作家でごはん!鍛練場
浅野浩二

蜘蛛の糸

ある日の事でございます。御釈迦様は極楽の蓮池のふちを、独りでぶらぶら御歩きになっていらっしゃいました。池の中に咲いている蓮の花は、みんな玉のようにまっ白で、そのまん中にある金色の蕊からは、何とも云えない好よい匂が、絶間なくあたりへ溢れて居ります。
やがて御釈迦様はその池のふちに御佇みになって、水の面を蔽っている蓮の葉の間から、ふと下の容子ようすを御覧になりました。この極楽の蓮池の下は、丁度地獄の底に当って居りますから、水晶のような水を透き徹して、三途の河や針の山の景色が、はっきりと見えるのでございます。
するとその地獄の底に、カンダタと云う男が一人、ほかの罪人といっしょに蠢いている姿が、御眼に止まりました。このカンダタと云う男は、人を殺したり家に火をつけたり、いろいろ悪事を働いた大泥坊でございますが、それでもたった一つ、善い事を致した覚えがございます。と申しますのは、ある時この男が深い林の中を通りますと、小さな蜘蛛が一匹、路ばたを這って行くのが見えました。そこでカンダタは早速足を挙げて、踏み殺そうと致しましたが、「いや、いや、これも小さいながら、命のあるものに違いない。その命を無暗にとると云う事は、いくら何でも可哀そうだ」と、こう急に思い返して、とうとうその蜘蛛を殺さずに助けてやったからでございます。
御釈迦様は地獄の容子を御覧になりながら、このカンダタには蜘蛛を助けた事があるのを御思い出しになりました。そうしてそれだけの善い事をした報いには、出来るなら、この男を地獄から救い出してやろうと御考えになりました。幸い、側を見ますと、翡翠のような色をした蓮の葉の上に、極楽の蜘蛛が一匹、美しい銀色の糸をかけて居ります。御釈迦様はその蜘蛛の糸をそっと御手に御取りになって、玉のような白蓮の間から、遥か下にある地獄の底へ、まっすぐにそれを御下おろしなさいました。

        二

 こちらは地獄の底の血の池で、ほかの罪人と一しょに、浮いたり沈んだりしていたカンダタでございます。何しろどちらを見ても、まっ暗で、たまにそのくら暗からぼんやり浮き上っているものがあると思いますと、それは恐しい針の山の針が光るのでございますから、その心細さと云ったらございません。その上あたりは墓の中のようにしんと静まり返って、たまに聞えるものと云っては、ただ罪人がつく微かな嘆息ばかりでございます。これはここへ落ちて来るほどの人間は、もうさまざまな地獄の責苦に疲れはてて、泣声を出す力さえなくなっているのでございましょう。ですからさすが大泥坊のカンダタも、やはり血の池の血に咽びながら、まるで死にかかった蛙のように、ただもがいてばかり居りました。
ところがでございます。何気なにげなくカンダタが頭を挙げて、血の池の空を眺めますと、そのひっそりとした暗の中を、遠い天上から、銀色の蜘蛛くもの糸が、一すじ細く光りながら、するすると自分の上へ垂れて参るのではございませんか。カンダタはこれを見ると、思わず手を拍うって喜びました。この糸に縋りついて、どこまでものぼって行けば、きっと地獄からぬけ出せるのに相違ございません。いや、うまく行くと、極楽へはいる事さえも出来ましょう。そうすれば、もう針の山へ追い上げられる事もなくなれば、血の池に沈められる事もある筈はございません。
こう思いましたからカンダタは、早速その蜘蛛の糸を両手でしっかりとつかみながら、一生懸命に上へ上へとたぐりのぼり始めました。元より大泥坊の事でございますから、こう云う事には昔から、慣れ切っているのでございます。
しかし地獄と極楽との間は、何万里となくございますから、いくら焦あせって見た所で、容易に上へは出られません。ややしばらくのぼる中うちに、とうとうカンダタもくたびれて、まず一休み休むつもりで、糸の中途にぶら下りながら、遥かに目の下を見下しました。

すると、一生懸命にのぼった甲斐があって、さっきまで自分がいた血の池は、今ではもう暗の底にいつの間にかかくれて居ります。それからあのぼんやり光っている恐しい針の山も、足の下になってしまいました。この分でのぼって行けば、地獄からぬけ出すのも、存外わけがないかも知れません。カンダタは両手を蜘蛛の糸にからみながら、「しめた。しめた」と笑いました。ところがふと気がつきますと、蜘蛛の糸の下の方には、多数の罪人たちが、自分ののぼった後をつけて、まるで蟻の行列のように、やはり上へ上へ一心によじのぼって来るではございませんか。カンダタはこれを見ると、驚いたのと恐しいのとで、しばらくはただ、大きな口を開あいたまま、眼ばかり動かして居りました。自分一人でさえ断きれそうな、この細い蜘蛛の糸が、どうしてあれだけの人数の重みに堪える事が出来ましょう。もし万一途中で断きれたと致しましたら、折角ここへまでのぼって来たこの肝腎な自分までも、元の地獄へ逆落しに落ちてしまわなければなりません。そんな事があったら、大変でございます。が、そう云う中にも、罪人たちは、まっ暗な血の池の底から、うようよと這い上って、細く光っている蜘蛛の糸を、一列になりながら、せっせとのぼって参ります。今の中にどうかしなければ、糸はまん中から二つに断れて、落ちてしまうのに違いありません。

       三(ここから創作)

