作家でごはん!鍛練場
もんじゃ

海のまんま(暫定決定稿)

 窓のないホテルに朝が来て、女を起こした。
「お早う」と野良猫のような女の耳元で告げた。「約束通り連れてってやる」
 女は目を開け、大層な勢いでしがみ付いてきた。が、「でもクラゲが居るよ」と拗ねるように言った。
「刺されても」と俺は応えた。「ションベン引っ掛けたら、それでオッケーだからよ」
 もう一度さがしてみよう、と思った。プラスティックの指輪を。


 黒潮の町で生まれた。十八の春までそこで過ごして、それから町を出た。これは黒潮の里の話だ。十五歳の夏の物語だ。
 町の空は広かった。時に青く、時に白かった。でもいつも変わらず広かった。町並みは低かった。ビルらしいビルはなかった。精々三階建てまでだった。学校の校舎がそれだった。一階には中等部一、二年生の教室が二クラスずつと職員室が二部屋、二階には中等部三年生の教室が二クラスと高等部一、二年生の教室が二クラスずつ、三階には高等部三年生の教室が矢張り二クラスと多目的室が四室あった。俺は中等部の三年生だった。学校までは四キロの道程だった。通学は自転車だった。学校向かいの潮里中高前というバス停付近に、青い自転車を毎朝括り付けていた。都会ではドロップハンドルが流行っていて、コマーシャル等でそれを目にしたが、田舎にはなかった。バスを乗り継ぎ大きな町まで行けばあるのかもしれなかったが、新しい自転車を買う金はおろか運賃に充てるような金もなく、だから俺のハンドルは変わらず真っ直ぐだった。
 よく喧嘩をした。体のどこかしらをいつも擦り剥いていた。勉強は出来ず、毎週竹刀で叩かれていた。浜で一度アカエイに刺された。高熱を出して死に掛けた。足がパンパンに腫れて、その時はパンツを穿くのも辛かった。
 父ちゃんは暗い内から船に乗り、明るい内には帰宅して、毎日酒を呑んでいた。後ろから見る首は赤銅色をしていた。口煩いことは言われなかったが、時に殴られ、叩かれた。拳は硬く、分厚い掌は砂袋みたいに重かった。丸い顔をした母ちゃんは、昆布を干したり、内職でプラモデルの部品の梱包やアニメのセル画の色塗りをしていた。
 そんな夏、あいつがやって来た。転校生だった。白い開襟シャツを着て、教壇で名を直島礼奈と名乗った。高等部二年の教室だった。中等部にならともかく高等部に編入してくる生徒は珍しい。俺は廊下から見ていた。余りの暑さにこっそりと、いや半ば堂々と教室を抜け出し、近所のカマジーにアイスを買いに出た帰りだった。カマジーは左親指のない爺さんの遣っている店だった。指はどうしたのかと尋ねると、うっかりカマで落としちまったと応えた。だからカマジーと呼んでいた。アイスは貝を売った金で買っていた。腹が減ると海に潜り、漁協にバレても殴られれば終いの話だったから、岩根に屯するサザエやトコブシを失敬しては食い、余るとタニシみたいな目をしたオッサンに売り付けて小遣いを稼いでいた。お陰でポケットに幾らかの小銭を入れておくことが出来た。だからアイスも食べられるのだった。父ちゃんが漁協に侘びの魚を献上していたことを当時は知らなかった。ともあれ、高等部二年の教室のドアが開いていて、アイスを片手にそこから俺は礼奈を見ていた。あいつは俺に気が付くと少しだけ目を丸くした。教師はいつものように俺を無視していた。まあ嫌われていたんだと思う。けれども礼奈は笑った。俺を見て笑いやがった。イワシみたいだと思った。海中のイワシはキランとナイフのように光るのだった。アイスを咥えたまま俺は転校生を睨んだ。礼奈は首を傾げて俺を見た。教師のことは無視して堂々と見た。開いた窓から吹き込む風がその髪を揺らしていた。風に乗って礼奈の匂いが届くような気がした。校庭の土の香に混じった青葉みたいな匂いに思えた。よく見ると礼奈の口は三日月だった。面白くて仕方がない、という顔で笑っているのだった。なんて女だ、と俺は思った。
 夜、白い開襟シャツを思い出し、寝床の中で暗い天井を睨んだ。苛立ちを覚えた。初めて感じる種類の苛立ちだった。いや、苛立ちだと思っていたが違う。あれは衝動だ。衝動が八割、感情が二割、ガキの中身なんてそんなものだ。動物と変わらない。欲望、には達していなかったように思う。俺は恐れていた。見知らぬ対象に怯えていた。しかし同時に強烈に惹かれてもいた。憧れ。そうだ。俺は憧れていたのだ。礼奈が纏っていた風に。俺の知らない世界に。腹が重苦しかった、熱の塊を呑み込んだみたいに。薬箱の仕舞ってある場所が分からなかった。が、母ちゃんを起こすのは可哀想だった。日中ずっとワカメを干していたんだから、ゆっくり寝かしておいてやりたかった。布団を出て、流しに行って水を飲んだ。そして腕立てやら腹筋やらをして、それから寝た。
 翌日、また真っ直ぐなハンドルを握って登校した。なんだかペダルが軽かった。
 クラスの仲間と談笑している横顔、スカートの裾を軽く摘まんでバスの段差を上がる後ろ姿、色んな礼奈を俺は見た。空を見上げてもそこに礼奈が居るようだったし、山を見てもそこに礼奈を見るようだった。そんな夏だった。
 邪念を振り払うように海に潜った。水の中は心地良く冷たくて、キラキラとした光が揺らぎ、なんというか真っ直ぐだった。感情も衝動も消えて、ソラスズメダイやオヤビッチャに混じって礼奈を忘れた。ソラスズメダイはコバルトブルーの熱帯魚で、尻尾だけ黄色くて、夏になると黒潮に乗ってやって来るが寒くなると死ぬ。だから死滅回遊魚と呼ばれている。同じく死滅回遊魚のオヤビッチャ、こちらは黒と白の縦縞で、背中だけが淡く黄色い。どちらもスピーディーに泳ぎ、落ち着きがなく、釣り眼でこちらを睨んだかと思うと、ぴゅんと泳ぎ去る。俺はヤツらが好きだった。綺麗だし、勝手だし、気儘だし、気が強い、しかし死んでしまう、一夏過ごして消えてしまう。ヤツらを見ていると自然を感じた。海に遊んで、海に抗い、海に抱かれて消えてゆく、そんな命は自然そのものだった。

 父ちゃんと一緒に網を畳んでいた。学校は夏休みに入っていた。
「高校、行きてえか?」と父ちゃんは俺を見ないで言った。横顔に汗が浮かんでいた。
 カモメが鳴いた。
「別に」とカモメに向かって答えた。
 海は凪いでいた。まだ朝早く、光は斜めに差していた。
「何遣りてえんだ?」
 父ちゃんは網を畳み終えてから、煙草に火を付け、また言った。
 何を遣りたいか?
 分からなかった。
 だからまた言った。「別に」
 父ちゃんが俺を正面から見たのを覚えている。煙が真一文字に立ち上がっていた。次の瞬間殴られた。砂浜に吹っ飛んだ。鳶の腹が見えた。
「海はな」と父ちゃんが背中で言った。「ひれーんだ」
 父ちゃんが行ってしまってから起き上がった。胡坐を掛いて沖を見た。海は広いな、大きいなあ、と歌ってから鉄の味を飲み込んだ。
 多分その日の夕方だ、商店街で礼奈を見た。小さな町だったし、皆が行く所は限られていたから、夏休み中でも毎日のように知った顔に出会うのだった。礼奈は自転車を漕いでいた。普通のママチャリだった。向こうから走ってきて、横を走り去る瞬間、ちらりと俺を見てにこりと笑った。そしてあっという間に行ってしまった。振り返るともう随分と小さかった。風そのものみたいに思えた。ソラスズメダイにも似ていた。礼奈の笑顔だけが取り残されて、暫くその辺を漂っていた。夕方の空気を胸一杯に吸い込んで、海は広いな、大きいなあ、とまた心の中で歌った。商店街の通りの奥に海が見え、蜜柑色の夕日が見えた。その向こうにまだ知らない世界があるのだと思った。

「夏祭り、どうすんべ?」と俊二が言った。
 俺たちは岩場にいた。岩場は居心地が良かった。俺は貝を獲っていた。俊二は釣りをしていた。釣り上げた魚を網焼きにして食っていた。網に俺はサザエを乗せた。海水がジュッと音を立てた。
「どうするって何がよ?」
「おまえ、俺っちの火に挨拶もなく上がり込むんじゃねえよ」と俊二は目先の問題に声を荒げた。
「じゃ、お邪魔します」と言って俺は二つ目のサザエを置いた。
「俺にもサザエ食わせろ」
「いいよ、幾らでも食え。足りなきゃまた獲ってきてやる」
「密猟者め!」
 釣り糸で魚を釣るのはいいのに素潜りで貝を獲るのはいけないだなんて公平じゃない、と当時は思っていた。
「サザエをやるから醤油を分けてくれ」
「しょんねえな、醤油もねえのか?」と俊二が言った。
「醤油持って釣りするおまえが異常なんだ」
「それはなんだ?」
 俊二が指差したのは俺が持ってきた瓶だった。
「これは酢だ」
「おまえ、サザエを酢で食うのか?」
「な訳ねえだろ。これはクラゲ用だ」
「クラゲの酢漬けか?」
 そうじゃねえよバカ、と説明してやった。刺された時に酢を掛けるのだということを。漁師町に住む誰もが潜る訳じゃない、俊二は県の西の方からの転校生だったし。
「刺胞を取り除くには酢がいいんだ」
「刺胞ってなんだ?」
「毒の袋だ」
「クラゲの毒か?」
「そうだ」
 言いながら俺は袖無しの海シャツを脱いだ。今でいうアンダーベストだ。冬場にダイバーがウェットスーツの下に着込むらしい。父ちゃんは海シャツと呼んでいた。寒くないし、クラゲやゴンズイから体を守ることが出来る。海パンと海シャツ、それに水中眼鏡と足ヒレ、そのカッコでいつも潜っていた。父ちゃんから貰った海シャツは俺には随分とデカかった。でもないよりマシだった。
「ひでえ」と俊二が言った。俺の背中を見て言ったのだった。背中のミミズ腫れはカツオノエボシに遣られた痕だった。カツオノエボシはクラゲに似ているが、厳密にはクラゲではなく、だから酢が効かない。なのにあの頃はそれを知らないで、他のクラゲの時と同じようにぶっ掛けてしまっていた。逆効果で、余計に酷いことになった。なんにせよ、ヤツらを甘く見ると悲惨なことになる。
 裸になると、風をよりはっきりと感じた。二の腕がジリジリと焼けているのも改めて感じた。俊二から奪った醤油をサザエに垂らした。香ばしい匂いが海風の匂いに混じった。幸せな気分になれた。サザエの蓋が自然と外れた。
「刺されたらバカ痛いのか?」と俊二が訊いた。
「痛いさ。クラゲの種類に依るけど」
 軍手をした手でサザエを掴んだ。俊二は割り箸まで持って来ていたので、用意のいい野郎だと呆れながらもそれを拝借し、サザエの中身を引っ張り出した。グロテスクでワタは苦い。その旨さがまだあの頃は十分に分からなかった。腹が減ったから食う。それだけだった。
「死ぬか?」
「それも種類に依る」
「どんなヤツがヤバいんだ?」
「カツオノエボシ」と背中を見せながら応えた。「それから夏が仕舞いになると、アンドン」
「アンドン?」
「行灯って知ってるか? ま、箱みたいな頭のクラゲだ」
「気を付けるよ」
「透明なんだ。よく見えない」
「困るな」
「足は薄いピンクだ。だから足を見るといい。四本足だ。ピンクのミミズが並んで四匹泳いでいたらそれがアンドンクラゲだ」
「アンドンは何を食う?」
「ちっこい魚」
「ミミズみたいな足のクラゲが魚を食うのか?」
「そうだ」と応えてから、指で大きさを示した。「これ位。人差し指の倍位の長さの足だ。でも竹串みたいに細い。ヤツらは痩せっぽちなんだ。だから余計に見付けにくい。おい、引っ繰り返せ、焦げるぞ」
 俊二は魚を引っ繰り返した。「カツオノエボシってのはどんなヤツだ?」
「青いんだ。青い烏帽子を被ってプカプカしてやがる」
「烏帽子って?」
「尖った帽子」
「広田のみたいな?」
 成る程、と思った。教頭の広田はいつも鳥打ち帽みたいなのを被ってハゲを隠していた。
「そうだ、ちょっと形は違うけど、まああんな感じだ」
「判った」と俊二は言った。「海で広田と小杉を見たら用心するさ」
 小杉は細身の学年主任だった。俊二は中々面白い野郎だ、と俺は思った。
 腹が満ちたのか、俊二は煙草を取り出した。そして眉を上げて箱を差し出した。「吸うか?」
「吸わねえ」
「高等部に上がってよ」と大人びた仕草で火を付けながら俊二は言った。目を細めて煙を吸い込んで、ゆっくり吐き出してからその先を言った。「タンベも吸わなかったらバカにされっぞ」
 タンベという言い方が可笑しくて笑いながら尋ねた。「進学すんのか?」
「おまえ、しないの?」と言って俊二はまた眉をひょいと上げた。
「おまえは、なんでするんだ?」
「そういうもんだべ?」
「そういうもんか?」
「夏が終われば秋が来る。そういうもんだ」
 上手いことを言う、と感心した。
「で、夏祭りだけどよ」と竿を仕舞いながら俊二は言った。「一緒に行くべえよ」
「綿菓子なんざ嫌いだし」と俺は応えた。柔らかいものや甘いものが好きじゃなかった。「盆踊りなんてクソクラエだ」
 俊二は俺を見た。そして言った。「おまえはガキだな」
「なんだとコノヤロ」
「直島だよ」
 礼奈のことだ。
「直島がなんだ?」
「浴衣だよ」
 浴衣?
「多分来るぜ、あいつ祭りとか好きそうじゃんか」
 思ってもみなかった。
「だもんでよ」と俊二は俺に顔を近付けて言った。「浴衣だろ。祭りっていったら浴衣だろ」
「だったらなんだ?」
「なんで怒ってんだよ。おまえ直島嫌いなの?」
「怒ってねえよ」
「だったら来いよ。きっと綺麗だよ」
 はっとした。こいつめ、と俊二のことを思った。なんてえ真っ直ぐな野郎だ。「魚臭えよ!」と、だから俺は負け犬のように吠えた。「あっち行きやがれ!」
「ガキめ!」
 言い捨てて俊二は行ってしまおうとした。
「よう。クラゲに遣られて酢がなかったらよ」と、尖った背中に向かって俺は言った。「ションベン引っ掛けろ。ちったあマシだからよ」
 背中を向けたまま俊二は片手を上げて応えた。

