作家でごはん!鍛練場
飼い猫ちゃりりん

転校生からの贈り物

 娘の誕生日に妻は、秋の味覚を食材とした手料理を並べた。
「香織。栗御飯は美味しい?」
「うん。まあまあ」
 そう言うと娘はケーキに載っている苺をつまんで口に入れた。
「香織。学校の方はどうなんだ。みんなとは上手くやれているのか?」
 娘は私を無視していたが、私は娘に友人がいないことを心配していた。
 娘はナプキンで口を拭くと、ぽつりと言った。
「あたし、転校生の子と仲良くなった」
「良かったじゃないか。それで、どんな子なんだ?」
「知らない」
「知らないってなんだ」
「あなた、もう良いじゃない」
「なに言ってるんだ。良くないよ」
 娘はクラスメイトなど相手にもせず、自分の部屋でピアノばかり弾いていた。そんな娘が、初対面で打ち解けたと言うのだ。
「父さんは香織のことが心配なんだ」
「その子もピアノが好きみたい」
「それだけか?」
「そうよ。じゃあ、あたしピアノの練習するから」
「待ちなさい!」
「もう良いじゃない。怒ってばかりいないでワインでも飲んで」
「君がピアノなんて買い与えるからいけないんだ。それもあんな高価なものを」
「あら良いじゃない。楽しいんだから」
 二階からモーツァルトの幻想曲が響いてきた。
 ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。この希代の変わり者の音楽が、娘になにがしかの影響を与えているような気がしてならなかった。
 大体音楽なんて何の役に立つのだ。そんなもので生活はできない。なのに妻は、娘には才能があるなどと言って喜んでいるのだ。

 私はワインを一口で飲み干すと、自分で二杯目をついだ。
 一体なぜ初対面で友人になれたのだ? 心に共通するものがあるのか? つまり、同類……
 しかし、とにかく友人ができたことは良いことに違いないと、理性が不安をかき消してくれた。
 娘は贈り物まで貰っていた。それは古い映画を録画したディスクだった。
『ノストラダムスの大予言』
 就寝前にその映画のことを調べたら奇妙なことがわかった。世界の終末を描くその映画は発禁版となっていたのだ。
 それを居間にいる娘に伝えるため階下に降りて行くと、娘は蛍光灯もつけずにそれを観ていた。
 乳白色に変色した川。空を覆う光化学スモッグ。巨大化したナメクジの大群。喜んで投身自殺をする若者達。カニバリズム。暴動。核戦争。奇形化した人類は、巨大なミミズを奪い合って食べていた。
 大画面に展開するおどろおどろしい映像を、娘は食い入るように観ていたのだ。私は思わず、「そんなものを観てはいけない!」と声を上げてしまった。しかし娘は何も答えなかった。

 翌朝、私は熱が出て体調が優れなかった。しかし、重要な会議があるため休むわけにはいかなかった。居間で妻と一緒に市販の薬を探していると、娘が扉の横に立っていた。
「これ、いつも飲んでいるの」
 娘がくれた錠剤を水で胃に流し込むと、不思議なほど体が楽になった。

 会議は午後から十八階の会議室で始まった。
 私達は遺伝子工学の研究に取り組んでいた。当初の目的は癌治療だったのに、やがて「人類の超人化」に変更されてしまった。
 私達の手で遺伝子を操作された猿は、危険なウィルスにも対抗できたし、危険レベルを遥かに超える放射線の中で、何ヶ月も生き延びることができた。私達は猿の視力を十倍にもできたし、何なら腕を翼に変えることだってできただろう。
 慎重派は計画の危険性を訴えていたが、推進派は聞く耳を持たなかった。議論は白熱したが、私は熱がぶり返して意識が朦朧とし、議論についていくことができなかった。
 錠剤をまた飲もうと思いポケットから小瓶を出すと、それはもう空になっていた。もう何も考えられず、ただぼんやりと窓の外を眺めていると、部下から声を掛けられた。
「凄い汗ですよ。冷房を強くしてもらいましょうか?」
「あ、いや、大丈夫だよ」
 再び窓の外を眺めると、いつの間にか手前のビルの屋上に、セーラー服を着た少女が立っていた。彼女はじっと私を見ていた。間違いなく見覚えのある顔なのに、彼女のことを思い出すことができなかった。
 彼女は微笑みながら、ゆっくりと前に歩き出した。彼女は屋上のコンクリートの外枠の上に立つと、にっこりと微笑んでみせた。私は窓に駆け寄り、強化ガラスを狂ったように手で叩いた。
「おい、よせ! やめろ!」
 彼女はゆらりと大気に身を任せた。まるでフィギュアが空中でワルツを踊っているようだった。