そこで、カンダタは、よじ登ってくる亡者たちに向かって、大声で言いました。
「おーい。お前らの気持ちは、よくわかる。お前たちも、この糸にすがって、地獄から脱出したいというのだな」
カンダタは、よじ登ってくる亡者たちに大声で言いました。
「おお。そうじゃ」
よじ登ってくる亡者たちは、大声でカンダタに言いました。
「お前たち。登るのをやめて下に降りろ」
カンダタは大声で、亡者たちに叫びました。
「ずるいぞ。カンダタ。お前は、自分だけが、助かりたいというのだな」
亡者たちは、一斉にブーイングしました。
「違う。違う」
カンダタは冷静な表情で、大きく手を振りました。
「どう違うんじゃ。説明しろ」
亡者たちは、怒鳴るようにカンダタに言いました。
「いいか。緊急事態の時ほど冷静になるんだ。オレの言うことをよく聞け。いいか。この蜘蛛の糸は、見た目は極めて細く脆弱に見える。しかしだ。オレは体重60kgだが、この糸は切れない。今、見たところ、20人ほど、登っているな。それでも、この糸は切れない。この糸が何kgまでの重さにまで耐えられるのかは、わからない。しかし一人の体重を60kgと、おおまかに計算して、60×20=1200kgには、優に耐えられるのだ。だからだな。まず、オレが登る。お前らは、一度、全員、地獄へ戻れ。そうして、オレが登り終わったら、一人づつ、いいか、一人づつだそ。この糸に登れ。そうして、一人、登り終えたら、次の者が登れ。そうすれば、全員、地獄から出られるのだ」
カンダタは、そう説明しました。
「おーう。わかった。お前が言うことが道理じゃ」
蜘蛛の糸にしがみついていた亡者たちは、カンダタの忠告に従って、スルスルと地獄の血の池に戻って行きました。地獄の亡者たちというものは、案外、物分りがいいものなのです。大体、地獄に落ちた罪人たちは、終わりのない未来永劫つづく地獄の責め苦を受けているのですから、「ああ。世にいた時に、悪い事をしなければよかった」と後悔し、反省していますから、みな、心を入れ替えて善人になっているからです。
カンダタは、蜘蛛の糸にしがみついていた亡者たち全員が、血の池に戻るのを確かめると、蜘蛛の糸が切れないように、ゆっくりと、地獄の暗闇の中を登り始めました。かなりの時間が経ちましたが、長い地獄での責め苦で、時間の感覚というものが、わからなくなっていました。しかし、とうとうカンダタは頭上に僅かな光明を見出しました。
「ああ。あれがきっと極楽の光だろう。助かった」
疲れが限界にきていたカンダタですが、助かるという、強い希望がカンダタに、大きな力をもたらしました。カンダタは、
「お釈迦様。本当にありがとうございます」
と、心の内に感謝しながら、一心に登って行きました。光はだんだん大きくなっていきます。あたかも、それは、長時間、深海に潜っていたダイバーが、だんだん水中を浮上していって、水面に差し込んでくる陽光を見た時の喜びに似ていました。実際、登るにつれて、光が差し込んでくる所はポッカリと円形となっていて、そこには水が張っており、光は、その水を通して、地獄の暗闇の中に差し込んでいるのです。あれは、きっと極楽の池に違いないとカンダタは思いました。カンダタは、ゆっくりと、しかし、しっかりと蜘蛛の糸を掴んで、登って行きました。
「やった」
とうとうカンダタは、最後の力をふりしぼり、水上に顔を出しました。カンダタは、急いで近くに浮いている大きな蓮の葉に乗りました。その時のカンダタの喜びといったら、喩えようがありません。カンダタは、辺りを見回しました。そこは、美しい大きな池で、池の中には大きな蓮の葉が、漂っており、岸辺には、美しい花々が咲き乱れています。ここは極楽の蓮の池に相違ありません。
「やった。オレはとうとう極楽に辿り着いたぞ。もう、地獄の責めに苛まれることない。やった。やったぞ」
カンダタは、大きな声で、「万歳―」と叫んでガッツポーズをしました。しかし、すぐに喜ぶより、他にしなければならないことに、カンダタの意識が移りました。
カンダタは、急いで蓮の上から、池の中を覗き込みました。池の底には、カンダタの忠告を聞いた、地獄の亡者たちが、血の池の中で物欲しそうに、上を見上げています。
「おーい。ここは極楽じゃ。とうとうオレは極楽に着いたぞ。今度は、お前たちの番だ。いいか。一人づつ、ゆっくりと、焦らずに登ってこい」
カンダタは、地獄の亡者たちに向かって、大声で、そう言いました。
「おお。そうか。わかった」
亡者たちは、大声て、カンダタに向かって、そう言いました。
地獄の亡者たちは顔を見合わせました。亡者たちは、何千人、何万人といます。
「おい。みんな。この蜘蛛の糸は、20人までは、登れる強度がある。しかしだ。カンダタが言ったように、慎重を期して、一人づつ登ろう。その方が安全だ。そうは思わんか?」
亡者の一人(石川五右衛門ですが)が言いました。
「おう。そうだ。そうだ」
地獄の亡者たちは、みな、賛同しました。
「よし。異論はないな。では、一人ずつ登ろう。あわてる乞食と亡者は貰いが少ない、という諺もあることだしな。ところで、誰から登っていくか、その順番は、どうやって決めたらいいだろうか?」
石川五右衛門がみなに聞きました。
「そうだな。地獄に入りたてで、まだ地獄の責め苦が少なく、体力のある者から登ったらどうだ」
サダム・フセインが、そう言って金正日に目を向けました。
しかし、金正日は手を振りました。
「いや。私は後でいい。私は、今、つくづく自分のしてきた事を反省しているんだ」
地獄に入りたての罪人は、他の亡者よりも特に罪悪感に深く苛まれて、精神的に打ち萎れているのです。
「地獄の責め苦が、特に酷い者から登ったらどうだ」
金正日は、そう言ってアドルフ・ヒトラーに目を向けました。
しかし、ヒトラーも、やはり手を振りました。
「どうしてだ?」
金正日がヒトラーに聞くと、ヒトラーは、弱々しい顔を上げました。
「私は、ユダヤ人を500万人も殺した。何の罪も無いユダヤ人たちを。ユダヤ人であるということだけで。しかも、死体の処理がしやすいように、裸にして毒ガスで殺したのだ。彼らの恐怖と苦しみは、想像を絶する、まさにこの世の生き地獄だったろう。間違いなく私が歴史上で一番の悪人、悪魔だろう。私のような者が、極楽へ行けるとは、とても考えられない。もしかすると、私が登っている途中に、私の罪科の大きさゆえに、糸が切れてしまうかもしれない。そうなっては、みなに申し訳ない。私は一番最後に登らせていただきたい」
ヒトラーは、弱々しい口調で言いました。そしてヒトラーは、近くにいたマリーアントワネットに目を向けました。
「やはり、レディーファーストということで、女の方から登られるのがいいのでは、ないでしょうか?」
ヒトラーは、マリーアントワネットに向かって言いました。
しかし、マリーアントワネットも、やはり拒否の手を振りました。
「ヒトラーさん。あなただって、ユダヤ人を殺したのは、ユダヤ人が、あなたの目的とする第三帝国設立の邪魔になるからという政治的な理由からでしょう。実際、ユダヤ人は、金儲けが上手く、高利の金貸しをしていた悪いユダヤ人たちもいます。シェークスピアの「ベニスの商人」にもあるように、ユダヤ人には、悪い人が、かなり多いと私は思います。そう気落ちなさらないで」
マリーアントワネットは、そう言ってヒトラーの頭を優しく撫でて慰めました。
「罪悪感はみな同じです。罪の大きさを、比べあっても埒があかないと思います。ここは、やはり、古参の方から登られるのがいいと私は思います。二千年も地獄の責め苦にあって、心身ともに参っているのですから」
マリーアントワネットは、そう言って、則天武后や呂太后や、古代ローマの暴帝カリギュラやネロに目を向けました。
しかし、彼ら彼女らも、やはり拒否の手を振りました。
「いえ。私たちは、二千年も地獄の責めにあっていて、とても蜘蛛の糸に、よじ登れる体力があるとは思えません。仮に、登れたとしても、大変、時間をとってしまうでしょう。それでは、みなさんに申し訳ありません」
ネロが、そのように拒否の理由を言いました。
しばしの沈黙の後、スターリンが口を開きました。
「このようにしていては、いつまで経っても埒があきません。ここは、公平にジャンケンで順序を決めてはどうでしょうか?」
煮え切らない亡者たちを鼓舞するように、スターリンが強い語調で、言いました。
「そうですね」
「賛成!!」
地獄の亡者たちは、こぞって、賛同の意をあらわしました。
「では、みなさん。大雑把に、10組のグループを作って下さい。そのグループの代表者が、ジャンケンをして、大きな順番を決めて下さい。そして各グループで、ジャンケンをして、グループの中での順番を決めて下さい」
スターリンが言いました。
亡者たちは、身近にいる者たちが集まって、大雑把に10のグループが出来ました。
「では、各グループの代表者を一人決めて、出て来て下さい」
スターリンに言われて各グループの代表者が、出てきました。
そのメンバーは。則天武后。西太后。スターリン。サダム・フセイン。金正日。カリギュラ。ネロ。マリーアントワネット。ムッソリーニ。ヒトラー。の10人です。
10人は、グーパージャンをしていきました。その結果、各グループの順番が決まりました。その順番は。ヒトラー。マリーアントワネット。ムッソリーニ。金正日。則天武后。ネロ。西太后。サダム・フセイン。スターリン。カリギュラ。の順になりました。
「では、ヒトラーさんのグループの方達が最初です。一人づつ、蜘蛛の糸を登って下さい」
まとめ役のスターリンが言いました。
「では。みなさま。私たちのグループが、お先に行かせて頂きます」
ヒトラーは、低い物腰で、申し訳なさそうに言いました。
ヒトラーのグループは、宣伝大臣ゲッペルス、ゲシュタポ長官ヒムラー。生体実験をした悪魔の医者ヨーゼフ・メンゲレ。など、ニュールンベルグ裁判で、裁かれたナチスの指揮官、兵士たちが主でした。
「では、お先に登らせて頂きます」
ヒトラーのグループで、最初の順番になった宣伝大臣ゲッペルスが、みなに一礼すると、蜘蛛の糸を登り始めました。ゲッペルスは存外、スルスルと蜘蛛の糸を登り出しました。亡者たちは固唾を呑んで、ゲッペルスを見守りました。
「頑張れー」
地獄の亡者たちは、みな、心が一つに通じ合っているかのように、声を大に声援しました。
ゲッペルスの姿は、地獄の闇の中で、登るのにつれて、だんだん小さくなっていきました。ついに、その姿は、小さな点となり、さらに、登るのにつれて、見えなくなってしまいました。それから、ややあって。
「おーい。オレだ。ゲッペルスだ。やった。やったぞ。ついに極楽についたぞ。さあ。次の者。落ち着いて登ってこい」
天上から、ゲッペルスの喜びの声が聞こえてきました。
亡者たちから、わー、と祝福と喜びの歓声と拍手が起こりました。
「では、次は私が行かせて頂きます」
そう言って、二番目になったゲシュタポ長官ヒムラーが、蜘蛛の糸に、登り始めました。ヒムラーも、ゲッペルス同様、地獄の暗闇の中をスルスルと登っていきました。
「頑張れー」
亡者たちは、みな、大きな声でヒムラーを声援しました。
「おーい。ヒムラー。オレだ。ゲッペルスだ。焦るなよー。ゆっくり登れ」
極楽から、地獄を覗いているのでしょう。ゲッペルスの声援が聞こえてきました。
ヒムラーの姿も、だんだん、小さな点になっていきました。しはしして。
「おーい。みんなー。オレだー。ヒムラーだ。やったぞ。極楽に着いたぞ」
と、ヒムラーの声が、天上から聞こえてきました。
みなは、わー、と手をたたいて、地獄から脱出したヒムラーを、我が事のように祝福しました。そうして、ナチスの指揮官、兵士たちが、一人ずつ、登っていきました。そして、亡者は、自分が無事に極楽に着くと、地獄にいる亡者たちに、その喜びの報告をしました。
最後にヒトラーの番になりした。ヒトラーは、第一グループ内で、ジャンケンをして最後の順番になったのではなく、自分から申し出て、最後になったのです。
「みなさん。私の犯した罪は、あまりにも、大き過ぎます。もしかすると、私が蜘蛛の糸を登っている時に、糸が切れてしまうかもしれません。そうしたら、助かるはずのみなさま、まで、助からなくなってしまいます。私はそれが怖くて仕方ありません。ですから、私は一番、最後にして下さい」
ヒトラーは、そう強く訴えました。
「いいえ。ヒトラーさん。どうか登って下さい。私たちは、みな、自分の権力欲のため、血の粛清を行ってきた、大悪人ばかりです。罪の重さを比較して、罪の重さの度合いに順序があると考えるのは、意味のないことだと思います。あなた一人では、ホロコーストというユダヤ人の大量虐殺は出来なかったはずです。それに、あなたは、第一次世界大戦の敗戦で、連合国から、一方的に、ベルサイユ条約などという、酷すぎる条約を押しつけられたのを、軍事産業によって、多くのドイツ人の失業者を救ったではありませんか。あなたも、産業革命から始まった、帝国主義、植民地の奪い合い、共産主義国家の出現、という歴史の流れの中で、生まれるべくして生まれた人間とも十分に見れますわ。ですから、どうか、登って下さい」
そうマリーアントワネットが、ヒトラーを慰めました。
みなも、
「おう。そうだ。そうだ」
と賛同の雄叫びをあげた。
ヒトラーは、マリーアントワネットの慰めの言葉に号泣しました。
「ありがとう。みなさま。本当にありがとう。では、登らせて頂きます」
ヒトラーは、みなに深く一礼すると、蜘蛛の糸を掴んで、登り始めました。ヒトラーの姿が、地獄の闇の虚空の中で、上へ上へと上がっていきます。
地獄の亡者たちは、みな、目をつぶって手を組んだり、何度も、繰り返し、体を前に倒して、頭を地につけたりしています。みな、蜘蛛の糸が切れないことを一心に祈っているのです。かなりの時間が経ちましたが、幸い、いつまで経っても、ヒトラーが落ちてくる気配はありません。目をつぶって祈っていた者たちも、目を開けて、糸の先を見ました。もう、ヒトラーの姿は見えないほどになっていました。張りつめていた心が和らいだのでしょう。亡者たちは、祈りの手を解きました。それから、また、しばしの時間が経ちました。
「おーい。みなさん。私だ。ヒトラーだ。無事に極楽に着きましたぞ」
天空からヒトラーの声が聞こえてきました。
みなは、わー、と歓声をあげました。
「よかった。本当によかった」
みなは、涙を流して、拍手してヒトラーの無事、極楽到達の成功を喜び合いました。

