女子学生作家上京前夜
西窪も藤井も電話世代だ。メールだと証拠が残るような気がして、かえって対応が重くなってしまうのだ。
とはいえ藤井のほうは電話もあまり好きではない。そのため、留守電に切り替わったあと吹き込まれる西窪からのメッセージを、今朝から三回ほど無視していた。
午後八時。ようやく事務机の横に立ててある子器を取る。電話である上さらに固定電話なのだ。ロートル感半端ではない。
そしてやや高めの西窪の声が流れ出す。
『やっと出たな。ほんとは居たんだろ?』
「いや、済まん済まん。料理中だったりなんかだったり、まあ、色々あったんだよ」
『料理ったってどうせカップ麺だろ?』
「そうそう、俺、ノビたカップが大の苦手で、ヌードルならだいたい四十五秒前、スターならだいたい二十五秒前。早く開けるんだ。秒針から眼が離せないんだよ」
『四十五秒前? 長いよ。長い長い。二分以上ふやかしちゃだめだよ。……じゃなかった。いつもの同人誌関係っていうか、俺のゼミ関係っていうか。お前さ、明日空いてる?』
「いや、ここんとこ色々ちょっと……」
『ああでも、関西のほうの会の辻沢梅子ってコが、そのコ、四月からうちの新入生ってことにもなるらしいんだけど、明日の昼、ここに来ちゃうんだよ。下宿探しとか、こっちのほうの会への挨拶とかを兼ね、上京するついでにね』
どうやら明日の昼過ぎ、西窪の研究室を誰かが訪ねて来るらしい。そしてその誰かは彼らが関わっている文芸サークルの関西の会の会員で、この四月からは東京の会にも参加することになるらしい。
さらに西窪が講師を務める城南大学の新入生ということにもなるらしい。
西窪友志。藤井慎太。
この二人が関わっているのは一九八四年結成の『黒旗』というサークルで、アナーキズムの旗の色からそう名づけられたのだそうだ。八九年の天安門事件、ベルリンの壁崩壊などをひかえ、既成社会主義がいよいよ限界に来ていた時期で、当時のリベラルな学生たちは先祖返り的にアナーキズムの再検討などを始めていた。たとえばジョージ・ウドコックの二巻本の読み合わせなどをしていたのだった。というわけで、会誌も当初は研究会のレジュメ、レポート集だった。
もっとも会の主導権はすぐにフランス現代思想系の連中に奪われ、西窪などはむしろその流行に惹かれ、入会を決めたのだった。
他方藤井は下手な小説の発表場所を求めてという触れ込みだったが、彼が書くものは高橋源一郎、田中康夫などといった当時のメインストリームからは程遠く、僅かに幻想性があるといっても村上春樹などのポップなそれらではなく、どちらかといえばアニメなどと一緒に流行っていた伝奇ロマン風のエログロ・ホラーだった。たとえば、女性の腹全体が陰部になっていて、その巨大な陰部に男根だけでなく男性そのものが丸呑みにされてしまうといったような描写が続く、現在の異能バトルの先駆けのような小説だ。
──『黒旗』の黒を黒魔術の黒かなんかと勘違いしたんじゃないのかね?
などと陰口を叩かれたりもしたのだが、それならそれでレッド・ツェッペリン、または一部のヘヴィメタルの流行などにノルこともできたのだが、彼はそうした流行にはとんと疎いのだった。
そんな彼に現代思想系タレント講師の西窪が、一体なんの用なのだろう?