 一階の診療所で目を覚ますと隣に妻がいた。会社から連絡を受け、車で迎えに来てくれたのだ。
 少女の飛び降り自殺のことを話すと、妻は、そんな事件は聞いていないし、私が急に奇声をあげて倒れたと聞いていると言うのだ。どうやら薬の影響で幻覚を観たようだ。
 私は妻の運転する車の助手席に乗り、帰途についた。

 助手席で堤防道路の風を浴びていると気分が楽になった。堤防沿いの広場には、サッカーをする少年達や犬を散歩させている人達がいた。その夕暮れ時の情景は、モネの絵画のように美しく、私を幻想へと誘った。
 時は静かに過ぎてゆくだけ。いつの日か生き終えるだけ。それで良いのだ。それが幸福なのだ……
 と、そのとき空に閃光が走った。
「今のなんだ? 雷? それとも隕石?」
 妻に車を止めてもらい、堤防道路の側道に立つと、オレンジ色の夕陽が河口堰の方に見えた。しかし、それは沈むどころか膨張していた。溶鉱炉のように眩しく輝き、溶鉄が今にも溢れ出しそうだった。巨大な火球はさらに膨張し、遂に閃光を放って炸裂した。衝撃波に吹き飛ばされた私は、土手を転がり落ちて意識を失った。

 意識が戻ると、モネの絵画は地獄絵図と化していた。
 車は横転しており、車内に妻の姿はなかった。堤防を歩いて彼女を探すと、煮えたぎる河に魚や人々の遺体が浮遊していた。その気色の悪い「煮物」は、異様な臭気を辺りに漂わせていた。
 広場にはサッカーをしていた少年達や、散歩をしていた人々の焼死体が散乱していた。妻の死が頭をよぎったが、娘の救助に向かった可能性を信じ、私は自宅へと急いだ。
 道中には赤茶色に焼けた車や、黒い木炭と化した遺体が散乱し、生温かい風が街に吹き荒れていた。

 しばらくすると、遠くから延々と続く人々の列が見えてきた。そばに駆けより、人々の姿を目の当たりにした瞬間吐き気を催した。彼らは人間というより、ケロイドの塊だった。彼らが生きていることが信じられなかった。全身に重度の火傷を負い、皮膚の裂け目から黄色い膿がどろどろと流れ落ちていたのだ。
 人々は黒く焼け焦げた建物に向かって歩いていた。一階の入り口はシャッターが降りていたが、彼らは蟻の大群のように外壁をよじ登っていた。しかし、途中で力尽きて、人山の斜面を転げ落ちた。それでも彼らは、うめき声を上げながら、また登り始めるのだ。
 屋上の縁に白い靄(もや)のようなものが見えた。空は暗く、それが何か、すぐには分からなかった。しかし稲妻が走った瞬間、それが白いドレスを着た女性であることが分かった。彼女は地獄と化した下界には目もくれず、稲光りを繰り返す空を見上げていたのだ。
 私は後退りをし、逃げるようにしてその場を立ち去った。

 しばらく歩くと漆黒の闇夜の中に我が家が見えた。道中にある家屋は全て倒壊し、街は焦土と化しているのに、我が家だけは無傷で、灯台のように明かりを灯していた。
 玄関の扉を開けて中に入ると、そこには「日常」があった。妻はいつもの笑顔で、「お帰りなさい」と言った。
「君、大丈夫なの? 怪我はないの?」
「何かありましたか?」
 何がどうなっているのか理解できなかったが、とにかく娘の安否が優先だった。
「香織はどこ?」
「友達と部屋で遊んでいるわ」
 すると二階からピアノの音が響いてきた。

