作家でごはん!鍛練場
ドリーム

時空を超えて 第二章 川越藩

登場人物
 佐伯雄一   工学博士 三十二歳
 酒井忠利   川越藩城主  
 酒井忠勝   忠利の嫡男 江戸城 老中
 菊野姫    忠利の娘で忠勝の妹
 本田良成   川越藩 家老
 秋山半兵衛  川越藩 勘定奉行
 浅野三郎   御用人


 玉子焼きは木綿屋(きはたや)でも作れるがパンはいずれパンを作る釜が必要だ。
これまではトースターを代用していたが、それでは無理がある。次はトースターを改良した電釜を使う。これだけ売れれば雄一は毎日パン造りの日々が続く、それでは自分の時間が作れない。そこでもう一台パンを焼く釜を作り木綿屋に持って行った。もうその頃はパンの生地の作り方は木綿屋の若い衆が作れるようになっていた。電気釜を持ってきたが電気が必要だった。とてもじゃないがバッテリーを充電したものでは火力が足りない。そこで考えたのは水車で電気を作る事だ。幸いに木綿屋の裏に小川が流れている。そこに水車を作る事にした。水車は木綿屋に頼み、水車の職人に作らせた。周りの人は農家でもないのに水車を何に使うのか不思議がっている。雄一の要望を入れ理想の水車が出来た。同時に水車小屋を作り歯車を連動させ、そこにベルトコンベアを取り付けモーターと接続させる。雄一は変圧器も取り付け問題なく一定の電流が流れる事に成功した。水車小屋で電気を作り、そこから電線を伸ばし木綿屋まで繋いだ。そして電気コードを電気釜に繋いだ。
果たしてパンは出来るのか? なんと一発で成功だ。あとはパンを作る者たちに釜の使い方を伝授すれば雄一が自由を得られる。ついでにパン工房に蛍光灯もつけてやった。これで夜でもパンが作れる。

 今ではパンを作るのも玉子焼きを作るのも材料も全て木綿屋が受け持った。
余裕が出来た雄一は、食用油を使って新しい物を作ろうと考えていた。ただこの時代に油は主に灯り用に使う。勿論料理に使えるが平成の物と比べて格段に味が落ちる。いずれ美味しく揚げられる油に改良が必要だ。当分の間、あの貸倉庫の油を拝借するかなさそうだ。
食用油を使った料理と言えばあり過ぎて困ってしまうが代表的なものはやはり天ぷらだろう。この時代まだあまり知られていないが最初に食べたのが徳川家康であるが、タイの天ぷらを食べて三カ月後に死亡したとされるが定かではない、それ以来天ぷらは姿を消した。そうなると天ぷらを作っても何やら処罰されそうだ。
小麦粉、食用油、砂糖は雄一が提供した。勿論タダと言う訳には行かない。
揚げパンと玉子焼の売れ行きも好調で雄一は売り上げの一割五分を報酬として支払ってくれた。いわば特許料みたいなものだが。報酬とは別に材料費も支払ってくれた。
これで当面、家から平成の時代の物を持ち出して金に代える必要はなくなった。ただ小麦粉、食用油、砂糖を除き、いずれはこの時代で調達しなくてはならない。生活費などはこの  金でなんとかなる。他に今の所は欲しい物はない。
雄一は百両も手にすることが出来たが、一部を小判で貯めた。小判は金で作っているから平成の世に戻っても価値はあると思った。因みにこの時代江戸時代初期で一両十万から十三万円、中期から後期で四万から六万円、幕末となると四千円から一万円と価値が下がる。
此処では江戸初期なので一両(十万)として従って雄一は百両として一千万円以上を手にした事になる。またいつの間にかタイムスリップしたら金の小判があれば平成の世でもそれ相応の価値がある。雄一の所有する土地家屋など、百億前後の資産を一瞬にして失った。今は土地にある資材と倉庫と車など、この百両が雄一の財産である。

 この府中周辺を武蔵野の国と呼ばれ、この辺を取り仕切るのは川越藩であった。川越藩城主は酒井忠利で当時は河越と呼ばれていたが、ここでは川越と呼ぶことにする。この当時の川越藩は三万七千石の大名である。
駿河の国、田中藩から国替えを命じられて、酒井忠利はこの城の城主となった。
後の参勤交代、いわゆる幕府に忠誠を誓う事である。参勤交代は莫大な費用が掛かる。更に奥方や家族を江戸城近くの屋敷に強制的に住まわされる。つまり人質である。金は使わされるし人質は取られるし謀反を企む余裕がない。これが徳川家三百年栄えた秘訣であった。ただその制度はもう少し先の家光の時代となる。
やがて木綿屋の評判が川越藩に知れる事となったのは、それから間もなくの事だった。評判を聞いた川越藩の役人、秋山半兵衛が揚げパンと玉子焼きを沢山買って、家老職を務める本田良成に手土産として献上した。
「ご家老、これは府中の街道で買って来た揚げパンと玉子焼きという物です。これが評判でして、是非にお召し上がりください」
「ほほう、揚げパンとな。異人が食べるというパンなるものか。どれ食してみるか」
「ご家老……いかがですか? お味の方は」
「まてまて、これは玉子を焼いたものか。普通玉子は似るものと決まっているが、うむ玉子を焼くとは考えたものじゃ」
本田良成は揚げパンと玉子焼きを交互に食べ始めた。
「むむっ、これはなかなか美味(びみ)じゃ。是非とも殿に召し上がって戴かなくてはな」
「それがご家老、この揚げパンと玉子焼きなる物を考え出したのは、異人のような大男で、不思議な鉄の動くクルマなるものに乗っているとか」
「なに? 不思議な動くクルマとな。一体それはなんだ」
「それが馬よりも早く、疲れを知らない鉄の乗り物らしいです」
「なんと、そのような物があるのか? 異人ではないのか、いや異人でもそんな物は作ってないぞ」
「はぁ詳しいことは分りませんが日本の言葉を使うようです。そのような噂で御座います」
「ふむ、これは是非とも殿に召し上がって貰い、ついでに偉人のような大男の話もして見よう」
その揚げパンと玉子焼きを藩主の酒井忠利に家老から届けられた。
「良成、それはただの玉子料理ではないのか」
「玉子は煮る物としか思っておりませんでしたが、玉子焼きなる物は鉄の器に油を入れて、砂糖など加えて焼く物だそうで、これを発案したのが偉人のような大男だそうです」
新しい物好きの、酒井忠利は興味津々で早速食べた。食べた途端に目を丸くした。
「おう~美味(びみ)であるぞ。冷めておるが、なかなかの味じゃ。作りたてならかなり美味いであろうな。だがこの揚げパンなるものは冷めいても美味いぞ。どうじゃ、その者を城に呼んで作らせてみろ。それに鉄のクルマとか異人のような大男とか、面白そうじゃないか、是非とも会ってみたい。さっそく手配いたせ」

「はは~しかし得体の知れぬ者、殿に何かありましては」
「何故じゃ、その者は一人だと聞いておる。一人で何が出来よう心配ない」
「そう申させるなら、それでは早速に籠を手配して連れて参ります」
「うむ、そういたせ。たが丁重にな。もしかしたら我が藩に福をもたらしてくれる人物になるかも知れんのでな」
家老の本田良成から命を受け、秋山半兵衛は十人の家来と駕籠を用意し更に馬二頭と籠の担ぎ手を従えて川越から十一里の道のりを、一昼夜半かけて府中に到着した。
なにせ歩くか馬しか交通手段がない当時は、それほど苦にならなかった。江戸から大阪へ約二十日掛けて歩く。但し毎日三十キロ以上歩き続けるのはきつく数日休むこともあるから一ヶ月は掛かるようだ。長崎へだって歩くのだから、それだけ当時の人々は脚力が丈夫だったのだろう。この川越藩の領地は広く、このような記事もある。
【川越藩は武蔵国の大藩。領地は埼玉だけでなく相模や上総など多くの飛地もあった。藩役人は多忙で多くの文書の処理がなされ御殿も活気があったろう。川越だけでなく三浦半島の防衛のために千六百人もの藩士が現地の陣屋に詰めていた】
こんな飛び地に千六百人も派遣出来るなら想像だが川越藩は少なくても八千人から一万人以上の藩士を抱えていたのではないかと推測する。他にもこんなし資料がある。一万石につき武士なら百人雇いてその足軽など計二百三十人とあるが、川越藩は忠利が藩主で三万七千石なので千人程度しか雇いない計算になる。そうなると資料と合わなくなるので、やはり推測で物語を進める事にします。

 やがて八月も終わる頃の季節としてはまだ暑い、暑いが当時の江戸の気温は平成と比較して六度前後低いので、汗がしたたり落ちるような暑さではなかった。しかし駕籠を担ぐ方は大変だったろう。その一行が木綿屋の前で停まり主の宗右衛門を呼んだ。城からの使者が突然見えたと聞き、慌てて宗右衛門は出てきた。
「秋山半兵衛と申す。我が殿が揚げパンと玉子焼きなるものを、えらく気におられて是非その発案した者を城に連れて参れとの仰せじゃ、なんでも異人のような大男と聞き及んでおるが、どちらにおられる」
「はあ、その方なら間もなく、こちらにお出でになると思いますが? そのお方は色々と仔細がありまして……驚かれなさぬように」
「うむ、多少の事は聞いておるが、悪いようにはせぬ。殿が丁重にお連れするようにとの仰せじゃ」
そんな所に、いつものように裏道からオートバイで雄一がやってきたが、何やらいつもと違う雰囲気に雄一は何事か思った。驚くなとは言われたが度肝を抜かれた。異人も違う。それに鉄の乗り物が生き物のよう走ってきた。秋山半兵衛達は開いた口が塞がらず呆然と立ち尽くしている。だが雄一はその一行に気づかず宗右衛門に話しかける。

「ご主人、どうしましたか」
「佐伯さま、お城からお役人がお見えになりまして、お殿様が是非とも、お会いたいとのことで御座います」
「えっ城ですか……」
雄一は城の侍と聞き嫌な予感がしてきた。一回目のタイムスリップの時、侍に囲まれ慌てて逃げた記憶が蘇る。しかし何れ知れると思っていた。もはや避けて通れない時が来たようだ。雄一はいずれ木綿屋を離れる事になる。これまでのお礼として、また新たしい料理を伝授した。それは炒めごはん、つまりチャーハンである。多少不味い米でもチャーハンなら美味しく食べられる。作った物を試食して貰ったら評判がいい。さっそく作り方を伝授した。個人で食べるも良し、また商売として飯屋として売るも良し。喜んだ大戸宗右衛門はさっそく飯屋の小屋を建てた。雄一も宗右衛門には本当に世話になったし、最後のお礼として小屋に蛍光灯を取り付けてやった。これには飯屋に来る客は大喜び。中にはチャーハンを食べに来るより昼のように明るい行燈(蛍光灯)を目当てに来る客も多かった。噂が広がり大変な繁盛となった。また使用人の家族も働くようになり、雄一は神様だと言われるようになっていった。これが雄一の置き土産だ。勿論、雄一が離れても約束を交わした報酬は入る。

城の者が会いに来たと言う。雄一は危機感を覚えた。怪しい奴だと捕らえられるかもしれない。最初にタイムスリップして侍に追われた事が頭を過る。このまま逃げようかとも考えた。だが逃げてばかりで生きて行けない。やっと木綿屋の人達と親しくなったのに。
しかしもう遅い。秋山半兵衛という侍が目の前にやって来た。奇妙な乗り物(オートバイ)を見て驚きのあまり茫然と立ち尽くした。異人どころの話ではなかった。奇妙な乗り物、見た事もない服装、玉子焼きやパンを作るというよりも、想像できない宇宙人?
そして雄一の体型にまた驚く。秋山の身長は百六十前後と、近くに居る町人よりは大きい方だ。だが雄一はそれよりも二十センチ以上も背が高い。それでも秋山は平静を装い。武士の威厳を保った。
「おう、そなたが噂の大男、あっいや失礼致した。川越藩家臣、秋山半兵衛と申す。我が殿が是非にお会いしたいとの仰せじゃ、出来れば、一緒にご同行願いないか」
「はあ……しかしその駕籠に乗るのですか」
「殿が丁重に、お連れするようにと特別な計らいで駕籠を用意致した」
 籠を見た限り、とても雄一の体では収まりそうなかった。
「しかし俺、いや私は駕籠に乗った事がないし車では駄目かな」
「おう噂に聞いたクルマとな、確か馬より早いとか」
「ああ、それはオートバイで。車は道が良くないと走れません」
「そのクルマなる物を殿が見たいと仰せじゃが、是非とも見せてくださらんか」
「まぁ、いいですけど。道中ですれ違う人々が驚かれるかと困るのですが。そうだ、前を馬で先導して頂ければ着いて行きますが」
「確かに、そなたの体では籠が小さいようだ。ならクルマなる物で参られるか」
「ハイ、そうさせて下さい。先導して貰えれば周りの人も安心するでしょうから。では暫らくここでお待ちください」

