作家でごはん!鍛練場
飼い猫ちゃりりん

ミケの一生

 十八年前の休日の朝のことである。団地の階段を降りて行くと、「みゃぁ、みゃぁ」と猫の鳴き声が辺りに響き渡っていた。駐輪場の隅に段ボール箱が置いてあった。上から覗き込むと、まだ目も開いていない子猫が、箱の底を這いまわっていた。
 団地で動物を飼うことは禁じられていた。里親を探す間だけ面倒をみようと思い、休み明けに団地の管理事務所に電話をした。
「子猫を少しの間だけ飼いたいのですが」
「どうでも良い。わしは忙しいんだ」
 そう言うと、嘱託の爺さんは電話を切ってしまった。

 実は、団地の規則など有名無実で、猫を飼っている人は沢山いた。タマは徐々に生活圏を拡大し、団地の猫社会で一定の地位を築いていったのだ。
 タマは、雌たちが放っておかない凛々しい雄の虎猫に成長した。しかし、歳を重ねるにつれ、雌たちから相手にされなくなった。年老いたタマを慕っていたのは、公園のそばの棟で飼われている黒猫だけだった。

 今年の春、長年勤めていたレーンの仕事を解雇された。いわゆる「派遣切り」と言うやつだ。ただ、失業手当で当面の生活には困らないし、長年連れ添った愛猫の面倒をみる時間ができて丁度良かった。タマは人で言えば米寿に相当する年齢だ。だから、一緒にいられる時間を大切にしたかったのだ。

 その朝、タマは枕元に来て、「ニャァ」と鳴いてから窓を見つめた。窓を開けると、爽やかな風が吹き込み、青空が広がっていた。
 タマと一緒に近所の公園に出掛けた。タマは弱った体で懸命に歩いていた。公園に行けば黒猫に会えるからだ。
 公園に着くと、私はベンチに座ってコンビニの百円コーヒーを飲みながら、黒猫を探すタマを見守った。
 草花に囲まれて飲むカップコーヒーは格別だった。朝日に輝く公園の景色はモネの絵画を彷彿とさせた。
 しばらくすると、「ドン!」と音が響いた。タマから目を離したことを、悔やんでも悔やみきれない。

 青空が広がれば公園に出掛けた。やがて雨の日まで出掛けるようになった。しかし、タマがいるはずもなく、タマを慕ってくれた黒猫に声を掛けて帰る毎日だった。
 ある日、私は途方も無いことを考えながら歩いていた。
「死んだら終わりなんてことはない。命は元素に還って光に溶け込み、永遠に生きるに違いないのだ」
 そんなことを考えながら歩いていたら、死が私にも来てくれた。高いマンションの前を歩いていたら、脳天でポカリと音がしたのだ。それで終わりだ。痛くもかゆくもない。どうでも良いことだが、爺様が盆栽を落としたのだ。ただ問題はここからだった。天国と地獄が本当にあったのだ。

 駅の待合室で切符が配られるのを待っていると、キューピットが私の前に飛んで来て、天国行きの乗車券を差し出して微笑んだ。グリーン車ではなかったが、それは問題ではなかった。
 天国号の中は既に楽園だった。キャビンアテンダントは女神のように美しく、彼女たちが配る飲み物は、信じられないほどの美味しさだった。
「これは何という飲み物なんですか?」
「ソーマといいます」
「どこの製品なんですか?」
「ソーマは神々の飲み物です。天国製ですよ。ではそろそろ昼食になりますので席について下さい」
 窓の外を見ると、銀河系は既に星屑になっていて、それを凌駕する壮大な星雲が渦を巻いていた。
 アンドロメダの道の駅で昼食を済ませて出発すると、車内にアナウンスが流れた。
「皆様お待たせしました。間もなく天国に到着します。列車が揺れますのでベルトを締めて下さい」
 車内は歓喜に包まれ、皆がひしと抱き合い喜びを分かち合った。しかし、天国に到着して列車から降りると、どんよりとした空に雷が響き渡っていた。

