作家でごはん!鍛練場
AD

非論理殺人論考及びその実践

ONE

わたしは年末最後の日、渋谷外れの二階建てビル上にあるバー[GIL BAR〈ギル・バー〉]でセロリをかじりながらブラッディ・マリーを呑ンでいた。
カウンター席が7つボックス2つ、と云うちっぽけな店だが雰囲気が良い。スピリッツにワイン、その他酒のストックが豊富で磨かれたグラスにタンブラーが〈プラネタリウム〉だった。客はわたしのみ。
「ねえマスター」わたしはブラッディ・マリーにタバスコを数滴垂らした。「ろくな年じゃなかったわね、今年は」
「そうですね」年齢不詳の、柔和な笑みを絶やさないマスターがショット・グラスに[ゴードン]のジンを注いだ。「客足が遠のくのは当然ですがね、役所からの、ああしろこうしろと云った指導が厄介でしたよ」
「でも全然、従ってないじゃない」
 マスターはジンを一息で呑み干した。「従ってもちっぽけな店はちっぽけなままです。それに、横柄な役人に〈マア努力しますがね〉と云って見返すと、連中は逃げ去り二度と来ないもので」
「流石は昔とった杵柄、ね」わたしはブラッディ・マリーのグラスに口をつけた。「今もか」
 マスターはショット・グラスを置かなかった。
「そうだったわね。クワバラクワバラ」
 ドアが開き、長身の男が入って来た。

TWO

「ようバーテン、久しぶりだな」長身の男〈ランスキー〉は左のスツールに腰掛けた。「ソーダ割りの[オールド・パー]。氷はいれるなよ」
「はい」マスターはボトルを棚から取り出した。
「おまえとも久しぶりだな」〈ランスキー〉はわたしに視線を移した。「〈レフティ〉がおれに用があるらしい、と〈スクリューボール〉が抜かしたンで随分と探し廻ったぜ。おれにもチト話てえことがあってな」
「ソンな憶えはな・い・ン・だ・け・ど」わたしは再度、ブラッディ・マリーを口にした。「あンたの顔は見たくないわよ、〈ランスキー〉。マアしゃあないか」
「ナマ抜かすンじゃねえよ。〈バンシー〉も〈ケチャップ〉も、このおれと是非會いたい下で使って欲しいと〈組織〉にツナギをつけてンだぜ」
「知ったことか」わたしは革ジャケットのポケットからルクセンブル産のタバコ[チェ]のパッケージを取り出した。「あンたみたいな[ポール・スミス]の三つボタンスーツ着て若作りしてる野郎が大っ嫌いなの、あたしはね」
 贔屓眼、で見ればソレナリに〈イイ男〉なのだが、〈ランスキー〉は。
〈ランスキー〉の前に、オールド・パーのソーダ割りが置かれた。「どうぞ」
「若造、のつもりはねえよ」〈ランスキー〉はオールド・パーのタンブラーに口をつけ半分を呑み干した。「ポール・スミスは気を抜くとすぐに着れなくなる。だからトレーニングは欠かせねえ。[英国屋]はその点、甘い。着慣れると体型はメタボで糖尿を患っちまう」
「甘い甘くないは着る人間の問題で、スーツのせいじゃないでしょう」わたしはチェを抜き咥え、火を点けた。
「スーツにスウィーツ。似てるじゃねえか」〈ランスキー〉は間抜けな言葉を發した。「いい齢して革ジャンにジーパン姿の女が説教か。革ジャンは[ハーレイ]か[ショット]、それとも背伸びして[イブ・サン=ローラン]か?」
「[ヴァンスン]よ。それも馬革ホース・ハイド」
「古いンだか新しいンだか、おれには分からねえが」〈ランスキー〉はタンブラーを空にした。「馬革は重いだろう」
「マアね。でも」わたしは煙を吐いた。「硬いし丈夫だから〈イザ〉って時には頼りになるの」

