作家でごはん!鍛練場
朱漣

街の背中

 明け方に薄く降り積もった雪は、午後の晴れ間の陽射しに溶けて、路面を黒く濡らしていた。踏み跡のない道端の日陰で、溶け残った雪が白い斑模様を描いている。
 街は年賀の活気に溢れていた。
 城跡近くの神社は初詣客で賑わい、参道に沿って正月限りの露店が並んだ。北郊の海岸にあるマリーナの屋外ステージでは、招待されたアーチストのカウントダウンライブを引き継いで、地元のインディーズバンドがロックンロールの軽快なリズムを刻む。
 繁華街のアーケードには、聖誕祭を祝うイルミネーションの回廊が姿を消して、赤い布地に黄色い文字で『迎春』と大書された横断幕が連なり、天窓の緩やかなアーチを朱色に染めていた。姫沙羅の並木が織りなす光のページェントは残っていたが、目立たないように隠蔽されたスピーカーから流れているのは、クリスマスソングではなく琴と尺八による穏やかな雅楽の調べである。
 通りを行き交う人々の顔からは、何となく浮き立った昂まりを感じることができたし、晴れ着を纏った若い女性たちの姿は、人波に華やかな彩りを添えていた。
 杉原大輔が繋いでいた右手を軽く引かれて下を向くと、見上げる男の子の大きな眸と出くわした。臙脂色の子供スーツを着せてもらい、水色の蝶ネクタイまで締めている。大輔自身、藍色のツーピースの上に茶褐色のチェスターコートを羽織っていたし、妻の久美も紅赤色のダッフルコートの下は黒が基調のリクルートスーツ姿である。
 実家に挨拶に出向く前に、門出を祝う記念の家族写真を撮っておくつもりだった。
 ――確かこの通り沿いに写真館があったはず……。
 大輔が記憶を辿っていると、男の子が尋いた。
「あとどれくらいで、おじさんのお家に着く?」
「良太、今日から〝おじさん〟じゃなくて〝パパ〟って呼ぶ約束じゃなかった?」
 息子と左手を繋いでいる久美が窘めると、良太は黙って俯いてしまった。
「いいよ、無理しなくても」
 大輔は言いながら、そっと良太を抱きかかえた。寄り縋る小さな身体を抱きしめていれば、気持ちは充分に伝わってくるのである。改めて〝パパ〟と呼ぶことが、少し気恥ずかしいだけなのだ。
「だけど〝おじさん〟は勘弁かな。せめて〝おにぃさん〟にしてくれる?」
 先月、二十六歳になったばかりの大輔である。良太の〝おじさん〟呼ばわりにはずっと抵抗があった。
「そうだよね。大輔くんは、まだ若いもんね」
 ――その〝大輔くん〟ってのも、やめて欲しいんだけどなぁ。
 大輔は内心そう思っていたが、口に出して言ったことはない。
 二人の出逢いは、バイク通勤中に転倒した大輔が、右の足首を骨折してしまったことがきっかけだった。ギプスで患部を固定して病室のベッドに横たわっていた大輔に、久美が担当看護師として挨拶にきたのが初対面。
 大輔のひと目惚れだった。
 看護師と入院患者、年齢がひと回り離れていることもあって、久美は最初から将来の夫のことを〝大輔くん〟と呼んだ。入院中も通院中も退院してからも、大輔は何度断られても懲りずに交際を申し込み続けた。だが、互いに憎からず思っていたにも拘らず、二人の関係はなかなか恋人同士には進展しなかった。
 久美は大輔との年齢差のほかに離婚歴もあり、前夫との間に授かった八歳になる男の子を育てるシングルマザーだった。だから三人で同じ人生の絵図を描くことを躊躇い、秘めた想いにブレーキをかけていたのである。
 かたくなに閉じられていた久美の心の扉をこじ開けたのは、大輔の変わらぬ愛の温もりだった。やがて、久美も少しずつ大輔の想いを受け入れて、二人は二年の交際の後、去年のクリスマスイブに入籍した。
 イブの入籍を希望していたのは久美である。理由を尋ねると、久美はいつになく真剣な眼差しを大輔に向けて言った。
「前に話したことがあったでしょ? 良太のお兄ちゃんのこと。たった一週間しか生きていてくれなかったけど、私にとって太一は今でも大切な息子なの。だから大輔くんとのこと、あの子にも祝って欲しくて。……イブは、太一の誕生日」
 年上の恋人が抱く熱い想いを知った大輔は、その願いを叶えてやりたいと思った。

 ふーっ、と久美は大きな溜め息をついた。今日は朝からこんな調子である。
「緊張してる? まあ、無理もないとは思うけど……」
「そりゃあ、そうだよー。だって、大輔くんのご両親とお会いするの、今日が初めてなんだからね」
「だよなぁ」
 順番が逆になってしまったことが、久美の不安をいや増していることは否めない。
 結納やら、結婚式やら、新婚旅行やら……、大袈裟な振る舞いには興味がなく、婚姻届を提出しただけで済ませてしまったが、その前に大輔の両親と顔合わせができなかったことを、久美はずっと心残りに引きずっていた。
 実家までは、車で三時間ほどの距離である。両親と兄が三人で暮らしていた。父親は町工場の配管工として長く勤め、兄はコンビナート内にある鉄工所で働いている。
 大輔は何度も久美を紹介しようとしたが、大輔の家族は頑として逢おうとしなかった。年齢差、離婚歴、シングルマザー……、強硬な態度の理由は想像に難くない。
 顔合わせの日取り交渉が遅々として進まないうちに、時間だけが過ぎていった。成り行きを見守るしかなかった久美は、やがて入籍を「来年のクリスマスまで待ってもいい」と言ってくれた。思うように交渉が捗らない中で、大輔も入籍の延期を真剣に考え始めていた矢先、久美の口から懐妊を告げられたのだった。
 状況は一変した。来年まで待つことは出来なくなった。二日後のイブ、二人は慌ただしく婚姻届を提出した。大輔の実家には、入籍の事実と正月に帰省する予定だけを伝えておいた。妊娠の件は知らせなかった。戦前生まれの両親が手放しに喜んでくれるとは、とても思えなかったからである。会っていろんな話を進める中で、折りを見て切り出すつもりだった。

 しばらく歩いているとアーケードが途切れ、同時に視界が開けて、三人はこぢんまりとした広場に辿り着いた。
 ヴィーナスのカリアティードを中央に配した噴水の水飛沫が風に舞い、新春の午後の陽射しに煌めいている。床の仕様は、商店街の矢筈模様の煉瓦敷きから、乱張りの石畳に変わっていた。正六角形をした広場は、三人が通ってきた一辺も含めて、すべての辺が繁華街の目抜き通りと交差している。それぞれ通りの入口には左右に二本ずつ、都合六対の門松が飾ってあった。
「ここが……、街の中心なの?」
 大輔は小さく首を横に振った。
「賑やかなのは、北の海端のほう。だけどこっちだって、捨てたもんじゃないよ」
「ふーん」
 改めて周囲を見廻す久美の表情には、「思っていたより、期待外れ」と書いてある。
 大輔は構わずに続けた。
「駅を降りて、いま歩いてきた通りは広場で終わりじゃなくて……」
 そう言って、大輔は噴水越しに正面に見えている通りの入口を指差した。
「あそこに繋がってる」
「通りが広場を突っ切ってるってことね?」
「そう。ついでに言うと、同じような通りがあと二本ある」
 大輔が指し示した先には、正面より向かって左右の一辺から、それぞれアーケード街が奥へと伸びていた。
「この繁華街は、三本の目抜き通りを中心に栄えてきたんだ」
「ふーん」
 曖昧に頷く久美の顔には、それでも「やっぱり期待外れ」と書かれていた。

 この街には市街地がふたつあった。街の中心からわずかに南寄りに位置するアーケード街と、北郊の海岸に切り開かれたマリーナの周辺地域である。
 戦前から戦後まもなく、さらには高度経済成長期において、アーケード商店街は経済と文化の潮流を担ってきた。しかし、海岸の埋立地にコンビナートが形成されていくにつれて、その中心はマリーナとその周辺地域へと移り変わっていく。いまではシャッター商店街となりつつある有り様を見て、久美が期待外れの感慨を抱いてしまうのも無理からぬことなのだ。
 古い商店街を抜けてしばらく行くと、街の中心を流れる川の土手にでる。流れに沿って下っていくと、次第に汐の香りが強くなり、やがて海端のマリーナに行き着く。
 家族写真を撮った後、大輔と久美はマリーナ方面に向かって、川沿いの堤防を歩いていた。良太は大輔の背中でスヤスヤと安らかな寝息をたてている。
 海岸に接したマリーナの北端から延びている桟橋には、たくさんのヨットやクルーザーが繋留され、内海の穏やかな波に身を任せて小さく揺れていた。ドーム型の広場を介した南端に高い丘があって、マリーナの喧騒を一望のもとに見下ろすことができる。対岸の埋立地に形成されたコンビナートがその規模を拡大させていくにつれ、中腹から頂上にかけて宅地開発が進み、やがて瀟洒な分譲住宅や高級マンションが建ち並んだ。
 緩やかな螺旋を描きながら丘を登る坂道の歩道は赤煉瓦の石畳敷きで、沿道にはプラタナスの並木が続いていた。街路樹の数本おきに、二又に別れた先端にランプシェードのような灯具をぶら下げた街路灯が設置されている。
 坂道沿いの家並みは、ガレージと中庭がある一戸建てが多く、どこかモダンな高級感が漂っていた。中世欧風の切妻造りで統一された、スーパーマーケットやレストランなどのショップ群も周囲に違和感なく馴染んでいる。丘の頂上から眺めることができる、坂下の中庭と建物のカラフルな色瓦が、まるで寄木細工のように犇めき合うさまは、宅地開発を担当した設計者が意図した通りの見事な景観を造りあげていた。
 丘の麓一帯には、マリーナが漁船の舟溜まりだった頃からの古い集落がまだ残っていて、コンビナートの繁栄を下支えする孫請け会社、そこから更に仕事を受注している町工場などで働く人々が、質素ながらも穏やかな生活を営んでいる。

