作家でごはん!鍛練場
恵 幸人

一人の時、聴こえる囁き(7枚)

 お前、アイツ嫌いだよな? だってアイツは今やもう、手の届かない所にいるからなあ。逆立ちしたって敵(かな)いっこないもんな。お前とつるんでる奴らもみんな、アイツの足元にも及ばないだろ?
 そーんな怖い顔すんなよぅ。

 アイツが流れ星のようにきらきらしながら現れたとき――。覚えてるだろ? 強烈な印象だったよな。端整でスタイリッシュで、隠しようのない育ちの良さが匂い立ってて、それでいて気取ってなくて、ウィットに富んだトークで人を愉しませる事ができて……。
 だけどみんなで、「お前さ、ここがダメなんだよ」、「あー、ここもダメだな」なんてダメ出ししながら、ちょっとイイ気分だったよな。『才能があるからって調子には乗らせねーぞ』って牽制しときたかったんだよな?
 それでもアイツはふてくされたり落ち込んだりせず、みんなのアドバイスに感謝しながら謙虚に耳を傾け、すぐに改善し更に腕を上げた。それだけに留まらず、アイツはみんなのミスやエラーをさりげなくフォローして、それを恩に着せたりもしないイイ奴だった。
 だから尚のこと、癪にさわったんだよな。『コイツがイヤな奴なら、思い切り軽蔑してやる事ができたのに!』って。
 しばらくしてアイツが姿を消したときは、目の上のたんこぶの腫れがすっかり引いたみたいで、お前せいせいしたろ。もう、劣等感に苦しまずに済むんだからなあ。アイツが目障りだったんだろう?

 頭の中を占める、アイツという存在の割合が少しずつ小さくなって、みんなと楽しくどんぐりの背比べをしていた頃、突然飛び込んできた忌まわしい報(しら)せ。アイツが小さな成功を収めたっていう報せを受けたとき、お前は目の前が真っ暗になった。
 次にお前を襲ったのは、激しい怒り。「あんなの全然大した事ない!」ってムキになって否定してたな。お前はまだ何の成功も収めてないから、負け犬の遠吠えだ。「ふーん、別に大した事じゃないだろ」って必死で平静装ってる奴もいたっけ。
 アイツは大きなステージで、ファンや仲間たちから寄せられるたくさんの言葉の中から真に役立つ意見を見極め、積極的に取り入れて自らの血肉とし、着実に力を付けてステップアップしてたんだ。お前がぬるま湯のような小さなステージで、どんぐりたちと楽しく背比べしてる間に。
 どんぐりの背比べなら、『ちょっと頑張れば追い越せるかも』って望みもあるけど、アイツとお前たちの実力には、雲泥の差があるもんな。今じゃすっかり水を開けられて、どうあがいたって追い越すどころか追い付くこともできない。だからもう今さら、『頑張ろう』『努力しよう』っていう気にもなれないんだろ?
 うんうん、そうだな。負け戦なんかしたくないもんな。だって確実に負けるし。でも悔しいから負けを認めたくないし。アイツの引き立て役なんて、真っ平ごめんだよな? そうだよ、頑張ったって無駄無駄! 努力するだけ時間と労力の無駄なんだよ。

 だけどあの報せを受けてからと言うもの、ネットを見るたびにアイツの活躍ぶりが目に付いちまう。もう目障りで目障りでしょうがない。『無視しよう、無視しよう』と思っても、どうしても気になって読んじまう。読むたびに実力の差を思い知らされ、劣等感にまみれ、惨めになる。自分を惨めな気持ちにさせるアイツが、憎くて許せなくなる!
 日中はアイツの事なんか考えないように忙しくしてるけど、夜一人で部屋にいるとアイツの事を思い出す。思い出すたびに悔しくて悔しくて、腸(はらわた)が煮え繰り返る。そしたらもう憎くて憎くて、一緒にアイツを叩いてくれる同志を一人でも集めようと、夜ごとアイツを呪う言葉を打つしかなかったんだよな?
 だからお前は必死でアイツのアラ探しして、やっとみつけた取るに足らない小さなアラを嘲笑った。他には、犯罪行為でも迷惑行為でも間違いでもなんでもないアイツの行為を、まるで問題行動であるかのように論(あげつら)って非難した。「アイツが赤の他人の犯した小さなミスに気付かなかった」って事を、鬼の首でも取ったかのように騒ぎ立てたんだ。
 考えてみればおかしな話だな。ミスをしたのはアイツじゃないのに。ミスした奴を非難せず、仲間でもライバルでもない赤の他人のミスに気付かなかったアイツを非難するなんてな。
 だけど安心しろ、そんなのお前だけじゃない。悪くもなんともない奴を悪く言うのは、ほとんどの人間がする事だから。ああ、本当だ。そうか、安心したか。ふっ、ようやく笑ったな。
 …………ところでアイツまた、別のステージで実力と才能を認められたらしいな? そして今夜もお前は、アイツを呪う言葉を打ち込んだ。憤怒と憎悪に顔を歪ませて。
 コミュニティ内のリア充や芸能人のSNSをチェックしては、裏サイトやネット掲示板に誹謗中傷を書き込むのと同じだよ。ほんとは羨ましくて妬ましくて仕方ないんだろ? みーんなそうだからぁ……、安心しろ。
 
