作家でごはん!鍛練場
5150

小説にかける人たち

 夜勤を終えて帰宅するときが一番心地よかった。朝の人がまばらな電車に座れて帰れるのが嬉しい。たいがいの乗客は通勤途中であるから、どことなく表情も頑なだ。小野康二は反対に、弛緩した顔をしていた。仕事を終えて疲れているというのもある。脇に置かれた鞄には警備用の制服と帽子が入っている。
 家の近所のコンビニで昼食を買っておくことにした。帰ると、まず一番にシャワーを浴びてから、眠りにつく。アラームをつけないでいいのが嬉しすぎる。疲れてなければ、だいたい午後の早い時間帯で目が覚める。それからコンビニ弁当をチンして食べて、次に、ワンルームの机の上のパソコンのスイッチを入れる。
 書きかけの小説をそうやって、軽く一時間くらいは集中して書いた。その日に警備の夜勤が入っていなければ、一時間よりもっと長くパソコンの画面に向かい合ったりもした。
 康二は二十八歳。地方から出てきて、都内の大学を中退して、今は警備会社で働いている。やりたいことは一貫して小説家になることだった。大学へ行ったのは、とりあえず親のためだという部分が大きかった。大学を辞めて警備会社で働き、小説家を目指すことにした。実家へ帰ったときに、そう母親に言ったら、涙声でこんなふうに返された。
「せめて大学くらいは出ておくようにと、わたし一生懸命働いて、お金貯めたんだからね」
 母は田舎にある実家で、小さな美容室をやっていた。父は出ていっていない。
「大丈夫だよ、一人でするから。警備会社といっても大手だから、給料はいいんだ」
 確かに給料は悪くなかった。康二が一人でやってゆくくらいには十分すぎるくらいだった。それに今の常駐先がけっこう気に入っていた。都内タワマンの常駐。夜の時間帯は管理会社のかわりに警備員だけになる。一人で座っていることも多いので、小さな文庫を忍ばせて、勤務中に本を読むことが可能だった。
 そうやって康二は公募のための小説をせっせと書く生活をしていた。いいと思う小説の形があり、それを追いかけるように言葉を埋めていった。時に書くということ自体が苦痛に感じられた。いや、だいたいは辛いと思うばかりで、楽しいと思ったことはほとんどない。それでも、書いた小説の一番最後に、了という字を打つと、大きな達成感だけは得られた。
「これはすごいぞ。いい小説が書けた」
 得意顔で友達に見せると、たいがい浮かない顔をされるし、どうだったという感想を求めると、はっきりした返事は返ってこなかった。
「まあ、いいと思うよ。っていうか、あんまりこういうの読まないんだよね」
 書いた直後に感じられた、大きな自信のようなものは、そうやってどんどん小さくなっていった。ならば、出すところに出すまでさ、と賞に応募しても、ただの一度として通過したことはなかった。
 何度も何度も繰り返し応募しても、懲りなかった。求める傾向とは違ったタイプの小説であるか、あるいは、どうせ下読みが怠けていたんだろう、とばかり思っていた。受賞した作品に目を通すと、たいがいは、なんだこんなつまらねえものが受賞してしまうんだと、いつも首を傾げていた。
 そうして同じことが何年も続いた。康二は焦る気持ちはあったものの、いつか、何かの歯車さえうまく合いさえすれば、受賞することは間違いないと、頑なに思っていたのだった。
 
 いつしか三十代を半ばも過ぎてしまった。
 同じような毎日の繰り返し。勤務先もずっと同じのままだ。タワマンの住民人とも顔馴染みだし、管理会社の人たちともうまくやっていた。相変わらず勤務中に少しだけ文庫本を読み、家に戻ると、小説を書く日々だった。といいたいところだが、年々と書けなくなっていた。
 意欲だけはあった。けれども、どうにもやる気にはならなかった。ついYouTubeで暇を潰した。執筆に当てた時間をだらだらと見ていることが多くなった。ネタ探しといういい訳だったが、けっきょくはいつも、どうでもいい動画ばかり漁って時間を潰した。
 会社ではボーナスも出る。正社員なので待遇は悪くなかった。目標に掲げていた作家になってやるという年齢の設定が、三十五歳だった。でも、その歳は過ぎたし、受賞どころか、一次通過さえしたことがなかった。
 ふと考えることがある。どうして作家になりたいなどと思ったのか。作家になって、ただ他人や友人たちを見下したかっただけではないのか。そんなふうに思えることがある。
 書きたいことが、なかなか見つからない。というか、何を書いたらいいのかさえ、もうわからなくなっていた。
 
 康二はネットでの小説投稿サイトを利用して、マンネリ打破に努めた。とてもよいサイトを見つけたと思った。これまでわからなかった自作の欠点や足りないところ、そんなことまで的確に指摘してくれた。登録制だったが、あまりの素晴らしさに即アカウントを作り、利用料も払った。
 康二は思った。なんだ、どうしてこんな便利なサイトを今まで使わなかったんだろう、と。それはまるでスマートフォンのように究極的に便利だった。投稿するだけで、大勢いる読者が、アドバイスを書いたり、ときには添削までしてくれるのだ。
「面白かったです。また読ませて下さい」「とてもいいストーリーを書きますね。次も頑張ってください」「また投稿したら読ませていただきます。すごくよかったです」
 こういう感想が送られてきて、いい気分にならない方がおかしい。康二はやはりこのサイトを利用できてよかったと、心底思えた。
 もちろん、こういう好意的な感想ばかりではない。中には的確に、ズバリと作品の芯を貫くことができる批評家もいた。論理的に、わかりやすく、言葉にできないことを言語化して、批評してくれる人が多くいた。
 一部には年を重ねるとともに、犬みたく発達した嗅覚で作者像を判断して、これまた訳のわからない感想を送ってくる輩も中にはいた。こういうタイプの感想者を、康二は不得意としていた。というか、ほとんど耳を貸さなかった。
 このサイトでは感想者同士では意見の交換は基本的にしない。読者から作者へという形が通常だった。
 癖の強い感想者の本意を掴めなかった。論点を理解できたと思うことがほとんどなかった。厳しい言葉に包まれているというのもあるし、そもそもそこまでのレベルに、康二は書き手として達していない、からなのかもしれなかった。
 投稿の常連となり、感想者の常連さんたちとも絆のようなものができた。このサイトに加入してからというもの、ときに襲われる無性の虚しさ、あるいは書くことを継続できない苛立ちと、書くことでことで生じる苦痛からも、それとなく逃れることができるようになっていた。公募に小説を送ることはもうしなくなっていた。
 年に一回のオフ会の誘いがきた。投稿者と感想者で顔合わせができる機会だ。このサイトでは感想者はだいたい半年くらいで、半分ほどが入れ替わる制度をとっていた。何人かの感想者とはプライベートの付き合いもすることもあった。
「仲間がいると思えたことが一番よかったことです」と、康二はオフ会で、みんなの前でそう答えた。たいがいの人はいい人だった。
 その夜、康二は有給を当てて、飲み会に出席して、みんなで記念写真を撮った。小説が好きな仲間で集まるのは素敵だ、と思った。
 みんなで撮った写真を見ると、自分の顔がやけにぽっちゃりとしていて、腹もずいぶんメタボになっているな、と苦笑した。オヤジだと笑われたところで、一概には否定できない年齢になっていた。

 オフ会が行われた、ちょうど一週間後。夜勤が入っている日ではなかった。最寄りの駅を降りると、小雨になっていた。チェック柄の傘をさして歩き出した。

 ※※※※※

 傘をさして歩く康二の後ろを、ぴったりとつけてくる女の姿があった。
 
 わたしは雨の日は好きなんだよ、と女は呟いた。イッツ・レイニー・メン・ハレルーヤ! 吐いた白い息が夜の空気に溶けてゆく。風はない。雨は、女の身体を覆っているウインドブレーカーを弾くのではなく、滴っていた。人通りのない道に差しかかる。
 目の前の五メートル先には、チェック柄の傘を傘をさした男が歩いていた。最寄りの駅からきちんとつけてきたので間違いはない。見知った男ではなかったが、認識はきちんとしていて、人違いだということはありえない。
 歩いても音のしない黒いスニーカーを履いていて、黒のウインドブレーカーを羽織ってきた。後ろで縛った髪の毛を、フードに入れて、頭から被った。腰につけてあるポーチの中にあるものを確かめる。準備はオーケー。周囲を確認して、人がいないか確かめた。
 歩いていた速度をやや速めて、傘を持っている男に近づいた。ほとんど走っているスピードと同じになり、対象の人物へとめがけて、一直線に走った。身体はとても軽く感じられた。さっと腰のポーチから、素早く催眠スプレーを取り出した。
 さらに近づく。そして、その人物目がけて、言葉を投げつけた。
「あなたね、小説を何だと思っているんですかー。ほんとに真剣なんですか。あんたみたいなくだらない男って、虫酸が走るのよね」
 やけに甲高い声の女は、傘の男が振り向いたタイミングで、催眠スプレーをかまえた。
「おい、こいつ、何いってんだ!」
 シュー、とスプレーを噴いた。
「うわぁ、ちくしょう、何しやがるんだ」
 そうして男が顔を手で抑えて、道路に蹲っているところに、女はどんと足をついた。さらに跪いた格好になっている男の、腕に向かって、小型ナイフを向けた。
  女は素早くナイフを振りかざした。着ていた男のシャツが破れた。
  腕の部分から血が流れていた。
「うわああ、お、お、お許しください。持っているものは何でも出しますから。助けて下さい」
 女は男を見下すようにいった。
「小説をナメちゃあいけねえな! さっさと小説書くことから辞めてしまいなさいよ!」
 そういい残すと、女は駆け足であっという間に、その場から消えてしまっていた。

 ※※※※※

 佐伯恭子は、二十二歳のときに子供を産んだ。世間ではまだ遊びたい年頃だった。なのに恭子は一人で家にいて、育児、育児、育児に暮れる毎日を送ってきた。夫は働いてばかりだ。でも、息子も十四歳になった。手が離れる時期だ。いや、親が手を離すところは離さないといけない年頃だ。
  生えてくる髭、伸びる身長、生意気な口をきくことも多々ある。でも、それは同時に、大人に近づいてゆく証でもあった。頭ではわかっている。息子の圭太は不器用だし、要領が悪い。
 果物ナイフを上手く扱えなくて、リンゴを剥くときの危なかしい手つきとかに、つい幼少の面影を重ねて見てしまう。ついこの間まで、シャンプーさえ自分ではよくできなかったことが思い出される。恭子は思った。それじゃあ、増える自分の白髪を見て、年齢のことを無意識的に考えるのと同じことじゃないか、と。
「もうすぐ母さんの背を越すね。もう少しだ」
 そんなふうに圭太から面といわれると、嬉しいのやらそうでないのやら、複雑な気持ちになってしまう。
「宿題はもうしたの? 終わったのなら、いつまでも起きていないで早く寝なさいよ」
 そんなふうについ出てしまう圭太への言葉も、なんだか小学生にいうような文句だな、と恭子は思いつつ、つい口から出るのに任せてしまっている。
「おい、圭太、今度また将棋でもするか?」
 恭子の夫、慎二は、息子の圭太にいった。圭太は、うんと、目を輝かせてうなずく。恭子は圭太が、自分のいうことなすことに嫌な表情を見せるのに、慎二の場合だと上手く息子に興味を持たせてやることができた。
 父親だからねという思いには、少しだけ母親としての嫉妬も混じっているのかもしれない。仕事でいつも家にいないくせして、と恭子は意地悪に思わないでもない。
 自分の妻にはそういうふうに違うものへと、目を向けさせる配慮に著しく欠けている、というのに。せいぜいが半年に一度くらい、外で食事にいこうか、と誘われるくらいで実際には出かけたためしがない。
 もっとも、圭太の友達の母親に話を聞けば、それは恭子さん、あなたはよい主人に恵まれているのが、わかっていないからよ、などといわれてしまう。
「ウチなんか、食事なんて子供が生まれてから、一度もいったことないわよ」
 そんなものなのかなあ、と恭子は思う。たまにだけれど、自分はもう家族にはお手伝いさんくらいにしか思われていないのか、なんて考えてしまうことがよくあった。