雄一はオートバイに乗って再び家に引き返した。秋山半兵衛は呆然と見送った。まるでこの世の物ではない。秋山半兵衛も長身だと思っていたが遥かに大きく正直度肝を抜かれた。
「話には聞いていたが、なんじゃあれは? 馬より早い乗り物か。奇妙な乗り物じゃ。よく倒れずに進むこと。器用な奴じゃ」
秋山半兵衛は遠ざかって行くオートバイを見て驚きの声を上げる。
雄一の方だって驚いていた。やっと平穏の日々を過ごしていたのに侍が出てくるとは。だがいずれはこうなるとは思っていた。ただ丁重にとか言っていたから取り押さえられる事はないだろう。
宗右衛門から貰った羽織袴を着て行くのが礼儀じゃないかと思ったのだが、どうせ異人か宇宙人みたいにしか見られてないなら、せめて背広の正装で行った方が良いのではないかと思い背広にネクタイを締めて行く事にした。相手は殿様、現在に例えるなら知事か市長くらいの地位に当たるだろうか。
殿様に気に入られれば、車で街道を走っても便宜を取り計らってくれるだろう。更に自分の安全も保障されるだろう。前回のように大勢の侍に追いかけられては、たまったものじゃない。まず殿様が気に入られる事が最優先、土産を用意しなくてはならない。
そこで色々と用意したのが清酒二本、ワイン三本、単二の電池四本使う懐中電灯を用意した。但し電池がなくなれば再充電できるように改良した。そこは工学博士ならではだ。
いずれソーラーパネルを城の屋根に貼り付けて蓄電器を備え付ければ電気が使える。その時は必要に応じて作ってやってもいいが。だがそれは最後の手段で少しずつ、小出ししてやればいい。一度に見せては驚くはかりだし、まだあるぞと期待を持たせるのも良い。

木綿屋の人々が動く小屋のような物と言ったランドクルーザーで、いつもの通り裏道から木綿屋の庭に入って来た。さきほどの物より大きい。
川越藩の一行は話には聞いていたが、まさに小屋が異様な音を立てて動いている。彼らは象を見たことがあるか知らないが、そんな大きな生き物かと驚いて腰を抜かさぬばかりだった。木綿屋の跡取り、松三は免疫が出来ていて思わず笑いそうになったがグッと堪えた。下手に笑ったら無礼討ちになりかねない。秋山半兵衛はまたして度肝を抜かれ唸った。
「それがクルマと云うものか。恐ろしい生き物のようじゃ」
雄一はゆっくりと彼らの前で停車し車から降りた。その姿は背広にネクタイ現代の正装である。
「これは生き物ではなく自動車と言います。人が操作しないと動きません。それに魂もなく安全です。宜しかったら、お役人も一緒に乗って行きませんか」
そう言われても得体の知れない鉄の箱だ。雄一は危なくないし安全で楽だと何度も説明して、やっと納得したようだ。
「おう先程とは違い立派な出で立ちですなぁ。で、この箱に乗るのでござるか、左様かではお願い致す。しかし恐ろしくはないのか? それで、なん刻ほど掛かるじゃ」
因みに府中から川越まで約四十四キロ、つまり十一里であり現在であれば舗装道路だから一時間で行けるが、府中から所沢を抜け川越街道に入るまで少し狭い道があり、そこから川越街道に入り、道が倍くらい広くる。そんな工程だ。川越街道と云えども道は良くない最低三時間は要するだろう。
「なん刻と言われましても……確か一刻は二時間として。道が次第だが余裕を見て一刻半くらいか」
「なっなんと? 我等は一昼夜かかったと申すに一刻半で着くと申すか……」
「多分それくらいです。それでは、あと四人乗れますので、どうぞお乗り下さい」
平成の世なら一時間半前後だが、道も悪い街道を通る人々を避けながら進むので倍は掛かると読んでの時間だった。乗れと言われた侍たちは、興味があるのと怖さと入り混じった複雑な顔をしている。だが秋山半兵衛が乗れと命令した。秋山が助手席、他は後ろの座席に乗った。
「いま馬を二頭手配したので道を空けながら先を走らせるが宜しいかな」
「それは有難いことです。通行する人が危ないので助かります。それと車を見て馬が驚き暴れるかも知れないので絶対、車を見せないように」
「なるほど……あっいや待て。これでは街道を歩く者たちが驚く。どうだろう周りを藁で囲んでは」
「お~それは良い考えです。流石はお城のお役人様」
それから車の窓を除き藁で囲んだ。奇妙な形になったが刺激が少ないだろう。
結局、馬で先導する者二名と車に乗った五人の他は、別行動で歩いて持ってきた籠を担ぎ行く事になった。宗右衛門達は少し心配顔で見送った。宗右衛門は少しガッカリしているようだ。やっと雄一と懇意に出来たのに川越藩に知られれば、きっと気に入り城で召し抱えるだろうか。雄一と云う宝物を奪われた感じがしたようだ。

車は静かに動き出した。助手席に座った秋山半兵衛は慌てて手すりに掴まり前を見た。馬や駕籠と違って揺れが少ない。今でいえば国道だが街道を歩く人々は先導する馬に乗った侍に命令され道を空けて進む。車の中に入った侍たちは興奮していた。車の中は豪華で運転席には色んな電気が付いている。籠とは比べ物にならない豪華に作り。座り心地も良く現代人が宇宙船に乗った気分なのだろうか。
「佐伯氏とか申されたな。お主は異国の者か? それにしてはお国の言葉じゃが、しかも侍にも見えないし町人にも見えない。どのような人物なのかな」
「確かに得体の知れない人物に見えるでしょうね。でも私は日本人ですが、そのなんと言って良いか、私はこの時代の人間ではなく四百年先の未来が来ました」
「なっ! み未来?? とな。信じられん。しかしこの車なる物もこの世の物とは思えないし異国でも聞いたこともない」
「まぁ私だって信じられません。まだひと月も経っていませんが、四百年先の言葉でタイムスリップト申します。時間を超えて瞬間移動したのです」
「そんな不思議なことがあるのか、四百年の世界とはどんな世界なのじゃ」
「まぁそれはお城に着いてから殿と一緒に聞いて下さい」
「おーそうじゃのう。拙者が先に知っては殿に叱られるかもしれん」

パレードのように両脇に馬に乗った侍が道を開けて行く。見た事もない動く小屋を人々は目を点にして見ていた。雄一も悪い気がしなかった。
「そうだ未来の証拠にもう少しお見せしましょう。このスイッチを入れる音楽が流れます。父が好きだった民謡ですが聞いて下さい」
聞いた事もない楽器が流れて来た。それに合わせて民謡歌手が唄う。♪ヤーレン ソーナン ソーラン ソーラン ハイハイ 男度胸は五尺のからだ ドンと乗り出せ波の上チョイ♪ 乗っていた侍は驚く同時にテンポの良い曲にご機嫌なったが人は何処にいるのか驚く。音が出る周辺を除くが誰も居ない。
「なんじゃ、まさかこの中に人が隠れているのか?」
それは驚くだろう。録音したといっても意味が分からない。人が隠れていると思われても仕方がない。
「心配ありません。人は居ませんし、前に演奏して唄ったものを保存する装置ですから大丈夫です」
「もう驚きの連続で……心配ないというなら信用しよう」
「はい、これは楽しむ為の装置ですから素直に楽しんで下さい」
「そうか、それでは。なんと賑やかで踊りだしたくなるような感じがします。しかしこの中に人が入っている訳でもないようじゃが」
「ハッハハ人は入っていません。説明は難しいのですが、未来はそんな事も楽しめるのです。まず喜んで頂けて良かった」
何もかに異次元の世界である事を改めて認識出来ただろうか。その間にも車は走って行く。周りの通行人は唖然として不思議な動く小屋を見て口が開いたままだ。
まるで優勝パレードのような気分が味わえた。思ったよりも道は良かった。平均して道の横幅は三メートル程あった。戦国時代から平和が落ち着きを取り戻し、道路も整備されてきたようだ。しかし歩いている人も少ない。

約一時間過ぎた処で休憩することになった。そこで雄一は予め用意して置いた。揚げパン出してきた。約十五個ある。それを半兵衛などランドクルーザーに乗っている者たちに差し出した。
「お役人さま、これが例の揚パンです。どうぞ召し上がって下さい」
「おーそれは有難い、土産に買って帰ろうと思っていたが、まず役目を優先するため。今回は諦めておったのじゃ」
「ほうそれなら、お役人さま、別にこれをお土産になさって下さい」
「おーかたじけない。これは家族の良い土産になりそうじゃ有難く頂戴いたす」
「ほう秋山様はお子様に何人おられます」
「六人で御座る。これを持ち帰ったら大喜びする顏が浮かぶようじゃ。処で佐伯氏は何人おられるのじゃ?」
「私ですが、まだ一人物です」
「なんと拙者により年上に見えるが、まだ一人とは」
「ハイ私の時代が三十歳でも早いくらいで、しかしそろそろし考えた矢先に異次元に飛ばされて」
「それは気の毒にのう。拙者で出来る事なら何なりと力になりたいが」
「それはありがとうございます」
更に雄一はペットボトルのお茶を差し出した。もう既に買い置きのペットボトルのお茶は無くなっていたが、空いたペットボトルにお茶を沸かして冷やしペットボトルに入れ冷凍庫で凍らせておいた。これで数時間後に丁度、冷えて飲み頃になる。
「おや、これはなんで御座るか?」
「これは普通のお茶で、持ち運びに便利な物に入れ代えたものです」
半兵衛はペットボトルを受け取った瞬間驚いた。物凄く冷たいのだ。進められた通りキャップを開け一口飲んだ。
「なんと冷たいお茶じゃ。しかもこのお茶は特別に美味い。佐伯殿は、噂通りの未来人かも知れぬ」
「その未来人扱いに困っております。噂が広がればどうなるか」
「なるほど、それはお任せ下さい。拙者が責任をもってお守りいたす」

それから助手席に座る秋山半兵衛と色々と話しをした。道だけではなく江戸に物資を運ぶ為の川を整備しているとの事だった。いずれこの周辺に野火止用水路が作られる事になる。そう言えば現代と違い関所という物がある。
通行手形や伝馬朱印状などあり、国境には関所や番所が設けられていた。ただ府中と川越間は川越藩の領地で関所はない。関東の幹線道路は江戸の神田を基点とし東海道・中山道・甲州街道・日光道中・奥州道中と、五つの街道が整備され道中奉行も配備されていた。大名行列が通るにはやはり道路が整備されていないと、それに物資輸送は経済に欠かせないものとなっていた。

先導して先を走っている馬に乗った役人が、先導が上手く車はスムーズに進んで行った。時速にして二十五キロから三十キロ程度だが信号も無いし予定より早く三時間弱で城内に入って来た。雄一は城なんて見るのも、本物の城に勤める侍に会うのも初めてだ。
だが城とはいえ天守閣がある訳でもなく、城壁だけは立派で、その中には平屋の建物がいくつもあった。城の周り堀で囲まれ敵の侵入を防ぐ為のようだ。この一行を見た城の門番は驚いている。いや誰も彼もが驚いている。すでに情報が入っているのか、慌てふためく様子は見られなかったが、その動く鉄の小屋をひと目見ようと城内の侍たちが寄って来た。雄一は車を停車させた。考えてみると初めて車に乗るのに誰も酔っていなかった事だ。緊張のあまり酔う暇がなかったのか。

「佐伯どの。本当に早い、ゆっくり走って一刻半あまりで着くとは驚き申した。ささ、殿が首を長くしておりますぞ」
 川越城は天守閣がなく平屋の城であった。雄一は城と言えば三階以上ある立派な建物だと思ったが違うようだ。だが西大手門に入ると庭は広く更に本丸まで中門を通り何重にも川と橋があり本丸までたどり着くに三百メートルもあった。これでは敵も攻め込めない鉄壁な城だと感心した。
 毎日城には武士だけで五百人ほど常駐しているらしいが定かではない。(歴史的を見ても川越藩に何人勤めていたかは記されていないので推測で語るしかない)他は交代で登城するのか藩士は何人いるか知らない。その他に女中やらその数は相当なものになるだろう。それにしてもかなり人数が集まって来た。
雄一は殿への土産として持って来たダンボールを車から出すと、気を利かせたのか家来がダンボールを持った。雄一は秋山半兵衛に従って城の中に入って行くと、家老である本田良成が出向えに出た。
「これはようこそお出でくだされた。遠路ご苦労で御座る。家老職を務める本田良成と申す」
「佐伯雄一と申します。どうも本日は、お招き戴きまして有難う御座います」
この本田良成は身長百五十センチそこそこの小男だった。年の頃は五十近いだろうか、しかし眼つきは鋭かったがその身長の差は三十センチ以上もある。さぞ戦国時代は先陣をきって戦った武将ではないだろうか。
現在川越藩は三万七万石の藩だというが、それが雄一にはどれ程の規模のものか分からないが因みに一石で年間大人一人分食料に相当するそうだ。中に進むと城内の柱など黒光りしている。大きな戦が無くなって十年余、戦国時代も終りを告げ城勤めする侍たちも役所に勤めているように穏やかだ。雄一は大広間に通された。さすがに広い六十畳以上はある大広間だった。長方形の部屋で下座からでは、上座に座る人の顔がよく見えないほどだ。
一段高くなった所に川越藩城主の酒井忠利が座っているようだ。この酒井忠利は三代将軍家光(幼少期名 竹千代)の子守り役をしていたことがある。その下の両側に酒井忠利の重臣達が十人くらい座っている。噂が広まっているのだろうか。未来から来たという青年の服装は背広だが、勿論見たことも聞いたこともない姿に一同は驚いた表情に見える。それに長身の大男には度肝を抜かれたようだ。

