作家でごはん!鍛練場
日程

独善看守

序章 網走の闇勇者


明治二十四年 十二月五日夕刻 
大雪山白滝

  1

 間違っている。
網走分監看守、奉野萩之進はそう思わずにはいられない。
凍てすさぶ風が肌身に与えるのは寒さではなく、限りない痛みの連鎖だった。蝦夷は人間の住むところではないと、冬が訪れるたびに脳が訴えかけてくる。囚人らの纏う朱色の獄衣はとうの昔に元の色を失い、降りしきる雪と同化した。彼らに声はなく、凍傷のためにパンパンに膨れ上がった手足を小刻みに揺らしながらも作業を止めることは許されない。奉野を含めた看守たちのしゃがれ切った激励だけが虚しく吹雪に吸い込まれ、消えてゆく。
その中で、先程から意識がふらついている囚人がいた。狂った薄ら笑いを浮かべながら大木の切り株をモッコ(囚人籠)に入れ担いで運んでいた彼は、あまりに深く白い大地に足を取られ、転んだ。痩せ切った囚人の体は、瞬く間に雪の中に埋まる。
「立て」、とすぐそばにいた看守が命令したが、囚人は動かない。意識を失ったまま、不気味に痙攣を繰り返している。
看守は気怠そうに、もう体の半分が雪に埋もれている彼の身に雪を掛けた。
痛みが無感覚になった者から順に死んでゆく、日常茶飯事の光景だ。
その横で落ち着きのない様子の囚徒がいた。
そこで看守はようやく足鎖(囚人の逃亡を防ぐために、二人一組で足を鎖で繋ぎながら労役を課していた)の存在を思い出す。
看守は言葉もかけずに、雑な手つきで彼の鎖を外した。組の変更である。
しかし動作が余りにも注意に欠けていた。
鎖が外れた瞬間、立ち尽くすだけであった囚人は、どこから力が湧いてきたのか、身を翻して走った。逃亡だ。
「待て!」
注意不足だった看守は急激に力の籠った声を上げ、抜刀した。
もし労役中に囚人が逃走し、その日のうちに捕らえることが出来なかった折には、俸給を没収される上に半年間投獄されることになる。高々月給七円程度の看守たちにとって、それは生活に関わる致命的な処置だった。
サーベルを握りしめ、真っ白に染まった編傘を身に着ける看守の目は多分に漏れず血走っており、囚人を捉えるのに必死だ。
幸いなことに囚人には逃げ切るだけの体力は残っておらず、一歩進むごとに深く嵌る大地に力を吸い切られたようで、二十メートルも行かぬうちに倒れこんだ。追いついた看守はその姿を見失うまいと迷いなくサーベルをその背に振り下ろす。
付近は赤い血に染まり、この世界にも色という概念が存在していたことを奉野に思い出させた。
それも一瞬のことで、間もなく降り注ぐ雪にかき消されるのだ。逃亡者がその場で斬り殺されることもまた、「拒捕惨殺」と呼ばれるさして珍しい出来事ではなかった。
しかし残酷無比と思われる看守たちでさえこの労役の被害者にほかならず、男を斬ったサーベルの柄を握る看守の手には至る所にあかぎれが見てとれる。奉野の手も同様で、囚人監督中も常に切り裂くような痛みに襲われ、擦ると出血した。あかぎれ程度ならまだ可愛いもので、重度の凍傷のために指のうちの何本かを失った看守も少なくない。

 道庁が北海道の各集治監(現在の刑務所)に激烈な通達を発したのは、明治二十四年四月のことだった。道庁は北海道開拓を大きく前進させるために、忠別太(今の旭川)から大雪山をふくむ山岳地帯を貫き、遠くオホーツク海にのぞむ網走に達する大横断路の開通を企てていた。
忠別太から札幌へは、すでに樺戸・空知両集治監の囚人によって幅三間以上の道が開削されており、工事の焦点は網走に外役所を持つ釧路集治監に当てられた。そこで道庁は網走の外役所を分監に昇格させ、網走分監に横断路の開削を年末までに完成させるよう命じたのである。忠別太方面から進行中の、空知分監担当の道路と連絡できる道までが網走分監の担当であったが、その距離は全長約四十一里(百六十三キロメーロル)にもなり、傾斜面、原生林、硬質な岩石肌からなる未開の地を切り拓くことになる。ロシア帝国の侵犯からくる危機感があったとはいえ、工期八か月という歳月は無謀にほかならぬものだった。網走分監に送り込まれた千二百人の囚人たちは、昼夜を問わず原始林に駆り出され、大木を切り倒し、野生動物のヒグマやオオカミの脅威に怯えながらモッコで大量の土砂を運んだ。夜は雨漏りの激しい仮宿舎所に足を引きずりながら戻り、固い板の上で束の間の睡眠を取る。午前三時半には看守たちに丸太枕を叩かれ、再び朝の作業が始まるのだ。
この時点ですでにこの世の地獄と見まがう過酷さであったが、八月二十日に初代分監長に命じられた有馬四郎助が網走に赴任してからは労役のむごさに拍車がかかった。
二十七歳の有馬は、自分に破格の登用を施した長官の期待に沿いたいと願った。あと四か月以内という期限を有馬が何としてでも守ろうとしたために、かつてない囚人労働が始まったのだ。
道路開削は夏場とて容易なものではない。荊は囚人たちの獄衣を裂き、その体に血を滲ませた。複雑に絡み合った蔦に足鎖が絡まって一人が転んだものならば、連鎖されたもう一人も地面に体をぶつけることになる。内地では見られぬ大きな糠蚊やブヨが彼らに群がり、執拗に刺す。痛みは激しく、彼らの皮膚は大きく脹れあがった。
開削のために切り倒した樹木の下敷きになる者も数知れない。時には樹木が倒れるまでの時間を惜しがった看守たちによって樹木の一方に綱でぶら下げられる囚人もあった。(人の重みで早く木が落ち、作業が捗る。もちろん運が悪いと死ぬ)死体は全てその場に放置され、正式に埋葬されることはなく闇に消えた。
それまで昼間の間だけ行われた作業も、いつの間にか昼夜兼行に変わっていた。囚人は二交代制になり、単純労働時間が増大した。
十月も終わりになり降雪期がやってくると、いよいよ現場には消しきれぬ悲愴感が漂った。それは極寒がもたらす身体の異常はもとより、食糧輸送班として雇われたアイヌたちとの連携が、雪と補給線の伸びによって難しくなったことにも一因がある。囚人たちに支給される米の主食七合は雑穀に代用され、囚人たちの楽しみの一つであった味噌汁の分配もとどこおりがちになった。栄養失調から全身が膨れ上がる水腫病にかかる者が大量発生し、そのほかの疾患を含めると、起工から七か月で延べ千五百人が病気を患った。路線の周辺には病死者と、逃亡を試みた挙句に容赦ないサーベルの刃を浴びた遺体が点在しており、その屍の道の先を亡霊のような囚徒が紡いでいくのだ。

間違っている。
再び奉野は思った。このまま工期に間に合ったとして我々に、そして囚人に何が残るのか、奉野には見当もつかなかった。
さらに追い打ちをかけるように恐ろしい情報が入ってきている。
別の工区で工事を続けている一隊がエゾオオカミの群れに襲撃され、甚大な被害を受けたというのだ。不可解なことに、このところエゾオオカミの被害が多発している。
明治に入ってからエゾオオカミの個体数は減少の一途をたどり、今では絶滅寸前にまで追い込まれているはずだった。
それがここにきて集団で人間を襲うなんてことは通常は到底考えられる話ではない。しかし奉野はその謎について、拭っても拭いきれない一つの可能性を知っていた……。

考えに耽っていた奉野は、目の前の囚人がモッコを地面に下ろし、大木にもたれて休んでいるのに気づくのが遅れた。
「おい。休憩はまだだぞ。手を休めるな」
慌てて奉野は囚人たちをサーベルの峰(背の部分)で叩き、激励の声を飛ばした。陸に上げられた魚のような眼をした彼らは、辛そうにモッコを担ぎ直す。そのとき、こぼれんばかりに入っていた大岩が一つ、雪の上に崩れ落ちた。囚徒の肩がびくりと揺れ、おびえた様子で奉野を伺う。
「チッ」
舌打ちをした奉野は他の看守がいないことを確認すると、空いた片手で岩を持ち上げた。
「これだけ運んでやる。さっさと行け」
囚徒は短くお辞儀をすると急いで歩き出した。
冷静に考えれば、このような残忍な任務の最中にオオカミの事などを考えられる自分の頭は狂っている。結局のところ、根本は他看守とも道庁の人間とも変わらぬ無慈悲な人間であり、正義を振りかざせるような立場ではない。
それに……。
入念に着付けた奉野の官服の隙間から、凍風が峻烈に身体を刺す。
奉野には悪人の自覚があった。自らの持つ弱さや身勝手さというものが、あの時ほど存分に発揮された日はない。
奉野が隠匿した秘密は、ただ一人を除いて誰も知らない。
 
  2

 今から六年前の明治十八年から、奉野は北海道石狩川上流の、月形郡樺戸集治監に勤務をし始めた。当時二十一歳である。
そこは罪人の中でもとりわけ重罪の者ばかりが送り込まれる監獄であった。囚人を駆使して北海道開拓に貢献すること、一般人から囚人の隔離をすることを目的に作られている特性上、樺戸に連れてこられる者は重罪人に限定されるのだ。本州の囚人も、「北海道の集治監に行くこと=死」という認識を持っていて、彼らは北海道送りになることを強く恐れていた。
奉野が看守になってから一年が経った頃である。樺戸集治監に新たに運ばれてきた囚人がいた。名は早川慶次郎。四国出身で、本州にて婦人十二人を刺殺・絞殺に及んだが、警察の厳しい捜索から独特の嗅覚で逃れ続けた。捕縛時にも手練れの警官七名に重軽傷を負わせた名高い殺人鬼である。本来ならばもちろん死刑に処されるのだが、早川の犯行が極めて慎重に行われていたため目撃者以外の決定的な証拠が得られず、婦人殺しの証明ができないのであった。(自白強要は徹底的に行われたが、彼は固く口を閉ざし続けた)それでも彼は警官に対する暴行罪で懲役二十五年の刑に処され、宮城集治監に収容された。が、早川はなんと堅牢を誇る宮城集治監から破獄したのだ。威厳を守るために集治監の看守たちにより不眠不休の大捜索が行われたことは言うまでもない。最終的に農家で食物を盗み取っているところを住人に目撃され、早川にとっては運悪く警官らに囲まれ、捕縛された。逃亡の罪も合わせて無期刑となり、北海道に移監されたのだった。
 始めて樺戸で早川を見た時のことを、奉野はよく覚えている。
樺戸・空知両集治監を結ぶ警備上の連絡道路となる峰延道路の開削工事を行わせている時であった。峰延への道は沼あり沢ありで、これに道路をつけるにはまず道路予定線の両側に排水溝を掘り、それに舟を浮かべて砂、土石を運び、工事用の丸太はいかだに組んで運ぶことになる。軟弱な土壌であっても変わらず連鎖が付けられた囚徒たちは幾度となく転び、作業自体もいかだを綱で肩に負って引っ張り上げる等、重労働が多かった。看守たちは逃走阻止のために目を光らせ、サーベルを抜刀して監督に当たっていた。
奉野は監督中、逃亡抑制の意味もあって、素振りをしていた。手練れた奉野のもとで空気を震わす刀身は、大気中のあらゆるものを断裂するようで、囚人は遠くにいてもその傍に近寄らぬようにしていた。
剣先に空気を感じたのはそんな時分だ。奉野が咄嗟にサーベルを引っ込めると、刃からわずか二寸程度のところで早川が瞬きもせず突っ立っている。
「危ない、何をしている」
その言葉にも彼は動じない。早川を改めて見ると驚くほど体格に優れており、足枷があるとはいえ深淵を覗くような彼の眼光には恐怖を覚えた。
「新参。集中せんと飯を減らすぞ」
サーベルを突き出して脅す奉野の前で、早川は平然と頷くだけだった。

