作家でごはん!鍛練場
えんがわ

港町のカボチャ売りとか ファーストシーズン

☆港町のカボチャ売り(夏)

 今は海風も一休みする、おやつどき。お天道様は今日も照っていて、窮屈に並べられた石造の家々も、びっしりと敷かれた石畳の道々も、あつあつにする。そうなると人々は影を求めて、建物から突き出たホロの下を自然、行き交うことになる。
 街のメインストリートは、影となる両端を賑わせながらも、真ん中をぽかりと太陽のみに空けている。中央に太い余白を挟んで、ゆらゆらと流れる人の群れが、左右にそれぞれ鮮やかな線を作る。中々に騒がしく、奇妙な光景だ。

 * * *

 さて、通りの右の、氷詰めの魚達と整列した靴の一群。魚屋と靴屋の間。その狭い路地に入ると、喧騒は段々と和らいでいく。旅人の姿は消えていき、代わりに地元の住民や猫たちがのさばり歩く界隈となる。心なしかその調子も、ゆるりとしている。むせ返る汗や香料から、次第に海草と焦げた石の匂いが、息を吹き返し始めるからだろうか。舌の根にうっすらと塩気を残すそれには、なにやら沈静作用があるようだ。ただ、この路地は他とは少し異なり、トウモロコシに粉砂糖をまぶしたかのような香りが、ほのかに混じる。
 香りの元を辿ると、小さな荷車が石壁へと寄りかかっている。見ると、詰め込まれているのは、沢山のカボチャだ。その少し先には、そこから零れ落ちたかのように、カボチャがゴザの上に置かれている。八百屋でも見かける橙や緑のものから、真っ赤なトマトのようなものまで、多種多彩だ。それらカボチャ色に囲まれて、半袖とハンズボンの女の子が一人。石壁に背をつけて、ゴザにあぐらをかいている。膝の上で本を開き、前かがみになって、文字をなぞるように、口元を動かしている。本は茶色く色褪せていて、表紙の題字も読めないほどだ。時たま「くっ」と軽く伸びをして、またいつもの姿勢に戻り、顔を一直線に本へと向ける。
 カボチャと共に六年、女の子はその半生をここで刻んだ。そして、これからもここに座り続け、カボチャを売り続けるのだろう。女の子がどこから来たのかは海鳥すらも知らないが、カボチャ達はあちこちから集まって来た。最初の内は街中の行商から掻き集めていたものが、女の子が街路へと馴染むに連れて、次第に島々を行き来する漁師や交易商からも、持ち運ばれるようになった。こうして緩やかにだが少しずつ、取り扱われるカボチャ達も、目を留める人達も増え始め、近頃では、僅かながらの夢を持つだけの希望さえ出来た。

 その夢は、この街にカボチャのお店を建てること。それもカボチャ色に塗られた二階建てのお店だ。
 まずは窓先にカボチャ柄のカーテンを取り付け、半紙で包んだ一切れ大のカボチャのパイで客を寄せる。応対は、広めの窓がそのまま受け口になる。量や儲けを抑えても、気軽に食べ歩けるようにする予定だ。
 それから正面の大きな扉をくぐると、小玉大玉、幾種類ものカボチャがずらりと待ち構えている。沢山の大籠へと詰め込まれるのも、何段もの長棚へと整列されるのも、全てカボチャだ。女の子自身、まだ図鑑や噂話でしか見聞きしていないものまで、きちんと揃えられている。赤、黄、茶、緑。手の平に乗るものから幼児を飲み込むほどの大きさまで。沢山のカボチャが並び、さぞかし壮大な眺めとなるだろう。
 だから迷子になってしまわぬよう、値札の横に小さなガイドを張っておく。産地、味、レシピなどを色取り取りのペンで記した、鮮やかな説明書きだ。こうすれば一見さんも、楽しんで冷やかせる。
 それから一旦外へと出て、すぐ横の階段を上ると、そこでは沢山のカボチャ料理が振る舞われる。テーブルには異国の珍しい模様のカボチャがアクセントとして置かれ、季節毎に、他ではお目にかかれない世界各地のカボチャ料理が供されることになるだろう。けれど、できれば街の名物となり、母の味となるようなものも開拓していきたいと、女の子は思っている。かなたの海、長い漁から帰って来た時、ふと口にしたくなるような。
 つまりこの店の設計は、窓先のパイや二階の料理でカボチャの美味しさを教え、やがて一階の商品棚へと通わせ、カボチャをこの港町に根付かせる思惑に基づいているのだ。けれども、これには大きな欠陥があって、店の主として女の子自身、一階と二階、どちらを担当すべきなのか、痛く頭を悩ませている。《いっそのこと身体が二つあったらいいのに》やら、《わたしと同じくらいカボチャが大好きな人がいたら》やら、波間の中ぼうっと考えるのが、眠る前の日課となった。
 それはともかく、店そのものは、女の子の隣の仔豚を百回ほど満腹にすれば、形になるだろう。でんと座っている仔豚の貯金箱は、女の子から銀貨だけを与えられている贅沢ものだ。
 まだ一度としてその蓋が開く事はなく、それどころか未だ持ち運びに支障の無いくらいの痩せっぽちではあるのだが。
 辺りはページを捲る音も聞こえて来そうな、午後の静けさ。まだまだ夢は遠くにあるようだ。

   * * *

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 第四節 キャラバン隊の恋  P87

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 みんな、背丈を越える焚火を囲い、手を繋ぎ合い、身体を弾ませる。砂漠の夜の冷たさに負けまいと、笛の音に沿って、足元で煙が舞う。北風は心地よく、炎は柔らかだ。それは彼の手に触れているせいだろうか。
 赤く染まる頬は闇と火の子が。整わない鼓動は笛と歌が。隠してくれているけれど。この熱は、汗は。指先を通り彼に知られてしまうのだろうか。けれど、わたしが盗み見た彼の瞳は、氷のように鋭く、虚空へと

