作家でごはん!鍛練場
中山ヨウスケ

あまりに白くて軽い

 昼下がりにカーテンを払うと、八月の雪が東京のあらゆる平面を柔らかい白に染め上げていた。小降りの雪が、見えない何かをさけるようにゆらゆらと舞っている。風が吹くと粉雪たちが一斉に宙を踊って、風の輪郭が浮き出るみたいだった。
 ダッフルコートを羽織って外に出ると、吐息が瞬く間に白く染まった。一歩進むごとに足跡が残り、路面のアスファルトが露わになる。本来の青を
失い葉を灰色に染めた街路樹は、曇天を持ち上げるかのようにその枝を上へ上へと伸ばしていて、その凛とした姿はまるで雲を掴もうとしているかのようだった。車のクラクション、誰かの会話。耳を澄ませば、都会の喧騒が雪の奥からひっそりと聞こえてくる。しかしほとんどの騒音は雪に包まれているから、意識しなければ聞き取ることはできない。どうやら雪が、目に見える沈黙となって、街に降り注いでいるらしかった。
 八月の雪など、私は聞いたことがなかった。しかし雪は、目の前で着々と世界を純白に染め上げ続けている。ニット帽をかぶった老人がせっせと雪かきに精を出し、子供が足を滑らせる。通行人はみな、急いで棚から引っ張り出したであろう厚手の服をまとい、手をこすり合わせて寒さをしのいでいた。それは私も似たようなもので、久しく外気に触れてこなかったダッフルコートは、風を受けてたくさんの粉雪をその毛玉にひっかけている。
 特に用事があるわけではなかったので、私はどこかしらの建物で室内からこの雪を眺めるつもりだった。けれども、八月の雪を肌で感じることもそれほど悪くはない。ブーツで出たのが正解だった。ほかの靴を履いてしまっていたら、きっとまともに歩けなかっただろう。せっかくだからと思い立ち、私はもう少しばかり、夢のように白い街を歩いてみることにした。
 びゅうびゅうと、肌から水気を奪うような強い風が吹き、散った新緑をマリオネットのように操っている。遠くの方、ビルとビルのあいだの隙間は、白い雲と積もった雪に挟まれ、地平線を失っていた。この街を歩いていると、世界全体が宙に浮いているかのような錯覚を覚える。それは私にも言えることで、確かに路面を踏みしめているのだけど、季節外れの雪の非現実性も相まって、歩いているという感覚があまりない。実は、私の足はずっと、地面から少し浮いたところを歩いているんではないか。そんな幻想が私を夢見心地にさせる。加えて、八月としては異例の真っ白な情景も相まって、雪の街は、ひとり歩く私の好奇心を掴んで離さなかった。例えるなら、私は柔らかい綿雲の上を歩いているのだろう。それをもって私は、自分がこの白い雲に乗って、世界をぷかぷか浮遊しているのだという錯覚に陥る。八月の雪とは大体そんなものだと、初めてながらに思った。
しばらく道なりに歩いていると、体が芯まで北風に浸かっているような、寒々しい感覚が体中を巡る。そろそろ暖かい場所に行きたいと思い、私は近くにあったカフェに入っていった。
 店内は思った通りとても暖かかった。暖房からくる温く乾いた風のせいで、私の顔がヒリヒリとかゆくなるほどに。
 熱いコーヒーを頼んで、そのまま席に座った。大通りが一望できる、ガラスの前のテーブル席だ。しかし、今日はガラスがすっかり曇ってしまっていて、外がよく見えない。私は手でガラスを拭い、ちょっとした小窓をこしらえた。一枚のガラスを挟んで、通行人たちが風を押しのけるように前かがみで歩いている。誰一人としてこちらを見向きもしないから、まるで私たちが彼らを、彼らの知らない場所から観察しているような感覚になる。私は、街の往来の傍観者となって、もはや何の疑問も持たなくなった幻想的な光景を、握りしめたマグカップと共にしばし眺めた。段々とまた、ガラスが曇り始める。粉雪はガラスに張り付いてすぐ水滴になり、そのまま滴ると曇りかけのガラスに乱れた線を引く。少し視野を広げると、同じような線が窓の至る所に描かれ、それもしばらくすれば結露と共にぼやけていった。
 かじかんでいた手がようやく感覚を取り戻したころ、一人の男性が私に声を掛けてきた。彼は両手でマグカップを柔らかく包みながら、私に「お隣いいですか」と訊いてきた。店内を見回すと、たしかに空いている席はここ以外に無いみたいだった。
「ええ、いいですよ」と私は言った。
「そうですか。ありがとうございます」
 彼は濃いグレーのチェスターコートを羽織って、それと似たような、けれども微妙に違う色のマフラーを、顎を埋めるようにして巻いていた。彼は席に着くとき、そのマフラーとコートを脱いで、中に着ていた黒いスウェットの長袖をまくった。
「すみませんね、一人で落ち着くための場所なのに」
「大丈夫ですよ。気にしないでください」
「この街に住んでるんですか」
「ええ、まあ」
「このカフェはよく来るんですか」
「そうですね。でも今日は、外を歩くのが寒かったから寄っただけです」
「じゃあ何か用事があるんですね」
「いえ、そういうわけじゃないんですよ。何と言うか、雪が降っていたから、外に出てみようと思って。出来心みたいなものです」
「八月に雪が降るなんて、珍しいですからね」
「そうですよね。私なんて、子供の頃の雪に憧れていた気持ちを思い出してしまって。二十代だっていうのに」
「そんな恥かしがることはないですよ。僕だって、あなたと同じような理由でここに来たんですから。雪が降っていたから、外に出てみた。ね? 何もおかしなことはない」
 彼が笑った。その笑みはどこか中性的な魅力をはらんでいる。男らしくない白い肌に、やや細い腕。顔には小さなえくぼが二つ、優しさの証明のようにくっついている。
「テレビだと、異常気象だとか天変地異だとか言ってますけど、僕はこの雪が現実のものじゃないような気がするんです。僕らは今日一日だけ、天気の神様に夢を見させてもらっているんじゃないかって」
「そうそう、私もそんな気がするんです。八月に雪が降るなんて、とても非現実的なことだから。でも、慣れてしまえば案外すんなりと受け入れられますよ」
「なるほど」