THREE

 荒唐無稽なオハナシ。〈組織〉は〈殺し屋〉どもを飼っている。そのランキング。
 ナンバー2はここにいる〈ランスキー〉。
 ナンバー4は渋谷S町のバッティング・センター經營者〈スクリューボール〉。
 ナンバー5は大久保界隈で知られたモグリの堕胎医〈ドク〉。
 ナンバー6は下北沢の小劇団員〈バンシー〉。
 ナンバー7は住所不定、アルト・サクソフォーン演奏者〈チャパカ〉。
 ナンバー8は蒲田在住で時代劇の大部屋役者〈ケチャップ〉。
 ナンバー9は六本木マンション一人暮らしのパントマイム役者〈サイレンス〉。
 ナンバー10は秋葉原のオーディオショップ經營者〈エコーズ〉。
 他〈ピエロ〉〈キャンディマン〉〈スージーQ〉〈フェイセズ〉〈カマキリ〉、エトセトラエトセトラ。
 わたしはナンバー3。
 ナンバー1は〈ソフトマシーン〉。その正体稼業はたれも知らない。噂、伝説のひとり歩き、とも云われている。この〈虚飾虚像に満ちたセカイ〉でだ。
 たれにも。た・れ・に・も、ね。

FOUR

 しばらく〈ランスキー〉の、前は不覺にも返り血を浴びただの情婦イロに何カラットのダイヤモンド・リングを呉れてやっただの、[ウブロ]の腕時計とミッドナイト・ブルーのBMWを買っただの、おしゃまさンのリトル・ガール娘がK應幼稚舎に入っただの、と、くだらない与太を聴いていた。
 いつもならすぐに立ち去るところだが、〈その日〉は違った。
 話のネタが尽きたのか〈ランスキー〉は眞顔になった。「ところでよ〈レフティ〉、おまえに相談がある」
「何よ、マジな口調になって」わたしはタバスコ瓶を握った。「やらせろ、ナンてほざいたら殺す」
「ソンな軟派に見えるか、このおれが」
「鏡、見たことあンの?」
〈ランスキー〉の眼が細くなった。「毎朝毎夕、磨いているンだぜ。わざわざ」
「悪かった」わたしはマスターに眼をやった。「〈ランスキー〉、じゃなくこちらのシ・ン・シさまにもう一杯差し上げて」
「はい」マスターは〈ランスキー〉の前に置かれたタンブラーに手を伸ばした。「ロックでな」〈ランスキー〉「次は[ブランドン]を貰おうか」

FIVE

〈ランスキー〉は一息でタンブラーを空にした。
「おい、バーテン」
「何でございましょう」
「客ナンざ来ねえと思うが念のためだ。下のシャッターを下ろして来い」
「かしこまりました」マスターはカウンターを出てドアに向かった。
「ナシってのは」〈ランスキー〉はマスターの背に眼をやり、わたしの左耳に口を寄せ臭い息を吐いた。「おれはナンバー1に上り詰めてやる。手を貸せってえことだ」
 わたしはしばらくの間グラスを見つめ、口を開いた。「それスナワチ〈ソフトマシーン〉を消す、ってことじゃない」
〈ランスキー〉はかすかに頷いた。
「狂ったの、あンた」
「もとから気は狂ってる。おれが初めて殺したのは親父だ、お袋と再婚した。それはともかく」〈ランスキー〉はポケット・チーフを抜き口を拭った。「おまえがナンバー3から2へと格上げになることでもあるンだぜ。悪いナシじゃあねえだろう」
 マスターがカウンターに戻ったので、わたしは指を鳴らした。「プレイ・イット・アゲイン、サム」
「はい」マスターはLPラックから[はっぴいえんど]の[風街ろまん]を抜き、プレイヤーにレコードを乗せた。