 海シャツと海パンで歩いていた。海に向かう道を下っていた。サンダルがぺたぺた音を立てていた。北東からの風で波が抑えられ、見下ろす海は静かに凪いでいた。ぴょろぴょろと鳶が鳴いていた。道の脇で、丸まった野良猫が目を細めていた。足を止め、しゃがみ、猫の毛繕いを眺めていると背後からニャーオと声がした。振り返ると、白い服をふわりと着た礼奈がいた。
「よう」と俺は言った。
「よう」と礼奈も言った。
 風で白い服がカーテンのように膨らんだ。空は青く、それを背負って礼奈は雲みたいだった。ふわふわでキラキラだった。
「海を見てたの?」
「猫を見てたんだ」
「猫がどうしたの?」
「どうもしねえよ」と言って手にした足ヒレと水中眼鏡を振った。「海に行くんだ、これから」
「貝を採るの?」
「気が向いたらな」
「腹が減ったら、でしょ?」
「そうだ」
「いいな」
「何がだ?」
「お腹が減ったら貝を採る、ってそれが」
 都会育ちの女が、と意外に思った。「おまえはどこに行くんだ?」
「届け物した帰りだよ」
「じゃあ、来るか?」
「え?」
「おまえも来るか?」と言って俺は坂を下り始めた。三歩下って静かな後ろを振り向くと、満面の笑顔で礼奈が息を吸い込んでいるところだった。そして叫ぶように言った。「行くよ、わたしも行く!」
 俺たちは縦に並んだまま道を下った。幼稚園生だった頃の電車ごっこを思い出した。坂を下り切り、暫く行くとゴツゴツとした岩場に出た。それを登った。一歩進むごとにフナムシが逃げ出してゆく。穴が空いていたり、捻れていたり、美しいスロープを描いていたり、岩場は躍動的な様で固まってそこにあった。陽の光を受けて白く輝き、しかし所々に一目瞭然には把握し切れないような陰りもまた秘め、油断のならない凄みを見せ付けていた。そんな岩場を手で足で、しがみ付くようにして登り切ると、やっと間近の海と向き合えるのだった。高波が砕けて地獄絵図さながらの海もあるが、水溜りのように静かな貌をした海もある。その日の海は後者で、青空と示し合わせたかのように穏やかだった。
「じゃあ待ってろ」と水中眼鏡をでこに掛けながら礼奈に言った。「貝、獲って来てやるから」
「いいないいな」と礼奈は、拾い上げた俺の足ヒレをぺたぺたさせながら言った。
 足ヒレを取り返して海面に投げ、海中に飛び込んだあと右それから左と順番に履いた。そして体を一旦伸ばして、腹から上を海中に向けてくの字に曲げた。ジャックナイフという潜り方だ。こうすると頭の重みで楽に潜れるのだった。
 礼奈から逃げ出すかのようなそそくさとした潜水だった。多分怖かったのだ。未知の女と居ることが俺を怯えさせたのだ。田舎に生まれて田舎で育った俺とでは、あらゆる点で礼奈は違った。髪は真っ直ぐでサラサラで、近くにいるとシャンプーの匂いが漂ってきたし、指は白くて細くて、その動きを見ているとなんだか心臓が締め付けられるような気がした。礼奈に俺は焦がれるような気持ちを抱いていたのだ。それでいて礼奈には近寄り難かった。いつも風みたいに澄んでいて、あいつの実体はそこじゃない別のどこかにあるようだった。聡明さを感じさせる瞳に矛盾なく釣り合った鼻は、母ちゃんの丸っこい鼻とは大違いで、美術の教科書で見た遠い昔の白い彫刻のそれみたいに上品だった。唇はふっくらと、朝露に濡れた花のように魅力的だったけど、だからといってエロ本の女のそれみたいに安っぽくはなかった。礼奈の顔を自宅の机で何度もこっそりスケッチしていた。父ちゃんにバレたらカッコ悪いので、描き終えた絵はその度に千切ってゴミ箱に捨てていたが、でも余りに何度も描いたので、宗教画の女の輪郭みたいなその線も、ウインドウの向こうの舶来人形のようなその形も、俺の中にくっきりと消し去り難く焼き付いてしまっていた。その線と形は永遠を思わせた。
 魅惑的であるのに、犯し難く神聖な女、そんな存在と二人きりで居るだなんて俺には息苦しいことだった。
 ウツボの子供が慌てたようにくねり、岩の隙間に逃げ込んだ。体感温度は非常に高く、透明度もその夏一番のクリアさで抜けていた。浮き上がろうとする体を足ヒレのキックで押さえ付けながら、獲物のサザエやトコブシを探して、海底の岩を一つ一つ調べていった。岩場ごとに一塊ずつの魚の群れがいた。いつものソラスズメダイ、オヤビッチャ。赤い口をしたキュウセンが猫のような撓やかさでくねっている。キュウセンのぽってりとした腹は旨そうに見えた。今度七輪のある時に礼奈に食わせてやろうかとちらりと思った。が、都会の女が七輪で焼き魚なんて食う訳がねえ、と直ぐに思い直した。でも待てよ、礼奈には意外と大胆な所があるからな、だなんて考え掛けたが途中で止めた。海の中では余りものを考えることが出来ない。頭を使うこと即ち酸素の浪費だった。無心になって貝を探した。
 海から上がると、礼奈が、膝を抱えて首を突き出すようにして待っていた。
「ほら、持ってけ」
 サザエを三つ礼奈の座る岩場に転がして、それからまた潜ろうとした。
「待ってよ」と背中から声がした。
「なんだ?」と振り向く。
「綺麗?」
 俊二が礼奈を綺麗だと言っていたのを思い出した。「なんだって?」
「綺麗なの?」と礼奈は何かを覗き込むような目をしてまた言った。「海の中」
 海の中か、と思った。そうだ、礼奈に見せてやりたい、熱帯魚が好き勝手に舞い泳ぐ様を、今日のこのコンディションの良い海で。
「上がってきて」と言って礼奈が俺に手を伸ばした。差し伸べられた手を不思議な気持ちで見た。こちら側とは明らかに違うあちら側から差し出された手だった。
 岩場に上がった。水中眼鏡を外し海シャツを脱いだ。
「おまえ、水着取って来いよ」と気が付けば大胆なことを口にしていた。
「水着なんてないよ」と礼奈は応えた。
 呆れて礼奈を見た。水着のない浜っ子がいていいものか。
「それ貸してよ」と言って礼奈は足ヒレと眼鏡を見た。
 波も畝りもない日で、だから眼鏡やヒレがなくても俺は平気だったから「いいよ」と応えた。「でも水着がねえんだろ?」
「それでいいよ」
 礼奈は岩場の海シャツを指差した。フナムシが一匹、黒い表面を歩いていた。陽を浴びてその背中は艶々と輝いていた。
 シャツを掴むと、フナムシを払って礼奈は言った。「あっち向いてな、こっち見ちゃ駄目だぞ、青少年」とかなんとか。
 呆れ返って俺は海を見た。遥か沖を見た。静かに凪いでいたが、何故だろう、水平線の向こうから巨大な鯨か何かがやって来そうな胸騒ぎを覚えた。それは決して不快ではなく、ときめきに似た喜びでもあったが、余りにも新しい何かだったのでやはり胸騒ぎと呼ぶべきものだった。
 海シャツは礼奈にはブカブカで、その裾は太腿までを隠した。そんな格好も、礼奈がすると不思議とだらしなくもなく、なんだかイルカのように自然だった。
 雲のようなワンピースを丸めて岩場の凹みに置き礼奈は、その上に引っ繰り返したサンダルを重ね、更にその上に石を置き、風に飛ばされないようにした。浜の子のように屈託のない一連の動作で準備を終えてあいつめ、眼鏡と足ヒレを持って俺を見た。そして、にこりとして言った。「サザエ、暑くて可哀想だから帰したげよう」
「おう」と俺は言った。驚いてしまってそれ以上の言葉が出なかった。
 気が付けば二人で海の中にいた。青い花弁のようなソラスズメダイの群れを抜け、トラ猫みたいな模様のカゴカキダイを追い掛けていると、いつの間にか巨大なクロダイの群れに取り囲まれていたりした。
 イカは俺達を、エイリアンが地球人を見る目で凝視していた。ボラは罪のない真ん丸な目を見開いて、岩に付いた何かを一心に貪り食っていた。それを見て礼奈は口の形だけで言った。く・い・し・ん・ぼ・う。
 チョウチョウウオが二匹、ひらりひらりと重なり合ったり、離れたり、ダンスを踊るみたいにして泳いでいた。まるで俺達だ、と思いながら追い掛けてどこまでも泳いだ。そんな水中散歩を楽しんだ。
 礼奈は泳ぎが上手かった。でも潜ることは初めてだったようで耳抜きが出来なかった。礼奈の尖った鼻を摘まんでやり、唾を飲み込む遣り方を教えた。水中だと余計なことを考える余裕がない分俺は本来の俺でいられた。海面を貫いて届く陽光や、それに照らされて揺らめく海底の砂の様子、山と空にしか見えないような岩と水の対比、そんなあれこれが心臓の鼓動の一つ一つを確かなものにしてくれた。体が接している海水は、雑じり気のない自然そのものの冷たさと温かさを間断なく伝えてくれていた。海にいる時人は考えない、考えずに感じる。そしてその内感じている主体すら薄れて、海そのものになってしまう。気持ちのいいことだった。真っ直ぐで、実に正しいことだった。海は俺を包み、礼奈を包み、俺達の区別をなくした。俺達は海のまんまになった。
 前を泳ぐ足の狭間に礼奈の陰りを見た。下着はワンピースにくるまれて岩場に残されてきたようだった。とても不思議な光景だった。陸上だったら忽ち狼狽えてしまったであろう状況だったが、水の中にいると何故だか全然平気だった。礼奈の白い手足から視線を外すこともなく、自由に伸びやかに水と戯れ、礼奈と戯れた。
「空を飛んでるみたいだった」
 海から上がって礼奈は言った。海中から見上げる海面の礼奈は、確かにスーパーマンのように飛んでいた。
「水族館の魚と全然違った、すっごく生き生きしてた!」
 見せてやれてよかった、と思った。
「こんなに色取り取りだなんて全然知らなかったよ」
 海は広いんだ、と心の中で応えた。色んなのがいるさ。
「すっかり濡れちゃった、どうしよう」
 バスタオルなんて勿論なかった。太陽で乾かすのみだった。ワンピースを手に、比較的大きな凹みに移動してから礼奈は言った。「体拭くからな、目を瞑ってな」
 長い間目を閉じてから、痺れを切らせて俺は言った。「まあだだかい?」
「バッカじゃないの?」と笑い声がした。
 そうだった、まあだだかい、じゃない、もういいかい、の間違いだった。でも礼奈がバカにしたのはまた別のことだった。
「マジであんた、バカ正直にずっと目を瞑ってたみたいね?」
 なんだと?
「とっくに終わってるわよ」
 目を開けると、礼奈は既にふわりとしたワンピースを身に付けていた。
「早かったじゃねえか」と俺は負け惜しみのように言った。
「これで拭いちゃった」と言って礼奈は絞ったハンカチみたいなものを見せた。
「そうか」
「こっちにおいでよ」と礼奈は言った。
 陸上の、バツの悪い重さを感じながらも礼奈の横に行って座った。
 陽が傾いていた。海に道が出来ていた。白い道は真っ直ぐ、遠くまで続いていた。
「熱帯魚が綺麗だった」と礼奈が言った。
「おまえも綺麗だったよ」
 言ってしまってから驚いた。自然に出てきた言葉だった。
「あ」と礼奈は言った。それから弾けたように笑い出した。泣き笑いみたいにして笑った。一頻り笑って急に笑うのを止めて、とても近い所から、眉を一寸八の字みたいにして俺の目を見た。
 あっと言う間の出来事だったのだろう、本当は。でも俺にはスローモーションのように感じられた。唇は想像した以上に柔らかかった。潮の味がした。一寸ホヤみたいだった。
「なんだよ」と俺は言った。
「お礼」と礼奈は応えた。
「なんの礼だよ?」
「海を見せてくれたこと。ベストを貸してくれたこと。綺麗だと言ってくれたこと」
「そんな」と言い掛けてから言葉を呑み込んだ。そこから先を言ってしまっては雰囲気が壊れてしまいそうだった。だから俺は違うことを言った。「夏祭りだけどよ」
「うん?」
「浴衣着るかよ?」
 海風が礼奈の輪郭をふわりと膨らませた。それを頬の辺りで感じながら俺は沖を見ていた。
「浴衣かあ」と礼奈は言った。それから暫く黙った。
「いや、着なくてもいいんだ、うっちゃってくれ」と沖を見たまま俺は言った。「俊二がよ、おまえが浴衣着たら綺麗だろうな、とか抜かしやがってよ」
「綺麗?」
「いや、だから俊二がさ」
 陽が落ちてゆく。でも頭を上げると天頂の空はまだまだ澄んだ水色だった。
「お金ないんだ」
 ぽつりと言葉が落ちた。
 礼奈を見た。
「お父さん、東京で商売に失敗してね、それで色々と処理しなきゃいけないことがあるんだってさ、だからわたしはお婆ちゃんとこに来てるんだけど」
 そうなのか、と思った。そういえば礼奈の父ちゃんも母ちゃんも見掛けたことがなかった。
「それと、嫌なこともあったし、ね」
「嫌なこと?」
「まあ、終わったことだよ。大したことじゃない」
 ボラか何かの跳ねた音がした。そちらを見た。
「春になったらね、そしたら東京に戻れるらしいんだっ」と礼奈は、なぜだろうか、態とらしく語尾を跳ね上げるみたいにして言った。「それまではさ、お婆ちゃんにお金の心配とかさせないようにして上手く遣るんだ」
 春、と思った。来春になったら礼奈は都会に帰ってしまうのか。春が憎らしかった。
「帰ってどうすんだ、東京の高校に編入するのか?」
「うん、多分ね」
「そうか」
「でもね」とあいつはしんみりとした声で言った。「この海のことは忘れないよ、ずっと忘れない」
「俺も」とまた自然に言葉が出た。「おまえのことは忘れない」
 また暫く礼奈は黙った。それから戯けるみたいにして言った。「着て欲しいか、浴衣」
「俺じゃねえよ、俊二がそう言ったんだ」
 水平線の青がオレンジに染まりつつあった。夕日のスピードは驚く程速い。逃げるように沈んでゆく。世界が黄金色に染まる。あの町の夕刻は毎日そうだった。
 沈黙に向かって目を遣ると、礼奈も夕日を見ていた。その横顔、今でも時々夢に見る。髪や頬がオレンジに染まっていた。膝小僧を擦り剥いた少女の、そんな目と口をしていた。まるで夕日が沁みているみたいだった。
 やがてあいつは立ち上がると、手にしていたハンカチらしきものを広げて、なんとそれを穿いた。「まだ生乾きだから急いで帰る」
「おまえってヤツはよ」と、なんだか嬉しくなって笑ってしまった。「パンツで体を拭いたのか」
「笑うな」とあいつは言った。「それから、ありがと」
 暗くなった坂道を、真っ白な服が上ってゆくのを見送った。ホヤの味を思い出したら、呑み込んだ筈の台詞が口を衝いて出た。「そんなことで、そんなお礼なんてすんじゃねえよ」
 小さな声だったので勿論礼奈には届かなかった。
 家に帰り、机の前に座ると急にニヤけてきて自分を恥ずかしく思った。だけどよ、と自分が言った。直島とキスしたんだぜ、この俺があの直島とだぜ?
 本当のこととは思えなかった。
「なんてえ夏だ」と天井に向かって言ってみた。急に大人になったような気がして、奇妙な眩暈を覚えた。歯を磨かないで寝た。
 夜明け前に目覚めて、浜で父ちゃんが戻って来るのを待った。薄闇の中、父ちゃんの船がぼんやりと見えてきた。船が近付くにつれて朝になった。空は青くなりそうだった。蝉がわんわん喚き始めた。青春のざわめきだ、と分かったようなことを思いながら父ちゃんを迎えた。網を降ろすのを手伝いながら何気なく、しかし決意を込めて言った。「この半島を出る」
 父ちゃんの手が一瞬だけ止まった。「何でら?」
 今度は俺の手が止まった。女のケツを追い掛けて、とは絶対に言えない。咄嗟に口にしたのは、いつかの父ちゃんの言葉だった。「海は広いから」
 父ちゃんは黙ったまま網を畳んだ。そして「おい、手ぇ止めんな」と言ってから一呼吸置いて、「行ってこい」と続けた。
「おう」と沖を見たまま、ほっとして応えた。それから言った。「中学出るまではたっぷり孝行してやっからよ」
 余計な一言を付け加えた為拳固で小突かれた。随分と優しい拳固に事の重大さを悟った。

