと同じだ。もう少し思い出してほしい。あなたは隠しごとが嫌いなはずではないか」
「それだけだ。会う約束はしたが会えなかった。だから私は殺していない。目撃証人がいないから信じてもらうしかないが、私は本当のことをいっている」
「いっている部分は本当かもしれない。しかし適当に話の要を抜かして、わざと脇道に誘いこむように画策するのは、真実の証言とはいえない。あの夜、川岸で何を見た? 私が知りたいのは、そのことだ」
「何も見ていないし、誰にも会わなかった」
 しばらく思案顔をしてから、ニャムがおもむろにいった。
「ところで、あの夜は何を着ていた?」
「黒いシャツだ。最初にあなたに会った日に着ていたものだ」
 と答えたあとで、榊原は昨日の妻の言葉を思い出した。黒いシャツをクリーニングに出したというが、あのシャツに和代は血の匂いを嗅いだのだろうか。
「そのシャツは今どこにある」
「部屋の箪笥の中だ。しかし、私は何もしていない。第一、私が殺して返り血がついたのなら、シャツを部屋などに残しておかない。いくら余所に泊まっていたとはいえ、それを着て翌日学校に行くわけはないだろう」
「今はいろいろ便利は薬品があって、目には見えなくてもわずかな血の痕跡があれば、半年後でもわかるらしいな」
 榊原は息苦しくなって視線をそらし、サイゴン川の川面を見おろした。
 確かにあの夜、自分は黒いシャツを着て真由美に会いに出かけた。遠山のマンションからサイゴン川までは、車を使うほどの距離ではない。榊原は徒歩で向かった。シャツを腰からだらしなく垂らしてサンダルをはいていたから、遠目にはベトナム人のように見えたことだろう。
 しかし、約束の場所に真由美はいなかった。対岸のネオンが色鮮やかに反射する川岸に立って携帯電話を押すと、遠くの木陰で着メロが鳴った。真由美の好きな「エル・コンドル・パサー」だ。内心当惑と驚きを覚えながら、携帯電話を手に音の方角に近づくと、真由美が倒れていた。血が顔面を覆っているのを一瞥で捕らえると、胃が急激にせりあがり嘔吐しそうになった。突然ざらざらした恐怖が噴出し、背中を丸めて空吐きしながら、小さなバッグを探って、鳴り続ける携帯電話を取り出し、思い切りサイゴン川に投げ捨てたのだ。着信履歴を消滅させようと願ったのだが、冷静に考えれば意味のないことだった。よほど取り乱していたのだろう。それから自分の黒いシャツの裾を使って、バッグの指紋を擦って消した。見た目に血の付着はなかったが、そのときクリーニングが必要なほど血の匂いが染みこんだというのか。
 その間、真由美の血に濡れた顔を見る勇気はなかった。
 そんな夜の光景に重なるように、窓の外の上空を黒雲が激しく走って、辺りが薄暗くなってきた。また鬱陶しい雨が来るのだろうか。
 ニャムは、新しく運ばれたロックをうまそうに飲んだ。
「このように高くて涼しい場所で、上等なウイスキーを日常的に飲んでいる外国人や、金持ちベトナム人もいるわけだな。もっとも共産主義国で金持ちというのは、笑わせる話にちがいないが。
解放後はソ連製の粗悪なウォツカしか入ってこなかった。それから、カルキ臭くて水飴でもぶちこんだような甘いベトナムウイスキーだ。それさえ、貧しくてしばらくは手が出せかった。ウイスキーが純度を増してゆくのが文明の尺度というのなら、ベトナムは西洋並みの文明レベルには、まだほど遠いのかもしれないな」
 榊原は首をねじるようにして、ニャムをにらみつけた。
「この国の現状には関心がない、そういわなかったか。あなたは私に嫌疑を向けているようだが、それはなぜなのだ。私は犯人じゃないと、数日前にあなたがいったはずだ」
 ニャムは冷たい視線を榊原に落とした。
「犯人かどうかは別にして、最初に校長室で会ったときの動揺は、普通ではなかった。何かある、と私でなくとも感じる。それに携帯電話の発信記録を調べて、八巻が殺される直前にあなたに電話したのも、すでに確認していた。遠山の証言は特に必要だったわけではない。
八巻が頻繁に電話していたのは、学校関係者を抜かせば、あなたと日本の両親だけだった。他に日本人名の履歴はない。八巻の体から携帯電話が発見されなかったのは、その電話の記録を消したい誰かが川に棄てたせいだろう、と考えた。その誰かはあなたしかいない。そして棄てるには、死体のそばにいなければならない。だから、あなたは八巻の死体を見ている、と考えたのだ。最初に会ったときあれほどの怯えを見せたのは、八巻の血塗れの顔をすでに見ていたからではないか。
しかし、あなたが愛人を殺したかどうか、私には確信が持てなかった。おそらくちがうだろう。
私の頭に引っかかっていたのは、実際あなたではなかった。奥さんのほうが、遥かに気になっていた。奥さんが突然白い服の娘にこだわりだしたのは、奇妙だった。奥さんの頭が混濁していたかどうかは知らない。しかしあの夜、奥さんは、自分でいうように川沿いに八巻を追跡したのだろう。そして、そこですべてを見たのだ。そのすべてには、当然あなたも含まれている」
 榊原の体が冷えた。ニャムは冷厳と続ける。
「奥さんの見た実際まではわからないが、今となってはそれらはどうでもよい。あなたに話を聞きたいのは、ヒエンのことだ。死亡推定時刻は死体の状況と同級生の娘の話から意見が分かれているが、少なくとも金曜日の夜までは生きていた。その夜の九時に、あなたはヒエンに携帯電話を入れている。で、改めて問いたい。ヒエンとはどのような関係なのだ。それに電話でどんな話をした」
 榊原は触れてほしくない生の部分に、荒れた指を差しこまれた気がした。ニャムの手が、その柔らかい場所を乱暴に引っかきまわしているのだ。
 榊原はテーブルに片肘ついてうつむき、息苦しく答えた。
「何の関係もない。来週の授業について、いっておくことがあったのだ」
「他の生徒にもそうやって夜間に電話するのか」
「必要があればする」
「しかし、あなたの携帯電話の通話記録を調べると、ほとんど八巻とヒエンへのものだ。いったいどうした関係かと、私ならずとも疑いたくなる」
「何度いわせる。ヒエンとは単に教師と生徒の関係に過ぎない」
 ニャムはしばらく獲物を狩る獣の目で、榊原を見つめていた。そしてつぶやくような声を煙と一緒に洩らした。
「ヒエンの検視結果を、まだ教えていなかったな。ヒエンの頭蓋骨の一部は陥没し、頸椎も折れていた。直接の死因は頸椎損傷のほうだと監察医はいっている。校長の要請であなたから電話を受けたときには、公安として事故か他殺かの判断をくだしていないと伝えた。今も同じだ。しかし八巻と同じ国営病院で行った検視の結果、ヒエンの胎内に子供がいることがわかった。三カ月目で、やっと指ほどの体ができたばかりという。血液型はB型だ。ヒエンはO型だから、男はBかAB型でなくてはならない。父親が誰かわからないが、先日、ヒエンが八巻を殺したという奥さんの証言を前にして、あなたに激しい動揺がうかがえた。榊原先生、血液型を調べるまでもなく、父親はあなたではないかと思うが、まちがっているだろうか」
 ヒエンが妊娠していた事実に、榊原は驚愕した。激しいめまいがきた。自分の内部の汚い物をすべて吐き出そうとするかのように、強烈な嘔吐感が続いた。
突然レストランの窓ガラスをスコールが騒々しく叩いた。雨音に混じって、ニャムの静かな声が遠くから聞こえた。
「ベトナムの子が十四歳で妊娠して死んだ。あなたは何のためにこの国にやって来たのだ」
 榊原はまるでネクタイでも解くように首筋に指を這わせた。暑かった。体の芯が焼けるようだった。激しい頭痛が続き、両手で頭をがんがん叩いた。榊原は力をこめて首筋をもう一度爪で掻きまわしながら、この熱帯の暑さと長雨に自分は狂ったのか、とこめかみを指で押さえつけて歯噛みした。
 夕方のように暗くなった入口に、若い公安が二人現れた。不安そうな顔で黒服が見つめる中、二人はニャムのテーブルに厳めしく近づいて来た。まわりでくつろいでいた日本人や西洋人の冷ややかな視線が、音もなく榊原に突き刺さった。レストランそのものが、息を飲んで沈黙したようだった。
 ニャムは残りのウイスキーを一気に飲みほすと、背中を丸めて身を震わせる榊原にいった。
「このまま公安署に来ていただきたい。あなたの口から、もっと詳しく話を聞きたい。ただし行く前にここの代金を払ってほしい。現金でもカードでもかまわない。今日は素晴らしい景色を見せてもらい、おいしいウイスキーを頂戴して、心から感謝している」
 榊原は首をねじって、醜くゆがんだ顔をニャムに向けた。ニャムの笑顔もまた、窓の外の濃密な雨のように陰惨に翳っていた。

 公安署の取り調べ室に入れた榊原の精神はひどく不安定で、ニャムの問いかけに満足に答えを返すことができなかった。まるでマラリヤに罹患したように歯を剥き、唸った。
 ニャムは尋問を諦めて榊原を獄房にもどすと、部下の運転するジープで帰宅した。昼間なのに豪雨のカーテンに包まれて、並木通りは夕べのように暗かった。
ニャムを降ろして緑色のジープが大きな飛沫をあげて走り去ると、近所の男が雨に濡れた顔に卑屈な笑みを浮かべてゆっくり近づいて来た。手にはビニールをかけたウイスキーの箱がある。
「先日は夜遅く電話してすみませんでした。朝、科学班の方に来ていただきました。まだ泥棒は捕まっていないようですが、仲秋の祭にこんなものはいかがかと思いまして、ほんの心ばかりですが、お納めください」
 ニャムはウイスキーの箱を手に取った。ビニール越しに見ると、英国ラベルのウイスキーだった。毎回の付け届けより高級である。男のへりくだった笑いを無言で見つめていると、やがてぺこぺこと頭をさげて、どしゃ降りの中を帰って行った。
 着替えして、別のウイスキーをグラスに注いで氷を入れる。それから雨滴を含んだ風の走る居間でくつろいだ。朝から何本目になるかわからない煙草を吸う。喉がかさかさと痛んだ。
 さっきの男は、にやけ顔でなぜ自分にへつらうのか、とニャムの気分が笹くれだった。へつらわなければ、この国では平地を歩くようには生きていけないというのか。いつからこの国は堕ちてしまったのか。それは自分のような公安のせいなのか。公安は賄賂を平然と取る。賄賂のお返しは、渡した者への侮蔑だけだ。メコンデルタの密林を走りまわりながら夢見た未来は、このようにうす汚れたものだったのか。同じ夢を見たタンが南シナ海の青い海原から蘇ってこの現実を見たら、どのようにいうだろう。虫のように生きてきた自分を歓迎してくれるだろうか。
 虫のような人生……。
 榊原という日本人もさっきの男も、へつらいながら虫のように地べたを這っている。あの教師の取り乱しようはどうしたことか。日本人のヤマト魂とやらは、もうどこにもないのか。信念も希望もなく、あるのは、札ビラの鎧を身につけて異国を凶暴にうごめく傲慢さと、その裏にひそむ卑屈さだけか。
ベトナム戦争の最中に、上官から日本人の勇気と誇り高さを何度も聞かされた。その上官は、世界大戦が終結すると、日を置かずに舞いもどって来たフランス軍を、多くの残留日本兵と共にベトナムから駆逐した過去があった。上官は敬意をこめて日本を「扶桑(フー・タン)」と呼び、通常の「日本(ニャット・バン)」という言葉を使わなかった。しかしその勇猛果敢な日本兵の後裔とは、あの教師のように腰の砕けた虫けらたちか。
 ニャムは、心が腐るような落胆に襲われていた。何も考えたくなかった。日本人に父親を殺された自分が、なぜ日本人殺しに関わっているのか。
 ニャムは勢いよく舌打ちしたが、その音は雨音にざあっと掻き消された。再びウイスキーを口に運ぶ。水のように喉を流れるだけで、ホテルで飲んだ高級品とは比べようもない。
 一度身を起こして座り直すと、開け放した玄関に目をやった。路地にあふれた泥水が濁流となって、ニャムの家の玄関口に流れこんでいるのだ。黒く汚れた水。自分の体内を奔流する血液も、きっとこんなものだろう。
 ニャムは新しい煙草に火をつけると、自分で自分の首根っこを押さえつけるように、事件に思いを向けた。絶望の中で、少なくともそれは自分の仕事だといい聞かせた。
 真由美を誰が殺したか、今もって不明である。それが歯痒くもある。あの卑屈な教師を犯人と指名すれば、誰でもそうだと首肯するだろう。いかにも女々しい殺人だからだ。しかしあの男は殺していない。好きな愛人を殺す理由がない。真由美がヒエンのことを知って嫉妬に猛り狂い、それを封じるため、というのなら納得できるが、そのような話は聞かない。真由美から夜の九時過ぎにかかった電話をそばで聞かされた遠山恵一は、恋に溺れた者同士の腑抜けたほど甘い電話だといった。
「ちょうどベトナム雑貨を紹介する日本の衛星放送を一緒に見ていたときでした。女から電話がかかってきたんですよ。すると、あいつは取る物も取りあえず、待ち合わせのサイゴン川にすっ飛んでいきました。私の家に遊びに来たはずなのに、女の甘いひと声で私のことなどすっかり忘れてしまう、そんな男でしたね。私の部屋をホテル代わりに使うのじゃないかと、実はちょっと心配したほどです」
 そういって、遠山は陰気にせせら笑ったものだ。
 おそらく真由美は、榊原の目が若い体に向いていることを知らずに死んだのだろう。もしあの男が犯人なら、返り血を浴びた黒いシャツの上に女物のジャケットを羽織って、遠山の部屋にもどったことになる。長身の男が小さなジャケットを着て歩けば、その滑稽さは人目をひこう。そのうえいくら遠山でも、血まみれの黒シャツを自分のアパートで洗濯する男をかばう気は起きないだろう。それに何よりあの男が犯人なら、何をしなくても確実に自白している。隠し事ができるほど足腰の座った男ではない。足を焼かれた虫のように、常に何かに怯えているのだ。愛する二人の女の死に直面して怯えているのか。それともベトナムそのものに怯えているのか。
 あの日本人を今夜泊めたのは殺人容疑ではない。そんな考えは毛頭ない。西洋諸国では十四歳少女への淫行は犯罪と聞くが、この国ではそれで罪を問われることはない。たとえそのような罪名があったとしても、お互いの同意の上で愛したのなら何の問題があろう。
あの男は、逮捕したわけではない。ヒエンのことをもう少し知りたくて、任意の事情聴取という名目で留置したに過ぎない。明日か明後日には無罪放免という手筈だ。ハノイから来た上司も、それを望んでいる。おそらく日本総領事館も歓迎するだろう。波風立てても、得るものは何もないのだ。
これが正式な逮捕であれば、あの男は犯行内容や名前、年齢などを書いたプレートを手に持ち、囚人服姿で写真を撮られるはずだ。そしてその写真は、翌日の新聞に三段抜きで載ることになろう。それよりはましではないか。一度、新聞に載れば、起訴は免れない。ベトナムでは、起訴とはすなはち有罪であり、収容所行きのことだ。あの男を裁判にかけて、どのような意味があるというのだ。いや、そもそもどのような名目で起訴できるのか。
不道徳な外国人は黙って帰国してもらえば、それですむ。ただし、逮捕の噂は大きく広がらなければならない。やがてあのレストランの客、特に日本人の口から、排水口に吸いこまれる濁流のように、榊原逮捕が人々の耳に流れる必要があるのだ。噂を吹聴する口が殺人容疑の逮捕と誤解しても、それをとめる気はなかった。
 ニャムは目を閉じて、椅子の背に頭を預けた。雨風と一緒に、稲妻の白い光が玄関口から飛びこんで来る。じっとりした午後だった。
外国人や裕福なベトナム人でにぎわうマジェスティック・ホテルで拘束したことを、あの男は恨むだろうか。なつかしい景色とうまいウイスキーへのお礼に、よかれとしたことだ。おそらくあの男にはそれがわかるまい。
 ニャムは、一瞬にやりとしてウイスキーを口に運ぶ。
 ヒエンの死に関しては、不明なことが多すぎる。捜索はしているが、死んだ場所すら特定できない。もし南サイゴンの原野のどこかで殺されたのなら、そのままヒエンの死体を背負って近くの日本人学校に運ぶのは容易なことだろう。もっともそれは、死亡推定時刻が、検視医が最初に所見した夜も暗いうち、という条件での話だ。最終的な結論のようにすでに日が昇った六時以降であれば、新都心の建設工事に関わる者たちがすでにうろつきまわっていたはずだ。どのような殺人犯でも、死体をかついで朝の光の中をとぼとぼ歩くほど愚かではなかろう。いずれであっても、今のところ南サイゴンのどこかに血が落ちたという部下の報告もない。
 もし死んだ場所が原野でないとすれば、どうやって運んだのか。まさかシクロということはなかろう。おそらく車だ。関係者で車を所有しているのは、ヒエンの父親しかいない。しかしその父親には昨日の朝のアリバイがあり、そのうえ科学班が運転手の許可を得て秘密裏に行った調査では、車内から血痕反応は出ていない。それに何より、父親がヒエンを殺すことなど考えられないのだ。
 ヒエンの父親ではなく、あの子犬のような日本人でもないとすれば、誰が黒髪の血を拭い取り、清潔なシャツに着がえさせて、朝の窮屈な時間にわざわざ市内から遠い南サイゴンの日本人学校に運ぶのか。
 何もわかっていない。ニャムはまたウイスキーを口にふくんだ。指先が少し震える。しかしそれはウイスキーのせいではない。アル中にはまだ早すぎるだろう。
 そのとき、電話が鳴った。立ちあがった瞬間、ニャムの体がぐらつく。昼間から飲んだせいなのか。受話器を取ると、榊原のそばに付き添っている公安からだった。
中学、高校で強制的に学ばされたロシア語には目もくれず、「反動分子」という同級生の強い非難を背中に受けながら、こっそり英語を勉強した四十過ぎの男である。ロシア語を選んだ同級生たちがむだな勉強を嘆いている今、男は自分の賢明さをひそかに誇っていた。
 ニャムは男の報告に投げやりな言葉を返して、受話器を置いた。再び椅子に座って、陰気な微笑を洩らす。
 榊原の妻が帰国したという。しかも昨日の深夜便だ。男は謝罪したそうだが、あの女にはベトナムの公安など眼中にないのだろう。バカにした話だ。もし最終的にあの女が犯人となれば、自分はどれほどの罰を受けるだろう。おそらく、公安だけが口にできる甘い果実を永遠にもぎ取られるにちがいないのだ。
 しかし、あの女が二人の死に関わっていたとは、なぜか思えない。あまりに知り過ぎていたからだ。事件のすべてに精通している、そう思うときもある。
そういえばヒエンは死ぬ間際に誰かにつけられていると、ランという娘に告げていた。その誰かが榊原の妻なのか。あの女はヒエンの行動を以前から偵察し、夫との情事の事実をつかみ、しかも真由美の殺害さえも、両の目で目撃したのか。
 ニャムは煙草を灰皿で乱暴に潰して、またウイスキーをあおる。
 そんな憶測は、正直どうでもよかった。日本人の事件に関わったことは災難なのだ、と投げやりに思う。不快な死体が頭の隅にうず高く積まれ、そこから黒い液体が滴り落ちようと、ニャムは死体の山を崩して見たいとは思わなかった。たとえそこから父の遺体が現れるとしても。父はとうに骨になり、もはや見分けさえつかないのだ。過去は地中深くに埋めて忘れてしまえば、それでよいではないか。
そうは思っても、この事件を担当してから、母に聞かされた日本人の名前が日に何度も喉元までじりじりのぼってくる。その名を発音するときの母の声の粘っこさまで、今も耳に鮮やかだ。
――アンドウ……。アンドウ・シュイチ……。
それが父を殺した日本人の名前である。おそらくすでに鬼籍に入ったと思われる男の名前。
今夜のウイスキーは、砂粒のようにざらざらと舌先に感じられた。

             九月十九日(月曜日)
                1
 玲子が登校すると榊原は休んでいた。柿本校長が朝の打ち合わせで、榊原の拘留を告げた。そういう連絡がニャムから入ったという。
 衝撃が職員室を走った。両側の空席を交互に見て、玲子は途方もない思いに捉えられた。榊原と真由美が限度を越えて仲がよいのは知っていた。しかし榊原が犯人とは、どうしても思えない。榊原には人を殺すほどの度胸がなかった。度胸だけではない。殺人に走る発作的な熱情がないのだ。赴任から半年、席が隣同士の榊原は常に暗鬱の池に沈みこんでいるようで、殺人を呼び起こすほどの感情の高波がうかがえなかったのだ。榊原が教室で口走る冗談は、その暗鬱な心が生みだした白い泡に過ぎない。暗い内部が、逆に榊原を明るく見せかけていただけのことだ。榊原が人を殺せるのなら、玲子でさえ嫌いな人間の頭にためらいなく煉瓦を叩きつけることができそうに思えた。
 校長の話が続いている間にも、正門の前に車が二台並んだ。日本の新聞社の社旗が、ボンネットの横で翻っている。報道に規制のあるベトナムのマスコミ関係の車ではない。閉じられた正門の前で、記者たちがわめいているのが聞こえてきた。
校長はちらりと外を見て、最後につけ加えた。
「すでにマスコミ関係者が来ているようですが、前にもお願いしましたように、コメントはぜひ控えてください。すべて私か教頭が受けます。もし先生方が一言小石のような言葉を投げられると、その言葉は巨石が落ちたように大きく波紋を広げて、報道されるはずです。くれぐれもマスコミには、言葉づかいに気をつけてください」
 職員室に声はなかった。深夜の森のように静まり返っている。真由美、ヒエンの死、それに榊原の勾留。
 中学三年の教室に入る。朝のホームルーム。ヒエンを抜かした九人の生徒が席にいて、固い表情を玲子に向けた。
ランは起立・礼をしたあと、うつ伏せて顔をあげない。ヒエンの机の上に、赤いバラの花の一輪挿しが置かれていた。玲子は誰かわからないその生徒に、
「お花をありがとう」
 といったが、榊原のことは黙っていた。正門の前にいる新聞記者のことも、むろん言及しない。事務的に今日の連絡事項を伝えるだけにした。三時間目に自分の数学の授業がある。いうべきことがあれば、その時に時間をかけてゆっくり説明しようと考えた。朝の短いホームルームで、軽々しくものすべきことではない。生徒からの質問も出なかった。
 簡単に連絡を終えて二階の廊下に出ると、ランが追っかけて来た。
「先生、お話があります」
 ランは、荒い息づかいの中で、か細い声を出した。
「どうしたの。顔色が悪いじゃない」
「先生、私は霊感があるといいましたね。先生はそれを信じてくれなかったけど、私は昨日の夕方、ヒエンを見ました。私の家の近くです。先生、ヒエンは生きています」
 玲子は心を掻き乱された。
「めったなことをいうものではありません。ランも柩の中のヒエンを見たはずです。私は頬に触りましたよ。ヒエンはとっくに冷たくなっていました」
「あのときは、私もそう思いました。でも、見たんです。家の近くに買い物に行くと、ヒエンがスーパーのビニール袋を手にさびしそうな顔でぼうっと歩いていました。普段着用のパジャマでした。びっくりして名前を呼ぶと、はっとしたように白い顔を向けて、急に角を曲がって消えてしまいました。まちがいなくヒエンでした。ヒエンだからこそ、私の呼びかけに驚いて逃げたのです。そうでなければ、私が近寄っても逃げる必要などありません」
 玲子は当惑した。ヒエンが通りを歩いているはずはない。霊感が強いというランが、ヒエンの幻を呼び寄せただけのことだろう。人は見たい物しか見ない。ランは、墓を掘り返してでもヒエンに会いたかったのだ。
「わかったわ。でも、それは他の人にはいわない方がいいわね」
 ランは悲しそうに眉を寄せる。
「先生もやはり信じてくれないのですね」
「ランがヒエンを見たことは信じるわ。でも、そのヒエンが、本当に生きているヒエンだったかどうか、私には断定できないだけ」
「そうかもしれません。でも、ヒエンは私の家のそばに今もいるような気がします。自分で探してみます」
「無理をしてはだめよ」
「はい」
 今度は泣きべそかいたように笑った。
 職員室にもどりながら、玲子に自信はなかった。ランの言葉を現実味のないものと考えていたが、それでも心のどこかに生きていてほしいと願う気持ちがあった。その願いが、ランの見たのは幻想だと一笑に付す姿勢を、玲子に許さないのだ。
 玲子はそのとき思った。補習授業校の皆川に会う必要がある。皆川はヒエンのかわり果てた姿を見て、
「レー・ヒエンがどうしてこんな所に……」
 といったのだ。あれはどういう意味だったのか。土曜日まで待つことはできない。自分の座席に座ると、あわてて補習授業校の教師用連絡網を取り出した。