 そのためというわけでもないのだろうが、恭子は余った時間に、ちょこまかと小説を書くことにしてみた。学生時代を懐かしく思い出しながら。
 恭子が圭太と同年歳くらいのときは、クラスの異性を眺めるよりか、図書館で本を読んでいることが好きだった。実際の男の子よりも小説のキャラによく恋したものだった。純文学もエンタメも同じように読んだ。
 真似事で小説を書いたりもした。そのころのことを思い出しながら、書いてみようと思い立ったのだ。いわゆる趣味だった。けれど、性格的に趣味でゆるゆるとするのは好きではなかった。
 いくつも書いた。読んでくれる人が欲しかったので、小説投稿サイトに入会して、批評をつけてもらうことにした。自分の人生での体験はごく普通すぎるので、小説のストーリーはその反対で、なるべく動きのあるものを好んで書くようにした。主婦のそのままの生活とか、子育てのブログのような小説を忌み嫌っていたからだ。自分の生活とは切り離して、想像を膨らませ、別世界のことに筆を走らせた。
 何年かたち、一応書くことには少し慣れてきたかな、という自覚も少し出てきた。にもかかわらず、書く物語はいつも芯が抜けているような気がしてならなかった。よく書けてますね、よかったです、とたまに書いてくれる人がいたが、それでも人の心を動かすには程遠いものばかりだった。もっとも恭子は、そんなふうな小説を自分で書けるなどとは思ってもみなかった。
 二十歳くらいのときは、小説に書くことにのめり込みすぎた時期があったが、公募に作品を送ってもまるで引っかからないのに嫌気がさして、熱は冷めていった。
 やるからには真剣に、書くには書いた。けれども、せいぜいがそこまでのレベルだった。

 あるとき、学校が舞台の三人の男女の青春物語を書いた。真剣に書いたし、推敲も書く時間よりも多くの時間を費やして、念入りに行った。自分の中ではそれなりの手応えを感じた。
 しかしながら、感想者からはあまりよい返答が返ってこなかった。感想者のある人は、恭子に堂々と説教をした。
「あなたの作品はいつも読んでます、しかしながら最近の作を読むと退屈であくびが出てしかたありません。気合いを入れて書いたのはわかるんですけど、力を入れれば入れるほど、芯からどんどんと外れてゆくんですよ。わたしのいっていること、わかりますか? 読む人は言葉を通じて、その人の品性と姿勢を嗅ぎとるんですよ。御作はこれまで読んだものの中でも最低の部類に入るものです。このまま惨めな醜態を晒し続けるより、もういい加減、書くことをやめたらいかがでしょうか?」
 恭子はカチンときた。ここまで貶されることは初めてだった。しかも堂々と辞めたらどう、なんて文句を平気で書いて送ってきた。恭子は悔しくて悔しくて、その酷評を一週間くらい引きずっていた。
 だから、よけいに力を入れて、次作を書いて掲載した。すると、今度は同じ感想者から酷評どころか、さらに品格のない走り書きが送られてきた。罵詈雑言だ。次も同じだった。その感想者からの言葉はより下品になっていった。サイト側にも抗議したが、聞き入れてもらえなかった。それから同じことが繰り返された。

「恭子さん、あなたは実生活での自分の周りの、とても気にかけていることがらから、わざと避けて小説を書いている。だから、クソつまんないんですよ。わかりますか? あなたがすべきことは、退屈なあなたの日々を直視してみて、日常での大切だと思うエッセンスを小説に取り入れるんですよ。直接的にあなたの平々凡々な生活など書いちゃいけません。日々の実感をエッセンスという要素で取り入れるんです。いっていることくらいわかりますよねー。以後、同じような小説を送ってきたら、今度こそ、あなたの身がどうなるか知りませんよ。覚悟しておいて下さい」

 恭子は無視した。頭のイカれた人だということは、もうわかっていた。次作も同じような傾向の作品を懲りずに掲載した。

 恭子はサイト側からオフ会に誘われた。感想者の顔は変わるし、数も多い。あのイカれた人と顔を合わしてしまうという危惧はあったものの、参加してみた。みんないい人たちで、恭子はその日の飲み会を大いに楽しむことができた。
 運営側では本の制作を企画していた。送られてきた作品の中から、投票でいくつかの作品を載せて、優秀賞選別集として小冊子という形になるという。恭子はそれを是が非でも欲しかったので、住所とEメールを書いた。まさか自分の書いたものが載るとは思えない。でも、何人かの書き手さんたちとは交流があったので、記念にはとてもよいものだと思った。

 それから一週間後、恭子は一通の封筒を受け取った。プリントされた宛名で、差出人は書いてなかった。開封してみる。

 小説に土下座しなさい。このクソったれが! あなたには呆れ果ててしまいました。あなたの息子さん、なかなかいい子じゃないですか? ねえ?

 恭子は、プリントされた味気ない一枚の紙を手にとって愕然とした。ピンときた。これはきちんと小説を書けと再三いってきた、あの癖のある感想者からだ、と直感で思った。
 しかし、自分の息子である圭太のことに言及しているとはどういうことなのか? これは脅しなのか、と恭子は足が震えた。下手な小説を書くことと、息子の圭太の間に、いったい何の関係があるというのだろうか? 実際に、何かことを起こすようには思えなかったから、放置しておいたのだが、こういうリアクションをとるということは予想外だった。
 たかが小説のためにこんなことをするなんて、頭がおかしいんじゃないのだろうか、と恭子は思い、そういう人間を相手にしているのだということを知り、またも愕然となった。
 万が一ということもある。だから、圭太がその日、家に帰ってきたら、即聞き質さずにはいられなかった。
「ねえ、圭太、最近さ、変な人から小説についてどうのこうのといわれたり、何か変なことされたりしなかった?」
「ないよ、そんなこと。でも、どうしてそんなこと聞くの? っていうか、お母さん、まだ下手な小説なんて書いていたんだ?」
 恭子は複雑な気持ちになった。どうやらあの気の変な人からは、何かの嫌がらせとかは受けてないらしかった。ホッとしたのはいいが、圭太がいった、下手な小説というところでカチンときた、はずだったが、なぜか息子からいわれたためかそこまで癪にさわらなかった。

 ※※※※※

 青井大輔はもとは作品投稿者だった。しかし、まめに作品を投稿し続けていくうちに、サイト側から、感想を書いてみませんか、という誘いのメールを受け取った。ごくわずかではあるけれど、十作品単位で一応いくらか振り込まれることになっている。青井は引き受けた。もちろん、金のためでやっていることではなかった。これがアルバイトであったら、あまりの報酬の安さにやる気はすぐになくしたことだろう。
 自分が書くための肥やしになる、という気がしたからだ。やってみると、有益な感想というのはほんとうに難しかった。かりにも書き手だし報酬も貰えるから、小学生のような感想文ではいけない。感想というのは読む側の資質が問われものだとつくづく感じた。
 まずそれなりの読書量を普段からこなしていなければできなかった。青井は主に純文学を書いていたから、やはりエンタメ系になるとどうしても読み慣れていない。ただ面白かったでは、誰でも書ける感想だし、もし作品に対しての批評ををするなら、ある程度の具体性と最低限の論理は必要だった。この場合、作者への返答という形なので、やはりどういう作者なのかということが大事だと青井は思った。
 しばらく続けて思ったことは、たとえ正しいことを客観的に感想として書いたとしても、作者のレベルを高く超えすぎているものならば、作者は理解できずにけっきょくは無駄になってしまうということだ。それが書き手として成長したあとでならば役に立つはずだが、はたして他人からの感想など律儀にいつまでも保存している作者がいるとは思えなかった。むしろすぐ忘れてしまうのが普通なのだ。
 根本的な違いは、これは作者自身へ向けての感想だということだった。雑誌の批評ならば、批評する側の物差しでやればいいだけの話しで、とても簡単なのだが、書いた作者へ聞いてもらうにはどういう感想がいいのか、これはほんとうに難しいことだと、青井は思った。
 それに比べたら、作品を出す方はただ自分の好きなように書けばいいだけだ。簡単だ。そのあたりの立場における差異は、ほとんどの人がわかっていないような気がしてならなかった。

 青井は二十九歳で、ずっと作家志望だった。二度ほどは一次を突破したことがあった。純文学というカテゴリーは不思議な感じがいつもした。書けば書くほどそんな気が感じが増してゆくように思えた。純文学的な作風というものが確実に存在しているように思える、一方で、審査する側は、ある意味で純文学という様式の範囲内にあっての、新しい形式なり書き方なりを求めているように思えた。矛盾していないだろうか、と長年疑問だったのだ。
 エンタメと純文学のクロスオーバーが叫ばれて久しい。昔ながらの純文学をただなぞって小説を書けば古いといわれ、オチやドラマ的な要素を下手に持ち込めば、これも純文学としてみれば、現時点ではやはり減点になるといわざるをえないのだ。青井は純文学でもエンタメでもない位置で書くことが、自分の理想のように思っていた。
 青井が目指すところは、作品における物語性だった。これは、エンタメ的要素とは抜本的に違っている、と青井は思っている。エンタメであれば面白ければよくて文学性は二の次。純文学ではストーリーを回す必要はないとまでいわれる。
 青井の理想とするものがある。表現に凝った文章で、それなりの文学性があり、しかもある程度、キャラが動いてストーリーのあるものが、青井は好きだった。
 青井にとって、小説らしい美しい描写とは、草木や街など静的なものを描写したものではなく、まあそれも悪くはないが、何かが起こり、やはりキャラが動いて、そのために主人公が悩んだり、行動したりするとき、つまりは動きがあるときにその心理を静謐な筆致でなぞるというのが理想とするものだった。そういうのが、自分で読みたいと思うタイプの、純文学作品だった。
 海外の古典となった作品には、そうした物語性が豊かに流れているものが多いように思えた。日本の古典の場合は、私小説といういかにも日本的で、湿った、閉塞的で、物語性の薄いものばかりがもてはやされるような気がしてならなかった。
 青井はそうした自分が理想とする形を追いかけてきた。そして、実際に書き、投稿してきたと自負している。評価はかなりまちまちではあったが。

 最近、サイト内の関係者と投稿者の間で、噂になっていることがあった。何人かの書き手が、サイト内のある感想者からの嫌がらせを受けた、という報告だ。すでに五人ほどいるという。中には、実際に、その感想者と思われる人からの被害報告が管理側に寄せられている。
 一番ひどいのは、夜歩いているところをいきなり背後から、催眠スプレーをまかれ、さらにナイフで腕に傷を受けたという男性だった。彼も青井と同じ、同サイトの作品投稿者の一人だった。
 聞くところによると、その感想者は、投稿者にまずひどい感想を数度送りつけるという。それから実際に、感想者が住所近辺にわざわざ出没して、危害を加えるらしい。

 青井には心あたりがあった。そういえばその人と思われる人物から、何度か感想を受け取っていたことに気がついたのだ。こういうタイプはえてして、ある程度の経験というか年だけはとっているので、そこまで原稿を読まなくても見ただけで、それなりのカンが働くというタイプだ。
 こういう輩には傾向がある。たとえ書き物に対する嗅覚が少々あろうとも、盲目的に頼るだけで実際の原稿にはよく目を通さない。面倒くさがりなのだ。肥大した嗅覚だけに頼りきった感想は、いくほどか当たっていようとも、その感想者に対しては大して役に立たないたぐいのものが多いように、青井には思えた。
 感想を受け取る人が感想自体に慣れていないと、感想者の書いた言葉をいちいち真に受けてしまいがちだ。感想というものにもきちんとした距離感が必要なのだ。だから青井は、その人からの感想に一通り目を通してから、不必要だと判断して忘れようと努めた。
 そういう感想者は、学校で顧問をしていて、毎年大勢生徒を見るのと同じでなのであり、生徒たちに試すチャンスすら与えず、ただ怒鳴っておしまいにするというタイプに似ている。顧問する側で、そういうことをいちいち生徒に論理的に説明することはないし、よって生徒側は一方的に拒絶されたように感じられる。
 一番はその態度だった。高みからの見物的位置からてこでも動かない。そのスタンスに異常に固執するのだ。たとえ書かれる批評は的を得たことはたまにあっても、あまりに頑迷すぎる態度のために、周囲から聞く耳を傾けてもらえない点にある。
 青井は感想者として、サイトである程度経験してきたので、一部の感想者に対してはそういうふうに思ってきた。なので、こういう事件が頻発している中で、もしかしたらという自覚が、青井にはあった。襲われた投稿者に共通する点は、一つは何度か同一感想者から酷評を受け取ったことであり、二つ目はどうやら、サイト側で開いたオフ会での参加者だった、という点にある。
 管理側の人間から個人的に、注意してほしい、とのメールを受けたし、もうすでにしかるべきところでの手続きをすませている、ということもいわれた。つまりは、警察に相談しているということなのだろう、と青井は解釈した。 作家志望者連続殺傷事件とでも呼ぶべきだろう。

