作家でごはん!鍛練場
鈴原

いつもの教室(仮題)

「国会は、国権の最高機関で、唯一の立法機関で……」
三田村先生が黒板に文字を書き記す音が、気だるく午後の教室に鳴り響く。
わたしは板書をノートに書き写すこともなく、ぼんやりと窓側の席から校庭を眺めていた。校庭では体操服の女子高校生たちが創作ダンスに取り組んでいる。秋空を覗かせる窓からオレンジ色の黄昏が教室にうっすらと差し込む。
「……内閣総理大臣の指名を行い」
 睡魔に落ちそうになりながら、わたしは、1匹の赤とんぼがふと窓枠にとまるのを認める。わたしは赤とんぼと眼を合わせる。
 あの、先生、と教室の静寂を破るようなクラス委員の男子の声。
 赤とんぼが飛び立つ、わたしは、廊下側の席で立ち上がるクラス委員長を振り向く。
「あの、先生……」
「何だあ? 岡島」
三田村先生は自身の眼鏡をすり上げながら委員長に視線を投げる。
「……その」
「どうしたんだ、岡島。遠慮なく云ってみろ」
「その、今……」
 委員長は周囲の生徒たちに視線を泳がせながら、
「今は、数学基礎IIの時間で……」
 三田村先生は、ぱさりと教科書を教卓に置いた。
「え? 数学……」
「あ、はい。数学」
「数学なのか?」
「え? まあ……、はい、すうぎゃ……数学。基礎IIで……」
「数学基礎II……」
「え、あ、はい。数学基礎のIIで……」
「そうかあ、数学の、IIだったかあ……」
三田村先生は呆然として教卓の前で立ちすくむ。
「そうかあ、数学かあ、すまんすまん。そういえば先生、数学の教師だったのにな。いやあ、すまんすまん」
 すまん、すまん、そう云いながら、三田村先生は照れ臭そうに頭をかく。
 生徒の一部も軽やかに笑う。ところがである。
 照れ笑いをしていた三田村先生は、やおら、急に黙り込み教卓に両手を付いた。
「いや……、先生のな、謝るところはそこじゃないんだ……」
 不穏な空気が教室内に流れ込む。
 内職や居眠りをしていた生徒達は、何やら事件(イベント)のにおいを嗅ぎ付け、妙な活気を取り戻すかのようにむくむくと頭をもち上げる。
「今日はなあ、先生、クラスの皆に謝りたいと思っていることがあるんだ」
 クラスメイトの瞳がいっせいに先生に向く。
「先生はこれまでにクラスの皆に隠していたことがあったんだ」
 気づけば、三田村先生は顔に苦渋を滲ませている。
「今日は先生が皆に隠していたことを話したいと思う」
 わたしたちは固唾をのんで三田村先生を見守る。
「先生はなぁ……、実は、先生はなぁ……」
 先生は意を決したように、そして、声を振り絞るようにして、言い放った。
「先生は実は変態なんだぁ!!」
 三田村先生はいきなり自身のシャツを引き裂くようにして開け放ち胸をはだけさせる。
 生徒たちは息をのむ。
 シャツが引きはがされた際に、シャツのボタンの一つがはね跳ね、最前席にいた清純派の女生徒ミヨちゃんのおでこにピシリと当たり、彼女は「ヒッ」と小さな悲鳴を上げた。
 その素肌には赤い縄目が露(あらわ)になる、いわゆる、亀甲縛りとかいうものらしい。
 赤い縄ですよ、赤い……。
 生徒は一人もれなく唖然としている、ええ、そうですとも、唖然としていなければ、