「よう、俺っちだ」
 夏祭りの日の夕方、俊二がやって来た。
「おう」と出迎えた。
「あ、なんだこいつ、遣る気ねえとか抜かしてた癖して甚平なんかで決めやがってよ」とか言う俊二は普通にジーパンとTシャツだった。
「だせえな、おまえ」
「あ、なんだなんだ?」と俊二は蝉のように喚いた。
「祭りに行ってくる」と母ちゃんに告げ、下駄を突っ掛けて外に出た。軒先で風鈴が鳴っていた。いつもなら気が付かないような音がこの日はやけに綺麗に聞こえた。
 道を行くと草の香が芳しかった。蝉の声に混じって虫の声が聞こえた。でも空はまだ明るくて、入道雲も力を漲らせてそこにあった。目を細めるようにして俺は歩いた。半歩斜め後ろを俊二が歩いた。
「なあよう」と鈍間な俊二が鈍間に言った。「この前俺っち、カマジーで広田に会ったぞ」
「ふうん」
 鈍間な話題だった。
「広田の野郎、コーラ飲んでやがった、腰に手ぇ当てて風呂上がりの牛乳みてえにグビグビとよう、でもってふいーっとかしてやがった」
「コーラ位飲むべよ、教頭だって」
「だけどあいつもうエラいからさ、夏の見回り当番なんかしてねえだろうに、なんでカマジーなんてあんなとこに居たんかな」
 そういえば先週だったか俺もカマジーで広田を見掛けた、と思い出した。アイスを買いに行った時だった。店の裏から広田が出て来た。カマジーの裏手は小さな藪で、蚊が多いし、昼間でも薄暗くて嫌な感じの場所だった。アイスを買い終わって自転車に跨がろうとしたら、薮からざわわと変な風が吹いた、と思ったら違って、風ではなくて広田だったという訳だ。
「鳥でも撃ってたんか?」と俺は冗談を言った。
 小僧め、とドヤされるかと思った。敬語を遣えといつも煩いヤツだったから。でもその日は違って、頭を掻きながらヤツは言った。「一寸ションベン」
 ご苦労なこった、と思った。大人ってのはこんな田舎町でもションベン一つそこらじゃ出来ねえのか。
 広田が何か言いたそうな顔で俺を見た。
 でも、と広田を見ながら考えた。いずれは俺もそんな大人になるのか。そしたら言葉が口を衝いて出た。「海は広いな」
 広田はキョトンとしやがった。気障なこと言っちまった、と恥ずかしく思いながら俺はペダルを踏み付けた。
 俊二は多分、あのあとの広田を見掛けたのだろう。
「なんかよう」と俊二が言った。「広田のヤツ、運動会で走り終わった生徒みたいな顔でふいーっとかしちゃっててよ、案外いいヤツなのかもしんねえな」
「スカッと爽やかってえタイプじゃねえけどよ」と寛大な気持ちで応えた。「浜に、根っからの悪党は居ねえってことだべ」
 礼奈とキスをした。たったそれだけのことで余裕が出来たのだった。俊二が俺よりずっとガキに思えた。
 夏祭りの会場は、少し山に向かって歩いた先の川沿いにあった。とても混雑していた。太鼓の音やガキ共の甲高い声が渦を巻いていた。焼きそばや焼きとうもろこしの香ばしい匂いに綿菓子の甘い香が混じってなんというかぐちゃぐちゃだった。
「射的遣るぜ」と俊二が言った。
 ガキだな、と思いながらも俊二の背中を追って射的屋の前に出た。並んだ景品をじっくりと眺めた。
「あんたら、やんのやらんの、見てるだけじゃ取れんよ」とでっぷり太ったおばちゃんが言って猿みたいに笑った。
 そりゃそうだ、と思って鉄砲を掴んだ。俊二もそうした。
「狙うはマジカルガーコ消しゴム!」と叫んで俊二は引き金を引いた。弾は漫画のキャラクターの形をした的を僅かに外れて落下した。
「あちゃあ!」
「そんなもん取ってどうする?」
「妹にやる!」俊二は次の狙いを定めながら叫ぶように言った。
「妹か!」祭りの雑多な音に負けないように怒鳴り返した。
「そうだ!」
「偉いな!」と叫びながら俺も鉄砲を構えた。片目を瞑ると狙いを定めて撃った。
 的を射た。三角に尖った台座ごと指輪が落ちた。
「かーっ、何に当てちまってんだよ!」と俊二が悪態を吐いた。「母ちゃんにやんのかよ、そのプラスティックの指輪!」
 おばちゃんが拾って手渡してくれた。波の模様が刻まれたブルーの指輪だった。
 バカめ、と心の中で言い返した。狙い通りだ、プラスティックだろうがなんだろうが今はこれでいい、東京に出て一旗揚げたら幾らでもホンモノ買ってやる。
 と、そのとき、冷んやりと心地良い掌が俺の目を塞いだ。熱気の中でそこだけオアシスみたいだ、と感じた。匂いで直ぐに分かった。礼奈だ。
「直島」と俊二の声がした。
「あんたが答えてどうすんのよ」と礼奈の声がして掌が外れた。
「俺も分かってた」と言いながら振り向いて、絶句した。綺麗だった。浴衣の礼奈がそこに居た。鮮やかに青くて、所々が黄色い浴衣だった。
「綺麗じゃねえか」
 透かさず言ったのは俊二だった。
 礼奈は俊二に向かってにこりと笑い、それから俺を見た。
「おう」とか、いい加減に俺も同意した。
 礼奈は一人で来ていた。俺達三人はヨーヨー釣りで盛り上がったり、綿菓子を千切り合ったり、盆踊りの輪の一番外側に一寸だけ入ってみたり、また出てみたり、小学生の男女のように遊んだ。
 礼奈の、ぱっと笑ったり、ヨーヨー釣りや何かの時難しげに眉をくねらせたり、リズムに合わせてふわりふわりと手を揺らしたり、そんなあれこれを見ているだけで楽しかった。何かの時に似ている、と思ったら判った。熱帯魚を追い掛けている時だった。
 小一時間程経った頃、礼奈の手が俺の腕を掴んだ。俊二は驚いたようだった。礼奈は俊二に向かって、首を傾げるみたいにした。
「おいおい」と俊二は唸るように言った。「いつの間に」
 俺は何もする必要がなかった。礼奈は鮮やかに、とても自然に、波音一つ立てない器用さで伝えるべきを伝えたのであった。
 連行されるみたいにして会場を離れた。橋を渡り、川の反対側まで歩き、土手の上から祭りを眺めた。どんちゃんと賑やかな塊は川の向こうにあった。礼奈と俺は静けさに包まれていた。
「まるで月から」と礼奈は言った。「地球を眺めているみたい」
 そうか、と理解した。俊二はまだあの熱気の中に居るんだな、そして俺はそこから離れてここに居て、でもってここからそこを見ている。直島と、と思って横目で礼奈を見た。
「どう?」と唇が言った。
 ぼんやりと唇を見てしまっていて、そのことに気が付き慌てて応えた。「どうって何が?」
 尋ねておいて、また唇を盗み見た。艶やかでふっくらしていた。リップクリームか何かを塗っていたのだろうか、それとは関係ないのかもしれないが、なんだか甘そうに見えた。甘いものは苦手な筈だったのに、と当惑した。
「浴衣、似合ってる?」
「おう」
「おうってなんだよ、それだけかよ?」
 俺に対してだけだったのだろうか、礼奈は男みたいな口の利き方をした。仲良くなるにつれ拍車が掛かっていた。
「似合ってるよ」と付け足してやると、あいつは嬉しそうに笑った。
「綺麗か?」と礼奈は俺の目を覗き込むようにして尋ねた。
「おう、まあまあだ」
「まあまあってのはなんだ、この辺りじゃ最上級の褒め言葉なのか?」
「うん、まあそうだ」
 虫の音に気が付いた。
「キスしたいか?」と礼奈は俺に身体を押し付けるようにして言った。
 甘い匂いにどきりとした。
「どうなんだ?」と礼奈は重ねた。
「したい」と応えた。
 顔が近付いた。桃みたいな味がした。礼奈の髪の向こうでお月様が揺れていた。あれ、月って揺れるんだな、と驚いた。浴衣の襟元に蚊に食われたような痕を見付けた。ほんのりと赤かった。
「なあ」と少し赤い顔をして礼奈が言った。その目は一寸狐を思わせた。「ぎゅっとしてくれてもいいんだぜ?」
 益々男っぽくなる言葉に軽く苛立ち、しかし狼狽え、どうしていいのか分からなかった。目を逸らして川面の灯りを見た。赤い灯りは祭りの灯り、白い灯りは月明かり。
「そうだ、これ」と空気を換えるように礼奈が言った。「さっき祭りで買ったんだ」
 見ると、礼奈が差し出しているのはガラス細工のイルカだった。
「あんたに似てると思ってさ」
「止せよ、このちっこいピンクのヤツが俺だってか?」
「似てるよ」
「どこがだ」
「可愛いよ」
 どう応えていいのか分からなかったので黙ったままでいた。そして俺にも指輪があったことを思い出した。甚平のポケットに手を入れて確かめた。しかし緊張するのだった。イルカの置き物とは訳が違う。指輪なのだ。どう切り出して良いのか分からないままに俺は譫言のように喋った。「俺も行くんだ」
「どこに?」
「東京」
 礼奈は少し黙った。それから言った。「いつ?」
「中学出たらさ」
「なんで?」
 今度は俺が黙った。ポケットの中の指輪を強く握った。泣きたいような気がした。甘えたことを言ってしまいそうだった。ヤバいと思った。だから教科書を音読するみたいに言った。「広い海に出るんだ」
 はぁ、と溜息のような音で礼奈は笑った。それから「やっぱりね」と言った。「やっぱりあんたはピンクのイルカだよ」
 そう言ってあいつは指の先で俺の鼻の頭を突っついて、それから立ち上がった。
 カチンときた。「こんなイルカ要らねえや」手を伸ばしてイルカを返した。
 受け取って、礼奈は言った。「たっぷり見たか、わたしの浴衣」
「おう、見た」
「そりゃ良かった」と礼奈は不思議な響きで言った。「綺麗だったか?」
「しつけえな、おまえ」
 あいつは俺を見た。あいつの向こうに川があり、祭りがあった。
「東京で溺れんなよ」と礼奈は言って、くるりと向きを変えると手を振って、そのまま行ってしまった。
 闇に消えゆく青い浴衣を呆然と見送った。礼奈の、色んな後ろ姿を覚えている。俺はいつも見送ってばかりいたようだ。指輪を渡せなかったことに気が付いた。祭りの音が急に大きく聞こえ始めた。見上げると星があり、何故だろうか、ほっとした。
 翌日、夏休み最後の海に潜った。ミズクラゲが居た。すぐ脇にイシダイの幼魚が居た。ちょろちょろと泳ぐそれがクラゲの餌食にならなきゃいいな、と幾らか心配しながら観察していたら驚いた。食っていた。食っているのはイシダイの方だった。ちっこい癖して、と思った。強かに生きているのだ、と嬉しくも感じ、また怖くも感じた。クラゲも中々大変なんだな、と悟るように思った。

 朝から自転車のチェーンが切れて、嫌な予感はあった。二学期が始まって直ぐのその日、学校の様子が変だった。漣みたいなものを感じた。教室のあちこちでひそひそ話が交わされていた。担任が入って来ると漣は消えた。普通に授業が始まったので、奇妙な雰囲気のことをすっかり忘れたまま昼休みを迎えたのだが、そこへ津波がやって来た。隣のクラスから俊二が走って来て、似合わない小さな声で言ったのだ。「聞いたか?」
「何を?」
「噂、聞いたか?」
「だからなんの?」
「直島だよ」
 首の辺りがドクンとした。「直島がどうした?」
 すると急に勢いを萎ませて俊二は黙った。視線を逸らせた。
 その胸倉を掴んだ。「どうした?」
 応えなかった。
「一寸来い」俊二を廊下に引き摺り出した。
 階段の踊り場でまた訊ねた。「直島がどうした?」
「単なる噂だべ」
 まだ俺の目を見なかった。
「潰すぞ」股を握って脅かした。
 五分後、俺は高等部二年の教室に向かって走っていた。
 教室前の廊下にいた女に、直島はどこだ、と訊ねた。早退した、と女は応えた。鞄を置いたまま、と付け足した。直後に変なふうに笑いやがった。睨んでやった。女は慌てて下を向いた。
 階段を降りて職員室を目指した。
 一階の廊下を走っていると、左手の便所から広田が出て来た、いつだったか薮の奥から出て来た時みたいに。
 広田に駆け寄り、その胸を突き、便所に逆戻りさせた。「広田、てめえ!」と罵った。「あいつに何しやがった!」
 広田は驚いていた。だが直ぐに薄笑いを浮かべると、こう返した。「困るな、小杉君ったら。酔って話したことなのに」
「おまえが自慢タラタラで呪きやがったとかいう噂の中身、本当なのか?」
「教職者として」と広田は嘯いた。「ホントでございますなんざぁ口が裂けても……」
「裂いてやろうか!」
 上顎と下顎を引き裂いてやりたい衝動に駆られて間合いを詰めた。
 すると広田は悍ましいことを言った。「あっちのせいだ」
「何だと!」
「買ってくれ、ってあっちから言ってきたんだ」
 聞かなきゃ良かったと後悔した、訊かなきゃ良かった訳だけど。兎に角、もう遅かった。広田の股を蹴り上げていた。足の甲にグチャリとした感覚があった。
 広田は股を押さえて転げ回った。
「何をだ!」と止せばいいのにまた自虐的な思いで重ねた。「何を買えと言われたんだ!」
 広田が俺を見上げた。眉が八の字に歪んでいた。そしてヤツの口は……、そうだ、その口は笑っていやがった。
「許さねえ!」急所を踏み付けようと足を高く上げた。
「浴衣が」と広田は歪んだ目で、俺の目を見ながら言った。「直島君は浴衣が欲しかったんだよう」
 冷水をぶっ掛けられたような気がした。同時に自分の暴走を自覚した。足を下ろした。
 騒ぎに驚いたのだろう、職員が駆け付けた。
 広田の手当てはそいつに任せて、便所の前に群がった別の職員やらガキ共やらを弾き飛ばして俺は走った。廊下を駆け抜け、校舎を飛び出し、太陽が照り付ける道をメロスみたいに走った。礼奈の家を目指した。それは町の外れにあった。礼奈が転校して来て直ぐの頃、悪ガキ共と連れ立って見学に行ったのだった、都会から来た女のお洒落なお宅とやらを。お洒落な、というのは俺達の勝手な想像だった。礼奈の家は小さく、あまり綺麗ではなかった。俺の家の半分、いや四分の一もなさそうな平屋建てで、部屋は一つ、多くてせいぜい二つ位しかなさそうだった。赤錆びた塗炭屋根を、幾つかの、猫の頭位の大きさの石が押さえていた。庭とも呼べなさそうな、狭くて荒れた砂利の地面に、これまた赤く錆び付いた物干し台が二つ、十字架のように立っていた。メロスさながらに走り込んだその時は、竹竿に吊るされたババ臭いデカパンが降参の白旗みたいに揺れていた。
「直島!」と怒鳴った。「居るか!」
 返事はなく、なので「開けるぞ!」と吠えながら玄関の戸を払った。
 寝間着姿の老婆が驚いたような目で俺を見ていた。礼奈の婆ちゃんに違いなかった。礼奈にちっとも似ていなかった。薄汚れて見えた。そう言えばこれまでにも何度か街で見掛けたような気がした。
「直島さんは」と俺は訊ねた。「直島礼奈さんはどこですか?」
 耳が遠いのか、婆ちゃんは目顔で尋ねる仕草をした。
「礼奈はどこに!」と大声で繰り返した。
「ガッコウずらよ、礼ちゃんは。あんたはオトモダチけ?」とかなんとか婆ちゃんはもぞもぞと言った。
 帰っていない、礼奈はまだ戻っていないんだ、と瞬時に判断して応えた。「さよなら!」
 踵を返す前に、室内の色んなあれこれが見えてしまった。日に灼けたカーテン、いい加減な時刻を指している柱時計、それからきちんと畳まれて隅に置かれた青い浴衣。
 引き戸を閉めて、また駆け出した。海、と思った。理由はなかった。直感だった。坂を駆け下りた。夏はまだ秋に屈していなかった。アスファルトが粘るようだった。平日の昼下がりだからか人は少なかった。映画の中の町みたいになんだか全てが嘘臭かった。でも港まで来るといつもの匂いがしてほっとした。
 潮の香に勇気付けられて、浜に降り立ち、海伝いにぐんぐんと走った。そして見付けた。浜の真ん中に白い人影があった。走りながら叫んだ。「直島!」
 海風に声が消されてしまうのか、人影に動きはなかった。
 砂に足を取られて夢の中のように進まなかったが、それでも藻掻くみたいに走りながらまた呼び掛けた。「直島!」
 人影がこちらを見た。改めて目を凝らす。開襟シャツと紺色のスカート、そこから突き出ている白い手足。礼奈だった。礼奈は逃げるように駆け出した。
「待てよ!」懸命に追い掛けた。「待てっつってんだよ!」
 浜に慣れない都会育ちの女との距離はぐんぐんと縮まっていった。砂浜を走り切って、岩場に出た。礼奈が岩を登り始めた。危ない、と思った。岩場で転べば死ぬこともある。
「礼奈!」
 苗字ではなくて名前を呼んだ。心の内でいつもこっそり呼んでいた響きを高らかに。
 岩にしがみ付きながらも礼奈は一瞬振り返った。が、またくるりと向こうを向くと、更にスピードを上げて登り始めた。
 追い掛けて岩場を登り切った。頂上から、向こう側の浜に下ってゆく背中を見下ろした。
 潮の香がつんと鼻を突いた。
 突然思い出した。俺の海シャツを着た礼奈の白い足、それからホヤみたいな唇。急に怒りが込み上げてきた。「待てよ、チクショウ!」怒りのままに怒鳴った。
 礼奈は振り向き、俺を見上げた。その目を掴むように見返した。観念したのか礼奈は、下り切った所で岩に腰掛け、逃げるのを止めた。岩場の途中から飛び、礼奈の脇に立った。見上げるあいつを見下ろした。白いシャツが汗で濡れていた。下着が透けて見えていた。また激しい怒りが込み上げてきた。
「チクショウめ!」俺は叫んでいた。「コンチクショウ!」と同じことを喚いてバカみたいに砂を蹴り捲った。
 礼奈は黙ったままでいた。
「なんでだよ!」と俺はまた叫んだ。「なんであんなクソジジイなんかに……」「軽蔑した?」礼奈が小さな声で被せた。
 見ると礼奈は薄く笑っているのだった。その口元を見て俺はぶち切れた。「軽蔑だあ?」地団駄踏んで吠え捲った。「したさ、おう、したとも、このクサレ女が!」
 礼奈はアーモンドみたいな目に力を込めて俺を見ていた。
「金か、金が欲しかったのか、だからってよう、だからってあんなハゲクラゲと!」
 鳶の影が砂浜を黒く払った。
「そうだよ、金だよ!」と礼奈も叫んだ。「いいだろ、減るもんじゃなし!」
「バカがっ!」と言ってまた熱い砂を蹴った。「てめえの体をなんだと思っていやがる!」
 礼奈は下を向き、何かを呟くように言った。
「なんだあ、聞こえねえよ、はっきり言え!」
 俺の影の中であいつは言った。「春に、遣られたんだ」
 春?
 ざわざわと胸が、腹が、背中が騒いだ。
「そうだよ……」と影の中から頭を擡げるようにしてあいつは言い、「こっちに来る前からさあ!」と声を割って叫んだ。「どうせわたしは汚れてたんだよっ!」
 礼奈の叫びに応えるようにカモメが高く鳴いた。
「それにさ、広田ったらめちゃくちゃ喜んでたぜ!」
 体が震えた。直ぐには言葉も出なかった。沖を見たが、海は色を失っていた。こめかみがズキズキと痛んだ。鉄砲の煙みたいな臭いを鼻の奥に感じた。ぴいひょろろ、と鳶が何かの合図のように鳴いた。
 開襟シャツを掴んで引き寄せていた。
「なんだよ!」と言ってあいつは、目を潤ませながらも尖らせた。
 その顔を見て、綺麗だ、と思ってしまった。
 そうだ、綺麗だった、礼奈は綺麗だった、ソラスズメダイみたいに気が強く、自由で、スピーディーで、鮮やかで、目を奪われる程に綺麗だった。都会の女に、田舎のガキである俺達は、激しく敵意を募らせると同時に同じ位に憧れて、その視界の広さや、度量の深さや、考えのクリアさに嫉妬し、苛立ち、屈辱を感じ、己の狭さと暗さを恥じた。そんなあれこれを一言で表現できる。
 綺麗だ。
 そう、あのような思いに捕らわれたとき、俺達浜辺のガキ共はバカみたいに呟いたのだ。綺麗だ、と。
 気が付くと実際に呟いていた。胸倉を掴みながら、「綺麗だ」と。
 驚愕、という色を浮かべていた瞳は、俺の一言を切っ掛けに温度を取り戻し、また違う色を見せた。優越感、乃至は哀れみ。そう読めてしまった。ピンクのイルカを見る眼差し。
 岩影に突き倒した。この俺が礼奈を突き倒したのだった。我がことながら驚き、しかし驚いている自分までもが、高波に攫われたかのように別の何かに乗っ取られた。「チクショウ!」と別の何かは、バカの一つ覚えみたいに、しかし激しく罵った。チクショウ、と開襟シャツのボタンを飛ばす自身の手を見詰めながら俺もまた思っていた。何やってんだよ俺は、なんなんだよ、この俺ってヤツは!
 俺を攫った波はオス的な衝動だった。しかし、同時にはっきりと気が付いていた。憧れと嫉妬の対象である礼奈を、俺は、とことん好きだったのだ。プラスティックの指輪を東京でホンモノに替える積もりでいたのだ。勿論勝手な思い込みだった。ノートに書き殴ったスケッチは、古代の彫刻みたいに理想化されていて、体温がなく、一片の汚れもなく、現実の礼奈ではなかった。だけど、それでもそのような理想を投影し得るだけの美しさを、つまり姿形や、声や、喋り方や、立ち振る舞いや、指先の動きや、息遣いや、潜り方や、眉の動きや、白さや、柔らかさや、眼差しや、匂いや、生き方や、風っぷりを礼奈が有していたこともまた事実だった。好きにならずにいられなかった。どうしようもなく、無様なまでに、泣きたい位に真っ直ぐに、好きで好きで好きだった。
 吠えながら礼奈を剥いでいた。学生ズボンの中で怒りと欲望が固まっていた。女を抱いたことなんて勿論なかった。エロ本で見るのと実際に抱くのとでは大違いで、俺は唯々必死だった。抱いている、という積もりもなかった。感じられるのは怒りと哀しみだけだったが、それらは欲望にとてもよく似た何かでもあった。礼奈の首を齧りそうになった。下唇を強く噛んでその衝動を抑えた。自分の胸板で礼奈の柔らかな胸を組み敷いた。唇から垂れた血が礼奈の喉を朱赤に汚した。礼奈は恐怖の表情を浮かべていた。それを見てズボンの中身は益々硬くなった、痛いほどに。体を起こしてズボンを下ろした。パンツも脱いだ。すると幾らか解放された。スカートを捲り上げた。白いパンツに自分を押し付けた。礼奈が呻いた。俺も呻いた。礼奈の腕が俺の支配から逃れた。そして俺の後頭部を抱いて引き寄せた。ブラジャーのワイヤーが頬に当たった。どうやって外したらいいのか分からないまま無理矢理邪魔物を剥ぎ取った。
 ノートの落書きとは違った。生身の礼奈は熱かった。風の匂いなんてもうしなかった。汗の匂いがした。それは焼けた砂の匂いと混じった。
「ねえ」と礼奈が掠れた声で言った。「好き?」
 応えられなかった。目を瞑り、礼奈の首に顔を押し付けた。
 礼奈の喉がまた言った。「わたしのこと、好き?」
 顔を上げて空を仰いだ。「チクショウめ、好きだっ!」と叫んだ。そしたらそのまま力尽きてしまいそうになった。背骨に力を入れて堪えた。
「だったら」と礼奈は甘ったるい声で言った。「触って」
 俺の手がおっぱいに導かれた。丸い形を掴むと赤い乳首がつんと尖った。礼奈の腕にまた引き寄せられた。咥えた。酷くしっくりとくる感触が舌に伝わった。
「もっと強くて大丈夫」と礼奈は言った。そして続けて、言ってはならないことを言った。「そこは綺麗だから。ヤツらは下だけでしたから」
 一瞬なんのことだか分からなかった。シタダケデシタカラ?
 カマジーの裏手の薮を思った。祭の夜の首筋の、藪蚊に食われたピンクの隆起を思った。鬱蒼とした茂みの奥で下半身だけ露出した広田と礼奈が卑猥なことをしている場面を想像してしまった。広田の醜い顔。そして礼奈の……。眼下の顔を見た。眉が悩ましく八の字を描いていた。目が左右に引き伸ばされて線になっていた。鼻の穴がひくひくと痙攣していた。唇が上下に分厚く膨らみぬらぬらと輝いていた。歓喜の表情だった。
 この顔で遣られていたのか?
 それで……、と変に醒めた頭の片隅で考えた。考えたまんまが声に出た。「それで浴衣を買ったのか?」
「そう」と肉は応えた。「綺麗だったでしょ」
 海風が強く吹き付けた。
 何かが弾けた。女の手を払い、俺は立ち上がった。そして自分でも信じられないことをした。硬く尖った先からションベンをぶち撒けたのだった。女に向けて、力を込めて排出した。すっかり出し切ると黙ってパンツとズボンを穿いた。そしてその場を立ち去った。振り返らなかった。