 彼はそう言ってコーヒーを一口飲んだ。そのあとふうっと息を吐いて、その吐息でガラスがまた曇った。
「夢は夢のままであってほしいけれど、現実はそんなに上手くいかないですからね」彼が少しうつむいて言う。
「そうかもしれませんね」
「……この雪もいつかは止むんでしょうか。それともずっと降り続けているのかな」
「さあ」
 私が首をかしげて答えをはぐらかすと、コーヒーを飲んでいる彼がまた笑った。ちょうどマグカップで鼻から下が隠れていたけれど、少し細くなった目のおかげで、彼が笑っていることはすぐに分かった。
 しばらくして彼が言う。
「用事がないなら、一緒に歩きません?」
「ええ、構いませんよ」私は間を置かずに答えた。
「それじゃあ、お互い飲み終わったら外に出ましょうか」
 そう言って彼が、残りのコーヒーを一気に飲み干した。私がそれに驚いていると、彼はまた微笑みを浮かべてこう言うのだった。
「どうも我慢が苦手な性格でして」
 彼には、まるで一度どこかで会ったことがあるかのように思わせる不思議な魅力があった。屈託のない口調や壁を作らない態度が、彼をただの男ではない誰かにしているのかもしれない。
 カフェを出ると、私たちは歩幅を揃えて横並びに歩いた。すると、彼が何も言わずに私の手を握ってくる。彼の手は冬に侵食されたかのように冷たかった。けれども二人で手を握り合っていると、恋人繋ぎの手は、お互いを中和させるように段々と温まっていき、いつしかお互いの体温を均一にした。
「付き合っている人はいるの?」マフラーの中で声をこもらせながら彼が訊く。
「昨日まではね」私は呟くように答えた。
「じゃあまだ心残りがあるんじゃない?」
「……なによ、私が、恋人と別れた翌日に別の男と手を繋ぐような、軽率な女だって言いたいの?」
「いやいや、そういうわけじゃないよ」
 切羽詰まったのか、彼が慌ててマフラーから顎を出した。
「嘘よ、からかっただけよ。私だって、今日が何ともない普通の日だったら、あなたと手を繋ぐことなんてなかったと思うの。でも今日はおかしな日だから、何だか昨日とは別の世界線のような気がしてしまうの」
「なら、この雪が止まないといいね」
「そうね……少なくとも私とあなたの関係においては」
 しばらく道なりに歩いたあと、彼の提案もあって近くの劇場で行われているオーケストラの演奏会を拝聴することにした。ホールはがら空きで、杖をついたおじいさんが一人いるのと、舞台から一番遠い隅の席でおばあさんが眠っている以外、人はどこにもいない。私たちは言葉を交わすことなく最後列の真ん中に腰を下ろした。すでにコンサートは始まっていて、人はほとんど居ないというのに、舞台の上だけは楽器と人間で溢れかえっている。その光景は一番後ろの席から見ると、さながら小人たちの管弦楽団のようだった。
「無料公開なのに、こんなに人が少ないなんて」彼が言った。
「ええ、これじゃあほとんど貸し切りみたいなものね」
 演奏されている曲は一度も聞いたことがなかった。ゆったりとしたリズムのクラシック音楽だということが、私に分かる最低限の情報だ。
 しばらく曲を聴いていると、実はこの曲が同じ旋律を少しずつ変えながら何度も繰り返し演奏されていることに気づいた。彼もそれを察したようで、しばらくすると彼は、もうこの曲には飽きてしまったと言った。
「飽き性な男性は嫌いなの」
 私は軽くからかってみたが、彼は全く動じない。それどころかむしろ、
「なら我慢して聴いてみようかな」と言って、無邪気にほほ笑み返してきた。
「でもあなたは我慢が苦手な性格なんでしょ?」
「そういえばそうだったね」
「でも実際、退屈なのは私も同じなのよ。同じ旋律をちょっとずつ変えてくり返しているだけなんて、面白くもなんともないわ」
「まるで君の恋みたいだ」
「余計なお世話よ」
「でもきっと、世の中には、毎晩似たような別の人間と寝て、朝になればパッと消える男女が、山ほどいるんだよ」
「そうね。極論、一日なんて日が昇って沈んでの繰り返しなんだから、恋愛もどうせ同じように始まって同じような終わり方に収束するのよ」
「でもそんな恋愛はつまらないだろ?」
「そういうのを好む人間もいるのよ」
「例えば君みたいな?」
「それはどうでしょうね」
 私が彼の言う通りの人間なのか、しばし考えた。確かに、一晩限りの関係のほとんどはつまらないものだった。私が会ってきた男たちは、大抵私を女というより従属的な肉体としてしか見ていなかったような気がする。そういう意味では、《そのような男に愛されている私》という存在は、とてもつまらなく価値の無いものなのかもしれない。
「あなたはどうなの? これまで私が一緒に寝てきた男と同じように、私につまらない恋愛を押し付けて何も言わずに去ってしまうの?」
 彼はなにも答えなかった。というより、私の質問が聞こえていないかのように、ずっと演奏に聞き入っている。私はしばらく彼の横顔を見つめていたけれど、彼とは一度も目が合わず、しばらくして私は、彼はこの問いに答えないのだと思った。ただし、それが答えたくないからなのか、答えられないからなのかは、はっきりしない。
「雪が降ってるもの。あなただけは特別な人間であってもおかしくない気がする」
 私は小声で呟いた。彼に聞こえていたかは分からない。けれども私はこの言葉の通り、八月の雪という夢の中で、彼と特別な関係になることを望んでいた。今日だけは全く別の旋律であってほしいと、心のどこかで願っていた。そうして私が《特別な愛の享受者》になることを、冷たい風で乾いた肌が強く渇望していた。
 私たちは演奏会のあと、成り行きでショッピングモールに向かった。印象的だったのは、エスカレーターを上る際、下の段にいる彼がずっと私の腰を抱いてきたことだ。その行動は私を不安にさせた。彼も今までの男たちと何ら変わらないのではないか。そんな杞憂が、エスカレーターに乗っているあいだ私をずっとがんじがらめにした。けれども上の階について彼が腕を解くと、不思議とそれも消えてしまった。まるで、夢の中で現実を振り返ってはいけないと、彼に言われているみたいだった。
