作家でごはん!鍛練場
封印されし封印

碌でもなく、後悔無き生涯

俺は悪党だった。
  薄汚れた娼婦と政治家の子として生まれ、貧民街に捨てられ。廃棄物とともに、蛆を身体に飼いながら生きてきた。
  そんな俺に曲がるなと言う方が難しいだろう。物心付く前から、生きる為に人から盗んで生計を立てていた。
 成長するに連れ、非合法の仕事に手を出し人を傷つけた。手本のような悪党だ。
  真面目に働け? そんな事は、恵まれた人間に与えられた特権だ。本当にどうしようも無い奴って言うのは、国からも見放され、社会に黙殺される。人間って言う物は、何時だって何かを排して発展してきたのだ。偶々、それが俺だっただけ。
  非合法の仕事のお陰で金には困らなかったが、常に俺の心を蝕むのは、どうしようもない孤独。
 その時の俺は、欲しい物はおおよそ持っていた。
 でも今思えば、本当に欲しかったのは―

――

 「あなた、何してるの?」

 八月三十一日――俺の誕生日。
 世間ではもう夏休みとやらが終わる頃だろう。そんな日に、俺は仕事に失敗した。強盗の仲間は捕まり、俺だけが逃げ切った。初めての経験だったのだから、絶望するのも当然であろう。
 十五歳にして、俺は見事裏社会で積み上げてきた地位を失った。
 皮肉にも、俺の年齢が一つ上がる……そんな最悪の日に、ゴミ溜めに紛れて呆けていた俺の前に女は現れた。
 何も分からぬ児童の様に、純粋な疑問を口にした。

 「……お前には関係ねえだろ、放っておいてくれ」
 「何で? あなたのその目、絶望の目よ。私、知ってるの。何があったのかだけでも教えてご覧なさいな」

 当時齢十六のその女は、変に好奇心旺盛だった。
 俺の事について細やかに訊いて、俺が答えるたびにそうなのね、と笑ってみせた。
 正直、こういう人種は好きになれない。腐りきったここでは、此奴のような無垢な奴は早死する。経験則から言ってそうだ。
 しかもそいつは、こんな所には似合わないような普通の町娘の格好をしていた。

 「……お前、ここの奴じゃねえだろ? 俺は地位も何もねえ社会のゴミだ。お前みたいな別嬪さんがそんな恰好でいたら、何されるか分からんぜ」
 「貴方はそんなことしない。私、人の善悪を見分けるのだけは得意なの」
 
 そう言って、女は自信有りげに笑う。
 その目は節穴だ、と言ってやりたかった。
 今までこの手は沢山の流血に汚れ、心は悪に染まってきた。
 人を殺したことこそ無いものの、多数の人間の人生を奪ってきた。俺なんて言うちっぽけな生命を喪わない為だけに。
 それを悪と言わずして、何と言うのだろう。
 女は俺の表情を見るや、母親が子を慈しむような表情で俺の手を握った。

 「家に来て、ご飯を食べましょう」

 何故か俺は、強がる気にもなれなかった。

――

 彼女の家で、先ず風呂に入った。
 温かい湯に浸かり、着替えも用意してくれた。
 夕飯に食べたのは、決して豪華な食事では無かった。
 質素なパンと、椀一杯の冷たいスープ。女は何も食べず、只俺が胃に食事を流し込むのを見守っていた。火が苦手なのよ、冷たくてごめんなさい……と謝ってきたりもしたのを覚えている。
 一人暮らしらしい彼女の家はボロボロで、所々に大きなキズが見られた。
 貧民街に居た時に食べていた食事と同程度のものだったが、自然と涙が出てきた。
 食べ終わった後の満足感の中で、俺は彼女に聞いた。

 「あんたは、何で俺みたいなゴミに優しくしてくれるんだ?」
 「……ひとに優しくできるのが、人間のいいところだからよ」

 彼女はそう言って微笑し、俺の顔を覗き込んだ。いい匂いがして、うっ、と俺は思わず顔を赤くしてしまった。

 「理由なしに、ひとを助けられるのが人間だから。打算なしに、人を思いやれるのが人間だから。いわば、本能みたいなものね」

 だから、そんな大層なものじゃないわ、と。彼女はそう言って笑った。
座敷には、数人分の布団が常備してあった。その中から1枚を取り出し、俺は眠った。
 窓から見えた満月は、今でも俺の心に残っている。
 