 大輔の実家は、裾野の集落の一画にあった。周囲と比べて立派な門構えをしているのは、当時コンビナートの埋立地で漁師を営んでいた祖父が、立ち退く際に手にした金で購入したものだからだ。くすんだブロック塀に囲まれた敷地内には、狭いながらもしっかりと造りこまれた庭があった。そこだけ真新しい赤煉瓦の門柱、縦格子に組み上げられた黒い門扉。アプローチは鉄平石の乱張りで、緩やかに蛇行しながら訪う者を敷地の奥へと導いている。
 古びた引き違い戸の玄関の左右には、見事な門松が飾ってあった。父親の手製で、毎年この時期が来ると仕事の合間を縫って、材料集めから製作まで半月近くをかけて仕上げるのだ。
 大輔は実家の玄関の前で立ち止まると、背負っていた良太をそっと降ろした。寝呆け眸の良太を久美が後ろから支えてやる。
「ほら、良太、着いたわよ。ちゃんと起きて」
 小声で励ましながら、良太の服装を整えている気配を大輔は背後で感じていた。頃合いを見計らって振り返ると、久美が腰を屈めたまま頷き返す。
 腕時計に目を落とす。連絡していた午後二時まであと五分。大きな深呼吸をひとつして、大輔は玄関の引き戸を開けた。
 その瞬間、大輔の目線に飛び込んできたのは、上がり框で腕を組んで仁王立ちした父親の姿だった。刺すような視線で息子を見据え、隣近所も憚らない大声を放った。
「どの面さげて戻って来たとかッ! こん家の敷居ば跨ぐこつは、金輪際許さんッ!」
 大輔の背後で、たじろぐ二人の気配が感じられた。
「大丈夫だよ、良太。怖くなんかないよ」
 息子を励ます久美の小声が聞こえた。振り返ると、良太が母親の後ろに回って太腿にしがみついている。
 悶着は覚悟していた。頭ごなしに叱責されるだろうが仕方ない、そう腹を括ったつもりでもいた。それにも拘わらず、これほどまでの剣幕は想像していなかった。家の中に入ることすら許さないという。これでは取りつくしまもなかった。
「お前たちは、親の許しもなかとに、もう入籍したとげなの。いくらなんでん順番が反対じゃなかか? 籍ば入れれば、諦めて会うてもらえるとでも思うたか? 筋が通らんこつば一番すかんとは、お前もよう知っとろうが!」
「違うんだ。入籍したのには理由があって……」
 大輔の懸命の抗議は無視された。
「そげん甘えた考えで、これから家庭ば持って、やっていけるち思とるんか。お前たちは、世間様ば嘗めとるんじゃなかとか」
 一気にまくしたてた後、息子の背後に控えている久美を見やった。
「あんたも、ひと回りも年上でおって、大輔のこげな勝手ば許して、年のとり甲斐のなかこったい。のっけから道ば外すようなこつばしておいて、どうしてあんた達ば娘と孫ち思わるるもんかね。あんたにはすまんが、大輔共々、もう二度と顔ば見せんでくれ」
 言い終えるや否や、いきなり上がり框を土足で降りたったかと思う間もなく、大輔の目前で玄関の扉がピシャリと閉められた。直後、鍵が掛けられた音が響く。曇りガラス越しの影が、いささかの迷いも見せずに家の奥へ遠ざかっていった。
 凍てついた沈黙が、冬だまりの寒さに溶けてゆく。佇む三人が吐き出す白い息が、静止した空間の中で、わずかに揺曳いては消えた。
 自分の見通しの甘さが原因で、玄関の前で立ち尽くす破目を招いてしまったのだ。大輔は今朝アパートを出る時、「何とかなるさ」と気安く請け合っていたことを思い出した。それが今の現実に直面して、年嵩の妻が自分にどんな想いを抱いているのか……。羞恥と屈辱が入り交じった想いに、頬がカッと熱くなる。
「大輔くん……、どうする?」
 遠慮がちな久美の声は、かえって大輔の激情を煽ってしまう結果となった。
 上桟に取り付けられた注連縄を睨めあげる。
 大輔の後ろ姿にただならぬ気配を感じたのだろう、久美が切迫した口調で訴えた。
「何をする気? 乱暴はよして。自棄になっちゃ駄目だよッ!」
 久美の声に耳も貸さずに、大輔は右手に向かって大股で玄関を回り込んだ。久美が慌てて、良太の手を引きながら後を追った。
 大輔にとっては、勝手知った実家である。
 少し行くと、縁側に面した庭に出た。土いじりが趣味の母親の手によって、庭木の合間に菜園と花壇がバランスよく整えてられている。濡れ縁の前に渡されてある二本の物干し竿に洗濯物はなく、ひび割れて色褪せた樹脂の表面が剥き出しになっていた。濡れ縁は掃き出し窓を介して、広い和室の居間に面していた。大輔が幼い頃には、風情のある猫間障子だった境界は、今ではアルミサッシの窓に変わっていた。
 明り取りも兼ねた掃き出し窓は、昼間なのに薄青色のカーテンが閉め切ってあった。
 大輔は横目で見て、歩みを速めた。
 庭を突っ切った奥、古ぼけたちっぽけな小屋が建っていた。木枠にトタン板を打ち付けただけの粗末な物置は、中学生の春休みに兄と親子三人で組み上げたものだ。中には積み重ねられたプランターや苗床をつくるセルトレイ、一輪車の上に載せられたままの肥料袋と漏斗、ペンチやスパナレンチ・ドライバーなどが入ったツールボックスや鋸・鉋・電気ドリルなど日曜大工の工具類、他にも用途不明のペール缶やコードリール、壊れたガスコンロ……、いろんなものが雑然と置いてある。
 探しものは、すぐに見つかった。小屋の隅っこに大きな切り株が置いてあり、その真ん中に使い古された斧が突き立っている。
 大輔は斧の柄を掴むと、軽く手首を捻って切り株に喰い込んでいた切刃を抜いた。
「ねえ、何をするつもりなの?」
 戸口に立った久美が、緊張を孕んだ声で尋いてくる。
 大輔は何も言わずに久美の脇をすり抜けると、もと来た道を戻っていく。
 ほどなく再び玄関の前に立った。大輔は完全に自分を見失っていた。
 躊躇いなく、斧を振り下ろす。
 バキッ――。門松の頭ひとつ背の高い中央の青竹が、弾けるような音をたてて割れた。続けざまに左右の青竹と松の木が裂けて、真新しい木肌が露わになる。
「そんなことしちゃ駄目だよ、大輔くん!」
 久美が制止の声をあげると同時に、良太が堰を切ったように甲高い声で泣き出した。
「見ちゃ、駄目!」
 久美が息子を抱きかかえるようにして、両手で息子の目を覆った。
 大輔は怒りに任せて休む間もなく斧を振るい続けた。
「お願いだから、もう止めてーッ!」
 久美の絶叫で大輔が我に返った時、門松は無残な木と土と藁の塊になっていた。
 大輔は斧を放り出した。肩で息をしながら、額にうっすらとかいた汗を手で拭った。
「……行こう」
「え? だって、このまま帰っちゃうの? ねえ、ちゃんと話をしないと……」
 大輔が振り返ることはなかった。ぐんぐん遠ざかっていく。
 束の間、久美は迷った。連れ戻すべきか、後を追うべきなのか。
 怒りに任せ、肩で風を切って歩いていく大輔の後ろ姿……、久美には悄然と佇む夫の背中が見えていた。門口に立って、ズタズタに壊された門松に見入る。少し離れた隣には、午後の陽射しを浴びながら、空に向かって真っすぐに屹立する真新しい松飾り。
 久美は玄関に向かって深々と頭を下げると、良太の手を引いて大輔の後を追った。
 振り返ることはなかった。

 アパートに帰り着いた時には、夜の八時を回っていた。途中、ファミレスに寄り道をしたからである。1DKのアパートは、もともと久美と良太が二人で暮らしていた所に大輔が越してきたのだが、母子は手狭になった不便さよりも、共に暮らす家族が増えた賑やかさと温もりを歓迎していた。
 だが、今夜ばかりは少し違った。帰りの電車でも、ファミレスの中でも、三人はずっと押し黙ったままだった。
 大輔の暴発した感情の熱気は、時間の経過とともに少しずつ醒めていった。実際、帰りの電車に乗り込んだ頃には、一時の激情に流されてしまったことを悔やんでいた。
 ――明日は、一人で行ってみよう。
 そのつもりでいた。それで駄目だったら明後日、また出直せばいい。時間が許す限り、わかってもらえるまで何度でも足を運ぶ……、それだけのことなのである。
 思いを定めてしまうと、肩の荷が下りたみたいに大輔の気持ちは楽になった。知らず知らずのうちに、力み過ぎていたのだ。
 それでも、大輔はいつも通りに振る舞うことが出来ずにいた。
 良太の異変に気づいたからだ。天真爛漫で弾けるような笑顔が影を潜め、強張った固い表情のまま、ひと言も口をきこうとしないのである。昼間の出来事が、幼い心を深く傷つけてしまったことは間違いないだろう。それが原因で、一時的に寡黙になっているだけならまだいい。だが、大輔は息子の暗く沈んだ眸の中に思い詰めた、ただならぬ気配を感じ取っていた。引き摺る想いが、心の内面に向かっているような気がしてならなかった。
 久美も母親として、同じ危惧を抱いていたらしい。心配そうに息子を見やり、大輔と気遣わしげな視線を交わし合った。
 家に帰るとすぐに、久美はテレビのスイッチを入れた。毎週、良太が楽しみにしている人気バラエティー番組が、正月の特番を組んでいた。三人はそれぞれの指定席で炬燵を囲み、画面が映し出す映像に黙々と見入った。普段の笑顔を交わし合う賑やかな一家団欒とは打って変わって、テレビから流れてくる音声だけが、やけに大きく部屋に響いた。
「お風呂、先に入って来てもいいかな?」
 久美が心配そうに尋いた。
 甘えん坊の良太は、まだ一人で風呂に入ったことがない。母子二人で暮らしていた間、ずっと久美が身体を洗ってやっていたのだが、最近では大輔と一緒に湯船に浸かるのが習慣になっている。
 昼間の一件と良太の様子を見て、久美は言外に〝自分がお風呂に入れようか〟と、問いかけているのだ。
「いいよ、先に済ませちゃって」大輔は、良太の様子を横目で窺いながら言った。
「本当に大丈夫?」久美は不安げな視線を送って寄こす。
 大輔は黙って、しかし力強く頷いてみせた。
「わかった。じゃあ、お風呂、沸かしてくるわね」
 言い残して、久美は席を立った。ほどなく、水掛かりの音が聞こえだした。
 良太はテレビ画面かとらも目を逸らし、しょんぼりと下を向いてしまっている。
「昼間、三人で撮ってもらった写真、一緒に見よっか?」
 俯いたままの良太に声を掛けながら、大輔は傍らのショルダーバッグからモバイルを取り出した。
 電源を入れると、液晶ディスプレイにランダムな画像が映しだされた。今回のそれは、氷原を歩くペンギンの群れだ。ログインIDとパスワードを入力すると、画面がパッと切り替わった。近くの公園で撮った久美と良太のツーショットである。
 アイコンをダブルクリックして『Outlook』を起動してみると、受信トレイに昼間の写真館からメールが届いていた。閲覧ウィンドウで来館を謝する文面に目を通して、添付されてきた三点の画像ファイルを開く。籐椅子に腰掛けた良太を両側から挟んだ一枚、台上に乗った良太を真ん中に配した一枚と同じ構図のバストアップ。
 大輔はUSBポートにメモリーを挿入して、送られてきたファイルをコピーした。次いで、別のアイコンをダブルクリックして、画像編集ソフトウェアを立ち上げた。
「こっちにおいで」大輔が手招く。
 良太は最初のうち少し逡巡していた様子だったが、やがてごそごそと動き出して大輔の膝の上に落ち着いた。
 USBメモリーは、普段デジタルフォトフレームに使っているものだ。趣味のツーリング先で撮り溜めた風景が多く保存されていたが、久美と付き合い始めてからは、少しずつ家族写真も増えつつある。ハイライトとシャドウの機能を使って軽く濃淡を出す程度の風景と違って、家族写真はブラシ機能で色彩のバランスを変えてみたり、時には思い切って背景を入れ替えてしまうなど大掛かりに手を加えることも珍しくない。
 専用のソウトウェアを使って映し出された画面を様々に変化させることが、良太には随分と刺激的だったらしい。ある日、ツーリングから帰って、大輔がいつものように撮ってきた風景を編集していると、偶然見かけた良太が「何してるの?」、言いながら寄って来たのが最初だった。大輔がいろんな機能を使って色彩や色合いを変化させてみせる度に、良太は「すっげぇー」「すっげぇー」を連発して、食い入るようにディスプレイを見つめ続けた。
 以来、大輔が編集作業をする時には大抵、良太が膝の上にいた。
「今日はどんなお化粧にしよっか?」
 良太はどういう訳か、画像処理のことを〝お化粧〟と命名して得意になっていた。悪気はないのだろうが、それを聞く度に久美は「なんだか私が、普段から厚化粧してるみたいじゃない」と嫌がった。
 ソフトウェアの中には、過去に大輔が編集したフォトグラフのすべてが、きちんと整理されて収納してあった。マウスを動かして、上端にあるタスクバーから『ギャラリー』ボタンをクリックすると、閲覧ウィンドウに二つのフォルダが表示された。
 大輔は『ファミリー』と名付けられたフォルダを開き、閲覧モードを『スライドショー』に切り替えた。保存されているたくさんの画像が、時系列を追ってディスプレイ上を流れていく……。
 最初の一枚は、まだ付き合い始める前、入院中に病院の屋上でこっそり撮ったナース姿の久美だ。想いを告白する前の一枚である。その後しばらく、被写体が久美だけのスライドが続いたが、やがて母子のツーショットが見受けられるようになっていく。この頃の良太の表情は、仏頂面をしたままカメラを睨みつけているものがほとんどである。
 そんな一連の流れの中、転機が訪れた一枚がある。ご機嫌で食べていたアイスクリームを誤って足下に落としてしまい、力いっぱい号泣しているショット。しかし、良太はポロポロと大粒の涙を零しながらも、母親ではなくカメラを向けている大輔に向かって、ピースサインで応えてくれていた。
 良太の笑顔が見られるようになったのは、それ以降である。最近では、久美がカメラマンになって、大輔と良太のツーショットを撮ることのほうが多かった。
 ふと気づくと、二人はスライドショーを最後まで観てしまっていた。慌てて壁時計に目をやる。そろそろ久美が風呂からあがってくる頃だった。今から編集に取り掛かっても、とても間に合いそうにない。大輔は中途半端で中断するよりは、送られてきた画像を取り急ぎソフトウェアに取り込んでおくことにした。
 その時――。
「……でしょう?」良太が小さな声で呟いた。
「ん? 良太、何か言ったか?」
 良太の視線は、ディスプレイの画面に固定されていた。そこには、昼間の家族写真の一枚が表示されている。
「僕のせいだよね? あの人……おじさんのパパでしょう?」
 今にも消え入りそうな声だった。
 良太の思い詰めた表情の意味を、大輔はようやく悟った。胸の奥が締めつけられるように軋んだ。
「悪いのはおじさんだ。良太のせいじゃない。良太は何も気にすることないんだよ」
 良太は、とうとう泣き出してしまった。
 泣きじゃくりながらも、途切れがちに言葉を繋ぐ。
「僕は、ずっと、パパが、欲しかった。……パパが、いなくて、寂しかったから」
 たまらなくなって、大輔は後ろから良太をギュッと抱きしめた。
「そうだったね。でも、これからは寂しい想いはしなくていいよ、おじさんが……」
 突然、強い力で良太は大輔の腕を振りほどいた。
「どうした、良太?」
 良太は大輔の傍らに立つと、涙でくしゃくしゃになった顔で真っ直ぐな眸を向けた。
「おじさんは僕のパパになってくれるの? 本当にパパって呼んでいいの? おじさんのパパが怒ったりしない?」
 小さな胸では抱えきれない優しい想いごと、大輔は良太をしっかりと抱き寄せた。
「おじさんのパパとは、ちゃんと仲直りするから」
 溢れ出す息子への愛情の中で、大輔の心の眸が見ていたものは、面罵して遠ざかっていく父親の背中が語る愛しい慟哭だった。
「誰が何と言おうと、今日からずっと、おじさんが良太のパパだ」
 小さな手が躊躇いがちに大輔の背中に回された。
「……パパ」
 抱かれたままの息子の声は、くぐもっていて聞き取りにくかったが、しっかりと新米パパの胸に届いていた。