「おぉーい」
 瞬間、女の子は、連れ戻される。恋愛小説の砂漠から、現実の石壁へと。
 日を受けて「しっかりせい」と浅黒の老人が、目元と顔中の皺を揺らしていた。女の子は慌てて本を閉じ、立ち上がりながら
「おじさん、おひさしぶり! 今日は、お早いのね」
「お前さんは、この時分、いっつも、この調子なんか?」
「今はどこも、似たようなものよ。こんな、かんかん照りだと」
「そうかあ?」
 と老人は顎の白髭をさすって、
「これからの季節、お日さんはもっと厳しくなるぞお」
 町の風を何十年も吸い続けた口から出た言葉だ。脅迫にも近い力が宿る。
「やぁねぇ」
「嫌なもんだあ」
 恨めしそうに空を見上げて老人が溜め息をつくと、女の子もつられるようにそれを真似る。空には、痛い程の日射しと、それを覆うには頼りない薄雲が、ゆっくりと流れていた。

「しっかし、珍しくも、何ぃ、読んでたんだ?」
 女の子は、足元の本へと目を落としながら、まごつく。
「字ぃ、読めるんか?」
「失礼しちゃう!」
 威勢の良い返事に、今度は老人の方がたじろぐ。
「まったく! もう」
「やぁ、すまん。で、なんて本なんだって、聞いてんだ」
「べっ、べんきょうの本よ」
「勉強?」
「えっ、えと、かぼちゃの本。かぼちゃ料理全集って本よ。いろんな料理のことが書いてあるの」
「おや、そんで、にやにやしてたんかぁ」
 共に浮かんだ皮肉笑いにも気付かず、女の子はまくし立てる。
「そうよ。本当においしそうな料理だったんだから。いつか食べにくるといいわ」
「またぁ、在りもしない店の話かあ? こんな調子で何時んなったら建つんかね」
「見通しだって、たってるんだから!」
「ほぉ…… そんで、どんなカボチャ料理なんだ? うまいんか?」
 女の子は顔を真っ赤にさせるが、反撃の口火すら思いつかない。しきりに視線を泳がせるが、老人は腕を組んで《参りました》を待っている。女の子は堪えきれずに、そっぽを向く。はっきりと影を映した石畳には、猫の一匹もいない。首元が震えている。
「ああ、分かった! 悪かった! だから、まあ、その店ってやつに協力してやるよ。わしがくたばる前に、建ててくれんと困るしな。今日はどれがお奨めだい?」
 振り向いた女の子の頬はますます赤く染まっていたが、何時の間にやら実に商売人らしい笑顔に戻っていた。海辺の天気のように、気分はころころと変わる。
「おじさんは、甘いの、大丈夫だったわよね」
「おう」
「それならこれか…… これっ! どっちも熟れ頃だし、仕入れがとてもうまくいってお買い得だわ」
 指差したのは、二つのカボチャだった。一つは、葉のような深緑の、スイカを一回り大きくしたような大玉。もう一つは、斑点がかった黄色の、手の平にも乗りそうな小玉。
「いやぁ、大きいのと小さいのってのは、いいが。ちょっと両極端すぎじゃないかぁ?」
「どっちもスープにすると、おいしいのよ。作り方は、知ってるわよね。あれと同じ手順。それと大きいのは切りわけて、ちょっとずつ使っていくといいわ。あとは、ぶつ切りにして焼いてみるのは、どうかしら。こう、厚く切ってね」
 手で空気をつまむようにして、厚みを表現する。
「フライパン一杯にジュワーッて。スープとちがって、火は強めで……」

   * * *

 縄紐を片手に、三個の小玉のカボチャをぶら下げて、老人の背中は遠ざかっていく。括られたカボチャの固まりが、膝の下で右へ左へと揺れる。その振り子につられたのか、足が軽くもつれる。けれど、女の子が《だいじょうぶ?》と声をかけようとする前に、
「あっつい! あつい! こう暑くちゃ、敵わんなー!」
 独り言にしては大きな声が、路一杯に響いた。
 女の子はくすりとしながら、汗に濡れた老人の顔を思い出す。
《こっちだ! こんなクソアツイ中、こんなでっかいカボチャ、持ってってられるかい!》
「そりゃ、そうよねぇ。こう、あつくっちゃ」
 老人の姿はもう見えない。こちらは全くの独り言だ。
「しかし、あついわよね。あつあつ……」
 つぶやきながら、屈んで本を手に取ろうとしたその時。冷たくて甘いものが女の子の頭をよぎった。寝静まった夜に、一粒の水滴が洗面器へと落ちたような驚き。それが俄かに波紋のように広がっていく。こらえようとしても、笑みが溢れ出てしまう。本の一節。砂漠のキャラバン隊。この熱は、汗は、知られてしまうのだろうか、盗み見た彼の瞳、氷のように鋭く、虚空へと。
「こおり、こおり、こおりやさん……」
 さて、ここから一つ角を曲がり、右の枝道に入ると、氷屋がある。何十もの職工で営われている大きな店だ。そこでは朝早くから、方々まで荷車に乗せて、氷を配達している。それも正確に、毎日。そうしなければ街は回らないからだ。氷は、主に魚屋や漁港で腐りを防止するために使われる。来なかったら、みな、大慌ての大惨事だ。時たま、タンスほどもある氷塊を二人がかりでひいひいと運んでいるのを、女の子はぼんやりと眺めていたことがあった。
《そこから氷をちょうだいして、かぼちゃのアイスクリームなんて、どうかしら。それと。きんきんに冷やした、かぼちゃのジュースも、きっとおいしいわ。うん。お店ができたら、店先で、冬はあたたかいパイとスープで、夏はつめたいアイスとジュース》
 夕焼け雲を染めるのはダイダイのお天道様だ。女の子は少し軽くなったカボチャ一杯の荷車を引いて、町外れへと帰る。海沿いを向かうその頬には、じわりと汗が伝う。夜の漁に出る船と、カモメの鳴き声、波の音。それら以外は耳をくすぐらない静けさ。まるで祈りの前のような。