 それから半年余りが経過した明治二十年三月である。
奉野が非番の日に、集治監である大きな騒ぎが起きていた。
早川を含めた四人の囚徒が脱獄したのだ。
樺戸集治監では上水道の堰堤補修のため、外役作業が連日実行されていた。三月は雪がかた雪となるためどこを歩いてもぬからず、作業に最適の時期であるからだ。その中で、逃亡を企てていた二人の囚徒がいた。彼らは作業開始の看守の号令を聞くと、いきなりモッコ担ぎの棒を振り上げて、その看守に襲い掛かった。この意表をついた行動を見て、付近にいた同僚の看守が応援に駆け付けようとした。そこを、近くにいた早川は見逃さなかった。彼は応援の看守を突き飛ばして気絶させると、自らと連鎖の囚人をそそのかして共に逃走した。
看守らはまず仲間を棒で殴りつけた二人の囚徒を捕縛し、そのうち抵抗を示した一人を斬殺した。
ようやく早川らの逃亡に気づき、その後を追ったところ、密生する林の中で外された鉄鎖を発見した。別れて逃走したようだった。
看守たちが血眼になって囚人を探していると、鉄鎖の片割れの囚徒はまもなく発見された。囚人たちの朱色の獄衣は逃走した事態を想定してどこにいても目立つように作られている。あっという間に看守たちに囲まれたことに気づいた彼は、諦めて捕縛に応じた。
だが、早川は見つからなかった。一週間にわたって早朝からの捜査が続けられたが、早川の行方は不明で捜査は打ち切られた。
それが丁度一年経った頃、急展開が起こった。民家で早川らしき男が強盗を働いたという情報が入ったのだ。さらに場所は樺戸集治監からほど近い、すでに道路が開削されている当別村であった。当別村は逃走囚が中継地として物品を奪うという被害が一時期多発したために、武術の心得のある看守が常駐していた。村は一瞬にして警戒態勢に入り、早川の退路は封鎖された。情報を手にした看守たちは皆、凄まじい戦闘を覚悟して腹を括っていたが、彼らの姿を黙認した早川は意外なことに両手を前に出し、素直に捕縛に応じた。
約一年ぶりに集治監に帰ってきた早川は、罰として闇室に閉じ込められることになり、一貫の鉄丸も取り付けられた。(鉄丸は囚人が規約違反を起こした場合の罰や、破獄防止のために特別に取り付けられる。重さは六百匁、八百匁、一貫の三種類があり、罪の重さによって決められる。なお、一貫は三・七五キログラム)
この逃走劇は、囚人・看守たちの大きな話題に上った。

 翌日から、奉野は闇室の早川を監視し、飯を与える担当になった。早川を扱うことができるだろうという看守長の信頼があったからだ。早川が入れられた闇室というのは、獄舎の外に作られた半坪の広さの密室で、一人が腰を曲げて座れるだけの空間しかない。寝具も与えられず体を曲げて床に寝る以外にないほか、窓もないので空気は汚濁し、呼吸困難に陥る。期間も長く最大七日間あり、囚人たちに最も激しい肉体的・精神的消耗を強いる懲罰であった。
奉野の任務は闇室の食事口を開け、通常の三分の一にまで減らされた麦飯と、わずかに塩の入った湯を早川に支給することだった。
闇室に閉じ込められて三日。それまで早川は食事の際も顔を上げず、ほとんど奉野に口を聞いていなかった。
曇り空の、暗澹とした寒い夜のことである。例のごとく奉野は夕飯を与え、食事口を締めようとしていた。
「アシリレラ」
早川の声は低かったが、奉野の耳には確実に届いた。
急なことに体をこわばらせて、早川を見つめる。奉野は混乱していた。
「お前が夜番のとき、その名を奏でているのを聞いた」
早川の言葉に、奉野は少し安堵を覚える。
「そうか。ただの独り言だ、気にするな」
そして背を向けた奉野に向けて早川が続けた。
「オクイ」
今後こそ背筋が寒くなる。オクイはアシリレラの幼名である。囚徒早川の口からその言葉が飛び出すとは思いもよらない。
振り向いた奉野に対し、早川は急に軽い口調で言った。
「看守さんはこの国が好きか?」
「何の話だ。好きに決まっているだろう。一国民として当然のことだ」
そう答えると、早川は鋭い眼光を送ってきた。
「国民か、それはお笑いだな。お前は恐らくアイヌの血が入っている。顔の彫りが深く、目鼻立ちが凛々しい」
「……貴様は何が言いたい? 何者なんだ?」
「なんでもない。俺はただのアシリレラの知り合いだ」
背中を丸める早川の姿が異常に大きく映る。まさか此奴は。
「安心しろ。俺はアシリレラを黄泉送りにはしていない」
先回りして早川は言う。奉野の反応を予測していたようだ。
「やつはお前の恋人か? 婚約者か?」
闇室の饐えた匂いが奉野の元まで漂ってきた。早川はこの匂いを少しも気にしなくなっているようだ。
「詮索するな。どちらでもない。彼女は私の……」
言葉を詰まらす。私の、なんなのだと奉野は思った。分からない。
「……妹のようなものだ。それだけだ。貴様は静かに罪を悔い改めろ」
それを聞いた早川は、読み通りと言わんばかりに唇の端を上げた。
「俺がアシリレラの居所を知っていると言ったらどうする?」
「そんなことが分かるわけがない」
「分かる」
強い口調で早川が断言した。
「破獄中に遭遇した。試しにお前の名を出したら、彼女は如実に動揺を隠せていなかった」
奉野は拳を強く握る。なぜ早川がアシリレラを知っているのか、なぜそのことを自分に話すのか、彼女はどこで生活しているのか。湧き出る疑問は止まらない。それでも奉野はまずアシリレラが生きていると聞けたことに安堵を感じていた。
奉野の表情を早川がどこまで読み取れたのかは分からないが、会話の主導権を握られていることは確かだった。
「しかしながら彼女の足場は一寸危うい。いつ命を失ってもおかしくはない」
「それで、アシリレラはどこにいるのだ?」
早川との関係も今の状況も、アシリレラから直接聞いた方がよほど信ぴょう性に勝る。
「囚人と蔑まれた、見返りのない労働にはもう飽き飽きしている」
早川が眉間に皺を寄せ、それから奇妙な笑いを作る。
「どういうことだ」
心臓の鼓動が急激に早くなる。大きく口を横に開く早川独特の笑い方は、彼の顔形までも変えるようで不気味だった。
「俺の破獄に協奏するならば、必ず彼女を助ける。その御霊が乖離することは決して起きない。逆に俺の頼みを断れば、死ぬ」
三月の乾燥した寒風が二人の間に吹き荒れる。
「脅しか?」
「どう捉えるかはお前の勝手だが、俺は嘘をつかない人間とだけ言っておく。そしてお前に迷惑をかけることもしない」
奉野はその言葉に、宮城集治監での噂を思い出した。それは早川と同じ牢に収容された囚徒の一人が、早川の破獄を助けたというものだ
その男は塀内作業の際に足を挫いたと言い、看守を呼び寄せた。早川が塀をよじ登って逃げたのはその隙だった。
ただの偶然かもしれないが、それにしては間が良すぎる。
足を挫いた男の罪状は放火であった。父親が高利貸しに騙し殺されたことに怒り、その仇討ちで家を燃やしたのである。しかし家は完全には燃え広がらず、高利貸しも無事に命を取り留めたままのうちに男は捕まってしまった。(ちなみに早川と男の罪に差があるのは、獄舎にせよ連鎖にせよ、共謀して破獄することを防ぐため、あえて罪の軽い者と罪の重いものを組みにする決まりになっているからである)
ところが早川が逃亡したのち、その高利貸しが惨殺される事件が起きた。計画的と思われる周到なやり口で犯人は判明していないが、放火した男が仇討ちを条件に早川に協力をしたという話は、噂と呼ぶには筋が通り過ぎている。冷酷非道と思われるこの男にも、この男なりの義理と美学があるのではないだろうか。
奉野は今、弱みに付け込まれている自覚があった。それを認識してなお、早川の言葉を一蹴できないことには、奉野自身の持つ揺れが影響していた。
「対雁の惨状は知っているな? 今俺の仲間がアシリレラを裁くことは極めて容易だ。なにせこのままでは放っておいても死ぬ運命だろうからな。翻って、彼女を解放することができるのは俺だけだ」
夜は一層冷え込み、手袋に包まれたはずの指先の感覚が薄くなる。
「戯言はやめろ」
奉野は頭の中に絡みつく余計なものを断ち切るように声を張り、闇室の前をあとにした。
それでも依然として拭いきれない疑問は、アシリレラの存在を超えた、自分自身と囚人の存在意義にあることに、奉野は後々気づかされる。それは任務に囚われた看守と、日本という国の論調に感じる大きな違和感。
俺と此奴と、一体どちらが悪魔なのか。

 四日後の六時、良く晴れた寒い朝、奉野は闇室の前にいた。
今日で罰則は終了し労役も再開され、明日から早川も他囚と同じ獄舎に戻ることになる。最後の朝食の時間だ。
食事口を開けられた早川は、米の入った木椀に手を伸ばした。しかし奉野は木椀を握る手を離さない。
早川は疑いの目で奉野を見つめた。
「本当にアシリレラは生きているのだな」
その言葉に早川の表情が和らぐ。
「やっとその気になったか」
「彼女に指一本でも触れれば殺す」
「預けられた下駄は天地に誓って返す主義だ。俺を侮らないでもらいたいな、看守さん」
「計画を話せ」
奉野は口元一つ緩めずに言った。それに応じて早川の細い顎が締まり、目の奥に煌々とした輝きが発された。
「外役作業では警戒が強いほか連鎖が負担になり過ぎる。それに引き換え、単独での塀内からの破獄には自信がある」
「鉄丸か」
「ご名答。羽ばたかせて頂きたい」
「俺が職務違反で獄舎にぶち込まれるがな。それに鉄丸を切り離しても、すぐに見つかりまた闇室送りだ」
「看守さん。剣術の腕前は俺には誤魔化せない。そのサーベルで鉄丸の鎖を、〇・五分(1.5㎜)だけ残して切断してくれ」
「〇・五分だろうと相当固い」
「案ずるな、俺の意志の方が固い」
早川が歯を見せて笑う。冗談のようだがこの男なら可能であるように奉野は感じた。
「お前に降りかかる禍を取り払うために言っている。協力者だと発覚して獄舎の亡骸になるのは嫌だろう?」
「破獄はいつ?」
「今日」
早川が身体に力を込めたのが、暗い中でも見てとれた。
もし早川が破獄し、そのまま逃げ切るようなことがあれば、樺戸には大きな衝撃が走ることになる。獄舎自体の高い堅牢性に加え、逃げるに極めて不利な地形と厳しい気候のおかげで、集治監の開監以来逃亡に成功した例は非常に稀であった。その例の中でも、死体が発見されていないだけで餓死しただろう者が大半と思われ、奉野の知る限りでは確実に他の地に渡れた者は、明治十七年の堀井善吉ただ一名である。
その大罪を承知した上で、奉野は殺人鬼を世に放つのだ。
そろそろ労役の時間が始まる。早川は鉄丸を付けたままの獄内作業であった。
早川を闇室から解き放ったのち、奉野は周囲に誰もいないことを素早く確認した。一番遠心力に頼れるのは切っ先だが、斬り過ぎる恐れと刃こぼれの不安が強い。程よく力を調節して先端から三寸下、物打ちで垂直に、僅かな切り込みを入れる。その感覚だ。
背中からサーベルを引き抜き、沈黙した。
鉄丸と足を結ぶ鎖に一閃。
即座にサーベルは納刀され、鈍い金属音がしたほかは、見た目は何も変化はなかった。
「流石だ」
早川が一言。奉野は何も語らず、規則に準じて両腕を拘束したまま獄舎へと引き入れた。見た目は、看守と鉄丸を付けられ打ちひしがれた囚人の構図である。
そして奉野は、早川と離れる寸前に密かに囁く。
「私もこの国が、嫌いだ」
彼はそんなことは知っているというように、鼻を鳴らした。
 その日の午後、早川は破獄した。
早川は事前に、洗濯場の甕にたくわえられていた水で獄衣を浸していた。作業が終わった後に何気なく獄衣を脱ぐと、鉄丸を引きちぎって走り出した。すぐそばにいた看守が呆気に取られていると、早川は一丈八尺(五・四メートル)の黒塀に獄衣を思いっきり強く叩きつけ、吸着力を利用して体をのし上げ塀を乗り越えて姿を消したという。
みすみす彼を逃したとされて減俸・謹慎処分となった看守は、囚人に対してひどい扱いをすることで有名な男であった。