街の背中

執筆の狙い

作者 朱漣
fs5ccb60c2.fkol112.ap.nuro.jp

第55回_北日本文学賞、一次選考落選作。こんなに早い時期に鍛錬場に掲載する羽目になるとは……^^;
ちょっとお正月に家族で読むには……っては思ってましたけど、他にもいろいろと理由はありそうです。
忌憚ないアドバイスをよろしくお願い致しますm(-_-)m

コメント

貔貅がくる
n219100087087.nct9.ne.jp

中身を読む前の、「画面眺めた印象」の憶測で ナンなんですけど……



>この街には市街地がふたつあった。街の中心からわずかに南寄りに位置するアーケード街と、北郊の海岸に切り開かれたマリーナの周辺地域である。
 戦前から戦後まもなく、さらには高度経済成長期において、アーケード商店街は経済と文化の潮流を担ってきた。しかし、海岸の埋立地にコンビナートが形成されていくにつれて、その中心はマリーナとその周辺地域へと移り変わっていく。いまではシャッター商店街となりつつある有り様を見て、久美が期待外れの感慨を抱いてしまうのも無理からぬことなのだ。
 古い商店街を抜けてしばらく行くと、街の中心を流れる川の土手にでる。流れに沿って下っていくと、次第に汐の香りが強くなり、やがて海端のマリーナに行き着く。
 家族写真を撮った後、大輔と久美はマリーナ方面に向かって、川沿いの堤防を歩いていた。良太は大輔の背中でスヤスヤと安らかな寝息をたてている。
 海岸に接したマリーナの北端から延びている桟橋には、たくさんのヨットやクルーザーが繋留され、内海の穏やかな波に身を任せて小さく揺れていた。ドーム型の広場を介した南端に高い丘があって、マリーナの喧騒を一望のもとに見下ろすことができる。対岸の埋立地に形成されたコンビナートがその規模を拡大させていくにつれ、中腹から頂上にかけて宅地開発が進み、やがて瀟洒な分譲住宅や高級マンションが建ち並んだ。
 緩やかな螺旋を描きながら丘を登る坂道の歩道は赤煉瓦の石畳敷きで、沿道にはプラタナスの並木が続いていた。街路樹の数本おきに、二又に別れた先端にランプシェードのような灯具をぶら下げた街路灯が設置されている。
 坂道沿いの家並みは、ガレージと中庭がある一戸建てが多く、どこかモダンな高級感が漂っていた。中世欧風の切妻造りで統一された、スーパーマーケットやレストランなどのショップ群も周囲に違和感なく馴染んでいる。丘の頂上から眺めることができる、坂下の中庭と建物のカラフルな色瓦が、まるで寄木細工のように犇めき合うさまは、宅地開発を担当した設計者が意図した通りの見事な景観を造りあげていた。
 丘の麓一帯には、マリーナが漁船の舟溜まりだった頃からの古い集落がまだ残っていて、コンビナートの繁栄を下支えする孫請け会社、そこから更に仕事を受注している町工場などで働く人々が、質素ながらも穏やかな生活を営んでいる。


↑ という、怒涛の説明描写部分が、なんか・・

【同じ街を舞台に書いた、別作品から持って来て、移植したもの】なように見えるなー。


なんか周りの部分から乖離してるような気配濃厚にあるし、
『話の脈絡として、絶対に必要なようには、なんかあんまし思えない』印象。


話はまだ全然読んでない時点での「あくまで印象」で、読めばまた違うのかもなんだけど、
ぱっと見、『そんな感じ』した。


テキトー感想で、ごめん。

朱漣
fs5ccb60c2.fkol112.ap.nuro.jp

 貔貅がくる様

 そっかー、そういうことかー。
 お返しのコメント、ちょっと後回しにさせて下さい。
 そのご指摘って……、甘く見てたなー。ホンっと、馬鹿だ。莫迦過ぎる。
 そっかー、そう読めてしまうんだー。

茅場義彦
133.106.162.55

お得意の冒頭ちょちょっと読んで効率的に書き手を腐すねえ

つくづくそれ好きっすねえ

どんな相手にもやるのはイサギいいけどね

それで絶対時間書けて読まないっていう 不動のポリシーだねwww

茅場義彦
133.106.162.55

まあ確かに冒頭描写が密過ぎて 重い印象あるから 実はコメントには賛成なんだから 同じ穴のアナルだけど

貔貅がくる
n219100087087.nct9.ne.jp

↑ 上の 浅はかな人、いつもいつも【見当違いもはなはだしい】わ。

「ホント本文読めない人間で、私のコメント内容も【まるで読めてない】んだから、
横から いちいちしゃしゃり出て来て、コメント内容ねじまげて即中傷! って 腐れ果ててる。


私は、「まだ読んでない、冒頭も見てない」んですが、

画面あけただけで『異物を移植したような箇所は目についた』し、

それは他の人の原稿でも「見える」んですよ。


ついでに、昔の職業病の名残で、【画面傍観状態で、明らかな誤記と、日本語怪しそうな部分は、浮き上がって見える】んで、
いつも指摘してんですが、

他の人は「そうじゃない」んですよねー。

朱漣
fs5ccb60c2.fkol112.ap.nuro.jp

 茅場義彦様

 ごめんねー。
 コメントに対してもいろんなご意見はあると思いますけど、アドバイスに対する取捨選択は書き手でするので、聞きたいのは僕の作品に対する率直な意見・アドバイスなんです。
 貔貅がくるさんにコメントされる以上は、僕の作品も読んでくださってると思うので、冒頭描写の重たさ以外にもいろんなアドバイスをくださるとうれしいです^^
 よろしくお願いしまーす。

あのにま
KD106180002202.au-net.ne.jp

この手のタイプのウェットさを感じる作品は、
性格的に私は受付けないというか
今まで読んでこなかったですが
受賞報告からの、頑張って読んでみました。

北日本ってよく知らないんで調べたら短編?みたいだから
色々構成的に省かれるのは致し方ない筈なのでその辺の背景とかで気になった点は置いといて、
むちゃくちゃ気になったのが
やっぱりラストの大輔と良太の関係性。
義理の父の膝の上に載る程仲が良い事自体は別に不自然と感じなかったけど
最後が、えーっ……て感じで引いちゃいましたw
私が良太だったと考えたら
『仲良くするのは一緒に暮らす上で都合が良いが、本当のお父さんではない。』
っていう感じで線は引くかなと。
その線をどうやって乗り越えるかまでは短編だから全て描き切るのは入りきらない、、、
とはいえ、良太の寂しさがぶわーーっとあふれ出してラストの言動に結び付いたとしたら
もう少しその、良太の寂しさを増幅させるストーリーを膨らませて欲しかったかなと。
リアリティがそこで一気に台本ありきのドラマのように感じてしまったのはそんなところです。
感動の押し売りというか。

そうなるとその分、お父さんに挨拶にいく件必要でしたか?って思っちゃうんですよね。
短編だから構成大事というか、無駄な描写に思いました。


とはいえ、私はこんなに丁寧な文章を書けませんし
一つ一つの描写が細かくて綺麗だと思いました。
経験の差を感じます。

以上です。

もんじゃ
KD111239164016.au-net.ne.jp

 朱漣さま

 拝読しました。

>戦前生まれの両親が手放しに喜んでくれるとは、とても思えなかった

 二十六歳になる主人公の両親が戦前生まれ、ということは相当むかしの話であるのだな、と思って読んでいたら、USBメモリが登場して、あれれ? となりました。

 よかったと感じたところは、まちの二つの中心を俯瞰するみたいに描写する冒頭の視点と、それから、斧で門松が壊されるシーン、あと、カメラを向けてる主人公に良太くんが視線を向けてたことを主人公が発見するあたりです。

 ちょっとかたくて重くて真面目で、古い感じとかしなくもないこういう作風がどういった種類の読者に歓迎されるのかわからないのですが、北日本文学賞とかそういう格式のある文学賞の審査員には歓迎されるのかもしれないな、とか感じました。余談ですが、作中で主人公のお父さんが南のほうっぽい方言を話してるように感じたのだけど、北日本文学賞っていうのは北日本を舞台にした小説でなくてもOKなのでしょうか。ちょっと興味をひかれました。

 読み間違えていたり、頓珍漢な感想になっていたらすみません。地面に残された雪の描写だとか、そのあたりから少なくはないものを学ばせていただきました。ありがとうございました。

青木 航
sp1-75-243-75.msb.spmode.ne.jp

 芸術の分からない者の率直な感想なので、気にしないで下さい。

まず、「これ、いつの時代の話なの?」と言うのが最初の印象でした。まるで、明治期の耽美主義小説を読んでいるような、美文、麗文の羅列。
 しかし、アパートに戻った後はUSBなんか出て来る。あれ、現代にタイムスリップしたのか? と思ってしまいました。

ーーーーーー

> 繁華街のアーケードには、聖誕祭を祝うイルミネーションの回廊が姿を消して、赤い布地に黄色い文字で『迎春』と大書された横断幕が連なり、天窓の緩やかなアーチを朱色に染めていた。

>姫沙羅の並木が織りなす光のページェントは残っていたが、目立たないように隠蔽されたスピーカーから流れているのは、クリスマスソングではなく琴と尺八による穏やかな雅楽の調べである。

✳️上の描写で正月と言っているのに、何故『クリスマスソングではなく』と入れなくてはならないのか? 文章に酔っている感じがしました。


> 杉原大輔が繋いでいた右手を軽く引かれて下を向くと、見上げる男の子の大きな眸と出くわした。

>寄り縋る小さな身体を抱きしめていれば

✳️何れも、耽美的で現代の話としては、少なからず違和感を抱かずを得ません。

>久美は最初から将来の夫のことを〝大輔くん〟と呼んだ。

✳️いきなり現代風になりますね。

>秘めた想いにブレーキをかけていた

✳️また、明治に戻った。

> かたくなに閉じられていた久美の心の扉をこじ開けたのは、大輔の変わらぬ愛の温もりだった。

✳️臭い表現と感じてしまいます。

>久美の不安を"いや増して"いることは否めない。
➡️"弥増しに増して"の誤用ではありませんか? 私の知識不足でしたらお詫びします。
✳️それにしても、現代を描くには不適切な表現と私は思います。何故なら、日常こんな言葉を使うのを聞いたことがありますか?

 確認します。現代の話ですよね。

✳️年上で子連れの看護師に惚れ結婚した男が、実家に帰り両親の理解を得ようとしたが得られないで、門松叩き割ってアパートに戻って来た。後は連れ子とのふれあいを綴った心情。それだけの話ですよね。
 それを、クリスマスツリーのようにキラキラに飾り立てるのが、純文学ってやつなんですかね。尤も『純文学』ってジャンルは日本独特のものらしいですけど。

 どうも、私は文学なんて全く分からない、物書きを趣味嗜好とするだけの人間なもので大変失礼しました。

ライダー
KD175134225224.ppp-bb.dion.ne.jp

朱漣様

拝読しました。

導入部の正月の風景は目に見えるようで良かったです。ただ、正月の町を描写するのに、クリスマスに言及する必要はないかと思いました。頭の中に浮かんでいた正月が、クリスマス風景が入り込んでくることで邪魔されてしまうように思います。

主人公の家族三人の関係はよく描かれていると思いました。すっと入ってきました。

文章なんですが、「変わらぬ愛の温もり」とか、「秘めた思い」とかの紋切り型の表現は、私だったら使わないかな、と思いました。ただ、好き好きかもしれません。

気になったのは、商店街を歩いている大輔くんは、写真館を探していたはずなのに、それを見つけて、そこで写真を撮った記述が全くなかったことです。いきなり、写真を撮った後の話になってしまって、わたしは写真館ではなく、商店街を抜けた後、川の土手で写真を撮ったのかと思いました。

内容についてですが。
父と息子の関係を描くのが狙いだろうと思います。大輔君と良太君の関係は描かれていますが、大輔君の父親がよくわかりません。どなり散らしただけのようです。それでどうして、

>大輔の心の眸が見ていたものは、面罵して遠ざかっていく父親の背中が語る愛しい慟哭だった。

になるのでしょうか?父親と大輔の関係はもっと書きこむ必要があると思います。

また、作品のタイトルですが。
父子関係を描いた作品で、なぜ、「街の背中」なのでしょうか?

