作家でごはん!鍛練場
みつく

風と鈴と秋の幽霊

 風鈴の音。甘い氷がぶつかり合うような、美味しそうな音。

 今日も鳴ってる。公園近くの家の軒先から。
 僕は幽霊で、公園の隅にいる。もう太陽は真っ赤になって、遊具には暗い影が落ちて、他の子どもたちは手を引かれて、帰りはじめる。
 今日もあの子が残ってる。赤い服を着たショートカットの女の子。笹井さん。砂場で一人で、黙々と砂の山を作ってる。 彼女もひとりぼっちだ。

 日が落ちて、空は不安な紫色になる。そのうち、大人の女の人が駆け足で公園に入ってくる。笹井さんのお母さん。
「あし!」
 笹井さんは突然、お母さんに向かって、足もとを指差して怒鳴る。そこにはやつれた花束。笹井さんのお母さんはその端を踏んでる。ハッとして足をどける。
 花束――夏休みのはじめに、公園前の道路で死んだ子のために置かれたもの。
 トラックに跳ねられて、男の子は即死だった。笹井さんは、その子の友達だ った。いつも砂場にはその子がいて、笹井さんはそれを離れたところから見てた。二人は聞こえないような、微妙な距離で話してた。まるで話すこと全部が合言葉みたいに。

 笹井さんのお母さんはハッとして足をどける。それから笹井さんに帰ろうと声をかける。笹井さんはお母さんを睨む。でも、そのうちトボトボと砂場から離れてお母さんの方へ歩く。そして、二人は手をつないで帰る。
 一瞬、笹井さんは僕のほうを振り返る。憎んでいるような目。でも、笹井さんに僕が見えるはずがない。なのに、僕は笹井さんから目をそらす。

 風鈴の音。夏虫が死ぬ前の最後に出すような、悲しい音。

 あの家が風鈴を出したのは夏休みのはじめだった。そして、夏休みの終わりに風鈴は軒先から消えた。公園の真ん中にある大きな記念樹に絡まったツタは赤くなりはじめて、その近くにはひぐらしの死骸が落ちてる。もう秋はすぐそこだ。

 公園には誰もいなくなった。夜が、黒い傘のように公園を包みはじめる。
 僕は変わらず一人で、ここにずっと座ってる。
 公園の真ん中あたりで何かちらちら光るものがある。僕は歩いて近寄る。カ―ドが落ちてる。流行りのカードゲームのレアカードだ。ドラゴンの絵の上に、銀の箔がXの形に光ってる。
 相川くんのカードだ。
 何重かのスリーブに入ってるけど、スリーブには細かい木片がついてて、カ ードのあった近くには大きめの木の皮が落ちてる。
「こんなとこに」
 僕は相川くんのことを思い出す。鼻が膨らんだ笑顔。大きくて耳がキーンとする笑い声。お調子者で、すぐに服を脱いで先生に怒られたり、無茶なことをして怪我をしたりした。
 でも、相川くんは、優しかった。
 相川くんにだけは、僕が見えたんだ。
 いつも公園に一人でいる笹川さんに声をかけたのも相川くんだった。笹川さんは最初嫌がっていた。でも、相川くんは毎日少しずつ話しかけて、そのうち笹川さんも相川くんに話しかけるようになった。

 僕と相川くんはいつも、宝隠しをしてた。二人で、交代で大切なものをこの公園に隠して、次の日までに見つけられたら自分のものにできる。
 落ちている木の皮を見ると、内側の表面に白くて荒い、不格好な線がある。相川くんは記念樹の窪みにカードを隠して、上から接着剤をつけた皮をかぶせて隠してたんだ。
「見つかるわけないよ」
 僕は思わず笑った。それから、相川くんを思い出して悲しくなった。あの日からずっと、このカードは見つからないままだったんだ。

「君、何してんの?」
 僕は声に気付いてハッとする。声のした方を見上げると、大きな男の人が僕を見下ろしてる。
 僕のことが見える? いや、そんなはずない。
「こんな時間だよ。お家に帰らないの?」
 男の子は僕の顔をのぞきこむ。見えてるはずない。そんなはず。
「……迷っちゃったの? 一緒に警察に行こうか?」
 男の人は僕の肩に触れる。僕はすぐに振り払う。男の人の目が少し怖くなる。もう一度男の人が触れようとする。ああああああああああ。僕は耳を押さえて叫ぶ。男の人はビクッとして下がる。 なんだよ。気持ちわりいな 男の人は吐き捨てるように言って、公園から去っていく。僕は耳を押さえたまま。震えている。