   * * *

 今は海風が吹く晩餐どき。陽は水平線へと落ち、石畳に溜まった熱も静まり始める。メインストリートは、酒場に着こうとする人々と、家路へと急ごうとする人々で、ごちゃ混ぜになる。人が行き交い、魚が焼かれ、酒が飲まれ、歌が謡われる。星々が散りばめられた天にも負けない騒しさだ。家にはちかちかと明かりが灯り、煙突からはもくもくと煙が上る。そこに、ぽつぽつとカボチャのそれが加わる。


☆カボチャ売りと秋の空

 回遊魚が舞う水彩画のカレンダーはめくられ、9月になった。固いベッドには緩やかに陽が差し込み、目覚ましベルはジリリリと鳴り響く。朝五時半、港町の一日が始まる。

 * * *

「嬢ちゃん、初モノだよ」
「へぇー、トウヨウアケイロカボチャ、もう入ったんだ」
 女の子は赤に黄色の斑点が付いたカボチャをしげしげと見つめ、次いでポンポンと叩く。
「いいじゃない、これ」
「何せ秋だからねー。馬肥えて女も肥えて、カボチャも肥えると来たもんだ」
 店の若旦那は腰に手を当て、上機嫌に鼻を鳴らす。港の脇にある青物問屋「さざ波果物百貨店」。そのツテを使って取り寄せた、今年の秋を告げるカボチャだった。それも町の中心にある庭園付きな食堂の料理長さんのお願いを退けて、女の子を驚かそうと取っておいた一品なのだった。
「涼しくなって魚の鮮度も悪くなくなったしね。食の秋ね。で、お値段は?」
 若旦那は親指を曲げて
「これで、どうだい?」
 女の子は首を振り、次いでVサインを作り
「これで」
「オーケーって事かい?」
 若旦那は大げさにため息を作り、皮肉った。
「まさか」
「指二本ってことか。嬢ちゃんなー。幾らなんでも限度ってもんがあるだろう。これが限界だよ」
 若旦那は女の子をまじまじと見つめながら、小指をくいっと、指を三本立てる。
「ごめんね。今、手持ちが無いの」
「あー」
「ほんとよ。今年、暑かったじゃない? みどり玉が売れなくて。20個も売れ残ってるの。そりゃ、季節モノを仕入れて、目を彩るのも大切だわ。でも、在庫処分をしなくちゃ。今のところ、それが一番肝心」
「はぁ。で、それなのに、なんでここまで来て、顔を見せたんだい」
「冷やかしー」
「あけっぴろげだなぁ」
 女の子は、にへへと笑った。

 * * *

 町のメインストリートは、海水浴の家族連れの姿は去り、代わりに若い男女の姿が目に付くようになった。強風が吹くことも多くなり、海は荒れがちになるのだが、それと比例するように波乗り達がやって来るのだ。アイスクリーム屋は即席のジャズ喫茶に鞍替えし、露店商も木工細工の玩具から陶器のアクセサリーへと品を変えていた。
 その通りから二つ逸れた狭い路地に、女の子とお客の姿はあった。女の子の営むカボチャ屋は、それは道端にござを敷いて七種類のカボチャをどでんと置いたものに過ぎなかったのだが、繁盛していた。夏の遅れを取り戻すかのように、秋の涼しさとともに、訪れるお客の数も増えた。女の子の隣に置かれている子豚の貯金箱も、少しだけ食が太くなった。
「へー、破格だな」
 中年はサッカーボール大の緑色のカボチャを撫でる。身が詰まり、目立った傷もない。
「これが今年、最後のシーズンものよ。今を逃したら、ドボン。身も熟しているわ。サイコロ大に切って、軽くゆでて、サラダに加えるのはどうかしら?」
「まいったねー」
「今なら三つ買うと、もう一つ。三個で四個分のお値段よ」
「んー、騙されたと思って買ってみるか」
 女の子は銅貨を手に取り、
「まいど、ありがとっ」
 と会釈のようなお辞儀をした。

 お客が縄袋を背負い、カボチャをひいこら運び去ると、辺りはしんとなった。秋の陽は厚い雲に覆われているが、それでも半袖で居られる暖かさだ。石畳はほのかに熱を帯び、二階のベランダに洗濯物がなびいている。トビが「ピィヒョロロロ」と鳴きながら、旋回する。風が吹いた。揺れる前髪に、女の子はそろそろ散髪時かしらと思う。錆びた懐中時計を取り出し目をやると、午後三時ちょっとを指している。これなら、一足先に店をたたんで、床屋でコーヒーを一杯できる。女の子は、カボチャを荷車に運ぼうと、立ち上がろうとした。
「ねぇ、キミ」
 髪を後ろに束ねた日焼けした青年だった。だが、日焼けと言っても、赤みを帯びた即席のもので、地元民の、例えば女の子のこんがりと馴染んだそれとは違っている。着ている服も潮風で褪せてはおらず、つやつやの新品のシャツをひっかけたようだった。如何にもな観光客の若者の風体だったが、それが却って地元民を生業とする女の子の心をどきどきさせた。細い目でカボチャを物珍しげに眺め、白い歯を浮かばせる。腰をかがめて笑顔で
「へぇ、カボチャ屋さんか。はじめて、見たな。お嬢ちゃん、お留守番かい?」
 仕入れから会計まで一人で営んでいる女の子をお手伝い呼ばわりなのだが、女の子は舞い上がっていた。それは普段の常連とは違う、青年の朗らかで快活な口調によるものかもしれない。
「わたしが、やってるの」
「へぇ、えらいものだなぁ」
 女の子は指をもじもじさせる。そして気づいたように、周りをきょろきょろする。他に誰もいない。少し安心し、顔を赤らめ、営業スマイルをする。
「それで、何を買ってくの? 今なら」
「あー、あー、ごめんよ。そうじゃなくて、商売じゃなくて。大通りはどっちかな? 海岸に行こうとして、迷っちゃったみたいなんだ」
 <迷っちゃったみたい>、というのが女の子にはキュートに聞こえた。どう考えてもここに来たのは、<迷った>に他ならないのだけど、それを取り繕おうと、この町ではまだまだ新人なのを胡麻化そうとするのが、その若さに似合っていた。
「道を聞きたいのね? えっとね」
 女の子は道順を教え、ついでにアジのフライが美味しい定食屋、年中無休の安くて立地のいい宿屋などもぺらぺらとお喋りした。青年はにこやかに相槌を打ち、会話を弾ませ、しきりに腕をジェスチャーさせた。ここ最近は海の調子もいいみたい、でもクラゲもたくさん発生する時期なのよ、と女の子が笑い、話が落ち着いたところで、青年は三回もありがとうとお礼を言い、また来るよ、とお別れした。女の子は満足げにその背中を見送り、見送り終えると、所在無げにカボチャを見つめた。

