作家でごはん!鍛練場
あおい

女二人旅

「ほら! ユミさんこっち!」
 すっかりはしゃいだ菜々子は、岩礁のくぼみに溜まった海水を覗き込みながら、声を弾ませた。
「魚がいるよ!」
「ヒールだから行かれない!」
 波の音に声を掻き消されないように、お互いに叫び合うようにして会話をする。久方ぶりに大きな声を出した祐実は、自分の喉から全力を尽くして出した音の、そのあまりの頼りなさに、思わず笑ってしまった。
「もう、仕方ないな」そんなことをぶつくさと言いながら、菜々子はくぼみにスマートフォンを向け、数枚の写真を撮った後、祐実が立つ砂浜へと戻ってくる。足元の悪い岩場を、軽やかにスキップするようにして飛び跳ねる彼女の動きに、祐実は自分には無いしなやかさを知る。
「見てこれ! けっこう大きくない?」
 菜々子はスマートフォンで撮ったばかりの写真を祐実に見せた。灰色の岩でできたそのくぼみには、薄ピンク色のフジツボのようなものや、たくさんの深緑色の苔が生えていた。海水は透明に澄んでいて、底に溜まった砂の白さまで確認できる。こぶし大の石が転がっている中に、一匹の魚が寝そべっていた。地を這うことを前提としたように、ヒレは体の横から帆を張るように生えていて、不吉なまでに真っ黒な体は、お世辞にも可愛いと言えるものでは無かった。
「なんていう魚なんだろー? インスタにあげれば誰か教えてくれるかな?」
 菜々子は愉快そうに笑いながら、華やかな指先を器用に動かし、スマートフォンを操作する。ラメ入りのビビッドなピンクと、白地に薄ピンクのリボンが交互の指に描かれたネイルを、祐実はじっと見つめる。
「そういえば、菜々子ちゃんっていくつなの?」
「二十一歳」
「にじゅういち? 若いなー」
「でしょー?」
「……まあでも、未成年じゃなくて良かったわ」
「ユミさんは?」
「二十七」
「あー、それぐらいの感じがする」
「年上に年齢を聞いたら、『見えないですね!』って驚くのが礼儀よ」
 不意に潮風が強く吹き、菜々子のウェーブのかかった栗色の髪がなびく。祐実は口元の傷口がわずかに染みるのを感じながら、ふと、菜々子が気持ち良さそうに真上に伸ばす、ほっそりといた色白の両腕を見入ってしまう。
自分の頬を何度も殴打した、柔らかな皮膚を纏った、息を飲むほど硬質な、彼女の小さな拳。
「きもちーねー」
「そうね」
 祐実は静かに答える。
晩夏の夕暮れ時、昼間と比べてずいぶんと和らいだ日差しが、秋の訪れを感じさせる乾いた涼風が、本来ならけっして相容れるはずのない二人に、奇妙な居心地の良さを与えていた。
彼女たちは、同じ男に浮気をされていた。


