作家でごはん!鍛練場
清秀

傀儡の愛


 叫びのささやき、阿鼻叫喚のしぐさを眺め、井戸のわたし生身おとして、明瞭として響くあまり……恐らくは、人にとって、ひそかな響かなと思う。しかし、わたしは耳を塞いだ、それでも足らず、荒々しくも、繊細な、誠実な、愛情の、それらの頭蓋骨を砕くような、音が必要だった。例えばムンクの叫びのような、混沌した色合い、不安定さの橋の上で、両足を立てる必要があった。たとい橋の下が叫喚地獄だったとしても……
「わたしの子供は、天に召された。わたしの子供は、御仏に愛された。わたしの子供は、地上から逃れた。わたしの子供は、この世の苦情のいっさいを背負い、おお、坊や、その小さな身体で、わたしよりも先に、わたしの子供は……」
 秋の日、赤い蜻蛉が飛んでいる。蜻蛉は何気なしに、わたしの肩にのった。わたしは蜻蛉の翅をじっくりと見た。横目で見るから、上手く知れなかった。わたしの目に映るのは夕陽を浴びる、みずみずしい四枚翅のかさなり、その静けさだった。
 肩にのる。蜻蛉の翅はゆれる。音が聞こえない。首をすこし曲げると、蜻蛉は飛んで行ってしまった。なにものも、わたしから消えて悲しい。
 わたしの。苦しみが。痛みが。あるとしても。少なくとも。逃げず癒す。時間なくとも。少なくとも。出来ることをやろうと思う。それは人にとってあまりにも。惨めなくらい。小さなことであっても、
「わたしの子供は……」
 この言葉が耳にしみついてる。部屋の中でも、そうでなくとも、母親の声が聞こえる。
 わたしは見てもらうために、部屋の掃除をしようと思った。小声で嘆いて、なだめるように、やはり怒られた。わたしは兄の真似をした。それは子供心にみえた、愛される正しさだった。しかし、わたしの神経はそれを拒んだ。兄の真似をして生きる不自然な感覚になれなかった。昏迷している。兄のいなくなった子供部屋は、生命を感じず。ただ静けさのある空虚な空間となった。
 母親は十分ごとに、「わたしの子供は……」と言う。それはつまり、一時間で1×6= 6回。一日で6×24=144回。「わたしの子供」の事を思っているという事になる。それを白紙に書いて計算することで、わたしは愕然とした。その数字を見た途端に眼球は震えてしまって、
「これは誤りだ! ありえない! ねぇ。おかしいな。ありえないよ!」
 興奮する口をつぐんだ。白紙がにじみ。雫の落ちた先に目が沈み。瞬間、球の水滴に叫びが見えた。痙攣を起こした。顔の骨が軋む音を耳にした。蝶形骨を感じた。翅をはためかせ、皮膚の膜を抜けだそうとする。そのような体験はわたしにとって初めてのものであったし、そのような感覚はわたしに時間の絶対性を忘れさせるには充分であった。つまり、自分だけが諸々の知性の壁を飛び越えて、人間の皮を破り、絶対真理を感覚で知ったという錯覚に陥ったのだ。それを望んではいない。といった思いがよりいっそう、虚構を現実に思わせた。わたしは数字を、感じられなかった。

「しかし、不可解ですな。あんなにも幼い子供が、いったい、どうして、あのようなことを」
 家の隣の、さらにその隣に住む。白髪の男の話を耳にした。赤い除草機に手を置いて、彼自身の白髭を撫でながら、隣人の夫人の妻と話をしていた。
白髪の男は、わたしが登校するとき、庭に居るのをよく見かける男だった。その厳しい目つきと膨張した上半身は、わたしの頭の中に軍人の過去を思わした。見た目に比べて若々しい、といった奇妙な感覚を受けた。奇妙なものは、あまり好きではない。
白髪の男を見かけるたびに、彼が大きな音をたてるのが、不可解で嫌いだった。わざと大きな音をだすのかと、その存在の卑小さを嘲笑った。
彼の大事にしている、手入の行き届いたその庭には、ヒナゲシ、アネモネ、ハナビシソウ、赤青黄白紫の花びらが、濃淡の規律を守るように咲いている。それを横から見ると絵画のように浮かび上がってくる。木製の柵越しに、それを覗き見ることが好きだったので、わたしは少し油断をしていたのだ。
「ええ、本当に。気味が悪いですわ」
「何より奥様が一番に気の毒ですな。ここ一週間、一度も姿を見ない。そうとう参っていると思われる」
「そうですね。私はあの悪戯っ子のこと、好きではありませんでしたが。さすがに今回の事は、同じ親として同情以上の痛ましい感覚を受けました。どうにか、彼女を元気づけられないものでしょうか」
「いいや、こういった深い傷は、時間をかけて直すものだよ」
 そういって髭を撫でながら何気なしに横見する男と目があった。わたしは急な出来事に驚いてその場から走り去っていった。それは我ながらにも、怪しく思えた。わたしは何か、彼らに、後ろめたいことがあるのかもしれない。