 青井は帰宅途中だった。季節柄仕方ないが、今日も雨が降っていた。小雨だ。しとしととした秋の長雨が一週間ほど続いていた。駅から歩いてきて、ちょうど人気がなくなり、街灯も薄暗い道に入った。いつも通る道路だ。
 そこへ後ろから声がするのが聞こえた。こういう雨だと知らずと周囲には気がいかないものだが、青井はもしかしたら自分が襲われるかもしれない、とそんな気がしていた。で、それはみごと的中した。
「あなたね、そんなクソつまんない小説なんて、やめちゃえばいいのよ」
  青井は怯まなかった。女性だという情報を得ていたし、口にした言葉も予想通りに型にはまったものだった。だから、相手が誰であれ、たとえナイフを所持していたとしても、青井は冷静でいられた。
 青井はそんなふうに、見知らぬ他人から声をかけられても、微動だにしなかった。
 薄闇の中で、浮かぶ人影に対して、青井は睨みつけた。
「お前のような、どうしようもない底辺の人間が書く、馬鹿な小説は吐き気がするのよ。あなたのようなくだらない書き手がね、そうやって小説に汚名をきせるのを見ていられないのよ。あなたにわかるかしら? おバカさん」
 青井の動作は素晴らしく早かった。敵だと察知したとたんに、青井は身体を避けて、さらに吹きつけようとした催眠スプレーに、蹴りを入れたのだった。コロンと道に転がった。
 浮かんだ影から、にょきっとナイフが光った。ナイフをかざされれば、たいていの人間は怖くなる。逃げるか、許しをこうかのどちらかだった。
 しかし、青井はそのどちらでもなかった。フードにかぶさった女の頭の上では、ナイフが高く握られていた。わざと相手を怯ませるように、ナイフの刃をちらつかせた。
「けつの穴から手え突っ込んで、奥歯がたがた言わせたろか! 鼻の穴に割り箸突き挿して、下からカックンさせたろか。コンクリ抱くか、この青二才めが?」
 女は甲高い声でヒステリックに叫んだ。ナイフをちらつかせながら。
「小説をナメんなよ、こらー」
 しかも、青井は何もいわない。それに加えて、やってくれといわんばかりに背中を向けると、そのままゆっくりと歩いてゆこうとした。
 女は青井の寡黙な態度にかちんときた。それからすぐに呆れた。というか、青井の寡黙な態度に内心ではビビっていた。
「おい、童貞のくせしてよ! テメーの書く小説はクソつまんねえんだよ! 小説をナメんなよ」
 女は再び罵声を浴びせる。しかし、青井は動じない。
 青井は素早く反撃に転じた。
「お前がな、これまでしてきたことは、ずっとお見通しなんだよ」
 青井は立ち止まって、振り向いていった。
 そして、決めの一言が炸裂した。

「あんたにキスしてもいい?」

 女は口をあんぐりと開けたまま、その場から逃げ出してしまった。


 ※※※※※


「男なんて大嫌いだよ! 男なんて。男なんて」

 女は息を切らしながら、自宅の中庭まで足を踏み入れると、にゃーんと、どこからともなく黒い猫が現れて、主人を出迎えた。雨でぬかるんでいたが、かまわずに女はべっそり濡れている猫を撫でた。そうしていると少しだけ乱れている呼吸は落ち着いた。
 庭はけっこうな大きさだが手入れがまったくされてをおらず、雑草は荒れ放題だし、庭木も生い茂ってしまっていた。もはや庭とさえ呼べない放置状態が続いていた。
 玄関を開けると、とうに捨ててあるべき古い靴が所狭しと、散らばっている。足の踏み場さえなかった。
 一軒家なので家は広い。しかし、女が入ったリビングも床には散らかし放題、というか荒れ放題。ゴミばかりが床を埋めていた。猫がどこからともなく出てくるし、異臭さえ漂っているが、女は慣れているためかまったく気にならないらしい。
 ソファにどしっと腰を落とした。女は泣いていた。なぜだかわからない。跡をつけた男の顔が思い出されてきて、女は再び狼狽した。直接手厳しい言葉を叩きつけられたわけではなかったはずなのに。
 女はやけに悲しくてしかたなかった。
「あのろくでもない男めが!」
 名前さえもろくに覚えていない無数の猫たちが、腰掛けたソファの上にやってくる。 薄汚れていても、身体の温もりを感じながら、背中を撫でていると、いつもならば気持ちは落ち着くはずだった。
 でも、今夜はそうではなかった。古めかしい洋風のリビング、オレンジ色のソファに腰掛けていたのが、立ち上がる。シャンデリアではなく、ソファ脇のランプだけが点灯している。
 女はいてもたってもいられずに、バスルームへと足を向けた。薄暗い中、途中で壁際の本棚に足をぶつけた。その拍子に、一冊の本が落ちた。それは精神心理学の本であり、女の父親が書いた本だった。女の父は医者であり、いくつかの本を書いている著名な人だった。
「ゴメンね、お父さん」といって、落ちた本をまたもとの場所に戻した。これらの本は、女が父の形見としてとってある、大事な本であった。表紙の裏には端正な字で、サインがしてある。愛する我が娘、蘭子へ、と書かれてあった。
 今は亡き父親が好きだった映画『サウンド・オブ・ミュージック』を、蘭子は思い出す。優秀だが厳格な人物であり、人から多大な賞賛を得た偉大な父親であっても、娘である蘭子はその父から何一つ優しい言葉をかけてもらえなかった。よい思い出があるわけでもなかった。
 唯一ある甘い記憶は、父が好きでしかたなかった『サウンド・オブ・ミュージック』だ。父がこよなく愛した『サウンド・オブ・ミュージック』を、蘭子も愛した。父が好きだったもので、蘭子も好きだったものは、たったそれ一つだけしかなかった。
 蘭子は文学を愛していた。これまでにいろんなことを書いてきた。小説、詩などを。でも、そのどれも蘭子の知る限りでは、父からじかに目を通してもらった自作はなかった。医学の権威だった父は、文学のことなどまるで眼中になかった。
 今夜はどうしても込み上げてくるものを抑えられない。ゆっくりとバスルームまでの廊下を歩く。ときに床に置かれたものが足に当たる。
 ふと内から湧き上がる声に急き立てられた。
「エーデルワイス、エーデルワイス!」と、叫ばずにはいられなかった。
 蘭子の頬には滴となって涙が流れ落ちた。

 汚れた鏡の前までくると、自分の顔を覗き込んだ。
 掃除さえしていないバスルームの、薄汚く曇った鏡に映っているものは、皺ばかりの年老いた醜い顔だった。肌はカサカサだし、皺に覆われた蘭子はひどく老いていた。
 しかし、同時に、忘れられた小さな女の子が、抑制の効かなくなった蘭子の内部から出てきて、わーわーと泣いているようにも見えなくもなかった。

小説にかける人たち

執筆の狙い

作者 5150
5.102.6.7

エンタメとして書いたので、楽しみながら読めて、かついろいろと考えさせてくれる作品をと心がけました。終わりまで読んでくれた方、最後はどうだったでしょうか? 三十三枚。ブラックすぎるかな。

コメント

青木 航
sp1-75-196-197.msb.spmode.ne.jp

5150様、拝読さて頂きました。
 一言で言うと面白過ぎますね。このサイトに投稿している人なら、思わず笑ってしまうところ満載です。楽屋ネタみたいな。

 ただ、オフ会から身元がばれるなんてこと有るんですかね。有ったら怖いですね。恐らく世間一般の平均値よりも、粘着質の割合は高いと思えるので。

 サイトの主旨通り、批評では無く感想です。(サイトから委託される批評者なんて実在するんですか?)

貔貅がくる
n219100087087.nct9.ne.jp

「小説を書こうとしている男ワナビ」と「ここがモデルと思しき小説投稿サイト」が出てくると、
まあ大概、締めったくて恨みがましくて、終始ショボくて くそつまらないんですよね。

これもそうで、
『所詮、こういうハナシ、こういうオチにしか出来なかった』あたりが、作者の【限界】をいかんなく晒してて、痛い。

こんなんでも、書いてる途中は、恨みつらみぶち込めて愉しかった……のかなー?
見る側は「辟易」だけども。


こういうアホ話なら、アホ話で、もっと「飛躍」することは、いかようにも出来るのに、
それをしない・出来ないのは、そこに【作者自身のバカの壁(思い込みや限界)があるから】だ。



こんな しょぼーーい世界とキャラであっても、

佐伯恭子んとこの、息子:圭太(か旦那)が
「実は腐男子で……BL同人誌出してコミケに出ていて、その世界では超有名な壁サークル」とか、
「ネットで書いてた転生小説が文庫になってて80万部突破〜」とか、

警備員:小野が日頃見下してた、覇気のない年下同僚が
「実は大学院出のインテリで、静かに中国歴史大作を書き上げていた」とか、
ごま塩頭の年配同僚が
「本格警察小説のオムニバス書いてる」とか、

いくらでも可能だし、そっちの方がリアリティあるかもしんない??

で、そっちの方が、真相がわかった時に「プライドな塊なだけの、下手の横好き小説書き連中に与えるダメージは確実に大きい」んで、

見た側もカタルシスあるような気が。

貔貅がくる
n219100087087.nct9.ne.jp

まあ、そのように、つくづく「クソつまんない」「できが悪い」んですよ。


中でも目についた「違和感はげしかった記載」が、


>せいぜいが半年に一度くらい、外で食事にいこうか、と誘われるくらいで実際には出かけたためしがない。
>もっとも、圭太の友達の母親に話を聞けば、それは恭子さん、あなたはよい主人に恵まれているのが、わかっていないからよ、などといわれてしまう。
「ウチなんか、食事なんて子供が生まれてから、一度もいったことないわよ」

↑ 今の時代、いくらなんでもそんな家庭はないよ。。



>「エーデルワイス、エーデルワイス!」と、叫ばずにはいられなかった。

↑ このサビの歌詞、のどかな曲調の中で「伸ばす」節だから・・
「叫ぶ」には適当じゃないというか、「困難」だよねー。。

エーデルワイス、私も小説中で実際に書いた曲だったんですけど、英語の歌詞を歌いながら書いてた。

u
opt-183-176-87-74.client.pikara.ne.jp

まあ、ここだけでで成り立つ話なのか? 止めた方が良いとは思うんですよwww
ただ、この執念というかwwww
スゲーなwww
作者さんそこそこかけるんだからこんなのに労力使わず他のテーマ描いてwwwww
おもろかった!wwwwwww

貔貅がくる
n219100087087.nct9.ne.jp

まあさー、こういう

作者色眼鏡で

【サイト内の特定の人物を示唆して、あげつらい・せせら笑う目的でカリカチュアライズして、愉悦に浸りながら書いて、得々としてます】

丸出しな作者は、

過去にもいて・・


そういう人らは、芯から腐り果てて、

以降【まともな作品は1作も書けなくなった】し、


小さな公募でも入賞どころか、一次選考もことごとく落ちてました。


「文章を、特定個人への誹謗中傷に使う」って、そういうことです。


そのツケを確実に払うことになる。

貔貅がくる
n219100087087.nct9.ne.jp

まあ、他人事なんでどうでもいい。

勝手に内部から腐ってダメになりまくってくのも「個人の自由」だし。


こんなん見て悦んでる人も「同類項」なだけで、

「もう確実に腐ってる」し。



『こうはならないように気をつけよう』って思うだけだ。


どうせ書くんなら、楽しい話。

青木 航
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 益々面白くなって来た。
 京の都の空に渦巻く魑魅魍魎なんて設定、連想しちゃうな。
 尤も、それは公家達の心の中に有る幻想でしか無い訳だけど。
 怨霊は、SNSの中に実在する。怪奇譚よりも遥かにリアル。

ライダー
KD175134225224.ppp-bb.dion.ne.jp

5150 様

拝読しました。

現実の投稿サイトをモデルにしたかどうかは判断できませんが、小説として読んだ場合、投稿者がみんな同じようなタイプの人ばかりだと面白くないと思うのです。三人とも、実生活が充実とは程遠くて、逃げ場というか、命綱みたいに小説を書いているようです。小説を書く人間って、そんな人ばかりなんでしょうか?

