作家でごはん!鍛練場
そうげん

人生の負債

 六年前、友人の一家が不幸に見舞われた。近所では聞かない噂でも、世間にはよくある話だった。幼馴染の柚木日葵(ゆずきひまり)の家族に起こったことだ。彼女の兄、康太が会社の上司二人を刺したのである。かれはすでに成人済みだったから、当然、事件は実名で報道された。
 康太と五つ齢のはなれた日葵は当時高校三年生だった。私と同じクラスだった彼女は国立大学を目指していた。
 活発すぎることはないが、話し相手に愛想を振舞くだけの世間慣れはしていた。明るさと温かさを自発する子だった。
 六月の梅雨の時季に事件は発生し、翌日にはすぐさま噂が立った。事件以来、学校で日葵を見ることはなくなった。気がかりだったがなにもできなかった。そのまま日は過ぎて夏休みの前日、私たちクラスメイトは彼女の自主退学が受理されたことを教師の口から知らされた。
 当時は驚くことしかできなかった。いまも悔いている。日葵が大きな決心をする前に彼女を訪ねるべきだったと。小さい頃は日替わりで相手の家に行って一緒に遊んだ。大きくなってからも彼女とはいい友達だった。彼女ほど気楽に話せる相手は他になかった。彼女も同じだったはずだ。事件が起きるまではクラスでも仲良く話せていたのだから。
 結局、柚木家を訪問したのは東北の国立大学に合格したあとの三月の終わり、朝からみぞれ(霙)の降る寒い日だった。六年が経ついまもあの日のことを憶えている。
 この文章を書いた理由が含まれるから、いまから思い出せる限りを書き出すことにする。


