作家でごはん!鍛練場
もんじゃ

アールグレイ(十枚)

 紅茶はやっぱりアールグレイ、穏やかな気持ちになれる、世界に優しくなれる、そんな気がする。
 コロナを避けてバルコニーで寛いでいたらチャイムが鳴った、続けて何度も鳴った。
 モニターを覗くと懐かしい顔があった。
「陽子さん、いませんかあ?」
 かつての舎弟の恭一だった。ロックを解除し、部屋にあげ、ソーシャルディスタンスを保ったソファで向かい合った。
「てなわけで十万円もやられたんですよ、俺ってばアホだから」と恭一は言った。「あのぼったくりバー、絞めてやってくださいよ、お願いしますよ」
 自粛もしないでバーになんて行くからだ、と冷ややかに思いながらも話を聞いた。
 シルクが悪いんだ、と恭一は言いつのった。
「じゃあキミはそのシルクとか名乗ってる女に騙されてたってこと?」
「悔しいです、俺本気だったんです」と言いながら恭一は野良猫みたいにこちらを睨んだ。
 睨まれましてもねえ、と思った。誘惑して騙してぼったくりバーに連れ込む……、昔からよくある手口じゃないか、そんなのに引っ掛かるようなタマだったっけ?
「シルクったら俺のこと、なんだかんだ言ってけなすんです、口が大きすぎるだとか、耳の高さが左右で違うだとか」
「それってむしろやなやつじゃん?」
「でも散々けなしたあとで言うんです」
「なんて?」
「そこが好き、って」
 ふうん、と思った。確かにいやな女だ。
「自粛生活にも飽きてきたとこだから」と野良猫に向かって眉を開いて見せた。「とりあえずキミ、シルクとやらに電話してバーに呼び出しなよ、で、行けなくなったって後から電話したらいい」
「陽子さんは?」
「代わりにぼったくられに行ってあげる」
 というわけで話はまとまり、男もののシャツとパンツと、だて眼鏡とキャップとそれから口ひげを買った。
 マスクをつけて、夕方のまだ早い時間にバーを訪ねた。
「いらっしゃいませ」とマスクもせず性犯罪者みたいな顔を晒しながらバーテンダーが言った。
 無言で腰掛けた、三つほど隣にいるシルクを横目で観察しながら。
 シルクの電話が鳴った、恭一からだろう。
「え、来られないって、なんだよ、あ? 親がおっちんだ、んなこと知るかよ、クソヤロウが!」
 見た目はまあまあ見れなくもないのにずいぶんと汚い言葉を吐くじゃないか。
「何をお飲みになりますか?」とバーテンが言った。
「シメイのブルー」
 シルクは電話を切ってこちらを見た。新たな獲物を求めている。
 少しシャイな感じで微笑み返し、それからぎこちなく視線を外してみた。
 簡単に釣れた。
「お兄さん、見ない顔だね?」
「はい、初めてなんです」
「そう? あたし常連、ね? マスター」
 性犯罪者ふうの男が片手をあげるようにして応えた。
「一緒に飲まない? クソブサブタダサオトコの親がくたばっちゃったみたいで、あたしってばヒマになっちゃったんだ、おごってくんない?」
 クソブサブタダサオトコ? 早口言葉か?
「いいですけど……」と返してやる。
「うわおわお、やったー、うれしい」と言いながらシルクは隣に来た。ソーシャルディスタンスも何もあったもんじゃない。
「お兄さん、カッコいいね、オスカルさまみたい、あたし好きになっちゃうかも」
 恭一のことはけなして落としたくせに、と思った。いろんなやり方があるらしい。
 シルクはシャンパンを飲み干し、フルーツの盛り合わせを平らげてからナチョスとナッツとピクルスとオイルサーディンとマルガリータピザを頼んだ。
「お兄さん、名前なんていうの?」
「名前なんて意味ないでしょう?」
「どっから来たの?」
「あなたの知らないところから」
「ほんとに一人なの?」
「そうですよ、一人で来ました」と言ったらなんだか急に馬鹿馬鹿しくなってきたのでさっさとバーテンに告げた。「そろそろ帰ります、お会計してください」
 店の空気が変わった、パチンとスイッチを押したみたいに。
 五十万円、と書かれた紙切れを突き出してからバーテンはアイスピックで氷を砕き始めた。
 五十万か。これをどう捉えたらよいのやら?
「なんで五十万円?」と尋ねてみた。恭一より五倍ほど金持ちに見えるのかしらね?
「正規の料金ですよ」
「正規ってなんですか?」
「うちの決まりだってことです」
「おたくの決まりなんて知ったこっちゃないですよ?」
「ATMまで付き添いましょうか?」
「払いません、と言ったら?」
 ざくり、と氷が削れた。「少しだけ痛い思いをしていただかなくてはなりません」
 だっさ、と思った。
「こんなふうに?」と言いながらカウンターの向こうのアイスピックを奪った。取り返そうと伸ばされた手を掴んだ。イカの足みたいにもがく手をカウンターに叩きつけ、ピックで突き差した。
 性犯罪者っぽい気持ち悪い声が響いた。
「ケーサツ、ケーサツ呼ぶからね!」とシルクも無駄に叫びやがる。
 うるせえよ、バカ女、その口で恭一にウソ八百の毒吐き散らかしやがって。
「あたしは知らないよ、単なる客なんだから!」
「嘘つきめ」
 シルクに向かって歩んだ。
「頼まれてしただけだよ、逆らえなかったんだ!」
「嘘つきめ」
 壁に追い詰めた。
「なんだよ、何する気だよ!」
「その汚ならしい口きけねえようにしてやる!」
「おまえ、何者なんだよ!?」
「閻魔大王さまだ」
 神奈川南部連合の元総長でございます、だなんて言えない。
「ちっくちしょう! ふざけんじゃねえぞ、上にちくるからな、上に言ったらおまえなんてお台場に沈むことになんだかんな!」
「言えねえようにしてやんよ」
 シルクの口に指を入れた。右手で上顎を、左手で下顎を引っ張ると、かくんと漫画みたいな音がして簡単に外れた。力を込めてさらに引っ張る。
 突き出された舌が長い。人間の舌ってやつはこんなにも長いんだ、と毎度のことながらびっくりする。
 その厄介なものに爪を立て、力任せに引っ張り出す。
 暴れる腹に蹴りを入れ、大人しくさせてから引きちぎった。
 フロアが赤黒く染まる。
 ぬるぬるした床に足をとられないよう気を付けながらカウンターに戻り、突き刺された手の横に万札を二枚ほど並べてやった。
「釣りはいらねえよ」
 性犯罪者ふうのバーテンが鬼を見るような目でこちらを睨んだ。その頬を平手でぱちんとはたいてやった。
「おまえも女もちゃんとマスクしろよ? このご時世にマナー違反だぞ?」
 まあ飲み食いするのにマスク外さないわけにもいかないけどな、ソープに来といてパンツ脱がない客みたいなもんだからな、それじゃ。
 シルクのとこに戻り、男もののシャツの胸ポケットに入れていたマスクを出して付けてやった。あっという間に着色してゆくマスクを眺めていたら気分が悪くなったので、もう一発腹を蹴り上げてそれから退散した。
 家に帰ったら紅茶を淹れよう。
 紅茶はやっぱりアールグレイ、穏やかな気持ちになれる、世界に優しくなれる、そんな気がする。

アールグレイ(十枚)

執筆の狙い

作者 もんじゃ
KD106154132228.au-net.ne.jp

 人から教えてもらった即興文というのにチャレンジしてみました。制限時間は三十分。お題はたまたま飲んでいたアールグレイ。
 感想なんて一個もつかない気もするけどアップしてみよう。

コメント

そうげん
58-191-198-57f1.shg1.eonet.ne.jp

もんじゃさま、こんにちは。
感想なんて一個もつかない気がするけどという危惧を払拭するべくコメント第一号、つけさせていただきます!

即興文として30分で書きあげられたのですね。わたしもサイト「即興小説トレーニング」というサイトを利用してこれまでに三度ほど、時間制限付きで短編を書いたことがありました。限られた時間の中で頭の中に描いた構図をいかに形にしていくかというとき、刻々と過ぎていく時間、終わりに近づいていく中でいかにきっちりと終わりまで書きあげるかというとき、いまはなつかし、学校であったテストの時間にせっぱつまった気持ちになったのと同じ思いを味わい、面白くなったことを思い出します。

さて。お題はアールグレイ、とかだったのでしょうか。アールグレイがあったとすれば、それを強引に夜のバーの話にもっていって、最後にふたたびアールグレイのことにひきつけて話を終わらせているように感じられました。読んでいく中で、「舎弟」という言葉がとてもよい効果をもたらしていました。一瞬頭の中にハテナが浮かんだのですが、のちに主人公陽子が自分の来歴を語るからそこですとんと肚におちました。

舌を引き抜くというところ。ここで、ほんとにそんなことができるのかなという違和感があったけれど、そこを強引に読み進めるときに、ありえなさそうなことがあったと仮定したら、とてもこわいな、血の池地獄みたいだななんてことを考えるようになって、ちょこっとだけ背筋がぞくぞくしました。

さいきん安部公房さんの『砂の女』とか読んでいたのですが、小説として一つの世界を提示する時に、その世界そのものがひとつの象徴として、ほかの現実問題と重ね合わせたときにその対比によって、書いていない物事の奥底まで暗示するというような効果を狙える作品をもっと読みたいなと思うようになりました。わたしも書いていることが書いているそのものだけを示しているようなものになってしまいがちで、そこをどう切り替えていくかというところに自分の関心を移行させていってます。

やはりこの短編も書かれている事の範囲をそう多く踏み越えられてはいないと感じました。もちろん、その書いた内容によって読者を楽しませることができれば、それで十分なのかもしれないけれど、読み手としても、書き手としても、もうひとつ広い世界に踏み出したいななんてことを夢見がちに思ってしまいます。

と、でも、わたしも即興文ひさしぶりにやってみたくなったな。
この前の感想欄に書かれていた冒頭を投稿された新作。これも楽しみにしています。連休最終日に、御作が読めてうれしかったです。
ではまた!

5150
5.102.1.246

即興なんて書くと、洋楽ロック好きな僕は気合いと熱の入ったインプロビゼーションがたくさん聞けた70年代ロックの名盤らを思い浮かべちゃいました。

御作は今の現状を反映したものですね。

「でも散々けなしたあとで言うんです」
「なんて?」
「そこが好き、って」

もんじゃさんらしいな、とこちらで勝手に思っちゃいました。

どこか前作を思わせる展開と文ですね。
即興といいつつも、全体できれいにまとまってます。

紅茶はやっぱりアールグレイ、穏やかな気持ちになれる、世界に優しくなれる、そんな気がする。

もんじゃさん流、ステイ ホーム、ということだと解釈しました。

駄文 失礼しました。

もんじゃ
KD106154132228.au-net.ne.jp

 そうげんさま

 ありがとうごさいます。そうです、即興文のサイトに誘ってくださった方に教えられてチャレンジしてみたのです。時間がない、とか焦ってくると筆のスピードが上がり雑にもなるのでありましょうが、ノリもよくなるというか、ムダを省けるというか、考えすぎないで済むというか、いろいろ学べました。

>やはりこの短編も書かれている事の範囲をそう多く踏み越えられてはいないと感じました。

 厳しいご指摘をありがとうごさいます。書かれていないことが表れてない物語というのはさびしいですよね。豊かなものが書けるよう精進いたします。

 四連休明け、ゴートゥな影響なんかもあって感染が爆発してなきゃいいなと思います。読んでくださりありがとうございました。

もんじゃ
KD106154132228.au-net.ne.jp

 5150さま

 ありがとうごさいます。コロナな四連休、実際のところは天気がよくなく、CMみたいにバルコニーでのんびり、なんてしたくてできない昨今であります。ネオワイズ彗星も見えないし、残念。

>どこか前作を思わせる展開と文ですね。

 そうですね、今もう少し長いのも書いていて、そっちは前々作に似ていて、これは前作に似てるかな、と書き手も思います。

 閻魔大王って、あれですよね、ちょっとムルソーっぽいかな、とか書き終えてから思いました。

 また5150さんの新作も楽しみにしています。読んでくださりありがとうございました。

恵 幸人
227.215.49.163.rev.vmobile.jp

 果敢なチャレンジをされたんですね。私にはとてもできません。読み物としては面白い物になっています。ただ、現実との整合性に欠けます。

 男をぼったくりバーに連れ込む女は、自分の携帯の番号を教えません(教えたとしてもぼったくった後に着信拒否します)。ぼったくられた男は、ぼったくりバーとグルの女にまた会おうとはしませんし、ましてやぼったくられた男が、ぼったくりバーとグルの女に「会いたい」と連絡して、同じぼったくりバーに行こうと誘う事はありません。またぼったくられるからです。だからこの物語があり得ない話になっています。

 あり得るかもしれない話にするための方法を考えました。シルクから連絡があった事にするのです。
「こないだはゴメンね。いつもはぼったくるようなマスターじゃないんだけど、コロナのせいで売上が減ってお店のテナント料が払えなくなって、お店潰したくないからどうしてもお金が必要だったんだって。でもアタシが猛抗議して『もうあんたの店なんか行かない!』って言ったら泣き付かれてさ。『じゃあぼったくったお金、彼に全額返して謝んなさいよ』って言ったらOKだって。だから二人で取り返しに行こうよ」←もちろん嘘で、またぼったくるつもり。
 それで舎弟は元総長の主人公を訪ねて、バーのマスターとシルクの成敗を依頼するという流れ。

 あのサイトは時間内に作るという制約がありますが、それはあのサイト内での事です。こちらに投稿するなら、それをさらに練って完成させた物にすると、さらなる鍛錬になると思います。

茅場義彦
M106072175192.v4.enabler.ne.jp

もんじゃ様 こんにちわ

生意気いうようですが前作のほうが個性ありましたね
こういうお水系のは、若者が酒飲まなくなって 減ってきましたねえ
もっと長いの読みたいです

サスペンスとか書けないですか? 