               2
 エアコンが十分に効いたレタントン通りの日本料理店は、日本人の駐在員たちで埋まっていた。一人でぽつんと昼食を取っている、くたびれた様子のネクタイ姿の駐在員もいて、テンプラ定食に箸をつけながら、片手でマンガ本を開いていた。
 皆川は、遅れるかもしれないから先に食べてくれ、というので、玲子は刺身定食を注文した。ベトナムにいて刺身定食はないだろうな、と一瞬考えたが、無理やり空腹のせいにした。朝はバナナ一本しか食べていない。食後にビールの小瓶でも飲みたかったが、どこに誰の目があるかわからない。学校を二時間抜けて昼間からビールでは、何をいわれても仕方ないだろう。陰でうしろ指差されることは、慎まなければならない。
 玲子が勤務していた北海道の漁師町では、頻繁に刺身を食べた。学校の宴会で新鮮な刺身が座敷の長テーブルに豪勢に置かれるのはもちろんだが、それ以外にも、自分で釣り竿を構えて港の堤防に腰をおろすことがあった。ソフトボール部の生徒たちと汗を流した夏休みなどは、そのまま魚釣りクラブに名前を変えて、並んで堤防に座ったりしたものだ。めったに釣れなかったが、たまにかかるソイや砂カレーは、夕食のメインディッシュの刺身になった。白い鴎が波間を飛んで、人恐れしないで玲子たちのそばまでやって来たのを、なつかしく思い出す。
 玲子は騒音の満ちるホーチミン市とその漁師町を比べて、大変な所に来たものだ、と後悔に似た気持ちにいつも捉えられていた。日本人学校は楽しかった。給与生活者としては、ちょっとした上流階級並みの生活ができる。苦情をいうことは何もない。それでいて質素な漁師町がなつかしいのは、どうしたことだろう。
木下大和の母親のように、世界の広がりを日本人社会の狭隘な空間だけに限定し、裕福な外国人しか入れない日本料理店で毎回食事を取っているのなら、それはそれで納得できる生活だろう。しかしそう考えるとき、ランやヒエンの悲しい瞳が迫ってくるのだ。ヒエンの目は、もしあの目がぱっちり開くのなら、そんな玲子の慟哭を偽りと非難するだろう。あと一年半、中途半端な気持ちのまま最後までやっていけるだろうか、と自信が失せるようだった。
 ビールは諦めて食後のお茶を静かに飲んでいると、皆川がやって来た。反射的に腰をあげ、声をかけた。
「皆川さん、お先にいただいておりました」
 皆川は長い髪を掻きあげて、黙って前の席に座った。口もとにニキビのような赤い斑点がある。
「日本料理なんて久しぶりだな。本当にご馳走になってかまいませんか」
 玲子は腰をおろしながら、
「いろいろおききしたいことがあるので、当然です」
「じゃあ、高いのを注文しますよ。刺身定食。いいですか」
「ちょうど私が食べたものです。やはりもう少し待ってご一緒すればよかったですね」
 皆川は注文してから、まぶしそうに玲子を見つめた。
「日本人学校の先生方は、いつもこのような豪勢なものを食べているのですか。ぼくたちは日雇いみたいなものだから、日本レストランに入るのは年に数回しかないんですね。たいていはベトナム人しかこない安いベトナム料理店ばかりなんです。毎日金にもならないような日本語学校で教えているから、補習授業校の半日六十ドルは、おいしい仕事なんです。あれは手放せないな。補習授業校の若い連中は暮らして行くのはかつかつ何とかなっているんですけどね、たまに帰国したいと思っても、飛行機代の千ドルをやり繰りできないんです。この国で働いて千ドルはじきだすのは、本当に大変なんですよ」
 皆川は一人で気安くしゃべった。どこか小さな動物が甘えてくるような感触があって、その舌足らずな口調が玲子の背筋を冷たくした。
 皆川が一しきり不満をこぼし終えるのを待って、玲子が口を開いた。
「あのね、電話では何だと思って、先生にわざわざ来ていただいたのは、ヒエンのことなんです。先生はヒエンをご存じでしたよね」
「ヒエンって、レー・ヒエンのこと?」
 玲子はうなずく。
「先生は、補習授業校の先生でしょ。その先生がどうしてヒエンをご存じかな、と不思議に思ったのです」
 皆川は笑った。乱れた歯茎があらわになる。
「あたり前じゃないですか。ヒエンはぼくの生徒ですよ」
 玲子の表情に戸惑いが走った。
「だって、先生は日本人学校で教えていないじゃないですか。それともヒエンの家庭教師でもしているのですか」
 皆川も顔に当惑の色を浮かべる。
「先生のいっていること、よくわからないな。だってヒエンは、ブリティッシュの子ですよ。ぼくはブリティッシュでも教えているんです。あちこちでこまめに働かないと、暮らしていけないものでね」
「ブリティッシュって?」
「ブリティッシュ・スクール。英国系の中学校ですよ。といってもイギリス人などの欧米人の子は少なくて、ほとんどがアジア人ですけどね。日本人以外は、韓国人やベトナム人が多いかな。だから母国語の授業も当然あって、そこでぼくは日本語、普通にいうと国語かな、それを週に二回担当しているんです。ヒエンはそこの生徒ですよ。ベトナム人なのに、日本語を取っているのは変ですけどね」
 玲子は、背後からふいに頬を撫でられた気がした。
「でも、ヒエンは日本人学校の生徒ですよ。ブリティッシュに行っているなんて、聞いたことありません」
「ぼくは、逆に、ヒエンが日本人学校に関係あるなんて、ちっとも知らなかった」
「本当にヒエンですか」
 玲子は真剣な目差しで確認した。
「もちろん、レー・ヒエンです」
「亡くなった顔を見ましたよね。あの子のことですか」
「当然です。でも、何か変だな」
と首をひねって、
「日本人学校は週に何回やってます?」
「土日以外の毎日です。朝の八時半から午後三時までです」
「ぼくは火、木の二回。両方とも午後二時からの授業です」
 ヒエンは週に二回早退して、ブリティッシュ・スクールに出かけていたのだろうか。そんなこと、聞いたことがない。いや、それより何より、木曜日の午後二時といえば玲子の数学の授業である。ヒエンはこれまで一度も休んだことがなかった。
 皆川が納得できない顔を向ける。
「ブリティッシュの子が日本人学校で死んでいるので、ぼくは本当に驚きました。でも、どうも話を聞いていると、ぼくの知っているヒエンと、先生のいうヒエンは、別人のような気がしますね」
 刺身定食が運ばれた。皆川はヒエンの話題を忘れたかのように、卑しそうに箸をこすった。
「わあ、豪華な昼食だ。いただきますよ」
 そういうと、飢えた獣のようにがつがつ食べはじめた。
 玲子は混乱した頭の中に光の筋を通そうとした。双子という言葉がそっと忍んだ。すぐに首を横にふる。学校に提出された書類にそのような記載はなかったし、ヒエンもランもほのめかしたことすらない。ランは実際に何度もヒエンの家に遊びに行っているから、たとえ隠しても、すぐにそれと気づいておかしくないはずだ。言葉の端々でもよい。子供時代の写真でもよい。双子であれば、どこかでわかるのではないか。
「ねえ、ちょっとあなたの知っているヒエンのこと、話してみて」
 皆川は頬をふくらませて口を動かしながら、玲子を上目づかいに見た。
「ぼくは授業でしか知らないから、詳しくはわからないですね。何をどういえばいいのかな」
 玲子はじれったそうに強い言葉を放つ。
「たとえばよ、あの子は英語が上手? 明るい子? 暗い子? それに日本語は問題ない? そうそう、ヒエンは北海道弁を話す? たとえば『しゃっこい』とか、『あずましい』とか。かわったイントネーションはない?」
 皆川はまた定食に顔を突っこんだ。一生懸命食べながら、いろいろ思い出そうと努力しているみたいだった。ふいに箸をとめて、視線をあげた。
「そうですね。ブリティッシュに来ている位だから英語は上手ですよ。訛りはあるけど、きっと普通にしゃべれると思います。性格は明るいですね。日本語ですか? これは文句なしに上手です。一応カリキュラムにあるのでぼくの授業を取っているけど、ヒエンに教えることは何もないですよ。ときどきあれって思うような難しい言葉を使うこともありますしね。たとえば、何とかと何とかの間にはソゴがある、とか。そんなことをいった覚えがあるな。ソゴなんてぼくは知らないし、そんな言葉なんて、普段誰も使わないじゃないですか。そういえば蛇を見て、キモを潰したと叫んだこともあったな。蛇を潰した、のまちがいじゃないかと思うのですけどね」
 「キモを潰した」は、玲子もヒエンの口から聞いたことがある。
「ぼくは長崎だから北海道弁がどのようなのか知らないですけど、『キモを潰した』が方言でないのなら、他にはきっとないと思いますよ。ただ、雪虫がどうのこうのってのは聞いたことがあります。なんだ、それ、って尋ねたら、雪が降りはじめる前に飛ぶ小さな白い虫で、本物の雪のように見える、って説明してくれました」
 玲子は目を伏せて、湯飲みをかすかに震える唇に運んだ。皆川がいっているのは、明らかに玲子の知っているヒエンだった。雪虫が話題に出たことはなかったが、北海道で生まれたはずの祖父、安東修一から聞きかじったとすれば納得できる。
同じ雰囲気を持ち同じ思考をするヒエンが、日本語学校にもブリティッシュ・スクールにもいたのである。考えられるのは、やはりヒエンは双子という可能性だった。それも何から何までそっくりな双子。当然一卵性だろう。しかし、たとえ二人のヒエンが双子だとしても、普通親は別々の名前をつけるものではないか。なぜどちらもレー・ヒエンなのか。それに日本語学校のグランドに倒れていたのは、どちらのヒエンなのだろう。
 皆川がふいに顔をあげた。
「そうだ。聞こうと思ってたんだけど、ヒエンのお腹を見たことありますか。もちろん服の上からですよ。よくわからないけど、ときどきふくらんで見えるときがあったな。ほんのちょっとですけどね。妊娠しているのかなって思ったりしました。でも、本当にちょっとだからまちがっているかもしれないし、それに次の授業のときは普通にもどっていましたね。多くのベトナムの女の子のように細い腰、柳腰というのかな、そんな風にしぼんでました。あのヒエンは、何だかよくわからない子だったな」
 玲子は皆川の言葉に衝撃を受けていた。中学生のヒエンが妊娠していたなど想像したこともない。お腹のふくらみが皆川の目に辿れるのなら、すでにつわりだってあったはずだ。吐き気の兆候があれば、ランが無理にも保健担当の先生か担任の所に連れて行ったはずだが、そんな話は聞かない。
しかし皆川の言葉にこもる真実味に、頭を強く圧迫されるような気持ちになっていた。

 放課後になるとすぐ、玲子はランを誘ってタクシーでビンタン区に向かった。勤務時間は五時までだから、二時間の有給休暇を取った。昼休みの二時間と合わせて、今日は四時間も時間休みしたことになる。
 ヒエンを探しに行こうと誘うと、ランは迷路に落ちたように戸惑いの顔を向けた。ヒエンは生きている、と重ねていうと、ランは勢いづいた。
 ヒエンはビンタン区のどこかにいるはずだった。ランが見たのは霊感が強いせいではない。柩の中にいたヒエンではなく、もう一人のヒエンは死んではいないのだ。今や玲子に強い確信があった。
 タクシーをビンタン区のランの家の近くに停めて、玲子はバッグから入学願書の写真を取り出した。
「ラン、いろんな人にこの写真を見せて、きいてね。住んでいる場所、きっと誰かが知っていると思うわ」
 ランはしっかりうなずいて、昨日ヒエンを見たという辺りで聞き込みをはじめた。写真を見せながら、腰を驚くほど低くして、あの店この店とたずねまわった。玲子は狭い小路に注意を払いながら、そばに立ってランの問いかけを聞いていた。ベトナム語だから何ひとつわからない。ランが新米刑事に見える。そうなら自分は何だろう。
 ヒエンはスーパーのビニール袋を持っていた、とランはいった。そのスーパーはどこにあるのだろう。遠いはずはない。そこで待機していれば、ヒエンはきっと現れるはずだ。
そんなことを考えてランを見やると、突然ランの表情が大きく揺れた。はじかれたように玲子にふり向いた。
「先生、わかりました。この裏通りにいるのが、ヒエンに似ているそうです」
 狂乱してあわててランの手を取り、狭い道に向かって走りはじめた。その手をランがぐいっと引いて、
「先生、こっちです。そっちに行けば、逆に大通りに出てしまいます」
 自分の軽率さを恥じる余裕もなく、今度はランに手を引かれて狭い路地にもぐりこんだ。両側の粗末な家々から、夕食に肉を焼くにおいが漂って来る。急ぎ足で窮屈な路地を抜ける。
抜けた所にヒエンが立っていた。少し道が広くなって物売りが並ぶ路地に悲しそうな顔で立ち、言葉を失っている玲子とランをじっと見つめていたのだ。ヒエンは、ランを訪ねた夜と同じ白いシャツにジーンズをはいていた。
「この傘、ありがとう」
 ヒエンは手に持った赤い雨傘を差し出して、小さな声でいった。
 傘を受け取りながら、ランは訴えるように玲子を見つめた。玲子にもランのいいたいことがすぐにわかった。ジーンズの膝上まで、泥を浴びたように汚れているのだ。
 グランドに横たわるヒエンを見たとき、ランがつぶやいた言葉が頭を走る。
――ちがうよ。ヒエンはどこかおかしいよ。
 汚れたジーンズを目のあたりにして、ランの感じた違和感を玲子も理解したのである。
 ランの家に泊まったヒエンは、予期しない大雨に打たれて朝早く帰って行った。大通りに出るには、濁流に膝上まで埋まらなければならない。ジーンズは泥を含んで汚くなるはずだ。なのに、グランドに倒れていたヒエンのジーンズは、洗濯したばかりのようにまっさらだった。ランの神経の糸が無意識のうちに、ジーンズの清潔さを拒否したのである。倒れていたヒエンと、ランの家に深夜訪ねて来たヒエンは、別のヒエンだったのだ。そう考えると、わずか二時間のうちに日本人学校まで運んで遺棄することの不思議さが解けてくる。実際は解剖医の所見のように、ヒエンはもっと早い時刻に亡くなっていたのだろう。死亡推定時刻を偽装するためか、ランに別れをいうためか、理由が何であれ、ヒエンは夜遅くランの家を訪れたのだ。
 ヒエンが泣きそうな声でいった。
「買い物に行こうとしたら、先生とランがあちこちの店で何か聞いているのが見えたの。私が生きているとわかって探しているんだ、そう考えた。だから二人に本当のことを知ってもらおうと思って、部屋に帰ってこのジーンズをはいて来たの。洗濯して泥を落したら、もうランに会えないような気がしてた。……傘を返さなくちゃ、いつもそう思ってたよ。傘、本当にありがとう。大雨の中、とても助かったよ」
 ランの目は潤んでいた。何もいいだせない。
 衝撃の中で、玲子がようやく口を開いた。
「今ここにいるヒエンは、どちらのヒエンなの? 私のよく知っているヒエン?」
 ヒエンは長い髪を風になびかせて、ちょっとうつむき、それから玲子にしっかりした眼差しを向けた。
「どちらのヒエンも私だと思うし、どちらでもないのかな、とも思う。でも、私はいつだって玲子先生がよく知っているヒエンでした」

              3
「日本人学校の榊原という男が逮捕されたという。ニャムが私たちを誘い出すためにはじめた陽動作戦だ。茶番に過ぎない。榊原が八巻八州男の孫娘を殺していないことは、ニャムにも充分わかっているはずだ。何よりあの男には動機がない。ヒエンの死の様態が理解できなくて、ニャムはあのような愚かな作戦を取っているのだ。あいかわらずベトナムの公安のやることは、姑息で卑劣だ。ヒエンの死体を発見してから、ニャムの部下たちは息子に尾行をつけはじめた。それでいて榊原を容疑者に仕立ててみせる。それがベトナム流のやり方なのか」

 安東修一元曹長は、大きな家の二階のソファに白い喪服のまま横たわって、腹の底から湧きあがる怒りをこらえていた。その怒りは安東の過去に向けられたものでもあるし、また不確かな未来に向けられたものともいえる。安東の口はおびただしい悪罵を含んで、においを放っていた。

「八巻八州男少尉はサイゴン時代のことを書こうとしたらしい。しかしどう書けばよいのか。それを正直に書けるほど、心のまっとうな上官ではなかった。わずか数ページのうちに、すでに嘘を散らしている。嘘は何のためにつくのか。自己を虚飾するためではないか。哀れな己の心を演劇の主役のように、壮大な姿にしたいだけのことだ。人間であるおのれを神のごとく考えること自体、不遜で厚かましい。正直に書けば、その中に神が現れる。どれほど卑小な神でも、神にはちがいないのだ。
 新型爆弾が広島と長崎に投下された知らせは、どこからともなくサイゴン南方軍総司令部にも届いた。それこそまさに風に乗って来た便りのように思えた。私には核分裂のもたらす甚大なエネルギーに関しての知識があったから、その爆弾でどれほどの被害が生じたか想像できた。だから八巻少尉に問われたとき、この戦争で日本軍に勝ち目がないことを告げた。それは理性が下した冷静な判断であったが、それと戦いを放棄することは別の話である。しかし少尉は自分の手記の中に、最初から小隊で戦いを継続する意志を書きこんでいる。実際はあのように即座に決断したのではなかった。私の予測を聞き、少尉の指先が震えていたのを覚えている。誰でも新型爆弾の実際を知れば、怯えて当然である。しかし少尉はそれを書かない。そしてすぐに決然と戦いの継続を決めた由を書き記す。
 私は最後の一兵卒までも戦い抜くべきだと考えていた。それが天皇陛下の赤子の責務であり、アジア解放という理想の成就の道だと信じていた。それを伝えたときに少尉は、いや、もう少尉とは呼ぶまい、八巻は私の決意を知って、しぶしぶ戦う姿勢を見せただけのことだ。私に投降を伝えるキモの太さはなかった。
 敗戦の知らせが司令部に届いたが、兵士たちには知らされなかった。その夕刻八巻はトラックを一台無断で持ち出し、小隊をクチに向けたのだ。やがて英米軍が濁ったサイゴン川を遡って来るだろう。八巻はその敵軍に立ち向かおうというのではない。逆に陥落寸前のサイゴンをあとにして、逃亡を決めこんだのだ。
クチに着くと、村から離れた遠い森に、ニッパヤシで屋根をふいただけの粗末な兵站宿舎を建てた。天皇陛下の終戦の詔があってから、一週間が過ぎた頃ようやくその完成をみた。
風のない、熱気のどんよりした森の奥で、兵士たちは憔悴していた。一度熱帯の森に入ってみるがよい。軍服を脱いでシャツ一枚になっても、湿気を含んだ濃厚な空気は、糊のように肌にまつわりついてくるだろう。その不快な森でぐったりする兵士たちの間に、敗戦の噂がゆっくり広がっていった。
 二週間過ぎても、英米軍もフランス軍もやって来なかった。兵士の耳もとに、おれたちはなぜここにいるのか、そういう悲痛な疑問が囁かれるようになった。
ある朝、兵の一人が森を抜けて川沿いに逃亡を図った。その兵士が狂気に捉えられていたのは誰の目にも明らかだった。逃亡数日前の言動はいかにも奇態だった。八巻は部下に命じてその男を連れもどさせ、敵前逃亡の罪で、自らが兵士の面前で銃殺処刑したのである。
 八巻が引き金を引いたのも、血を吸った山蛭のように恐怖心がふくらんでいたせいにちがいない。このような敗戦後の狂った上官による処刑は、後にあちこちから聞こえてきた。帝国陸軍は、八巻のような上官をたくさんかかえていたのである。
 自分の行動にうろたえて、八巻はつめ寄る兵士たちに銃を向けた。もちろん私も八巻をなじり、戦争が終わったことを大声で兵士たちに宣言した。すると誰いうともなく、日本に帰れるかどうかわからない、たとえ帰れたとしても本土に足を置いた瞬間、アメリカ軍に虐殺されるだけだ、という考えに捕縛され、多くは命尽きるまで戦うことに決めたのだった。私は当初からそのつもりでいたから、内心歓喜したことは否定しない。八巻は目に怯えを宿したまま、銃を兵士に構えて震えているばかりだった。
 八巻は十五年後の手記の中で、最後まで敵に立ち向かう自らの勇敢さを、息子や孫のために書き残したかったのかもしれないが、書くに足るものは何もなかったのだ。
 トラックに乗った小隊三六人のうち、ちょうど二分隊に当たる二四人はそのままクチの森に残った。事実上の招集解除に、闘争の継続を渋る者たちは徒歩でサイゴンに向かった。彼らが無事にサイゴンに辿り着いたかどうか、私はその後も知らない。
ただ残念に思えたのは、残留した者すべてが最後の一兵卒まで天皇陛下のために戦おうと決意したわけではなかったことだ。すでにアメリカ軍の占領下にあるはずのサイゴンにもどるのが、怖かっただけのことである。
 いずれにしろ、私たちはクチの森に身をひそめた。いつどうやって動きだすかは誰にもわからなかった。八巻はもう少尉でも何でもなかったが、生活を共にしていた。食料も水も乏しくなり、雨あがりのバナナの葉に溜まった水に唇をつけたり、木の幹に潜む虫や水溜まりに隠れるイモリを捕まえて食べたりした。夜になるとクチの農家から物をかすめて、腹を満たす者まで出た。そのうち兵たちの鬱屈が八巻に向きはじめた。なぜ戦争は終わったのにクチに来たのか、そう叫んで責めたてたのだ。弾の少なくなった銃を、八巻の首筋に向ける者までいた。八巻は唇を震わせるだけで、話にもならない。
 その最中に敵軍が森を急襲した。村人に手引きされてやって来たのだ。共産党軍のように思えたが、夜間でもあり、はっきりしない。私たちは果敢に戦い、何人かはトラックを動かして敵軍に突っこんだりした。しかし銃弾が尽きると、燃えあがるトラックを尻目に、梟の鳴く暗い森を遁走するしかなかった。
皇軍としてはみっともない話だが、私たちは散り散りになって逃げたのである。私は知らぬ間に肩を撃たれて負傷していたが、気がつくと八巻が私のそばで足を引きずっていた。他の者たちがどうなったか、今にいたるも知らない。
 その夜遅く、私と八巻は血を垂らしながら森の外れの民家の戸を叩いた。出てきた老人と老婆は、銃を構える私たちが日本兵と知ると、こだわりなく部屋に招き入れた。そして娘たちに傷の手当てをさせ、食事、寝床を用意させた。彼らのもてなしは驚くほど丁重だった。木を切って炭を作ることを生業にする一家である。
 私はサイゴン駐屯を拝命してから、ベトナム語を勉強していたので、その家族と片言ながら話ができた。老人は日本軍を称賛し、日本軍のおかげでフランスの過酷な植民地支配から脱することができた、フランス時代に比べると税金面でも楽になった、と感謝の言葉を述べて、敗走兵の私たちをよろこばせた。当時、帝国陸軍を原因とするベトナム北部での数百万人にもおよぶ餓死者の噂が盛んだったので、彼らの言葉に心からほっとした。おそらく南部の森の奥地までは、北部の惨状は届いていなかったのだろう。
 老人は戦争の終焉を知っていた。そして、負傷した体で出て行くのは危険だからいつまでもここにいてかまわない、といった。老夫婦と娘二人の暮らしは、確かに不用心でもあった。
 傷は二週間もすれば癒えた。体力が回復してくると、八巻は再び上官ぶりを示しはじめた。人里離れた森でのんびり暮らすうちに、私の内部でたけり狂っていた戦争の怪物が、ぐったりと横たわる日も多くなった。私一人の力で逆らっても仕方ない、という自暴自棄な思いもあった。そして何より、私は二人娘の姉に情が移っていたのである。姉はミンといった。私は炭焼きの仕事を手伝い、ミンと共によく笑うようになった。そうなれば八巻はただ鬱陶しいだけの男になる。その八巻が好色な目をミンに向けていた事実に、うかつにも私は気づかなかった」

