仮題
①
レースカーテンの裾がフローリングに触れているのを、1DKに置かれたベッドの上から見詰めていると不意に虚しくなった。
朝陽に白く浮くレースの端が所々黒くなっている。風で煽られる度に部屋の埃を掃くように集めたのか、結露した窓ガラスから水分を吸収して黴たのかは分からない。分からないが、なぜかその部分を眺めているだけで泣けてきた。意味なんてないことに心を向けるのはいつだってこんな時だ。
「今月、バイト結構休んだから金欠なんだ。 ちゃんと返すからお金貸してくれない?」
赤紫の派手な下着一枚の姿でベッドに寄り掛かりテレビを眺めている男の子が私に視線もやらずに訊いた。痩せたガリガリの体に、今時の髪型。大きな二重瞼が可愛くないこともないが名前は思い出せない。いつも通っているパチンコ屋の常連。マナブ?だっただろうか。姓は訊いた覚えもない。ただ、外見も性格もまるで違うが、年齢はゆうちゃんと同じ二十六歳だったハズだ。
「いくら?」
「三万くらいあれば助かるんだけど?」
私はベッドから腕を伸ばして鞄の中をさぐる。三万を財布から抜き出すと男に渡した。保険の外交員は、ゆうちゃんと別れた時に辞めてしまったけれど、元旦那からの慰謝料もまだ少しは残っている。生活に苦労することはない。空っぽなのは心の中だけだ。
「ちゃんと返すから」
受け取った札を脱ぎ捨ててあったジーンズのポケットに押し込み、そのまま立ち上がる男は「ちょっとトイレ」と聞いてもいないのに歌うように言うとトイレに向かう。
私は、数ヵ月は洗っていないハズの毛布を何も身に付けていない素肌に巻き付けるようにして手繰り寄せた。
自分で言うのも変だが、私は小さい頃からそれなりにモテた。自由奔放を演じながら男に媚びている。理由を決めつけたがる同性からはそんな風に陰口を囁かれて妬まれていたのも知っている。
それでも私は、自分らしくいることで異性から注目される事に躊躇いを感じなかった。
むしろ、そんな風な自分を演じることの出来ない同じ歳の彼女達を嘲笑った。異性に注目されたいなら相手の望む事を少しだけしてやればいい。他の女より、少しだけ近くに立って、少しだけ多く微笑み、少しだけ多く触れるだけで良い。それが出来ないのは自分自身の問題で私の責任ではない。恨むなら自分自身を恨めば良い。
私は、大学に通う頃に出来た恋人と卒業して間もなく結婚した。それなりに幸せだったと思う。メジャースポーツでプロとして活躍する有名人だった彼は結婚して七年後に外に子供を作った。良く聞く話だったが、私は失望した。怒りに任せて離婚した。
自立して働き始めた私を救ってくれたのは八つ歳の離れた恋人。市川勇一だった。幸せだった。外見的にも、経済的にも、性格的にも、殆ど全てが完璧な男だった。どっぷりと依存し身も心も全てを捧げて一途に愛した。結婚というイベントに失敗した果てに手に入れた最高の幸せだと思った。永遠にそれが続くと確信していた。
それでも、彼は偶然再開した幼なじみの女と一緒になる為にあっさりと私を捨てた。
私よりも若いというだけの女を選んで、無慈悲に私を傷付けた。
私は、下らない常識や、下らない妬みに捕らわれた同姓を嘲笑ったハズなのに、若い女に自分の幸せを簡単に奪われて、嫌っていたハズの常識や妬みを彼にぶつけたが、彼がそれに答えることはなかった。
「そりゃ、確かにバツがあったけどさ」
呟いてスマホを眺める。SNSの着信が十数件。都合よく言い寄ってくる男達からのメッセージは並んでいるのに、ゆうちゃんからの謝罪や再会の懇願は半年経った今でも一度も送られてこない。
「先生だ」
下らないメッセージの中に見付けた先生からのメッセージ。ベッドから跳ね起きるようにしてスマホを操作する。
小野田博明とは離婚した直後から親しくなった。元々、馴染みのパチンコ屋の常連で多少の面識はあったが、女友達との飲みの席に偶然訪れた先生が恥ずかしそうに笑ったのを覚えている。
私は、先生を二人で会うときは博明と呼ぶ。友達に話すときは先生。実際に先生は高校で教師をしている。職業柄か、どんな場面でも的確なアドバイスをくれる先生を私は尊敬している。些細な悩みから大きな苦しみまで真剣に考えて答えをくれる。そして、離婚直後から誰よりもそばに寄り添ってくれる博明が好きだ。
それでも、博明と寝たことはない。何度か良い雰囲気になってキスしただけだ。
