車窓から
済まさなければならない用事があって、私は北陸に向かった。
片道四時間余りの道のりである。高松から快速マリンライナーに乗り、岡山、京都間をひかりで、京都に着くと特急サンダーバードに乗り換えた。
目的の場所に着いたときには正午近くになっていた。
用事は思ったよりも早く済んだ。五時間後には帰路につくことが出来た。
しかし、せっかく北陸まで来たのだ。
少しだけ街を歩いてみることにした。
●
一軒の寿司屋を見つけた。
中に入った。清潔な木の香り。左にカウンター席。通路を挟んだ右側が小さな座敷になっていた。
そこに一組の客がいた。老年の男達の集まり。
カウンター席に座って注文した。
「どちらから来られました?」
そう聞かれた。大きな鞄のせいだ。
「高松です」
「出張?」
「そんなところです」
父方の叔父が、少し名の知れた文芸評論家だった。その叔父が亡くなり、蔵書の鑑定を頼まれた。古書の鑑定、或いは、その売買が私の仕事なのだ。
と、
店の片隅に、子猫が──。段ボール箱に入れられている。
「今朝、店の前に捨てられていたんですよ」
同時に寿司が出された。
「これは何?」
赤身の隣に、見た感じ、ヒラメみたいなのがあった。
「アラレガコです。なかなか手に入りませんよ」
「アラレガコ?」
「産卵のとき、白いお腹を上にして、冬、あられに打たれながら川を下るところから、そんな名前になったということです。カジカ科の淡水魚で──」
そのとき、
「あんた高松の人か?」
座敷の老人から声をかけられた。
「そうですが?」
「かまたまを食べたことあるか?」
「え。ええ。美味しいですよ」
「そうか……。わしも生きてるうちに食べたかった」
「ああ。わしもだ」
何だか不思議な彼らの会話だった。
寿司を食べ終えた。ひと口お茶を啜ってから、
「あの猫──」
「分かってます。よかった。飼って頂けるんですね」
●
ふと目を覚ました。電車の中で眠りこんでしまっていた。
子猫は鞄の中。ちゃんと息が出来るようにしてある。
それにしても旨い寿司だったな。
いや……違うぞ……。
寿司屋の軒先に置かれた段ボール箱の中に子猫を見つけた。
抱き上げたとき、私は入口の張り紙に気がついた。
店主急逝のため閉店致します。
長らくの御愛顧を、ありがとうございました。
中に入ってさえなかった……。
アラレガコ、だったっけ……。今日まで知らなかった……。
窓の外を眺めた。
あれは子猫を拾った礼だったのかもしれないな……。
鞄から微かな鳴声が。
夜が沈殿を始めている──。
了
執筆の狙い
さらっとしてます。