 安東修一元曹長は、薄暗くなった部屋の中で目を閉じた。年老いても、ミンの姿は瞼の裏から薄れてはいない。炭を焼く安東のそばに座って、ミンは楽しそうにベトナム語を教えてくれた。そんな日々が、鮮明に脳裏に焼きついている。おかげで上達は早かった。覚えたばかりのミンの地方言葉を使って、安東は山に関することをいろいろたずねた。ミンは樹の名前や花の名前、飛ぶ虫の名前など、あらゆることを教えてくれた。
 しかし安東の頭に拭っても拭いきれない光景として浮かぶのは、ミンの笑う姿ではなかった。胸を赤く染めて息絶える断末魔の光景だった。ミンは最後の息でいった。
「修一、妹のロアンはあなたが好きです。私は先に逝きます。あなたもロアンもまだこちらに残ります。ロアンを好きになってあげてください」
 そう言い残して、ミンは静かに微笑みながら亡くなった。西空の真っ赤な夕焼けが、ミンの胸の血をさらに鮮烈にしていた。

「八巻八州男がミンを殺したのである。横恋慕した八巻はミンに執拗にいい寄ったが、拒絶されると銃を取り出してミンをてごめにしようとした。しかしミンが激しく抵抗したため、危険を感じた八巻は引き金に指を伸ばしたというのだ。事実は単に銃が暴発しただけのことかもしれない。
正確ないきさつは知らないが、夕方炭焼きからもどった私の目に、家族に囲まれて眠るミンの姿があった。ミンはまだ細かい息をしていたが、胸に赤い空洞があった。山深い場所では手の施しようがない。私は、静かにミンを抱いてやることしかできなかった。
 八巻はすでに逃亡していた。どこに向かったのか、それすら私は知らなかった。孫娘に聞いて、サイゴンに辿り着いて投降し、昭南島(シンガポール)のチャンギ収容所に送られ、二年後に帰国したことを知った。敗戦後に部下を意味なく銃殺した事実は、どこからも漏洩しなかった模様である。
 私はずるずるとそのまま山にいた。しかし炭を焼きながらも、帝国陸軍の掲げたアジア解放の理想は、眠ることはあっても消滅することはなかった。当時の日本がどうなっているか、詳しくは知らなかった。しかし日本という国が生き延びたことは噂に聞いていた。北海道の開拓村にいた病弱の老母は、私の帰りを待ちわびながら亡くなったことだろう、と考えた。日本にもどる理由はすでにないのだ。
 二年後に妹のロアンと結婚した。逃亡日本兵の私に戸籍などないから、正式な結婚というわけにはいかない。ただ両親の許しを得ただけのことである。息子が生まれたのは、その翌年の夏のことだ。
 ヒエンの担任教師として、八巻の孫娘が、不意打ちを食らわすように、ある日突然やって来た。その瞬間、五十年の歳月を越えて、忘れていたはずの過去が墓場から蘇ったのである。私の目には、孫娘は不幸をもたらす悪鬼のように見えた。なぜこの娘は、まるで探しあてたように私の場所に顔を出したのか。
 二人の間に八巻八州男の話題が出たとき、私は自分を抑えることができなかった。口論になると、鬼になってその孫娘をなじり、八巻八州男が小心さゆえに二人の人間を無意味に殺害した事実を伝えた。孫娘も激しい口調で私に食ってかかった。そして、私だけでなく、ベトナム人の心さえも罵ったのだ。
怒った孫娘は怒鳴り終えると、乱暴に手提げ鞄をつかんだ。しかし私は帰さなかった。怒りがおさまらなかったからだ。孫娘は私の手をふり払って、大声で叫びあげた。
『戦争、戦争と、バカの一つ覚えみたいにいうけどね。結局あんたは、ベトナム人のようにすべてを戦争のせいにして、地べたを這って生きているだけじゃない。こんな国に来て、私は毎日吐き気がしそうだったよ。ベトナム人は汚いし、まるで泥の中の目のない虫みたいだった。道路に寝そべって笑っている連中を見てよ。明日のことは何も考えないで、虫けらのようにその日を暮らして平気じゃないの。この国はどうして日本のように発展しなかったのよ。間抜けで、だらしないからじゃない。そんなベトナム人に昔の戦争のことで、大事なお爺ちゃんを悪くいわれたくないわよ。戦争なんか、私が生まれる前にとっくに終わっていることじゃない。根性の卑しい貧乏人に限って、なんでも戦争で片づけようとするものよ』
 私も声を荒らげる。
『日本は金持ちになったかもしれない。しかしその日本人の足に踏み潰されて、アジアの民衆が今もうめいているのがわからないのか。ベトナム戦争の最中に、日本は何をした。武器や生活必需品をアメリカに売りつけて、それで腹をふくらませて金持ちになっただけではないか。どうしてその武器を使って、ベトナムの南部人を助けに来なかったのだ。韓国は来た。オーストラリアも来た。しかし日本人は対岸の静かな場所にいて、積みあげられる死体をにやにや見つめて、金儲けの算盤をはじいていただけだ。それで発展しただの、平和になっただのといって、威張れるものか。私は南部にいて共産党に嫌悪と恐怖を抱いていた。だから毎日毎日、祈るような気持ちで、日本軍がサイゴン川をのぼってくるのを心待ちにしていたのだ。
確かに戦争当時の南部の人間は、泥の中でうめきながら這いずりまわる虫けらのようなものだったろう。北の軍靴にいつ踏み潰されるかとおどおどし、息絶え絶えに地べたでうめいている明日の命さえわからない者たちに、虫以上のどのような生き方があるというのだ。常に対岸にいた日本人に、ベトナム人を口汚く嘲る権利などあるものか』
 やがて街に出てから、日本が関わった先の戦争で、皇軍がアジアの同胞にどのようなふる舞いをしたか、誇張があるにしろ、私は共産党の新聞で読んだ。昭南島での中国人虐殺は目にあまるものがあった。中国や韓国での残忍な支配の実態も知った。日本軍は、あまりにもアジアの民衆に尊大で、悪鬼のごとき行為をしたのだ。日本軍への失望は大きなものだった。
 しかしそのとき目の前にいて狂ったように叫ぶ八巻の孫娘は、いったいどのような日本の現実が生んだ怪物なのか。私の目には、孫娘が、祖父八巻八州男と同じく不遜で傲岸な化け物に見えたのである。孫娘は武器を携帯していない。しかし両手にあふれるほど持つ日本紙幣で、ベトナム人の頬を叩き、幾度となくひざまずかせたにちがいないのだ。ちょうど八巻八州男が銃を片手に、ミンにひれ伏すよう求めたのと同様に。
 旅行者ならそれでもよい。しかし孫娘はサイゴンに暮らし、ベトナム人のいる空間に居住している。それでいて民衆を嘲笑う。その孫娘には、旧帝国陸軍の持つ腐敗のすべてが濃縮されているように、私の目には映ったのである。こんな女に、若い私が理想に燃えて戦った国に来てほしくなかった。そして何より、部屋の片隅にこっそり身を隠して、着ている服よりさらに白い顔をして震えているヒエンの眼前で、ベトナム人を悪しざまに罵ってほしくはなかったのだ。ヒエンは、燃えるような怒りで、細い体をただ震わせることしかできなかったのである。
 八巻の孫娘は死ぬべくして死んだ、と私には思える。むろん私の目に涙はない。あの日死ななくても、孫娘はいつか誰かに殺されていたはずである。怪物のように傲慢なこの女に煉瓦をふりあげたことで、永劫に罪の意識をかかえることになったヒエンに、私は涙を流すだけだ。
 八巻の孫娘が日本の父親に電話をかけてから尊大に顎をあげて帰ったとき、ヒエンがこっそりあとを追った事実に私は気づかなった。ヒエンの目の奥で爆発したように燃え盛っていたのは、ベトナム人を悪し様に罵られたことへの怒りではなく、嫉妬だったことに、私が気づくことはなかった。山深い森の中で、八巻がミンに好色な目を向けていることに気づかなかったように、私はまた、あのときのヒエンの炎のような心をも知らなかったのである」

               4
 ヒエンの住む二階建てのレンガ造りは、鰻の寝床といわれる長方形で、間口は狭いが奥行きは深い。その奥まった場所に台所が作られていた。頑丈に施錠された鉄格子の門口が、雨あがりの午後の光と涼しい風を導き入れている。
 一階の居間にはソファもテーブルもなく、白いタイル床に机が二つあるだけだった。机の前の壁には、ベトナム人に人気のアンジェリーナ・ジョリーの映画ポスターが張られている。賄いも手伝いの女性も置かず、ヒエンはここで、自分で料理を作って暮らしているのだ。
 チェックの緑地のパジャマに着がえたヒエンは、台所にある大型の冷蔵庫からよく冷えたセブンアップを取り出して、そのまま床に座る玲子とランの前に置いた。
「先生はお茶の方がよかったですか」
「これで十分」
 玲子はまだ落ちつかない様子で、戸棚からお菓子を出そうとするヒエンを目で追った。ヒエンは深刻な表情を作っていたが、内部からこみあげるよろこびは隠しようがない。
「ヒエン、かまわなくていいのよ。座りなさい」
 ヒエンはうなずいて、これからお仕置きを受ける子供のように行儀よく正座した。
 玲子は何から話してよいかわからなかった。質問が多すぎてこんがらかっていた。ランも顔中にみなぎるうれしさを、自分で持てあましていた。
 ランが口火を切る。
「ヒエン、よくわからないよ。ヒエンは確かに死んじゃったんだよね」
 ヒエンはセブンアップのプルトップを引きながら、またうなずく。
「じゃあ、ここにいるヒエンはいったい誰?」
 ヒエンは、くすりと壊れそうな小さな笑みをこぼして、
「私はヒエン。いつもランにやさしくしてもらっていたヒエンよ」
「じゃあ、亡くなったのは?」
「あれもヒエン。ランと仲のよかったヒエン」
「わからないよ。もう少しわかるように説明してよ」
 と、だだをこねていうランを援護するように、玲子も混乱したまま口をはさんだ。
「私にも何がどうなっているのか、まるで理解できないのよ。ヒエンが二人いたのはわかるけど、でも、どうして二人とも同じ名前なの?」
 ヒエンは困ったように眉をひそめた。
「先生が想像しているように私たちは双子です。そして本当にどちらもレー・ヒエン。同じ名前です」
「そしたらお父さんやお爺ちゃんは困るじゃない」
「別に困ったようには見えなかったけど、でも、たまに大きいヒエンとか小さいヒエンとか呼ぶことがありましたよ。私は小さいヒエン」
「小さいって、身長や体重は同じに見えるよ」
 ランが口を尖らす。
「別に体で大きい小さいといったわけじゃないの。私たちは体型が同じだし、そうなるように食事にも気を使っていた。衣服も、同じ物を必ず二つ買ったり、仕立てたりして、毎日お揃いを着るようにしていたの。そうすれば、体型に変化があったら、すぐにわかるじゃない。だから、大きい小さいは意味があったわけじゃないの。ただお爺ちゃんが区別したいときだけそういったけど、そのお爺ちゃんも混乱していたと思う」
 玲子は目を一度宙に置いてから、ヒエンに落とした。
「じゃあ、日本人学校で私が教えていたのは、大きい方、小さい方?」
「両方です。私たちはお互いにあっちに行ったり、こっちに行ったりしていました。だから私たちには、日本人学校にもブリティッシュ・スクールにも友だちがいました。でも、本当は日本人学校の方が好きだった」
 玲子はますます途方に暮れて、くやしそうに唇を噛み、力をこめてセブンアップを開けた。それから一口飲んで尋ねる。
「でも、そしたらいろいろ困るじゃない。もう一人のヒエンが友だちと話したことなんか、わからないでしょう。話がおかしくならない?」
 ヒエンはうつむいて力なく笑う。
「たまにそうなります。でも、学校から帰ると、一区の父の家に寄らない方がスーパーに買い物に行って、料理を作って待っています。それから寝るまで私たちはたいていここに一緒にいて、それぞれ学校であったことや、友だちと話したことを確認したり、その日に習った授業の復習などをします。勉強がわからなくなるのはお互いに嫌だったから、復習には一生懸命でしたね。だから、私たちは同時に二つの学校に通っていたようなものです。そんなヒエンと一緒にいるとき、私はとても楽しかった」
 玲子はあきれた顔をする。
「二人で一人なんて、考えられないわ。そんなこと。無理よ」
 ヒエンは髪を掻きあげて、ランをいたずらっ子の目で見つめた。
「ラン、やはりヒエンは変だった?」
 ランは悪さを見とがめられたように、あわてて首をふる。
「たまにあれって思うときもあったし、とんちんかんなことをいうこともあったけど、でもまったく気づかなかった」
「よかった」
 ヒエンは、ほっとしたように目もとを細めた。
 玲子はまた首を傾げる。
「でも、役所に届けるときに、同じ名前なら受理してくれないのじゃない?」
 ヒエンは、玲子にしっかりした視線を向けた。その目の奥に不思議な光があった。
「私たちには一つの戸籍しかありません。二人合わせて、一人のヒエンを生きていたのです」
「どういうこと?」
 玲子の怪訝な声に、ヒエンはふと悲しそうに目を伏せた。
「私たちが生まれた頃のベトナムは、今のように豊かではありませんでした。一九八八年といえば、ドイモイ(経済開放政策)が開始されて二年近くたっていましたが、国は最悪の状態でした。インフレも激しく、食料事情も悪くて、ベトナムは世界最貧国の一つに数えられていたのです。近所には餓死する人もいましたよ。ランのお父さんやお母さんのように、ボートで国を棄てた人も多かった。
私たちがクチよりさらに奥地で生まれたとき、双子と知って父は愕然としたそうです。今だと双子は一度のお産ですみますから面倒がなくてよい、と歓迎する親も多いのですが、当時は両親とお爺ちゃんがやっと食べて行けるだけの生活でした。二人の子供を育てる余裕なんかありません。そのうえ生まれた私たちは小さくて、栄養状態もよくないから、うまく育つかどうかもわかりませんでした。母はお産のときに体を壊して、そのまま寝ついていました。父もお爺ちゃんも大変だったと思います。当時の普通の親なら、きっと一人を売ってしまうか、殺してしまったと思いますが、父にはそれができませんでした。でもおそらく、二人のうちどちらかがひどい病気にでもなったら、そのまま死んでも仕方ないと考えていたんじゃないかと思います。医者に見せるお金も十分にありませんでしたからね。
でも両親の予想に反して、私たちはひ弱なまま、極貧の中で育ち続けました。やがて私たちが離乳して半年もすると、母が亡くなりました。母は私たちにお乳を与えるためだけに、一年と少し生きていたことになります。
だいぶ経ってから街に出る機会があったので、父は母の死亡届けを出し、ついでに私たち一人だけを戸籍登録してきたのです。ヒエンというのは、戸籍係に聞かれたときに、父がとっさに思いついた名前です。変な話ですが、それまで私たちには名前がなかったのです。父にはまだ二人が無事に育つとは、信じられなかったのですね。生まれて二年近く経っていましたから、私は、本当は十六歳で、ランより二つお姉さんなんです」
 ヒエンをいつも姉のように慕っていたランは、口をぽかんと開けて、しきりにうなずいた。
 玲子は、日本料理店で会った好色な顔だちの男を思いだした。その日本人は五十八歳で退職してベトナムに移住し、若いベトナム娘との正式な結婚を考えていた。相手の親族の諒承は取れたが、残念なことに娘はまだ十六歳だった。ベトナムの法律では、女性が結婚できるのは十八歳で、あと二年待たなければならない。しかし本当はその娘は二十歳だった。生まれてから四年の間、親に戸籍登録を忘れられていたのである。
 そのことをいうと、ヒエンは小さく笑った。
「おかしいでしょうけど、そのような人はこの街にたくさんいますよ。わざわざ遠い役場まで行って届ける必要性など、田舎の人は真剣に考えませんからね。だから父もあせらなかったのです。もし私たちが二人とも元気に育ったら、村の産婆さんの証言を添えて、それから届けを出してもよい、そう考えていたようです」
「じゃあ、どうして元気に育ったのに、届け出をしなかったの?」
 玲子がきくと、ヒエンはおかしそうに肩をすくめた。
「それは私たちのせいです。小学校に行くときに、今度は私たちが反対しました」
 玲子もランも目を丸くした。
 ヒエンはそんな二人を見て、身を縮めるようにして笑った。
「だって二人で一人って、便利だし楽なんです。病弱だったから、小学校に毎日行かなくてもいいのは助かりました。私は月水金、大きい方は火木土のそれぞれ三日間だけ通いました。夜は習ってきた方が先生役になって、もう一人に教えるのです。学校に行く係は授業をまじめに聞いてこなくてはならないから、実際大変でした。だから私たちは勉強家になりましたね。それにお互いに子猫のように体をすりつけて教え合っているときは、最高に幸せでした」
 玲子は呆れ顔をした。
「困った姉妹ね」
「はい。父も同じことをいうようになりましたが、お爺ちゃんは二人で一人の私たちをとても気に入ってくれました。そして冗談で、ベトナムでは娘が三人結婚したら家が破産するというが、うちは一度ですむから安泰だな、って笑っていましたよ」
 玲子は微笑してセブンアップを口にした。こんな重要なこと、ヒエンはもっと早く話してくれるべきだった、とちょっと憎らしくなった。そのときふと、ヒエンの祖父安東修一の顔が頭をかすめた。安東の戸籍はどうなっているのだろう。元日本兵ならそう簡単に作成できないのではないか。そのことを問うと、ヒエンは静かに笑った。
「お爺ちゃんには、もともと戸籍はありません。当然IDカード(政府発行の身分証明書)もありませんから、飛行機や列車に乗って旅行したり、ホテルに泊まったり、バイクを買ったりできません。だからめったに外出しませんね。私たちの家の二階に、応接間のようなのがあったでしょう? あれを私たちは秘密の部屋と呼んでいます。ちっとも秘密ではないのですが、でもあの部屋にはよその人は誰も入れません。先生を入れたのは、先生が特別な人だからです。お爺ちゃんはあそこで暮らしています。本当は解放後、南の人間は自己申告で新しい戸籍を取得することができたのですが、お爺ちゃんは嫌がってしませんでした。元日本兵なので、いろいろ聞かれるのが面倒くさかったのでしょう。でも、実際は戸籍がなくても何も困りませんでしたね。父はクチにいたときに、母親の私生児として届けを出されていて、レー家の名前を受け継ぎました。本当はお爺ちゃんの安東を名乗るべきなのですけどね」
 玲子にはよくわからない話が多かった。解放と簡単にいわれてもぴんとこない。要するに一九七五年のベトナム南北統一のことだろうか。
 話しながら、ヒエンの笑顔は白い花のようにしっとり開いていた。しかしときどき雨雲に似た黒い影も走る。
「一つの戸籍しかない私たちが、一緒に父の家に住むのは、あまり感心しません。お金持ちの住む区域なので、政府関係の仕事をしている人も多いのです。それでお爺ちゃんと相談して、中学校に入ったときにここに住むことにしたのです。ここでは最初から双子といっているので心配はなかったし、ときどき顔をのぞかせる公安には、田舎から出て来て学校に通っていると嘘の申告をしていました。そんな中学生もたくさんいるので、公安もそうかといって、別に移動登録書(転出証明書)の提出も求めませんでした。求めなかった大きな理由は、定額の賄賂を毎月渡していたからですけどね。
ここで暮らした二年半はとても幸せでした。でもそんな幸せも終わってしまいました。私たちはそれなりの年ごろになっていたのですね。大きいヒエンが何かを隠すようになったのです。それまではどんな些細なことでもじゃれ合いながら話していたのに、二人の間に秘密が生まれたのです。だから、代わって学校に行ったとき、私は間の抜けた対応を何度かしてしまいました。亡くなる頃には、それぞれ通う学校を固定しようと考えはじめていたところでした」
 ヒエンはそこで言葉をとめた。
 ランが、身を乗り出す。
「そういえばここ一ヵ月ほど、ヒエンには暗い印象のときと明るい印象のときがあったね。一緒に台北学校の正門を見ながら弁当を食べたのは、大きいヒエンだったの?」
「それって、いつ?」
「真由美先生のことがあった翌々日」
「じゃあ、私じゃない。ヒエンは動揺していて学校に行きたくないようだったけど、二日経っていたから、父とお爺ちゃんが叱って行かせたの」
 玲子は、ランから聞いた光景を思い出していた。そのヒエンは、吹きさらしの二階の廊下で紙のように燃えたという。あれが、亡くなったヒエンだったのだ。
 ヒエンは急に落ちつきを失った。体が不必要に動き、視線が玲子とランの間をさまよった。
「そして三度ほどヒエンが夜遅く帰って来たことがありました。金曜日の夜だったので、翌日の学校の心配はしなくてもよかったのですが、ヒエンは遅くなった理由をいいませんでした。何度きいても口を縛ったように答えてくれません。それから急に携帯電話を持つようになって、夜中に頻繁に鳴るようになりました。その理由を知ったのは、真由美先生の亡くなる一週間ほど前でした」
 ヒエンはそこで言葉をとめた。そして、いやいやするようにゆっくり首をふった。
「やっぱりいえません。これ以上大きいヒエンのことは、私の口からいえません」
 今にも泣きだしそうな、せつない声になる。
 玲子にひらめくものがあった。補習授業校の皆川の言葉を思い出したのだ。玲子はヒエンをしっかり見据えた。
「ヒエン、まちがったら、ごめんね。でも、大きいヒエンは、お腹に赤ちゃんがいたんじゃない?」
 ヒエンは身震いするように玲子に顔を向けた。瞳孔が大きく見開いている。
「そうなのね」
 ヒエンは諦めてうなずく。そして路地に漂う小さな風のような声を洩らした。
「ある日、学校の廊下で榊原先生とすれちがいました。そのとき、先生が体を寄せて来て、明日は金曜日だから君の別荘に行こう、小声でそうおっしゃったのです。私は意味がわからず、どこですかときくと、ビンタン区にある君の家だよ、といわれました。この家のことです。榊原先生が真由美先生と仲がよいのは、生徒もみんな知っていましたから、最初は信じられませんでした。でも私はすぐに大きいヒエンと榊原先生がどういう関係か理解したのです。いつはじまったのかは知りません。でもヒエンと先生は大人の仲になって、私が父の家にいるときを盗んで、この部屋で二人きりになっていたのですね。それからすべてがおかしくなりました。もうその頃には、亡くなったヒエンは私と同じジーンズをはくことができなくなっていたのです」
 玲子は頭がずきずきするようだった。このようなことがあってはいけない。ヒエンはまだ中学生だ。たとえ出生届けを二年放ってあって実際十六歳だとしても、中学生である事実に変わりはない。しかし皆川がヒエンの腰に目を向けたように、男とは青い果実にかじりつく虫に似た生き物なのだろうか。そしてそのような虫にかじられる女も、同じ業を背負ってうごめくだけの存在なのか。
 ランは目を大きく見開き、頬も蒼ざめている。ランはひょっとしてヒエンの妊娠を知っていたのではないか、という疑いが生まれた。一緒にいれば悪阻による嘔吐の現場に立ち会った可能性は充分あるのだ。それが、中学生のランにとってどれほどの衝撃か、玲子にわからないわけではなかった。
榊原は、ランやヒエンが好きな先生だった。明るくて生徒思いだった。生徒思いだからこそ、榊原は汚い虫になれたのだ。生徒が嫌いで関わりを持とうとしない教師は、よくも悪くも石のように動かない。生徒と遊んでくれる明るい教師の心奥にしか、暗い魔物はひそまないのだ。玲子は爆発物をかかえるようにその事実を受けとめるしかなかった。
 ヒエンは虚ろな目を床に向けて、唇をきつく閉じている。
 玲子がいたわるように尋ねた。
「ひょっとしたら、八巻先生の死は大きいヒエンと関係あることなの?」
 ヒエンは、うつむいたまま観念したように首肯した。
「お爺ちゃんは、真由美先生がベトナム人を見くだしたからだといいました。でも、きっとヒエンは嫉妬したのだと思います。ヒエンの抑えていた嫉妬心が、先生の醜い姿を見て、爆発したのだと思います。ベトナム女性の嫉妬はいつも血を見ます。私の中にも、ヒエンと同じ焼けるような熱い心があるのがわかります。
真由美先生が家庭訪問に来られた夕方、私は友だちの家に泊まって、その場にいませんでした。翌朝早く帰り、お爺ちゃんと先生の間にごたごたがあったことを知りました。でもそれほど気にしないで、いつものようにアンダウを朝の散歩に連れて行って、川岸で血を流して倒れている先生を発見したのです。あわてて家に帰り、お爺ちゃんからすべてを聞きました。お爺ちゃんは真夜中、川岸に行って、死んだ先生を見て、それですべてを納得していたのです。ヒエンは激しい興奮状態で、自分が何をやったのかもよくわからないみたいでしたが、私は、ヒエンが先生を追っかけて、錯乱した心で襲撃したのだと考えました。それからの私は、体中を針で刺されているみたいに本当に毎日がつらかったです」
 玲子は、ヒエンがいじらしかった。胸に抱いて背中を撫でてやりたかった。
 ランがいう。声に小さな刺がある。
「じゃあ、大きなヒエンが亡くなったときはどうなの? あれは私をだまして証人にするために、夜中にやって来たの?」
「ラン、あれは私にもよくわからなかったの。ヒエンが亡くなったと知ったのは、あの朝、ランと別れてからなの」
「じゃあ、あのときは知らなかったのね」
「知ってたら、ランの部屋で笑えるわけないじゃない」
 泣きそうにそういってから、ヒエンが続けて口にしたのは、こういうことだった。
 あの夜、突然父親から電話がきて命令口調でいった。父が厳しい声を出すのは珍しいことだったから、ヒエンはわけもわからず動揺して受話器を耳に強く押し当てた。
「近くに仲のよい子がいるといったね」
「うん、ラン」
「これからすぐにそこに行って泊めてもらいなさい」
「どうして」
「理由はどうでもよい。明日説明する。泊めてもらったら、朝六時に辞去しなさい。早いのはかまわないが、遅いのは困る。七時から人に会う約束があるというのだ。そのランに、おまえはもう二度と会うことはできない」
「お父さん、何のことかわからないよ」
「今はわからなくてもいい。ヒエンはいわれた通りまちがえずにやるのだ。そして明日の朝はそのままそっちの家に帰り、私から電話があるまで待ちなさい。わかったね」
 ランの家に泊まれると聞いて、うれしかった。しかしもう一人のヒエンのことが気になった。
「わかったけど、もしヒエンが遅く帰って来たら、どうするの?」
「そのヒエンは、今夜は帰らない。こちらの家に泊まる。だから気にしないでランの家に泊めてもらいなさい。もしランがいなかったら、折り返し電話を寄越しなさい」
「わかった」
 その夜ランの家に向かう道すがら、ヒエンの中に冷たい風が吹いていた。しかしなぜそのような風が吹くのか自分でも理解できなかった。その夜限りでランに会えないという意味もつかめない。
ランと話して楽しかった。しかし夜が明ける頃、先に寝たランの寝顔を見ながら、急に不安がこみあげてきた。二度とランに会えないという言葉に納得できる答えはなかったが、しかし何かが起きる予感に胸が締めつけられていた。だから大雨に打たれてランと別れるとき、ランに抱きついて泣き崩れたいほど、さびしくて悲しかったのだ。
 濁流に膝上まで浸って家に帰ると、八時過ぎに会社の父から電話があって、大きいヒエンの死を聞かされた。ヒエンは受話器をにぎったまま、腰が折れたようにうずくまり、激しく泣いた。指示を与える父の声も小さく震えている。
「おまえはしばらくそこに隠れて、学校にもどこにも出かけてはいけない。食事はまとめて買い溜めするようにして、スーパーにも行かない方がよい。高校を出たら日本に留学するはずだったが、おそらくそれが早まることになろう」
 自分が半分に分解して、こなごなに砕けていくような衝撃があった。ヒエンは心細さに怯えていた。誰でもいい。そばにいる誰かに抱きついて、赤ん坊のように大声で泣きわめきたかった。誰かの肩に顔を埋めて、目が潰れるまで泣きたかった。しかしヒエンは父のいいつけに逆らえない自分を知っていた。
 そういい終えて顔をあげる。目がうっすら濡れていた。
「だから先生とランが私を探しているのを遠くに見たとき、本当にうれしかった。生きているはずのない私を一生懸命探してくれているんだ、そう思ったら、涙がいっぱい出てきた。だから、あわてて家に帰って、濡れた顔を洗って、汚れたジーンズに着がえて来たの。玲子先生とランには、口でいえないくらい感謝している」
 ヒエンは濡れた唇を噛み、うつむいた。
 玲子はそんなヒエンの肩にそっと手を置いた。そのとたん、ヒエンは玲子の胸に飛びこんできた。ヒエンの肩ががたがた揺れる。すすり泣く声が洩れて、ヒエンは突然赤ん坊のように声をあげて泣きだしたのだ。すっかり子供にもどったヒエンの小さな体を、玲子はゆっくり撫でて、慰めるようにいった。
「中学生って、子供か大人かわからないけど、でもヒエンたちはそれぞれ、自立したくなったのかもしれないね。一つの蛹から二匹の蝶になって、別の方向に飛んで行こうとしたんだね」
 ランもそんなヒエンのそばに近寄り、背中に顔をすりつけた。そしてほっと安心したようにいった。
「ヒエンの背中はいつも暖かいね」
 ヒエンの肩を撫でながら、玲子は誰が大きいヒエンに死を与えたのか、これ以上知りたいとは思わなかった。殺人を犯した上に、お腹の大きくなった娘を殺すのは、父親しかいない。父親だからこそ、血に濡れた娘の髪を洗い、白いブラウスを着せて、日本人学校まで運んだのだろう。その父親が逮捕されたら、残されたヒエンはどうなるのだろう。
 玲子はヒエンのぬくもりがずっと腕の中から消えなければよいと考えていた。
   