次にはマリーアントワネットのグループが、蜘蛛の糸に登り始めました。
マリーアントワネットのグループは、ルイ16世をはじめ、フランス絶対王政のもと、武力で革命派を押さえつけていた体制派の王侯貴族の者たちが、その多くを占めていました。
第二グループのマリーアントワネットのグループも、みな、無事に蜘蛛の糸を登り切りました。ひとグループの全員が、登りきるのには、かなりの時間がかかりますが、亡者たちは、長い地獄の責め苦から、時間の感覚というものが無くなっています。そして蜘蛛の糸を登る者の、安全と無事を見守る緊張感と、一人の亡者が極楽に登りついた時の喜びとで、時間がかかるのは、全く、苦ではありませんでした。とうとう、最後であるカリギュラのグループの亡者達が、一人づつ蜘蛛の糸を伝って登っていっていきました。そして、一人づつ極楽に辿り着きました。一番、最後は、カリギュラでした。
なにしろ、カリギュラは、二千年も、地獄の責め苦を受けていますから、体力が著しく低下していて、なかなか辿り着けません。ハアハアと何度も息を切らして休み休み、登っていきましたが、ようやく極楽近くまで辿り着きました。カリギュラは必死に蜘蛛の糸に、つかまっています。
「カリギュラ。あと少しだ。頑張れ」
極楽に辿り着いた、地獄の亡者たち全員が、声を大に声援しました。カリギュラは、体に残っている最後の力を振り絞って、蜘蛛の糸をよじ登りました。あと、少しという所でムッソリーニとスターリンが、手を差し伸べました。カリギュラも、精一杯、手を伸ばしました。その手をムッソリーニとスターリンが、ガッシリとつかみ、カリギュラを引き上げました。とうとうカリギュラも、極楽に辿り着きました。これで、地獄の亡者たちは、全員、地獄から極楽へと、辿り着きました。みなは、一斉に、
「万歳!!」
と、叫びました。
「カンダタ君。君の冷静な判断と忠告のおかげで、我々は全員、地獄から極楽に辿り着くことが出来た。君には感謝しても、し足りない。本当にありがとう」
ヒトラーが、カンダタに深く頭を下げました。
「いやいや。私こそ、最初に登ってしまって、申し訳ない」
カンダタは手を振って、そう言いました。
「いや。君が先頭で、相当、高く登っていたのだから、君が最初に登るのは、当然じゃないか」
ヒトラーが、そう言いましたが、カンダタは、また手を振りました。
「いやいや。なにしろ、謎の糸だ。どんな理由で切れてしまうか、わからない。本当なら、私も、いったん地獄に降りてから、誰から登るべきか、公平に決めるのが道理じゃないのか、と思っていたんだ。私にもエゴがあったんだ。そう、無下に感謝されては、心苦しい」
カンダタは、謙虚そうに言いました。
「しかし、蜘蛛の糸は、君の頭上に降りて来たんだ。お釈迦様は、もしかすると君だけを助けようと思ったのかもしれない。君は、我々と違って、大量殺戮などしていない。君は生前に何か、良いことをしたのではないか?」
ヒトラーが聞きました。
カンダタは、しばし思案気な顔をしていましたが、首を振りました。
「いや。どう考えても、そんなこと、思い当たらないな」
カンダタは、そう言いました。
そうしてカンダタはすぐに語を継ぎました。
「そんなことより、みんな、全員、無事に地獄から脱出して、極楽へ辿り着けたんだ。我々の生還を祝福して、みなで、大いに祝おうじゃないか」
カンダタは、みなに向かって、大きな声で、そう提案しました。
「おう。そうだ。そうだ」
「賛成!!」
元、地獄の亡者たちは、みな、賛同しました。
「でも、酒とか料理とか、は、どうするんだ」
元、亡者の一人が聞きました。カンダタは、
「ちょっと、これを飲んでみろ」
と、言って、椀で、極楽の池の水を掬いました。そして、それを、その亡者に渡しました。
元、亡者は、首を傾げながらも椀の中の液体をひと飲みしました。
「美味い。これは、ボルドーニュワインでは、ないか」
元、亡者は、ゴクゴクと、一気にワインを飲み干しました。
「カンダタ。これは、一体、どういうことだ?」
元、亡者がカンダタに聞きました。
「君たちが、登ってくる間に、喉が乾いてしまってな。池の水を掬って飲もうとしたんだ。そう思った途端、手の中に、パッと手頃な椀が現れたんだ。そして。池の水を掬ったんだ。そして。これが、オレの好きな紹興酒だったら、どんなに、いいだろうと思ったら、ブーンと紹興酒の匂いがしてきたんだ。飲んでみると、極上の紹興酒だ。極楽では、池の水をすくって心に念じれば、それは、すぐに自分の望む極上の酒になり、石ころを手にとって、念じれば、それは、すぐに、自分が食べたいと望む、極上の料理に変わるのだ」
そうカンダタは説明しました。
「なるほど。さすが、極楽とは素晴らしい所なんだな」
元、亡者が感心したように言いました。
「それでは、みんな。自分の飲みたい酒を念じて、池の水を掬ってくれ」
カンダタが、大きな声で、みなに言いました。
「おーう」
みなは、各自、池の水を、掬いました。それらは、みな、各自が望んでいる、酒に変わりました。
「それでは、地獄からの脱出と、全員の極楽への無事到着を祝って・・・カンパーイ」
みなは、一斉に、カンダタの音頭に合わせて、乾杯しました。
元、亡者たちは、各自のグラスや茶碗を、周りの元亡者たちのグラスや茶碗にカチンと触れ合わせました。