SIX

 わたしは流れるリズムに合わせて足踏みをしていたが、はっぴいえんどは〈ランスキー〉の趣味に合わなかったようで、耳を傾ける素振りは見せなかった。
 わたしはフィルターの焦げたチェを灰皿に押しつけ、新しいのを抜いた。
「ご辞退させて頂きます」わたしはいんぎんに頭を下げた。
「奴が怖いのか」
「それは当然だし、ナンバー3って立場が性に合ってるンだ。あたしの」
「三流、がか?」
「常に嘲笑のマトにされる存在、がね。上からは見下され下からは馬鹿にされれ、相手にされないの」
「おれには耐えられねえな。だからナンバー2よ。ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテや下村湖人らを貰い泣きさせるほどの努力はしたンだぜ」
「そいつら、ナニモノ?」わたしは〈すっとぼけた〉。
「ドイツ野郎ゲーテは[Wilhelm Meisters Lehrjahre〈ヴィルヘルム・マイスターの修業時代〉]の、東京帝大卒の下村は[次郎物語]の作者だ」
「ともかく」わたしはチェを咥えた。「ナンバー2二流は〈頑張ればトップに立てるわよ〉って励まされ、下の計算高い連中の博奕対象になる存在。こいつに取り入れば自分の出世も間違いない、とチヤホヤされて」
「分かってるじゃねえか」〈ランスキー〉は首を振った。「なら、おれのナシに乗らねえ手はねえだろう」
「昔から良く云うじゃない。〈小欲は身を肥やす、大欲は身を滅ぼす〉って」
「聞いたことねえな」
「だ・か・ら・ね、相手にされない分、身の安全は保証されてるの。あくまで〈組織〉内での立場だけど」
「おまえは卑下するけどよ、オリンピックの表彰台に立てるのはナンバー3までだぜ。それ以下は一生笑われ続けるし、末路も惨めなモンだ。マアおれは寛大だから、ナンバー5までは會ってやるけどな」
 わたしは黙ってチェを喫い続けた。
 
SEVEN

「惨めな末路と云えばもってこいのナシを聞かせてやる」〈ランスキー〉は上着の内ポケットから純金製と思しきシガレット・ケースを取り出した。「〈ドク〉最期の言葉、だ」
「へえ、殺られたの」
「〈[アビー・ロード]スタジオ前の横断歩道を渡りたかった〉とな」
「間抜け、ね」わたしはハイライトを喫い、煙を吐き出した。「あたし[ザ・ビートルズ]は大っ嫌いなの」
「おれも同意見だ。ビートルズなンざ[マンフレッド・マン]の足元にも及ばねえ。おれだったら〈ニューヨークはタイムズ・スクェア交差点の真ン中でドタマ打ち抜いてくたばりたかった〉って云うだろうな。15分足らずで世界の頂点に立てるンだぜ」
「アンディ・ウォーホルは古いわよ」
「いや」〈ランスキー〉は肩をすくめた。「マドンナ、だ」
「マア、レイディ・ガガよりはマシかもね」
「コケにされてもソンな末路はご免だろう」
「確かにご免だけど〈ソフトマシーン〉は顔も所在も、いるンだかいないンだか分からないのよ?」
「だから、おれと手を組まないかとおまえに持ちかけてるンだ。おまえの取り柄は〈耳の良さ〉と〈足の速さ〉に〈手の長さ〉、そして〈口の固さ〉だからな」
「お褒め頂き光栄ですこと」
「マア女を口説く時間は長けりゃ長い方がいい。だがこれからやる〈お遊び〉が成功したら、おれに手を貸すのを即決しろ」
わたしは眼をギラつかせた。「それ、見る價値がある?」
「大アリだ」〈ランスキー〉はシガレット・ケースから[ゴロワーズ]と思しきタバコを3本取り出した。

EIGHT

「この3本を縦に積んで見せる」
「かなり前だけど衛星放送でソンな場面のある映画を観たわ。確かええと、アラン・ドロンとチャールズ・ブロンスンが出てたと思う」
「だったら三船敏郎も出てた[Red Sun〈レッド・サン〉]だろう。つまンねえ西部劇だったが」
「お二人とも間違ってますよ、失礼ながら」マスターはシンクでグラスを洗いながら呟いた。「ドロンとブロンスンが共演しお遊びが登場する映画は、1968年ジャン・エルマン監督が撮った[Adieu l'ami〈さらば友よ〉]で、〈タバコ遊戯〉が登場するのはルネ・クレマン監督が1972年に撮った[La Course du Lièvre à Travers les Champs〈狼は天使の匂い〉]です。主演はロバート・ライアン。ちなみに〈さらば友よ〉で行われるのは、水を浸したタンブラーに5枚のコインを、水を溢さず入れると云った遊戯です」
「流石はおれが見込んだバーテンとGIL BAR ギル・バーだ」〈ランスキー〉は下卑た笑みを浮かべた。「店はシックだがマホガニーやオークと云った木を使ってるし、酒も上等でおれの趣味に合う。加えバーテンはおれと口が利ける程の教養人だからな」
 マスターは首筋を掻いた。「ケチな店で私は學の無い男ですよ」
「〈ソフトマシーン〉に関しては気乗りしないけど、自信に満ちた男が落胆するサマを見てみたくなっちゃった」
〈ランスキー〉は上着を脱いで床に放った。「見てろよ」