  3

 岩石を所定の場所まで運んだ奉野は、駆け足で自分の持ち場へと戻った。この隙に囚徒に逃亡されると自分の首が飛んでもおかしくはない。無論、作業の手伝いなど看守が取るべき行いではなかった。
朝から晩まで相変わらずの猛吹雪である。北海道の空はどうなっているのかと奉野はいつも疑問に思う。まるで日本中の水分全てがこの地に集まっているようだった。
奉野の向かいにいた痩せ切った別の囚人が、モッコを雪の中に落とした。傍らの看守が罵声を浴びせ、腹を蹴る。囚徒は痛みに耐えながら奉野に縋るような目線を送った。
奉野はそこから眼を逸らす。あの囚徒は前に一度作業を助けたことがあった。
二度以上同じ者を助けることは差別であり、甘えである。いたずらに助けを求め続けるようになり、自らの力を行使することを惜しむようになる。
それは奉野の一貫した考えだが、同時に自分の持つ中途半端さの証明とも思う。言ってしまえば偽善だ。
その時、吹雪の向こうから駄馬に荷物を載せた集団がやって来た。アイヌの食糧調達班だった。看守たちは一様に、久々の歓喜に沸いた。
険しい雪道を乗り越えた先頭のアイヌの男が奉野の前で立ち止まる。男は美しい紋様の刻まれたアットゥシ(シナノキの樹皮の繊維を織って作られて、通気性がよく防水・防寒機能も高い)の上にさらにウル(毛皮)を着て、木綿で作られたハㇵカを頭に被っていた。それでも、男たちには悪路に疲弊した様子が見てとれる。
破れた獄衣一枚で労役を続ける囚人は言わずもがな、官服の上にわずか一枚の防寒着で業務に当たる看守の身を彼らは案じているようだった。
「テケペㇾケ(あかぎれ)」と奉野の手を指さして言う。
「大丈夫だ。気を付ける」
奉野は笑って答えた。奉野が網走分監に送られたのは、アイヌ語を自在に操れたことによる。
「残念ながら馬の脚にも限界があり、多くは運びきれなかった」
「ありがとう。ここまで来られたことに感謝をする」
「それではさようなら」
アイヌの男たちは、倭人風のお辞儀をすると、早々と雪の中を帰っていった。別れの表現が普段使いのスイ ウヌカラン ロー。(また会いましょう)ではなく、アプンノ オカ ヤン。(どうかご無事で)であったのが奉野には辛い。網走分監に課せられた過酷な状況は、彼らにも十分伝わるようだ。
休憩中の看守たちと囚人により、それから仮宿舎に食糧を運び入れる作業に入った。
担当中の奉野は再び囚人監督に戻る。常にくまなく視界を見渡し、逃亡や労役の誤魔化しを行おうとする者を抑制しなければならない。

 一時間が過ぎようとした頃だろうか。食糧を運び入れる作業は終了し、辺りには闇が少しずつ迫ってきていた。看守たちはそれぞれ松明を持ち、辺りを照らしながら任務に当たっている時分だった。
ことは唐突に起きた。二人の囚人が、叫び声をあげてこちらに向かってきていた。逃亡か、という思考も束の間、看守の声が響いた。
「オオカミの群れだ。逃げろ」
束の間の硬直の後、現場は瞬く間に大混乱に陥った。看守たちは冷静な思考を失い、とにかく声と逆方向に走る。囚人たちは焦るあまり連鎖に足を取られ、大多数が逃げられずに雪に埋もれている。疑念に駆られて立ち止まる看守もいたが、あるものを見つけて凍った。
樹林の隙間から無数に光る眼。ただならぬ気配に木々が蠢く。
オオカミ。本物と分かると、勇敢な者も押しなべてサーベルを捨てて逃げる。自らの命を守るため、雪の中を一心不乱に駆け出した。
「そんな……」
身軽な者が遥かに遠のく中、囚人が絶望混じりに発した言葉。
道路開削第十三区担当班の囚徒は、オオカミの群れに包囲されていた。
息遣いはひしひしと、確実に迫ってきている。
奉野に残された方法は囚人を見捨て逃げるか、囚人と残り戦闘に身を投じるかの二択だった。
泳ぐようなオオカミの眼が浮かんでは消え、次に現れると前よりも格段に大きくなっている。
奉野は強く柄を握った。自分は臆病な人間である。震えはあった。
だが囚人看守に身を埋めた以上、いつかは地獄に落ちる覚悟はできている。それが少し早まるというだけの話だ。
自分が学んだ撃剣の術は、囚人を殺すためのものではない。一つでも多くの命を尊重し、守るべき未来に繋げるためである。
 左から奇声が聞こえた。目をやると、看守が残したサーベルを手にした囚人が、無策にも木々に向かって刃を振るっていた。
「やめろ!」
奉野が叫ぶと同時に一匹の獣が樹林から飛び出し、囚人のサーベルを前足で弾いた。彼は指の骨ごと持っていかれ、血飛沫がサーベルに絡むように空を舞う。獣は機敏に動き、動きの鈍った囚人の首に噛みついた。加勢する覚悟を持った、他の囚徒たちに合わせて数匹の獣が姿を現し、その動きを封じた。安易に近づけないようにしている。
見事な集団行動。獣には高い知能があった。
それから奉野は、獣たちがエゾオオカミにしては体格が小ぶりであることに気づいた。嫌な予感がした。まさか。
だが今は考えに浸る場合ではなかった。奉野はすぐさま駆け出し、大声を上げた。オオカミを少しでもこちらに引き寄せて時間を稼ぐのだ。
指を噛みちぎった個体が奉野に気づき、囚人の首を離した。白濁した眼の男は雪の上に倒れ、動かない。
奉野を捉えて走り寄ってきた。同時に左右の獣も動き出す。奉野ただ一人を狙っていた。
走る間に考える。まずは前方の一匹の勢いを利用して口の中に刃を刺しこみ、肉を抉り取って正面に抜ける。それから……それから……。
それ以上自分が勝つような画は浮かばなかった。
前方一匹が動きを読まれぬよう不規則に足を踏んで急接近する。
刹那の天運、自分の勘に頼るより無い。
ひりつく五感の中で息を吐いたその時。
奉野は神の業を見た。

悲鳴は唐突だった。小動物のような情けない声が辺りに響く。
オオカミたちが一斉に声のする方を振り返った。
腹の捩れた一匹の個体がとどめなく血を流し、よろめきながら雪の上を進んでいた。
何故? 
考える暇がない。続いての悲鳴が聞こえ、三匹の獣が森の中から飛び出した。一匹は前脚が二本とも潰え、一匹は腹から飛び出す小腸を雪の上に引きずって、最後の一匹は首から上が無かった。
彼らを追うようにして現れる影は、人間。

その左方から跳躍した一匹がいた。仲間を殺され怒り狂い、人間を殺ろうとしている。
奉野はその激しい剣幕に目を覆いそうになる。人間の足ではとても逃げ切れないだろう。
だが人影は、人ではない動きを取った。自らオオカミに接近し、その腹に潜り込んだ。体を沈み込ませて間合いを計り、重力に任せ、はらわたに剣を突く。
貫通。串刺しになった獣が四肢をばたつかせ盛大に暴れる様子は、
人影の前では哀れにすら感じた。獰猛な声は腹をかき乱されたことで、器官が破けたような雑音が混じり、痛々しい。
人影は慣れたように獣に足をかけ、体から剣を引き抜く。
獣は一つの物体と化して、雪の上を転げまわった。
「看守さん、裁神だ。殺される」
足を引きずりながら奉野の元に寄ってきた囚人が、血の気の引いた顔で言った。
——— 裁神。
名に聞き覚えはある。エゾオオカミの頻発に伴い、どこからともなく現れた常軌を逸した者。食物連鎖の最上位を、踊るように切り刻む主。名の由来は、ある時その凶行を目撃したアイヌがこう叫んだことによる。
「シユッパカムイ(荒れ狂う神)」
基本的にアイヌは人間に対して「カムイ」という言葉を用いることはしない。この世の事象に精神的な働きを認め、擬人化したものがカムイであるからだ。
しかしそんなことは気にもならない。叫びたい気持ちは倭人にも共通している。人間らしい怯えや理性が存在しない一挙一動は、目撃者の心胆をあまねく寒からしめるものがあった。
 気づくと、辺りのオオカミの数は大きく減っていた。内臓の飛び出した獣が五匹大地に転がり、のたうち回っている。
その手負いの仲間を超え、獰猛な二匹が新たに人影に襲い掛かった。
人影は一匹の顎の中に剣を横向きに刺し入れる。続いて牙をむくもう一匹の顎は、刺した獣を盾に防いだ。オオカミは一度噛みつくと顎の強靭さが災いして、すぐに引き離すことができない。
その隙に人影は剣を戻し、頭を斬りつけた。
無謀な使い方をしたために刃は鈍り、頭を落とすには至らなかったが、肉の中には十分に食い込んだ。体の中の異物を振り払うように二頭は錯乱して暴れまわり、互いを爪でひっかきあった。
人影は獣たちに最後の一太刀を与えず、ただ見つめていた。
よく見ればオオカミたちのほとんどが致命傷を負いながらも、とどめをさされていない。
それも、奉野が話に聞いていた裁神の特徴と一致していた。
理由は定かでないが、裁神は高度の技術によって、意図的に獣たちの即死を防いでいるのだ。
 もはや道路に残るのは血塗りの獣ばかりで、他は恐れをなして山中へと姿を消していた。囚人は少しでも裁神から遠ざかろうと必死で、彼らの荒い息と死にゆくオオカミたちの断末魔が、聞くに堪えない不協和を放つ。

 地獄絵図だ。

看守になってから長らく、奉野は闇を見てきた。そこに何か一つでも光を灯せたらいいと思っていた。
だがどんなに闇の向こうを覗いても、そこには闇しか見えないのだ。

奉野は裁神の方に足を向ける。
阿鼻叫喚が煩い。人影が神かどうかは気にしない。
何の役にも立たない自分をもう殺してくれ。
向こうも自分に近づいて来る奉野の姿に気づいたようだった。
もはや死人と思えるほどの血を浴びた、細い顎が横に開く。
それを見た奉野の心臓がドクンと跳ね上がった。
壮絶な既視感。この表情。

「久しぶりだな、看守さん」

裁神、
早川慶次郎は真っ赤な歯を見せて笑った。


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第一章 獣を愛する少女


明治九年三月 宗谷地方 
マシポポイ(増幌)

  1

「アシリレラ!」
息を切らして叫んだ奉野は、しゃがみこんだ少女の元に駆け寄った。
彼女は背中に弓矢を掛け、山歩き用の獣皮衣(ワンピース風の服)を羽織っていた。
後ろを振り返り、それが奉野であることを認めた彼女は、ぷいと眼を逸らす。
「うるさい、ハイタクㇽ。どっか行け!」
拙い日本語を使って奉野に言い返した。アシリレラとしては精一杯の怖い顔をしているのだろうが、すぐに頬が赤くなる性質のため少しも威嚇には向かない。目鼻立ちははっきりとしているがアイヌの中では薄い方ともいえ、幼い童顔も相まって柔和な印象が強かった。
それでも彼女は口をへの字に曲げ、奉野への強がりを止めることはない。
萩之進とハイタクㇽ(アイヌ語で馬鹿な人の意味)は最初の一文字しか合っていないのに、そのあだ名はどうなのかと奉野は思う。しかしそんな提言をアシリレラが聞き入れてくれるはずもなく、はいはいと頷くより無かった。
「また虐められたのか?」
「私が虐めたんだ」
そう返す彼女は涙目である。
「レラが誰をどうやって虐めるって言うんだよ」
「うるさい」
彼女が振りかざした腕が危うく顔に当たりかけた。そこで奉野は少しだけ意地悪な気持ちになる。
「間抜け」
微笑をたずさえて言うと、アシリレラはぽかんと口を開けた。それから褒められたと解釈して得意げな笑みを浮かべる。
「すごいでしょ」
「パコㇱパㇱヌプだよ。間抜けって」
奉野の言葉に、無垢な笑顔のまま表情を凍らせる。
「ハイタクㇽ!」
奉野は突き飛ばされた。動きが案外素早くて少々よろめく。
足元の犬が心配そうに奉野を見つめていた。
「行こう。ラムアン」
アシリレラが目配せすると、真っ白な犬は忠実に彼女について行った。
 レイエㇷ゚。通称アイヌ犬は、その名の通りアイヌ人の生活にとって欠かせない働きを担っていた。アイヌ犬は中型犬ではあるが、雪深い土地でもラッセルして獲物を追うことのできる発達した胸と、零下二十~三十度になる夜に雪の中で眠っても寒さに耐えられるダブルコートの被毛。噛む力が強く、「鳥猟では獲物が穴だらけになるから剥製を作りたいなら向かない」と言われるほどの牙など、環境に合わせて磨き抜かれた全身は単なる飼い犬とは一線を画している。なかでも樺太アイヌの酋長サパネクルの一つであるアシリレラの家では、優れた血統の立派な犬が飼われており、ラムアン(賢い)の名に恥じない良犬であった。
だがアシリレラにはラムアンを溺愛するあまり、宗谷地方のアイヌの子供から、マツネシタ(雌犬)と蔑さげすんだ目を向けられていた。けれどその責任がアシリレラにあるということでは決してない。

