作家でごはん!鍛練場
ミライ

他人の命

 古びた銘板をかかげる校門の前に、事務机で作られた簡素な献花台が設けられている。そこには淡く優しい色の花束が絶え間なく積まれており、私が大学に行くたびに供物の数は増していく。赤いコーラの缶やギターのピック。故人の似顔絵。誰かの偲びが、生々しくいつもそこにあった。
 同じ大学の男子学生が二週間前に事故で死んだ。大学を出てすぐの大通りで、横断歩道を渡っていたところを撥ねられ、即死。歩行者信号は青で、大型トラック運転手の居眠りが原因だったらしい。大学内はしばらく悲しみで溢れていた。だが、私には他人事で事故のことなど早く風化してしまえばいいのにとひそかに思っていた。
 烈日が差し込む献花台に、私は怖いもの見たさで歩み寄る。ひときわ目立っている赤いコーラの缶を手に取ると、そこには誰かの字で〈絶対に忘れないよ〉と書かれていた。

「凛」

 突然、後ろから肩を叩かれ、驚きで両肩がはねる。

「なんだ、舞香か」

「ごめん。驚かせちゃった?」

 舞香は同じ学部の友人で、昨日の夜に三限の授業を一緒に受けようとメールで約束し、校門の前で待ち合わせていた。

「ううん、平気。ちょっとぼうっとしてただけ」

 舞香の髪色が四日前に会った時より明るくなっていて、きな粉のような色をしている。

「もしかして染谷君のこと考えてた? ……死んじゃったなんて信じられないよね」

「あぁ、うん」

 死んだ学生の名前が、染谷だということを私は初めて知った。

 人類学を受けるために、私達は講堂に入った。授業の合間に舞香が話したいことがあると言うので、死角になりそうな席を選んで座った。

「話って何?」

「私さ、福祉の会社に就職が決まったでしょ。それで会社から夏休み中に、ボランティア活動を経験しておくようにって言われてるの」

 講義を進める教授を警戒しながら話す舞香の姿は、獲物を探すミーアキャットのようだ。

「あぁ、それで私を誘いたいわけね?」

「さすが凛様、話が早い。しかも、このボランティア、楽なのに人生観が変わるって噂があってさ、ちょっと面白そうじゃない?」

「まぁ、面倒くさくないなら、別に一緒にやってもいいけど」

「ほんとに?」

「うん」

 楽なのに人生観が変わるなんて胡散臭いと思うが、そもそもボランティア活動に偽善性を感じている私にはどうでもよいことだった。

「凛、ありがとう。今度なんか奢るから」

 日時にも都合がついたので、私はそのまま約束を交わした。

 ボランティア会場は、バリカンで刈った頭のような丘陵にあった。見渡すかぎりの芝生に白い建物がぽつんと建っていて、マイナスイオンを独り占めしているみたいだった。
 中に入ると四方を白い壁に囲まれた空間に、二十人ほどが集まっていた。左隣の席で舞香はしきりに緊張すると独り言ちていた。ホワイトボードの前には、温厚篤実を座右の銘にしてそうな男が座っており、九時になるとその男が進行を開始した。

「えぇ、本日はお集まりいただき、ありがとうございます。わたくしボランティアサポーターの増野健一と申します」

 電話口なら女性と聞き違えるような声をしている。

「今から皆さんにゲーム機を配りますので、お一人ずつお取りください」

 他人と以心伝心するなんて思っていないが、ゲーム機という言葉には誰もが疑問を抱いているはずだ。回ってきた黄色のかごには、一昔前に流行した長方形のゲーム機が入っており、私達も手に取った。

「行渡ったようなので説明致します。このゲーム機、見覚えがある方もいらっしゃると思います。遊ばれなくなってしまった古いゲーム機を当社で買取、改良し、ゲームソフトを内蔵させました。皆様にはこれで二時間、遊んでいただきます」