 * * *

 メインストリートの端っこに、アクセサリー兼古本屋がある。観光客と地元民が入り交じり、長い書棚の古びた本を物色し、琥珀色の髪留めを手に取り談笑する。中々に活気があるが、日が沈み始め、若い五人のグループが去ると、店じまいも近くなった。女の子はアクセサリー置き場をうろうろしている。深海のブルーの耳飾りにわっと顔を輝かせたかと思うと、値札を見てそれを陳列棚に戻す。それを銀細工の指輪でも繰り返した。そして深緑色の人魚をかたどった首飾りを、首元にやりガラスのウィンドウ越しにチェックする。その際、モデルではないけれど、女の子は軽いポーズをとっていた。ジーンズと白いシャツに、それは思いがけず似合っていた。そんな無防備な後ろ姿に声がかかる。
「決まったかね」
「えっ」
 店主だった。バンダナをして、髭を生やしている。身体はいかつく、書店には似合いそうもない。しかし大量の雑誌の運搬などに重宝していた。破顔している。
「文学少女も、恋心に目覚めたか」
「見てるだけよ」
 と言いつつ、女の子の目は一定しない。しきりに泳ぐ。
「そろそろ閉店時間なんだがね」
「ご、ごめんなさい」
「まぁ、常連のよしみだ。安くしておくよ。献血だ。出血サービスってやつだ。どうだい? これで」
「いい。買わない」
「買わない? あれだけ迷ってたのに? 値引きしてやるんだぞ」
 女の子は毅然として言った。店主を見上げた頬は、紅潮している。
「わたし、このペンダント、とても大切なものだと思ってたの。これを付けてメインストリートを通る姿を想像したくらい。それが値引かれるなんて、安物にされたみたいで。何だか悔しいの」
「そっか」
 女の子は慌てて手を振り、おどおどとした調子で
「ごっ、ごめんなさい。とてもいいものだと思うわ。だから安く扱われなきゃ、何も言われなければ買ってたかもしれない。ほんと、そんなの、気分、よね。でも、一度思ったら変えられない。たかが気分でも。ほんと、ごめんなさい。いこじよね」
 店主は、女の子の頭に手をやり
「確かに、いこじだ。それに素直だ。ペンダントなんか無くても、キュートだぞ。自信を持て」
 女の子は返事ができなかった。しばらく俯いていた。それから申し訳なさそうに本を買い、店を出て行った。店主は店の商品を点検しながら
「俺も、商売ベタだなぁ」
 と、ひとりごちた。

 * * *

 ゴザの上には、黄、緑、茶と鮮やかなカボチャが置かれている。大きさはサッカーボールからバスケットボールまで。つまりは殆ど均一の大きさで統一されている。子豚の貯金箱を脇に、女の子は本を読んでいる。中東のオアシスを舞台に王族のロマンスを描いた短編集だ。今日は久しぶりに太陽が容赦なく、お陰でお客はしばらく前に中年が一人訪ねたきりだった。

「三個で四個分のお値段なのよ。それもこれが最後の四個。買ったきり。どう?」
「またまた、売れ残りの処分だろう。その手を食うか。こいつを頼む」

 本は王子が蛇の呪いを解きに砂漠へと旅立つ場面にさしかかった。ターバンを巻いた王子が、空を見上げ、二度と帰れないかもしれない故郷に思いをはせる。思い出は砂煙がかかったようだったが、確かにあった。この言い回しが好きで、女の子はこのページを何回も繰り返し追いかけ、何十分も過ごしていた。
「ここだよ、ここ」
 女の子は心の片隅に期待していた、しかし六日も過ぎて聞くことは能わないと思っていた声を聴いた。何時かの観光客の青年だった。
「どうもっ」
 本を背中越しに置いて、応じる。青年はここ数日で更に焼けて、焦げ茶色の肌をしていた。大きなサーフボードを担いでいる。波乗りをした後にここに立ち寄ったのか、或いは夕暮れの波乗りの前にと寄ったのか。
「ほらほら」
 青年は声を張り上げる。女の子が驚いた顔でその方に向かうと
「もうっ。こんなところに、カボチャ屋なんてあるわけないじゃない」
 ポニーテールの女が、同じくボードを担いで、文句を垂れていた。
「って、あった。カボチャ屋。こじんまりしてるけど」
「なっ、言ったとおりだろ」
 青年は得意げだ。
「ほんと、来てみるもんねー」
 女の健康そうな身体を真っ白のワンピースがくるみ、水着の跡が濡れていた。そして好奇心旺盛な目でカボチャを眺める。
「すっごい。地元の八百屋じゃ見ないものばかり。旅ってするものね。これはなぁに?」
 シルバーのイヤリングが涼しげに揺れていた。小さな赤真珠がキラリと縁取られている。
「どうしたの?」
「いっ、いえ」
「気になるから、言いなさいよー」
 茶目っ気たっぷりに返されてしまった。
「その、綺麗なイヤリング……ね」
 女はくりくりした目を余計くりくりさせ
「そうっ? 彼がプレゼントしてくれたの」
 青年はハハッと笑った。
「それで、どれが良いんだい? この前は助かったから、お礼代わりにガンガン買うよ」
 やや間があって、女の子が応える。
「この黄色いのがね。夏から秋にかけて」