村上春樹新作でてました
相変わらずやれやれいいながら 主人公がセックスしていて微笑ましい

もんじゃ
KD106154132228.au-net.ne.jp

 恵 幸人さま

 ありがとうごさいます。

>現実との整合性に欠けます。

 はい、確かに整合性に欠けているかもしれません。
 例えば閻魔大王陽子は、特に好きでも嫌いでもない対象であるシルクの舌を引き抜いてしまうほどの暴力性を見せますが、それは恭一を好きだったからではないし、だからその敵討ちでもない。自粛生活に飽きてきたから、とか言ってますが、そのモチベーションは断じて勧善懲悪ではなく、また感情に基づくものでもなく、劇中でははっきり語られていません。悪をも滅ぼすさらなる悪だった、ということだけが表れています。そんな悪なのに陽子はマナーとしてのマスクを勧めるし、社会的距離だなんてものにも重きを置いている。マスクというのが多分に仮面であり、災いの元である口を封じるものであり、よろしくない何かを他者に伝染させてしまわないよう付けるものだという点に意味が隠れていそうですが、なんにせよ陽子の言動には人間的な一貫性がない。人間的な情緒性を逸脱していてそこに人間的な論理が見いだしづらい。アールグレイのテイストが象徴するかのように混沌としている。そして陽子はアールグレイを飲みながら心が安らぐだなんてうそぶいている。人を半殺しにしたあと穏やかな気持ちで紅茶をすする陽子には、しかし陽子の哲理があるようです。まったくもって人間らしい整合性を欠いているのだけれど人外としての一貫性と考えればこれはなくはない。ムルソーにムルソーの行動規範があるようなものです。人間を書くのが純文学だ、なんて言い方があるけど、ノンブンガクは人間ではないものを書くのかもしれない。人外には人外のセオリーがあり整合性がある、ような気がします。
 対してシルクは極めて人間的です。たぶんシルクは恭一を好きだった。好きでもない男を女はクソブサブタダサオトコだなんて形容しません。だからシルクは恭一を口説いた、人間的なあまりに人間的なもってまわったやり方で(おそらくはみっともないことに無意識的に)口説いて、ぼったくりバーに連れ込むことをリピートしている。ぼったくり稼業を利用してまでシルクは人間的な感情に忠実なのであります。純然たる悪とは程遠い。その人間的なにおいを陽子はひどく嫌ったのだと思います。言葉を吐けなくしてやる、というのがバーを訪れた陽子のモチベーションだったのではないでしょうか。それはたぶん世界に対する陽子の優しさなんだと思います。

>男をぼったくりバーに連れ込む女は、自分の携帯の番号を教えません(教えたとしてもぼったくった後に着信拒否します)。ぼったくられた男は、ぼったくりバーとグルの女にまた会おうとはしませんし、ましてやぼったくられた男が、ぼったくりバーとグルの女に「会いたい」と連絡して、同じぼったくりバーに行こうと誘う事はありません。またぼったくられるからです。だからこの物語があり得ない話になっています。

 このあたりの考え方には同意しつつ、先に述べましたようにシルクと恭一は人間的な愛着により結ばれていますから、単なるぼったくりの加害者と被害者ではないのではないか、とも書き手は想像していたりします。けれどもそのあたりのことを詳述する時間はなかったし、また時間があってもたぶん詳述しなかったかもしれません。この話はリアリティを追求する類いの話ではないように思うからです。それより優先すべきかたちがある。と思ったのでありますが……、

>あり得るかもしれない話にするための方法を考えました。シルクから連絡があった事にするのです。「こないだはゴメンね。いつもはぼったくるようなマスターじゃないんだけど、コロナのせいで売上が減ってお店のテナント料が払えなくなって、お店潰したくないからどうしてもお金が必要だったんだって。でもアタシが猛抗議して『もうあんたの店なんか行かない!』って言ったら泣き付かれてさ。『じゃあぼったくったお金、彼に全額返して謝んなさいよ』って言ったらOKだって。だから二人で取り返しに行こうよ」←もちろん嘘で、またぼったくるつもり。それで舎弟は元総長の主人公を訪ねて、バーのマスターとシルクの成敗を依頼するという流れ。

 ご指摘いただいたこの展開が非常に合理的でありますので、そうか、そんじゃそう直してみるかな、と、あっさり思い直しました。アイディアをありがとうごさいます。

>あのサイトは時間内に作るという制約がありますが、それはあのサイト内での事です。こちらに投稿するなら、それをさらに練って完成させた物にすると、さらなる鍛錬になると思います。

 基本、そうなのでありましょう、けれども。前作は起承転結という縛りを課して書きました。今回は三十分というリミットを課して書きました。どちらもそれなりの鍛練になったように個人的には思っています。
 十枚を三十分、ということは一枚あたり三分、ウルトラマンライクな勝負であります。やってみてちょうどいいかな、と思いました。実際には三十分で一筆書き的に書き上げたあと、さらにもう三十分くらいで推敲をしています、誤字脱字やおかしな表現を修正し、言葉を加えたり削ったりもしています。でも、たぶん、のって書くスピードは一枚三分が適切なんだなって悟りました。
 一日に三十分集中して書き、翌朝の三十分でそれを推敲したのち当日のもう十枚を三十分で書き足す。翌朝また三十分で前日分を推敲し、新たな十枚をもう三十分で書き足す。これを十日続けたら百枚、十四日続けたら百四十枚書けます、ひと月でざっと三百枚。一日あたり一時間を割けたらそれができるんだって実感しました。思えばだいたいそんな感じで書いてきたように思います、これまでも。
 筆のスピードを体感する、という点で有意義でした。
 しかしながら、ごはんにおける鍛練はまた別のやり方こそが王道である、みたいなことには同意いたします。総合力の鍛練、各機能を書く機能に有機的に統合してゆく鍛練というものも今後為してゆくつもりです。
 今後もご指導ご指摘をたまわれれば幸いです。ありがとうございました。

もんじゃ
KD106154132228.au-net.ne.jp

 茅場義彦さま

 ありがとうごさいます。

>前作のほうが個性ありましたね

 そうですね、そう思います。掛けた時間もずいぶん違うし、今回のは一筆書き的なものであります、でも個人的には、一筆書き的な書き方って頭で考えてる時間がない分だけ筆任せというか、三題噺の執筆みたいに無意識を掘り起こせるっていうか、計算しきれない何かを発掘できる気がしてなんだか気に入ってしまいました。もっとも、これ、十枚だから書けるのであって、じゃあ五時間集中したら百枚書けるのかっていうと書けないだろうなって思います、集中力って五時間も続きませんよね?

>こういうお水系のは、若者が酒飲まなくなって 減ってきましたねえ
もっと長いの読みたいです

 コロナでますます夜の街は暗くなってゆきそうですよね。
 長いのもいずれ書きますね、今書いてるやつも八十枚くらいでシュリンクするつもりなのですが、ごはんって長いの一度に投稿できないから。
 でも悪いこと考えちゃいました。感想欄で短く区切って連続投稿したら、理論的には際限なく長いのが投稿できちゃうってことなんだろうか、五百枚でも一千枚でも。
 うーんと長いのも一年以内には書いてみたいです。どこにどうやってそれを発表するのが妥当なのかわからないけど、短いものもたくさん書いて長いものでほんとうの本気で書きたいものを書くトレーニングにしたいな、できたらいいな、とか思っています。

>サスペンスとか書けないですか?

 書いたことあるような気もします、サスペンスいいですよね、宙ぶらりん感とても好きです。 

>村上春樹新作でてました

 はい、楽しみですが、まだ読んでません。

>相変わらずやれやれいいながら 主人公がセックスしていて微笑ましい

 やれやれ、相変わらずですね、必然性のない、かと思われる性交も相変わらずでありますか、微笑ましく読んでいただける小説っていうのもなかなかいいですよね。ありがとうございました。

夜の雨
ai212051.d.west.v6connect.net

「アールグレイ(十枚)」読みました。

「お題はたまたま飲んでいたアールグレイ。」らしいですが、御作の中で「アールグレイ」は、どういった位置づけですか。
ただ単に「アールグレイ」をお題としておくだけなら、意味はありません。
即興文といえども、御作における「アールグレイ」の位置づけが必要です。

お題として意味もなくおくのだったら「冷蔵庫」でも「テレビ」でも「トランプ」でもよい。
登場人物をそれらに絡ませばよいだけですから。
主人公が冷蔵庫からビールをとってきたとか、テレビをつけたらニュースでトランプ大統領が映っていたとか、でも、よいということになります。
本来のお題は、テーマと絡ませる必要があるのでは。

原稿用紙10枚分を30分で書けるのは大したものだと思います。
1時間で20枚。
10時間で200枚ということになり、中編小説になります。
もちろん、計算通りにはいきませんが。

内容について。
友人がぼったぐりバーで仕掛けられたので、仕返しに行く、主人公の女性というあんばいです。
エンタメ的な構成でエピソードが展開して、話は読みやすく書かれています。
文学的味付けはなし。


お疲れさまでした。

恵 幸人
39.231.214.202.rev.vmobile.jp

>なんにせよ陽子の言動には人間的な一貫性がない。
 それでなんの問題もありません。

>人間を書くのが純文学だ、なんて言い方があるけど、ノンブンガクは人間ではないものを書くのかもしれない。人外には人外のセオリーがあり整合性がある、ような気がします。
 御作は純文学だと思います。そして私は、主人公に万人が納得するような正義や一貫性や整合性を求めてはいません。彼らなりの主義に基づいていればそれで良いのです。
 彼らなりの「俺は私はこういう主義主張に基づいてこういう行動を取ったんだ」という事情や背景がわかれば良いのです。わからなくても、もしかしたら良いのかもしれません。『きっと、彼らなりの正義に基づいての行動なのだな』と推察することが出来れば。

>対してシルクは極めて人間的です。たぶんシルクは恭一を好きだった。ぼったくり稼業を利用してまでシルクは人間的な感情に忠実なのであります。純然たる悪とは程遠い。
 シルクの恭一に対する感情は、「好き」ではなくて「気になる」「興味深い」ではないかと思います。自分とはまったく異なる価値観で生きている人間・恭一と出会って、珍獣を見るような思いを抱いたのではないかと。新鮮な清冽な衝撃的な出会いだったので、印象深くて忘れがたい。好きじゃないけど気になってしょうがない。好き嫌いを超越して、純粋に興味を惹かれたのではないかと思いました。今までに出会ったことのないタイプの男だから。 

>今回は三十分というリミットを課して書きました。どちらもそれなりの鍛練になったように個人的には思っています。
 ですよね。職業作家になると締切を守らなければなりませんから、制限時間内になんとしてでも書き上げるという力が必要になります。その鍛錬にはなるでしょう。完成度は落ちてしまいますが、プロなら仕方のないことです。締切第一ですから。
 自分が納得できるまで作品を練って練って練り上げるという作業が許されるのは、素人ならではの特権かもしれません。素人のうちにしっかりと自作を練り上げるという鍛錬をしておくのが得策だと私のような素人は考えているのです。
 勢いに任せて書き上げて投稿して「はい終わり。じゃあ次回作!」というタイプの人が多いように見受けますが、私は自作を練るのが大好きなんです。
 プロになると自分が書きたいものでなく、読者や出版社に求められるものを書く必要に迫られたりします。純粋に創作を楽しめるのは、素人のうちだけかもしれません。
 
 生きているうちに才能を認められた画家は、たくさんの依頼を受けて求められるままに描いて多額の報酬を得ることもできます。
 一方、生前は才能を認められず一枚も絵が売れなかったとしても、自分が描きたい絵を描いて自分が満足できるまでじっくりと完成させられるなら素晴らしい人生だと思うのです。

 これは個人の価値観・人生観なので、これが絶対に正しい生き方とは言いません。何を求めているかによって、最善の生き方は異なります。最善の生き方をしたいなら、まず自分が何を求めているかを知ることが最優先事項です。
『アラがあったとしても、とにかく締切に間に合わせる力を付けたい』それも大事な事ですね。特に職業作家ならば。
『アラのない完成度の高い作品を創り上げたい』多くの芸術家はこうだと思います。但し、あまり稼げません。後世に名を残すことはできたとしても。多作と良質、両方を兼ね備えた人はまずめったに現れません。ピカソかダリくらい? 

 余計なお世話かもしれませんが、あまり自分に多くの制約を課さず、自由に伸び伸びと書きたい物を納得の行く所まで書き上げるという作業を重ねてはいかがでしょう? もんじゃさんは自分に厳しすぎるような気がします。
「今回はこういう縛りで」「今回はこういう制限を守って」とか、ゲームのように愉しんでいるなら良いのですが、なんだかちょっと辛そうに感じるのは私の勝手な思い込みでしょうか?

もんじゃ
KD106154132228.au-net.ne.jp

 夜の雨さま

 ありがとうごさいます。
>本来のお題は、テーマと絡ませる必要があるのでは。

 アールグレイ=個性が強く、奥行きのある、優しい味わい、という点から拙作が生まれました。陽子の優しさ、というものを書いたつもりです、世界に対する。それは非常さでもあります、人間に対しての。人外であるところの陽子が、人間を半殺しにしたあと優雅に紅茶を飲みながら世界を愛でる、というエンディングイメージが書き始めるときにありました。バーでの修羅場の対比としてバルコニーでの紅茶タイムが作用しているわけです。でありますから、アールグレイには必然性がありますし、というか、タイトルに使っている程度にはテーマを象徴している、と書き手は思っていたりします。

 ありがとうございました。

もんじゃ
KD106154132228.au-net.ne.jp

 恵 幸人さま

 再びありがとうございます。

>御作は純文学だと思います。そして私は、主人公に万人が納得するような正義や一貫性や整合性を求めてはいません。彼らなりの主義に基づいていればそれで良いのです。
 彼らなりの「俺は私はこういう主義主張に基づいてこういう行動を取ったんだ」という事情や背景がわかれば良いのです。わからなくても、もしかしたら良いのかもしれません。『きっと、彼らなりの正義に基づいての行動なのだな』と推察することが出来れば。

 たった今他の読み手さまより、文学的な味付けはなし、みたいなお言葉をいただいたばかりなので、拙作を純文学と感じてくださった読み手さまの感性には驚かされました。が、書き手も実はノンブンガクなフリしてブンガクのつもりだったりもしたので嬉しいです。読み手にもっと推察していただけるように言葉を尽くしたり言葉を省いたりしてゆきたいと思います。

>シルクの恭一に対する感情は、「好き」ではなくて「気になる」「興味深い」ではないかと思います。自分とはまったく異なる価値観で生きている人間・恭一と出会って、珍獣を見るような思いを抱いたのではないかと。新鮮な清冽な衝撃的な出会いだったので、印象深くて忘れがたい。好きじゃないけど気になってしょうがない。好き嫌いを超越して、純粋に興味を惹かれたのではないかと思いました。今までに出会ったことのないタイプの男だから。 