 春を待たずに女は東京に帰った。広田と俺は処分を受けた。広田は二度と教師に戻れないようだったが、俺は少しの謹慎期間のあと学校に戻れた。教育委員会の人が庇ってくれたのだった。その人は、父ちゃんの目に似た目で俺を見詰めて、叱って、励ましてくれた。俺は泣いた。真面目に勉強して高校に進学し、同じ校舎で三年間を過ごした。十八の春、伊豆半島を出た。東京で大学生を相手にパー券を売る仕事を始めた。三年で三人の学生を使う会社の社長になった。しかし設立後一年で会社は潰れた。ダンパでナンパしたメスの部屋を転々とした。女が怖くてメスとしか付き合えなかった。その内の一人に誘われて雑誌の記事を書く仕事を手伝い始めた。あいつがモデルになって活躍していることを知った。決まった場所で眠らない生活を卒業して、小さな図書館の隣にアパートを借りた。本を沢山読まされた。本の中には色んな女が居た。けれども本物の女は居なかった。そう感じていた。三十かそこらになった頃だったと思う、駅のガード下で焼き鳥を齧って店を出た所でそいつに出会した。女は俺の正面に立ち、下を向いたまま早口で言った。「あたしを買って下さい」
 若い女だった。細くて、小さくて、黄色いワンピースを着ていた。ツワブキの花のような黄色だった。薄茶のサンダルを履き、髪はボブで、肌は白く、下を向いているので表情ははっきりしなかった。格好とはまるでちぐはぐなブルーのボストンバッグを提げていた。どう見ても家出娘だった。或いは何かの罠かもしれない、と思った。それ程女は無防備だった。駅のそちら側の出口には厚化粧の外国人が多かった。ツワブキが咲いていていい場所じゃない。そう思い、だから尋ねた。「幾ら?」
 女は顔を上げた。平凡なルックスだった。用心深い野良猫みたいな表情だった。俺を値踏みしているように見えた。でも相場が分からなかったのだろう。頓珍漢な金額を言った。何かが疼いた。タクシーを止めた。ボストンバッグをトランクに仕舞ってやろうとしたが、女はそれを頑なに拒んで車内の自分の膝の上に置いた。JRの駅を幾つか手繰って、適当なネオンの下で降りた。バッグを持ってやろうとしたが矢張り断られた。ホテルのフロントで一番安いパネルを選んだ。それでも女の値段より高かった。部屋に入って直ぐにシャワーを浴びた。考えを整理する必要があった。シャワーから出ると女は既にベッドの中にいた。ベッドの直ぐ脇にブルーのボストンバッグが置かれていて、その上にきちんと畳まれて黄色いワンピースがあった。
「先にお金を頂戴」
 引っ張り上げられた布団の向こうから声がした。声には偽悪的な、しかし切実な調子が感じられた。
「金が入り用なのか?」
「うん」
「どうして?」
「色々と事情があるのよ」
 小さな肩が背負っている事情について想ってみた。青いボストンバッグの中の、大切に詰められているのであろう秘密についても想ってみた。でも何も分からなかった。が、それで構わなかった。
「払うなら抱かない。抱くなら払わない」
 シャワールームで考えた結論を伝えた。
 流行りの歌が掛かっていることに気が付いた。一フレーズが流れたあと、予想とは真反対の応えが返ってきた。
「抱かれたげるよ、只で」
 女の意図は分からなかったが、声のトーンが懐かしい何かを感じさせた。同時に思った。こいつはメスじゃない。なのに何故だろう、敵意も恐怖も感じなかった。
 ブルーのボストンバッグと几帳面に畳まれた黄色いワンピースの横で女に重なった。いつになくリラックスして、伸びやかに交われた。鼓動を波のように、呼吸を風のように感じながら、窪みや、隆起や、陰りや、段差を、指で、舌で、丹念に探っていった。指の畝り、喉の震え、瞳に浮かぶ色や影、時に零れるくぐもった声、一つ一つを確かめ、追い掛け、楽しんだ、とてもナチュラルに、溶けゆくように。それは遠い日の何かに似ていた。
 幾つかの波を迎えたあと身体は、弓のようにしなって、それから落ちた。魚のジャンプに似ていた。青い空を見たような気がした。だから気持ちを真っ直ぐに伝えた。「すごく気持ち良かった」
「あたしも」
 別人のように柔らかな表情をしていたので、嘘ではないことが分かった。
「あんた、おっきな人だね」と娘は言った。「全然ケーベツとかしてないだろ?」
「してないな」
「どうしてかな?」
「年寄りだから」
「年寄り?」
「長く生きてりゃ色々あるさ、そうだろ?」
「うん、色々あるね」
「おまえさ……」
「何?」
 心のままに伝えた。「綺麗だよ」
 女は黙った。そして疑わしげに目を擦った。
 背後から、ニャーオ、と聞こえたような気がした。
「海はな」と口を衝いて出た。「ひれーんだ」
「町の爺ちゃんみたいなこと言ってら」
「おまえ、どっから流れて来た?」
 町の名前を聞いて驚いた。俺の町だった。黒潮の町だった。改めてまじまじと見詰めながら尋ねた。「海の中、知ってるか?」
「知らないよ、だってクラゲが居るんだ」
 そうか、そりゃクラゲは居るわなあ、と思った。でも回遊魚も居る、鮮やかで、自由で、綺麗な。
「ゴムがもう一つある」と枕元を確かめながら俺は言った。
「うん」
「だから、もう一泳ぎしたい」
「あたしもしたい」
 娘は瞳を輝かせていた。
「いいのか?」
「いいよ」
 海シャツを纏うようにゴムを装着した。「今度はもっと深く潜れそうだ」
 娘はけらけらと笑った。
 電話が入り、土曜の夜だから延長出来ないと言われ、泊まることを伝えた。
「金は払わない、その代わり……」
「その代わり?」
「明日になったら連れてってやる」
「どこに?」
「海に」返事を待たずに唇を塞いだ。肉体の波に揺られながら、静かに、懇ろに沈んでいった。追い掛けて、潜って、また追い掛けて、更に潜った。と、深い所で声がした。尋ねられた。
 綺麗?
 ……礼奈の声だった。眼下の顔を見た。眉が悩ましく八の字を描いていた。目が左右に引き伸ばされて線になっていた。鼻の穴がひくひくと痙攣していた。唇が上下に分厚く膨らみぬらぬらと輝いていた。女の顔だった。
「綺麗?」
 浜を吹く風、岩場の輝き、ソラスズメダイの乱舞を想った。「おう」と応えた。「綺麗だ」
 本当に?
 と、また女達は尋ねた。
 本当だとも、と強く思った。「全部引っ括めて、おまえは綺麗だ」
 身体が震えた。
 安心したかのように女達は、俺の腕の中で溶けていった。了

海のまんま(暫定決定稿)

執筆の狙い

作者 もんじゃ
KD111239165075.au-net.ne.jp

自分なりに納得がゆくまで直しました。
よろしくご査定いただけますとワイワイヽ( ゜∀゜)ノです!

コメント

コウ
p3004-ipngnfx01kouchinwc.kochi.ocn.ne.jp

もんじゃさん

結論として、とても良かったです。

読み始めたときは、何かヘタウマ漫画を読んでいるような気がして不思議な気分でした。しかしその独特の文体が心地よくなり、いつしかのめり込んでいました。描写や比喩はとかく視覚に偏りがちですが、聴覚や触覚、味覚等の経験をも呼び起こされます。

前半はネットや携帯小説を連想しましたが、全体を通してみるととても練られた話になっています。

あえて気になった点を書くなら、黒潮の里時代の話と比べ、その後の話が走りすぎているところかな。加えて礼奈がモデルになっていたり、街で拾った少女が田舎の同じ町の出身だったり。ちょっと都合良く作り過ぎているかな。特に、私なら礼奈の消息を知ったとしてもモデルにはしなかった。

どれだけ練り上げたものかわかりませんが、この作品には才能を感じます。是非、今後も執筆に頑張ってください。

5150
5.102.22.168

えーと、今作が良いとか悪いとかそういう感想ではなくて、ふと思ったことだけを。例えば、名曲と呼ばれるものがあり、たくさんのアーティストからカバーされる。ああ、オリジナルとは違った、こういう解釈もいいなと聴いた直後は思うのだけれど、何度か聴いていると、でもやはりオリジナルっていいよな、と。

御作がそうだとは言いませんが、でも前作での改稿前にあったように思えた、俺くんの切実な何か(?)がちょっと懐かしくなりました。たんに初対面での印象なのかもしれませんけれど。礼奈さんに関してはこちらがいいかな。相変わらず抽象的で、感想とも言えないものですけど。

もんじゃ
KD111239164217.au-net.ne.jp

コウさま

ありがとうございます。

返信が遅れてすみませんでした。コロナの疑いでPCR検査を受けたりバタバタしておりました。陰性の結果が出てほっとしました。

ご意見、参考にさせていただきます。

ありがとうございました。

もんじゃ
KD111239164217.au-net.ne.jp

5150さま

ありがとうございます。

礼奈の行動については、そうですね、今回の方がより噛み砕けたように感じています。主人公の切実さについては、何か変わってしまっただろうか、書き手でもあるこの読み手には気が付けない変化であるようです。

ご感想、参考にさせていただきます。

ありがとうございました。

カルナック
softbank126163149126.bbtec.net

エピローグ部分をカットしたことで、エンディングに惹きが出たように感じる。しかしそのぶん、礼奈がモデルになったという一文が付け足しのように感じられた。礼奈のその後は、読者が(わたくしも)当然気にする要素だろうから、あと少しだけ補足してほしい。主人公はその事実をどう思ったのか、なにも思わなかったのか。

