作家でごはん!鍛練場
のべたん。

ヒトノエ

 数日前から続く喉の違和感をイソジンで緩和しながら過ごしていたが、今日朝起きて歯を磨いていると、ブラシの先端が硬質のものに触れた。薄暗い洗面台の鏡で、口の端に指を引っかけ、んあ、と言って中を覗くと、白いダンゴムシに似た生き物が、ちらと見えた。
 慌てて口を抑え、胃から逆流する昨日のクリームシチューで膨らんだ口腔のままトイレに駆け込み、便器に向かって勢いよく吐瀉したが、黄ばんだ白いげろに混じるのは、赤く細かいにんじんや、粒々したブロッコリーの緑の部分だけで、げろに手を突っ込み、白いダンゴムシを必死に探したが、見つけることは出来なかった。
 貧血に似た、意識のふらつきを感じて便座にしがみつく。一度口中の異物を意識し出すと他は何も考えられず、溜まった唾液を飲み込むことすら恐ろしく感じられた。あれはいったいなんなのだ。なぜどうして、わたしの口の中になどいるのか、死ぬのか私は。そんなことをぐるぐる考えた。
 やがてゆっくり身体を起こしてトイレから出たわたしは、まずはスマホで『口のなか ダンゴムシ』と打って検索した。すると出てきたのは魚の口のなかで暮らす白い扁平な虫の画像であった。その虫は『ウオノエ』と呼ばれる寄生虫であり、体は白く扁平ではあるが、陸にいるダンゴムシと姿形がよく似ていた。主に魚の舌に張り付き、尖った鉤状の爪を舌の血管に挿し込んで、血を吸いながら成長し、最終的には宿主の舌を腐らせ、自らが舌のように振る舞うという。読みながらそのおぞましい生態に、再び吐き気を催した。
 洗面台の鏡の前で、再度口を開けてみる。奥歯のあたり、赤い舌のうえに白いウオノエがひょこ、と頭部を覗かせていた。二本の触覚を上下左右に動かしながら、外部の様子を探っているようだったが、私が何も手を出さないので警戒心が薄れたのか、無数の脚をわしゃわしゃと律動させて前進し、舌の半分ほどの位置まで来ると動きを止めた。 
 わたしはそいつに焦点を合わせながら、洗面台の縁に置かれた剃刀へ、ゆっくり手を伸ばしていった。先端に刃のついたスティックタイプの剃刀で、主に眉剃りに使用するやつだ。
 虫はまだ動かない。剃刀の柄を握りしめ、大きく開けた口の中にそっと入れて、白い虫の後端あたりの位置まで持っていき、躊躇せず一気に引き抜いた。瞬間冷え、そのあとぱっと痛みの花が開き、清潔な流し台に赤い斑点が飛び散った。口のなかは恐ろしくて見る気にもなれなかったが、明太子を縦に割いたイメージが頭に浮かんだ。
 バイトは無断欠勤することにして、氷をコンビニ袋に入れたものを舌にあてて冷やしていた。スマホで歯医者の予約を午後イチで取った。

