作家でごはん!鍛練場
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カエルの背中のごときもの

「ピパピパ」というカエルを知っているだろうか。僕はこのカエルこそが地球上の生物の中でもっともグロテスクな種だと思っている。
 ピパピパは別名コモリガエルとも呼ばれており、この命名の由来はピパピパの奇妙な生態にある。ピパピパのメスは産卵前になると背中の皮膚がスポンジのように柔らかくなり、肥厚するのだ。交尾の際オスとメスは水中で抱接しながら後方に何度も宙返りし、背泳ぎの状態になったとき産卵した卵をオスの腹部で受け止め受精させ、回転が終了したときに受精卵をメスの背中へと埋め込む。びっしりと卵が埋め込まれた背中の見た目はいかにもグロテスクで、見る者のを強烈に刺激するものだ。しかしそれだけではない。埋め込まれた卵は背中の中に埋まったまま孵化し、産まれてきたカエルたちは幼体の間もそこにとどまり、成長しつづける。たった一つの肉体にいくつもの命が埋め込まれ蠢いている様は、いかにも混沌としていて、命そのものが宿す根源的な「醜さ」を象徴しているかのようだ。少なくとも僕の目にはそう映る。幼少のころの僕は生物図鑑を見るのが好きで、中でも特に目を引いたのがこのピパピパだった。僕はそれを醜いと思っているはずなのにどうしてかいつも見入ってしまう。そしてそのたび皮膚を裂き肉を抉り、内臓そのものの臭いを直に嗅いでいるかのような奇怪な感覚を味わうのだ。次第に自分の内臓もまたムッと臭ってくるのを感じ、時には嘔気すらもよおした。
 もっともピパピパの背中は僕にとって現実のものではなかった。それは図鑑の一ページ、もしくはネットの画像検索上の存在でしかなく日常生活の中で遭遇するというのはまずありえないことだった。
 そう、あの日までは……。

 ある日の休日のこと、僕は狂都大学附属病院の産婦人科を訪ねた。目的は入院している妻、優果のお見舞いだった。
「あら、また来られたのですね、小森悟さん」
 病棟の廊下を歩いていると優果の主治医と出会った。上背が高く彫りが深く、全体的に物腰の柔らかな、知的な印象を感じさせる方だ。僕も優果もこの先生のことは大いに尊敬している。
「はい。どうしても容態が気になってしまって……」
「あのようなことになってしまえば、致し方ありませんね。ついてきてください。病室までご案内します」
 主治医は親切に優果のいる病室まで僕を案内してくれた。部屋の前に立ったかれは小刻みにノックをしたが、返事は返ってこない。
「どうやら、眠っているようですね」
「真っ昼間なのにまだ眠っているんですか?」
「最近は昼も夜も関係ありません。一日の大半を眠って過ごしています。まあ、詳しい説明はまた後ほど……」
 そう言うと先生は扉を開け、丁重な物腰で僕に先に入るようすすめた。僕は恐縮しながらもそれに従い中へと入った。ブラインドが閉め切られた部屋はひどく薄暗く、その上腐敗臭に似た酸っぱい臭いが充満している。僕は辟易しながらも中へと進み妻、優果と対面した。
「また、少し膨らみました?」
「ええ、その通りです。直に産気づくかもしれません」
 優果は寝台の上で仰向けになり、膨らんだお腹の両側に手を添えながら穏やかな寝息を立てている。このお腹の膨らみというのが異常なのだ。妊婦なのだから体型不相応に腹が膨らむのは当然なのだが、それにしても優果の場合は程度がはなはだしい。腹部以外のあらゆる身体の部位を集積しても、膨らんだ腹一つに容積で劣るだろう。まるで腹部のために他の部位が存在するかのような異常な膨張だった。しかもその分中に入っている胎児の数も異様だ。過剰な膨張により妻の腹の皮膚は極度に薄いものとなっており、その中身が透けて見えている。半透明の皮膚の向こうには、へその緒で繋がれた計十人の胎児たちが羊水に浮かんでいるのだ。胎児らは粘土細工の人形のように輪郭が未発達であり、全体として起伏に乏しい。それでもたしかにかれらは生きている。人間の形に近づきつつある。今ここで見ていても胎児たちはしばしばかすかな動きを見せる。羊水に浸かりながらも窮屈そうに手足をばたつかせ、首を上げ、泣きわめく練習をしているかのようにのけぞることもある。その光景は僕にとってピパピパの背中のグロテスクを連想させるものだ。生命が時に見せる混沌とした醜悪が肉々しい存在感をたたえ体現されている。
「またお腹が膨らみ、その分食欲も以前より更に増しました。今奥さんは一日二十時間もの間眠りに就いていますが、起きてる残りの四時間は飲食に費やされます。まるでリスのように絶えずもごもごと咀嚼をつづけ、目の前に食料がないと赤子のように泣きじゃくり、私たちに催促をします。排泄のコントロールもできなくなっており、寝ている間に排泄することがたびたびあったため今ではオムツをつねにつけています」
「そうですか……」
 先生の言うことは本当なのだろう。病室の壁にはガムテープで大きなゴミ袋が貼り付けられており、その中には即席めんやパックのご飯、天然水のペットボトルのカラがうずたかく積まれている。この食品パッケージの安っぽく派手な色彩の集積にどれほどの蝿の卵が潜んでいるのだろう、それを思うと舌の上にかすかな酸味が滲んだような気がした。以前の優果は小食だったはずなのだが、ゴミ一つ見ても異常な食事量だ。そのくせ優果はほとんど太っていない。たしかに妊娠前より少し肉がついたが、顔立ちなど依然として整ったままだ。むしろ肌の色艶など妊娠前より更によくなった気がする。やはり優果が摂取する大量の栄養分はことごとく胎児たちの生育に使われているのだろう。優果の腹からは胎盤も見えたがこれもまた尋常ではなく肥厚しており、これならば十人の胎児の栄養補給にも耐えられるだろうと感じさせるものだ。
「あの、一つお尋ねしてもいいですか? どうして妻にだけこんなことが起きているんです? 出産さえ済んでしまえば一日八時間眠れば十分で、小食でオムツも必要ない、元のままの妻が帰ってくるのですか?」
「申し訳ないのですが、私たちにもはっきりとしたことは何も言えません。何せこのような症状、世界でも類を見ないものなのです」
「じゃあ、わかることは何一つないのですか?」
「いや……実証はできずとも仮説を立てることはできます。思うに、奥さんに起こっている事態とは一種の突然変異なのではないかと……」
「突然変異?」
「ええ。一度に十人もの子を腹に宿し、肉体にも生活習慣にもそれに合わせた適応が起こっている。遺伝子そのものに特殊な変化が起きているとしか考えられません」
「たしかにそうでも考えないと、納得はいきませんね。でも、どうしてよりによって妻の体に?」
「私たちにもそれはわかりかねます。まあ突然変異というやつは、生物の、生き延びたいという意志の結晶のようなものですからねえ」
「生き延びたいという意志、ですか」
「ええ。脆くか弱い生命が環境に適応し、種を保存するには突然変異により獲得される多様性が必要不可欠だったんです。そうでなくては、自然界の苛酷な淘汰圧を乗り越えることなどできない。生物である以上、避けられない宿命なんですよ。より繁殖に有利な形質を求めての計画された偶然、突然変異というのは……」