 全員が揃ったところで酒井忠利が扇子を立てた。それをみた家老の本田良成が「皆の者、おもてをあげよ」と言った。
 雄一もそれに合わせ顔を上げると、殿の酒井忠利と目があった。
「そなたが未来から来たという男か? 遠路ご苦労であった。ちこうよれ」
ちこうよれ? 確か時代劇ドラマで近くに来いという意味と理解し、雄一は立ち上り三メーター位前に座り直した。この時代は殿様と言えば雲の上の人、礼を損なわないようにしないと、雄一は緊張した。
「そう緊張しなくてよいぞ。余は藩主酒井忠利である。作法は気にすることはない。その方の作法でよろしい」
「はあ、お気遣い有難う御座います。私は佐伯雄一と申します。ご招待に感謝致します」
感謝とは言ったが、この時代、感謝という言葉を使って居たのか知らないが雄一がそれ以外の言葉が見つからない。こんな挨拶の仕方で良いのだろうか、体が緊張で汗が噴出しそうだ。顔をまともに見てはいけないと、家臣の秋山半兵衛から聞いていたので頭を伏せたままだ。
「佐伯氏(うじ)とやら面(おもて)をあげよ。楽にしてくれ余は一向にかまわんぞ。四百年の先の未来から来たと聞いておるが真か?」
「はい、改めてご挨拶申し上げます。私は佐伯雄一、三十二歳。生まれは東京……いや府中と申しあげれば分かるでしょうか」
「ふむ、府中は知っておる。ここからもそう遠くはないが。なんでも未来から来たと聞き及んでおるが、詳しく聞かせてくれんか」

「ハイ、信じて貰うにはあまりにも不思議な出来事で私自信、この時代にやってくるとは信じられない事でした。逆に殿さまを始め皆様方も、どこから降って湧いて来た人間だと思うでしょうが。事の起こりはこうです。毎日のように雷が鳴り響き物凄い音が上空に響き、やがて近くに雷が落ちたようです。その時に強烈な閃光が走り光に飲み込まれるような感じでした。そのまま気を失ったのか暫くして目が覚めたら四百四十六年前の時代に移動したようです。勿論その時は何が起こったか分かりませんでした。でも調べてみると丁度、織田信長公が亡くなった時代でした。偶然にも侍達と遭遇し怪しい者と疑われ、追いかけられました。慌てて自分の屋敷へ逃げ帰りました。それから一週間後、またもや同じことが起きて、また何処かの時代に飛ばされ、それで今の時代に居る訳です。未来にも府中の地名は存在しおります。ですから私は皆様方の子孫なのでしょう」
自分ながら上手い事を言ったと思った。子孫なのだから他人ではないと親近感を持たせれば悪い扱いはされないだろうとの含みもあった。周りがざわついた。酒井忠利も信じられないような表情だ。
「そんな事が本当に起きるとは……余も最初はただの噂だと思っておったが、なんでも動く鉄の小屋みたいな物に、乗って来たとか本田が申しておったが真か?」
「ハイ、それは自動車という乗り物で、機械で動きますが油を燃やして走ります。ただその油には地底深くに眠る燃える油です」
「ほう、それなら聞いたことがあるぞ。それがないと走れないのか。その油が無くなったらどうなるのじゃ」
「はあ、走れなくなります」
「左様か、本田そのような油は手配出来ぬのか?」
「確か越後の国に、燃える油が取れたとか聞いた事が……」
「佐伯氏、そのような油で良いのかな」
「はあ多分、しかし精製しないと使えませんが」
「精製とはなんじゃ」
「その燃える油を、更に上質の油にする事です」
「よし、揚げパンと玉子焼きの礼じゃ、本田、早速手配致せ!」
なんとも気が早いというか気が利くと云うか、この酒井忠則なる人物、余程好奇心旺盛な男と見た。しかしそう簡単に石油が手に入るはずもないが。簡単に石油が掘れたら日本は、とっく栄えていたことだろう。

川越藩は昔から江戸時代後期にかけて由緒ある城であった。古くは平安時代中期から始まり河越太郎重頼の娘が京姫と呼ばれ源義経に嫁いだとされている。有名な静御前は義経の妾であったとか。後の川越藩主は江戸幕府の重臣を務め、松平家へと引き継がれ関八州で最も力があったとされている。
「しかしだな、それだけでは其方が未来から来たと誰もが信じまい。鉄の車の他に未来から来たという証拠はあるか」
「ではまずこうしましょう。お殿様に動く鉄の車を見て頂くのが一番でしょう」
「うん、もっともじゃ。では外に出て見せて貰おうか」
百聞は一見に如かずという事で、酒井忠利や重臣は外に出る事にした。総勢二百名以上がソロゾロと城から出る。秋山半兵衛が忠利に付き添う。暫く歩くと周りをムシロに覆われた異様な物体があった。これでは未来の物か分からない。すると秋山半兵衛が家来に命じムシロを剥ぎ取る。やがて現れたのはまさしく誰も見た事のない光沢を浴びた鉄の小屋のようだった。誰もがオ~~と声をあげる。すると秋山半兵衛が雄一に声を掛けた。
「佐伯殿、せっかくですから動かして貰えますか。その辺を一周して頂ければ」
「分かりました。その前に皆さんが驚かないように説明してやってくれませんか」
雄一はエンジンをかける。ブルル~~ルと異様な音、そしてライトを付けた。城内は夕暮れ時に差掛かっており、その明るさは昼間のようだ。やがてゆっくり動き出す。酒井忠利を始め重臣たち慌てて二、三歩下がる。まるで生き物だ。しかも牛や馬でもない。新しい動物と思われても仕方がない。
少しずつスピードを上げて七十キロまで上げるとあっという間に遠くに走り過ぎて行き、そこからUターンして戻って来た。早さもさることながら帰りはライトが点灯しているではないか。更に驚くばかりだ。まさに馬より遥かに早い。もはや誰も声も出ない。
やがて全員がいる前に戻りエンジンを止め祐一は降りて来た。何故か拍手が起こった。感激したのであろうか、演劇を見終えたような感じだ。
「お殿様、如何でしたか。少しは信じて貰いましたでしょうか」
「まるで生き物のようじゃ……あの光るものはなんじゃ。信じられないもの見せて貰った。そなたを信じるしかあるまい」
「どうでしょう。この車に乗って見ますか」
すると家老の本田良成が慌てて止めた。
「殿、なりませぬ。殿に万が一の事があっていけませぬ。別に佐伯氏を疑う訳ではないが、これも某の役目、分かって下され」
「これは失礼致しました。これ以上驚かせはいけません。あとはまた城内で説明致しましょう」
また秋山半兵衛が忠利に寄り添え歩きながら何やら説明しているようだ。多分、自分が車に乗ってきて安全な乗り物だと説明しているのだろうか。

再び城内に戻り殿が座ると全員が合わせて座り直した。
「佐伯氏とやら凄い物を見せて貰った。確かにお主の云う通り実際に見てみない分からぬものじゃのう。まさしく未来の物であろう」
「お殿様のご配慮ありがたく思います。そこで私なりに未来からの、お土産を持って参りました。気にいって戴くと良いのですが」
「おーなんと未来からの土産とな、それは楽しみじゃ是非拝見したいものじゃ」
雄一が持って来たダンボールを、家老の本田が家来に目配りすると家来二人が二箱のダンボールを雄一の隣に持って来た。
まず一つ目の箱から取り出したのは清酒二本とワインとチョコレートだった。酒井忠利を始め家臣たちは、興味津々で箱から取り出し物を見ていた。
「お殿様、これが未来の日本の酒、それと西洋から伝わったワインと言いまして現在では日本で作られた米から作る酒と葡萄から作るワインで御座います」
「おおーさようか。長崎から偉人が持って来たという酒か?」
「いや、かなり味は違うと思います。今から四百年も掛けて改良し作り上げられた良質の酒で御座います。恐れながら殿は日本でいや、世界で初めて味にする事になる酒でだと存じあげます」
その話を聞いて酒井忠利は更に機嫌を良くしたのか、興奮気味に手渡され日本酒を手に取りそのラベルを眺めた。
「これは川越と書かれておるではないか。それも見た事もない文字を使っておるではないか、筆ではなさそうだが?」
「はい活字といいます。四百年先の川越の地酒で鏡山と言う酒です。酒だけではなく川越の名産はさつま芋が有名で御座います」
「ほう処で、この菓子のような物はなんじゃ」
「それはチョコレートと申しまして金平糖より甘い食べ物です」
「ほうほう、どれ食して見ようか」
忠利は嬉しそうに紙を開け取りして口に運ぶ。目の色が丸くなりニンマリとした。
「うむ実に甘くて美味い物じゃのう。気に入ったぞ。処でサツマイモとは? どのような芋じゃ」
そこで隣にいる家老の本田良成が口を挟んだ。
「殿、それは琉球の国で栽培され現在九州で作っているとか聞いた事があります。それが、なんで川越に?」
「爺、そちは黙っておれ。佐伯氏に聞いておるのじゃ」
「ははー失礼いたしました」
「いや、ご家老様の言うとおりで御座います。琉球から更に薩摩に渡り、そして川越に伝わるのは今から百年後になりますが、土地が合っているのか、今では川越と言えば、さつまいも日本では有名です」
「なるほどの~我が藩はこれといった特産物がないから、そのサツマイモなるものの栽培を考えねばならぬな」
「わたしは農業の方は疎いので書物を調べ、栽培方法を一緒に学びましょう」
「お~それは良い是非協力して貰えぬか」
「はい、何方か栽培に詳しい方を紹介して頂ければ一緒に進めて参りましょう」
「うむ、佐伯氏。よしなに頼む」
「話は変わりますが、酒の他にも未来の発明品を、殿に差し上げたいと思います」

そう言って二つ目の箱から取り出した。あの懐中電灯だ。非常用に買った物で、まだ新品で箱の中にビニールに包まれて入っていた。誰も雄一が出す物に目を奪われた。段ボール自体この世に存在しないしビニールだってなんなの誰も分からない。それを取り出して電池を四本入れて殿に手渡した。
酒井忠利は中味を見るより先に見た事もない紙の箱とビニールに興味を引かれた。
「佐伯氏、紙の箱とは見た事もない、他にそのフワフワした透明の物はなんじゃ」
「まず段ボールという物で御座いますが。紙を何重にも重ねて丈夫な箱を作りました。折り畳みも出来て使い道は多く色んな物を保存できます。更に透明の物はビニールと申しまして、石油から作った物です。これは湿気を防ぐにも役立ち、やはり使い方は豊富にあります。ただ私に作って見ろと言われも知識がありませんので、やはり皆様方と協力し考えて見ましょう」
「そうじゃな。全て佐伯氏が出来る訳でもないし専門知識が必要じゃろう」
段ボールとビニールを簡単な説明した所で懐中電灯の使い方に移る。
「殿、そのボタンを押して下さい」
酒井忠利は子供が玩具を与えられたように興奮しながら、その懐中電灯を眺めながらスイッチを押した。すると白く透明な光が放物線を描き、家老の本田良成の顔を照らした。驚いたのは本田だ。ワァーと、のけぞり後ろに倒れた。だが驚いたのは家老だけではなかった。酒井忠利も家来も仰天してしまった。

