作家でごはん!鍛練場
アリアドネの糸

つきのかげと空き地のロケット

 まあるいお月様が雑草の生い茂った空き地を照らしていました。鬱蒼とした草の陰で鈴虫が鳴いていました。そのりんりんとした鳴き声に導かれるようにして、ペンキの剥がれかけた立入禁止の看板の横を抜け、夜風に暴れるスカートの裾に注意を払いながら、私はその空き地へと踏み入れました。ヒールにスカートというまったくその場にそぐわない出で立ちで。けれども、どうして? と私は思います。草影が風に揺られる手招きにまかせてなのか、ざわつく心にまかせてなのか、分からないけれども、こんなにもざわついていて、ざわついているはずの気持ちが、こんなにもしんと静まり返っているように思えるのはなぜなのでしょうか? まあるいお月様が青白い光を私に投げかけるからでしょうか?

 渇いた固めの雑草をぱりんと踏みしめたとき、突然かえるの鳴き声がしました。その瞬間、私の体はまるで木製のパペットのように硬直しました。かえるのあのぬめぬめとした柔らかい触感がもう駄目なのです。ケロケロと間抜けな声とうらはらのあのなめやかな生暖かさがもう駄目なのです。ぴょんぴょんと可愛らしく跳ねて草の中にがさりと大胆に跳びこむのがほんとうにもう駄目なのです。かえるには誠に申し訳ないのですけれども、ごめんなさい、としか言えないのです。かえるの突然の来襲に、私はてきめんにカチンコチンに固まってしまい、しばらく動けませんでした。かえるの気配があたりから消え去ったのを耳を澄まして慎重に確かめてから、私は手鞄から携帯電話を取り出しました。灯りがほしいと思ったのでした。不意にかえるやら足のやたらと多い虫やらを踏んでしまった時のあのぐにゃりとした感触を恐れてのことでした。携帯電話はやはりというかバッテリー切れでした。ブラックアウトしてうんともすんとも言わない待ち受け画面をみて、私は悲しくなりました。夜闇よりも暗い文明の利器の静寂により心細くなりました。そして、

 ああ、なんてことをしてしまったのだろう? と私は思いました。

 そもそも私はそういう性質ではないのです。立入禁止と書かれた鉄条網を乗り越えてずんずん進むような豪胆な性格ではないのです。冒険心よりも臆病心がいつも勝って、臆病心の八百長試合が疑われるような、そんな子供だったのです。自転車の補助輪は4年生になるまで外せませんでした。私が補助輪をがしゃりごしゃりと鳴らしてアスファルト地面を削りながらみんなのうんと後ろで追いすがる様を、同級生の男の子達にからかわれました。酢豚に入っているパイナップルを食べられるようになったのは6年生の頃でした。ペロリと平らげたお皿の上にあからさまに残されたパイナップルを先生に見咎められたからです。それから、それから、そう、初めてひとを好きになったのは中学3年生の頃でした。その男の子がどんな顔だったかはあんまり覚えてません。今夜のお月様のようにまあるい顔だったように思います。その男の子はサッカー部に所属していました。放課後に三階の教室の窓から、校庭をその男の子が元気に走り回るのを眺めていました。シュートが下手糞でよくゴールを外してました。同年代の中で身体はそれほど大きくないくせにキック力は不釣合いにあるのものだから、はるか遠くの方に飛んでいってしまったサッカーボールを拾いにいつも走ってました。サッカーボールを蹴っている時の彼ではなく、ボールを脇に抱えて走って戻ってくるときの彼のことが私は好きだったように思います。告白なんてとんでもないことでした。月は遠めに眺めるから素敵なのです。私は天動説よりも地動説派なのです。眺めている時間のぶんだけ愛しさで満たすことができます。愛しさを満たすことができます。だから私は宇宙飛行士よりも天文台ではたらく人にいっとう憧れます。アストロノートという響きにはたいそう心惹かれるものはあるのですが、大気圏への突入角度がわずかに深くなるだけでロケットは流星となって夕焼け空をよりいっそう赤く染めますし、わずかに浅くなるだけで空気の壁に弾かれて宇宙の先の闇の彼方へと向かうことになります。地球の外側に行くだなんて、学区の外に出ることすら難しかった私には御伽噺よりもファンタジーな世界の出来事なのです。

 だから、私はこんなことをしている今の自分が信じられないのです。

 この空き地に入ってから気持ちはずっとざわついたままです。かえるの声を聞いてから四肢はずっとこわばったままです。誘惑するような鈴虫の声は変わらず影の中から聞こえてきます。私の心臓はどくどくと脈打つけれどなぜだか心臓の音ばかりは聞こえません。私は緊張やら不安やらで汗ばんだ両手でフレアスカートの裾をきゅっと握り締めます。ここからは勇気が必要です。全身から、そしてなんなら、スカートの裾からでも、どうにかかき集めるだけかき集めた、塵も積もれば埃になる、そんな一握の勇気が必要です。1ミリグラムの勇気が必要です。1オングストロームの勇気が必要です。踏み出すのはいつだって怖いことです。私は、こわいのです。
 お月様はとても冷たい色をしています。同時に、お月様はとても暖かい光を投げかけます。太陽の下で生まれ育った私はいつもそのことに気づけません。冷たい色をした鉄製のさびた扉は重たく閉ざされています。冬の到来を告げるのは白い雪ではなくて、いつも、吐く息の白さの方です。私は臆病だから、臆病だから、こんなにもさびしいのです。
 つきあかりの照らす先にはきっと私の未来があります。踏み出せなかった私の過去があります。あるような気が、します。凍りついた時間を溶かすのはヒールを履いて歩く私の足の踵にできた血マメの温かさだけです。歩むというのはたぶんそういうことです。私の好きだったあのひとは校庭をいつも走ってました。数百、数千の血マメを作りながら。