「わたしの子供」もとい、わたしの兄は自宅前で死体として見つかった。三週間前の朝、わたしは、となりのベッドを探しても彼がいないことに気がついた。そして、ベッドをまたいで窓を見ると、その下に兄が眠っていたのだ。それが見えた。ちょうど、子供部屋から見える庭の茂みの下に。
 ぐったりと倒れた兄を見つけた母親は、悲鳴をあげた。その声が付近の家中に広がって、瞬く間に騒がしく、私の家の周りに人が集まった。私はその人だまりの中に、見知らぬ女の子がいることに気が付いた。そして、その時の彼女は無表情で白く透明だった。まるで景色に溶け合っておらず、興味をひかれた。その時、目に現れていたのだと思う。その好奇な目に反応するようにして、確かに、彼女は口を開いて、
「こちらにおいで。あなたはこちらへ」
 と言った。いや、音は聞こえずに口がそう見えただけであるから、確証は持てなかった。母親の痛ましい嘆き声に、かき消されたのかも知れない。

 わたしは恐ろしい考えを持っているのかもしれない。覚えがないから、なにも分からない。騎士ドン・キホーテのようだった。しかし、目は嫉妬におぼれて緑の色だった。サラダのようにまざり合う遺伝子は、子供のわたしにとって、苦手なものであった。
雑草が伸び蔓れる、もの淋しい墓石のとなりは、この景色はどこかで見たような面影があった。
「ゆきずりの愛しか望めない」
 墓石のとなりで横になって、話しかけた。背中あわせで、はじめに触れると冷たくて、やはり最後の日まで返事はかえって来なかった。わたしは草をぬいて、夕陽を浴びてる草をぬいて、萎えた体を奮い立たせるのは、時雨のような彼女だった。
「君は植物のように無口だ。僕は。無口な君とだけ。話したい」
「もう何も好きになれない。励ましはうんざりだ」
「裏切ってしまう。わたしだから……」
時間をかけてぬくもると、身体の体温で墓石も心地よくなってきた。彼女のことは、何も知らない。影も見えない。わたしは立ち止まれずに、彼女は裏切られた心持ちになり、わたしを通り過ぎていったのだ。何度も、何度も、
生活の内の一つが崩壊したならば、それ以外も、ドミノ倒しのように崩れていくものであった。そう思うと、もう一度、初めから積み直さなければならない。そう思うと、次に立てるものは希望を忘れる。そう思うと、立てる気が起きなかった。
 五
 わたしが墓石のとなりにいると、石を叩くような音がした。真夜中だから勘違いだろう。そう思っていると、何かの存在を知らせるように、不均一な響が、何度も、何度も、音をたてた。しかし、わたしの足は冷えていた。電気をなくした機械のようだった。
 冷えた足が溶けたのは、暗闇が溶け、日が昇る、ほんの少し前の時だった。夜の間。小さくとも大きくとも、その響きは鳴り続けていた、その響の裏に、わたしはいなかった。
 体を起き上がらせて、手にもつ白紙に144と書かれた右側に0を足した。何度も足した。そうして、余白が無くなり、書けなくなるまで書いて、書けなくなったところで、破り捨てた。
「あの子。いるんだ。明日になれば、会える。僕の性質を殺す。会える。つまり……」
周囲を見た。やはり、彼女はそこに居た。一目みて心変わりした。
 駆け出した。彼女は砂利の道にある、石段の上にいた。それだけで、どうにかわたしの思いは満たされた。愛していた。そして、声にだした。
「ねぇ、君はあの時の女の子だよね。ここらじゃ見ない子だ。どこに住んでいるの?」
「あの日。わたしを見たよね」
「ああ、見た」
「その時どう思ったの?」
「……美しいと思った」
「兄の死を前にしても。そう思ってしまったのでしょう」
「……それは」
「わたしはあなたのお兄さんのボーイフレンドなの」
「嘘だよ」
「わたしは彼のことを忘れないわ」
「永遠に? 僕では満足しない? ならばもう……」
「  」
 彼女は消えてしまった。霧のように消えてしまった。