主人公と礼奈が黒潮のまちにいたときの、海に潜るシーン。前稿でじつは気になっていたのが、礼奈の足もとに転がしたサザエの行方だった。今回、それがわかったのでなにやらすっきりしたし、納得した。

礼奈が東京にいたときの体験が描かれたので、彼女の行動原理(悲痛でリアルな)がより明確になった。でもその一方、広田の浅はかな白状っぷりに疑問を持った。酔った勢いで自慢げにしゃべって、噂が広まって、主人公の殺さんばかりの迫力と暴力にさらされたとしても。自分のキャリアや人生をぶち壊す事実。こういう下卑た人物は、もっとシラを切るなりして醜い往生際を見せるのではないだろうか。

彼らが学校を去り、主人公が学校に戻ったとき、俊二はどんな目をして主人公を迎えたのだろう。彼もまた、礼奈に惹かれていたのだろうし。

終盤の、

それは遠い日の何かに似ていた。

と、とじる段落でやや涙腺にきた。主人公だけでなく、礼奈も一緒に、ツワブキのような娘によって海のまんまに戻れたみたいだった。


なぜタンポポからツワブキにかわったのか、理由が知りたいような気がします。訊かずともわかるようにも感じます。読めてよかったです。
暫定とはいえ決定稿に、色々文句をつけてすみません。

もんじゃ
KD111239164193.au-net.ne.jp

カルナックさま

ありがとうございます。

丁寧に読んでいただきとても感謝しています。そして非常に的確なご指摘をいただき、唸るレベルで感嘆いたしました。

>礼奈がモデルになったという一文が付け足しのように感じられた。礼奈のその後は、読者が(わたくしも)当然気にする要素だろうから、あと少しだけ補足してほしい。主人公はその事実をどう思ったのか、なにも思わなかったのか。

他の方からもご指摘をいただいている部分ですが、時間を掛けて十分に検討させていただく所存であります。
「礼奈がモデルになっていた」というこの事実は、拙作において非常に重大なグラビティを帯びています。
この一文を書いたとき、書き手には打算や目論見や作為が何もありませんでした。無意識のレベルで、あの箇所に、あのような端的さで、すっと差し込んだ一文でありました。
今になって分析的に、自問的にこれを考えてみると、
・礼奈は体を売った。なぜか? 主人公の目に、主人公が「綺麗だ」と感じる自分の姿を焼き付けたかったからだ。なぜ体を売ってまで? 十七の春に無理矢理処女を奪われていたからである。誰に、どのように、かは読み手の想像に任せたい。ともあれ礼奈は自らを「汚れている」と感じていた。だからこそ主人公の「綺麗だ」という言葉を切実に浴びたかった。彼女の性格は弱くない。黒潮の町にやって来て、主人公に出会い、彼の憧れに照らされながら、一つには主人公のピンクのイルカっぷり、即ち「狭さ」や「純朴さ」を慈しみ、今一つには自らの「外的な美しさ」に自分の存在価値を見出だし、その魅力を主人公に対して遺憾なく発揮してゆく。彼女は彼に照らされながら、したたかに、自身をプロデュースしてもいたわけだ。彼女は広い。主人公は憧れの礼奈の現実を知り、傷付き、ションベンを引っ掻けた。彼は狭い。その後十五年にわたり女を愛せなくなった。真面目に高校に通い、乖離したような気分で漠然と東京に出たのであろうが、「溺れんなよ」と礼奈に言われていたのに、もがいたにも関わらずしっかり溺れて、メスの家を転々として過ごすに至る。だが、時、というものは治療的に働く。メスの内の一人に、書く仕事を手伝わせてもらうことになる。さして立派な形態ではないにせよ、彼の、社会化らしき転向を、これもさらりと、長い年月を傍観する筆致のただ中において書き記した。劇中のそのときだ。まさにその時点で主人公は、おそらくは執筆先の雑誌の記事でだかなんだかで知ったのだ。「礼奈がモデルで活躍している」というファクトを。かつての事件に傷付き、それを引き摺り、どうにも飛べずにいた主人公との対比で、鮮やかに、したたかに、傷をものともせず(かどうかは、主観的なところは無論わからない。礼奈なりに葛藤を克服してのことではあろうが、しかしそれでも!)礼奈は、自らの「美しさ」を、主人公の少年の、「綺麗だ」により照らされ、ションベンにより清められた、その存在価値を、広田ごときに安くではなく、広く大衆に高値で買っていただくに至ったのだ。というような顛末について、主人公には無自覚でいてほしい。読み手には想像していただくにせよ、主人公には、その点について乖離をしていてほしい。礼奈の活躍を、主人公は、ただ事実として、傍観的に認知したに過ぎない。その事実に対しての「感想」は、彼の、とても深いところにあるのであって、彼はそこに行き着けない。礼奈に対して「おめでとう」と感じられるほどに傷は癒えていないし、美しさを売るという行為にさらに傷付いたり、あるいは自らの不甲斐なさを自覚し直したりするほどには彼はまだ事件を相対化できていない。「レイナガモデルニナッテイタ」と認知しただけで、それ以上に彼は何も思わなかった。主人公の気持ちを、書き手が読み手に隠しているのではない。主人公は実際に何も思わなかったのだ。その時点では。その時点において彼はもう、少なくとも意識の上では礼奈をシンプルには好きじゃなかったし、嫌いでもなかったし、ただ怖かった、遠ざかっていたかった、女性性なるものから、男性性を呑み込む「太母」のごとき存在から。したたかな本性に呑まれたままの彼は、それを逆に抱き留めてやることができずにいる。礼奈は、彼にとって鬼門であり、避けなくてはならないイーブルマターなのであった。だから彼は「礼奈がモデルになっていた」というシンプルな事実について何も反応しない。傍観的な筆致は、拙作内で非常に重大なウェイトを持っているはずのそのファクトを、さりげなく、ただ一文で、そっけなく「さする」だけなのだ。でも、だからこそ、その一文は浮き、目立ち、ゆえに読み手に注意を喚起する。あれ? と読み手は感じつつ、しかし、傍観的に奔流する筆致に流されて、おそらくは十分に立ち止まることなく、主人公の乖離に似た気持ちで先を読まされるしかない。読み終えてからも、「礼奈はモデルになっていた」という事実が、いくらか宙ぶらりんのまま読み手の中に留まっているのではないか。
――以上のようなことになるかと。これは物語の書き手としての彼による分析では無論なく、物語の読み手としてのもんじゃの分析なのでありますが。
それでいい、ともんじゃは思うのであります。人魚の心の内は語られず、人魚の物語は人魚のものであってよい、と思うのであります。したたか、だとか、生きる、だとか、自然、だとか、それゆえの美しさ、だとか、清濁併呑のリアリティ、みたいなことについてを、黒潮が象徴する時のリズムに助けられつつ交わした、家出少女との水中散歩に似た交わりの向こうに、主人公や、読み手が、感じられる範囲で感じられたら、それ以上には噛み砕く必要も、付け足す必要もないように、今、暫定的に、もんじゃは感じています。以上分析的に省みてみましたが、そんなふうに感じているので、礼奈がモデルになった、という事実に対しての主人公の反応は、カルナックさんのご指摘を重大に捉えつつ、敢えて書き直さない所存でいます。しかし、ご指摘いただいた箇所、そこへの「?」を、大変肯定的に受けとめさせていただきました。ありがとうございます。

つづきます。

もんじゃ
KD111239164193.au-net.ne.jp

カルナックさま

つづきました。

>足もとに転がしたサザエの行方だった。

書き手も、推敲の段階で気が付き、あの三個のサザエはどうなったんだっけ? と慌てた次第。丁寧に読んでくださり、ありがとうございます。

>広田の浅はかな白状っぷりに疑問を持った。酔った勢いで自慢げにしゃべって、噂が広まって、主人公の殺さんばかりの迫力と暴力にさらされたとしても。自分のキャリアや人生をぶち壊す事実。こういう下卑た人物は、もっとシラを切るなりして醜い往生際を見せるのではないだろうか。

これは、他の方からのご指摘にも照らしていただいた箇所なのですが、そうですね、広田というキャラにリアリティがないかもしれません。よくよく検討し直します。
この話は、水深二百メートルではなく、水深二メートルの浅瀬の話では確かにあります。けれども、海も、黒潮も、回遊魚も、クラゲも、メタファであり、かつ、礼奈も、広田も、メタファなのであります。
礼奈は「お礼」と「綺麗な」のもじりでありますが、広田は毒クラゲを表しつつも、一方で「広さ」に通じる意味を背負った名前でそこにいます。大人の奥行きのようなものを主人公ですらだに、いくらかは広田に感じているふしがあります。夏休み最後の海で主人公は、「クラゲも大変なんだな」と悟るように思っていますが、礼奈という熱帯魚に食われるクラゲの「自然」が、海の広さを表しているように、書きながら書き手も感じていました。広田はステレオタイプな悪漢じゃない。JKといたしたいだけの助平親父じゃない。そういう卑劣な大人である、という捉え方も一面の真実ではあるけれど、俊二が「案外いいヤツなのかもしんねえな」と言い、「浜には根っからの悪党はいねえ」って主人公が応えているとおり、広田は、おそらく悪ではない。食われたのは広田であり、礼奈を、ある意味救ったのは広田であり、教職を失う自然もまた広田の自然であり、主人公の少年から見た「いずれは俺もそうなんのか」という「大人」は、善でも悪でもない、まんまの自然として、愚かな罪を犯し、またその罰を受けるのでありました。クラゲはクラゲであり、一面から見たら悪だけど、海での相関を保つインテグラルな存在でもあり、広田は、そんな広さを、クラゲっぷりを象徴しているのであります。だから広田の弱さと善良さを損ねるほどの醜さをあまり書き足したくなくは思います、それが水深二メートルのリアリティを損ねることになっても、いくらか寓話の匂いを醸してしまうにしても。広田は「浅い人間」であり「広い自然」なのであります。と、現状では、この書き手は感じています。
しかし、広田というステレオタイプがとりそうな行動パターンが「シラの切り通し」であることはすんなり理解できます。この点について、広田が象徴しているものを崩さない範囲でリアリティを持たせる方法がないか、今後十分に精査いたします。
読み手が違和感を覚える箇所であること、教えてくださりありがとうございます。

>彼らが学校を去り、主人公が学校に戻ったとき、俊二はどんな目をして主人公を迎えたのだろう。彼もまた、礼奈に惹かれていたのだろうし。

なるほど。俊二の心。
主人公以外の人物造形に深みがないのかもしれませんね。礼奈にも、広田にも、俊二にも。
これは、この筆の、とりわけ一人称視点の小説の、致命的な欠陥かもしれません。今、気が付きました。
俊二は、ガキである、という、主人公からの目線により規定された、反射板に過ぎない、くらいの気持ちでおりました。
主人公と礼奈がくっついて、俊二は傷付いたでありましょう。礼奈の、よからぬ噂を耳にして、慌て、しかし主人公からの詰問にも、拷問を受けるまで口を割らなかった俊二は、礼奈に対しても主人公に対しても優しいヤツです。
県の西から流れてきた転校生であるらしい俊二にも俊二の物語があるのでありましょう。
親友であったのであろう主人公が停学になり、広田が教職を追われ、礼奈が予定より早く逃げるように東京に帰ったあと、俊二はいろんな思いを抱いたに違いありません。三人称の話なら、ここを書かんでどうするか、な箇所でありましょう。
主人公による傍観的な語りにより、俊二のことをさらりと、礼奈のモデル案件ほどには乖離させず、真っ直ぐに、親友の気持ちを抱き留める形で語らせることにいたします。単なる反射板じゃなくて俊二も人間なんだ、って優しさを、この書き手が意識してやらなきゃ駄目ですね。
非常に勉強になりました。

>なぜタンポポからツワブキにかわったのか、理由が知りたい

タンポポっていいよな、って最初思ったんです。礼奈の浴衣の差し色だし、蒲公英ってのは、苦しみを和らげたり、幸せの到来を告げたりする意味のある花らしいから。
でも、ちょっと考えたら「タンポポが生えていていい場所じゃない」っていうのは違うような気がしてきたのです。
コールガールがちらほら立ってるみたいなガード下、そんな場所のアスファルトを突き抜けてでもしたたかに咲くのがタンポポじゃなかったっけ、と。都会のガード下にこそタンポポは咲いてておかしくない花なんじゃないかと。むしろ礼奈みたいかな、と。だから黄色くて、礼奈と親和性があり、なおかつ、タンポポほどにはしたたかでない花、と考えて、海辺の断崖にこそ咲き、風を受けなお凛と沖を見詰めるツワブキの花を、都会じゃ咲けない、ガード下の喧騒からは守ってやらなきゃならない、主人公の故郷の花を、家出娘の象徴に設定し直したのでありました。タンポポほどにはメジャーじゃないから、ツワブキを知らない読者も多かろうとは思うので、ツワブキってなんやねん? とそこもまた浮いちゃうだろうけれど、調べたら、おお、黒潮の町の象徴かいな、と、わかっていただけるし、調べなくとも、いつか偶然その花を知ったとき、あ、これがツワブキか、と思っていただけたらいいなと、折り紙を箪笥に紛れ込ませるような気持ちでツワブキの採用に至りました。

ともあれ、大変参考になるご指摘に偽りなく深く感謝しています。俊二の箇所はすぐに訂正し、広田の箇所とモデルの箇所については十分な検討を重ねる所存であります。キャラを、「人として」もっと慈しむべし、みたいな気付きは、今後ものを書いてゆく上で大切な星明かりにさせていただきたく思っています。象徴という骨ばかりを書いてきた昨今なので、現実という肉を久しぶりに書き、その書き方を忘れてしまっていることに気付かせていただいた次第。目に見えないものと同じくらい、目に見えるものを見詰めなきゃ、と、これは自分の生き方についても思い至りました。主人公のそれだけでなく、全ての登場人物の「心情」を慮ってやれる余裕が持てたら、と思います。万華鏡の模様ばかりに気を取られていると、体温にも似た優しさを忘れてしまいがちになるようです。両立させるよう、各種を、温故知新的に統合し、今後の中心点を定めてゆきたく思っています。

読んでくださり、ありがとうございました。

でんでんむし
p0163482-vcngn.ttri.nt.ngn.ppp.ocn.ne.jp

こんにちは。読ませて頂きました。
とてもよかったです。まさに一気読みでした。
私は山の育ちなので、海の話は基本、好きです。それもあって、楽しい読書体験になりました。カツオノエボシとかアンドンクラゲとか、目の前に見えるようでした。すごいです。

で、終わるわけには、さすがにいけないので、読みながら感じたことを少しだけ書かせて頂きます。あくまで個人の意見です。

(汚れてた)街から、田舎の海辺に転校生がきます。さほど遠くはないですが、一応転校生。それが美女。
田舎の話は、こうこなくちゃいけませんね。若者向けのホラーだって、たいていは転校生が田舎に来て、田舎を掻きまわすことになります。読者は、わくわくです。
美女で都会からの転校生、あるいはその逆というのは、今は知りませんが、大正とか昭和初期の作家がよく書いていたような気がします。掘辰雄なんかにも名作があったはずですね。

そして幸運にも、海で彼女と泳ぎます。海の底では、魚が乱舞している感じでしょうか。この部分には素直に羨ましくて、涙がでそうでした。山では踊る。美しい生き物はいませんから。

しかも彼女はタメグチをきくし、命令さえする。生意気ですね。こういう年上風なのが、高校時代の男には魅力です。よその国の映画に、年上の女性に憧れる名作ってたくさんありますが、こうでなくちゃ。
実際は別としても、物語の中のかっこいい女は生意気でなくちゃ話になりません。男にとって、こういう女はとても魅力的です。三つ指つくような女では主役を張れません。
若い人向けの映画の中では、ヒロインはたいてい、こんな感じで走ってますね。

なので、濡れたままの下着を着る彼女、最高でした。いかにも、「犯し難く神聖な女」という感じですね。こういう女と高校時代に出会えた人は幸せですね。私にはいなかった。
しかも文体が、何というのか、「おれ」調ですね。私も書いたことありますが、おれ、でいくと、実に文が進むのです。調子よくどんどん書ける。主人公の躍動的な気持ちが、こちらにうつるようでした。
そして御作の主人公は、言葉が豊かだから、ますます彼女がかっこよく見えます。
私は震えました。文学賞楽勝じゃないかと思いました。
若い男の願望のスケッチといっていいか。物語にはまだなっていないような気がしますが、風景画としては掛け値なしに最高でした。

白い服をふわりと着た礼奈、これも実にかっこよくて、ルノアールの絵と重なりました。

で、期待まんまんに二章というべき、祭部分に入りました。
始めに射的とか、彼女がくるまでの友だちとの場面が入ります。さほど長くはないですが、長いし、平凡に感じました。海の場面が強烈すぎたからでしょうか。
そして浴衣の彼女が来る。
ここもいいのです。でも、私は一章に目が眩んだままでしたので、何かすっと通りすぎて行った感じでした。つまり繰り返し感があったのです。物語が停滞した感じでしょうか。
よくできていますし、彼女も素敵ですし、描写とかも文句ないです。でも、一章がすごすぎた。