 私は両頬をバチンと勢いよく両手で叩いて再び歩み始めました。私史上で最も力強い足取りで私は一歩を踏み出せたように思います。あれほど怖かった月の影がいまでは嘘のようでした。というのも本当は嘘で、やっぱり怖いものは怖いのですが、私はもうパペットだった頃の私ではありません。枯れかけたススキの森の中を、たっぷり雨を吸い込んだぬかるんだ泥の中を、萌芽のときを待たずに踏みしめられたたんぽぽの残滓の中を抜けると、ふいに視界が開けました。

 そこは空き地の中心でした。

 空き地の中心には小さなロケットが置かれてありました。ロケットのいかにもそれらしい機械的な入口の横にこれ見よがしなパネルがありました。そのパネルにそっと指を触れるとがしゃりごしゃりとけたたましい音を立ててドアが開きました。ロケットの中のコクピットはちょうど一人が生活できるぐらいのこじんまりとしたものでした。コクピットの操縦席の脇にある小さな丸テーブルの上に、アラベスク模様のブランケットとかたちのよい小さなティーセットとアールグレイの茶葉が置かれていました。私は温かい紅茶を淹れて、夜風に冷えきった体を少しだけ温めた後、操縦席に腰を下ろしました。それから、これまた、これ見よがしな「発射」と漢字で書かれた大きな赤いボタンを押しました。それから、私はブランケットに小さく身体を包んで、じっと目を瞑り、ロケット打ち上げのカウントダウンを待つことにしました。

 準備が整えば、ロケットはやがて旅立ちます。ロケットは空気の壁を抜けて、音の壁を抜けて、光の壁を抜けて、そして、わたしはあなたのもとへと行きます。いつになるかはわからないけれど、きっと、たどり着いてみせます。そのとき、

 わたしの好きなまあるいあなたは変わらずその姿でいてくれるのでしょうか?

 その答えはわたしにわからないけれど、わたしはすこしだけ信じてみようと思います。大好きなあなたのことを、それから、わたしたちのことを。

つきのかげと空き地のロケット

執筆の狙い

作者 アリアドネの糸
dhcp.nipne.ro

1オングストロームも伝わらないかもしれない恋愛小説。

一応、執筆の際に気をつかったところ
(1) 音楽的文章よりも絵画的文章になるように
(2) なるべくシンプルになるように、でも空気感とリズムは損なわないように

コメント

もんじゃ
KD106154133074.au-net.ne.jp

 アリアドネの糸さま

 拝読しました。

>こんなにもざわついていて、ざわついているはずの気持ちが、こんなにもしんと静まり返っているように思えるのはなぜなのでしょうか?

 ここ、なんか予感に満ちてる気がして、ずいぶんと好きに感じられました。>まあるいお月様が青白い光を私に投げかけ――てると確かに、しんとしてかつざわざわな気がしますもんね。

>なめやかな生暖かさ

 なめやか、になんか笑えました。なめらかにしてしめやかなんですね、蛙。

>サッカーボールを蹴っている時の彼ではなく、ボールを脇に抱えて走って戻ってくるときの彼のことが私は好きだったように思います。

 ここも、いいな、と感じました。走って戻ってくる、が、蹴っている、との対比で実にはっきりイメージできます。

>天動説 地動説

 ここでの意味が十分にはわからなかった気がするのですが、この単語自体にびくっと反応してしまいました。もんじゃ的には(誰的にもそうでありましょうが)天動説は主観で地動説は客観なのでありまして、視点と現象について思うときいつも頭に浮かぶ何かなのでありました。愛着ある単語なのでそれに出くわしてぴくりとなったのでした。

>お月様はとても冷たい色をしています。同時に、お月様はとても暖かい光を投げかけます。

 冒頭の、しんとしてざわざわ、と呼応するように、ここもまた矛盾を抱き留めるような表現ですよね。禅問答的な、光と闇を両方同時に扱うみたいな、右目と左目で違う何かを凝視するみたいな。こういうあたりに、個人的には、我田引水的には、あうふへーべんな匂いを感じるのでありました。

>そこは空き地の中心でした。

 ぽつんと配置されたこのセンテンス、いいですね。中心、というのが響きますね。

 そして真ん中に設えられてたのが、ロケット、というのがまたなんとも。
 そのロケットの内部が、一人が暮らしていける程度の空間だった、というのがこれまたまたなんとも、そんでもってボタンに、発射、と漢字で、これでもかな決意が書き込まれてるあたりがなんともなんともなんとも。

 わたしがなぜそこまで怯えなきゃならないのかいまいちこの読み手にはわからないのだけれど、お日さまの光で育ってきたから、ってだけでは汲みつくせない何かがそこにはあるのかもしれないけど、わたしのウチアガリを星辰のかなたは、ようこそ、って迎えてくれるんじゃないかと思うし、そこにあのサッカーボールの彼がいるのかもういないのかわからないけど、わたしの恋みたいなやつが目立たないながらも実にのっぴきならない何かだったんだなって読み手には思えて、ざわざわしながらしんとしたフィールドを、蛙や百足とかにも負けずよく前進したよねえ、って一緒に喜んでさしあげたい気持ちになったりするのでありました。真ん中にたどり着くには勇気がいるのですよね。