       -☆-


 インターフォンのボタンを押しても柚木家からの応答はなかった。手袋ごしに冬の冷たさが指先に沁みる。不安に駆られながら一分おきに三度鳴らして、ようやく声が応えた。日葵だった。
「純也です」と短くいう。
 微妙に間があいてから相手は「待って」といった。やがて玄関のガラス越しに人影が見えた。扉が解錠される。開いた扉の向こうに日葵の萎れた顔が覗いた。相手の招く声に靴を脱いで柚木家に上がった。階段を前に居間に向けた視線の先に確かに人の気配があった。日葵の母親だろう。階段をのぼるとそのまま日葵の部屋に通される。ふしぎなことはなにもない。遊ぶときは、いつも互いの部屋で過ごしたからだ。テーブルを挟み、日葵と向き合う形でクッションに座った。彼女は正座したが私はあぐらをかいた。
 改めて彼女を視る。部屋着姿の彼女は精彩を欠くようだった。当然だ。実の兄が刑務所に入ることが確定しているのだから。事件は近所に知れている。落ち込むなというほうが無理だろう。あのころ確かにあった朗らかな表情は影も形もなく、代わりに落ちた翳りには彼女の憂鬱が滲んでいた。
「高校、やめたんだな」そっけない言い方になる。
「仕方ないよ」日葵は無理して笑おうとする。
 胸の奥がちくちくする。用意してきたはずの慰めの言葉も掛けられない。「どうするんだ、これから」
 日葵の目蓋が震え、肩に力の入るのがわかった。「どうすればいいのかな」質問なのか詠嘆なのかすら見定めにくい声が彼女の口から洩れる。左右の手指をつねっている。追い込まれてそうするしかないようだった。指はテーブルの上で複雑に動く。何が正解かわからなくなる。どんな声を掛けるべきなのか、むしろ掛けるべきではないのか。
 何分じっとしていただろう。次に意識の向いたときには彼女の指は止まっていた。相手は声を出さずに泣いていた。思いがまとまらない。
「康太さんのこと聞いたよ。兄妹というだけなんだし、なんとかなるよ。きっと」
「なればいいな」
 笑おうとする日葵の瞳から涙がこぼれた。
「仕事に出ると思う。お母さんの仕事が無くなったから」
 仕事を失くした理由は訊けなかった。訊かなくてもたぶんわかった。
「嫌なこととかされてない。誰かから」
 私の言葉に日葵の双眸に光が宿った。歓喜や期待とはちがう、熱に浮かされたときの目の光に似ていた。その光に見据えられて私は固まった。さっきまで涙が流れていた彼女の瞳は、いまや執拗にぎらぎらしていた。ため息の強さに彼女の苛立ちが滲む。以前の日葵だったらそんな態度は見せなかった。彼女にこんな一面があったとは。窮地にあれば誰もが普通の状態ではいられない。彼女もそれだと思った。早合点の先に私が発した質問は、私の、彼女への無理解を明らかにしてしまったらしい。
「わかるわけない、純也になんて」
 声にはトゲがあった。
「そんな言い方ってないだろう。俺は日葵を心配して」
 抑えたつもりでも声が大きくなる。売り言葉に買い言葉だ。
「心配してくれるの。ありがとう」苛立っているのがわかる。「でも純也にできることはないよ。私たちのいまを知らないから呑気なこと言ってられるんだよ。外に出れば体に突き刺さる視線を感じる。誰もいない道を歩いててもそう。ご近所さんたちが話してる脇を通るときの惨めさなんて純也にはわかんないよ」
 クラスでも状況は同じだった。事件の後、頻繁にクラスメイトが陰口を囁き合っていた。日葵に罪はないにもかかわらず、彼女の席はマジックで心無い落書きをされることもあって、当初は教師も注意していたが、夏休み前にはその注意もおざなりになった。彼女と仲の良かった女子も二学期以降、彼女のことを話さなくなった。それを薄情というなら、幼馴染の私が今日まで会いに来なかったことは薄情ではないのか。いまの彼女の苦しみが私に分かるはずもなかった。
「カメラクルーが押し掛けてくることもあった。リビングや二階の窓ガラスを割られることもあった。頼んでもいない宅配が山ほど荷物を持ってきたこともあった。でも耐えるしかない。仕方ないよ。何、しんみりしてるの。純也には関係ないから。もううちには来ない方がいいよ。巻き込みたくないから」
 言葉が出なかった。誰も近くに寄せつけず、頑なになっているのがわかった。
「お兄さんが刺したこと。理由は報道のとおりなの?」
 話を変えることにした。話題が自分から外れたことに日葵は気持ちを取り戻したようだった。
「たぶん仕事のストレスだと思うけど、お兄ちゃんのことはよく知らない。うちの家、変わってるから」
 変わってるから、という言い方が引っ掛かる。
「ときどき家で荒れてたし、お兄ちゃんの本棚の側面は殴ってべこべこだったし、怖いところもあったから」
「そんな風には見えなかったな」
「お兄ちゃんが100パーセント悪いわけじゃない。うちの問題だから」
 彼女との間に距離を感じる。うちの問題という言葉は私を遠ざける。もう関わってほしくないのか。置いて行かれた気分になる。
 八方ふさがりになっていた。
 そのとき、階下にインターホンの音がした。
 日葵の顔色が変わる。
 インターホンは何度も押された。階下にいるはずの母親は出ないようだ。日葵のいう執拗ないたずらの一環なのか。
 日葵を見ると彼女は手で両耳を抑えていた。肩を震わせている、「やめて」と唇を動かして小さく呟いている。
 インターホンが止まって階下が慌ただしくなった。二階の部屋にいても、くぐもった声が聞こえてくる。相当大きな声で話しているらしい。
「よく来るの?」と尋ねた。
 彼女は答えない。
 やがてひとり呟く。
「ああ………………もう、やだ」
 日葵はテーブルの上に突っ伏した。そのまま鼻をすすりだしたが、そのうち握りこぶしでテーブルをばんと叩いて立ち上がった。あっけに取られていると部屋の扉を開け、私がいるのもお構いなしに行ってしまった。一人残された私はどうすればいいのだろう。十秒くらい悩んでから、あとに付いて行くことにした。部屋を出たが彼女の姿はなかった。階下に降りたらしい。階段を降りはじめると階下の会話が聞こえてきた。
 内容のあまりの険呑さに私の足は動きを停めてしまった。
「いまが底抜けの不幸と思ったら大間違いですよ。こんなときだからこそ、自分のありようを見つめないと」
 その発言には、ぬるりとした感触があった。なぜそう思ったかはわからない。日葵の声でもなければ、彼女の母親――千景(ちかげ)の声でもなかった。聴いたことのない第三者の声だった。何の話をしているんだろう。安全圏で足を停めているいまの状況を卑怯だと思わないでもなかった。とはいえ、階下に飛び出す勇気は持てそうにない。必然的に会話の続きに耳を澄ませることになる。
「一寸先は闇というけれど、人は耐えきれない不幸に落ち込むことはないし、かならずどこかに抜け道を用意してくれています。この道を信じなさい。とらわれを捨てて就くべき位置に就けば、いまの状況から抜け出せますから。疑問もあるでしょう。でもわからないのはやるべきことをしていないからです。やるべき行いに身を置いてみれば、おのずと道理がくっきりしますから。だまされたと思ってやってみなさい。実践ですよ。なんといってもそれが一番なんだから」
 五十代――あるいは六十代の女性の声に聞こえた。言葉が上擦る感覚は商品の売り込みに似たものがある。内容からは宗教的なものを感じさせる。信じなさいという言葉がそれを示している。
「そうね。でもそうはいっても」
 弱々しい声の主は千景だった。こんな事件の起きる前は明るく優しい声を掛けてくれていた同じ声がいまは萎れたようになっている。悲しいことだと思う。
「弱気になってどうするの。気丈になりなさい。前を向いて歩んでいく勇猛心こそ大切なんですよ。あなたも誠善会のメンバーなんだから、すべてをお任せして取り組んでいかなくちゃダメですよ。私はいまでは悩みなんてないですよ。困難があれば前向きに取り組むだけ。やってみればなんとかなるんですから」
 相手は説得に入っている。すぐにわかった。なんとか丸め込んで相手の心を取り込もうとしている。危険な雰囲気がある。
「もう私たちに関わらないでください。こんなことになったのも、この家が信仰に深入りしたからだと思うんです。迷惑です。帰ってください」
 日葵の声だった。声が震えていた。言わなくてはならないことを言うべきと思い定めた声の強さがあった。
「なんですか、その言い草は。私はあなたたちのためを思って――」
「ためってなんですか。あなたたちのためって。余計なおせっかいですよ。わたしたちは自分の経験の中から必要な気付きを得ます。もちろん愚鈍だから気付きが遅いこともあります。まったく気付かないことだってあります。でも無理解な他の人から施しを受けるように一方的におせっかいを受けるいわれはありません。もう一度言いますが、ほんとに迷惑です。やめてください」
 日葵の態度は追い込まれたゆえの強がりだとはっきりわかる。
 よほど残りの段を下りて私も会話に混じろうかと思った。しかし足が出なかった。
「きっと後悔しますよ。人の厚意を踏みにじるなんて。でたらめにもほどがあるんですから。そんな心根だから、この状況に陥ったんですよ。反省しなさいね」
 相手の語気の強さは捨て台詞と相まって聞く者の心をえぐるようだった。
 慌ただしい音がして、玄関の扉の開け閉めの気配があった。招かれざる客が行ってしまうと母親を慰める日葵の声が聞こえてきた。
 私はますます降りづらくなって階段の途中でじっとしていた。息を潜めているといってもいい。しかし日葵が呼ぶ。
「純也。いるんでしょう。降りてきてよ」
 日葵には状況が見えていた。私がずいぶん前からここにいたことも承知の上だったようだ。観念して一階に降りる。
 千景は肩を震わせながら声もなく泣いていた。
「これがわたしの家よ。わかったでしょう。とても普通になんて戻れない。恥ずかしいけど、いまのはわたしの家の宗教の導き主さんよ。ずっとお世話になってたけど、いい加減、我慢できなくなって、いま追い返したとこ。聞いてたでしょ?」
 これまで生活の範囲に宗教とか信仰という要素がなかっただけに脳の反応が遅れてしまう。何を言ってるんだろうという気持ちになる。宗教って、そんな前時代的なものが、いまも身近に存在していることに驚きを隠せなかった。よくわからない。怖いものじゃないかという気分になる。
「宗教って、家族で信仰してたの?」かろうじてそれだけ訊く。
 日葵にためらいはなかった、「兄が難産だったうえに生まれてからも病弱だったからお父さんとお母さんが伝手をたどって誠善会という宗教に頼ったの。それからの信仰よ。だから、わたしが生まれたときにはもう家は信仰の道に入ってた」
 言われてみれば事件を起こした康太は子供の頃、よく咳き込んでいた。一度咳き込みはじめると、とめどなく咳がつづいて、聞いているこちらの気持ちが掻き立てられた。
「わたしの家が不幸になったのも信仰なんかしてたからかな」
 日葵は嘆いた。
「やめて。そんなこといわないで。私たちが否定されたみたいに聞こえるから」
 めそめそしていた千景が怒りと嘆きのあいだの声音でいった。
「ごめんなさい。でも、兄さんがいってたんだ。なにをいってもこの家では聴き流される。こっちが反抗しても、『自分たちの信心が足らないせいだ。息子に言いがかりをつけられるのも、自分たちの行いに問題があるからだ。自分を立て直さないと。』いつもそうやって自分たちに言い聞かせてる。ちゃんと人生に向き合うつもりがないんだ。そんなのは耐えられない。親は親。俺は俺。あいつらは放っておくよ、もう気にしない」
「純也くんの前でそんなこといわなくても」
「純也の前だからいってるんだよ。こんなこと二人きりのときに言えないよ」
 どんな家にも多かれ少なかれ問題はあるはずで、日葵が言い募る言葉を聴いていると、これまで抱いていたこの家の印象ががらりと変わるのがわかった。とはいえ、その驚きによる心理的変化はおとなしいものだった。家庭が抱える問題が表面化したところで自分と日葵の関係に深刻な影響の出るわけでもない。差し迫った事情にさらされて、これまでの無理が表面に現れただけだろう。それをいうならきっと我が家にだって問題はあるはずで、生活に致命的な危機をもたらさないから意識化されてないだけだろう。
「純也も聞いて」日葵は向きなおり、強いまなざしを送ってきた。「わかったでしょ。うちは問題を抱えてる。もうここには来ない方がいいよ。うちは腫物扱いだから。ううん、まだ腫物にすらなってない。ぱっくり開いた傷口から赤い身がまだ覗いてる状態なんだ。わたしも気持ちがぎりぎりだし、これからどうなるかもわかんない。もう来ない方がいい。来ない方がいいよ」
 悲痛な声と泣きそうで泣かない彼女の表情のこわばりに忍耐の限界の近いこともわかる。
 相手の心に言葉を届かせたいと願って口を開く、「いまは無理かもしれない。でもまた来るよ。悪い風には採らないから」
 母と娘――二人きりの家で、ふだんどんな会話が交わされているんだろう。事件の前はごく普通の家庭に見えていた。ひとつ箍(たが)が外れると土台までぐらついてしまうのか。力になれなくてごめん、という言葉を飲み込んだ。靴を履くとき彼女たちの表情が気になった。しかし振り返らずに玄関の扉を開けて柚木家をあとにした。


