作家でごはん!鍛練場
たまゆら

もう一つの願い

 ときおり故郷を思いだす。
 山間の侘しい村落。山を一つ隔てた南に栄えた宿場があり、東西には故郷と似た貧しい集落があった。ただ北は天を突くような山々の尾根が塞ぎ、麓は霧に覆われた樹海。山伏以外、猟師すら立ち入らぬ禁断の地である。
 そこで暮らしていた頃は日照りが続き、稲穂は収穫が危ぶまれるほど貧弱だった。でも村の外れに流れる川だけは、なぜか枯渇せずに水を湛えていたのを覚えている。
 当時、私はまだ三歳ぐらいの幼児で、顔の輪郭のはっきりしない父と母と兄、十二歳になる姉と暮らしていた。質素というより極貧で、食事は日に一度。それも野草を混ぜた粟と稗の雑炊が主だ。それすらも儘ならずに、木の皮や木の根っこを食べて凌ぐ日々が続いた。
 夏の昼下がり。父と母と兄は出かけ、家の中に姉と私だけが残されていた。
「誰かが、くる」
 私が人の気配を察すると、姉が答えた。
「迎えにきたのよ」
「誰を……」
「サヨ、あなた川を見たことないの」
 川ならときどき見に行く。唯一の御馳走である魚が泳いでいる。
「魚以外に、何が流れてくるかしら」
 姉が謎めいた言葉を投げかけたとき、目つきの悪い男が戸をこじ開け押し入ってきた。とっさに姉の後ろへ隠れると、姉は男を見すえて言った。
「両親とは話がついているのね」
「ほう、俺が誰だか知ってるのか。察しのいい娘だ。器量がいいとは聞いていたが頭の回転もいいんだな。なら話が早い」
 男が俄かに下世話な目をさせ、姉の身体をまさぐる。胸を揉みしだいて尻を撫でると、裾の中に手を入れた。
「商品の価値を下げる真似をしていないだろうな」
「あなたがしている行為、それこそが価値を下げる行いよ」
 姉が毅然と男の手を払う。
「いいだろう。道中は長い。町へ着くまでに女郎の心得をたっぷり教えてやる」
 姉は男に連れ去られた。
 その後、よそよそしく帰宅した家族に姉のことを伝えても、口をつぐんで誰も答えてくれなかった。
       
 夏の終わり。裏山で野草を摘んでいると、ぼろぼろの蓑笠をまとった裸足の少年に出会った。空ろな目を私に向けていた。
「どうかしたの」
 近寄り声をかけた。
 すると少年は、空ろだった目を見ひらき「きみは、ぼくが見えるの」と、驚きの表情を浮かべる。
 どういう意味かわからなかったが、どうやら少年は雨降り小僧という妖怪で、雨を降らせたくても蓑笠が破れているからと躊躇っていたらしい。
「だったら、あたしが新しい蓑笠と藁靴を持ってきてあげる。その代わりに雨を降らせてくれる」
 少し遅い気もするけど、雨が降れば稲が元気になる。そうすれば木の皮と根っこの食事から解放される。村の少女らも売られなくて済む。
 私は「すぐ持ってくるから、ここで待ってて」と言い添え、走った。
「靴もくれるなら、もう一つ願いを叶えてあげるよ」
 少年の声が背に貼りつく。私は喜び勇んで取りに行った。
 少年が蓑笠と藁靴を身につける。天を睨んで雨を降らせた。大粒の雨が大地に沁み込んでいく。人も樹々も、村全体が潤いを取り戻す。私は空を見上げながら大きく口をあけ、雨を飲み込み帰途に着いた。 
 しかし肝心なときの日照りが響き、稲の収穫は惨憺なものだった。
       