たとえそうだとしても、エンターテインメントとして書くならば、もっとバラエティがあった方が面白くなると思います。英国のミステリで、ミステリ同好会を舞台にしたものがあって、そのメンバーが色々でした。「薔薇の名前」以外は絶対に認めないお高くとまった女性公務員とか、完璧なパブリックスクールの英語でアメリカのハードボイルドを絶賛する酔っ払いとか、彼らの議論を読むだけで楽しかったです。

御作の中で一番重要なのは犯人の女性だと思うのですが、一番わからない人でした。父親との関係が彼女に影響しているらしいのですが、文学なんて関心がないのは、中年以降の男の人だと多数派じゃないでしょうか。若い時はよく映画を見たけど、中年以降になると見なくなるのと同じじゃないですか。それが、そんなにがっかりすることなのかな。彼女のフラストレーションがなぜ、投稿サイト以外に大して関わりもない人を現実に攻撃するところまで突っ走ってしまったのか、何かの説明か、きっかけがいるように思うのですが、いかがでしょうか。

すらすらと読める文章をお持ちだと思います。

次回作に期待しています。

5150
151.68.141.79

青木 航さま

 >>怨霊は、SNSの中に実在する。怪奇譚よりも遥かにリアル。

ほんとうにその通りで、現在のSNSこそが魑魅魍魎を生み出しているんじゃないか、なんて思えたり。で、しばらくあたためているアイディアに、これを題材にしたホラーが一つあるくらいです。

ありがとうございました。

5150
151.68.141.79

uさま

これは何というか、悪魔祓いというか、毒抜きをしているようなものであり、健全的に創作へと向かうためには、こうするしかないんです。

ありがとうございました。

5150
151.68.141.79

貔貅がくるさま

なんか被害者意識がもの凄く強い方ですね。貔貅さんのことを書いたつもりはありませんが。あと、他の感想者の反応見て、つられて、いちいちテンション上げるのやめてもらえませんかね。見苦しいし、子供っぽいですよ。どうしていつも他人の感想がこうも気になるんでしょうか。

あと、どうやら【偏見 】でしか、テキストを読んで、じゃない、眺められない方らしいので、そんな状態で感想を書かれても、悲しいくらいことごとく外しまくるだけだし、あまりに痛々しすぎて目も当てられないです。

なんかいろいろ忠告だか、恫喝だか知りませんが、書かれているようですが、ご心配なく。こちらは創作に関してはいろいろとアイディアが出すぎて、困るくらいなので。

あと貔貅さんは、創作の本質については、何にもわかっていなくて、ただ一次を突破することにしか目先が向いていない。まるで受験勉強をしているみたいにしか考えられない。それって、小説本来の持つ力とは大きくかけ離れた視座なんですよ。学生みたいな狭い視野でしかない。だから結果が出なかったんですよ。試験とは違いますからね。もっと大きな目を持たないといけないように思うのですが。

この際だから全部書かせてもらいますけど、貔貅さんの感想って、公募一次突破させるための感想でしかないんです。それって短期的な目でみたらいいかもしれない。でも、長期的に見たら、致命的に有害な感想を、将来の作家
の卵たちに与えているかもしれないんですよ。一次突破したらあたかも別レベルみたいな書き方をあちこちでされている。でも、ですよ、仮に、受賞して本になったとしても、クソ小説って現にありすぎるほどあるし、小説ってそういうもんだと思うんですよね。

英語の勉強を何のためにするかというと、英語の試験に受かるためであり、喋るようになることとは、まったくかけ離れている。おかしいですよね。そういうことです。

貔貅さんの感想に一番欠けているのは、作品の本質をまったく掴めていない点です。作品を試験の答案みたいにしか考えられない。で、一番悪いのは、本人があまりに自信まんまんすぎて、長期的に考えたら有害なことを一番わかっていないのは、貔貅さんご自身ですよ。それって、常々あちこちの感想欄で貔貅さんが言われていることですよね? いいですか、小説と論文試験の答案は別物です。

作品のディテールに関しては、細かいところを見逃さない、知識に裏打ちされた、鋭い目をお持ちのようですが。あと、作者へのハッパのかけ方もやはり、それはそれで大いに必要なことだと思います。

本来なら鍛錬場で鍛えられば公募でのいい結果は出そうなのに、実際は逆。
むしろ、鍛錬場から一歩離れて距離感を保てる方のほうが、よい結果が出せるという皮肉な現状が示していると思います。

いちいち人の感想のつけ方に文句を言うのは場違いだと、どうせ言うのでしょうが、それは貔貅さんが、作者の創作の仕方に、いちいち口を挟んできたからですからね。断っておきますが、始めたのはそちらからです。

茅場義彦
133.106.148.68

力作っすねえ。群像劇

アフリカ
dw49-106-174-39.m-zone.jp

サクサク読めたので感想入れようかな?と思って。

えっと……

エンタメなんだから表面を滑る何かがワクワクさせれば、それが持続すれば結末に準備されたものへの期待度を自然に高めてくれると僕も考える方です。

気になったのは、物語世界を一変させるタイミングと方法?でしょうか……

文章は全くなにも僕には違和感なかったけど、静かに変化していくのか、刹那にその瞬間がくるのか……

後者の場合、その瞬間って読者を完全にミスリードして裏切らないといけないんじゃないかな。
呆気にとられるくらいに唐突に世界が一変しないと気配を感じ取られてしまうんじゃないかな?

その後の転がり方も、書いてる本人が集中力を持続できていない気がしたし、ラスト辺りはそれを強く感じてしまうのでした。

でも、小説読むなら。どうせ読むならエンタメだよね。

ありがとうございます

アリアドネの糸
dhcp.nipne.ro

 キャラクター造詣はちょっと大げさで単純化されたぐらいがエンタメとしてはよいのだろうと思いました。実際はいないんだけど、いるかもって思わせる塩梅というか、引き受ける情報量の重さというか、そういうのは適度にライトだと読みやすくてよいなと思いました。ようするにデフォルメのよさったやつです。
 エーデルワイスのあたりと、最後の一文のコントラストはよかった。5150さんはこういう切り込み描写を、瞬間最大風速的な表現を必ず入れてきますよね。そういうところに意識が注がれるそういう作家性なのかもしれないなって思いました。 
 内容はまあ現実のパロディってことなんでアレですが、ライトに読ませる感じにしたのは吉。でも、オチがあんまり面白くない。恨み節じみた要素も残っているようであり、つくりごとの名を冠した鏡のようでもある。皮肉が利いているってことなんだけど、諧謔のフィクションにはまではいたらない。そんな感じ。つまり、現実を皮肉ったようなネタだからこそ、虚構の方に余計に突き抜ける必要があるんじゃないかしらって思うわけ。小説のふりした批評という感覚は題材から不可避に漂ってくるもの。魚は魚くさいものだから。におい消しにしょうがを入れるだけでは物足りなくて料理そのものを変えてみるとか、そういう舵のきりかたが必要なのではないだろうか。
 例えば、アリアドネだったら、最後は全員で火星に行って、タコみたいな古典火星人と交流して、どこかの星で核爆発が起こって、何億年後に光は降りそそぐ。エーデルワイス。「タコ小説でした、ほんとうにありがとうございました。」 ~Fin~
 みたいな展開にします。というのは冗談として、ちょっと元ネタが持っている生来の性質の枠をはみ出すような展開を作り出すと元ネタの属性を昇華できるのではと思った次第。

5150
151.82.189.91

ライダーさま

>>三人とも、実生活が充実とは程遠くて、逃げ場というか、命綱みたいに小説を書いているようです。小説を書く人間って、そんな人ばかりなんでしょうか?

二つ理由があって、一つは、俺こんなかな、やばいなとか、よかった、俺こいつらと違うわ、とか、読む方でいろいろ感じて欲しかった。まあ、反面教師的なキャラにしたのが一つ。もう一つは、そういうガツガツとなりふりかまわず執筆活動していて、かつ結果がでない人たちを、犯人はわざと狙うだろうな、とこちらで考えたためです。余裕しゃくしゃくで、自信まんまんの人は狙わないだろうな、と思えたので。

>>たとえそうだとしても、エンターテインメントとして書くならば、もっとバラエティがあった方が面白くなると思います。

ライダーさんの言う通りだと思います。同意します。ですが、こちらではそこまでエンタメに徹するつもりもなく、というか、100パーセントエンタメに徹する作風というのは、そんなに得意でも好みでもない、というのが本音であります。

>>御作の中で一番重要なのは犯人の女性だと思うのですが、一番わからない人でした

ここも好みの問題というか、例えば、すごくいいミステリ読んで、最後に犯人が明かされて、で、その殺人の動機がひどく幼稚だという、適当なミステリーがけっこうあるし、そういうところで失望した読書経験がけっこうあります。たしかに、はっきりと動機を書く方が読者としてはすっきりするとは思いますが、ここはかなりうまくやらないと相当の失望感は抱え込んでしまいますので、まあ、どちらかというと動機を示唆する程度にしておきました。枚数の問題もあり、200枚なら相当の動機を考えますが、30枚では、そこまでする必要もないかと思った次第です。30枚で納得のいく動機を示すとなると、途中で犯人側の描写をもっと入れないとできません。そうすると、全体のバランスが大きく崩れてしまいます。

感想をありがとうございました。次もよろしくおねがいします。

5150
151.82.189.91

茅場義彦さま

読んでもらって嬉しいです。ありがとうございました。

5150
151.82.189.91

アフリカさま

仰ることはよくわかります。一応は、オチありでの、ラインに沿って書き進めたのですが、あれをオチにするのはあまりにありきたりで古いんですよね。で、ほんとうはもっといいオチがあったら、アフリカさんの言うように、逆転の気持ち良さを味わえるように書くのが王道です。 というか、元ネタはみんな知っているので、っていうことで、これはオチにするつもりだけどオチにならないよなあ、と考えながら書いていたのが、モロに伝わったのでしょう。

感想をありがとうございました。

5150
151.82.189.91

アリアドネの糸さま

何人かの方の指摘にもある通り、本当ならもっとエンタメ寄りに舵を取るのが正しい方向性だった、と思います。言い訳として、まあ、これはある意味で作者自身のために書いた側面が多分にあるので、だからこそ、エンタメに突き抜けずに、うだうだと書いたものでした。中島みゆきの失恋恨み曲じゃないですけど。まあ、悪魔祓いの儀式みたいな、そんな感じでしたので。

最後の場面については、オチとしてはどうしようもなく普通すぎますが、描写については一番楽しんで書けた箇所ではあります。

感想をありがとうございました。

夜の雨
ai192002.d.west.v6connect.net

「小説にかける人たち」読みました。

エンタメといえばエンタメですが、文学性もあり、かなりのレベルで描かれた作品でした。
前作も相当のレベルで書かれていましたが、こちらの作品のほうが一般的ですね。
時代設定も現代的だし、読んでいてまったく違和感がない。
ミステリーの味付けもしてあり、結構でした。
原稿用紙33枚と短いので各登場人物のエピソードを膨らまして中編ぐらいにすると、そのまま書店に並べてもよいのではないかと思いましたが。
ネタもよいしね。
小説家志望という方は、コロナの時代なので、結構いるのではないかと思います。
家にいる時間がみなさん結構あるので、小説を読む方が多くなっているのではないかと。
なので、鍛練場も結構賑わっています。

内容について。

導入部からして、ひとつひとつの文章にイメージ出来る力があり、説明ではなくて文章が生きていると思いました。
それが、小説が終わるまで続いています。

登場人物に人生の設定がしてあるので、深く入り込むことが出来ます、これが小説としてかなりポイントが高い。
話の中心になっているのが「小説志望者」というカテゴリーで、その彼ら彼女らの生き方が情念化されていて、一触即発の雰囲気があり、刑事事件がらみへと展開する雰囲気が設定として良い。
軽めですが、ミステリーの味付けが作品の底に流れていると感じました。

ラストも情念の結果という締め方でうまく治まったと思いました。


とりあえず、以上です。

貔貅がくる
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5150・・


>あと貔貅さんは、創作の本質については、何にもわかっていなくて、ただ一次を突破することにしか目先が向いていない。まるで受験勉強をしているみたいにしか考えられない。それって、小説本来の持つ力とは大きくかけ離れた視座なんですよ。学生みたいな狭い視野でしかない。だから結果が出なかったんですよ。

それは「あなたがそう思う、そう思いたいこと」であって、
事実とは若干違う。


そして私がいつも思っていた(今も強烈に思っている)ことは、
私が来た時点でここのサイト、【一次選考落ちしているばっか!】だったんで、

『一次選考通らないことには、何ひとつ始まらないよね?? だから「一次選考通るように書く」の
は当たり前だし、それが基本ですよね??』

ってこと。


それが間違っているとは思わない。
だって、ここ『作家でごはん』だから。



そんな5150は、【まず投稿作が書けない】感じだし、

【出してみても一次選考通らない】感じだ。


「公募で最終選考を通過して、受賞に至ったこと」実際にありますか??


