円周上の狐
約七時間続いていたその暗闇に、薄紫色の光が差し込んでくる。目蓋を開けなくてもわかるその輝きには生命の重さを感じさせられる。僅かに開きにくいが、「欠席」という敗北感に襲われるのが好きではないので気合で起きる。
耳元で音を鳴らしている携帯端末に一瞥をくれてやる。気分を害する不快な電子音が私は気に入らない。バイブレーションもうるさい。世の中の八割の人々は毎朝絶対に感じている(当方調べ)。
などとボヤいてる場合ではない。再び耳元のスマホを手に取り液晶の表示内容を確認する。ここでまさかのサプライズ!8:18分である。
HRが始まるのは22分後。
チャリで行けば30分。電車で行けば10分。だけど、もう発車した後だ。
♪♪。またも嫌な音。
「んだよ。」暗くなりかけてたディスプレイに目を向ける。
RHINE:一件の新着メッセージ
〈俺:ハイっ!遅刻決定おめでとうございま~す。〉
《遼:ッるっせえ!》
因みに、「俺」っていうのは俺のことじゃない。説明し辛いから、私という。
このRHINEの時の「俺」は私の友達の神那珂 凜人のことである。やり取りするときに名前がわかりにくすぎて、中学の時にクラス会議になりかけた経歴を持っている。そんで、「遼」ってのが私のことである。
♪♪。
RHINE:新着メッセージ
〈俺:1限、美野原だから後で呼び出されるぞw。〉
時間がないから、既読無視。
リビングのテーブルには、母の書置きが雑に置いてあった。
「リョウ へ
セパタクローの大会があるんで出掛けます。なんかテキトーに済ませてね♡」
四十路を過ぎてハートマークはキツイと思う。こっち側の気分も考えてほしい。書置きの傍には野口君が二枚置かれていた。しゃーなし。
制服に着替え、朝食になりそうなものを漁る。ラン○パックと午後の○茶があったので助かった。
時刻は8:32分。バイト代で買ったチャリに乗って学校を目指す。
ラン○パックを朝食にして、午後の○茶を午前中に飲むことに結構な罪悪感を抱きながらイヤフォンを耳にかける。
最近、人気が急上昇してるサブスクリプションの音楽アプリを開いて、女性シンガーのサビに入ると同時にスピードを上げる。少し早めのテンポと淀みない英語のコラボには申し訳ないなと思いながらも口ずさまずにはいられない。途中、主婦らしき人に何とも言えない視線を送られたが、私の自意識過剰だと捉えて、なかったことにしてしまおう。
学校まであと5分ぐらいのところにある踏切で足止めを食らう。多分だけど、私がいつもなら乗ってるはずの電車が嘲笑しながら通過してく。相手が非生物であるとわかってても、抑えられない何かがこみ上げる。遮断機がぎこちなく空を見上げていく。
「あ、おはよう。」
素っ気ないが、どこか艶のある透き通った声が隣から聞こえた。
「うぉっ?」
怪しまれないようなテンションでその物体を見る。身長は私の肩より少し低めといったところだろうか。控えめな感じのボブのようだ。綺麗にカットされた毛先とその妖艶さに刹那ながらも見惚れる。
「ねえ、なんか返してよ。」
初対面のはずだ。何を返せと?
「えっ?」
「挨拶ぐらい返してくれたっていいでしょ?おはよう位言ったら?」
「んあぁ、おはよう……?」
目的が分からん。
「おはよっ。」
何にも穢されてない無垢で輝かしくて素直な笑顔が何かを浄化してくれたようだ。
遮断機が上がりきったところで彼女は駆け出して行った。春の何とも言えない心地よさの微風が彼女の髪をそっと撫でて美しさを崩す。しかし、抗うことのない髪が素直さをより表している。
「名前聞くの忘れた。」
ペダルに右足の力を込めて進みだす。負荷が気持ちいい。
彼女はもう私の視界にはいなくなっていた。
2限に間に合えばいっか。つーか、1限のノート凜人に借りなきゃな。美野原の呼び出しダルー。
9:07。いつもより少し時間がかかって到着。
校門から地味に遠い駐輪場へゆっくり向かう。自転車の低速走行は鬼ムズイ。
もう、1限は始まってるのでサボり決定。用務員のオッサンが不思議な視線をこちらに向けている。さっさと仕事しろよ、サボってるんじゃねぇ。
「しゃーなし。屋上に行って時間つぶすか。」
この学校には、校舎が四棟ある。そのうちの資料棟の屋上はセキュリティが雑なうえに人も全く来ないのでおすすめ。らしい。凜人が言ってた。と思う。目的の校舎まではそこまで遠くないので少し走っても疲れない。だけど、無駄な汗は流したくないし労力の無駄なので徒歩。
天気はサボりにとって絶好ともいえる晴天。インドアの陰キャにはとてもつらい。だけど、春の日光はサボりの時の昼寝にとってはありがたい。そんなことを考えながら、杜撰セキュリティの校舎の階段を何も考えず昇ってく。校舎の中は少し寒くて彼女もいないっていうのも重なって悲しすぎる。ウサギは寂しすぎると死ぬってのは迷信らしい。
それにしても、屋上までが遠すぎる。四階を階段を使って昇れとかマジでふざけてる。サボるやつの気持ちも考えてほしい。校長とかどうせ暇なんだからどうにかしろよ。
脳内で愚痴ってるといつの間に扉が目の前にあった。立ち入り禁止の看板的なものの前に綿埃がこれでもかっていう塊になって佇んでいる。私はコイツにもケンカを売られているのか?どうでもいい。埃相手に戯れているほど暇じゃない。
引き戸式の扉をスライドさせて風を感じる。相変わらず重すぎる。改善しろや。
とりあえず、定位置へ向かう。最早学校公認なのか、ベンチが置いてある。それに加えて、タバコの吸い殻入れも置いてあった。この学校は敷地内全面禁煙だったはず。おい、教育委員会、しっかりしろ!生徒たちの健康が害されてしまうぞ。おーい!お~い!!後でチクったろw
「おはよっ」
素っ気ないが、どこか艶のある透き通った声が……。
執筆の狙い
2020年から小説を書いてました。最近、何となく描き始めたのを投稿します。
2000字くらいしかないですが......
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