 季節が秋から冬に変わる。不意に川へ行こうと父が誘ってきた。
「魚を捕まえるんだね。あたし得意なんだ」
 想像するだけで焼き魚の香ばしい匂いが鼻を突き抜ける。以前、口の中に頬張ったときの感触も蘇る。私は嬉々として父と並んで歩いた。
 目の前に大きな川が横たわっていた。水は空の青さに反射して浅黄色に染まり、所々に水紋を浮かび上がらせていた。ときおり水飛沫も上がり、魚の尾ひれも覗けた。
 でも糸しか道具のない私には手が出せない、イネ科の草が密生する岸辺で昆虫を捕まえ、重しをつけて糸を巻きつけると水中に垂らした。こうすることで、運がよければ川エビが釣れる。何としても家族四人分を釣り上げたい。
 父を見た。魚を掬おうともエビ釣りを手伝おうともしない。それどころか私を呼び寄せ、風呂敷を開いて食べたこともない白米のおむすびを手渡した。
 でもおにぎりは一つだけ。私が食べるのを隣でじっと見ている。
 私は首を傾げる。
「半分あげようか」
 首を横に振って、父は押し黙る。
       
 その後の意識は消え、よく思いだせない。気がつくと私は水の中でもがいていた。苦しくて、何度も必死に頭を上げようとした。けれど後頭部を強く押さえつけられて上がらない。
「赦してくれ」
 ごぼごぼと泡に混じり悲痛な声が聞こえた。その声が……父だと気づいたとき、これが間引きなのだと悟った。今にして、姉の謎めいた言葉の意味も理解できた。
 力を抜いた。家族が望むなら間引かれても仕方がない。
 かなりの時がすぎた。私は下流に向かって流されていた。でも死んではいなかった。家族の望みとはいえ、どこかに生きたいという願望が残っていたのだと思う。息がとぎれる瞬間、雨降り小僧と交わしたもう一つの願いを思いだし、おぞましい姿でもいいから死にたくないと叫んでいた。
 浅瀬まで流されると、私は立ち上がった。手で水を掻き分け岸へ上がった。
 遠くから声がする。
「今日から、きみは雨降り娘だよ」
「うん」
 私は頷いた。北の地へ向かって歩きだした。
 
       おしまい

もう一つの願い

執筆の狙い

作者 たまゆら
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7枚のショートショートです。
設定のリアリティーのなさを、どうしたら違和感なく読ませるか。そこを意識して書きました。
よろしくお願いいたします。

コメント

大丘 忍
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オチとしてはやや弱い感じですね。もう少し、インパクトのあるオチが欲しいところですが、どうしたら良いかは何とも言えません。もう少しオチの意外さ、鋭さがあれば面白いと思います。

たまゆら
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大丘さん、感想ありがとうございます。
やはりショートショートというのはオチが肝心なのでしょうね。
その弱さはわかっていました。ですが思いつかなかった。これが率直な答です。
公募であれネット作であれ、つい衝動で投稿してしまうのが私の悪い習性です。もちろん単純に技術がないからですが。
 
戒め、もう一度、これから書く作品に大丘さんのアドバイスを活かそうと思います。
ありがとうございました。感謝しています。

三枝松平
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たまゆら 様

 読ませていただきました。
 元々「雨降り小僧」が登場すること自体が現実的ではありませんから、小僧を抜いてもう一回プロット練り直した方が良いのかも、と思います。
 魚取りの場面でも、簡単に取れるなら木の根をかじったりしないで魚取りに専念したら?との素朴な疑問も出たりして、
 いっそのこと雨降り小僧に「今の生活を何とかしてよ」とお願いすれば、姉ちゃんも売られずに済むし、私も間引きされずにすむわけでしょ。
 きついこと言って申し訳ありませんが、私の感想です。