NINE

10分後。〈ランスキー〉の前に、およそ27センチの〈棒〉が立った。

TEN

〈ランスキー〉は床に捨てたポール・スミスの上着を拾い、ホコリを叩き着るとボタンをふたつ掛けた。
「お見事、としか云い様がないわね」わたしはゆっくりと両手を叩いた。「あたしには出来ない藝当だわ、指先が震えるから」
「アル中か?その齢で」
「いえマイナー・トランキライザーつまり精神安定剤」
「マアいい。おれは成功させたンだから〈ソフトマシーン〉を消すための手足、イヤ〈相棒〉となって貰う。おまえは炙り出すのに専念しろ。おれが殺す」
「しゃあないか」わたしは〈ランスキー〉に右手を差し出した。「〈美しい友情〉の始まりかしら、あたしとあンたとの」
「おれがボギーで、おまえがクロード・レインズだ」〈ランスキー〉はわたしの右手を握った。
 握手。ハンド・イン・ハンド。〈ランスキー〉の握力は並みではなかった。
「あンたはソレナリに賢い男だと思ってたけど」わたしはウェスト左に差していた、スミス&ウェッスンM36を〈シェーン〉には及ばないが素早く左手で抜き〈ランスキー〉の額に銃口を突きつけた。「とンだ[Casablanca〈カサブランカ〉]だったわね]
 マスターはタンブラーを磨く手を止めなかった。
「〈レフティ〉に右手を預けるとは」〈ランスキー〉は唇を歪めつつ言葉を發した。「ぬかったなア」
「古語、ね」
「おれにもヤキが廻った、か」
 それが〈ランスキー〉最期の言葉、陳腐な台詞だった。
 わたしは引き鐵を引いた。

ELEVEN

〈除夜の鐘〉が鳴った。ここGIL BAR ギル・バーでも響き渡るほどだった。
「よく〈仕事〉をこなして呉れたね」マスターはカウンター内から出て〈ランスキー〉だった男の屍を足蹴にし、その顔にナプキンを放った。「ご苦勞さま」
「マ、コイツとの腐れ縁が切れたからいいンだけど」わたしはホワイト・ラシアンを注文した。「なぜ〈抹殺〉の〈指令〉が?」
「〈ランスキー〉だった男は馬鹿でも能無しでも無かった。自意識と虚栄心は過剰だったがね」マスターはカウンター内へ戻り、棚から[ジュブルフカ]のウォッカ、冷蔵庫からコーヒー・リキュールと生クリームを取り出した。「ゆえ〈組織〉はこの男を使い続けた」
「じゃあ、今となってなぜ?」
「今となって、では無い。この男がナンバー2に昇格した時、既に出されていたのだ」マスターはウォッカとリキュールに生クリームをグラスに入れ、ステアするとわたしの前に置いた。「〈組織〉は意外だろうが、場合によっては時間をかけて遂行するのだ」
「随分と前ね」わたしはグラスに口をつけた。「〈ランスキー〉だった男、ナンバー2に昇格する前の名は〈ジャッカル〉だって前に聞いたわ。フレドリック・フォーサイスにかぶれていたのはナンとなく分かったけど、シャルル・ド・ゴール暗殺くらいの大仕事が入ったことがないくせに」
わたしはホワイト・ラシアンを呑み干した。