 音楽性より絵画性を意識した、みたいなことが執筆の狙いに書かれていたけど、配置を重視した、って感じでありましょうか、確かに一枚の絵が完成したように感じられました、読み終えたことで。

 夢のような、主観の心象風景。
 意味を象徴的に担ったあれやこれやがしかるべき位置に配置されてるさまを読み取ることができました。これを、恋の態様として表してるとこに書き手のセンスを感じた次第です。恋とは、確かに鍵ですね。知らない何かを発見して、知ってる何かと結びつけて、編んで、模様にして、真ん中を定める作用なのでありましょう、って一読み手には感じられました。サッカーボールの彼氏はわたしの中にいるんだと思います。

 こういう作品は、小説じゃなくてむしろポエムだとか、ストーリーがないとか、起承転結がないとか、人間が描けてないとか、心がないとか(??)指摘されかねない(?)ようにも思うのだけど、一読み手として大変面白かったです。

 頓珍漢な感想になってたらすみません。

もんじゃ
KD106154133074.au-net.ne.jp

 追伸。

 パペットだった私は、自分の言葉を発射して、わたしになることで圏外に、彼のもとへ、つまりはわたし自身に向かうのでありましょうか?
 一人暮らしだとか、社会人としての一歩だとか、そういう新しい世界に踏み出す私のメタファであるようにも感じられました。
 これは小さな一歩だけれど……

茅場義彦
M106072175192.v4.enabler.ne.jp

散文っぽい詩でづねl 良き奏で

貔貅がくる
n219100087061.nct9.ne.jp

レイ・ブラッドベリの『二人がここにいる不思議』って短編集があって、
その中に入ってる『生涯にただ一度の夜』ってのが、
草原のただ中に座って、夜風に吹かれながら月と星を眺める……ってだけの掌篇なんですが、雰囲気がとてもよくて記憶に残る一編なんです。

これはそれに近い空気を醸して「も」いる……ような気もする感じ?なんだけど、

主人公女子の独白〜思考の「口調」が、終始幼稚っぽく【童話調に】書かれてるところで、興が削がれる。(個人的には)

わざと「幼稚くさい口調」にしているから「あざとさ」が出ちゃってて、
文章が終始ねっとりと粘度を持ち、べたべたとべたついて、心地よさを阻害する。


内容まとまっているし、基本的に「文章端正」なので、
「童話調の饒舌」は取っ払って・普通に書いた方がクオリティ上がると思う。



ブラッドベリ的郷愁を感じさせる情景の中、それが阻害されたように思った箇所が、

>私は手鞄から携帯電話を取り出しました。灯りがほしいと思ったのでした。

以下の下り。

この場合の携帯は、話にそぐわない・場にそぐわない「野暮ったい物体」だとカチンと来たし、
結局ライト点かない訳なんで、『なんで出したかなー?』と。
完全に蛇足。

『夜のひと時、この空間、この世界に自分だけがいる特別感』を満喫するため出て来ている。
そういう時に、電話を離さないのは「野暮」かな。

(たぶん作者自身が「携帯は肌身離さず」な人だから、「自然とそうなっただけ」なんだとは思うんだけど)

貔貅がくる
n219100087061.nct9.ne.jp

ブラッドベリ「も」だけど・・

それより何より思い出しちゃって仕方なかったのが、
ここのサイトにいた「毎度毎度、童話調の口調で書いていた、かろさん」。


>ペロリと平らげたお皿の上にあからさまに残されたパイナップル

>小さなティーセットとアールグレイの茶葉が置かれていました。私は温かい紅茶を淹れて、

↑ こういうとこが、すんげぇ「かろさん」っぽい。。


話そのものも、「文章端正になって、コンパクトに整理された、かろさん」なんだ。


かろさんのは・・

〔近所の土手下?に、置き去りになってた潜水艦を見つけた子が、夜な夜なそこに日参。住環境を整えて、艦内でお茶を飲む〜〕

ってものだった。


情景とか、話の骨格は、酷似している。

pw126035137118.25.panda-world.ne.jp

雰囲気がいいですね!

アリアドネの糸
dhcp.nipne.ro

もんじゃ様

 感想ありがとうございます。

 何でしょうね。もんじゃ様とのやりとりはまた違った周波数での送受信といいますか、これがこうなってああなってこうとかいう中身についての実りは言うまでもなく、違う角度で切り取った幾何学模様、あらまし、を見せられているようなそんな気分になります。メルカトル図法、モルワイデ図法、地球はまんまるで、だから、平面族の僕たちはそれを十全にとらえるようなものさしをもちえないのかもしれませんが、角度を変えてみることはできて、そうすることで全く違った様相をもったアナロジーが見える、とかそんなふうなことが起きるのかも。「全く違った様相」という言葉、それから「アナロジー」という言葉はまったくの矛盾の中にいるのですけど、これこそがあうふへーべんなのかもしれません。ひらがなでかくと結構可愛らしい、あうふへーべんちゃん。
 
 いただいた感想を読んだ後に気がついたことは、この作品にも、「風はみえたか」とは全く違った様相をもったアナロジーがあるなって。風の中心には風が吹いていない。お月様の中はまっくろなくらやみでできている。でも、そこに行くことを望んでやまないのは、恋しているから、なんて書くとどうにも詩的になっちゃうのだけど、前に進むってのはそういうことであって、そういうことでしかない。わたしたちが前に進めるときはいつも何かに恋しているんのではないかと思ったり思わなかったり、だからこの作品は無風の中心点へと向かう、風が吹きすさぶ旅路の途中の物語であり、さもなくば、はじまりの物語なのかもしれないな、とかそんな風にも思いましたという感想の感想。


