コタツには睡魔が憑いている
コタツには睡魔が憑いている。
手ぐすね引いて待っている。
睡魔は小さな小さな八重歯を爛々と輝かせながら、コタツ机の角にどっしりと胡座をかく。
コタツに足を入れた人間に反応し、その脳が心地良さを覚えるように操っていく。最終的には胴体までも引きずり込む。
そうしてゆっくりと時間をかけて誘引し、僅かながらの精気を奪って糧とする。
意思の強い人間は、心地良さのあまり眠気を覚えた段階で、心を奮い立たせてコタツから脱する。
そんな時に睡魔は苦虫を噛んで、次の獲物がかかるのをじっと待つのだ。
意思の弱い人間の場合は、コタツのはみ出た部位に自ら毛布をかける。枕まで用意する者は愚かとしか言いようがない。
「今回の獲物は小学生くらいの女子か。絵に描いたような愚かな行動をしてくれて助かるぜ。ククク」
ダメ押しで睡魔は耳元に寄って呪文をささやく。
『コタツは良いぞ。気持ちが良いぞ。ずーっと中に居たくなる』
呪文は頭ではなく直接心に届く。
少女はついにうとうとし始めた。こうなれば睡魔の手に落ちたも同然だ。
だけどまだ安心はできない。別の人間が現れて、せっかく捕らえた人間を助けることがある。睡魔にとって、これほど悔しいことはない。
『コタツは良いぞ。気持ちが良いぞ。ずーっと中に居たくなる』
呪文を復唱しながら周囲を飛行して警戒する。
他の人間はいないか。
コタツの電源はちゃんと『入』になっているか。
コタツ布団に隙間ができて少女が寒い思いをしていないか。
部屋の照明は明るすぎないか。
テレビはうるさくないか。
室内をぐるっと一周する。
「今気付いたが、ここはなんて酷いコタツのある部屋なんだ……。狭いうえに臭いぞ」
食べ物のゴミがコタツを囲んでいた。ゴミを照らす蛍光灯の豆電球は淡く、少女の寝顔をも優しく照らしている。薄汚れた蛍光灯から垂れるスイッチ紐が揺れる。壁の隙間から風が入ってきていた。黒カビに汚染された壁紙は、見ているだけで具合が悪くなってくる。どこを見渡してもテレビも無ければ寝床も見つからない。
「そうか、コタツがこの少女の寝床なのか。ククク。こりゃいい、格好の獲物だ」
これから先も少女はずっとコタツの中で就寝するだろう。
――それはそうと、環境の酷さに出て行かれては面白くない。
睡魔は隙間風の入る壁を塞いだ。これで寒さに目を覚ますこともあるまい。
黒カビを除菌する。これで体調を崩して病院に泊まることもあるまい。
コタツ布団に巣食うダニやノミを根絶やしにする。これでコタツ布団を嫌がることもあるまい。
部屋を飛び出した睡魔は唖然とした。どうやらまだまだ問題は山積みのようだ。ひとまず、無用心にも解錠されている玄関の鍵を閉める。これで泥棒に入られて目を覚ますこともあるまい。
玄関マットに置かれた『おかえりなさい、お仕事おつかれさま』のメモの紙切れの上を、睡魔は静かに見下ろしながら飛行して部屋へと戻った。
「おっと明るい、もう朝か。だが焦ることはないぞ。……クク、この愚かな少女とは長い付き合いになりそうだ」
執筆の狙い
4枚。
夜もすっかり寒くなりました。自然とミカンが食べたくなりますね。となるとコタツの出番です!(急)
でも気をつけて。そのコタツ……睡魔が憑いているかもです。眠りを誘う声が心に聞こえてきたなら要警戒。
睡魔は目には見えませんが、確かにそこにいるのです……手ぐすね引いているのです……。
筆者の狙い欄でふざけてしまいました。他に書く事が浮かばなかったのです、すみません。
感想ありましたら、よろしくお願いします。