TWELVE

「知っていても意味が無く役に立つ事では無いが聞かせておこう」マスターはわたしのグラスを下げた。「〈ランスキー〉はむろん、かのマイヤー・ランスキーからの頂きだ。マイヤーはかの[La Cosa Nostra〈コーサ・ノストラ〉]つまり〈マフィア〉のドン、チャールズ・〈ラッキー〉・ルチアーノ腹心中の腹心で、大學に行けば教授になれるとまで云われた切れ者だったが、貧乏だったので行けず、不良となった。それでルチアーノと出會い意気投合した」
「話が見えてこないわね。頭悪いから」
「マイヤー・ランスキーはユダヤ人だったのでマフィアの構成員となれなかったが、頭脳・度量・力量はドン・ルチアーノをも凌ぐと云われていた。〈ランスキー〉だった男の出自、マア差別となるので云わないでおこう。ともかく両者ともに劣等感があった筈だ。マイヤーはそれを受け入れ謙虚さを身につけたが、〈ジャッカル〉を名乗っていた頃から、先ほども云ったが自意識と虚栄心を過剰に肥大させていた。そンな男が己から〈ランスキー〉を名乗ると云い出したので、まず私が、そして〈組織〉が危惧感を抱いたのだ」
「ツマリ〈殺し屋〉ふぜいが〈組織〉をワタクシ化することに恐れたわけね」
 マスターは黙って頷いた。

THIRTEEN

「ところで」マスターは再びジンをショット・グラスに注いだ。「どうして私が君をナンバー3に推し、〈レフティ〉だけを呼び出すのか分かるかね」
「好み、だから?」
「違う、と断言するよ。傷つくかね」
「ちょびっと。でもナニ云われても明日になったら忘れてるわ」
「ならば云おう」マスターはショット・グラスを空にした。「分をわきまえているからだ、将棋の〈銀将〉が如く」 
「将棋ナンかやらないわよ」わたしは煙をマスターの顔に吐いた。「〈飛車〉か〈角行〉が取られた時点で、あたし勝負を投げちゃうから」
「ナンバー1は〈玉〉。金と銀は決してなることが出来ない。どちらが格上かとは一概に決めつけられないが、駒は〈成駒〉となり金となる。〈成金〉は没個性的だが、成らない銀は面白い働きをしてくれるのだ」
「マ、あたしら〈殺し屋〉は駒で、棋士の思惑で動く存在ってことは自覺しているわ。常に」
「酷いことを云うがね、駒自身が成るか成らないかを決めるのでは無く、棋士たる〈組織〉が決めることなのだよ。加えて〈殺し屋〉の多くがデビューして数戦で王座に挑戦しチャンプになったボクサーを贔屓にしている」
「つまり跳ねっ返りやスタンド・プレーはご法度、ってことね」
「まあそう云う事だ」マスターは浅く頷いた。「ボクサーを侮辱するつもりは無いのだがロッキー・バルボアの成功のみ、に憧憬の念を抱く輩が多いからね」

FOURTEEN

 マスターはカウンター下から、二通の黒い封筒を取り出しカウンターに置いた。立つほどの分厚さだった。
「一通は〈組織〉からの報酬。もう一通は私からの礼、だと思って呉れ。これでも面子を重んじるタチでね」
わたしは一通だけ、革ジャケットの内ポケットに突っ込んだ。
「要らない、のかね」
「正直云えば欲しいンだけど、〈ランスキー〉だった男の屍の始末をして貰わないと。それと頂戴したいモノがあるの」
 わたしは棚に〈陳列〉されていた一冊の古書を指差した。
哲學者ルートヴィヒ・ヨーゼフ・ヨーハン・ヴィトゲンシュタインの[Logisch-Philosophische Abhandlung〈論理哲學論考〉]だった。
「君の専攻は哲學、だったのかね?」
「まったくの縁なし。でも」わたしは右人差し指をこめかみにあてた。「ソノ本が名著で、最後の名句〈語り得ぬものについては沈黙しなければならない〉くらいは知ってるわ」
「ヴォーフン・マン・ニヒト・シュプレヒエン・カン、ダルウバ・マス・マン・シュヴァイグン」
「ともかく。読めば少しはオツムが良くなるような気がして、ね」
「わざわざあの様なカビ臭く嵩張るモノでは無くとも、[岩波文庫]などはポケットに入れていつでも読めるんだから、そっちの方が。それに」マスターの眉間にシワが現れた。「独逸語は分かるのかね」
「全然」わたしは首を振った。「でも〈やさしいナントカ語〉とかに書かれてる例文ってつまンないからすぐ忘れちゃうの。むつかしいことも憶えられないけど、マアそこは自己満足、ってことにしといて」
「参ったね」マスターは頭を掻いた。「あれは私の祖父が戦前、欧州で手に入れた初版だ」
「あなたのおじいさンって外交官だったの?それとも諜報員とかー」
 マスターは咳払いをし、わたしを一瞥した。かつてない冷たいモノだった。
「い、いや。やっぱし大切なモノよね。前言撤廻」
「いや、気に入ったのであらば、持って行きなさい」マスターの表情が柔和なモノとなり、棚から古書を取り出しカウンターに置いた。「惜しくないと云わば嘘になるが、内容はそらで云う事が出来る。何度も読ンだからね。それに〈組織〉には貸しが3つほどあるから、連中が何とかしてくれるだろう」
「では、お言葉に甘えまして」わたしは〈論理哲學論考〉をHerzの小さな革カバンに入れた。「〈ランスキー〉は生きていることにしといて。ナンバー2になる気はないし、命を狙われるのはご免だから。あと〈スクリューボール〉にもチップをね」
「了解した」マスターは頷いた。「無論〈組織〉からと云う形で」