 風鈴の音。冷たい氷がぶつかり合うような、残酷な音。

 夏休みのはじめ。相川くんは僕の目の前でトラックに跳ねられた。
 僕は公園の同じ場所に一人で座ってた。蝉の鳴き声が重なり合っていた。隣り合った竹林から蒸した土の匂いがした。
 カラン、と風鈴の音がしたんだ。あの家が風鈴を、その日に出した。僕は思わず、その小さな音のする方を向いた。
 家のフェンスと公園に挟まれた道路に、相川くんは立ってた。悪戯な笑いを浮かべて、僕を見てた。僕も思わず笑って、手を上げた。
 その瞬間、とても鋭くて、大きな音がなった。
 一瞬だった。
 象のような青色。瞬きをしてる間に、それが相川くんのいた場所にあった。相川くんは遠くの地面に飛ばされて、白い空を見上げて、ねじれた体をビクビクさせてた。すべての時間が止まったみたいだった。
 風鈴の音だけが鳴ってた。

 公園のフェンスの向こうに歩く人影。背の低い男の子で、見覚えがある。たしか、同じクラスの子だ。一瞬僕の方を見る。でもすぐに目を逸らして、そのまま歩く。
 知ってる。あの子にも僕が見えないんだろう。
 学校の誰も、僕のことなんか見えなかった。相手にしなかった。知ってるんだ。かげでみんな僕のことを幽霊って言ってた。お父さんも、きっと今日もパチンコに行ってて、僕のことなんか探しに来ない。僕は、いない。
 でも、相川くんには僕が見えた。僕も相川くんの前では話せた。僕はそれがただ嬉しかった。自分を見つけてもらえたのが嬉しかった。何よりも、僕は相川くんが好きだった。
 その相川くんが、死んだ。
 僕は幽霊。だから、僕だけが、また相川くんに会えるはずなんだ。僕だけには相川くんが見えるはずなんだ。
 だから、今日も僕はここで待ってる。

 風鈴の音がする。
 僕は、音の方を、家の方を向く。でも、そこにはもう風鈴はない。夏の終わりになくなったんだから。
 なのに、あの冷たい音が、止まない。

風と鈴と秋の幽霊

執筆の狙い

作者 みつく
KD106180000218.au-net.ne.jp

色々勉強させていただきたく書きました。どうぞよろしくおねがいいたします。

コメント

偏差値45
KD106154139149.au-net.ne.jp

>笹井さん

年齢は分かりませんが、小さな女の子でしょう。
わりと苗字で呼ぶよりも、下の名前で呼ぶ方が多いような気がしますね。
例えば、美咲ちゃん。愛ちゃん。
その点で違和感がありましたね。

全体的に箇条書き的な感じがしましたね。
それぞれの内容がかみ合っていないかな。

黒沢ひろひと
M014008035162.v4.enabler.ne.jp

コメント失礼します。

物悲しい雰囲気が伝わってきて、良かったと思います。
作者様の伝えたいことが「物悲しさ」であったならば、ですが。

ただ、「笹井さんと相川君」と、「僕と相川君」。どちらか一方のエピソードでも良かったのではないかと思いました。短い作品です。どっちつかずになっている印象があります。
両方のエピソードが絡んでいるのはなんとなくわかるんですが、絡んでいるのであればもう少し掘り下げて、長くしてしまっても良いかな、なんて思いました。

u
opt-220-208-25-236.client.pikara.ne.jp

読みました
良いのじゃないのかなと思います。標準作www

タイトルの「風と鈴と秋の幽霊」の「幽霊」が本作では直接的な「落ち」に繋がるわけですが
あたしには「風鈴」が何を表しているのか、話にどう絡むのかがわからなかった

↑黒沢さまが言及している
笹井さん相川君問題www
お話としては繋がっているのですが、この尺ですからwww

相川君は亡くなる
主人公にとっては笹井さんが希望なのかな、多分
作者としては、もうちょっと幽霊を突き放しても良かったのではないかとwww
最初から笹井さん出さないで、主人公突き落としておいて
最後に彼女とお母さん手をつないで帰っていくシーンみたいなwww