出会った日のことを忘れはしないが、けっして思い出したいとは思わない。
その日の祐実は、一泊二日で軽井沢を訪れるはずだった。アウトレットで買い物をしたり、温泉に入ったり、絶景と言われている滝や池で写真を撮ったり。それらのプランが崩れてしまったのは、一緒に旅行をするはずだった友人が、職場で急なアクシデントに見舞われ、休日出勤をせざる得なくなったからだった。本来であれば思い切り羽を伸ばすはずだった週末。急遽一人きりで過ごさざるを得なくなったことに寂しさを覚えた祐実は、退屈しのぎに恋人の家を訪れることにした。
――突然行ったら驚くかな
甘え下手な祐実にしては珍しく、無邪気なイタズラ心を抱いていた。不用心にも鍵の開いたアパートの扉を開き、ストッキングで足を滑らせないようにしながらも、足音を立てないように慎重に爪先で歩く。玄関を抜け、ダイニングキッチンに顔を覗かせてみたが、彼の姿は見えない。不意に、奥の寝室から物音が聞こえる。
――昼寝でもしているのか
こっそり布団にもぐりこんだなら、起きたときにどれだけ彼が驚くか。祐実はそんな想像をしながら、口元に笑みを湛えた。
異変に気付いたのは、寝室の扉を開いたときに、甘く湿った、子猫の鳴き声のような音が聞こえた時だった。
 知らない女が居た。
 派手な茶色でウェーブのかかった髪の毛、顔立ちは大きな目が印象的だけど、頬骨が出ていて造りのバランスは悪く、お世辞にも美人とは言えない。化粧も下手だった。濃く引いたアイラインやつけまつ毛はあまりにも不自然で、下地のファンデーションも雑だから、肌の色合いがまばらで、どこかざらざらした印象を受ける。
そんな女が、うっとりと目を細めて宙を見上げている。首筋には顔を埋める裸の男は、布団の中でもぞもぞと体を揺らしている。そのつむじは良く見慣れた、恋人のものだった。
「そんなブスのどこがいいのよ」
 真っ白な夜具の中で裸の体を寄せ合わせる彼らに、祐実はそう言い放った。
男は声の方向を勢いよく振り返り、そこにいるはずのない祐実の姿に、幽霊でも見たように言葉を失った。しばらく呆然として、ようやく二人のガールフレンドが鉢合わせてしまっている事態を飲み込むと、情けないうめき声をあげながら、寝具の周辺に落ちているはずの下着を、手探りで探した。
恋人の家で愛情を確かめ合い、つい先ほどまで幸福の真っただ中にあった菜々子は、不意に現れた、精巧な人形のような顔立ちの、病的に痩せた女をじっと見た。その女の言葉や態度から察するに、とっさに自分と恋人との間に裏切りがあったことを悟る。でも、彼を責めるのは後でいい。今はなによりもまず、目の前の女を傷つける必要がある。
 その女は、とびきりの美人だった。輪郭は小さく、肌は息を飲むほどに、白い。北欧の血が流れていると錯覚するほどに、鼻筋がはっきりと通っていて、彼女が瞬きをすれば、男女問わずその場にいるすべての人がその美しさに息をつく。 
 そのあまりにも華やかな存在感に、菜々子は思わず真っ暗などこかへ逃げ出してしまいたくなるほどの劣等感を抱いた。同じ女としての誇りを奪い去られる前に、菜々子は必死で彼女を侮辱する言葉を考える。
「あんな貧乳、抱いたって何も良くないでしょ」
 あざけるように笑う菜々子の体は、豊満で、けれども健康的に引き締まっていて、いかにも男が喜びそうな色気があった。その瑞々しいほどの肌質も、一人では生きていかれなさそうな幼い匂いも、すべてが祐実の癇に障った。
 筋張った手の甲に、水分が少なくさらさらした肌。鏡に映る自分の裸は、成長期前に少年のように頼りなくて、痩せこけている。
プライドの高い祐実は瞬時にカッとし、手に持っていた手提げのバッグを振りかぶり、遠心力を使いながら菜々子の顔の辺りを思い切り叩きつけた。
分厚い羽毛布団を盾にした菜々子は、軽いバッグの攻撃をあっさりといなし、すぐに反撃に転じた。
急に距離を詰められ、祐実の顔は恐怖に歪む。
そのわずかな表情の変化でさえ、菜々子の目には、見惚れるほど美しく、思考がぼやけてしまうほど妬ましく映った。菜々子は、自分にはけっしてない美貌を持った、目の前の女の美しい顔を、固く握った拳で、何度も、何度も、唇が切れて血が出ても、やり返されて目元を爪で引っかかれても、何度も、殴った。
最後には馬乗りになり、圧倒的に優位な体制を勝ち取ったにも関わらず、菜々子は泣きそうになった。自分をまっすぐに睨むその女の、滲んだ血の鮮明な赤が、新雪のように無垢な肌の白さをより際立たせていた。これほどまでに美しい女は、傷口でさえも化粧にしてしまうのか。菜々子は途端に勝ち目がないことを思い知り、瞼に溜まった涙が零れないように必死だった。
ほとんど一方的に殴られた祐実は、目の前の女にまったく敵わないことよりも、顔中に感じる、鉄で焼かれたような痛みよりも、自分を殴る動作でゆさゆさと揺れるそのたわわな乳房に絶望した。ぷっくりと浮き出た乳首はサクラの花びらのような淡い薄ピンクで、触れた肌は赤子のそれのように滑らかだった。
 彼女たちは硬直し、お互いが持ちえないものに、強烈な嫉妬の感情を抱き、同時に憧れ、見惚れ、言葉を失っていた。
 疲れ果て、気持ちが萎えてしまった二人は、組み合うことを止めた。口に溜まった血液を床に吐き捨てた祐実は、拳を振り下ろす動作に息を切らした菜々子は、ふと、ぶつぶつと、低く淀んだ声が部屋に充満していることに気がついた。
 寝台の脇に腰をかけた男は、小さな声を漏らし続けていた。ほとんど言葉にならないような文句を、不貞腐れた子供のように、ひたすら呟き続けていた。喧嘩の元凶である男の無責任な態度を見て、その瞬間に、二人は記憶喪失にでもなったみたいに、この男のどこを好きだったのか思い出せなくなって、どうして取っ組み合っていたのか不思議に思った。
 祐実はもう一度バッグを振りかざし、男のこめかみめがけて思い切り振りぬいた。今度は命中した。パンツとキャミソールを身に付けた菜々子は、サイドテーブルにあった飲みかけの赤ワインを、横に倒れた男の頭にぶちまけた。
 家を出た彼女たちは、ずっと無言で歩き、唐突に顔を見合わせ、壊れたように笑い出した。祐実は菜々子のほとんど裸のような恰好を笑い、菜々子は祐実のぼこぼこに腫れあがった赤い顔を笑った。頬が引きつって、息が出来なくなるほど、時間を忘れて、周囲から向けられる好奇の視線も無視して、ひたすら笑った。
 そして二人は、わけもわからずに号泣した。