       -☆-


 日葵は日葵なりにうまくやっていくだろうとたかをくくっていた。大学生活の四年間はあっという間に過ぎ、実家から通勤に三十分ほど掛かる小さな企業に就職することができた。営業職だった。仕事のノウハウを先輩から教えてもらって二か月、三か月と経つうちにコツも呑み込めてくる。自分で工夫して顧客の新規開拓も行う。
 そうして二年が過ぎた。あるとき気がついた。ずいぶん長いあいだ、日葵のことを思い出していなかった。彼女のいまが気になるが、高校卒業の月の彼女の家での出来事を思うと足を向けるのは心情的に難しかった。気持ちはそちらに向かっても体のほうが拒否していた。
 先輩と飲んだ帰りに一人で道を歩いていると向こうから人が歩いてきた。歩き方で女性とわかったが、はっきりと顔が見える前からその人のことを知っていると感じていた。近づいてくる相手が誰なのか確認しようとした。相手もこちらに気づいたらしく、いったん足を停めかけた。しかしつぎの瞬間、ふたたび足を速めてそそくさと通り過ぎようとした。
「待って」と私はいった。
 唐突に聞こえたかもしれないが、声を押し殺すだけの気持ちの抑制は利かなかった。日葵だった。六年も顔を合わせていない現在の日葵だった。
 私が呼びかけても相手は立ち止まらなかった。無言のまま歩き去ろうとする。
「日葵だろ」
 間違えるはずがない。その歩き方、その様子、その雰囲気。おびえているのがわかる。何におびえているのかまではわからない。出くわしたくない相手に出くわしたという気持ちを体中から発散しているかつての友人を見間違うはずもなかった。
 このまま去られたら、次はいつ会えるかわからない。彼女のあとを追いかけた。
「待ってよ」
 後ろ姿からも彼女の肩に力の入っているのがわかった。髪は綺麗に整えられているが、これまでよりも体の線が細くなったのがわかる。服装も派手になっている。もう十時だった。こんな時間になんの用だろう。興味が湧いたがいまは関係ない。とにかく彼女を立ち止まらせたい。立ち止まらせて、少しでもいいから話したい。
「ついて来ないで」
 日葵は振り返らず立ち止まりもせずそれだけをいった。
 会わなくなって六年が過ぎていた。彼女の声にはかつての明るさや朗らかさはなかった。鼓膜にひっかかりを覚えるような、ざらっとした感触があった。その声のせいだろうか。私と日葵のあいだにはすでに修復不可能なほどの大きな溝が開いているように感じられた。彼女がすでに自分の側(がわ)にいないことがわかった。
 それでも追いすがる。
「いま何してるんだ。俺、気になってたんだ」それくらいしかいえない。言葉を口にしながら罪悪感が胸を塞いでくるのがわかった。
「もうわたしたちに拘わらないでっていったでしょう。なぜわからないの」
「今度家に行くから。話そう。話したいことがあるんだ」
 彼女は足を停めた。しかし振り向くことはなく、一言だけいった。
「来なくていい」
 そのまま彼女は駆けだした。
 追いかける気力はもうなかった。私を拒んでいるのがありありとわかる。
 私はもと来た道を引き返した。


