ランタンフェスタ
〇 はじまり
「ってーことで、ウチの若手のホープがねー」
わたしの店、ランタンショップ「桜花」で、モリケンの愚痴の連打が続いている。
「スゲー腕してんだけどな、最近チョーシに乗り過ぎッてやつか? 下手すると腐っちまう」
「あんたみたいにね、モリケン」
その愚痴にとことん付き合ってあげているのが、このわたし。小さなランタン屋の小さな店長なのだ。
ちなみにモリケンはこの国の十指に入る「森井堂」のちょーえらい親方だ。まぁ、大きいなりに大きい苦労があるんだろう。わたしは直ぐにガス欠するから、小さな荷物で良いのだが。モリケンはそれにも関わらず愚痴を言い続ける。ねっ! なんか殺しちゃいたいと同時にカワイイとか思わない?
「闇から光を灯すところなんて、ゾッとするんだけどな」
写真越しでも伝わる、ヤバさ。
「そりゃ、ゾッとするねぇ、ハハ」
「前は可愛げのある弟子って感じだったけど」
「お弟子さん一杯だもんね、森井堂。わたしの桜花にはアルバイト一人だけなのに」
「意外と似たような思いするかもしれないぞ」
「うーん、弥子ちゃんはわかんないんだよねー。上手いのか下手なのか。でもわたしの好きな色のランタンを作ってくれるよ」
「俺の弟子は好きどころか、理想としているような赤を作っちまうからな」
森井レッド、モリケンの作る一連の作品の代名詞だ。その赤でモリケンが負ける?
「いやぁ、ゾゾゾゾーンとするわー」
わたしの脳内には、ベートヴェンの運命が響いていた。
「そんで、今回のコンテスト、竜王杯、圧勝しちゃうだろうなぁ」
「ハハハ」
「あんたが出なければな」
「いやー、ウチのはコンテスト向けじゃないんで」
「いやいやいや」
「いやいやいやいやいや」
そんな応答にやって来て、水か光か、なんだか良く分からないものを射したのが、バイトの弥子ちゃんだった。
「わたしも出たいですー」
「えっ? 本気?」
「はいはい、もうここに来て3年。ヤレル気がします!」
モリケンは陽気な顔で、イェイとでも言いそうな顔で
「乗ってるねー。3年なんてミラクルルーキーじゃないか。ウチのホープでさえ7年もかけたのに」
わたしはニヤリと笑う。
「案外、勝っちゃうかもね、どうする弥子ちゃん?」
「わー! はいー。はいはいはい」
そんな返事に、モリケンは苦笑しながら
「じゃ、やってみよっか。師匠同伴ってことで。俺とホープとあんたとバイト」
「失礼なー。弥子って言うんです。超有名人になるかもですよ。あそこのパティシエみたいなケーキ屋さんみたいなランタンショップを作っちゃったり……」
わたし、桜は、まー、こう突っ込む。
「つまりわたしが地味だと。悪かったわね」
モリケンも苦笑するような、やっぱバカ笑いみたいな。「はははは」を返す。
なんだか知らぬ間にモリケンの意のままに操られているわたしだった。
〇 わたしのケース
竜王御室。ランタンの街、ここでも最上のギャラリー。最古の歴史と最新の技術を結集させたランタンミュージアム。誰もが憧れるところ。わたしはもう関係ないと思いつつ、やっぱ憧れちゃうな。
五千円のチケットを買い、室内に入る。照明は殆どなく、日中の昼下がりに闇と出会う。時折目印となるランタンが道標のように置かれる。そのランタン自体、一流の職人の、魂を込めた一作。わたしは6回ここに挑み、2回だけここに加われた。と言ってもやはり前座のような、カルボナーラの前のサラダというか。嬉しさよりも悔しさが……。また同じ想いをするのか。モリケン、佳作でも、最優秀作でも取れたあんた。どうしてわたしなんかに。苦しいよ。辛いよ。
その色どりの中で、ミュージアム最後にコンテストを優勝したランタンが置かれ、その周りに佳作が何点か置かれる。
プリズムのように輝き、だが注視していると波のような満ち引きがある。山田組のテレビでも出ていた、仕事の流儀という番組で、その彼の作品。実物で観ると何百倍も美しい。美しいと思わせるミュージアムのランタンの光の配置。背後に置かれた佳作の援助。その佳作にはモリケンのものも。
わたしの柔らかい、時に優しすぎると呼ばれるランタンでは中央のスペースを埋めきれないくらいの闇。
真っ暗な中でこそ、輝けるエネルギー。根性だったり、向上心だったり、そういうのと距離を置いたわたしでは……
〇 弥子ちゃんのケース
わたしはギャラリーに向かってみました。
途中でお腹が空いたので、豚骨ラーメン半チャーハンセットをほうばりました。チャーハンが少し焦げていて、その焦げ目がむしろグッドジョブ!
さてさて、竜王杯の行われるギャラリーを訪れたわたし。チケット5000円? 高っ!
