作家でごはん!鍛練場
暁の巻物

若き日の愚かな脱走者よ、私は自由を手に入れたぞ

 遥か昔、自分がまだ九歳だったころ俺の村は襲撃された。
 村民達、つまり自分も襲撃者ISの拠点に連れていかれ、その時私は母の四肢を削ぎ落として殺した。
 勿論命令されてやったことだ。
 銃を持った男が隣に立ち、やらなければ殺すと、そう脅されたのだ。
その時はどうだろう?
おそらく自己欺瞞に満ちた弁明を繰り返して、母を殺したんだと思う。
どうせここで自分がやらなくとも殺される。だったら自分が殺して生きた方がいいじゃないかと。いや別にこれは自分の意志でやっている事じゃない、命令されてやっているんだと。
そう母の叫び声を聞きながら。
 あの時の情景なら今でも鮮明に思い出せる。母の苦悶と、絶望と、諦めと、怒りと、痛みに満ちた顔をその全景をどんな細かいところまでも覚えている。
 煩いほどに大きく、甲高い叫び声。死にゆく前の断末魔。
 手足を切ったときの刃の感触。そこから流れ出る血潮。床に溜まった血の海。
 それが全部終わって母が動かなくなると俺は死体に触れろと命令された。
 ついさっきまでそこにあった母親が今はもう息絶えているのがその体温で分かった。
 生命があっさり消失してしまっているのがいやというほどに理解できた。
 これが自分の初めての人殺しだ。
 二回目、三回目まではまだ自分自身でこの行為を正当化しようとしていた気がする。
 気がする。というのは今や殺人を否定していた時の気持ちが分からないからなのだが。
 ともかくそれまでは仕方ない。どうしようもないじゃないかと心の内で弁明していたような気がする。
 けれどそれが繰り返されていくうちに、人や仲間が死んでいくのを見るうちに、だんだん殺人を否定していく意味が無くなって来た。命を絶つという行為に慣れ、その衝撃の度合いが少なくなり、冷静になり、正常な判断が出来るようになったんだと思う。
 つまり考えられるようになった。
 自分自身でそう思う。自分の考えを巡らせた結果“殺人を否定する理由はない”考えた。
 環境の倫理という奴ではない。
 ここでは人を殺すのが正常だから、人を殺すのは何の問題でもない。
 逆に向こうで言うとここではみんなが人を殺してはいけないと考えている。だから人を殺すのは問題で異常だ。
 そんな自分の正気を他人任せにしたりせず、自分の思考を巡らせた結果こうなったのだ。
 いやどうだろう? 実は情報が制限されていて正常な思考が出来ないようになっているのだろうか?
 向こう側の人間は何かしら明白な答えを持っているとでもいうのだろうか?
 いや、その証明は出来ないだろう。
 結局自分の正気を誰かが認めてくれたって、その誰かの正気は保障されないのだから。
でも結局俺はこちら側の倫理で生活しているから、回りから見れば立派な戦闘構成員になったと見えるのだろうか。

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 この世界に連れられてきてから二年経ち、十一歳になった頃。俺には友人がいた。
 アウスという名前で、俺と同じく十一歳。ここに連れられてきて三年も経った奴だ。
 そのアウスが、ある時嬉々とした表情で紙を携え俺のところにやって来た。
 熱い闘志と羨望に満ちた目をしてやって来た。
 その紙に書いてあったことを簡略に説明すると、“ともに自由になろう、脱走しよう。明日明朝に一度武器庫裏に来てくれ。絶対に他言はするな”そんな感じの内容だ。
 俺はこいつが馬鹿になってしまったのではないかと思った。
 死と生の狭間に長くいすぎて、頭が狂ってしまったのではないかと。
ここに長くい続けて頭がおかしくなる気がするのも全く可笑しな話ではない。
 およそ今から見れば。絶望的状況に陥った奴が一か八かに賭け、地獄に落ちるのは常道なのだと理解できるが。
 というか他言無用と書かれている紙を友人に見せるような奴を同志に誘うような作戦が成功するようには思えなかった。
 ともかく、明らかに怪訝な顔をしただろう俺を見てアウスはこう説得した。
「お前はこんな環境で一生過ごす気か? いつ捨て駒にされるかも、地雷で下半身を吹き飛ばされるかもわからないこの環境で死ぬつもりか? このクソみたいな環境を守るために死ぬのか? それともあの頭のおかしい大人どもと同じように、人を殺す時に笑ったり、少女を犯したりするような人間になりたいのか? 俺は御免だ。そんなことに命費やすくらいならこの勝負に賭けてやる。何のために生き、何のために死ぬのかくらい自分で決める。お前もそう思わないか? 自由に自分の人生を生きたいとは思わないのか? 大丈夫だ。紙を貰ってなくても、一度集まりに参加してしまえば断ることは出来ないだろ」
 全く心が動かされなかった訳ではない。俺だってこの世界から逃げ出したかった。
 けれど心の大部分はそんな非現実的な幻想に縋っているアウスを憐れんでいた。
 集団自殺などする気は起きなかった。
 俺はしばらく黙って、その後首を横に振った。
 アウスは俺の顔を見て少し残念そうな顔をすると、そのまま一人部屋に戻っていった。
 