 各々が連れ合いと顔を見合わせている。ゲームを起動させれば画面上に遊び方の説明も出るらしく、司会の男は説明することは特段ありませんと言った。操作方法で分からないことがあれば、挙手して下さいと言うと、首を回しながら椅子に戻った。
 参加者は同年代しかおらず、操作に手こずる人もいないようだった。目立ちたくないからか、これのどこがボランティアなのかを質問する者もいない。
 ゲームを起動させると映像は白黒で、安っぽさを感じた。作物を育てたり、家畜を飼ったり。いわゆるスローライフゲームのような作りだった。すぐに飽きてしまうようなクオリティで、私と舞香はゲームよりも口ばかりが進んだ。前に座る赤い眼鏡の女に私は何度か睨まれたが、聞こえるように感じ悪いと言ってやった。
 監視しているだけなのに、よく居眠りをしないでいられたなと感心する。少しは賑やかになった会場に、男が終了の合図をした。

「皆さん、ご協力ありがとうございました。時間になりましたので、ゲーム操作をおやめください。使い終わったゲーム機は回収させていただきますので、先ほどと同じく回ってきたかごにお戻しください」

「楽だったのはいいけど、会社になんて報告しよう。これで終わりなのかな?」

 舞香は参加を課せられている分、腑に落ちない顔をしている。

「参加の義務は果たしたんだし、別にいいんじゃない?」

 回収が終わると、男がマイクを口につけたまま咳払いをした。

「それでは本日のボランティアの成果を、別室でご覧いただけますので、呼ばれた方から私についてきてください」

 まず前列の五人が呼ばれ、その中にいた長身の男二人組がなんだろうねと笑いながら後をついていった。
しばらくして戻ってきた二人の顔には、ほほ笑みどころか生気すらも失われていた。他の三人もまた顔色が悪く、まるで通夜の参列者のようだった。帰ってきた人はみな荷物を持ち、そそくさと教室を出ていってしまった。

 ようやく私達が男に呼ばれた頃には、残る頭は五つだけになっていた。別室に移動してもまた白い部屋で、違うのは狭いことと一人ずつ閉じ込められたことくらいだった。 「これが本日のあなたの成果です」と、どこからともなくアナウンスがあり、壁が一瞬にして無色透明に変化した。それだけでなく目の前に広がる景色は、建物を取り囲んでいたはずの芝生ではなく、乾ききった土だった。

「なにこれ……」

 遠くには頭にバケツをのせて歩いてる人影が見える。アフリカ人だろうか。覚束ない細い足には砂が張り付いていて、衣服も薄茶色に汚れている。その少年は土を固めただけの、半壊した萱葺き屋根の家の前で立ち止まった。頭からバケツを降ろすと、中身はただの水だと分かった。だが、命の源がそこにあるかのように、家の中からは似た顔付きの子供が二人飛び出し、バケツに駆け寄った。何かを話しているようだが、どこの言語なのかも分からない。
 周囲に生えている枯れた木と同化したように私が立ち尽くしていると、右手の方から金切り声が耳を劈いた。バケツの水から目を離し、声のした方へ目を移すとキャブが緑色をした大型トラックが停車していた。右隣の部屋には、真剣にゲームをやっていた赤い眼鏡の女が入室していたはずだ。
 国境がこの近距離で変わるはずもないのに、トラックの前に群がる子供達はバケツを囲む子供とは明らかに違う言語を話している。
「どういうこと……」
 トラックからは次々と物資が降ろされ、子供達は、ペットボトルに入った新鮮な水を大事そうに抱え、黒い肌から真っ白な歯を覗かせている。
 片や汚れたバケツに汲んだ水で、目の前の少年は洗濯をしていた。そこに現れたワゴン車によって運ばれてきた物資は、ゲーム内で私が手に入れたアイテムとそっくりだった。

「そういうことね」

 私はようやく仕組みに気が付き、左に視線を向けた。やはり舞香は青白い顔をして佇立している。右手の子供達だけが物を食べ、新しい服を両手いっぱいに広げていた。
 そこで光景は途絶え、映画館のような薄暗い部屋に変わった。

「ご覧いただきました映像が、本日の貢献度です。ⅤRを通じて世界の貧困を知っていただけましたでしょうか。思うような結果になった人も、そうでなかった人もまた参加したいと思っていただけたら幸いです」