 その後、まもなくして僕は病室を出て自宅へと帰った。本当なら久々に優果と会話をしたかったが、一日の大半を眠って過ごし、起きてる時間も不定期なのではもう仕方がない。また次の機会をうかがうしかないだろう。
 僕たちの住む部屋は郊外のマンションの一室である。部屋に帰ってきた僕はすぐにインスタントラーメンを作りはじめた。ひどい空腹を感じていたのだ。しかし、できあがったそれはひどく味気なくって麺をすするのが苦痛ですらあった。インスタントラーメンなど、味の変わりようがないはずだというのに。きっと隣に優果がいればまた違うだろう。一人で食べるがゆえの味気のなさなのだ。
「いったいこれから先、どうなってしまうんだろうなあ」
 貧しい気分で僕は一人呟いた。この言葉は近頃の僕にとってもはや口癖に等しい。数ヶ月前、僕たちが同棲していたアパートの一室はもっと狭く粗末なものだった。子どもが産まれるのでは広さが足りないということで、より広く、防犯設備も行き届いているこのマンションへと引っ越してきたのだ。しかし一度に十人もの子が産まれるのでは、奮発して借りたこの部屋もとても広さが足りない。また、十人の赤子が一斉に夜泣きでも始めたらその騒がしさは破滅的なものとなるだろう。二世帯住宅にでも住み、ベビーシッターでもたくさん雇わないととても暮らしていけまい。もちろんそんな貯金はどこにもない。
 本来ならばこういった問題こそ夫婦で話し合う必要があるのだ。しかし今の妻は一日四時間しか起きておらず、その間も十人の胎児を養うための激甚な食欲の魔に憑依されている。こんな難しい話題を十分に話し合うことは困難だろう。痛切な孤独が頭をもたげ僕を苛む。他のことを考えたかった。しばしの間この問題から目を背け心を休めたかった。
 僕が選択したのは深夜の散歩だった。僕には心落ち着かぬ時散歩をして気を和らげる習慣がある。この時もそれに頼ってみようと思ったのだ。僕は財布と携帯だけポケットに入れて外へと出た。
 真夜中の町は昼間とはまた違った表情を見せる。宵闇のカーテンに、人通りの少なさに心地よい夜風。真夜中の散歩には独特の解放感が付属した。足取りは軽く、歩いているうちに夾雑物でいっぱいだった心の負荷もマシなものとなっていく。
 僕はつい調子に乗って、マンションの近くにある小山の道を登ろうとした。この道はよく整備された、町内でも人気のウォーキングコースであり日頃からよく歩いている道だった。
 小山はまた一つの神社でもある。頂上のあたりに本殿があり、他にもさまざまなところに小さな祠や石造りの鳥居が置かれている。この時の僕はそのうちの一つ、麓の入口に設置されている大きな鳥居をくぐって山の中へと入った。その時大きな風が吹き、小山の木々が一斉にざわめきを響かせた。麓から見ると風に揺れる木々の蝟集は一つの旗のようにも見える。
 石畳の道を抜け、石段を昇っていると途中、ウォーキングコースへの分かれ道がある。僕は迷うことなくそちらの方へ進んだ。歩きなれた山道もまた、夜の闇の中ではまた違った表情を持っている。そもそも町の中と比べ光源がずっと少ない。山の闇は町の闇と比べずっと厚く深いものだ。山道にも一応は電灯が設置されているものの、それでも場所によっては山の闇の深さは窒息的なものとなる。
 山道を進むにつれ変化が起きた。方向感覚が失われていくのだ。歩きなれたはずの道が毛細血管のような、複雑な迷路のごときものに様変わりする。胸の中でじわじわと、恐怖の水嵩が高まっていく。僕は途方に暮れ空を見上げた。道の両脇からせり出す木々の枝で狭められた空には、雲一つない星空の中心、毒々しいほどまばゆい光をまき散らす満月が悠々と鎮座していた。僕はますます途方に暮れた。濃密な闇の中、異常な緊張のためか皮膚感覚がひどく尖鋭なものとなる。ウニのような集積する知覚のトゲと化した僕の意識は、闇の中に潜む無数のざわめきの気配を過剰なほど繊細に感じ取った。昼間は気づけない、夜の闇の中だからこそ気づく。山の森の中には数知れぬ生命が蝟集し、休むことなくにぎやかに蠢いている。山という巨大な器をもってしても抑えきれないほどの、甚大な生命の気配を不気味なほどに充実させている……。
 不意に叫喚が聞こえた。後々考えてみればそれは野鳥のものだったのだが、この時の僕は自分自身が発した悲鳴だと錯覚した。恐怖の水嵩がたちまち最高潮に達する。矢も楯もたまらず僕は走り出した。下り坂をひたすらに駆け下りていった。
 息を切らして走りつづけようやく麓の出口まで到着したあとも、しばらくの間は動悸が収まらなかった。真夜中の散歩は散々な失敗に終わった。あの散歩は僕の心に恐怖の油を注いだだけだった。
 家に戻った僕は、汗に濡れた衣服を脱ぎ捨てシャワーを浴びた。裸になった僕は当然、またぐらにぶら下がる自身の性器を見ることとなる。それはゴムのようにだらしなく、ぐにゃりと萎縮している。優果が妊娠して以降性交の回数は以前よりずっと減った。優果のお腹が過剰に膨張し入院することになってからは当然ゼロだ。その間役目を果たしていない性器は色素ばかりが濃くなり、錆色に焦げ付いている。
 僕はボディソープのついた手で性器をいじった。そうしているうちに性器は充血していき、僕はなんとなく陽快な気分になって気泡のようなクスクス笑いをいくつも弾けさせた。そのうち性器は血を集めきってぼってりと勃起したのだが、そのサイズは以前と比べ一回り縮んでしまったように見える。笑い声がデクレシェンドのように弱まっていく。僕は性器についた泡をシャワーで洗い流し、それに伴い性器もまた萎縮していった。僕はもう若さを失いつつある。高校二年生の夏、初めて優果とあった頃とはもう違う。あの時の僕にはたしかに性体験など一度もなく、その心はうぶで青臭いものだった。代わりに血潮の隅々まで燦々とした青春のエネルギーがよく行き渡っていた。

 高校二年生のころ、僕と優果はクラスメイトだった。しかし特に交友があったわけでもない。優果は器量がよく人当たりもよく、育ちのよさげな少女だった。対する僕は少し勉強ができるだけで、クラスでもあまり目立たないタイプの人間だった。この消極的な性格がたたりそれまで異性と交際したこともなかったのである。あの頃の僕にとってはクラスの誰かに告白するだなんて、恥ずかしくて恥ずかしくて、とてもできるようなことではなかった。
 そんな僕が自分から告白したのは、ひとめぼれしてしまったからだ。席替えの時にたまたま隣の席になったのである。社交的なものだったのだろう、新しく隣の席になった僕に優果が微笑んだ。たったそれだけで優果は僕に痛みにも近いショックをもたらしたのだ。
生まれてからずっと塞がることのなかった心の空白に、優果というパーツがピッタリと収まったような感じだった。
 もっともひとめぼれしてから、実際に告白するまでにはいくらかの間が空いた。やっぱり僕にとっては、告白などあまりにも荷の重い行為だったのだ。しかし陳腐な表現だけども、「恋は人を盲目にする」というあの格言は僕にも当てはまっていたようで、僕の心は毎日のようにズキズキと火傷の傷跡のように疼きやむことがなかった。何せ席が隣なのだ。優果が自分を見ていないとわかっている時でも、自分の一挙手一投足が気になって仕方がない。それに優果は本当によく笑う女の子だった。しかもいやらしい感じ、べたつくような感じのしない育ちの良さを感じさせる明朗な微笑なのだ。あの微笑を優果が、自分にだけ向けてくれたならばどれだけ幸福なことだろうと、僕は何度もそう思ったものだ。
 感情は際限なく募りとうとう抑えきれなくなった。今思い返すと思わず微苦笑してしまうほど青臭い話であるが、当時の僕にとっては宇宙より大きな悩みだった。この苦しみから逃れるためには二つか一つ、僕はそう考えるようになっていった。優果へと告白すること。フラれてもいい。このまま思いを隠し、他の誰かに優果を取られたりしたら一生後悔することになるだろう。ならば勇気を出して告白し、成功でも失敗でもどちらでもいいから白黒つけた方がいい、僕はそう決心したのだった。
 幸い僕の友人に優果と仲のいい人物がいた。ソイツに頼み込んで、僕は放課後優果を呼び出してくれるよう頼んだ。また優果に彼氏がいないこともソイツから教えてもらっていた。
 僕はあまり記憶力のいい方ではない。しかしあの日のことだけは、どうでもいいような些細な点まで不思議とよくおぼえているのだ。例えば、体育の振替授業という不意打ちがあったこと。盛夏の一日だった。その授業で僕はたっぷりと汗をかいてしまい、自分の体臭に戦々恐々し過剰なほどの制汗剤を全身へと振りかけた。
 汗が乾いたあとの、妙にサラサラとした素肌の感覚、これもよくおぼえている。僕は空き教室で優果に告白した。今思い返すと西日が窓から差し込んでいたように感じるけど、教室の立地的にそれはないからおそらく記憶の捏造だろう。多分実際は何気ない一日、何気ない風景の中で僕は優果に告白したのだ。
 普段は何事につけ物怖じしがちな僕も、この時はどうしてか用意しておいた言葉を意外なほどとうとうと優果へ伝えることができた。優果は一瞬間を置いた。僕の緊張は頂点に達した。大げさでもなんでもなく本当に目の前が白く眩み、陽炎のようにじりじりとぼやけた。
 もっとも、一瞬は所詮一瞬だった。優果はちゃんと答えを言ってくれた。恥じらいに目を伏せながら、普段のはきはきしたものとは違う少し上擦った声で――だからこそ、本物の言葉だとよくわかる声で――「いいよ」と答えてくれた。

 こうして僕と優果は恋人になり、以降僕の人生はとことん上向きなものとなっていった。何事にもやりがいを見い出せるようになったのだ。それは告白の成功が自分に自信を与えてくれたからかもしれないし、もしくは自分という人間を優果に釣り合う存在に高めたかったからかもしれない。ともかく僕は付き合ったことで勉強にも身が入るようになり、学校の成績をグンと伸ばし優果と同じ大学に合格することができた。大学でも優秀な学生として認められ、卒業後、大学のランクからするとかなり実入りのいい会社へと就職することができた。
 大学の間も僕と優果は良好な仲を保ちつづけた。僕らは大学を卒業するのとほぼ同時に結婚し、情事にふけりまもなくして優果は妊娠した。
 幸福というものは、それが存在している時は呼吸のように感じられるものだ。あの頃、僕はいちいち自分の幸福を確認するようなことはなかった。しかし振り返ってみると、あれ以上の幸福は僕の人生になかったのだと強く実感させられる。ピパピパの背中と酷似した混沌とした「何か」が、僕らの関係を浸食しつつある今となってみては……

