作家でごはん!鍛練場
小野瀬遼

闘争のエクスキューズ

 まだ晃弘の息はやや上がっているのだろう、マスクから白い息が漏れる。今日行われた県支部の空手大会で私の息子は小学生部門で見事優勝を遂げた。その興奮が冷めないのか、晃弘は拳を前に突きながら、吹く風寒い二月の夕暮れに、力強くしゃべり続ける。
「準決勝の相手の右の下段蹴りがめちゃ痛かったんだよ、効かされたの見ててわかった?」
「もちろんわかったよ。こらえろ、がんばれ、と手を握っていたよ」
 妻の美由紀はずっと笑顔でとても嬉しそうだ。ひたすらスマホを触っているが、友達にLINEで自慢でもしているのだろう。空は急激に暗くなり、街灯の光が歩道を歩く私たち三人を包む。私はやや紅潮している息子の目のあたりを見つめている。彼は私に似て、生真面目でもの静かな性格なのだが、さっぱり運動神経のない私のDNAは受け継がず、学生時代バレーボール部のアタッカーとして活躍した美由紀のそれを受け継いだのだろう。空手を習いたい、と言って七歳、小学一年生から近所の空手道場に通い始めたのだが、それから四年、こんなに強くなるとは思っていなかった。いつになくよくしゃべる晃弘が息を入れるタイミングで、妻に聞いてみる。
「美由紀も学生時代、インターハイに出たんだよな、バレーボールで」
「そうね、高校三年生のときね。一回戦で負けたのよね。でも相手、全国優勝した相良高校だったからねぇ、相手が悪すぎたのよね」
「お母さん、晩御飯はなに?」
「ハンバーグがもういっぱい作ってあるわ。あとポテトフライ」
「やったね、お腹ペコペコだから」
 無邪気にほほ笑む晃弘を見て、試合の時とは別人のようだな、と思った。遠くから電車の通り過ぎゆく音が響いてくる。私は少し前かがみになって、家路を歩き続けた。

 帰宅したのち、家族三人でお祝い兼の夕食を食べ、晃弘は風呂へ入り、美由紀はそのままテーブルで友達と電話を楽しんでいる。私は見るでもなくテレビをつけ、居間のソファーに座り、今日の晃弘の試合を思い出していた。観戦している時はただひたすら息子の応援と勝利しか考えていなかったが、だいぶ冷静になった今、少し引っかかる部分がある。それはなにか。晃弘を戦わせた動機はなにか、という疑問だと気づいた。いや、晃弘だけではない。今日の空手大会は、小学生だけでなく、中高生、大人まで、それぞれの部門で激闘を繰り広げていた。およそ人を殴ったり蹴ったりというバイオレンスとは無縁に生きてきた私には、人と具体的に、物理的に戦うという事が分からないのだ。ちょうどいい所に晃弘が風呂から上がってきた。冷蔵庫を開けてお茶を飲もうとする彼を呼ぶ。
「晃弘、ちょっと来てくれ」
「なに」
 ちょこんと隣に座る彼に問う。
「今日の事で、ちょっと聞きたい事があるんだけど、晃弘は、どうして戦うんだ?」
「どうして」
 息子は、文字通り、鳩が豆鉄砲を食らったみたいな丸い目をして、目をしばたかせた。
「どうして? 空手の試合でってこと?」
「そう」
 グラスのお茶を一口飲んで、少し考えたのち、彼はこう答える。
「比べっこかな、相手と僕とどっちが強いか、っていう」
「比べっこ」
 思わぬ答えが返ってきて、私は思わずうーんなるほど、とうなった。こんな純粋な動機で息子は戦っていたのか。私は思わず嬉しくなり、晃弘の頭をガシガシとなでた。
「素晴らしいな。父さんはまた、相手を殴るのが楽しい、とか、そういう考えだったらどうしよう、と思ってたんだよ。よしわかった、来週一緒に新しい自転車を買いに行こう。クロスバイクの、なんだったっけ?」
「コルテス! いや、違う、VACANZE 1のほうがいいな」
「どっちが高いんだっけ」
「VACANZE 1のほうが高いの。四八〇〇〇円ぐらい」
「いいよいいよ。今乗ってる自転車、もう錆サビだものな。父さんが買ってやるよ」
 いやったー、と言って、彼は少しだけ足を引きずって自分の部屋へ戻っていった。太ももをいっぱい蹴られたから痛むのだろう。妻が、風邪ひかないように温かい格好しなさいよ、と声をかける。私は彼の言った、比べっこ、という言葉を反芻しながら、先に風呂に入らせてくれ、と妻に言って上着を脱ぎ始めた。