 なるほど、であります。恭一についてそこまで読んでくださってありがとうごさいます。そうか、恭一をシルクはそんなふうに感じていたのか。かもしれませんね。

>職業作家になると締切を守らなければなりませんから、制限時間内になんとしてでも書き上げるという力が必要になります。その鍛錬にはなるでしょう。完成度は落ちてしまいますが、プロなら仕方のないことです。締切第一ですから。
 自分が納得できるまで作品を練って練って練り上げるという作業が許されるのは、素人ならではの特権かもしれません。素人のうちにしっかりと自作を練り上げるという鍛錬をしておくのが得策だと私のような素人は考えているのです。
 勢いに任せて書き上げて投稿して「はい終わり。じゃあ次回作!」というタイプの人が多いように見受けますが、私は自作を練るのが大好きなんです。
 プロになると自分が書きたいものでなく、読者や出版社に求められるものを書く必要に迫られたりします。純粋に創作を楽しめるのは、素人のうちだけかもしれません。

 まったくもっておっしゃるとおりであるかと思われます。時間を掛けて自作をより完全なものに仕上げてゆく、そのような姿勢はまっとうであるかと思われます。そうですね、即興はこれっきりにしとこう、少なくともごはんにはアップしないようにしよう、そう思いました。

>生きているうちに才能を認められた画家は、たくさんの依頼を受けて求められるままに描いて多額の報酬を得ることもできます。
 一方、生前は才能を認められず一枚も絵が売れなかったとしても、自分が描きたい絵を描いて自分が満足できるまでじっくりと完成させられるなら素晴らしい人生だと思うのです。

 ゴーギャンでしたか、ゴッホでしたか、生前に一枚も売れなかった画家で没後に認められた人がいましたよね。確かに、それは素晴らしいことであるかと思われます。

>これは個人の価値観・人生観なので、これが絶対に正しい生き方とは言いません。何を求めているかによって、最善の生き方は異なります。最善の生き方をしたいなら、まず自分が何を求めているかを知ることが最優先事項です。

 そうですね、自分が何を求めているか、これがわかっている人は強いと思われます。

>『アラがあったとしても、とにかく締切に間に合わせる力を付けたい』それも大事な事ですね。特に職業作家ならば。
『アラのない完成度の高い作品を創り上げたい』多くの芸術家はこうだと思います。但し、あまり稼げません。後世に名を残すことはできたとしても。多作と良質、両方を兼ね備えた人はまずめったに現れません。ピカソかダリくらい? 

 ピカソは金持ちでしたよね。安くも売らなかったし。ダリも多作でありましたか。ダリは幼いころに見ても印象的だった記憶があります、売り目が立ってますよね、明確な表現だし。

>余計なお世話かもしれませんが、あまり自分に多くの制約を課さず、自由に伸び伸びと書きたい物を納得の行く所まで書き上げるという作業を重ねてはいかがでしょう? もんじゃさんは自分に厳しすぎるような気がします。
「今回はこういう縛りで」「今回はこういう制限を守って」とか、ゲームのように愉しんでいるなら良いのですが、なんだかちょっと辛そうに感じるのは私の勝手な思い込みでしょうか?

 うーん、ご指摘ありがとうごさいます。自分じゃなかなか気がつかないことなんでありがたいです。そうですか、辛そうでありましたか。ストイックにデトックスしすぎでありましたか。たたんだ翼を広げるみたいにして、年内にはのびのび書いてみたいです、風がいいときに。

 勇気をいただけたように思います。温かなご指摘をありがとうございました。

r
sp49-98-160-213.msd.spmode.ne.jp

素朴な疑問なのですが、即興で書く、ということに一体どんな意味があるのでしょうか。今日その専門のサイトが存在することも初めて知りました。
もちろん、やったことない自分が言うのもあれなのですが(やってみろと言われるのがオチかもしれません)。

アリアドネの糸
dhcp.nipne.ro

 いろいろな種類とサイズのコントラストでできている作品ですね。拙作で助言戴いたことが具体例として示された気がして、とても勉強になりました。例えば、社会的とは程遠い暴力に手を染めた人がマスクのマナーを語るのもそうだし、例えば、舌を引き抜くという現実感のなさが小説内リアリティーを生んでいるのもそうだし、なにより、バイオレンスの隣にこそピースが座っているみたいな構造もいいですね。赤黒く染まった指をティーカップに絡めてアルグレイティーを飲む。優しくなるために。優しくあるため。なんてのはほんとうに気が利いていると思いました。対立するものの融和で世界はなんとか成り立っている。みたいな。
 あとは、そうですね、実に人間的な社会における人間的な残虐さを書いているのですけど、人間的な部分にスポットライトが当たっていないのは、やっぱり、このお話が人そのものではなく、対立するものの融和でできた世界のあらましを書いているからなんだろうなと思いました。荒れ狂う波のように内在する苛烈さがあっても、海は海であり母ですらあるのかもしれない、とかそんな妄想をしました。
 面白かったです。

もんじゃ
KD106154132228.au-net.ne.jp

 rさま

 ご質問を頂戴いたしました。
 どんな意味があるのでしょうね、かのサイトにもその効用が書いてありましたが、サイトの集客のためのでっちあげのようにも思えましたし、疑わしく思いつつも興味本意でやってみましたところ、個人的には次のような効能を実感できました。
・頭で考えている暇があまりないので無意識の領域を機能させることにつながる(筆任せ)。
・勢いみたいなので書けるので筆にトメハネ的なキビキビ感が生じうる。
・自らに適した筆のスピードを感知しうる(三十分と決めて書くと自ずからその時間で書き終えられる筆運びになるので、三十分ジャストで書き上げた文章量が自分の、のって書ける適量ということになる――三十分で二十枚の人もいれば五枚の人もあるいは一枚の人もいると思う)。
・たくさん書くということでたぶん文章は上手くなる。上手くなってからじっくり書く、という考え方をかのサイトは推奨しているように思う(漫画なんかも描いてりゃ上手くなるから数をこなせ、みたいに言われるみたいです)。
 と、まあそのくらいかな。効能は体感するべきもので頭で推測するものじゃないような気が個人的にはいたします。

もんじゃ
KD106154132228.au-net.ne.jp

 アリアドネの糸さま

 ありがとうごさいます。
 ご感想、鑑賞してしまいました。ここだ、という位置にぴしりとおさまる言葉の響きは美しいものでありますねえ。

 すべてを見透かされているようにも思い、語り手が語るべきはもう何もないように感じますが、すべての読み手がアリアドネの糸さんのようにあらましを意識化できるわけでもない、というかほとんどすべての読み手ができないものなんだなと、つまり書き手の意図なんてものは読み手の意識には伝わらないものなんだなと、このサイトに投稿するようになってそれを痛感し、また意図だなんてものは読み手の意識に伝わらなくてもいいのだ、なんていうふうにも思うに至っていたのですが、鍛練の場でありますからね、意図なるものの伝達にも意味があるし、あと嬉しいものでもありますね、きっちりと見透かされちゃうということは実は。

 意図は意識化していただかなくてもいい、と書きましたが、でも書き手は言葉を無意識的にせよ意図的に配置しているわけで、この配置に嘘があると小説的リアリティなるものも生じ得ないし、端的にいって面白いと感じていただけないように思います。意図は伝わらなくても、
 一、話に没入していただき
 二、面白かったと感じていただく
 ことはmustであろうかと思われるのでありました。
 だから配置、模様、あらまし、態様、かたちなるものを整えるのに腐心いたします。のでありますからこそ、このような場所で、そのかたちを表してくださるようなご感想に出会えると、旅先でお湯に浸かるような癒しを感じるのでありました。

>いろいろな種類とサイズのコントラストでできている作品ですね。

 はい、物語の基本は対立や対比にあるように個人的には感じています。マッチングの妙というものを大事にしたいです。

>社会的とは程遠い暴力に手を染めた人がマスクのマナーを語るのもそうだし

 そうなんですよ、この対比を、統一感がないだとか、キャラに一貫性がないだとか、そのようにご指摘くださるむきもあるようなのですが、というかかつてあったのですが、いわゆるアンバランスに感じられもするこのような配置は、より平らでないありさまを表すことができますし、統合なるものへのダイナミックな希求を呼び起こすように個人的には感じるのであります。矛盾を内包しつつそれを高次において抱きとめること、これをアウフヘーベン(ぐんちゃんがからかうところの、あうふへーべん)と書き手は捉えていて、しつこくここにこだわったりしているのでした、右目と左目で違うものを同時に見るみたいなこと。

>舌を引き抜くという現実感のなさが小説内リアリティーを生んでいる

 そうですね、これも拙作の中の目だった箇所ですよね、議論を生みそうな箇所でもあるかと。人間の力で舌を引き抜くなんてできるのか、とか、そういう自然主義的realistさんからの問題提起がなされそうな箇所だと書きながら意識化していました。
 そこは、角度――だなんてまたオリジナルな用語を使って表してしまいますが、を重視して、寓話的に読まれようとも、断じて舌を引き抜かせたく感じました。
 閻魔大王という人ならざるあらましが人間のやっかいなる言葉噴出装置をぶっちぎる、という角度を鮮烈に表したかった。
 って書いちゃうと、あれ? 陽子って人間じゃなかったの? とかそういう問い掛け――アリアドネの糸さんはそんなふうに問い掛けないってわかってますけど――も聞こえてきそうですが、それは仄めかしであって、どう捉えていただいてもよく、陽子は閻魔の化身だと解していただいてもいいし、閻魔が陽子に憑依していると捉えていただいても構わないし、そういう即物的なことはうっちゃって(最近知ったのですが、うっちゃるって千葉弁なんですってね?)おいて、ただあらましをそのように受け止めて――アリアドネの糸さんなんかはたぶんそうなんじゃないかと思うのだけれど――いただくのでも構わないと感じています。
 いずれにせよ、ご指摘のように、そこんとこの角度、というか配置にまちがいがなければ、ウソがなければ、小説的リアリティを感じていただけるわけです。
 金を奪う手はピックでカウンターに突き刺しておいて、閻魔はターゲットたる人間の舌に向き合うわけです。ぼったくりを悪いと閻魔は感じてないんですね、そんなの邪魔なノイズだからカウンターに留め置くわけで、向き合うべきは人間の邪悪な舌であります。邪悪、というのも人外によるものさしでありまして、人によるものさしとは違うようでありますね。
 舌を抜くというのは、いわば象徴でありますから、あそこに自然主義的リアリティがあるとかないとかいう議論はあまり意味がないかも、とか書き手は思うのでありました。アリアドネの糸さんの読み方はニュートラルにして、かつ書き手の理想とする読み方であるなと感じました。

>バイオレンスの隣にこそピースが座っているみたいな構造もいいですね。

 はい、そこ、拙作のテーマです、書き手が思うところの。

>赤黒く染まった指をティーカップに絡めてアルグレイティーを飲む。優しくなるために。優しくあるため。なんてのはほんとうに気が利いていると思いました。

 そこ、ですね、拙作が表したかったのはそのギャップなのでありました。

>対立するものの融和で世界はなんとか成り立っている。みたいな。

 首をぶんぶんと縦に振ってます。

>人間的な社会における人間的な残虐さを書いているのですけど、人間的な部分にスポットライトが当たっていないのは、やっぱり、このお話が人そのものではなく、対立するものの融和でできた世界のあらましを書いているからなんだろうなと思いました。

 ほんと、もう何も語ることはないなあ。

>荒れ狂う波のように内在する苛烈さがあっても、海は海であり母ですらあるのかもしれない、とかそんな妄想をしました。

 はい、前作のぺトロにも通じるものでありますが、書きたいのは、ポエムな言い方をすると、海の気持ち、なんですよね、あるいはそれがマイテーマなのかもしれません。

>面白かったです。

 この一言で感想を締めてくださるあたりこそ気が利いてますよ、そう感じます。
 即興による練習ではあっても、手抜きでも遊びでもく、真剣勝負で書きましたから、こんなふうなご感想がいただけちゃうと、いいいいいぇっすぅ! とかガッツポーズとっちゃうほど傍目を気にせずいい気になってたりします。気持ちがいいなあ。
 ありがとうございました!

夜の雨
ai208087.d.west.v6connect.net

再読、再訪です。

アールグレイ=個性が強く、奥行きのある、優しい味わい、という点から拙作が生まれました。
     ↑  ↑  ↑ 
アールグレイは柑橘系のスッキリした紅茶です。
アールグレイの「アール」とは英語で「伯爵」、「グレイ」は英国人の姓で、アールグレイとは「グレイ伯爵」という意味。
このグレイ伯爵は実在した人物です。
アールグレイ紅茶の生みの親、第二代グレイ伯チャールズ・グレイ アールグレイ紅茶の生みの親、第二代グレイ伯チャールズ・グレイ「アールグレイ」の名称の由来になったグレイ伯爵とは、1830年代にイギリスの首相を務めた、第二代グレイ伯爵の「チャールズ・グレイ」ことです。
肖像画も残っています。


御作は、アールグレイ=「陽子」という描き方になっているので、それは違うでしょう、ということになります。
返信にもありましたが、「陽子」は「人外」とある。
だから●人外であるところの陽子が、人間を半殺しにしたあと優雅に紅茶を飲みながら世界を愛でる、というエンディングイメージが書き始めるときにありました。バーでの修羅場の対比としてバルコニーでの紅茶タイムが作用しているわけです。
●それなら、紅茶ではなくてウイスキーとかカクテルなどのアルコール関係がよいのではないかと思います。
陽子のキャラクターは静と動があり、動になったときに爆発的なエネルギーが出るようです。
このキャラは紅茶ではなくて、インパクトがあるアルコール系だと思いますね。
紅茶では爆発的なエネルギーが出るようには思えない。どちらかというと頭脳派。理屈で相手を言い負かして、体力勝負は部下に任せるタイプではないかと思います。
アルコールの場合は脳が興奮してアドレナリンが爆発し、普段以上の力が出る。能力が出るタイプ。

だいたい「人外」が「コロナを避ける必要もない」と思いますが。

陽子というキャラクターは立っていて、エンタメの主人公としては絵になる。
アールグレイという紅茶にこだわりすぎではないかと思います。
また私が書いた「ウイスキーとかカクテルなどのアルコール関係がよいのではないか」ということも、別段こだわる必要はありません。
陽子という強烈なカリスマのある主人公が活躍するのですから、飲み物に関連付ける必要もなくて、彼女の実態に合った、タイトルをつけたらよいと思います。
●だけどあれですよ、せっかく人外の陽子が活躍するのですから、身体が変化する描写もいれておくべきだと思います。まあ、相手が三下だと身体が変化するほどの臨戦態勢はとる必要はないかもしれませんが。