 彼は私の欲しいものなら何でも買ってあげると言った。もちろん予算はあるけれど、君にだって節度はあるだろうから、それほど高い買い物をしなければ大抵の物は買ってあげられるはずだ、と。その言葉は夢見心地な私をさらに夢の奥へと誘い、同時に一抹の不安を残した。一抹の不安とはもちろん、彼との恋愛はいつものそれと何ら変わらないのではないか、という不安だ。もしかしたら彼は、雪と、不思議な話術と、普段離れした買い物の高揚とで、その事実を巧みに包み隠しているのかもしれない。そう思うと気が気ではなかった。
「昨日とも、明日とも違う。今日は完全に特別な一日だよ」
 彼の口調はとても穏やかだった。
「信じていいのよね、その言葉」
 私はこう念押ししたが、彼はうんともすんとも言わない。
 ショッピングが終わった頃にはもう日が沈みかけていた。彼は肩に大きな手提げ袋をかけてまで、無理して私と手を繋ごうとした。
「もう少したくさん買ってもよかったんだよ」と彼は言う。
「遠慮はしてないの。これで欲しいものは全部よ」
「ならいいんだけど」彼はそう言って笑った。
 その日の晩、私たちは長いことシャンパンを飲んだ。ずっと行ってみたいと思っていた高級料理店を彼が予約してくれた。私たちは高層ビルの二十七階でディナーを食べた。
「夜景が見えないわね」
 私は思わず愚痴をこぼした。窓際の席に座ったというのに、ガラスの外は雲海に呑まれていて、見渡す限り暗闇が延々と広がっているだけなのだ。
「きっとまだ雪が降ってるんだよ」
 彼はサーモンのムニエルにナイフを入れながら言った。そしてこうも言う。
「今日は夜遅くまで一緒に居ていいの?」
「……ええ、まあ」
「それはよかった。嬉しいよ」
 そして二時間が過ぎたころ、私たちはホテルの高層階にあるベッドで静かにまどろんでいた。黄色い明かりがぼんやりと部屋を照らしていて、夜の闇を切り抜く四角い窓には、私たちの姿がうっすらと浮かんでいる。そろそろ今日も終わろうかという頃、彼はベッドに寝転がりながら難しそうな本を読んでいて、一方の私はその横で、することもなくじっと座っていた。
「そんなもの読んで面白いの?」
 私が尋ねると、彼は本をぱたんと閉じ、それをベッドの上に投げ置いてしまった。
「頭がいいと思われるだろ?」 
 そう言って彼が、ベッドの隅に座っている私を後ろから抱き寄せる。うっすら血管の浮き出た彼の腕は、私のデコルテを覆うようにして二つの体をぴたりとくっつけた。
 そうして彼が私のうなじに口づけをしてから、あとは大体予想通りに進んだ。けれども行為の途中、私はなんだか悲しかった。愛されていると感じるのに、暴力を受けているかのように心が痛んだ。彼は必死に私の体を揺らしていたのに、私はちっとも揺れを感じなかったのだ。彼の鼠径部が前後に動くのを見つめながら、私は自分の体が空っぽであることを思った。そしてある時、私は彼に「動かないで」と言った。
「ごめんなさい」と私が続けて言うと、腰の上に乗っかっていた彼は、不思議そうに私を見つめた。
「痛いの?」
「ちがう。そうじゃないの。気持ちが乗らないだけ」
「じゃあ少し止まっていようか? まだ体が慣れていないのかもしれない」
「……だったらやめてほしい」
「そんな、今更」
「でも実際に私はなんだか寂しいの。あなたが気持ちよくても私は涙が出そうなの。体が震えるの。まるで自分が死体なったみたいに感じるの。ただ横になって、あなたを受け入れる、そんな死体になったような気が」
「どうして?」
「さあ。きっと寒いからよ」
「じゃあ暖房の温度を——」
「ねえ、冗談も分からないの?」私は彼の言葉を遮って言った。「お願いだから私をこれ以上ベッドの上に居させないで。お家に帰りたいの」
「どうしてそうなるのさ」
「……私が勘違いしていたからよ」
「勘違い?」
「そう。今日が特別な日だという勘違い」
 私は思った。彼は私を《特別な愛の享受者》にはしてくれない。むしろ彼は、これまで会ってきたどんな男とも等しい位置にいた。すなわち、平均的に私を愛していた。
「ねえ、男ってなんで、女をそういう目で見るの?」
「僕の目がそんなにおかしい?」
「違う。むしろ普通すぎて怖いくらいよ。なんだか死んだ魚の目みたい」
「なんだよ、男が生きていると感じるこの上ない瞬間だってのに」
「でも私は生きているという感じがしないの」
「理解できないな」
「ほらその目。そういう目で見られると、自分がものすごく惨めに思えてくる」
 私は悟った。これまでの私、言い換えれば《そのような男に愛されている私》が、やはり安寧の場であったことを。いつもならその安寧に満足していただろう。でも今日に限っては、八月の雪や制限のない買い物が、私に束の間の夢を見させた。静謐な幻想は現実に雪のベールをかけ、浮かれる私を夢という幻惑によって紳士的に手懐けたのだ。しかし、その幻想がいくら精巧でも、それはあくまで私をたぶらかしているに過ぎない。むしろ、もとの現実を夢に見せているあらゆる虚構が痛ましくて、その綻びが私を失望させる。そうして私は今までの自分の身軽さを、好ましくも思い、虚しくも思う。
「……シャワーを浴びてくる」
 そう言って彼をどけ、私はめまいを感じながら起き上がった。ベッドの上や横に散らばった下着を拾い集めるのがとても辛かった。
 シャワーのあとコートを着て寝室に出ると、彼は肩から上を毛布から出してすやすやと眠っていた。その寝顔はベッド横の読書灯の明かりを受けて半分影に溶けている。その時私は、ああ、ずっと自分は彼の日に照らされた面を見ていたんだな、と思った。
 ホテルを出ると雪はやんでいた。溶けかかった雪が歩くたびにびしゃびしゃと音を立てている。車が通ると水しぶきが散った。こうなると、街は雪解けというより雨上がりに近い。冷たい水に濡れた路面の苔は、何度も踏まれたのかぐちゃぐちゃになって、夜の下に暗く濃い緑をばら撒いている。
 そういえば、彼に買ってもらった品物をホテルに置き忘れてしまった。取りに帰ろうか迷ったけれど、結局は戻らなかった。思うに、今更それに執着したところで、なにもかも徒労に終わるに違いないのだ。