 熱い湯船に浸かりながら、会社での派閥争いの事を考える。ある大手食品会社の総務に所属する私は、二人の部長の派閥争いから、極力遠ざかって知らぬふりをしているのだが、双方の言い分は知っている。が、究極は、自分が更に上に出世したいだけなのだ。実は昨晩も同期の同僚と二人で、コロナ禍なので密を避けるために居酒屋の個室を借り切って飲んで愚痴を言っていたのだが、友人の森本も私も、出世欲があんまりないタイプなので、流言を飛ばしてまで、相手を貶める感性がついに理解出来ないのだった。
「わからん」
 三十五年間生きてきて、一応係長にもなっているが、どうにも他人を押しのけて立身出世して利益を得たいという発想が身につかない。つまり、私にはいわゆる闘争本能がないのである。そんな私の息子が人を蹴る殴るして大会で優勝したのだからますますわからない。湯船から出て、筋肉のついていない細い体をソープで洗いながら、私は水に落ちた犬みたいに首を何度も振った。

 夜空に半月が輝き、街は暗く静けさに沈んでいる。隣では妻が安らかな寝息を立てているが、私はまだ眠れない。晃弘は相手との力量の比べっこのために戦った。会社では部長たちは出世栄達のために戦っている。私は、ふと、映画「プラトーン」のある場面を思い出した。ベトナム戦争の泥沼の中、同じ部隊のバーンズとエリアスが激しく戦うシーンがある。バーンズは部隊を守るため、アメリカの勝利のために、隠していた武器は誰から手に入れた、とベトナム人の村長の妻を殺し、更に娘を人質にして村長に迫る。そこへエリアスが現れ。「お前らは銃殺隊か!」と、民間人虐殺に怒り、二人は激しく殴り合い掴みあう。エリアスは、例えこんなクソッタレの戦場でも、人として大事なもの、人間性を捨てなかったのだ。いっぽう、バーンズはやり方こそ戦時国際法違反かもしれないが、どこまでも、祖国アメリカと、部隊の仲間を守るために、この戦争に勝つために戦っていた。どちらが正しいのか。どんな戦いなら許されるのか? また、現在全くと言っていいほど戦っていない私は、これでよいのだろうか?  息子の今日一日のがんばりが、私の何かを強く揺さぶっている。深いため息をついて、闘争とは、戦うとは……と考えているうちに、眠りについた。(完)

闘争のエクスキューズ

執筆の狙い

作者 小野瀬遼
zaq3d2e3aa9.rev.zaq.ne.jp

戦うとは、という事をテーマに、自分の体験も重ねて書きました。単純に小説を書く、という練習のつもりでも書きました。どんな感想でもいいのでいただければ嬉しいです、皆様よろしくお願いします。

コメント

貔貅がくる
n219100087087.nct9.ne.jp

枚数の割に、あれこれ詰め込みすぎて、ごちゃごちゃ。

話の出発点である「息子の空手大会、試合のようす」が、ほとんど(〜まるで)描かれてなくて、

そこから「主人公の連想」が続くんだけど、
「立ってるエピソード」がなくて、だらだら続くんで、
つまらない。

ラスト、映画『プラトーン』になって、そこが本作では最も文字数使用してるし、「作者が一番書きやすかったこと」なんだってのは瞭然。

なんだけど、『プラトーン』自体が「古い」じゃん??
主人公「35歳で小学生男子の父」ってなってるのに、『プラトーン』持ち出されると、『作者の年齢がたぶん55歳で……主人公も実は55歳なんじゃないのか?』って気分に。。



作者の連想は、
「空手 → バイオレンス → 闘争 → 戦闘」なんだけど、
息子の言葉は
>「比べっこかな、相手と僕とどっちが強いか、っていう」
であって、「戦闘とイコールではない」でしょう??