ここのサイト、「ない」人の方が、絶対的に偉そうで、

「ある」人に対しては、おしなべて「しょぼい公募〜」と嘲笑材料にする。



5150さんは、「そういう人種筆頭」な感じしかしないんですよね。


恨みつらみで、蠱毒醸成して、勝手に文章腐らせてくタイプ。

貔貅がくる
n219100087087.nct9.ne.jp

「結果が出なかった」って言うか、、、

「若い頃は結果出しやすく、歳をとるごとにぽんと大賞受賞は難しくなってく」んだと思うわー。

私がぽんと大賞受賞したのは、人生初応募した時で、転職の合間に暇こいてた27の時だったんで。。


そんで、そこは、過去の受賞者数名が後の回の審査員になってくシステムだったから、

「大賞受賞させて頂いた恩義」もあって、最終選考に2度参加した。


その2回目が、審査員の先生方と、過去受賞者とで票が割れ、、、
最後の最後に私が投じた1票で、審査結果が覆り、
「1票の責任の重さ」をまざまざ実感させられた。

なので、
以降、同様のシステム採ってた別公募と・そのまた別の純文系公募から、審査員の依頼と下読みの依頼があったんだけども、

断りました。



『自分の目の付け所と、下した評価は、間違ってはいないのだ』と、自負できるだけの【目】を養うことも、

必要な鍛錬だと思っている。




って話は、ずいぶん前にも書いた。

青木 航
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『一時選考突破が基本』とのご意見には、少々?ですね。 

 何故なら、選考委員は作家さんで、十人十色の個性が、有るからこそのプロの訳です。好みも違います。

 ただ、忙しい売れっ子作家が、膨大な応募作品を全部目を通すかと言えばそんなことは無い。恐らく編集者が、ざっと目を通して足切りをしているんでしょう。
 つまり、編集者がざっと見て蹴散らしたものは、選者の目に触れることも無いのでは無いのでしょうか?
 ひょっとして、自信の塊みたいな誰かさんは、そんな、ふるい落しの仕事をしていた経験が有り、それが裏付けになっているのではないでしょうかね。有る意味ふるい落しのプロと言うことになりますからね。

『ざっと見ただけだけど』などと必ず枕詞を付けなければ気が済まないのも、その辺から来ているのではないかと勘ぐってしまいます。

 この枕詞は、『チラッと見ただけでこれだけ的確な指摘が出来るなんて、何て凄い人なんだ』と思わせる効果となるか、『偉そうに何見下してるんだよ』と思われるかどちらかだと思います。

『チラッと見ただけ』と必ず付けるのは、もし見当違いな事を書いてしまった時、指摘されたら、『ああ、そうだったね』と言い抜ける為かと勘繰ってしまいますよね。

 そうでなければ、誰だってきちんと読んで貰って批評してもらいたいのに、態々『チラッとみただけど』などと連発する意図が解りません。

 本当に、それだけの能力が有って的確な指摘をしているなら、全く書く必要の無い枕詞ですからね。

 話は全く変わりますが、『芥川賞』にさえ、時々何でこの作品が? と思わせるものが、時々有ります。

 数年前、或芸人さんが受賞したので、早速買って読んでみたのですが、正直、つまらなかった。この芸人さん、過去の選評を読みまくって、どういう作風が選者に好まれるか相当研究したとインタビューで得意気に語っていました。
『何か違うだろう』と思いました。
 エッセイではあるが、立川談春さんの『赤めだか』の方が遥かに面白かった記憶が有ります。

 昔の作品ですが、JDサリンジャー作『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の野崎孝さんの訳文と瓜二つの文体で芥川賞を受賞したものもありましたね。

『太宰は、巻紙4mぶんにも渡る熱烈(病的…?)な懇願の手紙を、選考委員だった作家・佐藤春夫に宛てて送った』なんてのも興ざめな話ですね。元々、太宰は嫌いですけど。

『一時選考も通らない奴が何寝言こいてんだ』と必ず言われると思うので、一応言っておきますが、まともな文学賞に応募したことは一度も有りません。

 応募してみたのは『なろう』主宰の公募のみです。『ジャンルは問いません。どんな作品でも結構です』との募集コメントに『本当かな』と思いながら応募してみたのですが、一時選考に残ったのは、異世界だのチートだのばかりでした。だからと言って、『自分は力が有る』などとは、毛頭思っていません。

『芸術』と言う言葉が好きな方多いようですが、選考を通る為のノウハウばかり気にするのは、芸術家とは対極にある人のすることではないでしょうか。

 勿論、ひとの意見に耳を傾け、自省し、向上の為に努力することは当然でしょうが、『一時選考を通るには』ばかり強調することは如何なものかと考えます。

貔貅がくる
n219100087087.nct9.ne.jp

『小説にかける人たち』ってー ふざけても下したタイトルからして、

『小説に「書ける」ほどの人たち』って揶揄、
『こんなんでも小説に賭けちゃう人たち』って冷笑・・


【この俺様は別にそうじゃないんだけど……こんな悲惨な人たちが現実にいるんですよ? 嘲っちゃいますねー。みんなで一緒に嘲いませんか?】って

5150の「上から目線」が 不快だった。


私的に、同様の「小説を書こうとしているワナビ主人公 〜ワナビたちの群像劇」を書くとしても、
『悲喜こもごも』に持ってく。

悲惨なばっかのハナシには絶対にしない。物語には「救い、希望、光」が必要だと思っているから、
いつもそうしている。



その意味で、5150よりも『小説というものを信じている』んですよ。



5150が信じてるのは、「あんまし根拠ない、自分の筆力への過信」でしかなくて、
『小説というものを信じてはいない』のが、如実に伝わって来る。



小説というものを信じている人間は、まず【こんなつまらないものをわざわざ書かない】から。

貔貅がくる
n219100087087.nct9.ne.jp

訂正:

>『小説にかける人たち』ってー ふざけて・腐してるようなタイトルからして、



かなー。

洗濯取り込みながら、漫然と打ってたから、、、

貔貅がくる
n219100087087.nct9.ne.jp

間にまた【青木がしゃしゃり出てる】みたいだけど、

青木、つまらないし、メンドくさいし、「迷惑」だから、
読まねぇから。。



青木とか、5150的な人は、こうした流れになると、決まって

『ここが弱点なのだな??』と見当をつけて、「勝機」と見て、そこの箇所(一部分、局所)に集中砲火で攻撃(糾弾、追求)してくる。



不毛だし、「応酬してもうんざりするだけ」なんで、スルーすると、
今度は、
「逃げるんですか?」とか「誤魔化してる」と追撃して来るんだけど、、、


面倒だし、楽しくないし、
そもそも【興味がない】んで、「構わないでくださいね」とは、毎度毎度言ってます。


するってーと、構ってちゃんだもんで、「そもそもあんたが始めたことだから〜」とか言って、
難癖つけて、引っ張りに出る。


けどな、発端は
【サイト内の特定個人を示唆して、誹謗中傷して愉しむ目的で、こんなもん書いて・上げてる 5150】
だから。


なので、ワタシはただ単に、「その現場」で「その原稿に対して感想を書いた」に過ぎない。

青木 航
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 I wanna be loved by youってか? 
これじゃ受け身か。
 I wanna be a writerかな?
嫌いな言葉:ワナビ、マウント

青木 航
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>「その原稿に対して感想を書いた」に過ぎない。

 なら、何故貴方は上から目線が当然で、糞味噌に言われても、敬語で、熱く御礼申し上げる人が居るのを当然のことと思っているのですか?

貔貅がくる
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青木とか5150的な人が えんえん行う

「感想書く人個人への、不当で不毛な誹謗中傷」こそが、

ここのサイトの「常にある毒」であり、「代わり映えのしないうんざり風景」。



その結果、毎度毎度毎度おんなじ「クソで腐れたやりとり」が繰り返され、

繰り返されるたびごとに【その質が歴然と落ちて】ゆく。



まあそういうもんだ。

コピーにコピー重ねてくと「描線、画質」は劣化の一途で、

しまいには目も当てられなくなり、

オリジナルにあった「良さ」は完膚なきまでに破壊されるものだから。

青木 航
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ちゃんと読んでるじゃないですか。
『当で不毛な誹謗中傷』とは具体的に何を指すのか言葉で説明して下さい。言葉のプロ?でしょ。

 あと、コメントの無駄な空白の意図も。

貔貅がくる
n219100087087.nct9.ne.jp

『みんな違ってみんないい』んなら、

感想書く人と、その読み方にも、

『みんな違ってみんないい』を

適用すればいいのに。



って、ここのサイトに初めて来た時から、繰り返し書いてます。



「気に入らん人間は、仲間募って複数人で物量作戦で攻撃し、徹底的に叩き潰す〜」ってんじゃなしに、

「そいつの味方の浅はかさを、結果出して証明してやる!」が、

こういうサイトに似つかわしい姿勢で『気概』だと思う。




『書かれたもの(作品)がすべて』なんですよ。

そういう世界。



サイト内での「青木示威行為」だの「青木正当化のための横槍誹謗中傷」に意味はないし、

マッチポンプにやっきになられても。。


飽き飽き。

青木 航
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言ってることが、全て観念的。

青木 航
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『麒麟が来る』じゃなくて『貔貅がくる』でしたね。貴方が大河のタイトルパクったりしないですよね。


 貴方様の受賞の知らせ楽しみにしております。
 あ? 分かんないか? 『貔貅がくる』で本書く訳無いものね。

 失礼致しました。

5150
5.102.6.7

夜の雨さま

いつも感想をありがとうございます。拙作を夜の雨さんに評価していただいて、とても嬉しいです。とはいいつつも、やはり褒めすぎかなという感じがします。

今作と前作は共に、執筆には手を抜いてはいません。ただ、扱った題材がここの読者にとって直接的なことばかりなため、まだまだ全体的に煮込み不足で、作品がかなり消化不足ぎみです。この落とし込みという作業は非常に大事なことだと思うので、批判を承知の上であえてしてみました(ただし、特定の人物をからかう目的ではありません。記述を直接的に書き込みすぎたという点と、読む側の姿勢の問題にあると、5150は解釈しています)。あるいは、これは指摘いただいたように、枚数の関係も大いにあるかと思います。枚数があればいくらでも薄めて、拡散できると思われますので。

読む人の感性を否定はしませんが、作品って、読む人が読みたいように読むのだなあ、という側面があることをあらためて確認した感じでもあります。
作者の意図がどうであれ、一度掲載されたら、それはもう作者の手から離れてゆくということを、しみじみ感じました。

という教訓を踏まえ、次作はもっと物語寄りにするつもりです。

もんじゃ
KD111239165092.au-net.ne.jp

 5150さま

 拝読しました。

 5150さんの作品にはーー感想にもそうだけどーーいつもウソがないような。そのマコトさが魅力であるし、そこんとこが面白さに繋がってるんだ、とか思われます。誠実さを感じるってことであります。

 と、好意的に述べておいて以下で、文章的な瑕疵を今回はちょっと丁寧に指摘してみたいと思います。それによって5150さんの価値や御作の価値が微塵も損なわれることがない(文章なんて書いてりゃそのうち上手くなる)こと、よく存じておりますので遠慮なく記させていただきます。

