作家でごはん!鍛練場
さくら

シカ

明るい夜だった。中途半端に丸みを帯びた月が、鈍く黄色い光を放っていた。それでも街灯やたまに目の前を通る車のライトは刺すように眩しくて、また視界が揺れた。腫れているであろうまぶたの重さが鬱陶しかった。
遠くの山で鹿が鳴いた。責められているような気がしてようやく錆びたブランコを降りた。時計を見ると、ここに来てから3時間近く経っていた。ひとつ息を吐いて出口に向かう。来た時にはいたはずの犬の散歩をしている人や、ベンチで背を丸めて座っていた中年のおじさんは知らないうちにいなくなっていて、公園には私だけだった。
おじさんはもしかしたらホームレスかなと思っていたので、ちゃんと帰るべき場所に帰ったのだと思うと少し悲しくなった。私はホームレスではないが、今なら仕事を辞めた人の気持ちが少しは分かるかもしれないと思ったのだ。
おじさんは公園に来ていきなり泣き出した私をどう思っただろう。普段ならあり得ないのに今日は人の目が気にならなかったので、わざとミュージックビデオみたいに空を仰いで鼻をすすりながら泣いたから、声をかけてほしそうに見えただろうか。帰りにくくなっただろうか。家で帰りを待つ奥さんと温かいご飯を食べながら、私の話をしただろうか。知らない人に知らないところで自分の話をされているかもしれないなんて、変な感じだ。
実際にはただ空を見ていたって泣けはしないから、唯一持ってきたスマホで「泣ける」と話題のCMや動画をユーチューブで見漁った。見るものがなくなると今度は写真フォルダで中学時代の写真を順に見ては「戻りたいよう」と心の中で繰り返しながら泣いた。たかが何ヶ月か前のぱっとしない思い出でも、勝手に物語性をつけていけばあたかも自分が輝かしい青春時代を過ごし、あたかもその日々に戻って仲間たちと笑い合いたいと思っているという気になれるから簡単だ。

何となく帰る気がしなくて近くにあったコンビニに入った。街灯より車のライトより、いつもより明るい遠くの月より店内は眩しかった。入ったはいいが財布を持ってきていないので、店内を一周してから店を出た。入ったときはをいらっしゃいませ」と私に声をかけた店員は、出ていくときには何も言わなかった。少し申し訳なくなった。

知り合いに会ったらどうしようとぼんやりシミュレーションをしながら家の近くの橋を歩いていると、向こうからパトカーがやってくるのが見えた。反射的に横髪で顔を隠したが制服を着ている時点でその甲斐もなく、パトカーは速度を緩めて路傍に止まった。一本道では隠れることも逃げることもできず、そのまままっすぐ歩いた。心臓は音を立てて激しく膨れていたが、車のドアが閉められるばたんという音で破裂するかと思った。車から降りた2人の警官は探るように私を見て、その場はすぐに映画で観た家で少年のそれに驚くほど類似した状況になった。それから、私は腫れたまぶたを前髪でいかに隠すかということで頭の中がいっぱいだったのに、一つ残らず個人情報を聞かれては一つ残らず「本当に?」「間違いないね?」といちいち確認された。そのくせ、今日高校を辞めてきたのだと言っても反応は薄くて拍子抜けした。「こんな時間に危ないから」と諭す警官は、彼らのいう危ない人に引けを取らないくらい恐ろしく見えた。

シカ

執筆の狙い

作者 さくら
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思春期の心の動きを表現したくて書きました。
全体的なイメージでも些細なことでも、ご意見、ご感想を頂けたら嬉しいです。よろしくお願いします。

コメント

加茂ミイル
i114-185-16-165.s42.a014.ap.plala.or.jp

純文学的な香り漂う内容でした。

青山りか子
om126193172216.23.openmobile.ne.jp

 私は読解力が劣っているので最初に書いておきます。私はひたすら私小説を書いているので小説が書ける人を敬っています。
 
 この小説では最後らへんに高校をやめたとか、少ししかいなかったコンビニとかが印象的でした。そうしてみるとこの小説は若い方が書いたのかなぁ?……と想像しました。
 それと何故ゆえにタイトルがシカなのかが理解できませんでした。その位でしょうか?……またご縁があればさくらさんの小説を読んでみたいです……それだけ読みやすかったでした。では!