 シャトルバスで居住区に到着すると不安が絶望に変わった。与えられた家屋はトタン板で造られた廃墟同然のボロ屋で、それを雨が激しく打ちつけていたのだ。さらに私を絶望させたのが部屋の同居人だ。それは顔に傷のあるヤクザ風のオッサンだった。
「ようこそ天国へ! まあ仲良くやろうぜ。わからないことは何でも聞いてくれや」
「ここが天国とは信じられません。地獄の間違いでは?」
「ここは楽園だぜ! なんでもヤリ放題で食い放題! 永遠に健康で不老不死だ!」
「天国とは善人が来る所では? 失礼ですが、あなたは……」
「おいおい俺は人は殺してないぜ。せいぜいタタキ(強盗)ぐらいだ」
 神様は狂っていると思った。
「私はここで何をして暮らせば良いのですか?」
「なにって……俺と麻雀でもして暮らしゃいいよ。楽しいぜ!」
 私は声が震えた。
「いつまでですか?」
「いつまでって……五億年ぐらいやって、飽きたら花札でもすりゃいいよ」

 五億年麻雀をしたら、死の欲動が宇宙的規模にまでふくれあがった。私はソーマを一気に飲み干すと、ジョッキを雀卓にガツンと置いて言った。
「滋養強壮はもう結構です。それより毒薬は無いのですか? 死にたいのです」
「無いことはないけど……飲んでも少し下痢するだけだぜ」
 遂に死の欲動が爆発した。
「もう天国なんて真っ平です! 地獄で焼かれて死んだ方がいい!」
「そっか……じゃあ地獄体験十億年の旅ってのを試してみるか? そこの冷蔵庫の横の扉を開けて降りて行けば、すぐに地獄だから」

 扉を開けて階段を降りて行くと、そこはただ真っ白で、なにも無く誰もいない冷たい死の世界だった。無限に広がる無間地獄で私は泣いた。すると、小さな生き物が足元に身をすり寄せ、あの懐かしい声で鳴いたのだ。
「ニャォ……」
 タマを抱き上げて頬ずりをした。
「さびしかったね。悪かったね。ごめんね……」
 タマはごろごろと喉を鳴らした。何億年という時を経ても、タマは私を憶えていたのだ。
「ああ神様。なぜタマが地獄にいるのですか? タマに何の罪があるのですか? 私が地獄に残ります。どうかタマを天国に……」

 十億年が過ぎると目の前に四角い空間が開き、あの先輩が顔を出して笑った。
「どうだった? 天国の方がいいだろ?」
 私は先輩に懇願した。
「私が地獄に残ります。どうか、この哀れな老猫の面倒をみてやって下さい」
「神様の許しがなきゃだめだ。その猫は地獄に置いていくしかない」
「なら私も地獄に残ります!」
「それもだめだ。もうすぐ天国会議があって、全員参加だからな」
「天国会議? なんですかそれ」
「天国の模様替えについて議論するんだ。もう意見は出尽くしているけどな」
 私はタマに誓った。
「必ず君を救うから」
 タマが、「ニャォ」と鳴くと、扉は静かに固く閉ざされた。

 会議の出席者のほとんどが酔っ払っているか、居眠りをしていた。
 私は先輩に神様がどこにいるのか尋ねた。タマを地獄に送った神という存在を、自分の目で確かめてみたかったのだ。
 先輩は、「あれだよ」と言って会場の片隅をあごで指した。私は自分の目を疑った。ただの不潔な酔っ払いではないか。神様は口からよだれを垂らし、酒瓶を枕に酔いつぶれていた。誰かが起こそうとすると、「どうでも良い。わしは忙しいんだ」と言って又居眠りを始めた。
 私は堪らず先輩に言った。
「本当にあれが神様なんですか!」
「そうだよ。神様はこの宇宙で一番のポンコツなんだ」
「なんでですか!」
「でなきゃ神なんてやってられないぜ」