 だが一定数、人を羨んだり妬んだりしない人間もいる。それは、いろんな物に恵まれてる奴らだ。お前やお前とつるんでる奴らが、砂漠で水を探し求める旅人のように渇望してるのに、どうしても手に入れる事のできない素晴らしい物……。それを奴らは持ってるんだ。
 だから奴らは、誰のことも羨んだり妬んだりしない。そんな醜い感情とは無縁な人間も、この世の中にはいるんだぜ? 例えば、お前の大嫌いな「アイツ」がそうだ。

 ははははは! 悔しいだろう? そうだ、もっと妬んで憎んでやれ。いいぞ! もっとだ、もっと! 
 おっと、時間が来たようだ。次に行かないと。なあ、お前。これからもその調子で、しっかりやれよ? じゃあな。

――――男に囁(ささや)いていた声は、外の闇へと遠ざかる。その囁きは夜の闇に吸い込まれ、もう男の耳には届かない――――

 人は妬まれれば妬まれるほど、ますます恵まれて幸せになる。そして人は妬めば妬むほど……、クックックッ。
 不幸な人間が増えるって、たーのしーいなーあ♪
 これだから、「囁き」はやめられない…………。

一人の時、聴こえる囁き(7枚)

執筆の狙い

作者 恵 幸人
79.201.49.163.rev.vmobile.jp

 ラジオドラマで滝藤賢一さんが囁いてると想像しながら読んでください。苦しんでいる人たちのために書きました。表現したいものは、苦しむ男の感情です。「声」を通して語られる男の心情が生々しく感じられ、今どんな表情をしているのか想像できるようにと頑張ってみました。 

コメント

恵 幸人
79.201.49.163.rev.vmobile.jp

タイトル間違えました……。「聴こえる」ではなく「聞こえる」でした。

もんじゃ
KD106154132228.au-net.ne.jp

 恵 幸人さま

 拙作へのご感想をありがとうございました。御作拝読しました。

 読みやすく、わかりやすい文章でした。

 声を媒介に表された男の心情も大変にわかりやすく丁寧に描かれていたと思います。

 書き手の語りたいことがなんであるのかまではわかりませんけれども、登場人物の思いは十分に伝わってきました。

 ごはんの中における書き手さんの立ち位置がどのようなものであるのか存じていませんし、そのようなことに作品がどう関係しているのかいないのかわかりませんが、なんとなく、ごはんで生じているなんらかのかたちを揶揄しているのかな、とも感じられました、勘違いかもしれないけれど。

 以上、あんまり役に立たない感想かもしれませんが書かせていただきました。

恵 幸人
39.231.214.202.rev.vmobile.jp

 学齢期の少年野球・少年サッカー・スイミングスクール・お絵かき教室・子役養成所・ダンススクール、社会に出てからの芸人養成所・俳優養成所・声優養成所など。夢追い人たちのほとんどは敗れ去っていきます。デビューできる人間はほんの一握り。デビューできても喰っていけるほど稼げない。一発屋にすらなれない。自分には才能がないと薄々気付いていても夢を諦めきれず、才能のある者を憎悪する。
 これまでかけてきた時間や金額が大きいほど簡単には諦められない。これまでの出費・犠牲・努力が全部無意味だったと認めたくない。引くに引けない。でも才能がない。そんな彼らの苦しみを書いてみました。
 具体的に書かなかったのは、読み手一人ひとりが自分の人生に照らし合わせて思い浮かぶアイツがいろいろいるだろうと思ったからです。アイツはピアニストだったりイリュージョニストだったりコメディアンだっりバレエダンサーだったり棋士だったりスポーツ選手だったりするかもしれません。アイツはまだ夢の階段を夢中で駆け上がっている最中なのかも。コンクールや試合で賞を獲ったり、国体選手だったりオリンピック選手だったりとか。
 アイツはもはや、かつてのどんぐりたちにどう思われるかなんて気にしていません。意識は常に未来に、高みに向いていますから。
 妬まれて殺害予告されて迷惑をかけられても、プレッシャーに負けずプロとして更に素晴らしい成績を収めることもできます。未成年でも。