「ねえ、なんで先に行っちゃうの?」
 裸の菜々子は、恨めしそうな声で言った。
「ホテルに着いたらすぐお風呂に行こうって話していたのに、菜々子ちゃんが勝手に居なくなったんでしょ」
 突き放すような声で、祐実は言う。緩やかな歩調に合わせて揺れる、形の良い乳房。祐実は目の前のそれをなるべく見ないように視線を下げ、乳白色のお湯の中で痩せ細った体を縮ませる。
「お土産見てたの。ねえ、小さいゲームセンターもあったよ」
「そう。良かったわね」
 祐実のそっけない態度に、菜々子は不服そうに尖らした口を湯船に沈ませる。それでも、すぐに忘れて、ホテルの広さや、駅前で買ったソフトクリームの味を嬉しそうに語った。
 露天風呂は海辺に面していて、潮風が吹くたびにむせ返るほどの磯の香りがした。
「ねえ、どうしてユミさんは、あの人と付き合っていたの?」
 菜々子の問いかけに、祐実はすました顔で答える。
「ただの遊びよ。お金持ってたし」
 押しては返す波の音が、急に騒々しく耳障りなものに感じられる。
 学生の頃から祐実は、隣に並んで歩かせる男に事欠いたことが無かった。
 いつだって数多くの男が彼女に気に入られようと群がってきて、祐実はその中から、最もルックスが良くて、親の七光りで金を持っている、自信に溢れた男を選び、飽きればすぐに捨てた。
 大手飲料会社の事務として就職し、受付嬢に抜擢されてからは、それまで以上に多くの男性から品定めされるようになった。それまで眠たそうな俯き加減で歩いていた者が、自分の顔を見ると、ふと冷や水を浴びせられたように表情を目覚めさせ、ちらちらと視線を送って来る。
 その男も類に漏れず、祐実に熱烈な視線を送っていた。それは祐実にとってありふれた出来事だったけれど、ふと目と目が合ったときに、目じりに皺を寄せて笑いかける表情が人懐っこくて、祐実の心は予期せず弾んだ。オフィスを出る際にその男は、祐実に名刺を差し出していった。そして、「電話を待っている」と一言。そこに大手総合商社の企業名が書かれていたことが大きく背中を押して、その晩、祐実はその男と連絡を取った。
 四季が一周する交際期間の中で、祐実は結婚さえも考えていた。収入もルックスも、申し分ない。自分を尊重してくれるし、難解な癖や趣味があるわけでもない。二十代半ばを過ぎて、色んな男と交際をして、それなりに酸いも甘いも経験した今だからこそ分かる。
ここが妥協点なのではないか。
 祐実は別れの直前まで、そんな風に考えていた。
 本当は、初めて笑いかけられたその瞬間から惹かれていたのに。これまでは長くて半年ほどだった交際期間が続いているのは、離れ離れになることなんて想像していなかったからなのに。本気で好きだったのに。
 彼女は一度たりとも、その気持ちを言葉で表現したことが無かった。
 ため息が出そうになるのをこらえながら、祐実はすぐ近くで響く波の音に耳をすませる。
 ふと、隣に座る、つい最近まで少女だった女の、まだあどけない表情を見る。長すぎる前髪が水分でおでこにぺったりと貼りついて、田舎から一度も出たことが無い少女みたいだった。一緒に旅に行こうと決意したあの日、どうして敵だったはずの彼女を慰めたいと思ったのか、祐実は考える。
「ユミさん? わたしの顔、なんかついてる?」
 菜々子の気の抜けた問いかけに、祐実は微笑みを返す。
「あとで前髪の作り方、教えてあげるね」


