作家でごはん!鍛練場
林凛太郎

時間旅行者 その一夜目

 千波先輩から「そもそも私、未来人だからなぁ」と言われた時は驚くというよりもむしろ非常にしっくりきた。「あぁ、なるほど、どうりで」って感じに。というのも彼女は自分が未来人であるということをほとんど隠そうとしていなかったからなのだが。
 今考えると驚異的なまでの彼女の常識の欠落は未来由来のものだったのかと納得する。
 そもそも先輩とはファーストコンタクトから意味不明だった。
 
 僕は大学進学のため上京し一人暮らしを始めた。実家での生活からいきなり自由を手にしすぎたためにどうやって生きればいいのか分からず少々戸惑っていた。仕送りもあり家事全般はそれなりに叩き込まれていたので生活自体にはさほど困ることはなかった。けれど急に与えられた長い自由時間、多すぎる選択肢は逆に僕を不自由にしている気がした。
 当時僕にはちょっとした悩みがあった。少しためらわれるが平たく言ってしまえば親しい友達ができなかったのだ。ここで大切なのは「親しい」というところである。普通に話をしたり授業で助け合ったりする程度の軽い表面上の友人はある程度ならできていた。
 けれどやっぱり寂しかったのだと思う。夜になるとなんとなく孤独というか退屈というかで寝付けないことが多く深夜徘徊するのが僕の日課になっていた。いつも自宅のマンションを出発して一時間ほどふらふらふらふら気の向くまま知らない道歩いて、それから道案内アプリを使ってまた一時間ほどかけて帰るのが恒例のパターンだった。