               5
 ニャムが部下の公安二人を連れて、横柄に一階の広間に乗りこんで来た。ヒエンの祖父安東修一と父親のリンは不安な面持ちで、三人を応接間に通した。安東はまだ白い麻の葬服を身につけていた。四十九日までは脱ぐつもりはなかったのだ。
「ベトナムの公安はだらしなくていけない。やることをきちんとしないで、すぐに手抜きに走る。おまけに発想も陳腐だ。そう思わないか」
 ニャムの機嫌の悪い言葉に、安東は不可解な視線を向ける。
「酒のにおいがする。酔っ払っているのか。酔っ払いが何をいっているのだ」
 ニャムは赤くなった目にいらだちを広げた。
「公安署の科学班のやることに不平をいっているのだ。ベトナムの公安連中は何も考えない。私たちは日本人教師とあなたの孫娘の死を調査しているが、はっきりしないことばかりだ。ベトナムでは通常、このような面倒な事件は起きない。たいてい物取り、こそ泥、麻薬、賄賂の類だ。たまに起こる殺人事件も発作的なものが多く、科学捜査などまるで必要がない。だから科学班もすっかりたるんで、情けないことに血痕の有無の証明すら満足にできないのだ」
 父親のリンが顔をあげて、細い目をさらにきつくした。
「どこかで血痕でも調べたのか」
 ニャムは、一度言葉を口に含んで、吐き棄てるようにいった。
「どこの国の公安でも、指紋と血痕ぐらいは調べるだろう。ヒエンが日本人学校のグランドにさらされていたが、あれは、誰でもが考えるように別の場所で死んだ遺体を誰かが運んだものだ。そうなれば、誰がどうやって運んだかが問題になる。しかし誰かの方は、それぞれアリバイがあって簡単には特定できない。父親のリンさんはヒエンが生きていた朝の六時半に、すでに会社にいて、これには証人がたくさんいる。解剖医が最初に主張したように、深夜から朝の四時までの死亡と考えれば、みなが寝ている時刻だから、ますます五里霧中だ。アリバイがどうのこうのいう以前の話になる。おまけに、女、子供、老人では、いくら中学生とはいえ、ヒエンをかついで学校の塀を乗り越えることはできない。よほど屈強な人間のしたことだ。あなたにも無理だろう」
 といって、ニャムは安東をにらんだ。その眼差しには剣があった。
「そこで、どうやって運んだかを考えた。まさかタクシーやバイクというわけにはいくまい。当然、自家用車だ。現在のベトナムで車を所有している者は少ない。特に今回の事件の関係者で、車を持つ者は限定される。ただし、車で運べば車内にそれなりの血痕が残るだろう。ルミノールという薬品で調べる方法があるのを知っているか」
 安東もリンも固い表情で首をふった。  
「別に珍しい薬品ではない。昔からあるが、ホーチミン市署ではこのような薬品を使用する機会がなく、埃をかぶっていた。昨日、渋る科学班にそれで調査させたのだ。悪いが、リンさん、あなたのカムリを調べさせてもらった。しかし科学班の連中は、血痕反応は出なかったという。それではリンさんの車ではないのか、と正直困っていた。ところがついさっき酒を食らって昼間から寝ていると、カムリが洗車場に入ったという連絡を受けた。物売りの恰好で張りこんでいた公安が運転手にきくと、洗車はあなたの命令で、内部も水を使って洗うという。これまでは運転手が勝手に洗うだけだったから、この心変わりはどうしたことだろう、と不審な気持ちが湧いた」
「雨季はすぐに車体が汚れる。汚れたら洗う。当たり前なことだ。特に今日の雨はひどかった」
 リンは厚い肩を怒らせて、憤然といい放った。
 ニャムが唇を歪めて笑うと、またも口もとから酒のにおいが毒霧のように流れた。
「日本人学校の榊原という教師は、逮捕されたわけではない。署に来てもらったのは、別の理由による。あの男が八巻やヒエンを殺したなどとは、署の誰一人考えていない。八巻は女に殺された可能性が高いと確信している。返り血を浴びた体を八巻のジャケットで隠したと想像できるから、八巻よりも小柄な人間でなければ都合が悪かろう。しかしあの男の逮捕の噂が巷に流れれば、誰かが安心して動くと考えた。それがリンさんだったわけだ」
 リンは上目づかいにニャムをにらんだ。
 ニャムはせせら笑うように唇を歪めて続けた。
「電話を受けて、張りこみの公安にすぐに洗車のストップをかけさせ、もう一度科学班を連れて行った。科学班は首を傾げながら、カムリのトランクや後部座席、助手席、床などを投げやりに調べた。死体を運ぶとすれば、それらの場所と短絡的に考えたわけだ。もちろん憎しみをこめて殺した死体は、汚いトランクに投げこんでおけばよい。ところが可愛い娘を運ぶとなれば話は別だ。私はまちがっているだろうか、リンさん」
 リンは黙して視線をきつくする。
「怠慢な科学班が異常はないといって帰ろうとするのを、首根っこをつかんで引きとめ、運転席も調べさせた。座席はどうでもいい。狙ったのはハンドルだ。ハンドルに、わずかではあったが青白い蛍光反応が出た。それで私は、あの朝、ヒエンは座席に座ってハンドルをしっかりにぎっていたと考えた」
 ニャムの作る勝ち誇った表情を掻き消すように、黒い悲しみが筋雲のようにその底を走る。ニャムは声を殺していう。
「さっきから見ているが、リンさんの手に傷痕はない。運転手の手も確認したが、傷ひとつなかったし、そのうえ常に手袋をはめている。運転手は、他の誰かがハンドルに触れる可能性を強く否定したが、私も同感だ。ヒエンを除いて、他の誰かがハンドルに血痕を残すことなどありえないと考えたのだ。
つまり、こういうことになろう。あの朝の運転手は、死んだヒエンを自分の膝に座らせ、両手でかかえるようにして車を走らせたのだ。そのときヒエンの手は、まるで自分で運転しているみたいにハンドルにかかっていたにちがいない。車の少ない時間帯であれば、それで何の危険もない。
ベトナムの親たちが子供をバイクに乗せて、三人乗りや四人乗りで走るとき、子供たちは運転する親とハンドルの間にはさまれることが多い。かわいい子ほど、親はそのように乗せたがる。カムリでそれをやったのだ。昨日、ハンドルも調べるべきだったが、うちの署の科学班はその程度の仕事しかしない。だから私は怒っている」
「私を疑っていたのか」
 リンがうめくようにいう。
 それに答えるニャムの荒れた声は、自分自身にいらだっているように聞こえた。
「当然だ。最初から他の者であるはずがない。事故か殺人かは知らない。しかしヒエンを運んだのは、ヒエンを愛する者にちがいないと考えた。八巻は目を剥いて体をねじって死んでいた。しかしヒエンの顔の血はきれいに拭い取られ、まるで眠るように横たわっていた。そのうえ、きれいな白いシャツに着がえさせられてもいた。髪の中の血痕がなければ、見た目、誰も死体とは思わないだろう。それほど手をかけて遺棄するのは、両親か恋人しかいまい。しかも父親には車がある。アリバイを横に置けば、状況が導く結論は一つしかなかろう」
 そこまでいうと、突然ニャムは安東にけわしい視線を向けて、話題を急激に変えた。
「ところで、あなたはいったい何者なのだ。まるで家族のように白い喪服を着て、居間の椅子に座っている」
 安東の内部にいらだつような怒りが吹きあげた。
「以前に自己紹介は終わっている。公安というのは、人の顔を覚えきれないほど愚鈍なものなのか」
「ベトナム人は名誉を大切にする。忠告しておくが、愚鈍という言葉は今後使わない方がよかろう。あなたは確かレー・バン・アンといった。調べてみたが、そんなベトナム人はいない」
「バカなことをいうな。わしはここにいる」
 ニャムはちっと舌打ちして、からむように声をあげた。
「バカも愚鈍も同じ意味だ。私の忠告に聞く耳を持たないというわけだな。それでは尋ねたい。あなたはいつどこで生まれたのだ。あなたの故郷はどこだ」
 安東は言葉につまった。ニャムの意図がわからない。
「あなたのベトナム語の発音は奇妙だ。その上クチの訛りがうかがえる。今日の午後、私はクチの公安署に電話して、あなたのことをきいてみた。しかしどこにもレー・バン・アンはいなかった。その代わり、年老いた日本人がつい五年前まで、女の子を一人連れていたという。その日本人があなたに似ている」
 安東は顔色を変えた。ニャムの目の奥に刺のようなものが見えた。
「それにどうしてこの家では、みな日本語を話しているのだ。リンさんもあなたも。死んだヒエンも日本語が上手だったと聞く。私たちはあなた方につきあいのあった日本人に確認してみたが、学校で覚えた類の日本語ではないという。では誰が最初に本格的な日本語を教えたのだ。そうしたのは生粋の日本人と考えるのが、至当ではないか。その日本人はあなたしかいない。顔の皺から判断すると、日本の占領時代からこの国に住みついているように思うが、私はまちがっているか」
 安東は息子のリンを一瞥してから、かすれた声をあげた。
「よく調べたものだ。確かに私は日本人で安東という。それが何か問題なのか。戦争のあと、日本に帰国しなかったのは私だけではない。幾百人といる。それが今度の事件と何の関係があるのだ」
 ニャムはぐっと息をのんで、安東をにらんだ。
「アンドウ・シュイチか」
「よくごぞんじだ。名前は、おっしゃるとおり修一だ」
 ニャムの視線がさまようように安東の顔面を走って、釘づけされたように固定した。
「先の大戦が終わって六十年以上経つ。なぜこれまで日本に帰ろうとしなかったのだ。機会は頻繁にあったはずだ」
 思い出したくない記憶が、濁り水のように安東の内部に満ちる。
「私が帰ろうかと迷ったのは解放後の一時期だけだ。そのあり様を見て、この国に未来はないと考えた」
「なのに、なぜベトナムに居残ったのだ。日本は自由主義国の中でいち早く共産党政権のベトナムと国交を結んでくれた。まだベトナム戦争が終結をみないうちに、だ。日本大使館に駆けこめば、政府は口出しできなかったろう。日本が豊かな国になったのを知らなかったのか」
「しかし息子はベトナム人だ。長い思案の末に、私はベトナムにいる方がよいと考え直した」
 ニャムがせせら笑う。
「そのような言い草を、私が信じると思うのか。あなたには日本大使館に行って事情を説明できない何かがあったのだろう」
 安東は、怪訝そうに額に皴を寄せる。
 ニャムが畳みこむようにいい放った。
「そこでききたい。あなたはグエン・ニャット・トアンという名前をご存じか。懐かしい名前ではないかと思う」
 安東は打ちのめされたようにあえいだ。
「しかし安心していい。今さらそんな昔のことであなたを責めたてようとは思わない。このホーチミン市には、ベトナム戦争中に北の軍隊やベトコンに銃を放ちながら、戦後、再教育キャンプに行かなかった狡猾な連中がたくさんいる。元南ベトナム軍兵士の全員が逮捕されたわけではない。しかし今となっては、誰もそのような過去は穿鑿しない。あなたのことも、私が忘れればすむことだ。きっと私は愚鈍だから長くは記憶できないだろう」
 ニャムの叩きつけるような声を聞きながら、苦い過去が鮮烈に安東の中で息を吹き返してきた。
 太平洋戦争が終わった後、しばらくクチで木を伐り炭焼きをしていた安東が、炭を売りに村に降りた際に聞こえてくるのは、フランス軍が再びベトナムを植民地化しようと乗りこんで来たという噂だった。フランスは大戦中にナチスドイツに占領され、支配される苦しみを肌で味わった国である。その苦しみの中で、フランス人は果敢にレジスタンスを繰り広げ、ようやく祖国に自由を取りもどした、と同時に、今度はアジアの国を再度征服しようと、尊大な神のごとく巨体を揺らして、遠く離れた南方の地に舞いもどって来たのだった。
 すぐに南部ベトナムはフランスの支配下に落ちた。しかしフランス軍は、過去に日本軍が一度叩いた相手である。安東の血がわき立った。
「あなたは若い時期に、ベトミン(ベトナム独立同盟)に加わっていた。あなただけではない。多くの残留日本兵が北の地に向かって、再度の侵略をもくろむフランスを撃退するために、ベトミンに合流してくれた。日本人がこの国で信頼があるのは、たび重なる経済援助のせいだけではない。ベトミンに銃器の扱いを教え、武装訓練の指導をし、一緒にフランス軍に立ち向かってくれたからだ。あなたもベトミンと行動を共にした一人だ。それがどうしてある日、逃亡したのか」
 安東は泥沼に沈むようだった。フランスとの救国戦争当時まだ生まれてもいないニャムは、あまりに知り過ぎているのだ。
 安東は息子のリンが生まれるとすぐに、ロアンを残して北のハノイに海路密航し、ニャムのいったようにベトミンに加わった。一九四九年のことだ。そこにはベトナムの独立に手を貸す残留日本兵がたくさんいた。焦土と化した日本への帰国を渋った者たちである。戦闘の間に多くの日本兵が密林で死んだ。病死した者もいれば、銃撃戦で亡くなった者もいる。安東もアメーバー性の熱帯病におかされ、死の境界をさまよったことがあった。
 参加したベトミンが、フランス支配からベトナムを解放するための自由連合だと信じこんでいたのは、うかつなことだった。共産党員が多くいるのは知っていたが、独立と自由の旗印に目がくらみ、ベトナム解放のためには共産党と手を組むのも仕方ないと考えていたのだ。しかしやがて兵士たちが戦いの遂行に熟達し、五四年のディエンビエンフーの戦闘で事実上フランス軍を壊滅させると、共産党はゆっくりその仮面を剥がし、一党独裁を標榜する素顔を見せはじめたのだ。それは自由と独立を足蹴にするもう一つの支配者の顔であった。
ある日、戦いのあとで司令官がいった。
「我々は南部を解放しなければならない。反革命勢力や富豪を殲滅し、南部人の腐敗した頭に、マルクス・レーニン主義を叩きこまなければならないのだ」
 司令官は、日焼けした顔に、自分の信念だけに凝り固まった老醜をさらしていた。安東の背筋は凍った。
 南部とは妻と息子の住むクチも含まれる。解放とは何という言葉だろう。字面上、それは、占領され抑圧されている人たちを救うことを意味していたが、安東の家族が住むクチの村には、目に見える抑圧も搾取もなかった。フランス軍はすでに撤兵を考慮しはじめていたから、南部は事実上、解放されたも同然だったのである。北の軍隊に重ねて解放され、共産党の思想を叩きこまれることは、むしろフランスの植民地支配よりも恐ろしいことに思われたのだ。ベトミンに加わったのはあまりに迂闊な仕業だと知った。それが逃亡の理由である。
 ニャムはうすら笑いを浮かべて、同じ問いを繰り返す。知らぬ間に、浅黒い手に煙草があった。
「あなたは、一度加わったベトミン軍をどうして見限ったのか」
「ディエンビエンフーの戦いが終わり、フランスの撤退が明らかになった。もう私は必要ないと考えた。それにクチにいる家族が心配になったのだ」
「家族を呼んで北に留まる気はなかったのか」
「家族はクチで生まれた。クチが家族の故郷だ」
「まるで頭に叩きこまれた教理問答のような答弁だな。では、どうやって逃げた。敵前逃亡の方法を教えてほしい」
 安東はまたも喉に息をつめた。息子のリンの見つめる視線が痛い。
「幸いなことに、そのときちょうど南部との国境線に近い山岳部にいた。月のない夜、南との境界線に向かって、森の中を静かに歩いた。それだけのことだ。追っ手は来たが、境界線を越えるのは簡単だった」
「そんなことはきいていない。私はグエン・ニャット・トアンのことをきいている。トアンをなぜ殺した」
 リンが、安東に驚きの目を向けた。
安東はもがくように苦しい息を吐いている。
 夜もふけて、木々の間にわずかに星影の射す薄暗い森を抜けようとしたとき、安東は歩哨に発見された。グエン・ニャット・トアンだった。安東を信頼し尊敬していた若い兵士である。しかしトアンは安東の逃亡の意志を知ると、怒り狂ったように大声で叫びあげたのだ。安東は、すぐにやって来たベトミン兵を目前にし、恐怖のあまりトアンの頭に銃をあて、とっさに人質に取ったのである。
 ベトミンの群れの中から。目をぎらつかせた元日本兵が、なぜ逃げるのか、と詰問した。安東はもの狂おしく叫んでいた。
「おまえは忘れたのか。共産党は、天皇陛下を否定する我々の敵だったはずだ。フランスからベトナムを事実上解放したおれたちに、もう出番はない。これからは敵対関係しかないだろう。だからおれは南に帰る」
 その日本兵は必死で説得した。
「帝国陸軍はまちがっていたのだ。あれはアジアへの侵略だった。アジアの解放ではなかった。だから今こそ、アジアの真の解放のために、共産党の旗の下に集まるべきなのだ。共産党がアジアを解放してくれる。中国でも共産党軍が大陸を制覇し、民衆の自由と平和のために戦っているのだ。このフランスとの戦いにも、中国共産党は多くの援軍を送りこんでくれた。おまえも残るべきだ!」
 安東には中国共産党が赤い悪魔にみえた。闘争に参加する前に読んだ南部の新聞にもそう書かれていたし、帝国陸軍時代にも共産党の恐怖は聞かされていた。その日本兵の言葉を信じるわけにはいかなかった。
安東はトアンの体に銃を押しつけたまま、ベトミン軍を引き連れて、ゆっくり黒い森を歩いた。 
 境界線を越えて、安東はトアンを解放した。その一瞬、トアンは腰に隠し持っていた山ナイフを安東に向けたのである。とっさの判断だった。安東は引き金を引いていた。トアンの胸から夜目に黒く見える血のほとばしりがあった。
ベトミンの銃が、一斉に火を吹く。同時にどこからか南のフランス軍が応戦した。安東は闇の中を、フランス軍の潜伏する方向に身をかがめて必死に走り、やがてそのふところに飛びこんだ。
「おい、大丈夫か」
 フランスの軍服を着た日に焼けた元日本兵の顔があった。クチの森で一緒に生活した同じ分隊の男である。残留日本兵が、傭兵として境界の反対側で戦っていたのである。安東は叫び声をあげそうになった。
 戦闘が続いている間、安東は身を忍ばせてフランス軍からこっそり抜けた。命がけで夜の森を走り、夜明けに小川の清冽な水に顔を浸けて、やっと自由の息を吐くことができた。生き延びたのは奇跡だった。
 顔をあげるとニャムの赤い目があった。ニャムは口から煙を吐きながら、同じ問いを繰り返した。
「どうしてあなたは、慕っていたトアンを殺したのだ」
「それは公安であるあなたには、関係ないことだ」
「ベトミンの見ている前で、あなたはトアンを銃殺した。あなたはもう南の地に足を踏み入れていた。それなのに、なぜ突然銃を持たないトアンを撃ったのだ」
 ニャムの口調は、爬虫類のようにねばっこく肌にからまった。
「トアンが私にナイフを突き出した。それで反射的に銃を放った」
「そんな報告はない。あなたが突然殺したという。ちがうのか」
 安東は弱々しく首をふる。
「それは、事実と異なる。しかし、何をいおうと、北の軍隊は私の言葉など信じてはくれないだろう」
「それであなたは共産党の指名手配の一人になった、そう考えたわけだな。だから一九七五年の解放後、北の軍隊が南部を征服してからは、日本大使館に出向くことができなかった。それならなぜベトナム戦争が終結する前に、日本に逃げなかったのか。多くの外国人や富豪は、そのとき大量に国外に脱出したはずだ」
 安東はそうしたかった。しかしロアンがついに首を縦にふらなかったのだ。
「息子のリンとここに残ります。ベトナムがどのような国になろうとも、ここは私の生まれた国です。あなたは日本に帰ってください。あなたは日本で生まれました」
 ロアンはそういうばかりだった。安東は諦めてベトナムに住む選択を受けいれたのである。そしてリンを育てながら、すでにない義父の意志を継いで、クチの山奥でひっそり炭を焼き続けたのである。
 共産党軍による南部の解放は、極度の貧困を引き連れてやってきた。食料は配給制になったが、一年もすると配給の米が不足するようになった。メコン地方の米は、ベトナム戦争に協力したソ連などへの負債の返済にあてられ、民衆の口から遠ざけられたのだ。配給のわずかな米を売って、ソ連から逆輸入された豚の食べるという大麦を口にする生活が続いた。肉は二ヵ月に一回一キロの配給があったが、その肉の配給もやがてとまった。
 徴兵されたとはいえ、ベトナム戦争中に南ベトナム軍兵士としてベトコンに銃を向けた息子のリンは、数年間山にこもり、人民解放軍の残党狩りから身をひそめていた。残党への追跡がおさまっても、リンにはまともな仕事はなかった。おまけに政府の許可がなければ、当時は町一つ動くことさえできなかった。仕事を求めてサイゴンに行くなど無理な話だった。
 村の娘と結婚して二人のヒエンが生まれた時期は、まさにどん底で、森のひこばえや野草、川魚、猫の額ほどの畑にできる野菜などで飢えをしのいだ。ドイモイが軌道に乗ったとき、リンはようやくサイゴンに移り、参入してきた日本企業との付き合いがはじまり、小屋のような会社をここまで大きくしたのである。安定したのは、わずか五年ほど前のことだ。
 安東は白い麻の喪服に包まれた体をどさりとソファに崩し、ニャムにいった。
「なぜあなたがそのようなことまで調べたのか知らないが、終わったことだ。私も十分に罰を受けている」
 ニャムはまたも卑しい笑みを浮かべる。
「終わったことか。人の過去の汚れも時間がきれいにしてくれるというのか。そうであれば、あなたは八巻を、その孫娘をなじることはなかった」
 誰があの夜のことをニャムに伝えたのか。孫娘が帰ったあとも、腹立ちのあまり洩らし続けた繰り言を、手伝いの娘が聞いたのだろうか。
「人の汚点は水で洗い流すことはできない。どれほど隠そうと、墓場に漂う燐光のような輝きを放つ。一つだけ伝えておく。榊原という教師が、今朝獄中で、あなたの名前がアンドウ・シュイチと教えてくれた。それを聞いたとき、私がどれほど激しい衝撃を受け、いらだちを覚えたか、あなたにわかるか」
「どういうことだ」
「グエン・ニャット・トアンは、私の父の名だ。父は、あなたと同様に、フランスとの戦争の最中に北に密航し、ベトミンに加わってあなたの手で殺された。父は一度も私を見ることはなかったし、私にも当然、父の記憶はない。おかげで私の家族も人並みに苦労した。もっとも私がベトコンに加わってアメリカ軍に銃を放っていた時期、父のおかげで北の司令官に私の名前も知られて重宝された。あなたのことは、その司令官からも詳しく聞かされた。おまけに解放後には、その司令官の口利きで公安の職に就くことができた。考えようによれば、私はあなたに感謝すべきかもしれない」
 息子のリンは暗い顔を安東に向けていた。安東は力なく立ちあがって、涸れた声を息苦しく吐いた。
「それは知らなかった。あなたとご家族には申し訳ないことをした。ただ、わかってほしい。私は西欧列強からのアジアの解放を考えていたのだ。私の青春は、ただそのためだけに捧げられた。天皇陛下の御旗の下で、アジアが誰の支配も受けない楽土となることを願っていたのだ。私がベトナムを去らなかったのは、ベトナムの真の解放を見たかったからだ。民衆がよろこぶ姿を見たいと本心から願ったからだ」
 ニャムは苦々しく舌打ちして、白い煙を安東の顔に吹きつけた。
「あなたはどこまで自分を偽るのか。南部の解放に手を貸すわけでも、歯向かうわけでもなく、のんきにクチの山で炭を焼いていただけではないか。あなたのしたことは単なる裏切りではない。無用の殺戮だ。私の父は意味なく殺されたのだ。解放後、怯える南の人間を恐怖支配した北の共産党と、どこがどうちがうのだ。あなたが敵対したフランス帝国主義者たちと、どうちがうというのだ。
もうひとついっておく。私の親戚はみな南部人だ。カンボジアの国境に近い場所で私も生まれた。ベトコンに参加していた親戚も含めて、解放後、多くは悲惨な目にあっている。親戚の何人かは、北の兵士に裏切り者と密告され、収容所に送られ、そこで亡くなった。難民ボートで南シナ海に乗り出した者も多い。アジア独立に凝り固まったあなたと、教条的にベトナムの統一を旗印にする共産党が、私には同じに見える。どちらも八巻を殺した煉瓦のように、愚かに硬いのだ」
 安東の闇のような頭の中に、脱走兵を銃殺する八巻八州男の狂気の顔がうっすら浮かんだ。その顔が、逃走を企て、トアンに銃を向けたときの自分の顔に重なった。安東は愕然として、息苦しくあえいだ。
 ニャムは唇をゆがめて、目に一段と強い光を宿した。
「今は救国戦争の時代ではない。ベトナムの真の解放はベトナム人の手で行えばよい。大日本帝国の亡霊に面倒をかけることは、もはやない」
 吐き棄てるような口調だった。
 安東はゆらりと崩れるようにソファに腰を落とした。立ってはいられなかった。ニャムのいった「大日本帝国の亡霊」という言葉が、うずくまる安東の頭の中で揺らいだ。帝国の亡霊が、あふれる熱帯の光の中で、ゆらゆらと陽炎のように生き延びてきたのだ。
 ニャムがようやく肩を落とす。非難の先に漂う空虚な闇を払うように、弱々しく首をふって、口もとに自嘲の笑いを忍ばせた。何もいい出さずに煙草を数度ふかした。それから疲れた顔を、呆然と立つリンに向けた。
「ヒエンがどうして亡くなったのか、なぜ死んだヒエンを南サイゴンの日本人学校にわざわざ運んだのか、リンさんに、それらのことを詳しくききたい。ご同行願いたい」
 そのとき、居間のドアが開いた。ゆっくり顔を向けたニャムの目に、白いシャツの娘が映った。ヒエンだった。ヒエンは玲子とランに囲まれるように立っていた。
「お父さん、お爺ちゃん、ただいま。ヒエンは帰って来ました」
 不思議なほど明るい声だった。