>朝の人がまばらな電車に座れて帰れるのが嬉しい。

 朝の、
 と、読点が欲しい。
 また、座れて、と、帰れる、みたいにcanが続いてしまうのがよろしくないかと。

>父は出ていっていない。

出ていっていない、だと、居るみたいだから、出ていって、居ない みたいに読点が欲しいかと。

>康二が一人でやってゆくくらいには十分すぎるくらいだった。

 くらい、くらい。一つ目の、くらい、は要らない。

>得意顔で友達に見せると、たいがい浮かない顔をされるし、どうだったという感想を求めると、はっきりした返事は返ってこなかった。

 求めると→求めても
 どうだったいう感想を→どうだったかと感想を

>何度も何度も繰り返し応募しても、懲りなかった。

 応募しても懲りなかった→落選しても懲りなかった

>受賞した作品に目を通すと、たいがいは、なんだこんなつまらねえものが受賞してしまうんだと、いつも首を傾げていた。

 たいがいは、と、いつも、の同時出しがよろしくないかと。
→受賞した作品に目を通しては、なんでこんなつまらねえものが受賞してしまうんだといつも首を傾げていた。

>いつか、何かの歯車さえうまく合いさえすれば、受賞することは間違いない

 さえ、さえ。

>いつしか三十代を半ばも過ぎてしまった。

 →いつしか三十代も半ばを過ぎてしまった

>勤務先もずっと同じのままだ。

 の、は要らない。

>意欲だけはあった。けれども、どうにもやる気にはならなかった。

 やる気には、の、は、が要らない。
 ならなかった、ではなく、なれなかった。
→意欲だけはあった。けれども、どうにもやる気になれなかった。

>執筆に当てた時間をだらだらと見ていることが多くなった。

 時間を見ている、っておかしい。

>ネタ探しといういい訳だったが、けっきょくはいつも、どうでもいい動画ばかり漁って時間を潰した。

 けっきょくはいつも、の、は、は要らない。「は」という助詞の使い方に注意するとよいかと。
 といういい訳だった、も、会話文でもないのに口語的過ぎるかと。
→ネタ探し、だなんて言い訳しても通らない、だっていつもどうでもいい動画ばっかり漁ってたから。

>目標に掲げていた作家になってやるという年齢の設定が、三十五歳だった。

 読点の位置がおかしく、また構文自体も無駄にややこしい。
→作家になってやる、と決めていた年齢が三十五歳だった。

>でも、その歳は過ぎたし、受賞どころか、一次通過さえしたことがなかった。

 過ぎたし、の、し、が不適切。逆接で繋げたいのだから、し、はおかしい。
→その歳は過ぎたのに、受賞どころか、一次通過さえしたことがなかった。

>康二はネットでの小説投稿サイトを利用して、マンネリ打破に努めた。

 ネットでの、の、で、が要らない。あと読点の位置に問題あり。
→康二は、ネットの小説投稿サイトを利用し始めた。マンネリを打破したかった。

>一部には年を重ねるとともに、犬みたく発達した嗅覚で作者像を判断して、これまた訳のわからない感想を送ってくる輩も中にはいた。

 一部には、と、中には、の同時出しがよろしくない。
 読点の位置が不適切。
 これまた、の使い方が不適切。
 犬みたく、は、地の文をモノローグしている人物が作家志望者であることに照らすと無意味に口語的かと。
→かと思えば、犬のように発達した嗅覚で書き手の実像を嗅ぎ付け、故なき人格批判を展開する人物もいた。

>こういうタイプの感想者を、康二は不得意としていた。というか、ほとんど耳を貸さなかった。

 感想に耳を貸さないのであって、または、感想者の言うことに耳を貸さないのであって、感想者に耳を貸さないのではない。

>このサイトでは感想者同士では意見の交換は基本的にしない。

 では、では、と重ねちゃよろしくないです。は、は、は、と三回続けるのもよろしくないです。
→このサイトでは感想者同士の意見交換を基本的にしない。

>このサイトに加入してからというもの、ときに襲われる無性の虚しさ、あるいは書くことを継続できない苛立ちと、書くことでことで生じる苦痛からも、それとなく逃れることができるようになっていた。

 誤字も含めて、こと、が四つ続くのが拙いかと。
 また、雰囲気は伝わってくるのだけれど、日本語として何を表しているのか曖昧。

>このサイトでは感想者はだいたい半年くらいで、半分ほどが入れ替わる制度をとっていた。

 サイトでは~とっていた、と掛かり方がおかしい。
 サイトでは~とられていた、か、サイトは~とっていた、でなくては。
 能動と受動の捻れ。
 感想者は、と、半分ほどが、の二つの主語が、入れ替わる、に掛かっているのが不恰好。

>何人かの感想者とはプライベートの付き合いもすることもあった。

の、の。も、も。助詞を意識的に選ぶ癖をつけるべき。
→何人かとはプライベートな付き合いもした。

 以上、※※※※※の手前まで。
 このくらいの頻度でこのあとにも文章的な瑕疵が散見されます。
一、読点の位置
二、助詞の選択
三、主述の捻れ
四、口語的過ぎないか
 この四つに気をつけて、あと一文にあれもこれもと取り込まず、都度音読したりしてリズムを整え、省ける言葉は省けるだけ省くのがよろしいかと。
 音読して突っかかったら、突っかかった箇所を何も考えずにまんまトルツメ、それだけでよくなることって多々ありますし(たいていは要らない言葉が悪さをしてるんですよ)、成立しないようなら足りない言葉をあとから必要なだけ補ってやればいい。まずは患部をばっさり切り取っちゃう潔さこそが推敲の肝かと。
 無自覚に書き続けていてもいずれは上手くなるでしょう、書くことが好きなようなので。でも自覚的に訓練すれば一年で見違えちゃうんじゃないかと。

 つづきます。

もんじゃ
KD111239165092.au-net.ne.jp

 つづきました。

 さてさて、圧巻、って思えちゃうほどによかったくだりは以下のとこ。

>女は息を切らしながら、自宅の中庭まで足を踏み入れると、にゃーんと、どこからともなく黒い猫が現れて、主人を出迎えた。雨でぬかるんでいたが、かまわずに女はべっそり濡れている猫を撫でた。そうしていると少しだけ乱れている呼吸は落ち着いた。
 庭はけっこうな大きさだが手入れがまったくされてをおらず、雑草は荒れ放題だし、庭木も生い茂ってしまっていた。もはや庭とさえ呼べない放置状態が続いていた。
 玄関を開けると、とうに捨ててあるべき古い靴が所狭しと、散らばっている。足の踏み場さえなかった。
 一軒家なので家は広い。しかし、女が入ったリビングも床には散らかし放題、というか荒れ放題。ゴミばかりが床を埋めていた。猫がどこからともなく出てくるし、異臭さえ漂っているが、女は慣れているためかまったく気にならないらしい。
 ソファにどしっと腰を落とした。女は泣いていた。なぜだかわからない。跡をつけた男の顔が思い出されてきて、女は再び狼狽した。直接手厳しい言葉を叩きつけられたわけではなかったはずなのに。
 女はやけに悲しくてしかたなかった。
「あのろくでもない男めが!」
 名前さえもろくに覚えていない無数の猫たちが、腰掛けたソファの上にやってくる。 薄汚れていても、身体の温もりを感じながら、背中を撫でていると、いつもならば気持ちは落ち着くはずだった。
 でも、今夜はそうではなかった。古めかしい洋風のリビング、オレンジ色のソファに腰掛けていたのが、立ち上がる。シャンデリアではなく、ソファ脇のランプだけが点灯している。
 女はいてもたってもいられずに、バスルームへと足を向けた。薄暗い中、途中で壁際の本棚に足をぶつけた。その拍子に、一冊の本が落ちた。それは精神心理学の本であり、女の父親が書いた本だった。女の父は医者であり、いくつかの本を書いている著名な人だった。
「ゴメンね、お父さん」といって、落ちた本をまたもとの場所に戻した。これらの本は、女が父の形見としてとってある、大事な本であった。表紙の裏には端正な字で、サインがしてある。愛する我が娘、蘭子へ、と書かれてあった。

 このあたり読んじゃうと劇中彼女への5150さんの愛みたいなものが勘違いかもしれないけど感じられて、いえ勘違いならいいのだけど万が一勘違いじゃなかったらそれってちょっと気持ち悪いな、とか個人的には感じてしまいました。侵入してくる他者に愛着を感じちゃう、みたいなことって心理学的には理解できることだけど、それが健全かというとまったく健全ではなく、だから御祓が終わったら5150さんにはやはり本来に立ち返って執筆を続けていただきたいとやや遠いところから願っていたり。

 というような感想になってしまいましたが、面白かったかどうかでいうとなかなか面白かったかも。読ませていただきありがとうございました。

5150
5.102.6.7

もんじゃさん

>>5150さんの作品にはーー感想にもそうだけどーーいつもウソがないような。そのマコトさが魅力であるし、そこんとこが面白さに繋がってるんだ、とか思われます。誠実さを感じるってことであります。

自分の書くものって、芸もなく、魅力もないよなあとばかり思っていたので、そんなふうに書いてもらえるとなんかホッとした気分になります。一つくらいはいいところあるのかあ、なんて。魅力は作るものでなく、出てくるものですし。

文章についての丁寧な添削、ありがたく読ませていただきます。これからの役に立てます。何度も読み返してみようと思っています。

>>このあたり読んじゃうと劇中彼女への5150さんの愛みたいなものが勘違いかもしれないけど感じられて、いえ勘違いならいいのだけど万が一勘違いじゃなかったらそれってちょっと気持ち悪いな、とか個人的には感じてしまいました。侵入してくる他者に愛着を感じちゃう、みたいなことって心理学的には理解できることだけど、それが健全かというとまったく健全ではなく、だから御祓が終わったら5150さんにはやはり本来に立ち返って執筆を続けていただきたいとやや遠いところから願っていたり。

現実的にはもうとっくに毒は抜けてますし、免疫もできているので、以後彼女について書くことはもうありません。サイトに出現したら幽霊みたいにぼんやりとただ眺めることでしょうし。

愛情、うむ……。現実の面で、あるいは理性面ではっきりと拒絶しますが、こうしてキャラとして描くと、ペトロじゃないけど、不思議な存在感というものはある、と認めざるをえません。だからこそ書けたのでしょう、と言うことはできるでしょう。作中キャラは、毒親(毒素の強い母親のイメージだったので、母性的なことなのかもしれません)的なものであり、他の子供(三人のキャラ)をそのまま体内に呑み込んだみたいな、毒蛇みたいなものかもしれません。または、インチキ占い師に、わかってはいつつも支配されてしまう、そんな弱みを抱えた芸能人みたいな。サイト内でも隠れ信望者は、信じられないですが、けっこういるようですし。

ちなみに場違いではありますが、次作の宣伝を、のほほんとここで書いちゃうことをお許しください。もう書いてあって、推敲段階です。一度このサイトが嫌になって、本気で辞めようかなと渋っていたときに書いたもので、それをもっと、なんていうか、大きな枠組みの中で物語として書いたもので、前に書いた「不安の法則」みたいなタイプです(といっても忘れていると思いますが)。メタもあるし、思索的といいますか。実験作です。で、これで自分の中では三部作の一番最後みたいな位置づけです。作家がちょこっと顔を出すので。でも、今回のような直接的な描写はないです(笑)。

追記
と書きつつも、あらら、アリアドネの糸さんへの返信読んでみたら、あらら……。でも、なんだかんだで、気持ちはよくわかります。基本的に、書くってことは、孤独でないとできないわけですし、むしろここで入り浸りすぎると逆効果のような気がしますし。ともかく作品の成功を心からお祈りしております。またサイト上で、続きが読めることを楽しみにしています。

アン・カルネ
219-100-28-197.osa.wi-gate.net

文章が読みやすかったです。
内容的にはよく分からなかったです。ごめんなさい。
消化不良となってしまったところは襲われた人達がなぜ襲われなければならなかったのか、ということでしょうか。
犯人が彼らの書いたものをつまらないと思っていることは分かるのですが、でも投稿サイトの参加者は結構な数の人達が書き手としているわけですよね? 他の人達だって駄作を投稿しているのでは? と思ってしまうと、なぜ犯人は康二や恭子や大輔に執着したのかなあ、と。そこ分かりませんでした。
ところで。犯人は蘭子で良いのでしょうか。
次に分からないなあ、と思ったのはこの蘭子の気持ちでしょうか。
>蘭子は文学を愛していた。
>医学の権威だった父は、文学のことなどまるで眼中になかった。
父親との確執があったのであれば、ターゲットにする相手は蘭子から見たら自分の父親を彷彿とさせるような作品を投稿してくる相手に憎悪が向けられそうな気もするけど康二も大輔も若いですよね。二人の書く作品の内容もおそらく専門性があるとか医療物とかでもなさそうだし。するとなぜこの二人を狙うのだろうと思ってしまうし…。
かといって文学に無関心な父親に対する怒りが根底にあっての犯行となると、やっぱり別に襲う相手は康二や大輔でなくともいいような気もするし…。 
しかも「あんたにキスしてもいい?」と言われて逃げ帰るのはどうして?
催涙スプレーにナイフまで持って口汚く男を罵っている段階で相当凄い女の人であるわけで、というか、そこまで出来る人が「キスしてもいい?」といわれたぐらいで怯むかなあ。っていうか、男性は意外さに驚くのかもしれないけど、女性は逆に更にキレるのでは? と思ったり…。
少なくとも私だったらきっと、「あんたにキスしてもいい?」と言われた段階で「この男だけは何が何でも殺しておかねばなるまい」に気持ちはシフトしちゃうかなあ。見下していた相手だけに許せなくなるよね。
そんなことを思いました。