「なんじゃ……これは?」
「殿、驚かしてすみません。それは、うーん行燈〔あんどん〕と思えばよいと思います。別に害がなく夜でも明るく便利なものです。例え強風が吹いても明かりは消えません。火を使って居ないので火事になる心配も御座いません。勿論、光りに当たっても人体に害が御座いません」
それを聞いて少し安心したのか、懐中電灯を家来達の方に照らしてみた。
驚いた家来達はその光から逃げようと大騒ぎになった。その様子をみて酒井忠利は子供のように喜んだ。
「ほう誠に明るい。ロウソクの何倍も明るいではないか。本当に害がないのじゃな。未来とはなんと凄いものじゃ。世はこの様な贈り物を貰って日本一の果報者じゃ。では未来ではがロウソクや油は使わぬか」
「それは使い方が別にありますが電気というもので光ります。殿に満足戴ければ私も幸せで御座います。それし良かったらお酒の方も是非、召し上がってください」
「ふむふむ、それは後でゆっくり飲ませて貰う。電気とな? なるほどのう、そなたの話を聞いておると何日聞いても飽きる事はないようじゃな。用事がなければ暫く城中に居てくれんか?」
「それは有難い事です。私も用事と言っても何もする事が御座いません。本来の仕事も出来無くなりましたから」
「佐伯氏は未来で、どんな仕事をしておったのじゃ」
「少し難しい話になりますが、沢山研究していますが工学と言って新しい機械など作り、更に宇宙開発に関した仕事です」
「宇宙開発? それはどんな仕事じゃ」
「つまり空の上の話で御座います。今から 三百五十年後に人類は月に行くことが出来ました。つまり人類が月の上に立ったのです。そして更に遠い星の観察をして人工衛星というものを地球の上空に打ち上げて、地球を観察したり数日先の天候がどうなるのか、分かる仕組みの機械などを作っています」
「なに! 月に人が行ったと申すのか? あのような高い所にどうして登るのじゃ」
流石に話が突拍子過ぎて理解出来るはずもなかった。まず人間が空を飛ぶ機械を作ったといっても信じて貰えるか疑問だ。しかし職業と聞かれれば、そんな仕事ということになる。
「いや殿、この話はいずれまた。理解して戴くには時間が必要ですから」
「……確かにそのようじゃな。未来とは凄いところじゃ、真に佐伯氏は未来人かもしれぬ。嘘を言っていない事は認めるが、俄かに信じられない。少し時間が必要じゃのう。そなたを客人として迎えられた事を余は誇りに思うぞ。秋山半兵衛はおるか」
「はは~ここに控えまして御座います」
「うむ、そちが佐伯氏と最初に会ったそうじゃな。褒めてとらすぞ。今宵はそちも宴に参加を許すぞ」
「はは~有難き幸せに御座ります」

「うん? これが酒と申すか。水のように透明ではないか」
「はい、現代でも濁り酒として存在しますが、酒が透明になったきっかけはドブロクを間違って灰に落とした所、透明になったと聞いております。するとドブロク特有の臭みが抜け透明で美味しい酒が出来上がったとか」
「なんとそれは良い話を聞いた。皆の者。聞いたであろう誰か試してみよ」
未来の酒を飲んだ酒井忠利は、この上なき喜その夜は最大級の歓迎酒盛りが行われた。当時に酒は白い物が混じっていた。家来達には盃に一杯だけ飲ませて、後は腰元に持って行かせた。後でじっくり飲むつもりだろう。
「なんと美味い酒じゃ。未来とは良い所じゃのう。最初は水かと思ったが未来の酒とは、みんな透明なのか?」
「いいえ濁り酒も御座いますが、透明がほとんどですが」
雄一はこんなに歓迎されるとは思っても見なかった。それにしても緊張もあってか疲れて、眠ってしまった。

本来なら無礼千万だが、侍達は雄一がかなり緊張していたのは分かっていた。殿を始め大勢の者に囲まれ緊張していたのであろう。そこで酒を飲んだのだから緊張の糸が切れのだろう。家老の計らいで城の中の寝室に静かに移され床に着いた。
その翌日、その寝室に若い腰元がやって来て朝食の準備が出来たと起しに来てくれた。いつもの事だが朝、目が覚める度に現代に戻っているのではないかと思う。そんな朝の目覚めがもう二ヶ月近くも続いている。
しかし今朝は何か雰囲気が違う。ふかふかの豪華な蒲団に寝ていたようだ。あの宴会の中で知らないうちに眠ってしまったようだ。あの殿様の前で……もしかして気分を害したのではと心配になった。
「佐伯さま、お目覚めで御座いますか。食事の用意が整いまして御座います。お向かいにあがりました」
「いやありがとう。ここは城の中ですか?」
腰元はニコリと笑って、そうですと応えた。その床の横に水の入った桶とタオルのような物が置いてあった。それで顔を洗うのかと思ったら、腰元がタオルらしき物を濡らして渡してくれた。なんとも丁重な扱いを受けたものだ。
本当は水を直接顔に当ててジャブジャブと、洗いたかったのだが習慣なのだろうか、それに合わせる事にした。案内された部屋には誰も居ないが、お膳が用意されて席に着くと次々と女中達であろうか、お膳を五つも並べて一人の女中が酒の徳利を持って、お召しあがりくださいと勧めた。
これだけの事をしてくれるからには、勝手に眠ってしまった事に怒ってはいないようだと少し安心した。しかしこの時代の酒は正直にいうと不味い。どぶろくは知らないが、こんな味なのだろうか。平成の時代でも、これ程の待遇を受けた事がない雄一は驚きと嬉しさがあった。

それにしても、この城の中の女性達は着るものが豪華で気品に満ち溢れた女性達ばかりだった。府中の町中で見る娘たちの着物と比べものにならない。
これが身分の違いというものなのかと改めて思い知らされた。自分が平等と言って訴えても、この江戸時代には通用しないのだろうか。
郷に入っては郷に従う。昔からの例えがあるように時代の風習に合わせないと生きて行けないのかも知れない。ここでは殿様は絶対なのだから、その殿様にさえ気に入られれば安全と幸せが保証されるのだ。しかしながら酒井忠利はすでに五十二歳と高齢であった。
日本人の時代別平均寿命を調べてみると弥生時代三十歳。室町時代三十三歳。江戸時代四十五歳少しずつ寿命は伸びているようだ。明治大正も四十五歳。 昭和二十二年で五十二歳。こちらは医学の発展もあるが、戦国時代を含め明治から昭和にかけて戦争が続いた為に若くして命を落とした為、平均寿命の低さと見られる。戦争が無くなって七十年、医学も飛躍的に進歩し今では八十二歳と飛躍的に伸びた。この時代の医学的にも平均寿命は五十歳少し、つまり酒井忠利は高齢ということになる。 
雄一は城の案内役なのか秋山半兵衛の直属の部下、浅野三郎が雄一の世話役と任命された。年の頃は二十五前後と見たが、その侍と侍女達が城の池や庭を案内してくれた。久しぶりに寛ぐことが出来た。やがて昼が近づいた頃に迎えの者が来た。
「浅野御側用人さま、そして佐伯さま、殿が城中でお待ちで御座います」
「相分かった。今参る。佐伯殿、それでは案内致します」
今日は帰って休みたいところだが、そうも行かないようだ。浅野三郎の後に続いた。そこは能楽の舞台が付いた広い庭つたいの部屋だった。
これから能を見せてくれるかと思ったら違った。この能の舞台は藩主を始め、庭を前にして座った。その前には酒やらご馳走がお膳に並べられ庭を見物出来るよう設定されていた。隣にいる浅野三郎が雄一に説明する。
「佐伯殿。これから殿の前で御前試合が行われます。優秀な者には殿からご褒美が出ます」
「ほう、それは楽しみですね。で、浅野殿も出られるのですか」
「いゃあ我が藩の剣豪、熊井藤五郎が一番の候補です」
酒井忠利の隣には若い侍が座っている。その左右にはズラリと煌びやかな着物を着た女達が二十人近くも勢揃いしていた。
藩主酒井忠利の近くに二十歳を少し過ぎたくらい娘が座っていた。この二人昨日は居なかった筈だが上座にいるという事は身分が高いのであろう。若い娘は忠利の側室にしては若すぎるが? まぁそんな詮索はどうでも良い。その娘の隣にもう一人侍が居た。その間の席が空いていて其処の隣に座らされた。さっそく藩主、酒井忠利の声を掛けられた。

「佐伯氏、昨夜はゆっくり休まれたようじゃが」
「あっいや、つい酔いつぶれて殿には大変失礼を致しました」
「いや構わん。疲れっておったろうに無理をさせたようじゃ。おう、そなたに会わせて置こう。江戸城老中職を務める酒井忠勝で、余の嫡男じゃ」
この忠勝は忠利の子で、後の川越藩主となる人物である。
現在は江戸城勤めで将軍家に信頼の厚い二十九歳と若い老中でもある。
身分的には父の忠利よりも上の位置にいる。いわば自慢の息子なのだ。それもその筈だ。次期将軍、家光に信頼のある忠利は江戸城を離れ息子の忠勝を家光に仕えるように計らい、現将軍秀忠はこの酒井親子を気に入り老中にしたのであった。
最終的に十万石まで川越城を伸し上げ大老にまで出世した人物であり、天海和尚とも深い関わりを持っていた。今も川越市内に残る(時の鐘)と喜多院は川越の名所として有名だ。それも忠勝が後に作らせたものだった。
若いながら父と違って恰幅があった。身長は百六十五センチ前後だろうか、当時としては大きい。立派なチョンマゲに顔もふっくらとして平成の時代なら、キレ者と言った感じだろうか。
「おう、そなたが未来から来た佐伯氏で御座るか、父がたいそう喜んでおられ、私も呼んでくれたのじゃ」
「初めまして、佐伯雄一と申します」
「父上から聞いておりますぞ。その身分とやらは気にしないで戴きたい。佐伯氏は私より年上と聞き及んでおるが、無礼があったら申してくだされ。機会があったら是非とも未来とやらを教えて戴きたい」
「いや、そのような気遣いははいりません。私も江戸時代のことは少し勉強しましたから、未来については後でゆっくりと説明致します」

次に酒井忠利は隣にいる若い娘を紹介した。
「佐伯氏、世の隣に居るのが菊乃姫で余の娘じゃ、母が早く亡くなって、我侭に育って手に負えんのだが」
「まあ、お父上そんなような紹介の仕方がありますか。ようこそ当地においで下さいました。菊乃で御座ります」
 菊乃姫が雄一の方を向いて軽く頭を下げたので、雄一は慌てて向き直り会釈をした。時代劇ドラマに出て来る姫は美しいものと相場が決まっていたが例外ではないようだ。ほっそりとした面長な顔に、大きな目が平成時代に多い典型的な美人だった。
だが、この時代の美人とは、ふくよかな顔にやや小太り気味で尻が大きい方が美人とされていた。つまり丈夫な子供を産める女子が重宝がられた。その点では父の酒井忠利や菊乃姫本人も口に出しはしないが、少し痩せ気味で魅力に欠ける女性だと自覚していたようだ。時代の違いで美人も、そんな風に見られるのは気の毒な話だが平成の時代なら間違いなく美人である。
「あっ、はっ初めまして佐伯雄一と申します。昨日から殿には大変お世話になっています」
「いいえ、父上は佐伯さまを、たいそう気に入られて兄上と私この席に着かせたのです。父の我侭をお許しくだされ」
雄一はドキッとした。目がパッチリとして平成の時代にはない落ち着きと、礼儀を幼い時から教わったであろうか品格があった。この時代の二十一歳は、かなり大人のようだ。普通なら嫁いでいても可笑しくない年齢だ。姫として育てられ英才教育を受けて来たのだろう。だが見この時代独身とは遅いはずだが、まぁ余計な詮索はよそう。

「これから我が藩の強者どもが剣術を競い合うが、佐伯氏は剣術はなされるのかな」
「はぁ私が住む現代では色んな場所で剣道大会という物が行われております。その大会に学生時代に大会に出た事があります」
「ほう、そんなに盛んなのか。で佐伯氏の腕前は」
「言えにくいですが、優勝した事があります」
「優勝とはどう云う意味じゃ」
雄一は説明が難しいのね。ポケットから手帳とボールペンを取り出した優勝と書いた。しかしその文字より先に手帳とボールペンが気になったようだ。
「佐伯氏その書き物はなんじゃ、筆もないようだが」
「ああこれはボールペンと申しまして、墨もいらず何処でも書く事が出来ます」
「ほう噂には聞いておるが、未来人の片鱗を見せて貰った。うんこの優勝。優れて勝つ……これは凄いじゃないか」
「いいえ、自慢するほどじゃありません」
「まず我が藩の剣術を見物してくだされ」
それから試合が始まった。しかし雄一はガッカリした。一回目のタイムスリップで侍と戦った時も脅威を感じなかった。身長の違いもあるが、こんなに現代の剣道の差あるのかと思った。この時代から約四百年、武道も格段進歩していた。
科学の発達と武道を比べるのもおかしいが、四百年の研究し尽くした差は大きい。やがて浅野三郎が予想通り熊井藤五郎が優勝した。これで終りかと思ったが、予想外の事が起こった。
「どうじゃ佐伯氏、あの熊井藤五郎に稽古をつけてやってはくれぬか」
酒井忠勝が言った。これは挑発かと思ったが、どうして良いものやら。
負ければさっき忠勝に云ったことは嘘と思われる。また勝ったら川越一の剣豪の立場どうなるかと同時に川越藩の面子も立たなくなるのか。どちらにしても良い結果にはならない。
「忠勝さま、それはご容赦願います。川越藩一の剣豪には敵いません。その代わり三人同時に他の方を選び稽古させて下さい」
「なんと三人同時にとな……よかろう。其方の腕前見せて貰おう」
思いがけない展開になったが、これで川越一の剣豪の名誉を守れるし佐伯自身、面目が保てる最良の方法だった。選ばれた三人が出て来た。佐伯も竹刀を借り三人の前に立った。彼らはかなり苛立っているようだ。三人一度掛かってこい来いでは面目が立たない。しかし忠勝の命令は絶対である。
始め、の声にと同時に三人は佐伯の周りに散った。だが佐伯は後ろには周りこませない。スーと引いたかと思ったら正面の相手に目に止まらぬ速さで打ち込むと相手の木刀が飛んだ。その隙を狙って二人が打ち込んで来たが、雄一はその場所に居なく大地を蹴り反転し、一人の木刀で払いのける木刀は飛んで行った。また反対側から切り込んで来た者は足蹴りを喰らわせるともんどり打って倒れた。だれも唖然とする。まったく勝負にならなかった。