 ある日の終業後のことだった。ちょうど会社を出たタイミングで優果の主治医から電話がかかってきた。
「ちょうど今、奥さんが目覚めたのです。よければ病院までお見舞いに来ませんか?」
 願ってもないことだった。僕はもう一ヶ月以上優果とまともな会話をかわしていなかったのだ。僕は主治医の提案を承諾しすぐに病院へと向かった。
 病院にほど近い駅で僕は降り、そのまままっすぐ目的地へと向かった。すでに夕暮れ近かった。夕闇が水のように薄く広がって、町の風景に翳りをもたらしつつある。ちょうど帰宅ラッシュの時間なのだろう、車道を見ると車線の片方にはほとんど交通がなのに対し、その反対車線は多くの車で渋滞している。その大半が家への帰途をたどっているのだろう。しかし僕は違う。家にはまだ帰らない。僕の心が休まる場所はそこではない。
「おお、よく来てくれました。本来は面会の時間はもう過ぎているのですが、小森さんの場合は事情が事情ですからね。さあ、こちらへどうぞ」
 産婦人科の入口には例の主治医が僕を待っていて、優果の病室へとまた案内をしてくれた。
「さあ、どうぞ。夫婦二人水入らず、ゆっくりと語らってください」
 そう言って先生は病室の扉を開け、中に入るよう身振りでもうながした。僕は先生に感謝の言葉を伝え中へと入った。
 風の音が聞こえてきた。うずたかく積もったゴミの臭いを漂白するためだろうか、開けっ放しの窓からは夕暮れの涼しい風が絶えず吹きわたっている。優果はたしかに目覚めていた。ベッドの脇にある机に大量の食料を並べ、首を曲げ窓の方を眺めながら一心不乱に咀嚼をつづけている。窓は部屋の入口と逆側に取り付けられており、ここからでは優果の顔を見ることができない。どこか懐かしい感じのする黄金色の夕陽が、優果の背中に後光を添えている。
「優果、僕だよ」
 突然の声にギョッとしたのだろうか、優果は異様なほどの素早さで僕の方へと振り向いた。僕と優果との目線が合う。やはり、まだ慣れることができない。僕がこの世界でもっとも愛しているものともっとも醜いもの、その二つが同一の肉体を介し継ぎ目なく接続されている。嫌悪などしてはいけない。そこに宿っているのは愛すべき僕らの子どもたちなのだ。そうは思うものの、理性にこし取られる前の一次的な感情、生理的な嫌悪を抑えきることはできない。しかもその一次的な嫌悪は二次的な嫌悪、深甚な自己嫌悪をもたらしもする……。
 それでも、久々に目覚めている優果と会えた喜びは豊かなものだった。優果の顔はますますうつくしくなっている。元々色白だった肌には健康な赤みが差し、薔薇色の色艶に光輝くようだったし、漆黒の長髪は流水のようになめらかでクセがない。彼女の内部で燃え盛る大いなる生命の力によるものだろうか、出産を間近に控えた優果はますますうつくしくなっている
「久しぶりだね。何を話そうか。いろいろ考えてきたんだけど、忘れちゃったよ」
 優果が答えないのを見て、僕はつづけて言葉を投げかけた。しかし優果は相変わらず沈黙している。彼女はまだ咀嚼をつづけており、手には大きなおむすびを持っている。そんな優果の表情に不意に変化が訪れた。燃え盛るような剝き出しの敵意がその双眸にひらめき僕を射すくめた。
「あなた、誰?」
 僕は愕然とした。聞き間違いだと思った。それは決して現実のものであってはならない言葉だった。
「出てって!」
 しかし優果は容赦なく追い打ちをかけてくる。攻撃と排除の鋭いトゲに満ちた言葉。その言葉とともに何か大切なもの、決して失うことはないと固く信じていたものが音もなく崩れていく……。
「出てって! 出てって! 早く出てけ!!」
 取り付く島もない。ヒステリックに優果は叫びつづける。相互理解の端緒など築けそうにもなかった。優果の表情の異様な真剣さ、それは子ネコを守ろうとする母ネコの必死さを想起させるものだった。
 あの時、先生が僕に説いた言葉が脳裏をよぎる――突然変異というやつは、生物の、生き延びたいという意志の結晶のようなものですからねえ――当たっている。どういった因果かなんて理解しようもない。わかることはただ一つだけ、優果はすっかり生き延びたいという意志の力とやらに理性を侵しつくされ、夫である僕のことすら忘却してしまっている。今の優果にとって何より大切なのは、自分の肉体に宿った新しい命の芽、知能や理性を持たない野生生物ですら命を賭して庇護しようとするもの、次世代の担い手であるいとしいわが子なのだ。かつての種馬のことなどもう歯牙にもかけていない……。

 「どうでしたか、久しぶりの奥さんとの会話は?」
 病室から出てきた僕に、待ち受けていた主治医が尋ねかけてくる。寄ってきた蚊を振り払うような気分で僕は答えた。
「何も話せませんでした」
「え?」
「妻はもう僕のことすら忘れています。アイツの頭にはもう、お腹の中のわが子のことしかありません……」
「それは、お気の毒に……」
 主治医は言葉を詰まらせた。どうしようもないほど気まずい沈黙が僕らの間に生まれる。僕はただただ苛立たしかった。とっととこの場から消えたかった。僕はもうこの場所に疎外感以外何も感じることができない。
「あの……一つだけよろしいでしょうか?」
 相変わらず気まずそうに、それでも職業柄か、はっきりとした聞き取りやすい声音で主治医が尋ねかけてきた。
「なんですか?」
「実は当病院とも縁が深い、狂都大学文学部人類史学科の教授、氷室総式氏があなたにお会いしたいと……」
「氷室って……あの、テレビとかにもよく出ている?」
「ええ、そうなのです。どうなさいますか? 気が向かないようでしたら、会わないという選択肢も……」
 先生自身、自分で持ちかけておきながら困惑しているようだった。どうして世界的に有名な人類史学科の教授が、凡庸な会社員の僕に話を持ちかけてくるのか。すぐに答えは思いつく。世界でも初めての症例であり重大な研究対象、優果のお腹に関することなのだろう。
「わかりました。どうせ用事なんて何もありません。会ってみますよ」
「よろしいのですか?」
「はい。妻のことについて、何か手掛かりを得られるかもしれませんし」
 この時の僕はきっと半ばやけになっていたのだ。何でもいいから慰めが欲しかった。優果の拒絶によりぐちゃぐちゃになった心を何とかして整えたかった。
「わかりました。では、ご案内しましょう」

 「よく来てくれましたね小森悟さん。ああ、鍵は閉めておいてください。手違いで、誰か人が入ってきたら困るのでね」
 案内された部屋に僕が入るなり、パイプ椅子に腰を下ろしたその男、氷室総式はフラットな口調で言った。
 小ぢんまりとした殺風景な部屋だった。部屋の中心には机が一つ、そしてそれを挟むようにパイプ椅子が二つ。おそらく普段は使っていない部屋をこの密談のためにあてがったのだろう。
「いったいどのような用件で僕を呼んだのですか」
 パイプ椅子に座った僕は早速氷室に問いかけた。すると氷室は突如として上体を机の上にせり出し、つり上がった双眸を見開き僕のことをじっと見つめてきた。かれと僕との顔の距離は非常に近く、眼球の表面の、微細な血管の赤い筋の一本一本がよくわかるほどだった。
「私はね、物事を遠回しにいうのが嫌いなんです。あなたも子どものように慌てふためいたりせず沈着に受け止めてください。一つ、頼みがあります。あなたの奥さんを殺害してください」
「……何を言っているんですか?」
 僕はその言葉に現実味を感じていなかった。あまりにも唐突すぎた。小学生や中学生が使う冗談めいた「殺す」と、同じ程度のニュアンスの重さしか感じられなかった。
 しかし、それは間違いだったのだ。
「信じられないのですか。では、別の聞き方をしましょう。人類全体の幸福と奥さん一人の命、双方を天秤にかけた時あなたはどちらに重きを置きますか?」
 氷室総式のまなざしはやはり真剣そのものだった。狂気に等しい重たい情熱をその瞳に宿していた。
「何が言いたいんですかあなたは。僕にはさっぱり……わからない。そんな真剣に冗談めいた言葉をぶつけられても、戸惑うだけだ」
「わかりました。順を追って説明しましょう。あなたの奥さんは現在十人の子どもをお腹に宿しています。そしてもしこの遺伝子が、新たに産まれた十名の子どもたちが受け継がれたとしましょう。うち半分が女子、かつ全員が将来出産を経験すると仮定します。その場合、新たに産まれてくる子どもたちは少なくとも約五十人。想像力をはたらかせてみましょう。私が指摘しようとしている問題の全体がわかってくるでしょう?」
「まさか……」
「ええ、ネズミ算よりずっとタチが悪い。ただでさえ人口爆発が地球全体の問題となりつつあるのに、こんな遺伝子が広まってしまえば世界規模の混乱を引き起こしかねない。なおかつ現代日本は運悪く余剰食糧が豊富で人権思想も発展している。かつての農村なら間引きが行われたでしょうが、現代社会でそれはありえない」
「タチの悪い冗談を言うなあ! 仮定の話で人を殺せるものか。こっちだって時間を割いてるんだ。不愉快な話柄はよして欲しいですね!」
「災害に立ち向かう者は評価されるが、予防する者は理解されづらい。よくある人間の心理ですな。大局観のない者はいつも災いが現実のものとなってから悔いの言葉を吐く。ほら、これをごらんなさい」
 氷室は澄ました調子でそう答えると、カバンから書類の束を取り出し僕に提示した。
「私の研究室の総力を注ぎ、また他分野の知己にも掛け合い人類史学の観点を中心に複合的なシュミレーションを行いました。端的に結論だけお伝えしましょう、およそ百年後、人類の総人口は五百億を越える。二百年後には一兆二千億を越える予定ですがその前に世界的な規模の飢餓や疫病、核兵器を用いた戦争などが行われるでしょう。これは根拠のない憶測などではありません。科学的な根拠を伴なう実証的な研究成果です」
 僕は一応それに目を通した。しかし難しい術語や複雑なグラフでいっぱいのレジュメを読み解くには、僕の頭はあまりにもぐちゃぐちゃになりすぎていた。理解が何もかも追い付かない。ただ、なんとなくわかってきたことがある。これだけ複雑で手の込んだレジュメを、ただ冗談のために作るとは思えないということ。
 僕はもう一度氷室の瞳を見た。やはりそこにあるものは変わらない。真剣そのものの、混じりけのない冷たいまなざし。
「……本気なんですか?」
 氷室は力強く首を縦に振った。突如として、あの時優果に言われた言葉が生々しい実感を伴ない蘇る――あなた、誰?――そんなことを思い出してはいけない、理性はそう警告を発している。しかしどうも思考がうまく機能しない。僕はあまりにも疲れすぎている……。
「だからって、倫理や道徳の問題が……」
 自分でもイヤになるほどの衰弱した声音だった。氷室の論理に立ち向かえるほどの威力を備えていない、なんとなくの取り繕いの言葉だ。当然のように強烈な反撃を喰らった。
「倫理や道徳? あれは一部の類人猿でも持っている、群れ社会を円滑に運営するための合理的な仕組みです。断じて教義などではない。人類全体の幸福という大義の前には等閑に付すべき小義だ」
 もう反論の言葉は思いつかなかった。まだ氷室の論理に納得したわけではない。疑念の残る箇所はいくらでもある。それより問題なのは僕の心の隅に棲みつき、急速に根を広げつつある邪悪な想念だった。僕は優果の存在を重荷に感じている。そこから逃れたいと願っている。氷室の論理はそんな僕の欲望にとってあまりにも甘美な毒だった。
「どうですか、ご決心はつきましたか?」
 僕は答えなかった。反論しなくなった僕を見て、氷室は一錠のカプセルをピルケースから取り出し僕に渡そうとした。
「……これは?」
「無味無臭の毒薬です。何か食物に混ぜて奥さんへと渡してください。私がやれば怪しまれるがあなたならたやすい。きっと成功しますよ」
「……いいんですか、犯罪ですよ。あなたも共犯だ」
「ええ、殺人教唆です。構いませんよ。私の専攻は人類史学です。物事を総体的にとらえることにはなれている。人類全体の利益のために犠牲になれるというなら、学者冥利に尽きます」
 やはりこれ以上の反論は無駄だろう。見えているものがまるで違う。結局、僕はカプセルを受け取ってしまった。当然のことなのに、僕はカプセルを「やけに軽い」と思ってしまった。そしてカプセルを握ると息苦しい葛藤の感覚が少し薄らいだ。僕はカプセルをポケットの中に入れ部屋を出ようとした。
「やるなら早くおやりなさい。今なら犠牲者は一人です。しかし奥さんが出産してしまえば十一人殺すことになる。胎児がいつから一個の生命となるかについては諸説ありますが、少なくともこの国の法律では、法的人格が認められるのは出生後ですからねえ……」

