作家でごはん!鍛練場
大丘 忍

ミラクル

「男性なら誰でも女性のヌードを見たいと思いますね」
 男は意外な言葉を吐いた。
 守山真一は男の顔を見て、配られた手元の名刺に目を注いだ。
 “ミラクル眼鏡株式会社営業部長、山本正夫”という文字がいかにも空々しい。ありふれた名前だ。おそらく全国に山本正夫という名前は何千人も居るのではなかろうか。
 新開発のスポーツ用眼鏡の説明会という案内を受けて出席してみると、真一の他にも十名ほどが集まっていた。いずれも百貨店かスポーツ用品店の購入担当者であろう。
 夏休みに入った小学校の教室を借り受けた説明会場は、一瞬熱気に包まれたようだ。誰だって男なら女性のヌードを見たいという願望はある。
「この眼鏡はですね」
 営業部長は段ボール箱から数個の水中眼鏡を取り出して机に置いた。
「一見ただの水中眼鏡のように見えますが、実は……」
 皆の反応を確かめるように言葉を切った。
 その眼鏡を使えば女性のヌードが見えるというのか。ばかばかしい。インチキに決まっている。
「この眼鏡のレンズはただのガラスではなく、戦時中に軍の依頼で当社が開発していた偵察用の特殊レンズです」
 営業部長は黒板に図を書いて説明を始めた。夜間に偵察するには目に見えない赤外線を偏光レンズによって可視域に変換しなければならない。
「終戦によって偵察用の眼鏡はオジャンになりましたが、このレンズを改良して特殊眼鏡、ミラクルを開発したのです」
 赤外線を可視光線に変換したとしても、女の裸が見えるはずはない。
 営業部長は真一の疑問を受けとめるように真一に目を注いだ。
「町の中でこれを使っても駄目ですよ。プールで使うのです」
 営業部長は黒板に女の体を書き、その縁に水着に相当する線を書いた。
「この水着が水を含むと見えなくなるのです」
 水着の線を黒板拭きで消していく。水着の繊維が水を含むと赤外線の透過度が強くなるそうだ。レンズの作用で水着自体から発する光を遮断し、赤外線だけを受け入れるようにすれば水着は見えなくなる。見えるのは女の生身の体だけだ。真一は首をかしげた。科学的な説明のようにみえるがまだ信じられない。
 周りを見回すと皆も顔を見合わせている。誰だって信じられないだろう。
 営業部長は大仰にうなずいてみせた。
「信じられないのは当然です。では実際に体験して頂きましょう。眼鏡をつけてプールサイドに移動して貰います」
 実際に見せてくれるなら本当かも知れない。
 助手の女性が眼鏡を皆に配った。
「この眼鏡はここでつけて下さい。目が慣れた頃にプールに行きます」
 眼鏡をつけてみても何の変わりはない。色の薄いサングラスをかけたような感じだ。
「一つだけ注意しておきますが、この眼鏡はプールサイドでは絶対に外さないで下さい。このレンズに慣れた状態でレンズ無しで太陽光を見ると網膜を痛めます。光の波長に対する網膜の感受性が変わっていますので」
 このレンズにそこまでの作用があるとすれば本当に裸体が見えるのかも知れない。もしそうであればこの眼鏡はどえらい代物である。
 助手に引率されて皆はプールが見える教室に移動した。
 プールの水面はぎらぎらと太陽の光を反射していた。プールの向こうの端で水しぶきをたてて、数名の若い女性が泳いでいる。プールから上がった女性をみて皆は声をあげた。本当に裸である。目をこらして見ると水中の女性も裸のようだ。真一は思わず眼鏡を外そうとした。
「眼鏡は外さないで下さい」
 いきなり真一の手が押さえられた。振り返ると営業部長の厳しい顔があった。
 プールのこちら側には黄色い水着を着た若い女性がマットに寝そべっていた。女性は立ち上がってプールの縁に近づいた。まだ濡れていない水着の黄色が鮮やかだった。
 均整のとれた見事なプロポーションだ。皆の視線がその女性に固定したとき、女性はプールに足から飛び込んだ。視界から姿を消した女性は次の瞬間水面に姿を現した。オーという喚声が上がった。先ほどまで着ていた黄色い水着は見えず、全裸のまま悠然と泳いで行く。飛び込んで水着を脱ぎ捨てる時間はない。真一も思わず息を飲んだ。女性のヌードが見られるのは本当である。