5150
5.102.1.246

 もしかしたら、作者は10代の方でしょうか。いずれにせよ、これだけ自分を客観視できるのは素晴らしいことだと思います。

この主人公の身に何があったのでしょうか。気になりますね。

さくら
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加茂ミイル様、コメントありがとうございます。
どちらかというと純文学的な雰囲気を目指していたので、そう言っていただけるとありがたいです!

さくら
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青山りか子様、コメントありがとうございます。
温かいコメントとても嬉しいです!
タイトルについては、鹿の鳴き声によって物語の始めと終わりで主人公の成長というか、変化を表現したいと思っているんです。
主人公は冒頭では鹿の鳴き声に責められていると感じていますが、後半ではそれとは違った前向きな感じを描けたらなと。。

さくら
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5150様、コメントありがとうございます。
描写にあまり自信がなかったのでとても嬉しいです!
引き続き頑張ります

大丘 忍
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私は87歳の老人ですが、やはり十台の思春期はありました。中学一年の時に終戦。戦後のごたごたで学校の制度も大きく変わりました。家が貧しく、大学受験も許してもらえなかったけれど、母に頼み込みただ一回だけの受験を許してもらいました、授業料の安い国立大学へのただ一回だけの受験。そして送金もなくアルバイトと育英会の奨学金で卒業しました。そんな青春を過ごした私からは、この作品のような心理が全く理解できません。時代の違いということでしょうか。

さくら
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大丘忍様、コメントありがとうございます。
私の年齢もあり、たしかに大丘様のように厳しい時代を生きてこられた方には受け入れ難い小説かもしれません。
十代の若者に読んでほしい面もありつつ、大人の方に昔を思い出しながら読んでほしい部分もあったので勉強になります。

u
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読みました
>全体的なイメージでも些細なことでも とのことなので
かなり辛口ですが

鹿がよく鳴くのは多分交尾期だろうと思います(あまり詳しくはないのですが有名な短歌)
8月末から9月ぐらいでしょうか?
作者さん季節はかいてないのですが
8月末~9月の日没って、東京基準で言えば午後6時ぐらいかな?(かなりあやふやですし、遠くの山からの鹿の声を聞いているので、多分東京以外でしょうけど)ニホン鹿全国的に分布

>来た時にはいたはずの犬の散歩をしている人や、ベンチで背を丸めて座っていた中年のおじさん
↑記述から公園に主人公が来たのはそれらを視認できるマア午後6時30分
それから3時間いたわけですから
パトカーに職務質問されるのが9時半と仮定したら
>一つ残らず個人情報を聞かれては一つ残らず「本当に?」「間違いないね?」といちいち確認された
↑ナンテ―のはまずありえないのではないでしょうか? 繁華街で夜遊びしているわけじゃなし、制服姿でもあるし。遅いので気をつけて帰りなさい――ぐらいはあるでしょうけど
それと>今日高校を辞めてきたのだと言っても反応は薄くて拍子抜けした
そんなこと主人公警官に言わんでもヨクネ

はっきり言ってムード先行のリアリティのなさがあたしは気になったのです

文章はムード醸す腕を持っていると思いました
御健筆を

さくら
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uさん、コメントありがとうございます。
時間軸についてですが、
警察の未成年の補導時間は夜11時以降なので、公園に寄ったのは8時ごろを想定していました。鹿は夜にも活動すると思うので鳴くと思っていたのですが、もう一度調べてみます。
季節は夏の終わりを想定していました。

私は警察の職務質問をされた経験がありますが、在籍している学校を聞かれました。
ちょうどこの日に学校を辞め、制服を着ているので難しいところですが、学校を辞めた事実は伝えてもおかしくはないかと思います。制服を着ている以上、ちょうど今日辞めてきたのだという説明も必要かと。

ご指摘本当にありがとうございます。
詳細なところまでは1人では考えが至らない部分もあるので大変ありがたいです。

貔貅がくる
n219100087061.nct9.ne.jp

主人公、なんで学校やめたの?
人間関係に行き詰まって?? それとも成績不振で??