この場をどうやり過ごそうというのですか。こんなとき、どう対処すれば適切なのか当の教師も教えてはいない。いや、何かねえ、今日は先生の白いワイシャツの下にうっすらと赤いものが見えたんだ。気にはなっていたんだ。
「そうだとも」、先生の断ずるような言葉が重々しく響き渡る。
「クラスの皆も解ると思うが、この学校というところは、皆にとって楽しい場所であり、また、あるときは苦難の場所なのだろうと先生は思う。先生もなぁ、皆と同じ気持ちだ。」
 しかし、と一つ言葉を飲み込みながらも、先生は顔を上げ、
「この学校にもいろいろ事件やら問題が毎日のように起こっていることはみんなも知っていると思う。でもなあ。それを特別なんだと思っちゃいけない。困った問題や解決しなければならない困難、それらはすべて日常なんだ。普通に起こる毎日の出来事なんだ。先生は、そう思っている。でもなあ、先生もストレスがたまってなぁ、こうして縛ってしまうんだよ。自分自身を縛りたくなってしまうんだ。それを。解ってほしい。体罰や行き過ぎた指導に対する教師たちへの無言の圧力、そして、ことなかれ主義が蔓延する教育現場の……」
 これから独り戦地に赴く兵士のような表情で三田村先生は語る、が、その言葉は生徒の誰ひとりの耳にも届いてはいない、てゆうか、乳首を隠せよと、わたしは言いたい。
すると、次に三田村先生はズボンのポケットをごそごそとまさぐりだす、そして、小さく丸められた「白い布切れのようなもの」を取り出した。
「おい、あれパンティーだぜ」
「そうだな、パンティーだな」
 わたしの背後の席の男子生徒が先生に反応して、ひそひそ話し始める。
 え?! わたしはすかさず耳をそばだてる。
「あいつ、じっと見てるぜ」
「おう、すげえじっと見てる」
「がん見だぜ。」
「がん見だな。おい、もしかしてよ」
「おう、まさかな」
「そう、そのまさかだよ。」
 三田村先生は右手ににぎりしめた、その「白い布切れのようなもの」を睨(にら)みつけている。
「あいつ、あれを頭に被≪かぶ≫るぜ」
「おう、そうだな。被るな」
 え?! わたしは右耳をダンボにして、頭部をぴくりと微動させる。 
「パンティーだったら、普通、被るよなぁ」
「かぶるよなあ、普通」
 そうかあ、パンティーがあったら、普通、頭に被るもんなんだぁ。
「俺だったらもう絶対被るぜ」
「おう」
「普通だぜ」
「そんなこと、普通だよな。くだらねえ」
「てっぱんだぜ」
いや、君たち男子。先生の持っている布切れがパンティかどうか分からないじゃないか。
 三田村先生はぶるぶると手を震わせ、その白いブツを見つめていたが、かっと目を見開くと、思い切ったようにそれを生徒達に向ってに力任せに広げる。その伸縮性のある柔らかい生地は惜し気もなく生徒達の眼前に露わになる。
 パンティだった。
 なんだよ。もう、ゼンゼン予想を裏切らないな。いや、よく伸びるなパンティの生地ってやつは。
「おいよお、あれってまさか」
「おい、まさか、あれは『誰かの使用しました』っていう……」
 わたしは血の気が引いてゆくのを覚える。
 三田村先生が説明する。
「これは、昨日、先生が婦人服売り場で入手したものだあ!!」
 わたしは胸をなでおろす。ああ、よかった、それを越えたら人でなくなる一線は守られたよ。
 先生は震わす両手でパンティをしばらく睨みつけていたが、
 意を決したように頭にパンティを被ろうとする!