いや~。驚きました。通路に置かれるランタンも物凄く綺麗で。師匠が話してくれただけじゃ分からなかった。見ると感じるは違うんだって。
でも、師匠だって、今の師匠ならこれを超えるものを作れそうだって。師匠? 優勝してくださいね。きっと繁盛店になって、店員も増やしたりして。でも、それで良いと思うんだ。師匠のランタンは時代の波と共に消えて欲しくないから。なんてマジモード。
そう思って、メインゾーン、優秀作を観たら。ドカーン。えー! すごすぎでしょー! わー! オバケだ! お化け屋敷だ!
〇 わたしのケース2
地元のマイナーな海洋系ファミレスにて。
モリケンからホープ。名の通り、野田望という、その人のランタンづくりの動画が送られた。衝撃だった。その子はまだ十代なのに、二十代のわたし、いやモリケンよりも鮮やかな森井レッドを放っていた。ギリギリの水平線の夕日のような。
聞くところによると、望ちゃんは、とある大御所のランタン商の三人目の子で、しかも女の子。見込みがないと見捨てられたところを、モリケンが拾った形。それから七年をかけて、森井堂の裏方になって働いていた。
ただ、わたしのショックはそのランタンの鮮やかさだけではないのだ。彼女が憧れを抱いて、ひたすらにモリケンの色に近づいているところ。何時か超えようとしているところ。それは恋なのかなと思うと、少しセキをしてむせてしまった。
わたしも知ってしまった。何時か森井レッドは希望の炎、ホープフレアに取って変わられる。いや、なんか厨二っぽいネーミングでごめん、モリケン。モリケン……誰よりも優しいから、苦しいんだよね。
「ハンバーグドリアでございます」
ドリアの上には焼きたてのハンバーグが乗っている。ドリア全体からもポコポコチーズが踊り、コンガリと色づいている。
でも、今は食べたくない。
そんな強烈なホープスター、希望と共にタバコになりそうな、彼女をどうやって導くのか。どんな壁を、その先を、未来を見せれるか。
わたしに出来ることはない? 応えることはある? 1ミリでもない?
わたしのランタンは生活の中で埋もれて消えてしまうものだ。そうだと思う。そう信じていた。でも、時代の中で何が出来るのか。そんなこと、わたしには重すぎだけど。それでも……
冷めきったドリアはそれでも、それなりに美味しく、期待外れでもなく期待以上でもない美味しさを届けてくれた。
バイトの会計に「ごちそうさま」といって、大げさになり過ぎない程度の会釈をして店を出る。わたしは……わたしは……お父さん……もう居ないお父さん……わたしは……。
〇 弥子ちゃんのケース2
「赤?」
「そんな派手なの、弥子ちゃんには合わないよー」
「じゃあピンクは?」
「何か性風俗みたいで苦手かな? パステルピンクは難しそうだし」
困った。困った。そりゃあ困るぞい。
「じゃあ、師匠、何色が良いか教えてくださいよー」
「そこは自分が考えないと」
「だってー、わたしこの桜花に来て、師匠の作品、いろいろ見てきました。時にはコバルトブルーだったり、茜色だったり」
わたしは自分でもわけわかんないジェスチャー、たぶんクネクネジェスチャーをして
「師匠は一杯引き出しがあります。その一つぐらいは伝授してはどーです?」
すると師匠は何故か痛そうな顔をして、でも次にニッコリして
「ははは、そーゆーの器用貧乏って言うの。森井レッドのような必殺の色が無いとね。わたしのそれじゃ、一流になれない」
わたしは不思議な顔をして
「なに言ってるんです? わたしには師匠以上に一流の人、一所懸命な人、いや、なんていうんですかー、綺麗な流れ方をするランタンを作る人、見たことありません」
師匠はトイレに行ってくると言って、そのまま行ってしまった。
〇 モリケンのケース
森井堂はずっと昔から伝統と格式のある由緒正しき店だ。
だから、若店主と言われるまで、ある時は神童、ある時はスーパールーキーと呼ばれ、ついに店を継ぐとともに、森井レッドと呼ばれる武器を手に入れた時。
嬉しいというよりも、少しだけ皆に応えられた、責任を果たせたという想いが強かった。
だが赤は、紅は女の子のための色でもある。ランドセル、口紅、ストロベリー、情熱の赤も冷めつつある自分は、この土俵で戦い続けたら、何時か負ける。
誰に?
野田望に? うん、そう遠くない時期に負けるだろう。
だけど本当は?
あいつにだろう?