 天国の住人たちが述べた「天国模様替え案」は、無限に繰り返されたものばかりだった。楽園バージョン、月面バージョン、地獄バージョンまで出る有様だった。
 私は挙手をして自分の意見を述べた。
「儚い無常の世界を愛しています。生と死のある世界を再現しましょう。全ては、あるがままに」
 拍手喝采の嵐が起こった。
「それは凄い!」
「初めての試みだ!」
「よし! それに決定!」
 ふと気づくと、私はあの公園のベンチに座っていた。右手のカップコーヒーはまだ湯気を立てていた。
 タマは、私の横ですやすやと眠っていた。そっとその頭を撫でると、顔をあげて、「ニャァ」と鳴いた。

 タマはその数日後、公園の茂みの奥で最期の時を迎えた。タマは口呼吸を繰り返していたが、やがて静かに眠った。黒猫がその体を舐めても、目を覚ますことはなかった。
 享年十八歳。タマはその生涯を生き終えたのだ。
  
 おわり

ミケの一生

執筆の狙い

作者 飼い猫ちゃりりん
106171072010.wi-fi.kddi.com

 猫の受難と飼い主の冒険により神の正体が暴かれる! スペクタル驚愕巨篇! にゃわけないか。笑
 3300字の掌編です。サラッと読んで下さい。

コメント

飼い猫ちゃりりん
106171072010.wi-fi.kddi.com

ゲゲ! 題名間違えた。
「タマの一生」です。ごめんなさい

飼い猫ちゃりりん
KD106128159017.au-net.ne.jp

皆様、この作品にコメントはいりません。スルーして下さい。題名を間違えた時点で読む価値はありません。

上松煌
p752103-ipngn13901marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp

 にゃっ、にゃんだよ~~~~っ、このお話はっ。ごはんによくある支離滅裂ご都合主義やんか。
タマがなんで地獄に?
白くて空しく冷たい死の世界に?
猫様が寂しさと寒さに弱いのは知ってるだろ~が!
淋しいと死んでしまうのは、ウサギじゃなくて「猫様」。
犬畜生と犬飼いでも地獄に落としとけっ。
やつらは散歩と称して町中に糞尿を撒き散らす、不潔な反社会的行為の輩なのだから。
散歩は犯罪であり迷惑行為だっ。

 え~~~ん、えっ、えっ。
と、まぁ、前半のそれだけでおれは泣いてしまったのです。
だって、罪もないタマが可哀想なんだもん。

 でも、真面目に言って、このお話何が言いたかったの?
天国の模様替えって言うか、待遇改善したら現世になっちゃったってこと?
もしそうなら、天国の意味ないよね?
天国の亡者がみんな現世の人になっちゃったら、死んだ人の復活だよね?
全員がキリストの復活の体現者になっちゃう?
じゃ、仏教徒は? 神道は? 拝火教は? あと知らんがその他の教徒は?
死んだら現世から天国=現世に行って?
無限ループ……うん、こりゃ地獄だワ。
っとなると、地獄が2つ?
それも意味ないよね?
それとも公園での夢だったってこと?

 おれにはよくわからないのでありまスタ。
でも、泣いちゃったのは事実でし。

飼い猫ちゃりりん
KD106128159017.au-net.ne.jp

上松煌様
 こんな作品を読んで頂き恐縮です。
 キリスト教始め色んな宗教がありますが、その神様は皆崇高な存在とされています。でもそれって、人類の御都合主義だと思うんです。
 神って、結構無茶苦茶だと思うんですよね。
 ありがとうございました。

アン・カルネ
219-100-29-135.osa.wi-gate.net

良かったです。

そう、やっぱりタイトルは「タマ」でしたか。でもそのミスはご愛敬かなと思ってしまうくらい、作品は読んでいて面白かったです。(前に一度、他の作品を読んだ事があったのですが、何か違和感と言うかちぐはぐさを覚えて、それについて語るのはちょっとこれまた面倒くさいしなあ、なんて思っていたのですが、今回は読んでいて、この世界観、私は“買い”だな、と思ったので、ちょっとコメント書きたいなと思ったのでお邪魔しました)