 一八七五(明治八)年五月七日。日本・ロシア両国は、ロシアの首都ペテルプルクにおいて樺太千島交換条約を締結した。それまで両国が雑居地と定めていた樺太はロシアが領有し、久里留諸島(ウルップ以東シュムシュ島に至る一八島)を日本領とする事を定め、永い間の紛争に終止符が打たれた。その結果これまで樺太に居住していた樺太アイヌの帰属が問題となったが、日本は樺太アイヌを北海道宗谷地方に任意移住させることでこれを解決した。その数一〇八戸、八四一人。これは樺太アイヌの数が千人余りであることを考えると相当な割合であり、これだけの数のアイヌ人が居住することについて、旧来の居住者である宗谷アイヌが不安を感じるのは当然であった。
そもそも北海道アイヌと樺太アイヌでは言語が大きく異なり、同じ意味でも全く違う言葉さえ存在した。同族という意識も薄く、彼らは宗谷の同族人の血に樺太アイヌの血が混じることを嫌った。
いかに酋長の娘とはいえ、アシリレラが宗谷の子供たちと溶け込むことはできなかったのだ。彼女が奉野に対してわざわざ拙い日本語を使おうとするのにも、樺太方言を見せたくないという意志があるように感じられる。
「ハイタクㇽ!」
遠くでアシリレラがふくれっ面を浮かべている。
「なにぼんやりしてるんだ! アハ(ヤブマメ)を採りに行くぞ」
なんだ。結局俺も行くことになるのか、と思いつつ奉野は腰を上げる。
季節はもうすぐ春。植物の採取が始まる時期だった。アハは日当たりのいい野原に白と紫の花を咲かせる植物で、小さなサヤインゲンのような豆をつける。けれどアシリレラたちの目的はそちらではなく、土の中の根っこについた豆であった。これをきれいに洗って皮をむき、ご飯に炊きこんで食べると腹持ちがいい。アイヌの生活は、なにも狩猟だけで成り立っているわけではないのだ。
「ちょっと待てよ。勝手に行くなって」
奉野は慌てて後を追う。気丈に見えてもアシリレラはまだ九歳だ。三つ上の十二歳の自分が見守ってやらなくてはという思いがあった。
二人は山野を駆け、根っこを掘り起こし、アハを籠に詰め込んだ。
「これだけ採れたらいいんじゃない?」
奉野はアシリレラに呼びかけたが、隣に彼女はいない。
見渡すと、ラムアンと共に茂みの中に身を埋めていた。
「おい、俺だけにやらせて何遊んでるんだ」
呼びかける奉野をアシリレラは手で制す。
「ユㇰ(エゾシカ)だ」
奉野が素早く近づくと、一匹の小さなシカが三〇間(九十メートル)ほど離れた木々の中に見えた。エゾシカはアイヌたちにとって依存度の最も高い食料資源であった。アシリレラはエゾシカと奉野の交互に目をやり、せっかく見つけたんだから、と訴えてくる。
仕方がない。こうなったら奉野が鹿笛(イパッケニ)を吹く担当だ。
籠から鹿笛を取り出し、茂みの中に身を潜めて鹿の鳴き声とそっくりの音を出す。鹿の反応に合わせて、こまめに音色を変えるのだ。警戒心を抱かせず、近づいてもらえるように工夫するのはある程度の慣れが必要な技である。シカがこちらを窺っている間に、アシリレラは背中にかけた弓を取り出していた。弓に手をかけ、限界まで引き絞り、歯を食いしばって獲物を捉える。相当な力を加えているはずが矢先の揺れは僅かで、アシリレラの尋常ではない狩りの集中力を思わせる。とても自分には真似できそうにない。
五間(十五メートル)まで近寄ってきたとき、アシリレラはついに矢を放った。空を切る音のみが響き、矢道は眼に追えない。
続いて悲鳴は聞こえ、脳天を貫かれたエゾシカが倒れこんだ。
「やった!」
アシリレラが跳ねる。矢には、トリカブトという植物の根を砕き、水分を加え泥状にした毒が塗り込まれている。これはアシリレラのコタン(村)特製で、イケマの根とアカエイの毒針をすりつぶしたものを混ぜて毒性を強めるという工夫がなされていた。大型の動物でも、この矢毒が浸透すれば瞬時に仕留めることができるのだ。
アシリレラは腰からマキリ(小刀)を取り出し、素早く矢の周りの肉を取り去った。トリカブトの毒が回るのを防ぐためだ。ちなみにマキリは和人との交易で得た鉄で作られているため切れ味が鋭く、いかなる場面でも用いられる生活必需品である。
「刺身にしようか。それとも鍋にいれようか」
「今日は保存しないと」
興奮するアシリレラを奉野は諭す。言われると腹が減ってくるが、貯蓄が適当なのは明らかだった。
奉野はエゾシカを背負うと、共にアシリレラのコタンに向かう。本当は奉野が住んでいるのは宗谷アイヌの別のコタンであるが、今日は特別である。大きな用事があった。
なぜならば、キムンカムイ・イヨマンテ(熊送り)が行われる日だからだ。

 コタンとは、チセと呼ばれる樹皮葺きの家が立ち並んで形成されている。今日は多くのコタンの大人たちが、イオマンテに向け、祭壇に飾り付けを急いでいた。
その中で普段使いの紋様のないアットゥㇱを着たアシリレラの義父、コラㇺヌカㇻがエゾシカを運ぶ二人に気づく。
「お前たち、また危ないことをやりよって」
「平気だよ、ハギノがいるから」
アシリレラが飄々と言う。都合のいい時だけ俺を利用するなと奉野は思うが、口には出さないでおく。ちなみにアシリレラは樺太時代に両親を殺され、後継ぎのいないコラㇺヌカㇻの養子になったという経歴がある。
「ハギノのお父様は元気でいらっしゃるか?」
コラㇺヌカㇻが訊ねる。その言葉は和人と遜色ない響きの日本語である。コタンの酋長(コタンコルクル)たる彼が、和人に見くびられぬよう独学で習得したものだ。
「はい、おかげさまで」
漁業家の息子として奉野は言う。樺太では古くから、和人の漁業家との交易がおこなわれていて、川海で漁し山野に野草を求めるアイヌは、白米や鉄といった生活必需品を全て和人との交易や漁業の手伝いから得ていた。なかでもアイヌに理解のある漁業家、奉野久蔵と、交易相手のコタンの酋長たるコラㇺヌカㇻの信頼は厚かった。久蔵は漁業を始めてから宗谷地方に住むアイヌ女性と恋に落ち、それから今に至るまで宗谷を根城にしつつ各地への交易で生計を立てている。萩之進はアイヌと和人の間に生まれた特殊な子供であった。
「今夜のキムンカムイ・イヨマンテには参加されるのか?」
「いえ、残念ながら漁業の方が忙しいようで」
「そうか、それは残念だ」
コラㇺヌカㇻが本当に残念そうに言った。それから思い出したように、奉野の肩からエゾシカを担ぎ上げた。
「無駄口を叩いている場合ではなかった。急がなくては腐ってしまう」
生肉を保存するためにはまず解体してから細く裂き、戸外の物干しの棚に吊るして天日乾燥させる。その後家の中に入れて炉棚の上で再度乾燥させ、煙干しにしてくん製にする。出来上がったら白樺の皮にくるんで、プ(高床式の食糧保存庫)に入れておく。そこまでが一連の作業だ。
さっそくコラㇺヌカㇻは他の大人たちを呼んでシカの解体作業を始める。二人の周りに大人がいなくなったので、奉野はこの機にずっと聞きにくかったことをアシリレラに尋ねた。
「キムンカムイは元気か?」
「うん、とても元気だ。この前もエシノッペ(小熊のために作られた遊び道具)を振り回して壊してしまった」
話しながらアシリレラの目線が徐々に下がり、語尾は掠れるような声に変わる。気持ちは奉野にも痛いほどわかった。六月に偶然はぐれていた子熊が生け捕りにされ酋長の元で育てられ始めてから、九か月が経とうとしている。情が入らないという方がおかしいというものだ。半年前にはしつこいくらいにしていた小熊の話も、このところめっきりしなくなっている。アシリレラがどれだけ心を痛めているかは想像に余りあった。
それでもアシリレラは、そんな心のわだかまりをコラㇺヌカㇻに見せることは一度もしなかった。

 イオマンテで最も代表的な、食料の神であるキムンカムイ(ヒグマ)は、十一月末から十二月に掛けての初めの吹雪の日に冬眠する自分の穴にはいり、一月中旬から二月中旬の間にその穴の中で仔を生む。そのころきまってキムンカムイポフライェプ(熊神の仔洗い雨)という雨が降り、雨で溶けた雪が寒さで凍ると、雪の上を自由自在に走りまわることができるようになる。そうした雪の状態をウカ(堅雪)といい、アイヌはその堅雪の上を犬と一緒に渡り、犬は熊穴を見つけて主人に教える。見つけた穴の中にいる親熊は獲って、一緒にいた子熊は生け捕りにした。子熊はコタンに連れて帰って大事に飼育し、一、二年ほどした後の三月ごろに、その魂を先に送った親グマの住む神の国に送り返す。すなわちイオマンテとは、「カムイモシㇼ(神の国)からやってきて、動物に化身し人間界を訪れた神を、人間の手でその魂を親もとである神の国に、またの再訪を願って送り届ける神聖きわまる儀式」である。とはいえアイヌ以外の和人から見れば「生き物を集団で殺す野蛮な風習」ということになり、日本政府からは冷ややかな目で見られていた。
 
 キムンカムイの話を持ち出した奉野が悪かった。気づけばアシリレラは眼に涙を浮かべている。情が移る、として小熊に名前を付けなかった彼女だが、その努力も虚しかった。
「キムンカムイはカムイモシㇼに帰るんだ。決して死ぬわけじゃない」
アシリレラは小さくうなずく。奉野はその様子に危ない、と感じる。
今日の一貫した明るい調子はずいぶん無理をしていたようだ。想像以上に彼女は傷ついている。何か言わなければと考えるほど言葉が空回りして宙に消える。
「おい、ボーっと突っ立って何してんだよ」
そこに馴れ馴れしく奉野の頭をこついてきたのは一つ年上のエトウルシだった。奉野は胸をなでおろす。彼はコラㇺヌカㇻの甥、アシリレラの従兄で、樺太時代から奉野と交流があった。逞しい鼻梁と眠たげな眼のアンバランスはアイヌには珍しい容貌であり、奉野は密かに和人の女に好まれそうな顔立ちだと思っていた。
「はー? 俺たちはエゾシカを狩ってきたんだぞ」
「どうせ射たのはアシリレラだろ」
鼻を鳴らすエトウルシを見て、満足げにアシリレラが返事をする。
「うん。大鹿を捕らえたよ!」
「小鹿だ」と付け足す奉野の言葉には嫌でも小物感が漂う。
「嫉妬するなよ、奉野君」
わざとらしくエトウルシは言う。彼は一見お調子者だが根はとことん真面目で、言葉に垣間見える硬さから察するに、奉野とアシリレラの険悪な雰囲気を悟って駆けつけたのだろう。
「ハギノもイヨマンテには参加するよな?」
「コラㇺヌカㇻさんに言われたら断れないよ。最後まで参加するつもりだ」
「そうか、ハギノが三日間もいてくれるのか。じゃあアシリレラも絶対に来いよ」
エトウルシは明るい口調に似合わない、懇願するような眼を彼女に向けた。察しの良いエトウルシはアシリレラの動揺に気づいているようだ。いや、気づかない方がおかしいというものか。エトウルシの家は長老の一家で、コラㇺヌカㇻとの繋がりも深い。
うん、と素直に言わないアシリレラに、エトウルシは目線を合わせて付け加える。
「宗谷のアイヌに虐められたらいつでも俺かハギノに言えよ。すぐにとっちめてやるから」
エトウルシの分析によると、アシリレラの異常なまでの動物に対する愛着は、人間への不信感に起因するという。たしかにアシリレラは、どんな柔和な人が相手でも、一定の間合いを取ろうとする傾向があった。
「あんなの相手じゃない! 気にもしない!」
言葉面はいたって強気であるが、奉野は彼女がエトウルシの言葉に実は安心を覚えているのが分かる。目敏く心を見る力はコラㇺヌカㇻにも勝るもので、腕力には優れぬエトウルシが未来の酋長候補と言われるゆえんでもあった。
「はは、レラは強いな。さしずめレラだけに、虐めっ子はレラ(風)のごとき存在ってことだ!」
「……」
びゅお、っと寒風が吹き抜ける。そう、エトウルシは絶望的に笑いの才能がない。風のごとき存在とはむしろ褒めているようで、まずは駄洒落にすらなっていない。
「ハギノ、そんなことよりヤブマメを洗いに行こう」
アシリレラが奉野の袖を引っ張る。
「そうだな」
置物のように固まるエトウルシの前から、二人は颯爽と立ち去るのだった。