恵 幸人
115.198.214.202.rev.vmobile.jp

もんじゃ様

 ご感想ありがとうございます。「読みやすく、わかりやすい文章でした」「男の心情も大変にわかりやすく丁寧に描かれていた」とのことで、一安心です。そのように書こうとしたつもりでしたので。
 自分では書けたつもりでも、ちゃんと読み手に伝わるように書けているのかどうかがわからないので、第三者のご意見はとてもありがたいです。

大丘 忍
p1793091-ipngn200202osakachuo.osaka.ocn.ne.jp

なるほど。ある種の社会ではそんな感情もあるんですね。まあ、そんな社会と無関係だった私は良かったと思いますね。

たまゆら
p1817002-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

せっかく丁寧な感想を頂いたのに、感想を書くか迷いました。というのも私には難解すぎて何を言いたいのか読み取れなかったからです。
最初は仲間を慰める囁きかと思いましたが、ラストで本性を覗かせる。この辺りの心理の操作は巧みだと感じました。ですが共感する場所を探せませんし、結局読後感もよくありませんでした。

皆さん以外の人類
124-18-26-79.dz.commufa.jp

今日、恵さんにコメントして頂いた者です。ありがとうございました。この小説を読んで恵さんが心情変化をとてもお上手に描かれる人なのだなと思いました。感情の色や囁かれているときの主人公の表情は書かれていないのに目に見えるようでした。また、自分が囁かれている感覚になりました。長い人生の中でこの小説に描かれていることは天才以外のほとんどの人が経験する感覚だと思います。本気になっているからこそ、人間としての道徳を脱ぎ捨ててでも自分のほうが勝っていたい。でもそれに全く意に介することのない天才。いやになってしまいそう。それでも今日を生きる。この作品を読んでかれこれ30分程考えが止まりません。私の解釈は恵さんのものとはずれてしまっているかもしれません。でも、素晴らしい作品だと思います。心情変化の描き方を恵さんの作品で勉強していきたいです。ありがとうございました。

恵 幸人
163.207.49.163.rev.vmobile.jp

大丘 忍様
>ある種の社会ではそんな感情もあるんですね。まあ、そんな社会と無関係だった私は良かったと思いますね。

 幸せな人生でしたね。


たまゆら様
>私には難解すぎて何を言いたいのか読み取れなかったからです。
>共感する場所を探せませんし、結局読後感もよくありませんでした。

 上の大岡さんと同じく、多分幸せに生きてこられたんでしょうね。一生、こんな作品に共感できないほうが幸せだと思います。

恵 幸人
163.207.49.163.rev.vmobile.jp

皆さん以外の人類様

>感情の色や囁かれているときの主人公の表情は書かれていないのに目に見えるようでした。また、自分が囁かれている感覚になりました。

 リアリティーのある作品に仕上がっているようで良かったです。

>長い人生の中でこの小説に描かれていることは天才以外のほとんどの人が経験する感覚だと思います。本気になっているからこそ、人間としての道徳を脱ぎ捨ててでも自分のほうが勝っていたい。でもそれに全く意に介することのない天才。いやになってしまいそう。それでも今日を生きる。

 男の苦しい心情が表現できていたようで良かったです。

>この作品を読んでかれこれ30分程考えが止まりません。

 読者が読み終えて『ああ面白かった、スッキリした!』と思える作品も良いのですが、それだとすぐに忘れ去られます。読者が読み終えてから考え込むような作品も書きたいと思っています。いつまでも心に残るような、人生観の変わるような、また読み返したいと思えるような。何か読者の心に爪跡を残せるような作品が書ければ作家冥利に尽きます(トラウマを与えるという意味ではなく)。

>私の解釈は恵さんのものとはずれてしまっているかもしれません。
 多分、合ってると思いますよ。(^_^)
 実力の世界では、努力だけではどうにもならない。努力してるのに報われないと不当な仕打ちを受けているような間違った被害者意識が生じ、努力が報われた成功者を憎悪する。そんな自分が惨めになる。そんな男の苦しみを表現したかったんです。逮捕される可能性もある加害者なわけですが、彼はとても気の毒です。彼を「悪人だ悪人だ!」と糾弾したいわけではありません。
 旧約聖書の創世記に登場するカインは、なんの落ち度もない弟アベル(模範的行いにより神に是認された義人)を妬むあまり殺してしまいました。しかし神は弟殺しのカインを哀れみ、罰するどころか保護しました。罪には罰が必要ですが、同時に哀れみも必要です。厳罰に処するだけでは悪の芽は根絶できません。
 本作には哀れみ深い神は登場させず、妬みを増幅させて人を不幸に陥れようとする悪魔を登場させました。その方が物語として効果的だろうと思ったからです。
 神を登場させるなら、「こんな神を崇拝しなさい」という説話になってしまいます。でも悪魔を登場させるなら、『悪魔の囁きにそそのかされて自ら不幸に陥ったりしないぞ!』と読者自身が気付きを得られる訓話になるかなぁ、と。
 説教話って、わかりやすいけどつまらないし、不快になりがちですよね。上から物を言われてるみたいで。だけど読者自身が気付きを得られるなら、誰かに強要された事ではないので行動に移しやすいと思うんですよ。心が変われば自ずと行動も変わります。だけど誰かから命令されても、本人が内心反発を感じているなら行動には移しませんよね。
 そういう人間の心理を踏まえて、こういう構成にしてみました。