「「「あああ!」」」

 クラスの皆は息をのむ。

 しかし……、
 先生は決断がつかないようにその薄い布地を被る直前で手を降ろし、ため息をつく。

「「「はあぁぁぁぁぁ」」」クラスの皆は胸をなでおろす。

 再び、息遣いを荒くして先生は、パンティを被ろうと!
「「「「あああ」」」」クラスの皆は息をのむ。
 先生は手を降ろす。
「「「「はあぁぁぁぁぁ」」」」胸をなでおろす。

 先生は、パンティを被ろうと!
「「「「あああ」」」」クラスの皆は息をのむ。
 先生は手を降ろす。
「「「「はあぁぁぁぁぁ」」」」胸をなでおろす。

 ああ、なんだかもう、ドキドキするなあ! 被るなら、早く被れよ!
 クラスの皆は誰もが上気したように頬を朱色に染めている。
 とうとう先生は観念したように、雄叫びを上げる。と、そこに、1匹の赤とんぼが窓からついっと入ってきて、先生に引き延ばされたパンティの布地の縁にとまった。

あ、赤とんぼ

 三田村先生を含めクラスの皆も、一瞬、その赤とんぼに心を奪われる。と、その時すかさず、
「三田村先生!! 何をやってるんですかあ!!」
 皆が赤とんぼに気を奪われていた教室の静寂を破って、教室内に教頭先生や体育教師、生徒指導の先生方がなだれ込み、三田村先生はいともたやすく取り押さえられた。
 三田村先生は数人のかの教師たちに拉致られて、去っていった。
 しばらく静まり返る教室、幕引はしごく普通だった。
 ただ、その後、その時限は自習となったが、クラスメイトの皆はその時限は何をしてもそぞろ心は上の空であったことは云うまでもない。
 この話の落ちですか……特にありません。
翌週、同じ時限の科目においては、三田村先生により普通に数学基礎IIの授業が実施されたのであった。

いつもの教室(仮題)

執筆の狙い

作者 鈴原
49.253.102.114.eo.eaccess.ne.jp

こんばんわ。公募に向けて、今、長編を書いているところです。文字制限がなく楽しい。
そのなかの一部分ですが(冒頭ではありません)、コード的にもいかがなものか、考えております。
どんな感じか(これだけでも、完結した掌編にもなると思い)上げてみました。どうか。
哲学をテーマにしたものです。読みやすさはどんなものでしょう?

コメント

鈴原
49.253.102.114.eo.eaccess.ne.jp

返信遅れるかもですが、必ず回報します。
それでは、おやすみなさい。

おやすみのBGMは:神聖かまってちゃん/るるちゃんの自殺配信
https://www.youtube.com/watch?v=hc0ZDaAZQT0

大丘 忍
p1793091-ipngn200202osakachuo.osaka.ocn.ne.jp

三田村先生は精神異常者ですね。精神異常者でも教員は出来るのですかね。

夜の雨
ai195035.d.west.v6connect.net

「いつもの教室(仮題)」読みました。

文章は読みやすいです。
主人公は女子生徒ですが、エピソードは授業中に先生が変態宣言をして、行為を生徒たちに見せるという話です。
主人公を含め、他の生徒たちの反応は普通でした。
変態先生は教室に入ってきたほかの先生方に連れて行かれるという顛末ですが、後日、また、授業をしている風景でラストです。
つまり御作に書かれているのは、主人公を含め一般の生徒に対して教師が変態行為を見せるが、連れて行かれて、後日、何くわぬ顔で、授業が展開されて、日常が続くという話になっています。

これはこれで一つの話(全体の構成の中のエピソード)になっていると思いますが、「今回の作品は本作の一部ということなので」全体を通すと、どういった内容なのかということになるのだろうと思います。

今回の作品が全体の一部だと、「何が目的で書かれているのかがわかりません」。
ただ、今回のようなエピソードが大量にあり、それで構成されていて、世界(御作)が描かれているとしたら、それはそれで意味があると思いますが。
すなわち「世界の終わり」に近いような題材と思いますが。
何しろ御作はストレスで教師が変態行為をしないではおられない状態になっているのですから。
つまりストレス社会が御作には描かれている、ということになりかねません。

だけどこの手のエピソードがてんこ盛りであると、読む気がしませんが、読むのもストレスが溜まります。
題材はストレス社会であり、今回のようなエピソードが描かれていても、それは一つか二つぐらいで、あとは、他のことを描きつつ、物語が構成されるのがよいのではないかと思います。