>なめやか、になんか笑えました。
 このあたりの表現は一応辞書で調べました。辞書で調べて一番近いのは、すべらか、または、しめやかだったのですけど、どっちも片手落ちでしっくりこないので、語感重視で合体させました。指摘されそうだなとハラハラしておりました。

>走って戻ってくる、が、蹴っている、
 ひたむきさというのは、当事者であることではなく、当事者になろうとするところにらわれるのだと思います。だからサッカーへのひたむきさは、ボールを脇に抱えて戻ってくるところにこそあって、そこにアリアドネはぐっときます。泥にまみれたところこそが美しいなんてのもアウフへーベンの一種なのかもしれない。

>天動説 地動説
この一文は飛び石的に入れました。導線としてたぶん繋がっていないと思いますが、心の模様を書くときには時に、意識の飛躍というか、飛び石的に繋がることが、そういう混線模様があるのが、むしろ普通なのではと思ったりして、かといって言葉の連なりの制約あるので、なんでもかんでも入れられるわけではなく、この場合も成功した自信はないのですが……。そんな感じでした。あと、この作品の場合は、一般のイメージとは逆で、天動説こそを客観よ、地動説を主観としてとらえています。地球が彼女で、月はあなたで、渦巻いて、ざわめいて、気持ちが右往左往するのはいつだって地球(彼女)の側ですから。中心たるお月様の周りを「私」が回っている。相対性原理だなんてアインシュタイン博士の名を出すまでもなく、風が吹いているのは、いつも、いつだって、私の側ですから。

>矛盾を抱き留めるような表現
 まさしくです。別の言い方だと、葛藤と然る後の融和を予感させる表現になるのでしょうか?

>ロケット
 お月様に会いに行くための旅の友。風の中をゆくための船。ロケットなるモチーフには万感の思いがありすぎてうまく言葉にできません。一つ言えることは、そのロケットには「発射」ボタンしかありません。

>わたしがなぜそこまで怯えなきゃ ……
 とても美しい感想なので、何も書く事ができません。だから、寄り添ってくださってありがとうございます、とだけ伝えたいです。

>配置を重視した、って感じ
はい。それと前作までは曲線的でしかも破線だったものを実線に近い破線で直線的につないだという感じです。個人的な感覚では。地動説あたりの例外はありますが……。

>恋とは、確かに鍵ですね。知らない何かを発見して、知ってる何かと結びつけて、
>編んで、模様にして、真ん中を定める作用なのでありましょう
この一連の感想に鳥肌が立ちました。1オングストロームの核の部分をそれ以上の価値のあるものとして、さらりと掬い取ってもらった気がします。面白いのは「真ん中」という言葉です。この言葉に、アリアドネともんじゃ様の間にある、全く異なる様相のアナロジーが見えるような気がします。アリアドネの場合は「真ん中」という言葉に結実しない何か別のものなんだけれども、そう書かれると妙に符合しちゃう。だからこのやりとりにこそアウフーベンがあるように思います。あ、そうか、恋をするというのは、自分と相手をかせね合わて、そうすることとで初めて透き通って、そして現われるプリミティブな模様と向かい合う、ってことなのかもしれないですね。相手と同時に自分の気持ちを見ていて、その葛藤の先の融和を見ている。プリミティブな模様という言葉はもんじゃさまに教えていただいた言葉です。この言葉、かなーり感覚的に使ってますから、もんじゃさまの意味することは全然違うかもしれませんが。

>一人暮らしだとか、社会人としての一歩だとか、そういう新しい世界に踏み出す私の
>メタファ
はい。小さなことであっても、一歩踏み出せば、もう無風状態ではいられないように思います。大げさですけど、人生はそういうささやかな思い切りの連続のように思います。気がつかないところに血マメができている、そういうふうにも。

>小さな一歩
 けれども、戻れない、取り返しのつかない旅路への一歩かもしれないです。

 素敵な感想ありがとうございます。頂いた感想に感激したというのもあるのですが、それ以上に、なんだか新しい風が吹いたような、そんな感じもありつつ。ありがとうございました!

アリアドネの糸
dhcp.nipne.ro

茅場義彦 様

感想ありがとうございます!
短いお話だから余計に、感情を切り取りながら書くってことをやりがちなので、どうにも散文詩的になっちゃうのかも。

夜の雨
ai212170.d.west.v6connect.net

「つきのかげと空き地のロケット」読みました。

読んでみましたが違和感があります。
初恋のことを現在大人の女性(主人公)が文章化して、いまだに中学生当時の彼を思い出して好きだとか言っているわけです。
だから、違和感がある。
主人公の女性が現在中学生で同級生の少年を好きだとか言って「まあるいお月様が雑草の生い茂った空き地を照らしていました。」という空き地で、イメージを膨らましているのなら、わかりますけれど。
この場合は中学生女子が自分の恋する気持ちを抑えられなくて、冒険心から夜中に空き地にいても、「なるほどなぁ、この女の子の気持ちわかるよ」となりますが。
大人の女性が夜中に空き地で中学生当時の初恋を思い出して、現在もなお、気持ちが続いていて、なおかつ、「未来まで彼のことを想う」という話が展開して、ロケットまで出てくるのはいかがなものかと思いましたが。

