星の光
僕は砂浜にいた。太陽が海の上に輝き、辺りを真っ白に照らしている。海は深い青色で、波の音がせわしなく聞こえた。まるで生き物のように動いている海。どこまでも遠くに広がっていて、あまりの大きさに僕はいい気持ちになった。白い入道雲が海の中のくじらのように空をゆっくりと動いていた。
海に来たのは何年振りだろう。僕は記憶を思い出してみたが、小さい頃の記憶しか思い出すことができなかった。確かあの頃はまだ自分というものがよくわからなくて、それでも、海の景色はおぼろげに覚えていた。
「ねえ、今何を考えているの?」
白いワンピースに小麦色の麦わら帽子をかぶった僕の恋人が僕に話しかける。そのくりくりとした目で僕のことをじっと見つめていた。
「小さい頃のことを思い出していたんだ」
彼女の名前は沙織と言った。背が高くて体の線は細くて、そして他の人よりもずっと暗い目を持っていた。
僕らが出会ったのは、大学に入ったばかりの頃で、僕は友達を作るのに躍起になっていた。友達は思ったよりもすぐにできた。そしてその中にたまたま彼女がいたのだ。初めてあった時から不思議な目をしているなと思っていた。
僕らは砂浜の上をゆっくりと歩き、まばらにいる観光客の姿を見ていた。
「ねえ、この辺りにしない?」
彼女はバッグからレジャーシートを取り出した。熱い砂の上にレジャーシートが敷かれ、彼女はその上に腰を下ろした。
「昼ご飯買ってくるよ」と僕は言った。
「お願い」
彼女は髪をかき上げながらそう言った。
僕は海の家に買い物をしに行った。青い屋根と木材の壁の簡素な建物だ。そこには二十歳くらいの女性がいて、僕はやきそばと缶ビールを注文した。
買ったものを白いビニール袋に入れてもらい、僕は彼女が座っているレジャーシートまで歩いて行った。八月も終わりに差し掛かり、真夏の時よりは涼しい気がした。風は潮の匂いをまとって、体に吹き付けた。
レジャーシートに腰を下ろして、僕らはやきそばを食べ、ビールを飲んだ。
「私、時々海を見たくなるの」
彼女はビールを飲みながらそう言った。
「なんで?」
「なんでだろう。理由はわからないけど。私は海の近くで育ったわけでもないし、特に海に関する思い出があるわけではないの。でも時々一人で海を見に行ったりする」
光彩を失った目で、じっと海を見つめていた。海の中には二人の男女がいて、浮き輪につかまりながら海に浮かんでいる。波はせわしなく砂浜に打ち付けていた。僕は缶ビールを飲み干して、レジャーシートに横になった。
翌日、僕は部屋の中で目を覚ました。時間は十時になっていた。布団の中で、僕は沙織と行った海の光景を思い出す。沈んでいく夕日と鈍い輝きを放つ海面の様子がありありと思い出せた。
部屋はワンルームのアパートで布団と冷蔵庫、本棚、キッチンくらいがあるだけだ。部屋の壁は白く、どこか古さはあるものの、清潔感はあった。
僕は布団から起き上がって、洗面台に向かった。鏡に映る自分の髪はくしゃくしゃになっていた。洗面台の前で服を脱いで、シャワーを浴びた。
温かいお湯に当たっていると、ふと今日はアルバイトがあることを思い出した。週に三回駅前の大きな書店でアルバイトをしていた。アルバイトは夕方からだったので、まだ時間はある。
シャワーを浴び終わると、バスタオルで体を拭き、新しい服に着替えた。部屋に戻ると、クーラーが効いていて、窓の外は夏の日の光に照らされてぎらぎらしている。
冷蔵庫の上に置いてあった、パンをかじりながら、アイスコーヒーを飲んだ。パンに味はついていないし、アイスコーヒーはブラックで苦い。でもこんな朝食も悪くないと思う。