アドレナリン 生理学的効果(ウィキペディア)より。

交感神経が興奮した状態、すなわち「闘争か逃走か (fight-or-flight)」のホルモンと呼ばれる。動物が敵から身を守る、あるいは獲物を捕食する必要にせまられるなどといった状態に相当するストレス応答を、全身の器官に引き起こす。
運動器官への血液供給増大を引き起こす反応 心筋収縮力の上昇
心、肝、骨格筋の血管拡張
皮膚、粘膜の血管収縮
消化管運動低下

呼吸におけるガス交換効率の上昇を引き起こす反応 気管支平滑筋弛緩

感覚器官の感度を上げる反応 瞳孔散大

痛覚の麻痺
勃起不全

興奮すると分泌される。例えば喧嘩になった時に分泌されて、血まみれや骨折の状態になっても全く痛みを感じないといったケースもある。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――

お疲れさまでした。

夜の雨
ai208252.d.west.v6connect.net

わかりやすい、おまけ。
私が言いたいこと。

「アールグレイ」は、お題にして、タイトルにするほどでもないということ。
ラストでアールグレイ(紅茶)を飲むのなら、ウイスキーとかカクテルとかのアルコールでもよいのでは。
または「アールグレイ」にお題としての意味付けをするのなら、クラシック音楽のタイトルでもよいのでは。
家に帰り、クラシック音楽のレコードを聴く。

アールグレイ=個性が強く、奥行きのある、優しい味わい ←これらは音楽でもある。飲み物と耳から脳に伝わる音楽とは、意味合いは違うが、「題材」としての深みは紅茶よりもクラシック音楽の方がある。

>> 家に帰ったら紅茶を淹れよう。
 紅茶はやっぱりアールグレイ、穏やかな気持ちになれる、世界に優しくなれる、そんな気がする。<<

 ●家に帰ったらモーツアルトを聴こう。
 音楽はやっぱりモーツアルト、穏やかな気持ちになれる、世界に優しくなれる、そんな気がする。

別に、他の音楽家でもよいのですが。

「人外」という言葉が出てきたのでそれならアドレナリンで生理学的効果があり、「身体が変化する描写もいれる」と、主人公が変化するアクションが入るので、面白くなるのでは。

●それでですね、この感想を書いていて気が付いたのですが、御作は描写がありません。
お題になっている「アールグレイ」を飲んでいる、味わっている主人公の描写です。
だから、私は引っかかっているのだと思う。
「アールグレイ」をどんなカップで飲んでいるのか、熱さは匂いはどうかとか。

 A>紅茶はやっぱりアールグレイ、穏やかな気持ちになれる、世界に優しくなれる、そんな気がする。<

 B>家に帰ったら紅茶を淹れよう。
 紅茶はやっぱりアールグレイ、穏やかな気持ちになれる、世界に優しくなれる、そんな気がする。<

御作に書かれているアールグレイの記述は「Aが導入部でBがラスト」の部分だけです。
飲んでいるところ、味わっているところの描写がないので、「お題」にするほどの説得力がない。

というような感じです。

もんじゃ
KD106154132228.au-net.ne.jp

 夜の雨さま

 再びありがとうごさいます。

>紅茶ではなくてウイスキーとかカクテルなどのアルコール関係がよいのではないかと思います。

 アルコールを飲んで乱暴になる、じゃ整合してしまうではないですか、人外ならではの静と動の混合を書きたいのでありますから、やはり優雅な紅茶と人道外れた破壊的暴力をマッチングさせないと普通の喧嘩になってしまうではありませんか。

 以下に多分に比喩的な、かつ観念的な、そして独りよがりと謗られかねない自説を述べさせていただきます。
 Aという点とBという点を想像してください、これらは重なりあっているのでなければ常に向かい合った百八十度の対立角に存在しているはずです、その二点を結ぶ直線は両者を百八十度に切り分けるわけですから。自でなければ他ということであり、自と他は常に対立し緊張し自覚の可能性を残した関係性であるはずだということです。
 さて、このような二点を結ぶ直線に直角に交わる線を想定してその出所に点Cを置いたらどうなりますか、そうなると三竦みです、力学的に止まってしまう、あるいはぽきりと折れてしまう、ツイストも生じず、アウフヘーベンできない、対立はその平面において単なる対立のままに存在し続けるしかなく、その意味でCという配置はダイナミクスを生み出さず発展的じゃない、よくいえば安定的だけど、新しい地平への可能性が閉ざされるという点で旧態依然です。Cは対立を対立として傍観しているだけですから、一階上にある平面の存在にたぶん気がつくこともない。
 だから求められるべき点Xは百八十度の関係性を百二十度と六十度に切り分ける角度に配置されるべきで、このXこそが、AとBの対立を対立のままに引き受けて、相互を宥め、かつ力動的に交差点を起点に両者を一段階上に捻るように引き上げて新たなフェイズの点αに統合しうる視点なのではないかと思われるのであります、多分に、いえ相当に比喩的な話ですが、配置ということのイメージを表現させていただきました。
 点Xこそが読者の視点であってほしい。Cは話を固定してしまうけれどもXは話をアウフヘーベンするから。だなんて半ば独り言かもしれませんが……、

>だいたい「人外」が「コロナを避ける必要もない」と思いますが。

 このあたりは、どうなんだろう、閻魔はコロナを「避けてる」わけじゃないと思われます、人間じゃないのだから。というか、コロナや海などの自然に照らして人間をこそ、とりわけ人間が唱えるインチキな配置の言葉(これを我々は平たく「ウソ」と言ったりしているわけですが、普通の意味での嘘とイコールじゃないので「インチキ」と表したほうが相応しいようにも思います)をこそ嫌悪しているわけで(コロナのことは畏怖しているのでしょうね)、だから閻魔は舌を抜くわけですから、そのような人外のありさまを「人外ならコロナを避けるはずがない」だとか、「暴力に馴染むのはアルコールでありティーではい」というような人間的なあまりに人間的なものさしにより分析する視点は、これすなわち視点Cなのではないか、と書き手は感じたりするのでありまして、読み手の視点をXに配置することをこそ、ただそれだけを狙った表現において読み手をCに導いてしまったなら、表現されたものがホンモノを表現し得なかったということであり、完全なる大失敗であったな、と地面に膝をつく思いなのであります。

>人外の陽子が活躍するのですから、身体が変化する描写もいれておくべきだと思います。まあ、相手が三下だと身体が変化するほどの臨戦態勢はとる必要はないかもしれませんが。

 変身したりはしないのです、と返信させていただきます、陽子イコール閻魔の化身、みたいなのは仄めかしでありますから。アドレナリンのWikipedia的解説をなぜたまわったのかよくわからないのですが、怒ってカッカきて、みたいな人間的なことはないのであります、人外的なキャラでありますから。カッカするのは人間であります。でも人間を被っているのです、陽子は。だから変身したりはしません。

 アルコールが相応しいだとか、コロナを避けるのかとか、アドレナリンが分泌されるとどうだとか、人外を人間的に書きたまえよ、とのご指摘のようにも感じたのでありますが、そうすると野蛮なキャラによる単なる暴力小説になってしまうかと思われます。酒飲んでマスクも付けずに仲間の敵討ちにバーに押し入りアドレナリンを分泌させながら真っ赤な顔して破壊の限りを尽くしました、ってそういうお話、これって面白いでしょうか? どこかに向かえる話でありましょうか? ムルソーのモチベーションを解説しえてしまったらムルソーはもうムルソーじゃないわけで。

 というわけでこの度頂戴いたしましたご指摘には首肯することかないませんでした。せっかく再訪していただいたのにすみませんでした。表現の意図どころか表現の中身もまったく伝わっていなかったのだと認識できました。独りよがりな文章だったのでありましょう。ご指摘をありがとうございました。

もんじゃ
KD106154132228.au-net.ne.jp

 夜の雨さま

 三たび、ありがとうございます。

>おまけ

 をありがとうございます。

>「アールグレイ」にお題としての意味付けをするのなら、クラシック音楽のタイトルでもよいのでは。家に帰り、クラシック音楽のレコードを聴く。

 ありだと思われます。けれども、殺人鬼がクラシックを好きだったり、クラシックをBGMに戦闘シーンを描いたりって、これって、地獄の黙示録やエヴァンゲリオンを持ち出すまでもなく定番で手垢がついてますよね?
 あと、あれって乖離を表現してるように感じたのでありますが、どっちかっていうとあれは「人間の狂気」を表してるように思うのですよ。
 人外のふるまいも、人間の狂気も、人間にとってはいっしょこたで、どっちも気持ち悪いだけなのかもしれないけれど、人間の狂気には痛々しさがあるけど、台風や地震そのものに痛々しさがないように人外のふるまいそのものにも痛々しさはないように思うので、だからワグナーやバッハみたいな音楽はちょっと人間くさいかなと思ったりもします。紅茶は茶葉だから、葉っぱは天然だから、神さまの作りたもうたものだから、クラシック音楽みたいに人間により作られたものじゃないから、だから人外の静けさはクラシックじゃなくて紅茶で表されたほうがよりぴしりとくる気がするんですがどうでしょうね、クラシックでもいいけど、ぴしりではないような気がします。

>「アールグレイ」をどんなカップで飲んでいるのか、熱さは匂いはどうかとか。

 そうかもしれません。そこを描いたほうがよりアールグレイが印象的になるのは間違いないでしょう。でもバーのしつらえも描写していない。ベランダの視覚的様子もバーの視覚的様子も描いていない。それ書いてもっと長い話にしてもいいとは思うけど、そんなふうにコクを活かすとキレがなくなる。十枚を直感に従って書き下ろすというスリリングな書き方は描写を省く書き方でありました。アールグレイの味覚も書いていません。モノローグで終わらせている。そういうバランスもある。と書き手はそう思うのでありました。紅茶の香りや温度を感得することが話のノイズになるような気さえ実はするのでありました。理科室の骨格に心臓がついてたら気持ち悪いじゃないですか。

>飲んでいるところ、味わっているところの描写がないので、「お題」にするほどの説得力がない。

 リアルなアールグレイを描写的に表現する作品は他にあってもよいのではないかと思われます。描写してマイナスとまでは断言し得ないけれど、描写がマストであるとも思えないのです、全体のバランスからして。

 なんだろうか、なんかいつもの夜の雨さんっぽくない気がします。ちょっと角度を違えたところにお連れしてしまったようで、書き手の不徳といたすところ、かつ力量不足であろうかと思われます。夜の雨さんが読まれましたような話を書く意図はなかったのであります、伝えられずに残念です、すみませんでした。

夜の雨
ai208252.d.west.v6connect.net

お疲れさまです、もんじゃさん。

返信を読んで感心しました。
私とは考えが違うようですが、小説(物語を書くこと)に対して、真摯に対応されています。
このあたりが、あなたの素晴らしいところだと思われます。
応援していますので、ご自分の世界を思う存分描いてください。

もんじゃ
KD106154132228.au-net.ne.jp

 夜の雨さま

 ありがとうございます。
 こちらこそ、いつも真摯な、かつ紳士なご感想をたまわり感謝しています。
 聞き手の粗相は言い手の粗相。伝わらないのは伝え方に問題があるからだと思われます。独り言にならないよう、言葉や心を尽くして努めていきたいです。
 おおらかな対応に敬服いたします。ありがとうございました。

三枝松平
ntngno151245.ngno.nt.ngn.ppp.infoweb.ne.jp

もんじゃ 様

 読ませていただきました。
 読み進めていくうちに、上の方々がお書きになっている疑問というか整合性というか、変なところがいっぱい出てくるんですが、自分としては「それがどうかしたの?」って感じ(笑)
 読んで楽しければ何でも良いじゃん!
 これが私の感想です。ありがとうございました。

もんじゃ
KD106154132058.au-net.ne.jp

 三枝松平さま

 ありがとうございます。

>読み進めていくうちに、上の方々がお書きになっている疑問というか整合性というか、変なところがいっぱい出てくるんですが、

 変なところ、いい得て妙なるご指摘であります。いっぱい、というあたりも参考になりました。

>自分としては「それがどうかしたの?」って感じ(笑)

 そういう受け止め方もあるのですね、参考になります。

>読んで楽しければ何でも良いじゃん!

