作家でごはん!鍛練場
でんでろ3

バーニング・クラシック

 私は課題曲を完璧に弾きこなすと静かに鍵盤から手を下ろした。
 ピアノの残響が消えると静かな拍手で会場が満たされる。
 いつだって私の演奏に送られる拍手は静かなのだ。

 コンテストの結果は6位だった。いつも6位とか5位。

 砂を噛むような思いで会場を後にしようとしたとき、いきなり声をかけられた。

「おまえのピアノは冷静すぎるんだよ!」

 幼なじみの徹平だった。
 徹平とは小さなころは本当にいつも一緒に居たが、男女が一緒に遊ばない年頃になると、自然と疎遠になった。

「分かってるわよ」

 私の声は、たぶん小さかっただろう。
 私は駆け出した。





『おまえのピアノは冷静すぎるんだよ!』

 徹平の言葉が頭の中でリフレインするたびムシャクシャする。
 分かってるわよ!
 でも、どうにもならないのよ!
 自分の解釈って何?
 豊かな感情表現って何?
 私はちゃんと弾いてるじゃない!



 気が付くと日付が変わっていた。
 でも、どうにも気持ちがおさまらない。
 私はこっそり家を抜け出した。
 アイツに文句を言ってやる!





 徹平の家の前に着くとスマホで呼び出した。
 徹平はすぐに玄関に現れた。
 徹平が私を手招きする。

「入って来いよ」

 言われるまま私は徹平の家に上がった。
 家の中は私の記憶と違っていた。
 リフォームしたのだろうか?

 徹平に着いて行くと立派な防音扉の前に着いた。
 決して大きいとは言えないが性能は良さそうな防音室だ。

 徹平に続いて防音室に入る。徹平はストラップを首にかけると、テナーサックスを手に取り、アドリブで楽しげなメロディーを吹き出した。

 それを聴いていたら、いきなり徹平との幼い日の楽しい思い出が蘇ってきた。

 私は、防音室にあったアップライトのピアノに飛びつくと、幼き日に泥団子をこねくり回していたような楽しさで、デタラメに鍵盤を叩き始めていた。紡がれるのは調子っぱずれな楽しげなメロディー。

 すると、徹平がいきなり悲しげなメロディーを奏で始めた。

 私の頭に浮かんだのは1匹のトカゲ。

 ある日、みんなでトカゲを見つけた。みんなでいじくり回していたらトカゲは死んでしまった。死んだトカゲにみんなは興味をなくした。ただ、私だけが悲しくて泣いていた。そんな私を見て、徹平だけがトカゲのお墓を作ってくれた。

 私は、悲しくて嬉しかった。

 私のピアノは、悲しさの中にも温かみのあるメロディーを奏で始めた。

 ところが、徹平のサックスが大音響でいきなりそいつを吹っ飛ばす。そして、予想のつかないメロディーで驚かし続ける。ドキドキする。

 そう、クリスマスの朝、サンタさんのプレゼントにドキドキしたみたいな。裏山の探検でドキドキしたみたいな。

 私もセオリーなんか無視してドキドキとワクワクを追いかけた。

 そこで、徹平が抜けるような高音を長く長く伸ばし始めた。

 そうだ、初めてブランコを大きくこげた日。どこまでもどこまでも大きくこいで、あの高い空まで飛んで行けるような気がした。

 私は、そんな大空の広がりを、恐れを知らない万能感を、意気揚々と旋律に乗せて弾いた。
 それは、どこまでもどこまでも、私の心を大きく膨らませていくようだった。
 私の中で何かが弾けた! 私の中で何かが開けた!