そこがまったく書かかれてない状態で、この始まり方だと、
読み手の9割方が〔奥山に 紅葉踏み分け鳴く鹿の 声聞く時ぞ秋は悲しき〕を想起してしまう……でしょう。

おまけにタイトルが駄目押しで『シカ』だもんで、
上記有名和歌が頭にある読者ほど、
冒頭で泣き腫らしてる状態 =『失恋したんだなー』と想定して読み進めることになっちゃう。
(それが国語=日本文学のお約束だから)

なので、主人公が学校辞めた原因が「失恋がらみ」なのか、そうでないのか、
そのへんは明記しておいてくれた方が、読者に親切。

さくら
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貔貅がくる様、コメントありがとうございます。
この小説はある程度の長編にするつもりなので、辞めた理由などは後々書こうと思っていますが、たしかにこの時点ではそう感じられても無理ないですね。
構成をもう一度考え直してみます。
ご指摘助かります。

偏差値45
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>その場はすぐに映画で観た家で少年のそれに驚くほど類似した状況になった。
アレ?と思ったら、誤字ですかね。家出少年。

それはさておき、感想です。
最後の方に「今日高校を辞めてきた」とあるので、
それまでの行動や心理の原因を説明しているわけかな。
学校を辞めたことがないので分かりませんが、
心細さ、不安、悲しみなど、そのようなものを表現したかったのでしょうか。

文章は伝わっているので良いとは思いますが、
それで「面白い」かと言えば、「いいえ」です。
それは劇的ではないからです。
「お芝居を観せる」 そんな感じで書いてみると良いかもしれません。

さくら
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偏差値45様、コメントありがとうございます。
誤字すみません。

学校を辞めて生まれた気持ち、それ以前に学校に通っていた頃の気持ちや、主人公の抱えるいろいろなものから生まれた気持ちを小説全体をを通じて書きたいと思っています。

たしかに私自身の好みもあって、落ち着いた文章になりすぎているかもしれません。
「お芝居を観せる」、参考にしてみます。

茅場義彦
M106072175192.v4.enabler.ne.jp

文字がつめつめで ネットで晒すなら ちょっと 空間開けたほうがいいかもp

さくら
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茅場義彦様、コメントありがとうございます。
見にくかったようですみません。
今後の参考にさせていただきます。

shion
KD027083171050.ppp-bb.dion.ne.jp

高校を辞めたショックで泣きはらすという話ですか。じゃあ辞めなければいいのにと思うのですが、なぜ辞めたのか理由もあるといいですね。

さくら
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shion様、コメントありがとうございます。
やはり高校を中退するということには理解されない部分も多いと思うので、この先で丁寧に書いていこうと思います。

如月
KD111239183170.au-net.ne.jp

さくら様。
拝読しました。

少なくとも、明らかな誤字は掲載する前に訂正しておいていただきたかったですね(私もよくやらかすので、あまり人のことは言えないのですが)

他の方もおっしゃられていますが、さくら様は主人公と同年代でしょうか。
理解してくれる人のいない孤独、居場所がなくなったことの不安定、行き場のない感情の処理の仕方がわからず持て余しているところなど、思春期らしい不器用さが描けていると思いました。
「〜した」を多用する淡々とした語り口調にも、投げやりさや虚勢が伺えます(意図が違っていたら、申し訳ありません)
心の動きの表現するという目標に関しては、ちゃんと十代の目線に立てていると感じました。

物語の一部を抜き出してこられたそうので、中退の経緯など、ストーリーそのものについては消化不良なので言及しません。
長編は大変ですが、頑張ってください。

さくら
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如月様、コメントありがとうございます。
誤字は今後気をつけます、すみません。