なんだ結局は惚れちまったのか。あいつとあいつのランタンに。
〇 わたしのケース3
弥子ちゃんがしつこく聞いてくる。
あの粉雪みたいなランタン、あのヒマワリみたいなランタン、サボテンみたいなランタン。
どうやって作ったの? って。
それが実は嬉しかったりする。展示することなく、消えていくランタンだけど、こんなにも近くで覚えてくれる弥子ちゃんがいるんだ。少ない幾人かだけど、笑ってくれたんだ。
だからわたしはヤバいくらいイタズラな提案をしてみた。
「だったら、今までわたしが作ってないもの、見たこともないものを作ってみてよ、弥子ちゃん!」
〇 わたし、駒沢桜のケース
モリケンからの手紙にはこう書いてあった。
「オレ、やっぱり森井レッドは辛いわ。よく耐えたもんだ。オレ、オレンジで行くよ。お前はお前の色を探せよなって。なんちゃって。もう生まれる前から背負ってるか」
そう、わたしの店の名前は桜花、わたしの名前は駒沢桜。白に少しだけ紅を添えた桜色。わかったよ、とだけ返信する。
ウチの屋名の「桜花」。お父さんがつけた名前。だからか、ウチには桜色の元となる色付き小瓶が何十とある。わたしも出来るだけ、桜色は取りそろえるが、ウチのお父さんは沢山の桜色を片っ端から収集していた。そのまま潰れてしまったようなそんな店のものから、今では教材となるような王道のものまで。
うん、お父さんも苦しんだのかな。「桜」、を追求するには、男はやっぱり。だからわたしに託したのかな。いろいろな技術を風景を夢を。そして敢えてわたしを突き放し、修行をさせ、そして帰って来るのを待ってくれた。一緒に店を営んだのは2、3年で、父は胃ガンで倒れて、そのまま病室で少しずつ弱っていったけど。あの時のお見舞いの桜色のランタン。思えばあれ以上のものをわたしは作れていただろうか。
色は王道の8番。それに今は無き無限亭のA3、こちらは細々と続いている馴染みの春風屋のS1。
何回も何回もいじってきた。
森井堂、モリケンが変わろうとするのなら、それに桜花のわたしの全てをぶつけて、いや委ねてみよう。わたしだからこそ出来る、わたしの最高の色を与えてみよう。
3つの色のビンをゆっくりと開け、空気に馴染んだところで、柔らかく抱きしめるように体全体で覆う。そこからハイハイのようなチャイルドポーズをして、両手いっぱいに光を集めて、再び立ち上がる。ゆっくりと時間をかけて。チェリーブロッサム。色が開花するまでゆっくりと。
出来た!
この形に留めようと急ぐ。だが慌てる事ではない。わたしはよく転ぶから。転ばないように、軽く駆け足で。まとめる。
出来たランタンの光は、どこか青さが残り、それも含めてわたしらしい感じだ。なんて呼ぼう。桜前線? 春風? うーん、そよ風なんてどうだろう?
〇 竜王杯 展示会
入口に燃えるようなランタンが置かれている。まるでこれから火事が起こるような、情熱を秘めた赤。客の殆どが森井堂のものと予想し、それは奇跡でも何でもなく当然のように当たる。しかし、その作者名が野田望。何が起きた? 革命でも起きたのか? ただ新しい時代が来たと、心が激しく揺れた。
歴史が変わる瞬間へ。ただならぬインパクトを受け、観客たちは歩を進める。他の作者の道しるべとなる一級品でさえ、心に留まらず、ただメインホールへと彷徨うように。
優秀作は何だ。良く見知った通りを、初めてのデートのような心で、ドギマギとワクワクを込めて歩き続ける。
竜王の間。
そこを染める柔らかなオレンジ。僧衣のような、日の沈むような、いや夜明けのような、形容も比喩も役に立たない、柔らかな色。柿というよりビワに近い。艶っぽい。後に森井オレンジと呼ばれる色。それが微妙な色合いで、揺れ続ける。夏休みの終わりにみたオレンジの夕焼けのようにいつか消えそうな瞬間が、少しずつ足たされていく。
その背後に佳作として「桜花」の少し淡い、頼りないように見えて力強い、八分咲きのランタンが配置されていた。
お互いに足りないところがある。森井オレンジはまだ粗削りだし、桜花の桜は儚すぎるきらいがある。
だが二つが合わさることで、何か、何か空間に闇色にパッと咲く光が灯る。何よりも二つともお互いを思いやっているような他に入り込む余地のない美しさがある。現に従来ならば数点選ばれるはずの佳作は、「桜花」ただ一つだけがそこに運ばれていた。
主催者側は異例のダブル優秀作として展示したかったが。そこは「桜花」の店主、桜の談。
「わたし、やっぱりこう言うの苦手。不器用でも貧乏でもいい。お客さんが一番、喜んでくれるランタンを作りたい。今回のケースは、お客はモリケンね」
モリケンも笑う。
「佳作が一つだけって珍しい? 良いんだよ。これ以上、オレのランタンを輝かせるもの? 他にいないだろう」
〇エピローグ
しかし、最も審査員たちを悩ませたのが、異常に透明で、シースルーのような青い炎をまとったランタンだった。
一時は佳作にしようか迷ったが、それでは「ランタンショップ桜花」の名が上がり過ぎてしまう。
かと言って通路に置いても、普通に通り過ぎてしまうような、そんな淡さ。
ということで予選落ちと相成った。
だが、ある審査員は言う。
「いつか、森井堂と桜花、タイマンバトルを観たいね、いや、合作とか共作とかかな? うん、そういうのだね」
執筆の狙い
感じで想ったことを、伝えていただければ嬉しいです!