作家でごはん!鍛練場
飼い猫ちゃりりん

アイラブユー

「エミ。こんな糞田舎なんて出た方がいい。卒業したら東京で暮らそう」
 私が居酒屋を経営する夢を語ると、彼女は都会が怖い、地元を離れたくないと言って私の腕の中で泣いた。しかし、私は彼女を抱き締めて離さなかった。

 社会に出ると現実は厳しく、私は二十歳半ばで挫折してしまった。集団の中で生きることが苦手だった私は、絵美に相談をした。
「たこ焼きの屋台をやろう。じいちゃんがしていたから、要領はよく知っているんだ」
 しかし、開業に必要な資金はもう残っていなかった。彼女は、「実家に頼んでみる」と言ってくれたが、二人とも両親の反対を押し切って一緒になり、故郷を捨てて都会に出て来たのだ。母は絵美を、「チンピラ娘」と呼んでいたし、絵美の両親は、私を「クズ」と見做していた。

 ある日、絵美は、「これで足りる?」と言って分厚い銀行の封筒を見せた。そこには開業できるだけの資金が入っていた。
「どうしたの? このお金」
「貯金を実家に預けてあったの」
「そうか」
 彼女が「パート」で稼いだ金であることは察しがついた。そしてその「パート」がどんなものか、私は知らないふりをしていた。私は本当に「クズ」だったのだ。

 多摩川の空き地で屋台を始めて十年が過ぎ、それなりに常連客もできた。
 たこ焼きの売り上げだけじゃ生活は苦しい。でも貧乏人は、貧乏でも幸せに暮らせる方法を知っている。あとは子供がいれば言うことは無いのだが。絵美も、「子供がいれば……」と何気に言うことがある。

 昨年の秋から、三毛の子猫が屋台を訪れるようになった。絵美は三毛が現れるたびに、たこ焼きを砕いて与えた。「ふー、ふー」とたこ焼きを冷ます彼女が、子供の世話をする母親に見えた。

 多摩川の桜が咲けば、屋台にも春が訪れる。桜を観に来た人たちが、たこ焼きを買ってくれるからだ。三毛は売上にも貢献してくれた。三毛を撫でるために訪れる客が何人もいたのだ。
 土手の桜が散ると、三毛は屋台に現れなくなった。二日つづいた雨がやんだ日の午後、看板を「準備中」にして二人で土手を探し歩いた。
 三毛は、雨粒が輝く緑の中で、白い猫を追いかけていた。三毛が白猫に追いつくと、二匹は菜花が咲く斜面に寝そべり、体を舐め合っていた。
 三毛は白猫を屋台に連れて来るようになった。絵美は皿にたこ焼きをのせると、「はいどうぞ」と言って白猫に与えた。その姿は、息子の嫁を思いやる母親のようだった。そんな幸せな日々が何日も続いた。ずっと続くのだろうと思っていた。

 秋になると、二匹は忽然と姿を消した。一日や二日現れないことはそれまでにもあった。しかし今度ばかりは、かれこれ一週間も顔を見せないのだ。また二人で土手を探してみたが、見つけることはできなかった。散歩をしている人にも聞いてみたが、誰も二匹のことを知らなかった。
 屋台に戻って「準備中」の看板を「営業中」に変えると、すぐに子供たちが並び始めた。その子らも土手の猫たちを可愛がっていたのだ。
「お母さんが、猫に餌をあげちゃダメって言うんだ。家までついてくるからって。この前も家までついて来たから、愛護センターに引き取りに来てもらったんだよ」
 
 愛護センターに電話をすると、直接会って説明したいと言われた。
 その施設は、郊外の広い緑地公園の中にあった。紅葉に包まれた駐車場に軽トラを止めて、正面玄関から入ると受付があった。そこで尋ねると、私たちはセンターの裏庭に案内された。

 裏庭には、長方形の石板でできた動物慰霊碑が据えられていた。木の葉が降り積もった石板には、「命はみな尊い」と刻まれていた。辺りは静寂に包まれていて、その施設で日々動物が処分されているとは思えなかった。
 二人でベンチに掛けて待っていると、作業服姿の男性が現れた。彼は困ったような表情を浮かべ、「飼い主の方ですか?」と私に尋ねた。「違います。ただ少し気になったので」と答えると、彼は、「そうですか……」と深いため息を漏らし、二匹のことを話し始めた。

「ここに回収された動物は、一週間ほどで殺処分されます。だだ処分までの数日の間に、里親希望者が現れれば小さな命は救われます。だから回収した動物の特徴をホームページに載せているのです。
 その三毛猫の特徴を記録していると意外なことが判明しました。その三毛猫は雄だったのです」

 私も絵美も、雄の三毛猫が極めて希少だなんて知らなかった。

「三毛猫に里親希望者が殺到することは間違いありませんでした。しかし、白猫は諦めるしかありませんでした。妊娠した猫を引き取る人は滅多にいないですからね。
 ホームページに公開した直後から、三毛猫を引き取りたいとの電話が立て続けに掛かり、小一時間もすると受付に列ができました。希望者たちは三毛と白猫が眠るゲージを覗き込むと、扉を開けて三毛に手を伸ばしました。すると三毛は、希望者たちに牙を剥き、触れようとする手に噛みついたのです。結局、希望者はみんな諦めて帰ってしまいました。