 僕は病院を出てゆくあてもなく道を歩きはじめた。すでに日は落ちあたりは暗かった。蝿の群れのように耳障りな音を立てながら、頭の中で葛藤が渦を巻いていた。
 どうすればいいのかわからなかった。妻を殺したくないならカプセルを捨ててしまえばいい。けれどもそうする気にはなれない。夫の顔すら忘れてしまったあの妊婦のことを妻といえるのだろうか? 中身を蛆に喰いつくされてしまったクルミの殻のように、表面には連続性があっても魂はすっかり別のものにすり替えられてしまっている。生き延びたいというこの世界を埋め尽くす貪欲な意志の力が、優果の人格を根こそぎにしてしまったのだ……
 夜の町の喧噪はひどく騒がしかった。酔いどれの酒灼けした咆哮も悲鳴のように甲高い女の声も、その一々が衰弱した神経に針を突き立てるようで耐え難かった。僕は人混みを避けようと入り組んだ街路をさまよい、やっと人気のない場所まで出た。等間隔で並ぶ電灯の淡い光に照らされた、民家の建ち並ぶ仄暗い路地。いっそう濃密になった静かな闇の中を歩いていた僕は、空き地の前でふと立ち止まった。「売り出し中」の立て看板以外はことごとく自然に侵食され、毒々しいほどの真緑をした雑草が生い茂る空き地。その一隅に、一対のつがいのカマキリがいることに僕は気づいた。そのうちの片方、オスのカマキリは、メスのカマキリに抱きしめられ頭から捕食されている
 たちまち意識が、そのカマキリのつがいに釘付けにされる。他の視界の全てが破けそこ一点だけが残る。子どものころ熱心に読んだ生物図鑑の知識で僕は、カマキリのつがいが交尾ののち共食いすることは知っていた。産卵の栄養を蓄えるためオスの肉体を犠牲とするのだ。しかし僕は長い間この知識を忘却していた。それが今鮮やかに、最初にこの残酷な習性を知った時の驚きを伴なって蘇る。この世界には産卵のために、愛したオスの肉体を犠牲にする生物がいる……。
 僕の思考は一気に、僕と妻との関係を、カマキリのつがいとの関係に置き換えようとする発想へと引きずられそうになった。しかしその寸前だった。かつて生物図鑑で得たもう一つの知識が、カマキリの時と同じ鮮鋭な実感をともなって再生した。それはカバキコマチグモという毒グモについての知識だった。このクモの場合はカマキリと違い母体の方が犠牲となる。孵化した子グモは一回目の脱皮を終えると母グモの体に群がり、その体液を吸いつくすのだ。その間母グモは、外敵に対しては抵抗を試みるものの、子グモに対しては一切の抵抗を行うことなくその肉体を明け渡す。自らの肉体を使い、子グモたちにこれから生き延びるための栄養価を与えようと。
 二つの記憶と、現在の懊悩、それらが化学反応を起こし、現実と同じ質量を持った空想として僕の意識をとらえた。裸の僕と優果がつがいとなって性交を行い、その後優果は僕のことを頭から捕食する。その時優果は僕を固く抱擁し、あの、子ネコを守る母ネコのような真剣なまなざしをしている。妊娠した優果のお腹は例の、ピパピパの背中を連想させる巨大な膨張を遂げる。そうして産まれてきた子どもたちが、今度は優果の体に群がってその肉体を捕食する。優果はその間粛々と、幼いわが子たちに自らの肉体を明け渡している。その子どもたちも大人となれば、男は妻に、妻は子に喰われ、そうしてその子どもたちがまた大人となれば……犠牲の輪廻は際限なく拡張し最後には永遠にも等しくなる。
 いったい何がそんなに大切なのだろう? 何もかもが犠牲となりうる。他のもののための餌となりうる。では皆なんのために自分を捧げているのか? それはきっと――生き延びたいという意志そのもののためにだ。
 僕はポケットから例のカプセルを取り出し草むらに放棄した。蔓延る雑草たちの力は薬剤の毒素程度たやすく分解してくれるだろう。そう思い、僕は空き地に背を向けた。
 子どもの頃、何度も何度も繰り返し生物図鑑を読んだ。ピパピパやカマキリ、カバキコマチグモについての知識もそのようにして得たものだ。僕は図鑑を読み、生物の特異な生態や習性について知ることで、自分が産み落とされたこの世界がどのようなものか理解してきた――そのつもりだった。
 今ならばはっきりとわかる。それは間違っていたのだ。せいぜい世界を理解するための手掛かりの、小さな断片くらいしか掴めていなかった。明晰な一個の形を持つ確信になど至ってはいない。この世界に充満する「生き延びたい」という意志について、僕は何も知らないのも同然だった。
 生き延びたいという意志のために、他の命を犠牲とすることは許されるだろう。しかし、生き延びたいという意志そのものを否定するわけにはいかない。それは人間だけが犯すことのできる罪悪であり、ゆえに決して犯すわけにはいかない罪悪でもある。氷室教授、かれは地獄に堕ちるだろう。僕は違う。僕たちは生き延びていく。
 明日、また病院に行こう。野良猫ですら何度も会えば次第に人間馴れしていく。足繫く通えば優果だって僕のことを思い出してくれるはずだ。それに近いうち市役所にでも出向いて、十人の子を扶養するための手当でももらえないか相談してみよう。そうやって、とにかく生き延びるためのことをしてみよう。まずは、目の前の生活に精一杯打ち込むことだ。そうすることでしか僕は自分の教義を表現できまい。命がその根源に宿す醜悪の、愚昧なる礼讃者としての……。

カエルの背中のごときもの

執筆の狙い

作者 sin
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 生物の知識をもとに書いた短編です。前回同様、ひきゅうがくる、ブロンコ両氏の感想を禁止します。

コメント

sin
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すみません。第二段落に訂正があります。
(誤) びっしりと卵が埋め込まれた背中の見た目はいかにもグロテスクで、見る者のを強烈に刺激するものだ
(正) びっしりと卵が埋め込まれた背中の見た目はいかにもグロテスクで、見る者の集合体恐怖(トライポフォビア)を強烈に刺激するものだ

ブロンコ(チーズ
softbank221022130005.bbtec.net

へえ、ちょっと言ってる意味わかんないんだけど、もの言わぬ臆病な傍観者たちの期待値爆上がりの予感ですね


苦手を排除出来るつもりで無様晒して、お望み通りのものだけ手に入れられる気がするならお手並み拝見ってとこですよね
基本的にわかってないのわかってるからからいちいち言っとくんだけど、それっておまえのことじゃないから

こんなこと言ったら笑われちゃうんだけど、読むの遅いあたしでもこんなもん十分で充分


まあ余計なこと言わないで、何がお望み通りのつもりなんだか一先ず眺めさせてもらいましょっかね
見物だなこりゃ

四月は君の嘘
n219100087087.nct9.ne.jp

「禁止します」とわざわざ言われなくても、

大丈夫、こんなんは【見ない】【そっ閉じ】な部類なんで。



「履き違えたつまらないもの」にわざわざコメントはつけないんで、

毎度毎度、「アクセス稼ぎ」にワタシのHNだして利用するのはやめて欲しいと思ってる。


傍観してる人もそう思ってると思う、

個人HNあげて、居丈高・挑発的に上げて来る割には、【てんで面白くない】【内容スカな人】だなーって。

四月は君の嘘
n219100087087.nct9.ne.jp

↑ って「ほんとのこと」と「苦情」を書くと、

「書くなと言ってるのに、わざわざ出て来る」と、喜んで「反論、誹謗中傷」を展開するんだろうから、

言いたくはなかったし、

前回も「何も言ってない」でしょう??



けど、言っても言わなくても、【ワタシがいなくともそう持ってく】フィールドなんで、

どのみちここは『アンフェアな場所』。



そして【そもそも本文がちっとも面白くない、作者に不都合な事実】は、有耶無耶にされる。



「興味がない、読む気が起きない、したがって見てもいない」んで、
本作の内容〜出来については知らないし、「言えない」んだけど・・

『普通に上げて、普通に感想募った方が、いい感想集まるんじゃないの??』って思うよ??




