作家でごはん!鍛練場
青井水脈

浜辺の町のボトルメール

 ここは大西洋沿岸部の小さな町。波が穏やかなある冬の日。浜辺の赤い屋根の家で暮らす老夫婦が散歩していました。ネイビーブルーのジャンパーの襟を海風にはためかせる主人と桜色に近い薄いピンク色のコートが似合う奥さんが、寄り添うように歩いているところでした。
「じいさん、あれあれ! ほら、見て! 」
 奥さんが沖の方に見える黒い塊を指差しました。
「クジラだわ、マッコウクジラかしら」
 主人が碧い目を細めて、奥さんが指差す黒い塊を凝視しました。
「いや、マッコウクジラよりも、シロナガスクジラじゃないか? あれだけ大きなクジラを見るなんて、ここに住んで大分経つが初めてかもしれないな」
 頭部、背中、ヒレまでを水面から出し悠々と潮を吹くクジラに、老夫婦はすっかり目を奪われました。

 それから十分近く。クジラも見えなくなり、老夫婦は再び歩き出しました。
「やあ、我が町のルービックキューブチャンピオン」
 主人が一人の青年を見つけ、声をかけました。痩せて眼鏡をかけた青年は、浜辺で屈みこんで貝殻を拾っているところでした。
「こんな小さな町でチャンピオンって言われても、嬉しくはないよ」
 立ち上がり貝殻をパーカーのポケットに突っ込んだ青年はそう言いましたが、主人とは冗談が通じる仲なので、二人とも口元は笑っていました。
「なんだい? それ」
 青年がもう片方の手に透明の瓶を持っているのに気づいた主人が尋ねました。小さな果実酒の瓶くらいの大きさで、中には折り畳まれた紙が入っていました。
「ボトルメールだよ」
ボトルメールとは、手紙を瓶に入れて海に流すこと。
「なんて書いたの? 」
 奥さんが尋ねました。
「彼女が欲しいです」
 一瞬ですが、静まった空気が流れました。
「冗談はやめといて……。気の置けない友達に話すみたいに、思ってることを書いたんだ。僕は他の連中みたいに、スケボーにもフットボールにも熱中できないだろ。とにかく話したいこと。海の話とか、この辺の変わりやすい天気の話とか。今読んでるシェイクスピアの本の話とか、そういう話」
「なるほどね」
 主人は頷きました。青年はボトルを海に向かって投げると、砂浜を駆けていきました。老夫婦は、ボトルが大きな波にさらわれて姿が見えなくなるまで見守っていました。

 それから数日後。
「シロナガスクジラから返事が来たよ! 」
 家のすぐ近くを歩いていた老夫婦の姿を見るなり、青年が駆け寄ってきました。息を切らしながら青年は、ライトブルーの大きめの瓶から手紙を取り出しました。青年が手紙を読み始めました。
『お手紙ありがとうございました。私の姿は毎日、そちらの砂浜から見えるのでしょう。私、シロナガスクジラ以外にもザトウクジラ、ミンククジラなどクジラはたくさんいます。
 大学で海洋学を学びたいとは素晴らしい。環境保護にも関心を持っていただけたらありがたいのですが。悲しいことに何年も前から、クラゲと間違えてビニール袋を飲み込んで亡くなるウミガメが後を立たないのです。
 こちらからは、ゆらゆら揺れるイソギンチャクの間から顔を出すクマノミの親子が見えます、なんと可愛いこと。ホオジロザメですか?あれはまことに恐ろしいです』
 老夫婦も青年も、手紙を読んでは微笑みを浮かべ、またくすくす笑ったものです。けれどその手紙をせっせと書いたのは、実は筆まめのマンボウさんなのでしたーー。

浜辺の町のボトルメール

執筆の狙い

作者 青井水脈
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1400文字ほどですが、童話感覚で書きました。最後の一行をふと思いついて以来、温めていたお話です。お手柔らかにお願いします。