 少し前までは何の気なしに聞いていた高い声が、意地の悪い魔女のように聞こえた。先に外に出てドアにもたれかかっていた舞香の目元は、マスカラが落ちて黒くなっていた。

「大丈夫?」

「うん……」

 それから私達は会話もせずに会場を後にした。沈鬱した空気が面倒くさく、私は用事があるから歩いて大学に寄ると言い、バスに乗る舞香を見送った。
 遠い異国の地の儚げな命を目の当たりにした後だったからかもしれない。さすがの私も少し参って、身近にあった死ぐらいには悼む気持ちが湧いたのだ。大学の近くのスーパーに寄り、花束を買って献花台に供え、短く手を合わせてから帰った。

 夏休みも終盤になり、あの光景もすっかり忘れてかけていた。論文を仕上げなければならず、大学の図書館に行くと、髪がすっかり黒くなった舞香とすれ違った。

「染めたんだね」

「うん。なんかさ、いろいろちゃんとしないとなって思って」

「いろいろ?」

「今はまだ具体的には考えられないんだけど。凛とボランティアに行って、自分だけが幸せってなんか嫌だなって思ったの。だから、なんていうか、一緒に来てくれて本当に感謝してる」

 舞香は白い頬を揺らして、絹豆腐のような柔らかい笑顔をわたしに向けた。

「いや、私は何も……」

「そんなことないよ。本当にありがとう。じゃあ、また夏休み明けにね」

 そう言って手を振る舞香は、汚い皮膚を脱皮したように新鮮に輝いている。私はそれを拾ってどんどん着膨れしているんじゃないかという錯覚に襲われた。
 論文に必要な資料を図書館で借り終えて、校門を出た。献花台の上では、私があの日に供えた花束だけが白々しく、悪目立ちしている気がした。

他人の命

執筆の狙い

作者 ミライ
M106073076033.v4.enabler.ne.jp

無駄な文はなるべく無くすように執筆してみました。感想、アドバイスをいただけると嬉しいです。

コメント

恵 幸人
79.201.49.163.rev.vmobile.jp

 楽しく読めました。無駄な文章はないけれど、必要な文章が足りてません(後述)。謎のボランティアの謎が解けて主人公の気持ちに変化が生じ、行動も変化したというストーリーは良いと思います。
 ラストを後味の悪い感じにする必要はないと思います。人生観が変化した友人に敬意を抱き、見倣いたいと思う。「世のため人のために今の私にできる事ってなんだろう?」とさらに深く考えて何か思い付くとか、思い付かなくても福祉の講義を取って学ぶとか、前向きなラストのほうがこの作品には合うと思いました。(個人的な好みの押し付けじゃありませんよ。バッドエンドも嫌いじゃありませんから。)
 ボランティアの謎が解けるVRの描写がよくわかりませんでした。右の子供たちが得た物資は赤い眼鏡の女のゲームの成果で、最初に出てきた子供の所にも別のトラック(主人公のゲームの成果である物資を載せた)がやって来た。これがはっきりとわかるように描写すると良いと思います。VRの描写はこの作品の肝だと思うので、読者にしっかり伝わるように。

>左に視線を向けた。やはり舞香は青白い顔をして佇立している。右手の子供達だけが物を食べ、新しい服を両手いっぱいに広げていた。
 舞香のゲームの大したことない成果である物資を受け取る子供達の描写も必要だと思います。

ミライ
M106073076033.v4.enabler.ne.jp

恵 幸人様

コメント、アドバイスありがとうございます。他の余計な部分を縮めて、VRのシーンを詳細に書けばもっと臨場感が出せたかなと思います。書き直しをしてみます。内容は理解していただけたたみたいで、安心しました。
バットエンドで終わらせたのは友人、舞香との対比を描きたかったのでそうしました。舞香はボランティアを受けて、いい風に変わっていきそうですが、それを見て変われない自分を冷静に捉えている主人公という構図でした。ハッピーエンドと最後まで悩みましたが、ハッピーエンドの形でも書いてみたいと思うようになりました。
稚拙な文を読んでいただきありがとうございます。