以上、つたない感想です。お役にたてれば幸いです。

すももりんご
116-65-240-38.rev.home.ne.jp

大輔は何度断られても懲りずに交際を申し込み続けた。だが、互いに憎からず思っていたにも拘らず、二人の関係はなかなか恋人同士には進展しなかった⇐全文を読む前に選考担当者のレ点チェックが入ったのかもしれません。

もんじゃ
KD111239164205.au-net.ne.jp

 再訪です。

 クリスマス→正月、まちのあっち→まちのこっち、お父さん→主人公、主人公→良太、みたいな「移ろい」を書いてるんですよね、だから『街の背中』、北側のあたりを指してるんでしょうか、どっちだったかわかんなくなっちゃったけど、ともあれ盛ってた市街地が衰退したりして別の市街地に賑わいがうつってる、みたいなあたりがテーマで、それと人をだぶらしてて、だから、戦前の両親→USBメモリ、みたいな配置をしていたりするのだろうけど、それが設えに見えすぎちゃって自発性みたいなのがない、つまり自然じゃないかもってあたりが最大の弱みであるかと感じました。
 でも、それを補っちゃいかねない筆力もまたあるわけで、ポップじゃない感じが趣味じゃないのは個人的な嗜好に過ぎないので、地方の堅気な文学賞の入賞を狙うならこの書き方でOKなんだろうなって、こちらも個人的には思います。
 重ねて書いちゃうけど、やっぱり門松壊しちゃったとこと、涙目の良太くんが新しいパパになる彼にピースみたいにしてる絵の発見ってあたりがよかったように思います。冒頭の俯瞰的なあれは、もんじゃは良く感じたけど、そこにこめられた意図みたいなものを汲んでもらうには確かにやや表現が過剰に過ぎたのかもしれませんね、わからないけど。

 何度も失礼しました。

茅場義彦
M106072175192.v4.enabler.ne.jp

貔貅がくるって バージンスノー見たら絶対汚い足跡つけたがる子供だよな しかも本文を完読することは皆無

てことであっしは完読しました

暗いね。。カタルシスはないかなあ

無駄に街の描写が濃厚であんま 面白さに貢献してないね

勝手に入籍して 怒られて不貞腐れて 斧であばれて 帰ってきて 義理の息子にパパがほしかったと言われた件

2ちゃんねるのタイトルだったら読まないなあ

お父さんと冬空に相撲して和解したとかなんか救いないとね

脱ぬるま湯
softbank060091003055.bbtec.net

プリントして読ませていただきました。街の様子の描き方が素敵でした。こんなにゆったり街の様子を描くことができるようになりたいです。その反面、門松を破壊する行為は、ちょっと過激すぎかなあ。「父の背中が語る愛しい慟哭」もいまいちよくわかりませんでした。

speech19
fp5ccadb2d.tkyc627.ap.nuro.jp

読ませていただきました、ありがとうございます

読んでいて、、どうして文章になかなか入り込めないのかなぁと、集中できないのなかぁと思っていたのですが、もしかしたらと思いました。

細かい描写が、、それを思い浮かべても、、
無機質というのか、、心情や温度を感じられない文章って、長いと退屈なんだなぁと。景色や街並みを綴るにも、その表現、拾ったものに見た人の感情が投影されるかな(たとえそれが語り部であっても)と思うのですが、私には感じられず、ただ漢字と平仮名が並んでいるように、それが長く続いていました。
あくまで私の感じ方で、私の文章の読み方なのですが。心情を感じ取らせる文章っていうのでしょうか。それが無い。「変わらぬ愛の温もり」って、これは、温度も何も伝わらないもったいないなと。
そう感じました。
もちろん、その場面の周りの描写って書きますが。その人物がその時見えてるものを書いてるんであまり考えないで書いてました。
自分でこのコメント書いていて、そうなのかーと改めて気づいたことでもあります。
あまり読解力の無い人間なので私の読み取る力の無さもあるかとは思います。

青木 航
sp49-98-138-190.msd.spmode.ne.jp

ふ~ん。こういう文章がお好みの方が多いんだなと思い、勉強になりました。

 私には、前半の描写がやたら重く、後半とのバランスが悪い。
 風景描写等にやたら神経を使って、恐らく文学好き以外には分からない表現を多様しているようにしか思えないんです
 それでいて、年上の子連れの女性にひたすら愛情を注ぐ純粋な青年と言うだけで、この子は自分に本当になついてくれるだろうかとか、二人の間の子が出来た時、分け隔てなく接して行けるだろうかとか、反抗期を乗り切れるだろうかとかの心の葛藤が無く、ただの善良な青年。描写にばかり神経をそそいでるが、人物設定が平板で面白みが無い。私はそう感じてしまったのです。
 妻の連れ子を虐待した事件が最近もいくつか起きていますし、そこまで行かなくても上手く行かないケースは多い分けです。そういった現実に背を向けて文章の美しさのみを求めている。日常使わないような表現が多様されている。そういう意味で耽美的と申し上げた訳です。
 文章の美しさのみを求めた綺麗事と感じる私は、多分、この世界では異端なのでしょうね。

 文学好きの多くの方々と自分とは根本的に感性が根本的に違うんだなと実感し、大変勉強になりました。

大丘 忍
p1793091-ipngn200202osakachuo.osaka.ocn.ne.jp

24歳の息子の結婚相手がバツイチで子供のある女、とすれば男の親がすんなりと受け入れる可能性は少ないでしょう。その親に初めて妻と連れ子を連れて親に会いに行く。その心中を記しているわけですが、

>順番が逆になってしまったことが、久美の不安をいや増していることは否めない。
 結納やら、結婚式やら、新婚旅行やら……、大袈裟な振る舞いには興味がなく、婚姻届を提出しただけで済ませてしまったが、その前に大輔の両親と顔合わせができなかったことを、久美はずっと心残りに引きずっていた。

ここまで読んでいてあれつと思いました。それまで、男の、つまり大輔の視点で語られていたことが、いきなり妻の久美の視点に変わっている。視点の動揺? 視点の動揺は小説家書きの初歩的な禁忌のはず。
もし、ここで視点の動揺ととられてボツになったとすればもったいない話ですね。

朱漣
210.170.105.157

 貔貅がくる様

 感想をつけてくださり、ありがとうございます。改めて返信させて頂きます。
 ご指摘の怒涛の説明描写箇所は、確かに別作品からかなりの部分を引用しています。その作品は、このサイトにも何度か載せたことがありますので、貔貅さんにも見覚えがあったのだと思います。
 引用自体がどうこうという訳ではありませんが、どうして「周りの部分から乖離しているような気配が濃厚」なのか考えて、その原因に自分なりに思い当たった時、これは失敗したな、と反省しました。

 まず、引用元の作品は250枚程度のボリュームがあるので、そのまま30枚の作品にスライドさせてしまったことで、時間軸というか文章に組み込まれているスピード感(凝縮度合い)が全然違っていたのだと思います。それが貔貅さんには「浮いて」見えたのだと。もうひとつの原因は、別作品なのでその作品がもっているトーンが違っている筈のことにも思い至らなかったことです。
 単純に読み手に開示したい情報が同じだったから、ということで安易に引用した結果です。
 同じ情報でも、手抜きせずにきちんと作品と向き合って書き込むべきでした。

 大切なことに気づかせてもらいました。ありがとうございました。

朱漣
210.170.105.157

 あのにま様

 基本的に苦手な作品を読んでくださり、ありがとうございます。
 ラストの大輔と良太の関係性が疑問、とのこと。つまりは、まだ幼少期の男の子が新しい父親を受け入れる過程が簡単過ぎて書き込みが足りていない、ということですよね。
 仰っているような切り口でこの作品を読まれたのであれば、ご指摘は確かにごもっともなんですけど……。

 ただ、この作品で書きたかったことは「大輔と良太の親子関係の成立過程」ではなくて、「大輔が父親としての自覚に覚醒する過程」でした。なので親子関係成立の部分は、久美との交際過程で溝が埋まっているという前提に立っています。その過去の前提部分を説明するツールとして、USBメモリーを使って過去から現在に至る中で関係性が深まっていくさまを描写したつもりなんですね^^;

 それで、街の構造の話があって、繁華街の移動という処は、世代交代と大輔の成長とリンクさせていて、門松は兄弟の姿、当然壊れた門松は大輔自身の象徴なので、どこかで大輔は門松を再生(一段階成長)する必要がある。
 そこをラストシーンで、父親としての自覚に覚醒したからこそ、自分を大声で叱責して遠ざかっていく父親の背中の悲しみに気づく、ことで表現したつもりでした。
 ですので、実家に挨拶に行くくだりはどうしても必要で、30枚の枠内で大輔と良太の関係性に関してこれ以上書き込むのは、ちょっと僕の力ではここまでが限界でした^^;

 丁寧な文章、描写が細かくて綺麗……、お褒めの言葉はとても嬉しく、心に沁みます。
 今回の落選にもめげずに頑張るぞー、っというエネルギーにもなります。
 ありがとうございました。
 

朱漣
210.170.105.157

 もんじゃ様

 感想をつけてくださって、ありがとうございます。
 戦前生まれの両親と二十六歳の息子……だと、USBメモリは時代的に無理がありましたかね?
 昭和18年(1943年)生まれとして、30歳(1973年)で結婚。2年後に長男、また2年後に大輔(1977年)。26歳だと2003年。ギリギリ、なんとか^^;

 冒頭のシーンは、物語の導入部として問題ありかもしれませんが、情景描写として僕自身気に入ってる部分だったので、気に入って頂いて嬉しかったです。門松のシーンと良太の心が動いたシーンも力を入れた箇所なので、良かったと言って頂けると嬉しくなります。

 硬くて重くて真面目で古い作風ですか^^;
 自分では意識してなくて、普通に書いてるつもりなんですけど、客観的に見たらそういうことになるんですね。

 北日本文学賞は、地方文学賞でありがちな地方括りはないんです。まったくもって自由です。

 再訪して頂いた際の冒頭の解釈。本当にそこまで読み取って頂いて、書き手としては、こんなに喜ばしいことはないです。だからこそのタイトル『街の背中』。本当のタイトルは、『父の背中』です。
 ただ、他の方の感想なんかを呼んでいると、やっぱりわかりにくかったのかなぁ、とは思います。

 物語に解釈を追記しなくてはならない段階で、物語としては破綻してますね。

 もんじゃさんには、好意的に読んで頂いて感謝いっぱいです。
 ありがとうございました。

夜の雨
ai194150.d.west.v6connect.net

「街の背中」読みました。

子持ちの一回り年上の女性と付き合っていた主人公(26歳)が、彼女が懐妊したことで、両親に挨拶をする前に籍をいれたことによる軋轢、父親の怒りが爆発した。
主人公は怒りに任せて、実家の玄関を斧で壊して自宅に帰った。
衝撃を受けたのは連れ子の幼い息子で放心状態。
主人公は帰った自宅で、デジタルフォトフレームで「家族の写真」を息子と見ながら、息子のためにも父親との仲を前向きにしょうと考えるのだった。

御作の題材は「二代にわたる家族のコミュニケーションの欠如を主人公視点で前へ進める」というようなものだと思いますが。
それに関連して「主人公」「妻」「息子」「父親」などが、主要人物として出演しています。

原稿用紙30枚の構成のバランスが悪い。

導入部で実家に行くまでが「何が目的で、どうなっているのかが、わからない」。
導入部早々、「どこに何をしに行くのか」を伝えて、主人公と父親との軋轢を書き、そこに新しい家族である妻や連れ子の息子のこととかを書いて、主人公との位置関係を伝わるように書く。
そうすると、御作の流れが読み手に伝わる。

今回の作品は、全体にバランスが悪いみたいですね。
作者さんの伝えたいことは漠然とはわかりますが。

>主人公と妻の連れ子の息子との関係がしっくりといっていない。
息子は幼いわりに自分のパパになる人物と、その父親との関係が「自分のせいで壊れたと、思っている」。<
「主人公は父親との関係修復を幼い息子に伝えるのだった」というような、流れ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
基本的な流れはよいと思いますので、「どこに何をどれだけ書くのか」を注意して書き直せばよいと思いますが。要するに、構成の問題だと思います。
ちなみにタイトルですが「街の背中」ではなくて「親子の背中」ですね。


以上です。

朱漣
210.170.105.157

 青木 航様

 感想を付けてくださって、ありがとうございます。

 まず、最初のご指摘、『クリスマスソングではなく』は必要ないですね。推敲段階で削るべきでした。
 あと、表現というか描写の言葉使いが古風(明治時代?)とのご指摘ですけど、僕はそうは思わないかな。
 これはもう感性の問題だと思うんです。青木さんは、古風と思われる。でも、僕にはそうは思えないから直しようがないですし、直すつもりもありません。これが僕の作風(文体)として身についてしまってるので。

 「いや増し」の処は、「いや増す」っていう日本語は確かにあって、その語尾を変えただけのつもりだったのですけど、「いや増し」ってすると、ご指摘のとおり「いや増しに増して」が正解で「いや増し」はその誤記ってなるみたいですね。知りませんでした。
 ただ、だとしたら、「いや増しに増して」という表現は使わなかったかな。もっと別の表現にしてたと思います。

 それから、『年上で子連れの看護師に惚れ結婚した男が、実家に帰り両親の理解を得ようとしたが得られないで、門松叩き割ってアパートに戻って来た。後は連れ子とのふれあいを綴った心情。それだけの話ですよね』というふうに略していらっしゃいますけど。はい、仰る通り、それだけの話です。
 実は前回、30枚にいろいろと盛り込み過ぎている、との指摘が多かったので、今回は話としては表面上は出来るだけシンプルになるように心掛けた、という背景はあります。その分、裏設定にちがった意味合いを持たせていたのですけど、そこが抜け落ちてしまったら、本当にそれだけの話にしか読めないと思います。書き手の力不足です。

 再訪、ありがとうございます。
 前半と後半のバランスの悪さだとか、過度な風景描写だとか、人物設定が平板であるとか、貴重なご意見をありがとうございます。今回、この作品を手直しするかは迷ってますけど、もしリライトする際には参考にさせて頂きます。

朱漣
210.170.105.157

 ライダー様

 自分でも気に入ってる導入部を褒めてくださって、ありがとうございます。
 ただ、他の方も指摘してましたけど、クリスマスの処は削っても良かったのかな。
 
 写真撮影の描写がなかった件、確かに仰る通りですね。
 書いている段階ではあまり気にしてなくて、それほど必要だとは考えてなかったですけど、言われてみれば少しくらい書き込んであっても良かったかなと思いました。あまり紙面を割くことはないですけど。