       -☆-


 土曜の昼に柚木家を訪れた。インターホンを押して中からの応答を待つ。しかし何度押しても反応はなかった。
 暑い五月の炎天下だ。南向きの玄関に立っていると強烈な日差しが背中に射してくる。体中にこもった熱が行き場を失って、顔に背に腋に汗を滲ませる。
 出るまで粘ろうと考えた。もう何度目か。たぶん二十回は押している。家の中に誰もいないとは思えない。かれこれ十五分くらい柚木家の玄関に立ち尽くして、ようやく成果の見込めないことがわかってきた。日葵に会いたかったが仕方がない。玄関から離れて門柱のところを折れようとすると、そこに人影があった。日葵がそこにいた。
「日葵!」と、口にする。
 彼女の表情がみるみる翳る。
「どうして来るの。来ないでっていってるのに」
 彼女は私の脇を抜けて家に駆けこもうとする。
 咄嗟に手を伸ばして彼女の腕をつかんだ。
「放して」と日葵は言う。
「放さない。放すつもりはない。――聴いてほしい。ずっと心配してた。来ないでっていわれたけど、来ないままになってたことがずっと気がかりだった。どうしてるんだ、いまは。日葵のこと、聞かせてほしい」
 つかんでいる日葵の腕から力が抜けた。
 彼女の口からため息が洩れる。
「――入って」
 観念したようだった。日葵の腕から手を放し、彼女と一緒に玄関の扉をくぐった。
 家に入ると彼女は人差し指を自分の口にあててジェスチャーで示した。母親を憚っているのだと判る。訊きたいことはたくさんあったけれど、日葵の部屋に入るまでは言葉を呑みこんだ。階段のきしむ音すら彼女は気に掛けるようだった。後ろからでも彼女の慎重な足運びがわかる。おのずとこちらも忍び足になる。後ろめたさがあった。
 ひさしぶりに入った日葵の部屋は六年前とほとんど変わらない。細かく見ればちがっているところだらけだ。しかしバラの花のカーテンは当時のままだったし、本棚のサイズも、化粧品まわりのごちゃごちゃした感じも、絨毯の柄だって当時と同じだった。日葵の変わらない日常があると感じられた。
 しかし彼女の容子はあきらかに以前とちがう。
「どうして来たの」と、かつての友人は明らかに忌々しそうな表情で私を見てくる。むしろ睨みつけてくる。
「気になってたんだ、ずっと。何をしてるんだろうって」
「どうでもいいでしょう。純也は自分のことをしてればいい。私のことを気に掛ける必要なんてないよ」
 萎れているのか、腹を立てているのか、弱いのか、強いのか、はっきり見えない。外目には、彼女の心が左右に大きく揺れていることがわかった。
「わたしと純也はもうちがうセカイの人間だから。わたしはわたしで生きてる。純也は純也でしたいことをしてるでしょう」
 突き放す感じは前にも感じられたが、六年ぶりに再会した日葵は、かつてとは別の人間のように感じられた。それでもどこかに日葵の心を蘇らせる取っ掛かりがあると信じていた。
「何も変わらないよ。あの頃から何も変わってやしない。状況が変わっても、性格とか本質はそのままだよ」
「まだそんな甘いこと言えるんだ。羨ましい。そんな風に思いこめるほど甘い人生は送ってないから」かつてのように日葵の言葉にはトゲがあった。「知ってる? 知らないよね。わたしは身体を売り物にしてる。お金を稼ぐために、知らない男と寝てるの。わかる? それが生きるってこと。わたしが生きているのはそういう場所なの。それでも、何も変わってないっていえる?」
 以前の日葵なら涙を流していたはずだ。言葉を口にする日葵の瞳には決然とした光がこもっている。
 日葵に付き合っている相手がいないことはわかっていた。それは六年前までの話だ。いままでに相手がいたかどうかはわからない。心を揺さぶる恋愛を少なくとも一度か二度したことがあるなら別だけど、もしないとすればその履歴をもってしていまの仕事についているのだとしたら、たしかに運命は残酷かもしれない。日葵に罪はない。それなら罪があったのは兄の康太さんだけなのか。日葵はいっていた。この家は普通じゃない、と。家が宗教に救いを求めたことが罪を被る根源だったのか。わからない。ひとつ明らかなのは、日葵はいま、したくない仕事をせずにはいられない状況にあるということだ。
「嫌なんだろう、そういうの」
 彼女の雰囲気に促されて、こちらもつんけんした言い方になった。
「何言ってんの」
 取りつく島もない。
 私は言葉を失う。
 互いに押し黙った。じりじりとよれてくる。柚木家はひっそり静まっていた。その静謐の中で、圧迫を受ける心だけが拍動を速くしている。自分が矢面に立っている気がする。日葵を前にして何もできない自分の無力を知る。したいことをしてきた自分に日葵の鬱屈のわかるはずもない。どんな言葉を掛ければいいのか。むしろ掛けない方が正解なのか。わからない。気ばかりが焦る。
 目の前で日葵の焦れていくのがわかった。
「何か言ったら」
 鋭利な言葉は、こちらを理不尽に突き刺す。
 口を開くことのできない私に失望したのか日葵が話し始めた。
「この家、終わってるんだ。たぶんね」声には強さも張りもなかった。あることをそのままに語る口調だった。「お父さんはすでに亡くなって、お母さんひとりでわたしたち兄妹を育ててくれた。お世話になってた宗教からは足を洗ったけど、こんどはお母さんがダメになった。生きる希望を失って、毎日階下(した)で嘆いてる。心ここにあらずで、わたしが呼びかけても、次には何もかも忘れてしまってる。通院のお金もないから家に居てもらうしかないし、わたしが稼ぐしかない。仕方なくいまの仕事に落ち着いた。楽だしね。高校出てないバカでもできる仕事。払いはいいし、特別にボーナスくれるお客さんもいるしね。悪くないよ。ほんと」
 悪くない、と言い切る彼女が本心では同じ言葉でいまの自分を慰めているのだとはすぐにわかった。でもいまはそれを指摘するときではない。
「まだ、平気?」
 それだけ口にする。
「わからない。平気なのか、そうじゃないのか。たぶん感覚がマヒしてるんだろうね。よくわからない」
 ちゃんと向き合って、対等に話せているように感じられる。つんけんしていたさいぜんからすれば、互いにすこしは譲歩できたのかもしれない。
「お母さんを見ていて思うんだ。誠善会にいたときは、なにがあっても人生には意味があって、すべて自分に必要な試練だって思って頑張ってこれたみたい。その枠組みを失った瞬間に支えが無くなって、自力で立てなくなった。人生の意味も目的も将来もすべてが色を失って、形を失って、なにもかも失(な)くして、自分が失くなった。もとからあったかどうかもわからないけど、あってもなくても構わない存在にまで自分を落としてしまったみたい。お母さんの今を見てるとほんとそう思う。これから何がしたいかとか、どうなりたいかとか、そういうのがないの。それは、わたしだって同じ。自分がこれからどうなってくのか見通しなんて立たない。何があるの。希望はどこに転がってるの。ヒントもないし、目も見えなくて、なにもない荒野にぽつんと一人置かれたみたいだよ。まだ心細いって感覚が強くあるだけましかもね。それもいつまで残ってるかわかんない。そんな感じよ」
「明日が見えないのは俺も同じだけど、意味が違うね。できることの幅も狭まってない、したいことをする時間がある。俺宗教のことを知ったとき、ちょっと怖いって思った。人生のヒントを与えてくれるようでいて、実はみんなが同じことを考え、同じことをするように仕向けられるイメージがあったから。信じる角度とか方向にずれがあれば、知らないうちに全員が崖から突き落とされることもありそうだって思った。なんか怖いよ。自分の判断は自分の責任の上に保っておきたい。それがあるとないではまったくちがうよ。俺、日葵はそこまで自分の判断を他人に預けてなかった気がしてる。あのころ俺と向き合って俺と対等に話せてたのは、日葵は誰かの操り人形じゃなかったからだよね。ちがう?」
「いまは状況に左右されて、したいこともできない。ううん。なにがしたいのかもわかんない」
「したい気持ちは失ってないんだから、それだけでもちがうよ」
 頭の中だけで話し合っている感覚があった。それでもしないよりはましだった。
「仕事から帰ってきてそのまま寝ちゃうでしょう。あるいはお酒を飲む日もあるけど。それで昼前に目が覚めてスーパーとかコンビニに買い出しに行くんだけど、ヨーグルトドリンクとか牛乳のパックを手に持って『冷たっ』って思うでしょ。そんなとき、頭がゆだってることに気づくんだ。抜け出せない日常を、ぐるぐるぐるぐる周り続けて疲弊してる。何も生まない生活のなかで、何にもつながれない惨めな自分がループしてることに気づく瞬間――徒労におわることが定められた人生。情けないね。こんなことになるなんて、子供の頃はまったく思いもしなかった」
「夏休みの前にこの家を訪れて、学校に来たらって勧めようと思ったことがあった。でもできなかった。クラスの雰囲気も悪かったし、たぶんこれまで通りの学校生活は望めなかったろうし。なにかできることがあればと思った。でも何もできなかった。俺は進学して企業に勤めてそれなりに毎日充実してる。あの頃、肩を並べて歩いていた友達なのに、状況が変わってしまった。どうしてだろう。康太さんのことがあっただけで、その妹ってだけで、家族だっていうだけで辛い目に遭ってる。いまだってなにかしてやりたいけど何もできそうにない。ごめん」
「お兄ちゃんとはときおり面会するんだけど、事件のこともときどき話してくれる。お兄ちゃん、仕事場でけっこうなパワハラを受けてたみたい。あの日もちょっとしたミスでちまちまと難詰されて『辞めてしまえ』って罵倒されたらしい。最終的に引き金を引いたのは、自分は正しい、間違ってないっていう、かたくなな正義感によるもので、それはたぶん宗教が影響してる。でももし宗教がなかったら、兄さんはここまでちゃんと生きていられなかったかもしれないし、お母さんも心を保てていなかったように思う。なにが悪かったのかもわからない。わからないことしかないよ」思うとおりに口にしてくれている感じがあった。彼女はつづけた、「誠善会は辞めちゃったけど、あのときの判断は間違ってたかもね。兄さんのこと――問題をひとつのところに集約させて責任転嫁した感じもあって。本当に悪いのは目に見えるものじゃないのかもね。わたしたちは目に見えるものに責任を負わせようとする。それって楽だから。楽だし、お手軽だし、だいいち悩まなくていいから」
 彼女は壁に掛けてある時計にちらっと目を遣って、またつづけた。
「きょうはありがとう。久しぶりに誰かとちゃんと話せた気がする。兄さんはあと少ししたら退所することになると思う。それからのことは考えてない。考えられないけど、それでこの家がどうなっていくか、まだわからない。たぶん、陰口をささやかれるのは今の比じゃないと思う。もしかしたら引っ越すことになるかも。でも、こんなことがあっても、この家に足を運んでくれる友人がいてくれてよかったと思う。ありがとう。なんか最後に救いがあった気がするよ」
 日葵は心細さを感じさせる弱い笑みを見せた。
「俺はいつまでも味方だから」というと、今日初めての涙が日葵の瞳から零れ落ちた。