そのへん、「息子の返答のニュアンス」とか、もうちょい検討して、以降の「主人公のうだうだ連想」を、いっぺん全部直してみては??

そんで、読者が『ああ』って思う(共感する)結末に着地させる。



映画『プラトーン』が大嫌いで、思い出したくもない私は、そう思いました。

子供が出てくる短い話は、ハッピーエンドが一番だから。

小野瀬遼
zaq3d2e3aa9.rev.zaq.ne.jp

貔貅がくるさん、感想をありがとうございます。

やっぱり短い中にまとまりなく詰め込み過ぎましたかね……。
あまり長いと読んでもらえないかな、と思って絞ったのですけれども。

「プラトーン」はアカデミー賞も獲っている名作映画なので、若い世代の人も
見ているのでは、とは思います。とはいえ、作者自身、闘争に関して考えが
まとまっていないので、題材はもう少し練ろうと思います、それでは失礼します。

ラピス
sp49-104-36-250.msf.spmode.ne.jp

どんな感想でもいい、と書いてらしたので。。。
エッセイではなく、小説なんですよね?
小説なら、家族団欒がありきたりで退屈でした。
テーマを語る主人公の切り口も平凡で、はっとしない。

小野瀬遼
zaq3d2e3aa9.rev.zaq.ne.jp

ラピスさん、感想をありがとうございます。

確かにちょっとエッセイっぽくも見えますよね。
テーマに関してはほぼ実体験なので、切り口に関しては
ちょっと考えたほうが良かったですね、精進します。

貔貅がくる
n219100087087.nct9.ne.jp

>「プラトーン」はアカデミー賞も獲っている名作映画なので、若い世代の人も
見ているのでは、とは思います。

↑ 世の中、全員が映画通・映画好きじゃないから。。


「空手」から連想される映画なら、『ベストキッド』とかでもいいじゃないですか。
『少林寺』って線もある。

とにかく、『プラトーン』に直結させるのは、ただ「作者都合最優先」なだけ! だって見える(そう見えすぎる)んで、

『他の候補もひととおり考えてみる』ってのが、物書きの姿勢だから。

小野瀬遼
zaq3d2e3aa9.rev.zaq.ne.jp

貔貅がくるさん

「ベストキッド」も「少林寺」も見ていないのですよ。だから書きたくても書けません。
作者なりに書きたい事があって書いていますし、「プラトーン」を出すのも
全く関連も必然性がないとも思えませんので、そこはいいんじゃないかなと思います。

貔貅がくる
n219100087087.nct9.ne.jp

↑ 『そうだろう』と思ったし、私も短編書きなんで、気持ちはとてもよく分かるんですよ??


【プラトーンありき】で書いてもいいのです。

いいのですが、
「読者を納得させるように書く」ことが肝心。


現状の「空手、バレーボール、クロスバイク、会社、プラトーン」と漫然と羅列した書き方ではなく、

もっと主人公の(というか、まあ作者の)『プラトーン』への思い入れ・思いの丈が、
滲み出るように、読者に伝わるように、
「それだけの熱量を持って書く」・・って分かるかなー??

現状の

>ベトナム戦争の泥沼の中、同じ部隊のバーンズとエリアスが激しく戦うシーンがある。バーンズは部隊を守るため、アメリカの勝利のために、隠していた武器は誰から手に入れた、とベトナム人の村長の妻を殺し、更に娘を人質にして村長に迫る。そこへエリアスが現れ。「お前らは銃殺隊か!」と、民間人虐殺に怒り、二人は激しく殴り合い掴みあう。エリアスは、例えこんなクソッタレの戦場でも、人として大事なもの、人間性を捨てなかったのだ。いっぽう、バーンズはやり方こそ戦時国際法違反かもしれないが、どこまでも、祖国アメリカと、部隊の仲間を守るために、この戦争に勝つために戦っていた。どちらが正しいのか。どんな戦いなら許されるのか?