 父親と大輔の関係の部分について、書き込みが足りてない……のは、何人か方がいろんな言い回しで指摘されているようなので、結果的にそうなのでしょうね。
 もし、リライトしてもう少し長い作品に仕上げるとしたら、きちんと書き込んであげたいと思います。
 この部分が足りてなかったとしたら、構成的に「父の背中が語る慟哭」にテーマを預けているのが伝わりにくくてインパクトが弱い作品になってしまう筈なので、審査を通過出来なかった原因もこういう処にあるのかもしれません。

 いろいろと参考になりました。
 ありがとうございました。

朱漣
210.170.105.157

 すももりんご様

 すももりんご様がどうしてレ点チェックが入ったのか、この部分を具体的に書いてもらわなければ、建設的なお話しが出来ません^^;

あああ
p2471129-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

古臭いかきかた
いかにも年寄りみたい
昭和的描写

全然ダメ

根本からなってないやりなおし

現代風にりらいと

朱漣
210.170.105.157

 茅場義彦様

 感想をつけてくださって、ありがとうございます。
 く、暗いですか^^;
 カタルシス、もないっすねー、確かに。

 街の描写が重たいっていう点は、いろんな方から指摘を受けてます。
 僕にとっては、この作品の隠しテーマでもあるので、かなり濃厚に描写している訳ですけど、この隠しテーマが読み手に伝わっていないことこそ、問題なんですよねー。
 どうすればいいか、考えてたらワクワクしてきました。
 やっぱりこの作品もいずれリライトする気になってきました。

 ラストについては、エンタメではないのでカタルシスが必須とは思いませんけど、父親との和解はどっかであった方がいいですよね。
 実は、「黎明」って作品のスピンオフなもので、和解のシーンは入れれなかったのですけど、独立させて父親と大輔の関係性をきちんと書いた上で和解させて、同時に良太の父親としての父性にも覚醒する、みたいな流れが王道かなと思いました。

 ありがとうございました。

朱漣
210.170.105.157

 脱ぬるま湯様

 感想を付けてくださり、ありがとうございます。
 プリントまでしてくださって恐縮です。
 街の描写は力を入れた部分なので、褒めていただくと嬉しいです^^
 門松を壊すのって、やっぱり過激でした?行動としては過激なんですけど、兄弟の有り様を対比するには、いい小道具だったので迷いましたけど使ってしまいました。
 まあ、斧であそこまで壊さなくても……というのは、あります。

 父の背中が語る慟哭……、この一文に大輔の成長(父性覚醒)を預けているので、この部分がピンと来ないと作品自体もインパクトが弱かっただろうと推測します。
 書き手の力量不足です。

 ありがとうございました。
 

青木 航
sp1-75-213-39.msb.spmode.ne.jp

 朱漣様。雑なコメントをしたにも関わらず、ご丁寧にご回答頂き、恐縮しております。 
 一口に小説と言っても、目指すところは十人十色。全く方向が違う意見は無視しても良いと思うし、正直、ご返信頂けるとは思っていませんでした。
 思いもよらず、ご丁寧なご返信を頂いたことに戸惑い、作者様を尊重したコメントが出来なかった事をお詫びします。

 逆に言えば、私にはこんな文章は絶対書けないので、或いは、無意識に嫉妬が混じっていたのかも知れません。 

 ただ、『私なら、短編として提示するなら、前半の描写は割愛して、子供に対する思いにフォーカスするのにな』と思ったのは事実です。

 実は私、ごく若い頃、シングルマザーと交際したことが有りまして、関係を持った後グイグイ押されて、正直、戸惑った記憶が有ります。御作の主人公と違って卑怯で無責任な男だったんです。
 それが、直接の原因では無いのですが、その後別れました。そういった自分の過去に比べて綺麗事に見えてしまったんですね。
 正直、具体的な行き違いは色々と有りましたが、『この先、もっといい女が現れるかも知れないじゃないか』と言う自己中心的な感情が芽生えてしまったのが、別れた本当の理由だったと今は思います。 

 文学など分からない異端児の言うことなど気にせず、頑張って下さい。

あああ
p2471129-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

芸術とは芥川賞ではなくライトノベル賞

芥川は昭和のかおり
らのべこそ令和にふさわしい!

朱漣
fs5ccb60c2.fkol112.ap.nuro.jp

 あああ様

 何かよくわからないけど、どうして絡んでくるんでしょ?
 あなたのコメントは、あまりに抽象的に過ぎて、対応に困ります。
 ラノベが令和に相応しいとか、ナンセンスだと思いますよ。
 芸術とは本来、普遍的なものです。その表現の形態として、今の世風に文学界では最もラノベが大衆受けしているという現象があるだけだと思いますよ。
 表現の形態は無限にあるべきもので、一形態ごときが他の形態を否定するのは、愚かな思いあがりに過ぎません。
 そもそもそこまでラノベ最高と仰るのであれば、ラノベで結果を出してからにしたらどうですか?

 言葉を紡いで人の心を動かそうとする者が、自ら操る言葉に敬意を払えないようなら、絶対に人の心を動かすことは出来ないと僕は思っています。
 だから、自らの言葉を投げかける相手に対して、心遣いに欠ける言葉を投げて何も感じない感性の人間は、所詮それまでで、人の心に響くことは出来ないので、あなたは結果を出せないと思います。

あああ
p2471129-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

朱漣

芸術は主観的なもの
わかる人がわかればいい

昭和はいずれほろびいくもの
らのべこそが新時代にふさわしい!!

私は神
私は神

ギリシア神話のように神!!

夏の魔物
KD106128127069.au-net.ne.jp

読んでいて、文学賞って実際何を評価しているのか気になりました。

この作品の評価され得る点として(読みやすさなど最低限のことをぬかすと)

・街の描写(本当に素晴らしいと思います。)
・最後のシーン

が挙げられます。
そうなると

・主人公の幼さ(感情移入できませんでした。物を壊すのは構いませんが、妻子を置いて歩いていくのも気になりました。)
・主人公の心理描写が少ないこと(むしゃくしゃした後の葛藤など、重要な部分)

は特に評価に関係ないのかな?、と思いました。(単に3人称なのが私的に退屈でダメなだけかもしれません(笑))

あと、感想欄に作者様が書かれている『父性覚醒』は、読んでいる時点では気づかなかったです。
『父性』について、良太と父親を中心に書いたらもっと良くなると思いますよ!

以上です。御健筆を。

朱漣
fs5ccb60c2.fkol112.ap.nuro.jp

 speech19様

 感想を付けていただいて、ありがとうございます。
 文章になかなか入り込めない……、貴重なご意見をありがとうございます。
 仰りたいことは、情景描写が単なる薄っぺらい描写に終始していて、そこに登場人物の心情なりが映り込んでいないので、作品に深みがないってことですよね。
 その点を突かれると痛いなー^^;

 確かに情景描写に人物の心情なんかを背泳させると深みが加わっていい作品になるとは思いますけど、今回は街の描写(有り様)と表面のストーリーにある程度の距離感を保っておきたかったという、書き手の意図はありました。
 この辺と、どう折り合いをつけるか、というかそこに失敗しているのがこの作品なのですけど。

 とにかく、いろんな方からストーリーが薄っぺらい的な指摘をもらってるのは、全部裏ストーリーを汲み取ってもらえてないのが原因な訳でして、その原因はすべて書き手の力量不足に収斂されるべきものだと自省している次第です。
 ただ、どんなふうにしたらいいのかという方法論がまだ見えていない状況なので、これから少し時間をかけてリライトに挑戦したいと思っています。

 貴重な助言をありがとうございました。

朱漣
fs5ccb60c2.fkol112.ap.nuro.jp

 あああ様

 ハイハイ。

あああ
p2471129-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

私の作品をよんでみなさい
話はそこからです

私が神だとわかるはずです

あああ
p2471129-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

わかりやすくいうと村上春樹はライトノベルだ

もうライトノベルは純文学だとかそんな垣根すらこえているのだ


その時代を感じられないものに小説家をなのるしかくはない!!

朱漣
fs5ccb60c2.fkol112.ap.nuro.jp

 あああ様

 はいはい。

あああ
p2471129-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

ライトノベルはもういちじゃんるではなく
すべての文学を侵食している

これがわからないならお前はばかだ!!

あああ
p2471129-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

単なる一表現というレベルではないのだ

ライトノベルはもうそれだけでひとつの芸術たりえる

それすらわからないのか?

私の作品をよめ

純文学だ!!

大衆文学がライトノベルかしている、キャラ小説化していることは本屋にいけばわかる

本当に作家を目指しているのか?
不勉強だぞ

らのべこそ現代文学の究極のこたえであることはすぐわかるはずだ


文学自体のライトノベル化は小説の研究者であるならば自明の理だ

これだけいってもわからなければ

神としてみすてるほかないのだが・・・・・

あああ
p2471129-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

現代、小説家を志すものとしてライトノベルはさけてとおることはできない

そういう意味で昭和の小説と申し上げたまで!

朱漣
fs5ccb60c2.fkol112.ap.nuro.jp

 大丘 忍 様

 感想を付けてくださいまして、ありがとうございます。
 この作品の基本的な視点は、三人称神視点です。
 ですから、シーンの状況に応じて、大輔に寄り添ったり、久美に寄り添ったり、または別の登場人物に寄り添っても問題はないと考えています。

 三人称神視点を徹底すると、読み手に書き手との距離を認識させることになるので、三人称神視点を基本に据えつつ、主体を少し移動させている点が、誤解を招いてしまったかもしれません。

 でも、大丘さんが指摘されているような視点の動揺はないと考えます。

あああ
p2471129-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

朱漣

ライトノベルが現代小説の究極の答えだということは一度考えてみてください

らのべ以上の文学などありえないとわかるはずです

以上です

あああ
p2471129-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

結果ですが数年後にらのべ作家としてデビューすることで示すことができるでしょう

らのべが文学の究極のこたえ、芸術なのであることは今日では自明の理です!

あああ
p2471129-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

まあ現代文学におけるライトノベルの価値を軽視している時点で
この男は終わっているなという感じがする

現代文学はすべてライトノベルの浸食をうけている!

朱漣
fs5ccb60c2.fkol112.ap.nuro.jp

 あああ様

 では、数年後とやらの結果を踏まえてからお話しましょうか。

すももりんご
116-65-240-38.rev.home.ne.jp

表現の仕方の好みなのです。久美さんは大輔君が骨折で入院した時に担当看護師として献身的に接した。
大輔君は感謝する気持ちを持つと同時に一目ぼれするくらい好きになった。看護師さんの事を知りたくなり結婚しているのですかと聞いたら独身ですと答えてくれた。これは運命の出会いと信じ、もっと彼女の事を知りたくなる。歳を聞いたら見た目より歳を重ねている。彼女の魅力が勝り問題ない。バツイチで子供もいた。それでも彼女への愛が変わらず全てを受け入れた。そして告白。でもなかなか進展しない。お互い好きあっているのに。このような内容なので大輔君と久美さんの心の中では何も問題ないのです。同じ意味の反語(~からず、や、あらず)の言い方をする必要がないと思っただけです。

鈴原
49.253.102.56.eo.eaccess.ne.jp

おはようございます。拝読しました。
勉強になりました。
以下は単なる個人的な感想なので、アドバイス的なものではないです。

門松を斧で割る男性。
その背中をみて、この男性が「父さん」であってほしいと思えるたろか、と思いました。
この絵を想像するだに、何かとても幼稚で、「父性」と真逆の姿のように、わたしには見えました。
そして、久美さんから見た場合、この男を夫にしたいと思えるだろうかと。
かっとなって奥さんや子供に手をあげたり、物を叩き壊すことを想起させる性格の持ち主の表現、のように見えてならないです。
すると、もうこの時点で、(多分に)御作の目指すテーマ性と相反する表現のような気がしました。

また、わたしにはあまり気にならない点ですが、賞の主催者側から見ましたら、正月に発行する紙面において、門松をたたき割るなどとゆうのは、不吉な様相を呈するように受け止められてもしかたがない内容ともいえるのではと、思いました。

たとえば、
-「ここが……、街の中心なの?」
 大輔は小さく首を横に振った。
「賑やかなのは、北の海端のほう。だけどこっちだって、捨てたもんじゃないよ」
「ふーん」
 改めて周囲を見廻す久美の表情には、「思っていたより、期待外れ」と書いてある。-
とあるところ、
わたしの受ける印象は、久美さんがあまり好きになれないキャラクターであるように見えました。
そして、この表現はこれから結婚しようとする二人よりは、何か冷めてしまったカップルのように見えます。

主人公の父親も、何か幼稚で、ぎすぎすして、小さい人物(小さい男)のように見えます。
わたしの住む世界では、息子が奥さんをつれてきたなら、結婚式はどうだの、籍はどうだの前に、大喜びで向かい入れるものと思えたからです。
ただ、作者さまと趣味の違いかもしれません。

あまり温かみのあるストーリーとは見えないし、登場人物のいずれも好きになれないのでした。

ラストはかなり悪いのでしたが、このことは、ほかの感想とおおよそ同じです。

文章的によくないと思えたのは、ストーリーの中にほとんど意味のない背景描写が延々と差し込まれるので、とても読みづらいし、作のなかに入り込みづらいなと思いました。

鈴原
49.253.102.56.eo.eaccess.ne.jp

たとえば、入り込みづらい文章の中で、御作で特に重要と思えるシーンの一つは、主人公が門松を割る場面と思うのですが、書き筋をあまり変えないようにして、わたしならどうするだろうかと考えました。