5150
adsl-ull-8-58.46-151.wind.it

 >>実力の世界では、努力だけではどうにもならない。努力してるのに報われないと不当な仕打ちを受けているような間違った被害者意識が生じ、努力が報われた成功者を憎悪する。そんな自分が惨めになる。そんな男の苦しみを表現したかったんです

と書かれています。
けっこうな数の人が、努力って、やった分だけでもいつか自分に返ってくると思っている人が多いようです。ですが、努力というのは、正しい方向性に向いていなければ、報われる日はこないということをわきまえている人って、案外少ないような気がします。これって、同じことをやっていても気がつかないでいると、もう何十倍にも差になってくるような気がします。

で、あいつが成功する。ちゃんと見ても、自分と大差ないように感じる。実際はそうかもしれない。ほんの些細な差でしかない。マラソンでいえばほんの一分ほどの。でも、そのわずか一分ほどの間に、かなりの人がいるんですよね。

むしろ、成功して一線を越えることができた人ってのは、往々にして飄々としていたりする。やるべきことを正しい方向で努力してきた癖がついているので、がむしゃらじゃないんですよね。むしろ、飄々としてオーラのようなものを身につけたものだけが、多くの人に認められてゆく。有無を言わさず他人を動かしてゆける。がむしゃらにやった人はその時よくても、上を見ていないのでいつか脱落してしまう。

ああ、御作を読むといろんなことを考えてしまいます。単なる独り言を失礼いたしました。

恵 幸人
138.178.138.210.rev.vmobile.jp

5150様

>努力というのは、正しい方向性に向いていなければ、報われる日はこないということをわきまえている人って、案外少ないような気がします。

 ダイエットにしてもそうですね。本人は『こうすれば痩せる!』と思い込んで毎日実践してる事(飢えの極限まで我慢しては大量に一気食い)が、実はより一層太る努力に過ぎないという事があります。それをどんなに論理的に説明されても否定し、おかしなダイエット(飢餓状態で大量一気食い)を続けるからますます太って、「こんなに努力してるのに全然痩せない!」とブチ切れたり逆恨みしたり。こういう人は一生痩せません。
 努力の方向性が間違っている限り、目標はクリアできず目的は達成できず夢は実現しませんね。むしろますます夢から遠ざかるばかりです。気の毒ですが自業自得です。真に役立つアドバイスに耳を傾けなかったのは自己責任ですから。
 基礎あっての応用なので、基本に忠実に。そこに独自のアイデアをプラスしてオリジナリティを出す。だから替えのきかない唯一の存在として注目されるんです。基礎もないのに出鱈目な事をしても世間では通用しません。一生どんぐりのまま発芽しません。
 ダイエットで例えるなら、正しいダイエットの知識もないのに飢餓状態で大量一気食いを続けても、誰からも「痩せた」とは認められず一生涯デブのままですね。


>成功して一線を越えることができた人ってのは、往々にして飄々としていたりする。やるべきことを正しい方向で努力してきた癖がついているので、がむしゃらじゃないんですよね。

 飄々としていてクールに見えたりおっとりしてるように見えたり、「俺が俺が!」とガツガツしてないから、努力してないように見えますね。
 だから、「アイツは天才(元々才能があるから努力は不要)だから」「全然努力してないのにズルい!」「裏で汚い手を使ったに違いない」「賄賂贈って賞をもらったんだろ」「権力者に取り入って便宜を図ってもらったんでしょ」「親のコネでも使ったんだろ」などとどんぐりたちから中傷されがちです。


>ああ、御作を読むといろんなことを考えてしまいます。

 そんな作品(読後に考え込むような作品)を書きたかったので目標はクリアできたようです。


>単なる独り言を失礼いたしました。

 率直なご感想ありがとうございました。とても嬉しいです。

ご利用のブラウザの言語モードを「日本語(ja, ja-JP)」に設定して頂くことで書き込みが可能です。

テクニカルサポート

3,000字以内