――

 それから、俺は彼女の家に居候するようになった。
 ご飯を食べさせてもらう代わりに、笑い話を聞かせてやるという契約のようなものだ。幸い俺の人生は大体がコメディみたいな不運だらけだったので、ネタには困らなかったのである。
 俺の話に、彼女は大きく驚き、沢山笑った。もっと聞かせて、と子供のようにねだる。

何時だったか、彼女とあの日の事を話した事があった。
俺の瞳を真っ直ぐ見つめ、真剣な表情で彼女は言った。

「あの日、私は貴方を助けた訳じゃない。何処かで助けを求める、誰かを見捨てたの」

俺は馬鹿だから、彼女の言葉の意味が理解できなかった。
彼女は言った。
誰かを助けている間に、助けを求める別の誰かは命を落とす。
人は全てを救うことは出来ない。だから、この世に『本当の善』は存在しないのだと。
だから、せめて目の前で助けを求める存在は……もう無視したくないのだと。
その後、直ぐに彼女は何時もの様な笑顔を浮かべたけれど。
俺の記憶には今も、あの日の君の横顔が焼き付く様に残っているんだ。

 やがて彼女は、俺に仕事を斡旋してくれた。いつまでも無職だと困っちゃうわ、と笑顔で。
 俺は工事現場で働き金を稼いだ。彼女は給料を全額受け取らなかったので、大半を慈善団体に寄付して、残りは彼女に生活費として渡した。人の為を思う、前までの俺が嘘のような幸福感に包まれた生活。
 この幸せが永遠に続くと、そのときはまだ思っていた。


 ――彼女が交通事故で植物状態に陥ったことを知ったのは、俺の十八の誕生日だった。
 
――――

 金が必要だ。
 俺には目的が在る。その目的は、俺が生きる上で一番、それこそ俺の生命より大事なものだった。だから、俺はあの日から貧民街に戻った。
 善人になど成れなかった。血塗られた手で際限のない日常を掴む権利など無かった。新たな血で過去を洗おうとしても無駄だ。
 彼女はきっと、喜ばないだろう。それでも良かった。
 あくまで俺のエゴで、彼女を起こしてみせる。
 俺は外国式の拳銃に弾を込め、目出し帽を被った。ジャキッ、と金属質な音が、暗い路地裏に反響する。
 俺は銃を構え、銀行の自動ドアを抜けた。

 「全員、手を挙げろ!」

 そして一発。
 天井に向けて撃たれた威嚇射撃は、客たちを混乱させるに十分だった。
 客達の悲鳴の中、若い支店長が絞り出すように言った。「い、幾ら……幾らお望みですか」
 
 「……一億。一億、この袋に詰めて持ってこい」

 支店長は俺が投げた袋を震える手で掴み、金を詰め始めた。
 やがて、店長が「詰め終わりました!」と叫んだ。「こちらに投げろ」
 俺の言葉に従って投げられた袋を掴み、俺は逃げ出した。
 後ろの方でブザーが鳴り響く。大方、銀行員が警報を鳴らしたのだろう。が、俺には関係ない。
 既に用意してある車に乗り込み、逃げ切ることができれば。
 ……そうすれば、彼女は助かる。
 最悪、俺は捕まっても構わない。多少の時間さえあれば……と、そんな事を考えながら、重い袋を振って走った。
 そのときだった。

 「!?」

 五歳ぐらいだろうか。男児が、親とはぐれたのか座り込んで泣いていた。
 ……問題は、そこが横断歩道の中央であることだけ。
 遠くの方からトラックが走ってくるのが見えた。進行方向の延長線上に位置する男児に気づいていないのか、運転手はスピードを落とす様子もなく走ってくる。
 刻一刻と、選択の時は迫っていた。
 