 裸の女性は途中から引き返してプールから上がった。皆は食い入るように裸体を凝視する。股間の繁みまではっきりと見える。女性は恥じる様子もなく皆の前を通って形のよいお尻を堪能させてプールに引き返した。
「信じられない」
 と真一は呟いた。しかしこの現実を見せられると信じないわけにはいかない。
 裸体の女性は再びプールに飛び込んで、裸女の群れに合流した。
「さあ、どうですか? 納得がいきましたか」
 営業部長が笑顔で言った。
「奇跡だ」
 と誰かが叫んだ。
「そう、奇跡。ミラクルですよ。では部屋に戻って商談を始めましょう」
 営業部長に促されて皆は元の部屋に戻った。
 外した眼鏡を助手が回収してまわる。真一は返す前にもう一度眼鏡を手に取ってみた。変哲もない玩具のような水中眼鏡である。これがあんな魔法のような威力があるとは。これは売れるに違いない。
 助手が姿を消すと営業部長は申し込み用紙を配布した。
「このミラクルは限定生産ですから数には限度があります。今回用意したのは三千個だけでこれ以上は生産されません」
「仕入れ価格は幾らですか?」
「一個二万円です」
「二万円?」
 皆は顔を見合わせた。水中眼鏡に二万円の仕入れ値は高すぎる。でもこのミラクルなら三万円の値をつけても売れるのではないかと真一は考えた。
「とりあえず二百個頂きます」
 真一は手を上げた。真一の勤めるスポーツ用品店ではそれが限度である。
「五百個」
 大手の百貨店が名乗りをあげた。それにつられて次々と注文が飛び出した。限定生産で数に制限があるとすれば早いもの勝ちである。
「では申し込み書に記入して頂いて、商品は入金を待って発送致します」
 真一は真っ先に申し込み書を出してトイレに立った。
 トイレの窓からプールが見えた。先ほどの奇跡を思いだしながらプールに目をやった。プールサイドでは助手が女性達を呼び集めているところであった。プールから次々に上がって来る女性を見て真一はあっと声を上げた。
 部屋に戻ると営業部長の目が光り、すぐに笑顔に変わった。真一は黙って席についた。
「お帰りはこちらからどうぞ」
 営業部長はプールが見える廊下を通って外に案内する。真一はプールに目をやった。女性達はまだ泳いでいた。
「あ、水着を着ている」
 誰かが頓狂な声をあげた。
「水着は初めから着ていますよ。ミラクルで見えなかっただけです」
 営業部長の声は自信に溢れていた。
 翌日、真一は電話をかけた。
「はい、ミラクル眼鏡営業部の山本ですが……」
「昨日はお見事だったね。原価五百円もしない玩具の眼鏡を二万円で売るんだからな」
「はて、何のことでしょう?」
「しらばくれてもネタは割れてるんだ」
「ははあ、Pスポーツ用品店の守山さんでしたね」
「そうだ」
「どんなネタが割れているんですか?」
「プールで泳いでいた女は初めから裸だったじゃあないか」
「そんな筈はありませんよ。実際にその目でご覧になったでしょ」
「見たんだよ。助手が呼び集めて水着を着させたのを」
「ほう、では黄色い水着の女性はどうですか? 目の前で水着が消えていたでしょう」
「あれは手品だね。タネが割れれば単純なことだがね」
「どんなタネです?」
「一卵性双生児さ。プールに裸を隠しておき、水着が飛び込んだら裸が泳ぎ出すという仕掛だ」
「ほう、そこまでばれましたか。で、どうしろとおっしゃるんですか?」
「魚心あれば水心というだろう。儲けは折半にしよう」
「それはちょっと虫が良すぎると思いますが」
「嫌なら他の店の担当者に一言電話してもいいんだぜ。これであんたの儲け話は全部パーだ」
「さあ、どうですかな。まだ手品は終わっていませんよ」
「そっちがそんなつもりなら全部バラしてやる」
 叩きつけるようにして受話器を置いたときにFAXが鳴った。それを横目に見ながらQ百貨店の担当者に電話した。受話器から、
「なに? インチキ? ははあ、その手は食いませんよ」
 という声が響いて、電話はいきなり向こうから切られた。
「くそっ」
 と叫んで何気なく届いたばかりのFAXを手に取り、一目見て呆然と立ちすくんだ。