なんか、父親に、半島を出る、まででよかったのじゃないかと思ったりしました。

そして三章みたいな、リアルな話が出てくる。物語にしようとすれば、こういう結果になるかもしれませんが、ここからは好き嫌いになるかもしれないですね。

私は、少々がっかりしました。何か暗示する程度でよかったのでは。
そういうことは別にしても、ここで頷けなかった点が二つあります。
一つは、広田、いくら何でも、昔の話だとしてもこれはないのではないでしょうか。仮に実際にあったとしても、物語としてのリアルでは、ありえません。
教育委員会の男とか、臨時採用の教師とかなら、まあ、渋々は納得できますが、確か教頭じゃなかったでしょうか。今探そうとしたのですが、場所がわからないので、もし平教師ならごめんなさい。でも、それでも納得できません。

それともう一つは、マドンナもそうですし、ガード下、今も東京ってこんな感じでしょうか、そのガード下で出会った、いかにも青森から上野駅に来たような娘、実際は伊豆半島ですが、その女のいう「あたしを買って下さい」という言葉。
えっと、ひっくり返る思いでした。
思い出話だとしても、実際こんなことをいうのでしょうか。
遊ばない、とかじゃないのかな。田村泰次郎の肉体の門なんかでは何といっているのだろう。
それとも、それは御承知の上で、高校生と娘だから、私を買って、なのだろうか。うぶさを見せたくて、こういう誘いの言葉にされたのか。
でも、そうだとしても、違和感がありました。

と書きましたが、とにかくよかったです。
最後にどうでもいいことですが、アーモンドみたいな目、って、馬のことですか。英語の常套句にアーモンドみたいな目ってありますが、きっと馬の名前のような^^
失礼しました。

でんでんむし
p0163482-vcngn.ttri.nt.ngn.ppp.ocn.ne.jp

すみません、みっともないことに、再訪です。
礼奈がモデルになっていた件ですが、私にはすっと絵が浮かびました。昭和の電灯が、やけに赤っぽい光を投げる、さびしげな階段を、ゆっくり昇っていく絵でした。
モデルといってもいろいろあるので、どのようなのかしれませんが、私にはいい感じの絵が浮かんで、ほっとしました。
礼奈が実は野垂れ死にしていたなんていうリアルは、個人的には受け付けたくないですね。すみません、わがままな感想ばかりで。
なお、私はエンタメ志向の人間ですので、いろいろ間違った感想かもしれませんが、よかったので書かせていただきました。

もんじゃ
KD111239164193.au-net.ne.jp

でんでんむしさま

ありがとうございます。

起承転結でいうなら、起承までは鮮やかだったけど、転結にはリアリティがなかった、というようなご指摘でありましょうか。
だとすると、描写は○、筋が×、ということかもしれませんね。参考にさせていただきます。

ありがとうございました。

アリアドネの糸
dhcp.nipne.ro

もんじゃさま

 拝読しました。

 「ふゆみかん」という作品や、あとは、タイトルは忘れちゃったけれど、職安で怪しい職を紹介されて故郷のなじみと会って云々の小説の共通テーマであった、母体回帰、みたいなものが底流にあるのかなと思いました。
 ただ、御作の場合、海面を描くことで海底の二重写しにして、母体回帰なるテーゼを意識し釣り上げて描くという感じはなくて、母体回帰なるテーマを、モチーフとして扱ってあくまで地上階での響きを中心に考えて書かれている、とかそんな印象がありました。そういえば、「ふゆみかん」と対のお話でしたね。あれは結局は地下階に響かせて梯子を降りていくお話で、こっちは響きの方が地下階から登ってくるお話、とかそんな感じ。同じ底流を持ちながら、ベクトルがまったく正反対なのかも、とかそんなふうに思いました。最も、こんなふうに単純な図式で説明できるもんではないので、雑に書くならば、ってことなんだけど。


 個々の文章は端的で短く、読んでいて一息でつるつると飲み込めるように作られてますね。まず、タンタンタン、て感じで単純にリズムがよい。「異郷に帰る」も、タタタ、というリズムでしたけれど、あっちは個々の表現が十二単みたいにゴテゴテとした無形の背景をまとっていたのに対して、こっちは随分軽い感じ。軽くするためには冗長な文章は書けないし、かといって響かせる工夫は必要で、その文、レトリックや印象のコントラストだとか余韻だとかを駆使して、軽さを保ちながら効果的に響くようにしているように見受けられました。つるつる読めて軽いのだけど、重さを担う部分はその響きだけ残してきっぱりと地下階に置いてきた、みたいな割り切りがあるというか、うーん、うまく表現できないけれど。
 個人的に勉強になったのは、動きのある描写もうまいこと差し込んでいて(「連れてって」という作品でふんだんに使われていた技術なんだけれど)、ドラマとしても停滞感がないところ(アリアドネが書けていない要素なのでことさらに)。


 では、順を追って、良かったところや気になったところ。

 序盤の礼奈との海でのやりとりのところからぐぐっと引き込まれました。序盤で丁寧に開陳していった物語の細かな舞台設定や小物が非常に効果的に機能しているなと思いました。それに続く浴衣のくだりも、俺くんの思春期って感じでよかったです。しかし、その浴衣がアンナコトの伏線とは。。。

 広田に掴みかかった後の展開は、ちょっと気になりました。描写に勢いはあったけれど、混乱の中にいるはずと思われる俺くんが、「メロスのように」なんていうクールな語りをするものだろうか? 全体的にこの辺のレトリックの具合は、少しそぐわないなと思いながら読んでました。一人称視点でも、ここは、俺くんの心理状態が語りにかなーり侵食しているところなので、レトリック気取っている場合じゃなくない、って思ったわけです。同時に、このあたりは白眉のシーンでもあって、勢いがあってよかったのも事実。特に「チクショウ」と叫びながら礼奈を追いかけるシーンはこれもう圧巻でした。また、礼奈を海で捕まえてから「何かが弾ける」に至るまでのところは、物語の展開がよかった。礼奈と海で抱き合う流れかと思いきや、マジかよ、二人の心境のすれ違い(俺くんってば幼くてロマンチストで、なにより混乱でそれどころじゃないから、礼奈の気持ちの裏返しを読めなかったのが悲しい)もあって、二転三転したのもよかったです。ところで、俺くんがああいう行為に至ったのは、クラゲの毒にやられた気持ちになったからなのかな、「しょんべんでもかけとけ」って。

 これは最後まで読んで、それから感想を書く段になって、はじめて思い至ったことなんでけど、礼奈はクラゲなのかもしんない。小さいくせに強かだし、小魚(俺くん)を食べちゃうし、そもそもクラゲって海の月って書くから、海を照らす象徴でもあるし、海は母だしたしか、クラゲの中には不老不死のやつがいて、永劫回帰と母体回帰との重ね合わせにも見えなくはない。とこの辺はまた後ほど少し語ります。

つづきます。

アリアドネの糸
dhcp.nipne.ro

つづきです。

 広田が悪辣を白状する場面で、広田を「態度として」、悪人に描くというコントラストは鮮明だったけれど、不要なロールプレイって感じで、そこにそういう形でコントラストをつける必然性がそこまであったのかどうなのか? 小説内リアリティはリアルと違うから、そういうロールプレイが適切さを獲得することは多いのだけれども、ここはあまりしっくりこなかった。一方で、礼奈の口から語られる広田のゲス感は、全く逆で、こっちは正しく小説内リアリティなんだよなー。だから、リアルにいそうかどうかとは無関係に、コントラストをつけるタイミングとかそういうのがあると思ったワケ。

 それから、東京に出てからの結の部分はかなーり雑に感じました。「何かが弾けた」という転を、引き受けきれていないように思ったし、残りはダイジェストでお伝えしますっていうやりかたとの相性はどうだったのだろう? もちろん、幕引きとして、結をさらっと流すというのはクールでアリだと思うし、恐ろしいことにそうあることこそが正しい(後述します)のだから、このやり方自体を否定できないのだけど、多分、転までの部分で、俺くんが抱くはずの問題意識の部分で大きな質量を感じざるを得ないので、他でもない俺くんの語りでそういうふうには流せなくなった感じはある。

 あと「海はひれーんだ」なんていう、全編に渡って丁寧に伏線を貼っていた台詞だのに、なんていうか、ピロートークでの気取りやさんの発言の薄っぺらさに堕したような気がして、そこも残念。


 最後の少女について語ります。
 彼女が何者かなんてのはどうでもよくて、だって、たぶん、彼女はクラゲでしょ(断定)。クラゲは、海を照らしているわけだから、もう、ほぼ礼奈ってことでいいじゃん。まじまんじ。なんてお茶らけならが読んだわけではないのだけど。ええと、俺君は彼女を通して礼奈を見たという図式に見せかけて、礼奈を既に見ているんだよなと思った次第。同時に、礼奈だけじゃなくて、彼女を中心したありとあらゆるもの、故郷の黒潮の香りとか、ソラスズメダイだとかを、全部ひっくるめて、重ねて透かせて見せる多次元レントゲン。それを見せてすっと終わるという構図は、「異郷に還る」で書かれた影が現われた結の部分との見事な相似形になってるように思います。あらましをあらましとして書いて、還っていく。なんて難しいことを考えないまでに、こういう視点のあり方は、アリアドネはかなり好みです。ただ、事象の方が重すぎた。引き受けるべき重さを忘れたような、その透かしの多次元レントゲンの中立性がさらっと現われる、その連結に読んでいて戸惑うばかり。踊り子さんの脱ぎ方みたいな喩え話をしましたけど、同じような手順の問題があるかもしんない。わからんけど。


 ここからは20%ぐらいの確信度で思いつくままに書くのであんまり真に受けてほしくはないのですけれど、折角なので書きますと、御作は響きをつくるレトリックに満ちているんだけど、そのせいで、コントラストが案外無節操につき過ぎているところはある。かも。それと響きの色あいが独特(もんじゃ節と読んでます。勝手に)なので、そこが味わい深いと同時に、飛ばしてんなーと思ったりも、特にノリになれていない序盤の方。小説内リアリティの響きにまかせるとそういうメロディラインになっちゃうのは分かるのだけど、そうだね、喩えるならば、少女マンガに出てくる星の入った瞳の女の子は少女マンガ内では適切さを永劫確保続ける表現なんだけど、そんな目を見つめ続けられるとどきまぎして困っちゃうというか、少女マンガは箱庭の世界でリアルと対話しないからそれでOKなんだけど、それと同じやり方を、語るという方式をとる、活字表現で徹底することの薬と毒とを思ったりします。これは逆にいえば、小説内物語に浸れるってことの裏返しでもあって、圧倒的充実感につながることなので、ほんとにぜんぜんわかんないのだけど、あえて残すならば、個々のレトリックの響きの向かう先と反響範囲みたいなものをもう一段精度を上げて考えて押さえたりハネたりするのも一興かも。言うは易し行うは難しです。こればっかは。

 最後に率直な感想。面白かったです。

もんじゃ
KD111239165045.au-net.ne.jp

アリアドネの糸さま

ありがとうございます。

>「ふゆみかん」という作品や、あとは、タイトルは忘れちゃったけれど、職安で怪しい職を紹介されて故郷のなじみと会って云々の小説の共通テーマであった、母体回帰、みたいなものが底流にあるのかなと思いました。

まさに。太母の話でありますです。呑み込む女性性の話。でも、今回はついにそれを統合しています。

>あくまで地上階での響きを中心に考えて書かれている

水深二百メートルにある模様を、潜って描きにゆくのが日頃書いておりますスタイルでありまして、今回のこれは、水深二メートルの浅瀬をそのままスケッチして終わり。だけど、遠目から見たら、なんだよ、これって水深二百メートルのあれの相似形なんじゃん? みたいにしてみたかった。
目に見えないものを書いている日頃の筆を逆さまに握って、目に見えるものを書くことで目に見えないものを表してみたのであります。そんな劇中であります。ですので、

>「ふゆみかん」と対のお話でしたね。あれは結局は地下階に響かせて梯子を降りていくお話で、こっちは響きの方が地下階から登ってくるお話、とかそんな感じ。

と、おっしゃっていただいたようなことになっているのでありました。

>個々の文章は端的で短く、読んでいて一息でつるつると飲み込めるように作られてますね。まず、タンタンタン、て感じで単純にリズムがよい。「異郷に帰る」も、タタタ、というリズムでしたけれど

上手い文章ではありません。でも、まっとうな日本語であるように書きました。異境のタタタは、非人間的なリズムを刻みたかったタタタで、今作のタンタンタンは、武骨な男の飾らないタンタンタンを刻みたかったのでありました。どちらもリズミカルだけどメロディカルじゃない。『連れてって』なんかはリズミカルにしてメロディカルな、それでいてウクレレちっくに軽いスタイル、でも今回のはブッキラボウにして純然なるブツギリスタイルで、メロディラインなんてのはないのであります。浜育ちで学のない語り手が、齢四十か五十になりし頃、ライター稼業で身に付けたささやかな文章力で、己の十五歳と三十歳を振り返って記した文章、そういう設定なのでありました。

>広田に掴みかかった後の展開は、ちょっと気になりました。描写に勢いはあったけれど、混乱の中にいるはずと思われる俺くんが、「メロスのように」なんていうクールな語りをするものだろうか?

メロスは、どうしようか、と実は迷い、しかし、どどんと真っ直ぐぶちこみました。十五歳の俺は、勉強ができずに毎週竹刀で叩かれていた俺で、三十歳の俺は、拾ってくれた編集者♀に文章修行をさせられたあとのゴロツキライターかなんかの俺で、それを思い出してこれを書いている俺(ラブホテルでの夜を、三十歳かそこらになった頃、と回想している俺)は齢四十か五十の、おそらくは妻子を持ち、たいして価値のない文章を書き、たいして豊かではない暮らしをなんとか維持している俺で、さて、十五歳の俺の疾走場面に憑依しながら中年男である俺は、メロスを、どのようなメロスとして捉えているのだろうか、と、もんじゃは考えました。教科書で読まされたあのメロスか、アパートの隣の図書館で♀に読まされた文庫本でのメロスか、はたまた書斎の本棚に並ぶ全集の内におさまるメロスか。どれでもいい。しかしメロスなら、十五歳の少年にも、三十歳の独身にも、四十五歳の家長にも、年齢や立場を貫いて体感され得る「疾走」の代名詞ではないだろか、そう思い、メロスを堂々とタイピングしてやりました。冷静に、ブンガク的な喩えとしてメロスをガキが気取ったんじゃない。俺の中に、俺たちを貫いて、「疾走」の代名詞として、血を沸騰させながら走るメロスがいるのだ、そう思ってのチョイスでありますれば、メロスは書き直すまい、と思うのであります。しかし、ご指摘ありがとうございました。

つづきます。

もんじゃ
KD111239165045.au-net.ne.jp

アリアドネの糸さま

つづきました。

>ここは、俺くんの心理状態が語りにかなーり侵食しているところなので、レトリック気取っている場合じゃなくない、って思ったわけです。

なるほど。
『連れてって』、あれは十代の終わりを、老いた男が振り返り、妻に語って聞かせる四十枚でありましたよね。
現在を俺、過去をオレ、また現在を俺、で語っているのですが、俺はオレに、ほとんど憑依していません。かつてオレであったところの自身を彼のように見詰めて、遠くから淡々と語っている感じでありました。
だから書かれている言葉たちは、若返ったつもりのおじいちゃんトークなんですよね、実に。
で、今作はどうか。やはり結構な年寄りが書いている。年齢に似合わないピュアさを感じさせはするけど十五歳の筆じゃない(対するに『ふゆみかん』は十五歳の語彙で書いていますが)。ってことは『海のまんま』も全編回想なんであります。『ふゆみかん』とは違う。
そうであるとしたら、今作の筆は、シーンに対してどこまでシンクロすべきなのだろうか。これは書きながら常に考えていたことです。武骨には書きたい。純粋さも強調したい。しかし書き手は十五歳じゃないし、つまりこれはカギカッコに入った「小説」ではない。『ふゆみかん』みたいな作られし「小説」ではない。「小説として書かれたところの小説」なんであります。マトリョーシカ大の一つ内側のマトリョーシカ小なんであります。
だけど、あの疾走シーンは、タンタンタンってなリズムじゃなくて、もっとビートを切迫させたい。じじいの語りにしたくない。十五歳のガキにシンクロさせたい。させるべきだ。
その点でまさにアリアドネの糸さんのご指摘のとおりなんです。あのシーンは四十五歳の飛び込み台から十五歳のプールに向けてダイブすべき、そのとおり。
と、思いながらも、しかし、これは「小説」ではない、「小説内小説内小説くらいの位置付け」である。読み手には、いずれは、三十歳のラブホを遠くから眺める視点に目覚めていただかなくてはならない。でないと、読み手は、家出娘を、すなわち礼奈を、故郷の海を抱き留めてやれないだろう、って思うんです。
だからシンクロ率は百じゃ駄目で、八十あたりに調整しなきゃいけない。心臓ばっくばくのあのシーンにおいても、綱の先っちょはシーンの外に通じていないといけない。
拙作は、舞台演劇みたいなもんであります。かきわりが見えながら、しかし観客は芝居を楽しむ。作り物の構図を楽しむ。善悪や、明暗や、広さと狭さや、そんなわかりやすい、デジタルな割り切りを、配置として、眺め、その作り物を作り物として認知したまま、その構図の向こうに作り物ではない模様を、演劇を抱き留めている舞台そのものというリアリティを鑑賞していただかなくてはならない(拙作は善悪を、明暗を、広さと狭さを書いているけど、善悪のなさを、明暗のなさを、広さも狭さもないさまを表している)。
拙作がテレビドラマ的ではなく、舞台演劇的なのはそういうことなんだろうな、って思うんです。
書かれてる中身は嘘八百なんだけど書いてるありさまには一片の嘘もない。ほんとうにして本当のホンモノなんであります。『連れてって』のホンモノとは違う意味でのホンモノだけど、『海のまんま』もかなりまんまなホンモノなんです。
役者は、シーンを演じている役者、を、実は演じている(蒲田行進曲であります)。だから読み手には、シーンに対して、独特の覚め方をしていただいていなくてはならない。どこかに嘘っぽさ、演劇くささを漂わせていなくては、拙作は、駄目なのでありました、蒲田行進曲がそうであるように。