             第三章  二人の死の真相
                一週間後
                  1
「黒いシャツ? まちがいないか」
 ニャムは、いつもより強い酒のにおいをまき散らしながら、驚きの声をあげた。
「ダンナ、まだ耄碌するほど年を食っちゃいねえよ。ここに座って隣のおやじと将棋をさしながら、この両目ではっきり見たんだ。まあ、それがわしの仕事だがね。あの日本人は黒いシャツを着て、夜の九時過ぎに出かけていった。どこでも売っている安物のベトナムシャツだ。何か急いでいる風で、ばたばたしていたな」
「本当に黒いシャツを着ていたのか」
「確かに黒いシャツで、ズボンも黒っぽかった。信じる気がないなら、とっとと帰ってくれ」
 老人は、蝿でも追うように痩せた手を動かした。
 ニャムは無視して、目をきつく細める。その目の下に黒い隈ができている。
「いつ頃もどって来た?」
「さあ、時間までははっきりしねえが、二十分はかかってねえな。帰ってきたときには、寒い国の人間が着るジャンパーというのか、あの暑そうな物を羽織って胸を隠していたよ。変な恰好をする日本人だ、とわしは不思議に思ったもんだ」
「女物の小さなジャケットじゃないのか」
「ダンナは、ジャンパーって知らねえのか。ちょっと大き目の、北のハノイなので着る冬物の上着だよ。あの男が女物のジャケットを着れば、とんだピエロじゃねえか。旧正月の仮装にはちと早くねえか」
 ニャムはいらだってきた。
「なぜそんな大事なことを、もっと早めに報告しなかったのだ」
 老人は、目脂のたまった湿った目でニャムを見あげた。
「きかれないことまで、でしゃばって密告する義務はない。ちがうかね。それとも公安のダンナは、まだ昔の密告制度に憧れているのかい。憎たらしい隣人をねたんで、反動分子だのスパイだのと虚偽の申告をする、はたまた子供が親を告発する。そういう告げ口を奨励したあの時代が、やはりなつかしいのかね。まあ、手間は省けるだろうがね。
公安のダンナ方は当然みな共産党員だろうが、あいにく私は共産党がでえ嫌いでね。ホーチミンという親分には、とりわけ腹がたつ。その後釜のレ・ズアンにいたっては、名をきくだけで頭痛がする。だからレ・ズアン通りなど、よほどの用事がない限りバイクで走らねえや。八月革命通りにも行きたくねえ。テロリストの名前のついたグエン・バン・チョイ通りやボーティーサオ通りでは、正直息をつく気にもならねえや。だから、わしはこのアパートの前にひがな一日座って、将棋をさしているだけだ。無害なもんだよ。革命沈没通りなんてのがあれば、わしはきっとそこに家を買って、毎日楽しく暮らしたことだろうがね。それにしても、ダンナ、よい時代になったもんだね。こんなことを公安の面前で口走っても、ダンナ方はわしをしょっぴけない。本当によい時代になった」
 老人は、最後につぶやくような声を出した。
 ニャムと若い公安は、老人に背中を向けて階段を駆けあがった。
       
 男がぼんやり仕事机に座っていた。
「夜の九時半を過ぎていた。サイゴン川に停泊しているフローティング・レストランのまわりは、外国人観光客や若者が群れなしていた。川岸に停めたバイクに座って、抱き合う若いカップルも多い。しかしどこにも真由美の姿はなかった。
私は川岸を北の外れに向かって歩きながら、黒いシャツの胸ポケットから携帯電話を取り出して、真由美に電話を入れた。遠くで『トップオブザワールド』の着メロが聞こえた。
 着メロの音を頼りに、真由美のいる方角に歩いて行く。手探りするように歩きながら、真由美はどうして電話に出ないのだ、と腹を立てていた。厚手のジャンパーを持つ手に、汗がにじむ。夜の九時半といっても、まだ川岸は充分に暑いのだ。
 サイゴン川の北の端には誰もいなかった。街灯も途切れて薄暗く、着メロの曲だけが耳にうるさく聞こえる。
すると、散歩道の外れの木陰に真由美がいた。真由美は顎をうち砕かれて、小さくうめきながら横たわっていた。赤いブラウスが鮮血でじっとり濡れ、そばに手のひらほどの大きさの煉瓦が、血を含んで転がっていた。
 私は驚きながらも、なぜかほっとして顔のそばにひざまずいた。真由美は気配を感じたのか、うっすらと瞼を開けて、焦点の定まらない瞳をぼんやり私に向けた。厚めの唇が何かいいたそうだった。
 手袋をはめた手で真由美のバッグから携帯電話を抜き出しながら、血塗れた耳もとに口を近づけて、小声できいた。
『あと半年でやはり帰ってしまうのか。更新して、もう一年一緒にいる気はないか』
 真由美は何も答えない。
『もう私が嫌いになったのか』
 黒目がゆっくり動き、私の言葉を理解しているのがわかる。
『おまえを、他の誰にも渡す気はない。おまえの体に他の男の手が伸びることは許さない。おまえは永遠に私のものだ』
 薄暗い中で、真由美の瞳に怯えが力なく広がるのが見えた。
『おまえは、たださびしくて私の腕の中に落ちたのか。私でなくてもかまわなかったのか。私は単に遊ぶのに都合のいい男に過ぎなかったのか。私もこの国にはうんざりしている。気が狂うほどの暑さだ。雨もじとじと降る。街は騒々しい。私の心もおまえのように腐りはじめていた。だから本気でおまえを求めたのだ。しかしおまえは、蝶のように近くの花に飛んで行った。私は許せない。なぜおまえは携帯電話を二つ持っているのだ。私が買ってあげたトップオブザワールドの着メロだけでは、どうして満足できない?』
 真由美に語りかけながら、目が濡れてきた。私がいかに真由美のとりこになっているか、自分でもはっきりわかった。
『最後にきく。おまえは、一度でも私を心から愛したことがあったか』
 真由美はうめくような声をあげながら、砕けた顎を痛々しく動かして、うなずいた。
 その白々しい仕草を見て、私は確信した。真由美の心は、虚空を飛んで今は別の男の肩にとまっているのだ、と。
声をあげて泣きたいのを我慢しながら、頭のそばに捨ててある煉瓦をつかんだ。そして、身を起こそうともがく真由美の頭に思い切り叩きつけたのだ。煮だったような熱い血が、黒いシャツにかかった。私は三度力をこめて叩いた。真由美はすぐにぐったりした。陥没した頭から血がごぼごぼ噴き出たが、すぐにとまった。真由美は血濡れても、ちっとも醜くなかった。相変わらず花のように美しかった。私は血まみれの髪をかきわけて頬に唇をつけた。そして持ってきた大きめのジャンパーを羽織って血を隠し、同時に真由美の紺のジャケットをつかんで川岸を離れた。
 遠く離れたとき、風の中を『エル・コンドル・パサー』の曲が私の耳に届いた」
 
 ドアを開けると、男が仕事机からもっさり動いて顔を向けた。疲れたような笑みを浮かべて、男は手で長椅子を示す。ニャムは腰をおろした。
男は仕事机に座り直すと、力なくきいた。
「どうやって、ここにいらしたのですか」 
 ニャムは、驚きを隠せない様子で男を凝視した。以前会ったときより、遥かに表情がくすんでいる。内部から何かがすっかり失われてしまったのがわかる。
 八巻が殺害された一件は、書類上は決着が着いていた。しかしニャムにはどうにも気になる点があった。いくら発作的な犯行とはいえ、頭が陥没するまで三度も叩くのは、中学生のヒエンにはやり過ぎのように思われたのだ。顎が最初に殴打された事実から、背丈の低い者、おそらく女の犯行と確信していたが、それでも殺害自体をヒエンと特定するにはこだわりがあった。
すっきりしない一番の理由は、ヒエンが暮らしていた二つの家屋や部屋を懸命に捜索しても、紺のジャケットを発見できなかったことである。血がついたジャケットを、ヒエンはどのように処分したのだろう。袋に入れてゴミに出したとは考えられない。ゴミを収集する者たちは必ず袋を開き、再利用できる紙や衣類を抜き取って業者に売り払うからだ。そのとき、血の付着したジャケットがあれば、すぐに不審の目が向けられる。空き地などない街だから、燃やすこともできない。煙を発すれば、必ず誰かに声をかけられる。では、真っ暗になってから川に流したのか。
 ニャムは片付かない気持ちで、もう一度関係者すべてを洗ってみる気になったのだ。すると、携帯電話を二つ持っている男の存在が浮かんできた。
「あなたが持っている携帯電話の通話記録を調べさせると、おかしなことに二つの携帯同士で頻繁にやりとりがあった。一つはあなたが所持して仕事などにも使用していたようだが、では、もう一つは誰の手にあったのか。しかも一方の携帯電話は、八巻が殺された時刻から一切使われた形跡がない。それであなたに目を向ける気になった」
「やはりそんなところでしたか」
 といいながら、男は机の引だしを漁って携帯電話を二つ取り出し、ニャムに渡した。
「両方とも、名義は私です。だから私の携帯は調べられるはずはないし、たとえ調べられても不審に思われることはないと安心していました。どちらかに真由美の指紋が残っているはずです。私にはもう必要のないものです。それに血のついたジャンパーは衣装ダンスにあります」
 若い公安が立ちあがって衣装ダンスを開き、ビニール袋におさめられた、黒いシャツとジャンパーを抜き出した。わざわざ確認するまでもなく、血の付着があるのは見て取れた。
「ハンガーに、真由美のジャケットがかかっていますよ。私に残された唯一の思い出の品です」
 部下が大あわてでもう一度衣装タンスを開き、紺のジャケットを取り出した。
 ニャムが、怪訝そうに眉に皴を寄せる。
「どうして処分しなかったのだ」
 男は弱々しくほほ笑んだ。
「疲れたのでしょうね。もう何もかもが面倒になった。ついに私の会社は立ち行かなくなりましてね。もともと儲かっていたわけではない。わずかの儲けも、高い税金やあちこちの役所への賄賂で消えてしまった。母国への送金税も割高だ。おまけに、ニャチャンの貝売りまでふっかけるようになった。外国人は常に足もとを見られていて、本来かつかつだったのですよ。山に石を持ちあげて転がす、そしてまた持ちあげる。そのような意味のない日常になっていましてね。これ以上がんばっても借金が増えるばかりとわかった。この国はビジネスに向きませんね」
一呼吸置いて、
「ところで、もう釈放されたのですか」
 と、男がきいた。
「榊原という教師のことか」
「私の友人でした」
「あの男は明日の深夜便で、帰国することになっている」
「あいつは、よりによって私に真由美とのことをべらべら喋った。私が真由美と去年からどのような関係になっていたか感づきもしなかった。実に無神経な男でしたね。私は別にあの男をかばうために、事件の夜一緒にいたと証言したわけじゃない。そんな考えは、最初からこれっぽっちもなかった。むしろ逆で、私のアリバイ作りに利用しただけのことです。嫌疑が私に向いていないことがはっきりしたとき、あの男が部屋を抜けた事実を、あなたに教えたのです」
「どうして八巻が川岸にいるとわかったのだ」
「真由美は、最初に私に電話を寄越しました。何でもどこかの日本人に誘拐されたとか、情けない声を出していた。すぐに会いたいともいいました。しかしあいつが遊びに来ていたので、うしろ髪を引かれる思いで断りましたよ。そしたら今度はあいつの携帯が鳴った。電話のあとで、あいつは自慢そうに真由美とのことを教えてくれたのです。
初めて聞く話でしたね。真由美は、自分が手玉に取っていた二人の恋人が同じ部屋にいることを知らなかった。心から愛した女が、断られるとすぐに別の男に電話するような尻軽だと知って、私は激怒しました。おそらく私は、単に嫉妬していただけだったのでしょうけどね。
あいつがにやにやと腑抜けた笑いを浮かべて出て行くと、私はあいつと同じ黒いシャツに着がえて、バイクで川岸に先まわりしました。一応ジャンパーと手袋は用意して行きましたが、そのとき殺す気でいたかどうか、自分でもはっきりしません。しかし顎を打ち砕かれた真由美を見て、心は急速に固まりましたね。うまくすれば、公安の嫌疑は顎をくだいた者に向くかもしれない、そんなこともちらっとだけ頭を過ぎりました。ただ、誤解しないでほしいのですが、私は真由美が憎かったわけじゃない。愛していたからこそ、あの女を殺す気になったのです。あの男とこの川岸でいちゃつくつもりかと考えたら、思わずそばにあった煉瓦をふり降ろしていました。
そんなところですね。他には取り立てていうこともない。私は日本に帰っても仕事はない。ここでも立ち行かなくなった。ふくらんでいく借金があるだけです。ベトナムの刑務所がどのような所か、まるきり興味がないわけではありません。いつでも同行しますよ」
 遠山恵一はそういって肩を落とした。
 ニャムは胸ポケットから煙草を取り出し、うつむく遠山に向けた。
 遠山は無言で一本抜き取ると、ニャムのライターの火を受けて、白い煙を吐いた。ニャムも煙草を口にくわえる。
「こんな結末になるとは、考えもしなかった。この国にきて数年しないうちに、アメリカは経済制裁を解いて、ベトナムと国交を正常化させました。十年前のことです。そのとき、いよいよベトナムも自由経済を展開できる国になると考えて、胸が踊ったものでした。クリントン大統領がベトナムにやって来て、市内の超一流のキャラベル・ホテルを貸切りにしたときにも、本当に私の目は輝いていましたね。しかし、ようやくわかりました。この国は何も変わらないのだと。徹底した官僚制度の中で、外国人はどこまでも厄介者でしかないと。外国人が求められるのは、ただ外貨の運搬屋としてだけであって、それ以上のものじゃない。これからは難民ボートで国を棄てた連中が、外国で蓄えた財力で国を牛耳ることになるのかもしれないですね。おもしろい国だ、とつくづく思う」
 遠山は静かにそういうと、うなだれて、煙草を深く吸いこんだ。
 ニャムはずしりと重い疲労を背負って、日本人がまた一人潰れた、と思いながら、饒舌な男に目を据えていた。胸の空洞に雨季の長雨がカビをはびこらせていくようで、どこにも爽快な風は吹かなかった。父のことも日本人のことも、もはやどうでもよかった。頭の隅に浮かぶ南シナ海に、今や形の残らないタンがおぼろに溶けて、まぶしい笑みを紺青の海に広げているだけだった。