ちょっと書き足した方が良いのかなと思った事。
>「ドン!」と音が響いた。
この後の描写を省略して読者の想像に任せているのですが、ここはやはり何に轢かれたのか、ぐらいはもう一言、添えてあっても良いのかな、と思いました。走り去るトラックが見えた、とかの類ですかね。

後はタマがなぜ地獄にいたのか、ですかね。こういう世界ですから、それこそ、善悪の基準ではなく、神様がサイコロを振って奇数は天国、偶数は地獄、56億7千万経つと、奇数が地獄、偶数が天国、とかね、まあ、何でもいいんですが、なにかしらの理由は入れておくと良いのかな、と思います。できるだけ軽いノリのようなバカバカしさのあるものが良いように思います。それがこそ作品の世界観をリアルに思わせる大事な核のように思えるからです。バカバカしくても大事なのは育ちの良い軽さですかね。そう、軽やかさもこの作品にはあると思います。逆にそれがラストにすとんとほろりとさせるテクニックに丁度良い塩梅になっていると思うので。これ、少しでも抹香臭さを出したら、全滅カードにひっくり返りそうなので。

元々、文章が巧い方ですし、構成力もある方でしたしね。笑わせて笑わせて最後にほろっとさせる、定石ですが、それを泥臭くなく見せるセンスもありますよね。良かったですよー。

飼い猫ちゃりりん
KD106128157166.au-net.ne.jp

アン・カルネ様
 このような作品を読んで頂いたことに、先ずもって感謝を申し上げます。
 「ドン!」のあとのトラック案は、早速採用させて頂くことに決定いたしました。その方が絶対に臨調感増し増しです。
 問題は、タマが地獄に落ちた理由です。これはこの物語全体に大きく影響を及ぼす問題です。アン様が言うとおり、本当に馬鹿らしい理由が必要です。人間の理性では理解できない壮大な馬鹿らしさです。
 家の猫に相談したのですが、尻尾を一振りして終わりでした。では。

偏差値45
KD106154139215.au-net.ne.jp

独特の世界観だな、とは思いましたね。
先ず天国の距離感がすごくありますね。
アンドロメダと言えば隣の銀河だけど、とても遠いですからね。
光の速度でも簡単には行けません。
にもかかわらず、
天国から地獄は徒歩でも行ける距離なので一般人のあの世の感覚とは違いますね。

タイトル「タマの一生」、、、当然、タマが主役なのかな、と思いましたが、
魅力があまりない。普通の猫さんでした。
むしろ、「どうでも良い。わしは忙しいんだ」と言う嘱託の爺さん。
と宇宙一ポンコツの神様が同一の人物?
そういうキャラクターの方が魅力が高いですよね。
そりゃ団地の管理から宇宙の管理までやっていたら、忙しでしょうよ。
というツッコミが入りますね。

>ふと気づくと、私はあの公園のベンチに座っていた。
ここでまさかの夢オチ、、、なんてこったぁ。

>享年十八歳。タマはその生涯を生き終えたのだ。
それだけ生きれば、充分でしょうね。

全体的にタマの魅力が伝わっていないことが残念でしたね。

飼い猫ちゃりりん
123-1-115-197.area1b.commufa.jp

偏差値45様
 大変丁寧に読んです頂き、感謝しております。
 主人公の一人でもあるタマの魅力が伝わらないという指摘。なるほど!とめちゃ納得です。
 団地の管理人の爺様と、神様が同じであることを読み取るなんて、偏差値55でも良いですね。
 でも、もう一人爺様になりすました神様を見つけて欲しかった。それなら偏差値75です。笑
 冗談はさておき、鋭い御指摘に感謝しております。ありがとうございました。

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