〜第一夜〜

 5月中旬のある日の午前二時過ぎごろのことだった。僕は深夜の散歩を折り返しそろそろ家に帰ろうとしていた。
 ただでさえ閑静な住宅地は真夜中であるため今はほとんど無音と言ってもいいくらいだった。しんなりとした夜の冷たい静かな空気感が好ましい。僕はご機嫌に鼻歌を歌いスキップさえしていた。
 その時「キィ…キィ…キィ….」という不愉快な金属の軋む音が僕を歩みを止めた。それはブランコの音だった。住宅地にある小さな公園、丑三つ時にブランコを漕ぐ奴とはどんな奴だろうか?酔い潰れ終電を逃したうっかり者のおっさんだろうか、夫婦喧嘩で家から追い出されたおっさんだろうか?
 顔を拝見しようと僕は音のする方を覗き込んだ。けれど、視線の先にいたのは僕が想像していたどんな奴とも違っていた。
 半袖の白いワンピースに薄茶色のショルダーバッグを斜め掛けして麦わら帽子を被った若い女だった。
 昼間のひまわり畑にいたら大変しっくりくるような装いだが、あくまでここは深夜の公園。こんな時間に出歩いてる僕に言えたことではないかもしれないが、ほとんど確実に彼女は変な人であるように思われた。
 こういった人には接触せず、早く立ち去ることが大切なのは分かっていた。しかし、できなかった。なぜならばっちり彼女と目が合ってしまっているから。もう十秒くらいは無言で向き合っている。
 別に睨んでいるわけでもないのに彼女の目には力があった。それも若干タレ目なのに。瞳孔が夜の猫とか梟みたいに大きくって爛々としている。目に吸い込まれるという言葉の意味がよく分かる。本能的に自分が彼女に狙われているというのが分かった。
 ある疑問が浮かんだ。こんな時間にこんな格好でこんな所にこんな女が存在するのだろうか。ひょっとしてこの女はこの世のものではないのでは?、と思うとともに背中に妙に冷たい汗が流れるのを感じた。幽霊だ。きっと幽霊だ。幽霊に違いない。
 僕は山で熊と遭遇した時のようにじりじりと後退した。すると彼女も距離を保つようにブランコから立ち上がりじりじりと前進してきた。怖い。
 耐えきれず僕は駆け出してしまった。すると彼女も駆け出してきた。怖い。幽霊だから足がないなんてことはない。なかなかの健脚で追いかけてきている。追いつかれこそしないが引き離すことはできない。持久戦に持ち込まれれば日頃から運動していない僕がこの幽霊女に敵うとはとても思えなかった。それでも僕は止ることはできない。息が切れ、脇腹が捻られるように痛くなってくる。こんなに走ったのは中学校のマラソン大会以来かもしれない。
 おそらく既に十分くらいは走っていると思う。若干ではあるが彼女の足音は近づいてきている。道は緩やかな坂道に入る。気配で彼女がスパートをかけるのが分かった。まだ余裕があるのか。まあ幽霊なら当然かもしれない。もう無理だ。追いつかれるのは明らかに時間の問題である。あきらめながらそれでも僕は未練がましく走り続けた。
「あっ!、ぬぅわぁーー!!!!」
という女の悲鳴が聞こえた。直後に肉体が路面とぶつかる鈍い衝突音とガラスにヒビがはいったようなぐしゃっという音がした。
「ンッ……あぁ…いたぁ…」
 先程の悲鳴の声が力なく喘いだ。そのどこか色っぽい声に僕はつい振り返ってしまった。
 案の定、幽霊女が路上に倒れていた。不意になんで幽霊のくせに転ぶんだろうというどうでもいいことを考えてしまった。どんなホラー作品でも追いかけてくる幽霊が素転ぶなんて話は聞いたことがない。
「あの、大丈ですか?」
 つい声を掛けてしまった。
「だめ、痛すぎる……」
 そして彼女は「んぁんがぁ〜」と言いながら甲板に打ち上げられた魚みたいにしばらく七転八倒した。しばらくすると動かなくなり仰向けで夜空をぼんやりと見ていた。どうも非常に人間じみた動きをする。たぶん幽霊ではないらしい。僕が倒れる彼女を上から覗き込む。
「なんで逃げるの?」
彼女からいきなり尋ねられた。
「えっ、あなたが追いかけてくるから……」
「いや、私が追いかけるより先に君が逃げてたよ」
 彼女は立ち上がり側頭部と左膝を押さえながら、痛みと恥ずかしさに堪えるように変なダンスみたいなのをしていた。ひとしきり踊り終わると僕の方に戻ってきた。
「ところでここってどこ?」
「さあ、僕にも分かりません」
 スマホを開き位置情報を調べる。彼女もずいずい画面を覗き込んでくる。逃げ回ったせいで、余計家から離れてしまっていた。
「うちに帰らなきゃ、失礼します」
僕はまわれ右して歩き出した。
「ねー、君の家までどれくらい?」
当然のように彼女もついてきた。
「歩きで一時間半くらいですかね」
「ふーん、遠いんだね」
先程までの鬼ごっこが嘘のように並んで彼女ゆったり着いてくる。
「なんか汗かいて寒くなってきちゃった上着貸してよ」
「どうぞ」
 それなりに図々しいお願いだったが僕は素直に従ってしまった。それは単に僕は暑かったからなのかもしれないが、むしろ彼女が美人だったからなのかもしれない。
「いや〜、半袖は失敗だったよ。めっちゃ寒い。私の知ってる五月はこんなに涼しくないんだけどな」
 横を歩く彼女をそれとなく盗み見た。
 さっきの鬼ごっこのせいで多少髪が乱れてはいたが黒髪のボブカットはシンプルにかわいい。
 色白で鼻の頭と頬の上側にうっすらそばかすがある。さらに目尻と口の端にある大きめのほくろが二つある。そのためか妙にあどけなさと色気が混ざった不思議な魅力を醸し出していた。年齢は僕と同じくらいに見えるがよく分からない。
「君、名前は?」
また唐突に彼女が尋ねてきた。
「想真です」
「名字は?」
「水橋です」
「ふーむ、水橋想真か、なーる」
確かめるように名前を呟かれてくすぐったいような気がした。
「あなたは?」
「千波だよ」
「名字は?」
「じゃあ、え〜っと新井で」
じゃあ、え〜っと、とはなんだろうか?まるでたった今つけた偽名みたいに言う。
「君、いくつ?」
「十八です」
「やっぱり年下か、私は二十歳ね」
 僕は道端あった自販機で水道水を買った。新井先輩のワンピースの左膝の辺りが血で滲んでいたので気を利かせたのだ。
「ありゃ、どうもです。でも私甘いやつの方が飲みたいな」
「いや、飲む用じゃなくて膝用です」
「なーる、いい人ね。ありがとう」
 先輩はパシャパシャと傷口洗い流す。僕はポケットからティッシュを取り出し差し出す。我ながらなかなか紳士的ではないかといい気持ちになった。
「私これがいいな、このレモンのやつ」
 千波先輩が黒地に白の水玉をあしらったパッケージの缶のレモンスカッシュを指さして言っている。
 またしても図々しいな、とは思ったが素直に従ってしまった。それは彼女が美人で自販機の光に照らされる顔が少し神秘的だったからなのかもしれない。
「これ飲むの久しぶりだな。なんかさ缶で飲むと謎においしいよね」
 先輩はごくごく飲んであっという間にレモンスカッシュを空にすると、地面に缶を置いて踏み始めた。そしてお煎餅くらいまで薄く潰してゴミ箱に放り込む。
「今手持ちに全くお金がなくてさ、助かったよ。絶対後でお礼するね」
「別にいいですよ。これくらい」
「そっかじゃあ、まぁいっか」
 社交辞令のつもりで言ったのにお礼が無しになってしまった。別にお礼してくれでもいいのに。
「先輩は家帰らなくていいんですか?」
「それがね、帰る家がないんだよ。今はね」
 家出でもしてきたのだろうか。興味はあったがあんまり家庭の問題まで踏み込むようでよくない気がした。
「すいません。プライベートなこと聞いちゃって」
「いや、別になんも悪くはないよ。ただの時間の問題だし。それより先輩ってさ、千波でいいよ」
「千波先輩って謎ですよね」
「そう? それより先輩ってさ…… タメでいいよ」
「先輩、僕より年上だしこっちの方楽なんだよ」
「まぁいっか、でも年は上だけど想真くんの方がずっと先輩だったりして」
「なぞなぞですか?」
「謎の女だからね」
 こんな感じで適当な会話をしながら歩いていったのだが始終謎な発言を連発していた。
 