ゆうちゃんと別れてからは二人で会う機会も増えて尚更想いは募る。
ただ一つだけ問題なのは先生が結婚しているって事で、二人の関係は酷く繊細な場所にある。
「先生、先生は先生。先生は博明」
妙な鼻歌を歌いながらメッセージを見詰める。数日後の約束を確認してきている博明。大丈夫だよ。直ぐに返信したいのを堪えてスマホ画面を見詰める。
好きな男を待たせるのは嬉しい。待つのは私を愛しく想うから以外にないのだから。
「ともみさん。ニヤニヤして、誰とやり取りしてるの?」
男がジーンズを履きながら聞いてきた。いつトイレから出てきたのだろう。全く気が付かなかった。
「なんだ、いたんだ?」
「いたんだって、ここは俺の部屋だし」
呆れ気味に返した男に微笑んで服を着る。飛び出すように部屋を出る。足取りが軽い。今日は良い日になりそうな予感がする。
②
繁華街の地下。古くからやっている喫茶店。珈琲のセットで出されるホットケーキが私は好きだ。それよりも、今時、スマホの電波が届かない場所なんて他にない。現実でなくとも何かに繋がれている感覚から逃れる事ができる場所は貴重だ。私は、珈琲カップの曲線を指先で確認しながら誰からも束縛されない空間で博明を独占する。
「少しは元気になった?」
数日ぶりに聞く優しくて太い声。眼鏡の奥から見詰める瞳の奥には優しさが溢れているような気がした。二人だけで会える時間は限られている。それでも、無制限にそれを見詰める事が許された女性よりも、私は博明の内面を見ているつもりだ。彼の仕草、考え方の細部まで私は注意深く観察している。理解しようとしている。同時に、それに意味なんてないことも分かっている。単純に手に入らないものに人は興味が向くだけだ。
「楽しいよ。博明と会ってるから」
「突然なに?」
私の言葉に照れたように微笑む博明。自分よりも歳上の男性を可愛いと感じるのは博明の想いがゆったりと私の中の隙間を埋めてくれているからかも知れない。ゆうちゃんの時にもそれは感じたが、彼の場合は年齢よりも彼自身が背負うオーラのようなものを可愛いと感じて愛しく感じたからだ。今になって思えば母性に似たものも強く働いていたと思う。
「ともちゃんは仕事しないの?」
珈琲カップを静かに傾けながら博明が訊く。なぜ、博明は私の全てを求めないのだろう。私がそれを理由に離婚を迫るような女に見えているのだろうか。それとも単純に、誠実に愛せない女性への優しさなのだろうか。どちらにしても私は博明が欲しがれば、全て差し出すつもりでいる。
それでも、単純にそうしてしまうことで今の関係が狂ってしまうようなら困る。そのくらいの分別はあるし、大人でもある。自分以外の人間と愛情のベクトルが重なり合うなんてないし、あってもそれは勘違いか奇跡の類いに違いないのだから。コントロール出来ない程の感情は今のところない。
「仕事した方がいいよね?」
気を取り直して訊ね返す。仕事した方が良いのは私自身いつだって理解している。お金が全てなんてことは決して思わないが、お金の大切さは理解しているつもりだし、そのお金が勝手に生まれてこないことも知っている。
「そりゃ、仕事しないのは本人の自由だけど、お金は錬金術師でも見付けない限り勝手には生まれないでしょ?」
「確かに、そうだけと」
錬金術師の部分に大袈裟な身振りを入れる博明は、いつだってなるべく私に理解しやすいように言葉を噛み砕いて伝えてくれる。今の例えは分かりにくいが博明の例え話や比喩はいつだって私にとても優しい。
「それに、お金よりも。やりがいって言うか張り合いって言うか。とにかく人は孤独になってはいけないから」
博明の言葉に私は頷いた。孤独は嫌いだ。それでも、その孤独をずっと博明が埋め続けてくれていることを、どんな風に感じているのだろう。離婚直後の絶望も、その後の孤独も殆ど全てを埋めてくれたことは変えることのできない私の中の大切な出来事だ。
「マックスの中にも繋がりは沢山あるよ」
私は馴染みのパチンコ屋の名前を出した。そこにいつだっている博明と自分の事を伝えたかったからだし、実際に今の生活はパチンコ屋と自宅の往復でしかない。
「パチンコだけの付き合いってのも狭いよ。ともちゃんなら何でも出来るよ」
「保険の仕事は、もう良いかな」
ゆうちゃんと出会うきっかけになった保険の外交員に戻るつもりもない。可能であればあの時の痛みなんて二度と思い出すことなく生きていたい。