 ――理由なしにひとを助けられるのが人間だから。

――『本当の善』にはなれないから。せめて、目の前の命だけは――


 彼女は、何を望むだろう?
 路地裏で俺の手を握ってくれた、あの暖かい手の持ち主は――。

 次の瞬間、俺は駆け出していた。
 金を投げ捨て、此れまでで一番とも言えるほど必死に走った。
 それが功を奏し、トラックが歩道に辿り着く前に俺は子供の手を掴んでいた。
 全身の筋力を総動員し、子供を金の方に投げる。袋の上に着地した。思惑通り、金がクッションになったのか大した怪我もない様子で更に泣き出した。
垂れ落ちる涙で、視界が霞んだ。

 無限の青空に、甲高いクラクションが響く。

――

 善とはなんだろう。
 悪とはなんだろう。
 彼女のような存在を善と呼ぶなら、俺は紛うことなき悪だ。
 大切な人を救うことも出来なかった、なんでも無いちっぽけな悪人がその時果てた。それだけ。
 最後の最後で、居もしない『本当の善』になろうとしたのかもしれない。光の当たる場所にいる君への憧れが、君を終わらせてしまうのかもしれない。
 すまなかった。でも、君は確かに。
誰が何と言おうと、俺にとっては『本当の善』だったから。
 
 救えなかった分は、来世できっと。
 君に、幸福を――。

碌でもなく、後悔無き生涯

執筆の狙い

作者 封印されし封印
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初めて書いた短編です。
日頃、ニュースやドラマで良く目にする『善』と『悪』。僕たちは、特に疑問を持たずに生活しています。
善にも悪は宿ります。
そして、時には悪にも、善は宿るのです。
善悪は表裏一体。その曖昧さを表現しようとしました。

コメント

恵 幸人
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 蛆は傷口や死体に蝿が卵を産み付けて孵化した幼虫です。意識があればすぐに取り除けるのでこれを生きた人間が身体に飼い続けることはありません。主人公が身体に飼っていたのは蛆ではなく、ノミとかシラミとか南京虫(トコジラミ)などの吸血性の虫でしょう。寝ている間に刺されていたり、髪の根本にいるので自力での駆除は困難です。
 居候先の少女を「彼女」と表記してますが、一か所「君」になっています。

>全身の筋力を総動員し、子供を金の方に投げる。袋の上に着地した。思惑通り、金がクッションになったのか大した怪我もない様子で更に泣き出した。
垂れ落ちる涙で、視界が霞んだ。

 泣いているのは子供。素直に読めば、垂れ落ちる涙で視界が霞んだのも子供という事になります。ですがこの作品は一人称小説なので、子供の視界が霞んだことを語り手である主人公にわかるはずはない。だから、視界が霞んだのは主人公本人と解釈する事もできます。ではなぜ主人公は泣いているのでしょうか? この部分が変なので、きちんと書き直しましょう。

恵 幸人
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追記 垂れ落ちる涙で視界は霞みませんね。溢れる涙で視界は揺らいだりぼやけたりしますが、落ちてしまった涙は、もはや視界に影響しません。

封印されし封印
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恵 幸人さん
 コメントありがとうございます。
 どのアドバイスも細やかに、分かりやすく書いてありとても有り難かったです。
 恵さんのアドバイスを参考に、少し編集してみます。
 改めて、ありがとうございました。

三枝松平
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封印されし封印 様

 拝読いたしました。
 泥棒でもない人が「俺は泥棒だ」と言ってみても現実味がありません。
 悪党がどういうものかもっと知ってから悪党にならないと、漫画の世界にもなりません。
 辛辣なコメントになってしまいましたが、一生懸命さは伝わってきます。
 ぜひ頑張ってください。

封印されし封印
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 三枝松平様
 コメントありがとうございます。
 確かに自分には、登場人物を深める努力が足りていなかったかも知れません。
 ご指摘通り、悪党とは何なのか調べてもう少し改良を加えてみようかと思います。

三枝松平
ntngno151245.ngno.nt.ngn.ppp.infoweb.ne.jp

頑張れ!

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