人生の負債

執筆の狙い

作者 そうげん
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一般に、本人のままならないところで担わされる負担みたいなものが、その人の人生を決定づけることがあるなと思い、この短編を書きました。あとなにかに頼らないと生きていけない人のことも描きたかった。自分を失くすというくだりの千景のことです。感想を頂けることを期待しています。

コメント

馬子さん
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私は批評出来る程の文才も理解力もないので、ただの感想文と思ってください。

文章は読みやすいし、最後までどうなるのかなと引き付ける力はあると思います。

でも主人公に共感出来ませんでした。数年ごとにふと思い出して会いに行って話を聞くだけ。日葵一家への嫌がらせ対策を一緒に考えるわけでもなく、同情して一緒に怒ったり泣いたりするわけでもない。好きな食べ物を差し入れするとかでもない。会って何がしたいのかわからない。等身大の普通の人はこうなのかな……。誰が見ても様子がおかしく、辛そうで追い詰めれている友人を見て、何とかやっていけるだろうと判断するのもよくわからないです。

でもこういう風に登場人物に感想をもてるということは小説としてよい事なんだと思います。

shion
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技術的には全く問題がなく、一貫した物語があり、テーマのしっかりしている作品だと思いました。犯罪者の家族の苦悩、おそらく金儲けの宗教に引っかかるとどうなるのか、希望を失った人生など大衆文学的に楽しめる作品だと思いました。