つづきます。

もんじゃ
KD111239164207.au-net.ne.jp

アリアドネの糸さま

つづきました。

>礼奈はクラゲなのかもしんない。小さいくせに強かだし、小魚(俺くん)を食べちゃうし

おお。
と思いましたね。
二人目です、これを指摘してくださったのは。
文才のある友人に、拙作をメールで送って読んでもらったんですよ。
そしたら彼も、礼奈をクラゲと読んだ、っていうんです。
信頼できる読み手二人からそう言われちゃうと、いや、違います! って言えなくなりそうな書き手がここにいます。
友人に対しての返信を以下にそのまま転載しちゃいますね。そのほうが手っとり早そうだから。

・書き手の読み方と90%重なる読み方をしていただいたようです。
食い違う10%についてだけど、書き手は、礼奈を、クラゲとは感じていなくて回遊魚だと感じていました。イシダイの幼魚がミズクラゲを「食っている」場面を主人公は夏休み最後の海で目の当たりにして、したたかだな、と嬉しく思いつつ、同時に怖くも思う。これは礼奈の在り方を予兆させる描写で、広田というクラゲ教頭に刺された礼奈(と主人公は受け止めているけど、礼奈からしたらクラゲオヤジを食ってやったと思っているのかもしれない)のキズに主人公はションベンを引っ掛けた。で、彼ったら十五年、女を愛せないままメスとやりまくっていた……(やれやれ)。
そんなすさんだ自分の元に表れた回遊魚(巡り戻ってきた礼奈の化身)のような家出娘を、礼奈との海中散歩を思わせる抱き方で抱きながら彼は、深いところで礼奈に「綺麗?」と尋ねられる。主人公は、かつてのあの海を、岩場の輝きを、ソラスズメダイの青さと黄色さを思い、眼下で乱れている家出娘の「女の顔」を礼奈の顔にダブらせつつ、全部ひっくるめて「お前は綺麗だ」と言ってやる、……やれた。言ってやることで、礼奈というオンナに呑み込まれていた(礼奈はしたたかにもモデルになって活躍しているのに彼はやさぐれたままでいた)己を回復し、家出娘及びかつての礼奈を包容し、腕の中で肯定してやる。肯定してやることにより彼は、彼自身をも受け入れ、冒頭に戻り、「プラスティックの指輪(純粋なる愛情)をまたさがしてみよう」と思うに至る……と、一読み手としてはあれをそう読んだのでありました。少年は東京の象徴みたいな礼奈に憧れ、礼奈を好きに思い、思ったからこそ、そんな礼奈が性的にしたたかであることにショックを受け、傷付き、平たくいうなら女性不信に陥り、自らを傷付け続けてきたのですが、十五年の時と経験が彼を癒し、彼を育て、回遊してきた売春者を今度はその寛さで受け止めてやり、それにより自らも再スタートを切れそうに思えた、と読んだのでありました。
礼奈をクラゲと読んだ○○さんの方が、いくらか女性性への厳しい視点をお持ちであるかと僕には感じられましたが、読み方を教えていただき参考になりました。

>クラゲって海の月って書くから

実は、書いててこれは、強く思いました。月ってやつに女性性を重ねることはモンジャイズムの基本のきでありますから。しかし、拙作では、クラゲをメタったのは広田と小杉でありまして、礼奈と家出娘は回遊魚なんです。ひと夏で死ぬ、しかしまた別の夏にまた回遊してくる死滅回遊魚。黒潮のある限り彼女たちは永遠なんです。そんな彼女たちを、女性性という海が、善も悪も光りも闇も呑み込むぺトロのごとき穴が包み込んでいる。そのような海に俺は抱かれ、憩い、楽しみ、呑まれて、呑み干されて、完膚なきまでに損なわれ、しかし時が、巡り来る時が、俺を変えてゆく、育ててゆく、あうふへーべんに導いてゆく。海に、女性性に対峙して俺は、背中を向けずに正面から抱き合い、これを統合し、すなわち海と抱き合い、海を抱き留め、海と溶け合い、海を許し、海を癒し、それにより海に許され、海に癒され、海のまんまになる。海の餌みたいな掛け詞でもあるのです、海のまんま。しかし呑まれて終わらんわけです。エヴァみたいなもんです。中から突き破るように再生して俺は、逆に母なる海を、滅びに至る永遠を、その腕で、しっかり受け止めてやるのです。家出娘と海中散歩をしながら俺は海の息吹に耳を傾け、海の気持ちを知り、それを全肯定して抱き尽くすのであります。

つづきます。

もんじゃ
KD111239165064.au-net.ne.jp

アリアドネの糸さま

つづきました。

>広田が悪辣を白状する場面で、広田を「態度として」、悪人に描くというコントラストは鮮明だったけれど、不要なロールプレイって感じで、そこにそういう形でコントラストをつける必然性がそこまであったのかどうなのか?

ここは、明暗のコントラストが鮮やか過ぎる、つまり善悪きっかり、ウルトラマン対バルタンになりすぎている、ってご指摘でありましょうか(V)oo(V)ふぉっふぉっふぉっ
少し前でも書いたけど、拙作はテレビドラマじゃなくて、演劇らいくなんであります。
かきわりも配役も見え見えだし、ベタだし、構図的だし、わかりやすく、いかにもなんであります。夏祭り、浴衣、プラスティックの指輪、都会から来た年上の美女、どんだけお約束だよ、って話でありますです。
カエル人間の話や、『ふゆみかん』みたいな、善悪明暗長短のはっきりしない、ビームが天地左右に乱反射しまくる話じゃありません。キャラも構図もレトリックも「わかりやすく」を第一義に考えて開き直ったつもりで書きました。らしくないことこの上ないんだけど。しかし書き上げてみて、わりと自画自賛であったりします。舞台演劇の舞台そのものに嘘がないって思えるからであります。
広田はステレオタイプな悪じゃありません。
硫酸や塩酸が自然界に許された化学式であるのと同じです。
悪代官でござい、って配役をしっかり演じさせられているところのクラゲであります。
「浜に根っからの悪党は居ねえ」ってことであります。
礼奈に喰われた広田は礼奈を救った月であります。月に照らされて浴衣は輝いたんだから。震える月は、善なる愚かさにより善なる罪を犯し、善なる罪で善なる罰をただ受けるのであります、憐れな人間として。
そうでしょう、舞台全体を見渡せばわかるように、広田という配役は実にいい味を出してくれています。ステレオタイプな悪を演じてくれた広田は、演じている自分をよく演じてくれたナイスキャストであります。

>小説内リアリティはリアルと違うから、そういうロールプレイが適切さを獲得することは多いのだけれども、ここはあまりしっくりこなかった。

しっくりこないからこそ、終章の窓のない部屋で、海全体に目覚めることができるのでありましょう?

>一方で、礼奈の口から語られる広田のゲス感は、全く逆で、こっちは正しく小説内リアリティなんだよなー。

んー。あそこもかなり芝居掛かってる気もいたしますが。

>東京に出てからの結の部分はかなーり雑に感じました。「何かが弾けた」という転を、引き受けきれていないように思ったし、残りはダイジェストでお伝えしますっていうやりかたとの相性はどうだったのだろう?

ご指摘、参考にさせていただきます。しかし、その上で、1ミリも直しません。
黒潮の町こそが演じられていた物語であり、駆け足で傍観した十五年は「時」のリアルで、実はあそこで書かれたパーツたちにこそ舞台そのものを構築する意味が付与されていて、その勢いのままにたどり着きしラブホテルこそが『海のまんま』の、回想されているところの、真に重大なるリアルタイムなわけであります。時としては三十歳が大事。
しかし、色は、そこにある絵画は、十五歳の夏であります。頁を割いて書きました黒潮の町の空であり、岩場であり、海辺であり、海中であり、命であり、きらきらなんであります。
結という場所には書かれていない、圧倒的な眩しさを、「回想するように」読んでいただきたいのです。きらきらの海を思い出しながら読み手にはラブホテルのベッドに潜っていただきたいのです。
でないと、俺は、礼奈を、海を、抱き留めてやれないから。
時間の流れは変えなくてはいけない。
夢の中を流れる時間と、夢の外を流れる時間は同じであってはいけないし、地続きであってもいけない。

つづきます。

もんじゃ
KD111239165086.au-net.ne.jp

アリアドネの糸さま

つづきました。

>あと「海はひれーんだ」なんていう、全編に渡って丁寧に伏線を貼っていた台詞だのに、なんていうか、ピロートークでの気取りやさんの発言の薄っぺらさに堕したような気がして、そこも残念。

これも、ピロートークの気取りやさんの発言の対極にある発言として、このもんじゃには響くのだけれど。海の寛さは、世界の寛さでもあります。

>あらましをあらましとして書いて、還っていく。

そう、そこんとこはとても似ていますね。『連れてって』もそうだし、あらまし、みたいな模様だけ提示してフェイドアウトしたい。

>コントラストが案外無節操につき過ぎているところはある。かも。

芝居じみてる、ってことじゃないかな。

>喩えるならば、少女マンガに出てくる星の入った瞳の女の子は少女マンガ内では適切さを永劫確保続ける表現なんだけど、そんな目を見つめ続けられるとどきまぎして困っちゃうというか、少女マンガは箱庭の世界でリアルと対話しないからそれでOKなんだけど、それと同じやり方を、語るという方式をとる、活字表現で徹底することの薬と毒とを思ったりします。

お約束を読む、ってやつですよね。
おっしゃってることわかります。
リアルをどこに据えるか、ってことですよね?
劇中に据えることをあまりよしと感じていません。劇中にあるすべては所詮嘘なんだから。どんなにホンモノっぽくこさえたって、ホンモノっぽくしようと思えば思うほどウソにしかならない。っぽく、ってのがもうウソなんだから。
じゃあ、っぽくじゃなくって、まんまを表すならどこにあらわすべきなのか?
劇外であろうかと。劇外の配置で表すしかない。
しかし、それをやると、言われるんですよ、人間が書けてないとか、ストーリーがないとか。作られたキャラなんてウソっぱちだし、ストーリーだの構成だのって、それそのものはウソ以外のナニモノデモナイ。
でも、感情移入できるキャラが納得し得るストーリーの中で納得しうる動き方をしてくれなきゃそんなの小説じゃない、みたいな声もある。もんじゃはまったくそう思わないけど、読み手の声に可能な限り寄って、その上でウソのない話が作れないかって考えたんです。思ったのが、舞台をホンモノにすりゃいいのかな、って。ホンモノの舞台で、わかりやすい演劇を露骨な形で上演しといて、最後の最後で、ぱちっと照明点けて差し上げたらいいのかな、って。で、頭に戻る。ウロボロス。

>これは逆にいえば、小説内物語に浸れるってことの裏返しでもあって、圧倒的充実感につながることなので、ほんとにぜんぜんわかんないのだけど、あえて残すならば、個々のレトリックの響きの向かう先と反響範囲みたいなものをもう一段精度を上げて考えて押さえたりハネたりするのも一興かも。

つまりでありますね、アリアドネの糸さんには、話の中身のウソが読めちゃったってことだと思うんですよ。注意深い読み手さんだから、マリオネットに付いてる糸が見えちゃったんだろうと。
そこまでは狙い通りなんです。だから、外を用意した。
しかし、アリアドネの糸さんの眼差しを持ってしても、舞台の全体の模様は、もしかしたら、見えなかったのかもしれない。と、いただいた感想の後半を拝読し、そう感じました。
模様や角度を読むのに長けてるアリアドネの糸さんが、水深二百メートルを苦もなく探索していそうなアリアドネの糸さんが、逆のベクトルには、つまり見えるもののただ中にある配置には気が付かなかったのかもしれない。
だとしたら拙作は失敗なんであります。
そこが表れていないなら、よくある話ですね、で終わっちゃう話なんであります。
しかし、

>最後に率直な感想。面白かったです。

ということであれば、ま、いっか、と。
逆方向からのアプローチだってわかって読んでくださったアリアドネの糸さんをしてなお見ていただけなかった模様は、誰の目の前にも向こう百年表れないのかもしれない。それがわかっただけでも試してみた価値がありました。
と書いて、そのあたりのことを妻に言ってみたんだけど、妻曰く、年齢もあるのかもね、人生のどの時期に読むのかによっても違うと思うよ。
優れた読み手ではまったくあり得ない妻には、でも見えてるんですよ、模様が。
似た景色を長く見てきたからかもしれません。あるいは妻がもう若くないからかもしれない。
あるいは……。見えていないはずの模様が、実は見えていたりしたらいいな、アリアドネの糸さんの、アリアドネの糸さんには知られていない眼に。