 2

 宵の雰囲気は異様であった。普段の静かなアイヌの夜とは一線を画する。イナウ(ヤナギやミズキで薄い房を作った祭具)で着飾った大人たちが火の神カペカムイに酒を捧げ祈り、コタンの住人みなが歌や踊りに興じている。夜の冷気が熱気に包みこまれ、それは目に見える形となって白い靄もやを生じさせた。囃し立てる歓声。祝いの唄。その音に導かれるように、檻(ヘペレセッ)に入っていた子熊が出され、運びこまれる。
暴れる小熊にはイラグサで作られた丈夫な縄が巻き付けられ、動きが制御されている。広場はキムンカムイを中心に人々が集まり、皆が声を上げて出迎えた。そこに花矢(へぺㇻイ)が用意され、人々がこぞって投げ合う。花矢とはイオマンテのために作られる綺麗な彫刻をした木製の矢であり、熊を直接傷つけるような鋭利なものではない。カムイモリㇱに向けての人間界からの贈り物であり、これを熊に当てた一家は幸せになるとされていた。
ある若者が投げた花矢が、熊の眼に入った。小熊はびくりと体を揺らし、前脚で振り払う。その動きに反応し、アシリレラの身体に力が入ったのが分かった。奉野はすかさず手で制する。彼女が今にも飛びだしかねない形相であったからだ。
「嫌がっている」
「違う、カムイモシㇼに送られるんだ」
奉野の諫めに、歯を食いしばった顔を覗かせて言う。
「そんなものはない」
恐ろしい発言だ、と奉野は思う。アイヌで生まれ、アイヌの人々と育ってきているのに、この子は時々人間の全てを否定するようなことを言う。
花矢が投げられるのにひと段落がつくと、コラㇺヌカㇻが前に出た。ついに、子熊をカムイモㇱに送る仕留矢(イソノレアイ)が放たれるのだ。竹製の矢じりを持つこの一矢で、熊を仕留めることになる。
歓声の中、コラㇺヌカㇻが弓を引き絞り、標的に注視する。
皆の気勢は最高潮に達していたが、奉野は心配で息もつけなった。イオマンテに使われる仕留矢には毒が塗られていない。万一急所を狙い損ねるようなことがあれば、いたずらにキムンカムイを苦しめることになる。そうなればアシリレラがどんな行動にでるか分かったものではない。
しかしそこはコラㇺヌカㇻであった。真っすぐに放たれた矢は正確にキムンカムイの眉間を射抜く。身を縒る絶叫はすぐに弱弱しい声に代わり、肉体は残雪の中に倒れこんだ。
アシリレラは小刻みに呼吸をしつつキムンカムイを凝視する。奉野は彼女の手を取り、押さえた。落ち着け、とその耳元で囁く。
まだかすかに息のあるキムンカムイに大人たちが集まり、シリㇰライナゥ(首を絞めるための縊り木)で完全に息の根を止める。肉塊と化した熊は祭壇(ヌササン)の上へと運ばれ、そこに長老エカシが駆け寄って毛や手足に触れる。これにより、キムンカムイの確かな死が認められるのだ。
コラㇺヌカㇻらはマキリを用いて熊の毛皮を剥ぎ、内臓を晒した。
熊の毛皮は防寒具の他、和人との交易の商品としても貴重なものであるため、大切に保存される。鮮血は、その場で椀を持った病人に受け渡された。熊の内臓の血は体の不具合を治療すると信じられている。
奉野も少しだけ受け取り生ぬるい血を呑んだが、かすかに塩味があるだけで、取り立てて美味しい訳ではなかった。
解体は全身の中でも性器と頭だけは切り落とし、その他の部位は赤身のみを綺麗に残すように行われる。そして一度、カㇺシケニと呼ばれる肉を掛けるための長い棒に、生前の部位と同じ配列で生肉を吊るしておく。外での儀礼はここまでで、それからの舞台は酋長であるコラㇺヌカㇻのポロチセ(普通の家屋の二倍から三倍大きく、公会堂のような役割を担う建物)に移る。
魂が宿っているとされる毛皮を付けた頭、オルシクルマラプトを飾り、チセの中で焚いた火の神カペカムイの前で、夜を徹しての唄や踊りの宴に興じた。
熱気が横溢する、イオマンテ一日目の夜である。

 活気溢れる宴の中、一人隅で縮こまっているアシリレラがいた。周囲が興に夢中になっている最中に、奉野は手を取り彼女を外に出るよう促した。アシリレラは抵抗せず、素直に応じた。
チセを出て、宴の行われていない方へ手を引いてゆく。三月も終わりとはいえ、人いきれのない外気は冷たさに満ちていた。それでも宗谷の空は、これ以上ないほど星が瞬いていて、心が暖かくなる。それは混とんとした頭に、少しだけ落ち着きを与えてくれた。
「大丈夫か?」
目を合わせないアシリレラに語りかける。
明日はカㇺシケニに掛けられた肉を食い、頭の皮を剥がして脳髄を切り刻んだ料理、ノイペチタタプも作られるのだ。アシリレラには今日のうちに気持ちを整理してもらわないといけなかった。
「今、私が何を考えているか判るか?」
アシリレラは昼間とは打って変わり、樺太アイヌの言葉だった。
「キムンカムイの死を悲しんでいる」
「違う」
彼女は奉野の答えを予測していたようで、言いきらぬうちに否定した。
「人は一度自分の行いを肯定すれば、何でもすることができるのだと感じた」
「何を言っているんだ?」
「善も悪も最初は存在しない。すべては文化という文脈のなかで決定づけられてしまう」
彼女の語彙力は日本語とは天地の差がある。奉野は時折、彼女が何を考えているのか分からなくなることがあった。
「イオマンテが嫌なのか」
「嫌なのではない。正当化された儀式に腹が立つんだ」
「アシリレラ。アイヌの文化は、和人の血が入った俺でも美しいと思う。イオマンテは生を尊ぶ儀式だ。レラにとって悲しいものであることは散々に分かるが、いたずらに儀礼を馬鹿にしてはいけない」
その言葉に、アシリレラは鋭く奉野を睨む。
「ハギノ、なぜイオマンテが行われるか知っているか?」
「カムイに礼を伝えるためだろう」
「違う。生まれて間もない子熊は、そのまま殺せば皮は大型の鼠の皮ぐらい、肉も人間一人の腹も満たせないわずかなものだ。それでは損だからアイヌは一年間養い、神の国へ送り帰すと称してイヨマンテを行い、大きくなった皮と肉をいただくのだ」
「そうなのか……」
初耳だった。アシリレラはどこでそんな知識を仕入れているのだろうか。
「ロシア人がそう言っていたそうだ。私はそれを、コタンの大人から聞いた」
「ロシアのことは考えるな」
奉野はすぐに彼女の言葉を制す。馬鹿だ、樺太のことを考えればまた思い出す。
すでに、アシリレラの表情はひどく暗かった。幼さの残る顔には見合わぬ焦燥感が漂い、焦点がぼやけた眼光を不規律に飛ばす。
「あいつらの顔は二度と忘れない」
明治期の樺太は、日本に圧を与えるため、囚人とその家族を含めた多数のロシア人(明治六年時点で千百十人)が在住しており、その数はアイヌやイヌイットといった先住民の数と匹敵した。民族を一括りにすることは好ましくないとはいえ樺太ロシアは先住民を人間とみなしていない傾向が強く、彼らによる暴行・強奪・強姦の被害は努めて多かった。先住民からすれば恐怖の対象以外の何物でもないことは言うに及ばない。
「ロシアの囚人に囲まれて父親は殺された。金目の物は全て剥ぎ取られ、死体はその辺に転がされた。母親はしばらく生かされて裸にされていた。私は母が集団の男達に囲まれているのを見た。彼らは……」
奉野はアシリレラの頭を胸に抱える。咄嗟だった。
「やめろ。それ以上話すな」
「嫌だ。虫を見るような眼を私は忘れない。罪悪なんかこれっぽっちも抱いていなかった」
アシリレラは奉野の腕の中でじたばたと手を振る。その光景だけ切り取れば、駄々っ子じみた自然な子供の所作に見えた。
当たり前である、彼女は子供なのだから。彼女をそうでいさせない世界が、奉野には許せなかった。
アシリレラが静かになり、奉野が腕を外した時だ。
「……ホロケウカムイ(狩りの神)なら、人間を絶滅させられるかな」
ふとアシリレラは惚けた顔で溢す。
「何を言っているんだ?」
急なことに、言い知れぬ恐怖が奉野を包む。脈絡が無かった。ホロケウカムイことエゾオオカミが、なぜ話に出てくるのか分からない。
「ラムアンは勝てなかったんだ」
彼女の両親がロシア囚人に暴行を受けたとき、ラムアンは勇敢にも彼らに襲い掛かったが、蹴り飛ばされて逆に重傷を負っていた。
「私には力が足りない。力が欲しい。力があるべきだ」
彼女は強いものを求めていた。
「駄目だ、我慢するんだ。決まった価値観を動かすことは容易ではない。自分がもっと不幸になる」
奉野はアシリレラに向かい、一音一音かみ砕くように話す。
「それは死んだ両親のことも?」
「いや」
奉野は肩に手を掛けた。体中から攻撃的な気迫を放つアシリレラをなだめるように。
「レラが言うように、確かに善も悪もこの世には存在しないかもしれない。けれど、俺の中にはどうしても許せないことが存在する。だから間違っているものを裁き、正しいものを助ける自分でいたい。俺は、俺の独善に従う。そして必ずお前を守る」
はるか遠くの火と月の光が、かすかにアシリレラの頬を赤く染める。
「そうなの、でもハギノは間違ってるからね」
「正しさのない世界なのにか?」
奉野は矛盾を感じて問い返したがアシリレラは俯いた。彼女の言葉が照れ隠しによる反射的な言葉とは、幼い奉野には気づけない。
「もういい。私の友達の熊は死んだ。これ以上悲しんでも仕方がない」
「よく言った。その意気だ」
頭を撫でたが、アシリレラはじっとしている。いつもなら嫌がって突き飛ばされるのに不思議だった。
「……おなかすいた」
その場から動かずにアシリレラは言った。
「だってレラ、何も食べないから」
「さっきはお腹がすいていなかった。でも今はすいた」
「人は食べないと死ぬからな」
「私が生きると他の命が失われる。分かっているのになんでだか、私は生きたい」
涙を零すアシリレラ。生きることとは考えないことでもあるのかもしれない。イオマンテの夜、十二歳の奉野は、漠然とそう思うのであった。