語り口調は何となく意識していたので、書きたかったことを感じ取っていただけたようで嬉しいです。

引き続き頑張ります。

三枝松平
ntngno151245.ngno.nt.ngn.ppp.infoweb.ne.jp

さくら 様

 読ませていただきました。
 ご自身の中ではちゃんと筋道ができているのでしょうね。
 でも、それを文章にする難しさ、さらに、分かりやすく他人に読ませることの難しさはなかなか難しいと思います。
 ましてや、小説として形作るのは簡単ではないと思います。
 書いた文をしばらくほっておいて、できたら第三者的な目で見てみると(読んでみると)「粗」も「良さ」も良くおわかりになると思います。
 文のあちこちに、きらりと光るものがあり、しっかりと経験を積めばよい作家さんになる要素をお持ちと思います。
 我慢強く精進されて、良い作品を作ってください。期待しています。

さくら
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三枝松平様、コメントありがとうございます。
温かいコメントをたくさん、とても嬉しいです。
そんな風に言ってくださる方がいらっしゃったということが幸せです。
厳しい道だとは思いますが、時間をかけながら頑張りたいと思います。

鈴原
49.253.106.12.eo.eaccess.ne.jp

こんばんわ。拝読しました。
御作とても良いです。特にラストがとても素晴らしいと思いました。

良いと思えたのは、説明文がなく、作全体に渡って臨場感があり、作者に強いイメージがあることを感じました。
たとえば「髪で顔を隠す」、や「車のライト」など、多数あります。

なので、読者によって強弱はあるかもしれないのですが、伝わってくるものがあるのだと思いました。

人により意見の違いもあるやもですが、
「学校を辞めた」「制服姿」であることを、より序盤からただよわす、それとなく分かりやすく描いた方がいいとする意見もあるかもしれません。
わたしはこれで良いのではと思いました。

面白いと思ったのは、「遠くの山で鹿が鳴いた。」のところで、そこで、独特の夜景のイメージをつくりだしているような気がしました。

「鹿」って思いつかないなあと、だから、鹿のいる土地にいる方だろうか? とも思ってしまいました。

また書いてください。

さくら
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鈴原様、コメントありがとうございます。
細かく読んでいただけたようで、とても嬉しいです。
田舎に住んでいるので、鹿の存在感の強い小説をいつか書いてみたいとずっと思っていました。

序盤の描写を中心にもう一度見直してみます。
また機会がありましたらよろしくお願いします。

飼い猫ちゃりりん
123-1-47-140.stb1.commufa.jp

さくら様
 まだ若い方なんですね。
「現代アート」の害毒に注意して下さい。
現代社会でもてはやされている「現代アート」なるもの影響は絵画や音楽のみならず当然小説にも影響を及ぼす。なぜなら小説は言葉で描く絵画であり、言葉で奏でる音楽だからです。
 まずはしっかり描き切ることを意識して書くと良いと思います。それと小説を含む全ての文章は、「伝える」ためにあるのです。「伝える」を軽視してはいけません。
 作品のコメントは、この作品が完成したら述べたいと思います。少し辛口に感じるかもしれませんが、若い才能を潰したくないからなのでお許しください。

さくら
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飼い猫ちゃりりん様、コメントありがとうございます。
長くなるかもしれませんが、気を引き締めてしっかり描き切りたいと思います。
よろしくお願いします。

飼い猫ちゃりりん
106171071102.wi-fi.kddi.com

さくら様
思春期らしさは感じられました。
猫を鹿と遊ばせて良いでしょうか?

さくら
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飼い猫ちゃりりん様
悲しそうにも聞こえる鳴き声に勝手に親近感のようなものを感じている部分もあるのでしょうが、私としては飼い猫と遊ばせても大丈夫だと思っています。半ばただの願望です。笑
しかし奈良公園の鹿ならそのへんに猫がいても知らん顔していそうですね。

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