この女性の精神状態は「中学生女子のままなのか」と、思いました。

御作で描こうとしている世界で違和感があるのは「主人公が大人の女性」ということです。

主人公を中学生女子にすると違和感はなくなると思いますが。


お疲れさまです。

アリアドネの糸
dhcp.nipne.ro

貔貅がくる 様

感想ありがとうございます。

 ブラッドベリの作品は「火星年代記」ぐらいしか読んだことがないのですが、叙情的で郷愁を呼び起こすようなような雰囲気があるように思います。例示された作品もそんな感じなのでしょうね。

>主人公女子の独白〜思考の「口調」が、終始幼稚っぽく【童話調に】書かれてるところ
>で、興が削がれる。(個人的には)
>「童話調の饒舌」は取っ払って・普通に書いた方がクオリティ上がると思う。
 童話調饒舌の良し悪しについては考えさせられました。小説内における素直な語りって現実では、違和感もりもりなもので、でもそれを違和感なく読めてしまうのは、文章と語りの色調が交じり合い調和しているから。あざとさはあっても、それが気にならないように書かれているから。今作のばあいは、短い文章でさらりと流れるように書いたつもりなのですが、そのさらりとした感じと情感たっぷりめの語りが合わない。読者にとって、演出過多のように感じられるのかもしれない。そういうふうに思います。自分なりには、素直な機微を自然体で書いたつもりだったのですが、自然体と言う言葉も舞台によっておのずと変わるはずのもので、そこを正しく選べてないということは、文章に作者の癖が出すぎているのかもしれない。
 別の視点で、尺の問題もあるかもしれない。多少語りに癖があっても、そのうちキャラクターの人となりに慣れていくもので、冷たいプールにつかるための準備運動が足りていない。

>この場合の携帯は、話にそぐわない・場にそぐわない「野暮ったい物体」だとカチン
>と来たし、結局ライト点かない訳なんで、『なんで出したかなー?』と。
 携帯電話は空き地の非日常と普段の生活という現実とを繋ぎとめるツールと考えてました。空き地での困った状況に対する心理的回避行動としての携帯電話。けれども望むと望まないとに関わらず心理的に一歩先に導かれている状況が携帯電話がオンであることを許すはずもなく。そういったことを考えてました。思うに携帯電話という言葉の自体の五感と印象が駄目なのでしょうね。役割上、異和は必要なのですけど、仰るように場にそぐわない野暮ったさは不要な気がします。

 余談ですけど。そうじて、演出ということを考えます。語りの行く先を考えます。演劇役者と映画役者の演技が質的に違うのは、語りの向かう先が違うから。自然体で書くという当たり前の難しさを思います。

 考えさせられる感想ありがとうございました。

アリアドネの糸
dhcp.nipne.ro

羊様

感想ありがとうございます。
幻想的な感覚だけでも伝わればうれしいです!

アリアドネの糸
dhcp.nipne.ro

夜の雨 様

>初恋のことを現在大人の女性(主人公)が文章化して、いまだに中学生当時の彼を
>思い出して好きだ
これまた違った導線ではありますけれど、頂いた違和感もまた別の導線における自然の帰結のように思います。あ、導線という自分用語を使ってますけど、これは、あるスタート地点から知性と感性で語りの意識をなぞっていくと自然とそうなるように紡がれる線、という相当広い意味で使っています。スタート地点、キャラ造詣、何階に存在している物語を追うのかで、正解なる線は一つではなくて、導線は複数あってよいものです。
 
>この場合は中学生女子が自分の恋する気持ちを抑えられなくて、冒険心から夜中に空き
>地にいても、「なるほどなぁ、この女の子の気持ちわかるよ」となりますが。
>大人の女性が夜中に空き地で中学生当時の初恋を思い出して、現在もなお、気持ちが続
>いていて、なおかつ、「未来まで彼のことを想う」という話が展開して、ロケットまで
>出てくるのはいかがなものかと思いましたが。
 おっしゃりたいことはよおく分かります。幻想(非日常)の側面にフォーカスしすぎたせいで、現実(日常側)は大人の女性ということをおざなりにしちゃったかもしれません。ヒールなんて小物まで出したのに……。確かに現実の彼女の姿と作中におけるどこか非日常における姿の二重写しこそが、葛藤を生み、二重写しとなって作品を豊かにしてくれるわけですし。
 
 かといって、中学生を主人公にするのもちょっと難しくて、瑞々しさと血なまぐささと精神の成熟と自立が必要なので、特に精神の自立なる条件を満たすには中学生では若すぎるような気もするので、などなどあります。すこし考えてみます。

 指摘をいただくまで、そもそもの違和感に気がついていませんでした。ありがとうございました!

夜の雨
ai211021.d.west.v6connect.net

再訪です。
それでは、こういう流れは、いかがですか?