  3

「なんだと……」
そう言ったきり言葉を失ったコラㇺヌカㇻは、驚くほど蒼白な顔をしていたらしい。イオマンテから一か月ほどが経ち、ようやく春らしい春の兆しが芽吹いていたころのことだ。
ポロチセには、宗谷郡の権中主典と道庁からの開拓使と、コラㇺヌカㇻらアイヌの長老、それから奉野の父久蔵を含む漁業家までもが一堂に介していた。
「対雁に往けというのか、我々に」
もともと気性の激しいコラㇺヌカㇻのことだ。言葉の節々から、溢れ出る怒りが感じられた。
「そうだ、早急に用意を整えよ」
対照的に、抑揚のない冷たい言葉を放ったのは開拓使であった。
「アイヌを騙したのか」
コラㇺヌカㇻは今にも襲い掛かろうとするばかりの獰猛な眼光を開拓使に向け、それから権中主典、漁業家へと向いた。誰もが押しなべてこうべを垂れる。もちろん久蔵らは、何一つコラㇺヌカㇻを救う手立てを持っていなかった。
―――というのが父の語る現場の様子である。
海でオットセイ狩りをしている最中、船の上でキテ(回転式離頭銛)の手入れをしながら父は語ってくれた。ちなみに父の本業は網を使ってのニシンやサケ漁であり、同じ漁業でもオットセイ狩りは父の気まぐれで行われていた。木製の小さな舟に乗るのは奉野父子と、ポロチセでなされた余りに唐突な決定に唖然とするエトウルシ少年である。
ともかく、と父は言う。
「萩之進。樺太アイヌの人々とはしばらくお別れになるかもしれない」
「……厚田でさえ、無いのですか?」
石狩国厚田村は石狩湾に面した漁村だが、樺太・宗谷とは遥かに離れた場所に位置する。しかし対雁はそれよりさらに内陸の地であり、漁業もできぬ立地であった。
まず移住が前提となっているのも妙な話で、本来アイヌは居住地に執着する傾向がある。なぜなら墳墓に対する尊崇の念が篤あつく、その祭祀を怠けたりこれを他に移したりすることは禁忌であったからだ。
そのため樺太アイヌたちが日本への帰属に際して、最もこだわったのはその移住先だ。北海道の最北端であり、朝夕に樺太を拝むことのできる宗谷地方を、彼らは強く希望した。
希望というと聞こえがいいが、他に手が無かったという実情がある。和人が引き上げればアイヌはロシアの懲役人、流刑人と相接することになり、悪漢どもの暴行略奪を覚悟しなければならない。また樺太における和人の漁業は小規模ながら古くから行われており、米が主食の一つとして文化的に定着していた。食生活の観点から見ても、和人との交流が途絶えるのは手痛いことであったのだ。
そのためアイヌは墳墓を拝める宗谷地方へ、という意志は固くも、移住にはやむなく同意した。日本政府もこの要求に折れ、彼らを宗谷地方へ移住させたのである。ところが宗谷に移住してまもなく雲行きが怪しくなった。日本政府は対雁への移住を全く以て諦めておらず、宗谷への移住は一時的な処置だったのだ。幾度となく対雁の移住を求め、最終的にアイヌ側が一歩譲り、対雁に代わり石狩、厚田の漁場で漁業ができるならば、と移住を承認した。日本側のやり方は狡猾で、樺太から宗谷、宗谷から厚田、厚田から対雁へと、妥協する風を装いながら着々と当初の計画を進めていたのである。

「馬鹿、ぼやっとするな。オットセイが来てるぞ!」
そういうや否、久蔵は船の上に立つとキテを即座に柄に結び付け、波の下に灰色の巨体を蠢かす海獣に射込んだ。慌てて覗くと、船の底に潜む動物は、本物のオットセイだった。
射込まれたキテに対して、オットセイは海水を飛ばして暴れるが、逆効果である。キテは獲物が逃げる力でちょうど九十度回転し、引っかかって抜けなくなるようにできていた。久蔵は取り外しの容易な柄の部分をキテから引き抜くと、紐を掴む。キテには初めから丈夫な紐が縫い付けられており、この一本を握りしめ獲物が疲れ果てるまで船上で耐久するのだ。その間奉野とエトウルシは久蔵の足を掴み、同時にバランスをとって船の安定を図る。ただ船が小さすぎた。揺れる、揺れる、揺れ動く。
ようやく海獣の動きが鈍くなったころには、体感的に相当な時間が経過していた。それでも、オットセイにしては、サイズは大きい方でなかったようだ。
「親父。三人でオットセイ猟はさすがに無理があるよ」
「馬鹿を言うな。俺が内浦湾で海獣狩りをしていた時はみんな三人組で、でっかいオットセイを捕まえていたぞ」
「こっちとは知識と経験と波の勢いが違いますから!」
エトウルシが今にも死にそうな声で言う。顔は真っ白で、見ていて釣られそうになるほどの船酔いである。普段がしっかりとしている分、奉野は翻弄されるエトウルシを見るのは面白くて好きだ。
「そういえばエトウルシは昔から漁業をやりたがらなかったよな」
「川なら得意なんだけど、海は本当に勘弁したいよ」
エトウルシは力なく首を振る。
「おいおい、未来の酋長が何を言っておる」
父が大声で笑った。
「ええ、その通りです……」
エトウルシは打って変わって深刻な顔を浮かべた。
「もしも実際に対雁に移住するようなときが来れば、私が皆を守らなければなりません」
父もその言葉に大きくうなずく。
「奴らが移住にこれほどまでに拘るのは、アイヌという文化を消滅させるためだ。皇民として国の下に置き農耕文化を根づかせ、北海道の開拓に無理やりでも関与させようと目論んでいる」
父は歯を食いしばって、手に持った紐を殊更に強く引っ張る。ふざけてはいるが、そう遠くはないかもしれない最悪の事態を父なりに憂いていることは、若い二人にもよく伝わった。
「頼んだぞ、お前ら」
体の引き締まる心地がするとは、このことであった。

 この月は悪い知らせばかりでなく、翌日には一つめでたい出来事があった。コタン内の若い男女の結婚が成立したのだ。アイヌの求愛の仕方は一風変わっていて、男は好きな女ができたら、その娘を山や川で待ち受ける。そしていかにも偶然出会ったような顔をして、マキリ(小刀)をそっと手渡すことをする。もちろんこれはただのマキリではなく、特別上等の鯨の骨や鹿の角で作った鞘(木を削って作る刀の入れ物)に包まれた、通称メノコ・マキリというものだ。アイヌの生活では純粋な腕っぷしよりも、生活力の基盤となる器用さが大事と言われており、より美しい紋様の入った鞘を掘られる者が、いい男とされていた。手渡されたマキリを娘が腰に下げると、求愛が受け入れられたことになる。それから返礼として、刺繍をほどこした手甲、あるいは足絆を男に贈ることをするのだ。
こうしたやり取りを無事に経て、また新たなる二人が結ばれたのだった。
結婚式はイオマンテほどではないが親族が集まって盛大に行われる。その様子をそっと見つめながら雪の下から露わになった草原に座り、奉野はアシリレラと話をしていた。
「あの二人のことはよく知らなかったけど、幸せそうでいいよなあ」
どちらかと言えば奉野は、結婚など人の幸せを見るのは好きな方であった。
「ハイタクㇽは結婚式のたびにそう言っている」
「本心なんだから別にいいだろ。ああいうやり取りは憧れだよ」
奉野も自分のマキリの鞘は自分で作る練習をしているが、まだうまい具合にはいかない。
「あんなの難しくて大変だ」
アシリレラは面をしかめて否定する。
その態度を見ていると、彼女は結婚願望などないのかもしれないとも感じた。
「なあ、聞いたか。対雁移住の話」
素っ気ない対応をされたので、奉野は話題を深刻なものに変えた。
「うん。昨日からコラㇺヌカㇻは、その話ばかりしてる」
「どうなるんだろうか、俺たちは」
嘆息を漏らす。自分たちがどうにかできる問題ではないことは分かっている。いつアシリレラに会えなくなるかもわからないのだ。
思わず一人での思索に入りかけたとき、スッと、アシリレラが目も合わせずに奉野に腕をぶつけてきた。
何すんだよ、と言おうとして、その手に何かが握られていることに奉野は気づく。
なんだ一体。疑念を持ちつつ彼女が手に握りしめたものを抜き取る。
そこにあったのは不細工な犬の刺繍が入った手甲であった。
「……レラが作ったのか?」
「そう。ハイタクㇽにやる」
彼女は一つも顔を合わせようともしない。
馬鹿。
心の中で呟く。どこの女が九歳で、まだあげてもいない結婚の返礼を先に渡すというのだろう。
「ありがとう」
アシリレラに感謝を伝えると、照れた。
「別に好きだからじゃないからね。離れ離れになるかもしれないと思ったから」
そう言って耳を赤くする。
別れが急に心配になって、必死で手甲を作ったのだろうか。
……それは惚れるかもしれない。
早く上手なマキリを作りたい、奉野はそう思うのであった。

  4

 しばらくは平和な日が続くと思われていたが、対雁移住の話が浮上してから、わずか二か月足らずのことである。
奉野を目覚めさせたのは、けたたましい空砲の音だった。何事かと周囲を窺う。父親はチセから飛び出し、遠くを見渡していた。奉野も床から起き上がり、イグサの寝具を払って外に出る。
唖然。奉野には表現する言葉が見つからなかった。
クジラよりも大きい、巨大な船が宗谷沖に浮かび、その真っ黒な船にけん引された小舟が、宗谷沖の海岸に繋がれて上陸していた。
「玄武丸だ……」
父親が驚きと屈辱が混ざったような声を出す。
「開拓使の奴ら、どうやら本気で樺太アイヌの生活を狂わせてくれるようだな」
玄武丸の名は、船舶に詳しい父から聞いていた。
明治四年に樺太専任の開拓次官、黒田清隆がニューヨークのベイカー宛に書簡を送り建造を依頼した、最新型の暗車蒸気運輸船である。その大きさは開拓使付属船の中でも二番に当たる九百一トンにもなり、樺太アイヌたちを震え上がらすには充分であった。
「萩之進、コラㇺヌカㇻの元へ行くぞ」
父が駆け出す。事態は一刻を争った。
文字通りそれから数刻もせぬうちである。最短距離で山中を踏破していた父子の耳元に、銃声が響いた。
そこには山中に駆け込もうとしていた樺太アイヌの姿がある。彼は銃声に慄き、体の向きを変えて立ち止まった。先に見えるのは宗谷にいる役人とは顔ぶれの違う巡査だった。視界に映る中だけでも数人は見てとれる。彼らはみな銃を持っていて、アイヌを脅しているのは明らかだ。
「こんな方法が許されていいのか」
父が色をなす。理屈を抜きにしても、現場にはアイヌに対する軽蔑というものが空気を通して伝わってきた。
「何をしている!」
居ても立ってもいられなくなった父は巡査の前に飛び出した。
「樺太より、日本国に帰依した土人(アイヌの事)八百余名を、これより玄武丸にて石狩国対雁に移住させる」
巡査は日本人である父を見て、機械のように平坦な言葉を並べた。
「コラㇺヌカㇻさんは納得しているのか?」
「最早一刻も猶予できぬ状態と判断し、移住を断行するに至った」
表情にお前の事などどうでもいい、といった様子が滲み出ている。
「宗谷地方で暮らし続けることは不可能なのか」
「一顧だにできぬ話である。むしろ計画は遅れ、急いている」
四人の巡査が一斉にアイヌに銃を向けたことで、山中に逃げ入ろうとしていた彼は慄き、日本国に従った。
奉野の元に戻ってきた父は言う。
「これはいかん。コラㇺヌカㇻさんも危ないかもしれない」
奉野の脳裏に、アシリレラとエトウルシの顔が去来した。