恵 幸人
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 設定にリアリティーを持たせるには、設定をしっかリ作り込む事だと思います。
 御作では姉は十二で売られますが、実際にはもっと幼くして売られていきます。ヒロインも売られた姉と同じ歳になれば売られて行く。そういう不安や恐怖をしっかり描く良いと思います。
 雨降り小僧の登場により、『自分も売られるという不安が解消されるかもしれない!』という希望をしっかり描いてください。ところが上手く行かず、『ああ、自分も売られるかも。だけどまだ姉が売られ行った年齢には達していない。来年こそはなんとか雨降り小僧に活躍してもらって、売られる事を回避したい』という悲願を描きます。
 そして思いがけない父からの釣りの誘い。美味しいおにぎりまで食べさせてもらって、『父は自分を愛してくれている。姉の事は売り飛ばしたが、自分には特別の愛情を注いでくれている……』と感激。そこからまさかの展開で雨降り娘となる。
 ヒロインのアップタウンする心理をしっかり描写していれば、雨降り娘になるというオチも割と無理なく読者の腑に落ちるのではないかと思います。
 紀州の安珍清姫伝説や田沢湖の辰子姫伝説を読んでみてください。強い思い(裏切り者への恨みや怒りや強い願望)は有り得ない事態を引き起こすのかもしれないと思えると思います。

たまゆら
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三枝松平さん、感想ありがとうございます。
 
確かに現実的ではありませんよね。でも雨降り小僧を抜いて構想をし直すのは大変な労力が必要です。今の私には書けそうもありません。この物語を書こうと思ったのは間引きというテーマに妖怪を絡めたかったからです。
 
魚とりに関しての素朴な疑問はもっともだと思います。そうすれば木の根っこを食べなくて済みます。作品の粗を教えて頂き感謝しています。
ですが実際に粟と稗の雑炊を食べ、木の根っこを煮て飢えを凌いでいたお百姓さんがいたと聞きます。彼らはどうして三枝さんの言われるように魚とりをしなかったのでしょう。
一つ疑問が解決されると新たな疑問が生まれてきます。そこらを調べてみようかと思います。
 
ありがとうございました。

たまゆら
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恵幸人さん、感想ありがとうございました。
 
恵さんの言われるように、しっかり練り込めばかなり深い作品に変わりそうです。同時に、安易な設定のままに書き、投稿してしまった愚を今恥じています。
それにしても恵さんは、人の心理を描くのが上手な書き手だと感じさせられます。いったいどのような作品を書くのだろう、俄然興味が湧きました。
探したら下の方にあったので、通勤途中、休憩の合間に読ませてもらおうと思います。
 
変な感想の返信になってしまいましたが、主人公の心情のアドバイスを活かして今後の糧とさせてもらいます。
ありがとうございました。

偏差値45
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>「魚以外に、何が流れてくるかしら」
>「靴もくれるなら、もう一つ願いを叶えてあげるよ」

この辺の台詞は後になって活きて来るので、
より読者の記憶に残る工夫が必要かな、とは思いましたね。

>日照り
>雨降り小僧という妖怪

この組み合わせは良かったと思います。
ただ、ぼんやり読んでいると、貧乏な農村というイメージしかないので、
より日照りを強調したいところですね。
また、雨降り小僧も、、なにかキャラクターとして強い個性を感じさせられたら、良かったと思いますね。

>設定のリアリティーのなさを、どうしたら違和感なく読ませるか。そこを意識して書きました。

妖怪が登場した段階でリアリティーさはないですね。
あえて言えば、主人公が三歳児設定になっているので、三歳児なりの思考があると良かったと思いましたね。

たまゆら
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偏差値45さん、感想ありがとうございます。
 
日照りと雨降り小僧の組み合わせを、良いと言って頂き嬉しく思います。
でも何も残らない作品だということが実感できました。やはり雨降り小僧の印象が薄すぎたのでしょうね。日照りも印象付けられていませんし。
 
>あえて言えば、主人公が三歳児設定になっているので、三歳児なりの思考があると良かったと思いましたね。
・これがとても難しいのです。三歳児の思考で物語を構築すると、私の技量では物語として成立しなくなります。
 
