作家でごはん!鍛練場

いざない(9枚)

 主日ミサは午前十時に始まる。その一時間前に坂上神父は住まいでもある信徒会館を出た。
 六月に入って三日間、雨がつづいている。神父がドアを開けると玄関ポーチにまで雨が降りこんでいた。一歩踏みだすと踝まで裾のある黒いスータンが濡れた。ポーチのひさしから完全に出ていくと大きな雨粒が彼の白髪頭にいかつい肩に次々と降りかかる。
 会館横の白いマリア像を仰いで神父は灰色の空を見やりすばやく十字を切った。
 いつもと同じ歩調で聖堂へ歩いていく。併設された幼稚園の園庭を左手にアスファルトの道は聖堂の扉までのびている。そばには欅の木が二本ならんで立っていて、坂上は扉を開けながら草葉の生臭い匂いを嗅いだ。
 聖堂の鍵はすでに開いている。毎週ここへ来てミサの準備をしてくれるのはシスター光元と信者の佐野百合だった。
 入口のホールを通って重い扉を開ける。正面の壁に掲げられたキリスト像が目に入る。扉からは遠く祭壇の上方から坂上神父を見おろしている。
 十字を切り聖堂の端を歩いて坂上は香部屋に入った。香部屋は白い壁と褐色の床と家具との色合いが調和したこじんまりとした場所だ。
 壁に作りつけた棚の前で佐野百合が作業台にむかって立っていた。燭台に付着しているかたい蝋のかけらをナイフで一心に削っている。そばにはもう一台、同じ枝付き燭台が、こちらはまだ使用済みの蝋燭を三本立てたまま置かれている。
 ミサのあいだ祭壇を照らす一対の燭台は、閉祭の歌を唱うころには、溶けた蝋がたれて窪みに溜まっている。もどってきた香部屋で冷えていき、翌週には燭台に幾重にもかたまった蝋がこびりついている。
 蝋を削ることに集中している百合に声をかける。
「おはよう」
 百合が背筋をのばし神父をみて手をとめた。血色のよい頬から笑顔がこぼれている。
「おはようございます、神父様。どうして傘をさされないんでしょう。ずいぶん濡れてますよ」
 顔を曇らせた百合に坂上はほほえむ。
「恵みの雨だからね。さきに着替えてくるよ」
 奥へつづくドアへむかいながら答えた。
 白い祭服に着替え終わると坂上はふたたび香部屋へもどった。
「シスター光元はまだ?」
「今日はお加減が悪くて来られないそうです」
「それはめずらしいね」
 シスター光元は六十歳を過ぎている。二キロ離れた修道院から歩いてきて、また歩いて帰っていく。二年前にこの教会へ赴任してきた坂上はシスター光元から体の不調について聞いたことはいちどもない。
「けさ早くに修道院からの着信があっておどろきました。すぐに折り返したんです。熱があってかなり体が怠いそうです」
「あの人が休むとはよほどのことだね」
「この天気ですから。朝からこんなに蒸すなんて」百合がため息混じりに言う。「ここも窓を開けたけれど風が入ってきません」
 坂上は香部屋にひとつだけある小さな窓に目をむけた。園庭の赤い遊具が雨に煙っている。単調な雨音にまぎれて窓から淀んだ空気がしのびこんでくる。湿り気が肌にまといつく。得体のしれない何かがこの空間を漂いながらとどまり充満している。
 ふいに息苦しくなって坂上は窓から目を離して百合をみた。
 百合はナイフをしまって燭台に新しい蝋燭を立てていた。
「私も暑さにぐったりで」言いながらカリスを拭く麻の布を棚から取りだしている。「シスターが体調を崩すのも無理ないですよ。お声はお元気そうでしたけど心配です」
「明日の朝には会えるだろう」
 シスター光元の顔を思い浮かべながら坂上はいった。平日に修道院で行われる早朝のミサは坂上が司式している。修道院のミサの参列者には一般の信徒の姿は少ないが、この早朝ミサに佐野百合は毎朝通ってくる。そのあと職場へ出勤するのだときいている。
 三十代で独身の百合は時間の自由もきくのだろう。教区の信徒といっしょに黙想の家へ行ったという話もよく坂上の耳に入ってくる。教会のなかでも熱心な信徒のひとりだといえるだろう。シスターたちとも親しいようでこういう連絡が百合経由で坂上に伝わることはたまにある。
「シスターもよろこばれるでしょう。でもお会いできるでしょうか。院長様からきょうは一日休むようにいわれたそうですから。明日には良くなっているといいんですけど」
「シスターには苦行だね、それは。お気の毒に」
「ええ。電話でも悔しそうでした」
 そのときのことを思いだしたのか百合はおかしそうに笑った。それから燭台を両手で持ってドアへむかって歩きはじめた。
 そばを通りすぎようとして彼女は「あら」と立ち止まった。坂上を見あげている。
「神父様。きょうの昼食はどうなさいますか」
 いわれて彼も「ああ」と気づいた。毎週日曜日の昼はシスター光元が持参したものを食べている。
「ミサのあと私がおつくりします」
「ありがとう。でもいいよ。ミサで御言葉を食べるから」
 神父の言葉に百合がほほえんだ。
「では私もそうします」
 通りすぎていく彼女から甘い香りが漂って坂上の目はそのブラウスのうえに留まっている。ブラウスのボタンがひとつだけ緩んでいるようにみえる。隙間から素肌が一瞬あらわになる。
 ゆっくりと坂上は深呼吸をした。
 出口へむかっていく百合の後ろ姿に声をかけようとして思いとどまる。開いたドアからのぞくと祭壇に燭台を置いている百合がみえた。
 彼女が急にふり返った。
「なんでしょう」
「いや――」
 咳払いをして坂上は香部屋へ引っこんだ。
 しばらくして白い祭服姿の坂上が聖堂へ出ていくと祭壇の準備はすっかり終わっていた。百合は信徒席の最前列にすわって聖歌集を開いている。
 坂上の姿を認めると彼女は本を椅子に置いて「神父様」と立ちあがった。手にスマートフォンを持っている。彼女の動きに合わせて光沢のあるローズゴールド色の端末が煌めいた。
「いまオルガンの岡田さんから連絡があって。お子さんが水疱瘡だそうで」
「それはたいへんだろう。まだ一歳だったかな。あそこはお兄ちゃんもいるから」
 幼い兄弟の姿が頭に浮かんだ神父は近いうちに見舞いへいこうと考えた。
「ご主人はきょうお仕事だそうです」百合が心配げにいう。「私が弾くことになりました」
「きょうの番号はわかる?」
「はい。さっき替えています」
 ボードに目をやった神父は番号が今週の曲に替わっていることを確認した。ミサ中には典礼聖歌を七曲ほどを唱う。その聖歌の番号はオルガン奏者からも信徒席からも見える位置にボードで掲げている。
「始まる前にすこし練習させてください」
 百合が自分の荷物をもって信徒席から出てきた。オルガンの前にすわって楽譜をひろげている。
 坂上神父は百合から視線をはずし、祭壇に立ち、聖パンの準備を始めた。きょうの閉祭の曲は何だっただろうと神父は考える。先週は聖歌の三二二番、『あめのきさき』だった。神父の手は、カリスと呼ばれる杯に信徒の数だけ聖パンを入れていく。大好きな曲だとオルガン奏者の岡田が話していたことを思いだす。
 丸くて薄い小さな聖パンはすべてカリスに収まった。
 神父は、折りたたまれた麻布を手にとり定められた位置でカリスを覆った。
 ――今週は三八八番だ。
 曲名と同時に神父の胸中にその歌詞がよみがえる。――ゴルゴタの……つみびとを招かれた……。
 ――御言葉を……
 聖堂内の空気が揺れた。神父の手が震える。
 触れていた麻布から指が離れる。
 やがて聖堂にオルガンの音色がひびき始めた。