みなは、一斉にゴクゴクと一気に飲み干しました。
「ああー。美味い」
元亡者たちは、続けて、池の水を掬って、もう一杯、飲みました。なにしろ、亡者たちは、何百年、何千年と、毎日、血の池地獄、針の山地獄、焦熱地獄、極寒地獄など、人間が、とても耐えられない責めを受け続けてきていますので、心身ともに参りきっています。もちろん地獄では、食事などありません。この一杯の酒が無上に美味いのは言うまでもありません。二千年以上、地獄の責めを受けてきた、カリギュラやネロ、則天武后、などは、瀕死の状態でしたが、久しぶりの酒を飲み、極楽の心地よい空気にさらされている内に、だんだん活力を取り戻していきました。
次に、みなが、それぞれ、念ずることによって、各自が望む、最高の御馳走がパッと目の前に現れました。西洋人の元亡者の目の前には、最高の西洋料理、中国人の元亡者の目の前には、最高の中華料理が現れました。
地獄からの生還を祝って、元亡者たちの、飲めや歌えやの祝宴が始まりました。周囲には、極楽の美しい花々が咲き乱れ、名も知れぬ美しい鳥が空を舞っています。
「ヒトラーさん。この中国料理は美味しいですよ」
西太后がヒトラーに、四川料理を勧めました。
「どれどれ」
と、ヒトラーは、中国料理を、一口、食べました。
「美味い」
思わず、ヒトラーは、歓喜の声を上げました。
「西太后さん。このザワークラウトというドイツ料理も、美味いですよ」
そう言ってヒトラーは、西太后に、ドイツ料理のザワークラウトを勧めました。
「美味しいわ」
西太后もドイツ料理を一口食べて、満面の笑顔で言いました。
こうして地獄から極楽へ生還した亡者たちの祝宴が賑やかに行われました。

賑やかな声に何事かと驚いたのでしょう。極楽の人々がゾロゾロと集まって来ました。その中に、ホロコーストで殺されたユダヤ人の一群れがいました。ヒトラーの顔が急に青ざめました。ヒトラーは、大急ぎで、ユダヤ人たちのもとに行きました。そして、彼らの前で土下座して、頭を地に擦りつけました。
「ユダヤ人のみなさま。申し訳ありませんでした。私は、私の我儘から、皆様を酷い方法で殺してしまいました。これは、どんなに謝っても許されることではありません。私を八つ裂きにするなり、火あぶりにするなり、なんなりとして下さい」
ヒトラーは大声でそう叫んで、地面を叩いて号泣しました。顔を上げるのが怖かったのでしょう。ヒトラーは、いつまでも土下座して顔を地面に擦りつけて、号泣しつづけました。そんなヒトラーの肩がポンと何者かによって、叩かれました。ヒトラーは、恐る恐る顔を上げてみました。可愛い少女が、微笑んでいます。
「君は誰ですか?」
ヒトラーは恐る恐る、少女に聞きました。
「私は、アンネ・フランクと言います。ユダヤ人です」
少女は悪意のない笑顔で淡々と答えました。
「ああ。君も強制収容所で、ガス室で殺されたんだね。こんな幼い、可愛い子を、殺すなんて、私は、まともな人間じゃない。狂気の悪魔だ」
ヒトラーは狂ったように、自分の頭を地に叩きつけながら叫びました。
「いえ。ヒトラーさん。聞いて下さい。私は、確かに強制収容所で死にました。しかし、ガス室で殺されたのではありません」
少女は穏やかな口調で言いました。
「では、どうして死んだのかね?」
ヒトラーは疑問に満ちた目で少女に聞きました。
「私も強制収容所で死にました。1945年の三月上旬です。でもガス室で死んだのではなく、チフスに罹って死んだのです」
少女は、そう淡々と話しました。
「ああ。そうだったんですか。強制収容所は不衛生の上、僅かな食事で、重労働のため、体力が衰弱して死んでいったユダヤ人も、非常に多い。それは意図的な殺人と変わりありません。何と謝っていいか」
ヒトラーは、また青ざめた顔で弱々しく言いました。
「いいえ。ヒトラーさん。そう自分を責めずに聞いて下さい」
そう言ってアンネ・フランクは話し始めました。
「私の父は銀行員で、私は、1929年に、ドイツのフランクフルト・アム・マンで生まれました。しかし、1933年から、ナチスのユダヤ人迫害がひどくなり、ユダヤ人は、国外に亡命するようになりました。私の一家も、その年にオランダのアムステルダムに亡命しました。1940年にドイツ軍がオランダを占領して、オランダでもユダヤ人に対する迫害は、一層、激しくなりました。1942年に、私たち一家と、友人の家族を合わせた8人は、アパートの中の、隠れ家で、ひっそりと過ごすようになりました。私は、将来は、小説家になりたいと思っていましたので、毎日、日記を書き続けることにしました。それだけが私の唯一の楽しみでした。しかし残念なことに、1944年の8月4日に、隠れ家がゲシュタポに見つかってしまいました。私たち家族は、全員、強制収容所に連れていかれました。そして、その翌年の1945年の3月に、私は収容所でチフスで15歳で死にました」
少女は淡々とした口調で話しました。
「そうだったんですか。こんな幼い少女を。夢も希望もあったでしょうに。私は、とんでもない事をしてしまいました。なんと謝ったらいいか。いいや、これは謝って、済むことではありません。私は人間のクズです。いや、人間ではなく悪魔そのものです」
ヒトラーは、そう言って、ポロポロと涙を流しながら、憔悴した顔を少女に向けました。
「いえ。ヒトラーさん。そう自分を責めずに、落ち着いて聞いて下さい。確かに隠れ家での生活は、不自由で、辛くはありました。しかし私の父の会社の社員さんたちは、純血のドイツ人でしたが、私たちを、最後までかくまってくれました。私も出来ることなら、もっと長生きして、恋愛して、うんと遊び、そして、小説家になって、うんと小説を書きたいという夢があまりした。それが出来なかったというのは、確かに残念です。でも、幸いなことに、隠れ家で私が書いた、私の日記は、ナチスに押収されませんでした。1945年の5月に、ドイツが連合軍に降伏して収容所からユダヤ人たちが解放されました。私たちの家族では、私の父親のオットーだけが、幸いにも生きていました。父は、私の日記をタイピングしてくれて、「アンネの日記」というタイトルで、私のために出版してくれました。これが驚くほどの売れ行きで、60ヵ国語に翻訳され、2500万部を超す、世界的ベストセラーになったんです。さらに、1955年には、「アンネの日記」がニューヨークのブロードウェイで戯曲となり、今までに千回以上、上演されています。翌、1956年には、ヨーロッパでも上演され、ドイツでは、100万人以上のドイツ人が観てくれました。さらに、翌、1957年には、アメリカで「アンネの日記」が映画化されました。オランダのアムステルダムには、私の像が建てられ、アンネ・フランク財団、というものが設立され、私の隠れ家のアパートは、歴史の名所として保存され、オランダを訪れる多くの観光客が、見に来てくれています。私は世界的に、平和を願う象徴の人物の一人になることができました。ですから私はこの上なく幸福です」
そう言ってアンネは、子供っぽくニコッと笑いました。
「そうでしたか。そんなことを聞くと、いささか私も救われます。しかし、死なずに生きていれば、もっともっと、たくさんの素晴らしい文学作品が書けたでしょう。それを思うと、やはり、申し訳ない。私はユダヤ人の優秀さに嫉妬していたのです」
ヒトラーはガックリと肩を落として、そう告白しました。
「いいえ。私が、運よく生き延びられたら、これほどの名誉が得られたか、どうかは、わかりません。敗戦の前年の1944年に、隠れ家が見つかり、強制収容所に入れられて、ドイツが降伏する直前に、私が15歳で死んだ、という事実が、あったからこそ、私は悲劇のヒロインになって、全世界の人々が、私を、可哀想に思って、同情してくれてた、という面は、間違いなくあると思います。ですから、結果的に見れば、ヒトラーさんが、ユダヤ人を迫害してくれたために、私は、世界的な名声を得ることが出来た、とも言えると思います。ですから、そう気に病まないで下さい」
心の優しいアンネには、ヒトラーを恨む様子は、全く無く、むしろ、罪悪感で打ち拉がているヒトラーを、何とか慰めようとしました。
「そうですか。あなたは優しく聡明な人だ。しかし、それは、結果論です。私の行ったホロコーストが、それによって、正当化される、などということは、間違ってもありません、し、あるべきでも、ありません」
ヒトラーは、自分に言い聞かすように、きっぱりと言いました。
その時、一人のユダヤ人が、出て来て、ヒトラーの前に立ちました。ヒトラーは、恐る恐る顔を上げました。
「ヒトラーさん。実を言うと、私は、ある銀行の頭取でした。我々ユダヤ人は、昔から迫害されていましたから、ユダヤ教の選民意識もあって、金の取り立は、容赦なく厳しくし、さらに故意に意地悪くしてきました。金の取り立てのために、自殺した人も多くいます。私は、他民族に対し、ざまあみろ、と、いつも心の中で笑っていました。私は悪い人間です。本来ならば私は地獄へ落ちるべき人間だったでしょう。しかし、神は、私がホロコーストで殺された、ということで、私を天国に入れてくれました。私だけでなくホロコーストで殺されたユダヤ人は、神様が、憐れんでくれて、全員、天国に入れて下さいました。ですから、そう自分を責めないで下さい」
そう、ユダヤ人は言いました。
「さあ。ヒトラーさん。土下座は、もう、やめて立ち上がって下さい」
ユダヤ人は穏やかな口調で言いました。ヒトラーは、ゆっくりと立ち上がりました。
ユダヤ人は、ヒトラーの手をしっかりと握り締めました。そして、温和な顔をヒトラーに向けました。
「私たちユダヤ人は、あなたを許します」
その言葉がヒトラーの心に、重くズシンと響いたのでしょう。
「あ、ありがとうございます」
そう言うや、ヒトラーは号泣しました。周りで見ていたユダヤ人たちや、極楽の住人たちは、一斉にパチパチと拍手しました。
「地獄から来られた方々。私たちも、あなたがたの祝宴に入れて下さい。天国では、新しく入って来た人を、みなで祝うのが、慣わしです。私たちは、あなた方の地獄からの生還を祝いたい。そして、これから、ずっと一緒に暮らしていくのですから、これからの末永い付き合いを、共に祝い合いましょう」
天国の住人の一人が、そう言いました。
「ありがとう」
地獄からの亡者たちは、みな、感涙にむせびながら言いました。
こうして、地獄から極楽に生還した亡者たちと、天国の住人たちとの、大規模な祝宴が賑やかに行われました。
お釈迦様は、木陰から、この様子を羨ましく見つめていました。
お釈迦様は、もう人間を地獄に落として、試すような悪趣味なことは、やめようと反省しました。