あまりに白くて軽い

執筆の狙い

作者 中山ヨウスケ
om126236169141.32.openmobile.ne.jp

 夏の雪という現象の幻惑を一晩限りの恋の幻惑と重ね合わせ、主人公である女性の存在それ自体の色彩のなさ及び軽さを、雪の白さと軽さに投影させました。雪解けと同時に恋も溶けて消え、その恋に依存していた自分の存在意義も一緒に消滅してしまう。日が沈むにつれ彼女の存在の脆さが浮き出ていく様子を、静謐な文章で表現しました。なお作者は男です。

コメント

もんじゃ
KD111239170119.au-net.ne.jp

中山ヨウスケさま

拝読しました、タイトルに惹かれて速攻で。

面白かったし、上手い、と感じました。

文章、読みやすく、それでいて軽っぽくもなく、比喩も定型を外してかつ効果的で、冒頭より連呼される、八月の雪、という設定が鮮烈で愉しめました。

二人があまりに簡単に恋人繋ぎしちゃうあたりには、そういう小説であるにせよ、小説的リアリティをいくらか損なっているかもレベルで驚きましたが(そこに至るまでの筆致が生真面目に感じられたからかもしれません)、読み進めてゆくと違和感も薄れてゆきました。

欠点らしきものを一つだけ。

>彼をただの男ではない誰かにしているのかもしれない。

ってここを読むまで一人称の「私」をずっと男性だと思って読んでました。僕が見落としてるのかもしれないけど、「私」が女性であるという表現があったかなあ。女性ならではの視点や、仕草や、エピソードが、カフェに入るまでにもういくらかあったらよかったかな、と感じましたが、狙っていたのならスルーしてください。

読ませてくださり、ありがとうございました。

柔らかい月
n219100087087.nct9.ne.jp

筆の運び、状況説明と比喩表現、主人公の思考回路と行動・・
端々まで、一々濃厚に村上春樹すぎる。
ソツがなく入念に、散りばめられたディテールが、一々村上春樹、村上春樹、村上春樹。。


盛り込んでる素材? 取り上げてる固有名詞が、徹頭徹尾「村上春樹趣味丸出し」で食傷。。な上に、感情描写部分も・台詞回しも一々『ああ見た見た』、もう村上春樹てんこ盛り。


早々にお腹いっぱいになって、駆け足・流し見。



あんまり村上春樹だもんで、話の顛末〜結末が、途中でもう見えすぎるほどに見えすぎて、、
読まんでも分かるし、「絶対そこにしか行かない」状態。
ラストまで一瞥して付き合っても、
やはり「予想どおり」でしかなくて、「見え見えの結末」にたどりついて、おしまい。


その意味では(村上春樹の超お約束予定調和から、いっさいまったく1ミリたりとも踏み出さない! という頑なさで)、

作中では『不可思議なことなんか、実は何一つ起きていない』んですよ、
「ただ村上春樹的世界、ありきたり通常モード」にすぎなくて。


なので、個人的には、とても退屈で、「古臭い」と思った。

すいません。




『八月の雪』で連想される話は、もうこういった「ベタクタで古臭い村上春樹」じゃなくって、
伊与原新『八月の銀の雪』だ・・
って読者層も多いでしょう。

そういう時代。

もんじゃ様
softbank060112165103.bbtec.net

 感想ありがとうございます。
 私という一人称は性別を特定しないので、たしかに冒頭でどちらの性別で読むかは読者の判断に委ねられているところが大きいのかもしれません。個人的には「ダッフルコート」「ブーツ」といった服装で女性であることを匂わせたつもりです。
 文章に関しては自分でも色々と試行錯誤をしたので、高評価を頂けて大変嬉しいです。今後の創作の励みになります。

柔らかい月様
softbank060112165103.bbtec.net

 そう! その通りなんです! 僕がこの作品を書いている途中に最も恐れていたことが「村上春樹の二番煎じ」という批判だったんです! あり得ない状況に疑問を呈さない作風という、現代文学における一種の流行り(柔らかい月様の仰る通り、こうしたマジックリアリズムはもう時代遅れのきらいがあるかもしれませんね)を導入するからには、それが功を奏するか、そして何より独自性を醸し出すことができるか、そこに重きを置かなければいけない、と考えて執筆をした次第です。
 いわゆる村上春樹チックな作品の多くは、「孤独な男性主人公による一人称の」「何かを喪失していて」「何かを求めており」「性に対してやや奔放な考え方を持っている」登場人物が出てくることが多いでしょう。ただし、僕が村上春樹と差別化を図ったのは主題の点です。
 これは僕の持論ですが、小説の文体・雰囲気は主題の要請に拠る、と考えています。すなわち、主題が村上春樹のような文体・雰囲気・世界観を要求しているのならそれを用いるべきだし、他にも世の中には沢山の作風がありますから(暴力的、神話的、私小説的、歴史的、云々)、その中からどれを選び取るかは作者の腕の見せ所だと思うのです。
 ちなみにですが、今回僕は意図的に村上春樹的な文体を使っています(自分のほかの作品は全く違う作風ですし、僕はいろいろな作風を試すタイプです)ので、柔らかい月様のご批判は好意的に受け止めているのですが(自分の目論見が成功したということなので)、村上春樹という作家が好き嫌いのハッキリ分かれる作家である以上、その語り口にちょっとイラっとくるものよくわかります(笑)。
 結末は予想通りですが、この作品はどんでん返しを意図したものではありません。今回の作品が伝えようとしている主題を書くにはこの結末が一番効果的と判断したからです。もしこれと違う結末にすれば主題にブレが出てしまいます。雪解け、そして荷物を取りに帰らないという、この二つが、存在の軽さの露呈、およびそこから一歩踏み出す決心の象徴でもあるからです。
 長い感想をいただけて大変嬉しいです。今後の創作に活かしていきます。

黒沢ひろひと
M014008035162.v4.enabler.ne.jp

確かに村上春樹的ではありますが、それにしても冒頭部分が少しくどいかな、と感じました。コーヒーを頼んだあたりで「えーと、本編はまだかな?」と思ってしまいました。
それでも全体的には読みやすかったし、世界観(意図して春樹的な)は伝わってきました。そして読後感もまた、春樹氏と同様、「なんかよくわからんけど腹にたまる」感じですね。春樹氏と比べるべくもなく御作のそれは微々たるものですが(失礼)。
他の方がおっしゃっていますが、確かに途中まで主人公の性別がわかりづらかったです。ダッフルコートは男性も普通に着ますし、ブーツだけでは女性と言う判断がつきにくいですね。

中山洋祐
softbank060108215049.bbtec.net

黒沢ひろと様

 序盤のくどさは難しいところですよね。黒沢さんのように長いと仰る方もいれば、逆に、雰囲気が好きだからもっと描写が欲しいという人もいました。そこは人によりけりなのかな、と思っています。一方でこれは短編なので、それを鑑みると確かにもう少し序盤の描写を削るのもアリかもしれません。ただ、少し独善的な考えではありますが、このあたりの配分は作家の好きにしていいのかな、と思っています(ストーリー展開を優先するエンタメ小説だと話は別になりますが。ミステリーなどでは、すぐに死体を出せとよく言われますし)。一方で展開のない小説の美学というのは高等なテクニックですので、それを会得するにはまだまだ精進が必要ですね。
 ダッフルコートとブーツは確かに男性も着ますから、そこは修正しようと思います。ご一読していただきありがとうございました。

