作家でごはん!鍛練場
椎名

八月の線香花火

 オフィスの喫煙室で煙草を吸う。一息吸うと体から力が抜けリラックスする。窓の外には夜景が見える。ビルの窓の明かりがついていて、地上には車が幾台も走っていた。
 オフィスに戻り、仕事を片付けるとパソコンの画面を消し、鞄を持つ。会社のこの部署の部屋にはもう人はいなかった。
 会社の建物の外に出ると、冷たい風が吹いている。季節は冬だった。ふと幼馴染の立花京子の顔が浮かぶ。大きな目と小柄な体躯。高校のクラスでは目立つ存在ではなかったが、彼女のことを好きだった生徒もいたらしい。僕らは親が知り合いのせいもあって小さい頃から一緒に過ごしてきた。
 駅まで歩いていき、改札を抜け、ホームで電車を待つ。空から粉雪が降ってきた。東京では今年最初の雪だ。雪は線路の上に落ちていき、消えていく。
 僕は地元の風景を思い出す。遠くに広がる山、田んぼ、木造の家。あの頃はいつまでもこうした生活が続いていくと思っていた。僕は京子と付き合っていて、ずっと一緒にいると思っていたのだ。
 でも僕は高校を卒業すると東京の大学へ行った。京子は地元の大学に進み、遠距離恋愛になった。しばらくの間はそれでもうまくいっていたが、大学生の間に僕らは別れた。彼女は僕に寂しいと言った。寂しい、自分が孤独に感じる、自分の弱さが嫌になる。そんなことを電話越しに言っていた。
 結局僕らは別れてから連絡を取ることはなくなった。僕は実家に帰っても会う人がいなかったので、次第に実家に帰る頻度も減った。
 電車がやってくると、僕はそれに乗った。車内の席は埋まっていたので、手すりに掴まりながら立っていた。窓の外の景色が移り変わっていく。雪は相変わらず降っていた。車内は蛍光灯の明かりで明るかったが、僕にはなんだか暗く感じた。
 学生の頃より、ずっと一人でいる時間が増えた。京子と別れてから、僕には恋人がいた時もあったが、京子といるときのような楽しさを感じることはなかった。
 そういえば僕は年を取るにつれて、楽しさを感じなくなっている気がする。毎日は淡々と過ぎていく。心の中には鈍い寂しさが残っている。京子は当時どんな思いを抱いていたのだろう。僕には彼女の抱えていた感情がわかるような気もしたし、わからないような気もした。でも電車の窓の外の景色を眺めていると僕も寂しくなるのだ。今でも隣に京子がいたらと考えることがある。
 電車が家の最寄り駅に着くと、僕は降りた。エレベーターに人が乗っていく。この世界は常に移り変わっていくのだろう。

 夏休み、クーラーの効いた図書館の中で、僕らは向き合って受験勉強をしていた。僕の前の席に座る京子はずっと参考書の問題を解いていた。僕は問題を解きながら、時々辺りの風景を眺めた。窓の外には木々が生い茂っていて、蝉の鳴き声が聞こえる。
 僕は少しだけ、どきどきしていた。京子と一緒に過ごすのは昔からそうだったが、大人になっていく彼女を少しずつ異性として意識し、魅力に感じていた。
 しばらく勉強をしていると、彼女は僕の顔の前で手を振った。僕は席から立ち上がり、外に歩いて行った。図書館の外に出ると、夏の熱気を感じる。額に汗がにじむ。
「あー疲れた。ねえ、自動販売機で何か飲もうよ。喉渇いちゃった」
 僕らは自動販売機でコーラを二つ買った。図書館の外にあるベンチに座って、コーラを飲む。
「こんなに勉強したのは高校受験の時以来だね。あの頃もこうやって二人で勉強した気がする」と僕は言った。
「なんだか懐かしいよね。ねえ、あの頃と私って変わったと思う?」
 京子はじっと僕の目をのぞきこむように見ていた。
「大人になっていると思うよ」
 僕はそう言ったがどこか気恥ずかしかった。僕が彼女を異性として意識し始めたのは中学生の頃だった。京子は昔と変わらず僕に話しかけてきたが、僕は彼女の隣を歩いていても、ずっと心がどきどきしていた。それが恋と気づいた時、僕は葛藤した。このまま一緒にいてもいいのだろうかと考えた。
 でも結局僕らは付き合うことになった。僕の目の前にいるのは子供の頃の京子ではなく、大人になりつつある一人の女性だった。
「圭介はさ、東京に行くんでしょ?」
 京子はコーラを飲みながら、遠くの景色を見ていた。僕もコーラを飲んだ。炭酸と甘さを感じる。
「うん。東京の大学を受ける」
「どうして東京に行きたいの?」
 京子は少し寂しそうに言った。僕は頭の中でどうして東京に行きたいのか考えた。
「はっきりとした理由はないんだ。でも一度ここから離れて暮らしてみたい」
「そうなんだ」
 京子はじっと足元を見た。彼女の白いスニーカーが地面とこすれている。京子とは東京に行ったらなかなか会えなくなってしまう。
「でもさ、長期休みの時は毎回帰ってくるよ」
 僕はそう言って微笑んだ。
「そうね。そろそろ戻ろうか。ねえ勉強が終わったら夜に花火しようよ」
「いいよ」と僕は言った。
 僕らはコーラを飲み干してゴミ箱の中に捨てた。図書館の中に入ると、冷房が涼しく感じる。