傀儡の愛

執筆の狙い

作者 清秀
KD113147015029.ppp-bb.dion.ne.jp

感情をゆさぶるような小説を書きたいと思っています。登場人物の身体を動かして、映像的に物語を作ることが理想なのですが、それだとアニメーションの方が良いと思ってしまいます。読み手に負担をかけずに、すんなりと読める。読後に何か残る。私はそのような小説はヘルマン・ヘッセが一番だと思います。ああいったものを現代日本を舞台にして書きたいです。あなたが思う、参考にすべき詩人や小説家、映像作家など教えて下さい。私の作品の訂正すべき箇所の指摘をいただけると、なおありがたいです。よろしくお願いします。

コメント

そうげん
58-191-198-57f1.shg1.eonet.ne.jp

一読いたしました。

一言でいえば、「言葉を御すことができていない」という感想を持ちました。ひとつひとつの言葉の性質をちゃんとわきまえたうえで駆使する能力に達しえていない、未熟な意識が、ただざっきばらんに綴りうる単語を並べてそれらしく記そうと試みたといった印象をいだきました。

それは冒頭から発揮されてしまっています。

> 叫びのささやき、阿鼻叫喚のしぐさを眺め、井戸のわたし生身おとして、明瞭として響くあまり……恐らくは、人にとって、ひそかな響かなと思う。しかし、わたしは耳を塞いだ、それでも足らず、荒々しくも、繊細な、誠実な、愛情の、それらの頭蓋骨を砕くような、音が必要だった。例えばムンクの叫びのような、混沌した色合い、不安定さの橋の上で、両足を立てる必要があった。

「叫び」と「ささやき」の不釣り合い、「阿鼻叫喚」は声に関しての比重が大きいのに「しぐさ」に着目されている、しかもそれらは、「ささやき」であり「しぐさ」(しぐさという言葉は、むしろ静的な感覚を想起させる言葉であるのに)「明瞭として響く」というたしかな実感のともなう言葉として受けられてあったりする。

この冒頭の一行を見るだけで、残念な感じが漂います。丁寧な筆致で描かれる作品をたくさん受容されることが先決かと思いました。しかも言葉と言葉の密接な関係に意識を向けながら、しかもたくさんの文章を目にしていく。多読かつ精読こそが著者様の喫緊の課題ではないかと感じました。

わたしはヘッセの著作は、新潮文庫の高橋健二さんの訳本でのみ読んでますが、国内作家のものでも端正な筆によるものをいくつか読まれるのは創作に置いて有益なのではないかと感じました。文章の統制という面において島崎藤村とか参考になるかと思うんですが、でも、作品のジャンルが書こうとされているのもに比べて完全にカテゴリーエラーになると思います。読んでいて、言語感覚の調律みたいな意味あいを持たせているのは、わたしのなかでは、志賀直哉だったり、寺田寅彦であったりします。各単語をどのような助詞でうけて文章を展開していくかという点に置いて、古典の機能は現代にあっても十分に有益だと思っています。

海外古典なら、新潮文庫の「カラマーゾフの兄弟」の翻訳が大好きですけど、参考になるかはわかりません。

そうげん
58-191-198-57f1.shg1.eonet.ne.jp

誤字がひどいので修正します。


一読いたしました。

一言でいえば、「言葉を御すことができていない」という感想を持ちました。ひとつひとつの言葉の性質をちゃんとわきまえたうえで駆使する能力に達しえていない、未熟な意識が、ただざっきばらんに綴りうる単語を並べてそれらしく記そうと試みたといった印象をいだきました。