「なんかちょっと緊張するかも」
鏡越しにジッと見つめてくる祐実に、菜々子は思わずたじろいでしまう。
「いいから、信用しなさい」
 祐実の右手に握られたハサミが、菜々子の前髪の上で開閉するたびに、ちゃきちゃきと軽やかな音が鳴る。切られた髪の毛が瞼や鼻先をくすぐるのがむず痒くて、菜々子は口元に笑みをこぼしながら目を閉じる。
「丸顔なんだから、長めのぱっつんは似合わないわよ。眉毛も太すぎ。ちゃんと整えているの? ちょっと意識すればもっとモテるだろうに、もったいないわよ」
 祐実の手によって手際よく仕上げられた前髪に、菜々子は感嘆の声を上げる。毛先が軽くなったせいか、まっすぐに降りていた前髪は、自然と斜めに流れていて、動きが出たせいか、ずいぶんと垢抜けた印象を受けた。
「次は眉毛ね」
 頭上で聞こえる祐実の得意げな声に、菜々子はふと、つい先ほどの「もったいない」という言葉を思い出す。
 ――体はエロいのに、顔がな。もったいないよな。
 菜々子が自分の胸のふくらみ方が他の子と違うことに気がついたのは、中学二年生の頃だった。みんなは口から息を吹き込んで浮き輪を膨らませているのに、自分だけが電動のコンプレッサーを使っているような感覚だった。そんなこと一切望んでいないのに。
 胸のせいで異性から余計な注目を浴びるのに、容姿でがっかりされる。その理不尽な落差や、実際に向けられる態度の変化を、菜々子はずっと苦痛に思っていた。
 だからこそ、自分の顔の造りを褒めてくれる人が現れた時、彼女はすぐに恋に落ちた。
「ユミさんは遊びだったのかもしれないけど、私は本気だった」
 唐突に名前を呼ばれ、祐実は目と鼻の先にある菜々子の顔をじっと見る。ずっと昔のことを語るような軽やかな笑みを浮かべながら、菜々子は続ける。
「わたしね、男の人とちゃんと付き合うのは初めてで、処女だったんだ。あの人が褒めてくれるまでは、もっと地味で、化粧もほとんどしていなかったし、すごく芋臭い女だったの」
「そうなんだ。うん、でも、そんな感じする」
「ちょっと!」
 菜々子はわざとらしく顔をしかめ、そのあとで大きく口を開けて笑った。
「本気で好きじゃ無い子に、『可愛い』なんて言わないで欲しいよ」
 冗談めかした菜々子の声の端切れが、今にも泣きだしてしまいそうに震えていたから、祐実はなにも言わずに部屋の窓を全開にした。ちょうど吹き込んできた風が、菜々子の前髪をさらさらと撫でていく。眩しそうに目を細めると、剃られたばかりの眉が凛々しげに湾曲する。
「ほら、完成だよ」
 祐実は満足げに笑いながら、菜々子の頭を撫でる。
「ありがと! ねえ、なんだかユミさんってお姉ちゃんみたいだね」
「姉妹で同じ男に遊ばれたってこと? 笑えないわね」
 二人は顔を見合わせると、くすくすと子供のように笑った。