↑ この「ストーリーの要約」が、、読者(いまレスってるワタシ)にはついてゆきにくくて、
目が滑ってナナメ読みになったんで。

自作中で、既存の映画や小説のストーリーを「要約して紹介する」ことは、私もままある。
その際はいつも『なるたけ簡潔に、読者に伝わりやすいように』気を配って書いている。


本作の『プラトーン』場面:筋の紹介は、「作者が油断して、漫然と書いてる」ようにしか思えなくて、、、
「的確に分かりやすく整理する」余地はだいぶありそうだし、

『プラトーン』ストーリーに見る「葛藤」の提示:
>どちらが正しいのか。どんな戦いなら許されるのか?
と、
前段での主人公のすごい軽ーーーいお悩み:
>また、現在全くと言っていいほど戦っていない私は、これでよいのだろうか?

を並列させちゃうことに違和感あったのと、

着地点が、

>深いため息をついて、闘争とは、戦うとは……と考えているうちに、眠りについた。(完)

と、あっけなさすぎ・軽すぎなんで、、、



『プラトーン』を出すんなら、それを出した必然性:
それを出したに相応しいだけの【主人公の深い考察】が要る気が、個人的にはとてもして、

『釣り合わない感じ』が 残った。

貔貅がくる
n219100087087.nct9.ne.jp

↑ でも、

読み手によっては

『そのちぐはぐ加減、「プラトーンからの落差」こそが妙味で、本作の醍醐味なのです』

ってな感想も出る・・でしょう。


それがここのサイト。


「個人差はある」んです。

小野瀬遼
zaq3d2e3aa9.rev.zaq.ne.jp

貔貅がくるさん


>映画『プラトーン』が大嫌いで、思い出したくもない私は、そう思いました。

と最初に仰られている以上、何を書かれても
「私が見たくないものを見せるな。見せるなら私が納得出来るように書け」

と言われているとしか思えないのですよ。小説という媒体で人が大嫌いなものを
許容させるのは大変難しいですし、そもそもそのための媒体か?とすら思ってしまいます。

とはいえ、アドバイス自体は大変ありがたいものです、しっかりと読んでいろいろと
考えますね、ありがとうございます。

貔貅がくる
n219100087087.nct9.ne.jp

↑ 最初のレスで肝心なのは、「そこ」ではなくて、



>ラスト、映画『プラトーン』になって、そこが本作では最も文字数使用してるし、「作者が一番書きやすかったこと」なんだってのは瞭然。
なんだけど、『プラトーン』自体が「古い」じゃん??
主人公「35歳で小学生男子の父」ってなってるのに、『プラトーン』持ち出されると、『作者の年齢がたぶん55歳で……主人公も実は55歳なんじゃないのか?』って気分に。。


>作者の連想は、
「空手 → バイオレンス → 闘争 → 戦闘」なんだけど、
息子の言葉は
>>「比べっこかな、相手と僕とどっちが強いか、っていう」
であって、「戦闘とイコールではない」でしょう??

>そのへん、「息子の返答のニュアンス」とか、もうちょい検討して、以降の「主人公のうだうだ連想」を、いっぺん全部直してみては??

>そんで、読者が『ああ』って思う(共感する)結末に着地させる。


↑ の方だから。




『プラトーン』は嫌いだし、
『この作者、『プラトーン』ありき! でコレ書いてて、間の考察はすっとばして、手抜きしてるなー』
と思ったのも本当ですけど、

そういう「感情」とは別に、


【プラトーンありきで書くなら、それに相応しい書き方で書けばいいのに〜】の提案が、
1個前のレス。



作者が【この原稿は、現状で完璧なんだ!】ってんなら、それはそれで。


ワタシのタスクじゃないので。

貔貅がくる
n219100087087.nct9.ne.jp

無駄に「連投」してて、そこは申し訳ないんだけど、


今日、ここに続けて上がってる3本が、
文量的にも・筆力的にも、作品傾向的にも、なーーんか似とって、

どんぐりの背比べ。。

だから、
『何かの公募に一緒に出してるお友達同士、いっせーのせ! で「ごはん」にも掲載したのかなー??』
とかも思ったんですよ。
先週、『めざましテレビ×YOASOBI の「おはよう」公募』原稿が上がってたせいもあって、
『この3本も、どこかの短編公募向けに書いたやつかなー??』って。