スレ上げ貢献、このぐらいでいいですかね。

四月は君の嘘
n219100087087.nct9.ne.jp

追記。


冒頭の「ピパピパ」なる蛙については、テレビ番組で見たことあるんで「知ってる」んだけど、

書きようが「あんまりくどい」し「相前後しててつながりが悪い」し「文章がぎつばたしてて」、
読みにくい。


書き手が「内容を完全に把握して・自分のものにしてない」から、噛み砕いて書けない。


説明文、ワタシだったら「もっと読みやすく書く」し、これよりは的確に、興味引くように書ける・・と思う。
(大昔、そういうの書いて生活していたんで)

四月は君の嘘
n219100087087.nct9.ne.jp

理系説明文がダメダメな人、

ここのサイトには「多い」んだけど、

作者は「完全独りよがりで原稿書いてる」もんだから、その読みにくさにを無視していて、

そこ(説明文の読みにくさ、不恰好さ)を指摘されると、

大概キレる。



その心は『この俺様が苦労して書いてコレだから、もっと上手に書ける素人がいよう筈がない!』って怒り方なんだ。

けど、そう怒ってる作者は、

【自分が理系出身作家の作品を読んでいない】ってだけで、

世の読者(と素人物書き)の中には、【理系出身作家の小説を好んで読んでる層】が確実に存在しているから。

偏差値45
KD106154139165.au-net.ne.jp

難解な漢字があったり、悪い意味で独特の表現がありますね。
だから、読みやすい文章を心がけて欲しいとは、思いましたね。
で、内容なのですが、
この物語のウリは、グロテスクではないだろうか、と思いましたね。
従って、長い心理描写はうざくて仕方ないです。
回想シーンも短めで良かったと思うし、
小山の道のシーンなんて必要があるのか、疑問ですね。
つまり、贅肉をカットして筋肉を付けて欲しいわけです。
それでストーリーの方は、途中で終わっている気がしますね。
従って、苦労して読んだあげく得るものナシなので、
「読まない方が良かった」と思われてしまう可能性がありますね。
とはいえ、ストーリー的には面白い要素があるので、それを凝縮して発展させれば
とても面白いものになるのではないか、と考えます。

sin
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>偏差値45さん
 ご感想ありがとうございます。今回は読みやすさといったものはあまり気にかけずむしろ全体に異化作用を働かせることを意図して書きました。グロテスクなものを描く際にはそういった表現に力があると思っているので。ただ、その分小難しくなったのは否めませんし、そもそも自分の筆致の巧拙についても自分自身疑いを抱いてしまいます。作家性を有する文体の構築に、異化作用が不可欠なのは言うまでもありませんが、それはしばしば作品の間口を狭いものとしてしてしまいます。特に、安易安直がもてはやされがちな現代という時代においては。このジレンマについては、これからずっとつきあっていかなくてはならない一つの課題になりそうで、いささか辟易させられます。

ブロンコ(アフターサービス
KD111239118112.au-net.ne.jp

おーい、名指しで禁止とか何ルールかわかんない見栄張ったはいいけどずいぶんと閑散としてないかぁい


せいぎの青木紙芝居牧場の皆さんと絶望的牧場主ったら伝言板でくだまくヒマあっても五倍希釈の薄口作文はかまってくれないみたいだね、同族嫌悪なのかなあ、あたし釘打ちすぎたのかなあムズカシイなあサービスって


きっとさ、


>すみません。第二段落に訂正があります。
(誤) びっしりと卵が埋め込まれた背中の見た目はいかにもグロテスクで、見る者のを強烈に刺激するものだ
(正) びっしりと卵が埋め込まれた背中の見た目はいかにもグロテスクで、見る者の集合体恐怖(トライポフォビア)を強烈に刺激するものだ


なんて、くそほども意味ない見栄晒されて気味悪いし面倒くさすぎて近寄れないのかもだよねしくっちゃったね




これでも足んなかったらいつでも加速くれてやるから心配しなくていいよ

よい週末をー

ブロンコ(カウンターサービス
KD111239118112.au-net.ne.jp

これと同じ失敗しちゃってるやつがこの近くにもあったはずなんですけど、みなさんわかりますかね

何のことか、わかりますかね?



この作文が壊滅的にダメな理由っていうのが即座にわかんないと、書き手としての読書には望みがないと思わないとダメだって、普通に思うんですよね、読む以前から虫唾走るようなこと仕出かす馬鹿な書き手の習性も含めて、ってことでもあるんですけど


タイトル通り、“カエル”に食い殺されたハナシってことなんですよ
めっちゃわかりやすく言ってるんですけど、わかりますかね
ほとんど答えみたいなこと


パクっていいから、この線から誰かわかりやすくこの馬鹿な書き手による落ち度を馬鹿な書き手に知らしめてみてくださいよ、あなたの株、爆上がりすること間違いなしですよ丸儲けです

どうせあたしが採点しちゃうから諸刃の剣かもなんですけど、“読む”って結局そういうことじゃないですか?


一つのキッカケで繋がるその人、そのおハナシっていう根拠はすなわち“読む”というあなた自身こその感性の発露ですから、それはきっとあなたの“書く”というままならさを鍛える何かにこそ繋がるものなんだと思うんですね




繋がる感性は、屁理屈とは違うんですよ

連鎖する観察は世界という根拠そのもので、あたしたちはその欲求の本当も嘘もちゃんと見通すべきなんですよ





ムカつくぅ?

大丘 忍
ntoska374216.oska.nt.ngn.ppp.infoweb.ne.jp

 実際にはありえない設定ですが、小説だからなんでもありですね。
 最初にピパピパというカエルの説明がなされておりますが、これが奥さんの多胎妊娠の予兆としての説明ですね。
 10人もの多胎妊娠はおそらく現実にはあり得ないと思いますが、そこは小説ですから構わないでしょう。
 人類史学者の教授から奥さんを殺すように説得される。確かに、この多胎妊娠の遺伝子が人類に伝われば、幾何級数的に人類が増えて社会は混乱するでしょうね。だからと言って妻を殺すことができるか。
 私はこの小説を非常に面白いと思いました。超高齢になってあまり小説を読む根気が無くなっている私が最後まで惹かれて読み終わったのですから。
 小説を書いているベテランの評者からはいろいろ言われるかもしれませんが、私は非常に面白くて最後まで一気に読んだ事をお伝えします。これからも頑張って書いてください。

sin
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>大丘 忍さん
 ご感想ありがとうございます。非常に面白いと言っていただけありがたい限りです。これを励みにまた次の話を書いていこうと思います。

夜の雨
ai209144.d.west.v6connect.net

「カエルの背中のごときもの」読みました。


原稿用紙41枚のわりに重いと思えば14700字ほどありました。
要するに詰めて書いているということです。
内容も結構重いので、読むのがしんどい。
しかしこの作品、それが狙いのようです。
ホラー味というか、これは恐怖小説の世界。
捕まったら最後、この世界から簡単に抜け出せなくなっている。

これは、好みが別れそうです。

背中の皮膚のなかで卵を孵化させるというとんでもないカエルの話から始まる。
カエルなので、もちろん大量の卵でありそれが孵化するので見た目(想像すると)が気持ち悪い。
そういったイメージを読み手に植え付ける。
そこから妻が病院で出産するために入院していて、主人公は休日に見舞いに行く。
まあ、出産のために入院しているのだから当然見舞いにはいきます。
ところがこの妻の胎の中には十人の子供が。
ということで、カエルの話と重なってくる。

それだけの子供を身ごもっているので、睡眠は一日20時間であり、食欲も旺盛、とんでもない食事をする。
この食事の描き方が手抜きなのですよね、「病院食」ではない。
>病室の壁にはガムテープで大きなゴミ袋が貼り付けられており、その中には即席めんやパックのご飯、天然水のペットボトルのカラがうずたかく積まれている。<
まさか、出産での入院で「即席めんやパックのご飯」というのは栄養価的に説得力がないと思いますが。

「あら、また来られたのですね、小森悟さん」  ← 妻が出産なので、当然来ると思う。「悟」はいらない。

>優果の腹からは胎盤も見えたがこれもまた尋常ではなく肥厚しており、これならば十人の胎児の栄養補給にも耐えられるだろうと感じさせるものだ。<

「胎盤」は外から見えないでしょう。

>僕たちの住む部屋は郊外のマンションの一室である。部屋に帰ってきた僕はすぐにインスタントラーメンを作りはじめた。<

インスタントラーメンを主人公が食べる食生活、ということで、普通はこのような食生活は健康に悪いのでしないと思うが、こういったインスタント物が妻の妊娠と関係しているのかもしれない。というような予感が浮き出る。

突然変異で「一度に十人もの子を腹に宿し、肉体にも生活習慣にもそれに合わせた適応が起こっている。遺伝子そのものに特殊な変化が起きているとしか考えられません」
生き延びたいという意志があるからそれが食欲とか睡眠とかに関係しているとか。
このあたりは、妊娠について説得力をつけるためにエピソードを盛っていて、なるほどと思う。

作品全体に重さがあり、その世界から抜け出せないようなものが漂っている。

担当医から呼び出されて行くと妻は旺盛な食事中で起きていたが、主人公のことを忘れていた。
この忘れていたというのも「生存に関係している」つまりカマキリが交尾のあとに雌が雄を食して子供を産むために栄養をつけるというような仕組みに似ていて、妻は夫の主人公とのあいだに子供が出来たので、あとは「夫は必要がない」というような展開。

要するにこの小説は、主人公たちは人間なのだが、始まっているのは昆虫に近い生存本能の世界。
それで一人の妊婦から一度に十人が産まれるから、それがネズミ算で増えるので、それを阻止しなければ人類は滅びるという恐怖世界の話になっている。
中国の一人子政策のように、現実的には御作のような展開にはならないと思います。
●なので、子供を増やすという生存本能が並ではない、殺人を辞さないという特殊な精神状態を描写する必要があると思う。