酒井忠勝は満面の笑みで手を叩く。つられるように秀忠も叩く。それを見ていた秋山半兵衛も浅野三郎も驚きの声をあげる。勿論、酒井忠勝も驚きを通り越し尊敬の眼差しで見つめる。雄一が熊井藤五郎との戦いを避けた意味が分かった。川越一の剣豪の名誉と川越藩の名誉を守ったのだ。そして雄一も立場を守られた。そこに忠勝は感心したのだ。剣術の腕もよりも雄一の賢さと凄さ見た。それからは酒盛りの宴になった。平成の酒と比べたらアルコールを水で薄めたような味だった。
だがこのような歓迎の式典に出される酒だから、当時としては最高級の酒なのだろう。しかし木綿屋で見た料理よりは豪華だ。なんとその宴は夕暮れ時まで続いた。流石に雄一も疲れてしまった。薄暗くなった処でやっと終宴となったが雄一は忠勝に声を掛けた。
「忠勝さま、お世話になった印にこれをお持ちください」
「おー父上が自慢していたワインのとい物ではないか。これは有難い。また会うのを楽しみにしておりますぞ」
今宵も泊まって行けと勧められたが、一旦家に帰って改めて御礼の品を持って、また登城したいと申し出てやっと開放された。帰りは秋山半兵衛の代わりに浅井三郎が先導役となってくれた。明るい内に帰れば二時間半ほど着くのだが、また街道を行く人達を驚かせる事になる。車があっても思うように走れない辛さがあった。結局は、また馬に先導して貰って帰ることになった。

 なんとか府中まで帰って来た。送ってくれた侍たちは府中の宿に泊まることになったようだ。家まで送り届けると言われたが敷地内には入れたくなかった。
 それに相変わらず敷地は濃い霧に覆われていて、薄気味悪いと思うだろう。
時間の境がこの霧で区別されているようだ。車には沢山の土産などが入っていた。なんと刀まで貰った。気持ちは嬉しいが何に使うというのだ。
背広姿に刀ではチンドン屋ではないか。身も守る為とはいえ斬り合いはゴメンだ。
やっと開放された雄一は、もう寂しさは消えていた。家の中では再び文明の生活に戻った。いつものようにコンポから軽快な音楽が流れた。風呂場に行きシャワーを浴びた。なんとも言えない爽快感に浸った。人と話が出来る喜びは格別だった。勿論平成に戻りたい寂しさはあるがひと時の怖さと淋しさは消えた。

今はやる事が山ほどある。近くの川ヘホースを繋ぎ、水を溜める為の貯水タンクを作った。タンクの中に簡単な浄化装置を付けタンクから水をモーターで汲み上げて敷地まで繋いだ。これで簡単に水道の出来上がりだ。その水は飲み水や洗い物、風呂などに使う。
ここに居れば文明生活がある。お湯を沸かして珈琲を入れた。苦味の効いたいい味だった。しかしいつかは珈琲も無くなってしまう。
少しずつ文明社会と切り離されて行くのかと思うと、つい気持ちが暗くなる。
もう自分は百年過去の世界で生きて行くのだと言い聞かせたのだが。江戸時代に放り込まれたが、この敷地内は平成の世と変わらない生活が出来る。それを唯一の息抜きとなった。
東京ドームシティより広い敷地は、今日も霧のバリアに包まれている。
まるで、未来と過去を隔てる線のように。この時代に生きて行くならいずれ、この場所も公開する日がやってくるのだろう。だが今は、なに人も入れたくない。例え川越藩主が見せろと強制されても理由を付けて断るだろう。その理由を考えてある。この霧から奥に入ると二度と戻れなくなると脅かしつもりだった。入れるのは未来から来た自分だけなのだと。しかしいずれその日が来たら、最初に入れたいのは菊乃姫がいいなぁと雄一は、昨日の宴を思い出していた。

 勿論この江戸時代は、特に身分が重視される時代だ。未来から来た宇宙人見たいな人間では、どうなるものでもなかった。きっと姫はどこかの大名に嫁ぐ運命だろう。それがお家を栄えさせて来たのだ。姫君は政略結婚の道具にされるのが、当たり前の時代なのだから本人の我侭は許させられない時代なのだ。
雄一の趣味は研究だ。その為なら休みが要らないと思っていた。
その研究が出来なくなった。つまり目的がなくなった。それが辛かった。
もし一人で研究が続けられ科学衛星を一人で作り上げたとしても、誰がそれを宇宙に打ち上げるのか、この時代にロケットを仮に打ち上げたとしても、管制塔もなければ受信する施設も何もないのだ。
 目的を絶たれた雄一は苦痛で仕方がなかった。この時代に生きて行くには人の役に立って報酬を得て行くしかないのだ。幸運にも川越藩の殿様に気に入られ、旨く付合って行けば生きて行けるだろう。だが、いつまでも興味本位の客人扱いは嫌だった。だからと云って城勤めも出来るわけがないし。城に仕官もしたくなかった。

やはり自分らしい仕事を手掛けたかった。それならこの時代に便利な物を作って提供するのが一番ではないか。それに因って未来が変わるかも知れない。いずれ人類は成長して行き平成のような便利な世の中になるかも知れない。その時期が早いか遅いかの違いだ。未来に影響を及ぼそうが知った事ではない。神が自分に悪戯をしたのなら、せめて小さな抵抗を好み見るのも良いではないか。平和に役立つ物を提供しても、神がそれを怒るなら筋違いだ。
何ゆえに四百年も過去の世界に、神が自分を送り込んだのなら、工学博士の自分に平成の使者として送った。結論はそういう事だろう。雄一は自分なりの論理を正当化し、納得する結論を出した。
三日後、府中の宿場には、雄一の為に馬四頭と四人の侍が交通整理と警護を兼ねて待機していた。つまり彼等は雄一の為に二日も府中の宿場に泊まったのである。勿論、雄一の世話役、浅野三郎も待機していた。雄一の為にご苦労の事だ。それだけ重宝されているだろう。
まだ一度しか会って居ないのに川越藩主の酒井忠利には相当気に入られたようだ。これほど迄に大事にしてくれるのなら、それに応えなくてはいけない。その為に喜ばれる事は証明器具を取り付けてやろうと思った。LED電球もいくらかあるが寿命が短い物を先に使うべきだ。業務用の蛍光灯なら鉄工所と工場には百本くらいの予備があった。一本切れたからといって其の度に買っていたのでは面倒だから年に一回大量に仕入れてある。また無くなっても雄一の技術なら代用品は作る事が出来る。

まずソーラーパネルを六枚とLED蛍光灯を六本用意した。その他に配線が必要だ、その為の電線を準備する。後は城の屋根に登ってパネルを貼り付け、配線を取り付け蓄電器に繋げは完成だ。これに依ってLED蛍光灯以外にも電気製品が使える。ただ今回はLED蛍光灯だけにする。すべて手の内を見せてしまってはならない。小出ししながら、まだあるぞと思わせる。これが生きて行く為の秘訣でもある。
さて未来人として、この時代を少しでも発展させよう。それが私の使命だ。
電気さえあれば発展するはずだ。私の知っている限りの知識を教えよう。
やがて私に続く科学者が出てくるかもしれない。まず電気の素晴らしさを教えなくては。今は蛍光灯だけかも知れないが動力にも使える事を教えれば飛躍的に発展するはずだ。そんなことを考えるとワクワクしてくる。

その一歩として城に持って行く物をランドクルーザーに用意した。
車の屋根には荷台を付けた。これで上に荷物を載せる事が出来る。
別に交通法規もあるわけでもない。どんなに改造しても文句を言われることがない。その荷台にソーラーパネルと機材を載せて細かい物は車の中に入れた。それと未来を口で説明するよりは本で説明した方が納得出来るだろうと、何点か写真集や鉄工所のパンフレットに週刊誌を用意した。水着の写真が載ったものは省いた。刺激が強すぎるだろうから。
この時代でいう浮世絵と思うかも知れない。近代文明の物なら山ほどある。デジカメ、携帯電話、テレビ、パソコン、ビデオコーダー、エアコン、炊飯器、電子レンジ、洗濯機と数えればキリがない。家でご飯を食べてから先導してくれる侍たちが宿泊している宿場に向かった。出来るだけ目立たない裏道を進んだ。宿場町の裏道に車を停めて彼らの許へ向かった。
今日はラフなジーパンに半袖のポロシャツの格好だ。宿の前に立つと、やはり目立った。格好もそうだが江戸時代では関取より大きかった。町人達は遠巻きに見ていた。もう仕方がないことだ。この世界では偉人と同じなのだから。
「川越藩の方々は居られますか」
宿の人間らしき者に尋ねた。ほどなく浅野三郎ほか四人の侍達が出て来た。
「佐伯どの、それでは昨日と同じように先導致します」
「ご苦労をお掛けします。お礼といってはなんですが、チョコレートと申します。金平糖のような物と言ったら良いのかな。召しあがってください」
そう言って手渡した。なんて事はないパチンコをやった時の景品だ。
換金した時の五百円に満たない端数の分チョコレートを景品として受け取ったものだ。食べもしないから冷蔵庫に沢山入っている。今では貴重な物となったが、いつまでも保存出来るものでもない。まず自分の世話してくれる人達には信頼を得なければならない。彼らは予想以上に喜んでくれだ。たかがチョコレートだが初めて食べる味は格別だったのだろう。

もし機会があれば、あの菊乃姫に渡してあげようと思っていた。
あの美しい顔が微笑んでくれるだろうか。江戸時代に来て初めて意識した女性だった。そんな妄想にふけっている間にやがて城が見えて来た。
周りは沢山の堀で囲まれている。当たり前だがこの城は江戸城を守る為の重要な城なのだ。城は要塞のように固められている。今は城に常駐する侍は五百人ほどの侍だろう。ここは昔、河越野戦という有名な戦いがあった。桶狭間の合戦、厳島合戦と並ぶ「日本三大奇襲(夜戦)」と言われている。
河越城を攻めて来たのは扇谷両上杉氏と古河公方の連合軍八万と、城に籠城する兵は三千人のみ、それは圧倒的に不利だ。その時、外から川越城救援の北条軍八千が天文十五年(1546)四月二十日夜、大夜戦を行い、北条軍は四隊に別れ夜襲を賭け十倍近い連合軍を一挙に撃滅し、北条氏の関東における立場を決定的にした。それ以来、徳川の時代に入り江戸城築城と共に太田道灌の息子が川越城を建造した古い城で歴史と伝統がある。いわば名城であった。

平城であるが総面積と建坪はかなり大きく出来ていた。いざ召集が掛かれば近隣の城からの応援も駆けつけるので一万人もの侍が川越に集結する将軍家の出城でもあった。城主は時代と共に代わって行くが、有名なのでは松平伊豆の守や生類憐愍の令で悪名高い将軍、綱吉のお側用人、柳沢吉保も川越藩の城主を勤めている。彼らの名前からいってもいかに重要な城だったが伺える。
その川越城には酒井忠利の側室や側室に仕える者、その他の使用人が三百人も居る。これだけの者が出入り出来る城なのだから平屋の城とはいえ、城の周りには侍たちの屋敷が城を取り囲むように建てられている。末娘の菊乃姫仕える者も二十数名と大所帯であった。
城に到着したのが羊の刻〔午後二時頃〕だった。本丸に入ると忠勝が出迎えてくれた。その後ろに控えめに菊乃姫がいた。今日は一段と艶やかな着物を着ている。
酒井忠利は城中会議で何やら忙しいようだった。若い者同士の方が雄一も何かと話しやすい。どうやら忠勝も菊乃姫も未来の話をもっと知りたいようだ。
丁重に案内されて池の前にある茶室に案内された。
茶室とは、お茶を楽しむばかりじゃなく、ゆっくり相談とか親交を深める為の部屋だ。ただ面倒なのが小さな小窓のような所から入るのが体の大きな雄一には、いささか窮屈だった。

「忠勝様、菊乃姫様。今日は未来を本で説明いたします。その方が分かりやすいと思いまして、これがその本で御座います」
とりあえず佐伯鉄工所のパンフレットを一部ずつ二人に手渡した。
すると二人は大きく目を見開き、まずカラー写真に驚いたようだ。
「佐伯どの、これは絵にしては素晴らしい出来じゃが、未来にはこのような絵を書ける者がおるのか」
「いいえ、それらは写真と言いまして実際、人が目で見た通りの絵が映し出されるのです。そして同じ物を複写といって何枚でも同じ物を作る事が出来るのです。そこが私の父が作った鉄を加工する工場です、もう一枚は製作所。ここでは鉄板など加工します。例えば私が乗っている車の枠や天井、扉など作ります」

