作家でごはん!鍛練場

ちいさな船

物心がついた時ころには、すでに小さな船の上で生活していた。辺りには果てしない海が広がっている。私が言葉を覚えた頃、お父さんとお母さんは、たまたま側を通りがかったキラキラと装飾がたくさんついた見るからに豪華で大きな船に自分たちの船を捨てて乗りこむと、私を置いてそのままどこかに行ってしまった。

「おとうさーーん!!おかあさあぁーーん!!!」

私は必死にお父さんとお母さんの名前を叫んだけれど、大きな船からは、なにやら楽しげな音楽が鳴り響いていて、私の声はあっけなくかき消されてしまう。それから、大きな船の後を必死に追いかけたが、私の小さな船ではスピードがまだのろのろと遅くてあっという間に距離が開いてしまった。楽しげな音楽がだんだん小さくなっていって消えた。周りには、さっきまでお父さんとお母さんが乗っていた、一つのちいさな船が浮いていた。

私はその船がどこかに流されてしまわないように、自分の船にくくりつけ、途方にくれてしまった。急な出来事と、あまりの心細さに呆然とする。すると、大粒の涙がポタポタ落ちたかと思うと、やがて、いっきにあふれてきて大きな声でわんわん泣いた。そして、日が暮れる頃、ぐうぅ〜とお腹がなったけれど、その日はなにも食べずに寝てしまった。翌朝、まぶしい光によって目を覚ますと、青空が視界に飛び込んできた。波も穏やかだ。私はひとまず魚をとることにした。

幸いなことに、両親は魚のとりかたや、嵐が来たときの過ごし方など、船の上で生きていくのに必要最低限のことは教えてくれていた。数冊の本とともに、文字の読み方や、火を起こすのに必要な道具もくれていた。

そうして、たくさんの月日が流れ、ようやくひとりで過ごす生活に慣れてきたころ。私はこの海の世界というものを、少しだけわかりはじめていた。

海に漂っていると、たまにほかの人に遭遇することがあったからだ。そのほとんどは、私と同じように、自分の船に乗っていて、私と同じように、たったひとりでこの広い海を漂っていた。

そういう人たちと出会うと、私は嬉しくなって声をかけた。だけど、その反応はまちまちで、大声で叫ぶ私に気付いて好意的に手を降ったり、あいさつをして向こうからも近づいてきてくれることもあれば、なにか怯えたように逃げてしまう人、一瞬だけ嫌な顔をして、無視をする人もいた。そういう人は、私に気付くと颯爽と船の向きを変えて、どこか違う方へ行ってしまうのだった。



ある時、私はジョンという名の男の子と仲良くなった。ジョンは気弱そうな、身体の細い、まだどこか幼さを残した若者であったが、しっかりとしていて、知性的でそのうえ博識だった。歳は、私と同じくらいのように思われたが、正確な年齢というのはわからない。というのも、私は自分の誕生日を知らないからだ。ジョンも知らなかった。ただ、本のなかで、生まれた日を誕生日と呼び、その日には一歳、歳をとるという文化があることだけは知っていた。きっとそれでいうと、私とジョンは同じくらいの年齢なのだと思う。ジョンは自分の知っていることを教えてくれた。生まれた時には、すでに海にいて、今乗っているちいさな船に乗っていたこと。ジョンは生まれた時にはすでにお父さんとお母さんはいなかったらしい。代わりにおじいさんがいて、そのおじいさんから色々なことを教わったという。だけど、ある時大きな嵐に見舞われて、その時にはぐれてしまったのだそうだ。それからは、おじいさんを探しながら、この海をひとりで漂ってたところ、偶然私と出会ったという経緯だった。

私はジョンに自分のことも包み隠さず話すことにした。といっても私の知ってることはジョンに比べたらとても少ないので、フェアにはならないような気もするのだが。私はジョンと同じように、生まれた時から海の上にいたことや、その頃からずっとこの船に乗っていること。そして、お父さんとあ母さんがある日、大きな船に乗ってどこかに行ってしまったことを話した。

