作家でごはん!鍛練場
箱ティッシュ

初雪

正次(まさじ)は壊れ行く娼婦の体に何度も己を打ちつけた。女の肌は初めて見た時と変わらぬ初雪のような肌理をしていた。
―嗚呼、何時間違えただろう、この女は私を愛してくれた、そして私も―
「こんなきたないの」と呟くようでありながらも、女は右腕で正次の左腕を掴み左腕を背に回し、まるでこれが最期のようであった。目が熱かった。
「何も言うな」
「マサさん、でもあたし」
「だから、なにも―」
溢れ出す何かがあって、正次は言葉を続けることができなかった。
「バチがあたったのよ、あんなことつづけた」
この女はよく、体は売っても心までは売れないわと正次の隣で言っていた。何か気丈であった。他の男の前では決して言わなかっただろうという確信が今、正次に芽生え、女への愛しさと哀しさがひとしお押し寄せるのであった。
「とびこめたらよかったの、マサさんのところに。根性なしよ。わらって。」
そう言っても、その微笑に後悔の色は表れてはいなかった。
正次は堪らなかった。
―ちがう、違うのだ、俺の不甲斐なさ故、おまえを苦しめたのだ。私は心の何処かで娼婦というおまえを見下していた。でも、本当は何者よりおまえを愛し、何者よりおまえの愛を受けたかった。直ぐにでもおまえを私のものにすることはできたのだ。さすればおまえの体が汚れることは―それが、この心が邪魔をして―俺が悪い、俺の所為で、おまえは、こんなにも―なんと醜い心だろう。おまえを真正面から見ることのできなかった心だ。阿呆。下衆。そして、おまえに会わなければ、私も苦しむことはなかったろうという思いが常に心の片隅に巣食い、不図頭を過ぎる。幾つもの暗い病竈がこの心に潜んでいる。それに比べ、この女のなんと美しいことか―
正次は搔き寄せるように美しい娼婦の体を抱き締めた。融ける雪のようだった。
冷たい凩が鳴り響いていた。月光は万物を等しく照らしたが、二人は光の届かぬ静かな翳にひっそりと身を横たえ、密やかに呼吸を通わせていた。
次の朝、正次が目覚めると娼婦がいなくなっていた。もう会えぬと思った。
初雪の降ったのは燃える山並の美しい夕暮れ時であった。手を伸ばしてもひとひらも掌にはのらなかった。

初雪

執筆の狙い

作者 箱ティッシュ
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短いです。感想を頂けたら嬉しいです。ぜひ読んでください。

コメント

箱ティッシュ
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娼婦は正次が愚図ついている間に病気を伝染されている設定ですが、書いた方がいいか知りたいです

森嶋
om126156151187.26.openmobile.ne.jp

娼婦が身体は汚れてるけど心は純粋だっていう展開ですね。
その娼婦にたいする主人公の切なさが短い文のなかにも感じられました

しかしこのような話自体はけっこう世界にあふれてるんじゃないですかね。

箱ティッシュ
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森嶋さん
確かにありふれてるけど自分で書いてて楽しかったのであまり気にしてないです

のべたん。
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読ませていただきました。

何時の時代の話か書いてくれた方が、読んでいる人に親切だと思います。

あと、
〉嗚呼、何時間違えただろう、この女は私を愛してくれた、
この部分は、何時間違えた、とも読めますし、何時(いつ)間違えた、とも読めます。※いつ、間違えただろう~ とは思いますが、少し迷いました。

女性が病気をもらった設定を入れるか、入れない方がいいか、ということですが、文章のなかに、それを匂わせておくだけでもいいんじゃないかなと、私は思います。
ですが、この作品では、匂わせ、が少し弱い気がしました。

執筆お疲れ様でした。

箱ティッシュ
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のべたんさん
自分の中に表したいものがあって、作者にはわかるけど読者には伝わらない、ひとりよがりな感じですかね

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