 階段を駆け上がり、娘の部屋の扉を開けると、白いドレスを着た少女がピアノを弾いていた。その超絶的な演奏と、透き通るような肌が、彼女が、かけ離れた存在であることを物語っていた。
 彼女はピアノを弾く手を止めると、私の方を向いて笑みを浮かべた。それはどこかで見たことのある笑顔だった。
「君は誰なの?」
「あたしは光。あなた達の希望」
「君が世界を焼いたの?」
「そう」
「なぜ希望が世界を焼くの?」
「あなた達が望んだから」
「破滅など望んでない!」
「いいえ。いつも望んでいるわ」
「世界は死んだの?」
「光が影を消しただけ」
「娘はどこにいるの?」
「あなたのそばに」
「えっ! どこに? 香織は生きているの?」
「あの子はフィギュア」
「なにを言ってる? 香織は今なにをしている!」
「きっとワルツでも踊っているわ」
「まっ……まさか、ビルから飛び降りたのは。娘は死んだのか? もうあえないのか?」
「いいえ、あえるわ」
「どうすれば!」
「光を消せば」
 私は少女に歩み寄り、その首に両手を添えた。彼女は抵抗もせず、妖しく微笑んでみせた。渾身の力でその首を締めると、手の中で何かが砕け、彼女の口から鮮血があふれた。
 すると記憶が蘇った。なんと、その少女は香織だったのだ。全身から汗が吹き出し、体が小刻みに震えた。
「嘘だ。ありえない。あるはずがない。これは夢だ。夢を見ているのだ!」

 目を覚ますと、レースのカーテンが、そよ風に揺れていた。光が差し込んでいて、窓の外には青空が広がっていた。
 すると妻と娘の会話が聞こえた。
「凄く良かった。素晴らしいわ」
「母さん。うるさいから黙っていてよ」
「良いじゃない。意地悪な子ね」
 娘の部屋の扉を少し開けて中を覗き込むと、妻と娘が椅子を並べて鍵盤を叩いていた。二人はモーツァルトを弾いていたのだ。芸術の神アポロンと戯れる妖精のように。

 終わり

転校生からの贈り物

執筆の狙い

作者 飼い猫ちゃりりん
dw49-106-188-128.m-zone.jp

ホラーは夏の風物詩?
約4000字。サラッと読んでください。

※『ノストラダムスの大予言』って映画を観る方法を教えてください。

コメント

偏差値45
KD106154138121.au-net.ne.jp

夢オチ。何かしらの「面白さ」の狙いがあると良かったかもしれないですね。
文章はしっかり書いてあるのだけれども、芸がないかな。

夜の雨
ai208028.d.west.v6connect.net

「転校生からの贈り物」読みました。

原稿用紙13枚の作品でした。
ストーリーとしては面白いのですが、「流し書き」のようで、やはり細部を書きこまないとストーリーは伝わっても、作品の魂までは伝わりません。
作者の飼い猫ちゃりりんさんは、頭の中では作品の世界を組み立てているようです。

今回御作を読んでみて世界観というかイメージは伝わりました。

しかし作品に没頭できてはいません。
それは作品の中で流れている時間と現実の私たちの流れている時間とのあいだに隔たりがあるので、付いていけない。
呼吸が合わないので、御作の世界に入りきれない、というところでしょうか。

現状の御作を5倍ほどの長さにするべく細部を書きこむといろいろと見えてくるのではないでしょうか。

飼い猫ちゃりりん
123-1-126-6.area1b.commufa.jp

偏差値45様
「芸がない」と言う御指摘。ごもっともかと思います。
ありがとうございました。

飼い猫ちゃりりん
123-1-126-6.area1b.commufa.jp

夜の雨様
 通常と違う世界を書くときは、細部を書き込まないと読者はついていけないですね。
 自分の頭の中のイメージは完成していると思うので、自分で錯覚してしまったようです。
 読者を置いてきぼりにするという初歩的なミスですね。
 読んで頂き感謝しております。ありがとうございました。

えんがわ
p2215247-ipngn9802souka.saitama.ocn.ne.jp

ちょっと話のスケールと、文章量が合わなかったかなと思います。

たぶん、ぼろぼろに街が荒廃したシーン、悪夢のようなシーンが山場だと思うのですけれど、
そこらへん何かワンアクション見たかったなーとか。

でも文章は流れるように流麗ですし、何よりも独自の世界観を持っているのは、羨ましいです。

読ませていただいて、少し涼しくなってきました。どうか目が覚めた明日も良い一日でありますように。
そう思いました。ありがとですーん。

飼い猫ちゃりりん
123-1-126-6.area1b.commufa.jp

えんがわ様
 言われてみると、確かに話のスケールと文章量があってませんね。
 自分の希望としては、詩の様に短くて壮大なものを描けれたら良いなぁと思うのですが、その技量が無いようです。
 読んで頂き感謝しております。ありがとうございました。

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