 地下鉄を降りて明るい地上に出た。目前に聳えるビルの四階にクリニックがあることを、外壁のテナント案内板で知る。エレベーターで四階まで上がるとすぐにクリニックの受付で、重いガラス扉を開けると、瞬間的に薬剤臭が鼻に触れた。受付で問診票を書いて渡し、ピンクのソファに腰を下ろして流れるアリアに耳をすませていると名前を呼ばれた。
「あらら、真っ赤だ」歯科医の白いライトが目に眩しかった。私はスマホで検索したウオノエの画像を見せ、口のなかを指さした。
「ウオノエ? 口のなかに、まさか」はじめ歯科医は疑っていたが、ゴム手越しの指で口腔をしばらく弄っていると、
「うわっ、本当にいる!」
「とり敢えず取ってみよう」歯科医は鉗子を差し入れた。しかし虫が上手く逃げ回るのか、滅多矢鱈に口のなかを掻き回され、奥歯に当たり、扁桃腺あたりの肉が挟まれ、そのままぶちと千切れた。痛みで気が動転し、壊れた玩具のように暴れたが、体格のよい歯科助手に両肩を強く押さえ付けられていたため逃れることが出来なかった。
「あ、ああああががああああがつあ」
「もうすこし、もうすこし」
「があああああつあがが!」歯医者の腹を力一杯蹴り飛ばすと、歯科医は崩れ、銀色のトレイやピンセット、探針等が金属製の音を立てて床に散らばった。
「麻酔を打ちましょう、先生」薄ピンクの服を着た歯科助手が、優しく歯科医に耳打ちした。
「そうだね打とうか、麻酔」歯科医は言うと、助手に麻酔を持ってこさせ、慣れた手付きで舌に注射した。痺れたようで痛みはなかったが、やっと掴んだ虫を鉗子で引っ張るたびに、舌の根元がぶちぶち鳴った。
 結局虫を引き剥がすことは出来なかった。口に溜まった液体を、備え付けの丸くてちいさな流し台に吐き出すと、血と一緒にピンクの肉片がいくつか出て、そのまま渦をまいて排水口に流れていった。
「だめだ。口腔外科に行ったほうがいい」急に飽きた口調でつまらなさそうに歯科医は言った。
「はらひれふろはれ」麻酔が効いて言葉が効かなかった。神経が麻痺して口の開閉もままならず、だらだらと血が垂れ流しになるため、包帯で顎を固定するように、頭頂部を起点として口のあたりををぐるぐる巻きにされた。鏡を見ると、口の周りに赤い染みができていた。
 受付で四千円支払い痛み止を貰い、その足で県立病院へ。コロナの影響なのか病院は盛況で、三分に一度の割合で担架で運ばれる病人は皆人工呼吸器をつけていた。口腔外科はそれほど混んでなく、まずまずのところで診察室に通された。包帯を外して口腔を見せると、医師から歯科医の処置の悪さを指摘され、損害賠償請求云々の話をされたあと、口腔にウオノエが寄生するのは前例なく、是非とも学会で発表したい、手術費および入院費用は全額負担するので、口腔寄生虫の摘出および術後しばらくの経過観察の許可が欲しいとの申し出を受ける。どうでもいいので書面にサインし即刻手術の運びとなった。麻酔は既に効いていたので、そのまま手術台のうえに仰向けになり、手術着姿の医師に、寝てていいよと言われたので、目を閉じ神に祈った。
 結果舌の約八割を切除し、アからナ行と母音がaの言葉と濁点および半濁点のつくものが言えなくなり、当然味覚も喪ったが、リハビリ次第でタ行は戻ってくるかもしれないと、若いリハビリ医に励まされた。
 ウオノエが張りついた原因はわからなかったが、数ヶ月前に食べたホタテの刺身に寄生虫の幼生が潜んでいた、ということにして落ち着いた。
 術後病室で臥していると執刀医が来て、草案段階の論文を見せてくれた。そこには私の舌に張り付いていた巨大な寄生虫のカラー写真が添付され、名前は伏せられていたが、私の年齢性別が表記されていた。

『ヒトノエ』として、近々学会で発表されるそうだ。


 

ヒトノエ

執筆の狙い

作者 のべたん。
210-238-52-145.ppp.bbiq.jp

※グロテスクな描写があります。苦手な方は注意してください。

お世話になってます。
ホラーに挑戦してみました。良かったところ、悪かったところ、教えていだければ嬉しく思います。
よろしくお願いします。

コメント

太郎
M014009196000.v4.enabler.ne.jp

寄生虫を出した描写だけの作品ですが
描写としては悪くなかったです
ただ公募に出すならもっと捻らないとダメですね
読書
推敲30回で
公募にチャレンジしてみて下さい