   了

いざない(9枚)

執筆の狙い

作者
ac083038.dynamic.ppp.asahi-net.or.jp

 コロナ禍以前に書いた掌編です。これを下敷きに中編を書きまして現在改稿作業中です。中編のほうはこの掌編とはあらすじ含め全くちがうお話になっています。

 下に質問を記していますが、それ以外のことでも、何でも、感じたことをコメントしていただけるとうれしいです。


▫読むのを止めたのはどこですか。
▫説明不足と感じた部分はどのあたりでしょうか。
▫冗長と感じた部分はどのあたりでしょうか。
▫『いざない(誘い)』とは何のことか一読ではわからない or 何となく伝わる、どちらでしょうか。
▫別のお話として書いた中編の改稿では、コロナの状況を取り入れたほうがよいとおもわれますか?

 改稿中の原稿には登場人物の発熱などは出てきませんが、現実ではミサや教会行事などにコロナの影響が出ているため、そういった現実を小説世界に反映したほうがよいのかどうか? という点を訊きたいです。

 上記の他にもご意見やご感想など何かありましたらコメントをよろしくお願いします。
 質問に答えていなくてもOKです。

コメント

貔貅がくる
n219100086042.nct9.ne.jp

全体にまんべんなく冗長。そして情報の順序が不親切だ。整理して書くと、ふつうは

「聖堂の鍵はすでに開いている。毎週ここへ来てミサの準備をしてくれるのはシスター光元と信者の佐野百合だった。
 平日に修道院で行われる早朝のミサは坂上が司式している。修道院のミサの参列者には一般の信徒の姿は少ないが、この早朝ミサに佐野百合は毎朝通ってくる。そのあと職場へ出勤するのだときいている。」