 いろいろな読み方があるのだと思いますが、個人的には「読んで楽しければ何でも良いじゃん」とはあまり思いません、かもしれません。少なくとも拙作は「楽しく読んでいただければ何でも良いや!」と思って書いたものではないので、変なところに感じた違和を逐一ご指摘くださった諸氏からのご感想には大変感謝しています。それと同じくらいに三枝松平さんの「私の感想」にも感謝し、楽しく読めたとのお言葉の手触りみたいなものをもう少しなでなでしてみたいと思います、ありがとうございました。

香川
KHP222000136051.ppp-bb.dion.ne.jp

読ませていただきました。

まず、何よりもこれを30分縛りで書いたということに驚きました。
文章に大きな瑕疵も、粗さも、読みにくさも感じられず、文章的な地力のある方なのだなと思います。

また、全体の構成も綺麗です。
特に、「穏やかな気持ちになれる、世界に優しくなれる」というアールグレイに対する全く同じ言葉を冒頭とラストに持ってきておきながら、過程を経てラストの方ではくるっと印象を変えている、という書き方が非常によく決まっていました。
語り手自身や物語が優しいわけではない、アールグレイを飲むことは、優しくないからこその優しさの摂取であり、優しくないことをしてしまった後の行いなのかなと、何となくそんなことが感じられました。

全体に描写の少ないハードボイルドな筆致だなと感じましたが、それも上手く機能していたように思います。
多く語らないからこそ立ち上がってくる行間の雰囲気というものがありました。
ラストが説明も一切なく綺麗に印象を変えているのがその表れのような気がします。

ただ、アールグレイというものには、もう少し言及してほしいなとは思いました。
アールグレイはタイトルにもなっている訳ですから、やはり物語や語り手のことを、ある角度から象徴するものだと思います。
それであれば、語り手にとってアールグレイがどういうものなのかを、冒頭でもう少し示唆してあった方が、ラストでのアールグレイの持つ意味に広がりが生まれ、アールグレイを飲もうと思う語り手の心にも、より奥行きが感じられるようになったと思います。
アールグレイの味、飲み口、香り、そういったものにもう少し触れて、そこから語り手にとってのアールグレイをもう少し匂い立せてほしかったなと思いました。

ありがとうございました。

飼い猫ちゃりりん
106171070155.wi-fi.kddi.com

もんじゃ様
即興なので限界はありますね。
猫は直接表現は苦手な動物です。間接的な描写の方が、残酷なものはより残酷に、エロいものはよりエロくなると思っています。アールグレイをプリズム代わりにして光を屈折させて描写してはどうでしょうか。

もんじゃ
KD106154132058.au-net.ne.jp

 飼い猫ちゃりりんさま

 ありがとうございます。

>猫は直接表現は苦手な動物です。間接的な描写の方が、残酷なものはより残酷に、エロいものはよりエロくなると思っています。

 もんじゃも直接的なもの、即物的なものより、多角的なビームにより照射され浮かび上がるものを好むたちでありますが、今回の暴力シーンの直接性は、即興うんぬん関係なくマストです、と言い切ります、暴力をえげつないほどに直接描くことによって間接的に浮かび上がらせたいものがあり、そちらがより重要だからであります、拙作は残酷なものを残酷に描くことが主題ではないのです、前作がエロいものをエロく描くことが主題でなかったように。暴力を主題にしたいなら、ご指摘のように暴力を間接的に、エロティシズムを主題にしたいなら、ご指摘のように、エロを間接的に描くような気がします。言ってしまえばプリズムは(猫さんおっしゃられるところのプリズムを理解できているかは曖昧ですが)、拙作の場合暴力シーンでありますから、プリズムをプリズムを通して表す、みたいなことはややこしくなり過ぎるかとも感じます。だなんて、いただいたご感想に対する感想を書いちゃってますが、猫さん的な猫写的表現なるものについては、猫さん作品や、猫さんが足跡みたいに残されたあちらこちらでの感想を通じて学ばせていただいておりますので、また別の作品において、学ばせていただいたものを有効に活用した表現にも挑戦してみたいと思います、ありがとうございました。

もんじゃ
KD106154132058.au-net.ne.jp

 香川さま

 すみません、すみません!
 順番抜かしちゃってました、他意はありません。
 ゆっくり読ませていただいて夜には返信させていただきます。
 ありがとうございました。

三枝松平
ntngno151245.ngno.nt.ngn.ppp.infoweb.ne.jp

もんじゃ 様

 私のコメントが無責任!とお叱りを受けたような気がしましたのでお詫びを。
「楽しければ何でも良い」はもんじゃ様の作品の意図とは違うよ、とおっしゃるのですね。
 軽はずみな書き込みをおわび申し上げます。

 では、もう少し感じたこと書かせていただいて
 とにかく、サラッと読めたのが他の方々の作品と違うな!というのが第一印象でした。
 アールグレイから始まって、アールグレイで締めくくる、このあたりも凄いなと。
 このくらいの事件はあたしの手にかかればこんなもんよ!!って、清涼感は十分に感じ取れました。
 変なの?って思ったのは、陽子さんの舎弟にしてはお粗末すぎやしないかな!
 また、こんなぼったくりの店や、ひっかけ女が存在するって、いつの時代?
 性犯罪者の顔、って、悪党顔の比喩にしてはちょっと軽すぎやしないか?
 ぼったくりに制裁なんだけど、目には目は日本という法治国家では認められません。ぼったくりにはそれなりの法律があり、暴力や傷害にも別に裁かれるべき法律があると思います。
 私の日常では思いもよらない内容ですが、全部ひっくるめて、読み終わって「清涼感」ありありでした。

アリアドネの糸
dhcp.nipne.ro

 皆様、違った意見があって面白いですね。少し刺激受けたので、アリアドネの糸の考えを残していくことにします。

 この作品は、既に書きましたように。アリアドネの糸的にはピースとバイオレンスの対立を描いている作品なのですが、その両者は両天秤であってはいけないという感じがありました。天秤に載せた重しはイコールじゃない。コントラストは作るんだけど適切なグラデーションバランスはちゃんとある。暴力が前面で暴れまわっているときには、優しさは死角にそっと潜んでなければならない。だからこそのアールグレイなんじゃないかと思います。お茶を飲むというのは陽子が陽子であることの一部のように思いましたし(これは個人的な感じ方かもですが)、そんなふうに陽子と寄り添えているのは、お茶の香りは香ってくるものであって、それ自体の存在を能動的に主張するようなものではないから。例えば、音楽の場合、音楽は創作物であり人工物なので、どうしたってその存在感をアピールしちゃいますから。孤独であり密やかであるところアールグレイは、孤独であり密やかであるからこそ陽子の口からは語られてはならない、というより、語ることができないもののように思います。自分で書いてて、ここに矛盾があるようにも思えますが、陽子はアールグレイをこれほどまでに強く意識しているのに語れない。見えているのに語れない。この感覚を説明するのは難しいのですけど、例えば、鏡を見るときって自分を見ているのであって、鏡を見ていないですよね。意識化することでかえって顕在化できない状況は存在していて、死角、というのは、例えば、そのようなことを指すのではないかなとか思うわけです。ともかく、潜んでいるということが大事な要素のように思えたので、アールグレイについては陽子の視点からは語れないわけで、アールグレイの描写はかけたとして、湯気が立ち昇るだとか、沸かしたお湯をそそぐだとか、陽子からは心理的に離れたものになるはずで、その描写も最小限になるはず(潜むものだから)で、アリアドネの糸は御作のバランス肯定派です。ただ、アールグレイを飲むシーンを書いてもよかったような気がします。ただ、場面展開しちゃうのも蛇足なので。例えば、舎弟との会話のシーンのところにそれとなく入れるとか。結構、むずかしいかも。

 あ、そういう意味では、アルーグレイの描写が最初と最後でサンドイッチになっているというのはあからさまに作為的で、神様の視点(もんじゃ様の言葉だと海の視点になるのかも)ではなく作者の視点のように思えたので、“ウソ”のない表現であることを徹底できていないように思いました。重箱の隅ですが。もちろん、伏線として最初の方でアールグレイをそれとなく示さないとまるで意味がないのですが。重箱の隅をつつくようですが。

 暴力表現が直接的なのは、上で書いたことと表裏一体のように思います。ちゃんと顕在化して、死角に潜んだ優しさを浮かび上がらせるため必然として。というか、アウフーベン、それも文学ちっくなアウフーベンとは、死角と友達になることでなされるようにも思ったりします。対立は無自覚のうちにおき、葛藤は自覚とともに進み、融和は無意識のうちになされるのだ。こほん。みたいな(大学教授風)。ともあれ。密やかな優しさとのコントラストとして、暴力表現は直接的である必要があったのかなと思いました。また、直接的かつ苛烈な暴力表現は、そういう具体性と鮮烈な色を帯びたことでかえって現実感を奪うようなところもあるので、物語をこえて、対立と融和の世界のあらましを、構造として浮かび上がらせるのに一役買っているようにも思います。ここはさすがに個人的かつ飛躍の過ぎる感じ方のような気もしないではないですが。

>ダイナミックな希求を呼び起こす
の話もそうですし
>自然主義的リアリティ
の話もそうなのですが、作中のどこかで、一度リアルを振り切るような、それこそ、コントラストをもってダイナミズムを生む表現が必要なのかもしれないと思いました。特に「ダイナミックな希求を呼び起こす」というところは、その言葉の響きとともにすとんと胸に落ちるものがありました。

もんじゃ
KD106154132058.au-net.ne.jp

 香川さま

 ありがとうございます。
 順番抜かしちゃってました、すみませんでした。最新コメントの掲示欄にて、飼い猫ちゃりりんさんが、もんじゃへと呼び掛けてくださってるのが目に入って、そちらから飛んだ拙作感想欄に飼い猫ちゃりりんさんへの返信をしたためたのち、香川さんからのご感想に気がついた次第です、失礼なありさまになってしまって申し訳ありませんでした。

>まず、何よりもこれを30分縛りで書いたということに驚きました。

 筆は速いみたいなんです、いただいたご感想への返信なんかもわりと素早く書けてるように思います、で、いちおう見直して、粗を整えてから投稿しているのですが、今回の順番抜かしはうかつでした、何度もしつこく謝らせてください。
 速記って、のってないとできない気もします、だからのってないときは長いの書いてても休みます。感想への返信とか待たせちゃって失礼なものは範囲外だけど、時を待てるものは時を待ちます。で、風が吹いたらばさっとたたんでるハネを広げます。すると楽に書けるし、遠くまで書けます。
 ヤクザの親分が言ってました。「のってるやつにはかなわねえ。のってるやつはムダな動きをしないから最短距離を走れるんだ」みたいなこと。のりって大事だと思います。のりは、素早さと相性がいいように感じます。なので即興文の練習からは多くを学びました。

>文章に大きな瑕疵も、粗さも、読みにくさも感じられず、文章的な地力のある方なのだなと思います。

 いえ、推敲はやってるんです、三十分枠の外でやりました、そちらにもたぶん三十分は掛けています、一筆書きで粗なく書けてるわけじゃないんです。

>全体の構成も綺麗です。

 即興なので、もちろんプロットとかはたてていません、書きたいことのイメージがあるだけで、だから構成は頭でしつらえたものじゃなくて、筆の先が直感的にたどった道筋であります。長いのも、個人的に、プロットをたてないです。イメージだけ掴んだらあとは筆先に任せてしまいます。

>「穏やかな気持ちになれる、世界に優しくなれる」というアールグレイに対する全く同じ言葉を冒頭とラストに持ってきておきながら、過程を経てラストの方ではくるっと印象を変えている、という書き方が非常によく決まっていました。

 ラストでくるっと印象が変わっていましたか。手応えのあるご感想をありがとうございます。書き手は、当たり前だけど、冒頭の文章にもラストの文章にも同じ意味をのせて書いてるわけですけど、そりゃそうですよね、エンディングもイメージしながら冒頭を書いてるわけだから。でも読み手には、なるほど、そうですね、なんの予備知識もなく冒頭を読むわけですから、こちらも当たり前だけど、エピソードを経たあとに読むラストの文章とは違った捉え方で読むわけですね、ふうむ、わざと誤読……じゃないな、普通読を誘ってたんですね、拙作で筆は。で、普通ではない印象の読み方に読み手をご招待したかったのかもしれません。ご指摘いただいて、無意識を意識化できたように思います。ありがとうございます。

>語り手自身や物語が優しいわけではない、アールグレイを飲むことは、優しくないからこその優しさの摂取であり、優しくないことをしてしまった後の行いなのかなと、何となくそんなことが感じられました。

 優しさの摂取、という捉え方には、はっと気づかされました、そういう読み方、感じ方を許容していますね、拙作は確かに。そうとも読んでいただける、という配置の再発見は嬉しい誤算であります、書き手の意図なんてものは、表されたものが表す整合性(この言葉をここでは通常のフェイズにおける言葉の意味とは違えて提示するわけですが)の価値に比べれば実にとるに足りないものであるかと思われます。でも、ここは鍛練場なので打ち明けると、書き手は、「陽子は優しい、世界に対して」ということを表したく感じていたのでした。優しくないことをしてしまった贖罪のような気持ちで優しさを補填しているわけではなくて。人間ならそんなふうな摂取の仕方をしそうなのだけれど、悲しくも、喜ばしくも、陽子という在り方は、人の尺度を越えてそこに、海のように、コロナのように存在していますから、だから陽子には、人外としての、みまごうことなき優しさが、厳しさとともに内在している、と、そのように書き手は意図してアールグレイを配置した、というか、アールグレイの調和的平和的優雅さみたいなものから拙作が生まれたのでありました。だなんて舞台裏をご紹介してみました。でも、人外なるもののありさまを人がどう読むか、どう感じるか、という貴重な視点を得ることができました、なんだろう、陽子の悲しみ、みたいなのが感じられて、しかもウソなく、もちろん誤読でもなく、不快にも感じられない、正確な角度を維持したご感想であるなと、とても嬉しく、有意義に感じられました。

 つづきます。

もんじゃ
KD106154132058.au-net.ne.jp

 つづきました。

>全体に描写の少ないハードボイルドな筆致だなと感じましたが、それも上手く機能していたように思います。

 描写、少ないですよね。実はですね、投稿してから描写を書き足したバージョンも手元にあるのですよ、三ヶ所くらいに一行ずつくらいですが、目に見えるもののスケッチを書き足してます、こちらのほうが確かにずっといいです、拙作に描写が過剰なまでに不足しているのは間違いないと思います。ただ、ご指摘いただいたような、描写を省く効用みたいなものも書きながら感じていました、削れる肉はぜんぶ削って書こう、と、時のカウントダウンにナイフを突きつけられながら走ってましたから。なので付け足しても三ヶ所に一行ずつくらいが適量であろうかと書き手も思います。というか、数ライン足すだけで見違えますね、だなんて勉強したりしてました。

>多く語らないからこそ立ち上がってくる行間の雰囲気というものがありました。

 これは、時間を区切った書き方から得られた果実であるかとも感じます。時間が無限にあると、ついつい冗長になりがちなのかもしれません、センテンス間の飛躍を書きながら感じていましたが、漫画のコマ割りみたいなもので、馴染むとむしろそのテンポが心地よくなったりもするようです、むろん作品次第ですよね、丁寧な描写を重ねることで表される表現もあるし、というか、そちらがむしろ王道であろうとも思います。

>ラストが説明も一切なく綺麗に印象を変えているのがその表れのような気がします。

 出発する前と違った場所に帰っていただくのが旅なのだ、みたいなことを旅行代理店の友人が言っていました。家を出て家に帰るんだけど、そこは以前と同じであり違う場所なんだ、みたいなこと。日常を出て冒険を経たのび太がかつてとは違う、しかし日常に帰るのが映画のドラえもんであるように、旅や冒険や読書は、違った同じ場所への帰着なのかもしれない、だなんて常日頃から思っていたりします。だから頂戴いたしました一文は何度も反芻したくなるほど美味しくて牛になった気分です。

>ただ、アールグレイというものには、もう少し言及してほしいなとは思いました。

 そうですね、夜の雨さまからもご指摘を受け、その後改めて考えてみたのですが、アールグレイの描写は、実はマストなのかもしれませんね。暴力と対置させてる割には、暴力に費やしたカロリーの十分の一すら割かれていないですものね、優雅なる側面に。そこを釣り合わせるべきか、七三分けにするべきか、やはり段違いにするべきか、考え方の別れるところかと思われますが、アールグレイをもう少し描いたほうがベターだという気がだんだんしてきました。