 河原で僕らは買ってきた花火の袋を開けた。バケツで川の水を汲んだ。川はゆっくりと流れている。道の街灯の光にわずかに照らされている水面は暗かった。
「花火なんて去年観に行って以来だね」
 京子はそう言って花火を一本取り出した。そういえば僕らは去年、隣町の花火大会に行った。人がたくさんいたが、すごく近くで花火を見ることができた。その時の花火の光景が頭に浮かぶ。
「一年って結構早いよね」
 僕は去年、まだバスケ部に所属していた。毎日練習に行っていたことを思い出す。京子は美術部だった。
 京子は花火に火をつけた。火花が勢いよく辺りに飛び散る。彼女の顔が暗闇の中から浮き上がる。こうして二人でずっと一緒に過ごすこともなくなるのだろうか。僕らは日々成長し大人になっていく。来年はきっと東京にいて、休みの間しか帰ってこれないだろう。
「時々、圭介が東京に行くことを思うんだよね。やっぱり寂しいな。私たちってずっと一緒にいたじゃない。だからさ、私にとって一部のような気もするんだよね」
 彼女は花火が燃え尽きるとバケツの中にいれた。じゅっという音がした。
「でも、大学を卒業したら、また一緒にいれるんじゃないかな」と僕は言った。
 夜風は涼しかった。僕らはしんみりとした話をしながら、花火を一本一本燃やしていった。空には銀色の星と月が浮かんでいる。花火の火薬の匂いがやけに懐かしい気持ちにさせる。
 最後に残ったのは線香花火だった。
「ねえ、一緒に火をつけて、長く残った方が勝ちね」
 彼女はそう言って笑った。僕らはほぼ同時に火をつけた。小さな火花がぱらぱらという音を立てている。
「なんかさ、時々不安になるんだよね。私は一人で生きていけるのかってね。もちろん私はまだ高校生だけどさ。毎日は充実してるけど、時々寂しくなったり不安になったりするの」
 彼女はそう言って、僕の線香花火を見つめた。僕の線香花火の方が早く落ちた。彼女の線香花火はずいぶん長く残っていた。
「私の勝ちね」
 京子はそう言って笑った。過ぎていく日々。辺りの風景がやけに美しく感じた。遠くに広がる山々が僕らを包んでいるような気がした。きっとこうして過ごしている時間は貴重なものなのだろう。僕は将来のことを考えて胸が締め付けられるような気持ちになった。どうして夏はこんなに懐かしくて切ない気持ちになるのだろう。風が吹くたびに心地がよくて幸せを感じる。日々の生活は辛い時もあるけれど、僕は確かに今幸せだった。

八月の線香花火

執筆の狙い

作者 椎名
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大衆小説を意識して夏の物語を書いてみました。

コメント

ドリーム
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八月の線香花火、拝読させていただきました。

社会人になって,ときおりフーと思い出す時がありますね。
遠距離恋愛、私も経験した事がありますが難しいですね。
嫌いになったとか、そういう訳ではないのですが、どうしても日常生活が優先します。
そうなると自然と疎遠になるのも仕方がない事でしょうか。
悲しくもあり、良き青春時代。とても爽やかな作品に仕上がっていると思います。

大丘 忍
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読みました。私には70年も昔の話になりますが、心に響きました。大学ともなればよほどのことがない限り同じ大学にとはいきませんからね。私には経験のないことですが、その寂しい気持ちは私のような年寄りでも想像することはできます。

椎名
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ドリームさん

爽やかな作品ということでありがとうございます。青春時代の思い出を回想するという物語にしてみました。

大丘 忍さん

寂しいという感情をテーマに書いてみました。若い時は寂しさや思い悩むことも多いのかなと思いました。

夜の雨
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「八月の線香花火」読みました。

世界観が広がる作品でなかなか結構でした。
ただ導入部とラストが結びつきませんが。
導入部は主人公の圭介が東京にいてオフィスから帰るところが描かれています。
会社を出て、粉雪が降る街から駅まで歩いていき、改札を抜け、ホームで電車を待つ。
そこから故郷で付き合っていた京子という高校生のときの彼女との想い出がよみがえるわけです。
ラストは、想い出のなかで終わってしまっているような展開です。

構成的には導入部が現在から始まって想い出を語るのであれば、ラストは現在に戻る必要があります。
ラストで現在に戻ると、「想い出の意味が見えてくる」と思うのですが、御作は想い出に浸ったままです。

ラストは下記のようになっています。

>どうして夏はこんなに懐かしくて切ない気持ちになるのだろう。 ← 過去を思い出している。

>風が吹くたびに心地がよくて幸せを感じる。  ← この文章は「過去」のことですか? それとも、「現在」のことですか? どちらかわかりにくい。たぶん現在だと思うが、それでは、「現在、何が主人公を幸せな気持ちにしているのか」を説明か、エピソードで描く必要がある。

>日々の生活は辛い時もあるけれど、僕は確かに今幸せだった。 ←これは、現在で想い出の結果、現在は幸せで締めくくっています。

過去の京子との想い出は瑞々しく描かれていますが、現在は東京のオフィス街で働いていて「何が主人公を幸せだと思わせているのか」そこのところを描く必要があるのではないかと思いました。

作品全体では味わい深くよかったです。

椎名
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夜の雨さん

ラストは高校生の頃を描いたものになってます。最後も高校生の頃の心理描写です。現在については、帰り道にふと過去を思い出すのみにしています。

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