                2
 濃縮したような暗い空から、夜の雨がじっとり降り落ちている。
 タンソンニャット空港は、旅立つ者や見送りの人たちであふれ、耳に痛いほどのベトナム語が沸き立っていた。一階の送迎所に立つ榊原の足もとに、突風が生ぬるい雨滴を運んで来る。ダンボールにつめこんだ荷物は船便ですでに送り出していたから、榊原はバッグひとつを持つだけだった。
 見送りに来てくれたのは教頭一人である。他の教師や生徒たちの姿はない。
「新聞ダネにならなかったので、校長さんも細かいことを報告しないですみました。おかげで懲戒免職を免れたのだから、私も校長さんもほっとしています。休職半年ですんだのは、何よりでしたね。先生はまだ若いのだから、ちょうどよい充電期間と考えて、来春の復帰のためにいろいろ勉強してください。半年休めるのは、私なんかには羨ましいくらいですよ。ちょうどよい骨休めですね」
 教頭は笑いながらそういったが、浮かべる笑顔は陰湿だった。校長は、不快な汚れをひとつ払い落とした、とよろこんでいることだろう。
 榊原は丁寧に頭をさげた。
「いろいろお世話になりました。これを機会に身のふり方を考えてみるつもりです。そろそろチェックインの時間ですので、これで失礼させていただきます」
「そうですか。じゃあ、またいつか、どこかで会いましょう。教員生活を続けていれば、何かの研究会でまた会えるかもしれない」
 教頭に会うことはもうないのだ、と榊原は思う。教頭だけではない。南サイゴンの日本人学校で一緒に働いた同僚たちと再会する機会など、二度と巡っては来ない。それぞれが日本各地から派遣されて来た教師である。榊原に限らず、特別に連絡でも取り合わない限り、この空港が永遠の別れの場所になるのだ。
 教頭は軽く頭をさげて、ずらりと並ぶタクシーの一台に乗りこんだ。煙る雨にすっぽり包まれるまでタクシーを目で追ったが、教頭は一度もふり返らなかった。虚しい思いが胸を突きあげてくる。
 関西空港に向かう深夜便のチェックインをすませ、税関検査を終えた。二階の出国審査に向かうエスカレーターの前で、榊原はもう一度空港の外の暗い雨を見つめた。
この熱帯の雨の中、自分は狂ったのだ。おそらく死んだ真由美も、雨に抱かれながら孤独地獄でもがいていたのだろう。それゆえ、どこからか伸びる手が一本あれば、真由美はその手に白い指をからめることができたのだ。誰の手でもよかったにちがいない。誰かの手を狂おしく求めるほど、真由美の内部は空虚で頼りなかったのだろう。それは榊原も同じである。
 榊原はエスカレーターに足をかけた。もう二度と乗ることはない。二階にのぼると、異なった国に滑りこんだように雨の気配はどこにもなかった。
 搭乗時刻に間があるせいか、出国審査で並ぶことはなかった。
余裕のある若い係官が珍しく愛想笑いした。
「学校の先生でしたか。もう帰られるのですか」
「任期が終わったので帰国です」
「いろいろベトナムのためにありがとう」
 この若い係官は職業欄を見て、榊原を日本語学校の教師とまちがえたのだ。ニャムのおかげで起訴をまぬがれたから、出入国のコンピューター記録に「不適格人物」の印は付いていないのだろう。
 若い係官が、無邪気な笑顔を浮かべて、パスポートを手渡しながら、榊原を見あげた。
「ベトナムはどうでした。気に入りましたか」
 思いがけない質問にうろたえた。
「ええ。……とてもよい所でした」
 口を濁してパスポートを受け取り、背中を向けた。
 免税品を売る通路を歩きながら、突然ヒエンの顔が浮かんできた。ヒエンを死に追いやったのは明らかに自分である。ヒエンの幼い体に溺れながら、自分はヒエンに死の種を蒔いたのだ。
 榊原は、半年前の歓迎会で、根本総領事がいった言葉を思い出した。外交官試験をパスした男と同席できて、そのとき心がたかぶっていた。
「先生、錯覚しないでくださいよ。日本人学校に勤務する先生方は、この街では特権階級なのですよ。経済的にもそうだし、身分的にもそうだ。多くの若い娘が声をかけてきますが、絶対まちがいを起こさないように自戒してください。頼みますよ」
 そういって、大きな体を揺すってくすぐったそうに笑った。
 その場では総領事の意図はわからなかったが、二次会で若い教師たちとカフェバーに向かったとき、すべてが納得できた。カフェバーの娘たちは、榊原を日本人学校の新任教師と知ると、取り囲むようにからみついてきたのである。
 わずか数カ月で、熱帯の暑さとじとじとした雨に腐敗のにおいを発しはじめた榊原に、真由美とヒエンが笑顔を向けてきた。真由美の柔らかさとヒエンの爽やかさが、どれほど心を和ませてくれたことか。
「ベトナムはどうでした。気に入りましたか」
 若い係官の笑顔が目の前にもう一度浮かんできた。目を細めた係官は榊原を責めてはいない。それでいて、ヒエンの笑顔がそうであったように、無邪気な笑みは榊原の心を深く苛むのだった。
 ヒエンが妊娠していたことは知らなかった。もし知っていたら、どのような行動をとったであろう。
真由美襲撃と妊娠の件を父親に知られて、ヒエンは叱責を受けた。そして錯乱し、ついには二階の階段から子供を堕ろすために飛び降りたというのだ。これはベトナムではよく知られた堕胎の方法だという。しかし死んだのは子供だけではなかった。同時にヒエンも首の骨を折って、その命を散らしたのである。あるいは真由美を襲った罪悪感による自殺への志向があったのかもしれないが、そこまではわからない。まだ戸籍上は十四歳の中学生だった。
 ヒエンの父親と祖父の怒りは、何度土下座しようとおさまらないほど激しいものだろう。しかし榊原は、土下座することができなかった。何度も足先をヒエンの家に向けたが、踏み出そうとする足はそのまま根づいたように動かない。父親と祖父に挨拶しないで帰るしかなかったのだ。
 帰る? いったい自分はどこに帰ろうとしているのか。妻の和代は榊原を待ってはいない。岡山にある和代の実家に何度も電話を入れたが、聞こえてくるのは義母の冷たい声ばかりだった。
 和代は嫉妬のあまり真由美とヒエンを尾けまわしていたというが、いつからそのような醜い狂気に身を沈めるようになったのか。今にして思えば、「ヒエンの亡霊」と口走ったのも、和代は二人のヒエンがいることをとっくに探りあてていたからにちがいなかった。真由美がヒエンに襲われた場面も、おそらく目撃していたのだろう。そしてまた、携帯電話を片手に興奮気味に近づく夫の哀れな姿も、夜目に捉えていたはずである。遠山のことまで気づいていたかどうかは不明だが、和代は事件の当初から、重要なことすべてを知っていたのだ。それならなぜ最初にヒエンが二人いて、その一人が真由美を襲った事実をニャムに告げなかったのか。真由美は無惨な死を迎え、ヒエンは刑務所に引きずりこまれる。見事な報復ではないか。
 榊原は、待合室の椅子に腰をおろしながらさびしく笑った。
 和代にはそれができなかった。ヒエンの犯行を密告すれば、同じ口から二人を尾けまわした理由を吐かなければならない。真由美とのつきあいは隠す必要はないにしても、夫が若いヒエンを汚した事実は、とうてい口に乗せることなどできなかったろう。無心に積木遊びする麻里を見れば、口をとざして、曖昧に「白い服の娘」とでもいうしかなかったのだ。榊原を守るためでは、決してない。
 榊原はうつむいて両手で顔をおおった。視界が消えた闇に、ヒエンの顔が浮かんでくる。ヒエンはいつも風に吹かれたように、柔らかな笑みを浮かべていた。
 公安のニャムがヒエンの死の真相を知ったとき、父親にいぶかしい目を向けて、いったという。
「私は二人のヒエンがいることを知らなかった。もしあなたが死んだヒエンをこっそり始末しても、誰も気づかない。ヒエンの死すらわからない。それをなぜ、あのような面倒な方法で遠い日本人学校に運んだのか。人が動けば犯行が露見する。あなたにも疑いの目が向けられるだろう。それなのになぜあのような危険をわざわざ犯したのだ」
 すると父親のリンは声をつまらせて答えたというのだ。獄房から出された朝、ニャムからその言葉を聞いたとき、榊原は胸が締めつけられて息ができないほどだった。
「私はヒエンの死を、昔、望んだことがある。貧しかった頃だ。それがこんなに大きく立派に成長してくれた。成長した姿を見ると、私の中には、いつもあのときの罪悪感が重く伸しかかってくる。
お腹の子のことも、人を傷つけたことも、親として怒るのが当然だろう。しかし、ヒエンを公安に突きだす考えは一瞬たりとも浮かばなかった。何があってもヒエンを守っていきたいと願っていたのだ。ベトナムの親なら、みなそう考えるだろう。もしヒエンが望むならお腹の子を産ませてやろう、と内心では覚悟していた。ところがヒエンはそのような私の心を理解しなかった。ヒエンは初めて私の思いに盲目になったのだ。ヒエンの胸中に宿るのは私たち家族ではなく、いつの間にかあの日本人だけになっていた。
 階段から狂ったように飛び降りたヒエンは、頭を強く打って、打ち所が悪かったのか、苦しむことなくすぐに息をとめた。それはせめてもの幸いだったと思う。頭の血を拭いてやり、鮮血で濡れたシャツを着がえさせながら、私の目は涙で曇っていた。その涙の向こうで、ヒエンがほほ笑みかけているように思われて、つらかった。
 ヒエンは自ら命を絶ったが、事故、または自殺として届けても、おそらく公安は信じてくれないだろう。日本人教師の死がこの家に関わりあることは、すでに調べがついていると思われた。そうならいっそ、ヒエンを生まれ故郷のクチに運んで故郷の森に葬ろう、誰に知られることもない、ヒエンの手が血で汚れた事実も隠し通せるだろう、そんな考えが浮かばなかったわけではなかった。しかしそうなれば、ヒエンのこの笑顔も、永遠に誰の心からも消えてしまうのだ。名前も戸籍もないまま、その存在すら知られずに、このヒエンは最初からいなかったことになる。そうなれば、あのような苦境を家族一緒に生き抜いてきたヒエンは、もう一人のヒエンの足もとの影と同じになってしまうのだ。
死んだあの子は別の子の影ではない。力強く生きた一人の娘なのだ。私はヒエンの死を、他の人たちにも悲しんでもらいたいと願った。ヒエンという子供がこの世にいた、そして不幸にも早世した。それをあの子を愛してくれた人たちの目で、確認してほしかったのだ。生き残ったヒエンは、これから人の愛を充分に受けることができる。しかし死んでしまったヒエンは、この機会を逃せば、もはや誰の愛も、誰のやさしい目差しもあずかることができない。あの子は私の宝物だった。きっと同じように考えてくれる友だちはたくさんいるだろう。親バカかもしれないが私はそう信じた。そのために公安に疑いをかけられることがあっても仕方ない、と考えた。もう一人のヒエンを使って愚かな工作をしたのは、死んだヒエンに恥ずかしいことだったと思う。
 亡くなった子を南サイゴンに運んだのは夜明け前だった。暗い通りには、一台の車も走っていなかった。車を買ったときによくしたように、ヒエンを膝に乗せて、両手でかかえるようにしてハンドルをにぎった。夜間のドライブを楽しむヒエンの笑い声が聞こえて来るようだった。
学校から離れた所に車を停めて、赤ん坊のようにおんぶして、まだ明けやらぬ原野を歩いた。ヒエンが病気になったとき、同じように背負って、クチの山道を医者の家に向かったが、そのときは、小さかった犬のアンダウもついてきた。そんななつかしい気持ちも湧いた。それから学校の塀をよじ登り、グランドに飛び降りた。温もりの残るヒエンの手が、私の肩をしっかりつかんでいるようで、何の不安もなかった。ヒエンを抱くのもこれが最後と思うと、私は涙がとまらなかった」
 榊原は待合室の椅子に座りながら、落ちつかなかった。ニャムが問いかけたように、自分は何のためにベトナムに来たのだろう。一人の子に死を、そしてその家族に死と同じほどの悲しみをもたらすために派遣されて来たのか。そのうえ麻里のいる家庭すらも壊してしまった。
 体の芯に火をつけられたように、榊原は急に心がざわめいた。このまま口を拭って謝罪もせずに帰国するわけにはいかない、そんな思いに急きたてられたのだ。
バッグを椅子のそばに置いて立ちあがり、電話受付に向かった。足が宙を踏むようにゆらゆらする。榊原は出された紙に震える手で電話番号を書いた。係の娘がその番号に電話を入れる。つながると、娘がいった。
「三番の電話です」
 榊原は一度大きく息を吐いて、三番の受話器を持ちあげた。
「もしもし。私は日本人学校に勤めていました榊原と申します」
 安東の声が聞こえてきた。声は以前よりも老けている。
「ヒエンの祖父のレー・バン・アンです」
「今夜日本に帰ることになりました。今、空港です。本来ならご挨拶に行くべきでしたが、なにぶん……」
 言葉につまった榊原に、祖父の声がかぶさる。
「ヒエンの父は今、クチに行っています。ヒエンは、クチのレー家の墓に入ることになりました。ご安心ください」
「本当に申し訳ありませんでした」
 榊原は嗚咽していた。
 祖父が静かにいう。
「結果は不幸なものでしたが、ヒエンはあなたと一緒にいて、いつも楽しかったと信じています。ときどき思い出してやってください。飛行機の旅、お気をつけください」
 榊原は声にならなかった。受話器をつかんで、喉をつめたまま泣き続けた。
 安東修一の電話は知らぬ間に切れていた。
 係の娘が心配そうな顔を向けた。

                  3
 月曜日の朝、今日も南サイゴンに強い雨が降っていた。グランドの細い木が雨に打たれて、梢を激しく揺らしている。
 朝の打ち合わせで、新しく派遣された二人の教師が紹介された。福島県からきた三十代前半の男性教師と香川県からきた二十代の女性教師だった。その溌剌とした挨拶が玲子の目には新鮮だった。自分も半年前はこの二人と同じで、若葉が水をはじくように生き生きしていたのだろうか。
 二ヵ月後の運動会の議題で打ち合せが少し伸びた。ホーチミン市の日系企業の協力で、雨季明けの十一月下旬に行われる行事だった。玲子は初めてなのでこまめにメモを取った。企業から寄付される景品はテレビや冷蔵庫など豪華なものだという。
 横殴りの雨が吹きこむ廊下を渡って階段をのぼる。玲子はスカートを雨で湿らして、教室に入る。さっと目を走らせると、先週いっぱい休んでいたヒエンが、ランの横に座っていた。玲子の顔に花のような笑みが開いた。
「こっちに来ることにしたの?」
 玲子がきくと、ヒエンはちょっと肩をすくめて小さくほほ笑んだ。
「はい。父もこちらの学校を選びました」
 父親が大きいヒエンの遺体を、ブリティッシュ・スクールではなく、日本人学校に運んだことをいっているのだ。
 玲子はうれしくて、心に夏の光が射したような気がした。
 ふいに木下大和が手をあげた。
「大和君、どうしたの?」
 大和はもじもじする。
「先生、あのな。クラブ作らないか」
「何のクラブ?」
 大和はさらにもじもじした。隣の男子生徒が大和をせっついて、それでようやく口を大きく開いた。
「ベトナム語会話クラブ。放課後でも昼休みでもいいからさ。おれ、ちょっと勉強してみたいんだ。おれさ、ホーチミン市に二年もいるけど、ベトナム語は、体育の先生のいうチョイ・オーイ(ああ、神よ)しかわからないんだぜ。おれのおふくろはそれでいいっていうけどさ、つまんないじゃないか。せっかくこのクラスには、ベトナム人のヒエンとランがいるんだから、よい機会だよ。おれ、二人に習いたいよ」
 他の日本人生徒も、賛成、といって手をあげた。
「みんな、そんな勝手なこといっているけど、肝心のヒエンとランはどうなの? こういう変な子たちだけど、教えてくれる?」
 ヒエンが笑う。笑顔が晴れやかだ。
 ランが元気にいう。
「いいよ。いつでも教えてあげる。でも、難しいよ。覚悟してね」
 玲子が教卓から身を乗り出すようにして、
「じゃあさ、ラン。私にも教えて。私もそのクラブに入りたい。私もベトナム語、まるっきりダメだから、いつも高い日本料理店に入っちゃうんだよね。ベトナム語ができれば、市場の買い物だっておばさん相手にがんばって値切れるじゃない。それにベトナム人の友だちだって、たくさんできるかもしれないよね。そうだ、ベトナム語が少し上手になったらさ、どっか街からずっと離れた場所に、みんなでベトナム料理を食べに行こうか」
「無理だよ。そんな所で食べたら、おふくろは不潔だって、絶対どなりちらすよ」
 大和が心配顔でいった。
 玲子は両手を意味なく動かして、
「だいじょうぶよ。私がお母さんを説得してみせるから」
「本当かよ。でも、先生って、そそっかしくて、あまり頼りにならないからな」
 大和の言葉に、ランが玲子をかばう。
「大和、だいじょうぶだって。思った以上に頼りになるよ」
「私もそう思う。案外だいじょうぶだよ」
 ヒエンも笑って援護した。
 玲子は前のめりに教卓につかまって、
「ひどい生徒たちだね。私はもう少し信頼されているかと思っていたけどな」
 と楽しそうに笑いながら、ヒエンにそっと視線を置いた。そして、今日のヒエンはどちらのヒエンだろう、と考えた。大きいヒエンか、小さいヒエンか。でも、教室のうしろに座るヒエンは、両方のヒエンが混ざっているような気がした。大人に恋したヒエンと子供のようなヒエン。
 どちらにしてもヒエンは、ブリティッシュ・スクールではなく日本人学校を選んでくれた。玲子は心の底から、ありがとう、といった。


           エピローグ
「ねえ、まだ起きてた。もう遅いよね」
 女が気づかうようにいう。
「だいじょうぶだって。こっちは十一時になったところだ。まだ宵の口だよ。テレビを見てたんだ。有名なタレントたちがベトナムの雑貨店巡りをして、それから仲秋の名月の月餅をまずそうに食べてた。盛大な祭のようだな」
「もう終わったけど、街はにぎやかだったよ」
「こんな所に住んでいるんだな、と思ったら、ちょっと目が真剣になってる」
「そうよ。毎日が大変なんだから」
「バイクもこんなに走っているのか」
「うん。今度、私ね、バイク買おうかと思う。学校では禁止されているけど、プライベートに使う分はかまわないよね。いつもお金持ちぶってタクシーじゃ、おもしろくないじゃない」
「おいおい。だいじょうぶかよ。こんなにわけのわからない街を、バイクで走るってか。やめた方がいいぜ」
「何をいっているの。私のこと見そこなっているでしょう。ベトナムでバイクを持たなくて、どうするのよ」
「ヘルメット、かぶれよな」
「うん。三枚ほどかぶるから、安心していいよ」
 男は太い声で笑った。
「あいかわらずだな。どうだ、ベトナムに慣れたか」
「慣れたよ。もうめそめそしてない」
「道理で最近、そっちからの電話が少ないんだな。おれはてっきり好きな男でもできたのかと勘繰って、心配したぜ」
「それがね。できちゃったのよ。もう複数交際だからね」
「何だ、そりゃ?」
「男の子が四人でしょ。女の子が六人。一人死んじゃったけど、数はかわらないの」
「一人死んで数がかわらないって、クイズか」
「そうじゃないけど、今度会ったら教えるね」
「でもさ、それってクラスの子じゃないか」
 男はあきれた声を出した。
「そうよ。かわいいよ、どの子も。特にかわいい子が二人いるの。女子だけどね。私はどうも男子より女子が好きみたい。今度帰ったら、あなたにお別れいうかもしれないわよ。女子を選びました、って」
「よせよ。笑えねえよ」
 女は明るくいう。
「私ね。二年の任期をもう一年伸ばすかもしれないよ。だから、会うの、もう少しお預けね」
「まじかよ。やってられないよ」
「でもさ、たまには遊びに来てよ。来る来るって、まだ一度も来てないじゃない」
「ああ、その件ね。だいじょうぶ。来月末に休みが一週間ほど取れそうなんだ。それで行こうかと思ってる」
「ほんと? 来てくれるの?」
「たぶんな。もう半年も会ってないから、そろそろ行かないと顔も忘れられちゃいそうだしな」
 と男は自分の冗談に笑った。
「今でも私のこと、好き?」
「もちろんだよ。他の先生と悪さしてないよな」
「心配なの?」
「ちょっとな」
「今のところはだいじょうぶ。でも、早く来ないと、誰かとどこかに行ってしまうかもしれないよ。この前ちょっと素敵な人が来たからね」
「心配だな。でも、信じているよ」
「ありがとう。あなたに会えるの、楽しみにしてるね」
 女は柔らかい声でいった。(終わり)

    
            

雨の街(その2)

執筆の狙い

作者 でんでんむし
p0163482-vcngn.ttri.nt.ngn.ppp.ocn.ne.jp

じたばたしましたが、ようやく入ることができました。
5回にわけるつもりが、これでおわりです。
長いですが、お時間のある方、よろしくお願い致します。

コメント

u
opt-220-208-25-236.client.pikara.ne.jp

読みました
あたし前回投稿の感想では2000年だしベトナム戦争の昔語りが公安ニャムの口から出るしwww
古くせー! とwww
古くせーは全編読んで変わらずなのですが それが本作の肝かもしれないし そこらへんが無ければ本作は成り立たなかった
最後まで読んでめっちゃおもろかったし 作者さんここまでよく練りにねったなー感激だわ!!!

特に(ラス前)ここは感動すら覚えましたwww
前段で真由美が誘拐されるエピこれに絡んで安東修一が登場 ところが誘拐エピの解決肩透かしと思わせて なんだか大東亜戦争(上松様風)が絡むのかよ? 後段に公安ニャムのお父さんが安東に殺されたミタイナ記述 作者そこまで膨らませて大丈夫? wwwと思った
でもこのラス前はすごいよね ネタバレになるから書きませんwww

それとまさかの双子ネタwww
最初はアタシ嗤ったんですけど 当時の(現在もか?)ベトナム事情etcなんかであり得るかも? と納得させるでんでんさんのうでまえかなwww

全体を通じて新しい謎をつぎからつぎに出す その技法はハードボイルドミステリ(厳密にはそうじゃないけど)
探偵役は前半は榊原で後半は玲子なのかな?www
公安ニャムは探偵じゃなく(ベトナム)の水先案内人かな? www

あと、北海道出身者多くねエwww

ありがとうございますホンマ素晴らしいもの読ませていただきました
今日今迄かかって一気読みですwww 後半が圧巻でした!!!