「知り合いに人事の仕事してる人がいてさ。最近会ったら人を探してるって言うんだ」
「どんな仕事?」
本当はもう少しだけ自分自身が金銭的にも精神的にも追い込まれてからでも良いような気もして今まで本気で仕事探しに向き合ってはいなかった。と言うか立ち直れていなかったと言うべきなのかも知れない。
軽い女に見られがちな私の本当の弱さを知っているのは一握りの友人しかいない。博明にですら本当の私は見せていない。
明るく奔放な女を演じることは嫌ではないが疲れる。本当は鬱々と部屋に閉じ籠もって部屋の隅を見詰め続けることだって出来る。
「営業。建設会社を廻るらしいよ」
「私に出来るかな?」
「やってみないと分からないよ。でも、美人で明るくてしっかりした女性を探してるって言うから、塩屋智美ってうってつけの女性がいますよって伝えといた」
「えぇぇ、私に断りもなく?」
言って博明を見詰める。言葉にしてはいけない想いを心の奥にしまいこんで微笑む。切なくて、嬉しくて、なんだか寂しい。
「善は急げだよ」
「その使い方、合ってるの?」
「俺、教師だよ」
「体育のね」
「とにかく、来週のタイミング良い日。教えてよ」
博明が優しく微笑む。私は指先で珈琲カップを弄ぶ。曲線の柔らかさを楽しむ。自分のものではないものに心踊らせる。
三十四才 市川智美
三十四才 よしゆき 独身 息子二人
三十四才 ハゲ 元奥さん 恋人
三十四才 かわっち 奥さん 愛人 息子 娘
三十八才 先生 奥さん 娘 息子
三十四才 順くん(パチンコ屋の店員)
三十六才 元旦那 市場ちゃん 奥さん
二十六才 ゆうちゃん 恋人
三八歳 フッチー 旦那 娘 息子
三十四才 コマキ 独身
三十四才 斉藤(最低男) 独身
二十四才 カメ
二十才 ノブ 独身
五十歳 父親 てるお
三十八歳 姉 ❌二 娘二人
十六歳 姪 愛梨
十六歳 姪 美優
会社同僚 五人 女 五人 男 上司 二人
職場の取引相手 三人
先生の奥さん
かわっちの奥さん
かわっちの元恋人(ゆうこ)
❌一の私(市川智美)は年下の恋人ゆうちゃんに「好きな人が出来た」と捨てられる。
仕事も辞めて自暴自棄になり見知らぬ男と行きずりの関係を持った翌日に数年前からの知人だった先生から就職先を紹介してもらう。
新しい環境で頑張ることを誓う。
職場での新人指導役になった川路(かわっち)は同じ年の妻帯者だった。
同行営業という一緒に廻る仕事を繰り返す二人。次第に、優しいだけの頼りないかわっちが、自分を好きだと言い出す。
だが、妻帯者のかわっちに近付くのは躊躇われる。
それ以前に自分は最近会う頻度が増えた先生を慕う気持ちが増えている。先生は離婚したばかりの頃から自分をずっと支えてくれる。
そんな中に中学の同窓会が行われてハゲと斉藤、カメに再開する。同窓会の後に斉藤から送っていくと言われて車に同乗すると無理やり襲われるがハゲが窮地のところを救ってくれる。
クリスマスにかわっちがサンタの衣装でパチンコ屋に現れる。呆れながら自分の中に何か誤魔化せない感情があることに気付く。
仕事を頑張ることで辛い過去(ゆうちゃんとの別れ)や忌々しい体験を忘れようとする。
かわっちが仕事の面でも必死に支えてくれる姿に何かが少しずつ溶けていく。
市場ちゃん(元旦那)から連絡があり、仕事で近くにきたからと再開する。新しい生活にしっかりと頑張っている元旦那に安心する。
ハゲと会うようになりホテルまで行くが最後まではいかない。
そんなときにゆうちゃんと再開する。辛い気持ちが甦る。
そばに寄り添う、先生と、かわっちに救われる。
ハゲが仕事で現れる。
ハゲからも強いアプローチを受けるが踏み込めない。何かが違うと感じてしまう。
その頃、毎日一緒にいるかわっちが再度告白する。
揺れている自分を感じてしまう。
先生に話してみる(が、感情を見せてくれない博明にホントの事は言えない)
一人で営業に廻るようになり身体を求める客に出会う。上手くかわしているつもりでいたが同僚の長倉が影で枕営業と揶揄していることを知る。
先生に相談する。
もう、仕事場を変わることを進められる。
同行営業は終わったハズなのに毎日自分の為にそばにいるかわっちが気になる。
キスをする。
今までの自分の事、今の自分の事全てを話す。
飼っている猫の体調が悪くなる
落ち込んでいる自分をはげます先生とかわっち。