 * * *

 緑のカボチャは種を取り除き、トントントンと包丁でスライスする。それを四個分繰り返す。玉ねぎにも涙目でスライスを浴びせる。手にカボチャの甘い匂いがつく。その手で大きな寸胴に火をかけ、バターを敷く。乳白色の優しい油が浮き出る。玉ねぎ、カボチャの順に炒める。油がパチパチと寸胴内で軽く跳ねる。ざっくばらんに火が通ったところで、水と塩を入れ、煮立たせた。三十分ほどしたら牛乳を加え、更に火をかける。白と緑が混ざり、ソラマメ色になった。裏越しはせず、その代わりほろほろに形を崩すまで煮込む。時間が有り余っているから出来る技だ。へらで潰しながらかき混ぜ、これが意外と腕力を使う、更に水分を加えてひと煮立ち。表面に気泡が浮かび、湯気がたつ。ふうふうし、木のスプーンで味見をする。軽く頷いて、もう一口。寸胴いっぱいのカボチャのスープが完成した。間借りしている家の住民全員でも三日は費やすほどの量だ。
 カボチャの種は、フライパンに油を敷き、揚げ炒める。五分もするとカリカリとした食感が嬉しいおやつとなる。酒のつまみにもなるようで、これが意外と人気で、取り合いになりそうだ。が、量が量だけに大丈夫だろう。どんぶり一杯分はあるのだ。

 * * *

 若旦那は眉をしかめている。
「買うの? 本当に?」
「何よっ! 買うんだから嬉しそうにしてよ」
「そりゃ、そうだけど」
「在庫も一掃したし、これからが秋本番。旬のラインナップで、勝負するんだから」
「へー、あれ全部、売れたんかい」
「似たようなものよ」
 女の子はにいっとする。


☆港町の時計台

 日差しは薄く、足の指先が凍ったように縮む。それでも強張らないように手をしきりに動かしながら、時計工は空に揺られ、大時計を点検する。
「四番の歯車が折れちまってる。こいつが原因だな。それと七番、八番、十二番。こいつも駄目だ。スプリングも寿命か」
 時計工は下に向かって、声を張る。六メートルはある梯子のたもとにいる見習いは「酷いっすね、こりゃ」と受けて、隣の商店主に説明する。
 商店主は、腕を仕切りに組み直し、問いかける。
「それで、幾らかかるんです?」
「そ、ですね。今回の場合だと。何せ特注ですし」
 商店主は空を見上げ、深く息を吐いた。
「ジョイントもすり減ってる。替え時だ」
 時計工は、自身の三倍もあるサイズの大時計をいじりながら、つぶやいた。

 * * *

「とすると、廃棄なさると」
「わざわざご足労なされて、申し訳ないのですが。けれど決めたことです。廃棄します」
 商店主はゆっくりと断言する。
 時計工は黒革の深々としたソファに浅く腰掛け、コーヒーに視線を下ろしていた。見習いもまたソファにちょこんと座って、前かがみになって俯いていた。
 応接間の、人物画の油絵、青磁の壺、鶴の掛け軸が、空間に豊かさというよりも、威圧感を与えている。
 商店主はソファに体を埋ずめ、足をゆすりながら、コーヒーを啜り
「あの大時計は三代目が店のシンボルにと頼んだもので、八代目のわたしまで良く続いたものですけれど。物心ついた時から動き続けていた時計です。確かに愛着はあります。しかし、時代は進むものです」
 商店主は花の模様が縁どられたスプーンを、コーヒーの中でくるくる回しながら、
「昔は街に一つだけの時計が、やがて一区域に一つ、やがて一家に一台、今では一人に一個。もうあの時計は取り立てて人の関心を惹くものではなくなりました。ここらでお役御免でしょう」
「そういうものなのかもしれませんね」
 どろりとした沈黙が流れた。ややあって繕うように時計工は言い添えた。
「わかりますよ」
 テーブルにはカップに半分ほどのコーヒーが残っていた。気まずさもこれを飲み干せば終わる。
 足元をちょいちょいとつっつかれた。横を見ると見習いが、睨むような顔つきだ。時計工はわかっているよと、つつき返す。
「さて、ところで」
 肘をテーブルにつけて手を額の前で組む。
「廃棄となると、さて、どうしたものか、その時計台の跡というのは」
「なんです?」
「そのままだと如何にも不格好でしょう。大時計があった名残というのは。壁の色から違ってくる」
「確かに、壊れた時計をそのまま置いておくわけにも」
 時計工は努めて明るく
「そこで、時計のあったところを埋める装飾などは。軽いアクセントとして、例えばステンドグラスなど」
「はあ……」
 見習いは弾んだ声で言葉を継ぐ。
「簡単なものだとこれくらいです。グレードを一つ高くすると、見栄えもよくてお得ですよ」
 時計屋はあくまでも時計だけを扱うべきだ。そんな信念を切迫した収支と天秤にかけた、妥協の故の副業だった。しかし時計そのものの比重が軽くなるににつれ、馬鹿にならない収入を占めるまでになっていた。発注するだけで、工事は近くの大工だけでやれるのも、こちらにもあちらにも都合が良い。時計工はコーヒーを飲み下した。今回の服飾店の大時計も、聖母をモチーフにしたステンドグラスに取って代わられることとなった。