 コタンは混迷を極めていた。
三十人近くにもなろうかという巡査が立ち並び、樺太アイヌたちを玄武丸へと追い立てていた。彼らは唾を飛ばして急かせ、まるで荷物を積むかのように、効率だけを求めた移住を行っているのが見てとれた。その中で人々が集って流れを阻害し、大きな声で言い争いをしているのはコラㇺヌカㇻのチセの周りである。
「我々がこの地を立ち退かなくてはいけない道理はない。我々はアイヌである以前に、日本の先住民である。蝦夷はアイヌの国なのだ。日本国の臣下に降る義理はない」
淀みない日本語で演説するのはもちろんコラㇺヌカㇻその人だ。饒舌な彼を、巡査たちが苦い目で見つめている。
和人は未だかつてアイヌに日本語を学ばさせようとしたことが無かった。理由は単純で、日本の言葉が分かると不平等交易がやりずらくなるからだ。江戸時代からアイヌを騙していいように利用してきた役人にとって、日本語を話せる頭の切れる酋長ほど厄介な者はいなかった。
訳が分からずともコラㇺヌカㇻを信じ、その場から動こうとしないアイヌの人々たち。その中には子供もたくさん交じっていた。
状況は平行線を辿り、巡査はみな苛立ちをあらわにしていた。
その時である。大地を震撼するほどの轟音が響いた。
並大抵の弾音ではない。大砲の炮声だ。海を見ると玄武丸がそびえる海が、波に揺れ動いている。
空砲が海に放たれたのだった。
奉野は震えあがって地面に座り込んだ。地面にまで衝撃が走ったあれが、海への空砲に過ぎないのか。人間の作る道具にこれほどまで恐怖を感じたのは初めてであった。それは奉野が特別臆病だからということではないようだった。
抵抗を示していた者たちが次々と、憑き物が落ちたように巡査の言うことに従った。抗えない文明の利器。力の差。そういったものをまざまざと感じされられたからであることは言うまでもなかった。
父が奉野の隣で俯いていた。奉野は立ち上がってその腕を掴む。
「父さん、早く!」
だが父は眼を瞑り、首を横に振るのみであった。
「俺には彼らを助けてやるだけの力がない」
「何を言っているです!みんないなくなってしまう」
「やむを得ない」
「何ですかやむとは!」
奉野は声を裏返して父に掴みかかっていた。だが視界の隅にアシリレラが映り、奉野の意識は瞬時に移った。
「アシリレラ!」
今にも走り寄ろうとする奉野の腕を父が掴む。
「無駄だ、止めろ」
拒否に素直に従う奉野ではない。
「嫌です、離して!」
だがそこに銃声が轟いた。けん制した巡査が奉野の足元に銃弾を飛ばしたのだ。分かっていても追えない、弓矢とは比較にならぬ火勢だ。当たれば死ぬ。それが肌で感じ取れた。
奉野の足は怖気づき、離れてゆくアシリレラを眺めることしかできない。
「巡査さん!」
船に向かおうと傍を通りかかった官服の男に訴える。
「お願いです。これをレラに」
服の内側から取り出したのは一昨日完成したばかりの、マキリの鞘だった。表面には、丹精をこめて掘った、凛々しいキムンカムイの姿がある。いつ渡そうか考えている間に、酷いことになってしまった。
「持って行ってやろう」
男は不憫に思ったのか了承した。だがやはり、アシリレラとの最後の挨拶は叶わない。
巡査たちに囲まれ屈辱感を滲ませながら玄武丸に向かうコラㇺヌカㇻの後ろに、彼女は連れられている。
始終下を向いていて、何を思っているのかは読み取れない。
いや、彼女の考えていることくらい、ずっと一緒にいた奉野には分かる。人間なんて死んでしまえばいいと思ってるに違いないのだ。そして奉野は、アシリレラには人を愛して欲しかった。だから、

「絶対にお前のことは守るからな!」

腹の底から叫ぶ。これまでもこれからも。俺が死ぬまでずっとだ。
それだけは知っていて欲しかった。
アシリレラが奉野を振り返り、悲しげな顔を浮かべた気がした。
明治九年六月十三日、二度目となる樺太アイヌの移住だった。

第二章 反逆の翼に続く

独善看守

執筆の狙い

作者 日程
133-106-81-152.mvno.rakuten.jp

明治前半の北海道開拓で虐げられる者たちに焦点を当てた歴史フィクションです。出来る限り史実に忠実に書くよう心がけています。序章は樺戸・網走監獄の囚人、第一章はアイヌ民族を描きました。それぞれ13500字、16000字です。序章は意見いただき修正したものの再投稿になります。
特に第一章は全体で見ても自信が持てない章なので、気兼ねない意見お待ちしています。最後にルビが全てカッコ書きになり読みにくい点をお詫びします。

コメント

青木 航
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 日程様。拝読させて頂きました。

 期待通り読ませる作品だど思う一方、これだけのものを書くと言うことの裏には、どれだけの時間を掛けて調べているのだろうと尊敬の念を禁じ得ません。

 過酷な環境。自然環境だけでは無く、身分的、経済的な環境を含めて、囚人、看守、アイヌと、ある意味で過酷な環境に晒されていると言う中で共生しながら、社会的には対立関係にある囚人と看守。それぞれの立場での必死な生きざまが描けていると思います。

 正直、前回読ませて頂いた時には、色々検索して、変なところは無いかとか、突き合わせて読んでいました。
 何か、見付けてひとこと言わなければいけないような妙な観念が有ったのかも知れません。ですが、これは評論なんかでは無く単なる感想なんだと気付き、調べたりせず、いち読者として読ませて頂きました。
 素直に読んで、それでも何か引っ掛かるところがあれば、疑問を呈すれば良いと言うくらいの感覚ですかね。

 結果、面白く読ませて頂きました。
 例えば、
>彼は応援の看守を突き飛ばして気絶させると
 突き飛ばしただけで気絶する。もう少し描写が必要ではないかななどと思いましたが、細かく指摘する方は、他に何人もいらっしゃるので、私は、面白く読ませて頂き、今後の展開を楽しみにしています。

 短い作品、思わせ振りに何かをちらっと提示しただけで、さも内容が深いように思わせようとする作品も多く、また、正直、本なら分厚いものでも平気で読み切れる方でも、webとなると読むことに結構苦痛を伴うことは事実なので、短いものにコメントが多く寄せられるのは自然と思います。
 ある意味仕方ないことですが、これだけのものを書くのにはどれ程のエネルギーが必要かわかります。

 頑張って下さい。

脱ぬるま湯
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網走には2回行きました。



『アイヌ神謡集』の雰囲気が大好きです。これはあまり関係ないけど志賀直哉の『網走まで』も好きな小説です。池田得太郎の『開拓者依田勉三』もよかったです。『破獄』はずいぶん前に読みました。博物館網走監獄の白鳥由栄の滑稽な姿は、もうちょっとどうにかならないものかといつも思います。鎖塚にも行きました。

そういえば三島由紀夫が十六歳の時に、自作小説を知人の紹介で『コタンの口笛』を書いた石森延男に送ったことが、『十代書簡集』に書いてあります。憂国忌なので思い出しました。誠意ある回答はなかったそうです。たぶん知人は十六歳が書く小説だから当然児童書だと思って、児童書作家を紹介したのだと思います。ほほえましいですね。この話が大好きです。『コタンの口笛』は友人の小学六年生の娘さんにあげたらとっても喜んでいました。

『熱源』はまだ読んでいません。

九州人ですが、北海道にとても興味があります。プリントしてじっくりと読んでいます。



読み終わったら感想を書いてみます。

日程
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青木 航 様

前回に引き続き読んでいただきありがとうございました。

>彼は応援の看守を突き飛ばして気絶させると

この表現については文献から取ってきたものですが、確かに、気絶までするものだろうかという疑問はありますね。突き飛ばして、(殴るなどして)気絶させた。ということなのかも知れません。よりよい表現が有れば修正したいと思います。

>調べたりせず、いち読者として読ませて頂きました。

誤った情報が有れば遠慮なく仰って頂きたいところですが、正直マニアック過ぎてネットには書かれていないことが大半なので、私の目的としては、文章の齟齬やキャラクターの印象、物語全体の感想が知りたくて投稿しています。ですので、青木様の読まれ方には感謝いたします。

> 短いものにコメントが多く寄せられるのは自然と思います。

今作は最初から公募を目指して書いているのであまり気にしないようにしています。私自身もネットで小説を読むのは苦手です。それに宗谷編は主人公の過去を追う章で、物語の緩急で言えば完全に「緩」に当たる部分ですので、ここで離れる人がいるのはある程度仕方ないかと思っています。
次章はまた舞台が集治監に戻ります。どちらかといえば私は民俗学より集治監の方が好きで、詳しくもあるので、個人的に最も描きたかった場面を書きます。またお手隙の際に見てもらえると励みになります。

日程
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脱ぬるま湯様

私が読んだことの無い本も読まれていて、それほどまで北海道に興味を持ってもらえることを、道民として嬉しく思います。プリントまでされて見ていただいているようで、感激です。拙いものですので、ご無理はなさらずお願いします。

脱ぬるま湯
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最後までじっくり読ませていただきました。

少しずつ書いていきます。

序章はずいぶんと推敲されたのでしょう。臨場感がたっぷりでした。



気になった箇所、これは気になった箇所だけのことで、これからの展開の伏線(暗示)かもしれませんが、読んだ範囲ではそれはわかりませんでした。



>お前が夜番のとき、その名を奏でているのを聞いた


名前を奏でるって表現にちょっと違和感があります。この後、音楽に関することが出てくるのかな?



>俺の破獄に協奏するならば


ここにも協奏が出てくるのですが……

対雁は「ツイシカリ」と読み仮名がないと全くわかりません。読み手は初見ですので、対雁の歴史どころか、場所さえ知らないし、ひょっとすると若い人の中には樺太、宗谷ってどこ?って感じかもしれません。若干の説明が必要かと思います。



>裁神


う〜ん、この言葉が眼目なのでしょうが、前段がすごくリアルだったので、突然ファンタジーの世界に入ったような感じですね。まあ、今後の展開にもよるでしょうが……



コメント欄に「今作は最初から公募を目指して書いているので」とありますが、ここに投稿した作品と公募作品は異なるのでしょうか?


私はまだ小説を書き始めたばかりで、その辺りのルールや日程様の方法を教えていただけるとありがたいです。



後段はまた書きます。

ライダー
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日程様

拝読しました。

第一章、前回に投稿されたものよりもずっと読みやすくなり、迫力が増しているように思います。

気になったところは、一か所だけでした。

>奉野は頭の中に絡みつく余計なものを断ち切るように声を張り、闇室の前をあとにした。
それでも依然として拭いきれない疑問は、アシリレラの存在を超えた、自分自身と囚人の存在意義にあることに、奉野は後々気づかされる。それは任務に囚われた看守と、日本という国の論調に感じる大きな違和感。

秦野が自分の職業と立場に大きな疑問を感じていることは、今まで読んできた読者にはもう、わかっているように思います。今、アシリレラの運命を心配しているここで、それをわざわざ持ち出すのはやや、場違いな気がしました。秦野自身が自分の疑問点に明確に気づいたのが後々であるならば、その、気づいた時に説明すればよいのではないか、と思いました。

第二章、アシリレラと秦野の関係はよくわかります。しかし、アシリレラ、9歳ですか。

>「善も悪も最初は存在しない。すべては文化という文脈のなかで決定づけられてしまう」
彼女の語彙力は日本語とは天地の差がある。奉野は時折、彼女が何を考えているのか分からなくなることがあった。
「イオマンテが嫌なのか」
「嫌なのではない。正当化された儀式に腹が立つんだ」

9歳の子供が「文化という文脈の中で決定づけられる」なんて言うでしょうか?本からの引用のように聞こえます。仮にロシア人の大人の言葉を聞きかじったとしても、そのロシア人が大学の先生か何かでなければあり得ないように思います。同じ内容を、もう少し砕いた口語にした方が、登場人物にふさわしいように思いました。

宗谷のアイヌと樺太のアイヌとの関係、明治政府の思惑など、第二章はずいぶん盛沢山の内容になっているように思います。そのために、説明が多くなってる感じです。アシリレラと秦野の関係は、狩りの描写の部分で良くわかるのですが、同じように重要であるはずの、秦野と父との関係が少し薄いように思います。秦野は良く父と漁に行ったのか、母親はまだ存命なのか,兄弟はいるのか、等、おおざっぱにでも知りたいと思いました。この第二章を読んで、そもそも、なんで秦野は看守になったりしたのか、興味が湧きました。


誰の小説だったか覚えていないのですが、鎖で縛られた白骨死体が埋められているのが見つかったというところから始まるミステリかホラーを読んだことがあります。確かその時に囚人道路について初めて知ったのでした。その時もショックでしたが、御作を読んで実態がより良くわかりました。
ご健筆をお祈りします。

5150
5.102.0.232

日程さま、拝読しました。

御作はすらすらと読み進むことができます。冒頭はバツグンにいいと思います。臨場感と、極寒が伝わってきます。返信を見ると、日程さんは北海道の方なんですね。

それでこの物語は、もしかしたら日程さんがずっと以前からあたためていた物語なのかな、なんてふと、頭をよぎりました。さすがに極寒の描写はすごくよかったです。蓄積された相当の知識が、上手く自然に小説に散りばめられているのは、出身地だからでもあり、前々から興味があった事柄なのかな、なんて思いました。もちろん、丹念に調べた結果なのはいうまでもないでしょうが。

読みながら引っかかったところを一つ。

>しかし奉野はその謎について、拭っても拭いきれない一つの可能性を知っていた……。

>奉野が隠匿した秘密は、ただ一人を除いて誰も知らない。

物語上の流れとなる二つの文、上の文については記述がずいぶんとあとになって出てくることと、下の文との流れの中で、置かれた距離が近くて、すぐに2が始まったので、ちょっと混乱ぎみで読み進んだこと。