蜘蛛の糸

執筆の狙い

作者 浅野浩二
flh3-133-202-83-39.tky.mesh.ad.jp

芥川龍之介の「蜘蛛の糸」の二次創作小説です。「執筆の狙い」というものを書かせることに僕は、非情に反発を感じています。「なぜこの小説を書いたのか、表現したいものは何か、執筆上どのような挑戦があるのか。」←こんなことを書かせることは、間違っていると思っています。

コメント

浅野浩二
flh3-133-202-83-39.tky.mesh.ad.jp

二週間に一回しか投稿できない、という、まだるこしい条件があるので、本当はもっともっと長い小説を投稿したかったにですが、前に投稿した、「男女入れ替わり物語」や「ロリータ」など「好きなことばかり書いている」と批判されたので、「それほど、好きでないことも書いている」ということを示したくて、今回は、仕方なく、短めの、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」の二次創作小説を投稿することにしました。
疑問に思うのですが、小説って、自分の嫌いなことを書くべきなのですか?
それと、僕は、小説のプロット、を考える、ということに、とても疑問を感じています。
プロットを考えて書いた小説は、全くつまらない、と安部公房、や、坂口安吾、その他、ほとんどの小説家は言っています。
小説に躍動感がなくなるからです。
動画You~Tubeに、安部公房、や、坂口安吾、が肉声で言っているのがありますよ。

飼い猫ちゃりりん
106171082139.wi-fi.kddi.com

浅野浩二様
「執筆の狙い」
 浅野様の言うとおりです。
 飼い猫も以前から、全く馬鹿げていると思っていました。
 だからいつも、「約●字。サラッと読んで下さい。」としか書かないのです。
 ついでに言うと、茅場様の「執筆の狙い」の書き方は、完全に正しいのです。
「えyhっじきっkjhっっっjっっjっっっk」
って感じですかね。笑

 あ、すみません。また読んでコメントします。

偏差値45
KD106154139088.au-net.ne.jp

>「なぜこの小説を書いたのか、表現したいものは何か、執筆上どのような挑戦があるのか。」←こんなことを書かせることは、間違っていると思っています。
形式的なもので、それは事実上自由ですよね。

>二週間に一回しか投稿できない、という、まだるこしい条件があるので、本当はもっともっと長い小説を投稿したかったにですが

文章がおかしいかな。二週間に一回というルールと長い小説を投稿すること。これは何の関係もない。

>「好きなことばかり書いている」
そういう意味ではない気がしますね。作家さんの書きたいものと読者が読みたいものが異なりますよ。そういう意味ではないでしょうか。

>疑問に思うのですが、小説って、自分の嫌いなことを書くべきなのですか?
そういう人も居ますね。
とはいえ、最終的判断は作家さん自身ですよね。

>それと、僕は、小説のプロット、を考える、ということに、とても疑問を感じています。
結果的に良い作品が仕上がるならば、どちらでも良いと思います。

さて感想です。

>三(ここから創作)
これ以降、文体が変わるので違和感がありますね。
そして二次創作と記してはいるけれども、本来の作品の世界観をぶち壊しているので
読書の楽しさは感じられませんでした。
むしろ『蜘蛛の糸』をオマージュするカタチで
ストーリーの構造の一部を拝借してオリジナル作品として構築した方が
良かったでのはないか。そんな気がしましたね。
とはいえ、問題はそこだけではなく「面白くない」という一点に尽きる気がしますね。

茅場義彦
133.106.191.128

よく書いたなあって思った
面白いけど。。。ヒットラーが許されるのはやっぱ腑に落ちないっすね

でも最後どーなんだろうってずいずい読めました グッドジョブ

黒沢ひろひと
M014008035162.v4.enabler.ne.jp

コメント失礼します。


「好きなことばかり書いている」という批判(批判なんですかね?)は、まったく気にされなくて良いと思います。「仕方なしに、それほど好きでないことを書いて」も、ちっとも楽しくないと思います。自分がちっとも楽しくないものを仕方なしに書いて、どうして他人の心に何かを届けることができるでしょうか。

自分が作り上げていく物語にどうしても、嫌いな表現や書きたくない描写が必要であれば仕方がありません。その場合は物語のほうがその表現や描写を求めたからです。物語が必要としているのだと思います。それは浅野様がおっしゃる、「それほど、好きでないことも書いている」とは別次元の問題だと思います。

技術やら書式やらの指摘は素直に「ごめんなさい」で良いとして、内容に関しての感想は人それぞれです。全部無視だ!とまでは言いませんが、感想や指摘は今後の糧とするにしても、ちょっと批判を受けたくらいで自分の文体やら書き方やら感性やらをいちいち変えていたら「らしさ」が無くなってしまいます。「らしさ」があるからこそ、世の中にはたくさんの作家さんがいて、それぞれのファンに愛されているわけです。
「らしさ」なんていらない! 「小説」とはこうだ! と言うのであれば、芥川龍之介が一人いればそれで済んでしまいます。シンプルで良いかもしれませんが、ちっとも楽しくありません。