狂都大学文学部人類史学科の教授、「氷室総式」という男が話をして主人公を納得させる、妻殺しを。
原因は早いうちに絶つということで、主人公の妻を殺すという方向になるのが、一度の対面だけでそこまで話が進むのが解せない。
このあたりは、主人公の葛藤などをいれて、氷室と何度か話をした方がよいのでは。

主人公は氷室から預かった毒入りのカプセルを持ち帰るが、夫に妻を殺させるという氷室の話も説得力は弱いと思いました。
殺すので、毒を盛るというのなら、食べ物の中に仕込むとかで、方法はいくらでもある。

主人公はラストで毒入りのカプセルを捨てて、妻と十人の子供たちと生きる方向に進む。


あちらこちら設定ミスのようなものがありますが、修正するのはそう難しいことではない。
主人公と妻とのコミュニケーションは、もっと描いたほうがよいですね。
それの方が作品的にヒューマンドラマとして、深くなると思います。
「カエルの背中のごときもの」のタイトルは、もう少し考えてほしい。
公募とかに応募するのなら「ホラー系」ですね。

お疲れさまでした。

jam
pw126035020187.25.panda-world.ne.jp

余分な文章が多く、その上で与えられる背景や印象の不十分さというか説得力を与えないことを薄口作文と上の方は言われているのではないでしょうか。
失礼でしたらすみません。妻との馴れ初めの場面よりも必要なものがないばかりに、この主人公は子供を授かることに一方的な事情ばかりを語っているような気がしますし、特殊なカエルの生態やそのことを人間社会に置き換えて小説らしい背景に落とし込むことばかりにとらわれ過ぎた結果、何よりも重要な部分が抜け落ちていることをカエルに食い殺されたと表現されているのではないかと考えさせられます。
私なりの印象ですが、特殊な妊娠を遺伝子と語り妻の側ばかりの特殊性として殺人までを促され排除するべきか否かを主人公に語らせることは申し訳ありませんがあまり小説的な葛藤とは感じさせられませんでした。
そのため閉じの「目の前の生活に精一杯打ち込むことだ」という宣言もどこか無責任な印象を受けるというか、その原因は主人公の特殊な妊娠という共有するべきはずの営みへの共感や焦燥や危惧、一番は妻の心身を思いやる姿勢や責任を終始十分には描かれていない印象を受けるところにあるのではないかと思わされました。
テーマを支える栄養が足りないということではないのかと理解させられました。
不愉快に思われましたらすみません。

ブロンコ(アフターサービス
KD111239123128.au-net.ne.jp

jamさん、ビビるほど正解。

っていうかあたしならこてんぱんに言い切ってしまうはずのところをあえて控えめな言い方で配慮していることすら明らか過ぎる感じは何だか見習わされるというか単純に恥ずかしいです。

朝から嬉しいお見事三昧ですありがとうございました。




いきなり気が済んじゃったのでもういいかなここんとこはってことで一先ず手を引くとしますよかったなわがままルール勝手にやってろってさ

sin
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>夜の雨さん
 ご感想ありがとうございます。今回のご指摘を受けいま一度気付かされたのですが、どうも自分には漫画の血が流れてるようです。個人的な話になってしまい恐縮なのですが、僕は小説を読み始めたのは二年ほど前からで、その前は漫画ばかり読んでました。だから余計なところは詰めてなるべくコンパクトにまとめないと、読者は途中で飽きてしまうという固定観念のようなものがあります。今作の場合はもっと主人公の葛藤というか、精神の遍歴の描写を経た上でラストにたどり着くべきだったのかもしれません。文体が重い割に説得力作りの方策は漫画式ないし大衆小説式で、我ながらまだまだ甘いなと。

sin
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> jamさん
 ご感想ありがとうございます。夜の雨さんのご指摘にもありましたが、やっぱり妻との描写はもっとあった方が良さげですね。ただ言い訳をさせてもらうとするなら、僕は恋愛描写が致命的に苦手なんですよね。ましてや夫婦の描写について小説的な説得力を持つものが書けるかというと、まったく自信がない。代わりにホラーやグロテスクならまだ書ける方面なので、そっちに頼りがちになり、そのせいで全体のバランスが悪くなってしまったのかと。
 なんというか学校のテストのようなものだなと思います。テストを受けなければ自分の得意分野、苦手分野はわかりませんし、苦手が見つかったならなんらかの対処法を考えるべきです。今回の話を書こうとしたモチベーションは、一度に「一度に十人の子を孕んだ妊婦」というテーマを思いつき、それをなんとか形にしようとしてのものです。そもそもこういった動機自体、文芸の創作として不純なものだったのかとしれません。自分の内部からの突き上げを受け取り書くのがベストなのかなとも思いますが、今の僕はケツの青い若造であり、人生経験の滋養というものが致命的に不足しています。自覚はあるのですがこればかりは一朝一夕ではどうにもなりませんし、だから今回のようにピパピパなるカエルを召喚しなんとかやってみようとしたわけですが。当分はこういう悪あがきを、自身への点検も不断に行いながら続けていくべきなのだろうなと。
 途中から自己内省というか自分語りのようになってしまいましたが、これで返信とさせていただきます。

5150
5.102.13.217

sinさんらしいアイディアの作品だと思いました。

見たくない、できれば背けたい、闇の領域を避けたい、そういう個人の暗さを題材にしたものを扱うのが得意という印象があります。去年書かれた長めの坂の話。あれには感想を書いてませんが読んでます。構築美が光ってました。

御作はというと、若干流し読みだったのですが、sinさんとしては自分の書きたいことと、読み手を繋ごうと意識しすぎたのではないか、と思えました。そのバランス感覚が微妙、というか。

カテゴリーとしては幻想風のものって、5150はすごく好きなんですが、一般受けするものではなくてすごくマイナーです。一部受けする作風、と言いますか。乙一なんかはそのあたり非常にうまくて、グロテスクで後味の悪いものを、さらりと躊躇なく書いたりする一方で、同じ作者なのかと思えるほど、切ないものを書いたりと、バランス的に非常に優れていて上手いですよね。

個人的には、自分の好みをとことん追求したsinさんの作品を読んでみたいなあ、という気持ちがあります。どこかでラノベも書いていると書かれていたはずですが、軽いものは読んだことがないです。とはいっても、好みを追求しすぎて失敗すると、独りよがりになるし、読者を意識しすぎると、薄っぺらで無意味なものになってしまいます。

そのあたりのせめぎ合いがあってこそ、いいものが書けると、個人的には思っていますし、そのあたりはsinさんも十分に承知しているように見受けられます。

あ、これを書いたのは伝言板で自分の名前を見つけたからです。現在の5150は前と比べて遠くの位置で、このサイトを眺めています。以前はあの方たちと馬鹿な時間を費やしたりもしました。表でいい顔して、裏で悪口を書くという、会社-居酒屋という図式に入ってこなかった5150なので、随分と無駄なことをしたようにも思います。sinさんほど、態度を徹底できないものなので。

最近のサイトで思うことは、あまりに書かれた言葉のみに対して、過敏すぎるような気がして(誰々を非難しているわけではなく雰囲気として)、それが少し離れたいと思う理由の一つでもありました。本来は、言葉にできない気持ちや、現実に起こらないこと、目に見えないものを捉えようとする試みが、小説を書くことの一つの面白さ、だと思っていたからです。

sin
pw126035001232.25.panda-world.ne.jp

>5150さん
 ご感想ありがとうございます。他の方からも指摘をいただいていますが、やはりバランスが悪かったように思えます。もっと小説を読み、プロの作家たちがどのような戦略で書いているかというのを、肌で知った方がいいのかもしれません。乙一氏の作品も今度読んでみようと思います。

真弓 剛太郎
i220-221-21-55.s41.a040.ap.plala.or.jp

読ませてもらった。

基本的な文章は整っていて読むのに苦労はせぬのだが、いささか文に癖というか、押し付けがましさが感じられて、読み進むのを阻む感があり、もったいないことだと思うた。
読者との距離感の掴み方というは思ったよりも難しいもので、手探りで進むしかないのは確かだ。
筆者の場合書き足すよりは削ぐことに心を配るが良いと感じた。

生物の生態は面白いものも多く、それを引き合いに出すのは構わないが、本作はそこいらがあまりにストレート過ぎ、底が浅く感じられる。
コモリガエルはとても気持ちの悪い生き物だが、オスはメスの背中に卵を埋め込んでいく作業こそが特異であり、生き物の(というか雌雄の)子孫を残すための共同作業的なものこそがベースになってしかるべきで、そういう意味において主人公とその妻にあっては、子孫に対するそこいらの抱くべき愛が描かれていないように感じる。

愛する者が変質し、人類の未来に禍々しい将来を約するモノだと告げられ、その処分を託された時に、主人公の私はどうするのだろうか。
たとえばそういった主題(テーマ)がこの話の肝であるとして、それを投げかけるとすれば、ストーリーをどうデザインするのか、どうすれば読者に届き易いのか、そちらに力点を置いて考察すれば、違うカタチのプロットを自分なりに導き出せるのではないかと思う。


真摯に書く姿勢は感じた。
どうか諦めずに書き続けて欲しい。

sin
pw126035001232.25.panda-world.ne.jp

>真弓 剛太郎さん
 ご感想ありがとうございます。文章には力が入りすぎで、ストーリーの方は丁寧さが足りない、そういったチグハグな感じになってしまったなと。作者が力を入れすぎると作品が暑苦しくなるというのはよくあることですし、もう少しその辺りにも気を配ろうと思います。
 生物の生態の使い方には安直な面もあったかもしれません。「コモリガエルはとても気持ちの悪い生き物だが、オスはメスの背中に卵を埋め込んでいく作業こそが特異であり、生き物の(というか雌雄の)子孫を残すための共同作業的なものこそがベースになってしかるべきで、そういう意味において主人公とその妻にあっては、子孫に対するそこいらの抱くべき愛が描かれていないように感じる。」のところは正直言って「ん?」となりましたが(ところどころおかしな箇所が見受けられます)調理法がそこまで高等なものでないということならまあ同意できます。