時間はゆっくりと過ぎていくようだ。二杯目のアイスコーヒーを飲みながら、僕は沙織の目の色について考えた。彼女の目は僕が彼女と付き合うきっかけになった。その目はどこか魅力的で、そして、人間的なものがないような気がした。
結局アイスコーヒーを三杯飲み、カフェインでさっぱりと目を覚ました後、僕は洗濯をして、キッチンのシンクに置かれた皿を洗った。シンクは銀色で昔からあるようなものだった。
ベランダに洗濯ものを干し終えると、僕は布団に寝転がった。布団は柔らかく、洗剤の匂いがした。本棚からまだ読んでいない本を取り出して、ページをめくる。
クーラーの音がしていた。部屋の中は涼しく心地がよかった。僕は布団に寝転がり、本に夢中になる。ちらりと時計を見ると午後の二時になっていた。アルバイトに行く時間まではまだ余裕があった。
スマートフォンを開いて、メッセージを確認する。そこには沙織の連絡先もあった。僕らは大学では一緒に講義を受けることもあったし、休日にはどこか遠くへ行くこともあった。彼女がいるおかげで僕の大学生活はなかなか充実したものになっていた。
午後の四時になると、僕は鞄を持って部屋を出た。アルバイト先までは歩いて二十分で行ける。アパートの階段を降りた時に、ふと空を見上げた。オレンジ色の太陽が浮かんでいた。
アルバイトが終わったのは夜の九時だった。書店を出ると、外は湿気があるものの、少し涼しかった。たくさんの人が駅前にはいて、大通りは次々と車が通り過ぎていく。人混みの中を通り抜けて、大通りの前の信号の前に立っているときにスマートフォンが振動した。
「もしもし」
電話に出ると、その声は沙織だった。
「何?」と僕は聞いた。
信号が青に変わると僕は歩き出した。目の前にはカフェがあり、人が出入りしている。
「今から会えないかな?」
時刻は九時過ぎだったが、「会えるよ」と僕は言った。
待ち合わせたのは、家から十分ほどの公園だった。僕はそこまで歩いて行って、ベンチに座った。彼女がここに来るにはおよそ三十分くらいかかるだろう。僕らは結構近所に住んでいたのだ。
公園のベンチは冷たかった。人の姿はほとんどない。ベンチに座りながら、辺りの景色を観察した。芝生があってその奥には木々が並んでいる。
「待った?」
それからしばらくして、振り向くとシャツにジーンズ姿の沙織の姿があった。彼女は僕の隣に腰を下ろした。
「そんなに待ってないよ」と僕は言った。
「あなた本屋でアルバイトだったんでしょ? ごはん食べた?」
暗闇の中に街灯の光に照らされた彼女の顔が浮かんでいる。その目は僕のことをじっと見つめていた。
「まだ食べてないんだ」
「あのさ、途中でコンビニでおにぎりを買ってきたの」
彼女はバッグからおにぎりを二つ取り出した。
「ありがとう」と僕は言っておにぎりを受け取り、包装を剥いた。
なんだか奇妙な休日だなと思った。彼女はどうして急に僕と会おうと思ったのだろうか。
「ところでどうして、今会うことにしたの?」
「さっきベランダで空を見ていてね、あなたと一緒に見たくなったの」
空を見上げると、銀色の星が空にまばらに点在し、きらきらとガラスの破片のように輝いていた。こうして空を見ると、自分がとても大きな場所に生きていることがわかる。星は遥か彼方に浮かび、地球まで光を放っていた。さっきまでは気づかなかったけれど、今日はとても美しい空の日だった。
星が浮かぶ空をしばらくの間見ていた。
「確かに綺麗な空だね」
「悪くない景色でしょ?」
そう言った彼女はどこかうれしそうだった。
僕がおにぎりを食べ終えると、彼女はバッグからペットボトルのお茶を取り出した。
「きっとのどが渇くだろうと思って買ってきたの」
「ありがとう」と僕は言ってペットボトルのお茶を受け取った。
執筆の狙い
特にテーマもなく思いついたままに書いてみました。