ブロンコ(にゅーたいや
KD111239125043.au-net.ne.jp

子どもが読むならホラーとしてはズレてるし物足りないはずだし、そのくせ大人が読むにはものすごく子どもっぽい部分でのホラー感っていうんですかね、ウオノエとうものが実在するものでタイトルにある通りのことをアイデアとした世界のつもりなら、ほとんどアイデアとして振り絞ったものはないに等しいおハナシに留まってるだけのような気がするのはあたしだけですかね。


書き手曰く、どの部分をして“ホラー”と、あるいは“グロテスク”と高を括ったものなのか、一読者として共感を思いつかされるにはかなり低いレベルの創作に留まっている気がします。


リアルとフィクションの棲み分けが曖昧の如く無意味に散らかっている気がするし、余計な情報はあってもアイデアの気配がないから書き手は気付いていないかもしれないけれど、なんだか世界が終始足踏みしてるみたいなんですよ、おハナシとしての価値を生む以前のただの一点のみで。


何を“ホラー”と、あるいは“グロテスク”と感じるのか、いちいち読むものとしてそれを想像したがるものなのか、そんな創作的意欲において、ものすごくものぐさっぽい印象を受けます。

のべたん。
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太郎 さん

推敲は大事ですよね。
公募、ですか… 検討します。

ありがとうございました。

のべたん。
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ブロンコ さん

感想ありがとうございます。
グロテスクな描写があります云々と先に明記したのは、自己申告なので本当かどうかは分かりませんが、稀に学生も投稿しているを見かけたためです。
これがグロテスクな描写だぞ!みんな気を付けろよ!という自信からではありません。
これはホラーと言えるのか、と誰かに問われたら、どちらかといえばホラー寄りではないでしょうかと答えるとは思いますが、恐いか恐くないかで聞かれたら、恐くはないよねと答えます。
内容はウオノエが口に寄生して、手術して取った。というそれだけのものなので、アイディアなしという指摘は正しいものです。

そうげん
119-231-167-60f1.shg1.eonet.ne.jp

ホラーとかグロテスクという表記がよかったかどうかはわかりません。ヒトノエの動き回るシーンを想像するに、わたしは映画『エイリアン』をはじめて観たときの印象に近いものを感じました。あれ、口の中にさらに小さな歯のついた口が出てくるじゃないですか。あのシーンに直面したときのぞくぞくっとする感覚が近いかなと思いました。だとすると、現実にはまずないだろうけれど、気持ち悪さ、おぞましさを感じさせる恐れがありますよといった感じで、PG12とかそういう方向の規制に近いかなと思いました。ウオノエは宿主の舌を再起不能にしたあと、自身がそれにとって代わるんですか。けっこう恐いですね。でもヒトノエにそこまでの芸当はできるんだろうか。展開が小さめの規模に留まってる気がしました。もっと弾けてもよかったかなと思いました。ヒトノエは実は人が知らないうちに、人間社会には広く分布するようになっていて、脳にまで入り込んで、純粋な人間はもう全体の2割くらいしかいなくて、ほかの8割はヒトノエが身体を乗っ取ってしまっていることを人類はまだ知らずにいたみたいなのも、いいかななんて。でもそれだったら、漫画『寄生獣』でもやってることですよね。料理次第ではちがった雰囲気を帯びた作品に仕立てられそうです。それでは失礼いたします。 

のべたん。
sp49-104-44-14.msf.spmode.ne.jp

そうげん さん

感想ありがとうございます。
エイリアン、言われてみれば似てるかもしれません。
物語は寄生虫が中心ではなく、寄生虫を取り巻く周りの状況で、
主人公の心境も最後まで特に変化なく、ただ流されるような感じなので、面白味に欠けるものになってしまいました。

ボツ案としては、相手にキスしてウオノエをうつす、とか。考えたりしてました。

ありがとうございました。

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