作家でごはん!鍛練場
渡辺沙羅

アルトサックス

 雨が夕暮れ時に上がり小さいが美しい一番星が雲間から輝きだした。 
 洋子はどのバンドにも属さないソロアルトサックス奏者だった。秋口の宵に30分だけだが演奏許可を取っておいて良かったと思った。何しろその場所はこの時刻、人通りも演奏が邪魔するくらいではないし、うるさいというような駅前のデッキではなかった。いつもスタンダードとオリジナルを5対1の割合でソロで吹いていた。
 洋子の目的は暗譜で吹く練習とそしてこれが大きいのだが事務所のスカウトを受けるということだった。この辺はスカウトの巣ともいえる場所で有名。心臓を強くするのも目的のひとつと言える。まず今日は晩いので4曲吹いてリクエストがあったら1曲。
 最初はイパネマの娘。繰り返しのニュアンスやサックス特有の音の強さによる不愉快な表現が出ないように優しく吹く。それはどんな曲でもある程度共通だがイパネマの娘の場合キャッチ―な曲だからその逆をやるのは難しく技術が試されるのだ。
 洋子は美形であったしスタイルもいいのでそういうことで演奏を判断してほしくなかった。だから暗さと明かりの淀んだこのくらいの時間帯によく出る。それに何より一番星の出るロマンチックな感じを愛した。楽器ケースの蓋を開けて前に出すのはチップを頂くためで、その日の演奏が受けたかどうかの指針だ。後でお金を数えるのもモチベーションになるし。イパネマの娘はミドルテンポで南国の女性を象徴するような感じを出すのだが下手な演奏だと飽きてしまう。
 演奏開始、チューニングはしたが人は過ぎていく。これが音の始まりだ。サラリーマンやカップル、おばさん、学生、色々いる。カップルが足を止めている。リタルダンドして曲の雰囲気を高める。サラリーマンも俺、サックスやってんだ、という感じ。しかしサックスは音程を保つのが難しい楽器。アルトサックスの場合甘い曲想を出すのは難しい。音が固いから人の心に響く演奏のためには音程を保ちつつ柔らかにというところが試される。
 スカウトのお耳にかかるレベルはそう簡単じゃない。初心者がつまづくのはまず音階だ。私は音階は全調やったし、何しろどんな音楽でも特有の音階があってそれが24通り吹けなければならない。よっぽど好きじゃなきゃプロレベルにはいかない。ジャズでは大体こんな感じ、シンコペーション。ロックだったら、と考えていく。
 聴衆は一人また一人と増えてきたし、曲をウェイヴにすると一段と増えた。この中にスカウトはいるのだろうか?ウェイヴは受けた。決して有名な曲ではないがイパネマと同じカルロス・ジョピン作曲の神曲だ。ここでキーボードでもあったらと思う、練習しているアドリブが出来る。
 「おい姉ちゃん、そういうのは部屋でやってくれよ」
酔っ払いだ。そういう時私は演奏をやめる。問答無用。
「はい、今片づけます」
ぽつり、ポツリと水滴が降ってきた。雨だ。聴衆は蜘蛛の子を散らすように去っていく.おばさんだけが名残惜しそうに立ち尽くす。
「今の曲良かったのにあのおっさん1万円取り立ててやる」
「いいんですよ、私が下手なんです」
「あんたいつもここでやってるけどジャズ?」
「ジャズですね、うるさいでしょう」
「それはおかしいよ。あんたくらいの腕はそさうはいない。今まで言わなかったけどうちの亭主もジャズキ〇ガイでベースやってる。夕食まだ?家にこない?車があるよ」
洋子はこれも縁だと思う。こういう小さい縁を拾って大きく咲かせるのもありかと。ケースの硬貨を集めてポーチに入れ、サックスをしまっておばさんの後をつけていく。駐車場で意外なプリウスにケースを押し込みおばさんの隣に乗る。
「すいません」
「良いんだよ。これが仕事なんだから」
「仕事?」
「あたし小さな事務所を亭主とやっててね。あんたの技量ならいろんな音楽の伴奏ができるだろうとにらんだ。何しろ駅前で一人で吹くんだもん。度胸はわかる。そう言う人を探してるんだよ」 

アルトサックス

執筆の狙い

作者 渡辺沙羅
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私はサックスは吹けるがやるところがない、せめて小説で。