主人公の「A子」は、すでに社会人。
普段は東京に住んでいるのだが、友人のC子が結婚するということで、披露宴に出るために実家に帰郷した。
実家に帰る途中で、「空き地」のことを思い出して寄り道をした。
その空地の思い出というのは、御作で言うところの初恋の相手Bが、サッカーがうまくなりたくて、練習場所にしている空き地だった。
彼とはほとんど話をしたことはなかったが、彼が夜にサッカーの練習で空き地を利用しているということは知っていた。
A子は高校、大学と進学して、社会人になるまでBのことが気になり、折々に中学時代の友人であるC子から情報を得ていた。
現在では実業団でサッカーをしているらしい。
中学生の時は彼のことが気になっていたが、A子が社会人になってからはいろいろな出来事があり、Bのことは、初恋のよい思い出ということで心の片隅に仕舞われていた。
そんなA子だったが、実家へ帰る途中で、ふと、中学時代のBが空き地でサッカーの練習をしていると言っていたことを思い出して、寄り道したのだった。

そして空き地で風に吹かれて月を眺めていると、人の気配を感じて「ドキッ!」とした。
遊具の陰からその人物を観察すると、ボールを蹴っている。
「あっ!」と、思った。
どこかで見た気がしたが、まぎれもなくBだった。

ということで、A子がBに声をかけると驚いたBが、相手が中学当時の同級生のA子だとわかり、話に花が咲く。
現在「実業団」の方で、補欠になり、カムバックを目指して一人夜に中学時代から練習していたこの空き地でボールを蹴っていた、ということだった。

A子はこの空き地に寄り道をしたのはBを思い出したからであったので、そのあたりの話をすると、「ありがとう、思い出してくれて」と、喜ぶB。

ロケットの遊具があったので、二人でそれに乗り、楽しんだ。
そんなA子のスマホに中学時代の友人のC子から電話が入ったので、「いま、空き地にいる、偶然Bに出会った」という話をするとC子の驚く声がスマホごしに聴こえた。
Bは実業団に入ってサッカーをしていたが、交通事故で亡くなったということだった。
A子が、それを聴いて隣のBを見ると、消えていなくなっていた。

C子がさらにいう。
「A子、Bが事故で亡くなったということは、あなた知っていたはずよ。わたしがA子に教えてもらったのだから。それで彼が亡くなったのは、新聞を見て確認したわ。A子はBにご執心だったからね。幻を見たのじゃないの? 高校、大学とBがサッカーで活躍している話をよくしていたわ、あなた」

A子は、Bが座っていたところを見つめて、中学のときから思いがあった、彼が高校、大学、社会人へとサッカーで活躍していたので、心の隅のどこかで、彼の死を受け入れられなかった。
それで、彼がサッカーを練習していた場所である空き地に来た時に、存在しない彼が現れた。

>備が整えば、ロケットはやがて旅立ちます。ロケットは空気の壁を抜けて、音の壁を抜けて、光の壁を抜けて、そして、わたしはあなたのもとへと行きます。<

自分の心のすき間に現れたBに思いを馳せていると、A子の隣にまた、Bの気配がした。
「ロケットは旅立ち、空気の壁を抜け、音の壁を抜け、光の壁を抜けて、夜の世界に飛翔する」Bが楽し気に、声をあげている。
A子も星空に指を指して、「ゴーッ!」と叫んでいた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
こんな感じです。

文体はアリアドネの糸さんの味がある書き方で進めると、雰囲気がある作品になるのではないでしょうか。

●こういう狙いです。

A子が友人Cの披露宴のために帰郷がてらに、思いがある空き地に来てみれば、そこで中学時代から思い入れがあったBと再会した。
しかし彼はすでに亡くなっていた。
それはA子自身知っていた。
A子の心のすき間にBが現れたのだ。
「思い出してくれて、ありがとう」
という言葉は、単純にA子の心のすき間が作り上げたBというわけではなかった。
Bもまた、この世に未練があったので、「思い出してくれる誰かを待っていた」のだった。


しっかりとした作品にする場合は、「A子が会社とか日常で何を感じているか」などを背景として書く。

「A子が会社とか日常で何を感じているか」 ←これを書くことで、A子がBと夜の空き地で再会する話に説得力を持たす。

以上。

飼い猫ちゃりりん
KD106128061134.au-net.ne.jp

アリアドネの糸様
 文章が絵画的になった分強みの音楽性が弱まった感があります。当たり前か。苦笑
 ショパンの夜想曲第7番が似合いそうですね。
 ロケットには違和感がありましたが、ロケットのアイデアは活かしたですね。
 でも自分なら小型の潜水艇にするかなぁ。空き地をダム湖に変えて、水に沈んだ校庭を旅するのです。すると彼のサッカーボールが落ちていた、にゃんて感じで。
 余計なお世話でごめんなさい。
 

アリアドネの糸
dhcp.nipne.ro

夜の雨様

提案、ありがとうございます。
まず最初にうれしかったのは、結構ぼんやりした内容であったと思っている拙作から具体的なお話まで想像を広げてくださったことです。ありがとうございます。

 一方で、作者の持論でありますが、この作品の中核あるものに照らして言うならば、おそらく、この作品は現実におけるサッカーボールの少年との一対一のドラマティックな恋愛劇にはならないだろうなって思います。彼女が見ているものはサッカボールの少年の影であると同時にお月様の影でもあるからです。お月様の影ってなんやねんって思うかもしれませんが、これを説明することは難しくて、というのも、それを描くために選んだ結果の小説という表現形態でありますから、というところで呑み込んでいただけると助かります。ちゃんとして返答になっておらずすみません。


>自分の心のすき間に現れたBに思いを馳せていると、A子の隣にまた、Bの気配がした。
>「ロケットは旅立ち、空気の壁を抜け、音の壁を抜け、光の壁を抜けて、夜の世界に飛
>翔する」Bが楽し気に、声をあげている。
>A子も星空に指を指して、「ゴーッ!」と叫んでいた。
のアイデアは単純にいいなーと思いました。底にある喪失感を抱け留めての、「ゴーッ!」という勢いのある締めかた。喪失の過去と肯定的な未来への決意というマーブル模様は、心にくるものがあります。

 再訪ありがとうございました!