大丘 忍
ntoska042068.oska.nt.ngn2.ppp.infoweb.ne.jp

家族の中から犯罪者が出た。これだけの理由で世間から排除されます。この小説を読んでいろいろ考えさせられました。これは単に小説の話だということではなく、いつわが身に降りかかってくるかわからないということだからです。家族のものが罪を犯した、ということでなくても、家族からコロナウイルス患者が出たというだけで、さらには医療機関に勤めているというだけでその家族が世間から排除されることすらあるのです。
この小説では、主人公の女友達、日葵は兄が罪を犯したということで世間から排除されました。彼女が生きる道は何でしょう。女は身を売ることができる。彼女もそれしかなかったことはわかりますが、では売る身を持っていない男の場合はどうでしょう。生きるためには、犯罪に走るしかないかもしれません。そんなことを考えると、この小説は単に作り話だとして済まされない重みを感じました。
兄が傷害事件を起こしたそもそもの発端は会社でのイジメにありました。小学校の頃私もいじめに会いました。戦時中のことでしたが、子供の頃私は痩せて細い体でした。こんな体では立派な兵士になれないという教師の言葉で教師だけでなく同級生からもいじめられたのです。
中学、高校を過ごすうちに、将来はいじめを受けない良い職業に就き、好きな女と結婚して幸せな生活を送りたいと思いました。
私の一生は間もなく終わりますが、この小説を読んで「自分は幸せだったなあ」と実感しました。内容的には重い小説ですが、いい小説を読ませてもらったと感謝しております。これからも健筆を期待しております。

匿名希望★
19.15.31.150.dy.iij4u.or.jp

宗教……。身内の犯罪……。

>「もうわたしたちに拘わらないでっていったでしょう。なぜわからないの」
細かい事ですが、「こだわらないで」ですか「かかわらないで」ですか?
後、
>しかし彼女の容子はあきらかに以前とちがう。
「様子」かな……? と思ったら、こちらの表記もあるのですね……難しいです。

自分事のように感じて胸が痛くなりました……。
これからも頑張って下さい!

夜の雨
ai192235.d.west.v6connect.net

「人生の負債」読みました。

結構重い作品ですね。
ワード設定原稿用紙35枚でした。

「重い」というのは「自分とは直接関係がないところから重い石を背負わされたヒロインの心情」と、「彼女とは関係がない位置にいながら、関わろうとする『主人公の思いあがり』に腹立たしさを感じる」が、ラストまで読むと「ヒロインが主人公を友人として受け入れた」という、治まりどころがよかった。

しかし、うまいこと書きますね、感心しました。
原稿用紙35枚でこんな深い作品が書けるのですね、「第55回北日本文学賞」に応募したらいかがですか。5枚ほど絞らなければなりませんが。

内容について。
人生に絡んだ設定がいくつかありました。

宗教。 ← 御作の中で注目したのは宗教が救いになるのか、でしたね。うまく書かれていたと思います。
身内の犯罪。 ← これは、ドラマ的には結構ありますね。精神的に追い込まれます。
親族(ヒロインの母)の病。
周囲(近所と世間、学校含む)の目。
友人(主人公)という傍観者。 ←主人公の立ち位置が絶妙でした。御作を読んでいる立場からすると、「調子に乗るなよ」と、ヒロインよりでした。(作者の文章力に脱帽です)。
ヒロインの逃げ場。 ←さっさと引っ越しすればよい。
ヒロインの生きるための仕事。 ←体を売る商売とはいえ、楽な方にいくのは弱っている証拠。

上に設定を並べましたが、これらが絡んでドラマが進行しているので、重い人生ドラマが展開しています。
御作のうまいところは、主人公とヒロインとのやりとりが「息詰まるようなエピソードで展開している」ところです。
また描写も適切に描かれていて、イメージが伝わりました。これは、大切です。

ヒロインの立場がよくわかりましたので、主人公が彼女のためになにか手伝おうとするが出来ないじれったさみたいなものが、文学的でもありエンタメ的でもあるエピソードとしてよかったですね。

●どうして早くヒロインが引っ越しをしないのかと、ここは引っかかりました。

全体的に、締まった作品でした。

●ほか。
アニメも結構役に立ちますね。
私もDMMで全編観ました。ちょっと、わかりにくかったですが。

お疲れさまでした。

夜の雨
ai208016.d.west.v6connect.net

再訪です。
馬子さんの感想で「主人公に共感出来ませんでした。」とありますが、これは私も同じです。
主人公がヒロインに対して具体的に彼女のためになることをしていない。

これだと主人公はドラマでいうところの脇役にすぎないと思います。
やはり主役を演じるには困っているヒロインに対して彼女のためになる行動を起こす必要がある。
ただ、「その行動が彼女に伝わらなかった」という設定にすればよい。
「彼女を助ける行動が空回りしていて彼女に伝わらなかった」という展開で、ラストにはヒロインが主人公の気持ちや行動が理解できて意思疎通ができたということにすれば、読んでいても気持ちよく着地します。

貔貅がくる
n219100086042.nct9.ne.jp

>六年前、友人の一家が
>幼馴染の柚木日葵(ゆずきひまり)の家族に起こったこと
>彼女の兄、康太が会社の上司二人を刺した
>かれはすでに成人済み
>康太と五つ齢のはなれた日葵は当時高校三年生
>私と同じクラスだった彼女は国立大学を目指していた。
>六月の梅雨の時季に事件は発生し、翌日には
>事件以来、学校で日葵を見ることはなくなった。
>そのまま日は過ぎて夏休みの前日、

冒頭から時間情報がごてごてぐじゃぐじゃしていて異常にくどくどしい。かつ人物紹介が無神経にちりばめられてて、あんまり頭でっかちで不恰好。
ふつうに整理して書くと、たぶん

「六年前の梅雨時に事件は発生し、あくる日には実名報道された。
 幼馴染、柚木日葵(ゆずきひまり)の兄・康太が、会社の上司二人を刺したのだ。
 康太と五つ齢のはなれた日葵は当時、高校三年生で、私と同じクラスで国立大学を目指していた。」

そうげん
58-190-240-140f1.shg1.eonet.ne.jp

馬子さんへ

感想をくださいまして、ありがとうございます。

>文章は読みやすいし、最後までどうなるのかなと引き付ける力はあると思います。

お褒めの言葉、ありがとうございます。文章は冗長になりそうな部分を単語単位で削っていったので、その効果が出たようでほっとしています。「どうなるのか」。そうですね、書きながら、自分に執筆時間がもっとあれば、たぶん、いま現在の母親も登場させてその様子、その言動から別の側面も描くことができたかもしれません。そうするとラストまでしっかりまとまった風に、ちゃんと興味を持ってもらえるように書けたかどうか、不安に思うところもあります。今回は、主人公と日葵の関係に集中して書いたので、あらが出にくかったのかもしれません。