ありがとうございました。有益な感想を感謝します。

雪降り娘
124-18-26-79.dz.commufa.jp

 雨降り小僧に何かしらのこだわりをお持ちならキャラクターをもっと掘り下げるべきであると思いますし、もしそうでないなら村の風景などを交えた言い伝えや、または父親などに寝かしつけてもらうシーンなどを書きそのシーンのなかで父親から(雨降り小僧に代わる何か)の話を聞くとかでもいいと思います。しかし、とてもいい題材だと思います。今度はショートショートではなく短編くらいの長さで書いてみては如何でしょうか。この作品は思いついたものを書く時間を惜しんだように見えます。このショートショートをもとに色んな風景や、家族との関係などを足していけばとても面白い作品ができるのではと思います。書く時間を惜しまずにゆっくり時間をかけるのもいいですね。こういうショートショートなどからどんどん足していきよりいい作品にするのも小説を書く楽しみの一つだと思います。

貔貅がくる
n219100086042.nct9.ne.jp

『おしん』序盤を、やたらと軽く適当に書いちゃったような「寒村凶作で、娘の身売りと間引きありきな話」と感じる。
しかも、作者はその『おしん』序盤さえ見てないから、
「間引き」と「口減らし」の違いすら分かっていない。

その結果、ただただ「売られてく姉ちゃんの下世話シーン」ばっか無駄に書き込まれててまず「品がない」し、
あたかも「下世話シーンが書きたかっただけ」のように見えてしまってて、非常によくない。

たまゆら
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雪降り娘さん、思いやりのある感想ありがとうございます。
 
雨降り小僧へのこだわりは特にないのですが、名作ですよね。読んで目頭が熱くなったのを思いだします。
 
>今度はショートショートではなく短編くらいの長さで書いてみては如何でしょうか。
・今は時代物の長編を応募したばかりで、まだ頭の中が熱い状態なので無理だと思いますが、いつか必ず書きます。幸いにも北方向に神秘的な場所があるので、時代ファンタジーが書けそうな気がします。
当然ながら雨降り小僧は入れずに、雪降り娘さんの言われた村の伝承を創り、家族との葛藤を織り交ぜていくのだと思います。
 
>この作品は思いついたものを書く時間を惜しんだように見えます。
・はい、その通りです。
箸休めではありませんが、資料を集めた堅苦しい物語を書き終えたばかりでしたので、まっさらな状態でどこまで書けるか試してみたかったのです。もちろん頭の中だけで、プロットも創らずに。
結果、練り込み不足、推敲不足が露呈しました。
 
ありがとうございました。頂いたアドバイスを無駄にしません。

たまゆら
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貔貅がくるさん、感想ありがとうございます。
 
まさに慧眼ですね。
私は「おしん」という番組の名前だけしか知りません。また間引きと口減らしも大まかにしかわかっていません。違いはわかりますけど。
 
>その結果、ただただ「売られてく姉ちゃんの下世話シーン」ばっか無駄に書き込まれててまず「品がない」し、
あたかも「下世話シーンが書きたかっただけ」のように見えてしまってて、非常によくない。
・品がないのは確かですが、この場面は狼狽えずに毅然とする姉の態度。そこを見て頂けたらなと残念に思います。おそらく町へ行っても成功するはずです。
 
ありがとうございました。資料を集めて勉強し直そうと思います。

ラピス
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たまゆらさま
遅まきながら感想を述べます。まだ見ておられたらいいのですが。

子供の頃に聞いた御伽話のように、次はどうなるかと興味深く拝読しました。概ね、面白かったです。
ただ、私なら、雨降り少年との出会いから書き出します。最初に、これはそういう話ですよー、と明示するわけです。結びに、雨降り少女となる主人公と繋がりますし。
お姉さんのキャラだけが立っていて、他の人物たちの影が薄い感じがしました。

では。参考になれば幸いです。

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