こばち
f251-94.ip.avis.ne.jp

はじめまして。読ませて頂きました。
センスのある方だと思いました。
独自でキラキラした文章が随所にあって(汚い皮膚を脱皮したように新鮮に輝いている。私はそれを拾ってどんどん着膨れしているナド)その感性は武器になると思いました。
作品としては地の文と会話文の密度の差が気になります。
会話文が全般的にとってつけたようで、これはおそらくキャラクターの設定やツメが甘いせいでしょう。
書く鍛錬では会話に頼ると上達しないので、地の文を濃くすることは有効ですが、会話文には会話文の難しさがあって、設定ありきで登場人物を作中に置くと、自ら動かずに動かされている感じになってしまいます。書きたいことが先にあり、それを書くために設定をし、設定を動かすためにキャラを置いたように読めます。
神は細部に宿ります。書き終えたあと読者の目線で自分の作品を読むといいのですが、慣れないとなかなか上手くできないので、最初は推敲の際にプリントアウトすることをお勧めします。また、改行もしないほうが上達します。(ひとつ上のシンさんのところに理由を書きました)
執筆の狙いにあるように、無駄な文をなくすことは大切ですね。
作家は一文字たりとも無駄な文を読ませてはいけないと誰かが言っていましたが、書き手が読んで欲しいように読者は読んでくれないので、読まずにいられない文章を書けるように努力するのは大切だと思います。

五月
KD106161193235.au-net.ne.jp

拝読しました。

平等とはいかない世界で、優しさとはなんだろうか、本当の「世界」とはなんだろうか、
と、読む人に色々な考えを与えてくれる作品ではないでしょうか。
VRの映像の部分、心に迫るものがあったと思います。
ゲームとの向き合い具合で、映像の見え方も違うということですよね?
ちょっとそのあたりの仕組みがわかりにくかったかな?と思いました。
(読み方が間違っていたら申し訳ないです)

ほかに気になったこととして、
場面の変わり目がぷつっと切れて見える箇所がありましたので、
繋げて書けるようにすると、もっと流れがよくなるかなと思いました。
少し、目に見える景色を描写してあげたりなんかして、時間の移ろいを感じされられたら、余韻につながったりもすると思うので。

ほかの方へのお返しをみて、なるほど、友人と対比させたかったのかと納得いたしました。
その気持ちをもっと伝えるとするならば、花だけでなく、内面の描写も足してもよいかもしれませんね。
個人的には、ハッピーエンドも見てみたいです。

ミライ
pw126233214059.20.panda-world.ne.jp

こばち様

コメントがあまり付かず、落ち込んでいたところアドバイスをいただき本当に嬉しかったです。ありがとうございます。

>設定ありきで登場人物を作中に置くと、自ら動かずに動かされている感じになってしまいます。

こちらの内容に関しては、まさにその通りでございます。設定が先に浮かんだのですが、魅力的なセリフがあまり浮かばず…。苦し紛れに言わせた感じが出てしまっていたと思います。

省きすぎてしまったところもあり、後から読み直して繋がりが悪い部分や分かりにくい部分を生んでしまいました。ちょうどいい加減がまだまだ分かっておらず、ダメだなぁ。と思うばかりです。

アドバイスや感想を頂けることがなによりも嬉しいです。精進いたします。

ミライ
pw126233214059.20.panda-world.ne.jp

五月様

アドバイスありがとうございます。
やはり全体的に繋がりが悪く、VRのシーンに関しては説明がかなり足りていなかったなと投稿してから反省しております。

時間の移ろいなどを風景描写から感じてもらう練習を積んではいるのですが、なんだか取ってつけた風になってしまい、これなら書かない方がいいかと書いては消してを繰り返す日々です。五月様の言う通りです。へたくそでも、深みをもたせるためにも自作では取り入れてみようかなと思いました。
たくさん読んで、精進いたします。
ありがとうございました!

ミライ
pw126233214059.20.panda-world.ne.jp

こばち様

改行の部分についてのアドバイス、すごく感銘を受けました。改行は読みやすくするために行っていて、いつも自分の文章から逃げているような気がしていたのです。
さっそく取り組んでみます。
ありがとうございます。

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