短編公募向けだとすると、ワタシが書いてるようなことは「まず言われてしまうこと」だから、
ついずけずけ書いちゃいましたけど、

「ただの読み物として投稿しただけ」なんだったら、そこはごめんね。

塩ゲッティ
114-134-221-72.fnnr.j-cnet.jp

拝読しました。

たぶんこれから文章を書く練習を積んでいくという段階なのかなと感じました。

全体を通して「小説らしい」言い回しが使われているのですが、過剰に感じました。
それよりも各センテンスで伝えるべきことだけを正確に書いていくようにされるのがいいいと思います。

気になったことが2つあります。

1つは切り取り方。
冒頭、夕暮れのシーンがあって、それから急激に暗くなって夜道になります。息子が空手を習い始めた経緯の説明では、習い始めたときの話があり、それから直近の状況が書かれます。というふうにシーンや説明される時点が区切られているのですが、これらが細切れ過ぎです。時間を流すか流さないのか、ということをもっと意識されるとよくなると思います。

もう1つはモチーフの選び方。
競技のモチベーションの話と、権力闘争の話と、戦争下での正義の話が出てきます。
競技のモチベーションはたぶん人さまざまで、本作では息子に質問したことで答えが出ます。
権力闘争の話について、モチベーションという点は自明です(出世欲という言葉があるくらいですから)。
戦争下での正義については、映画の登場人物それぞれに正義があり、どちらが正しいというものでもありません。
これら3つのモチーフを踏まえて最後に語り手が悩むのですが、この悩みがよくわかりません。闘争というものがよくわからないと書いてあるのでその通りなのでしょうが、それと3つのモチーフの繋がりが見えないのです。
この3つが(1つ1つでなく)3つ並べられることで得られる発見のようなものがあって、それからはじめて悩みに入っていくようにモチーフを入れ替えてみることを検討されてはいかがでしょうか。

では。

大丘 忍
p258223-ipngn200404osakachuo.osaka.ocn.ne.jp

これを読んで、人生とは戦いであると実感しましたね。一口に戦いといっても、色々の段階があります。一番ひどいのは命を取り合う戦いである戦争でしょう。命の取り合いではないが身体能力を争うのがスポーツ、身体能力でなく知的能力を争うのは入学試験。その他一般的な社会適応能力を競うのは出世競争でしょう。
偏差値に一喜一憂し、志望大学に入るのも戦い。少説の新人賞に入賞して作家と認められるのも戦い。
まあ、例外として私が書いているのは戦いではなく、全くの趣味としてですが。

小野瀬遼
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貔貅がくるさん

『玉虫堂春夏冬中 -たまむしどう あきないちゅう』(仮)
に感想を書いておきました。お読みください。

小野瀬遼
zaq3d2e3aa9.rev.zaq.ne.jp

塩ゲッティさん、感想をありがとうございます。

文体、確かに気取りすぎているかもしれませんね。文体診断ロゴーンで分析をしたら
「小林多喜二」に似ているそうです。そこは狙ってないなぁ…と思いました。

モチーフの消化は全然うまくいってないみたいです。書いている本人も未消化で
そのまま書いているので、読者の方もなおさら「?」となるのだろうと思います。
なんらかの、作者なりの回答を用意して書いたほうが良かったな、と思いました。

小野瀬遼
zaq3d2e3aa9.rev.zaq.ne.jp

大岡 忍さん、感想をありがとうございます。

全くその通りですよね。戦わないで生きられれば良いのですが、人生は全く
そういう作りになっておりませんよね。であれば、戦わなければなりませんし、
戦いの目的は勝つ事になるわけですが、勝利至上主義者みたいな人生もちょっとどうかな……とも思います。他人を蹴落として、実際、大学受験でも入社試験でも誰かを押しのけて
自分が合格しているわけですよね。こういう事を、もうちょっと詰めて考えて、また
小説のテーマにしたいと思います。

さかあ
sp49-98-136-176.msd.spmode.ne.jp

闘争が良いとか悪いとかどうとかそんなことよりも、たとえば主人公みたいな闘争本能の自覚のない人が資本主義の只中で勝たなければ死ぬくらいの場面に遭遇してしまったらどうなるのか、そういう実験性を孕んだほうが面白くなると思います。