コメント

浅野浩二
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心温まる童話でステキだと思います。

大丘 忍
p139045-ipngn200403osakachuo.osaka.ocn.ne.jp

読んでほっこりとするいい話ですね。

青井水脈
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浅野浩二さん
読んでいただいてありがとうございます。励みになります。

青井水脈
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大丘忍さん
読んでいただいて、温かいコメントありがとうございます。

飼い猫ちゃりりん
KD106128157232.au-net.ne.jp

青井水脈様
優しいお話ですね。また読ませて下さい。

青井水脈
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読んでいただき、嬉しいお言葉ありがとうございました。

夜の雨
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「浜辺の町のボトルメール」読みました。

説明ではなくて具体的にエピソードで書いているので、物語に入りやすいです。
かなり短いですがドラマの世界が頭の中に入ります。
年老いた夫婦が浜辺の町にいて海辺を歩いていたのでしょう、沖には鯨が悠々と泳いでいる風景。
知り合いの青年と出くわしたところ、彼はボトルメールを持っていたという展開です。
冗談が通じる仲というところが「メールの内容」の、伏線になりますね。
お互いによく知っているということで。
御作では「彼女」という冗談から「海の話とか、この辺の変わりやすい天気の話とか。今読んでるシェイクスピアの本の話とか」という流れになっています。
身近なところから、文学の話まであるところが、青年の生真面目さとか、趣味の良さをあらわしていると思いますね。
そして返事が来る。
「シロナガスクジラ」からでしたが、ラストは「マンボウ」というオチになっています。
このラストへの流れが「作品全体の『海』という題材」から来ているのだろうと思います。
「マンボウ」といえば、オチにユーモアもあります。

御作の流れ(構成)を自然にするのなら、老夫婦が青年と話した後に自宅に帰り「近くに住んでいる孫娘にそのボトルメールの話をした」ということにすればよいと思います。

数日後「シロナガスクジラから返事が来たよ!」
家のすぐ近くを歩いていた老夫婦の姿を見るなり、青年が駆け寄ってきました。

という展開にすればいかがですか。

老夫婦はきっと孫娘がシロナガスクジラの代筆をしたのだろうと、家への帰り話をしていて、「後日孫娘に話すと」、笑いながら「知らないよ」との返答。
で、ラスト。

こうやると話が自然体になります。
読み手は「孫娘が返事を書いた」のだろうと思いますが、そうではないとも解釈できます。

御作は海の広さやら人間の愛情やらが書かれている作品なので、シロナガスクジラ、マンボウという流れも童話的でよいのですが、そこに人間的な愛情を少し加えるのも面白いのではないかと思いましたが。

イメージが膨らむ作品ありがとうございました。

青井水脈
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夜の雨さん
まず読んでいただいてありがとうございます。それから短い本作を解説いただいて、とても参考にもなりました、ありがとうございました。
絵本や本当に子供向けの童話だったら、クジラやマンボウのやりとりで成立しそうです。せっかくですからコメントの通り、青年にも変化をもたらせると良いのでしょうね。

青木 航
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 青井水脈様、何時も拙作をお読み頂き早々コメントを頂いていながら遅くなって申し訳ありません。

 全体で言えば、他の方々が仰っているように、ほっこりとした良い作品で読み易い作品でした。青井さんの人柄が出ていますね。

 細かいことを言いますと、これだと、雰囲気的には、舞台が高知でも良かったのではないかと言う感じがします。
 北欧らしい雰囲気を出すには、『ご主人』『奥さん』と言う言い方では無く、北欧っぽい名前を使った方が良かったのではと、個人的には思う次第です。

 それから、『「歴史探偵」 平安京ダークサイド』の番組情報有難うございます。是非観ます。
 余談ですが、平城京からまず長岡京へ遷都が行われましたが、10年ほどですぐ平安京へ再遷都せざるを得なかったんですね。
 理由は、ラノベっぽく言えば怨霊に悩まされてと言う事になりますが、長岡京って直ぐ浸水してしまうんで、感染症の流行も避けられなかったからでしょうね。
 感染症と怨霊はイメージ的につながりますね。平安京でも右京はじめじめしていて西市が廃れてしまったり、宅地化が進まず、京内では禁止されていた他を作る者も居たようですね。