 * * *

 こうして一つの街から時計台は消えていく。列車は左右に大きく揺れながらカーブし、その街を遠ざけ、時計工たちを新たな街へと運ぶ。
「大時計は時代遅れか」
「なに、気落ちしてるんすか。次の仕事、港町なんでしょ。海見るの、かれこれ十数年ぶりなんすよ、僕」
 見習いの答えは空気のように軽い。時計工はぼんやりと窓を見つめている。新しい土地の景色は、平凡に褪せている。
「時計屋も消えていくものなんだろうな。装丁屋にでも鞍替えする頃合いなのかもな」
「また、うじうじと。最近、らしくないですよ。それよりも海っすよ。海。あー、今が夏だったらなあ。あっ、駅弁。目玉焼きですよ。ほらっ」
「お前は気楽でいいな」
「気楽もお気楽、楽して生きろって、そう言うじゃないすか、親方」
「言わないよ」
 列車は小さなトンネルに入り、ゴウゴウと音が反響し続けた。

 * * *

 雲も少なく、日は眩しい。強い風さえ無ければ、絶好の仕事日和と言えた。日向のベンチは太陽の残り香がして、温かい。しかし強風がコート越しに体温を奪う。時計工と見習いは遅い朝食をコロッケパンで済ませ、口をもごもごしながら細い石畳の坂路を上っていく。
 街を見渡せる小高い丘に、その教会は位置している。遠景にはコバルトの海まで望める。教会は全長八メートル、先端の十字架のオブジェを含めると、九メートルはある。
「壮観ですな。これが木造とは」
 教会の神父もまた首を伸ばしながら
「石造りのこの街では珍しいでしょう? 何でも東から木工職人を呼んで、六年も費やしたとか」
 青の空と緑の草花に、焦げ茶の建物は良く映えた。装飾は少なく、木のおおらかさを強調する作りだ。大きな一枚板の扉が開かれ、その上に誇らしげに時計台が置かれている。もっともその針は大幅にずれて、五時を指している。手元の懐中時計で確認すると、まだ正午にもなっていない。
「なんでも、これで三件目だとか」
「ええ。初めはここの、地元の時計屋に頼んだんですが、一向に原因がわからず。それから」
 神父は、高名な首都を中心に活動する時計屋の名を告げた。
「これまた分からず。老朽化だろうとは、おっしゃるのですが」
「そうですか。一応、善処してみますが」

 海からの風は勢いを増していた。陸のそれと違って、短いテンポでの強弱をつけず、しかし確実に力を増しながら風を送り続ける。早く帰りたいものだな。だが、帰るって、何処へ? 小さな、しかし一人きりには大きすぎる我が家が浮かんだ。膝まで生えた冬草の庭も。錆びた赤い三輪車も。俺は、そこへ帰って、何をするというのだ?
 大時計の中身は良くできていた。止まっているのが不思議なくらい、欠けた歯車もなく、連結部の軋みもなく、木造ゆえの木の歪みも最小限に留められていた。良く手入れされている。重宝されている幸せ者の時計だ。設計も丁寧で、独善的な所のないオーソドックスな作りで、しかし抜かりはない。あと、二十年、三十年は動き続ける。そう見えるのだが、何処をどういじっても、時計の針が動くことはなかった。寿命というものがある。丁寧に設計された長生きしそうな時計も、ふとした加減で全てが駄目になってしまう。五番よし。六番よし。これで三回目の確認だ。七番よし。こうした仕事の場合、直そうとすることよりも、直らないことへの言い訳を作るのに手間が折れる。残念ですが、寿命です。古い型ですし。このステンドグラスなんてどうでしょう? 十一番よし。耳を当てて、とんとんと叩く。ジョイントよし。全てが良い。全てが良くて、にも拘らず、時計の針は動かない。もう一度確認しようとして、しかし海風に馬鹿らしさが焚きつけられて、止めた。
「親方?」
「こいつは駄目だ。寿命だよ。今、降りるから、梯子をしっかり固定しろ。風にあおられるなよ」

 帰り道、教会に巡礼する老人の一団とすれ違った。もう、あの時計を仰ぎ見ることがないと知ったら、彼らはどんな顔をするだろうと、視線は背後の木々に惑った。

 * * *

 宿の一室を押さえる。小さな机にベッドが一つ。飯喰らいは床に雑魚寝で済ますことになりそうだ。観光シーズンから外れたせいもあって、料金は三割引きだった。中途半端に時間が余る。
「海、見に来ましょうよ。海」
 見習いはオーバージェスチャーで、はしゃいでいた。
 メインストリートの宿から、坂道を下っていく。街路樹が冬に負けじと、緑の葉を揺らす。灰色の猫が根元でうずくまっている。
 なんとか、もう一度、診てくれませんか。設計図はこれですが、突き合わせてみてください。今日は強風でコンディションが優れなかったでしょう。寒かったでしょう。明日でもいいです。明日にでも。
 神父のすがりつく姿が思い返される。あらかじめ覚悟して、あらかじめ準備していて、それでもどうにもならないのをわかっていて、それでも繰り返してきただろうあがき。なるようになった。それだけだ。ポケットから手を出して、前を向く。向かい風に胸を張る。

 * * *

「海っ! 海っ!」
 見習いは砂浜を波に沿って駆けた。真新しい足跡が刻まれる。
「独占だー」
 見渡す限り、一面の海原にも浜辺にも人影はない。他にあるのは何処から来たのか、風に惑う茶色い紙袋くらいだ。鳥たちも、この土地を見捨てたかのように姿がない。一面の砂浜が後ろに広がる。
 眼前にはごうっとしたさざめき。青緑色の水平線から、深緑になっていき、そこから音が聞こえて来そうな位置になるとエメラルドグリーンになり、メロンの果肉のように盛り上がり、白い飛沫を立てて砂を這い、透明の水となって去っていく。そうした一連の波の動きが、色合いがひとところに定まらず、日と共に移り変わっていく。一方で波音は常に変わらず、ごうごうと寄せては離れていく。時計工は知らぬうちに、写真の構図を考え、太陽と岩場が重なる場所を探して歩いていたのに気づいた。目を閉じる。カメラなぞ、在りはしないのだ。女房は去り、子供は去ってから、写真を撮る習慣は絶え、それは何処かへと消えてしまった。古いアルバムは、本棚の一番下に置いたまま。見返すこともないし、新しいそれを作ることもない。
 足元が濡れている。何時の間にか、波のあるほうへと引き寄せられていたのだ。緑の海に後ずさる。風と波音の間から、見習いのかすれた声がする。透明な白い塊、恐らくクラゲの死骸だろう、をぐいぐいと踏みつけている。それだけが海での事件で、時計工は吹き付ける風に目をしばたたかせた。
「広いな」
 一つ特に大きな波が、靴を濡らそうと足元に滑り込んだ。それから逃れようとした動きが、自分でも変な踊りのように滑稽で、慌てて周りを伺う。誰も居ず、唯一の見習いは砂場にしゃがみこみ、空に顔を傾けていた。
「広いな」