というような記載順になりそうな気がする。


『いざない』は、作者が無駄に百合のエロ描写を描きたい風だし、主人公が浅薄に破戒に向かうのを予感させ、げんなりしたな。

shion
KD106132083234.au-net.ne.jp

ちょっと読んでいて退屈かなと思います。技術的にはよくできていますが。

ac083038.dynamic.ppp.asahi-net.or.jp

貔貅がくるさま
 全体に冗長で情報の出し方が不親切とのこと、ご指摘ありがとうございます。改稿作業の参考にいたします。

ac083038.dynamic.ppp.asahi-net.or.jp

shionさま
 退屈なのはいけないですね。ありがとうございます。改稿に活かします。

偏差値45
softbank219182080182.bbtec.net

この作品の狙いが分からないですね。

キャラクターに魅力があるとは思えないですし、
ストーリーが面白いとも思えない。
何か作品を通して訴えたいことがあるとも思えない。

単純に情景がうまく伝わっていますか?
という質問としての作品だろうか。

>▫読むのを止めたのはどこですか。
最初の一行目でしょうね。
このサイトではなくて書店でこれを読んだら、一行目からアウトでしょうね。

・主日・スータン・香部屋
ちょっと一般人には「?」ではないでしょうか。
それなりの注釈、説明が必要かもしれません。
それらを回避するには、言葉の選択が必要なのですが、それを怠っているように
思えるのです。言わば手抜きかな。もうちょっと親切に書いても良いと思いましたね。

>▫説明不足と感じた部分はどのあたりでしょうか。
上記の通り、専門用語でしょうか。

>▫冗長と感じた部分はどのあたりでしょうか。
全部ですね。面白味の欠片もありませんから。
つまらないものをすべてカットしてしまうと作品そのものが消滅してしまうんです。
甘いみかんは全部、美味しく食べられます。
しかし、酸っぱいみかんでは一つ食べることでさえ辛いですよね。
それと同じ理屈です。ただ文章を並べれば良いというものではないのです。

>▫『いざない(誘い)』とは何のことか一読ではわからない or 何となく伝わる、どちらでしょうか。
明確には分からないですね。

>▫別のお話として書いた中編の改稿では、コロナの状況を取り入れたほうがよいとおもわれますか?
それはどっちもでいいかな。そんなことよりも、もっと面白い内容を期待したいですね。

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偏差値45さま
 質問にまでお答えくださってほんとうにありがとうございます。とても参考になりました。一行目から専門用語を出すのはだめですね。以降も最後までおもしろさの欠片もなかったとのこと申しわけないです。前回投稿した作品よりさらにコメントの反応が薄いのはおもしろくなかったからですね。いま取りかかっている原稿は冒頭から読者を引きつけるおもしろいものなっているといいのですが…。率直なご意見に感謝しています。投稿してよかったです。

ac083038.dynamic.ppp.asahi-net.or.jp

偏差値さま
 コメントありがとうございます。偏差値45さまは感じたことを真摯に書いてくださっていますし、私は読んでありがたかったしほんとうに参考になりました。一行目で読み捨てる作品にわざわざコメントをくださったんです。なぜでしょう。最後に偏差値45さまが書いてくださった「もっと面白い内容を期待したいですね。」という一言がその答えだとおもいます。心から投稿してよかったとおもって返信にもそう書かせていただきました。とても感謝しています。

 投稿後、貔貅がくるさま、shionさまが同じように貴重なお時間をつかってコメント欄に書いてくださったおかげでこれはひたすら冗長で退屈な作品だとはっきりと知ることができました。さらに偏差値45さまのコメントでより明確になったことがたくさんありました。自分で原稿を読み返すだけでは得られないものがあります。いただいたコメントには感謝しかないです。
 コメントいただいて自分なりに考えた結果、執筆のねらいで書きました改稿作業中の原稿にそれを反映することができそうです。これが正解かどうかはもちろんわかりませんが私としては基準ができたのでその方針で改稿をすすめています。

 偏差値さまのコメントもとてもうれしくおもいました。そういうふうに感じる方がいてそれを伝えたくてここに書きこんでくださったのだと温かい気持ちになりました。
 ただコメントくださった方に対して消えろと言うのはやめてほしいです。そこは穏やかにお願いします。
 一行目から読むのを止めてしまうような作品ではまず読者を獲得できませんので、それよりもなるべく多くの人が冒頭から引きこまれる内容の小説を書きたいと私はおもいます。コメントを書いてくださってありがとうございました。

ac083038.dynamic.ppp.asahi-net.or.jp

 返信数が減っている?とおもって来て見たら偏差値さまのコメントがなくなっていたのでびっくりしました。あまりにも唐突すぎて、一瞬訳が分からず、何なんだー何が起こったんだーと脱力してしまいました。私のコメントが続けて二つ並んでいて間抜けなことになっています。脱力すると共に何だか哀しい気持ちになってしまいました。もしもご縁があってまた書込される時はよろしくお願いします。あまり読む人もいないとおもいましたが最後にひとこと勝手に書かせていただきました。それではありがとうございました。

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