ここのサイトも本作ミタイナ読み応えのある長いものあげて欲しいねwww

でんでんむし
p0163482-vcngn.ttri.nt.ngn.ppp.ocn.ne.jp

U さん

おはようございます。
早速のご感想、ありがとうございます。長いので、一週間は待たなくちゃならないな、と思っていたのですが、朝上げて夜感想をもらって、しかも面白いとおっしゃってもらって、感激です。

確かに、古くせー! ですね。20年昔を舞台にした作品で、しかも、よその国の歴史物。読まれる場合も、ある程度、背景知識もいりますので。おっしゃる通り需要はないと思います、なので、この手のは今は、書いていません。板前さんの探偵シリーズとか一時よく書いたのですが。

ラス前に特に強く感じられたというシーンは、あそこかな。きっとあそこだと勝手に決めて喜んでいます。

いつも書きますが、私はマジでプロットが書けないのです。半分病気みたいなものかな、と今は諦めています。わずか5枚でも、最初に考えた通りには絶対行かないし、旅行に行けば道に迷うし、馬券を買えば、お金を入れる寸前に買い目を変えてしまう。
なので、これを書く際も、頭に浮かんだ出来事をつい書いてしまうわけで。つまり死体が先にあるわけですね。それから苦労してその理由なりを考える。なので、私は作者なんですが、同時に刑事なんです。
なので、なんであんなところに寝転んでいたのか、勝手に寝かせておいてから、その理由を考えるのです。楽しいですよ。そしてようやく車を運転させる場面を思いついたのです。ここは、自分ではうまく考えたな、と思ったのですが、ここじゃないのでしょうか。

それと、書き終えて、どうも変だな、冤罪じゃないのかな、と思って、ふと気づき、あわてて、新犯人を発見したわけです。ある時期まで別の人を犯人に仕上げていたんです。
こんなええ加減な作り方です。

なお、戸籍のことは、当時のベトナムではよくあることでした。特に山岳部では、そのためにわざわざ役場に行かないわけで。遠いからというのもありますが、役場とか警察とか、行きたい場所じゃないですからね。というか、日本でもそういうケースがあったみたいですね。縁起をかついだりで。
 そこにエピソードとして書いた年配の日本人と若い女性の話、あれは実話です。年齢を超えて、すごく仲良くて、羨ましいな、という感じで見ていたのですが、戸籍を取ってみて、どってんこいてしまったわけで。ああいうのは多いですね。

探偵役は、最後は玲子になりますが、書き始めたときは、いろんな視点から話を展開したいな、というつもりでした。
何とかそこそこのカッコはついていたようで、安心しました。

なお、何年か前に上皇さんが天皇陛下のときにベトナムに行かれましたね。びっくりしたのですが、上皇さんはここに出てきたような日本人に会われているのですね。おお、と一人で喜んでいました^^

最後に、北海道出身者多くねエ、ですが、確かにその通りでした恥。やはり身近な所から、役者を探してくる癖が抜けなくて。ついついラクしてしまって。小劇団なので^^

いずれにしましても、本当にありがたく感想読ませて頂きました。安心しました。心から感謝です。

夜の雨
ai198247.d.west.v6connect.net

「雨の街(その2)」174枚まで読みました。

明日読了できると思いますので、読了後に総合的な感想を書きます。

ここまで読んだ感想は、ミステリーとして面白い作品になっています。
御作はベトナム独特の気候が、そこに住む人間に、どういった感情や行動をもたらすかというような世界観が、作品の底に漂っているのではないかと思いました。
特に日本から行くと環境の違いでストレスを与える。
このあたりが登場人物たちに日本でいる場合と違う行動をもたらし、人間関係に微妙な変化が出てくる。
一種の風土病を精神的な面から患うという世界観があります。
作者さんはそのあたりも狙って書いているのではないかと思います。
御作の中にベトナムの気温がどうたらというようなことがよく描かれています。
雨もよく降るし。水はけが悪いので道路は水没というようなことも。
ということで、作品の背景にベトナムの風土をうまく利用している。
日本から行き、こういうところに住んでいると、何かが起こりそうですし、そのあたりもネタにしているのではないかと思いました。

登場人物にもそれぞれ人生が描かれているところがいいですね。
「その1」から読んでいるので折り返し地点を過ぎていますが、ここまでは次々と人物が出てきていますが、みなさんよい持ち味をしています。

ストーリー展開も飽きないように構成されていると思いますね。

面白いです。

たぶん明日の夜までには読了できると思います。
犯人もわかりますし、御作が何だったのか、ということもわかると思います。

以上です。

でんでんむし
p0163482-vcngn.ttri.nt.ngn.ppp.ocn.ne.jp

夜の雨 さん
読んで頂いて、ありがとうございます。
長いので、Uさんで終わりかなと思っていたので、うれしいです。よろしくお願い致します。

5150
5.102.2.172

力作でした。

文字通り力がこもっていました。後半部分は特にそうでした。で、御作を読み終えてみると、通常のミステリーとはやや異なった読み応えを感じました。ミステリーってジャンルはやたら変幻自在であり、明確な型(事件、捜査、解明)があるにも関わらず、いろんな要素をぶち込めるだけの器の大きさがある。御作はどちらかというと、歴史ものを読み終えた感じがしました。あ、これは批判ではなく、そういうのも間違いなくミステリー小説の醍醐味であるので、悪い意味ではないです。

ただ私が感じたのは、これは長所であり短所でもあるうるのかな、と思えてならないのです。途中からストーリーの背景にはどうも歴史的なものが見え隠れします。私は犯行の動機に国の歴史情勢を絡めているのかな(松本清張が得意としていた手法ですね)と思いきや、想像を遥かに上回るほどのものでした。読んでゆくと、これは実は作者さんが一番書きたいことなんだろうな、ということを読みながら思っていました。最後でグワっと出てきますね。圧巻でした。

で、御作で不満に思っていたのはキャラ。メインが曖昧なような感じだし、どのキャラもよく書かれているわりに、魅力には欠けているかなという感じがしてました。特に和代さんはとってつけたような感じ。セリフを通じてということもありましょうが、夫にジェラシーを感じる前半の箇所は、なんかテレビ二時間サスペンスものといった感じ(失礼!)。でも後半に行くにつれて、そういう違和感がなくなりました。つまり、御作でのメインキャラというのは、ベトナムという国があって、歴史があって、人がいる、つまりベトナムで暮らして因果を受けた人々全員に(もちろんですが日本人を含めます)スポットライトを当てた物語なのかも、と私は考えていました。

実際に作者さんが体験されたであろう異国での詳細、街の喧騒や雨、言葉について、習慣について。そういうディテールがすごくよかったです。この物語はディテールを含め、日本人としてベトナムに暮らすということや、どうやって現状が成っているのか(物語での現状です)まで歴史的観点から、作者さんが現地でそのまま感じられたことをしっかり表現したかったのだろうな、ということも思いました。

作者としての立場から感想を書きたくなったので、物語の具体的なことには触れませんでした。ともかくこれだけの力作をごはんで読めて嬉しかったです。お疲れ様でした。

夜の雨
ai208051.d.west.v6connect.net

「雨の街」全編(492枚)読了しました。

ミステリーとしてはよく出来ていたと思います。
この作品たぶん公募に出していると思うので、入選できなかった理由ですが、それは「書き過ぎ」だからです。
わかりやすく言うと、余計なことを書き過ぎ。

真由美が殺されました、それで主人公やその妻が疑われているのではないかと、いうような展開で御作は進みますが、後半で、登場人物の背景でベトナムの歴史の部分が描かれています。
それも結構な量です。

「登場人物の背景でベトナムの歴史の部分が描かれています。」 ← ここがアウトです。本筋からそれています。御作のミステリーに関係がある部分で書きこむのならよいのですが、必要のない部分まで「結構な量」を、書きこんでいます。
歴史の部分は、ミステリーに関連がある部分だけでよいと思いますが。
御作は登場人物の歴史に絡んで徹底的に書き過ぎている。

だから、本筋のミステリーの部分が、薄められてしまって、せっかく頭の中に入っている、肝心な部分がベトナムの歴史の部分で見えにくくなっています。
作者さん、いったい何が書きたいのですか? ということなんだよね。

真由美やヒエンが殺されたミステリーが書きたいのか、それとも登場人物に関わるベトナムの歴史が書きたいのか、ということになります。
これはラストのプロローグをみても明らかです、この部分は必要ではありません、ラストは必要な部分を書いて、あっさりと締めたほうがよいと思います。特に御作の場合は、いろいろと、余計な部分を書いているので。

もう、御作が終わっているにも関わらず、だらだらと書き足しています。
原稿用紙500枚近い作品のラストにふさわしくないと思いますね。

ミステリー部分はよく書けていました。
また、登場人物のキャラクターなども背景を含めてよかったです。
ただ、上にも書いたように、書きこみ過ぎがありますが。
 

榊原の導入部は主人公かと思っていましたが、御作は主役級が複数いまして、そのなかでもブラック系の主役でした。
「こいつ」ええ加減にしろよ、と後半で思いましたが。
すべて、おまえが関わっているのだろうが。この野郎という感じです。盛り上がります。
殺された真由美もすごいキャラです。
「ヒエン」の設定には驚きました。
あと裏の主役(犯人)ですが、これは導入部とも関連していたので、最初から疑っていましたが、後半でヒエンが真由美を殺したように、エピソードが振ってありましたので、ごまかされるところでした。
しかしこの犯人も、どうして犯罪を犯さざる得ない事情に追い込まれたのかが書かれていたので、「そうか」とは、思いました。


結論。
作者さんは、創作能力はプロ級に高いと思います。
ところが、必要でないところまでも盛ってしまう。
要するに、他人の目で、推敲が出来ていない。
書きたいものを全部書いてしまう。

これだと、読んでいる方は大変です。
御作のミステリー部分と直接関係がない部分まで読まされるので。
これをやられると、肝心のミステリーの部分がボケるのですよ。
必要以外の部分まで書かないようにすると、公募は充分狙えると思います。


それでは、頑張ってください。

でんでんむし
p0163482-vcngn.ttri.nt.ngn.ppp.ocn.ne.jp

5150 様

 長い物、読んで頂きありがとうございました。
 書いているときも、その後も、特に気にしていなかったことの指摘を受けて、なるほど、と思っています。

 一応はミステリのつもりで書き始めたのですが、私の考える面白いミステリーには、本格派は含まれません。奇想天外なトリックであっても、それが機械仕掛けのようなものなら、解決を読んでも、いいなと思えないので。
 なので、狙ったのは、心理的なトリック風、あるいはトリックなしのドラマ風なものになりますね。松本清張の名前を出されていますが、考えたことはなかったですが、なるほどそっち系だったかと思いました。
そんなことなので、ミステリめいたものは幾つか書いたことがりますが、どれも毎度そこそこどまりでした。

 今回のも、やはりミステリとしては満足できないもののようで、後だしジャンケン、といわれました。確かに犯人の現れ方は、後だしといわれても仕方ないでしょうね。実際、あの犯人が考えていた犯人ではなかったと気づいて、バタバタがあったせいで、やはり後だしの印象は間違ってはいないのだな、と今は自分でも納得しています。なので、ミステリ部分は、問題多しと自覚もできています。

ただ、5150さんも、後ろのほうにある短編で、ちょっと似たようなトリック?を使われていますが、実はそこが一番の心配でした。今頃、こんな陳腐なトリックかと。禁じ手じゃないかと。
ところが、これはよいといわれました。えっと思ったのですが、背景を読めば納得できるということなのでしょうね。なので、手垢のついたトリックでも扱いようだな、と感じたものでした。
それで、書かれておられますように、ミステリの器の大きさにもたれかかって、勝手をやらせてもらったようなわけですね。

 他に「気が滅入る」ともいわれましたが、まさにイヤミスです。

そして書いていくうちに、ベトナムの歴史情勢などは幅を取るようになりました。何度も書きますが、一部を書いているうちは、後半の歴史的な部分は全く頭にありませんでした。書きながら、本当に書くべきはこっちだという気になって、大転換を計ることになりました。当然調べたりもしました。

ある作家さんは、書くより調べるほうに時間がかかる、とおっしゃっていましたが実際そんな感じでしたね。やはり安藤のような人のことは知ってほしかったですし、そういう事実を知ったときは、私にとっても衝撃でした。まあ、ビルマにはすでに先人がいますが、アジアのあちこちには、たくさんいるのでしょうね。
なので、こういう部分がうるさすぎると思われるとすれば、拙作は退屈、と思います。
そういう意味で、面白く読んで頂いたようで、うれしかったです。

またキャラですが、和代、これはやっぱり、という感じです。自分でも、ダメだなあ、いかにも作っている感じだな、というのは、わかっていました。しかし書けない。
女の人を書くのは難しいですね。これは、台詞で勝負みたいなところもあるので、何度も直したのですが、やっぱりうまくいきません。確かに通り二時間サスペンスの雰囲気ぷんぷんです。

最近、ユーチューブで、土曜サスペンスとかいっぱい上がっているので、早送りしながら見たりするのですが、何となくわかったのは、和代のイメージが自分でもわかっていなかったということでした。顔が、浮かんできていなかったのです。なので、最初から、女優さんを決めて演じさせればよかったのかな、と今は思ったりします。
あるハードボイルド系の作家さんは、最初に役者を決めて、その顔を思い出しながら書く、といわれていましたが、そういう手もあるな、と思ったところです。

>そして、ベトナムという国があって、歴史があって、人がいる。

それをメインキャラにして書いたもの、といってもらったことは、とっても嬉しいですね。結果、あくまで結果ですが、それが狙いになりました。なので、最初はアホ教師の目線で行こうと、つまり主人公と思って始めたのですが、すぐに多視点になって、こんな結果になって、それはそれでよかったと思っています。
そしてそういう歴史なりに、滞在して私が見聞したことを詰めこんで、雨季のベトナムの雰囲気を出せたとしたら、いうことはありません。

長いもの読んで頂き、しかも好意的に受け取って頂いて、ありがとうございました。感謝です。ベトナム語では、カモンといいます。このカモンの発音、わたしには無理でした^^;

夜の雨
ai195245.d.west.v6connect.net

御作の構図

榊原が真由美とヒエンに肉体関係があり、嫉妬したヒエンが真由美殺害のきっかけを作った。ヒエンは榊原の子供を妊娠しており堕胎するために二階から飛び降りて亡くなる。もちろん真由美殺害にも絡んでいたので、精神的なストレスがあった。

ということで、真由美とヒエン二人の死には榊原が大きく絡んでいる。
真由美は、海外のベトナムという国(風土)にあてられたのか、ストレス発散に榊原のほかにも男を作っており男関係というか精神構造がゆるい。

榊原の妻である和代が嫉妬から真由美殺害の容疑者として公安に留置されたりするが、彼女は真由美殺害の現場を実質見ている。が、そのあたりが御作ではあやふやに書かれている。
ヒエンが真由美に最初の一撃を加えた。
そのあとで男の嫉妬で真由美は殺害された。
殺害後に榊原がやってきて真由美の携帯を川に投げ捨てた。
和代は白い服の女(ヒエン)と榊原を見かけているので、途中で真由美を殺害した犯人の男も見ているということになるが、そのあたりのことが書かれていない。

実質上は真由美とヒエンに関わった榊原が犯人といっても差支えがないほどブラック。
榊原は妻の和代も裏切っている。
その榊原が女関係であまり後悔しているようなことが描かれていない。

本来なら、上の人間関係を軸にして話を展開させるべきミステリーだと思いますが。
この場合はベトナムとかは関係がなくて、一般的なミステリーになるので、作者としては不本意かもしれませんね。まあ、ベトナムの風土とかを描けばそれなりに関係ができるかもしれませんが。

御作の後半では真由美殺害やヒエンの実質自殺とは関係がない、真由美やヒエンの祖父の太平洋戦争時代のベトナムでの日本軍の話から、祖父たちが行った行動やベトナムの歴史が絡んでいる。
これら祖父やベトナムの歴史などは真由美やヒエンの死とは関係がない。
真由美やヒエンの死とは関係がないのに、かなりのインパクトで書かれている。

祖父たちが行った行動やベトナムの歴史が絡んだ話に、真由美やヒエンの殺害や自殺を日本からやってきた榊原というブラックな男に絡めて書くのなら、最初からそういった構成で書くべきだと思います。

御作はいろいろと面白いネタを作品のなかで振っています、ばらまいている。
そしてそれらを目先でうまくまとめながら書き進めているというような構成です。
だから出来上がったものを読むと、読んでいる最中は次から次へと目先が変わるので読み進められますが、ラストまで行きつくと、題材は何だったのか?
ということになってしまう。

御作はいろいろと面白いネタが作品のなかにある。
これらの配置を構成でうまくまとめて小説を書き進めるべきだと思います。
今回の作品はそれができていない。

でんでんむし
p0163482-vcngn.ttri.nt.ngn.ppp.ocn.ne.jp

雨の夜 様

返信、遅くなってすみません。

最初に頂いた中で、ベトナム独特の気候、ということが書かれていましたが、それは書きたかったころでもありましたので、そこを感じて頂いて、うれしかったです。
雨季には毎日雨が降る。降ればどしゃ降りですから、大変でした。

私のいた家の台所には冷蔵庫、ヒタチの冷蔵庫があったのですが、雨のたびに床が増水して、冷蔵庫がぷかぷか浮き始めるのです。私は、ひっくり返らないようにそれを必死で抑えていました。当然、水は汚いです。上から泥やら何やら運んでくるので、いつ伝染病が発生してもおかしくない感じでしたね。その水の中に長い髪がいっぱいあるという話を、以前書いたことがあります^^

まあ、雨は雨季にしか降らないのでよかったですが、一年中降っていたら、気が変になるでしょうね。

ユーチューブで「雨」という映画を見て、それでサマーセットモームの原作も読んだのですが、あれは、熱帯の雨にうちひしがれて、神父が壊れて行く過程を描いたもので、印象深かったです。あの映画の雰囲気はわかりますね。そういうのを背景として、少しずつ入れてみました。

なので、真由美が異国で壊れていく、そういうのもちょっとは狙っていましたが、少しはうまくいったかどうか。

さて、二通目のご感想、確かに公募に出しました。三回も。もちろんその回ごとに推敲して、まさに化粧直しして、送り出しました。なので、徐々に評価を上げていきましたが、でも、やっぱり、ダメでした。

その理由として、夜の雨さんは「書き過ぎ」「余計なことを書き過ぎ」たせいと書かれています。
それは、実は自分では考えたことなかったです。自分では、まだ書き足りないという感じでしたね。
なので、書きすぎという言葉には、ショック、というほどではないにしても、目から鱗は確実にありました。

>「登場人物の背景でベトナムの歴史の部分が描かれています。←ここがアウトです。

で、考えてしまいました。というか、姑息なことを書けば、実はこれ、ミステリじゃないんです、といってしまおうか、と考えたり。

ご質問の「作者さん、いったい何が書きたかったんですか」に対しては何となく答えにくいのですが、書きたかったのは、雨などの風土的なこと、日本人学校とか補習校とか、あまり知られていない海外の日本人子女のための学校の様子、そしてやはり一番は、歴史的なことでした。それをミステリーの形で書きたい、そう思って始めました。
なので、歴史的なことが不要となれば、本作は根本から崩れてしまいますね。

>本筋のミステリー部分が薄められてしまって、

というのでは、まさに虻蜂取らず。

はっきりいえるのは、おっしゃる通り、書くべきことの取捨選択がうまくできていない、ということ。つまり、読者のことを考えないで、自分の妄想に過剰に突っ走ってしまった、ということなのでしょうが、この加える、消すが、やはり書く場合、長くても、短くても、一番大事なのだな、と、他の方のご感想からも読み取れて、がっくり、しっかり思いしらされました。
こういうのこそ、余所の人に聞くしかないですね。自分ではわからない部分です。本当に「他人の目で推敲ができていない」わけですね。

思い出したのですが、最初は、元気でさわやかな榊原先生を探偵にして、日本人学校で起きる事件を、ラン、ヒエンと一緒に楽しく解決していく、というような、いわゆる青春ドラマを書くつもりだったのです。そうでした、そうでした。
ところが、事件があって、刑事たちが来る。それを窓から見ている。その部分で、そういう明るいプロットは吹き飛んでしまったのです。何か、窓からみているうちに、ちょっと筆が滑って狼狽風になる。

刑事がどうしてやって来たのだろう、なんて、書いたせいで、話ががらりと変わって、結果500枚になってしまったのです。そしてベトナムの歴史も必然的に出てきたのですね。

このブラックな男に関して、もらった選評に、読んでいて気が滅入る、という言葉があったのです。確かに気が滅入りますね。ヒエンとの関係は、もちろん当初は、というか、ヒエンが死ぬまで、こんなグロイこと考えてもいなかったので、死んでからいろいろ考えて、こんな風なことがあったのだろうな、と探り出して、このザマ。ここは自分でもやりすぎでしたね。

そういう書き方が抜けないので、本当は長編には無理があるのかもしれないですね。でも、長編の方が、ああだこうだと考える時間が生まれるので、書いていて楽しいです。
なので、書き終わってから、徹底的に直しに入ればいいのでしょうが、上にも書きましたようにそこが自力ではわからないのです。

「構成をうまくまとめて小説を書き進めるべき」というのは、おっしゃる通りです。一番大事なところでしょうね。

本当に皆さまから頂くご意見は貴重です。反論する元気はありませんし、事実反論はできません。少なくとも、読まれた方が感想のようなことを思われた、という事実は間違いのないことで、つまり、文章構成などに、そう思わせる曖昧さがあったということですからね。いつまでたっても難しいです。

今書いているのは80枚ほどですが、奥さんが死んだ、という手紙が来る、しかし実際に行ってみると、死んだのは奥さんじゃなく、ダンナのほうだった、なんてことを、書いている途中にふと思って、そっちに舵を切って、なんでなんで、と悩んでいます。死んだ奥さんの墓参りをする普通の話の予定だったのですけどね。
集中力がないってことでしょうか。それとも、発想が飛び跳ねすぎるということでしょうか。よくわからないですが、困ってはいます。

いっぱい教えて下さって、ありがとうございました。カモンです。

5150
5.102.2.172

でんでんむしさま

他の方への返信とか読んでみたら、プロットについて、私も同じようなことを感じているので、ちょっとだけ再訪します。

「ミステリーの書き方」日本推理作家協会という本が手元にあって、そこでの宮部みゆきのインタビューがすごく興味深くて読んでしまうんです。

インタビューアーが宮部みゆきに「プロットの作り方」として、色々質問しています。初期作品「魔術はささやく」についてです。本人は、まず主人公の少年が先に頭に浮かんだ、と答えています。そして、最後の一行を先に決めていた、とも言っています。で、メインの事件や他は後から考えていった。名作「火車」の場合はまず、最後のシーンが一番最初にできて、ということらしいです。で、インタビューアーは宮部みゆきから、プロット作りの秘密を引き出そうとするのですが、彼女は原則的にプロットを作らない派であり、わからないと言いはるのです(笑)。あれだけ緻密なプロットなのに、プロット作らないんですか、と言い寄られてびびってしまうという。

彼女が言うには、「魔術はささやく」では、頭でいろんなことを作っていたのだろうと思うけど、それを紙に書き出してしまうとうまくいかない、と答えています。インタビューアーが、早い段階で犯人の告白を挟んでいるので、すでにわかっていたんですよね、とツッコミます。

「わたし、プロットを作らないタイプではなくて、かなり作っているはずなんです。でもそれを言語化しない、書かない。書くと逃げてゆくような気がするんです。いよいよ大丈夫って時まで、目に見える形でプロットを言語化できない。多分頭の中では作っているんですよね。書きながらポイントだけは箇条書きのメモなんかにしておくんですよ。でもスタート時点ではそれさえできない。ただ「書き始めたら登場人物が勝手に動き出す」ってタイプの人とは、たぶん違うんです。できてはいるんだけど、それが言葉にならない」

──プロットをしっかり作られる人というのは、頭の中に結末があって、はっきりした地図を作るんだと思うんですね。実際は最初から書いてゆくにしても、プロットを作る上では後ろから逆算してゆくタイプ。それとは反対に、大沢在昌さんみたいに前から書いてゆく、主人公の状況と設定を決めたら、あとは勝手に物語が動き出して、最後はうまく着地するっていうタイプの人がいる。宮部さんの場合は、頭の中で大体話はできているんだけど、実は後ろから書いているわけじゃなくて、前から書いているような気がするんですよね。

「おっしゃるとおりです。頭の中である程度作っているんだけど、前から書いています。たぶん、通過点を考えながら。極端な話、ラストが決まっているとしても、真相が決まっているとは限らないんです。決まっているのは結末の場面だけってこともあるので。そうすると、どういうことが起こったら最終的にこの場面に終われるだろうって考えながら作ってゆくんです。むしろ短編の方がしっかりプロットを書きますね。短編は着地が決まっていないと怖いですから。長編は空中で余計な動作をしても、たとえばそれが人物の膨らみになりますから」

「プロットを決めちゃいすぎると、なんかつまんなくなるんです。頭で考えちゃうから。実際に自分がその渦中にいたら、自分が住んでいるマンションでそんなことが起こったら、どう反応するだろうって」

「その事件を誰の目で体験させるか、否定的な側から見るか、面白がっている側から見るか。事件について傷ついた側なのか、犯人なのか。あるいは世間から見るのか。もう一つは時系列ですね。どの時点から書くか。それが決まらないと書き始められないです」

「ミステリーを書くときに一番気をつけているのは、謎解きに関わる人間の動機なんです。犯人の動機よりも、むしろそっちの方が大事なんです。好奇心に駆られてとか、放っておけないとか、そういうのとは違う、もっと切実な、日常に近いところにある動機。それがないと、そんなの警察に任せればいいじゃないか、ってなりますから」

面白いなあと思う箇所を抜粋してみました。もし、本書を持っていたのだとしたらごめんなさい。有名な日本人ミステリー作家のインタビュー集です。伊坂幸太郎、貴志祐介、乙一なども載っています。