それは冒頭から発揮されてしまっています。

> 叫びのささやき、阿鼻叫喚のしぐさを眺め、井戸のわたし生身おとして、明瞭として響くあまり……恐らくは、人にとって、ひそかな響かなと思う。しかし、わたしは耳を塞いだ、それでも足らず、荒々しくも、繊細な、誠実な、愛情の、それらの頭蓋骨を砕くような、音が必要だった。例えばムンクの叫びのような、混沌した色合い、不安定さの橋の上で、両足を立てる必要があった。

「叫び」と「ささやき」の不釣り合い、「阿鼻叫喚」は声に関しての比重が大きいのに「しぐさ」に着目されている、しかもそれらは、「ささやき」であり「しぐさ」(しぐさという言葉は、むしろ静的な感覚を想起させる言葉であるのに)という言葉を「明瞭として響く」というたしかな実感のともなう言葉として受けられてあったりする。

この冒頭の一行を見るだけで、残念な感じが漂います。丁寧な筆致で描かれる作品をたくさん受容されることが先決かと思いました。しかも言葉と言葉の密接な関係に意識を向けながら、しかもたくさんの文章を目にしていく。多読かつ精読こそが著者様の喫緊の課題ではないかと感じました。

わたしはヘッセの著作は、新潮文庫の高橋健二さんの訳本でのみ読んでますが、国内作家のものでも端正な筆によるものをいくつか読まれるのは創作に於いて有益なのではないかと感じました。文章の統制という面において島崎藤村とか参考になるかと思うんですが、でも、作品のジャンルが書こうとされているものに比べて完全にカテゴリーエラーになると思います。読んでいて、言語感覚の調律みたいな意味あいを持たせているのは、わたしのなかでは、志賀直哉だったり、寺田寅彦であったりします。各単語をどのような助詞でうけて文章を展開していくかという点に於いて、古典の機能は現代にあっても十分に有益だと思っています。

海外古典なら、新潮文庫の「カラマーゾフの兄弟」の翻訳が大好きですけど、参考になるかはわかりません。

貔貅がくる
n219100087061.nct9.ne.jp

『執筆の狙い』の文章は、平明ですんなり読めるんです。
が、『作品本文』となると途端に、まるで理解できない・ついてゆけない文章になって、読者を拒みまくる。

『執筆の狙い』のように、普通の……「飾らない普段着スタイルの、気負わない文章」で書くことは難しいのでしょうか??



かなりの訳わからない難物、まるで意味が分からない文章であっても、
「画面を傍観すると、おおよそのストーリーと顛末は把握〜推察できる」のが、私の特技なんですが、、、
これは至難。


あくまでテキトーに推察〜脳内補完(想像?)した、このハナシの概略は・・


〔閉鎖的に暮らしていた母子家庭があって、母親は長男だけを溺愛していた。
 もう一人いた下の子は、母からネグレクトされていて、愛情に飢えていた。
 その飢えが人格の歪みを生み…… 母に溺愛されている長男を死に至らしめてしまう。

 最愛の子を失った母は慟哭するも、下の子をかえりみることはなかった。

 残された下の子の人格は、男子と女子と、二つの人格に乖離している。
 その乖離した二つの人格同士でさえ、共にいることは出来ず、
 一方が去り、一人残される。〕


解釈できてなくて、まったく見当はずれだったら、すまない。

清秀
KD113147015029.ppp-bb.dion.ne.jp

そうげん様。 コメントありがとうございます。

>>一言でいえば、「言葉を御すことができていない」という感想を持ちました。ひとつひとつの言葉の性質をちゃんとわきまえたうえで駆使する能力に達しえていない、未熟な意識が、ただざっきばらんに綴りうる単語を並べてそれらしく記そうと試みたといった印象をいだきました。

はい。特に初めの方は、書いている時に言葉の響きばかりを重視して、単語をくっつけているという感じでした。言葉の発する意味にもっと意識を向ける。これは、私も大事なことだと思うし、推敲を怠ってしまったと気づかされました。