跳ね馬
sp49-98-218-221.msd.spmode.ne.jp

5150さん、拝読しました。

何から書くべきかと思いましたが、とりあえず述べたいのは、(自分とは)レベルが違う、でしょうか。こちらのサイト様ではそうげん様、もんじゃ様、sin様と素敵な文章を書ける方々がいらっしゃいますが、御作も至極清廉されていると感じました。すらすらと物語にのめり込めさせる筆力に、良い意味で己の力不足を痛感させられました。

まず、一つ一つの描写がとても丁寧で、何気ない文からその人となりや背景が浮かんできます。簡潔でクセの無い、いつ飲んでも喉越しが良い上質なミネラルウォーター……文章における盤石な基盤とはこういうものなのかと実感しました。

あまり褒めすぎてもアレなので、ギューッと絞ってかろうじて掬い上げた指摘を一つばかり……。御作は読んで程なく三人称だと分かるのですが、冒頭の主語を省いた書き出しにいくらか違和感を覚えました。


>> 夜勤を終えて帰宅するときが一番心地よかった。朝の人がまばらな電車に座れて帰れるのが嬉しい。たいがいの乗客は通勤途中であるから、どことなく表情も頑なだ。


作者様の狙いだとしたら恐縮ですが、視点が今ひとつピンときませんでした。ここからすぐ「小野康二は反対に」が飛び出してくるので、ああ三人称かと認識できるのですが、個人的にはそこだけ、メガネをかけ忘れて物を見てしまった印象を受けました。後に『康二は思った。なんだ、どうしてこんな便利なサイトを今まで使わなかったんだろう、と。』の文があったせいか、自分の中で少しばかり際立ってしまいました(小説ではよくある手法の一つなのだとしたら、無知で申し訳ありません)。


内容に関しての感想は、自分もここに身を置かせていただいている立場であるため(色んな目的や思想をお持ちになられた方が闊歩されている現状をいくつか拝見しているため)、恐縮ですがこちらのサイト様内では控えさせていただきます。

ともあれ勉強になりました。ありがとうございました。

5150
5.102.6.7

アン・カルネさま

>>消化不良となってしまったところは襲われた人達がなぜ襲われなければならなかったのか、ということでしょうか。
犯人が彼らの書いたものをつまらないと思っていることは分かるのですが、でも投稿サイトの参加者は結構な数の人達が書き手としているわけですよね? 

むちゃくちゃ見苦しいですけれど、自作の解説をします。作者側の意図を明記してみます。

>>他の人達だって駄作を投稿しているのでは? と思ってしまうと、なぜ犯人は康二や恭子や大輔に執着したのかなあ、と。そこ分かりませんでした。

仰る通りです。ターゲットはこの三人である必然性はない、と考えました。具体的で個人的な恨みがあるわけではなく、三人にはただ共通点のようなものがあるだけです。康二はプロ作家希望です。「作家になって、ただ他人や友人たちを見下したかっただけではないのか」と薄っすらとだけど、うまくいかない点を認識しつつも、見ないふりをしている。恭子については、「実生活での自分の周りの、とても気にかけていることがらから、わざと避けて小説を書いている」。ここに目を向けたくない。けれど、三番目の大輔については、作者は、犯人はターゲットを間違えたかなという認識で書きました。

犯人は、つまり書く作品からそういう点を嗅ぎとって、真摯に創作活動しているフリをしている人が気にくわなかった、ということです。なので、別にこの三人というわけではなく、誰でも被害者となりえたはずです。性格は気まぐれなんですね。

>>父親との確執があったのであれば、ターゲットにする相手は蘭子から見たら自分の父親を彷彿とさせるような作品を投稿してくる相手に憎悪が向けられそうな気もするけど康二も大輔も若いですよね。二人の書く作品の内容もおそらく専門性があるとか医療物とかでもなさそうだし。するとなぜこの二人を狙うのだろうと思ってしまうし…。
かといって文学に無関心な父親に対する怒りが根底にあっての犯行となると、やっぱり別に襲う相手は康二や大輔でなくともいいような気もするし…。 

ここも言いたいことよくわかります。潜在的な犯行理由は、もちろん父親との関係が根本にあります。しかし、直接的な動機ではありません。その後もキャラは過去ではおそらくいろんな嫌な体験をしたと思います。過去の体験の積み重ねといいますか。その中に具体的な出来事も含まれているでしょう。一応ずっと文学は身近にはあったはずなので。でも、そのあたりは割愛しているし、実際のところ作者もよくわかりません。

シュミレート不足というより、わからない部分があった方が、あのキャラには似合うと考えました。

>>しかも「あんたにキスしてもいい?」と言われて逃げ帰るのはどうして?
催涙スプレーにナイフまで持って口汚く男を罵っている段階で相当凄い女の人であるわけで、というか、そこまで出来る人が「キスしてもいい?」といわれたぐらいで怯むかなあ。っていうか、男性は意外さに驚くのかもしれないけど、女性は逆に更にキレるのでは? と思ったり…。
少なくとも私だったらきっと、「あんたにキスしてもいい?」と言われた段階で「この男だけは何が何でも殺しておかねばなるまい」に気持ちはシフトしちゃうかなあ。見下していた相手だけに許せなくなるよね。
そんなことを思いました。

三番目の青木さんについては、ターゲットとしては間違えてしまったと、作者は認識しています。前二人のような精神面の脆さがなく、どちらかというと自信があるタイプです。まだ年齢も若いし、公募通過歴もあるので。

犯人は、人の弱みを嗅ぎ取り、そこへつけ込むタイプです。普通の女性ならば、アン・カルネさま(なんかむちゃくちゃかっこいい名前ですね)の言うようなリアクションが自然だと思います。でも、キャラは根底では男を嫌悪しているので、ああいう言葉は、逆に、キャラの心底の深い部分を突き、かつ予想だにしなかった言葉だったため、逃げていったと作者は考えました。つまり彼女の弱点を突いた言葉だった、ということです。

犯行の動機の記述の仕方については、二通り考えました。一つ目は具体的な犯行理由がきちんとある。これだと過去の具体的なエピソード、誰かに恨みがある。過去に嫌な思いをした、等、きちんと書かなくてはいけません。そうすると犯人側からの記述がもっと必要となり、全体のバランスが崩れてしまいそうですし、犯人がチープな存在になりそうでしたのでやめました。

もう一つは感覚的なことによって、すべての犯行をやってしまっている、理屈で行動しないタイプです。蘭子のキャラはもちろんこちらです。で、そうした老女心と頽廃した心理面を表すのに、最後の自宅でのカオスさで表すことにしました。現実社会では、自宅をごみ屋敷にしていても、他の事情でそうなっている場合が多いのかもしれませんが。前者で犯行理由がはっきりしていたら、おそらく部屋はきれいにしている様子を描いたと思います。

彼女ってたぶん、ああいうふうにわけもなく涙が出て悲しくなることって、よくあるような気がするし、そういうとき普段はどうしているんでしょうね。ぬいぐるみ相手にしていそうだし、一人カラオケでも行くんでしょうか、あるいはやけ食いだったりして。猫はいますが、友達はいなさそうですので。名作映画のはしごだったりして。ははは。まあ、酒は飲まなさそうだし。

なんか、ものすごくみっともなく長々と書いてしまったものの、一言でいえば、こちらの力量不足が一番かなと思います(笑)。返信で余計に混乱させてしまったら、ごめんなさい。

5150
5.102.6.7

跳ね馬さま

やっぱり褒めすぎです(笑)。今回はもんじゃさんにも添削してもらいましたし、過去にも何度か文章についてはハッパをかけてもらいました。けれど、うまくなった実感はほとんどありません。そう言う跳ね馬さんも、自作のあの硬質な感じは磨き込めば、物語と相まって、かなり強力な武器になると思います。跳ね馬さんはストーリーテラーでもあると見受けしましたし。

上述した、そうげん様、もんじゃ様、sin様、みな上手いですよね。同意します。文の艶みたいなものがあると思います。5150もそういうの出したいんですけど、出そうと思って出るもんでもないし、って。まあ、続けるしかないかなと思っています。

上記プラス、羊さんの柔らかい文も好きだし、それと正反対の、大丘さんの硬派な文体もいいな、なんて。自分の文体を持っていると、すごく強みになりますよね。

冒頭はごく普通に主語を入れるべきでしたね。もしかしたら、そういう癖なのかもしれないなんて、気づかせてもらってありがとうございます。

太郎仏
M014009196000.v4.enabler.ne.jp

小説にかける人々面白かったです。

ただ自分でやるなら、ご飯のモデルをもっと書くか
架空のキャラだったらもっとキャラ立ちさせるかです。
実際襲われるキャラがみんな平坦な感じがしてそこが難かなと思いました。
でもこれ公募とかでもいけるアイディアだなと思いました。
もっと書き直すことをお勧めします。
アイディアはとってもいいけど極めてない感がバリバリします。
とにかくキャラ立ちをもっとしましょう。
襲うのももっと
背筋を舐めるだけとか
監禁して猫でもふもふするとかバリエーション豊かにすべきだと思います。
あと小説学校だとか小説マニュアル本とかも出すといいかもですね
しばらくここで書き直して
公募にまた書き直して書いたらいかがですか

太郎仏
M014009196000.v4.enabler.ne.jp

例えば私なら
このパターンの生活に飽きた系でもいいですがもっとバリエーションをつけます。
例えば若い頃B型肝炎だったけどブラック企業で風俗に行ってしまい共産主義小説を書くとか
ありがちですけどそういう物語をいくつも作るわけです。
生活に飽きた系でもいいんですけど、なんか平坦だと思います。
例えばこれを村上春樹がキャラ創設して
カフカくんだけど小説を書くとか
ジョニーウオーカーだけど小説を書くだとか
ナカタさんだけど小説を書くだとか
例えば海辺のカフカの多彩なキャラで群像劇をもっと極めたり
もちろん自分でもっと負けない造成をするわけです
そういうキャラ造成を繰り広げれば
この作品は化ける可能性があると思います。
せめて百回くらい書いたら一作は花開くと思います。
そういう意味では頑張って欲しいですね

太郎仏
M014009196000.v4.enabler.ne.jp

その意味でくーんつ、高橋源一郎、大沢、春樹のいわゆる小説マニュアル本をもっとみて技巧をもっと学んだほうがいいと思いました。アイディアは浮かぶタイプと思いますが、私と比べてということではなくプロの方々と比べてまだまだ下手です。要するにこの作品はご飯だから習作としては許されるのでしょうがキャラに特徴がないしプロの方ならもっとすごいデフォルメしたすごいのがありますよね。白夜行とかその辺の作品になりうるアイディアなのにもったいないと思います。また警備員の同僚や息子が同人ですたーとかいうのもためした方がいいと思います。できればシリーズ化してこのジャンルをご飯で九十九作書いて、百作目で公募チャレンジするとひょっとしたらひょっとするでしょう

太郎仏
M014009196000.v4.enabler.ne.jp

例えばここで冗談ですけど
私が犯人で21世紀キョウサンゲリオンみたいな気の抜けた習作ばっかりで
公募作をほったらかしてる男が
教え駐の犯人になるわけです。
であなたの小説はいけるから、私が教えるってして、住所を聞き出して
あなたを監禁してb型肝炎ウイルスの入った血液を注射するとか
怖くないですかw

そういうふうに犯人が何人もいて教え駐やふざけるな駐など犯人になるとか
私はあんまり人の作品褒めないんですが、この作品は磨けばものになりますよ

5150
5.102.13.192

太郎仏さま、拙作に長い感想をつけてもらって、ありがとうございます。

>架空のキャラだったらもっとキャラ立ちさせるかです。
実際襲われるキャラがみんな平坦な感じがしてそこが難かなと思いました。

みんなに指摘されてます。

>でもこれ公募とかでもいけるアイディアだなと思いました。
もっと書き直すことをお勧めします。

公募はどうかなと思ってますが、部分的ではなく頭からリライトすれば、まあまあかもしれないですね。オチを別に考えて。

>アイディアはとってもいいけど極めてない感がバリバリします。
とにかくキャラ立ちをもっとしましょう。

ごもっともです。まったく極めてないです。アイデアが浮かんで、バッと集中して書いて終わらせただけですので、そんな感じです。最近はどうしてか、短期間で集中しないと形にできないことが多いです。