陽炎のようね
p0396713-vcngn.hkid.nt.adsl.ppp.ocn.ne.jp

雪の大嘘はいいんだけど、その後細々と説明される雪の様子がちょっとチグハグな気がしてしまうんだよな。
雪国人としては。

後半の会話は(仰るとおり習作としてなら)面白くていいんだけど、肝心の寝るまでと寝てからが端折られてしまって
いる感じが強くてちょっと威力が落ちている。
最後の忘れ物の文が格好良すぎて、雪なんてどうでもいいほど消し飛んでしまっているように感じられたのも残念。
別に普通に台風とかでもあんま変わらないかなw

中山ヨウスケ
softbank060108215049.bbtec.net

陽炎のようね様

 大変ためになる指摘をありがとうございます。自分が想定していたのはかなり軽い粉雪で、積雪は数ミリを考えていました。けれども、そう考えると地平線が消える程積もるのも変な気がしてきますし、ちぐはぐさは確かに否めないでしょう。とてもありがたいご指摘です。
 終盤の転換は確かに素早すぎて、感情移入する隙を与えていないという点もまた、否定することは難しいでしょう。個人的には生々しい性描写を避けたかった(そうすると作品の幻想性が損なわれてしまうため)ので、軽い描写に徹したのですが、それが裏目に出たのかもしれません。展開・描写の重厚さと、主人公の女性の生き方の軽さ、この相反する要素をどう両立させるかは、この小説における一つの壁でしょう。威力を高めすぎると「軽さ」というこの作品のキーポイントが曖昧になってしまうので、采配の取り方が難しいと感じました。
 最後の忘れ物の文がカッコいいという言葉、めちゃくちゃ嬉しいです。かなりオープンエンディングの小説ですので、彼女のこれからの一歩がどのようなものになるか、その想像を読者に委ねたつもりです。八月の雪という幻想が吹っ飛んでしまうという点は、好意的にも否定的にも受け取れるものだと考えています。夢から覚めたという、そのあまりにアッサリとした感覚を表現した、と考えればその「どうでもよさ」は功を奏したと言えますし、ただ単に小説が陳腐なものになったのなら、否定的に受け取られるべきでしょう。ただ、台風だとそもそも二人が出会えないのですし、幻想的な小説というよりは凄惨な小説になってしまう気がするので、そのご指摘に関しては保留させて頂きます。
 本当にためになるご指摘でした。とても嬉しく、励みになります。ありがたいお言葉に感謝すると同時に、ご一読頂いたことにも心より感謝申し上げます。

アン・カルネ
219-100-28-146.osa.wi-gate.net

うーん…。若い人の間では「行きずりの情事を通して存在の耐えられない軽さを語る」遊びでも流行っているのでしょうか…。

ごめんなさい。8月にドカ雪が降っていても淡々としていられることは無いのでは? という思いがあって、物語に入ってゆけませんでした。つい最近の土砂崩れの映像にも、胸痛む私です。
それはさておき。
>確かに、一晩限りの関係のほとんどはつまらないものだった。私が会ってきた男たちは、大抵私を女というより従属的な肉体としてしか見ていなかったような気がする。
彼女は日常的に、一夜限りの行きずりのセックスを行っていたと言う事ですよね。
でも彼女の主観ではそれは
>《そのような男に愛されている私》
というふうに捉えていたわけですよね。
更にそういう男一本釣りを続けながら、見つけた今回の男に関しては
>彼と特別な関係になることを望んでいた。
>《特別な愛の享受者》になることを
そして会ったばかりの男に対して
>彼との恋愛はいつものそれと何ら変わらないのではないか
とこれを「恋愛」だと認識してしまうわけですよね。で、勝手に不安になって気が気じゃなくなって
>「信じていいのよね、その言葉」
と言っちゃうわけですよね。
ここらあたりで私が思ったことを正直に言うなら、もしかしたらこういうおバカ女子がいるから、ジャック・ザ・リッパーが生まれちゃうのかもしれないな、でした。
なんか、切り刻んでやりたい気がしてくるもん、このお嬢ちゃん(笑)。
独りよがりの大恋愛なんだか、「大人の恋愛」に憧れるお嬢ちゃん夜の大冒険なんだか、分からないけど、彼女が何をどうすれば、この状況を「私は愛されている」と思い込めるのか、その心情を思うと、彼女に必要なのは精神科医なのでは? と思えてきます。
ところで。
彼女は
>ずっと行ってみたいと思っていた高級料理店を彼が予約してくれた。
と語るわけですけど、今日出会った男は彼女と過ごす中で隙を見て、今日の今日、予約を入れたと言うことですよね。
まあ、8月にダッフルコートとマフラーが必要なほどの寒さで雪まで降っているのに、店を開け続けているシェフも従業員の皆様もそのプロ意識はもはや映画「タイタニック」の楽団員並みですよ、と思うし、この状況下ではおそらく予約無しでも入れたのでは? とも思えなくもないのですが、普通の状況下ではグランドメゾンは基本、今日の今日は予約電話をしても断って来ることが多いですよね。それとも昨今はそうでもなくなったのかしら。なんてふとどうでも良い事を思ったりしてしまいました。

とはいえ、狙いに書かれてある事、それ自体には文句なく、むしろだからこそ、ごくごく普通の男女の恋愛の中で起こる些細な心のすれ違いから、自分の存在とはもしかしたら他者に対してはいつまでもインプロヴィゼイション的なものでしかなく、それ以上には絶対になり得ない、言い換えれば常に消失してゆくものでしかないという話にしても良かったんでないのかな、と、そんなふうに思いました。