 * * *

 海岸通りの波止場を行く。夕焼けまでぼうっとしても良かったが、見習いが思い出したように
「腹が減ったっす」
「確かに」
 人通りを求めて、大きな道を選んだのだが、それは本当に交通するだけの道で、飲食店は望めなかった。海岸からの風はいよいよ勢いを増し、それから逃げるように、小道に入る。偶然、日当たりのよい、風が吹きつけない場所に入った。商業区とも違う、しかし完全な生活圏とも違う不思議な通りだった。石畳が陽光に眩しく照っている。
「親方親方、見てっ、ほら」
 見習いが指さした向こうには、カボチャ。大きな屋台ほどのスペースに行儀よくカボチャが整列している。赤茶色の列、橙の列、緑の列。
「何だい? こりゃ」
 見習いは、キュウリ色の球をぽんぽんと叩く。
「これも、カボチャ?」
「して、どうしてこんなところに」
 と、路の影から十五くらいの、時計工の娘と同じ年頃の女の子が、駆けてきて、
「ドロボー」
「ドロボウ?」
 辺りを見回す。他に誰もいない。
「ドロボウ?」
「どろぼう?」
 おうむ返しの繰り返しだが、それで警戒が解けたようで女の子は「ごめんなさい」ともごもごし、それから
「ドロボウかと思った。お客さん、ね。今日は風が風だから、商売あがったりだったのよ。一見さん、冷やかし歓迎。さあさ、どのカボチャ、気に入った?」
 女の子は、ついとカボチャの正面に立ち
「これは昨日入荷したてのナンヨウヒメカボチャ。麦を肥料にした肥えた土地でね、二毛作でニンジンと一緒に収穫するの。栄養も豊富で風邪知らず。その上、腹持ちが良い」
 突然、スポーツ実況のように売り文句を畳みかけてきたものだから、時計工はにやついてしまった。見習いは「カボチャ屋? 魚屋ならわかるけど」と言いながら、満更でもない様子だ。柔らかな日が、女の子とカボチャに差し込んでいる。
「海辺だから、魚って、思うみたいだけどね。ここは港街よ。色んなものが集まって、いろんな人が集まって、熊だのペンギンだの、何だって口に入れるんだから」
「へえ」
 女の子はまごついて
「ペンギンは言い過ぎたけど」
 カボチャを撫でながら
「カボチャはね。仕入れ時期と単価が安定してるのよ。日持ちもするし、扱いやすいの」
「魚は海の機嫌次第だし、傷みやすいからか」
 そう答えながら、時計工は懐かしい気持ちに囚われていた。カボチャのシチュー。ニンジンにジャガイモにあと緑の粉末みたいなもの、何だっけ、そう、セロリ。休日に娘が良く作ってくれたっけ。
「生モノは露天には無理かー。だからカボチャなんすね」
 見習いはふむふむと、手の平大のカボチャに目をやる。
「それだけじゃないわ」
「何すか?」
「カボチャが、何よりも好きだから」

 * * *

 時計工は設計図を羽ペンでマークしながら、記憶の中の大時計の内面と照らし合わせる。歯車の八番はどうだったか。知らぬ間に右にズレすぎていなかったか。このジョイント部分は、別のものに代官されていなかったか。幾つもの仮説を、打ち立てては、潰していく。見習いにコーヒーのお替りはもう良いと告げる。
「眠っていいぞ。明日は早いからな」
 それに「親方よりも早く寝る弟子がいるもんっすか」とお決まりの答えが返ってくる。
「朝食の買い出しと、現場への事前連絡は任せてください。嬉しいっすよ。親方ならやってくれると思ってました」
「気休めみたいなものだけどな」
 時計工はその気休めに全力を懸けていた。

 * * *

 腕を包み込むような大きさの歯車を、その正確な位置を、確かめる。机上でのシミュレート、設計図との矛盾個所は、これで全て埋まった。何処にも間違いはなかった。それでも大時計は動かない。
「八番、確認。状態、改善せず」
「親方ぁ」
 今日は風が無い分、声がクリアに響く。振り返ると、見習いが泣きそうな顔をしている。神父が目をつぶり何かを呟いた。
 時計工は息を吐きながら、顔を上げ、初めて何者にも邪魔されず、街を眺望した。
 クリームとイエローの煉瓦家が大小不揃いに散らばって、そこを血管のように道が畝っている。その道々を一粒一粒の街人がそれぞれ自由に流れていく。折々に鮮やかな緑がぽつぽつと添えられている。そして向こうには広い広いコバルトブルーの海が広がっている。
 時計工は大時計を撫でながら
「ああ。お前はこうやって街を見守ってきたんだな。大丈夫だ。この場所を奪いやしないよ。何せ俺ほど時計のことを」