ハゲや斉藤、カメからも連絡が来るが何かが違うと確信する。
毎日、昼はかわっちが、夜は先生がそばにいてくれて優しく接してくれる。
先生は大きな包容力で尊敬出来る優しさで、かわっちが一途な強い愛情で自分を支えてくれる。
大切にしなければいけないと思い始める。
街に流行しだしたコロナの影響で仕事場が一週間休みになる。
先生やかわっち、それまで自分に色目を使っていた男からの連絡が殆ど途絶える。
孤独を強く感じる。
かわっちと仕事終わりに身体を重ねてしまう。
距離を保とうと先生に寄り添うが気持ちを表現してくれない先生に寂しさが募る。
かわっちも、先生も、同様に自分の中で強く必要としていることに気が付く。
離れようとしているのに、かわっちが求めるままに身体を重ねる。
だが、それが増える度に寂しさがは一気に増していく。
かわっちが妻に離婚の話を持ち出していることを知る。心が乱れる。本当に必要としているのは何かと迷う。
そんなときに上司から紹介された男性は中学の同級生のよしゆきだった
意気投合し、会う機会を増やしていく。
三人を同じように好きになっている自分に気が付く。
その中でも数回会っただけの、よしゆきを選ぼうとしている自分に気が付く。
独身のよしゆきが自分の足りないものを埋めてくれるかも知れないと思う。
それは強く愛することの始まりのような気がする。
それでも、その気持ちが本物なのかは分からない。
友人のフッチー、コマキに相談する
間違いなく幸せになれる頑張れと励まされる
悩んで苦しんで先生に相談する
先生に頑張れと励まされる
「本当は身体を重ねたかったことを」告白する
よしゆきに告白される
かわっちに全てを話す(愛されているからこそ何を話しても許されていると思い込んでている、何を伝えても大丈夫だと思い込んでいる)
(この時点で全ての事を掌握しているのはかわっちだけ)
かわっちが苦しむ姿を見て自分も苦しむ。
正しい選択なのかを迷う。
過去の失敗が甦る。
自分が信じられなくなる。
卑怯に思えてくる。(真面目に先々のことまで計画立てているよしゆきに今までの自分のスタイルが合わない気がする)
かわっちが、苦しみながらも、よしゆきを後押しする。
それが一番正しい選択だと後押しする
よしゆきに踏み込む決心がつく
それでも何か納得できない自分がいる
だが、本当の自分の気持ちがわからないうちに、よしゆきと寝たことを先生に話す。かわっちに話す。
二人ともそれを大切なことだと後押しする
付き合い初めて直ぐによしゆきに何か違うと感じ始めて苦しむ。
誰にも言えない絶望の中で先生に連絡するが体調を崩している。
見舞いに行って奥さんと娘に会い関係を問いただされる。
娘に大切な家族に近付くなと怒鳴られる。
逃げるように帰るしか出来ない私。
帰宅途中に先生からメールが送られてきて本当に大切な存在だったからこそ自分に手を出さなかった事を知る。
友人のフッチー、コマキに相談する。
先生を手に入れることは絶対に出来ないのだし間違いのない選択だったと励まされる。(二人に、かわっちのことは伝えていない)
これからよしゆきを愛せるようになりながら生きていく事が幸せなのだと諭される。
同じ頃にかわっちが離婚したことを知る。小説家として活動するために会社を辞めることを知る。デビュー作のクレジットに自分の名前を見付ける。自分の為に捧げられている物語だと知る。
連絡をとる私にありがとうと告げるかわっちが私が世界を変えてくれた人だと告げる。
よしゆきの元へ帰る私。
必ずよしゆきを愛することを誓うが、涙は止まらない
何に対する後悔なのか分からない
涙は止まらない
愛は空回りする
手に届く場所にあるものを軽く見積り
遠く見えているものに価値があると信じ込む
本当に大切なことは手離してから気が付く
掴みにいかなければ不意に見失ってしまう。
執筆の狙い
とりあえず最後まで書いたのですが、何かに出せる状態でないのは書いてるときから感じていて、修正するべき凹凸も見えかたも酷く多くて。
僕はまだこれを書くべきではないような気もしてたり。
んでも書かずにいられなかったのだけれど一人称として数段かい乗り込めるようにするにはどうするべきか知りたくて冒頭出してみます。
一応プロットも出してみます。
今回はちゃんと最後までやってみたいと考えてます。
宜しくお願い致します