-
 大輔は上桟に取り付けられた注連縄を睨めあげると、久美はその背にただならぬ気配を感じた。
「何をする気?」
 大輔は久美の声に耳も貸さずに、右手に向かって大股で玄関を回り込むと、土塀に沿った路地を抜けて縁側に面した庭に出た。
「ねえ、何をするつもりなの?」
 良太の手を引きながら、久美は大輔の後を追った。
 庭を突っ切った奥の彼らが向かった先には、古ぼけてこじんまりとした物置小屋が建っていた。木枠にトタン板を打ち付けただけのその物置小屋の中には、積み上げられた植木鉢や肥料袋、そして、使われなくなった日用品や家具などいろんなものが雑然と置いてあった。
 大輔はしばらく小屋の中を見渡し、薪割り用の切り株に突き立てられた手斧を目にすると、それを手に取った。久美はぎょっとして声を上げた。
「乱暴はよして」
 大輔は何も言わずに久美の脇をすり抜けると、もと来た道を戻っていく。
 ほどなく玄関に戻った大輔は斧を手にしたまま門松の前に立つ。
 そして、その斧を振り上げると、躊躇いなく門松へと振り下ろした。
 バキッ――。頭ひとつ背の高い中央の青竹が、弾けるような音をたてて割れた。続けざまに左右の青竹と松の木が裂けて、真新しい木肌が露わになる。
「そんなことしちゃ駄目だよ、大輔くん!」
 久美が制止の声をあげると同時に、良太が堰を切ったように甲高い声で泣き出した。-

鈴原
49.253.102.56.eo.eaccess.ne.jp

すいません、追補で。
御作、感想も多くついているし、評価もあるので、これは良いと思います。
これはこのままで良いとも思います。
また、書いてください。

大丘 忍
p1793091-ipngn200202osakachuo.osaka.ocn.ne.jp

視点の動揺
これは読む人の感覚でしょうね。私は指摘した箇所で、「あれ、視点が動揺している」と感じました。若し審査員が、私と同じように感じたら大きく減点になると思いました。他には、一次合格に不足した箇所はないと思いましたので。

朱漣
fs5ccb60c2.fkol112.ap.nuro.jp

 夜の雨様

 感想を付けてくださり、ありがとうございます。
 全体のバランスが悪いというご指摘ですけど、確かにそうかもしれません。
 ですけど、この作品はバランス自体がどうこうではなくて、もっと根本的なところに問題がありそうだ、ということが皆様の指摘で見えてきました。

 テーマは「父性の覚醒」で、父親の背中の慟哭に託したのですけれど、これがあまりよくなかったみたいです。
 もっとストレートに大輔と良太の関係にスポットを当ててテーマを語れば良かったかもしれません。テーマを預けたくて描いた大輔と父親のエピソードは削って。
 まあ、そこまでしてしまうと全然別の話になってしまうので、逆に大輔と父親の関係性のところをもっと書き込むか……、リライトの際の方向性として、今はこの二択で迷っているところです。

 構成に関する助言、参考になります。
 前回もそうでしたけど、どうも僕はそこのところに問題がありそうなので^^

 ありがとうございました。

朱漣
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 青木航 様

 再訪、ありがとうございます。
 仰る通り、同じテーマでもどういう切り口でどういうアプローチをしていくかは様々ですよね。
 青木さんのご意見、子供に対する想いにフォーカスするのも「アリ」だと思います。

 また、語ってくださった実体験、いい経験をされましたね。
 当事者だった頃は、いろいろと大変だったと思いますけど^^;
 でも、物書きにとって経験は貴重な財産となるので、いつかそれを作品に生かすことが出来ればいいですね。

 ありがとうございました。

朱漣
fs5ccb60c2.fkol112.ap.nuro.jp

 夏の魔物様

 感想をつけてくださって、ありがとうございます。
 街の描写とラストシーンを褒めてくださり、嬉しい限りです。励みになります^^

 逆に言うと、主人公の幼さと心理描写の少なさが「問題あり」とのご指摘。やっぱり同じような指摘を他の方もされているので、この作品に内在している問題点なのだと思います。
 それで多くの方がその解決策として、大輔と良太の関係をもっと書き込めと助言して頂いてます。
 その方向でリライトするかどうか、まだ決めていませんけど、ひとつの解決策だとは思っています。

 ただ、絶対に是正しなきゃいけない点は、大輔の幼さですね。
 これはもう、キャラクターの作り込みから変えていくしかないと思っています。
 一時の感情に任せて門松をぶっ壊しちゃったりするヤンチャはやめにして。この点が、本作の一番失敗だったかなぁ。
 大輔の幼さのせいで、いろんな設定が破綻してしまってましたね、皆さんに指摘されるまでこれでいいと思っていたこと自体が問題なんですけど。

 参考になるご意見をありがとうございました。

朱漣
fs5ccb60c2.fkol112.ap.nuro.jp

 すももりんご様

 再訪とご回答、ありがとうございました。
 すももさんが仰りたいことは、よくわかりました。
 大輔と久美の心理状況と逆説的な文体に違和感があるということですね。
 確かに文章に対する感性が鋭く、且つ、心理と文体をリンクさせて思考すると、そういう感想をお持ちになる方もいらっしゃる、ということは理解できます。

 ただ、この作品のご指摘の箇所に関して、僕自身が違和感を持つかとというと、私的された後に吟味してもそいいう感じは持てませんでした。

 すももさんも仰っているように、表現の好みなのかもしれませんね。

 参考になりました。ありがとうございました。

u
opt-183-176-87-74.client.pikara.ne.jp

朱漣さん
先ずは九州文学最終候補おめでとうございます!
楽しみだね!

そんで、本作の感想www
あたし作者さんのお話前から何作か読んでる
長いものもあったような
そん時思ったのは情景描写お上手だなーwww と思った
あたしもこれだけかけたら良いのに(涙 ミタイナそんな気分wwwww

例に漏れず本作も情景描写とか、街の様子・歴史とか、商店街の佇まいとか、詳しい!!! 主人公の実家の視覚的説明とかもかなり丁寧で素晴らしー! のですがwwww
でも30枚位の短編にこんだけ詳しく描写ぶっこむ必要があるのかどうか?www 街の紹介では途中ご丁寧にも主人公とクミの台詞でも語ってるし、
朱漣さんそういったぶぶん描くのお上手なだけに、あたしそっちの方に目がいってしまいましたwww
でもそこんとこ力入れた分だけ、本作ストリが(心理)疎かになっていると思いました

要するにお話自体は(雑ストリ)なんだよねミタイナwww
登場人物全て作者さん都合の行動で動くんだよ?
さいたるシーンが主人公怒りに任せ門松斧で壊すシーンwwww メタファなんかどうなんか知らんけど
あたしはいくら若いとはいえこんなヤツおらん(結婚の許し得るため妻子伴って実家へ帰ったんだろが!www)
いくらオヤジが(これもムチャ典型的なというか、書割的な存在感のなさでもwwww)

最後のほうの写真ホルダ使った息子とのエピ良かったww

いいたいこと言いましたwwww
御健筆を

朱漣
fs5ccb60c2.fkol112.ap.nuro.jp

 鈴原様

 感想をつけてくださり、ありがとうございます。

 なかなかに核心を突いたご意見・ご指摘で身が縮む思いです^^;
 門松を斧でぶっ壊す男を見て、義息子はどう思うか。妻はどう思うか……少なくとも、作者が意図しているような同情と前向きに姿勢にはなれない、というのが自然かなぁ。まあ、普通は引きますよねぇ。
 僕には門松の対比を使ったメタファーしか頭にありませんでした。
 生の人間の感情を無視しちゃってる。作者のご都合主義のお人形が踊っています^^;
 しかも、この生の感情を無視したおかげで、本来のテーマから寄り添えない物語の作りになってしまってるという……。

 大輔は父親としては未熟なまでも、何事にも一生懸命で何か憎めない……みたいなキャラにすべきところを、用地で短気な魅力ないガキにしてしまってる。

 鈴原さんをはじめ、いろんな方からの感想は、表現は様々ながら、結論はここに集約されるような気がします。

 一次選考落選を知った時には、「どうして?」って思ったけれど、これってそもそも物語として破綻していることに思い至りました。
 いやー、北日本の審査員さんは甘くなかった^^
 
 来年、またリベンジです!

 ありがとうございました。

朱漣
fs5ccb60c2.fkol112.ap.nuro.jp

 大丘 忍様

 再訪、ありがとうございます。
 一次合格には不足した場所はない、とのご意見、恐縮です。
 好意的に読んでくださった方もいらっしゃると、元気がでます。
 また、頑張ります!
 ありがとうございました。

もんじゃ
KD111239164101.au-net.ne.jp

 また失礼いたします。

 門松を叩き壊しちゃうシーン、嫌われているようですね。個人的にはとてもよいなと思った表現なので反響から学ばせていただきました。

 作者さまが結論されましたように、自然発生的な気持ちの流れより配置やメタファを重視した点がバツだったのかもしれませんね。新旧交代みたいな配置も、街の背中と父の背中をだぶらせるような表現も、実にいいなともんじゃは思うのだけれど、そのような模様が多くの読者にイマイチ伝わらない……、たぶん気持ちの流れや在り方が自然でなく作為的であったがため(無理があるっていうか強引っていうか)なんだろな、とか一読者として学ばせていただいた次第です。

 象徴をほどく

 みたいなことを最近思っています。抽象的になりがちなことを具体的に描くということでもありますが、メタなことを配置優先でなく気持ち優先で表す、みたいなことでもあります。人ではない街を描く、または交代を描く、みたいな場合でも、「人により」それらを描かないと人の気持ちは動かせないのかもしれない、だなんて、よくわからないけど、ぼんやり学ばせていただきました。

 敢えて門松を、敢えて斧で叩き割る、という鮮烈な表現が描いた模様を実にビビッドにもんじゃは読んだのでありますが、鮮烈すぎるシーンは奥ではなくその手前で読み手を跳ね返してしまうものなのかも……、だなんていうふうにも思いました。

 あ、あとシンメトリーでない構成についても、その傾き具合を多くの感性がマイナスに受けとるんだな、って学ばせていただきました。ソナタみたいな形式がやはり大事なのでありましょうか。書き手としておそらくは意図的になされていたのであろう配分のことごとくが、あるいは狙いすぎだったということなのでありましょうか、あざといというか……。

 先の感想でも記させていただいた「設え」みたいな「自然でなさ」がやはり問題なのかも。門松シーンも、街の描写を冒頭にてしつこく刷り込むやり方同様、あるいは作為的に過ぎたということなのかもしれませんね。過剰であることは不足よりもよろしくないのかも。

 とはいえ、読み手の意識にのぼり得ない表現こそが読み手の無意識に響くということもありましょう(あとからくる)し、嫌われることのない表現は誰からも愛され得ない表現でもありましょうから、冒頭の描写や門松破壊のシーンに多くの読み手が強烈な印象を受けたことは間違いないようですし、珍味を美味いと感じるか不味いと感じるかは人によりけり、であるようにも思われます。

 マスを相手にした商品でなく、文学的評価を下す識者に向けての応募表現であることに鑑みますと、例えば街の背中を書かなくしたり、門松破壊のシーンを削除するのではなく、人の気持ちを丹念に描く(枚数制限がタイトでなかなか難しいことかと思われますが)ことで象徴表現を補強して、表現そのものは活かす方向で改編するのがベターなのでは、とか個人的には感じるのですが間違っているかもしれません。

 だなんて、ひとさまの作品から勝手に学ばせていただいちゃってすみません。ありがとうございました。

salad
p420025-omed01.osaka.ocn.ne.jp

視点についてですが、現役の某有名作家さんが「公募の審査では神視点とわかったらその時点で落とす」と、ある小説指南書で公言されていることはご存じでしょうか。これはエンタメ作家さんの発言なので純文学の賞に関してはもしかしたら見当違いの指摘になるのかもしれませんが、作者さまには神視点への違和感がないとのことでその点が少々気に掛かりました。

すももりんご
116-65-240-38.rev.home.ne.jp

こちらこそ丁寧なご回答ありがとうございます。三十を過ぎてる久美さんへ遊び盛りな二十三の大輔君のプロポーズを理解できないままもう一度、最後まで読んでしまいました。、私も家族の事を書いた小説があります。(3くらいにあります)
私が久美さんの立場なら受けないと思います。年上か年下の近い年齢ならべつだけど。大輔君が年上の人を好きになる理由はなんですかね。大輔君の家庭をみても普通だし、マザコンでもなさそうだし、何か自分のように知らず知らずのうちにこの小説にはまっているのが怖い、、、。ありがとうございました。

朱漣
210.170.105.157

 u 様

 感想を付けてくださり、ありがとうございます。
 それから、九州芸術祭文学賞の件、わざわざお言葉をかけてくださって感謝です^^
 来年1月22日が最終選考会だそうなので、それまでは宝くじを買った気分でワクワクドキドキさせてもらいます。
 それにしても、携帯に出たら、「織崎さんですか?」と尋かれ、思わず「いいえ、〇〇ですけど」と答えてしまう始末^^;

 情景描写に関するお褒めの言葉も嬉しい限りです。
 今回の感想でも、この点はいろんな方から好意的なコメントを頂いたので嬉しく思っています。
 もともと好きで、日頃からいろんな回りの風景を切り取って描写したりしてたりしたからかなぁ。