読んでいて思ったことは、日程さんらしく、ストーリー重視の姿勢が伺えるところに好感を持ちました。というのは、知識の部分にストーリーが押されすぎてしまうと、5150のような歴史ものを普段読まない&書いたことない、ド素人が読むと、つまんないなとすぐに思ってしまうので。なので、あくまでストーリー重視、その次くらいに歴史的に正確な記述くらいの優先順位の方が、断じて読みやすく感じます。

踏み込んで言うなら、歴史上の正確な記述みたいなことは読む方では一向に構わなくて、ドラマの部分を感じたいということが一番です。人間ドラマの部分がよく描かれていると、遠い過去の物語が、ぐんと手元に手繰り寄せられる感じがして、それが読み進める原動力になります。あくまで5150の場合ですが。ちなみに、御作を読んでいて、なぜか、松本清張の「佐渡」(たしか)という歴史短編ものが、思い浮かんできました。ドラマ部分が非常に秀逸だと記憶しています。

さて、これ以後の続きを書かれているはずですが、心配はまったくしてないんですよね。日程さんの過去作品はほとんど読んできたし、感想も書いてきたので、特に最近のは、よく練り込まれたストーリー重視型の作品ばかりだったので、むしろ、期待感で一杯です。以前の返信欄で、公募作に携わってます、みたいなことが書いてあったのが思い浮かんできて、ああ、これなのかな、なんて思ってしまいました。

作品の成功を心よりお祈りしています。ちなみに、言うまでもありませんが、これまでごはんで読んできた日程さんの作品の中で、御作が間違いなくベストだときっぱり断言できます。

あと、些細なことですが、字下げが反映されない場合、オンライン上でも字下げツールがありますので、利用するのも手かと思われます。コピペするだけです。

青木 航
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>字下げが反映されない場合

 ご存知かも知れませんが、うっかり半角状態でスペースを入れてしまうと、反映されません。

日程
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脱ぬるま湯様

読んでいただきありがとうございました。



>名前を奏でるって表現にちょっと違和感があります。この後、音楽に関することが出てくるのかな?



早川は非人間的な雰囲気を出したかったので、敢えて独特の言い回しにしてみました。が、少し文として変な感じになってしまったかも知れません。修正の候補として頭に留めておきます。

対雁など難読語についてはルビを振っていたのですが、ワードから転送したときに全て消えてしまったんですよね…。申し訳ありません。この先はなるべくカッコ書きで追加するように致します。

>裁神。う〜ん、この言葉が眼目なのでしょうが、前段がすごくリアルだったので、突然ファンタジーの世界に入ったような感じですね。まあ、今後の展開にもよるでしょうが……



私はあくまで創作物語として描くつもりで、ざっくりしたジャンルでいえばアクションになる予定です。詳細に書きすぎてノンフィクションと勘違いされる方もいらっしゃったので、裁神は私としてはむしろフィクションであることをアピールするための言葉でもありました。しかし今後の展開も史実ベースで続くため、どこまでフィクション要素を入れるかのバランスで非常に悩んでいます。

>ここに投稿した作品と公募作品は異なるのでしょうか?



私はそうする予定です。賞によっては非営利であっても掲載してはいけないものもありますが、このサイトは3ヶ月くらいで上げたものが自然に消滅してしまうので、応募する頃には問題なくなっていると判断しました。

貴重なご意見助かります。2週後に続きをあげるので、また気が向いたら見てやってください。

日程
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ライダー様

前回に引き続きありがとうございます。

>秦野が自分の職業と立場に大きな疑問を感じていることは、今まで読んできた読者にはもう、わかっているように思います。

なるほど。書きすぎたかもしれません。一人で書いていると、読者が今登場人物のことをどれだけ理解しているのか分からなくなるので、こういった意見はとても参考になります。

> 9歳の子供が「文化という文脈の中で決定づけられる」なんて言うでしょうか?本からの引用のように聞こえます。

そうですね。聡明な子として描きたかったのですが、これはやりすぎでした。子どもらしいモヤっとした感じを目指して再考します。そしてこの台詞は成長後のシーンに回すことを検討します。

>同じように重要であるはずの、秦野と父との関係が少し薄いように思います。秦野は良く父と漁に行ったのか、母親はまだ存命なのか,兄弟はいるのか、等、おおざっぱにでも知りたいと思いました。この第二章を読んで、そもそも、なんで秦野は看守になったりしたのか、興味が湧きました。

一番気にしていたところを突かれました。正直に言ってしまいますと、この章は物語の下準備の側面が強く、あまり気が乗らなかったのでつい書き急いでしまいました。父母は本筋に直接関係しないので多くを費やすつもりはありませんが、流石に加筆すべきだと感じています。

私がなんとなく気にしつつも流してしまった箇所を的確にご指摘頂き本当に助かります。次章はまた舞台が監獄に戻ります。前半の中では一番勢いのある回になりますので、見てもらえると嬉しいです。

日程
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5150様

お久しぶりです。またこうして感想を頂けることを嬉しく思います。

>物語上の流れとなる二つの文、上の文については記述がずいぶんとあとになって出てくることと、下の文との流れの中で、置かれた距離が近くて、すぐに2が始まったので、ちょっと混乱ぎみで読み進んだこと。

文を何回も出したら引いたりを繰り返しているうちにおかしなところが出てしまったようです。ご指摘感謝です。修正します。

> それでこの物語は、もしかしたら日程さんがずっと以前からあたためていた物語なのかな、なんてふと、頭をよぎりました。さすがに極寒の描写はすごくよかったです。蓄積された相当の知識が、上手く自然に小説に散りばめられているのは、出身地だからでもあり、前々から興味があった事柄なのかな、なんて思いました。

実は出身ではなくて越してきただけの者に過ぎないです(笑)
構想の動機は網走刑務所を訪れたときで、樺戸・空知・釧路・網走の地獄のような囚人労働を知って、「描きたい」と強く思いました。幸い北海道の図書館には今では絶版おなっている開拓史やアイヌ関連の書籍が山ほどあり、資料には困りませんでした。

> 踏み込んで言うなら、歴史上の正確な記述みたいなことは読む方では一向に構わなくて、ドラマの部分を感じたいということが一番です。

実は私もそうです。そのため個人的にはフィクションを混ぜてでも面白くしたいと考えています。正直ノンフィクションでも書けるくらい史実を調べた自信はありますが、残念なことに私が参考にした本の殆どが絶版に近い状態になっているわけで、そのまま史実を抜き出す意義は見出せませんでした。なにより私は小説が好きなので。バランスが本当に難しいですけれど、歴史と小説(フィクション)の両方に敬意を払って書くつもりです。

>さて、これ以後の続きを書かれているはずですが、心配はまったくしてないんですよね。日程さんの過去作品はほとんど読んできたし、感想も書いてきたので、特に最近のは、よく練り込まれたストーリー重視型の作品ばかりだったので、むしろ、期待感で一杯です。

ありがとうございます。私のやり方として全て最初に、進行をガチガチに決めてしまってから書きだす主義だからかもしれません。私的に今一番怖いのは、知識不足と筆力不足による挫折です。

>以前の返信欄で、公募作に携わってます、みたいなことが書いてあったのが思い浮かんできて、ああ、これなのかな、なんて思ってしまいました。

はい、これのことでした。確か資料を漁り続ける精神的にキツい時期でしたね。5150様はあの時の作品は無事に完成できましたでしょうか?公募用の作品でしたよね。

> ちなみに、言うまでもありませんが、これまでごはんで読んできた日程さんの作品の中で、御作が間違いなくベストだときっぱり断言できます。

素直に嬉しいです。ありがとうございます。完成されられるよう尽力します。

最後に青木様にもですが、字下げについて色々と教えてくださりありがとうございます。無知でした、助かります。

脱ぬるま湯
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第一章について書いてみます。

>鳥猟では獲物が穴だらけになるから剥製を作りたいなら向かない
「アイヌ犬は使わない方がいい」って意味でしょうが、表現がわかりづらいと感じました。

>アシリレラはまだ九歳だ。三つ上の十二歳の自分
この設定で後段の
>彼女は奉野の答えを予測していたようで、言いきらぬうちに否定した。
「人は一度自分の行いを肯定すれば、何でもすることができるのだと感じた」
「何を言っているんだ?」
「善も悪も最初は存在しない。すべては文化という文脈のなかで決定づけられてしまう」

のアシリレラの発言は違和感を感じました。九歳の女の子らしい言葉が必要でしょうね。

>トリカブトという植物
トリカブトは有名なのでよく知っていると思うので、「という」はいらないと感じました。
これは私の感覚ですが、このような細かいところでも審査する人が引っ掛かったら、強く印象に残るんだなあと思いました。せっかくゆったりと歩いてきるのに小石に足を引っ掛けたって感じでしょうか。今まで見ていた素敵な景色とか忘れてしまって、小石に意識が集中するようなものですかね。私自身、注意しなければと思いました。

>萩之進はアイヌと和人の間に生まれた特殊な子供であった。
和人は振り仮名がないと「ワジン」としか読めませんが、「シサム」と読ませるのか「シャモ」と読ませるのかでまったく雰囲気が違いますね。

>イナウで着飾った大人たちが火の神カペカムイに酒を捧げ祈り
このままだと「イナウで着飾った」と読んでしまう。「着飾った大人たちがイナウで」の方が意味が伝わるでしょう。

>この子は時々人間の全てを否定するようなことを言う。
前の部分で、その理由がもう少し欲しい感じがします。突然、この言葉が出てきて不思議な感じを持ちました。後半には謎が解けるのですが……

>シリㇰライナゥで完全に息の根を止める。
この場面はイヨマンテで一番神聖な場面と思うので、もう少し書きこんでもいいと思いました。

>「やむを得ない」「何ですかやむとは!」
>いつ渡そうか考えている間に、酷いことになってしまった。
もう少し書き込んでもいいと思いました。

以上、感じたことを書かせていただきました。感想を書いてみるのも自分の勉強になりますね。いい機会を与えていただき、有難うございました。

これからの展開が楽しみです。

実は私は「南方文学」を書きたいのですが、なかなか難しいです。

川越宗一の直木賞受賞作品『熱源』を読み始めました。

日程
133-106-77-85.mvno.rakuten.jp

脱ぬるま湯様

最後まで読んで頂きありがとうございます。返信遅れてすみません。

> 「アイヌ犬は使わない方がいい」って意味でしょうが、表現がわかりづらいと感じました。

その通りですね。修正します。

> アシリレラの発言は違和感を感じました。九歳の女の子らしい言葉が必要でしょうね。

完全にやり過ぎましたね。こういう初歩的なミスには慎重にならないといけませんでした。

> トリカブトは有名なのでよく知っていると思うので、「という」はいらないと感じました。

友人に知らない人がいたもので、付け足したんですけどやっぱり要らなかったですかね。

>和人は振り仮名がないと「ワジン」としか読めませんが、「シサム」と読ませるのか「シャモ」と読ませるのかでまったく雰囲気が違いますね。

そうですね。シサムが一般的なので統一しますね。

> このままだと「イナウで着飾った」と読んでしまう。「着飾った大人たちがイナウで」の方が意味が伝わるでしょう。

正確にはイナウで着飾ってもいるのですけど、複数の読み方ができる表現は避けるべきでした。

>前の部分で、その理由がもう少し欲しい感じがします。突然、この言葉が出てきて不思議な感じを持ちました。後半には謎が解けるのですが……

これは読み手の気持ちに慣れていなかったですね。時々立ち止まって読み返してみるべきでした。

> この場面はイヨマンテで一番神聖な場面と思うので、もう少し書きこんでもいいと思いました。

なるほど。しつこいかなと思ったのですが、それならむしろ全然書き足せます。

>「やむを得ない」「何ですかやむとは!」いつ渡そうか考えている間に、酷いことになってしまった。
もう少し書き込んでもいいと思いました。

自分で読み返し、雑さを感じました。大切なところなのでしっかり書き直したいと思います。

貴重なご意見ありがとうございました。第一章で自分が不安に感じていたところをすべて言語化していただいた気持ちです。本当に助かります。
『熱源』は読み物としてかなり読みやすくできていて、私としてもたくさんの人にお勧めしたい一冊です。

脱ぬるま湯様は南方文学ですか。かなり大変でしょうけど是非頑張ってください。

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