アリアドネの糸
dhcp.nipne.ro

飼い猫ちゃりりん 様

感想ありがとうございます。
 絵画的なものにしようと思ったきっかけの一つは先の作品での飼い猫ちゃりりん様のやりとりがきっかけです。絵画的という言葉はちょっと大げさで、この作品の文章は絵画的というには昇華が足りないとは思っています。絵画的表現というのは美的感覚に訴えるものが稠密に詰まったようなものだと思いますゆえ。


 アリアドネは「ロケット」を選び、飼い猫ちゃりりん様は「潜水艇」を選ぶ。

 このあたりの違いが我々の性質的に、さもありなん、という感じで面白く思います。
美的感覚や作品の空気感の保持を優先するならばおそらく「潜水艇」という選択のほうがより適切なのだと思います。個人的な感覚では、拙作の文脈の場合、ロケットは葛藤を乗り越えた上での融和を、潜水艇は葛藤を受け止めた上での調和を描くように思います。その上でのロケットという選択であったということでお茶を濁させてください。最も「潜水艇」というアイデアを執筆中に思いついたわけではないので、その二つの中からロケットの方を選んだということではないですが……。

ただ、
>自分なら小型の潜水艇にするかなぁ。空き地をダム湖に変えて、水に沈んだ校庭を
>旅するのです。
 というアイデアはとても素敵ですね。これはこれで大変にいいものだと思います。ダム湖というのがいいですね。失われたものの眠る場所、記憶の水底。そういう旅があってもいいなと思います。ロケットの場合だと地続きではないので、「水底のサッカーボール」なんて仕掛けはできないですし。


 素敵な代案ありがとうございました!

5150
5.102.11.208

アリアドネの糸さま

とにかく前半部分のディテールを追ってゆくと、レトロって感じが強烈にしながら、物語の世界に入っていきます。

まずキャラの心情がモロそんな感じで、携帯出てるのに今っぽい感じが全然しない。古臭いのではなく、ノスタルジックな感じ、気分。七十年代後半から八〇年代にかけてくらいの、名作と呼ばれるようなアニメの数々。目が大きくてウルウルした感じで、月に向けられている、みたいな。漫画がまだ今よりもシンプルだったころの、古き良き名作たち。

>>今夜のお月様のようにまあるい顔だったように思います

初恋の人に対してです。御作はキャラよりもむしろどでかい月の方が主人公のような、そんな感じ。月に照らされている主人公というか。それはもしかしたら、月への人間の想いも入り交じってのことなのかもしれない。七十年から、えーとアポロ11号は、今ググったら69年ですけど、そのころにいた人間って、ちょうど2020年の今頃だとかなり宇宙に進出している未来を思い描いていたはずで。で、キャラの心情にそんな気持ちも入っているような。未来の想いがそのまま月に直結していた、みたいな時代の心情。ノスタルジー。

>>月は遠めに眺めるから素敵なのです。

心情面だけでいえば、誰かが言った、片思いが最高の恋だとかなんとか、そんな感じ。

その時代での月への、人間からの距離感といいますか、これまで手が届かなかったはずの月が、おっ、もしかして届くんじゃないかな、みたいな期待感。月がグンと近くなった。そういうものを感じてしまいました。届きそうな気がするんだけど、現実的にはかなり遠いのだとしても。

それにプラス、ロケットという言葉が出てくると、これまた強烈なノスタルジックな想いがさらに加速される。今回は衛星こそ出ませんでしたが、アリアドネの糸さんにとっては同じように大きな意味を持つシンボルなんだな、という気がしてきました。スペースシャトルであってはいけないわけで。そんな意味でも、タイトルには非常にシビれましたね。

ただ締めの一文は直接的ではなく、もう少し別の表現の方がいいような、いやこれでもいいような。アレ、どっちだ。

>>あれほど怖かった月の影がいまでは嘘のようでした

なんかピンクフロイド の歴史的名作「狂気」のタイトルじゃないですか
the dark side of the moon
反対側の月、つまり影に覆われている側にある月の側面

月という名の下で、狼男やかぐや姫、もういろんな物語が紡ぎ出されてきましたよね。それだけでなく出産や、髪の毛や爪なんかも言われますし。潮の満ち引き。

現代ではAIに夢中で月なんかどうでもいいのかもしれないですが、実に大きな影響を受けているんですよね、なんて当たり前のことをシミジミと。

長々と書いてしまいました。ノスタルジックで、切なさの溢れた、琴線に触れた物語をありがとうございました。

5150
5.102.11.208

>>あれほど怖かった月の影がいまでは嘘のようでした

なんかピンクフロイド の歴史的名作「狂気」のタイトルじゃないですか
the dark side of the moon
反対側の月、つまり影に覆われている側にある月の側面

失礼しました。月の裏側じゃなかったですね。ここ取り消し。

ラピス
sp49-104-10-101.msf.spmode.ne.jp

遅ればせながら、拝読しました。
描写が繊細で丁寧で、本当に絵画的です。もし主人公が少女なら、脆い心を描けば、ヘッセになり得たかも知れません。しかし、現代の大人の女性である設定が、現実に引き戻してしまいます。
昔馴染みの少年を今も想い、このままでいいとの心情は、私には「少女時代から引き継いだ、殻に籠った状態」に映りました。
行動すれば傷つく場合も多々あります。ですが、主人公には殻を打ち破り、物語を紡ぎ出して欲しいと願います。

u
opt-183-176-87-74.client.pikara.ne.jp

読みました
お上手なんですけど
なんなのでしょう?
上手いのだ!
でも、それ以上感動wwみたいなのがあるかなー?
ない! 王道ミタイナwww
でもこんだけはナカナカ描けないわなww
御健筆を