小野瀬遼
zaq3d2e3aa9.rev.zaq.ne.jp

さかあさん、感想をありがとうございます。

ああー、つまり、自身の生死、食うや食わずとか、そういう極限状態になったら
主人公のような人間はどうなるか、という事ですね。急に眼の色変えて
人のパンを取って食べるかもしれませんね。いまこう書きながら、芥川の「羅生門」の
死人の髪を抜いて売ろうとしていた老婆を思い出しました。で、下人がそれを奪い取る、と。

なんだか色々インスパイアされました、ありがとうございました。

香川
KHP222000136051.ppp-bb.dion.ne.jp

読ませていただきました。

文章に淀みがなく、書きなれた方の作品だなと思いました。
たくさんの要素がふくまれていますか、それで文章が急ぎ足になったりせず、ゆったりと流れるような語りになっていると思います。
構成も、まず動きのある場面から入り、そこに対する語り手の思いが綴られ、それが語り手の現在の有り様とそこへの疑問へ繋がっていく、という綺麗な流れで描かれていました。
こういう構成や語り、昔の私小説のような雰囲気ですね。

ただ、ちょっと私にはご作品の中で仰られていることが、ピンと来ませんでした。
空手と立身出世、そして『プラトーン』の対比が、しっくり来ないというか、畑違いの三者を比べてしまっているように感じられたのです。
もちろん、どれも「闘い」という側面を持っているのだと言われれば、そうだなとは思えるのですが、それは「闘い」という言葉にある程度の意味の範囲があるからではないかなと思います。
一対一、誤魔化しなしで(少なくともそういう前提で)優劣を競い合う空手と、社会の中でどう頭角を表していくかという闘いである立身出世、そして命懸けの戦場での闘い、という三者をご作品のように提示していくのであれば、三つの闘いの根底にある共通点を考察し、それを文章に乗せていかないといけないのかなと思います。
その辺りを掴めずに、パズルのピースが合わなくて上手くハマらないような、そんなむず痒さが感じられてしまいました。
私の感覚だと、まず正々堂々闘う空手と相手の悪い噂を流してまで出世しようとすることは全く結びつかないので、例えば息子の対戦相手が審判の目を盗んで反則行為をしていたけど息子はそれを気にしていないとか、なんでもいいと思いますが空手と(語りの思う)立身出世を近づけてから対比していった方が良いような気がしました。
この空手と立身出世の対比が上手くいけば、語り手が感じる息子と自分の違いというのも鮮明になっていくのではないかなと。

プラトーンに関しては、ここで出てくるのがちょっと私には突飛に思えてしまいまして……。
書き手の方の中には、この映画と、ご作品の中で語られる空手や立身出世との間には関連があるのだと思いますが、私にはそれが上手く掬い上げられませんでした。
ここも、もう少し、根底に流れる共通点を示すか(私のように察しの悪い読みてもいますので)、
あるいは、他の方も仰っていますが、格闘技を扱った映画や、ビジネスを扱った映画などにした方が、無難ではないかなと思いました。

いろいろと書いてしまいましたが、文章や構成などとても慣れていて、一つの書き方をものにしている方なのだろうなと思います。
私はあまり綺麗な文章がかける方ではないので、勉強になりました。
ありがとうございました。

小野瀬遼
zaq3d2e3aa9.rev.zaq.ne.jp

香川さん、感想をありがとうございます。

文章や小説自体は、昔から趣味の一つとして書いてきましたので、下手くそなりに
書けるようになっているのかもしれません。小説自体は、国内外のものを1000冊は
読んでいますし、日本の近代私小説も数多く読んでいますので、その影響はあると思います。

どうもやはり「プラトーン」が突然すぎて、読者の方には「?」と疑問を投げかけて
しまうようですね。作者の中ではつながりがあっても、その説明がまるでないために
突飛で意味が分からない状態になってしまっています。ここはもっとしっかり反省して
読者の方に納得してもらえるように、物語の構成を考えたいと思います。

お褒めの言葉をいただける事は今後の励みになります、ありがとうございました。

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