 で、今回は情景描写とストーリーのバランスが悪いと^^;
 これも複数の方からコメントもらってます。
 ただ、街の描写は裏設定のメタファーに利用しているので、どうしても長くなってしまっています。
 それ自体が失敗だとは今でも思っていないのですけど、そもそも書き手の意図が読み手に伝わっていない点が問題です^^;
 
 写真フォルダを使ったエピソードも気に入って頂けて嬉しいです。
 このエピソードも何名かの方から評価してもらっているので、これを生かした、より大輔と息子にフォーカスした作品にリライトする予定です。

 ありがとうございました。

朱漣
210.170.105.157

 もんじゃ様

 再々度のご訪問、ありがとうございます。
 もんじゃさんは、書き手の意図をかなり正確に汲み取って頂いてますけど、他の方々の感想を読むとこの作品ではなかなかテーマを伝えることは難しいのだな、と納得しております。
 これはもう、書き手の力量に帰着すべき問題ですので、より一層精進してレベルアップしていくしかないと考えています。

 リライトに当たって、門松をぶっ壊すシーンも含めて大幅にいじろうと考えているのは、書き手の意図は少なくとも北日本文学賞の選考委員は読み取っている筈ですので、その上で一次選考を通過出来なかった現実を考察すべきとの判断に基づいています。
 つまりは、今回の作品の造りだと、「父性の覚醒」というテーマに寄り添えていないということだと思います。

 だから、写真フォルダからラストに続く処にもっと力点を置くべきだと思うし、大輔の父はものわかりのいいお父さんに改めて、まだ大輔を受け入れきれていない良太に一歩を踏み出すアドバイスをあげる、みたいな。そこに今回とは違うメタファーとして門松を絡ませるつもりです。
 ってか、もう僕の中では新しいストーリーがほぼ出来上がってまして、早く書きたくてうずうずしてるんですけど、その前に2本書き上げる予定があって、なかなか捗りません^^;

 象徴をほどく……。うーん、僕個人としてはメタファーにはずっと拘っていきたいです。
 今回はアプローチがまずかっただけで、方法論としては間違っていないと思っているので。
 街の背中と父の背中をだぶらせる手法が、ですね。リライトでは、もっと時間に重きを置いて、大輔の父親の過去にも焦点を当てます。そこから大輔→良太と繋がる系譜の中で、街のある場所をクローズアップさせます。
 門松もそうですけど、この場所にも象徴的なものを味付けするつもりです。

 ごはんの皆さんとのやり取りは、作品の完成度向上のアドバイスとしてはもちろん、創作に向かう姿勢とか、自分に欠けている目線、だからこそ、創作中に配慮すべき点など、いろいろと教えられることがあって、本当に勉強になります。

 もんじゃさんが、僕とごはんの皆さんとのやりとりで何か得られるものがあったのだとしたら、それはとても嬉しいことです。

 ありがとうございました。

朱漣
210.170.105.157

salad様

 「神視点と分かった時点」というのは、神視点に徹底していて、この視点独特の書き手と読み手の距離感が大きいと判断したら、ということではないでしょうか?
 皆さんそうだと思うのですけど、徹頭徹尾神視点ではなく、神視点をベースにしていながら、登場人物の誰かに寄り添って書くのではないかと思います。
 大丘さんのご指摘は、寄り添う人物をチェンジした部分で視点の動揺を読み取られていらっしゃるので、そこは僕の書き方に問題があったのだと思います。
 ご助言、ありがとうございました。

朱漣
210.170.105.157

 すももりんご様

 再度のご訪問、ありがとうございます。
 作中の人間模様そのものに違和感あります?
 でも、ひと回り年上の恋人(夫婦)って、めずらしいけど、なくはないですよね。
 そういう場合、旦那さんはやっぱりマザコンなのか……。
 そうじゃなくてもいい気がします^^;
 ありがとうございました。

salad
p1903117-omed01.osaka.ocn.ne.jp

神視点と分かった時点というのは、神視点と分かった時点です。正確を期すため以下にその本から引用させていただきます。

「神の視点というのは日本語の小説ではほとんど認められていません。翻訳小説や一部の時代小説などでは見られますが、もしも私が新人賞の選考委員なら、神視点の作品はすべて落選にします」引用元:『小説講座 売れる作家の全技術 デビューだけで満足してはいけない』著者:大沢 在昌 (角川書店単行本)


>皆さんそうだと思うのですけど、徹頭徹尾神視点ではなく、神視点をベースにしていながら、登場人物の誰かに寄り添って書くのではないかと思います。

皆さん?というのがよく分かりませんが、神視点と三人称多視点はちがいます。少なくとも朱漣さんの今回の作品は作品内で空行空きや章分けもせずに複数の人物に寄り添っているからそれは、徹頭徹尾神視点、です。


だから神視点の書き方としては全く何も問題はないのだと思います。


先の書き込みの要点は、公募においては神視点を選択したことで落選の可能性が増すのではないかということでした。

今後のご健筆をお祈りいたします。

salad
p1903117-omed01.osaka.ocn.ne.jp

自分の捉えているA視点であることと、作者さまの書かれたAに寄り添うという事の意味が、もしかしたら違っているかもしれません。その事も加味して上のレス読んで頂ければと思います。

朱漣
fs5ccb60c2.fkol112.ap.nuro.jp

 salad様

 再訪、ありがとうございます。

 大沢在昌さんって言えば、すっごい有名な作家さんですね。
 「そうなんだー」って感じです。
 僕が書ているような視点の小説って珍しいですか? 個人的には、どこにでもあると思ってしまう^^;
 新人賞ではってことなんでしょうか?

 saladさんが仰ってることは理解しました。
 御助言、ありがとうございました。

salad
p2160229-omed01.osaka.ocn.ne.jp

神視点の作品は珍しいと思います。
もしかして三人称多視点のことを神視点と仰ってますか?

朱漣
210.170.105.157

 salad様

 仰る通り、話の流れ上、三人称多視点のことを神視点と言っています。
 saladさんは、今回の作品を徹頭徹尾神視点だと仰っていますけど、僕的にはそうではないと話したつもりでした。
 その際に三人称多視点と言ったほうが良かったかもしれません。
 ただ、三人称多視点と言い切ってしまうには、拙作の中にどの人格にも寄り添っていない、俯瞰した表現の箇所もあるので、言い切ってしまうには少し抵抗があります。

 それに、引用して頂いた部分だけでは、三人称神視点のどこが駄目だから、落選にするのか。どうして認められていないのかが分かりません。出来れば、そこのところも言及して頂けるとたすかるのですが。
 ご教示頂いた著作に目を通せばわかりますか?

朱漣
210.170.105.157

 salad様

 追記です。
 もしかしたら、「作者は三人称多視点に近い視点で書いているつもりでいるが、実は三人称神視点になっている」というご指摘ですか?

 今、ふとそんなふうに思ったりしました。

salad
p1892011-omed01.osaka.ocn.ne.jp

>ご教示頂いた著作に目を通せばわかりますか?
 はい。ただ数行とかではないのでとりあえず該当箇所をお知らせします。所持しているのが電子書籍版なのでページ数はわかりませんが、目次から示せば、「第一部 講義」の「第二回」内にある「質疑応答」で「『神の視点』と視点の乱れの違いは?」という項がありますのでそちらに目を通して頂ければ幸いです。
追記については、三人称多視点のつもりで書いたならば作中で他の方に指摘されたような書き方になるのは妙なことであるし、また三人称多視点で書いたつもりでありながらこれは神視点が基本の作品だと仰っているのも変だと感じまして、三人称多視点と神視点の区別をせずに書いているのかなと気に掛かったのでした。
三人称多視点の作品のなかにごく一部神視点が混在することは稀にはあるのかもしれないのですが、それは基本的に三人称多視点の作品であり、多くの作品も三人称多視点あるいは三人称単視点あるいは一人称であるとおもいます。御作の場合は作者さまが基本は神視点の作品と言い切っておられたのでそこが引っかかってしまいました。じっさい御作は神視点になっているようでそれは評価されづらいのではないかなということです。今あらためて該当箇所を読みまして御作が厳密に徹頭徹尾神視点作品なのかどうかは自分には断言できないのですがと言い直しますが、基本神視点であると作者さまが認識していることは少々まずいのではないかとおもいます。

アリアドネの糸
dhcp.nipne.ro

 これは好みの問題な気がしますが、描写に心理的な寄りしろがほとんどないので、洗練された描写が洗練されているわりには沸き立つものが少ないように感じます。ここで、寄りしろのしろは余白のこと。読み手が“当事者”として座ることのできる椅子のことです。三人視点というのもあって、ある程度は仕方がないところはあるかもしれませんが、“観客”として観客席からよそよそしくことの成り行きを眺めている気持ちになりながら読みました。
 情景描写はとても丁寧でこなれていると思いました。一方で、小説的な言葉を並べることに熟練したために、かえって小説的であることの本質が失われているような、逆説的なものも感じました。要領よく必要なことが必要な分だけ必要な丁寧さで必要な手順でもって書かれている。これはもちろん卓越し、なおかつ、優れて制御された筆力のなせる業だと思いますが、お話の流れと心理的な流れがルーチンのように調和しきっている感じ。時間通りにバスがやってきて、必要なだけ機微を引きつれて、駅へとすべりこみ、そして出発する。裏切りが少ない。繊細で丁寧な筆致であってもそれは一階での出来事であって、二階或いは地下階へとは手をのばさないならば、丁寧に書きこまれた平面図に過ぎない。つまりは、朱漣さまの作家としての核が見えない。作家として探り当てたいものが見えない。とそんなふうに思いました。
 などと妄想をたくましくしながらずいぶん辛口に書いたのですが、単純に、アリアドネの好みと違う作品なのもあるので、話半分に聞いてくださればと思います。また、辛口である一方で、街の様子の描写などはたいへん感じ入りながら読ませていただきましたし、学ぶところも多かったです。
 なお、門松を壊すシーンは印象的かつターニングポイントであり探り当てようとする意識の動きが見えたところなので、アリアドネは肯定派です。そこが気になってしまうのは、むしろそこまでの筆運びの方に問題があるのかもしれません。
 ふと思ったのですけど、もしかしたら、情景描写のきめ細やかな筆運びと心情描写の予定調査的配置とがアンバランスなのかもしれない。

瀬尾辰治
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朱蓮さん、最終まで進めるってすごいと思いました。

コメントです。
冒頭あたりしか読んでいませんが、書いている意味が複数に取れて変でした。

明け方に~描いている。
明け方に、←この助詞は変だと思います。
雪の擬人化で、明け方←と、いう物に例えると、
明け方に~雪は、ここまでは分かります。が、次に書いている、路面を~、これは変です。
明け方を黒く濡らしていた。明け方がどんな物なのかは分かりませんが、これなら雪の擬人化で文章は分かります。
目的語の助詞の違いで、こんなふうにもとれました。

「を」も目的語みたいなもんですが、それとは違い修飾語の助詞としても使えます。この場面でしたら別の助詞を使うのがいいと思います。
しかしそれは作者の好みですね。

街は年賀の活気に溢れていた。
これも変です。
年賀の活気に街は溢れていた。
主語と修飾語の順序「も」どちらでもいいのですが、修飾語を外すと、
街は溢れていた。これは変ですし、「に」と、特定する助詞も変だと思いました。

神社は賑わい、~露店が並んだ。
神社のどこで賑わっているのかは分かりませんが、並んだばかりの露店は静かですね。そんな雰囲気に取れました。

街の様子を書いていますが、
軽快なリズムを刻む。
これは、読んだ人それぞれかと思いますが、リズムだけなら単調ですけどね。(自分の感覚です)

アーチを朱色に染めていた。
感じとることができたし、~。
ここまで読んで、誰がそんなふうに思ったのか分かりませんでした。

神視点のことをコメントで書いていますが、たぶん、分からないことを分かってしまうのが、神視点なんですかね? 

例えば、
公園でうろうろしていた友人がベンチに腰を下ろした。
これだと、友人の考えまで分かっているから神視点? そこまで分かるわけがないから変ですね。
花子が、そばの男と楽しそうに何かを話している。これも変。
~何か話している。←これなら見たままで当たり前なんですけどね。
花子が紙袋をさげている。←これも見たまま。
見たままを当たり前に書いていくと神視点にはならないと思いますが、神視点ってなんなんでしょうね。

朱漣
210.170.105.157

 salad様

 丁寧なご返信、ありがとうございます。
 仰る通り、もしかしたら、三人称神視点と三人称多視点を混同しているのかもしれません。
 基本は、本作に関しては三人称神視点のつもりで書いています。
 ただ、全編に渡ってこの視点を貫くと、巷で言われている通り、読み手と書き手の距離感が問題としてクローズアップされますし、それに伴って読み手に物語(フィクション)を意識させることになってしまうので、三人称多視点にある程度寄せて書いている感じでしょうか?
 こういう姿勢が一部の読み手に違和感として感知されたということだと思うのですか……。
 自分でも何だか混乱してわからなくなってしまいました^^;

 salsd様のアドバイスを自分なりに咀嚼して、今後の創作活動に生かしたいと思っています。
 ありがとうございました。

朱漣
210.170.105.157

 アノアドネの糸様

 感想を付けてくださり、ありがとうございます。
 ご指摘の内容と似たようなことを指摘されたことがあります。その時の指摘内容は、「街の説明文に街の描写を入れるのではなく、キャラクターの動作文に街の描写を自然に入れられないと、文章がどんどん重たくなる」というものでした。つまりは、情景描写が独立して存在しているうえに、街の描写部分にかなりの紙面を割いているため、全体のバランスが悪い。
 以前、コメントしてくれた方は、キャラクターの動作文に描写を織り込むことをアドバテスしてくださってましたが、アノアドネさんは、心理描写と絡めろ、とのアドバイスなのですね。

 あと、平面図のお話しは、公募の評価シートで「安定しすぎている」と指摘されたことがあるのですけど、それと同じことをご指摘されているのかなと思っています。平面図から二階あるいは地下へ……のお話しは、例えとしては理解できますけれど、実際どうすればいいのか、という処で僕にはまだイメージ出来ませんでした。
 これから、精進して練習を重ねていけば、いずれ越えられるハードルなのでしょうか。
 音痴であることが自覚出来ている音痴であることを願うばかりです。

 筆力を褒めて頂けるなんて恐縮です。
 嬉しくなってしまいます。励みになります。

 ありがとうございました。

朱漣
210.170.105.157

 瀬尾辰治様

 感想を付けてくださり、ありがとうございます。

 「最後まで進める」っていう件がよくわかりませんでした。脱稿できるってことでしょうか?