読んでくださり、ありがとうございました。

アリアドネの糸
dhcp.nipne.ro

 丁寧な返信をありがとうございました。

 一つだけ書き忘れていたことを書きます。

 この話を読み終わったあと、というか、感想を半分ぐらい書き終わったときに、冒頭の段落を読んだのです。30歳の俺視点で、お話がサンドイッチになっていることの意味が、特に、大事な出だしにのっけた数行の意図と意味が、その必然性とともにどうにもしっくりこなかったんです。これは読み終わってもなお、もやもやしていたところでした。
 ここは多分、お話の構造自体が示唆することを素直に読むべきだったのかもしれないですね。これは30歳の彼が青春時代の響きを思い出すお話ですよって、そして、そうやって語られる思い出がすっぽりそのまま劇中劇になってますよって。メタな構造になってますよって。これは潜るお話ではなくて、外から眺めた人の語るお話ですよって。でもアリアドネは潜ってしまった、アリアドネは俺君じゃないからね。
 返信を読みながら、なぜだか、「連れてって」において、主人公がウクレレの響きとともに受けとったであろうものを思い出しました。思い出されるは、記憶であって、記録ではありませんから、ウクレレの響きはホンモノであっても、奏でられるメロディーラインはホンモノとは限らないのでありましょう。記憶をたよりに再構成されたもの、さもなくば、語りとして語られるためが故のミーム足りえないもの。再構成という行為が、すでにホンモノから遠ざかることだし、何より、再構成ってのはどうあっても恣意的でありますから。などなど。
 なんてことをごちゃごちゃ考えて、「連れてって」の主人公との相違点であり、矛盾するようですが、類似点でもあるなと思ったところは、今作の30歳の俺君は/もなんだか目覚めちゃっているんだな。ってところでした。この矛盾はですね、ぜんぜん矛盾じゃなくて、「連れてって」の彼もやっぱり目覚めちゃっているのだけど、その自覚の部分はどちらかというと妻が担っちゃっていて、自覚を補助装置として外側に置いちゃっているって感じがして、なんでしょう、外に立たないままに外側の声を、「外側」の声としてちゃんと聞いているというふう<にも>思ったわけです。これはもう外側に立っているのとほぼ同じじゃんって、アリアドネなんかは思っちゃうのだけど、でもね、「ほぼ」ってところが大事なんですよ、この場合。というあたりはまったくの脱線なのでまあうっちゃっておくとして、でも一方で、御作の俺君は外側に立ってる感じが、なんだか知っちゃっている感じが、平たく言うと達観しちゃっている感じが明らかであるな、と。だからこそ、彼は嘘を嘘としてつけるのかもしんない、うそのないまんまの状態のまま。
 とするとですね、この話はこう読むべきだったのかもしれないですね。徹頭徹尾、視点の始点は外側にあるお話である、と。先のアリアドネの感想は、内側にいた10代の俺君が、そこでのあれこれの質量を引き受けて、外側にいる30代の俺君になった、という点にフォーカスしていて、そのあたりの繋がり薄すぎへんってことだったのだけど、この発想がすでに、スキューバダイビング最中の人がこれからどうやって丘にあがるねん、て問いかけてるに等しくて、つまりは、ダイバー視点でものを考えているんですよね。でも、御作の主人公はダイバーじゃなくて元ダイバーのウクレレ奏者であって、響きに、重いも軽いもなくて、響きがあるだけだってことなのかも。まんまの姿として。
 だから、海のまんまというのは、母なるクラゲ(=礼奈、というのはアリアドネの解釈)に食べられた魚たる僕(というのもアリアドネの解釈)が海に還って海そのものになるっていう、劇中で示されていることのみを意味しているのではなくて、同時に、嘘っぱちなメロディラインでも響きそのものに嘘はつけないってこと、語りで嘘はつけても切り取ったミームの部分には嘘は宿りようがないってこと、まんまであるよってことを示しているのかもね。いくら調理したところで魚料理は、魚であることをやめることはできないし、魚を捕まえたってところが重要なのでしょう、この場合。というよう喩えは、たいそう誤解を招きそうだけれども。
 とするとですよ、今度は一転して、30代の俺君は10代のお話の重さを、引き受けるべきではないし、そもそも、引き受けることはできない、のかもなと思いました。現在のウクレレの響きは過去の郷愁を思い起こすウクレレの響きであって、過去そのものじゃないし、すでに終わったこことだ。沖にあがったダイバーは海にはもどれない。終わっているってことは、それってば不可逆ってことで、再生できないこと。再生されたはお話は、うそを語っているに等しいわけです。それでもミームとして響きはそこに宿るのでありましょう。30代の俺くんは10代の俺くんには戻れないけれど、どちらも俺くんだから。
 これまた、乱暴で意図を外しそうではあるけれど、上の喩えの現在と過去を、外側と内側、真実と事実(或いは事実と真実)ってな感じに読みかえてもらうといいのだけれども、つまりですね、嘘とホントウって実際は構造的には繋がっているってことなんじゃないかなって、嘘はまんまの姿のシャドウ足りえるという意味で。
 ともあれですね、ダイバー(10歳の俺)のみならず、元ダイバーだったダイバー(30歳の俺)に同時に共感できるのか? といった重層的共感が読み手に求められているように思います。そして、アリアドネは10歳の俺くんの側に寄り添い過ぎていたのではないかと。

 文字数制限で、ぎりぎり入らなかったので、つづきます。

アリアドネの糸
dhcp.nipne.ro

つづきです。

 ちょっと細かいところの余談から。

余談1) 逆のアプローチって言えば、「連れてって」と「海のまんま」というウクレレ奏者の語りグループA、と、「異郷に還る」と「ふゆみかん」のダイバーのあらましのグループBって対応にもなっている気がしました。

余談2) ところで、読み終えた後でもう一度読む返すと、「夏になると黒潮に乗ってやって来るが寒くなると死ぬ。だから死滅回遊魚と呼ばれている」に始まる一節があって、これもうほぼこの10代の俺くん回想劇のあらすじじゃんって思った。再発見。とすると、なるほど、礼奈回遊魚説も頷けるかも。アリアドネはあくまでくらげ説支持派ではありますが。


 話をもどして。

 アリアドネに見えていない模様と景色。はっきりあると思います。でも、その見えていない模様があるよってことを示唆していただいたので、舞台の全体の模様を見出すヒントをひっぱりだすべく、視点を変えて、もはやあがきに近いくっそ長い文章を書かせていただきました。わりあいこじつけっぽいお話になっているかもしれません。

 こんな足掻きを書かせてもらったのは自分のためであることはもちろんのこと、それとは別に、なんだか、もんじゃさまの返信の中に少し絶望というか疲れを感じとったのもあります。もんじゃさんは、これまでのお話から察するに、いろいろなことが結晶化されたあとの曼荼羅模様がはっきりと見えているのだろうと想像します。それはアリアドネがこのサイトで、偉そうにやいやいっている図式化とか云々よりもかなり先に立っているようにも見受けられます。ともあれ、ここでのやりとりを通して、孫悟空みたいに無自覚のうちに導いてもらっているような錯覚があって、そんな隠れたミームの手引きに、感謝しております。同時に、導かれてなんてやらないぜ、と思う天邪鬼ではありますが。

 さて、山の上に立てば明らかな町並みだって、町にいながら知るのは難しい。しかも、もんじゃさまの場合は、もっと重層的なことをやろうとしていて、喩えるなら、登山家だけじゃなくて、宇宙飛行士の視点すら導引して、町の姿を見せなきゃいけない、しかも、頼れるのは言葉だけですから、ロケットを持たずにそれを成さなきゃいけない。いうなれば、複眼視点をたった二つの瞳だけで成り立たせるジレンマに対する苦悶を読み取ったからです。模様が見えようが見えまいが、模様がそこにあるってことが重要で、その模様を探ぐりあてることに楽しみを見出す読み手もいまっせということを示したかったがための足掻きでもあります。だって、面白いじゃないですか、自分のこれまでの視点を少し変えるだけで、ざくざくと何かが出てくる小説って。でも、それもちょっと詭弁で、書き手であるところのアームストロング船長の観る地球とは違うかもしんない。だから、慰めにもならないかもしれないけど、ともかく、こんなふうに、ああでもないこうでもないと管を巻く感想を開陳することで、エールを送っているつもりでもあります。

 さてさて、アリアドネ個人のことに話を戻すと、今回のやりとりの収穫は、小説の虚構のあり方とそれがもたらすホントウのまた別の側面を意識できたことです。外側の無風状態にたって風の響きを聞くことは、ホントウに目覚めることでもありましょうが、そうやってホントウに目覚めることがホントウにホントウなのかというところがよく分からなくなってきております。小説観というよりは、言葉が見出すホントウへのアプローチに対する哲学に近いものなのですけど、ちょっとした対立角を見出した気がしました。まだ、ぜんぜん言語化できないのですけど。

 刺激的な返信ありがとうございました。

アリアドネの糸
dhcp.nipne.ro

書き忘れました。

> 時としては三十歳が大事。 しかし、色は、そこにある絵画は、十五歳の夏であります。

>夢の中を流れる時間と、夢の外を流れる時間は同じであってはいけないし、
> 地続きであってもいけない。

>舞台をホンモノにすりゃいいのかな、って。ホンモノの舞台で、わかりやすい演劇を露骨な形
>で上演しといて、最後の最後で、ぱちっと照明点けて差し上げたらいいのかな、って。
>で、頭に戻る。ウロボロス。

なる返信を読ませていただき、アリアドネが読んでいるときには不自然と思っていたところが実は自然であったと思い直すにいたり、いろいろと合点が行きました。

そして、これらを踏まえて

>でもアリアドネは潜ってしまった、アリアドネは俺君じゃないからね。
>そして、アリアドネは10歳の俺くんの側に寄り添い過ぎていた

ということを改めて自覚したってところが抜けていました。アリアドネはたぶん「10歳の俺くんの意識を残したまま」、「潜って」それから「俯瞰したかった」のだろうなと、思います。

あと、
>リアルをどこに据えるか、ってことですよね?
>劇中に据えることをあまりよしと感じていません。劇中にあるすべては所詮嘘なんだから。ど
>んなにホンモノっぽくこさえたって、ホンモノっぽくしようと思えば思うほどウソにしかなら
>ない。
 もしかしたら、アリアドネが書いたリアリティと、もんじゃさまが理解されたリアリティとの間のニュアンスに食い違いがあるのかもしれません。このあたり、アリアドネの中で大変繊細に込み入っているところでして、今のアリアドネでは言語化が難しいので、また別の機会があれば語れたらいいなと思いますが、ひとつだけ、人間を書くのが小説である、っていう主張。アリアドネはそれにはまったく与しない者であります、とだけ。

 再訪は以上にいたします。ありがとうございました。

もんじゃ
KD111239164053.au-net.ne.jp

アリアドネの糸さま

再訪、ありがとうございます。

アリアドネの糸さんの評価をうかがいたかった。これ、どう思われますか? と。
二択で尋ねるなら、『異境に還る』と『海のまんま』、【アリアドネの糸さん的には】どちらをよりマシに思われますか? と。

しかし、異境か海か、に対する応えは聞けなくて、どこかむしろほっとしている気もいたします。どちらを答えられても、たぶんどうせ当惑したんです。

もんじゃの駄作群をクロスオーバーさせながら論じてくださるアリアドネの糸さんのコメントの内に答えが読めました。異境にも、海にも偏らず、どちらかに決めないで、都度風任せに書いてゆけばいいのだろう、と。あらゆる単体の総合が何かを表すのだろうから。

>少し絶望というか疲れを感じとった

アリセンサーの精度はやはりとんでもなく、右目と左目を(外と内とを)、一昔前に流行った「立体視」みたいに交差させて何かを表す、それを届けるみたいなこと、それが為しうるのかということ、為しうるのだとしたらその可能性、方法論、みたいなことで頭がぐるぐるしていたのは確かで、そしてそれが疲弊に似た何かに傾いていたようでも、ご指摘のように、あるかもしれません。

夢をみたんですよ、今さっき。先の返信を書き終えてから寝て、今起きて、再訪いただいたコメントを拝読しながらド迫力なシーンをはっきり思い出しました。
オレンジ色の巨体がですね、すぐそこの丘の向こうからせりあがるように、きわめてゆっくりと、重々しく上昇してゆくのですよ。H2ロケットです。昔、種子島の宇宙センターで、随分と近いところから打ち上げを、たくさんの子供たちと一緒に見て、うち上がったのちの白い爆発的な軌跡が青空に消えてゆくのを見送ったことがあるのだけど、その比じゃない間近から、オレンジ色の巨体は、インディペンデンス・デイの宇宙船さながらのパースペクティブでせり上がってくるのでありました。
アリアドネの糸さんが再びのコメントをしたためてくださっているそのエネルギーの志向性を象徴するロケットだったんだな、とか、なんか確信的に認識してしまいました。何かが、とても喜ばしくうち上がったような予感。宇宙から見下ろす地形を共有してゆきたい的なプロジェクトは、異境ちっくにも、海ちっくにも、今後も継続されてゆくのだ、この筆と、それが描く模様を見詰めんと欲してくださるまなこたちによって。だなんて、青い空に爆煙を見送るような角度で頭を上げた心地でおります。

>語られる思い出がすっぽりそのまま劇中劇になってますよって。メタな構造になってますよって。これは潜るお話ではなくて、外から眺めた人の語るお話ですよって。でもアリアドネは潜ってしまった、アリアドネは俺君じゃないからね。

まったくもって、それでまっとう、というか、潜ってくださりありがとうございます。その上で外側に覚めてくださりパーフェクトにありがとうございます。

>「連れてって」の彼もやっぱり目覚めちゃっているのだけど、その自覚の部分はどちらかというと妻が担っちゃっていて、自覚を補助装置として外側に置いちゃっているって感じがして、なんでしょう、外に立たないままに外側の声を、「外側」の声としてちゃんと聞いているというふう<にも>思ったわけです。これはもう外側に立っているのとほぼ同じじゃんって、アリアドネなんかは思っちゃうのだけど、でもね、「ほぼ」ってところが大事なんですよ、この場合。

脱線、と語られていたけど、とてもありがたい脱線で、すさまじく響きました。すごく嬉しいです。

つづきます。

もんじゃ
KD111239164053.au-net.ne.jp

アリアドネの糸さま

つづきました。

>切り取ったミームの部分には嘘は宿りようがないってこと

いや、そうです、まさにそういうことでありますね。

>終わっているってことは、それってば不可逆ってことで、再生できないこと。再生されたはお話は、うそを語っているに等しいわけです。それでもミームとして響きはそこに宿るのでありましょう。

だからループ構造に閉じ込めるので正解なのかもしれない。外に向かっての扉は外側にではなくて、一番内側にあるのだから。

>現在と過去を、外側と内側、真実と事実(或いは事実と真実)ってな感じに読みかえてもらうといいのだけれども、つまりですね、嘘とホントウって実際は構造的には繋がっているってことなんじゃないかなって、嘘はまんまの姿のシャドウ足りえるという意味で。

これも、すっごく響きました。
内側に閉じ込められた自意識が外からの眼差しに照らされて、夢の中で、その眼差しを月の瞳として感じることでかろうじて外に繋がる、って話を、千葉の内房と外房を暗喩にして書いたことがあるのだけれど、内と外、というのは随分前から大切に弄ってきたものなのであります。
その内と外が、過去と現在みたいな形になってるのが確かに『海のまんま』であり、『連れてって』であり、『亀井英子』なのでありました。『風は見えたか?』もまあそうかな。だったら『異境に還る』もそうか。内側と外側なんですね、ずっと書いてきたことは。内と外とのパースペクティブ。
意識の構造なのかもしれない。
存在の構造なのかもしれない。
視点、って意味でいうと、それは主観と客観に似ている。
そして何より、生と死に似ている。有限と無限に似ている。無に囲まれて有がある。海に囲まれて陸があるように。外にくるまれる形で内がある。内がすべてだというのは錯覚で、外がすべてで、その中に内があるのだ。
で、内側の、一番深いところに、外へと通じるドアがある。

>人間を書くのが小説である、っていう主張。アリアドネはそれにはまったく与しない者であります

はい。小説っていう枠が何であれ、それはどうでもいいけど、この筆が表したく思っているのは「人間」ではないです。要に応じて「人間」も書くでありましょう、人間ならざるものを表すためです。内側を書きたまえ、内側だけを書きたまえ、外なんて見るな、外なんてないんだ、人間なんだから人間らしく人間のことを書いてりゃいいんだよ、外になんて気が付くな、外を覗くなんざ外道のすることだぜ、って、あるいは神さまみたいなことを言われても、すみません、神さま、オイラ、ホントウを知りたいんです、知ってるんですよ、外があるって、って応えちゃいたい。外の瞳を、すなわち外部からの眼差しを感じちゃってます、ずっとちっちゃい頃から、お昼寝から覚めた瞬間とかに感じちゃってたんですよ、ここが内側だって。オイラ、人間の役割を演じてるだけだって。だから、ぱちんって照明点けちゃいたいんですよ、だから書いてるんです。それが小説でないってんならそれで構わない。小説なんて書いてもつまんない。ウソつきになるのはごめんです。真剣に、ホントウだけつきたい。だから、外を、直接には書けない外を内を書くことで表したいんです。そのためにオイラは存在してるんです。だなんて、神さまに向かって語ってしまった。隣にアリアドネの糸さんが並んでくれてる気がしている。これは謀反ではない。帰郷なのである。郷愁を感じながらのオレンジな世界への帰郷なのだ。だなんて、独り言で返信を締めてしまうのだけれど、これが正解でありましょう?

いろんな意味を統合的に込めて、ありがとうございました。

5150
5.102.22.168

再訪です。

>でも前作での改稿前にあったように思えた、俺くんの切実な何か(?)がちょっと懐かしくなりました。

前回での文を撤回させてください。弁解すると、暫定決定稿 で↓の文のところにきて、あれ、こんな文章あったっけな。あとからくっつけたものかな、と思ってしまったもので。なんでー??、と。返事を出したあとで作品を照らし合わせてみると、出す順番だけ前後してだけなんですね。一番好きな海の箇所で、ここにぶつかってしまって違和感ありありだったもので。あと、一つか二つくらい、同じように文を前後移動させているところがあったような。そのためか、受ける印象が少し変わってかなと感じられただけなんです。

>イカは俺達を、エイリアンが地球人を見る目で凝視していた。ボラは罪のない真ん丸な目を見開いて、岩に付いた何かを一心に貪り食っていた。それを見て礼奈は口の形だけで言った。く・い・し・ん・ぼ・う。

中途半端な感想を出してしまって、大変後悔しております。恥ずかしいです。以後気をつけます。

もんじゃ
KD111239164243.au-net.ne.jp

5150さま

再訪、ありがとうございます。

>文を前後移動させているところ

そうなんです。いくつかを付け加え、いくつかを削除した他に、いくつかを入れ替えています。

>受ける印象が少し変わって

はい。ご指摘ありがとうございます。

>以後気をつけます。

まったくもって、そんな必要はないです。なんの問題もありませんです。

5150さんの、ゆっくり拝読しています。近日、内容面についての自分なりの感想を寄せさせていただきます。

旧原稿と引き比べて再読してくださり、ありがとうございました。

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