5150
5.102.2.172

パート2

返信で、私が書いた駄作「麦わら帽子の彼女」に触れていたので少しだけ。あれは習作で、オーソドックスな形のを書きたいと思って書きました。ミステリー寄りのミステリーって書いたことがないからです。自分にできるのかな、と。コウさんから「そのトリックは今や禁忌」との言葉をいただきましたが、ミステリーって型を実際に書いて知ってみることが大事なんじゃないか、と思ってのことです。でんでんむしさん作の双子の箇所を読んでて、これ自分も書いたじゃん、なんて思いながら読んでいました。でも御作のは、これは双子のトリックであってもベトナムの背景が絡んでいるので、おっ、すごくいいじゃんと読みながら思っていました。ミステリーでは、動機もくっつけ方では新鮮に映ると思うのですよね。拙作では失敗しましたが、SNS のアカウント乗っ取りとか、そういうのも新鮮味が出せるかなと思って試しに書いてみたものです。やっぱりミステリーってのは、形が色々崩せるのが魅力なんですしね。頭の中では二つくらいミステリーのプロットがあるのですが、本格のようなトリックは考えていなくて、心理の裏をついたものとかを考えています。少し純文学寄りの書き方で。でも、ミステリーって難しいですね。形が決まっていないだけに、下手に書くとそれに飲み込まれて中途半端になるので。ミステリーに限らず、ジャンルがミックスしたものも大好きなのですが、書くとなると難しい。試行錯誤して、せめぎ合いの中でいいものが生まれてくると信じて書くしかないのですけどね。

キャラについて。私がやっている方法は、御作だと例えばメインの扱いの榊原がいて、奥さんがいる。和代さんをどんなサブキャラにしようかと考えるとき、対比できるというか、互いに異なったものがあると、会話にしても会話がスッと書けるような気がするんですよね。キャラとキャラの化学反応というか。なので同じタイプはなるべく置かないようにはしているつもりです。同じタイプだとセリフが混同しちゃうので。女性を書く場合は難しいですよね。私の場合は、知り合いや昔親しかった人とか、できる限り思い浮かべて当てはめてみたり、この人のこの性格の部分がいいよな、みたいな感じでシュミレーションしてます。お役に立てないかもしれませんが一応書いてみました。

たまには、ごはんに投稿してくださいませ。読みにいきますので。

でんでんむし
p0163482-vcngn.ttri.nt.ngn.ppp.ocn.ne.jp

5150様

面白い話、ありがとうございます。
この本は読んでおりませんので、参考になりました。

宮部さんは、プロットを作らない派のようですが、それでも書きだす前にいろんなことを考えておられるわけですね。というか、すでにプロットは頭の中にあるみたいに読めるのですが、どうでしょうか。
なので、宮部さんがしなくてはならないのは、どれにするかを選ぶだけ。
そのような多様な道筋が書き始める前にすでに、宮部さんの頭の中にあるとすれば、私の場合と全く違うわけですね。どうなんでしょうか。

最後のシーンが予め脳裏にあったり、主人公の少年がイメージとしてあったり。
ただ頭にはあるが、紙は書かないし、書けばそれで確定してしまうわけですから、逆にうまくいかない。

こういうのは理解できますが、自分とは全く違うなあ、と思います。

このプロット書けないことは、まあ、整理する頭がない、片付けられない、そういうことかもしれないですが、よく例えるのが旅の姿なんです。旅に例えれば、自分がなぜそうなのか納得できるのですね。

私はツアーというのは、修学旅行しかしたことがありません。毎度、行き当たりばったりの旅です。よほど真夜中に飛行機がつく場合を除いて、ホテルの予約もしません。
そんなですから、明日の昼、どこを歩いているか、どの町にいるか、全く予想つかないのです。それが楽しいし、発見なんですね。

つまりノンプロットの小説と同じで、その場その場で、何かあれば、簡単に向きを変える旅になりますね。

宮部さんが、短編の場合はラストまでしっかり考えると言われるのも、旅と思えば納得できます。近くに行く場合は、うろうろ道に迷ったりできません。直行するしかないので、当然目的地が明確になっていないと出発できません。
しかし遠距離で、いつ終点が来るかわからないような旅なら、一日二日遅れようと関係ないですね。しかも宮部さんは、道筋がたくさんあるのは承知されている。どれを選べばいいのか、車窓の風景を見ながら、こっちに行こう、あっちに行こうと決めればいいわけで。

私の場合は、出発はわかります。というか、強引に出発します。あとは、うろうろしながら進んでいくだけですが、当然道に迷って樹海に入ってしまうかもしれない。そんなときは、書いた20枚か30枚ゴミ箱に捨てて、樹海の入り口までもどり、今度は北側に向かう、という感じなのです。ムダが多いのです。しかし私はそのムダを楽しめて、楽しいのです。

いつだったか、スリランカに行ったとき、私はキャンディーのお祭りを見に行く予定だったのですが、結果は西海岸を下って行き、南端のマータラという街に数日滞在してしまいました。そんなです。

自作でいえば、主人公のはずの榊原を予定通りに、爽やかな青年教師にしておけば、おそらくもっと評価は高くなったのでしょうが、そうしたら、ヒエンの悲劇もなかったわけで、もっと感じのよい作品になったはずですね。しかし宮部さんのように主人公のイメージが曖昧だったので、そうはいかなかった。迷子になってしまったのですね。

それにしても、あの教師はひどいやつだった、とみなさんのご意見を聞いて、私にもわかりましたが、私は爽やか教師で始めたので、その下劣さが最後までよくわかりませんでした。しかし今は、空港に行く前に事故に会わせて、大けがでもさせなくてはいけないキャラだったのだ、と気づきました。ごはんのよいところですね。

宮部さんが、プロットを決めちゃうと、何かつまんなくなるんです、といわれたのは、ほんとそうなんですね。
私は学生時代、家庭教師のバイトができなかったのです。理由は、3週間先の午後6時に、この家にいる、というのが堪えられませんでした。高いバイトだったんですけどね。
なので、やっぱりプロット無理です。でも、プロット書けといえば、むろん書けますよ。でも、いざ小説を書いたら、その通りに話が進まないだけで。ラブストーリーで始めても、結果、グロイホラーになったりします。
困ったもんだ、というしかないですね。

宮部さんは、ミステリーで気をつけるのは、探偵役の動機、と書かれていますが、これは、いわれて確かに、と納得です。
被害者とか犯人の動機は当然大事ですが、今の時代、探偵がいないのですから、探偵役をする人にはそうなる動機がいる、考えもしませんでした。そこが好い加減だと、作品が軽くなりますね。

でんでんむし
p0163482-vcngn.ttri.nt.ngn.ppp.ocn.ne.jp

5150様

(続きです)

双子のトリック、今やトリックとすらいわなくて、確かに今や禁忌のはずですね。ミステリーでやってはいけないこと十か条などには、たいてい載っているはずです。
なので、麦わら帽子を読ませて頂いたときに、おお、やってる、と驚きました。驚きの理由は、私も使っていたからですね。
でも、5150さんは、拙作の二人に、さほどの違和感を感じられなかったようですね。それは、そうなんだ、とうれしかったです。

これを書き上げて公募に出したとき、一番の心配はこのトリックでした。選者にここを嗤われてしまったら、もう終わりですからね。泣くどころではない。
ところが、これは問題なかったのです。わざわざ問題ない、と書いてもらって、実は私の方が、えっと驚きでした。
まあ、こじつければ、普通の双子と違って、二人で一人を演じるわけじゃないですね。詭弁めいた言い方をすれば、その逆で、一人で二人を演じている、でいいのかな。違うか、よくわからない。
そんなところもあったのでしょうが、なぜ問題ないのかの説明はなかったのですが、おっしゃるとおりで、背景をからめればパスしてしまうんだ、と大発見でした。

私の好きなミステリーは、京大グループの本格派じゃなくて、5150さんと同じく心理の裏をついたものです。図入りの機械仕掛けのトリックは解答部分を読む気すらなくなります。
そして、ある時期から増えて、やってはいけない十か条に入れてほしいのが、簡単に映画にできる設定でなければダメ、というやつ。
折原一さんの好きでよく読んでいたのですが、長編だったか短編だったか、写真で写せばトリックがすぐにわかるというのがありました。たとえば、おばあさんだと思って読んでいたら実はおじいさんだった、というようなトリック。写真に撮れば、トッパジメからわかってしまうのですが、文字だけではわかりません。「私は」と一人称で書いておれば、簡単に隠せますね。そういうのは、トリックといってほしくないですね。

おわかりかと思いますが、実は私は折原一さんのことを話しているわけじゃありません。ここで作品の名前を上げるわけにはいきません。傑作長編として有名な作品ですが、そんなトリックがありました。知り合いのミステリ好きの人は、トリックを知って、「こんな長いの読むんじゃなかった、アホらし」といっていました。やはり、語り手が実は猫だったとか、なめくじだたっとか、カメラがあればぱっとわかるようなのはやめてほしいですね。
そして、心理の裏をついたミステリが歓迎ですね。

それと、キャラの作り方。これも同感です。今は全くはやらないサルトルという哲学者がいっていることですが、地獄とは他人だ、らしいです。つまり二人いれば、ドラマができるということですね。当然、キャラとしては真逆の方が作りやすいでしょうね。
サルトルの戯曲は好きで、よく読んでいますが、哲学の方は難しいので、読んだことないですけど。

それでは、つまらないこと長々とすみません。
ありがとうございました。

5150
5.102.2.172

でんでんむしさま

しつこいのは百も承知なのですが、他人の執筆状況やら悩みやらを率直に聞けるのは滅多にないことなので、もう一度だけ再訪します。すみませんです。これで最後にします。

宮部みゆきについて。
別に私の書き方が彼女に似ているなんてことを言いたいのではないですが、すごく共感するところがたくさんあるんですよね。プロットについては、私も悩みに悩んでいます。「プロットを作らないタイプではなくて、かなり作っているはずなんです。でもそれを言語化しない、書かない。書くと逃げてゆくような気がするんです」を、私なりの言葉にしてみます。

プロットというか、私の中では明確に二つの異なった箱があるんです。一つは実際に文に書いてみること。もう一つは、文にせずにどこかにどんどんと貯めてゆくこと。で、重要なのは、文にしない方です。ビンの水みたいな感じで、ある程度のところまできたら、これは書けるな、という声みたいのが聞こえてきます。足りなかったら、せっせと埋める。でも、無理に埋める必要はなくて、時間がたって違うことをしているうちに埋まることがたいがいです。別の言い方だと、アンテナを広げたままにしておく、ということです。こっちがメインですね。文で書く方は、どちらかというとサブ的な役割です。キャラの背景とか、同じことを本文で二度書かないようにするため、とかによく使います。キャラの年齢とか仕事とか性格とか全部書けというのをよく見かけますが、私はまず見えない方の箱にある程度溜まっていることが最低条件になります。逆の場合はできないし、書いていてつまらないんですよね。レールの上だけをきっちり時間内に走る、というのは向いてないんです。楽しく書くってのは、案外見落とされているように思うのですが、執筆してゆく上での最大のエネルギーだと思うんですよね。無理すると必ず途中で嫌になるので。書きかけのがどれだけあることか。苦しんで書くことも大事なんですけど、苦しくなってしまうのは見えない何らかの障害があるからなのか、たんに乗り越えるだけのものなのか、その見極めが非常に難しいです。根性論って、嫌いなんですよ。合理的すぎるのも嫌いですが。私って難しい性格しているのでしょうかね。

旅に例えられていますね。私は小心者なので、いろいろ調べて現地に出かけます。でもプラン通りにきっちりしすぎて、その通りに見ることができたとしても、あまり満足できないんです。やっぱりある程度、余裕を持っておいて見たものにすぐ止まって見てみるくらいはしないと、まったく印象に残らないので。私、写真撮っても、全部忘れるんですよ。なので、綺麗な景色だなと感じたところで、とにかく何もしないでボッーとしていることの方が多いです。景色と同化する、というか。しすぎると変に思われちゃいますけど(笑)。かといって、でんでんむしさんみたいな旅の仕方は憧れるけども、小心者なのですぐ不安になっちゃうんです(笑)。まあ、その人に合ったやり方が一番なのではないか、と。

あ、一つ書き忘れました。私もムダって、なくそうと思って効率よくしようと思うこともあるのですが、性格のせいかそういう合理的なやり方はどうもできないようです。まあ、以前よりか少しは進歩しているような気はするのですが。私も最初から10枚40枚書いてみてなんか違うなと感じるとそこでやめて、しばらく期間をおいて、何が足りないか考えて、また最初から書くことをたまにしています。最近はそれって、別に無理に変える必要なんかないんじゃないか、って思うようになっています。それも創作の楽しみの一つだよなあ、って。私はとにかく遠回りがやたらと多いんです。ちなみに宮部さんもそう言われていましたよ、私の真似はしないでね、と。大御所がそう言っているので安心して書いてしまいました。村上春樹なんか、一稿目書いてからが本番だ、みたいなことをどっかで書いてますし。上手い下手というより、そもそも基礎体力からして違うんでしょうね、彼らのように売れっ子として何十年と居続けられる人たちっていうのは。

短く終わらせようとしたのですけど、けっきょくまた長文になってしまいました。まだ書きたいことはあるのですが、いい加減やめようと思います。私なんかの持論を長々と書いてしまって、大変失礼しました。

でんでんむし
p0163482-vcngn.ttri.nt.ngn.ppp.ocn.ne.jp

5150様
 再訪ありがとうございます。
 いろいろ考えられているようですが、私は案外適当なんです、でも、楽しく書くってのは、書く上での最大のエネルギー、というのは同感ですね。楽しくなければ、長いのは書けません。苦しんでは、書けませんね。

私は、まず実際に書くんです。ある程度は頭に、こんな感じというのはありますが、それでさっと10枚ほど思いつくままに書いて見て、それを見直して、このまま続けて書けば何かになる、と思えば、ノンプロットでどんどん書いていきます。それが前回、旅に例えていった部分です。ほんとどこ行くかわからない感じです。不味いかな、と思えばそこで引き返したり、別の道に出たり。

それから推敲に入ります。実は、実際に楽しいのは推敲段階ですね。とにかく初稿はできているので、それが長かろうと短かろうと、大枠はできているというのが安心なんです。
もう迷うことはないのですから。目的地だってすでに決まっている。
自分でもこうなってこうなるというのはわかっているわけですからね。かまいたち風にいえば、UFJにお金を降ろしにいって、ゾンビに出会うことはないのです。ちゃんと降ろせるのですから、ホラーになることはない。
別の言い方をすれば、旅が終わって、落ち着いて旅日記を書く段階になるのです。

今度は映はですが、映画でいえば、初稿に当たるのはシナリオ段階かもしれないですね。シナリオはできた。犯人も分かった。後はキャラを膨らませ、展開の整理をすること。つまり初稿が出来てからは、監督としての仕事になるのです。

今回の作でも、推敲段階で犯人が変わりました。冤罪だと気づいたからです。
ええ加減といえばその通りですが、私の場合は、そういう変化も当然あります。

それと構成も考えます。このままでいいのか、とか。これが大事だと、今は思っています。
本作を書いたのは前なので、文章もまだ雑ですが、文書、構成、どんどん変えて行きました。
この作業は楽しいです。ある日、楽しくないな、と感じたら、自分的には作品の完成ということになります。

羅生門とか、黒沢監督にシナリオを提供した偉いシナリオライターに橋本忍という人がいます。この人は、箱書きというのをやっていました。番号のないシーン、順番のわからないシーンを、シーンごとに書いておくのです。

たとえば、「広場。真由美と榊原が歩いてくる。真由美「ねえ、雨大ジョブかな」「乾季は振らないもんだぜ」黒い犬が、アスファルトに腹ばいになって寝ているのが見える。」
というのが、ワンシーンとします。で、次は、「空。黒雲がもくもくと湧く」とか。

一本の映画にはシーンは100を超えますから、それらを畳みに並べるのだそうです。そしてどういう順番にするか、あれこれ動かして見るのだそうです。上の、どうでもいいのだって、並べる順番が変われば雰囲気も変わりますよね。

公園→黒雲。
この通りだと、幸せなデートに襲いかからスコール。やばい雰囲気。
逆にすれば、雨が降りそうなのに、のんきにデートしているアホカップル。きっと傘はないだろう、とか。

推敲の時に、シーンだけでなく、文章の順番を変えたりして、全く別の雰囲気になることってありますし、そうなればうれしいですね。
そんなことをやっています。
なので、村上春樹さんの、一稿を書いてから本番だ、というのは、よくわかりますね。畏れ多いですが、これは覚えておきたいです。

ただノンプロットは、やはりマズイのだそうです。ごはんから作家になられた男性の方が仰っていました。東野さんとか春樹さんレベルにはなれば関係ないのですが、何かを受賞して作家になったとき、まだ、ぺいぺいの時期、編集者のいうことを聞くしかないらしいですね。
で、担当の編集者さんに、プロットを予め見せるのだそうです。こういうの書きたいがどうか、と。そこでOKが出れば、書き始めていいわけですね。まあ、許可なくても好きに書いていいのですが、許可とらないと、雑誌とかに採用してもらえないケースも出てくるかもしれないとか。

それを聞いて、確かにノンプロットで、行き当たりばったりではまずいなと思いました。
簡単な話、ノンプロットなら、新聞小説書けないですし、週刊誌の連載もできませんね。
書けるとしたら、吾輩は猫、みたいな、だらだら系になるでしょうが、そういうのは求められていないでしょうし。

まあ、私が心配する必要は、全くないのですが、そんなことを聞きましたので、補足させてもらいました。

書くのは根性いりますが、ますます頑張られることをお祈りします。それでは。

上松煌
p4248233-ipngn24701marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp

でんでんむしさん、こんにちは。
アメリカ人に言わせると韓国人の歴史観は「なっちゃいねぇ」そうなので、大東亜戦争下の日越(日本とベトナム)関係をちょっと書いておきますね。


1)当時、日本国が理想として高く掲げた「大東亜共栄圏」は、数年前までのヨーロッパ「ユーロ」の思想と似ているように感じられますが、実は経済的団結のみならず、『国の自主独立の尊重、各民族の伝統と創造性の尊重、人種差別撤廃、文化交流と資源開放などを謳った』(大東亜共同宣言より)、アジア人の自存自衛・協調融和の悲願を実現しようとしたものでした。
なぜなら、中国をはじめとしてアジア各国はヨーロッパ列強の植民地化圧政にあえいでいたからです。
日本のみが独立国として列強と対峙していたのです。


2)日本は 1940 年 9 月~翌 41 年にかけてベトナムを含む当時のフランス領インドシナ(仏印)に駐屯しましたが、残念ながらフランスの植民地であることには変わりがありませんでした。
これはすでに戦争に突入していた日本は、ヨーロッパの大国であるフランス本国を刺激して、さらに敵に回したくなかったからです。
バカ真面目な日本にとって、大東亜共栄圏の中に植民地が残っているということは、理想の破綻を意味します。
「何をためらっている? フランス軍を早く追い出せ」
こんな短絡的意見が飛び出す中、もちろんフランス政府は強く牽制してきます。
「へ~へっへ。おれっちを追い出してみろ。ヨーロッパ中が敵に回るぜ。なにせ、我がフランスはヨーロッパの盟主だからな」
ってな感じでしょうかw


3)日本はやむなく「静謐保持」を打ち出し、フランスを慰撫せざるを得ませんでした。
つまり、
1,フランスの植民地体制を維持し、仏印の内政に干渉しないこと
2,仏印の独立運動を支援しないこと
3,仏印に対する中国の攻撃を誘発するような行動をしないこと
でした。
このため、アジア諸国の中で日本が大っぴらに独立支援できなかったのは、このベトナムを含む当時のフランス領インドシナ(仏印)だけでした。


4)ところが、仏印のフランス植民地解放勢力は、
「それっ、同じアジア人の日本が来たぞ。助けてもらおう」
と、接触を図ってきます。
もちろん、フランス政府は目を光らせて日本の行動を監視していますから、バレたらたちまち日仏戦争に突入です。
それでも日本は涙ぐましい努力のもと、外交官や民間人レベルでいくつもある解放勢力を助け、援護し続けたのです。
国家間の常識と違い、薄氷を踏むような綱渡りを実践した驚くべき理想主義(お人良し)国家、日本。
日本は危険を冒して、主だった解放勢力構成員を日本をはじめとする諸外国に逃がしたりと、まさに「命のビザ」のような人道支援をここでもやったのです。
このころにはすでにドゴールが日本に対して「敵性」という言葉を使っています。
それでも水面下で続けられた努力協力は、まさに「鬼神をも泣かしむ」ものでしょう。


5)やがてイタリアが降伏し、本土決戦が叫ばれるころになると、日本人にも大東亜共栄圏の破綻が明白になってきました。
そして、無念の敗戦。
日本人でなければ兵士たちはすぐに撤退したでしょう。
晴れて、親兄弟親類・友人知人・妻恋人の待つ故郷に帰れるのです。
それなのに解放勢力を支援したまま、残留した日本兵がいた事実。
アメリカのアフガンでの冷酷無残な撤退模様を見れば、日本国および日本人がどれほど崇高な人間的心情を持っていたかがわかります。


6)800名以上も異国の地に残留した日本兵はそれぞれにゲリラとしてジャングルに散っていき、今では個々の消息はたどれません。
ただ、残っている日本兵たちの言説には、
「日本は負けても、いまさら仏印を見捨てられるか」
といった、人生意気に感ずる日本人気質が随所に見られ、日本国として大々的に援助できなかった無念さがにじんでいます。
その行動は武器を供与したり、最前線に立ったり、兵士訓練学校を設立したりの活躍で多岐にわたり、ゲリラのみならず、多の民衆の尊敬をあつめました。

7)一方、連合軍はそくざに仏印に駐屯し、ゲリラ掃討になんと非道にも、帰還しようとしていた日本軍を使ったのです。
これも大っぴらに反抗はできません。
日本兵たちは創意工夫で、武器をせっせと横流ししたり、連合軍の攻撃目標を事前に知らせてしまったり、日本軍得意の狙撃を全く当たらなくしたり、捕虜を逃がしたり、ゲリラをかくまったりと八面六臂の活躍をしている。
当然、連合軍が銃殺などこれに厳しく対処したために、脱走日本兵が続出しました。


8)その有様が、1946年フランス極東派遣軍参謀部第二部作成の報告書には以下のように書かれています。
『日本人の技術面での支援が無ければ、ベトミン軍が現在のように組織的に行動することはできなかっただろうことは明らかである。日本人がベトナム人に譲渡したとしかその入手先を説明することが出来ない武器を暴徒が所有しているという否定できない証拠があるように、暴徒は作戦指導、戦術、戦闘指揮においても、まったくもって日本人の影響を受けていることは間違いない』
そして日本軍および残留日本兵の活躍の目覚しさは、フランスおよび連衡国側が、残留日本兵の数を4,000人から1万人以上と推定していた事実にも現れています。


9)ところが、独立時、敗戦国日本は仏印の人々が希望するクォン・デという人を、日本にかくまっていたにもかかわらず、帝位につけてやることができませんでした。
戦争に負けた日本はそれだけの力も発言権もなかったのです。
民衆の中には期待が大きかっただけに、なんでもかんでも日本のせいにし、日本を憎むような変節漢も出たのは事実です。
一時期は日本兵を軍神化してあがめていたのに、人の心とはなんと移ろいやすいものでしょう?
それでも共産国化した仏印(ベトナム)と現在も友好関係を続けているのは、そうした日本兵の偽りない誠意が根本にあるのは事実です。


 韓国人はこのような人道的行為を、他国に対して行使したことはありません。
国際法で禁じられている『ライダイハン』『赤ん坊殺しなどの虐殺』の事実は、韓国人がいかにウソで塗り固めようと消えることはないのです。
ベトナム人も日本人もこうした事実を、冷静に学び伝えて行こうではありませんか!

ご利用のブラウザの言語モードを「日本語(ja, ja-JP)」に設定して頂くことで書き込みが可能です。

テクニカルサポート

3,000字以内