中山ヨウスケ
softbank060112165103.bbtec.net

アン・カルネ様

 的確なご指摘、ありがとうございます。ミラン・クンデラ的な歴史的・哲学的な文脈に沿った壮大な恋愛小説を、一度は書いてみたいと思っているのですが(と同時にそう思うのは若気の至りだとも思うのですが)、初めて頂いたタイプの評価なのでびっくりしています。これまで友人を含め数十人の方々にこの小説を読んで頂いてきたのですが、八月の雪という状況に入り込めないというご指摘は頂いたのは初めてで、少し困惑しています。もちろん、実際に八月に雪が降ったら仰る通りカフェが開いているわけないし、そもそも人が出歩くわけがありません。むしろパニック映画のようなカオスになること間違いなしです。そのような、普通に考えてとても社会が回るとは思えない状況でも世界がそれなりに回っているという、超自然的な設定は、よくよく考えてみると人を選ぶのかもしれません。入り込めない方がいても何らおかしくないですし、今回頂いたそのようなご指摘はとても新鮮でした。
 彼女の心情変化については、物語の展開が素早いためそれに付いて行けないことが起こりうるかと思います。自分の考えでは、
 1.いつもはその日限りの体の関係で満足をしていた女性が
 2.八月の雪という特異な状況でそうした現実にベールをかけられ
 3.いつものような軽い恋愛を《特別な愛》と錯覚してしまい
 4.しかし実は雪がすぐ解けてしまうのと同様、《特別な愛》が存在するということもまたただの幻想であったために、
 5.結局はいつものその場限りの恋愛の世界(すなわち現実)に戻ってしまうが
 6.こうした経験は彼女に新たな恋愛へと向かう契機を与えた
 という心理的なフローを考えていました。主人公と恋をするグレーのマフラーの彼は、八月の雪という幻想を利用して《そのような男に愛されている私》という存在を《特別な愛》にすり替えているわけです。しかし彼女はそのすり替えがすり替えであることに気づかず、彼に《特別な愛》を求め、彼がその提供者であると信じるあまりに「信じていいのよねその言葉」と発言し彼が《特別な愛》の提供者であるかどうかを確かめてしまう。しかし、彼は自分が彼女を騙しているという自覚があるので、答えを保留する、というわけです。
 冷静に見れば、彼女は幻想的な雪で目が眩み、いつもと変わらない軽い行きずりの恋を《特別な愛》だと思い込んでしまった哀れな女性です。精神科云々は冗談だとしても、そこを女性の無知と取るか男性の傲慢と取るかは、読み手によって左右されます(不思議なことに女性がこの作品を読むと大抵が「この女の人の気持ちすっごい分かる」と言って、グレーのマフラーの彼をことごとく貶します。性別間で評価が分かれるというのは、書いている側としてとっても嬉しいことです)。もちろんアン・カルネ様が男性なのか女性なのかもしくはその他の性別なのかは存じ上げませんが、どれであろうと主人公の女性に感情移入できなかったという事実は、作者として重く受け止める必要があるでしょう。
 レストランの予約の件は、よくよく考えればその日に予約するのも変な話ですね。ご指摘を参考に修正しようと思います。こういう凡ミスは減らしていかなければと思う次第です。最後になりましたが、ご一読いただきありがとうございました。
 

アン・カルネ
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うーん…。いえ、あの、おそらく、作者さんと私の間にある決定的な違いは
1.いつもはその日限りの体の関係で満足をしていた女性
この設定の女性がそれを3にあるように「いつものような軽い恋愛」と、あくまでも「恋愛」と認識している点だと思います…。
同じ男と恋愛未満で、ベッドメイトなだけなのよね、と嘯く女の気持ちと言うのは分かります。
リアルでも、夫が海外赴任中に、つい、同僚の男性と一夜の情事をやっちまったよ告白を友人からされた経験もありますし、つい魔が差した、と言う事は生きていれば、確かに起こる時は起きちまうって事はあるよなあ、とも思います。
しかしですね、見ず知らずの男と日々、その日限りの肉体関係を結ぶことを普通の恋愛と捉えるには…と思ってしまうわけですよ…。
ってか、最近の若い人は、そういうのも「恋愛」だと思うものなのねって、そこ目からうろこでした(笑)。

中山ヨウスケ
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アン・カルネ様

 たしかに驚かれるのも分かります。でも意外とこういう女性って多いんです。自分の周りにも数人います。僕も最初は信じられませんでした。毎日男をとっかえひっかえするなんて、都市伝説かごく少数の人の話なのではないかと思っていたんです。でも、学歴とか収入とか関係なしに、こういう恋愛をする人って本当にたくさんいるんですよ。これについて自分は否定派ですが、世界は広いなと若いながらに思い知らされました。ある意味で僕は、この小説を書くことでそうした女性の気持ちを理解しようとしていたのかもしれません。

中山ヨウスケ
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アン・カルネ様
 
 色々と追記してしまい申し訳ありません。その場その場の関係を本当の愛と勘違いするというのは、一般的に考えてただの盲目です。それは大いに同意します。というか私もそう思いますし、自分でこんなお話を書いておいて言うのも変ですが、僕は主人公の貞操観念を肯定どころか理解もできません(自分の恋愛観が結構厳格なので)。一方、こうして小説という形を通して恋愛観の議論が起こるのは素晴らしいことだと思いますし、僕がこの小説で意図したことでもあります。もちろん若い人(自分はまだ大学生になったばかりなのですが)がみんなこういう恋愛をしているわけではありませし、むしろこういった恋愛に身を投じる人は少数派でしょう。時代の変化かどうかは分かりません。自分は前の世代の恋愛を知らないので。
 アン・カルネ様が心に抱いた違和感を、どうぞ大切にしてください。この小説の主人公の恋愛観、すなわちその日その日の肉体関係を普通の恋として捉えてしまう恋愛観に、驚きを感じるアン・カルネ様の感性は、とても素敵だな、と思いました。

u
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読みました
てか 本文→感想のこうていです
もんじゃさんが1番乗り そんで月さんがハルキ指摘www

作者さん>僕は意図的に村上春樹的な文体を使っています なんですよねwww

あたし 長編は海辺のカフカに始まって1984 騎士団長殺しぐらいまでは読んでる
ハルキは長編作家(長編のほうが読む価値がある)とハルキ風に(   )www
てか あたしにとってはハルキ短編はおもんないwww

作者さんハルキ的な文体を採用してるのだったら欠点がwww
本文中音楽も出てくるし主人公と彼買い物するし
何故ここで具体的な特定固有名詞が出てこないかなーwww

まー良かったww


 

アン・カルネ
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なるほどー。ただなあ、思うんですけどね、「毎日男をとっかえひっかえする」それを恋愛だと思っているのであれば、いつまで経っても「公衆便所」の域を出ないのは当り前なのでは? そんなふうに思わされてしまいます。