哲学をテーマにしたものです。 ← 変態行為もストレスと関係があるというお話になっているので、哲学と絡んでいても、なんら、不思議ではありません。

あとは作者さんの手腕でしょう。

u
opt-211-132-66-15.client.pikara.ne.jp

拝読
読みやすかったです
お話の内容は長編の一部ということなので、なんとも

気になった点
台詞の繰り返し
「あの、先生……」「何だあ? 岡島」「……その」「どうしたんだ、岡島。遠慮なく云ってみろ」「その、今……」「今は、数学基礎IIの時間で……」「え? 数学……」「あ、はい。数学」「数学なのか?」「え? まあ……、はい、すうぎゃ……数学。基礎IIで……」「数学基礎II……」「え、あ、はい。数学基礎のIIで……」「そうかあ、数学の、IIだったかあ……」「そうかあ、数学かあ、すまんすまん。そういえば先生、数学の教師だったのにな。いやあ、すまんすまん」
 ↑のように台詞がルフレインする。この箇所だけかと思たら、この後何回もこの技法を使用  ずっと最後までこの手法なんだよね↓
「おい、あれパンティーだぜ」「そうだな、パンティーだな」「あいつ、じっと見てるぜ」「おう、すげえじっと見てる」「がん見だぜ。」「がん見だな。おい、もしかしてよ」「おう、まさかな」「そう、そのまさかだよ。」「あいつ、あれを頭に被≪かぶ≫るぜ」「おう、そうだな。被るな」「パンティーだったら、普通、被るよなぁ」「かぶるよなあ、普通」「俺だったらもう絶対被るぜ」「おう」「普通だぜ」「そんなこと、普通だよな。くだらねえ」「てっぱんだぜ」

1か所か2か所で使えば効果的だと思いますが、全編これでは効果半減というか、ほとんど効果なくなってしまうのではないかと思いました

あと視点
わたし(主人公JK)視点で描かれていますが、途中と最後の1部、主人公視点ではなく作者様視点あるいは神視点ミタイナ。まー主人公視点と読めなくはないのですが、あたし的にはチョット
特に最後の「この話の落ちですか……特にありません。」ここなんかはなんとなくそんな感じが(本編ではこの文ないと思うが)

長い話のごく一部みたいなので何とも申せませんが
御健筆を

鈴原
49.253.102.90.eo.eaccess.ne.jp

大丘様

読んでいただきありがとうございます。

> 三田村先生は精神異常者ですね。精神異常者でも教員は出来るのですかね。

できないかもですねえ、いや、本当にそこは返す言葉がないのでした。

大丘様の反応こそをテーマにしたいと考えています。

拙作、武富健治の「鈴木先生」を読む以前に書いたのでしたが、
「鈴木先生」を読んだ後に影響を受けた部分ではありました(内容は当然異なるのですが)。

鈴原
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夜の雨様

おはようございます。感想ありがとうございます。
全部を掲載しておらず、大変申し訳なかったのですが、

夜の雨様のご感想、するどいところがあり、見抜かれているようで驚きました。

「世界の終わり」のご指摘はそうなのです。

現実世界の「世界の終わり」感を反映はしていますが、それだけではない、現実世界のもう一面を重ね合わせたいと考えていました。

>だけどこの手のエピソードがてんこ盛りであると、読む気がしませんが、読むのもストレスが溜まります。

てんこ盛りにしつつ、すこしゴハンを削り落とすよう、調整したいと考えます。
作全体は飽きさせないよう工夫をしたいと考えています。
レーティングに対する調整に悩んでいます。
15Rになったら販路が狭まれて、などと、盗らぬ狸の皮算用なのでした。

ありがとうございます。

鈴原
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u様

おはようございます。ご感想ありがとうございます。

気になった点は、なるほどそうなのか、と思いました。ありがとうございます。

あからさまなメタ表現はやらないようにしていたのですが(ただ、特にこだわってもいなかったのですが)、

> まー主人公視点と読めなくはないのですが、あたし的にはチョット
特に最後の「この話の落ちですか……特にありません。」ここなんかはなんとなくそんな感じが(本編ではこの文ないと思うが)

ここは、そうなのか、と気づかされましたが、
確かに突き放した感はあるやもなとは、感じておりました。

デッドプールのようにするつもりはなかったのでしたが、メタはないとは思いますが、
少しそれに寄っているかもな、と思いました。

ありがとうございます。

鈴原
49.253.102.90.eo.eaccess.ne.jp

u様に追補

>特に最後の「この話の落ちですか……   (本編ではこの文ないと思うが)

ここで上げているものは、それ用に仕上げていましたので、ご指摘の部分、確かに本編にはありませんでした。

鈴原
49.253.102.90.eo.eaccess.ne.jp

夜の雨様
追補失礼いたします。

>だけどこの手のエピソードがてんこ盛りであると、読む気がしませんが、読むのもストレスが溜まります。

確かに「これだけ」だと、長編で成り立たないので、本編はそうではないことも確かでした。
ありがとうございます。

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