FIFTEEN

マスターはSPをターン・テーブルに乗せ、針を落とした。杉良太郎の[君は人のために死ねるか]だった。

 昨日ひとりの男が死んだ
 戦って戦って ひっそり死んだ
 あいつは何の取柄もない
 素寒貧な 若ものだった
 しかしあいつは知っていた 熱い涙を
 戦って 死ぬことを
 どうして死んだのかとは
 訊かない 訊かない
 でもあいつの青春は
 何処へ 何処へ 埋めてやればいい
 君は人のために死ねるか(君は 人のために 死ねるか)
 あいつの名は ポリースメーン

許せない 奴がいる
許せない 事がある
だから倒れても 倒れても
立ち上がる 立・ち・上・が・る
俺の 名前は ポリースメーン


「さてと、そろそろヤサに帰って〈独り麻雀〉でもやりますか」わたしは立ち上がり、髪を束ねた。「あなた一年の稼ぎで下北沢に庭つきの家が一、二軒立つわよ。いえ、世田谷を丸ごと買えるかもね」
「君の長所と短所を云っていいかね」
「いいところは?」
「ユーモア」
「わるいところは?」
「現実感の乏しさ」
「肝に銘じとく」
 わたしはドアへ向かい、開く前に振り返りマスターに声をかけた。「それじゃあよいお年を、〈ソフトマシーン〉」

END

非論理殺人論考及びその実践

執筆の狙い

作者 AD
softbank126094221169.bbtec.net

オムニバス短編映画の原案頼まれたら脚本ものと。
何かしらアドヴァイス求。

コメント

匿名係(笑)
240.133.31.150.dy.iij4u.or.jp

はじめまして。
[]と・と御洒落単語の羅列に、げんなりしましたが(失礼)、なかなか面白かったです(再度、失礼!)。
この方達、日本人……国籍不明でしょうか……?
『パルプ』っぽい。読みやすかった、とだけ申します。
失礼致しましたm(__)m

AD
softbank126094221169.bbtec.net

ありがとうございます 店やったりムスメをK應幼稚舎に入れるくらいだから日本人です 総責任者からはっぴいえんど、と杉良太郎は著作権が、と難渋されてますが

!slip:vvvv
softbank126094221169.bbtec.net

丸               

匿名係
240.133.31.150.dy.iij4u.or.jp

再訪です。
返信ありがとうございます。

>店やったりムスメをK應幼稚舎に入れるくらいだから日本人です

そうでした! うっかりしていました。
お店って、海外の方は経営しにくいのですか? 違う意味かなぁ?

歌詞は著作権が厳しいらしいですね。
Good luck♫

ご利用のブラウザの言語モードを「日本語(ja, ja-JP)」に設定して頂くことで書き込みが可能です。

テクニカルサポート

3,000字以内