1か所ミス。男の人→男の子 直してねwww

ありがとうございました

柔らかい月(とりあえずHN更新)
n219100087087.nct9.ne.jp

大枠というか、構成だけ眺めて・・


>風鈴の音。甘い氷がぶつかり合うような、美味しそうな音。

>風鈴の音。夏虫が死ぬ前の最後に出すような、悲しい音。

>風鈴の音。冷たい氷がぶつかり合うような、残酷な音。

>風鈴の音がする。 ……そこにはもう風鈴はない。……なのに、あの冷たい音が、止まない。


↑ 『やろうとしていること』は、とても明確なんです。
童話や短編漫画によくある「繰り返しと、対比の妙」(って言うのかな?)でまとめあげたスタイル。

この場合、《格段・場面ごとに付される(繰り返される)フレーズは、最重要》なので、
このフレーズの「文章」に問題があると、お話にならない。

本作の場合、肝心なそこの「文章」が、一々まずい。(ごめんね)


>風鈴の音。甘い氷がぶつかり合うような、美味しそうな音。
↑ 甘い氷?? 普通は「飲み物の方が甘い」のであって、氷そのものは無味・透明。

>風鈴の音。夏虫が死ぬ前の最後に出すような、悲しい音。
↑ 作者の意図を斟酌することは可能なんだけど…… 具体的にはイメージできない。

>風鈴の音。冷たい氷がぶつかり合うような、残酷な音。
↑ 同上。「残酷」って表現に疑問と違和感を抱く。



『妙な比喩でなんとかしよう』って姿勢が、私個人は不愉快で、、、(ごめんね)
書き出し一行で受け付けなくて、これは読めなかった。

『肝心な風鈴が、一切まったく描けていない』と思った。


風鈴・・ まず、どんな風鈴やねん??

・南部風鈴(鋳鉄の響き)
・江戸風鈴(硝子の響き)
・あと、小笠原風鈴とかもあるし、磁器の風鈴もある・・と思った。

「作者の頭の中にある風鈴」を、鮮明にしないことには、読者にその音が伝わろう筈がない。

作者の「書き足りない部分」を、ベテラン読者が斟酌することは可能だし、これ読めば実際ワタシは「そうする」んだろうけど、
それは「作者が書いた風鈴」ではなくて、「ワタシがめいっぱい斟酌した風鈴」なので。。



『妙な比喩に走る』よりも、『作者の脳内イメージを的確に伝える、シンプル表現』を心がけた方が、
作品全体が「きれいになる」と思う。

ブロンコ(ハチが
KD111239128186.au-net.ne.jp

もうとにかく読めば読むほどめちゃくちゃっていうか、言う程めちゃくちゃじゃないけど所詮めちゃくちゃな気がして仕方がないのは、


> 公園のフェンスの向こうに歩く人影。背の低い男の子で、見覚えがある。たしか、同じクラスの子だ。一瞬僕の方を見る。でもすぐに目を逸らして、そのまま歩く。
 知ってる。あの子にも僕が見えないんだろう。
 学校の誰も、僕のことなんか見えなかった。相手にしなかった。知ってるんだ。かげでみんな僕のことを幽霊って言ってた。お父さんも、きっと今日もパチンコに行ってて、僕のことなんか探しに来ない。僕は、いない。


の箇所のせいだと思うんですよね。
情報としてあまりにも杜撰だから、“僕”という語り手の背景が卑怯に省略されてめちゃくちゃな気がするんですよ何だか。

あたしが馬鹿なだけなんですかね。


指摘した箇所以外でも、読みようでは、っていうか正確に読もうとすればするほど意味が単純にねじくれる筆致が多すぎてとにかく世界そのものが曖昧になる。

はっきりと文章そのものが下手です。
読み手にちゃん誤解なく伝わって欲しい意識がなさすぎる気がします。
書くのはあなただけど、読む人がいることに意識が向かないのは書きたがる自分のことにしか興味がないから、なんて言われたくないでしょ。
ちゃんと目的を理解しないと、めっぽう見苦しい書き筋になるのは当たり前のことだと思うんですよ。



死んでる“僕”と、死んでしまった相川くんは、同列に扱われるんですか。


>ああああああああああ。僕は耳を押さえて叫ぶ。


のは、どうしてですか。
相川くんを待ってるから? それともパチンコ父さん? 
邪魔すんなって?