 恋人の部屋で最悪な出会いをした一週間後、二人は予期せぬ再会をした。やはり同じ男に惚れたもの同士、生傷の養生の仕方がよく似ていて、彼女たちは、恋人を失って最初の金曜日を、彼によく連れて行ってもらったバーで過ごしていた。
 先に気付いたのは、祐実だった。カウンターに二つ空席を開けて、自分の顔を何度も殴った女が座っている。祐実が真っ先に抱いた感情は、怒りでも、嫌悪でもなく、同情だった。まだ幼い彼女が、三十過ぎの男に騙され、心に負った深い傷を麻痺させるために、度数の高いアルコールをなめている。その姿があまりにも悲しみに打ちひしがれていたから、祐実は自分のことなどすっかり棚に上げて、純粋に彼女を可哀想だと思った。
 ――私に気付いたら、きっと思い出しちゃうよね
 祐実はしずかに、店を後にしようとした。
「あのっ」
 ふと声がして振り向くと、そこには、声をかけてしまったことに自分自身で驚いているみたいな、あどけなく呆けた顔があった。
「あのときは、叩いちゃってごめんなさい」
 叱られている小さな子供のように、その女は顔をふせながら言った。『叩く』だなんて、そんな可愛い表現では済まされない殴打だったけれど、祐実はすっかりその女を気に入った。恋人への想いがあまりにも大きかったから、それを奪おうとした祐実に攻撃をした。それでも暴力を振ってしまったことは誤りだったと、謝罪をする。どこまでも純粋で、素直で、やっぱり可哀想だと、祐実は思った。
「もういいの。それよりも、一緒にのまない?」
 その言葉に菜々子ははしゃぐ子犬のように表情を明るくさせた。喜んでくれるんだ、と、祐実は驚いた。
「ねえ、旅行に行こうよ」
 酔いが回って使う言葉が心地の良い軽やかさを帯びた頃、菜々子から誘った。
「いつ?」
「明日!」
「いいわよ」
「どこ行こっか?」
「海ね」
「どうして?」
「失恋したら海に行くものなのよ」
 澄ました顔で言う祐実に、菜々子は真面目腐った顔で頷き返す。そして示し合わせたみたいに、二人は笑い出した。身の回りに起こるすべての出来事が面白くて仕方ない少女のように、いつまでもいつまでも声を上げて笑った。
 散々酔っ払った翌朝、彼女たちはスマホに新しく加わった連絡先を見て、昨晩のはしゃぎぶりを思い知った。でも、ふと思う。
二日酔いをちっとも不快に思わないのは、きっとこれが初めてかもしれない。
 コンビニに朝ごはんを買いに行くような気軽さで、二人は旅行に出かけた。


 眠くなる前に散歩をしようと言い出したのは、菜々子だった。
 月の光が暗い海を淡く照らしていて、裸足になった二人は、柔らかな砂浜の上を、あてもなく歩いていた。凪いだ海はさわさわと囁くように揺れている。
「どうして誘ってくれたの?」
「だってほら、満月じゃん! 気温も涼しくてちょうどいいし」
「そうじゃなくて」
 不意に、小さく潮風が吹き、二人の頬を優しく撫でる。くすぐったそうにまばたきをする、祐実の長いまつ毛がふわりと揺れる。
「どうして、一緒に旅行しようって言ってくれたの?」
「だって、ユミさんと仲良くなりたいなーって思っちゃったんだもん」
 菜々子は照れ臭そうに笑う。
「ユミさん、すっごく私を慰めてくれたでしょ? 自分だって同じ思いをしてるのに、そんな状況で他人を思いやれるなんて、ほんとうに良い人だよ」
「ほめ過ぎよ」
 ふん、と鼻を鳴らすように笑って、祐実はすたすたと歩きだす。後ろから菜々子を振り切るような勢いでひたすら歩き続け、ふと思う。
 嬉しい。
 素直な彼女が、そんな風に自分を思ってくれるなんて、想像もしていなかった。彼女への同情は、ただの気まぐれで、『良い人』だなんて言ってもらえるようなことは何一つしていない。それでも、菜々子のその言葉は、これまで多くの男が祐実の容姿へ送った、どんな賛辞よりも彼女の心を弾ませた。
 祐実は不意に立ち止まり、菜々子の頬に指先を触れさせる。
「あなたが羨ましい。私には無い魅力的なものをもっている」
 慈愛に満ちた祐実のまなざしに、菜々子はふと泣きそうになる。
「でも、でも、私ブスだし、体だけで顔が残念だってしょっちゅう言われるんだよ。私は祐実さんが羨ましいよ。祐実さんみたいな顔になりたかった」
「ちがうのよ。菜々子ちゃん、私はね、菜々子ちゃんのその素直な性格が、本当に素敵で、羨ましいと思っているの」
「せいかく?」
「見た目は大事よ。私だって男の人を顔で評価する。でもそれはあくまでも入り口の話で、そこから先、あなたの、私たちの内面まで見ようとしてくれたなら、私たち目には見えないものをちゃんと知ろうとしてくれたなら、絶対に裏切ったりなんかできないのよ」
 二人はいつの間にか泣き出していた。菜々子は祐実の胸元に身を預け、祐実はそれを受け止める。
「あなたは良い子。本当に、羨ましいぐらい。だから、あなたのその良さに気付かない男なんて、サイテーなのよ。駄目なんだよ。そんな男を好きになっちゃ」
 しばらく抱き合ったまま涙を流し、目元が腫れてすっかりくたびれた顔を、お互いに笑い合った。
「ユミさんに会えて良かった」
「お互い様よ」
 すこしずつ白んでいく夜の中で、二人は時間を忘れて砂浜を歩いた。