とはいえ、それでもまだその男が同じ職場の同僚とか同じ学校の生徒とか学生とか、要は自分の生活圏内の相手であるのであれば、まだ分からないではないんです。
ただね、そういう子はどこかの時点で大抵、痛い目見るんですよ。
私も会社の同僚(男性)の話で、高校の頃、彼は男子校だったのですが、同級生が教育実習で来た女子大生とヤッちゃったという話を聞いたことがあって。でも翌日、その男子生徒は黒板に「ヤリマン」と落書きしたそうですよ。そしてその女子大生は泣き出しちゃったと。さもありなんって話で、そりゃもうその女子大生のお嬢ちゃん、おバカさんだよね、ですけどね。他にも、やっぱり職場で、まあ、会社デビューしちゃった女子がいて、そういうのって噂になりますよね。で、彼女もある時、ってか、夜のカラオケ飲み会で、宴たけなわ中、次は彼女が歌いますってなった時、皆、酒が入っているがゆえに、つい、言っちゃったのがこの一言「出たな、尻軽!(笑)」。みんな男女共々ゲラゲラ笑ってましたし、彼女も表面上はケラケラ笑ってましたけど、その笑顔は一瞬ひきつっていましたよ。

そうね。現実には何とも言えない後味の悪さがある。そういうものが作品の中にあると、それはそれでまた私のようなおばさんにはリアリティがあるように思えたのかもしれません。なんて、つくづく私っておばさんなのね、とそう思ってしまったわ(笑)。

中山ヨウスケ
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u様

 「村上春樹っぽく書きました!」と言って本当にそれができる人は居ないのでしょうね。完璧な絶望が存在しないのと同様、完璧な文章擬態など存在しないのでしょうから(笑)。僕は彼の文体の一番の特徴は翻訳調にあると思っています。川端康成のような日本語特有の主語省略をする作家と違って、村上春樹さんの小説は主語がはっきりしています。彼の作品を英語で読んでみると、村上春樹がいかに英文学的な作家かが分かってとても面白いです。そもそも彼のデビュー作は最初英語で書かれそれを日本語に直して応募したそうですから、尚更彼の文学の英語らしさは強まる一方でしょう。大江健三郎さんが村上春樹さんの作品について、「日本人が書いた小説が英語の文学として受け入れられたところに彼の凄みがある」というようなことを仰っていたのですが、なるほど、と思ったことがあります。逆に、英文学を英語から日本語に訳す翻訳者の方々は、村上春樹チックにできないという制約を課せられてしまって、大層大変なんだろうな、と翻訳書を読んでいて思うことがあります。
 固有名詞の登場は確かに彼の作品の特徴でもありますよね。シンフォニエッタに導かれ始まる1Q84は印象的でしょうし、海辺のカフカにも音楽・古今東西の文学への言及がありますから。僕はとりわけ村上春樹が好きというわけではないのですが、あえて言うなら『ねじまき鳥クロニクル』が一番好きではあります(彼の作品の中では一番メッセージ性が強いと思うからです。よく言われるように、彼はこの作品で初めて戦争という巨大な暴力を扱っていますし、ねじまき鳥に象徴される世界秩序の保持とその対抗勢力という構図、そしてそれに絡む久美子の存在が、読者にページをめくらせます。けれども同時に、彼特有の性描写や意味があるのかないのかよく分からない日常の描写は、僕も首をかしげるのですが)。そしてこの作品も泥棒カササギという音楽の言及から始まります。
 こうした固有名詞の使用は彼の作品の特徴ではありますが、残念なことに僕にはいかんせん音楽の造詣はありません。「固有名詞=春樹的」というのは少し短絡的な図式な気もするのですが、しかしそれが彼の作品の特徴なのは変わりないのかもしれません。固有名詞の言及があるからこそ、彼の作品は幻想性を保ちながらも現実との接続をある程度残しているのでしょう。そこに彼の文学の面白みがある、と僕は思っています。
 たぶん僕よりもu様の方がたくさん村上春樹の作品を読まれていますし、村上春樹的とは何なのかという議論はそれだけで論文が書けるような内容でしょう。こういったことを考えるのは、僕ら物語を書いている人間にとってもとても楽しいことですね。ちなみに、自分が意図した村上春樹っぽさというのは、雰囲気面で言えば「マジックリアリズム的な世界観で幻想性を保つ」という点、文体面で言えば「極力主語を明確にし助詞の用法をハッキリさせる」という点です。そして何より感情の起伏が抑制された語りというのも重要でしょう。やれやれ、一杯ありますね。
 全く関係ないのですが、ジョイス・キャロル・オーツやミシェル・ウェルベック、トマス・ピンチョンや安部公房のような、迫り来るタイプの文体の作家さんたちと村上春樹とを、英語で読み比べてみると(ウェルベックはフランス語ですし安部公房は日本語ですので、英訳版を使う必要がありますが)面白いと思います! 英文学の地平から見た村上春樹の姿は、日本語から見えるそれとまた違った風体をしているからです。

地蔵
KD111239154146.au-net.ne.jp

>東京のあらゆる平面を

一人称のスタイルなので「あらゆる」って書くのは変では? ここ全知視点になってませんかね。あと平面じゃなくても雪はつもると思いますが。

>葉を灰色に染めた街路樹は、曇天を持ち上げるかのようにその枝を上へ上へと伸ばしていて

灰色の街路樹と上へ上へという生命感はミスマッチかな。まあ夏の街路樹に雪が付着してるだけだからシルエットは生命感あふれるものでしょうけど。

>雪の奥からひっそりと聞こえてくる。

「ひっそりと」は静かな状態を表す言葉なので、おそらく意図的な誤用なんでしょうけど、変な感じがしますね。「かすかに」というような程度の弱さを表す意図で使っているのであれば、「喧騒」という言葉が強すぎると思います。

>しかしほとんどの騒音は雪に包まれているから、意識しなければ聞き取ることはできない。

現実ではこんなことは考えられませんね。まるで雪が吸音材みたい。
>一歩進むごとに足跡が残り、路面のアスファルトが露わになる。
数ミリ程度しか降ってない? ほとんど降ってないんですね。
数ミリ積もってるだけの日に街中に出た時のことを想像してもらいたいですが、無音のわけないですよね。
誇張表現により超現実的な世界観を演出したい意図はわかるんですが、ちょっと雑な感じがします。
しかもその後の展開を見てると言うほど超現実的な世界観でもないという。
冒頭で想像力の赴くままにちょっと盛った感じでイイ感じに世界観を展開してみたけど、その描き方も雑だし、その後の展開でも生きていないし、「書いてて楽しい」で止まってる感じです。素人臭い。
>目に見える沈黙
とか言いたくなるんですよね。しかし上手くはないです。