コメント

偏差値45
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ストーリーとして盛り上がるところは、鮮明にしたらもっと良かったかな。

>聴衆は一人また一人と増えてきたし、曲をウェイヴにすると一段と増えた。

この部分ですね。
ちょっと淡泊過ぎてしまうので、「大袈裟かな」と思うほど
聴衆を魅了しているシーンが欲しいと思いましたね。

例えば、初めは緊張感があってうまくリズムに乗れず、
次第にその緊張感がほぐれて、ノリノリになってゆくわけですね。

そうすると、より「おい姉ちゃん、そういうのは部屋でやってくれよ」
という冷たい台詞が活きてくるような気がしますね。

そしてラストはスカウトに拾ってもらうので、ハッピーエンドが待っているので、
そこも出来るだけ盛り上げたいところかな。

そんなふうに思った次第です。

渡辺沙羅
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偏差値45様

そうですね。盛り上げるところをきちんとみておかなければいけませんね。ただしここの場合、帰りの駅前何でそういうのは経験者としてはやってはいけないのかもしれません。宵の口ですからうるさく出来ない。心理的に盛り上げるのはいいです。その場合、文章のレベルが難しい。音楽の盛り上がりを文章的に表現する。そっか当たり前ですね。そのための鍛練ですからね。うっとりとさせる。カップルが抱き合ってキスをする。そんな感じでうっとり感を作り出すのは必要だし、うっとり以外にも疲れたサラリーマンがドリンクを飲みながら盛り上がる。母ちゃん今日一緒に子供でも作るか。そういう脱線もいいかもしれない。下品になるな。
最後のおばさんが実はスカウトだったところ。おばさんは最初から出ているのでまぁ意外でこれはうまくできたと思いますが、洋子の喜びと不安を書ききれるとよかったと思います。
的確な指摘有り難うございました。

渡辺沙羅
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偏差値45様

「洋子の不適格な指摘」。これは間違いですすいません。

青井水脈
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読ませていただきました。

>イパネマの娘はミドルテンポで南国の女性を象徴するような感じを出すのだが下手な演奏だと飽きてしまう。

なるほど。音階を外さないように上手に吹くだけではなく、聴衆に南国の女性、イパネマの娘を想わせるように演奏できるか腕を問われますね。

ラストはハッピーエンドでおしまいというより、これから続く長い物語の序章みたいでした。

渡辺沙羅
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青井水脈さま

そうですね。それは単にドレミが合っているだけではプロとは言えないようです。

ベートーヴェンはピアノの教師のころ音を間違えても怒らなかったがアレグロ、ディミニエンドなどの発想記号をとばして演奏する生徒にはカミナリを落としていたみたいです。

ラストはこれから苦労もあるんでしょうがそれは後の楽しみに取っておきました。今は短編ばかり書いています。
いずれ洋子の鍛練を書きますが寿にはしたくないですおしんみたいな感じで。おしんは寿でした。

ありがとうございました。

通りすがりのレビュー人
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路上演奏に慣れた日常の中で、スカウトが来る。
ある種のハッピーエンドのサクセスストーリーですが、これを淡々とした描写に終始して表現することが新鮮で、読んでいて面白かったです。淡々とした雰囲気と音楽用語が羅列されることで、周囲と隔絶した修行僧のような風格も出ていて、人物も魅力的でした。


おばさんのぶっきらぼうな口調も良いですね、キャラクターとしての魅力も当然ながらこんなおばさんいるよなぁ、と思わせるリアリティもあります。

渡辺沙羅
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通りすがりのレビュー人さま

これら登場人物たちはよく見ると類型的でありもう書き過ぎられた様にしてなりません。
短い文なので大体に書けてますが、主人公のこの後を書くとなると難しいようです。

u
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読みました
長編の序章のごく一部てな感じですww
本作では終わらない、終われないww

あたし音楽に関してはダメダメでして
イパネマの娘はタイトルこそ知ってんですが、メロディ浮かべへんていたらくです

あまりケレンミのない文は好感 主人公とおばちゃんのキャラもこれから展開できそうだし
やはり長編かなww

渡辺沙羅
114-134-212-157.fnnr.j-cnet.jp

はい、長編って何枚???

u
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300~500
短編連作とかもいいかも

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