>でも主人公に共感出来ませんでした。数年ごとにふと思い出して会いに行って話を聞くだけ。日葵一家への嫌がらせ対策を一緒に考えるわけでもなく、同情して一緒に怒ったり泣いたりするわけでもない。好きな食べ物を差し入れするとかでもない。会って何がしたいのかわからない。等身大の普通の人はこうなのかな……。誰が見ても様子がおかしく、辛そうで追い詰めれている友人を見て、何とかやっていけるだろうと判断するのもよくわからないです。

こちらの書くときの態度もあって、主人公は状況を見てとる観察者の役目に徹しすぎたようです。たしかに友人の家に行くときは、お土産だったり、相手が喜びそうなものを持っていくはずです。そういう部分の抜けているところが書き手としてのわたしのダメなところのようです。たしかに日葵と一緒に、泣いたり怒ったり、そうやっていまの悩みや苦しみを一緒に悩んで苦しんで、することって友人ならして当然だと思います。これはわたしの不手際だったと反省しております。

批評、あるいは感想――感じたところをしっかり伝えてくださいました。ありがとうございました。

そうげん
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shionさんへ

シャープなコメントをありがとうございます。テーマが始めにあって、これを示して、これを書いて、ラストはここまで書ければいいかなと思って書きだしました。大衆文学的に楽しんでもらえる作品といってもらえたということは、好意的に受け止めてもらえたということでもあります。嬉しい言葉です。ありがとうございました。

そうげん
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大丘 忍さま

真摯な感想をくださり、ありがとうございました。

>家族の中から犯罪者が出た。これだけの理由で世間から排除されます。

はい。本当にそうだと思います。本人に落ち度がなくても、これまで通りの生活は営めなくなる。再浮上のきっかけを得られることはまずないと思っていい。そして順風なときでも、いつ過去があばかれるかとびくびくして生活しなければならなくなる。そういう部分を作品に描ければいいなと思いました。大丘さまにしっかりとその部分を受け止めていただくことができました。書いてよかったと思いました。


>彼女が生きる道は何でしょう。女は身を売ることができる。彼女もそれしかなかったことはわかりますが、では売る身を持っていない男の場合はどうでしょう。生きるためには、犯罪に走るしかないかもしれません。そんなことを考えると、この小説は単に作り話だとして済まされない重みを感じました。

あるいは配偶者が作った借金の返済に追われる人生を送ることになるかもしれない。家族が大病をわずらってそれにつきっきりになるしかないかもしれない。そうしたときに、本人にとって自分が歩んでいる道というものは、どんな意味をもつものとなるのか。したいことができている人と、しなければならないことに無理から従っている人と、したくないのにそうしなければならないときの本人の疲弊具合を思うと、わたしもこの小説を書きながら、きついなと思うこともありました。自分もいつしたいことができなくなるかわからないですから、一日一日をしっかり生きていきたいと思います。作り話だとして済まされない重みを感じていただけたとのこと。嬉しく思います。

>小学校の頃私もいじめに会いました。戦時中のことでしたが、子供の頃私は痩せて細い体でした。こんな体では立派な兵士になれないという教師の言葉で教師だけでなく同級生からもいじめられたのです。
中学、高校を過ごすうちに、将来はいじめを受けない良い職業に就き、好きな女と結婚して幸せな生活を送りたいと思いました。

奮起されたのですね。そのときの努力があったからこそ、そこから先の大丘さまの発展があったのでしょう。医師としてながく人のために打ち込まれてきたことは貴重な事業だと思います。うらやましい人生でもあります。

>内容的には重い小説ですが、いい小説を読ませてもらったと感謝しております。これからも健筆を期待しております。

ありがとうございます。大丘さまもこれからも筆をふるってください。それではまた。

そうげん
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匿名希望★さまへ

拘わらないでは「かかわらないで」のつもりで変換してありました。意味としては「かかわらないで」と読ませながら、意味としては「こだわらないで」のほうに寄せたかった。つまり、わたしにもう執着しないでという意味を匂わせたかったのですが、より親切に書くなら、「拘(かか)わらないで」とカッコつきで読みを示すべきでした。不親切でした。

容子についても、これは様子とはすこしニュアンスを変えていますが、使っている小説もあれば、使わない小説もあり、この文章の調子ならば、使うにしてもやはりカッコつきで読みを示すなどしておいたほうがいいかと思いました。これも不親切でした。容子は主に「見た目、外見」について示すときに使われますね。目に見える表情、身に着けているもの、そういう見た目について違和感を覚えているので、選択として「容子」にしましたが、わかりにくいですね。「様子」にしておくのが無難だったかもしれません。

>自分事のように感じて胸が痛くなりました……。

胸にもたれるようでしたら、ごめんなさいでした。どうしても書いておきたいテーマだったので、書きだしていきました。匿名様にもなにか汲んでもらえる部分があればよいなと期待もしています。

>これからも頑張って下さい!

ありがとうございます。これから頑張ります!

そうげん
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夜の雨さまへ

感想をくださいまして、ありがとうございます!

>結構重い作品ですね。
ワード設定原稿用紙35枚でした。

前回小説を書いたときから三か月してようやく新しいものを書き上げることができました。途中ずっと放りっぱなしにしていたり、ほかの事をしている時間もありました。35枚ですか。ふだんよりもすこし長く描くことができました。重い作品になりましたね。書き始めから書きたいことが重かったので、そうならざるを得ませんでした。とにかく書けてよかったです。

>原稿用紙35枚でこんな深い作品が書けるのですね、「第55回北日本文学賞」に応募したらいかがですか。5枚ほど絞らなければなりませんが。

ごはんを利用される方の中には北日本文学賞に応募される方が目立ちますね。30枚の作品なら応募可能なのですね。どんな賞なのか知らないので、要綱を見てみることにします。ありがとうございます。

>御作のうまいところは、主人公とヒロインとのやりとりが「息詰まるようなエピソードで展開している」ところです。
また描写も適切に描かれていて、イメージが伝わりました。これは、大切です。

息を詰まらせている原因は、会話と会話のあいだの意味的な感覚を結構あけながら、余計なことを書きすぎないようにしたためかもしれないと思います。映画の台詞の応酬のように短い言葉で的確にというわけにはいきませんが、言葉のやり取りの部分から無駄をかなり除いていました。それが功を奏したようです。ご指摘ありがとうございます。

>どうして早くヒロインが引っ越しをしないのかと、ここは引っかかりました。

引っ越しさせたほうが生活は楽なのでしょう。でも引っ越ししづらい理由があるということにして、その土地に留まらせました。引っ越しさせたならたぶんこのドラマはなかったように思います。難しいです。

>アニメも結構役に立ちますね。
私もDMMで全編観ました。ちょっと、わかりにくかったですが。

ごめんなさい。アニメってどの作品の事ですか?
殺人を犯してほかの土地にというのなら、アニメは視てませんが、いまだにVitaで『ひぐらしのなく頃に』を遊んでいます。ちなみに未クリアです。

あと『妄想代理人』を視ている途中です(半月以上つづきを視られてませんが。)蛇足ですが、ついさきほど、NHKで『未来少年コナン』も視ました。よかったです。って訊かれてないですね。よかったら作品名を教えてください。わからなかったので。

ではありがとうございました。

夜の雨
ai213193.d.west.v6connect.net

再訪です。

>アニメも結構役に立ちますね。
私もDMMで全編観ました。ちょっと、わかりにくかったですが。

ごめんなさい。アニメってどの作品の事ですか?