>アールグレイはタイトルにもなっている訳ですから、やはり物語や語り手のことを、ある角度から象徴するものだと思います。

 おっしゃるとおりであります。

>それであれば、語り手にとってアールグレイがどういうものなのかを、冒頭でもう少し示唆してあった方が、ラストでのアールグレイの持つ意味に広がりが生まれ、アールグレイを飲もうと思う語り手の心にも、より奥行きが感じられるようになったと思います。

 そうかもしれませんね。うーん、そうかもしれない。

>アールグレイの味、飲み口、香り、そういったものにもう少し触れて、そこから語り手にとってのアールグレイをもう少し匂い立せてほしかったなと思いました。

 そうかもしれない。と、そこをもう少し考えてみることの反対側について、そこを際立たせるためにも書いてみるテスト。
 アールグレイがなんなのか、ここんとこに読み手さんに、?????と注目していただきたいとき、アールグレイの味を実感していただきたいとき、果たしてアールグレイの味を冒頭に、ほんのちょびっとであろうとも書いちゃうことが本当に適切なやり方なのだろうか、という疑問もいまだに抱いているのです。
 わからないことにこそ読み手は着目するんじゃなかろうか?
 タイトルにまでなってるアールグレイの表してるはずのところがはっきりわからない、だからこそ、展開に、行間に、恭一やシルクの台詞に、後半の苛烈な暴力シーンに、さがすんじゃなかろうか、読み手は、アールグレイの味わいのなんたるかを。たとえちょびっとであろうとも一義的にアールグレイの味を冒頭で示して、あるいは仄めかしてしまったら、誤読(なんてものは本来ないと思います。読み手が感じた味が読み手のカップに注がれたアールグレイの味なのだろうから、どのテイストも、読み手にとってのアズイットイズであろうかと思われます)の余地はなくなるだろうけれど、実はむしろ香らなくなるんじゃなかろうか、読み手の中で、アールグレイは。
 一義的に表しえないことはむしろ表さないで、読み手に丸投げしたほうがいいように思いがちなんでしょうね、もんじゃは、前作のぺトロについてもそうだったけど。
 ぺトロとは何か? に相当するのが、アールグレイはいかに香ったか、なんだと思うのです。
 香りは作中においてではなく、読み手の中においてこそたつべきものなのかも、みたいなこと。
 だなんて、シーソーの反対側に試しに重しをのせてみました。これに釣り合うか、それ以上の重量が感じられたら、アールグレイを作品内で香らせるやり方で似たようなものをいずれまた書いてみることになるかと思います。しばらくバランスさせてください。貴重な重しを反対側にありがとうございました。軽くないご指摘に、その重量に心より感謝しています。ありがとうございました。

もんじゃ
KD106154132058.au-net.ne.jp

 三枝松平さま

 再びありがとうございます。

>無責任!とお叱りを受けたような気がしましたので

 叱ってなんていませんよ、人生の大先輩を叱るだなんてそんな頓珍漢なことはさすがにできません、無責任だとも感じませんでした、ただ誤解されてるかな、とは感じましたので、気持ちを表してみた次第であります。

>「楽しければ何でも良い」はもんじゃ様の作品の意図とは違うよ、とおっしゃるのですね。

 そうなんです。

>サラッと読めたのが他の方々の作品と違うな!というのが第一印象でした。

 さらりと読めたけど、さらりとはわからなかったんで、もいちど読んでみたら、あ、なんか、ちょっと香ったかも。――みたいな読み方を勝手にながら期待しての表現でありましたため、サラッと読めた、とのご感想を嬉しく読ませていただきました。さらりと読んでそれでおしまい、という読書スタイルを弾くものでもなくてよかったように思います。いろんな読み方に備えたい、とも感じています、でないと、完全なる独り言になっちゃうし、読者サービスゼロの傲岸不遜な表現は醜くもありますでしょうから。

>このくらいの事件はあたしの手にかかればこんなもんよ!!って、清涼感は十分に感じ取れました。

 清涼感、ですか、響きました、陽子のさまを清々しく感じる感性もあるのでありますね、圧倒的な力の差、みたいなものに対する、勧善懲悪(ではないけどそれに似た)チックな、ありんこを踏み潰す感みたいなものでありましょうか、遠山の金さん的な? 水戸黄門的な? 強い正義が弱い悪を完膚なきまでに叩き潰すみたいな? 瞠目いたしました。

>変なの?って思ったのは、陽子さんの舎弟にしてはお粗末すぎやしないかな!

 恭一ですね、あやつはいいやつですね、たぶん。シルクにやられてますもんね、シルクにつきまとわれるだけのことはある愛すべきヘタレ野郎でありますね。神奈川南部連合っていうのは愛されるべき集団なのかもしれません。

>また、こんなぼったくりの店や、ひっかけ女が存在するって、いつの時代?

 令和の時代であります。美人局やキャッチバーの全盛時代であります。歴史は繰り返す。最近飲みに行かれてませんか?

>性犯罪者の顔、って、悪党顔の比喩にしてはちょっと軽すぎやしないか?

 二枚目らしいんですよ、このぼったくりバーのバーテンダーは。芸能人とかでも、やらかしそうな顔は一目でわかって気持ち悪いって感じるんですけど、視聴者がそう感じてないみたいでびっくりします。
 性犯罪者をどんだけ差別するんだ? って性犯罪者擁護団体からお叱りを受けちゃいそうなくらいに不自然に拙作は性犯罪者の顔、みたいな単語をしつこく書き連ねていて我ながらびっくりするのでありますが、あるフェイズにおけるウソつきを閻魔が許せなく感じているのと同じくらいにたぶん書き手が性犯罪者なるものを許しがたく感じていて、その面構えを悪人さんのキャストに据えたがっているのが見てとれて、我ながらここんとこはバイアスかかってるよなあとか苦笑していました。違和感ありますよね、そこんとこ、確かに。

>ぼったくりに制裁なんだけど、

 いえ、制裁じゃないです、過剰防衛ですらないです、それに陽子は、ぼったくりのことはノイズにしか感じていないようです。陽子が抜くのはウソつきの舌であって、これは超人間的な行いであって、たとえちゃ不謹慎なれどコロナウィルスみたいなもんです。海はおだやかで包容的だけど津波になれば容赦なく人々を呑み込んじゃうわけです、東日本大震災のときみたいに、だなんてたとえるとまた人間さまに対して不謹慎でありますが。

>目には目は日本という法治国家では認められません。

 ハムラビ法典にのっとった表現でもないです、そこまで幼くありません、大丈夫ですよ、そんなふうに感じていただかなくても。

>ぼったくりにはそれなりの法律があり、暴力や傷害にも別に裁かれるべき法律があると思います。

 書き手は、読み手さまが露出やシャッタースピードに詳しい程度にはリーガルマインドを携えています。
 嘘ついたら閻魔さまに舌抜かれるよ? みたいな寓話的な教えに対して、虚言という罪に対する刑罰が舌を抜くだなんて罪刑法定主義に反するものだからうんぬんみたいに誰も言わないじゃないですか?
 ただ、法的な秤、みたいなことは多分に匂ってますよね、ユスティティアの女神的なこと。目隠しして、片手に秤を、片手に剣を携えた彼女が脱感情的であることに陽子のありさまは確かに少し似ている気がします。

>私の日常では思いもよらない内容ですが

 リアルに舌を引きちぎったら新聞社が大忙しですよね。桃太郎が、孤島で大人しく悪事を働いてる鬼の住み処を侵略したりしたことも、それが事実なら大問題であります。物語っていうのは嘘を紡いで本当を表すものであって、本当を紡いで嘘を表すものじゃない、って思うんです。小説的リアリティのない作品は角度を損ねている分だけニセモノだけど、現実的という意味でのリアリティがない作品がホンモノ足り得ないってわけでもない、とかそんなふうに思うんです。小説はツクリゴトだけどマガイモノではない。嘘つくと閻魔さまに舌抜かれてしまいます。まあ嘘くらいつきますがウソついちゃダメです。とか、また、嘘とウソを分けるような独り言をすみません。

>全部ひっくるめて、読み終わって「清涼感」ありありでした。

 清涼感――、そうか、と思いました。そうかもしれませんね。この話、ウエットでもなければ暗くもありませんね、じめじめしないで乾いてる、荒野に吹く風みたいに。陽子は陰子じゃないってこと。そのあたりに小気味よい爽快感みたいなのを感じていただけているのかもしれませんね。肉は腐るけど骨は清潔です。
 陽子のありさまに、悲しさを感じるのも人間、清涼感を感じるのも人間、さまざまな人間の感じ方からは離れたところで波は寄せて返すし、コロナウィルスは暗躍しているのでありましょう、それはもちろん正義なんかじゃなくて、いえ悪でさえも善でさえもないのかもしれません。ありさまはありさまとして太古のむかしよりただあってあり続ける。だから閻魔さまも君臨し続けちゃうんでしょうね。それはいいことでもわるいことでもありません、たぶん。

 再訪していただけてよかったです。いろいろ考えさせていただけるご感想をありがとうございました。

もんじゃ
KD106154132058.au-net.ne.jp

 アリアドネの糸さま

 再びありがとうございます。

>皆様、違った意見があって面白い

 はい、どっちが上でどっちが下とかそんな優劣はないのだけれど、比喩的に言うならだんごのような、読み方のかたまりが三つくらいに別れて存在しているような気配を感じます。
 一つめのだんごは、拙作を単純に、面白かったとか、つまらなかったとか感得してくださる読み方で、たとえば値札のついた表現なんかだったらこのタイプの読み手さまこそがお金をおとしてくださるお客さまなんじゃないかと思われます。だから、読んで面白かったぞと、このタイプの読み手さんに感じていただけるような話を書きたいとこれは意識しています。
 でも、ここは市井ではなく鍛練場なので、もう少しうがった読み方をしてくださる二つ目のだんごさんこそがお客さまだったり実はするのかと、ここでは。疑問を提示してくださったり、わからないとか、矛盾があるとか、ある種のテクニックが足りないだとか過剰であるとか、このあたりあまり断定的に言われちゃうとおいおいとか思ったりもしますが、でもまあ言い方はともあれ、とてもありがたいおだんごであります。面白いとかつまらないとかいう主観をこえて、ときには内容について、ときには文章について、あるいは客観的で素晴らしきことには文法的な難点や間違いを指摘していただけちゃうこともあり、これらすべて端的にすごくためになります。ずいぶんと学ばせていただいています。多分に感性の違う、つまりもんじゃとは違ったところを掘られている書き手さんの感じ方には、向かい合うことで刺激を受けていますし、もしかしたら刺激を与えることもできているかもしれない、なので言葉を尽くします。
 三つ目のだんごは書き手の感性と響きあう感性をお持ちの、もしかしたら似たようなとこを掘られてるのかな、と思えるタイプの読み手さんで、これはお客さまというより友人みたいなものだと感じています、癒されたり、寛げたりもします、甘えられないけど、でも同業他社との情報交換会程度には打ち解けて失礼でないように感じています。アリアドネの糸さんはこの三個目のだんごな読み手さんであり書き手さんなんじゃないかなとか勝手に感じてたりします。

 というわけで、今回頂戴いたしましたご感想もりんりんと響きました、とてもはっきりときこえています。

>ピースとバイオレンスの対立を描いている作品なのですが

 そうですね、対立というか対置でありましょうか、ピースとバイオレンスは対置されてしかるべきものなれど共存しうるし、フェイズによっては調和さえしうる、みたいな。百八十度の関係性は階段一つのぼれば一体化しちゃうんじゃないかって気がするのです。正反対って実はイコールに近いのかも。

>その両者は両天秤であってはいけないという感じがありました。

 ふむ。響きますね。

>天秤に載せた重しはイコールじゃない。コントラストは作るんだけど適切なグラデーションバランスはちゃんとある。

 コントラストとグラデーションバランス。呑み込めてるのかわからないけど、りんりんしてます。配合のバランス、これって微妙なさじ加減ですよね、ぐっと振っちゃうのか、まあまあそこそこくらいにしとくのか。混じりあってる尻尾をグラデでどこまで伸ばしてどこで消すのか、こういう直観めいた作業は即興に向いてる気がしました、考えてどうこうすべきもんじゃない、書き手を消してなんぼな自律的表現であってしかるべきなのかも。

>暴力が前面で暴れまわっているときには、優しさは死角にそっと潜んでなければならない。

 死角に潜む。ふうむ。

>だからこそのアールグレイなんじゃないかと思います。お茶を飲むというのは陽子が陽子であることの一部のように思いましたし(これは個人的な感じ方かもですが)、そんなふうに陽子と寄り添えているのは、お茶の香りは香ってくるものであって、それ自体の存在を能動的に主張するようなものではないから。

 なるほどです。お茶は香るものであり、自らの存在を能動的に主張してくるものではない。響きますね。ただそこにある、という在り方は、メイドインヘブンな感じがしますよね。

>孤独であり密やかであるところアールグレイは、孤独であり密やかであるからこそ陽子の口からは語られてはならない、というより、語ることができないもののように思います。

 ふうむ。孤独。孤独な紅茶。深いとこで共鳴してますね、正しい角度なのでありましょうね、きっと。

 つづきます。

もんじゃ
KD106154132058.au-net.ne.jp

 つづきました。

>鏡を見るときって自分を見ているのであって、鏡を見ていないですよね。

 はい、これ、むかしよく考えてました、もんじゃも。即物的には鏡を見てるんだけど、自分を見てるんですよね、実際のところ。実際、という言葉が百八十度逆転しちゃいそうな状況でありますよね。そうですね、すごくわかりやすいたとえであるかもしれない。暴力を暴力として読む読み方は、鏡というマテリアルを読む読み方なのかもしれないし、あるいはその真逆なのかもしれない。舌を引き抜くという暴力に違ったフェイズを読む読み方は鏡に映った像を読む読み方なのかもしれないし、あるいはその真逆なのかもしれない。どっちがどっちなのかはわからないけど、鏡と鏡像の関係に両者は似ているかもしれませんね。

>意識化することでかえって顕在化できない状況は存在していて、死角、というのは、例えば、そのようなことを指すのではないかなとか思うわけです。

 なるほどです。そういうことなのかもしれませんね。
 星が好きでよく眺めるのだけれど、淡い星って、見ようとすると見えないんですよね、盲点に入っちゃう。そんなときは周囲を見るといいんですって、ぼんやりと、敢えてターゲットからは視線を外してそれ以外のとこを見る。そうすると見えるんですよ。淡い星も見える。それとも似てる気がするし、むかし流行った立体視みたいなあれにも似てるかもしれない。そのまんまを見たくてそのまんま凝視しちゃうとなんにも見えない、みたいなことって実はいっぱいあるのかもしれませんね。