購入担当者各位
 この度は当社のミラクルをご注文頂いてありがとうございます。この商品は限定生産で数に限りがあります。そこで当社のミラクルを中傷して契約を辞退させ、商品を独占しようとする動きがありますのでご注意申し上げます。
 
                 了

ミラクル

執筆の狙い

作者 大丘 忍
p2608243-ipngn200902osakachuo.osaka.ocn.ne.jp

息抜きに軽い小説はいかがでしょう。残念ですがセックス場面はありません。
詐欺にも上には上があるという話です。でもこんな眼鏡が実際にあれば世の中楽しいでしょうね。

コメント

茅場義彦
133.106.158.201

おもしろいいいい
好き
発想が中学生みたいに柔軟で素敵でづ

褒めてます

ばね
KD106154125023.au-net.ne.jp

たしかに、中学生のような発想で微笑ましかったです。

ドリーム
softbank126077101161.bbtec.net

拝読させていただきました。


これまでにない大丘先生の作品。
ついこんなメガネがあるなら欲しくなりました(笑)
トリックとは驚きました。上手く出来た作品ではないでしょうか。
最高傑作といって良いでしょう。楽しませて貰いました。

夜の雨
ai212192.d.west.v6connect.net

「ミラクル」読みました。

ネタになっている赤外線うんぬんで水着が透けて見えるという話ですが、これはむかし某メーカーのビデオカメラで社会的な問題になったエピソードが現実にありました。
特に水にぬれるとよく見えるらしく、盗撮で世間を騒がせました。
なので、御作に書かれているメガネの設定は現実的に可能であります。
ただ、上に書いたビデオでは社会問題にもなっており、メーカーが該当のビデオカメラを改造しているので、現在では透けるということはありません。
ちなみに透けるといっても限度がありますので期待するほどではないと思いますが。
おそらく大丘さんはそのネタを知っていて、そこにトリックを仕掛けたのだろうと思います。

作品の展開とかエピソードはよく作られていました。
読みやすいし登場人物の欲望とかも面白く書かれていました。
しかし現実にこのような眼鏡を百貨店などで販売するわけにはいかないと思いますが。
まあ、エンタメの小説なので、この設定は特に問題があるとは思いませんが。

お疲れさまでした。

わか
zaqb4dd268f.zaq.ne.jp

拝読させていただきました。

スラスラと読みやすいストーリー、文体だなと感じました。

女性の裸が見えるというトリック、それに気づき種を明かそうとする守山さん、さらにその上を行く会社側。
とても面白かったです。

大丘 忍
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茅場義彦様
単純で面白い話を書きました。喜んでいただければ幸いです。有難うございます。

大丘 忍
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ばねさま。読んで楽しんで頂けて有難うございます。

大丘 忍
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ドリーム様
 これまでの男女の恋愛を描いた長い作品からがらりと趣を変えました。
 短いながら短いなりの難しさがありますね。これは特に短い作品に他する注意を払って書きました。
 読んで頂き感想を有難うございます。

大丘 忍
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雨の夜様
 これまで長いものを掲載しておりましたので、今回は短くて読みやすいものを掲載しました。このような偏光レンズが存在するかどうかは知りませんが、まるで存在するがごとくに物理学的ヘリクツをつけております。
 実際にこのような眼鏡が出来たとしても市販することは難しいでしょうね。でも。小説の上ではそれを可能にして楽しむことができます。
 いつも読んで頂き。貴重なる感想を有難うございます。

大丘 忍
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わか様

このレンズ、もともとインチキで詐欺ですが、その上をいく詐欺の手段を備えているのが面白いですね。
読んで頂き有難うございます。

飼い猫ちゃりりん
106171080245.wi-fi.kddi.com

大丘忍様
 それなりによくできた作品ですね。
 小説は息抜き程度のものですね。文学の「学」を、音楽の「楽」に変えちゃえば良いのにと思います。
 このサイトには、やたら人生論を詰め込んだ胸焼け作品もよく見かけますが、大丘様は楽しむことを大事にしていると思います。

大丘 忍
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飼い猫ちゃりりん様

 文学、文学と、あまり難しく考えることは私は苦手なので、小説とは読んで楽しいものだと考えております。したがって、読んで楽しい小説を書くというのが私の楽しみでもあります。
 生きることに悩むという発想は私にはありませんし、生きることは楽しい、女性とセックスすればなお楽しいという考えには変わりはありません。だからそのような小説を書くよう心がけております。
読んで頂き感想を有難うございます。

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