 殺処分は、ドリームボックスというステンレス製の小部屋に何十匹もの動物を追い込み、炭酸ガスを使用して行います。ガスを部屋に注入すると、動物たちは異変に怯えて動き回ります。中にはステンレスの壁に爪を立てて泣き叫ぶ動物もいます。私は涙を流す犬や猫を何匹も見てきました。動物にだって心はある。処分場の職員なら誰でも知っていることです。
 やがて動物たちは意識を失い、倒れて痙攣を始めます。口から泡を吹くこともありますが、苦痛の有無はわかりません。痛みがないことを祈るばかりです。私たち職員は、その様子を管理室からモニターで観ていて、全ての動物が動かなくなると、ボックスに入り遺体を回収するのです」

 絵美は涙を堪えながら話を聞いていた。

「結局、白猫と三毛に里親は付かず、その日を迎えました。動物の直感は人の想像以上に鋭いのです。動物たちは、迫り来る死を察知して、ボックスに移す前から怯え出します。しかし、白猫と三毛に怯えた様子はなく、檻の奥で静かに眠っていました。

 白猫と三毛を処分するボックスには、他から回収してきた数十匹の猫を一緒に入れました。私が炭酸ガスのボタンを押すと、猫たちは直ぐに異変に気づいて激しく動き回り、ステンレスの壁を引っ掻いて泣き叫びました。泡を吹いている猫もいましたが、やがて全ての猫が動かなくなりました。
 ボックスに入り、折り重なる亡骸を一匹づつ荷車に積んでいると、見たことのない光景を目にしました。三毛が白猫を抱きしめながら息絶えていたのです。三毛は、白猫とずっと一緒にいたかったのだと思います」

 私たちは慰霊碑に合掌をしてから帰途についた。妻は帰りの車の中でも泣いていた。「紅葉が綺麗だね」などと言ってみたが、彼女が泣きやむことはなかった。彼女の気を紛らわそうと思いラジオをつけると、昔二人でよく聴いた曲が流れ始めた。彼女は私の腕の中で、じっとその歌を聴いていたのだ。

 終わり

アイラブユー

執筆の狙い

作者 飼い猫ちゃりりん
106171078125.wi-fi.kddi.com

約2800字の掌編です。さらっと読んでください。

コメント

浅野浩二
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読んでいて涙が止まりませんでした

大丘 忍
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好き合った男女。子供が欲しい気持ちはよくわかりますね。ペットで代用といっても、やはり本当の子供とペットでは違うと思います。それでも、ペットを失う事は悲しい。その気持ちはよくわかりますね。

椎名
KD182251059080.au-net.ne.jp

特におもしろいとも上手いとも思わなかったです。若干文章が読みにくく感じました。物語もあまり一貫性がないような気がしました。

飼い猫ちゃりりん
KD106128158036.au-net.ne.jp

浅野浩二様
ありがとうございました。

飼い猫ちゃりりん
KD106128158036.au-net.ne.jp

椎名様
面白い作品を書けるように努力します。ありがとうございました。

飼い猫ちゃりりん
KD106128158036.au-net.ne.jp

大丘 忍様
読んで頂き感謝しております。ありがとうございました。

夜の雨
ai215255.d.west.v6connect.net

「アイラブユー」読みました。

主人公たちの夢と薄い幸せを絡めた人生に、猫たちの運命を重ねた作品ではないかと。
作者の飼い猫ちゃりりんさんは、ストーリーを創るのが上手い。
ただここからいかに膨らますかだと思いますが。
現状ではストーリーを読ませているという感じです。
現実世界のリアルなエピソードを重ねて主人公たちの愛情と生きざまを深くしておき、そこに猫たちの運命を描くと、感動も深くなるのでは。

お疲れさまでした。

青井水脈
om126194198241.10.openmobile.ne.jp

読ませていただきました。2800文字の中に詰まっているというか、ヘタに長くしてしまうよりも、完成度が高く綺麗だとと思いました。
彼女が帰りの車で泣き止まないように、言葉であれこれ語るより伝わるものがあると感じました。

飼い猫ちゃりりん
106171077183.wi-fi.kddi.com

夜の雨様
いつもありがとうございます。
確かにストーリーを読ませている感がありますね。飼い猫の構想が、大丘様のような「ちゃんとした作品」にするのか、それとも、詩的な散文にするのか、イマイチハッキリしていない。
 とにかくもうちょい肉付けが必要ですね。ありがとうございました。

飼い猫ちゃりりん
106171077183.wi-fi.kddi.com

青井水脈様
読んで頂き感謝しております。
もっと物語を厚くすべきか、それともその物語を読者の想像に委ねるべきか、このバランスは難しいですね。
少しづつ肉付けしていこうと思います。肥満児にならないように注意しながら。

文子
softbank060134045055.bbtec.net

三毛猫の雄が牙を剥いたからといって潔く諦める人たちにリアリティがなく、この部分は『白猫のそばを離れたくなかった』というラストの展開にも深く関わる描写であるため、総じて陳腐な作品になったと思います。感動ポルノのために形を整えられた世界とでもいいましょうか。

飼い猫ちゃりりん
KD106128157176.au-net.ne.jp

文子様
少しわざとらしいのですね。
でも感動して頂けて嬉しいです。

飼い猫ちゃりりん
106171076105.wi-fi.kddi.com

文子様
 先日は適切な指摘をして頂きありがとうございました。
 確かに諦めるシーンが不自然と言えばそうですね。単純に描写を失敗しているようです。飼い猫は、三毛が凶暴な虎の如く抵抗する構想を持っていたのです。

 あと、感動ポルノってダメなんですかね。飼い猫はポルノ自体肯定派なんですが。笑

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