すると、ジョンは困惑の表情をにじませて言った。

「ボク、その船のうわさを聞いたことがあるよ」

「うわさ?」

「そう、君のお父さんとお母さんが乗って行ったっていう。その船は、きっとトイトニック号だよ」

「トイトニック号?」私はばかみたいに相手の言葉をくり返した。

「トイトニック号というのは、この海のなかで有名な船なんだ。じいじから聞いたことがある。大きくて豪華な船で、その船は音楽隊や一流のシェフも雇ってるって。設備も整っていて、その船に移れば、ひとり一部屋もらえるらしい。毎日3食付きで、夜は3日おきにごちそうが振る舞われて、パーティーをするんだって」

「へえ、ずいぶん、いい暮らしなのね。こんな小さな船じゃありえないことだわ。じゃあ、私が、あの日見たのは、そのパーティー真っ最中のトイトニック号だった可能性が高いってことね」

「おそらくね。その船は、基本的には自分から望めば誰でも移り住めるらしいよ。条件はまず自分の船を捨てること、一度乗ったら降りてはいけないこと、そして、船長のいうことは絶対、この三つだって」

ジョンの話が本当で、もしあの日の船がトイトニック号で間違いないのだとすれば、もうお父さんとお母さんは、戻ってくることはないだろう。私は、自分の船の後ろにくくりつけたもう一つの船を見つめがらそんなことを考えた。なぜ、あの日、両親がほとんど反射的に、あの船に飛び移るようにして行ってしまったのか。そのことについて、私は長い間ずっと疑問だったが、お父さんとお母さんは、きっとトイトニック号のことを知っていたのだろう。そして、その機会がくることをずっと願っていたのかもしれない。もし、その船が通ったら、真っ先に飛び移ろうってことを、事前に話し合っていたということもありえる。なぜなら、そう考えるとあの光景に説明がつくからだ。聞くところによると、どうやらいい暮らしのようだし、きっと両親はそんな生活に憧れていたのかもしれない。

「ねえ、君はこれからどうするつもり?」遠慮がちにジョンが聞いた。

「別にどうもしない」

「どうもって、えっ、ここはご両親を助けに、トイトニック号を探し出す旅にくりだす流れじゃないの?」

「ださないわよ。どんな旅よそれ。そもそも、すでに海にいるのよ。これ自体が旅みたいなもんよ。だいたい、こんな広い海、探そうたってそう簡単じゃないわ。それにトイトニック号ってのは一度乗ったら降りられないんでしょ?」

「ま、まあ、そうらしいけど」

「じゃあ、そんなもん、無理ね」

私はゴロンと船の上に横になった。なんだか、ばからしくなってきた。数々の苦労を思い出して、やってらんないといった感じである。

「乗りたいなら、トイトニック号だかなんだか知らないけど、乗ったらいいじゃない。私だって、そんな楽な生活送れるんなら、乗るかもね」

「君ってば、冷めてる。というか、すっかりひねくれ者だ」

「ジョン、そんな言い方ってないわ。それに、私はもとからこんな性格よ。自分の力が及ばないことについて悩んだって、仕方のないことだわ。それに、もうずっとこんなサバイルな生活をしてるのよ。このくらいこざっぱりしてなきゃ生きてけないわ」

「それもそうだね」

ジョンはもうなにも言ってこなかった。あの日、両親はまだ小さかった私を連れていくことだってできたはずなのにそうはせずに置いていった。私が邪魔だったからだろうか?それとも、自分の人生は自分で生きなさいってこと?親といっても、私ではない人間という意味では他人だ。それに、親もひとりの人間だ。自分の人生は、自分で選んでいくもの。その選択肢を奪う権利は、たとえ親でもこの世の誰にもない。だから、置いて行ったのだろうと私は推測した。親なりの配慮だったのかもしれない。私は、身体をゆっくり起こした。

「大事なのは、そんなことじゃない。私、長いこと一人で海で生きてみて、生きてくのに必要なものって、実はそんなに多くのものは必要ないってわかったの。魚はよく取れるし、生活に必要なものは、もうわりかしそろってる。ランプに毛布、冷凍庫。たまに商人の船が通るでしょ?その時にほとんど調達したわ」

「へえ、さすが、海で生き残ってるだけあるね。なんだか君のことが頼もしく思えてきたよ。僕はどちらかというと、じいじから色々なことを教わって、その教えをアテにして生きてきたんだけど、君は自分の感覚が指針になってるみたい」