中野
ec2-54-199-29-178.ap-northeast-1.compute.amazonaws.com

プロットというか
ピパピパという話は良かったですが
構成で突然変異の妻の話
さまざまな過去の話で引き込まれず
読むのをやめました
もっといきなり妻の突然変異
の話をせず
技巧やサイドストーリーや伏線を取り混ぜて妻のメインディッシュをした方が良かったですそして余韻を表現すればと

なんというかピパピパを表現したいあまり
早漏気味にせっかちに訴えるのは良くないです。

僕は今回はプロットレベルですが萌えヒロイン等についていい案ください

sin
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>中野さん
 ご感想ありがとうございます。その通りだなあと思いますね。技量不足というか、早漏気味でした。今回に関しては色々と半端でしたね。
 萌えヒロインについては、作ろうと思って作れるものではないと思います。思うに、異性への欲望ってサブカルでも文芸でも強力な動力源になると思うんです。サブカルは言わずもがな、純文芸だって鏡花や谷崎のような大家はもちろん、あの頭の良さげな安部公房ですら「箱男」ではフェチズム全開です。自分にとって魅力的な女性の理想像を突き詰めることが肝要なのであって、そんな器用に小手先で作れるものではないと思います。
 

中野
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再訪します
文章は十回は推敲したレベル要するにあと二十っかい推敲したら文学賞でも戦えるレヴェルだと思います

大沢、村上、高橋、クーンツや各種文学読本を50冊、小説で構成の優れたもの
を50冊暗記するほど十回読み込むと
このようなミスは無くなるでしょう

ピパピパなど基礎読書はできてる気がするのでキープされると良いでしょう。

生涯書きたいテーマももっと熟考すると太宰、ドストエフスキー、村上春樹の域に行けるでしょう
これらのほとんどが繰り返しです。

中野
ec2-54-199-29-178.ap-northeast-1.compute.amazonaws.com

萌えヒロインですが
NHKへようこそという傑作ラノベ
ではエロゲームの分析などやはり
なんらかのノウハウがあるわけです
小手先では確かにできないわけですが

中野
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ちなみに僕も講師から最終選考、受賞レヴェルの評価をもらってますので
「レヴェルが高くて驚いた」くらいの域にはいます
ただコンスタントにその域には達していないし
クーンつの読書リストを読んでないとか基礎読書あらがあります

中野
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あとシンさんにはなるべく僕の持つノウハウを公開します

中野
ec2-54-250-249-35.ap-northeast-1.compute.amazonaws.com

僕が評価すると
ブロンコ 推敲三回
シン 推敲十回 多分三次予選の時は三十回超えてた

世界文学はシンの方読んでるがまだまだ受賞には足りない
ブロンコはちらほらとしか読んでいない

クーンツリストは両方読んだない

これがノウハウです。
驚いた低レベルでしょご飯って

中野
ec2-54-250-249-35.ap-northeast-1.compute.amazonaws.com

やっぱりご飯って変わるべきだと思うんです
まず推敲三十回を基本
読書も自己申告して足りないのチェックするレベルに持ってかないと
ブロンコとシンが叩き合ってるようではダメです
簡単な事なんです
推敲三十回
基礎読書
これをチェックし合うだけでいい

中野
ec2-54-250-249-35.ap-northeast-1.compute.amazonaws.com

じゃあ質問します
基礎読書
世界文学日本文学ですね
これも作家の作品で全部読む必要があります
太宰治、村上春樹、ドストエフスキー、マルクス、経済学、
なら僕は全部読んでいます
ただ漱石とかあらがあるんでそういうブランドを全部踏襲する必要があります
後クーンツリストは四割程度です

ブロンコさんもシンさんも読書量で競ったらいかがですか

中野
ec2-18-183-75-22.ap-northeast-1.compute.amazonaws.com

例えばですね
ローズマリーの赤ちゃんとか読んで模倣してればグロテスクホラーものでもここまで酷くならないわけです
だから基礎読書というのがまず肝心なわけです。シン、ブロンコ共そこができていないからです、前回シンさんはそこができていて太宰とか読んでいたから僕のを批評できたけど
シンさんは文学理論がザルだから萌えキャラがノウハウではないというような境地なわけです。こうやって叩き合ってるにしろちゃんと叩き合わないと高め合わないと文学賞なんて無理です。

中野
ec2-54-199-199-5.ap-northeast-1.compute.amazonaws.com

だから萌えキャラのことで言うと
僕の高校の後輩で滝本竜彦というライトノベル作家がいる
その基本はエロゲームのパターンなんです
そんな簡単な知識を持ってないからシンさんの文学理論はザルだというんです
例えばシンさんは物語が太宰の基礎だが
文学理論がザルで物語は知らないというようなことです。
後ブロンコもかけるようにしないとダメだと思う
そうやって高めあっていかないと
この地獄に終わりはないですよ

sin
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 たしかに萌えヒロイン云々についてはあれだと説明不足でしたね。
 補足すると、サブカルと文芸では形式への依存度がまるで違います。サブカルの方が形式への依存度が圧倒的に高く、個性というものが文芸ほど重視されません。しかしその分形式が風化していく速度も段違いです。例えば、一昔前はあれだけ流行っていた妹系や暴力系も今ではすっかり下火になりました。
 要するに、形式に乗るにしても時代に対する嗅覚が必要なわけです。例えば一昔前の少年漫画のヒロインは、主人公の添え物みたいなキャラばかりで戦闘ではあまり役に立たないのが普通でした。しかし近年ヒットした少年漫画(「鬼滅の刃」、「呪術廻戦」、「チェンソーマン 」あたり)に登場するヒロインは戦闘でも大いに活躍したり、男キャラに負けないだけの主体性があったり、強烈な個性の持ち主だったりと一昔前の主流とは明らかに異なります。
 先ほどサブカルにおいては文芸ほど個性が重視されないといいましたが、これは相対的な表現であり、サブカルにおいても星の数ほどある作品の中で突出するにはやはり優れた個性が必要不可欠です。そして時代の潮流はヒロインにも個性や主体性を求める方向に偏りつつあります。エロゲのキャラにありがちな、男の願望ばかり投影したお人形みたいなヒロインのパターンはもう賞味期限が近いわけです。そういう意味で、テンプレを加工するような萌えヒロイン像には限界があると思います。少なくともサブカルにおいては当分の間個性重視の時代がつづくでしょう。
 もしくは、萌えヒロインという概念について詳しく知りたいなら、斉藤環の『戦闘美少女の精神分析』とかあっち系の本を読めばよいのではと。ただああいった書籍で得られる知識が実践で役に立つかというと僕は甚だ疑問ですが。まあ、あなたの書こうとしてある話の方向性には合うんじゃないですか? あとオタクの原動力がどれだけ性欲に依存してるか、現代の萌えヒロインと吾妻ひでおの描くような「美少女」との境界線はどこにあるのか、とか。まあこの辺りはあなたでもよく知ってそうですが。

 少し話柄がずれますが、文芸における女性の役割の重要性については、大江健三郎が『新しい文学のために』という本でフォークナーやドストエフスキー、バルザックのヒロインを例にわかりやすくまとめています。よければそちらの方を読んでみてください。大江自身キャリア後半の作品ではしばしば女性に焦点を当てています。(『人生の親戚』や「四万年前のタチアオイ」、「茱萸の木の教え 序」など)また安部公房も、失踪三部作などでよく見られるように、主人公である男性と女性を対置することで作品をポリフォニックにする手法を用いがちなイメージがあります。文芸における女性の活用の一例として参考になるのではないかと思います。

 以上、僕の乏しい知識から捻り出したものです。正直あなたに教えるというより、自分の知識の虫干しを目的としていたふしがあります。役立つかどうかなんて知りません。まあ自己満足みたいなものです。

中野
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文献紹介ありがとうございました
こういう文献紹介を伴う叩き合ってるのが必要です
一方テンプレ論では本質的にエロゲーム的テンプレに時代テンプレや個性テンプレが必要になったというだけです。方法論が変わったわけではありません。個性や時代の読みもまたテンプレです。
こういう視点は小室直樹や宮台真司「サブカルチャー神話解体」を読むと少しはわかると思います。または図解社会経済学、大谷を読むことを勧めます。いわゆる社会学系の時代を読むテンプレですがやはりテンプレに過ぎません

中野
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もちろんもっとわかりやすく書くと小室直樹や宮台真司よいうのは社会学ですがこういう表面上起こる現象「時代が変わる」に際して果たしてどうなのかえおしえてくれる視座を持った学者です。オタクの精神分析の本も間違いなく役に立ってくるのです。使い方次第です

中野
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その意味で文学とサブカルチャー大衆文学は形式に依拠するかということも実はあやふやなわけです文学が確かに形式だけではできないそれはわかります。でもそれは文学も大衆文学、サブカルの文法を無視していいわけではありません
それに文学者は学問に触れなくてはならない学問それ自体形式です。そこからつくされた形式の外が文学なのです
だがらグロテスクリアリズムについて書くならローズマリーの赤ちゃんみたいな文学の形式、グロテスクリアリズムの哲学など学問的形式これを弁えた、形式の外が文学です。