>襲うのももっと
背筋を舐めるだけとか
監禁して猫でもふもふするとかバリエーション豊かにすべきだと思います。
あと小説学校だとか小説マニュアル本とかも出すといいかもですね

面白しろそうですね。

>しばらくここで書き直して
公募にまた書き直して書いたらいかがですか

考えたことなかったですけど。

>例えば私なら
このパターンの生活に飽きた系でもいいですがもっとバリエーションをつけます。例えば若い頃B型肝炎だったけどブラック企業で風俗に行ってしまい共産主義小説を書くとか
ありがちですけどそういう物語をいくつも作るわけです。

型にはめて、いくつかのバリエーションを試すわけですね。

>せめて百回くらい書いたら一作は花開くと思います。
そういう意味では頑張って欲しいですね

確かに。

太郎仏さまは、感想を読む限りでは、かなり想像力のある方なのかな、なんて思いました。個人的に思うことは、才能云々とかよりも、作品を何度もリライトできる、あるいは同じ作にシュミレートした別のアイディアを嵌め込むことのできる忍耐さを持っている、だとか、そっちの方が才能などという曖昧なものよりか、よほど有益なんではないかなと思っている人間です。ほぼ、大多数の人は普通、最後まで終わらせるのがやっとで、手直しならまだしも、何度もリライトできり体力と気力のある人って、そうそういないような気がします。上手くなるに必要なことは、まず書くことのできる基礎的な筋肉(文章に対する)をつけないことには、何も始まらないと思っている5150です。ですが、まあ、100回はねえ、20回できる気力があれば、頭一つくらいは余裕で抜け出られることでしょう。できれば、の話ですが。100回できればプロにぐんと近づけるでしょう。太郎仏さまも頑張って下さい。

示唆に富んだ感想をありがとうございました。次作はすでに書いてあります。この倍の枚数です。またよろしくお願いします。

太郎仏
M014009196000.v4.enabler.ne.jp

再訪します。

もちろん作者様がいろいろ思いつくものを発表することも大事ですが
百作ならず20作とも同じリライトをすることも鍛錬になります。
個人的にはやってみるつもりですが
リライト百作挑戦してみませんか?
それは多分色々書き散らすよりも筆力の向上につながるかと

5150
5.102.13.192

過去作でリライトしたい作品はいくつもありますが、ここに投稿するかはわかりません。パッと書いたのを掲載して読んでもらって、いろんな人の感想を見るのが好きなんですよね。褒められることが目的にすり替わってしまうと、ヤバいんで。あるいは指摘された箇所を全部直すというのも、本音だとあまり好きじゃなかったり。でも、リライトで得られるものって、想像以上に大きいと思います。村上春樹センセイは、第一稿目を書いてから、それからが本当の執筆の始まりだとか、そんなことを書いていた気がします。

太郎仏
M014009196000.v4.enabler.ne.jp

再訪します。
これは全ての人に書いてるんですが、
僕は危機意識を持っていまして
正直ごはんのレベルをもっと上げない限りごはんを利用しても意味がないと思っています。
正直言って今回ではあなたがまだまともな方でしたが、正直昔僕が道草与作時代のご飯の方がレベルが高かったように思います。朱に交われば赤くなるですがこうしてレベルが下がっていくという意味ではなくて昔から本質的にみんな間違えているじゃないかと思ったのです。作家でご飯というサイトで実際デビューできた話も聞きますが有名作家になれてない面からして、ご飯の利用方法というものをみんな間違えているんじゃないかという結論に達した次第です。

お釈迦様の逸話に蜘蛛の糸の話がありますがまさにその状況です。自分一人地獄から這い上がるとしてもできない。ご飯の住人をみんな作家にして有名にするくらいの気持ちと利用方法じゃないと。我々は地獄にいて、天界行きの蜘蛛の糸は切れてしまうんじゃないかと。そこまで考えて感想や伝言板を使わないとダメなんじゃないかと。

で、教えていただきたいのですがあなたは確かに小説志望の群像劇ということでアイディアレベルでは突き抜けたものがあった訳です。そのネタ元と、筆力ではまだまだな感じがしましたが読書量や執筆量、マニュアルを教えていただきたいのです。
それとリライトで引っかかっていたので見込みがあると思ったのですが、
例えばリライト百作というのは私が考えた猛特訓な訳です。
他に自分はそれをやらないけどもしやったらすごそうな作家への道の一つとして
アイディアがあるならお聞きしたいのです。
そういう足掻きをしないとダメなんじゃないかと思うのです。

それと
例えば青木さんという方に読書法とか甘いと言いましたが、確かにレスバから読書法は実際甘いのですが今回青木さんは将門の専門家に教えをこうということをしてました。そのことは褒めるべきですが読書法や取材法が甘いならそのことを指摘した方が成長すると思います。
跳ね馬さんが過小評価だとかそういう傷の舐め合いより批判合戦の方が益になると思いました。
跳ね馬さんも見ましたがまず筆力が全然足りてなくてコメントしないレベルです。
哲学云々よりも先に筆力でダウンしました。
要するに不快になることを言い合った方が成長するんじゃないかなと思ったのです。
我々日本人は批判し合わない国民性でして、こうした場合喧嘩が発生しやすいんですが、
むしろ喧嘩しあって批判し合える場所というのは貴重です。
ごはんもそのように活用できるのではないかと。

5150
5.102.13.192

太郎仏さま

>正直ごはんのレベルをもっと上げない限りごはんを利用しても意味がないと思っています。
正直言って今回ではあなたがまだまともな方でしたが、正直昔僕が道草与作時代のご飯の方がレベルが高かったように思います。朱に交われば赤くなるですがこうしてレベルが下がっていくという意味ではなくて昔から本質的にみんな間違えているじゃないかと思ったのです。作家でご飯というサイトで実際デビューできた話も聞きますが有名作家になれてない面からして、ご飯の利用方法というものをみんな間違えているんじゃないかという結論に達した次第です。

他の方々がどう思っているか知らないし、さほど興味もなかったりするので、あくまで個人的な感想です。このサイトは役に立つ面と、役に立たない面とが、半々ぐらいなんじゃないかと思いながら、利用している者です。

名前のごとく、ここで修行さえ積めばいいところに行けるなどど思ったことは、一度もありません。やっていて身にしみるのは、それを期待してもしかたないな、ということです。

それはここの他の投稿者のレベル云々とはほとんど関係ないことのように思います(昔のごはんは知らないので比べようがないですが)。むしろ、サイトにべったりと精神的に依存状態になってしまうことって、長期的に見るとむちゃくちゃ害になると密かに思っているくらいです。

どうしてかと言うと、他人の感想を盲目的に信じる、あるいは褒め言葉に浮かれすぎてしまう、感想を得られない、あるいは感想の数を気にしすぎる、等、これらって、なにもここだけではなくて、SNSでも同じで、いいねの数ばかり気にする。依存とは、他者の意見に無意識的に寄り添ってしまうことだと思います。それが一番悪いことかな、と。作家になりたいのに、個がない、って何か根本的に違っている気がします。

5150は投稿の常連ですが、わりと新参者だし、以前のよかったときの、作家でごはんを知らないので、実際のところは、太郎仏さんの言う通りだったのでしょう。昔はよかったと、そういうことが書かれた感想をよく見かけますので。でも、これは例えば、サッカーの日本代表でも誰々がいたときがよかったとか、音楽でもあの時代のはどれもよかったとかと、同じようなことだと思えなくもありませんが。

>で、教えていただきたいのですがあなたは確かに小説志望の群像劇ということでアイディアレベルでは突き抜けたものがあった訳です。そのネタ元と、筆力ではまだまだな感じがしましたが読書量や執筆量、マニュアルを教えていただきたいのです。

そんなふうに書かれると、自分の実力も知らないでと、他人から笑われ放題でしょうが、聞かれたので答えますね。5150が一番していることはとにかく、小説的なインプットとアウトプットを繰り返すことです。一つ小説を読んだら、そこから発展して一つオリジナルを作るくらい、ですね。つまらなかったらプロのでも平気で読むのを途中でやめちゃう方です。いい小説よんだら、一つ書く、みたいな感じ。駄作を最後まで読んでも、そんな芸当はできません。いい小説ほど書きたいと思わせてくれます。最後まできちんと書けなくても、メモでもいいですが、メモをしても後になってはたいがい書けないので、イメージがあるうちにバッーと最後まで書いちゃいます。そこから熟成させたり、手で捏ねて形を変えたりするわけです。

あとはよく使うのは、歌です。詳細は、おっと、ここからは企業秘密です(笑)。

同じような手法としては、小説の最初の冒頭をイメージある文で書き出してから、そこから発展させてゆく方法です。確かクーンツが書いていたと記憶しています。さらに書き始めたら、下敷きとして好きな映画やドラマなどのストーリーに少しだけ沿ってゆくことです。ここまで補助してもらえればたいがいは短編なら最後まで、とりあえずは書けるはずです。

短編でも、内容はどうでもよくて、最後まできちんと終わらすことが重要な気がします。とんでもない名作の一ページよりも、駄作でも完結した小説にすることが大事だと、どこかで読んだことがあります。クオリティはあとから付け足すという考え方です。

つづきます。

5150
5.102.13.192

つづきました。

>跳ね馬さんが過小評価だとかそういう傷の舐め合いより批判合戦の方が益になると思いました。
跳ね馬さんも見ましたがまず筆力が全然足りてなくてコメントしないレベルです。
哲学云々よりも先に筆力でダウンしました。
要するに不快になることを言い合った方が成長するんじゃないかなと思ったのです。
我々日本人は批判し合わない国民性でして、こうした場合喧嘩が発生しやすいんですが、
むしろ喧嘩しあって批判し合える場所というのは貴重です。
ごはんもそのように活用できるのではないかと。

まあ、作品は合う合わないが大きく作用しますからね。評価は人それぞれだと思います。好き嫌いがあるのは当たり前ですし。

最近見ていると毎週のようにどこかで炎上してますが、どうなんでしょうかね。5150のごはんでの経験からすると、議論ってのはあんまり役に立ってないような気がします。そもそも議論しようと思っても、たいがい喧嘩に発展するので諦めてます。有意義な議論ができると思える人は、知る限りでは、そんなにいない感じですね。まあ、たまにいても頻繁には出てこないだろうし、忙しいんだろうし、って感じです。目利きの感想者はけっこういますが、他人からの感想を待つってことはノンセンスですし。基本的にごはんって、一期一会だと思っています。5150が密かにずっと思っていたことは、ここは男性読者が幅をきかせていて、女性の読者があまり感想を書いてこないのが、けっこう不満だったりします。たぶん女性は感覚的に書くのだろうし、男性は論理的すぎるし、おそらく女性にしたら居心地はよくないのでしょう、なんて。

こんなことずけずけと書くと面白くない人がいそうですが、そういうのも最近は慣れてきましたので、適当にやっている感じです。ちなみに裏には出た
ことはないし、たまにしか見ないです。あそこもかなりヤバいような気がしてるので、あまり近づきたくないんです。

読書については、少し前までは書くときに他の作家が書いたものを読むと必ず影響が出るので、していませんでしたが、最近は図太くなったのか、そんなことはないので、読書の数はけっこう増えました。ただし、情報を得るとか楽しむだけの読書と、はっきり小説を書くための読書とは、区別していると思います。ただ楽しんで読んでも、それを自作でのインスピレーションにするのは、そういう意識づけがないとできないような気がしています。徹底的に好きなものは逆に、暇なときに、一行でも一ページでも眺めていますね。速読は苦手です。訓練もしてないし、残念ながら頭はゆっくりとしか動かないらしいなので。

と、こんなところでどうでしょうかね。

太郎仏
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ありがとうございました。
とはいえ今日はインターネットの裏側について考えさせられた一日でした。
もちろんいろんな可能性があります。
多少は今日は溜飲がおりました。
僕の少年時代はインターネットはなかった。でも好きな作家がいて幸せだったです。
インターネットが出た時代と日本の時代が悪かったんでしょうが、
インターネットには良いイメージがなかったです。
ところが新たな可能性やもちろんインターネットの負の部分も感じて興味深かったです。

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