好きに書こうが、いやいや書こうが、どのみち批判や否定が飛んでくるんだったら、楽しくのびのびと書いた方が得だと思います。プロの作家さんならば、お金を払って自分の作品を読んでくれる人がいる以上、そうも言っていられない場合もあるかもしれません。だからと言って、世界中の人に等しく称賛される作品を書くのは不可能です。言ってみれば、読者は「らしさ」にお金を払っているわけです。
ましてここは鍛錬の場であるはずです。荒々しいまでの「らしさ」であふれていてしかるべきだと、僕なんかは思うんですが。

良い作品かどうかなんて自分で決められるものじゃありません。感想を聞けるのは作品が出来上がった後です。だったら書いているうちからあれこれ気にせずに突き抜けちゃえばいい、と僕は思います。


前置きが長くなってしまいましたが、えーと、感想です。
サダム・フセインや金正日が出てきたあたりから「え、そーくるか!」と思って、盛り上がりかけたんですが、その後が微妙でした。ヒトラーやアンネによる説明文を目で追わされているような印象でした。発想は面白いですけど、もう少しコンパクトにまとめても良いような気がします。

あれ? 感想短いですね(笑) 前置きに体力を使いすぎました。長文、失礼いたしました。

浅野浩二
sp1-75-241-60.msb.spmode.ne.jp

飼い猫ちゃりりん様
>ついでに言うと、茅場様の「執筆の狙い」の書き方は、完全に正しいのです。
「えyhっじきっkjhっっっjっっjっっっk」
わけわからん。支離滅裂。意味不明。

浅野浩二
FL1-119-239-251-48.kng.mesh.ad.jp

飼い猫ちやりりん様
>あ、すみません。また読んでコメントします。
こう言っておいて、ふざけて、都合が悪くなると、逃げる。
こういうところに、その人の人格、人間性、が、あらわれますね。

上松煌
p752103-ipngn13901marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp

浅野浩二さま、こんばんは

 いや、素晴らしかったですワ。
毒されているおれは最初、カンダタが自分だけ極楽に行きつこうとして、甘言をもって亡者たちをたばかっているのでは? と疑っていました。
でも、そんなことはなくて安心しました。

 善とは、いや、善人とは何と美しいものでありましょう?
人類の目指すべき人道とはひとえに利他の実践、犠牲的精神の発露にしかない。
そして他を許し、自己に驕らず、融和と寛容を重んじる。
あなたのお話を読んでおれは思ったのであります。

 ただ、それにくらべてラストのこの2行。

   >>お釈迦様は、木陰から、この様子を羨ましく見つめていました。お釈迦様は、もう人間を地獄に落として、試すような悪趣味なことは、やめようと反省しました<<
         ↑
これで一挙に子供だましに……。
もう少し、書きようがなかったですかね?

飼い猫ちゃりりん
123-1-115-197.area1b.commufa.jp

浅野浩二様
 私はあなたの奴隷でも召使いでもありません。
「都合が悪くなると逃げる。」
 こんなこと言って恥ずかしくないのでしょうか?
 こんな頭に血がのぼった人に、どんなコメントをすれば良いのでしょうか?

 とまあそれは忘れるとして、コメントに移ります。
 「三」から一気に浅くなった印象です。
「浅い」「つまらない」が正直な感想です。ごめんなさい。

浅野浩二
FL1-119-239-251-48.kng.mesh.ad.jp

飼い猫ちゃりりん様
あなたは、これから、私が投稿する全ての小説を全否定すると確信しています。
青木航君がここを去った理由がよくわかりました。

浅野浩二
FL1-119-239-251-48.kng.mesh.ad.jp

上松煌様
>ただ、それにくらべてラストのこの2行。
>>お釈迦様は、木陰から、この様子を羨ましく見つめていました。お釈迦様は、もう人間を>>地獄に落として、試すような悪趣味なことは、やめようと反省しました<<
>これで一挙に子供だましに……。
>もう少し、書きようがなかったですかね?
これは、ふざけ、では、決してなく、人間を死後、天国だの、地獄だのへ入れる、という、宗教というものを否定している僕の思想なのです。
ラストは、最初から、こう書こうと思っていました。
上松煌様と僕の感性の違いから、わからないと思いますが。
植松煌様が、ラストの2行は入れない方が、いいと、思うのでしたら、植松煌様は、ラスト2行を削除して下さい。
これは、7年前に書きました。
リンクしている、ホームページに出してあるものと同じです。
ラスト2行を削除しても、地獄の亡者が全員、天国に入る、というだけで、十分、おかしな話になっていますから。
あまり、小説の意図は言いたくないのですが。

浅野浩二
FL1-119-239-251-48.kng.mesh.ad.jp

飼い猫ちゃりりん様
>「えyhっじきっkjhっっっjっっjっっっk」
これが「執筆の狙い」の完全に正しい書き方である理由を説明をしてもらえると嬉しいです。
僕には全くわかりませんので。

飼い猫ちゃりりん
123-1-115-197.area1b.commufa.jp

浅野浩二様
 あなたの疑問は、少し頭を冷やせば、直ぐにわかることです。

 それと青木様の件ですが。あなたの言葉を読んだ人達が、どう思うのか。少しは御自分の言葉に責任を持ってください。
 私は、あなたと関わったことを、今後悔しております。あなたの言葉には知性が感じられないからです。
 また、なぜ私があなたの作品を全否定すると確信しているのか、さっぱりわかりません。もし良い作品であれば、否定なんてするわけがありません。
 ただ、確信しているとまでは言いませんが、知性が乏しい人間が良い小説を書くことは困難だろうとは思っています。
 大変恐縮ですが、この作品にも善悪でしか物事を観ない知性と感性の貧しさを感じざるを得ませんでした。
 浅野様の今後の成長と御活躍に期待しております。ありがとうございました。
 

浅野浩二
flh3-125-198-10-214.tky.mesh.ad.jp

飼い猫ちゃりりん様
これからは、私の投稿する作品に対して、絶対コメントしないで下さい。
よろしくお願い致します。

のぶりん
182-165-239-90f1.osk3.eonet.ne.jp

蜘蛛の糸の創作バージョン・・・。
楽しく読ませてもらいました。
蜘蛛の糸を掴んで天国に上がって行く罪人が面白い・・・。
天国在住のユダヤ人(アンネなど)とヒトラーの会話・・・。
これも興味をそそるものでした。
個々の作品は掲載した時から読者のものとなりますが、それでも作者がまず、楽しんで書く・・。その作品に共感できる読者はそれを読んで楽しむ・・・。それでいいのではないでしょうか・・。執筆の狙い・・・、そんな堅苦しいことは抜きにして・・・。
文学表現には違うモノがありますが、浅野様の文体は読みやすい・・。
そして、中身が私レベルにもすんなりと入ってくる。
小説というものは娯楽で読んで肩の凝らない楽しめるものであってほしい。
これは大丘さまの口癖ですが、私もそう思っています。
これからもそういう作品を読ませてください・・・。

浅野浩二
flh3-125-198-10-150.tky.mesh.ad.jp

のぶりん様
コメントありがとうございます。
僕は、褒められたから、「嬉しいです」とか、批判されたから、反論する、という感情的な行為が嫌いなので、「コメントありがとうございます。」とだけ書きます。
批評が正鵠を射るもので、あれば、僕はそれを受け入れます。
そもそも、コメントが欲しいわけでもありません。
コメントしない読者もいるわけですから。
ここは小説投稿サイトなので、投稿すれば読んでくれる人がいますから。
のぶりん様は、誰かと思って、過去の作品を見てみましたが、「青の時代」を書いた方ですね。
一言。
「青の時代」の、「青」が、「若い」という意味であることは、それまで知りませんでした。
僕は知性に欠けるので。

上松煌
p752103-ipngn13901marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp

 浅野浩二さん、再訪ね。

おれの言いたいのは、
   >>植松煌様は、ラスト2行を削除して下さい<<
           ↑
削除するしないではなくて、もう少し書きようがあるだろうということ。
肝心なお話のまとめの部分なのだから、もっと大事にしろということ。
たとえば、

 『お釈迦様は極楽の蓮のうてなの上から、この様子を満足げに見つめておられました。
そして地獄からの脱出が、これほど悪人を善人に変えるものかと少し驚かれていたのです。
これからも悪人は続々と地獄に落ちていくであろうから、定期的に蜘蛛の糸を垂らさねばなるまい。
それにすがった時こそ、地獄の亡者は人間にもともと備わった善意を回復出来るのだ。
こうお考えになったお釈迦様は小さな蜘蛛を手にお取りになりました。
蜘蛛はまるで御心を予測したかのように、美しい銀の糸をお釈迦様の指に掛けたのでございました』

 この方が格調高いし、真実を言ってるでしょ。
それから、天国はキリスト教、仏教は極楽ね!