>ともかく、潜んでいるということが大事な要素のように思えたので、アールグレイについては陽子の視点からは語れないわけで、アールグレイの描写はかけたとして、湯気が立ち昇るだとか、沸かしたお湯をそそぐだとか、陽子からは心理的に離れたものになるはずで、その描写も最小限になるはず(潜むものだから)で、アリアドネの糸は御作のバランス肯定派です。

 風景描写と心理描写と情景描写みたいなのがあるのかな、そんなふうにちょっと読んだのだけれど、紅茶を即物的に描写することはノイズになる気もしますね。情景描写として描くにしても、人外の心とやらをどう紅茶に投影したらよいのやら。そもそも人外だの、海だの、コロナだのに心ってあるんだろうか、という気もいたします。でも擬人化かもしれないけれど、ある、と思って書きたくは思っています、海の気持ち。書くんじゃなくて表すのかな、書かずに周りを書くことで。

>ただ、アールグレイを飲むシーンを書いてもよかったような気がします。ただ、場面展開しちゃうのも蛇足なので。例えば、舎弟との会話のシーンのところにそれとなく入れるとか。

 そうですね、そういうことなのかもしれない、舎弟とのやりとりの中で自然にカップの耳を摘まむ、みたいな扱い方、うーん、いいですね、それがぴしりなんじゃないでしょうか、たぶんそれがいちばん適量な扱い方なのかもしれませんね、即採用されちゃうべきアイディアでありますよね、それ。

>アルーグレイの描写が最初と最後でサンドイッチになっているというのはあからさまに作為的で

 そうかもしれません、赤裸々かも。ちょっと作り物感はんぱないかもしれませんね。

>神様の視点(もんじゃ様の言葉だと海の視点になるのかも)ではなく作者の視点のように思えたので

 はい、ちょっとスキルフルでしたかね、ナチュラルじゃない? 筆先じゃなくてアタマで考えちゃったかもしれませんね。もっともっと書き手を消さないと描けませんね、きっと、海の気持ち。

>“ウソ”のない表現であることを徹底できていないように思いました。

 りんりん来ますね。ウソはよろしくないですね。閻魔さまが突撃してきたらどうしよう!?

>暴力表現が直接的なのは、上で書いたことと表裏一体のように思います。ちゃんと顕在化して、死角に潜んだ優しさを浮かび上がらせるため必然として。

 そうですね、拙作は暴力が主題なわけじゃないけど、暴力というものを直接的に描かないことにはどうにも成立しないなって思います。
 コロナとか、死とか、避けるべき暴力だけど、捉えようによっては優しさでもありますよね、善悪すら超えて。人間は世界を、あまりにも人間的に眺めすぎている。人間というフィルターを通した世界を人間のために描いて満足している。でもそれはもちろん世界の実相なんかじゃなくて、世界の実相っていうのは、もっと数式的に冷たいものなんじゃないかと思います。そんな冷たい世界を愛する存在ってたぶん人外なんじゃないか、とか思うのでありました。人間って醜いよな、とか、人間のくせに、人間嫌いな自分を自覚してもいます。海が好きです。

 つづきます。

もんじゃ
KD106154132058.au-net.ne.jp

 つづきました。

>文学ちっくなアウフーベンとは、死角と友達になることでなされるようにも思ったりします。

 アウフヘーベンっていうのは実は曖昧な言葉のようですね。都知事もなんだか半分自己流で使用されてたみたいだし。もんじゃはアウフヘーベンって言葉を、対立したり葛藤したりしてる角度を一段階上のフェイズで統合的に合一化させる運動、くらいの意味で使用してます。
 死角と友達になる。響きますね。そういうことかと思われます。
 百八十度の関係性は、たぶんきっと、対立→葛藤→自覚って道をたどるんじゃないかって思うんですよ。自覚にたどりつかない対立は単なる小競り合いです。そんなはんぱなぶつかり合いじゃ化学反応なんてたぶん起きません。ぶつかるべきとは徹底的にぶつかるべきだし、わかりあうまでは言葉の応酬を続けるべきだし、向き合うときは百八十度の角度をたがえず正面から向き合うべきで、それが戦争ならばミサイルをうちあうのもやむなし、というか、やむをえないという人間的な価値判断をはるかに超えた上空をミサイルは行き交うんじゃないかと思われます。そうなったらもう我々人間としてはレットイットビーかイマジンでも歌うより他ないわけで、平和っていうのは実は戦争の裏面でもあるな、とか思うんです。せめて人は、人にできることは、ウソをつくまい、ってことだけかと。だからサインドイッチが作為であったならこれは本当によろしくないなあと思います、反省します。

>対立は無自覚のうちにおき、葛藤は自覚とともに進み、融和は無意識のうちになされるのだ。

 おおっと、すぐ下で書かれていたのですね、百八十度がとるべきロードマップ。

>直接的かつ苛烈な暴力表現は、そういう具体性と鮮烈な色を帯びたことでかえって現実感を奪うようなところもあるので

 そうなんですよね、現実感を奪う、そのことでイデアな、なんて書くとまたぐんちゃんあたりが、い~であ~とか、からかってくれそうだけど、実相めいた模様がたち現れてくるんじゃないか、とか思います。

>物語をこえて、対立と融和の世界のあらましを、構造として浮かび上がらせるのに一役買っているようにも思います。

 あらましの構造。構造のあらまし。響きますねえ。

>ここはさすがに個人的かつ飛躍の過ぎる感じ方のような気もしないではないですが。

 いえ、そこは、個人的どころか、集合的なんたらですよ、たぶん、もはや。

>作中のどこかで、一度リアルを振り切るような、それこそ、コントラストをもってダイナミズムを生む表現が必要なのかもしれないと思いました。

 たいへんに同意いたします。日常とか、現実とか、そういった水面から跳ねないと、座頭鯨みたいにジャンプしないと、海も空も描けない気がします、ある種の表現においては、特に。

>「ダイナミックな希求を呼び起こす」というところは、その言葉の響きとともにすとんと胸に落ちるものがありました。

 面白いですねえ、互いに相手の言葉の響きを、電波みたいにキャッチしあいながら、すとんすとんと、たくさんいろんなのを腑に落としてるみたいですね、こういうのって、もんじゃがどこまでキャッチできてるのかわからないけど、ほんとイルカのエコロケーションみたいで面白い。響きをボールにしてテニスしてるみたいですね。バックハンドに来たボールを思い切り空振りしちゃってるかもしれないけど、これからも相手していただけると嬉しいです、壁打ちの何倍も意外なとこに球がくるので、生きてる球がくるので、息切れして酸欠でふらふらしちゃうくらいだけど鍛練になってる気がしますね、かなり深いとこの筋肉が鍛えられてる気がします。ありがとうございました。

ろっく
zaqb4dcea67.zaq.ne.jp

面白かったです。

30分でこの量まとめ上げるのは単純に凄いな、と思いました。
私だとタイピングするだけでもきつそうです~_~;

即興でも相変わらず読みやすかったです。

最近少し思うのが、長い作品だと構成や大まかなストーリー作りはもちろん必要だけど、パーツパーツの部分は考えて書いてもあまり考えずに書いてもそんなに結果変わらないのかなと。(どうせ後で直せるし)
考えずに書くのは真剣に書いてない訳ではなくて、真剣に感覚的に書く、みたいな。

実生活、人生もどんだけ悩んで何かを決めてもそこまで考えずにパッと決めても後々振り返るとそんなに結果変わらないことが多いので、いかに書くかっていうのは即ちいかに生きるかってことだなぁと。

まだまだ試行錯誤中です。

すいません、後半は完全に個人的な独り言でした。

もんじゃ
KD106154132058.au-net.ne.jp

 ろっくさま

 ありがとうございます。
 まずは何より、即興小説なるものをご紹介くださりありがとうございました。
 自分じゃ絶対に書けない、と思っていた即興小説ですが、ろっくさんが書かれたのをいくつか丁寧に読ませていただくうちに、やってみたいという気持ちがふつふつとわいてきて、ふっと風を感じたとき、わっと書いてみたら書けましたね、即興小説。
 非常にスリリングな体験でした。
 次の単語を、次のセンテンスを紡ぎ出すのに一切の躊躇はありませんでした、まさに流れるように、一息で書き下ろす感じ、水流の中をゆく魚になったような気分でした。
 車を運転してるときって、道端にはえてる草の様子とか、ウィンドウを横切った小鳥の姿とか、そういうのがスローモーションみたいによく見えていてびっくりするんですけど、執筆もまた、疾走してるときほど言葉のでこぼこや響きの違和感なんかをセンシティブに感知できるみたいで、書く感覚が鋭敏になってるように感じました。角のない丸い言葉が紡げるみたいな。走ってるときほどよく見えるんじゃないかと思いました。そして、

>どうせ後で直せるし

 まさにこの感覚ですよね、どうせあとで直せるなら、大切なのはむしろ筆の勢いであるかと感じました。もたもたしてたら言葉が逃げちゃう。

>考えずに書くのは真剣に書いてない訳ではなくて、真剣に感覚的に書く、みたいな。

 はい、そうですね、アタマで考えながら言葉を配置するんじゃなくて、流動的に、わきあがってくる言葉の流れに筆先を合わせるみたいな感じでしょうか。何かそのあたりをろっくさん、語っておられましたよね。決めて書かないっていうか、筆に任せる、みたいなこと。その感じ、非常にはっきり体感できました。スポーツに似てるかもしれませんね、飛んでくる球をどう打ち返すか考えるまでもなく打ち返してますもんね、刹那の判断で、テニスなんかも。考えてたんじゃ体が動かない。イメージだけ掴んだらとにかく動いて動き続けるみたいな。身体感覚で書く、みたいなのを味わうことができました。書きながらどんどん次の景色が見えてくるし。その景色を文字に写してゆくだけで忙しい。その忙しさがまた感覚を鋭敏にするような気がしました。

>実生活、人生もどんだけ悩んで何かを決めてもそこまで考えずにパッと決めても後々振り返るとそんなに結果変わらないことが多いので

 確かにそうかもしれませんね、考えたからってうまくいくわけでも、考えなかったからってうまくいかないわけでもなく、人間にはわからない流れみたいなのがある気もします、それにのるか、のらないか、みたいなことなのかな?

>いかに書くかっていうのは即ちいかに生きるかってことだなぁと。

 おおお、即興先生の御言葉、しかと受けとめたく存じます!

 ありがとうございました。

ソップ
115-37-208-130.shizuoka1.commufa.jp

30分で十枚ってどんなんやと思って読ませてもらったら、ちゃんとまとまってる。すげー。気になったところは、時間制限があって書けなかったのかもですが、陽子さん、恭一くんらの人物描写がほぼなくて脳内で映像化し辛かったです。陽子さんぐらいはバックボーンもちょこっとはほしいかなと思います。
アゴ外して舌抜いたら死んでないかな、シルク。えぐいですね。この時の陽子さんはなんか気取った台詞を言ってますが、僕の勝手な希望として、ここは思考より本能的な描写してもらいたかったなーと。残酷極まりなくて世界に全く優しくない描写がほしかったかな。ラストにつながるような。

30分でここまで書けるの凄いです。とてもまねできない。面白かったです。

そうげん
58-191-198-57f1.shg1.eonet.ne.jp

半月くらい前にこの動画を視ておりました。

ぼったくりバーに一人で潜入したらあり得ない金額を請求されて口論になった - 朝倉未来 Mikuru Asakura
https://www.youtube.com/watch?v=PX7lAOg5zeU

令和でもしっかりこういうセカイあるよねと確かめた次第でした。
もんじゃさんの作品を読んだときも、この動画を視てちょっと時間の経ったころだったので、自分としてはけっこうタイムリーだったのでした。

もんじゃ
KD106154132058.au-net.ne.jp

 ソップさま

 ありがとうございます。

>30分で十枚ってどんなんやと思って読ませてもらったら、ちゃんとまとまってる。すげー。

 即興で書いた、という下駄を履かせていただいての評価でありますから、で、ごはんは即興で書くべしだなんて決まりを設けているわけでもないので、なんというか、そうです、カッコ悪いことしちゃったなあ、とも思うけど、即興書きの効能みたいなのをシェアできたらなとかそんなふうにも思ったし、即興で書き上げたものがどう評価されるのかも知りたかった(別の方が別のところで即興で書き上げられたものを何作か拝読してて、その内容の豊かさや文章のいきいきした感じには触れていたのですが)というのもあって、身勝手な感じのことしちゃいました。

>陽子さん、恭一くんらの人物描写がほぼなくて脳内で映像化し辛かったです。陽子さんぐらいはバックボーンもちょこっとはほしいかなと思います。

 はい、重要な脇役、および主人公の描写すら薄い。陽子のマンションの様子もバーの設えのありさまも描かれていない。こういう書き方だと、たいていはすごく観念的になっちゃって、人物も場も記号で、だから読み手は話に入り込めない、って感じになるんじゃないかと思います。その点で拙作はあきらかにすかすかなんだけど、肉のない、理科室の骨格標本みたいなありさまなんだけど、だから不十分な表現なんだけど、自分で今読み返してみて、わりと読めるなと感じるのは、ひとえに、リズムと、ためらないのない筆さばき、つまりはのりみたいなものなんじゃないかな、とか思いました。筆が走ってさえいればその流れに巻き込まれるみたいにして読み手は十枚くらいなら流されちゃうものなのかも、とか思った次第。こんな書き方で何枚書けるのかわからないけど、フィンを履いて二十五メートルを泳いでみたこの感じで、次はフィンを外して、キャラやフィールドの描写とかもちゃんとやりながらもっと長く泳いでみたいと思います。

>アゴ外して舌抜いたら死んでないかな、シルク。えぐいですね。

 殺戮、ですよね、悪人に対するところの大悪人でありますね、陽子は。元総長といえどもこんな人間はあまりいない。やはり陽子は閻魔大王なのかもしれない。

>この時の陽子さんはなんか気取った台詞を言ってますが、僕の勝手な希望として、ここは思考より本能的な描写してもらいたかったなーと。

 終始冷静なんですよね、陽子は。激していない。乱暴な台詞を吐いたりもしてるんだけど、そこに感情がのってない。陽子は現象なんだと思います、人じゃなくて。地震や台風や稲妻みたいな、感情を持たないパワーなんだと思います。現象に本能があるのかわかないけど、大地の裂けっぷりだとか、風のごうごういうさまや、いかづちの色なんかを、人でいうところの本能のあらわれみたいにもっと書き込んでもいいようにも思いました。ご指摘ありがとうございます。