 * * *

「しかし、なんすねー、あんなんで動かなくなるもんなんですね」
「そういうもんだよ」
 二十八番ネジ。小さな小さなネジだった。第五歯車と第六歯車の陰に隠れていた。それが欠けていたせいで、大時計は時を失っていたのだった。
「けど、久しぶりに親方、カッコよかったすよ、まだまだあと一回、絶対に直してやるっ、なんて正に鬼って感じで」
「久しぶりぃ?」
「あっ、嘘。そんな、そんなっ」
 時計工は、車窓を見つめながら言う。
「ああ、こんな仕事を続けていきたいもんだな」
 汽車はベルを鳴らし、時計工を港町から、時計台のある港町から、また別の時計台のある街まで運んでいく。
「しかし、この荷物、重いっすね。あっ。これカボチャじゃないっすか。こんなデッカイの非常識っすよ。僕みたいにこう、小玉にしとかないと」

 * * *

 女の子はほくほく顔で、
「毎度あり」
「おう」
「何に使うの? スープ?」
「シチューにな。ニンジンとジャガイモとセロリの。カボチャはごろごろ乱切りで。欲張って口に頬張ろうとすると火傷するような」
「うーん、なんかわかるけど、セロリは煮込まないんじゃないかなあ」
「煮込むんじゃなくて。緑色の粉上の。仕上げに振りかける」
「それ、セロリじゃなくてパセリよ、パセリ」
 二人とも声を出して笑った。

港町のカボチャ売りとか ファーストシーズン

執筆の狙い

作者 えんがわ
p2215247-ipngn9802souka.saitama.ocn.ne.jp

何か読んで感じるものがあったら、足跡を残してくれると嬉しいです。

こちらの一方的な都合なのですが、返信するのが遅れると思います。
ごめんね。

コメント

hir
f68-pc11.cty-net.ne.jp

 クセが強い独特の書き方をしている。
 細かい説明があるけど、それが何を意味しているのかがわからない感じです。

 おやつどきは海風も一休みする。お天道様が石造りの街並みを照りつける。
 街の大通りを行き交う人々は日差しを避けて、ホロの下へ流れ込んでいく。

 どこが奇妙な光景なのでしょう。

 氷、魚、靴、旅人、猫、海草、塩、トウモロコシ、多数の名詞で肝心の物語が埋もれてしまっている印象です。

青井水脈
om126133247009.21.openmobile.ne.jp

それでは足跡を……。カボチャと共に歩んで六年、女の子のことが少しずつわかってきました。今回は町の人がたくさん出てきて、季節の流れや町の様子がわかってよかったです。この町にいると、なんだか癒やされます。

>本の一節。砂漠のキャラバン隊。この熱は、汗は、知られてしまうのだろうか、盗み見た彼の瞳、氷のように鋭く、虚空へと。
ここが詩的で、とても気に入った箇所です。

えんがわ
p2215247-ipngn9802souka.saitama.ocn.ne.jp

>hirさん

お口に合わないようで、ごめんね。
そうですね。自分はストーリーとかゆっくりで、伝わらない人には伝わらないかなと思っていて。

こんな感じが自分は好きなんで、じゃー、まー。だめだわなん。

えんがわ
p2215247-ipngn9802souka.saitama.ocn.ne.jp

>青井水脈さん

このご時世ね、ちょっとだけ心が和んで下さっていただいのならば、嬉しいです。

うう、嬉しいです。
このボリュームでも読んでいただいたのも含めて、ありがたい。

ありがとー。

癒すのは、ベホマやベホマラーは無理でもホイミとか使えたらなって。(何言ってんだか)

貔貅がくる
n219100087087.nct9.ne.jp

もう何年も何年も
微修正・再掲、再掲・・ なんだけども、

直すたびに「不自然さと、トンチキ感が増してゆく」ばっかしの原稿で、

いっこうに上達しないどころか、
「感じの悪さ」がエスカレーション、
《世間一般の普通の読み手を遠ざける》方向に「強化」されてってる。


所詮は《この特殊サイト内限定の、ただの出来の悪く、癖の強い、稚拙な読み物》でしかないんで、
まともに文句つけるだけ「野暮」なんだけども。。



前に読んだ「再掲・再掲・再掲ぐらいの時点」で、すでにヒロインは「どうもスレててやな感じ」に堕してたし、
直すにつれて「そうなってく一方」でしかないでしょう。

それは、作者が【確実に年食ってってる】せいだ。
書きようが、土台瑞々しくない。


「地の文」もだいぶこっぴどくて、、、


《童話調で行くんであれば、毅然と童話調で書き切ってみせる》
毅然とした態度が一切なくて、

何もかも中途半端で、なにもかもひたすら出来が悪い。



しかし、ここのサイトで甘やかされまくってプライド肥大してる作者は、

この先もずーーっと、何年でも カボチャ、カボチャ、カボチャ売り……
を続けるんだろう。


↑ って、3年ぐらい前にも、ここでハッキリそう書いてるんだけど、
伝わらない人(作者)には伝わらない。

貔貅がくる
n219100087087.nct9.ne.jp

「ただ漫然と書いて、下手に直しまくることの連続!」が敗因なんだと思う。

何度微修正して、
何年かけて改稿しようと、

【根本的なまずさ】に目をつぶって〜無視している限り、
改悪されてく一方。


↑ ってのも、何年も前に、すでに幾度か書いてます。



《作品世界と、地の文が全然まったく合っていない》ことの中途半端が、
とにかくダメなんだ。


《童話〜ジュブナイル/ラノベとして書き切る潔さ》
《その物語内容に見合った地の文にする》

という「普通の姿勢」が、カケラもないあたりの《不遜さ》が、いかんのだ。


「地の文」で筆力見せよう〜 とかゆー作者の「無駄なプライド」が、
もうマックスで足引っ張ってる。



【普通に書く】って大事なんですよ。


作者が思ってるより、はるかに。

えんがわ
p2215247-ipngn9802souka.saitama.ocn.ne.jp

>キリンレモンがくるさん

はぁ。文章、書くのって大変なんですね。

ありがとうございます。

えんがわ
p2215247-ipngn9802souka.saitama.ocn.ne.jp

あっ、すいません。お名前間違えました。

麒麟がくる「でしょ」さんでしょ。

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