ね? 基礎読書を中心にやる議論はまともでしょう

中野
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もうちょっと分析してみましょう
僕は社会学系経済学系バックグラウンドがあるけど文学系バックグランドがないそれを補強しなきゃとか
シンさんだったら文学系バックグランドはあるけど社会学系バックグランドはないから常識外しに対処できないわけでしょう
それに生命倫理の哲学がないし文学理論もあやふやだから今回は失敗作だった
珍しいカエルを見つけてそれは偉いんだけど話にしたらつまんないということです

中野
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でもシンさんは及第点だよ本読んでる
こう言う人だけがご飯ユーザーだったら
ご飯も変わるでしょう

地蔵
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>命そのものが宿す根源的な「醜さ」を象徴しているかのようだ。

生命に対する嫌悪の表明とか、その後に続く胎児の描写がとても初期大江健三郎的だな、と。『死者の奢り』の溶液につかる死体の描写と似てますが、御作は強度が足りないと感じました。
初期大江の佳作群は、本人も認めていましたが、ピエール・ガスカールという同時代のフランスの作家の作品の模倣です。自分は確認のため立ち読みで瞥見した程度ですが、文体がほとんどコピーと言っていいくらい似ていました(文学的アイドルの失墜というか、がっかりでしたが、創作というものの本質がここには表れているのかもしれません)。
ですので、御作はコピーのコピーという印象が否めませんが、他作品からの影響について、あんまり口うるさく言うのは個人的に好きではありません。
より本質的な問題は、御作が時代の空気と合致していないと感じるところですかね。大江の初期作品は時代の空気と合致していたが、そういった文脈を無視してかっこいいと思ったものを素朴に自作に投入すると、同時代の読者から「???」と受け取られてしまう。
正確に言うと、他作品からの影響関係を知っている者からすれば「味が薄いな」と感じるし、知らない人からすれば文脈無視のコピペなので新しいと感じるよりただ困惑する。
時代の空気と合致というのは、大江が出て来た頃は戦後で実存主義が流行ってた時代。戦争を通して人類の醜悪さが最大限に露出した時代の直後で、その記憶が生々しく、次の時代への方向性が見えず荒廃した街中でみんなが途方に暮れていた。合理主義や科学技術を信じて突き進んできたが、人類を破壊に導くあてにならない方針であることがわかった。国家が言うことも信用できない。一人の個人に立ち返って、実存から出発し、孤独に、自由に、自分で考え、権力や権威を疑い、正しい道を求めて生きていく、核の恐怖に怯えながら。そういう時代に大江の初期佳作群の雰囲気はとてもよくマッチしていた。人間存在に対するニヒリスティックな視座、嫌悪感、うんざりした感情、孤独感、寂寥感……。
今は情報化社会でいろいろなものが可視化され、他文化とのつながりも容易になり、知ることで人類はより寛容になったり、自分自身を客観視できるようになった。
合理主義的思考で捨象される他者の人間的なディテールがすくい上げられ、マイノリティの苦痛の声はSNSで拾い上げられ世界に拡散される。ダイバーシティだの何だのと。
明るい兆しがある時代に、人間存在に対する嫌悪感の表明は退嬰的というか、怠惰というか、非生産的な思考停止で時代の空気にそぐわないし、そっぽ向く読者も多いと思う。

グロテスクな描写については、それ自体が目的化するのは幼稚で、文学的な何らかの狙いがなければダメだと思いますね。大江の場合はそれを人間描写に向けることで、同時代の人々が共有していた人類のポテンシャルに対する失望や、人間存在に対する嫌悪感や怒り、次代を担う人々の孤独感や不安感をうまく代弁できていたと思います。

中野
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なかなか良い感想がついてますが
大江の影響でこれを書いた都すると
やはり何らかの思想性が必要な訳です
犬を殺す話とかそうせざるを得ない必然性があったから大江は受けたんですが
大丘は老後の性よく発散のために小説書いてますがそれじゃあやばいわけでしょう

sin
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>地蔵さん
 ご感想ありがとうございます。大江さんからの影響とはまたちょっと違いますね。最初はもっとライトな話を書こうとしていたのですが、書いてるうちにああいう方向に行きました。
 ピエール・ガスカールの名前が出て勉強家の方がいるのだなと思ったのですが、大江がトレースしたガスカールの文体の特徴は、渡辺一夫が指摘したような平明な描写の中に主観的な表現が混じることだったと思います。(あとは動物のイメージの多様)あれは本当に独特の技術で僕がコピーすることなどまず無理です。またグロテスクリアリズムともちょっと違いますかね。僕の話にカーニバル性などかけらもありませんから。今回意識したのは単に、文章全体に異化作用をはたらかせることでした。(まあ異化も大江健三郎の主要な技法なのですが)しかしどうもこなれ感が足りなかったなというか、力の入れ方がまずかったのでしょうか。違う方向性を模索するべきだなと思います。
 時代という点では、現代ってそんないい時代か?と思います。マイノリティの声が云々といっても、在日朝鮮人への差別だとか、技能実習生の問題、貧困の問題など、弱者にまつわる問題は多々残っていますし、マイノリティの声に敏感な国民が多数派とは到底思えませんし。大江の初期作品はしばしば観念的と非難されましたが、思うにこのことは時代に対しただ俯瞰的な視座ばかり持とうとし、そうして得た一面的な認識を作品へと落とし込む手法の限界を示しているのではないかと。『われらの時代』が村のふしだら娘のように扱われ、『万延元年のフットボール』が安保問題へのアンサーとしてあれほど評価されたのはそこに一因があるでしょう。
 ではどのようにして時代に対峙するかといえば、僕にも答えは用意できていないのですが。ただひとつ言えるのは、やはり実践が一番大事ということです。
 
 

地蔵
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カーニバル性とか、グロテスクリアリズムとか、異化作用とか、どれも私が言及していない文学の専門用語ですが、これらの概念が脈絡なく出て来て、話が変な方向にずれてしまっているように感じます。言葉を借りるならとても「観念的」。
このこととも通じるのですが、作者さんは現実世界を観察して小説を書くというより、本だけから情報を得て小説を書いているような印象を受けます。私は現代という時代を「いい時代」だとは言っていません。いい時代か、悪い時代かという点について議論するつもりはなく、ただ、作者さんの持つ人間観が時代遅れで心に響かないと言っているだけです。時代遅れなのは他作家の表面的な模倣だからだと思います。
小説が時代とリンクしていないということは、世間知らずということであり、独りよがりということ。書を捨てて町へ出てみれば? と思った次第。

sin
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>地蔵さん
 なんか中野さんのせいで僕まで知識を晒してマウント取りたがる人と思われてませんかね。大江の模倣という指摘はちゃっと違うんだよなあ、ということを言いたかっただけなのですが、
 いや、僕も実践が大事と先ほど述べたように、書を捨て町に出ることの大切さは身にしみて知っているつもりです。ただ僕の場合若造のため人生経験が圧倒的に足りませんし、そもそも人生経験なんて一朝一夕では身につかないのが困りものなわけです。そのあたり、あなたの批評は僕の痛いところを突いてますし、僕自身いろいろ悩んでもいるのです。
 ただ「作品が時代にリンクしていないから、書を捨て町へ出よ」は、考えとしてはこれまた「観念的」だなと感じます。作品と時代との関係ってそんな単純なものではないと思うんですよ。サブカルの流行りの作品見てもそれは肌で感じ取れます。時代の問題はとても重要ですし、だからこそ僕たちみたいな作家志望者はこのことについてもっと深く掘り下げていかねばならないなと。
 
 

中野
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まあ知識マウントになっちゃうのか
それはそれで仕方ないかな
ある種ネットでいい人
例えば上目目線を使わない
とかだけじゃご飯の末期はもう重篤だし

R
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カエルがいらないとか、心理描写が粗いとか、いろいろあると思うんですけど、根っこの原因はテーマの詰め込みすぎだと感じました。奥さん異常だから殺すとか、子供にも遺伝しているだろうから間引きするとか、はたまた人口問題だとか、こんだけ詰め込めば描写が粗くなるのは避けられないと思います。
テーマありきで書くのならひとつに絞り、原型は時代遅れだろうが何だろうが、大切なのはそこに自分なりの切り口を見つけることだと思います。

sin
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>Rさん
 ご感想ありがとうございます。詰め込みすぎというのは夜の雨さんのご指摘にもありましたね。もとより一万字強で書けるテーマではなかったのかもしれません。

ブロンコ(穴蔵の神
KD111239123168.au-net.ne.jp

そうじゃないよ、見たいつもりの世界への観察の甘さだよ

つまんない言い訳するから、いつまでもわかんない



おまえは人間が書けない、って、もうずっと前から言ってんの
ごまかすな

中野
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擁護するようだけどブロンコよりシンさんの方が百倍は上だよ
人間が書けないって例えばなんの人間論から言ってんの言えないだろ
ブロンコはハッタリと喧嘩だけで一切裏付けないんだよ推敲三回だし
誤魔化してるのはブロンコは中年女でシンさんは若いってことだよ

ブロンコ(穴蔵の神
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もう黙ったほうがいいよ中野



おまえこそ価値ないから、言うだけ相手が気の毒になんの
おまえを相手にしたのは、sinが人間音痴だからなの
おまえが言う、”若さ”でもいいよ

もっと正当な”若さ”なんて、他にちゃんとあるんだよ馬鹿



おまえが思うことは、おまえがやればいいの
こいつまじでヤベぇ、ってしか誰も思ってないこといつまでも騒いでんなっつうのこのサル


おまえ昨日から感想何一つ書いてないよ
言い訳ばっかしてんの


なんの役にも立ってねえ





ダウナー食らって寝ちまえサル

中野
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まあハッタリだけだなブロンコ
宣言してやるよ
俺は文藝賞来年取る
司法試験受けて公務員試験も受けてジュンキャリア官僚になる
厚生労働省か財務省か総理府に行く
人事院に行ければ人事院に行く

天下国家を相手にして定年後は総理大臣になる
おまえを道化のサル大臣ブロンコに任命してやる

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