『その辻沢ってコさ、明日、年末に書き上げた二百枚の新作、持ってくるんだってさ』
「あれお前、まだ編集委員やってたっけ?」
『いいや。大学の仕事が決まってからは会のほうの仕事は全然やってない。でもさ、会報に載せる前に、是非とも俺たちの講評が欲しいんだってさ。俺のほうはさ、四月から学校のほうでもお世話になりますなんて絵葉書、もらってたんだけど、お前のほうは一体、なんでなんだろうな?』
「ほんと、なんでなんだろうな?」
藤井は事務机と PC 以外大した家具もない自身の部屋を、サッと見廻す。キャスターつきの椅子がギシギシ鳴る。窓際の事務机から玄関のほうへ向き直ったわけだが、キッチンのコンロは入居以来まだ一度も使っていない。食事はもっぱらその横のポットでカップ麺だ。一方西窪は郊外の新キャンパスに割り合い広めの研究室を宛がってもらっている。専任とはいえ未だ講師なのに……。その西窪が話し続ける。
『……確か去年も、こんなことがあったっけな? あっ、一昨年か? 去年まで俺のゼミのゼミ長やってもらってた、栗林綾子だ。なぜかお前を名指しだったな』
西窪が多少声を真似るような感じで、つけ加える。
『是非ともお二人に御講評頂きたいんです』
「栗林綾子? ああ……」
そこで藤井が、何かが腑に落ちたような素振りを見せる。話相手の西窪は旧知の同人仲間で、特に緊張していたというわけではないはずだが、どこかホッとしたような感じだ。
その一人合点に、電話越しの西窪の声が逆立つ。
『ああってなんだよ。お前そんなに、純文学詳しいほうじゃないよな? 夢見る文学少女たちが是非とも教えを請いたいってタマじゃ、ないよな?』
「いやそうでもないよ。文春の芥川賞の号なんかはさ、お前たちなんかよりよっぽどちゃんとチェックしてるよ。又吉のときなんかさ、お前たちのほうが、最初から馬鹿にしちゃってた感じだったじゃないか」
『いやでも、円城塔のときはお前のほうが逆にマジ切れで──』
「そりゃ円城塔は……。あいつ最近、SF マガジンなんかにも書いてやがってさ。他にも東浩紀とか巽孝之とかが、SF 大賞の選考委員だぜ? SF 者があんな奴らに採点されてるようなこっていいのかい?」
『いいのかいって、お前の現代思想批判はよく解らんよ。結局ルサンチマンなんじゃないのか?』
さて、この話題になると会話が荒れるのは必至なのだ。西窪は素早く話をもとに戻そうとするのだが、果たして……。
『あっ、そうそう。彼女いまどき、プリントアウトした紙媒体でその新作、持ってくるんだってさ。そういうのもやっぱ、文学少女的レトロ趣味なのかね?』
「いや、メールなんかで送っちゃうとさ、ヘンに拡散されちゃったりなんてことも、あるじゃん。未だに……。悪口が君だけには話しておくけどひとには絶対いわないでね、なんて形で結局チェーンメールみたいになっちゃったりすんのと同じでさ。あれれ? 君にもあのファイル、渡してたっけ? いやいや、みんな読んでるよ、みたいな……」
『そうかな?』
「そうだよ。自信がないのであまりひとには見せないでください、なんてメールに添付したファイルに限って、逆にヘンに拡まっちゃったりなんかすんだよな。拡散した奴は逆に説教ヅラだよ。自信がないなら出さない。出すなら出すで、あとでウダウダいわない。こういう根回し的ルートが安易にできちゃうのって、会全体にとってもあまりいいことじゃないって思うんだ、なんてな。それをいうならそもそもファイル受け取る時点で、受け取るの断った上でそういうべきだろ? すると今度はそういう二値論理的思考が近代主義でファロクラシーで、それじゃそもそも出す出さないって二択のほうが二値論理的思考なんじゃないのっていうと、いやそれは、おのおのの自覚の問題で、なんてな」
『おいおい、誰の話だい? ひょっとして岡野君?』
「いやいや、石黒君。でもそういや岡野君も、スピヴァクがディフェランスでパサージュだ、的な、フランス豚野郎だったな」
『そのいい方はちょっとヒドいな。スピヴァクは固有名詞だし、ディフェランスは語でも概念でもない何ものかだし、パサージュってのはフランスじゃなくてドイツのフランクフルト学派の、ベンヤミンの──』
「いや、そのいい方こそちょっとヒドいな。言語の位階秩序へのレジスタンスってのがお前らフランス現代思想君たちのテーマの一つだったんだろ? それなのにそのいい方じゃ、言葉の品詞を表す言葉がメタ・レベルにあるってことを暗に想定しない限り、いまのお前の言葉が、俺のなかで、なんらかの像を結ぶってことはあり得ない」