っていうか、そんな突っ込みすら全然意味ないってことわかって言ってるの、わかりますか?


>風と鈴と秋の幽霊


っていうタイトルにあるどの単語にもタイトルたらしめる引力を感じないです。

っていうのはつまり、この世界をちゃんと説明しろといったところで、書き手自身が明瞭な理解なんて望めないことは明らかであることの証左のように個人的には感じさせられるということで、タイトルにも作品そのものにも作為なり構造的な脈絡のようなものをまったく感じさせられないです。


語り手の“僕”が相川くんを同列に眺めるなら、この世界は一人称として無責任なだけのような気がするし、物語の軸を歩く主人公さえ存在していないことを書き手自身が理解していないだけのような気がします。

語り口の拙さは少年らしい幽霊によるものであることは理解するけれど、所々に刷り込まれる風鈴のお節介な表現は取り残された幽霊の心細い幼さを作為にかまけてむしろ積極的に放棄している気がするし、そもそも脈絡として乏しい気がします。


相川くんを待つ話でもいいですけど、その背景に“僕”という世界を支える理由がなければ結局は世界に背骨がないことには変わらないはずだし、それがちゃんとあるなら“僕”が幽霊であるべき必然性こそ正しく危うくなるはずで、つまりこの世界はこの世界であるべき理由を担保できていないことは明らかな気がしてしまうわけです。


ただのお友だちのおハナシを書けば、現状よりは余程まともな世界を書けるのが普通なんだと思います。
雰囲気だけで書き進めた結果、余計なものを引き込まなければ書き進められなかっただけの曖昧な着地でしかないのではないのかと感じさせられています。

書きたがる上で、“小説”というものに余計な思い込みばかりが先走ってわざわざ珍妙なことを仕出かしているような、見当違いみたいな印象が強いです。

みくと
oki-202-12-244-19.glbb.ne.jp

偏差値45さん

ご感想ありがとうございます。
たしかに子供は下の名前で呼ぶ方が自然かもしれないですね。。
箇条書き的とはその通りで、短い中でまとまっていないなぁと改めて自分でも思いました。

読んでいただきありがとうございました!

みくと
oki-202-12-244-19.glbb.ne.jp

黒沢ひろひとさん

ご感想ありがとうございます。
物悲しさをほめていただきありがとうございます。伝えたいことは特になくて、雰囲気優先の作品なので、少しでもそれをかんじていただけたなら嬉しいです(稚拙ですが)

笹川さんのエピソードを交えるのはたしかにまとまりがなかったと思います。。

ありがとうございました。

みくと
oki-202-12-244-19.glbb.ne.jp

uさん

率直なご感想ありがとうございます笑
言い訳がましいですが、今回掌編でかつお題が風鈴という縛りがありましたので、そこをうまく活かしきれず不自然に感じさせてしまったかなと思います。
幽霊を突き放した方が良いというのもその通りで、ある種読み返すとナルシシズムを感じて痛いところがありますね。。

ありがとうございました。

みくと
oki-202-12-244-19.glbb.ne.jp

柔らかい月さん

ご感想ありがとうございます。
カルヴィーノですかね。良いですね。
風鈴のイメージですが、おっしゃる通りでたしかに自分の頭の中で具体的に想像せず都合な良い比喩に寄せてしまいました。
反省点ですね。

ありがとうございました。

みくと
oki-202-12-244-19.glbb.ne.jp

ブロンコ(ハチがさん

ご感想ありがとうございます。
率直な意見で嬉しいです。

ご指摘のようにこの作品の文章には一種の陶酔というか、独りよがりの部分が強く、結果都合の良い読みにくい文章になってしまっていましたね。
もっと人物を愚直に掘り下げるような視点を持たなければいけないと感じました。
稚拙な作品ですが、真剣にご批評いただきありがとうございます。

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