女二人旅

執筆の狙い

作者 あおい
p2264179-ipngn16901hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp

海辺を散歩する描写がしたくて書きました。
その場面までの経緯や心情が伝われば幸いです。
ご感想お待ちしております。

コメント

偏差値45
KD106154139176.au-net.ne.jp

冒頭の数行で挫折です。

「ほら! ユミさんこっち!」菜々子の台詞。
「魚がいるよ!」      どっちの台詞?
「ヒールだから行かれない!」 ユミの台詞?

会話文なので、二人ということを前提に考えても、交互になることが多いのですが、
必ずしてもそうでもないので、疑問が生じますね。
たぶん、「ほら! ユミさんこっち! 魚がいるよ!」となるのでしょうから、
奈々子の台詞なのでしょうけど。こういうパターンは個人的に好きではないので、
萎えますね。その後、ざっと目を通しても面白そうでもないので断念します。
冒頭はバリアフリーがいいかな。

あおい
p2264179-ipngn16901hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp

偏差値45 様

読んでいただきありがとうございました。

冒頭は、仲良さげな雰囲気と、二人の違いが出るように動きをつけたかったのですが、
台詞の主がわかりづらく、断念してしまったとのことでとても残念です。

前後の文で理解できるようにしたつもりでしたが、それでは伝わらない方もいるのだなと勉強になりました。
ありがとうございました。

大丘 忍
p139045-ipngn200403osakachuo.osaka.ocn.ne.jp

同じ男を恋した二人の女が心を通わせる話。こんなことがあるのかなとも思うし、あってもいいのかとも思う。あまあ、女と付き合った経験の少ない私には、へー、そんなものかと感心するしかありません。
冒頭の画面、何も起こらないのにやや長すぎると言うより退屈かなと思いました。すぐに読者を引き入れる何かを示したほうがいいのでは?

あおい
p2264179-ipngn16901hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp

大丘 忍様

コメントありがとうございます。
冒頭たしかに長すぎましたね・・・
写真を撮ってー、見せてー、のくだりは本筋と関係ないし、もっとすっきり読めるように改良したいと思います。

ありがとうございました。

椎名
KD027083171050.ppp-bb.dion.ne.jp

おもしろいし、よく書けていると思います。長い物を書いて公募に出してもいいような気もします。

あおい
p2264179-ipngn16901hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp

椎名様

ご感想いただきありがとうございます。
おもしろい、と言っていただけてとても嬉しいです!

この作品を公募に出すかはわかりませんが、また長い物にも挑戦したいと思います!
ありがとうございました。

ぷーでる
pl59059.ag2525.nttpc.ne.jp

個人の感想です、冒頭で断念しました。会話が退屈だったので。

あおい
p2264179-ipngn16901hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp

ぷーでる様

断念したとのことでとても残念です。
興味を持ってくださりありがとうございました。

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