忠勝と菊乃姫はパンフレットを交換して見た。まさに同じ物だった。
ところが忠勝は文字が筆でない事と左から読むのではなく右から読むことに不思議がっている。慣れないと読むにくいだろう。
「佐伯氏、この文字は素晴らしいが何故、右から読むのじゃ」
「ああ確かに慣れないと読みにくいでしょう。何故こうなったと言うとイギリスなどはローマ字というものを使います。あれは縦に書くことは出来ません。それで全て横書きにしました。どの国も左から右と読みます。それで日本の国も合わせたのです」
「なるほどのう、分かるような気もする」

今度は菊乃姫が雄一に質問した。
「佐伯さま……ここに写っている方は、佐伯さまのお父上ですか」
「はい、四ヶ月ほど前に亡くなりましたが」
「それは気の毒なことです。それで四ヶ月とは?」
「う~ん。ひと月を三十日として四月(よつき)。が百二十日ですね」
「……なにやら難しいものですね。佐伯さまは、何処の藩に仕えていたのですか?」
「いやその、仕えるとかではなく勤める所です。未来には城とか武士はおりません。だから刀もありません」
雄一の話しことに、今度は忠勝が驚いて聞いた。
「なんと武士が居ないのか、それでは国は誰が守るのだ。百姓や町人は守れまい」
質問が矢次に飛んで来た。それはそうだろう城が無い武士が居ないでは驚くのも無理がない。
「あっこれは余計なことを……少し刺激的でした。あまり先の事を語っていけないのですが、武士の時代はこれから三百万年続きますからご安心下さい。武士制度はなくなり軍隊みたいな組織が出来あがり、日本は凄まじい発展を遂げて行きます。しかも世界有数の軍事大国に成長しますが」
「ほう日本の未来は明るいようですなぁ。しかし武士が居なくなるのはチト寂しい気もするが」
「まあそれは三百数年も先のことですから、深く考えてはいけません。川越藩も安泰が続きますから、忠勝様はこれから大いに活躍する方なのですから。私は占い師ではないが、歴史はそうなのです」
「いや、すまなかった。あまり先を知っては生きる意味が失われる。自分の時代が、生きて行く証となれば良いで御座るなぁ」

「そうです。私は歴史を超えて時空を超えて来ました。この先自分がどうなるかと思うと怖くて眠れませんが、だから今を楽しく生きて行こうと考えています」
菊乃姫は雄一の父が亡くなった事に、心を痛めたのか労わりの言葉を投げ掛けた。思ったより気の優しい姫君のようだ。
「佐伯さまは、父上が亡くなり、たった一人で遠い過去に来たのだから寂しいのではないのですか。奥方や、お子はどうなされたのですか。心配しておるのでは」
「いや独身ですから妻子はおりません。また好きな人も居りません。研究が好きでしたから、それに平成の時代は決して結婚は遅い方じゃないのです。この時代三十過ぎて結婚するのは普通ですから。私が住んでいる時代は平成と呼ばれています。その時代は男女平均して八十歳まで生きるのが普通ですから。それより、その本に感じるものがありますか」
「未来って凄いものだと感じております。もし行けるものなら未来に行ってみたいものです」
「ハイ、それが可能なら是非案内したいのですが、こればかりは未来の科学でもどうにもなりません。それとこれはチョコレート。とても甘い食べ物で、西洋から伝わって日本で作った物です」
そう言って雄一は菊乃姫と忠勝に手渡した。城主の忠利にチュコレートを渡した時にこの二人は居なかったからチョコレートは知らない。
その包みを開けると、なんとも言いない甘い香りがして来た。二人とも不思議そうに眺めてから口の中に入れた。トロリと溶けて口の中に、甘いなんとも言えない味が広がった。
「なんと不思議な味じゃ、こんな甘い物は食したことがないぞ。菊乃はどうじゃ」
「はい、兄上。あの金平糖よりも甘くて、美味しゅう御座います。本当に未来とは素晴らしい所ですね」
「ああ話は戻りますが」
次に雄一が取り出し物はノートと鉛筆だった。そこに雄一は日本の人口と、今まで住んでいた府中の住所と自分の名前を書いた。それと家族三人が元気だった頃の写真を取り出した。
「これは私の両親と私が大学に入学した頃の写真です。それと住んで居た場所と日本の人口を書いてみました」
二人はその写真を先に見た。雄一がまだ十九歳になったばかりの写真だ。この頃が一番幸せな時だったかも知れない。
「なんと素晴らしい絵、こんな絵描きが未来に居るのですか。これが、お父上と母上殿ですか。これが佐伯さまですね。このような絵は写真とか云うものも未来では当たり前なのですか」
「これは絵書きが書いたものではなく本物の人物風景をそのまま映したものです。はい、科学とは便利なものです。私はその科学を元和の時代にも役立てれば良いと思っています」
次に二人はノートの走り書きを見た。雄一は何も考えずに書いて渡したのだが、この当時は鉛筆もなかった。この時代の書物は全て筆で書かれたものばかりだ。それに字を崩しから達筆かどうかは別として読みにくいものがあった。

「これは筆とは違うようじゃが、それも未来の筆のようなものか」
「これは鉛筆と申しまして勉強……いや学問を習う時などに便利です。そしてこのように消す事も出来ます」
雄一は英語で忘れかけていたメールアドレスを書いた。また驚いた。
話には聞いていた西洋の文字を日本人である雄一が書いたからだ。
その文字を雄一は鉛筆の先に付いている消しゴムを使って消した。
「なんと、佐伯殿は西洋の文字も書くのか? それに字を消すことが出来るとは手品ではないのか」
「ああ、平成の世は世界各地と貿易が盛んで、このような文字を書き話たり出来ないと、西洋との交流は出来ないのです。日本は世界でも優れた国なのです。その数字は日本の人口です。この時代の人口は確か千三百万人前後、それが十倍もの人口になったのです」
「なんと日本人は十倍にも増えているのか」
次から次と不思議な話ばかりを聞いて、忠勝と菊乃姫は時間の経つのも忘れるほど雄一の話に没頭していた。
「では鎖国ではなくなったのじゃな。長崎では偉人が沢山居ると聞くが、一部の者達は日本の国が、異人に奪われるのでないかと心配しておるが」
「確かに日本は大きな戦争を、世界の国と何度か戦いましたが。それから戦争は七十年以上も起きていません。これからも無いと思いますが。戦争をして何も得る物はありませんでしたから」
 流石に佐伯は第二次世界大戦で連合軍に敗れた事は伏せた。
「もしも長崎に行けたら、佐伯殿は偉人と話が出来るのか?」
「イギリス、フランス、オランダ、中国語くらいならなんとか」
「なんとそんな沢山の異国語が出来るとは佐伯殿は大変優れた人物のようじゃ。こんな人物が我が藩に来てくれるとは頼もしい限りじゃ」
 忠勝は己の身分より雄一の能力の高さに驚いた。未来でもかなり地位の高い人物と思ったようだ。

「長崎に行けば、未来に使う物が見つかるかも知れん。その材料を使って役立つ物を作ってはどうかな」
「それは有難い。必要な物を揃えて貰えれば、川越藩に役立つかもしれません。私は川越藩の為に役に立つたいと思っています」
「おう佐伯殿が川越藩の為に尽くしてくれるなら、願ってもない話で御座る。のう菊乃」
「はい兄上、菊乃からもお願い致します。そして色々と教えてください。佐伯さまは、まるで神のような持ち主、菊乃も教わりとう御座います。佐伯さまは学門を寺子屋で学んだのですか?」
「はい、寺子屋は学校と名前が変わり、幼い時から国民は学校に行かなくてならない規則があります。それは九年間、そしてもっと学びたければ更に三年そして四年と学ぶのです」
「そんなに長く…… 佐伯さまは全部行かれたのですか」
「はい全部で十六年、それと研究所で働きながら勉強しました」
「そんなに長く学ばれたのですか驚きです。では民は、みんな読み書きが出来るのですか」
「勿論そうです。だから科学も発達して車や飛行機などが出来たのです。飛行機とは、数十人から四百人以上の人を乗せて空を飛ぶ乗り物です。ですから大きさは、とてつもなく大きくてそれが空を飛ぶのですから想像つかないと思います。勿論異国にまでも行けます。例えば琉球なら一刻半(三時間)で着きます」
流石に二人はついて来られなかった。空を飛ぶ乗り物なんてどう説明しても理解出来るはずがない。この時代、人工で空を飛ぶ物といったら凧くらいのものだ。
「ああ、すみません。話が飛躍してしまいました。折をみてまた」
そんな話をしている内に夕闇が迫って来た。
「佐伯殿、暫く滞在出来ますかな。もっと話を聞きたいのだが」
「はあ、私が役に立てるのであれば喜んで」

もはや雄一は神様扱いされた。まさに川越藩の宝である。それから半月後、忠勝は雄一の為に城の近くに一軒の広い屋敷を用意した。それに護衛として六人の侍と賄い人や世話人など総勢十五人も屋敷に送った。勿論責任者として浅田三郎が選ばれた。
余りの待遇に雄一は、寝る所さえあればと断ったのだが川越藩の大事な人だからと押し切られた。忠勝は切れ者で知られる。川越藩になくてはならない人物と認め。金に糸目を付けぬ待遇であった。
そのお礼と云うわけではないが雄一は城に贈り物があると工事を願いでた。
その数日後、雄一は予定していたソーラーパネルの取り付けに入った。
それにも忠勝は数人に屋根職人を呼んで取り付けに協力させた。
蛍光灯は七本用意してある。まず大広間に三本、藩主の部屋に一本、次に家老達の会議室のような部屋に一本、忠勝の部屋に一本、菊乃姫の部屋一本と、それぞれ配線を引いて蛍光灯を取り付けた。忠勝、菊野姫や城中の者はなにが始まるのか見ている。
あとは発電が充分に流れるかだ。朝から始めて午後三時に終了した。
点灯式を酒井忠利藩主と忠勝、菊乃姫や重臣が大広間に集まって菊乃姫が点灯式のスイッチを入れた。六十畳もの部屋が蛍光灯で充分な明るさではないが、ロウソクの何十倍もの明りが部屋に広がった。
お~と歓声があがり、みんなは感激していた。雄一はまさに川越藩の福の神だ。屋敷と使用人を与えただけでは何倍もお釣りがくる程だと喜んだ。
藩主の忠利は子供のように喜び、そして忠勝、菊乃姫、家老の本田良成も、その不思議な光をいつまでも眺めていた。
「なんと云う明るさじゃ、まるで昼の庭のようではないか。未来とは素晴らしいものだ。すべてが佐伯氏のお陰じゃ。これからも長くこの明るい広間で議論を交せるのか、これで我が藩は日本一の城じゃ」
「はい、これなら真夜中でも書物を読むことが出来ます」
「佐伯さま、姫の部屋もこのように明るくなるのですか、油は足さなくても良いのですか?」
「ハッハハ、何も入りません。このボタンを押すと点いて、また押すと消えます。それだけです。それと火を使って居ないので火事になる事もありません」
「これなら夜なべしながら書物を読めますね。寝不足になりそう」
「菊野姫さま、それは責任を持てませんよ」
これには全員が笑った。ついに川越城に近代文明であるソーラーパネルから電気を作り出し、蛍光灯を取りつける事に成功した。西暦千六百年代に電気文化の革命が起きた。歴史を変えた瞬間である。

酒井忠勝は江戸城に戻る日が三日後に迫っていた。そこで明日、鷹狩りに誘われた。武蔵野の地は特に将軍家を始め各大名は鷹狩りが好きだった。鷹狩りとは鷹を使って獲物を捕獲する事だけではなく、家来たちに野鳥の居そうな山に鐘や太鼓を叩き大きな声を立てて野鳥を追い出す事だ。驚いて舞い上がった野鳥を鷹が捕まえて、飼い主の手に渡る仕組みだ。それには菊乃姫も見物人として参加した。総勢二百名と一大イベントである。
ただ鷹狩にはもうひとつの理由がある。戦の訓練の一環でもある。統一された指揮の下に、それぞれの場所に配備し合図と共に行動する絶好の軍事訓練とされたらしい。
 城から八キロほど行った所に平坦な林があり手前は草原になっている。そこに陣地を構えた。周りには酒井家の家紋の入った幕が張られ、椅子など並べられ草の上には絨毯のよう敷物が敷かれた。
其処には茶道具も用意され城中の女達が酒や料理をテーブルのような物に並べた。藩士たちは大変だが女達にとっては滅多に城から出る事を許されない為ほとんどピクニックのようなものだ。