>>丁寧な筆致で描かれる作品をたくさん受容されることが先決かと思いました。しかも言葉と言葉の密接な関係に意識を向けながら、しかもたくさんの文章を目にしていく。多読かつ精読こそが著者様の喫緊の課題ではないかと感じました。

わたしに読書量が足りてないのは確実です。島崎藤村の「破戒」を少し読みました。内容としてはなかなか扱えるものではありませんが、やはり文書は綺麗ですね。志賀直樹と寺田寅彦も読んでみたいと思います。ヘッセはわたしも訳本でのみ読んでいます。高橋健二訳は、とても好きです。ドストエフスキーは「罪と罰」の半分くらい読んでみて挫折しましたが、ロシア文学は強靭な体力で書かれている感じが凄いですね。わたしは長いものを読む集中力をつけなくてはなりません。

清秀
KD113147015029.ppp-bb.dion.ne.jp

麒麟がくる様。  コメントありがとうございます。

『執筆の狙い』のように、普通の……「飾らない普段着スタイルの、気負わない文章」で書くことは難しいのでしょうか??
>>はい。これは完全にわたしの自信の無さが現れていて、気負いすぎていました。
>>この小説を書こうと思ったきっかけは、エミリーディキンソンのBecause I could not stop for Deathという詩を読んだからです。この詩はDeath=彼となっていて、死がゆったりと紳士的に寄りそう感じが美しいです。気負いすぎな文章になった原因は、この詩を参考にしながら、なんとかして別の何かを作ろうと思ったからだと思います。私の中では何文字も書き連ねるよりも、冒頭に「エミリーディキンソンのBecause I could not stop for Deathを読んでください」と。例えばtwitterで何度も書いた方が他者にとっては良いのではないかという思いが頭の中を巡っていました。別のものを作れた。読むべきに値するものが出来た。という確信が持てないので、これはエゴイズムです。もちろん鍛錬なのですが、そういった不安を文章で誤魔化してしまった。凄いと思われたかった。といった気持ちが強すぎました。

内容です。

〔閉鎖的に暮らしていた母子家庭があって、母親は長男だけを溺愛していた。
 もう一人いた下の子は、母からネグレクトされていて、愛情に飢えていた。
 その飢えが人格の歪みを生み…… 母に溺愛されている長男を死に至らしめてしまう。 
最愛の子を失った母は慟哭するも、下の子をかえりみることはなかった。

>>大体こんな感じです。ネグレクトとまではいきませんが、母親が子供を平等に愛することは殆ど不可能なので、となりの芝生は青いみたいな感じで、主人公は愛情に飢えていました。それは、ささやきのような小さなことですが、主人公にとっては大きな叫びに聞こえてしまいました。
兄の死について、それは他殺でも自殺でも主人公にとっては何でもいいです。ただ逃げ道を失ってしまった。人の目にふれる最高のものが死なので、最悪の場合、これをすれば自分は見てもらえるといった思いも、母親の痛ましい嘆き声に、自信を無くしてしまった。そこで白く透明な彼女=死が見えます。やはり辛くなって明瞭に映ります。同時にその感覚は、死は美しいと思います。神聖でありながら、誰であっても死は訪れるもので、その感覚は理解されやすいからです。

>>彼女は消えてしまった。霧のように消えてしまった。
これは主人公が「生きるしかない。」と思った決心です。母親に愛されない性質であっても、どうにか脱ぎ捨てたい自分であっても、何とかして生きようと思った決心です。

>>題名について、
傀儡の愛は、主人公がこのままの感じで生きるならば、傀儡のようになるのは避けられないのかなと思ったからです。

貔貅がくる
n219100087061.nct9.ne.jp

↑ それを「欄外で長々しく説明しまくる」ことなく、

初見でみた人間にも「すんなり分かる・伝わる・腑に落ちる」ように書くのが、

作者としての忘れちゃいけない基本姿勢であり、「義務」だから。

清秀
KD113147015029.ppp-bb.dion.ne.jp

その通りだと思います。もう一度作り直してみます。

ご利用のブラウザの言語モードを「日本語(ja, ja-JP)」に設定して頂くことで書き込みが可能です。

テクニカルサポート

3,000字以内