昼野陽平
softbank126066020184.bbtec.net

読ませていただきました。
描写は上手いですし語彙の選択も良く、雰囲気が作られていますね。そういう点で上手いです。
ただ夜の雨さんが感じられた違和感を僕も感じました。大人になって中学生のころの恋か、と。
それでも絵本のような情景が浮かぶのは良かったです。
ありがとうございました。

アリアドネの糸
dhcp.nipne.ro

5150様

お返事が遅くなってすみません。
大昔の人もつきを眺めて詩を諳んじたように、月というのは時間を超えた普遍的なものであり、同時に、凄く身近に感じるものですよねー。ノスタルジーも変わらないからこそ感じることができます。子供の頃にみた月といま観る月はきっと変わっていないと思えるように。

>月がグンと近くなった。そういうものを感じてしまいました。届きそうな気がするんだ
>けど、現実的にはかなり遠いのだとしても。
月が妙に近く感じるというか、存在感マシマシのときってありませんか、心理的な満ち引きがあって、波のように揺れているのは、わたしたちなのかもですね。

>ただ締めの一文は直接的ではなく、もう少し別の表現の方がいいような、
>いやこれでもいいような。アレ、どっちだ。
締めの一文は課題です。締めがいつもうまくいかないのは、終わらせる言葉という作為が入るから、作為の文章なんてないけれど、力が逃げる方向があるんですけど、というより、力が抜けていくような書いたりもするんですけど、締めの文章だけはどうにもならない。どういう神経の通わせ方がいいのかはわかんないです。

>ピンクフロイド の歴史的名作「狂気」
は知りませんでした。youtubeで探して聞いてみます。

>スペースシャトルであってはいけないわけで。
はいその通りです。ロケットというこじんまりとした響きが大切で、跳んだら帰ってこれないことが大切で、打ち上げに失敗するかもしれないことが大切で、燃料を無駄に浪費しながらいらない部分をそぎ落としながら非効率に月に突き進むことが大切で、は後付ですけど、そんなこんなでロケットでした。また、タイトルを褒めていただきありがとうございます。


感想ありがとうございました!
 

アリアドネの糸
dhcp.nipne.ro

5150様

ひどい脱字が。。。すみません。
>終わらせる言葉という作為が入るから、作為の文章なんてないけれど、力が逃げる
>方向があるんですけど、
終わらせるという意識の所為でどうしても作為的になるのが締めの文。
普通の文は力が逃げる方向があるから、作為をうまく逃がすことができる。そういうふうに仕向けているというは結果としてそうなることが多いですけれど。

いま、ピンクフロイドの件の曲をyoutubeで探してきて、聴いてます。
歌よりも間奏のふわふわしたところ電子ドラッグみたいな感じのところが好きかもです。

アリアドネの糸
dhcp.nipne.ro

ラピス様

ご無沙汰さまです。

映像として伝わったようなので、執筆の目標をとりあえずは叶えることができたのかなと思います。

現代の大人の女性という設定は雰囲気とそぐらないわけですね。
言い訳タイムをもらえるならば、大人の女性にしたのは、精神の自立が必要と思ったからです。人生の恐れを知っている人が、地球を離れてロケットで月に向かうという大決断をするためには、地球という大地を自覚している必要がある。地球と月という配置を俯瞰できる必要がある、その配置の中での孤独を自覚している必要がある。なんてことは未成熟な精神ではなせないのではないかと、そんなふうに思っていたのでした。
ただ、無自覚のうちにするどく真実をかぎつける少女の話でもよかったかもしれない。作品の意味は全然変わっちゃうけれど、そういう方向性もあったかもしれない、と指摘を受けた今、思い始めたところです。読み手を現実に引き戻してしまっては元も子もありませんから。

>行動すれば傷つく場合も多々あります。ですが、主人公には殻を打ち破り、
>物語を紡ぎ出して欲しいと願います。
 作品の主人公に寄り添って言葉をくださったこと、その言葉の響きとともに、親ばかながらじーんときております。アリアドネも作品の子にはちゃんと前へ進んで欲しいなと思っています。

素敵な感想ありがとうございました!

アリアドネの糸
dhcp.nipne.ro

u様

u様みたいに、一見エキセントリック風で、でも、大切な機微に触れるような作品が書けるといいのですけど、キャラが違うのかうまくいかないww

>でも、それ以上感動wwみたいなのがあるかなー?
 ここですね。オリジナリティを創出が小説を書く目的じゃないけれど、結果としてオリジナリティはあってほしいと思う難しい年頃です。前作のピュアピュアトキシック路線でちょっと長いのを書いてみるのもアリかなとか思っていますが、多分が、脳みそが痺れると思うw

>御健筆を
ありがとうございます。

wを使う書き方を興味本位でまねしてみただけで特に他意はないです。念のため。

エキセントリック風に核心だけをさらう感想ありがとうございました!

アリアドネの糸
dhcp.nipne.ro

昼野陽平様

やっぱり、大人の女性である根拠が希薄すぎるのでしょうね。作者がこうだと言い張っても、作品がその必然性を語っていないのだと思いました。

> 絵本のような情景が浮かぶ
よし。小さくガッツポーズ。
そして、そのことを大きく主張する体たらく。

ありがとうございました。

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