 瀬尾様のご指摘は、他の方と違ってセンテンスに焦点が当たっていて新鮮に読ませて頂きました。
 それだけ文章に対する感性が鋭いのだと感服しました。

 僕が何気なく書いた文章は、読む方が読めばいろんな違和感があるんですね^^;
 何だか怖い話です。

 ただ、ご指摘されたこと自体は理解も納得も出来るのですが、原稿のままでも別に問題はないのでは……と疑問を呈している僕がいるのも事実です。

 それにこれだけ文章に対する感性が鋭いと、ご自分で書く際になかなか文章が決まらずに苦労するのではないかと思ってしまいました。

 いろいろと参考にさせて頂きます。
 ありがとうございました。

朱漣
210.170.105.157

 アリアドネの糸 様

 申し訳ありません。
 大切なお名前を間違っておりました。
 改めて、お詫びさせて頂きます。

salad
p1925165-omed01.osaka.ocn.ne.jp

何度も来てしまい申し訳ないです。どうもご理解いただけてないようなのでもう一度だけ。

>もしかしたら、三人称神視点と三人称多視点を混同しているのかもしれません。

かもでなく明らかに混同しています。だからすべて三人称多視点あるいは三人称単視点で書けばよいのではないですか。
そうすれば情景描写が独立するという問題も解消されます。視点者の目に映ったもの、視点者が意識的に捉えて認識したものを描くしかないので、読み手も共感しやすく入りやすい描き方に、少なくとも神視点の場合よりは、そうなります。今後は三人称多視点あるいは三人称単視点あるいは一人称で、神視点を混在させずに、書こうとは思わないということですか。

>全編に渡ってこの視点を貫くと、
>三人称多視点にある程度寄せて書いている感じでしょうか?

ここが問題点なのですがなんだか曖昧な感じですね。問題の解消方法は簡単で、三人称多視点か三人称単視点か一人称かのどれかを選んでひとつのお話はすべてこれらから選んだ視点で書き切ればいいだけです。
なぜ基本神視点という発想になるのでしょう。その方が書きなれていてラクだからですか。でもそのせいで読者が共感しづらい重い情景描写や説明が増えるのであれば、どちらがよいのでしょう。

>読み手と書き手の距離感が問題

 と分かっているのになおもその問題のある神視点であえて書くのはなぜですか。


>こういう姿勢が一部の読み手に違和感

 一部ではなく多くのだとおもいます。神視点と指摘されなくても指摘された違和感の原因がそこにあるということはありうると思います。何度もお邪魔して申し訳なかったです。

朱漣
fs5ccb60c2.fkol112.ap.nuro.jp

 salad様

 >今後は三人称多視点あるいは三人称単視点あるいは一人称で、神視点を混在させずに、書こうとは思わないということですか。

 今の書き方のほうが、僕にはしっくりきているので、急に改めるとは思っていないということです。
 改めるかどうかは、僕がsaladさんのアドバイスも含めて、考えて決めるということです。
 saladさんは簡単に楽だからと片付けておられますが、今の文体に落ち着くまでにいろいろと試行錯誤した経緯が個人的にあります。いきなりずっと最初からこの文体という訳ではないのです。
 ただ、いろいろ書いていく中で、僕としては今の視点の選択がしっくりくるというか、いちばん書きたいことと書いたことの距離が小さいということです。

 それが結果的に読み手を遠ざけることになっているということかもしれませんが、何より自分が表現しようとしたことと表現できたこととの距離を自ら遠ざけることは正直不安です。

 何度も貴重な時間を割いていただいて申し訳ありません。最初から三人称多視点で書けばいい、というアドバイスは理解しています。
 なんだか、saladさんとの距離がなかなか縮まらず申し訳ないですけど、これが正直な思いです。

 長々とお付き合い頂いて、ありがとうございました。

pino
li1879-171.members.linode.com

街の背中読みました。
すでに感想は出尽くした感はありますが、私なりにです。
結論からいうと私は"続きを読みたい"(お金を払ってでも)と思ったのでそれが全て感ありますが、欲を言えばもっと作中人物の趣味趣向が知りたかったです。サンタさんはいると信じてるのかな?とか、クリスマスプレゼントは何を欲しがったんだろうとか、甘酒飲めるのかな?とか、言い出したらキリがないけどそんなことばかり色々気になって続き読んでそれが少しでも分かるならいいなとかんじました。


なお、以下は少し個を離れて"お受験小説"という観点から記載します。

冒頭の風景描写が重い。描写が心理に基づいていない。それらと同じ認識なのかな?として私はシーンが止まっていると感じました。
「風景を見せたいなら絵を描けばいいじゃん。何故文字で書くの?絵で良くない?そもそも絵?写実性を求めるなら写真でいいじゃん。何故文字表現を選んだの?論理的に狙った効果を説明して?」←これ実際私が授業の講評で言われました。

写実性を求めるなら写真がずば抜けています。わざわざ絵に書いたり文字で伝えるメリットはありません。情報精度が違います。
しかし絵は良くも悪くも嘘つけます。また構図パースも自由です。濃淡を強調、錯視利用、視線の導線誘導、情報操作、消し、足し。

文字の強みは具体性が低く、読み手の想像力に依存することです。想像力は各々の経験や趣向に基づいているため撮れない描けないを書く事ができます。いわゆる「絶世の美女は文字の中にしかいない」

私が大好きな書き出しの一つに川端康成の雪国「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」があります。
理由はこのたった一文で読者を本の中に引っ張り込むからです。
厳密には各読者の記憶に存在する、暗所から明所に出た時の眩しさとか、山林の合間に急に現れる広大な海みたいな、パッと世界の景色が切り替わる瞬間を追体験させて、それを本の世界へ意識を切り替えるトリガーに利用している点です。
続く文も「夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。」と、長いトンネルは線路であること、電車に乗ったことがある人間なら分かるあの一定のリズムで下から突き上げる独特の振動が徐々に落ち着きやがて止まる感覚。汽車のドアが開くと夜。車内外の寒暖差から寒気がなだれ込み顔や指先を襲う肌感覚、薄く積もった雪が月明かりに照らされて白く輝く様子。
それらをそうとは一切書かずに短い一文をたった二度重ねただけで読者の五感情報や体験に伴う感情に基づいて蓄積された記憶にアクセスする技巧。
加えてちゃんとシーンが動いているんです。
描写されている範囲だけでも汽車が長いトンネルを抜けて停車駅で止まりドアが開いて外が広がるところまで時間が進んで場面が動いてますよね。

また、描写されていないけれども、この汽車に乗っている主要人物がいるはずで、その人はどこから何をしに雪国にやってきたのだろう。汽車を降りて向かう先は何処だろう、これから何が起きるんだろうというドキドキワクワクハラハラがありますよね。

当たり前ですが写真や絵は動かないんですよね。
情報を出す順序を書き手が選べたり、一文の中で時間を経過させられるのは文字だけの利点です。
絵や写真は逆にモチーフの切り取りや加工が得意なので時間は凍結します。

また描写は可能性と具体性が反比例します。
描写を重ねるほど具体性が増しますが、同時に可能性や想像の余地を奪います。具体性が増すというのは完成に近づく、終わりが見えるという意味で言うと人間という生き物が集中力を発揮するにあたりマイナスです。ツァイガルニック効果とかいうやつです。

御作、街の背中冒頭の街の風景は私には簡潔した写真の説明文の様に感じました。実際写真か何かを参照して目に映るものをそのままなるべく綺麗な日本語で飾り立てたのかな?

一方的な情景の提供に落ち着いてしまうならそれは我々お絵描き側の土俵でわざわざハンディを負って戦いに来たような印象を持ちました。

ソップ
115-37-49-115.aichiwest1.commufa.jp

情景描写は上手いなあと思いました。でもストーリーは「?」でした。バランスというか構成、セリフの不自然さとか。モラハラっぽい父親とDV予備軍の息子の話?
門松は壊したらあかん。田舎なら一生恨まれるレベルです。仲直りは相当ムズい。
その後であの綺麗なラストはないやろって思いました。

salad
p408089-omed01.osaka.ocn.ne.jp

>最初から三人称多視点で書けばいい、というアドバイスは理解しています。

そういうアドバイスではなく作者様が三人称多視点と神視点を混同されているということでした。区別できていたら基本的に神視点の作品であるとかは言えなくなります。

>今の書き方のほうが、僕にはしっくりきている

それをラクな書き方というのでは。ベテラン作家ならいざ知らず。ここで固まることを是としているということでしょうから。

とはいえ必ずしも理解して頂く必要はないのでこれで失礼いたします。もったいない気はしますが、すれ違いは埋めようがないですね。でもそれでいいのだとおもいます。
こちらこそ丁寧なご返信を何度も頂きありがとうございました。感謝しています。ご健筆をお祈りいたします。

瀬尾辰治
sp49-104-46-4.msf.spmode.ne.jp

朱蓮さん、
「最終まで進める」の意味ですか。
コメントで選考のことを読んだものですから、すごいですね、ってことですよ(^^)

わかったような、わからないようなですか。あまり、ここが変というのを書いてしまうと失礼かな、と思うのでちょっとだけ。

 明け方に~~濡らしていた。
簡単に、主語・述語に並び替えると分かると思います。(動詞文、形容動詞文など)
この箇所の述語は、三つのような書き方だと思いました。(単文・重文、三つからは何とかという書き方でした。まあ、そんなことは覚える必要もないですしね)
あと、
格助詞の違いと、その他ちょっと変、とは思うのですが、それは作者それぞれの書き方の好みですね。

次の、踏み跡の~描いている。
これは最初の述語の意味からだと、ここは逆説になるように何を書くと分かりよいと思いました。

瀬尾辰治
sp49-104-46-4.msf.spmode.ne.jp

ちょっと書き間違えました。
単文・重文・他。これらの次に書くことを間違えなければ、
それを覚える必要はないと思います。って意味です。

瀬尾辰治
sp49-104-46-4.msf.spmode.ne.jp

逆説の漢字を間違えたかも(^o^)

朱漣
fs5ccb60c2.fkol112.ap.nuro.jp

 pino様

 感想を付けてくださり、ありがとうございます。
 「お金を払ってでも続きを読みたい」って、最高の褒め言葉です!本当に励みになります。
 pinoさんがコメントしてくださった、作中人物の趣味趣向もリライトの際には少しだけ盛り込もうと思います。

 風景描写が重たいとのご指摘、これまでにも複数名の方から同じ指摘を頂いています。風景描写が写実だけで終始していて、キャラクターの心理などを絡めれば、もっと重たくならずに済む……。これからは、少しそのあたりも考えていこうと思います。

 「雪国」のお話もとても参考になりました。

 実はですね、僕の作品はすべて『雫街』っていう場所が舞台になってて、冒頭の街の風景は、もうずっと前から頭の中にある景色の一部です。
 そういうのもあって、写真を見て書いているような印象を与えてしまったのかもしれません。

 写真と絵と小説の話、僕はpinoさんが仰るほど、小説が分が悪いとは実は思っていない、というかアプローチの仕方によっては強みもあると思っているんですけど、僕の今の書き方はその強みを生かしていないですね。
 これもご指摘受けるまで意識していませんでした。これも勉強です。

 ありがとうございました。

朱漣
fs5ccb60c2.fkol112.ap.nuro.jp

 ソップ様

 感想を付けてくださり、ありがとうございます。
 
 情景描写を褒めてくださり、ありがとうございます。
 情景描写とストーリーとのバランス悪さは、いろんな方からご指摘を受けています。
 三十枚という枠の中では無理があったのかなぁ。

 門松は壊さないほうが良かったですか^^;
 リライトの時には違った生かし方を考えます。

 ありがとうございました。
 

朱漣
fs5ccb60c2.fkol112.ap.nuro.jp

 瀬尾辰治様

 再訪、ありがとうございます。
 最終選考のお話だったんですね。激励のお言葉、ありがとうございます。
 はい、頑張ります!

 感覚的に書いてしまっているので、きちんと文法に則ったら、いろいろとおかしいのかもしれませんね。
 ただ、何度も推敲はしているので、自分的にはこれでいい、と思っています。
 申し訳ないです。

 ありがとうございました。

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