浅野浩二
FL1-119-239-251-48.kng.mesh.ad.jp

植松煌様
コメントありがとうございます。
貴重なご意見ありがとうございます。
僕は、コメントのやりとり、は、避けたく思っています。
トラブルはコメントのやりとりで発生しているからです。
「君子の交わりは淡きこと水のごとし」
あなた様とは、こういう関係でいたく思っています。

浅野浩二
FL1-119-239-251-48.kng.mesh.ad.jp

のぶりん様
ここに僕が投稿している小説は、今までに書いてきた、過去の小説ばかりです。
僕の小説を読みたいのであれば、名前の「浅野浩二」をクリックしてくだされば、僕のホームページを瞬時に見れます。
リンクされているのです。
短かめの小説、や、原稿用紙換算で、200枚くらいの小説、が、合計174作品、アップしてありますので、読めます。
全部、完成作品です。
書きかけの作品など、一作もありません。
幸い、今、体調が良く、5作品くらい、長い小説、や、短い小説を、毎日、書いています。
今年で、180作品は、いけると思っています。
し、いくつもりです。
この「蜘蛛の糸」も、過去に書いて、ホームページに出しているものを、単に、そのまま、コピー&ペーストして、投稿しただけです。
どの作品が、のぶりん様に気に入ってもらえるかは、わかりません。
僕の作品は、ユーモア小説、プラトニックな恋愛小説、エロティックな小説、と大体、傾向があります。
はっきり言って、2週間に、1度しか、投稿できないのが、まだるっこしいです。
なので、僕の小説を読みたいのでしたら、名前の「浅野浩二」をクリックして、下さい。
そうすれば読めますので。

むっちん
121-80-209-210f1.shg1.eonet.ne.jp

 どうも。呼ばれたので、失礼を承知で批判させていただきます。


 まず第一、内容が薄っぺらい。人物の名前や出来事を大げさに取り出してるところが、余計チープに感じられます。
 それぞれの出来事の複雑さを無視して、新聞や教科書に書いてあることをそのまま持ってきたような解釈に、吐き気を感じます。

 そうですね、具体的に例を出してみてもいいのですが……もういいでしょう? それは狙ったものだと思うので。
 私はこれを好きだとは決して思えません。むしろ言葉を選ばずに言うのならば、大嫌いな部類です。不愉快な単純さです。一方的で独断的な価値観です。

 普遍的な善悪など存在しませんし、存在すべきでもありません。普遍的な善悪を信じている人間を、私は深く軽蔑しています。そういう人間は、人の偉大さを台無しにする。人の可能性をすべて台無しにする。
 極楽を求めているのは、愚かで弱い人間だけです。皆が自分の幸せのために動いていると思ったら大間違いですし、そうであるべきでもありません。
 愚かで弱い人間だけを愛そうとして、悪く賢く強い人間を愚かで弱い人間として再解釈しようという試みには、本当に吐き気を感じます。彼らは単純な人間が思っているほど単純な人生を歩んでいない。単純にものを考えていない。
 この世界は愚かで弱い人間のためにあるわけじゃない。

 もしこの作品を肯定する可能性があるとしたら、今の私がそうであるように、読んだ人間を不愉快にさせて、敵意を持たせるということでしょうか。試金石(これに敵意を持たない人間はくだらない人間であると、識別することができる)としての役割を持つというのならば、確かにそれは無意味な試みではないと思います。

 しかし、たとえそうであっても、別にそんなことをしなくても人間の高低なんて少し文章を見れば分かるじゃないですか。くだらない。何というか、馬鹿げてると思います。


 人の書いたものを悪く言うのはあまり好きではないのですが、ここまで私を不快にさせることのできる作品は珍しいので、ちゃんと悪く言わなくてはなりません。同時に、褒めなくてはなりません。
 ただ下手くそでつまらないだけの作品なら途中で読むのをやめますし、下品なだけなら「しょーもな」の一言でおしまいです。ただこれは、心の底から「気持ちが悪い」。
 私にはどうあがいてもここまで気持ちの悪い作品は書けません。その点では……まぁ悔しいですが、ひとつの長所と言えるでしょう。それも才能でしょう。

 ともあれ、私自身の趣味の確認にもなりましたし、こういう批判の文章を書くのも楽しかったので、おもちゃを用意していただいたことに対して感謝することにします。

 楽しい時間をありがとうございました。

浅野浩二
sp1-75-250-47.msb.spmode.ne.jp

これを書いた作者の意図を言う必要がありそうですね。
僕は、人間の深淵な心理、だとか、文学作品として、とか、そんな理由でこの作品を書いたのでは、全くありません。
そもそも、そんな作品は、僕には書けません。
これは、単なる、ユーモア・ナンセンス小説です。
単に読んで、あはは、と読者を笑わせるために書きました。
内容に深み、など全く入れていません。

浅野浩二(杜子春)
flh3-122-133-72-200.tky.mesh.ad.jp

これを書いた作者の意図を言う必要がありそうですね。
僕は、人間の深淵な心理、だとか、真面目ぶった文学作品を書こう、とか、そんな理由でこの作品を書いたのでは、全くありません。
そもそも、そんな作品は、僕には書けません。
これは、単なる、ユーモア・ナンセンス小説です。
単に読んで、あはは、と読者を笑わせるために書きました。
僕が、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」を読んだのは、小学生の時か、中学生の時か、それは、覚えていませんが、中学生の時には、もうすでに、読んでいたと思います。
そして、「カンダタはバカだなー、こうすれば地獄から出られるのに」、と思っていました。
なので、小説を書くようになってから、スランプの時、子供の時に思っていたこと、を思い出して、書きました。
書いたのは、平成25年5月9日ですから、今から、8年前です。
最初は、地獄の亡者が、全員、地獄から、脱出するまでだけを、書こうと思っていました。
そして書きました。
しかし、それだけでは、少し、物足りない気がして、もうちょっと、書こうと思って、ヒトラーとアンネ・フランクの会話を書き加えました。
だって、坪内逍遥が、「小説神髄」で言っているように、小説、って、(婦女子の眠気覚ましになれば幸いなり)、程度のものでしょ。
僕も全く同感なんだけど。
そんな、小説を読んだからって、感動した、だの、人生観が変わった、だの、なんて、経験なんか、一度もしたことありませんから。
ドフトエフスキーだの、トルストイ、だの、太宰治、の小説を読んで、自分の人生観が変わった、なんて人いるんですか?
これで失敗したのが、「地上」を書いた、島田清次郎、でしょ。
島田清次郎が書いた、「地上」は、自分の体験を、小説風に書いたものです。
小説で、社会主義、だの、思想を訴えるだの、なんて、全くおかしい、と思っていますが。
そういう、思想的なことを、訴えたいなら、それは、小説という形式ではなく、評論文という形式で書くべきだと思いますが。
なので、何か、的外れ、で見当違いの、コメント、が多くて迷惑してます。

芥川龍之介の小説には、結構、パロディーにしてみたい、と思える作品があって、僕は、他に、「杜子春」の二次創作小説、と、「羅生門」の二次創作小説、と、「蜜柑」の二次創作小説(これは、オリジナル小説かな)、を書いています。
ホームページに、そのタイトルで、出してありますよ。
この「蜘蛛の糸」より「杜子春」の二次創作小説、というか、パロディー小説の方が、面白いですよ。
リンクしましたので、読みたい人は、読んで下さい。
浅野浩二