「そうかもしれないわね。それに真珠だってたくさんとってきたわ。これね、高く売れるのよ。でも、綺麗だから、たくさん集めてネックレスにでもするつもりなの」

「へえ、そうだ!ねえ、そういうのが好きなら、今度ミナトの街船に行こうよ」

「ミナトの街船?」

「そう、本で読んだことない?陸には街があって、そこにはレストランとか、洋服屋さんとかいろんなお店があって、買い物したり、食事したりできるって。そういったサービスを提供してる街のような船が海にもあるんだ」

「へえ、海にもそんな場所があるのね。行ってみたいわ!」

こうして私とジョンは、ミナトの街船にいくことになった。ジョンはコンパスをもっていて、ざっくりとではあるが方向が掴めるらしい。途中でジョンとはいろんな話をしつつ、夜にはワインを一緒に飲んで、お気に入りの本を交換して読み、その感想を話したりもした。ジョンが海のことについて、そしてこの海社会について教えてくれる代わりに、私はジョンに魚のとりかたを教えたり、高く買い取ってくれる商人の見分けかたなんかも教えた。夜は満点の星空を二人それぞれの船を真横に止めたまま、寝転んで一緒に見上げるようなロマンチックな夜もあれば、時には酔っ払って、でたらめに歌を歌って楽しく過ごす時もあった。私たちは、すっかり仲良くなっていた。

何日かそうして海を渡っていると、ジョンの案内もあって、私たちは思っていたよりもすんなりとミナトの街船に到着することができた。というより、思いのほか、誰かと一緒にする旅は面白いということが私には何よりも嬉しいことのように思えた。



続く

ちいさな船

執筆の狙い

作者
p6e4334a3.chibnt01.ap.so-net.ne.jp

長いので、区切りのいいところまでになりますが、
違和感があったところなど教えていただきたいです。

よろしくお願いします。

コメント

通りすがり
W182203.ppp.dion.ne.jp

はじめまして、通りすがりの者です。

一定の地力の高さは感じさせつつも、全体的な文章の流れについては今ひとつに、感じました。
作者の中で表現したいことが明確な部分については自信を持って書かれているが、そうでないところはやや雑に急足になっているような印象を受けました。
コンパスを持っているからざっくりと方向がつかめるらしいという一言は、それこそあまりにざっくりな説明過ぎるのでいっそないほうがよいかと。
作者の思い描く世界観が読み手に伝わるように、描写すべき情報の取捨選択とその中身の熱量の舵取りを意識されるともっと読み応えのある作品になるのではないかと思いました。
以上です。
読み進めることがとても楽しかったです。ありがとうございました。

p6e4334a3.chibnt01.ap.so-net.ne.jp

>通りすがりさん

はじめまして、読んでいただきありがとうございます。
また、感想ありがとうございます。参考にさせていただきます。
ご指摘の通り、『すべき情報の取捨選択とその中身の熱量の舵取りを意識する』
これに尽きると思いました。

もっと丁寧に、書くべきところの見直しと、雑な部分の修正をしていこうと思います。
ありがとうございます。

夜の雨
ai209088.d.west.v6connect.net

「ちいさな船」読みました。

なんとも不思議な話ですね小さな船で女の子が一人で生活している、そして同じような境遇の男の子と知り合い小さな船同士で旅をする、というような話です。
ちょっとした冒険物です。
いや、大きな冒険物かもしれないですね。
現状、御作で起きている出来事はちいさな船で旅をしているだけなので「ちょっとした冒険物」と書きましたが、これから遭遇するエピソードにより「大きな冒険物」になるのかもしれません。

気が付いた点ですが。
主人公が乗っている「小さな船」ですが、具体的に描写なり説明をして読み手にイメージ出来るようにしたほうがよいですね。
「生活」が出来るような設定になっているようなので、そのあたりをエピソードで書くと話に説得力が出てくると思います。

>「死の漂流冒険」 世界四大漂流奇談 寒川光太郎 偕成社

>「海ふかく」 ウィリアム・ホープ・ホジスン 国書刊行会

上の小説は海を舞台にした冒険物です。昔読んだことがあるのですが、かなり面白かったです。
図書館などで借りると読めます。

それでは頑張ってください。

p6e4334a3.chibnt01.ap.so-net.ne.jp

>夜の雨さん


読んでいただき、ありがとうございます。
この後の展開によっては、もしかすると大きな冒険になるかもしれませんね。


船の描写、それから船での生活に関するエピソードも取り入れてみようと思います。
貴重なアドバイスありがとうございます。
それから、ご紹介いただいた本も読んでみますね。

ありがとうございます!

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