「今は疲れ切ってて無理だけどピアノを弾きたいって気持ちがどんどん溢れてくる! むずむずしてくる! ピアノが弾きたくてしょうがない!」

「ジャズ始めるのか?」

「バカ言わないで、私の夢は、今までも、これからも、クラシックよ」

「面白いことになりそうだな。次のコンクール期待してるよ」

「順位は期待しないで。ただ大勢のお客さんの前で弾いて熱い拍手を浴びたいだけだから」

「そりゃいいや、ちょっと待ってろ」

 徹平は防音室を出て行った。戻ってきた徹平の手には2本のコーラ。

 このとき一緒に飲んだコーラの味は一生の宝物。

バーニング・クラシック

執筆の狙い

作者 でんでろ3
softbank060114152044.bbtec.net

 教科書的で無個性な演奏しか出来なかった少女が、幼馴染みの少年とのセッションを通して、何かを掴んだ感動を読者に伝えたかった。

コメント

茅場義彦
M106072175192.v4.enabler.ne.jp

なんか雰囲気はいいっすね 短いから なんとも胃炎ですが

でんでろ3
softbank060114152044.bbtec.net

茅場義彦様>
雰囲気を誉めて頂きありがとうございます。それから、実は、この作品は字数制限が1,600字のコンテスト用に書いたものでして、現在1,520字なので、これでも、割と限界に近い長さなのです。
コメントありがとうございました。

三枝松平
ntngno151245.ngno.nt.ngn.ppp.infoweb.ne.jp

でんでろ3 様

 読ませていただきました。
 私はよそでも書いていますが写真家です。
 写真家と言ってもそれでご飯を食べているわけでもありませんから「自称写真家」です。
 でも、かつては写真雑誌で何回も最優秀賞を取ったり、雑誌の口絵のオファーが来たりそこそこの写真撮りでした。
  
 御作の言わんとしていること良く理解できます。
 私も最初は教科書通り、他の有名なプロのマネをしたり、皆が撮る被写体を追いかけたり。
 でも、ある時を境に作品が変わり始めました。

「私」は元々力はあったと思いますが「徹平」によって開眼させられた。
 コーラのシュワシュワ感たっぷりの読後感でした。

 欲を言えばもっと長いの読みたいですね。

 ありがとうございました。

u
opt-211-132-66-15.client.pikara.ne.jp

読みました
ショートショートしてはお上手な部類に入るし、基本的な描きかたで纏まっていると思いました

あと、小道具の使い方がうまいです
セッション中、二人の幼い時の回想と共に(泥団子)(トカゲ)(サンタのプレゼント)(裏山の探検)(ブランコ)etc  落ちの(コーラ)も良いです

ゲイジュツにおいて他から影響を受けるというのはままあることだと思います
ただ、本作はどうなんだろう?
サックス(ジャズ)とピアノ(クラッシック)でのセッション
クラッシックって楽譜に忠実な演奏が大前提だとは思うのですが(特にコンテストでは)
(主人公、開眼してジャズやる!www)になるのかとあたし思たwww
「バカ言わないで、私の夢は、今までも、これからも、クラシックよ」ですよね。チョット根本的なとこ違和感。マッいいかwww

あと、いくら幼馴染でも真夜中に女性が男性宅を訪れる
このシーンもちょっとなー? ナンテ思った次第です
御健筆を

でんでろ3
softbank060114152044.bbtec.net

三枝松平様>
コメントありがとうございます。
返事が遅くなり申し訳ありませんでした。
作品の意図をご理解いただき、非常に嬉しいです。
今度は長いものにも挑戦してみたいと思います。
ありがとうございました。

でんでろ3
softbank060114152044.bbtec.net

u様>
コメントありがとうございます。
また、お褒めに預かり大変光栄です。

なぜ、ジャスに転向しないのか? ですが、「豊かな感情表現を手に入れた」そして「ピアノ演奏が格段に向上」という図式を描いていたことと、今からジャスに転向しても凡庸なジャズピアニストになってしまいそうで、クラシックピアノにジャズのスピリッツを持ち込んだら、非凡なピアニストが生まれそうだな、と思ってしまったことが、理由としてあります。

夜中に女子が男子宅を訪ねてしまうことですが、そこは、徹平の両親も同居しているので、大丈夫かな? と思ってしまいました。

でも、どちらも、もうちょっと、考えてみようと思います。

ありがとうございました。

ご利用のブラウザの言語モードを「日本語(ja, ja-JP)」に設定して頂くことで書き込みが可能です。

テクニカルサポート

3,000字以内