浅野浩二
113x40x254x162.ap113.ftth.ucom.ne.jp

小説の面白さ 太宰治

小説と云うものは、本来、女子供の読むもので、いわゆる利口な大人が目の色を変えて読み、しかもその読後感を卓を叩いて論じ合うと云うような性質のものではないのであります。小説を読んで、襟えりを正しただの、頭を下げただのと云っている人は、それが冗談ならばまた面白い話柄でもありましょうが、事実そのような振舞いを致したならば、それは狂人の仕草と申さなければなりますまい。たとえば家庭に於いても女房が小説を読み、亭主が仕事に出掛ける前に鏡に向ってネクタイを結びながら、この頃どんな小説が面白いんだいと聞き、女房答えて、ヘミングウェイの「誰がために鐘は鳴る」が面白かったわ。亭主、チョッキのボタンをはめながら、どんな筋だいと、馬鹿にしきったような口調で訊たずねる。女房、俄にわかに上気し、その筋書を縷々るると述べ、自らの説明に感激しむせび泣く。亭主、上衣を着て、ふむ、それは面白そうだ。そうして、その働きのある亭主は仕事に出掛け、夜は或るサロンに出席し、曰いわく、この頃の小説ではやはり、ヘミングウェイの「誰がために鐘は鳴る」に限るようですな。
 小説と云うものは、そのように情無いもので、実は、婦女子をだませばそれで大成功。その婦女子をだます手も、色々ありまして、或あるいは謹厳を装い、或いは美貌をほのめかし、あるいは名門の出だと偽り、或いはろくでもない学識を総ざらいにひけらかし、或いは我が家の不幸を恥も外聞も無く発表し、以て婦人のシンパシーを買わんとする意図明々白々なるにかかわらず、評論家と云う馬鹿者がありまして、それを捧げ奉り、また自分の飯の種にしているようですから、呆れるじゃありませんか。
 最後に云って置きますが、むかし、滝沢馬琴と云う人がありまして、この人の書いたものは余り面白く無かったけれど、でも、その人のライフ・ワークらしい里見八犬伝の序文に、婦女子のねむけ醒ざましともなれば幸なりと書いてありました。そうして、その婦女子のねむけ醒しのために、あの人は目を潰つぶしてしまいまして、それでも、口述筆記で続けたってんですから、馬鹿なもんじゃありませんか。
 余談のようになりますが、私はいつだか藤村と云う人の夜明け前と云う作品を、眠られない夜に朝までかかって全部読み尽し、そうしたら眠くなってきましたので、その部厚の本を枕元に投げ出し、うとうと眠りましたら、夢を見ました。それが、ちっとも、何にも、ぜんぜん、その作品と関係の無い夢でした。あとで聞いたら、その人が、その作品の完成のために十年間かかったと云うことでした。

浅野浩二(芥川の戯作三昧)
113x40x254x162.ap113.ftth.ucom.ne.jp

芥川龍之介の「戯作三昧」のラスト

上の、太宰治の、「小説の面白さ」もそうだけと、これも、青空文庫の、その作品にリンクしています。


その夜のことである。
 馬琴は薄暗い円行燈まるあんどうの光のもとで、八犬伝の稿をつぎ始めた。執筆中は家内のものも、この書斎へははいって来ない。ひっそりした部屋の中では、燈心の油を吸う音が、蟋蟀こおろぎの声とともに、むなしく夜長の寂しさを語っている。
 始め筆を下おろした時、彼の頭の中には、かすかな光のようなものが動いていた。が、十行二十行と、筆が進むのに従って、その光のようなものは、次第に大きさを増して来る。経験上、その何であるかを知っていた馬琴は、注意に注意をして、筆を運んで行った。神来の興は火と少しも変りがない。起すことを知らなければ、一度燃えても、すぐにまた消えてしまう。……
「あせるな。そうして出来るだけ、深く考えろ。」
 馬琴はややもすれば走りそうな筆をいましめながら、何度もこう自分にささやいた。が、頭の中にはもうさっきの星を砕いたようなものが、川よりも早く流れている。そうしてそれが刻々に力を加えて来て、否応なしに彼を押しやってしまう。
 彼の耳にはいつか、蟋蟀こおろぎの声が聞えなくなった。彼の眼にも、円行燈のかすかな光が、今は少しも苦にならない。筆はおのずから勢いを生じて、一気に紙の上をすべりはじめる。彼は神人と相搏あいうつような態度で、ほとんど必死に書きつづけた。
 頭の中の流れは、ちょうど空を走る銀河のように、滾々こんこんとしてどこからか溢あふれて来る。彼はそのすさまじい勢いを恐れながら、自分の肉体の力が万一それに耐たえられなくなる場合を気づかった。そうして、かたく筆を握りながら、何度もこう自分に呼びかけた。
「根かぎり書きつづけろ。今己おれが書いていることは、今でなければ書けないことかも知れないぞ。」
 しかし光の靄もやに似た流れは、少しもその速力をゆるめない。かえって目まぐるしい飛躍のうちに、あらゆるものを溺おぼらせながら、澎湃ほうはいとして彼を襲って来る。彼は遂に全くその虜とりこになった。そうして一切を忘れながら、その流れの方向に、嵐あらしのような勢いで筆を駆った。
 この時彼の王者のような眼に映っていたものは、利害でもなければ、愛憎でもない。まして毀誉きよに煩わされる心などは、とうに眼底を払って消えてしまった。あるのは、ただ不可思議な悦よろこびである。あるいは恍惚こうこつたる悲壮の感激である。この感激を知らないものに、どうして戯作三昧げさくざんまいの心境が味到されよう。どうして戯作者の厳おごそかな魂が理解されよう。ここにこそ「人生」は、あらゆるその残滓ざんしを洗って、まるで新しい鉱石のように、美しく作者の前に、輝いているではないか。……

 その間も茶の間の行燈あんどうのまわりでは、姑しゅうとのお百と、嫁のお路とが、向い合って縫い物を続けている。太郎はもう寝かせたのであろう。少し離れたところには弱おうじゃくらしい宗伯が、さっきから丸薬をまろめるのに忙しい。
「お父様とっさんはまだ寝ないかねえ。」
 やがてお百は、針へ髪の油をつけながら、不服らしくつぶやいた。
「きっとまたお書きもので、夢中になっていらっしゃるのでしょう。」
 お路は眼を針から離さずに、返事をした。
「困り者だよ。ろくなお金にもならないのにさ。」
 お百はこう言って、伜と嫁とを見た。宗伯は聞えないふりをして、答えない。お路も黙って針を運びつづけた。蟋蟀こおろぎはここでも、書斎でも、変りなく秋を鳴きつくしている。

ぷーでる
pl49097.ag2525.nttpc.ne.jp

面白い二次創作ですね、蜘蛛の糸が切れなかったらどうなっていたんだろう?なんてよく、想像した事もあるからです。

太宰さんの作品は、暗い話が多いので
その中の作品を二次創作にしたら
すごく内容が変わりそうですよね。

浅野浩二(カチカチ山)
flh3-119-240-43-162.tky.mesh.ad.jp

ぷーでる様
コメントありがとうございます。
太宰治は、作者も作品も個性が強いので、(僕には)二次創作したい、という願望は、あまり起こりません。
それでも、太宰治の「お伽草紙」の「カチカチ山」は明るく面白いので、それに対抗する意図もあって、僕も「カチカチ山」のパロディー小説を書きました。
これは、「女生徒、カチカチ山と十六の短編」というタイトルで、2001年(ですから、20年前)に自費出版した、掌編小説集の中の作品の一つです。
「女生徒」も、かなり、太宰治の「女生徒」に対抗する意図で、自分なりの「女生徒」を書きました。
リンクしましたので、よろしかったらご覧ください。
「女生徒」のモデルは優香さん、です。
「小説は思想を書くものではない」などと、上に、書きましたが、それはちょっと乱暴でして、そういう面もある、ということを言いたかったのです。
言葉通りに受けとった人もいるのかな?
小説には、作者の感性、や、個性、嗜好、世の中に対する、物の見方、が入っているのは、当然で、パロディー小説でも、それは、全く当てはまります。
なので、この「蜘蛛の糸」の二次創作小説も、その前に投稿した、小説「ロリータ」、や「コンビニ人間・古倉恵子」、「桃太郎」、「男女入れ替わり物語」にも、僕の、感性、や、個性、嗜好、世の中に対する、物の見方、などは当然、含まれています。
「文は人なり」です。
このサイトでも、投稿小説、や、コメント、などを見ると、その人の性格がよくわかります。
性格が几帳面な人は、几帳面な文章を書きますし、性格が、ふざけた人はふざけた文章を書きます。
思いやりのある人は、思いやりのある文章を書きますし、性格が、いい加減な人は、いい加減な文章を書きます。

ご利用のブラウザの言語モードを「日本語(ja, ja-JP)」に設定して頂くことで書き込みが可能です。

テクニカルサポート

3,000字以内