 翌昼、脱走志望者を死刑する為、いや、見せしめにする為の集会が開かれた。
 十人ほどがそこに居り、勿論そこにアウスの姿もある。
 昼これが開かれたのは多分それまで対象者を拷問していたからなのだろう。
 ともかく集会は始まる。懺悔の時間の始まりだ。
 取り合えず懺悔の告白はこちらから見て左側の人間から始まった。
 ところで経験上こういう死の直前の場に立ったものは大体三つの種類の人間になる。
 一つ目は絶望に満ち、死を理解し、諦めの悟りを開いたもの。
 二つ目は未だ生に執着し、最後の最後まで惨めったらしく生きていくようなもの。
 三つ目は最後まで己が精神を固持し、尊厳を守ったまま死ぬもの。
 この三つだ。
 しかしこういう見せしめの場においては、死ぬ間際の人間は惨めでなくてはならない。
 拷問の過程で間引きされたのかは知らないが、この場において三番目の人間は誰一人として存在しなかった。
 それともここで憐れみに富んだことを言わなければ、死よりも辛い事が待っていたのだろうか。
 そういう状況を上から見ることが出来る今から見れば、その時やはり間引きする必要など最初からなかったのだろうと思う。
 ともかくこれはここに居るアウスについても同様である。
 彼も皆と同様惨めったらしく泣き叫びながら、アッラーと大人どもを称えて懺悔を終わらせた。
 酷く、酷く醜く、憐れだった。
 全員の懺悔が終わると彼らは機関銃に撃たれ、身体を震わせて断末魔を一瞬挙げてから死んでいった。
 その後に大人どもから種明かしがあった。
 どうやらあの紙は大人から指示を受けた少年が配ったものだったと。
そして大人たちに肩を叩かれたその少年は昇格した。仲間を売ったのだ。
 俺は彼を心底羨んだ。
 全く、あの外に自由を求めた彼らはあまりに憐れだった。

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 アウスよ、俺はあれから三年が経って十四歳になったぞ。
 俺はもう自ら人を指揮して村々を襲撃できる立場になった。
 煙草を吸える立場になったし、お前が嫌忌していた少女を犯せる立場にもなった。
 勿論この場においてそれ以外に娯楽という娯楽もないから存分にこれを楽しませてもらっている。
 俺はお前が嫌ったこの世界で、この腐った世界で少しでもマシな生活を手に入れたぞ。
 確か紙には自由になりたければ、武器庫裏にと書いてあったか?
 なるほど確かにその通りだ。
 死は権力の限界点。死はこの世界から離脱して、悩みから解放してくれるだろうな。
 嘘はついちゃいなかったわけだ。
 どうだ? それでよかったのかお前は?
 俺はこの世界でお前よりもずっとマシな自由を手に入れたぞ。どうだ羨ましいか?
 所詮逃げることは、脱走することは集団自殺に等しいとお前も分かっていたはずだ。
 このクソみたいな現実に耐えて、仲間を売って、それでこうする道こそが正しかったんだ。
 論理的に考えてな。
 お前はただ単にこの現実に耐えられなかっただけだ。
 崇高な理念とでも思っていたのだろうが、結局はただそういう事だ。
 俺は確実に正しい道を進んでここまでやって来た。
 人を沢山自らの意志で積極的に殺して、この世界に全力で迎合して。
 俺はこの現実に耐えて耐えて耐えて耐えて。
 向こう側を目指した凡百の人間より、お前とは違って俺は遥かに上の人生を歩んでいる。
 結局我々はこちらの世界でしか生きられないのだ。
 我々の自由はここにしかないのだ。お前の嫌忌したこの世界にしかな。

若き日の愚かな脱走者よ、私は自由を手に入れたぞ

執筆の狙い

作者 暁の巻物
M014012037193.v4.enabler.ne.jp

言い訳と、虚無な未来。向こうへはいけない、希望への賭けを諦めた少年兵について。

コメント

夜の雨
ai214061.d.west.v6connect.net

暁の巻物さん、読みました。

少年を兵士にして殺人を犯させる。
村を襲い村民を殺させる。
以前ニュースで視聴しました。
えげつないことをさせるなぁ、と思っていましたが、こうやって小説化するとこれはこれで状況が伝わってきますね。

書き方もしっかりしているので、少年を兵士にする過程がよく伝わります。
もし平和な時代に彼らの世界がなったとして、体が成長した彼らは精神は成長しているのだろうか、と心配しました。
殺人兵器になった彼らはモンスターになっているかもしれない。

御作の主人公の少年の思考過程を探ると何やら怖いですね。
まあ、現状の彼らの世界を考えると、すでに少年だった彼らが大人になっているだろうと思いますが、だから「紙」を回すような事を思いつくのでしょうね。

>言い訳と、虚無な未来。向こうへはいけない、希望への賭けを諦めた少年兵について。<
ちなみに「執筆の狙い」ですが、これを書くのなら、少年兵の外側から、「希望」を書く必要があると思います。
御作の場合は少年兵の内側を書いていますので、絶望しか読み手には見えないのですよね、いくら主人公の少年兵が強がっても。


いま世界で起きている事とつながっていてタイムリーだと思いましたが。
考えさせられる作品でした。

暁の巻物
M014012037193.v4.enabler.ne.jp

この物語は主人公の言い訳で、わざわざアレン処刑を非難する。
自己弁明するには、あの行動を非難しなくてはならない。
その時点で物凄くあの脱走行動を物凄く意識している。
つまりその行動に対して実は心を惹かれていて。しかし、現実的にそれはただの集団自殺。
希望からの勝利、希望への低確率な賭けを止める。それが諦めるってことなんじゃないかって……。
だからこの諦めた少年兵は希望に生きたアウスを否定して現状を肯定しようとしている。

衝動が冷めないうちに掌編なんだから取り合えず書いちゃえ!
と思ってこの小説を書いたので、後付的にこの物語はそういう自己弁明の物語かなと思って、<希望への賭けを諦めた少年兵>と書いたのですが。どうでしょうか?

とにかく、コメントありがとうございます!

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