「佐伯どの、ささっ、まず一献いかがかな」
 忠勝は酒を勧めた。綺麗な空気に夏の草原は気持ちが良かった。こんな楽しみかたもあるのかと雄一は思った。だが大変なのは下級武士達だ。野鳥を追い出す為に林を囲まなくてはならない。その下級武士達が鐘や竹光を持って、遠回りに林を百人ほどで囲んだ。すると秋山半兵衛が忠勝の前に跪いて言った。
「忠勝さま、準備が整えまして御座います」
「うむ、相わかった」
 すると忠勝は幕の外に出て大太鼓を一振り叩いた。その音を合図に林を囲んだ侍達が一斉に、大声を出しながら鐘を叩き竹光を叩いた。
 驚いた野鳥が林の中から上空に飛び出すと、鷹が獲物を目掛けて飛来して行った。五羽の鷹が見事に獲物を捕らえて地面に着地した。その獲物が忠勝の元へ集められた。
「佐伯どの、いかがじゃな。今日はこのキジ料理を馳走致すぞ」
当時としては蛋白源のある肉料理としては最高の贅沢であったと思われる。
たった八羽のキジを捕るために何百人も狩り出すのだから経費に換算したら大変高価な食べ物になった。但しここだけの話で一般的な肉を食べる事は禁止されている。勿論、大名は特権で許されるから勝手な法である。

そして酒井忠勝はまた近い内に会うことを約束して江戸城に帰って行った。
佐伯雄一は今や完全に川越藩の居候になった。いや居候では聞こえが悪いが、川越藩にはなくてはならない存在となったようだ。
 週に一回は鉄工所のある府中に帰り、その他は川越城の隣にある屋敷に住んでいた。
門には侍が警備に二人立っている。その他に四人侍が屋敷内に待機している。外出する時の警護や城との連絡係りも兼ねていた。その他に身の回りの事をしてくれる男女の使用人が十五人居る。彼らは同じ敷地内に建てられた家に住んでいた。それらの費用は勿論川越藩で全て賄っている。現在で言えば大臣よりも待遇が良いだろう。タイムスリップしなかったら、普通の研究員でしかないのに。

 時々,家老の本田良成が訪ねて来ては世間話をして行く。屋敷を与えられてから浅野三郎が城からの使いとしての役目を命じられていた。最近はもっぱら菊乃姫に頼まれた用事が多いようだ。こちらの屋敷にはノートパソコンを持って来ていた。
屋根にはソーラーパネルを貼り付け電気を使えるようにしたが容量が小さい為、冷蔵庫や炊飯器など電気器具が使えず不便を強いられている。
 屋敷内にある井戸には小型モーターを取り付けて汲み上げた水を屋根の上まで揚げて太陽熱で温めタンクに貯めて、お湯が出るようになった。これでいつでもシャワーが使える。しかしどうしても四枚のパネルでは発電にも限度がある。そこで考えたのが屋敷の近くを流れている川を利用して、水車を回して電気を起こす事だった。一度作って成功しているから問題ない。川越藩の人々はまた何を始めるのか楽しんでいるようだ。
 
城に蛍光灯を取り付けた時に、お礼として忠勝から五百両を渡された。現在の金額にして五百万以上になる。だがそうそう養ってもらう訳には行かない。自分と発明してその対価を稼ぐ。今回は有難く礼をのべて貰ったが、これからは自分で稼がなくてはならない。
だが今は住む為の環境作りが先だ。電気の生活に慣れた人間は電気がなくては生きて行けない。既に水車はこの時代にあった。百姓が臼を回し為に使ったようだが、大した利用価値がなく余り使っていないのが現状のようだ。しかも雄一は動力として考えた。水車で電気を作ることが出来れば世の中は変わる。そしてこの川越藩一体を電気の藩にしたい。各家庭に電灯を灯し道にも街燈を付ける。
やがて電気製品を作り出し冷蔵庫、洗濯機、電気釜などがあったらどんなに便利だろう。ただ電気製品を作る技術を教えても材料がない。ボルト一つ作るにもそんな鋼材もない。何千何万という部品を作りだすのは無理だ。現在出来るとしたら電球くらいかも知れない。それでも電灯があれば世の中は発展し、やがて電気製品を作り出すだろう。少なくても百年は早く発展するだろう。

まず電気を作ることだ。電気を作る為に大型の水車を二基取り付けることにした。その為に五十両ほどの金を掛けて職人と材料を手配して貰った。川は三百メートル離れているが、其処から配線を引けば電気は持って来られる。
普通の水車は田んぼに水を引き、穀物を粉にする為に利用されていた。
それが城の近くの水車を作ったから町民は不思議がって遠まわしに見物している。
「あの異人さんは、町に田んぼを作る気かね。でなきゃあ水車を作る意味が、ないのじゃがのう」
今や雄一のことを知らぬ者は居ない。しかし未来から来た人間といっても信じて貰えないだろうから、異人として知られていた。しかし日本語がペラペラで、身なりは別として日本人そのものだった。気さくに近所の人達に挨拶する雄一は町民からも慕われていた。
塞き止められた川の水が新しく設置した水車の方へ流れ出した。水車がゆっくりと回転を始める。ギギッ音がしてやがて勢いよく回転し始めた。
水車の軸に取り付けられた鉄の棒が回転し、それが歯車に付いたベルトが回りモーターが作動した。送電が始まり雄一の屋敷の中に設置した大型バッテリーへと送られた。コンデンサーも一定した電気を送る為に取り付けてあった。問題がなさそうだ。これで何かの都合で水車の回転が止まってもバッテリーに蓄電されれば問題なく安定した電気を供給出来る。電気さえあれば何でも出来る。雄一にはそれが一番嬉しいことだった。夜だって明るい場所で本も読めるしパソコンも使える。雄一は早速、自宅から電気製品の一部を持って来た。
冷蔵庫を持ってこようと思ったが、製作所と鉄工場の側にそれぞれ自動販売機が付いていた。これなら飲み物を冷やし、また温める事が出来る。空のペットボトルにお茶などを入れればいつでも飲める。それを持ってきた。
ただ食べ物には肉類がないのが寂しい。珈琲も欲しかった。それが毎日、精進料理みたいな物ばかりで少々嫌気が差していた。パンは小麦粉があるから作れるが平成の時代のようなパンではない。まぁ己の未熟な腕は仕方ない。
そんなある日、菊乃姫から浅野三郎の手によって文(ふみ)が届けられた。
相談があるので雄一の屋敷を訪ねるとの事だった。それから三日後に立派な駕籠に乗り、数十人の侍と腰元を連れて菊乃姫が訪ねて来た。警護役として秋山半兵衛も一緒だ。

 菊乃姫が水車を見てまず驚いた。そこから何やら色んな機械が取り付けられ屋敷や庭先に太い柱があった。鉄の線が伸びていた。それが電線である事にどうやら気づいたようだ。城にもそのような配線がされ蛍光灯が灯っていたからだ。
 「佐伯さま。これはもしかして、電気とか申すものですか」
 「はい、私は電気がないと不便でならないのです。それで水車を回して電気を作る事が出来ました」
 菊野姫は近くに自動販売機があるのに気付いた。
 「佐伯さま、これは何ですか」
 「ああ、それは自動販売機と申しまして、お金を入れると飲み物が出てくる機会です。
 雄一はコインが無くても飲み物が出せるようにしていた。
 「菊野姫さま、冷たいお茶を召し上がりますか」
「なんと、これはお茶が出る機械か?」
 「ええ、予めこの中に入れて冷やして、また温めて置きます。平成の世は誰も金を入れれば飲み物が買える装置です。まず飲んで見てください」
 菊野姫はペットボトルの蓋の開け方を教わり一口、含んだ。
「おーなんと冷たい。これは便利ですね」
「こちらは逆に温かい物が飲めますよ。飲んで見ますか」
雄一は温かいペットボトルを渡した。
「おーこちらは確かに温かい、これはどちらも楽しめますね」
「はい、おいでのさえはいつでもお飲みください」
 「やはり佐伯さまは、大変頭の優れた方なのですね。そこで我が藩の者や、町民などに教えて貰えないかと」
 「つまり学校……いや寺小屋のようなものですか」
 「はい、戦の無くなった今は武術よりも文学を学ぶ時ではないかと思っております。いずれ藩の役に立てばと思っております」
 「流石は姫、素晴らしいお考えで御座います」
 「佐伯さまさえ良ければ、寺子屋の師匠としてやって貰えれば藩や町民の為になるのではないかと思っております」 
 「姫様がご希望なら出来るだけの時間を割いてお手伝いさせて頂きます」
 かくして姫の要請により、佐伯の敷地内に寺子屋が作れた。
川越藩から二十名と町人から八名、そして学びたくても金がない百姓二人、寺子屋の建設は川越藩が持ち、雄一は金が無い者には無料で教えることにした。勿論、寺子屋には蛍光灯が取り付けられ夜でも勉強が出来た。
但し月謝は別で月謝の半分は川越藩に支払われる事になっていたが、今はその金で新たに寺子屋に役立てようと考えている。あの水車から電気を作り門や庭には裸電球だが夜でも明るく照らして町民の間では評判になっていた。それを見たさに遠くから見物に来る者も少なくない。
 そんな先生の下で教えて貰えるのだから、多少月謝が高くても我も我もと集まって来た。午前と午後を二班に分けて一日二時間ずつ教えた。つまり生徒は一日六十人を教える事となる。武士の息子、或いは娘。町人の息子、娘、百姓、誰隔てなく教えた。驚いたのは百姓の女子にも教えた事だ。百姓とくに女は勉強するなんて考えられなかったからだ。勿論、百姓の子供の殆どは雄一が無料で教えている。
休みの日は一と五の付く日と、きちんと決めて置いた。その空いた時間は雄一が、新しい物を作る研究に充てた。
ただ講師を引き受けたが現代人に教えるのと少し勝手が違っていた。
まず漢数字をアラビア数字に変えて教えることにした。漢数字では単純な計算にも苦労するからだ。ほかにも色々と問題はあった、どうも毛筆では不便なので将来は鉛筆を手配してみようと考えた。その鉛筆は黒鉛で芯を作る事が出来る。つまり炭の一種でこれを粉に粘土を混ぜて鉛筆の芯が出来上がる。材料さえあれば簡単に出来る。それらも生徒に作らせればよい。すでに鉛筆は徳川家康と伊達政宗が持っていたとされる。オランダの宣教師から貰ったものらしいが、伊達政宗が第一号ではないかと言われている。

 雄一は生徒達に教えたのは、数学を基本として科学と工業、文化について教えて行った。まず数学は足し算、引き算、割り算、更には九九など教える。ただやはり計算するにはアラビア数字に漢字を変換する方法を教えなくてはならない。日本中いや世界中探しても雄一ほどの知識は当時、誰も持ち合わせては居なかった。当然だろう。なにせ四百年先の知識人なのだから。アラビア数字を覚えれば一気に数学の学びが進む。特に九九は便利なの物で暗算出来れば色々と役立つ。
他に実用的なものを教えた。まず荷物を運ぶに便利な物の作り方を教えた。
しかし外国では、すでに馬車や牛車を利用していた。だが日本では動物保護の観点から動物に労働を強制する行いや食料とする事を禁止していた。しかし本当の理由は別にある。馬車を使って物資(武器)の移動。幕府への謀反を防ぐ為とか。つまり馬車で荷物も運ぶことが出来ない。更に牛を田んぼに入れて耕す事も出来ない。だから外国に比べて発展が遅れた要因でもある。
雄一が言いたのは輸送手段、物を早く運べれば経済も発展する。その為にはまず第八車ではなく馬車だった。それを雄一は酒井忠勝に訴えた。忠勝も分かっていた。しかし幕府は長年これで戦がなくなったと自画自賛していた。これでは要望を出しても簡単に却下されてしまう。これは川越藩だけで決められず幕府に働き掛けないといけない。乱世の世では敵の動きを封じる為に、何かと理由を付けた。そのせいで流通文化はかなり遅れていたようだ。

それが通らないのならば、輸送手段として使われているのは大八車という物はある。だがあれは一人で運ぶには重すぎる。それならもう少しコンパクトにて軽くすれば一人でも楽に持ち運べる。そこで雄一は大八車の改良型リヤカーの作り方を教えた。しかし現代のような鉄鋼はないが、農具などを作る鍛冶屋は存在していた。
 そこで鍛冶屋職人を呼んで、リヤカーを作るに必要な鉄の部品を作らせた。それを生徒達に組み立てさせた。まるで工作の時間のようだったが、これが川越藩の発展に大いに役立った。十台ほどの枠組みが終わり、車輪は鉄を少なくし樫の木と組み合わせて軽量化を図った。試験的に二台を米問屋に貸し出したところ、凄い評判を呼んだ。その噂は川越藩中に広がり注文が殺到した。
生徒達はリヤカー作りに専念した結果、二百台あまりのリヤカーが川越藩の村や町に広がって行った。一台のリヤカーを現代のバイクに近い値段で売り出した。勿論、その利益は膨大なものとなり、生徒達の月謝を半額にしたが、それでも雄一には大金が転がり込んで来た。その金を鋼材や油を買う資金として貯めて置いた。噂が広がり川越藩以外からも、雄一の寺子屋に入りたいと生徒が殺到したが、雄一だけではとても対応出来ない。そこで次に考え出したのが、優秀な者な生徒を数名選出して、臨時教師として育てた。その臨時教師にはアドバイスを加えて最終的には雄一が教えてやった。
やがて生徒の数は百五十名にもなった。そのリヤカー作りは川越藩の生徒を使って作らせ材料費は川越藩が出し、その収益は雄一が二割を川越藩に七割、残りの一割は生徒たちに分け与えた。