えんがわ
p2215247-ipngn9802souka.saitama.ocn.ne.jp

うん。雰囲気が優しいよね。登場人物同志がお互い、温もりを持って、話しかけていて。
こういう人と人のふれあいの楽しさ。優しさ。

>それから数日後。
「シロナガスクジラから返事が来たよ! 」

ここの転部が好きだなぁ。現実とファンタジーが混ざって、独特の話が続きつつ、
やっぱり人類への警鐘を穏やかに伝え続けて。

うん、好きです。

青井水脈
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青木さん
読んでいただいて嬉しいです、ありがとうございます。外国が舞台の方がよりメルヘンチックな印象になるでしょうが、高知県で海沿いの町にするなら、見直す点もありますね。

青井水脈
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えんがわさん
読んでいただいて、好きという感想がありがたいです。環境問題は難しいですが、童話でもさりげなく絡めるくらいが良いのでしょうね。ありがとうございました。

味噌胡麻
st0374.nas931.n-yokohama.nttpc.ne.jp

読んでいて、こころが温まります。
小学校の図書館の本棚に置いてありそうな掌編。
文体も柔らかくて、読んでいて心地よかったです。
だけど、難しい環境テーマが軸にあり、
著者の挑戦を感じました。

青井水脈
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味噌胡麻さん
読んでいただいてありがとうございます。私には勿体ないくらいの褒め言葉で、恐縮なくらいです。

文子
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短い作品ながら、潮の香りを孕んだ海風が、ふわりと耳もとを吹き通るような雰囲気がありました。「小さな町のルービックキューブチャンピオン」という表現は、短くも青年の様相がくっきりと伝わりました。

『環境保護にも関心を持っていただけたらありがたいのですが。』という手紙の内容と、ボトルメールも瓶を海に投棄する行為というのが、何かちぐはぐで面白かったのですが、正直、オチのマンボウは意味がわかりません。

青井水脈
om126194198241.10.openmobile.ne.jp

文子さん
読んでいただいてありがとうございます。確かに絵本や童話の雰囲気を出そうとしましたが、意味は分からなかったというコメントいただいても、無理もないと思っています。参考にさせていただきます。

5150
62.170.249.154

青井さまの性格が滲み出ているような作風に思えました。優しくて、おおらかなトーンです。

何気なく青年がいい味出してます。土地にどっぷりとは馴染めない感じでしょうか。

そんな青年に応えるようにしての、シロナガスクジラからの返事。

土地の他の者とはちょっと違った青年だからこそ、環境保護みたいなことを持ち出してきたのかな。彼ならわかってもらえると思ったのかも。

返事を書いたのがなんでマンボウだったのか、いまいちわかりませんでした。

偏差値45
KD106154138014.au-net.ne.jp

>童話感覚で書きました

読者層が分かりませんでした。
子供も向けという雰囲気がしません。 
個人的には、頭がかたいので、納得できない部分がありますね。

>ボトルメール
ドラえもんの道具のようです。
「流石に便利すぎるでしょう」

>実は筆まめのマンボウさんなのでしたーー。
「そもそも文字が書けないでしょう」

例えば、おサルさんが人間の言葉を話したり、野球をした。
その程度の範囲ならば良いとは、思いますが、おサルが空中を飛行して移動した、となれば、それはやり過ぎですよね。それと同じ感覚ですね。

青井水脈
om126194198241.10.openmobile.ne.jp

5150さん

特別意識したわけではなかったのですが、トーンというか、海沿いの町の雰囲気が伝わったなら幸いです。
それこそ海洋生物をキャラクターにして人間が出てこない話なら、童話に特化できますよね。改良の余地がありそうです。読んでいただいてありがとうございました。

青井水脈
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偏差値45さん

ご指摘は最もです。大人の読む童話というのも有りかと思って今回は投稿してみました。読んでいただいて、感想もありがたかったです。

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