>残酷極まりなくて世界に全く優しくない描写がほしかったかな。ラストにつながるような。

 上記、大地の裂けっぷりだとか、風のごうごういうさまや、いかづちの色なんかの描写ということでありますね。確かにそうかもしれません。

 的確なご指摘に感謝いたします。次回は描写によったものをもっと時間をまっとうに費やして書いてみたいと思います。よろしかったらちゃんと描写できてるかまたチェックしてやってください。ありがとうございました。

もんじゃ
KD106154132058.au-net.ne.jp

 そうげんさま

 URLをありがとうございます。動画観ました。
 美人局やぼったくりバーは椎名誠が書いていたのを読みました。仕事帰りにバスがなくなり、駅前のタクシーロータリーで順番を待っていたら薄幸そうな美人に声を掛けられ、ついていったらぼったくりバーで、払わないと言ったら喧嘩になり、相手の顔面に拳を撃ち込んで猛ダッシュで逃げたら大事な企画書の入った鞄を忘れてきちゃって、二度と行かないと決意したはずの龍の巣穴を翌日のしらけたみたいな真っ昼間に訪ねることになって、そしたら明るい光に照らされて別人みたいに見えるマスターが……みたいな話。
 いまもむかしも男性は美人に弱いし(椎名誠も弱いし)、美人は嘘つきだし、アルコールを出すいちぶの店はそれなりにきなくさいんだなって思います。
 ありがとうございました。

もんじゃ
KD106154132014.au-net.ne.jp

「アールグレイが香ってないよ、アタマとシッポにむりやりとってつけたみたい」というようなご指摘の意味に今、数日おいてから客観的に拙作を眺めていて、おお、と気がつきました、まぬけなことですが。
 アタマとシッポにおいて書き手には、アールグレイのカップを片手に優雅に寛ぐ陽子の姿が見えていたのですが、改めて読み返してみるとそれって「コロナを避けてバルコニーで寛いでいると」ってたったそれだけでしか表されてないんですね、これは確かに不親切であります。
 というわけでご指摘いただきましたことの一つ、アールグレイ問題について書き直してみました。あんまりアタマを重くしちゃうとこれも尺に対して不恰好になっちゃうから、このくらいかな、ってあたりにおさえてみました。
 あともう一つ「描写が薄いかも」ってご指摘に対しても、陽子や恭一の姿やバーやバルコニーのしつらえなど目に見えるものの描写をほんの一ラインずつ程度だけど増やしてみることで向かい合ってみました。それだけでだいぶん違うように感じられました。
 あとは、性犯罪者ふうの顔、みたいなあたりのしつこさを薄めたり、誤字脱字を訂正するなどのマイナーチェンジにもつとめてみました。
 ちょっとお行儀がよくないけれど、みじかい話でもあることですし、この感想欄にて改変したものを発表してみたいと思います。
 ご指摘に納得できないまま首をたてにふるんじゃなくて、わからない点には何がわからないのかを述べたてて、またその発言に対しての意見をうかがい、考えて、数日寝かせてから見えてくる、みたいなことがあるようです。言葉を尽くしてくださったかたがたありがとうございました、十分な出来ではないけれど、ご指摘を自分なりに取り入れたものを以下に晒します。


『アールグレイ(十枚)』

 紅茶はやっぱりアールグレイ、穏やかな気持ちになれる、世界に優しくなれる、そんな気がする。
 十三階のバルコニーから昼前の街なみを眺めていたらチャイムが鳴った、続けて何度も鳴った。ティーカップの耳に掛けていた指が固まった、引き金を引くみたいに。
 バルコニーを出てリビングの壁に向かった。モニターを覗くと懐かしい顔があった。
「陽子さん、いませんか?」
 かつての舎弟の恭一だった。ロックを解除し、部屋にあげ、ソーシャルディスタンスを保ったソファで向かい合った。彼にもアールグレイを勧めた。
「てなわけで十万円もやられたんですよ、俺ってばアホだから」と恭一は言った。「あのぼったくりバー、絞めてやってくださいよ、お願いしますよ」
 自粛もしないでバーになんて行くからだ、と冷ややかに思いながらも話を聞いた。
 シルクが悪いんだ、と恭一は言いつのった。立たせた襟が、悪魔の耳みたいに尖っていた。
 ティーカップが空になるころ正午を知らせる鐘の音が響いた。
「じゃあキミはそのシルクとか名乗ってる女に騙されてたってこと?」
「悔しいです、俺本気だったんです」と言いながら恭一は野良猫みたいにこちらを睨んだ。
 睨まれましても、と呆れた。誘惑して騙してぼったくりバーに連れ込む……、昔からよくある手口じゃないか、そんなのに引っ掛かるようなタマだったっけ?
「シルクったら俺のこと、なんだかんだ言ってけなすんです、口が大きすぎるだとか、耳の高さが左右で違うだとか」
「それってむしろやなやつじゃん?」
「でも散々けなしたあとで言うんです」
「なんて?」
「そこが好き、って」
 ふうん、と思った。確かにいやな女だ。
「自粛生活にも飽きてきたとこだから」と野良猫に向かって眉を開いて見せた。「とりあえずキミ、シルクとやらに電話してバーに呼び出しなよ、で、行けなくなったって後から電話したらいい」
「陽子さんは?」
「代わりにぼったくられに行ってあげる」
 というわけで話はまとまり、男もののシャツとパンツと、だて眼鏡とキャップとそれから口ひげを買った。
 キャップをまぶかに被った姿を鏡に映してみると、たっぱも十分にあることだし男にしか見えなかった。
 マスクをつけて、夕方のまだ早い時間にバーを訪ねた。
「いらっしゃいませ」とマスクもせず性犯罪者みたいな顔を晒しながらバーテンダーが言った。
 無言で腰掛けた、三つほど隣にいるシルクを横目で観察しながら。
 シルクの電話が鳴った、恭一からだろう。
「え、来られないって、なんだよ、あ? 親がおっちんだ、んなこと知るかよ、クソヤロウが!」
 見た目はまあまあ見られなくもないのにずいぶんと汚い言葉を吐くじゃないか。
「何をお飲みになりますか?」とバーテンが言った。
「アールグレイ」と、壁に掛けられたサーフィンボードふうの飾りに向かって応えた。
「紅茶はお酒じゃないんで」
「じゃあ、シメイのブルー」
 シルクは電話を切ってこちらを見た。新たな獲物を求めている。
 少しシャイな感じで微笑み返し、それからぎこちなく視線を外してみた。
 簡単に釣れた。
「お兄さん、見ない顔だね?」
「はい、初めてなんです」
「そう? あたし常連、ね? マスター」
 バーテンが片手をあげるようにして応えた。
「一緒に飲まない? クソブサブタダサオトコの親がくたばっちゃったみたいで、あたしってばヒマになっちゃったんだ、おごってくんない?」
 クソブサブタダサオトコ? 早口言葉か?
「いいですけど……」と返してやる。
「うわおわお、やったー、うれしい」と言いながらシルクは隣に来た。ソーシャルディスタンスも何もあったもんじゃない。
「お兄さん、カッコいいね、オスカルさまみたい、あたし好きになっちゃうかも」
 恭一のことはけなして落としたくせに、と思った。いろんなやり方があるらしい。
 シルクはシャンパンを飲み干し、フルーツの盛り合わせを平らげてからナチョスとナッツとピクルスとオイルサーディンとマルゲリータピザを頼んだ。

もんじゃ
KD106154132014.au-net.ne.jp

「お兄さん、名前なんていうの?」
「名前なんて意味ないでしょう?」
「どっから来たの?」
「あなたの知らないところから」
「ほんとに一人なの?」
「そうですよ、一人で来ました」と言ったらなんだか急に馬鹿馬鹿しくなってきたのでさっさとバーテンに告げた。「そろそろ帰ります、お会計してください」
 店の空気が変わった、パチンとスイッチを押したみたいに。
 三十万円、と書かれた紙切れを突き出してからバーテンはアイスピックで氷を砕き始めた。
 三十万か。これをどう捉えたらよいのやら?
「なんで三十万円?」と尋ねてみた。恭一より三倍ほど金持ちに見えるのかしらね?
「正規の料金ですよ」
「正規ってなんですか?」
「うちの決まりだってことです」
「おたくの決まりなんて知ったこっちゃないですよ?」
「ATMまで付き添いましょうか?」
「払いません、と言ったら?」
 ざくり、と氷が削れた。「少しだけ痛い思いをしていただかなくてはなりません」
 だっさ、と思った。
「こんなふうに?」と言いながらカウンターの向こうのアイスピックを奪った。取り返そうと伸ばされた手を掴んだ。イカの足みたいにもがく手をカウンターに叩きつけ、ピックで突き差した。
 気持ち悪い声が響いた。
「ケーサツ、ケーサツ呼ぶからね!」とシルクも無駄に叫びやがる。
 うるせえよ、バカ女、その口で恭一にウソ八百の毒吐き散らかしやがって。
「あたしは知らないよ、単なる客なんだから!」
「嘘つきめ」
 シルクに向かって歩んだ。
「頼まれてしただけだよ、逆らえなかったんだ!」
「大嘘つきめ」
 壁に追い詰めた。
「なんだよ、何する気だよ!」
「その汚ならしい口きけねえようにしてやる」
「おまえ、何者なんだよ!?」
「閻魔大王さまだ」
 神奈川南部連合の元総長でございます、だなんて言えない。
「ちっくちしょう! ふざけんじゃねえぞ、上にちくるからな、上に言ったらおまえなんてお台場に沈むことになんだかんな!」
「言えねえようにしてやんよ」
 シルクの口に指を入れた。右手で上顎を、左手で下顎を引っ張ると、かくんと漫画みたいな音がして簡単に外れた。力を込めてさらに引っ張る。
 突き出された舌が長い。人間の舌ってやつはこんなにも長いんだ、と毎度のことながらびっくりする。
 その厄介なものに爪を立て、力任せに引っ張り出す。
 暴れる腹に蹴りを入れ、大人しくさせてから引きちぎった。
 フロアが赤黒く染まる。
 ぬるぬるした床に足をとられないよう気を付けながらカウンターに戻り、突き刺された手の横に万札を二枚ほど並べてやった。
「釣りはいらねえよ」
 性犯罪者ふうのバーテンが鬼を見るような目でこちらを睨んだ。その頬を平手でぱちんとはたいてやった。
「おまえも女もちゃんとマスクしろよ? このご時世にマナー違反だぞ?」
 まあ飲み食いするのにマスク外さないわけにもいかないけどな、ソープに来といてパンツ脱がない客みたいなもんだからな、それじゃ。
 シルクのとこに戻り、男もののシャツの胸ポケットに入れていたマスクを出して付けてやった。あっという間に着色してゆくマスクを眺めていたら気分が悪くなったので、もう一発腹を蹴り上げてそれから退散した。
 家に帰ったら紅茶を淹れよう。
 紅茶はやっぱりアールグレイ、穏やかな気持ちになれる、世界に優しくなれる、そんな気がする。

恵 幸人
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激しい脱力感に襲われました。

もんじゃ
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 恵 幸人さま

 すみませんでした。

もんじゃ
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 恵 幸人さま

 追伸というか、本返信となります。
 先ほど、すみませんでした、とだけ即興で返してしまったのですがそれではかえって失礼にあたるかと思い改めて言葉を尽くします。
 恵 幸人さんからちょうだいしていたアイディア、
>あり得るかもしれない話にするための方法を考えました。シルクから連絡があった事にするのです。
「こないだはゴメンね。いつもはぼったくるようなマスターじゃないんだけど、コロナのせいで売上が減ってお店のテナント料が払えなくなって、お店潰したくないからどうしてもお金が必要だったんだって。でもアタシが猛抗議して『もうあんたの店なんか行かない!』って言ったら泣き付かれてさ。『じゃあぼったくったお金、彼に全額返して謝んなさいよ』って言ったらOKだって。だから二人で取り返しに行こうよ」←もちろん嘘で、またぼったくるつもり。
 それで舎弟は元総長の主人公を訪ねて、バーのマスターとシルクの成敗を依頼するという流れ。
――に対して、
>ご指摘いただいたこの展開が非常に合理的でありますので、そうか、そんじゃそう直してみるかな、と、あっさり思い直しました。アイディアをありがとうごさいます。
――と返しておきながら、今回の改訂版にはそれを反映できずすみませんでした。
 一つには単なる力量不足ゆえに簡単に直せると思った作業が実は難しかったことを知ったためですが、今一つにはちょうだいしたアイディアを盛り込もうとするとそこだけ塗りが厚くなってしまい全体のバランスが悪くなりそうで、だからといって他のほうをこの部分に合わせようとすると全体の尺を感覚的には三倍程度には伸ばさなくてはならなくなり、そうなるともはや即興小説の体は失われ普通に新たに短編小説を書き上げるのと変わらなくなってしまいそうなため今回のマイナーチェンジでは見送らせていただいた次第です。
 そうすればよりベターだとわかっていてもトータルな事情でそのようにしなかったのでありました。
 また、他のかたよりいただいたご指摘に関しても、例えば、ラストのアールグレイが作者の意図に基づきすぎていて自発的でないのでは? というようなご指摘をいただいており、それに対して、そうですね、と返しておきながら今回ラストをいじっていなかったりもします。こちらはなぜかというと、同じかたのご指摘に基づき、冒頭のアールグレイをやや濃いめに淹れたら、そしたらなんだかラストのアールグレイもしかるべき受けになっているような気がして、なので別エンディングを導入するのはやはり大手術になってしまいそうだったこともありそのままにいたしました。
 というような感じでありまして、ご指摘単体については同意、されど全体のバランスの中では見送り、みたいな判断をさせていただいています。
 いちど枠組みを壊していちから建て直すような工事をするなら、同意させていただいたアイディアを残らず組み込ませていただくのですが、今回は即興小説という枠組みを活かしたマイナーチェンジにとりあえずとどめさせていただきました。
 これだけでもいくぶんかよくなったような気がしているのですがいかがでしょうか?
 ともあれ、脱力させてしまいすみませんでした。失礼いたしました。

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