作家でごはん!鍛練場

種間競争

 ベッドへ仰向けになると、天井で小さな蚊蜻蛉がバウンドしていた。 
 ぶつかっては跳ね返り、ぶつかっては跳ね返りを幾度となく繰り返す。天井を突き破って外に出るつもりらしい。薄氷のような羽根は羽ばたくだけで破れそうで、縫い糸のような脚はひょこひょこと月面を蹴るかのよう。羽衣で硬い岩を削るみたいだ、と私は思った。
 劫を待つこと無く数分。蚊蜻蛉は、ぴたりと動かなくなった。自分が途方も無いことをしていると悟ったのだろう、足を投げ出し、天井にへばりついている。返しのついた足先はざらざらとした天井材の珪藻土に食い込んでいた。動きの止まった蚊蜻蛉をじっと見つめるうちに、私はいつのまにかうつらうつらした。
 数十分くらい眠っていただろうか。目を開けると天井で、相変わらず蚊蜻蛉がじっとしていた。ははん、これは体力の温存をしているんだな、と寝起きの妙に冴えた私の直感が働いた。花の蜜など吸えない家の中では、当然活動に必要なエネルギーを補給できない。洗面台にもよく蛾や羽虫がじっとしているが、彼らも同様の理由であろう。脱出をあきらめた蚊蜻蛉は最初こそ呆然としていた。しかし、生きるため、体力を保つために小さな頭脳(比喩としての)を一生懸命に働かせ、じっとするという選択を取ったのである。何という生への執着心であろうか!
 私は、横になったままナイトテーブルの引き出しを引っ張ると、文房具やらなんやらから輪ゴムを一つ取り出した。左手の親指にそれを引っ掛け、垂れ下がった方を右手に持ち、そのままゆっくりときつく引き絞る。天井へ向けて右手を離し、一閃。私は私の生存本能を守った。

種間競争

執筆の狙い

作者
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随筆です。感じたことを書きました。ご鞭撻の程よろしくお願いいたします。

コメント

浅野浩二
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志賀直哉より優れていると思います。

R
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おそらく上の方は『城の崎にて』が虫の"死"を描いているのに対して、御作は"生"を描いている(最終的には死?にますが)、という感想をお持ちなのだと思います。私も同じような感想を抱き、そして御作はこれはこれでおもしろいと感じましたので、三点ほど書かせていただきます。

ひとつは、虫や動物の"生"への執着は、世間では当たり前と認識されていますが、そこを語り手は経験を通して改めて実感したこと。同じ事象であっても、認識と実感は頭の中では全く違う現象なのだということに読んでいて気付かされます。たとえばニュースなどで知っていること、正確には知っていると思い込んでいること、そういった虚構の価値観や常識とは別の価値体系をつくるという小説のひとつの作用として、うまく働いていると感じました。
もうひとつは文章のことで、たとえば >返しのついた足先はざらざらとした天井材の珪藻土に食い込んでいた。 というような細かな描写がさらりと書かれるあたり、後半の語り手の実感にシームレスに繋がっていると思います。
最後に、こういうなんでもないことを書こうとすること自体が着眼点としておもしろいです。ぜひ随筆でもなんでもいいので、機会があればまた書いてほしいです。

あえてケチをつけるなら、結末があっけないというか、なんだか無理やり終わらせた感があるところですかね。

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R様
うれしいコメントありがとうございます。
“認識と実感は違う”ということ。拙作において直接的に意識したことではないのですが、このような捉え方もできるんだと、驚くばかりです。受け手によって作品の形は変わるとよく言われますが、まさしくそれを実感できました。
おっしゃる通り、タイトルの回収となんかオチつけたほうがいっかなーという理由で、とってつけたような結末となってしまいましたので、これは今後の課題にしようと思います。

味噌胡麻
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淡々と綴られる文章の中に派手さはありません。
しかし、筆力をかんじました。

その部屋の中に吸い込まれそうになります。
自分も天井を仰ぎ見ているようです。

日常に埋もれがちな場面を切り取り、
語り手の心情を深く掘り下げる方法もあるのだと
思いました。
いい勉強になりました。
ありがとうございました。

夜の雨
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「種間競争」読みました。

説明ではなくて描写でエピソードを書いているので内容がわかりやすいです。

「蚊蜻蛉」の生態の一面が書かれていて「あるある」と思いました。
「蚊」にしたらたいそう足の長いまた空も飛べて自由でいいよなぁと、人間様に対していやみたらしい生き物ですが、御作ではそういったところは書かれておらず、卑屈な日常を送っているであろう「蚊蜻蛉」の閉じ込められた空間世界で対人間関係もままならず、とりあえずは体力を温存している様子です。
主人公の人間様はそんな蚊蜻蛉をよく観察していて
「返しのついた足先はざらざらとした天井材の珪藻土に食い込んでいた。」
こういう普通は見えないところまで見えているところが「どうなんだろうなぁ」と感じました。
三人称ならよいのですが、一人称で書かれているので、表現に無理があるかも。
ラストまで読むと「私は私の生存本能を守った。」ということで輪ゴムにより「蚊蜻蛉」を攻撃して撃退した模様です。
文章は読みやすく内容もわかりやすい、おまけにエピソードで書いてあるので納得の作品でした。

●気が付いたところ。
上にも書きましたが一人称なのに「見えないところが見えているように書かれている」ので、表現に無理があるかな。

「種間競争」とタイトルにありますが、「蚊蜻蛉」は人間の血は吸わないようです。

>>花の蜜など吸えない家の中では、当然活動に必要なエネルギーを補給できない。<<
と、作者さんもわかっておられるようですが、「種間競争」このタイトルだと、読み手に勘違いされそうです、人間の血を吸うのかと。

>蚊は花の蜜などを吸い、メスだけが産卵期に限って吸血しますが、ガガンボ(蚊蜻蛉)はオスもメスも花の蜜などを吸うだけで、ヒトに害を及ぼすことはありません。< ネット検索で調べた蚊蜻蛉の生態。

あと、主人公にちょっとした個性をもたして描けば面白くなるのではないかと思いました。

以上です。

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夜の雨様
為になるコメントありがとうございます。
タイトルに少し整合性がないと言いますか、描写の細かい粗が目立つと言いますか、改めて読み返してみて気付かされました。主人公にちょっとした個性を持たせるというのも確かに面白くなりそうです。次は人物の視点の範囲を考え、徹底した主題へ対する物語を書くということに気を配ろうと思います。

文子
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とても良い文章でした。

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