●「輪るピングドラム」のアニメ、第1駅から第24駅まで観ました。

そうげんさんの「わたしのピングドラム」という作品(2020-01-05)の「執筆の狙い」で

>『輪るピングドラム』というアニメが大好きです。<

と、書いてあったものですから。

当時の感想欄でもやり取りがあります。


今回の「人生の負債」という作品は『輪るピングドラム』の中の重要な設定と似通ったところがいくつかあります。
御作と『輪るピングドラム』とは全くの別物ですが、影響を受けているのかなぁと思いました。
下記で「●」の部分の設定あたりなど。

内容について。(今回の「人生の負債」という作品)。
人生に絡んだ設定がいくつかありました。

●宗教。 ← 御作の中で注目したのは宗教が救いになるのか、でしたね。うまく書かれていたと思います。
●身内の犯罪。 ← これは、ドラマ的には結構ありますね。精神的に追い込まれます。
●親族(ヒロインの母)の病。 『輪るピングドラム』では妹の病。
●周囲(近所と世間、学校含む)の目。
友人(主人公)という傍観者。 ←主人公の立ち位置が絶妙でした。御作を読んでいる立場からすると、「調子に乗るなよ」と、ヒロインよりでした。(作者の文章力に脱帽です)。
ヒロインの逃げ場。 ←さっさと引っ越しすればよい。
ヒロインの生きるための仕事。 ←体を売る商売とはいえ、楽な方にいくのは弱っている証拠。

上に設定を並べましたが、これらが絡んでドラマが進行しているので、重い人生ドラマが展開しています。


『輪るピングドラム』というアニメは全編観ましたが、ちょっとわかりにくかったですね。
わかりにくく創っているようですが、凝りすぎかな。

そうげん
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夜の雨さまへ

再訪分の返信をいたします。

主人公に共感できない。これはそうですね、主人公は行動する人でなかったからでしょうね。行動することなく、終始状況を観察する人になってしまった。ぐいぐい引っ張っていく。この場合なら上へと引き上げていく感じの影響力を日葵に及ぼすときにどんな反応が返ってくるのか。そこを追及してこそ、ストーリーにもパンチの強さが表れたのかなと、夜の雨さまの感想を拝読しつつ思いました。

状況をうまく描きたいという気持ちが優りすぎて、二人の行動の兼ね合いによって生じるさまざまな波乱を描いていくという、そういったダイナミックな物語性までは、この小説を書いているときに、自分自身求めていませんでした。失敗するのは嫌だなという気持ちもあったのと、そこまで手を出して収拾がつかないと困るなという打算があって、主人公から行動を採らせることをしないでいました。これは作者であるわたしのエゴです。

行動する主人公をうまく書けるように、今後工夫していきたいと思いました。


アニメ『輪るピングドラム』について。
今回の小説を書いている最中、ピングドラムの事はまったく頭をよぎらなかったのです。しかし好きだと明言し、入れ込んでもいる作品だからこそ、知らずしらずのうちにアニメの要素が作品に混入したのかもしれません。また別方面で、高橋和巳『邪宗門』、大江健三郎『燃えあがる緑の木』、村上春樹『1Q84』など宗教を扱った作品がことのほか自身の琴線にふれることが多くて、またサリン事件でダメな子扱いされた宗教というもの全般について、わたしはわたしで仏教徒でもありまして、宗教をどのように作中に描くかということをひとつ関心ごととしてずっと持ち続けています。それこそ『邪宗門』のようにひとつの宗教を作中にこしらえて動かすのがもっとも良いのでしょうけど、そこまでの手間と労力をかけるだけの持続的な時間的余裕がいまのわたしにはありませんので、今作のように、息の短い短編ばかりが最近の書きものになっています。

『輪るピングドラム』を繰り返し視ていた時期がありました。アニメ作品のなかにもこんな風に社会的な問題をとりあげて、しかも視聴にたえるものが作られるんだと、驚くと同時にあこがれも覚えました。幾原監督の最新作である『さらざんまい』はまだ見ていなくて、これから見るのを楽しみにしています。

ピングドラムはたしかにわかりにくいです。わたしは一度テレビで視ただけではわかりませんでした。いまもわかっているというのがどこまでのことなのか、それがわかりません。でも何度観ても楽しめています。

観てくださってありがとうございます。おすすめとして挙げた作品を見ていただいたことがとてもうれしいです。

ではたくさんの感想をくださり、ありがとうございました。

そうげん
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貔貅がくるさまへ

端的に記す説明文としてでなく、冒頭も小説の一部として、主人公が語る一連の言葉の一部として書いているから、こういう書き方になりました。ただ時系列については再考の余地が十分にあるのだと教えていただきました。ありがとうございます。冒頭の部分はすべての文章の中でもっとも先の時間にいるので、そこから振り返って概要を示しているという形式になっています。この小説においてはこの書き方でいいと思っていましたが、また何度か読み返して、最前の手はどれかということを検討したいと思います。ありがとうございました。

アリアドネの糸
dhcp.nipne.ro

問題意識が高く重たい作品で考えさせられました。ただ、この作品からどことなく感じる説教臭さをもう少し消すことができればいいのかなと思いました。語りとして問題から心理的に距離を取って書くのはいいのですが、感性のものさしとして正しいのかどうか分かりません。草食系肉食男子のようななんとも言いがたい雰囲気があると言いますか。文章が端正なの分だけ、わたしが余計なことに妄想を膨らませすぎているだけなのかもしれません。

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