作家でごはん!鍛練場
imaginary

空白【1600字】

 糸川の結婚式は、街から少し離れた丘陵地にあるショートケーキのような城型の式場で開かれた。予報が好晴を告げたのでバルコニーを宴席に選んだようだが、晩春にしては陽射しが強く――白い城壁の照り返しと風通しの悪い正装を以て参列者は釜茹で状態だった。
 上座では酒に酔った禿げ頭がいくつか愉快そうに揺れていて、すっかり綿毛の散ったタンポポが風にそよがれているようだと思った。糸川は県南の造船所で働く技師であるから、さしずめその上司になろうが、喉を大きく波立たせて酒を呷る豪快さのほかには、海の男らしい潔さがない。糸川夫婦が着替えで中座しているのを見計らって、酒気まとう赤ら顔を突き合せては、新婦の美醜がどうだとか、親族席に父親の姿がないとか、卑俗な会話ばかり繰り広げている。
 私の座する友人席は、糸川と小・中学校を共にした同級生ばかりで構成されているが、チャペルでの挙式を熱い涙で見届けた彼らですら、今その関心はこの暑さをどう凌ぐかと、横並みの新婦友人席にばかり向けられている。その情欲の視線を頬に感じてか、女たちは頻繁に席を立っては化粧を直して戻ってくる。それがあらかじめ順番を示し合わせたかのように、一人ずつ居なくなるものだから、女のその――礼節と釣り合いのとれた性の連帯感なるものが、男の無骨な性欲よりも滑稽だった。
 いったいこの場で、糸川夫婦の門出を心の芯から祝福しているのは、私と親族のほかにいないのではないか。いや、親族だってあやしいくらいだ。下座から俯瞰していれば、私が気づくほどの醜態は目の当たりにするはずだが、尚も咳払いのひとつもせず、もてなす立場をわきまえた事なかれ主義の微笑みを浮かべている。
 糸川は中学三年の秋に両親の離縁で母方の郷里に転校した。担任教師の計らいで級友たちは色紙に別れの挨拶を寄せたが、糸川の実直さゆえの寡黙な性格は、あまり多くの交友関係を結ばなかったから、色紙には名前を呼び交わしたこともないような間柄の、ありふれた定型文が並び――そのうえ、筆の運びに困った者たちが空白を押しつけ合うようなきらいが行間から読み取れ、酷く心が痛んだ。糸川の親友だった私には相当の余白を残して色紙が巡ってきたが、私は何も書かなかった。追懐の手掛かりにもならない平滑な言葉と一緒くたに扱われては、どれだけ筆を尽くしても、私の惜別の情が無価値になると思われた。
 糸川と別れる日。校舎裏の小川沿いに腰かけて、夕暮れまで二人で話した。彼は大きな空白のある不細工な色紙を撫でるように見て「お前だけが親友だ」と笑った。糸川の深い理解に感銘を受け、私も涙を浮かべて頷いた。
 陽光はすっかり山肌に落ち、風は夜の冷たさを孕んだ。
 糸川夫婦は今、点火棒を手に各テーブルを巡り、卓の中央に置かれたキャンドルへ火を灯している。ああ、見よ! 卑俗な会話に興の乗った舌先が乾かぬうちに、海の男たちは悪びれる様子もなく、新郎新婦へ祝福の言葉を投げかけている。また、そういった見せかけの祝福に囲まれ、本当の幸福を得たような笑顔でいなければならない糸川の哀れさよ。
 ああ、これはあの色紙と同じことだ。それぞれの想いを無価値にして、ひとまず全員が等しく祝福しているテイにする儀式なのだ。そう気づくと、私は怒りより虚しさで胸がいっぱいになった。
 やがて、糸川夫婦が友人席に巡ってきた。沈黙を怖がっただけの、ありふれた祝福の言葉が投げかけられたが、私は頑として口を閉ざし――心の奥底から湧きでた水晶のように澄んだ尊い感情を、ただ目に浮かべて糸川をじっと見つめた。しかし、あの色紙の空白と重ね合わせた私の試みは、糸川の視線に触れもしなかった。ただ悪戯に失った空白に絶望しながら、私は糸川の純白の背中を見送るほかなかった。

空白【1600字】

執筆の狙い

作者 imaginary
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1600字という制限を設け、久しぶりに書いてみました。
短く伝える難しさを痛感しました。

コメント

(仮)
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こんにちは。

興味深い文体ですね……面白かったので、三度読ませて頂きました。
ただ、何だか頭に入らなくって、それもあって、三度読ませて頂きました。

>――礼節と釣り合いのとれた性の連帯感なるものが、男の無骨な性欲よりも滑稽だった。

ここの表現が凄く好きでした。また怒られそう……(苦笑)