『俺のなかの像って……。そりゃまたなんとも、実在論的な……』
「でも単純に意味分かんないなんていえば、それこそ的も何もない実在論で形而上学で近代主義で、要するに全体主義なんだろ? スピヴァクはインド人だからフランス現代思想じゃない。ベンヤミンもドイツ人だからフランス現代思想じゃない。そんなこともこっちがいえば、なんとも素朴な民族国家の実体視だ」
『そっ、そんなこといっちゃいないよ。ただ言語批判や物語の類型論の研究を通じて、何か構造のようなものが視えて来たとはいえると思うんだ。そしてそれは、少なくとも、指し示すことだけはできると思うんだよ』
「指し示す? お前はいまそれ以上のことをやっちゃったじゃないか」
『いやこっちだって言語内で言語批判を展開しなけりゃならないってアクロバット、演じなけりゃならないわけでさ、一見そんな風に見えてしまうことだってあるさ。でもね、こっちはそうした言語的パフォーマンス全体を通じてやっぱ何ものかを指し示そうとしているわけだから、君のほうでもまずそういう否定ありきの態度じゃなく、もうちょっとこっちの意を汲もうとしてくれたっていいんじゃないのか?』
「君たちの意? そりゃまたなんとも、実在論的な……」
電話での長話というのは妙に喉を傷めるものだ。翌日、関西から新進気鋭の女子学生作家を迎えるというその日、二人は風邪でも引いたかのようなガラガラな声をしていた。コロナ禍終息の兆しは一向に視えない。
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執筆の狙い(続き)
今日の NHK「夜のプレイリスト(再)」は『THE BEATLES 1』だったようなのですが、もはやビートルズも現代の古典扱いで、私たち世代のビートルズはもっぱら「バック・イン・ザ・U.S.S.R.」と「レボリューション」(なんてタイトルですが、未だに左翼なダサい奴を気取ったポップロック野郎がからかってる歌ですよね?)で、いかに相手が全体主義者であるとはいえ(とはいえそれはただのレッテル貼りだと思うのですが……)、抑圧と排除の指南書みたいなものでした。
でも良くも悪くもそれしかなかったあの時代との和解のようなことも、ここ数年、考えていまして……。
書き始めては結局嫌な思い出に引っぱられ、また書き始めては結局……というようなことを繰り返しているのですが、今度こそちゃんと最後まで書きたいと思っています。
あと、この四月からの新学期がどのようなものになるかは全然判らないのですが、続編では私なりに、東京の学生生活の雰囲気みたいなものを描き、制限を受けるだろう学生生活に物足りなさを感じるだろうひとたちにも読んでもらえたらいいな、などということもちょっと考えています(ここは『作家でごはん!』というサイトなのですが、紙媒体への投稿は考えていません。更新停止してしまっているエログがあるのですが、そこにアップし、たとえば「梅子さんのレジュメ」などといった形で論文のようなものも載せ、もとはエログなので大学の先生もそこまではチェックに来ないのでそれをプリントアウトしてそのままレポートなどに流用しても絶対安心……などといったサービス展開も考えているのですが、それは私自身のレベルの問題で、やはり無理かもしれません。でも右も左も分からない最初の頃にゼミのレポーターに当たってしまって……などという学生さんの役には、多少なれるかもしれません)。
そのためには、バブル期の馬鹿学生たちの狂騒を知っているということは、まぁ有利な点になるんじゃないかなとも思っています(とはいえ私はあの祭りには全くノレなかった奴だったのですが……。下でベトナム戦争に関する映画が話題になっていますが、それとは別のベトナム戦争映画のなかの台詞もモジって言えば、「ダサい奴は全体主義者だ。それを自覚して引き籠もっている奴は過剰に顧慮的な全体主義者だ」ってな感じの時代でしたね。ホントに……。でも、現代思想とはいえ思想に関わっている時点でもうダサかったので、ひとを全体主義者呼ばわりしていたあの連中も、結局はダサかったのですが……)。
宜しくお願いします。
執筆の狙い
私は自分が若い頃から若者文化が大嫌いでした(まぁダサくてキモいオジンでしたから……)。