しばらく目的のない、描写それ自体が目的の描写がダラダラと続きますが、編集者がついていたら容赦なくカットすると思います。
何となく散歩して、何となくカフェに入る。そして行きずりの恋(!)、男性だと思ってた主人公が実は女性だった(これは別にいいとして)、こんな警戒心ゼロのあばずれ女が出て来て、意識高い系インテリ読書人(自称)の好きそうな異化効果バツグンのふわふわ白い雪が染め上げる非日常的世界で、わけのわからないオッサンと村上春樹的な歯の浮くようなキザな会話を始める。
これは……なかなかですね。
そして終始スベり倒しています。
男女に気の利いた会話をさせようと骨折っている印象ですが、全然言葉が入って来ないです。オサレな(あるいは含蓄のある)会話を意図していることがしっかりと伝わってくるぶん、こちらのシラけ方は半端ないです。
掴みが上手くいっていない、お客さんを自分の舞台に引き込んでいない、にも関わらずお客さんのリアクションなんか全然無視してひたすら自分の世界を展開する、そういう独りよがりな芸人さんを見ているみたい。
主人公の女の子、かなりリスキーな火遊びに自分から手を出して、勝手に期待して勝手に傷つき失望を味わってますが、自分を安売りする女がカモられるのは男というものを知っていれば誰にでもわかるはずですが。いかにも傷つく結果になりそうなことを自分からしておいて、しっかり傷つく。何のヒネリもないですし、この女馬鹿なことしてるなあとしか感じませんね。
基本的な知識(常識)がいろいろと足りてないのかも(他の人の感想を読んでいてもそう感じます)。

追記 サーモンのムニエルって高級料理店で出るものなんですかね? なんか家庭料理のような…。

中山ヨウスケ
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 アン・カルネ様

 やはり世の中には実際にそういった生々しい男女のお話があるのですね。自分が今までいかにぬるま湯に浸かってきたのかを思い知らされます。今回の『あまりに白くて軽い』は幻想性に重きを置いた話ではありますが、しょせん物語は物語なのでしょう。現実の恋愛や性の生々しさは、直視しようとすると胸が苦しくなります。
 恋愛にしても性にしても、一般的に女性は受け身なことが多いと思います。そうなると必然的に、「愛する」ではなく「愛される」ことの方が大切になってしまって、よく言われるところのメンヘラとかワンナイトラブに走ってしまうのかな、と思うのです。恋愛における男→女という矢印の関係は、男女平等の世の中だろうと何だろうと決して完全には拭えないものなのではないかと、男ながらに考えてしまうのです。もしこの作品を僕が暴力的なスタイルで描いていたら、おそらく作品の印象もがらりと変わったでしょう。幻想性があるからこそ、日頃人々が直面している生々しさから逃れることができる。小説というメディアの強みはそこにあるのかもしれません。
 若いうちは性に奔放な人も多いかと思います。そうした中で「愛する」「愛される」という矢印の関係を越えて、輪でつながるような恋愛ができたら良いのにな、と思ってしまいます。けれども若い人は皆視野が狭いですし(と若い僕が言うのも可笑しな話ですが)、恋は盲目と言いますから、欲望や性に足をすくわれてしまうのは、ある意味で若者の宿命なのかもしれません。まだ十八歳なのに何考えてるんでしょうね、僕は(笑)。

中山ヨウスケ
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 地蔵

 視界の中の「あらゆる」なので大丈夫かと思っていたのですが、なおすとしたら「視界に入った東京のあらゆる平面を」とかでしょうかね。考えてみます。

 枝の力強さを強調したかったのですが、灰色はそれと逆のイメージなのかもしれませんね。茶色とかが良かったのでしょうか。実のところ、終盤で緑の苔が出てくるので、その彩度ある色彩感との対比をするために序盤はあえてモノクロな風合いにしておきました。それが裏目に出たということでしょう。要修正ですね。

 まるで雪が吸音材みたいというのは、雪を吸音材として扱う比喩だったので、その通りとしか弁明の余地がありません。喧騒という言葉を消して静けさを強調するべきかもしれません。そうすれば吸音材の比喩も効果的になるかな、と思いました。ただ、都会なので本当にそんなに静かになるのか? という疑問は残りますよね。検討します。

 おっさんというのは意外です。この作品を読んだ人に訊くと、みんな「最初主人公男かと思った」「いや最初から女だと思った」とバラバラなんです。僕は二人とも二十代前半を意識していたのですが、読み手によってまちまちのようです。書いた本人でさえ何が何だか分からなくなってきています。読んだ人の性別を投射するのかな? と思ってもみるのですが、どうなんでしょう。主人公の描写に関しては、序盤にメイクに言及してみるといいのかも、と思いました。

 この女が馬鹿だな、というのは散々言われてるご指摘なのでその通りなのでしょう。でもこの小説は半分友人女性の実際の経験談みたいなところがあるので、となると僕の使命は、その馬鹿さをいかに高尚にするか、ですよね。ここは本当に難しいです。仰る通りただの馬鹿な女性に見えてしまっていると、冷静に読んでみて感じています。

 すみません、サーモンのムニエルは実際に高級料理店に行った際実際にコースのメインで出て来たので……と言ってもそれはあくまで僕の経験談ですし、読む側はそんなことお構いなしに読みますから、もうちょっと高級店らしいメニューにするべきなのでしょう。考えてみます。

 ここに作品を投稿してからというもの、この作品は悪い意味で軽く感じられてしまうことが多いのだな、と思うに至りました。そこをどうやって「良い意味で軽い」小説に変えるか。そこを考えて書き直してみたいと思います。実際にカフェこんなわざとらしいウィットばかりの会話をしている男女なんているわけないですし、そこは明らかなフィクションなのですが、そのフィクションをリアルに見せるにはどうすればいいのか、を考える必要がありそうです。実を言うと、僕自身こんな経験をしたことがないので、常識のなさが露呈するのは当然でしょう。友達に読んでもらったとはいえ友達にもこんな恋愛を経験した人がそれほどいるわけではありませんし、こうしてこのサイトで大人の方々から批判を頂けるのは励みになります。

 今までで一番ためになるご指摘のオンパレードでした。まさにこういった批判を待っていたのだ、という感想で、大変嬉しく思っています。ここまで真摯に読んでくださったのが初めてなので、本当に嬉しくて感動しています。嘘じゃなくて本当に泣きそうなくらいです。ありがとうございました!

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