夢
「夢はお持ちですか?」
制服を着た女の人が笑顔で尋ねた。事務的に対応されると思っていたのでホッとした。
「はい、右のポッケに小学生の時のやつが」
ポケットをまさぐったが砂粒の感触がしただけだった。
「で、でも、リュックに中学校のが」
僕は焦ってリュックを開いたが靴紐の切れたバスケットシューズしか入っていなかった。
「こ、高校のやつが確か」
女性は僕の言葉を遮って
「本当はお持ちじゃないんでしょ?夢」
と言う。いや、そんなはずはなかった。確かにあったはずだ。女性は続ける。
「夢を持たないで大人になれない法律はご存知ですよね。よくいらっしゃるんです。少年時代の夢がまだ自分の中に生きていると信じてここに来られる方が」
図星だった。 僕はムキになって
「でも、大人になってまで夢を持って何になるんですか。夢なんかなくたって十分生きて行けるじゃないですか」と強く言ってしまう。
「夢を持たなきゃ歯車になりますよ。そして役目を終えたらガラクタに。ただ生かされて静かに死を待つ人生です」
女性は冷静に告げる。そんなこと既に知っていた。それでも僕は信じたくないのだ。僕の夢が何なのか、どこにあるのかを見失っていたから。
「じゃあどうすればいいんですか」
もう泣きそうだった。女性が独り言のように語り出す。
「スティーブ・ジョブズだったかな、点を繋いで線を作るって話。過去の経験を生かせるかどうかは自分自身、一つ一つの経験を繋ぎ合わせて成功するみたいな」
何を言いたいのか分からなかった。
「経験ってのは誰にも奪うことの出来ないものですし、今までの人生全てが経験じゃないですか。経験が点だとすると、何を点にするかは選べるし自分が見落としている点もあるわけでしょ。まずは点を洗いざらいにして、そこから点を繋いで線を引けばいい、これから点を増やすこともできる。そうやって生まれた線や点がおぼろげながらも何かの形になっている、それが夢なんじゃないでしょうか。大人になって働きながら少しづつでも色を塗って行けばいい。あらかじめ引いた線を呪うことも、塗った色を別の色で塗り潰したくなることもあるでしょう。その度に苦悶して、それでも描くことを辞めずに生けて行く。そして最期にこれが俺の人生だと絵を見つめ胸を張って死ねる。まずは点を増やしましょう!まずはそれです!」
僕は泣いていた。でもやるべきことを確信した。
散髪に行こうと思った。服を買おうと思った。本を読もうと思った。生きる活力が満ち溢れるのを感じた。
引きこもっていた自分を恥じることはないと、それも自分だと、自分の知らない点があるのだと思えた。
女は男の背中を見送ると隣の同僚に笑いながら話しかけた。
「さっきの男ヤバくない?」
「確かに」
「なんか臭かったし」
「髪ボサボサで服も中学生かって」
「マニュアル通りにやって泣き出すんだもん」
「見てるこっちが恥ずかしくなった」
「ほんといい歳した中年が気持ち悪いわ」
執筆の狙い
ショートショートです。初投稿です。はじめてなので優しくして欲しいです。