>下座から俯瞰していれば、

俯瞰? わざとでしょうか……?
後、どなたが下座に座られていらっしゃるのでしょうか?
『私』? 親友だけど……文脈から違う気も致しますし、うーん……。

質問ばかりですみません。失礼致します。

imaginary
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(仮)様

〉興味深い文体ですね……面白かったので、三度読ませて頂きました。
〉ただ、何だか頭に入らなくって、それもあって、三度読ませて頂きました。

わけのわからない力みを感じながら書いたので、なるほど読みづらい文章だったかもしれません。



〉ここの表現が凄く好きでした。また怒られそう……(苦笑)

ありがとうございます。僕もわりと好きです。


〉下座から俯瞰していれば、

〉俯瞰? わざとでしょうか……?
〉後、どなたが下座に座られていらっしゃるのでしょうか?
〉『私』? 親友だけど……文脈から違う気も致しますし、うーん……。

下座には親族席が置かれますので、親族のことをさしていました。全体を見渡せることを俯瞰としましたが、表現的に間違っていました。

偏差値45
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>1600字という制限を設け、久しぶりに書いてみました。
>短く伝える難しさを痛感しました。

個人的には文字数制限なんて無意味な気がしました。
伝えたいことに必要な文字数が適正な文字数であるからです。
もっともその「伝えたいこと」を個人的に理解していないので、
そもそも意味がない。
文字とは伝える為にあるのだから、それに専念した方が良いと考えるのです。

さて、感想です。
文体そのものは嫌いではないのですが、状況説明ばかりで
面白味に欠けますね。
ここで事件やトラブルが起きないとドラマとしては成立しませんし、
人柄だけを説明されても、「ああ、そうですか」で終わってしまいます。

とはいえ、結婚式という儀式の無意味さだけは理解できます。
葬式もそうですが、無意味です。
人はどうして無意味なものにお金を消費するか、理解しかねるわけです。
結局、人は伝統や風習に束縛されている。
もっと根本的な部分を考えるべきなのでしょうね。

imaginary
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偏差値45様

コメントありがとうございます。

>個人的には文字数制限なんて無意味な気がしました。
>伝えたいことに必要な文字数が適正な文字数であるからです。
>もっともその「伝えたいこと」を個人的に理解していないので、
>そもそも意味がない。
>文字とは伝える為にあるのだから、それに専念した方が良いと考えるのです。

もともと1600字で作品を書くという企画があって、そこで執筆したものでしたのでそのまま出しましたが、作家でごはん!に出すうえでその事情は関係ありませんし、自分が納得していないのだったら加筆して出すべきでした。

>さて、感想です。
>文体そのものは嫌いではないのですが、状況説明ばかりで
>面白味に欠けますね。
>ここで事件やトラブルが起きないとドラマとしては成立しませんし、
>人柄だけを説明されても、「ああ、そうですか」で終わってしまいます。

事件やトラブルというほどの起伏はもともと考えていませんでしたが、主人公の心象に何かドラマチックな変化を起こしたいと考えていたわりに、何もなく終わってしまったので、そこは未熟でした。

>とはいえ、結婚式という儀式の無意味さだけは理解できます。
>葬式もそうですが、無意味です。
>人はどうして無意味なものにお金を消費するか、理解しかねるわけです。
>結局、人は伝統や風習に束縛されている。
>もっと根本的な部分を考えるべきなのでしょうね。

ありがとうございます。僕もそういった考えて筆を執ったので、共感をいただけて嬉しいです。

大丘 忍
p139045-ipngn200403osakachuo.osaka.ocn.ne.jp

友人の結婚式に出たときの描写ですが、ただそれだけでは小説としての面白さはありませんね。この文章に示された面白さは何か。もう少しこれが読者に伝わるように書けたら良いと思いました。

imaginary
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大丘 忍様
感想ありがとうございます。

〉友人の結婚式に出たときの描写ですが、ただそれだけでは小説としての面白さはありませんね。この文章に示された面白さは何か。もう少しこれが読者に伝わるように書けたら良いと思いました。

ありがとうございます。精進いたします。

R
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空白の場所や時間や期間、そういった無価値ともみなされる、もしくは嫌がられる世間の常識を、転じるような試みとして私は興味深く読みました。
ただ気になったのは、語り手が送る(作る)空白が"相手の反応があって初めて意味を持つ"というようなことになっている。だから色紙のところでは良かったけど、末尾の視線のところでは駄目ということになっていて、要するに相手次第なのだというところに何か物足りなさみたいなものを感じたのも事実です。

imaginary
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R様

>空白の場所や時間や期間、そういった無価値ともみなされる、もしくは嫌がられる世間の常識を、転じるような試みと>して私は興味深く読みました。
>ただ気になったのは、語り手が送る(作る)空白が"相手の反応があって初めて意味を持つ"というようなことになっ>ている。だから色紙のところでは良かったけど、末尾の視線のところでは駄目ということになっていて、要するに相手>次第なのだというところに何か物足りなさみたいなものを感じたのも事実です。

ありがとうございます。おおむね、おっしゃる通りの内容を描きたかったので、そこは嬉しく思いますが、物足りないというご指摘はごもっともで、現実ってそんなもんだよねとは思いますが、小説としてのドラマに欠いていたかなと思います。

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