次に取り組んだのが馬車だ。勿論禁止はされているが試験的に勝手に作ることにした。原理はリヤカーと大して変わらない。ただ馬を働かせる事は禁止されている。今回は試験的に作り、いかに便利かを知ってもらうことだ。
ただ大きさがリヤカーの五倍ほどの大きさだ。雄一は馬車を映画やテレビでしか見た事がない。馬を一頭にするか二頭にするかで考えた。荷が重ければ二頭また長距離や勾配でも馬に掛かる負担が違ってくる。そこでどちらも可能なように作った。
それで使い主の都合で一頭にするか二頭にするか選べる。だが問題があった。
確かに家畜として育てている農家はあったが、馬にどんな役目をさせたのかは余り知られていない。荷車を引かせたという話は聞いたことがない。そこで馬が果たして大人しく馬車を引いてくれるかが問題だ。秋山半兵衛の紹介で浅野三郎にこれからの作業の手配を頼んだ。この浅野三郎どうしても雄一と下で働きたいと志願したそうだ。
三郎から二頭を手配して貰った。雄一は馬の方は苦手だ。馬券を買うのとは訳が違う。そこは武士達だ。手馴れたもので、実験用に作った馬車に馬をなんなく繋いだ。だが変な物を付けられたのか馬は動こうとしなかった。だが数時間したら、諦めたのか馴れたのかゆっくり歩いた。一度覚えればあとは簡単だ。犬の調教と同じだ。ちゃんと出来たら人参をあげればいい。人間の力じゃなく馬の力で動いたのだ。あとは馬を大事に使えばどれだけ役に立つか計り知れない。

と喜んだのも束の間。馬車作成に待ったが掛かった。馬車は大量に早く物資を運ぶことが出来て便利なのだが、雄一は河越藩主、酒井忠利に相談した。幕府に顔が効くと言っても禁止されている物を作っては大変な事になる。そこで将軍家の老中職を務める酒井忠勝に文を送った。雄一から一度は相談を受けていたが、簡単の話し事も出来ずにいた。佐伯雄一なる男も以外と頑固で気が強い性格だと苦笑いする。
困った酒井忠勝は将軍の次に権力を握る大老、土井利勝に相談を持ち掛けた。
「なんと。馬車を作りたいと申すか。酒井殿お主は禁止されておる事を知って申しておるのか」
「勿論で御座います。しかし時代も変わり徳川幕府も安泰のこの時世に誰が謀反を企てると申すのですか。馬車は便利です。大量に荷物を早く運べれば魚なども新鮮な物を遠くまで運ぶ事も出来て、大いに発展すると思います」
「それは分かっておる。しかしどうして今になって言い出すのじゃ」
「実は、我が藩に大変な人物が現れたのです」
「現れたとはどういう意味じゃ。天から降って来たとでも申すのか」
「まさにその通りです、天から降って湧いた人物というか四百年の先の未来から来た人物です」
「なに? 天狗ではあるまいし。魔術でも使うと申すのか」
「いや本当に未来から来たそうです。某も最初は信じられませんでした。処がロウソクの何倍も明るい光を出す物や、鉄の小屋が馬より早く走る乗り物など、この世のものと思えぬ物ばかり見せられて。背丈は六尺を越し大男で西洋の服を来て日本語を話すのです」
「まさか信じられん……異人ではないのか」
「いいえ髪も目も黒で日本人に間違えありません。府中から来たと申しており、大きな雷がなり落ちて気を失って目覚めたら、この時代に来たと。なにせ動く鉄の箱を持って馬より早やく走り、夜でも自ら光を放って走る代物を見た時は心臓が止まる思いでした。人格は優しく誰でも好かれる人物でありながら学者の知識もあり、その者が近代的な馬車を作りたいと申し出がありまして」
「信じられん。バテレンでもなく日本人。害はなく好感の持てる人物と申すか」
「はい、我が父や城の者や町民に慕われ、今は寺小屋で侍や町民に学問を教えております」
「酒井殿がそれほど惚れ込んだと申すなら信用出来るだろう。それなら特別に馬車を作っても宜しいが。大量には駄目じゃ。まず上様に献上して、お許しが出たら大量に作る事が出来るかも知れぬ」
「それはあり難い事で、早速手配致しましょう」
「それとじゃ、一度その人物なる者に合わせてくれぬか」
「勿論、いずれ紹介せねばと思っておりました。いつ登城させましょうか」
 
 一方、菊乃姫に縁談が持ち上がっていた。それは由緒ある城、後の幕末期に井伊直弼が作った高崎城だった。そして現在の城主は将軍家の血を引く松平康長だ。だがこの城は後に、寛永十年(1633年)十二月六日、この城に幽閉されていた徳川忠長(二代将軍徳川秀忠の三男で三代将軍家光の弟)が切腹した事件で有名な城である。次期三代将軍家光と将軍を争って徳川の安泰を揺るがしたとして、二代将軍秀忠の怒りを駆って切腹を命じられた高崎城だ。
勿論そんな事を知る由もない菊乃姫の父、酒井忠利は縁談には大乗り気だった。家柄も申し分ないし菊乃姫はすぐ賛成するものと思っていた。だが当の菊乃姫はその縁談を渋ってしまった。何度説得しても首を縦に振ろうとせず、困り果てた忠利は嫡男の忠勝を説得に充てた。馬車作成の件もあり忠勝は川越に帰って来ていた。
「菊乃、なぜ拒むのじゃ。家柄も申し分ないではないか」
「兄上、菊乃は家柄なんかどうでも良いのです。でも今は嫁ぐ気になれないのです」
「分からん事を申しのう。じゃあ、いつなら嫁ぐと言うの。うん……ははあ? もしかしたら佐伯どのを好いておるのではないか」
「し、知りませぬ! 佐伯さまに失礼では御座りませぬか」
そういって菊乃姫は顔を少し赤らめていた。忠勝はすぐに察しが付いた。しかし父の忠利はそれで納得するだろうか。縁談の話が壊れれば高崎藩との間に確執が出来てしまう。だからと言って妹の気持ちを考えると気の毒でならない。忠勝は個人的に佐伯雄一が気に行っていたが武士でもなく町人でもない。未来から来た。いわば得体の知れない人物なのだ。しかし気骨のある男であり出来れば友として付き合って行きたいと思っている。いつまた未来に帰って行くかも知れない。その事を当人に説いても自分で決められるものではない。そこで知恵者でもあり家老でもある本田良成に相談した。
「真で御座りますか、若。うーん困り申した。殿を説得出来たとしても高崎藩の面目が立たないだろうし……はてどうして良いやら」
「爺、そちが知恵者と見込んで相談しておるのに頼りにならんのう」
それから良成は白髪頭を抱え込んでいた。だが顔を上にあげてポンと手を叩いた。
「若、このさえ姫を病気にしては、それも(はやり病)だと言って断ればいかがでしょう」
「なに? 菊乃が病だと嘘を言うのか」
「はい、はやり病とも成れば先方から断ってくるかも知れませぬ」
「おうーなるほどのう、先方もこちらも面目は立つが、仮病か……」
まず忠勝は父の忠利に、菊乃姫が縁談を拒んでいることを伝えた。
思いもよらない話に忠利は唖然とした。だが年老いて出来た菊乃姫をことのほか可愛がっていた忠利は、無理やり嫁がせては余りにも気の毒と考えた。
やはり最後には高崎藩になんといって断るかが問題だった。父が許すなら事は早い方が良いと本田良成の案を忠利に提案した。仮病は気が進まなかったが高崎藩の面目が立つなら仕方がないと忠利は承諾した。
しかし問題は佐伯雄一のことだ。まず本人が菊乃姫と結婚する意志があるのか。もしあったとしても、すぐ結婚される訳には行かない。仮病だと分かっては大変なことになる。
かくして雄一の知らない所で勝手に話が暴走していった。菊乃姫の方は聞くまでもないだろう。面と向かって雄一と結婚したいなどとは言わないだろうが。それは兄である忠勝が強引に結ばせれば済むことだと思っていた。あとは雄一に菊乃を貰ってくれと頼むだけだ。
そんな話が持ち上がっているとは知らず、雄一は新しい物を作りが皆に喜ばれることに生き甲斐を感じ始めていたところだった。
平成の時代には当たり前のように使っていた物でも、江戸時代では大変な発明であり便利なものだ。それを少しでも作り役に立てば雄一にとってこの上ない喜びだ。やがてリヤカーや馬車の噂が江戸城下にも聞こえるようになり、ついに江戸城でも話が持ちあがっていた。

 第二章 川越城編 終
 
次回、第三章は江戸城でついに将軍との対面

時空を超えて 第二章 川越藩

執筆の狙い

作者 ドリーム
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第一章のあらすじ
工学博士である佐伯雄一が敷地ごとタイムスリップして戦国時代へ、本能寺の変で織田信長が亡くなり殺気だった侍と遭遇、車で乗り込んだものだから怪しまれ追われる羽目になるが、そして二度目のタイムスリップ、徳川秀忠が将軍の時代に舞い込む。今度は商人と知り合い意気投合、そこで玉子焼きとパンを作り平穏に暮らしていたが、それが評判となりやがて川越藩の知る事となる。現代文明の知識を提供して、生きて行く糧を探す。

コメント

青井水脈
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読ませていただきました。
前回は卵焼き、揚げパンが食べたくなり(笑)
今回は、酒井忠利と対面するところから面白くなりました。雄一も順応しつつあるだけでなく、江戸時代の人たちのためという未来人としての使命感に目覚めるあたりで、特に好感を持ちました。

>パレードのように両脇に馬に乗った侍が道を開けて行く。見た事もない動く小屋を人々は目を点にして見ていた。雄一も悪い気がしなかった。

刀を差した侍は、目が点だったでしょうね(笑)
現代の人だと、ちょっとやそっとの技術革新では、もうそんなに驚かないかもしれませんね。
それに、懐中時計やボールペン一つに驚きや好奇心を抱かれるシーン。こういうところが、読んでいて新鮮でした。

雄一と菊乃姫とのロマンスも、これから波乱を呼びそうで。本当にある意味歴史を変えてしまうのは、恋心だったりするかもしれませんね(笑)

ドリーム
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青井水脈さま

長い文章なのにお読み頂きありがとうございます。
酒井忠利と酒井忠勝は実在する人物で他は架空の人物です。
当日は牛乳もなく、野鳥は別として肉を食べる事は禁じられている時代
雄一は肉が食べたかったのですが(笑)また刺身というものもこの後の時代はなく。
なんとも不便な時代に行ったものです。
菊野姫と雄一を結婚させようと考えたのは兄の利勝。さてどうなる事やら。
もし結婚して子供が生まれたら歴史が変わるかも知れません。
第三章では江戸城の招待され将軍と対面。第四章は長崎に行く事になっています。
ただまだ完結に至っていません。突然、菊野姫と現代に戻そうかとも思っています(笑)
ありがとうございました。

u
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読みました
面白い
続きもあげてください

ドリームさん
も少し推敲したらwwww てか 変換間違い脱字 推敲以前のもんだいwwww
間違ったところあたし脳内変換で読んでるけどwww

江戸バージョンもあげてね

ドリーム
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U様

お読みいただきありがとうございます。

>読みました
>面白い
>続きもあげてください

ありがとうございます。

>も少し推敲したらwwww てか 変換間違い脱字 推敲以前のもんだいwwww

これはもう病気みたいなもので長ければ何処がミすったか分からなくなります(笑)
次回は将軍秀忠と対面しますが、それより時期将軍、家光に気に入られたようです。
ありがとうございました。

日乃万里永
KD106160080156.ppp-bb.dion.ne.jp

年を取るごとに、タイムスリップや、ファンタジーなどの架空ジャンルについていけなくなってきました。

あの人気作の「仁」でさえ、一話で脱落したぐらいなので……。

ですので、もうしわけありませんが、私は御作の読者にはなれませんでした。

今ようやく宇宙人の存在を受け入れられるようになってきたのですが、頭が固くてダメです。

ご感想をいただいておきながら、申しわけありません。

御健筆をお祈り申し上げます。

ドリーム
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日乃万里永様

お読みいただきありがとうございます。

>年を取るごとに、タイムスリップや、ファンタジーなどの架空ジャンルについていけなくなってきました。

分かります。架空の物語ですから理解し難かかも知れませんね。
私は下手な割にもジャンルが広く色んな物を書いています。

青春物、コメディー、恋愛、ハードボイルド、警察官ものと何でも書きます。
ともあれ読んで頂ければ嬉しいです。
ありがとうございました。

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