 やっと家に着いた。思った通り千波先輩は家まで着いて来ている。
「実はね、こっち来たばっかりで身分証、というか戸籍すらないんだ」
「なんかよくわからないんですけど、先輩って記憶喪失だったりします?」
「まあ、状況としては似てるよ。そんな感じで困ってるんだよね。だからさ、人助けだと思って家入れてくれない」
「う〜ん、家狭いしそれに男女だし……」
「大丈夫、何もしないから」
「僕が何かするとか考えないんですか?」 
「大丈夫、何もさせないから」
 出会って一時間と少ししかたっていないのに完全に安全牌だと舐められている。
 そして、なんだかんだほだされて家にあげてしまった。こんなずんずん人の家に上がり込んでくる肝の太さには恐れ入る。まぁ別に僕の方もさほど悪い気はしていないのだけれど。
「うわぁ〜、なんか懐かしい。おじいちゃんの家に雰囲気似てる」
 今年の春に新調した大手家具屋のモデルルームをコピペしたような部屋なのに。千波先輩のおじいさんはスタイリッシュな家に住んでいるようである。
「明日大学あるんでもう寝ますね。僕布団敷いて床で寝るんでベッド使っていいですよ」
「いや、私まだ全然眠くないから小説か漫画貸してよ。バスルームで読んでるから」
 僕のちっちゃい本棚から先輩は『北の海の溺死体』と『青い森の毒林檎』を抜き出しバスルームに消えていった。それからは物音一つ聞こえない。
 電気を消しベッドに横になる。なんだか今夜は意味不明だけど、楽しかったなとか考えていると急に眠気がやってきた。興奮して眠れないかと思ったけど意外とすんなり眠れそうで安心した。薄れゆく意識の中で、ふとさっきまでおこっていたことは夢なんじゃないかなと思えてきて、バスルームに確かめにいこうと思ったけど手足と瞼が重くて諦めた。そういえばお風呂も入ってなかった。まあいいか、そんな汗かいてないし……

時間旅行者 その一夜目

執筆の狙い

作者 林凛太郎
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とりあえず1話目です。
SF初挑戦で会話文も多めにしてみました。
読んだ印象を聞きたいです。
読んでみて続きが気になるかどうかも教えてもらいたいです。
よろしくお願いします。

コメント

椎名
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謎の女性と出会い、家にあげるというストーリーでしたが、全体的には悪くないと思いました。何か読者の注意をひくものがあるとよりよくなるかなと思いました。

林凛太郎
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椎名さんコメントありがとうございます。
ご指摘の通り何か話を中心になるインパクトのある要素を探しているのですがなかなか見つからなくて困っています。ですが、なんとか惹きつける何かを捻り出したいと思います。

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